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参考資料
神馬は今
ウマ博士(見習い)他
はじめに
人が生まれてから、馬を実際に初めて見る機会は
様々である。それは、現在なら、競馬場や牧場、乗馬
施設あるいは観光での馬がほとんどであると思う。
正直に言うと、私と馬の正確な最初の出会いは、幼
すぎてはっきりとは記憶にはない。しかしながら、物
心付いた頃から、地元の神社に馬がいたことが記憶に
焼き付いている。私の地元の神社は、京都府八幡市の
八幡山にある石清水八幡宮であり、その山を登った山
頂に「神馬」がいた。ちょうど数百段の階段を上りき
った所に馬がいたことが、より一層記憶に残るものに
なったのだろう。それ以来、生きている馬は神社にい
るものだという印象を持つようになったのである。そ
れは、馬という存在を強く意識するようになったきっ
かけでもあった。
今の時代において、馬と関わりのない家庭に生まれ
た人が、馬と関わる機会は、ほとんどないと言っても
過言ではない。馬と関わる最初の機会の選択肢が少な
くなっている現在、最初の出会いが「神馬」となる可
能性は、比較的高いのではないかと私は思うのである。
「神馬」は、生きているということによって、神社
に参拝する人々にとって、記憶に残る存在となると思
われる。それゆえ、「神馬」は多くの人に馬の魅力を知
ってもらうきっかけになる可能性がある。そこで、こ
の「神馬」について調査したいと考えたのである。
序論
日本には八万社以上の神社があると言われ、昔から
日本人の暮らしには身近な存在である。日本人は無宗
教と言われながら、これだけの数の神社が 2000 年以
上もの昔から現在まで存在し続けているのは、神社は
それぞれの地域のまとまりの中心にあり、地域の人々
にとって、なくてはならない存在であったからではな
いだろうか?
神社は大昔から日本の文化と共に受け継がれてきた
ものであり、一つの文化ともいえ、我々の先祖とのつ
ながりを感じることが出来る場所であった。しかし、
最近では人々の移住も多い為、徐々に地域内での人々
の関係そして神社と人々の関係が薄らいできている。
今、改めて日本の精神と文化を保持してきたと言え
る神社を見つめ、神社と人々の繋がりを考える必要が
あるのではないかと思うのである。
本稿では、ウマ科学会の立場で、その神社と深い繋
がりがある神馬について考察した。
『神馬』について( 図 1 )
神馬とは、「日本の神社に奉納された馬」、または<
祭事の際に使用される馬>のことである。
奈良時代から祈願のために馬を奉納する習わしがあ
り、奉納者は一般の民間人から皇族まで様々である。
また、奉納される馬は道産子やサラブレッドなど様々
な種類がある。
「日本の神社に奉納された馬」には、『神が乗られる
馬』と「祈願や雨乞いなどのための馬」がある。古来
より、馬は神の乗り物とされ、神は馬に乗って降臨さ
れるものとされてきた。多くの神社が、それらに備え
て境内の神馬舎などに生きている馬や馬像を収容して
いる。
神が乗られる『神馬』には、①生きている神馬、②
腹部に社紋をつけたブロンズ神馬像、③神馬舎や楼門
などに納められ、化粧し装飾された神馬像(飾り馬)
の三つのタイプがある。
うま博士(見習い)
京都府生まれ。工学部化学科卒。修士課程修了。歯学部卒。
高校時代に競馬がすきになる。これが馬への最初の原点。
そこから月日は流れて、競馬から馬へ次第に興味が変化。
馬好きが高じて、歯学部在学中に日本ウマ科学会に入会。
さらに、馬産地にて歯科医師の修行を開始。そこで、本格
的に乗馬にトライする。現在も、馬についての新しい研究
対象を模索中。
一方、「祈願や雨乞いなどのために神に奉納される馬」
は、当初は生きている馬であったが、小規模の神社で
はその世話などが重荷となること、献納する側にも大
きな負担となることなどから、木馬・土馬・板立馬・
石像・銅像・絵馬などに置き換わっていったのである。
図 1 様々な神馬(2013 年)
私たち日本人にとって、神社は身近で特別な存在で
あり、その神社と馬には深い繋がりがある。生きてい
る(生馬の)神馬はお参りをする際に、馬を尊く感じ
ることが出来る大きな存在である。しかしながら現在、
昔と比べると生馬の神馬が少なくなっている。
そこで、生馬の神馬に焦点を当て、その神馬が奉ら
れている神社の現状を視察・調査したので、その内容
について報告する。
生馬の『神馬』がいる神社( 図 2 )
2013 年現在、インターネット等で調査した結果、少
なくともここに示す 13 社の神社に生馬の神馬(以下
「神馬」と省略する)がいることが確認出来た。
図 2 生馬の神馬がいる神社(2013 年)
これらの内、「神馬」を取り巻く環境が整っていると
思われる 2 社(歴史が古く由緒ある「伊勢神宮」と相
馬野馬追祭りで有名な「相馬中村神社」)を除く 11 社
について取材を行ったので、それについて報告する。
① 日光東照宮(図 3-1,2 )
図 3-1 日光東照宮
神馬は 2 頭おり、サラブレッドの福勇(騸・芦毛・
13 歳)とサラブレッドとストックホースの中半血の光
徳(騸・芦毛・17 歳)である。
福勇は平成 23 年に JRA から、光徳は平成 17 年に
