SlideShare a Scribd company logo
1 of 18
Download to read offline
「あたりまえ」の知識を疑う
―社会学研究者はこう問いかける―
関西英語教育学会KELES
第17回セミナー(兵庫地区)
2009年10月11日
東京大学大学院総合文化研究科
博士課程3年 寺沢拓敬
TerasawaTakunori@gmail.com
1
発表者について
• 専門は教育社会学/言語社会学です
• 現在は、日本社会と英語の関係(特に、英
語に対する意識・行動・イデオロギーの階
層性の問題)や、言語イデオロギーについ
て研究しています
• 学部時代は「教育学/教育社会学」で、い
わゆる「英語英文科」ではありませんでし
た
2
「英語教育の社会学」?
社会学とは?
• 無難な定義
– 社会現象の(うち、たとえば経済学や政治学、歴史
学がなど他領域が対象としないもの)すべてを探
求する
• その特徴から見た定義
– 社会の「常識」「当たり前」を疑う
• コリンズ, R. (1982=1992) 『脱常識の社会学』 岩波書店
• 好井裕明 (2006) 『「あたりまえ」を疑う社会学』 光文社
3
英語教育/英語教師の「あたりまえ」?
• 「英語」とは何?
• 「教育」とは何?
• 「教える」とは何?
→それらは自明???
英語教育とは、英語
の教育である、それ
以上でも以下でもな
い
英語教師の仕事は、英
語を教えること、それ以
上でも以下でもない
4
「教師のナラティブ」にどう貢献できる?
• 英語教育において「あたりまえ」とされている
知識は…
– 英語教師の「仕事」の理解には役に立たないかも
しれない
– 教師のメインフィールド「教室」の理解には役に立
たないかもしれない
– そもそも「英語教育」全体を理解するのに、役に
立たないかもしれない
「教師のナラティブ」(現場の声)
の後方支援 5
「あたりまえ」とされている知識?
=パワーを持っている知識?
専門的
知識
学問的
知識 科学的
知識
教師の実践
6
英語教育における
専門的/学問的/科学的知識
とは何か
• 大学/学会で
生産される知識
↓
• 大学教員/学会員
の知識
↓
• 一素材:大学英語教育学会
(The Japan Association of College English
Teachers)
実際のところどうなんだろう?
(社会学的メンタリティ)
7
JACET紀要の分析(内容分析)
• 手続き
– 論文を手に入れる(第1号[1970]から第38号[2004])
– とにかく全部読む(328本)
– まとめる
8
結論は教育
への示唆を
含むか?
議論の根拠
は、その分析
のために採取
あるいは加工
されたデータ
か?
議論の根拠
は主に文献
研究に基づ
いているか?
結論は、全て
計量分析に基
づいて導きだ
されたものか?
(質的データの数
量化含む)
その文献は、
周辺領域で
はなく教育
研究か?
質的分析(イ
ンタビュー、言説
分析、史料)は、
計量分析を
補完するた
めか?
量的実証量的実証
質的実証質的実証
文献研究・
理論的
考察
文献研究・
理論的
考察
他領域の
理論の応用
を提案
他領域の
理論の応用
を提案
経験・思索に
基づく教育・
指導論
経験・思索に
基づく教育・
指導論
教育への示唆
なし(L1統語論、
コーパス、認知系
SLAなど)
教育への示唆
なし(L1統語論、
コーパス、認知系
SLAなど)
Yes
No
Yes
Yes
Yes
Yes
Yes
No
No
No
No
No
(参考)
分析枠組み
9
JACET紀要の「知識」のトレンド
10
「量的」とは? 「質的」とは?
• 「量」を見て初めてわかること
– 全体的な傾向 → 一般化
• 「質」を見て初めてわかること
– 個々の有り様、その長期的な理解 → 詳述化
• 「量」ではわからないこと
– 例:教室の具体的な営み、授業中に働く力学
• 「質」ではわからないこと
– 例:多くの生徒に等しく効果的な方法
11
実証研究(N=193)のうち
主題として扱われる「知識」
12
…とは言っても、そもそも教師・教室は
「実証」しづらいのでは?
• 英語教育だけの「あたりまえ」?
…最近の教師研究の進展はめざましい。教育社会学
だけでなく、教育行政学、教育経営学、教育心理学な
ど周辺諸科学の多くの成果が出されており、膨大な量
の実証調査結果も発表されている。(p. 5)
今津孝次郎 1988 「教師の現在と教師研究の今日的課題」 『教育社会学研
究』 第43号、pp. 5-17.
13
「学問的」「科学的」英語教育が
得意な「知識」
例:
• 英語の言語学的な特徴・構造
• ある指導法の効果に対する一般的法則
• 「言語能力(英語力)」の一般的理解
• 生徒の動機付けの一般的パタン
14
「学問的」「科学的」英語教育が
不得手な「知識」
• 学校、教室、そして教師の営みを深く記
述・理解すること
例えば…
15
例えば…
• 教室での人間関係における些細な「ゆらぎ」に
より、「一般法則」はまったく成立しなくなるかも
しれない
• 教師-生徒間の感情・アイデンティティ・葛藤・不
安などが、抽象的なコミュニケーションのモデ
ルではとらえきれない、複雑な相互作用を引き
起こすかもしれない
• 個々の具体的な関わり合いが、抽象的な「言
語テスト」のスコアには決してあらわれることは
ない、しかし、深い「学び」を引き起こすかもし
れない
「知識」の相対化
協調的なコミュニケーション!
専門的
知識
学問的
知識 科学的
知識
教師の実践
17
ありがとうございました
ご意見・ご質問お待ちしております
18

