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こんにちの改憲論を概観する
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TOSMOS 学習会
こんにちの改憲論を概観する
2016.9.6
報告/須藤
■はじめに
今年 7 月の参議院選挙を経て、自民党・公明党・おおさか維新の会・日本のこころを大切にする党の
「改憲勢力」が参院全体の 3 分の 2 を超え、衆参両院で改憲の発議に必要な議席数を確保する結果とな
った(下記参照)。
では、さまざまな政党や論者が唱える「改憲論」とは、具体的にどのような内容なのか。この学習会
では、いわゆる「新たな改憲論」も含めて、こんにちの改憲論を概観していく。
▼【参考】衆参両院の「改憲勢力」の議席数(2016 年 9 月 6 日現在)
▽衆議院 1)(定数=475)
自民党 289/公明党 35/日本維新の会 15
計 339(「3 分の 2」ライン=317 以上)
▽参議院 2)(定数=242)
自民党 122/公明党 25/日本維新の会 12/日本のこころを大切にする党 3
計 162(「3 分の 2」ライン=162 以上)
(※「おおさか維新の会」は 2016 年 8 月 23 日に「日本維新の会」に党名を変更した。)
■各政党による改憲案・改憲論
(1)自由民主党
▼概説
自由民主党(自民党)は、2005 年 10 月に「新憲法草案」を発表した後、2012 年 4 月に、2 度目の改
憲案となる「憲法改正草案」を発表した。
これらの特徴について、一橋大学名誉教授の渡辺治は、2005 年の新憲法草案は、発議要件である国会
の 3 分の 2 を確保するために、「民主党や公明党との協議に入れる草案」をめざしていたのに対して、2012
年の憲法改正草案の発表の時点では、自民党は野党の地位にあったために改憲をただちに実現できない
ことから、他党を気にする必要なく自分たちの思いを吐露したものではないかと分析している 3)。
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▼2012 年の「憲法改正草案」のポイント 4)
(※以下における条文番号は、「憲法改正草案」における条文番号。)
▽前文は、新憲法草案に比べて、「国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り」という表現に象徴されるよ
うに、保守的・復古的色彩を強めている。
▽天皇の章では、天皇を「元首」であると規定したうえで、国旗・国歌の尊重規定が設けられている。
▽安全保障については、9 条の 2 が新設され、国防軍の保持とともに、国防軍の海外での武力行使を保障
している。また、審判所(軍法会議)の設置や、第 9 章「緊急事態」の規定などが設けられている。
▽「国民の権利及び義務」の章では、13 条の個人の尊重が「人として」の尊重に変更され、「公共の福祉」
は「公益及び公の秩序」に変更されている。また、24 条 1 項には家族の尊重規定が設けられている。
▽いわゆる「新しい人権」については、プライバシーの権利にあたる規定(19 条の 2)を設けているが、
知る権利、環境権などは、「国の責務」という形でのみ規定されている。
▽統治機構の部分では、内閣総理大臣の解散権(54 条)、政党に関する規定(64 条の 2)、財政の健全性
の原則(83 条 2 項)などが設けられている。
▽地方自治の章では、地方自治体における選挙権について「国籍条項」が設けられている(94 条 2 項)。
▽改正に関する規定では、発議要件を 3 分の 2 から「過半数」に緩和している(100 条 1 項)。
▽憲法尊重擁護義務(102 条)の条文において、1 項に国民の憲法尊重義務を設けている。これは、「憲
法は国家権力を制限するもの」という立憲主義の精神を相対化するものである。
(2)公明党
▼概説
現在、自民党とともに連立政権の座についている公明党は、改憲問題については、現行憲法の内容に
新たな内容を加える「加憲」という立場をとっている。
▼改憲問題に関する公明党の見解の主な内容 5)
▽憲法改正に関する議論については、国会の憲法審査会でしっかりと議論を進めることが必要。