ニュージーランド政府と国民から奉納された。外国か
ら神馬が奉納されるのは大変珍しく、今回の取材でも
この一頭のみであった。
これは、1964 年の東京オリンピック終了後に日本馬
術連盟に寄贈した白馬を、1972 年に奉納したことがき
っかけである。その後に来日したニュージーランド首
相が、新たな神馬の寄贈を約束し、現在に至っている。
神馬は二頭が毎日交代で厩舎から神馬舎に出ている。
管理は世話をする人(調教師)一人であり、サポート
として神職の職員が数人程手伝っている。
先代の馬達までは 5 月と 10 月の年 2 回ある百物揃
千人武者行列(千人行列)で神様(日光東照宮では徳
川家康のこと。)を乗せていた。
図 3-2 日光東照宮の光徳
② 神田明神( 図 4-1,2 )
図 4-1 神田明神
神馬はミニチュアホースの明(牝・芦毛・3 歳)で
ある。
宮司さんが馬を持つのが長年の夢で、2 年前に実現
した(長野県のスエトシ牧場から購入した。)。神馬が
新しく来たことにより、神社の顔の1つとも言える存
在になっている。馬の存在自体の癒しの効果もあり、
神馬が来てから毎日見に来る人もいるとのことである。
世話や調教は元 JRA 職員の神職の方が一人で行っ
ており、他の神職の方たちがサポートしている。
都会では夏は非常に暑くなる為、この期間(約一か
月半)は千葉の成田に避暑させているとのことである。
この神職の方は、ミニチュアホースやポニーならで
はの大きさや性格が、新しく神馬を導入する(神社に
神馬を復活させる。)には一番可能性が高いとお話にな
られており、現在の神馬を取り巻く環境を考えると、
筆者もその意見に強く共感を覚えました。
神馬は、5 月の神田祭の神幸祭で初めて祭事に参加
した。日本橋から神田の間を花籠馬車を引き、周囲の
注目を集めて活躍した。
図 4-2 神田明神の明と巫女さん
③ 立石熊野神社( 図 5-1,2 )
図 5-1 立石熊野神社
神馬は 2 頭おり、シェトランドポニーのきらら(牝・
栗毛・19 歳)とポニー(シェットランドポニーとアメ
リカンミニポニー)のちょこ(牝・栗毛・2 歳)であ
る。
それぞれ、15 年前と 2 年前に未調教で神社に来て、
それから馴致を行った。
神社の境内と幼稚園が隣接しており、その中間に厩
舎兼馬場がある。神馬は神社が購入し、前述の神田明
神の神職の方が兼任で奥様と二人で世話や調教を行っ
ている。
この神職の方は、神田明神の神馬の復活や立石熊野
神社の神馬と園児との交流等、神馬の一般の方への発
信や認知に積極的に活動されている。
神馬は、園児を乗せたりすることもあり、いつでも
触れ合える環境にある。園児たちにとっては神馬とい
うより、お友達という感覚とのことである。また、ボ
ロは近くの畑の肥料に使われており、園児たちの自然
学習の一環にもなっている。
図 5-2 立石熊野神社のきららとちょこ
④ 小室浅間神社( 図 6-1,2 )
図 6-1 小室浅間神社
神馬は 2 頭おり、アラブのアレックス(騸・芦毛・
20 歳)とサラブレッドのトキン(牡・栗毛・3 歳)で
ある。
最初に神馬が奉納されたきっかけは、20 年程前であ
り、祭りを維持するためであった。昔は、祭りには町
の人が所有する馬が使われていたが、それらの馬は
段々と減っていった為である。
それ以降、途切れることなく 6 代目まで神馬が奉納
されている。アレックスは 3 代目、トキンは 6 代目で
ある。5 代目までは JRA から奉納されており、6 代目
は馬主からの奉納である。
神馬としての条件は、元々お祭りで農耕馬を使って
いた為、毛色は白でなくても良いとのことである(性
別は牡馬か騸馬とのことである。)。
神馬の世話や調教は、総代の方たちに協力してもら
いながら、宮司さんが主に一人でされている。
神馬は、5 月の馬祭り(子供達の体験乗馬等がある。)
と 9 月の流鏑馬(農耕信仰および村の人々に密接した
神事で、馬の足跡によって吉凶を占う。)で活躍してい
る。
図 6-2 小室浅間神社のアレックスとトキン
⑤ 多度大社( 図 7-1,2 )
図 7-1 多度大社
神馬はサラブレッドの錦山(牡・芦毛・18 歳)であ
る。
JRA の競走馬であり、平成 11 年 12 月に神馬会より
神社に奉納された。
多度大社の神馬会は会費制であり、愛知県を中心に
全国に 550 人もの会員がおり、神馬をサポートしてい
る。 一般の多くの人々が参加して神馬を維持する会
は珍しく、今回の取材では多度大社のみであった。
また、神馬会が呼び掛け、名古屋競馬場でこの神馬
の名を冠したレース(多度大社神馬会錦山号)も行わ
れている。(会員達で集まり、観戦するとのことである。)
神馬の世話や調教は、神馬会の馬に詳しい 2 人が交
代で行っている。名古屋競馬場が近いこともあり、獣
医師や装蹄師などとの連携は非常にスムーズに行われ
ている。
神馬舎は新しく清潔であり、そのすぐ横に小馬場が
あり、近くには大馬場もあり、神馬の為の環境が整え
られている。
図 7-2 多度大社の錦山
⑥ 上賀茂神社(賀茂別雷神社)( 図 8-1,2 )
図 8-1 上賀茂神社
神馬はサラブレッドの神山(騸・芦毛・9 歳)であ
る。
平成 23 年 9 月に JRA から奉納された。戦前や江戸
時代には神馬がおり、一度途絶えたが、神社関係者の