More Related Content

What's hot

小学校英語学習経験の中期的効果:エビデンスベーストアプローチに基いて(中部地区英語教育学会2017年度大会 2017年6月24日)
小学校英語学習経験の中期的効果:エビデンスベーストアプローチに基いて(中部地区英語教育学会2017年度大会 2017年6月24日)小学校英語学習経験の中期的効果:エビデンスベーストアプローチに基いて(中部地区英語教育学会2017年度大会 2017年6月24日)
小学校英語学習経験の中期的効果:エビデンスベーストアプローチに基いて(中部地区英語教育学会2017年度大会 2017年6月24日)
Takunori Terasawa
 

What's hot (10)

LET2016 ワークショップ 「外国語学習・教育・授業の 研究「方法論」入門 ―量的研究と非量的研究―」
LET2016 ワークショップ 「外国語学習・教育・授業の研究「方法論」入門―量的研究と非量的研究―」LET2016 ワークショップ 「外国語学習・教育・授業の研究「方法論」入門―量的研究と非量的研究―」
LET2016 ワークショップ 「外国語学習・教育・授業の 研究「方法論」入門 ―量的研究と非量的研究―」
 
英語教育学における 「実態調査」の批判的検討
英語教育学における 「実態調査」の批判的検討英語教育学における 「実態調査」の批判的検討
英語教育学における 「実態調査」の批判的検討
 
批判的応用言語学(CALx)に基づく英語教育学:歴史・政治経済・ポスト構造主義
批判的応用言語学(CALx)に基づく英語教育学:歴史・政治経済・ポスト構造主義批判的応用言語学(CALx)に基づく英語教育学:歴史・政治経済・ポスト構造主義
批判的応用言語学(CALx)に基づく英語教育学:歴史・政治経済・ポスト構造主義
 
英語教育学における 科学的エビデンスとは? 小学校英語教育政策を事例として
英語教育学における科学的エビデンスとは? 小学校英語教育政策を事例として英語教育学における科学的エビデンスとは? 小学校英語教育政策を事例として
英語教育学における 科学的エビデンスとは? 小学校英語教育政策を事例として
 
Evidence-Based Education Policyと日本の英語教育学
Evidence-Based Education Policyと日本の英語教育学Evidence-Based Education Policyと日本の英語教育学
Evidence-Based Education Policyと日本の英語教育学
 
