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自由権規約委員会は日本政府に何を求めたか
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国連自由権規約委員会は日本政府に何を求めたか
=死刑・代用監獄・慰安婦・秘密保護法・ヘイトスピーチ・技能実習生・福島原発事故=
海渡 雄一
(弁護士・日弁連自由権規約WG座長)
内容
第1 自由権規約委員会とは ...........................................................................................................2
1 本論考作成の目的 ..................................................................................................................2
2 刑務所改革と自由権規約委員会 .............................................................................................2
3 国連の複合的な人権システム ................................................................................................2
4 自由権規約委員会の第6回政府報告書審査 ...........................................................................3
第2 審査の概観と国際人権保障に関する課題...............................................................................3
1 これまでの課題と新たな課題 ................................................................................................3
2 進まぬ国際人権保障システムの更新と克服の方向性―個人通報と国内人権機関― ...............3
3 日本政府の対応が評価された事項 .........................................................................................5
第3 主要事項として取り上げられた代用監獄と死刑制度 .............................................................5
1 袴田事件にふれた発言が3人の委員からなされた ................................................................5
2 代用監獄の廃止を明確に求めた勧告......................................................................................5
3 死刑制度の廃止を真剣に検討せよ .........................................................................................6
第4 表現自由と知る権利の危機に警鐘 .........................................................................................7
1 人権保障には厳しい制約を ....................................................................................................7
2 秘密保護法は情報へのアクセスの権利を定めた規約19条を満たしていない ......................7
第4 ジェンダーと性暴力、性的マイノリティについて ................................................................8
1 ジェンダー平等について .......................................................................................................8
2 ジェンダーに基づく暴力及びドメスティック・バイオレンス...............................................8
3 性的マイノリティ ..................................................................................................................9
4 慰安婦問題をめぐって ...........................................................................................................9
第5 外国人の人権と人種差別をめぐる課題 ................................................................................ 10
1 ヘイトスピーチの処罰を法制化せよ.................................................................................... 10
2 人身取引と技能実習制度について ....................................................................................... 11