努力で昭和 40 年代から復活し、現在 6 代目である。
神馬は、20 歳ぐらいまでで交代を考えており、5 代目
の先代は保養地にいる。
普段は京都産業大学の馬術部に委託しており、世話
や調教をしてもらっている。日曜日と月の一日に境内
の神厩舎に滞在している。
大学の厩舎から神社までの距離が公道で 2 時間かか
るため、公道の馴致が非常に重要である。しかしなが
ら、近年は馬のことをよく知らない人達も多い為、突
然走って近付いて来たり、ペットの犬と一緒に近付い
て来たりと危険になる場面も多い為、馬運車の導入も
検討しているとのことである。
神馬は 1 月の白馬奏覧神事、5 月の葵祭の神事で活
躍し、参拝者や観光客など、多くの人々の注目を浴び
ている。
図 8-2 上賀茂神社の神山
⑦ 大和国鹿島香取本宮( 図 9-1,2 )
図 9-1 大和国鹿島香取本宮
神馬は 2 頭おり、サラブレッドの鹿島(牡・芦毛・
8 歳)と香取(騸・芦毛・18 歳)である。
約 50 年前より途切れることなく神馬がおり、神馬
は奉納されることは少なく、神社が購入することがほ
とんどである。鹿島は平成 24 年 6 月、香取は平成 25
年 8 月に購入された。
神馬の世話や調教は、宮司さんとその家族が行って
いる。
大和国鹿島香取本宮は、神馬がいる他の多くの神社
の様な規模や知名度の大きな神社ではないにもかかわ
らず、2 頭の神馬を維持・管理し、これら神馬が神事
において活躍していることは、本来ならば非常に難し
く大変なことである。神馬が、約 50 年前より途切れ
ることなく続いている事に、神社の神馬に対する強い
思いを感じることが出来る。
祭事の七五三参りで、その歳の子供を神馬に乗せる
記念撮影を行っており、最近では、子供の頃自分が撮
ってもらったので、是非自分の子供や孫にもと、二世
代・三世代に渡って記念撮影をされる参拝者が増えて
来ている。
図 9-2 大和国鹿島香取本宮の香取
⑧ 丹生川上神社下社( 図 10-1,2 )
図 10-1 丹生川上神社下社
神馬は 2 頭おり、北海道和種の白龍(騸・月毛・7
歳)とミニチュアホースの黒龍(騸・黒毛・8 歳)で
ある。昨年の 2012 年に室町時代以来 562 年ぶりに復
活した。
丹生川上神社三社(上社・中社・下社)は、水神を
祀る神社であり、一昨年の東日本大震災と紀伊半島大
水害からの日本の復興として神馬献上祭を復活させる
声があがり(被災地の崇敬者からの申し入れ)、神馬が
復活したのである。
これにより、戦後に宗教法人法の下でそれぞれが独
立し、交流が薄れていた三社が一体となって日本の復
興を祈っていくこととなり、三社の丹生川上神馬講も
設立された。
普段は下社で飼育されており、宮司夫妻が二人で世
話をしている。
神馬は、丹生川上神社三社(上社・中社・下社)で
のそれぞれの献上祭(黒馬・白馬と黒馬・白馬)で活
躍している(炎旱(ひでり)の時には黒馬を献じて雨
乞いを、霖雨(ながあめ)の時は白馬を献じて雨止み
を祈願したことにちなんでいる。)。
図 10-2 丹生川上神社下社の白龍
⑨ 石切劔箭神社( 図 11-1,2 )
図 11-1 石切劔箭神社
神馬は 3 頭おり、サラブレッドのリュウ(騸・芦毛・
30 歳)と白風(騸・芦毛・11 歳)、中半血のスルース
(騸・芦毛・28 歳)である。
それぞれ、リュウとスルースは 4 年以上前に、白風
は 2 年前に奉納された。
3 頭は、専属の職員二人が世話と管理(調教)を行
っている。
大きな厩舎周辺は静かで、厩舎の目の前に馬場(下
図)があるほか、近くには大馬場もあり、馬にとって
非常に環境が良い。このことは、高齢の馬 2 頭が元気
に活躍していることが示している。
これら馬にとって非常に恵まれた人的・場所的環境
は、石切神社への多くの崇敬者の信仰心と石切神社の
神馬に対する強い理解によって守られていると著者は
実感した。
神馬は、5 月のこどもの日には記念の写真撮影や餌
の人参やりで活躍し、8 月の夏祭り(大幣神事)では
神輿と共に行列に参加して活躍しており、近所の住民
たちに親しまれている。
図 11-2 石切劔箭神社の白風
⑩ 住吉大社( 図 12-1,2 )
図 12-1 住吉大社
神馬は北海道和種の白雪(牡・佐目毛・9 歳)であ
る。赤い目を持つ珍しい神馬である。
平成 23 年 5 月に神馬講より奉納された。神馬は純
血の道産子(北海道和種)と決められている。神馬の
世代が変わる頃になると不思議と新しい神馬との縁が
あり、引き継がれていくとのことである。
住吉大社では、以前は境内の厩舎に常に神馬がいた
とのことであるが、世話をする方が高齢の為に辞めて
からは、祭事の前後に境内の厩舎に滞在する形になっ
た。
現在は、普段は杉谷乗馬クラブで飼育されており、
神事の前後に境内の神馬舎に滞在する(7 月 20 日頃~
8 月 1 日と 12 月 20 日頃から 1 月 10 日頃)。
神馬は、8 月 1 日の住吉祭神輿渡御、1 月 7 日の白
馬(あおうま)神事の祭事・神事で活躍しており、一
般の方や参拝者の衆目を集めて活躍している。特に白
馬神事では、神馬を一年の初めに見ると、その年は無
病息災となり大変縁起が良いとされており、さらに神