英語教育学における マイナーなメソドロジー 歴史・二次分析・エスノグラフィー・批判的アプローチ
英語教育学におけるマイナーなメソドロジー歴史・二次分析・エスノグラフィー・批判的アプローチ英語教育学におけるマイナーなメソドロジー歴史・二次分析・エスノグラフィー・批判的アプローチ
英語教育学における マイナーなメソドロジー 歴史・二次分析・エスノグラフィー・批判的アプローチ
 
Kla talk 20140202prsn
Kla talk 20140202prsnKla talk 20140202prsn
Kla talk 20140202prsn
 
JACET関西支部大会2019年大会講演
JACET関西支部大会2019年大会講演JACET関西支部大会2019年大会講演
JACET関西支部大会2019年大会講演
 
「小学校英語をめぐる保護者の意識」 KATE2014大会発表
「小学校英語をめぐる保護者の意識」 KATE2014大会発表「小学校英語をめぐる保護者の意識」 KATE2014大会発表
「小学校英語をめぐる保護者の意識」 KATE2014大会発表
 
小学校英語学習経験の中期的効果:エビデンスベーストアプローチに基いて(中部地区英語教育学会2017年度大会 2017年6月24日)
小学校英語学習経験の中期的効果:エビデンスベーストアプローチに基いて(中部地区英語教育学会2017年度大会 2017年6月24日)小学校英語学習経験の中期的効果:エビデンスベーストアプローチに基いて(中部地区英語教育学会2017年度大会 2017年6月24日)
小学校英語学習経験の中期的効果:エビデンスベーストアプローチに基いて(中部地区英語教育学会2017年度大会 2017年6月24日)
 

More from Takunori Terasawa

戦後日本における早期英語 学習経験の英語力への効果 ― 傾向スコア分析を用いた政策評価―
戦後日本における早期英語学習経験の英語力への効果 ―傾向スコア分析を用いた政策評価―戦後日本における早期英語学習経験の英語力への効果 ―傾向スコア分析を用いた政策評価―
戦後日本における早期英語 学習経験の英語力への効果 ― 傾向スコア分析を用いた政策評価―
Takunori Terasawa
 

More from Takunori Terasawa (14)

英語教育政策のあり方: 拙著『小学校英語のジレンマ』を中心に
英語教育政策のあり方: 拙著『小学校英語のジレンマ』を中心に英語教育政策のあり方: 拙著『小学校英語のジレンマ』を中心に
英語教育政策のあり方: 拙著『小学校英語のジレンマ』を中心に
 
HLCワークショップ (2016年3月27日) 「言語と社会」の測り方・入門―量的アプローチの根本思想― 寺沢 拓敬 (東京大学社会科学研究所/学振特別研...
HLCワークショップ (2016年3月27日) 「言語と社会」の測り方・入門―量的アプローチの根本思想― 寺沢 拓敬 (東京大学社会科学研究所/学振特別研...HLCワークショップ (2016年3月27日) 「言語と社会」の測り方・入門―量的アプローチの根本思想― 寺沢 拓敬 (東京大学社会科学研究所/学振特別研...
HLCワークショップ (2016年3月27日) 「言語と社会」の測り方・入門―量的アプローチの根本思想― 寺沢 拓敬 (東京大学社会科学研究所/学振特別研...
 
外国人の権利に対する 「日本人」の世論 母語教育に対する態度の 計量的2次分析
外国人の権利に対する 「日本人」の世論 母語教育に対する態度の 計量的2次分析外国人の権利に対する 「日本人」の世論 母語教育に対する態度の 計量的2次分析
外国人の権利に対する 「日本人」の世論 母語教育に対する態度の 計量的2次分析
 
日本の英語教育の学術的トレンド ―テキストマイニングによる自由研究発表要旨の分析―
日本の英語教育の学術的トレンド―テキストマイニングによる自由研究発表要旨の分析―日本の英語教育の学術的トレンド―テキストマイニングによる自由研究発表要旨の分析―
日本の英語教育の学術的トレンド ―テキストマイニングによる自由研究発表要旨の分析―
 