3 難民・入管収容など............................................................................................................. 11
4 ムスリムに対する監視について ........................................................................................... 11
第6 マイノリティの人権とその保護 ........................................................................................... 12
1 精神病院における非自発的入院について............................................................................. 12
2 子どもに対する体罰............................................................................................................. 12
3 先住民 .................................................................................................................................. 12
4 福島原発事故被害者............................................................................................................. 12
第7 審査を踏まえた政府と私たちの課題.................................................................................... 13
1 かみしめるべきロドリー議長の最終発言............................................................................. 13
2 次の政府報告書提出期限は 2018 年 7 月 31 日................................................................... 13
3 フォローアップ条項に選ばれた死刑,慰安婦,技能実習生,代用監獄 .............................. 13
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4 政府との建設的な対話を深め、困難な状況でも前進を目指そう ......................................... 14
第1 自由権規約委員会とは
1 本論考作成の目的
自由権規約委員会の総括所見が7月24日に公開され、かなりのメディアが断片的ではあるが、
総括所見の内容や自由権規約委員会の審査について報じている。しかし、報道は細切れであり、こ
の総括所見がどのような仕組みの元で、どのような審査を経て出されたものか、それが、日本政府
と我々日本に住む外国人を含めた市民にとってどのような意味があるのか、正確に理解することは
難しい。
私は、1993年の自由権規約委員会第3回審査の時から日弁連の担当委員会に所属している。
実際に審査を傍聴し、ロビー活動を行ったのは、1998年第4回、2008年第3回に続いて3
回目である。本論考では、これまでの経験を踏まえ、この制度の仕組みから審査の内容と委員会か
ら発せられた総括所見のほとんどの条項を紹介し、その意味について考えてみたい。
2 刑務所改革と自由権規約委員会
自由権規約委員会の勧告には法的拘束力がないなどという報道が今も続いているが、委員会の指
摘に政府が応えた例として、刑務所改革を上げることが許されるであろう。私は監獄人権センター
という NGO の代表を務めているが、長く監獄内の人権状況の改善に取り組んできた立場から、刑務
所改革は国際人権基準を国内で実現する過程であったと考える。1998年の時には、死刑や代用
監獄の問題も取り上げられたが、刑務所における極めて厳しい所内規則、革手錠による虐待、独居
拘禁などの問題が取り上げられた。2002年に発覚した名古屋刑務所事件が、刑務所制度の改革
につながったのは、問題点が予め自由権規約委員会から指摘されていたにもかかわらず、複数の拷
問死亡事件の発生を未然に防ぐことができなかったことを国会などで指摘され、当時の森山法務大
臣自らが改革を決意せざるを得なくなったからであった。
行刑改革後も、国内の刑務所の人権問題が解決されたわけではない。適切な医療を速やかに受け
ることができないこと、今も数は減ってきているが独居拘禁の処遇の対象となっている者の数が2
012年の段階で2000人を超えている。このように、改善の必要な点はいくつも指摘できる。
しかし、今日本のすべての刑務所に弁護士や医師や地域住民、研究者などから構成される刑事施設
視察委員会が活動している。この委員会は刑務所改革の最大の成果である。外部の目が入ることに
より、虐待の危険性などは明らかに減少しているし、話し合いを通じて少しずつではあるが、施設
内の処遇は改善されている。すべてとはいわないが、日本にも海外からの訪問客に是非見てもらい
たいような進んだ社会復帰のための処遇を展開している施設もある。このような変化は、法務省矯
正局が死刑確定者の処遇を除いて、自由権規約委員会の指摘を受け容れて改善に取り組んできたこ
との成果であると評価できるだろう。
3 国連の複合的な人権システム
国連人権条約にもとづいて自由権規約委員会、社会権規約委員会、拷問禁止委員会、女性差別撤
廃委員会、子どもの権利委員会、人種差別撤廃委員会などの条約機関が条約ごとに作られている。
これらの委員会は、国連の建物の中で開催されているが、厳密に言えば、国連の機関そのものでは
ない。自由権規約委員会は、他の委員会との混同を避けるため、日本語ではこのように呼称される
が、条約機関の中では最も歴史が古く、またその英語名称が Human Rights Committee(人権委員会)