馬に触ることも可能である為、多くの参拝者が祭事に
参加している。
図 12-2 住吉大社の白雪
⑪ 金刀比羅宮( 図 13-1,2 )
図 13-1 金刀比羅宮
神馬は北海道和種とリピッツアの中半血の月琴
(騸・月毛・8 歳)である。
最初に神馬が奉納されたのは大正 10 年であり、そ
れ以来神馬は途切れずに続いており、現在の月琴で 14
代目である。
戦時中に神馬が途切れてしまった神社が多い中、金
刀比羅宮は途切れずに続いており、その資料が残って
いる数少ない神社の一つである。
金刀比羅宮は山の中腹に鎮座する神社であり、自然
の静かな環境の中に厩舎がある。厩舎から 15 分ほど
離れた所に昔の草野球場跡の馬場があり、非常に広く
て快適な環境が整っている。
また、神馬と共にサラブレッドのトウカイスタント
(騸・黒鹿毛・21 歳)も飼育されており、両馬にとっ
て環境の良い状態となっている。
神馬の世話や調教は、専属の調教師が行っており、
一人で上記 2 頭の世話をしている。
神馬は年に一度の神事である例大祭に参加し、活躍
している。
図 13-2 金刀比羅宮の月琴
「神馬」が各神社にいつ頃から存在したかは、明確
でないところもあるが、1960 年以降の約 50 年の間に、
「神馬」が復活あるいは飼い始められた神社は、昭和
40 年代に復活した上賀茂神社・日光東照宮を含め、大
和国鹿島香取本宮・小室浅間神社・立石熊野神社・神
田明神・丹生川上神社の7ヶ所もあり、現在「神馬」
がいる神社のかなりの割合を占めている(図 14)。
そして新たに、ここ数年で2ヶ所の神社(丹生川上
神社・神田明神)が「神馬」を復活させている。
しかし一方では、ここ 10 年近くで、少なくとも4
ヶ所の神社(駒宮神社・鹽竈神社・石清水八幡宮・宇
佐神宮)の「神馬」が途絶えてしまっている。
図 14 生馬の神馬がいる神社
このような『生きている』「神馬」の復活や途絶えは
「神馬」が存在できる環境の変化が原因であると考え
られる。それでは、神社に「神馬」が存在できる環境
とは、どのようなものであろうか?(図 15)
○ 明るく清潔な厩舎や十分な広さがある馬場など
の場所的な環境
○ 調教師・獣医師・装蹄師など神馬の世話をする人
がいる環境
○ 「神馬」を奉納する人や「神馬」に対する理解が
ある崇敬者・参拝者などが存在する環境
○ 「神馬」への深い理解を持った神社の神職が存在
する環境
などがある。
これらの環境が整っているからこそ、神社に『生き
ている』「神馬」が存在できるのである。
図 15 神社に生馬の神馬が存在できる環境
しかし、この様な恵まれた環境の維持は必ずしも容
易なことではない。各神社では、少しでも環境が良く
なるように様々な工夫がされていた。(図 16)
ガレージや鳥小屋を厩舎として利用したり、近くの
公園を運動馬場として利用したりすることで場所的環
境を確保していた。また、複数頭の馬を飼育すること
で馬が精神的に安定できる精神的環境を考慮していた。
さらに、「神馬」に対する理解者が神職や崇敬者ある
いは神馬会などに存在し、その人たちによって「神馬」
と人が交流できる環境と機会が維持されてきた。
(馬の知識がない人からのクレーム等にも根気よく対
応し、神馬に対する理解を求めている。)
図 16 神馬の環境への工夫
「神馬」は理解ある人々によって維持されている一
方で、「神馬」は人々の住む地域への貢献を果たしてい
る(図 17)。
例えば、神社内にある幼稚園での園児と神馬の触れ
合いや七五三で神馬に乗っての記念撮影などで幼少期
に馬と触れ合うことは、子供たちにとって忘れられな
い思い出の一つとなるであろう。
余談ではあるが、筆者と馬との関わりにおいて、神
社にいる「神馬」との幼少時代の出会いが重要な役割
を果たしている。
また、神馬舎に「神馬」がいることにより、何人か
の参拝者の記憶に強く残ることは疑いの余地はないと
思われる。これは、筆者の考えではあるが、神社とい
う「静」の空間の中にある、人間以外の「動」という
存在が、記憶に刻まれる原因のひとつとなり得るから
ではないかと思うのである。
図 17 神馬の地域への貢献
結論
まとめとして、生馬の神馬について、11 ヶ所の神社
で取材した結果、以下のことが明らかとなった。
○ 馬齢は 3~30 歳と幅広く、性別は主に騸馬か牡
馬である
○ 各神社の神馬は 1~3 頭の少頭数である。
○ 馬の種類は様々で、サラブレッド・北海道和種・
ポニーが多い。
○ 毛色は芦毛や月毛等の白色がほとんどである。
○ 奉納ではなく購入している神社もある。
○ 管理は職員や委託先、神職が行っている。
○ 神馬が途絶えた神社がある一方で、近年、神馬を
復活させたり、飼い始めた神社もある。
○ 神馬の調教は、すべての神社で落ち着いた状態に
なることと健康への留意が最も大切である。
○ 世代交代した神馬は保養地や厩舎で余生を送っ
ている。
神社に「神馬」が存在できる環境を先ほど述べたが、
その為には、多くの人の志・協力・理解が必要不可欠
であると感じられた。これら多くの人の志・協力・理
解は『和の心』(和とは、自己の主体性を保ちながら他
者と協調すること)に基づいているのではないであろ
うか?そして『和の心』は日本の精神と文化を保持し
てきたと言える神社に原点があるのではないであろう
か?
