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自民党の「憲法改正草案」を読む
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TOSMOS 学習会
自民党の「憲法改正草案」を読む
2016.10.25
報告/須藤
■はじめに
「改憲勢力」が衆参両院の 3 分の 2 を確保した 2016 年 7 月の参院選を経て、自民党は改憲に向けた動
きを活発化させつつある。2016 年 10 月 18 日には、自民党は「憲法改正推進本部」の会合を開催し、自
民党の「憲法改正草案」(2012 年発表)をそのまま国会の憲法審査会には提案しないものの、これを自
民党の「公式文書」と位置づけて撤回はしない方針を確認した。
この学習会では、自民党の「憲法改正草案」の実際の条文を確認しながら、その内容をめぐって皆で
議論していきたい。
■自民党の「憲法改正草案」の主な特徴
▼前文―「人類普遍の原理」を削除し、復古的色彩を強めている
▽第 1 段落で、日本の「歴史」と「文化」を強調した上で、日本は「天皇を戴く国家」であると規定
▽第 3 堕落で、日本国民が「国と郷土を誇りと気概を持って自ら守」ることを規定(国防義務)
▽現行憲法における、「人類普遍の原理」(第 1 段落)および「ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和の
うちに生存する権利」(平和的生存権、第 2 段落)を削除
▼第 1 章―天皇の権威を強める内容で、国旗・国歌・元号についても規定
▽1 条で、天皇を「元首」と規定
→天皇の権能が実質化・拡大される可能性がある。
▽3 条で、「国旗」および「国歌」について規定をおくとともに、国民にその尊重義務を課している。
▽4 条で、「元号」に関する規定を新設
▽6 条 5 項で、天皇の「公的な行為」に関する規定を新設
▼第 2 章―章のタイトルを「安全保障」に変更し、国防軍を創設
▽章のタイトルを「戦争の放棄」から「安全保障」に変更
▽9 条 2 項から、「戦力の不保持」「交戦権の否認」を削除し、「自衛権」を明記
▽9 条の 2 第 1 項で、「国防軍を保持」することを規定(自衛隊を国防軍に「格上げ」)
▽9 条の 2 第 3 項では、国防軍に「公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動」
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(いわゆる治安出動)も認めている。
▽9 条の 2 第 5 項では、「国防軍に審判所を置く」と規定
▽9 条の 3 では、国が「領土等の保全」や「資源を確保」するために、「国民と協力」することも規定
▼「公共の福祉」ではなく「公益および公の秩序」によって基本的人権を制限
▽「公共の福祉」を削除し、かわりに「公益および公の秩序」により基本的人権を制約
→12 条、13 条、21 条 2 項、29 条 2 項
▽その意味するところは、現行憲法の「公共の福祉」が、すべての国民に平等に保障される人権どうし
の衝突を調整する原理(通説)を意味するのに対して、自民党案の「公益および公の秩序」は、人権の
上位に公益・公序をおき、これに反しない限りでのみ人権を認めることを意味する。
▼公務員の選定について、日本国籍を有する者に限定
▽15 条 3 項、94 条 2 項において、「日本国籍を有する」者に限る旨の制約を新設
▽とくに地方参政権における国籍条件については、立法政策の問題である(法律で選挙権を付与するこ
とは許容される)とするのが憲法学説の多数であり、また最高裁判所の立場とされている。ところが、
自民党案は、こうした学説や判例の立場を否定することを意味する。
▼「家族」に関する規定を新設
▽24 条 1 項に、家族の尊重と助け合いに関する規定を新設
▽これについては、「家族を個人よりも上位におくもの」「戦前の家制度の復活につながる」「この規定が
生存権の制限の理由に使われるおそれがある」などの批判がある。
▼公務員の労働基本権を制限
▽28 条 2 項を新設し、公務員の労働基本権の制限に関する規定を新設