日本人就労者の英語使用頻度:ウェブ調査( 2021 年)の統計的補正による推計
日本人就労者の英語使用頻度:ウェブ調査( 2021 年)の統計的補正による推計日本人就労者の英語使用頻度:ウェブ調査( 2021 年)の統計的補正による推計
日本人就労者の英語使用頻度:ウェブ調査( 2021 年)の統計的補正による推計
 
日本人就労者の英語使用頻度:ウェブ調査( 2021 年)の統計的補正による推計
日本人就労者の英語使用頻度:ウェブ調査( 2021 年)の統計的補正による推計日本人就労者の英語使用頻度:ウェブ調査( 2021 年)の統計的補正による推計
日本人就労者の英語使用頻度:ウェブ調査( 2021 年)の統計的補正による推計
 
日本人就労者の英語使用頻度 ウェブ調査( 2021 年)の統計的補正による推計
日本人就労者の英語使用頻度 ウェブ調査( 2021 年)の統計的補正による推計日本人就労者の英語使用頻度 ウェブ調査( 2021 年)の統計的補正による推計
日本人就労者の英語使用頻度 ウェブ調査( 2021 年)の統計的補正による推計
 
シンポジウム「外国語教育研究の再現可能性2021」:寺沢「社会学と『同解釈を導く研究結果が得られる可能性』」
シンポジウム「外国語教育研究の再現可能性2021」:寺沢「社会学と『同解釈を導く研究結果が得られる可能性』」シンポジウム「外国語教育研究の再現可能性2021」:寺沢「社会学と『同解釈を導く研究結果が得られる可能性』」
シンポジウム「外国語教育研究の再現可能性2021」:寺沢「社会学と『同解釈を導く研究結果が得られる可能性』」
 
シンポジウム「外国語教育研究の再現可能性2021」:寺沢「社会学と『同解釈を導く研究結果が得られる可能性』」
シンポジウム「外国語教育研究の再現可能性2021」:寺沢「社会学と『同解釈を導く研究結果が得られる可能性』」シンポジウム「外国語教育研究の再現可能性2021」:寺沢「社会学と『同解釈を導く研究結果が得られる可能性』」
シンポジウム「外国語教育研究の再現可能性2021」:寺沢「社会学と『同解釈を導く研究結果が得られる可能性』」
 
〈学術的〉英語教育政策研究のあり方
〈学術的〉英語教育政策研究のあり方〈学術的〉英語教育政策研究のあり方
〈学術的〉英語教育政策研究のあり方
 
LET2018パネルディスカッション 政策研究の観点から見た「四技能入試」論議
LET2018パネルディスカッション 政策研究の観点から見た「四技能入試」論議LET2018パネルディスカッション 政策研究の観点から見た「四技能入試」論議
LET2018パネルディスカッション 政策研究の観点から見た「四技能入試」論議
 
Jabaet20170924
Jabaet20170924Jabaet20170924
Jabaet20170924
 
中部地区英語教育学会 2017年 課題別研究プロジェクト発表 寺沢発表資料
中部地区英語教育学会 2017年 課題別研究プロジェクト発表 寺沢発表資料中部地区英語教育学会 2017年 課題別研究プロジェクト発表 寺沢発表資料
中部地区英語教育学会 2017年 課題別研究プロジェクト発表 寺沢発表資料
 
戦後日本における早期英語 学習経験の英語力への効果 ― 傾向スコア分析を用いた政策評価―
戦後日本における早期英語学習経験の英語力への効果 ―傾向スコア分析を用いた政策評価―戦後日本における早期英語学習経験の英語力への効果 ―傾向スコア分析を用いた政策評価―
戦後日本における早期英語 学習経験の英語力への効果 ― 傾向スコア分析を用いた政策評価―
 

関西英語教育学会第17回セミナー(兵庫地区)2009年10月11日 「あたりまえ」の知識を疑う ―社会学研究者はこう問いかける―