神馬とは、「神聖な存在であるなかに身近な存在でも
あり、神社にとってなくてはならない生き物である。」
と筆者は思うのである。
上述のことは、近年減少している馬の場合について
も同様である。馬の存在を維持・発展していくには、
図 18 のように馬に関わる全ての人々の志・協力・理
解という『和の心』が必要不可欠であると思うのであ
る。
図 18 馬を取り巻く理想の環境
馬と関係がある様々な団体

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神馬は今 2013

  • 1. 参考資料 神馬は今 ウマ博士(見習い)他 はじめに 人が生まれてから、馬を実際に初めて見る機会は 様々である。それは、現在なら、競馬場や牧場、乗馬 施設あるいは観光での馬がほとんどであると思う。 正直に言うと、私と馬の正確な最初の出会いは、幼 すぎてはっきりとは記憶にはない。しかしながら、物 心付いた頃から、地元の神社に馬がいたことが記憶に 焼き付いている。私の地元の神社は、京都府八幡市の 八幡山にある石清水八幡宮であり、その山を登った山 頂に「神馬」がいた。ちょうど数百段の階段を上りき った所に馬がいたことが、より一層記憶に残るものに なったのだろう。それ以来、生きている馬は神社にい るものだという印象を持つようになったのである。そ れは、馬という存在を強く意識するようになったきっ かけでもあった。 今の時代において、馬と関わりのない家庭に生まれ た人が、馬と関わる機会は、ほとんどないと言っても 過言ではない。馬と関わる最初の機会の選択肢が少な くなっている現在、最初の出会いが「神馬」となる可 能性は、比較的高いのではないかと私は思うのである。 「神馬」は、生きているということによって、神社 に参拝する人々にとって、記憶に残る存在となると思 われる。それゆえ、「神馬」は多くの人に馬の魅力を知 ってもらうきっかけになる可能性がある。そこで、こ の「神馬」について調査したいと考えたのである。 序論 日本には八万社以上の神社があると言われ、昔から 日本人の暮らしには身近な存在である。日本人は無宗 教と言われながら、これだけの数の神社が 2000 年以 上もの昔から現在まで存在し続けているのは、神社は それぞれの地域のまとまりの中心にあり、地域の人々 にとって、なくてはならない存在であったからではな いだろうか? 神社は大昔から日本の文化と共に受け継がれてきた ものであり、一つの文化ともいえ、我々の先祖とのつ ながりを感じることが出来る場所であった。しかし、 最近では人々の移住も多い為、徐々に地域内での人々 の関係そして神社と人々の関係が薄らいできている。 今、改めて日本の精神と文化を保持してきたと言え る神社を見つめ、神社と人々の繋がりを考える必要が あるのではないかと思うのである。 本稿では、ウマ科学会の立場で、その神社と深い繋 がりがある神馬について考察した。 『神馬』について( 図 1 ) 神馬とは、「日本の神社に奉納された馬」、または< 祭事の際に使用される馬>のことである。 奈良時代から祈願のために馬を奉納する習わしがあ り、奉納者は一般の民間人から皇族まで様々である。 また、奉納される馬は道産子やサラブレッドなど様々 な種類がある。 「日本の神社に奉納された馬」には、『神が乗られる 馬』と「祈願や雨乞いなどのための馬」がある。古来 より、馬は神の乗り物とされ、神は馬に乗って降臨さ れるものとされてきた。多くの神社が、それらに備え て境内の神馬舎などに生きている馬や馬像を収容して いる。 神が乗られる『神馬』には、①生きている神馬、② 腹部に社紋をつけたブロンズ神馬像、③神馬舎や楼門 などに納められ、化粧し装飾された神馬像(飾り馬) の三つのタイプがある。 うま博士(見習い) 京都府生まれ。工学部化学科卒。修士課程修了。歯学部卒。 高校時代に競馬がすきになる。これが馬への最初の原点。 そこから月日は流れて、競馬から馬へ次第に興味が変化。 馬好きが高じて、歯学部在学中に日本ウマ科学会に入会。 さらに、馬産地にて歯科医師の修行を開始。そこで、本格 的に乗馬にトライする。現在も、馬についての新しい研究 対象を模索中。
  • 2. 一方、「祈願や雨乞いなどのために神に奉納される馬」 は、当初は生きている馬であったが、小規模の神社で はその世話などが重荷となること、献納する側にも大 きな負担となることなどから、木馬・土馬・板立馬・ 石像・銅像・絵馬などに置き換わっていったのである。 図 1 様々な神馬(2013 年) 私たち日本人にとって、神社は身近で特別な存在で あり、その神社と馬には深い繋がりがある。生きてい る(生馬の)神馬はお参りをする際に、馬を尊く感じ ることが出来る大きな存在である。しかしながら現在、 昔と比べると生馬の神馬が少なくなっている。 そこで、生馬の神馬に焦点を当て、その神馬が奉ら れている神社の現状を視察・調査したので、その内容 について報告する。 生馬の『神馬』がいる神社( 図 2 ) 2013 年現在、インターネット等で調査した結果、少 なくともここに示す 13 社の神社に生馬の神馬(以下 「神馬」と省略する)がいることが確認出来た。 図 2 生馬の神馬がいる神社(2013 年) これらの内、「神馬」を取り巻く環境が整っていると 思われる 2 社(歴史が古く由緒ある「伊勢神宮」と相 馬野馬追祭りで有名な「相馬中村神社」)を除く 11 社 について取材を行ったので、それについて報告する。 ① 日光東照宮(図 3-1,2 ) 図 3-1 日光東照宮 神馬は 2 頭おり、サラブレッドの福勇(騸・芦毛・ 13 歳)とサラブレッドとストックホースの中半血の光 徳(騸・芦毛・17 歳)である。 福勇は平成 23 年に JRA から、光徳は平成 17 年に ニュージーランド政府と国民から奉納された。外国か ら神馬が奉納されるのは大変珍しく、今回の取材でも この一頭のみであった。 これは、1964 年の東京オリンピック終了後に日本馬 術連盟に寄贈した白馬を、1972 年に奉納したことがき っかけである。その後に来日したニュージーランド首 相が、新たな神馬の寄贈を約束し、現在に至っている。 神馬は二頭が毎日交代で厩舎から神馬舎に出ている。 管理は世話をする人(調教師)一人であり、サポート として神職の職員が数人程手伝っている。 先代の馬達までは 5 月と 10 月の年 2 回ある百物揃 千人武者行列(千人行列)で神様(日光東照宮では徳 川家康のこと。)を乗せていた。 図 3-2 日光東照宮の光徳
  • 3. ② 神田明神( 図 4-1,2 ) 図 4-1 神田明神 神馬はミニチュアホースの明(牝・芦毛・3 歳)で ある。 宮司さんが馬を持つのが長年の夢で、2 年前に実現 した(長野県のスエトシ牧場から購入した。)。神馬が 新しく来たことにより、神社の顔の1つとも言える存 在になっている。馬の存在自体の癒しの効果もあり、 神馬が来てから毎日見に来る人もいるとのことである。 世話や調教は元 JRA 職員の神職の方が一人で行っ ており、他の神職の方たちがサポートしている。 都会では夏は非常に暑くなる為、この期間(約一か 月半)は千葉の成田に避暑させているとのことである。 この神職の方は、ミニチュアホースやポニーならで はの大きさや性格が、新しく神馬を導入する(神社に 神馬を復活させる。)には一番可能性が高いとお話にな られており、現在の神馬を取り巻く環境を考えると、 筆者もその意見に強く共感を覚えました。 神馬は、5 月の神田祭の神幸祭で初めて祭事に参加 した。日本橋から神田の間を花籠馬車を引き、周囲の 注目を集めて活躍した。 図 4-2 神田明神の明と巫女さん ③ 立石熊野神社( 図 5-1,2 ) 図 5-1 立石熊野神社 神馬は 2 頭おり、シェトランドポニーのきらら(牝・ 栗毛・19 歳)とポニー(シェットランドポニーとアメ リカンミニポニー)のちょこ(牝・栗毛・2 歳)であ る。 それぞれ、15 年前と 2 年前に未調教で神社に来て、 それから馴致を行った。 神社の境内と幼稚園が隣接しており、その中間に厩 舎兼馬場がある。神馬は神社が購入し、前述の神田明 神の神職の方が兼任で奥様と二人で世話や調教を行っ ている。 この神職の方は、神田明神の神馬の復活や立石熊野 神社の神馬と園児との交流等、神馬の一般の方への発 信や認知に積極的に活動されている。 神馬は、園児を乗せたりすることもあり、いつでも 触れ合える環境にある。園児たちにとっては神馬とい うより、お友達という感覚とのことである。また、ボ ロは近くの畑の肥料に使われており、園児たちの自然 学習の一環にもなっている。 図 5-2 立石熊野神社のきららとちょこ
  • 4. ④ 小室浅間神社( 図 6-1,2 ) 図 6-1 小室浅間神社 神馬は 2 頭おり、アラブのアレックス(騸・芦毛・ 20 歳)とサラブレッドのトキン(牡・栗毛・3 歳)で ある。 最初に神馬が奉納されたきっかけは、20 年程前であ り、祭りを維持するためであった。昔は、祭りには町 の人が所有する馬が使われていたが、それらの馬は 段々と減っていった為である。 それ以降、途切れることなく 6 代目まで神馬が奉納 されている。アレックスは 3 代目、トキンは 6 代目で ある。5 代目までは JRA から奉納されており、6 代目 は馬主からの奉納である。 神馬としての条件は、元々お祭りで農耕馬を使って いた為、毛色は白でなくても良いとのことである(性 別は牡馬か騸馬とのことである。)。 神馬の世話や調教は、総代の方たちに協力してもら いながら、宮司さんが主に一人でされている。 神馬は、5 月の馬祭り(子供達の体験乗馬等がある。) と 9 月の流鏑馬(農耕信仰および村の人々に密接した 神事で、馬の足跡によって吉凶を占う。)で活躍してい る。 図 6-2 小室浅間神社のアレックスとトキン ⑤ 多度大社( 図 7-1,2 ) 図 7-1 多度大社 神馬はサラブレッドの錦山(牡・芦毛・18 歳)であ る。 JRA の競走馬であり、平成 11 年 12 月に神馬会より 神社に奉納された。 多度大社の神馬会は会費制であり、愛知県を中心に 全国に 550 人もの会員がおり、神馬をサポートしてい る。 一般の多くの人々が参加して神馬を維持する会 は珍しく、今回の取材では多度大社のみであった。 また、神馬会が呼び掛け、名古屋競馬場でこの神馬 の名を冠したレース(多度大社神馬会錦山号)も行わ れている。(会員達で集まり、観戦するとのことである。) 神馬の世話や調教は、神馬会の馬に詳しい 2 人が交 代で行っている。名古屋競馬場が近いこともあり、獣 医師や装蹄師などとの連携は非常にスムーズに行われ ている。 神馬舎は新しく清潔であり、そのすぐ横に小馬場が あり、近くには大馬場もあり、神馬の為の環境が整え られている。 図 7-2 多度大社の錦山