▽平和・人権・民主の 3 原則を堅持しつつ、時代の進展に伴い提起されている新たな理念・条文を加え
て補強する「加憲」が最も現実的で妥当。
▽たとえば、環境権や地方自治の拡充などを対象として検討する。
▽憲法 9 条については、第 1 項・第 2 項を堅持した上で、自衛隊の存在の明記や国際貢献の在り方につ
いて、「加憲」の論議の対象として慎重に検討していく。
▽憲法 96 条が定める「憲法改正手続」の変更は、改正の内容とともに議論するのがふさわしい。
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(5)民進党
▼概説
民進党は、2016 年 3 月、旧民主党に維新の党が合流して結成された政党である(これまでのおおまか
な流れについては、図 1 参照)。
改憲に対するスタンスについては、2016 年 7
月の参院選をめぐる各マスメディアの報道では、
民進党はいわゆる「改憲勢力」には含めない報道
が目立った。しかしながら、たとえば、現在行わ
れている民進党の代表選(9 月 15 日投開票)の
各候補者の主張(図 2 参照)や、2016 年 3 月の
「基本的政策合意」(下記参照)をみると、改憲
自体には賛成の立場だといえる。
▼2016 年 3 月発表の民進党の「基本的政策合意」より(抜粋)12)
▽立憲主義の確立
・幅広い国民参加により、真の立憲主義を確立する。
・日本国憲法の掲げる『国民主権、基本的人権の尊重、平和主義』の基本精神を具現化するため、地方
自治など時代の変化に対応した必要な条文の改正を目指す。
【図 2】『毎日新聞』2016 年 9 月 5 日朝刊より 11)
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■マスメディアによる改憲案
(1)読売新聞社
▼概説
読売新聞社は、1994 年に憲法改正試案を発表した後、2000 年にその改訂版を発表したが、2004 年に
2 度目の改訂版である「憲法改正 2004 年試案」を発表した。
この 2004 年試案の特徴について渡辺治は、この試案が発表された 2004 年は、小泉純一郎内閣が新自
由主義改革を強力に推進する状況下だったことから、この試案も新自由主義的側面をさらに強めた改正
内容になっていると捉えている 13)。
▼読売新聞社「憲法改正 2004 年試案」のポイント
(2)産経新聞社
▼概説
産経新聞社による「『国民の憲法』要綱」は、2013 年 4 月 26 日に発表された改憲案であり、比較的最
近に発表された改憲案である。この改憲案について渡辺治は、「全体として、(産経新聞社の)要綱は、
その 1 年前に発表された自民党『憲法改正草案』と類似し、それと同様の規定も少なくないが、自民党
草案より奔放に復古的性格を前面に出したもの」だと指摘する 15)。
同要綱の起草委員の顔ぶれは、田久保忠衛(起草委員長・杏林大学名誉教授)、佐瀬昌盛(防衛大学校
【図 3】『読売新聞』2004 年 5 月 3 日朝刊より 14)
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▽朝日新聞 2015 年 11 月 10 日朝刊に掲載 21)
→加藤典洋(文芸評論家)、伊勢崎賢治(東京外国語大学教授)、想田和弘(映画監督)、田原総一朗(ジ
ャーナリスト)
▽その他(9 条削除論)
→井上達夫(東京大学教授)22)
▼「新 9 条」案の例
▼「新 9 条」論への批判
▽長谷部恭男(早稲田大学教授)
【「9 条は空文化し、死んでしまった。だから、新条項として蘇生させなくてはいけないと、『新 9 条論』
者たちは主張しています」との杉田敦(法政大学教授)からの問いかけに対して】
「死んでいるのならなぜ、安倍さんたちは明文改憲を目指しているのでしょう。死んでませんよ。集団
的自衛権の行使は認められないという『法律家共同体』のコンセンサスは死んでいませんから。元の政
府解釈に戻せばいい。」24)
▽斎藤美奈子(文芸評論家)
「新 9 条論者の意見は、2 項『陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認め
ない』の改正を意味する。専守防衛に徹する、集団的自衛権の行使を禁じる、国連中心主義にする、外