ということもあり、最も権威の高い条約機関である。委員は18名で、各国の最高裁の判事や国際
法の研究者など高名な法律家が選ばれることが多い。日本からは岩澤雄司東京大学教授が委員に選
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権利が裁判所では極めて限定されたケースでしか適用されていないことに注目する。」とし、「委員
会は前回の勧告(CCPR / C / JPN / CO / 5、 para7)を再度引用し、締約国に条約の適用と
解釈が、下級審も含めて、すべて弁護士、裁判官と検察官の職業訓練の一環となるよう、保証する
ことを求める。 締約国は条約上の権利侵害の回復のために効果的な手段を保証するべきである。
締約国は個人通報制度を提供する選択議定書への加入を考慮すべきである。」と勧告した。
裁判官の研修や法律家になるための司法研修所で国際人権法は取り上げられているが、系統的な
研修がなされているとは評価できない。研修の充実が望まれる。
続いて、勧告7項は、国内人権機関について、規約2条に基づいて「人権委員会法案の2012
年11月の廃案以来、締約国が政府から独立した国内人権機関を創設するために何らの進展を見せ
ていないのは遺憾である。」と最大級の失望感を表明した。そして、「委員会は前回勧告(CCPR / C
/ JPN / CO / 5、 para 9,)を想起し、締約国が幅広い権限をもち、適切な財政的ならびに人
的資源を与えられ、パリ原則(総会決議48/134、附属書類)に適合する政府から独立した国
内人権機関を設立することを再考するよう勧告する。」とした。
民主党政権の下で、第1選択議定書の批准、国内人権機関の設立の二つの課題については、政府
としての取り組みがなされ、かなりの程度まで具体化していた。第1選択議定書の批准とは、日本
国内で発生した人権問題について国内における裁判などが終了した後に、個人が申立人になって自
由権規約委員会などの条約機関に通報し、委員会の見解を得るための手続である。第1選択議定書
の批准については、外務省と法務省間の協議が完了し、批准のための実務的な詰めの段階に入って
いた。
国内人権機関とは、人権保障を裁判だけで実現することは極めて困難であり、政府から独立した
国内人権機関を設置するべきだという考え方が国連からも強く示されてきた。政府からの独立性に
ついて詳細に取り決めたものがパリ原則である。人事や権限、予算などのあらゆる面での政府から
の独立性が求められている。
この問題については、さまざまな問題を指摘できる法案ではあったが、法務省が人権委員会法案
を閣議決定し、国会に提案した。したがって、安倍政権となってからこのような国際人権保障シス
テムの更新に向けた動きが止まっていることについて、外務省や法務省などによって構成された政
府代表団は政治的な経過を報告することができず、明解な説明をすることができなかった。政治的
な状況をあからさまに説明することは困難だったからであろう。このようなわかりにくい説明が、
さらに委員会のフラストレーションを高めたようにも見受けられた。
このふたつの問題をどのように克服していくのか。第1選択議定書の批准は政権が決断さえすれ
ば、実現できる。そんなに難しいことではない。世界中の115ヶ国が批准している。東欧や旧ソ
連圏の国々はもちろん、日本の近隣国でもフィリピンは1989年に、韓国は1990年に、ロシ
アとモンゴル、ネパールは1991年に批准している。委員会に岩澤委員を派遣している日本が個
人通報を認めていないことは、相当恥ずかしいことである。外交上の利害得失までを見通した政府
の高いレベルでの判断が求められている。
国内人権機関については、安倍政権の下ではなかなか困難があるだろう。自民党が2012年の
衆院選挙時に、党として民主党政権の下で閣議決定された人権委員会設置法案に反対するという方
針を決めているからである。しかし、政権として国際社会からの働きかけを無視し続けることは国
際的な信用にもかかわる。とりわけ、この問題は、2008年、2012年の国連人権理事会の場
でも、日本政府はパリ原則に基づく国内人権機関の設立を公約しているのである。国際的な政府と
しての公約と国内政治上の方針が矛盾をきたし、膠着状況にあるといえる。この問題をどのように
して打開していくかは、極めて困難な課題ではあるが、自民党の中にも国内人権機関の設立に賛同
する議員も存在している。知恵を絞り解決策を見いだしていく必要がある。
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3 日本政府の対応が評価された事項
委員会が日本政府の対応を評価した点も存在する。
委員会は、政府の説明を踏まえ、人身取引防止の行動計画(2009)、男女共同参画基本計画(2010)、
公営住宅法の改正(2010)、婚外子差別規定を改めた国籍法の改正と民法の改正(2008,2013)、強制
失踪条約の批准(2009)と障がい者の権利条約の批准(2014)については、前向きの要素として評価し
ている(3,4)。実は、婚外子の差別解消については長年にわたる委員会からの勧告が続いていた。2
013年9月4日の最高裁違憲判決は、過去の自由権規約委員会の総括所見について言及している。
第3 主要事項として取り上げられた代用監獄と死刑制度
1 袴田事件にふれた発言が3人の委員からなされた
3月27日静岡地裁は袴田巌氏の再審開始を決定し、45年以上拘禁されていた袴田氏を死刑囚
監房から釈放した。今回の委員会の審査の大きな特徴は、この袴田事件を題材に代用監獄、取調、
死刑制度、死刑確定者の処遇などが大きなメインイシューになったことである。とりわけ3人の委
員が袴田ケースに具体的に言及して発言した。
南アフリカのマジョディナ委員は、代用監獄の問題について、委員会は1988年から勧告して
いることを指摘し、30年も問題が提起されているのに政府の対応はなぜ変わらないのかと迫った。
そして袴田さんが代用監獄で長期間の取調の結果自白させられた時と現状はどう変わったのか。長
期の取調による自白の強要がなされていることに変わりはない。日本政府は、拘置所を増やし、人
権違反を防ぐべきではないかと述べた。
アメリカのニューマン委員は死刑制度と死刑確定者の処遇について質問し、長期の独居拘禁によ