  • 5. ⑥ 上賀茂神社(賀茂別雷神社)( 図 8-1,2 ) 図 8-1 上賀茂神社 神馬はサラブレッドの神山(騸・芦毛・9 歳)であ る。 平成 23 年 9 月に JRA から奉納された。戦前や江戸 時代には神馬がおり、一度途絶えたが、神社関係者の 努力で昭和 40 年代から復活し、現在 6 代目である。 神馬は、20 歳ぐらいまでで交代を考えており、5 代目 の先代は保養地にいる。 普段は京都産業大学の馬術部に委託しており、世話 や調教をしてもらっている。日曜日と月の一日に境内 の神厩舎に滞在している。 大学の厩舎から神社までの距離が公道で 2 時間かか るため、公道の馴致が非常に重要である。しかしなが ら、近年は馬のことをよく知らない人達も多い為、突 然走って近付いて来たり、ペットの犬と一緒に近付い て来たりと危険になる場面も多い為、馬運車の導入も 検討しているとのことである。 神馬は 1 月の白馬奏覧神事、5 月の葵祭の神事で活 躍し、参拝者や観光客など、多くの人々の注目を浴び ている。 図 8-2 上賀茂神社の神山 ⑦ 大和国鹿島香取本宮( 図 9-1,2 ) 図 9-1 大和国鹿島香取本宮 神馬は 2 頭おり、サラブレッドの鹿島(牡・芦毛・ 8 歳)と香取(騸・芦毛・18 歳)である。 約 50 年前より途切れることなく神馬がおり、神馬 は奉納されることは少なく、神社が購入することがほ とんどである。鹿島は平成 24 年 6 月、香取は平成 25 年 8 月に購入された。 神馬の世話や調教は、宮司さんとその家族が行って いる。 大和国鹿島香取本宮は、神馬がいる他の多くの神社 の様な規模や知名度の大きな神社ではないにもかかわ らず、2 頭の神馬を維持・管理し、これら神馬が神事 において活躍していることは、本来ならば非常に難し く大変なことである。神馬が、約 50 年前より途切れ ることなく続いている事に、神社の神馬に対する強い 思いを感じることが出来る。 祭事の七五三参りで、その歳の子供を神馬に乗せる 記念撮影を行っており、最近では、子供の頃自分が撮 ってもらったので、是非自分の子供や孫にもと、二世 代・三世代に渡って記念撮影をされる参拝者が増えて 来ている。 図 9-2 大和国鹿島香取本宮の香取
  • 6. ⑧ 丹生川上神社下社( 図 10-1,2 ) 図 10-1 丹生川上神社下社 神馬は 2 頭おり、北海道和種の白龍(騸・月毛・7 歳)とミニチュアホースの黒龍(騸・黒毛・8 歳)で ある。昨年の 2012 年に室町時代以来 562 年ぶりに復 活した。 丹生川上神社三社(上社・中社・下社)は、水神を 祀る神社であり、一昨年の東日本大震災と紀伊半島大 水害からの日本の復興として神馬献上祭を復活させる 声があがり(被災地の崇敬者からの申し入れ)、神馬が 復活したのである。 これにより、戦後に宗教法人法の下でそれぞれが独 立し、交流が薄れていた三社が一体となって日本の復 興を祈っていくこととなり、三社の丹生川上神馬講も 設立された。 普段は下社で飼育されており、宮司夫妻が二人で世 話をしている。 神馬は、丹生川上神社三社(上社・中社・下社)で のそれぞれの献上祭(黒馬・白馬と黒馬・白馬)で活 躍している(炎旱(ひでり)の時には黒馬を献じて雨 乞いを、霖雨(ながあめ)の時は白馬を献じて雨止み を祈願したことにちなんでいる。)。 図 10-2 丹生川上神社下社の白龍 ⑨ 石切劔箭神社( 図 11-1,2 ) 図 11-1 石切劔箭神社 神馬は 3 頭おり、サラブレッドのリュウ(騸・芦毛・ 30 歳)と白風(騸・芦毛・11 歳)、中半血のスルース (騸・芦毛・28 歳)である。 それぞれ、リュウとスルースは 4 年以上前に、白風 は 2 年前に奉納された。 3 頭は、専属の職員二人が世話と管理(調教)を行 っている。 大きな厩舎周辺は静かで、厩舎の目の前に馬場(下 図)があるほか、近くには大馬場もあり、馬にとって 非常に環境が良い。このことは、高齢の馬 2 頭が元気 に活躍していることが示している。 これら馬にとって非常に恵まれた人的・場所的環境 は、石切神社への多くの崇敬者の信仰心と石切神社の 神馬に対する強い理解によって守られていると著者は 実感した。 神馬は、5 月のこどもの日には記念の写真撮影や餌 の人参やりで活躍し、8 月の夏祭り(大幣神事)では 神輿と共に行列に参加して活躍しており、近所の住民 たちに親しまれている。 図 11-2 石切劔箭神社の白風
  • 7. ⑩ 住吉大社( 図 12-1,2 ) 図 12-1 住吉大社 神馬は北海道和種の白雪(牡・佐目毛・9 歳)であ る。赤い目を持つ珍しい神馬である。 平成 23 年 5 月に神馬講より奉納された。神馬は純 血の道産子(北海道和種)と決められている。神馬の 世代が変わる頃になると不思議と新しい神馬との縁が あり、引き継がれていくとのことである。 住吉大社では、以前は境内の厩舎に常に神馬がいた とのことであるが、世話をする方が高齢の為に辞めて からは、祭事の前後に境内の厩舎に滞在する形になっ た。 現在は、普段は杉谷乗馬クラブで飼育されており、 神事の前後に境内の神馬舎に滞在する(7 月 20 日頃~ 8 月 1 日と 12 月 20 日頃から 1 月 10 日頃)。 神馬は、8 月 1 日の住吉祭神輿渡御、1 月 7 日の白 馬(あおうま)神事の祭事・神事で活躍しており、一 般の方や参拝者の衆目を集めて活躍している。特に白 馬神事では、神馬を一年の初めに見ると、その年は無 病息災となり大変縁起が良いとされており、さらに神 馬に触ることも可能である為、多くの参拝者が祭事に 参加している。 図 12-2 住吉大社の白雪 ⑪ 金刀比羅宮( 図 13-1,2 ) 図 13-1 金刀比羅宮 神馬は北海道和種とリピッツアの中半血の月琴 (騸・月毛・8 歳)である。 