▽公務員の労働基本権については、現在でも国家公務員法や地方公務員法により制限されており、とく
に争議行為については全面的に禁止されているが、これには批判も強い。自民党案は、このような制限
を憲法上、正当化しようとするものだといえる。
▼内閣―文民条項を緩和
▽66 条 2 項で、すべての国務大臣について、現行憲法の「文民でなければならない」との規定を、「現
役の軍人であってはならない」と変更
▽従来の政府の解釈では、退役軍人も含めて、強い軍国主義的思想をもつ者も統制の対象としてきたが、
自民党案では、直前まで軍人であった者でも、退役すれば大臣に就任できることになる。
▼地方自治―「団体自治」の理念は排除しつつ、道州制をも視野に
▽92 条では、「地方自治の本旨」に関する規定を新設している。しかしながら、一般的に「地方自治の本
旨」の内容とされる「住民自治」と「団体自治」(下記参照)の 2 つのうち、自民党案では「住民自治」
についてしか述べられておらず、実質的に「団体自治」については除外されている(あわせて、現行憲
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法 94 条の「財産管理権」「行政執行権」が、自民党案 95 条では削除されている点も参照のこと)。
▽「住民自治」と「団体自治」
住民自治…地方公共団体が、住民の意思に基づいて統治されること
団体自治…地方公共団体の事務が、中央政府から独立して行われること
▽さらに、道州制について、自民党が発表している「憲法改正草案」に関する Q&A では、「道州はこの
草案の広域地方自治体に当たり、この草案のままでも…道州制の導入は可能である」と述べている。
▼緊急事態条項を創設―内閣が緊急事態宣言によって、立法権を掌握して人権を制限できる
▽新たに第 9 章(98 条および 99 条)を創設し、緊急事態について詳細に規定
▽98 条 1 項は、内閣総理大臣が緊急事態を宣言できる場合について、「内乱等」「地震等」「法律で定め
る緊急事態」とするのみで詳細に限定していないため、濫用されるおそれがある。
▽99 条 1 項により、緊急事態においては、「内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することがで
きる」とされる。
▽99 条 3 項により、「何人も…国その他公の機関の指示に従わなければならない」として、限定なく人
権制限が可能となる。
▼憲法改正の国会発議のハードルを低くする―「3 分の 2 以上」から「過半数」に
▽100 条 1 項では、改憲発議に必要な国会の議決数について、現行憲法の「3 分の 2 以上」から「総議員
の過半数」に緩和している。
▼国家権力を縛る近代立憲主義の理念に反し、国民に憲法尊重擁護義務を課す
▽102 条 1 項では、現行憲法では権力者に対して要求されている憲法尊重擁護義務について、国民に対
してこれを課す内容が加えられている。
▽さらに、自民党案では、国民に義務を課す条項が数多く設けられている。
→国防義務(前文第 3 段落)、国旗・国歌尊重義務(3 条)、領土・資源確保義務(9 条の 3)、公益及
び公の秩序への服従義務(12 条)、個人情報不当取得等禁止義務(19 条の 2)、家族の相互扶助義務
(24 条)、環境保全義務(25 条の 2)、地方自治負担分担義務(92 条 2 項)、緊急事態指示服従義務
(99 条 3 項)など。
〔主な参考文献〕
自由民主党「日本国憲法改正草案」〔https://jimin.ncss.nifty.com/pdf/news/policy/130250_1.pdf〕(2012 年)
自由民主党憲法改正推進本部「日本国憲法改正草案 Q&A(増補版)」〔https://jimin.ncss.nifty.com/pdf/pamphlet/kenpou_qa.pdf〕
(2013 年)
渡辺治編著『憲法改正問題資料・下巻』(2015 年)
梓澤和幸・岩上安身・澤藤統一郎『前夜―日本国憲法と自民党改憲案を読み解く(増補改訂版)』(2015 年)
伊藤真『赤ペンチェック 自民党憲法改正草案(増補版)』(2016 年)
以 上