って精神の健康を害した袴田氏に言及した。死刑囚は長期に独房収容され、死刑執行は数時間前に
しか知らされない。執行日時は家族にも知らされず、最後の別れも認められない。政府は「心の安
寧を得るため。」というが、委員会はこの取扱は非人道的だと言ってきた。死刑判決を見直すために
必ず再審査の機会を与えるべきではないか。裁判員制度の下で、全会一致でなくても死刑言い渡し
が可能となっており、必ず再審査するべきではないか(裁判員制度の下では5対4の多数決で死刑
判決が可能である)。心神喪失の者の処刑を避けるため、独立の審査システムがない等と指摘した。
イスラエルのシャニイ委員は取調の問題を包括的に取り上げた。取調の録画が義務化されるのは、
裁判員対象の3パーセントが対象になると言うNGOの見解は正しいのか。身体的な暴力や言葉で
脅すようなことはあるのか。弁護士はなぜ取調に立ち会えないのか。自白に依存することの危険性
は学術的な調査によって示されている。プレッシャーがあると25-30パーセントの被疑者が自
白を強要されていると言う報告がなされている。袴田ケースでは再審が開始されたという。そのこ
とは、高く評価されるが、そのような人が他にもいるのではないかと述べた。
アルゼンチンのレスキア委員は、端的に日本政府に死刑を維持する理由について聞きたいと述べ
た。対象犯罪に19もの罪が上げられている。事前に処刑を知らせないことで死刑確定者の心の安
静をはかるというが、それは国が決めるものではない。事前に通知を受けることで死刑確定者が、
状況を把握できるようにするべきだと述べた。
2 代用監獄の廃止を明確に求めた勧告
このような審査を受け、委員会は勧告18項では、規約7条、9条、10条、14条にもとづい
て、代用監獄については、政府が「利用可能なリソースが不足していることと犯罪捜査のためにこ
のシステムが効率的であること理由に代用監獄の使用を正当化し続けていることを遺憾に思う。」
「起訴前に、保釈の権利が欠如し、国選弁護を受ける権利が保障されていないことが、代用監獄に
おける強制的な自白を引き出してしまうリスク強めていることに依然として懸念をもっている。」
「取調べの実施に関して厳しい規則が存在しないことに懸念を表明し、2014 年「改革プラン」(2
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014年7月9日法制審議会新時代の刑事司法特別部会「新たな刑事司法制度の構築についての調
査審議の結果」のこと-翻訳者注)で提案されている取調べについてのビデオ録画が義務づけられ
た範囲が限られていることを遺憾に思う。」とし、「代替収容制度を廃止するか、さもなければ、
規約 9 条と規約 14 条におけるすべての保障の完全な遵守を確実にすべきであり,それは特に次の
ことを保障することによって行うべきである。
(a)保釈などの勾留に代わる措置が、起訴前の勾留中にも十分に考慮されること。
(b)すべての被疑者が逮捕のときから弁護人の援助を受ける権利を保障され、弁護人が取調中に
立ち会うこと。
(c)取調の継続時間及び方法に厳格な時間的制約を設定する立法措置,また、取調は完全にビデ
オ録画されるべきである。
(d)都道府県公安委員会から独立しており、迅速、公平かつ効果的に尋問中に行われた拷問や虐
待の申し立てについて調査する権限を持つ不服審査メカニズム。」と勧告した。
代用監獄を廃止するか、起訴前の保釈、取調への弁護人の立会、取調期間の制限と全過程の録画、
警察から独立した不服申立のメカニズムの導入するためあらゆる手段をとるべきであることが勧告
されている。
委員会は、最近警察拘禁は48時間を限度とし、勾留決定後の拘禁施設は警察であってはならな
いことを内容とする規約9条の一般意見35の草案を作成し、公表し、意見を公募している1
。今回
の勧告は、国際社会は、法制審議会新時代の刑事司法特別部会で示されたような裁判員制度対象事
件など一部の事件の取調の録画義務づけと国選弁護の範囲の拡大などを内容とする微温的な改革で
は、政府の対応として不十分であると考えていることを明らかに示している。
3 死刑制度の廃止を真剣に検討せよ
また、死刑制度については、勧告13項で、規約2条、6条、7条、9条及び14条にもとづい
て、死刑を最も重大な犯罪に限るとの規約の要請を充たしていない,死刑確定者がいまだに死刑執
行まで最長で 40 年の期間,昼夜間独居に置かれていること,死刑確定者もその家族も死刑執行の日
以前に事前の告知を与えられていないこと,死刑確定者とその弁護士との面会の秘密性が保証され
ていないこと,死刑執行に直面する人が“心神喪失状態”にあるか否かに関する精神面の検査が独
立していないこと,再審請求あるいは恩赦の請求に死刑執行を停止する効果がないこと、袴田巌の
事件における場合を含め,強制された自白の結果として様々な機会に死刑が科されてきたという報
1 Revised draft prepared by the Rapporteur for general comment No. 35, Mr.
Gerald L. Neuman
パラ33.「速やかに」の的確な意味は様々な客観的状況に依るものであるが,拘束時から数日
を超えるべきではない。当委員会は,移送と judicial hearing の準備に必要な時間は48時間で十
分と考える。48時間以上の遅れは,絶対的例外であるし,一定の状況下でしか認められない。法
的制限のない強制的な長期の抑留は,不必要に違法な取り扱いの危険性を高める。多くの締約国の
法律では,具体的な時間制限,しばしば48時間より短時間で,を設けており,これらを超えるべ
きではない。青少年については,24時間以内といった,より厳しい時間制限が設けられるべきで
ある。
パラ36.当該人物が裁判官の前に連れてこられたら,裁判官は,当該個人が解放されるべきか,
あるいは追加的な取り調べ又は裁判を待つために抑留を継続するべきかを決定しなければならない。
抑留を継続する法的根拠がなければ,裁判官は解放を命じなければならない。追加的な取り調べや
裁判が認められたら,裁判官は,当該個人が,条件付き又は無条件で解放されるべきかどうかを決
しなければならない。当委員会は,再抑留は,警察留置場への送還ではなく,被抑留者の権利制限
が容易に緩和される,他の機関が所管する別の施設においてなされるべきと考える。