最初に神馬が奉納されたのは大正 10 年であり、そ れ以来神馬は途切れずに続いており、現在の月琴で 14 代目である。 戦時中に神馬が途切れてしまった神社が多い中、金 刀比羅宮は途切れずに続いており、その資料が残って いる数少ない神社の一つである。 金刀比羅宮は山の中腹に鎮座する神社であり、自然 の静かな環境の中に厩舎がある。厩舎から 15 分ほど 離れた所に昔の草野球場跡の馬場があり、非常に広く て快適な環境が整っている。 また、神馬と共にサラブレッドのトウカイスタント (騸・黒鹿毛・21 歳)も飼育されており、両馬にとっ て環境の良い状態となっている。 神馬の世話や調教は、専属の調教師が行っており、 一人で上記 2 頭の世話をしている。 神馬は年に一度の神事である例大祭に参加し、活躍 している。 図 13-2 金刀比羅宮の月琴
  • 8. 「神馬」が各神社にいつ頃から存在したかは、明確 でないところもあるが、1960 年以降の約 50 年の間に、 「神馬」が復活あるいは飼い始められた神社は、昭和 40 年代に復活した上賀茂神社・日光東照宮を含め、大 和国鹿島香取本宮・小室浅間神社・立石熊野神社・神 田明神・丹生川上神社の7ヶ所もあり、現在「神馬」 がいる神社のかなりの割合を占めている(図 14)。 そして新たに、ここ数年で2ヶ所の神社(丹生川上 神社・神田明神)が「神馬」を復活させている。 しかし一方では、ここ 10 年近くで、少なくとも4 ヶ所の神社(駒宮神社・鹽竈神社・石清水八幡宮・宇 佐神宮)の「神馬」が途絶えてしまっている。 図 14 生馬の神馬がいる神社 このような『生きている』「神馬」の復活や途絶えは 「神馬」が存在できる環境の変化が原因であると考え られる。それでは、神社に「神馬」が存在できる環境 とは、どのようなものであろうか?(図 15) ○ 明るく清潔な厩舎や十分な広さがある馬場など の場所的な環境 ○ 調教師・獣医師・装蹄師など神馬の世話をする人 がいる環境 ○ 「神馬」を奉納する人や「神馬」に対する理解が ある崇敬者・参拝者などが存在する環境 ○ 「神馬」への深い理解を持った神社の神職が存在 する環境 などがある。 これらの環境が整っているからこそ、神社に『生き ている』「神馬」が存在できるのである。 図 15 神社に生馬の神馬が存在できる環境 しかし、この様な恵まれた環境の維持は必ずしも容 易なことではない。各神社では、少しでも環境が良く なるように様々な工夫がされていた。(図 16) ガレージや鳥小屋を厩舎として利用したり、近くの 公園を運動馬場として利用したりすることで場所的環 境を確保していた。また、複数頭の馬を飼育すること で馬が精神的に安定できる精神的環境を考慮していた。 さらに、「神馬」に対する理解者が神職や崇敬者ある いは神馬会などに存在し、その人たちによって「神馬」 と人が交流できる環境と機会が維持されてきた。 (馬の知識がない人からのクレーム等にも根気よく対 応し、神馬に対する理解を求めている。) 図 16 神馬の環境への工夫 「神馬」は理解ある人々によって維持されている一 方で、「神馬」は人々の住む地域への貢献を果たしてい る(図 17)。
  • 9. 例えば、神社内にある幼稚園での園児と神馬の触れ 合いや七五三で神馬に乗っての記念撮影などで幼少期 に馬と触れ合うことは、子供たちにとって忘れられな い思い出の一つとなるであろう。 余談ではあるが、筆者と馬との関わりにおいて、神 社にいる「神馬」との幼少時代の出会いが重要な役割 を果たしている。 また、神馬舎に「神馬」がいることにより、何人か の参拝者の記憶に強く残ることは疑いの余地はないと 思われる。これは、筆者の考えではあるが、神社とい う「静」の空間の中にある、人間以外の「動」という 存在が、記憶に刻まれる原因のひとつとなり得るから ではないかと思うのである。 図 17 神馬の地域への貢献 結論 まとめとして、生馬の神馬について、11 ヶ所の神社 で取材した結果、以下のことが明らかとなった。 ○ 馬齢は 3~30 歳と幅広く、性別は主に騸馬か牡 馬である ○ 各神社の神馬は 1~3 頭の少頭数である。 ○ 馬の種類は様々で、サラブレッド・北海道和種・ ポニーが多い。 ○ 毛色は芦毛や月毛等の白色がほとんどである。 ○ 奉納ではなく購入している神社もある。 ○ 管理は職員や委託先、神職が行っている。 ○ 神馬が途絶えた神社がある一方で、近年、神馬を 復活させたり、飼い始めた神社もある。 ○ 神馬の調教は、すべての神社で落ち着いた状態に なることと健康への留意が最も大切である。 ○ 世代交代した神馬は保養地や厩舎で余生を送っ ている。 神社に「神馬」が存在できる環境を先ほど述べたが、 その為には、多くの人の志・協力・理解が必要不可欠 であると感じられた。これら多くの人の志・協力・理 解は『和の心』(和とは、自己の主体性を保ちながら他 者と協調すること)に基づいているのではないであろ うか?そして『和の心』は日本の精神と文化を保持し てきたと言える神社に原点があるのではないであろう か? 神馬とは、「神聖な存在であるなかに身近な存在でも あり、神社にとってなくてはならない生き物である。」 と筆者は思うのである。 上述のことは、近年減少している馬の場合について も同様である。馬の存在を維持・発展していくには、 図 18 のように馬に関わる全ての人々の志・協力・理 解という『和の心』が必要不可欠であると思うのであ る。 図 18 馬を取り巻く理想の環境 馬と関係がある様々な団体