国の基地使用を許可しない…。(中略)現行の条文でも『地球の裏側まで自衛隊を派遣できる』と解釈す
る人たちだ。条文を変えたら、おとなしく従うってか。新 9 条とはつまり、安保法論議の過程での禅問答
【図 5】『東京新聞』2015 年 10 月 14 日朝刊より 23)
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に疲れ、『憲法を現実に近づけませんか』って話でしょ。それは保守政治家がくり返してきた論法だ。」25)
(2)地方分権を推進する立場からの改憲論
▼徳島県「憲法課題研究会」の改憲草案
(初版=2014 年 1 月発表 26)、第 2 版=2015 年 4 月発表 27))
▽主な内容
・「地方自治の本旨」を明確化する。
・地方自治体の立法権の確立と財政権の保障。
・自治権侵害を防御する保障手続き。
・参議院を「地方の府」と位置づける。
▼橋本大二郎(前高知県知事)28)
▽主な主張内容
・「地方自治の本旨」とは何かが不明確。
・参議院を「地域の代表」と位置づけるべき。人口を基準に合区が増えるのは問題。
・自衛隊の戦力保持を憲法に位置づけるとの考え方も理解できる。
・国民の自由を奪う「緊急事態条項」は不要。自民党の提案には論理の飛躍がある。
▼その他
▽上記のほかにも、たとえば、大前研一(経営コンサルタント)も自著で地方の「自立」の立場からの
改憲論を主張している 29)。
▽また、全国知事会は、2016 年 7 月 29 日の「参議院選挙における合区の解消に関する決議」において、
「合区を早急に解消させる対応が図られるよう求める。また、同時に将来を見据え、最高裁の判例を踏
まえ憲法改正についても議論すべきと考える」と表明した 30)。ただし、この決議には反対意見や慎重意
見もあった旨も決議中に記されている。
▽さらに、自民党も「参議院選挙公約 2016」において、「都道府県から少なくとも 1 人が選出されるこ
とを前提として、憲法改正を含めそのあり方を検討します」と掲げた 31)。
▽こうした自民党の動きに対する批判として、たとえば東京新聞は 2016 年 8 月 24 日社説において、「地
方が求める合区解消を、憲法改正の突破口にしようとの魂胆なのだろうが、抜本改革を怠ってきた自ら
の怠慢を棚に上げ、党是としてきた憲法改正に突き進むのなら党利党略との誹りは免れまい」と主張し
ている 32)。
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(3)その他の改憲論
▼一部の憲法学者からの改憲論
(今回の報告では、下記については指摘にとどめ、その内容は割愛する。)
▽大石眞(京都大学教授)
2016 年 7 月 12 日毎日新聞朝刊「2016 参院選論点 越えた『改憲』ハードル ― 改正に向け具体的
議論を」33)
▽棟居快行(専修大学教授)
2016 年 6 月 22 日読売新聞朝刊「参院選に望む ⑤最終回 ― 憲法の現代化 議論の時/独裁防ぐ緊
急事態条項」34)
〔注〕
1) 衆議院ウェブサイト(http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_annai.nsf/html/statics/shiryo/kaiha_m.htm)参照。
2) 参議院ウェブサイト(http://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/giin/191/giinsu.htm)参照。
3) 渡辺治編著『憲法改正問題資料・下巻』(2015 年)729 頁参照。
4) 渡辺編著・前掲注 3) 729-730 頁参照。
5) 公明党ウェブサイト(https://www.komei.or.jp/more/understand/constitution.html)参照。
6) Wikipedia ウェブサイト(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:2010%E5%B9%B4%E4%BB%A3%E3%81%AE%E7%A
C%AC%E4%B8%89%E6%A5%B5.png)より引用。
7) 日本維新の会ウェブサイト(https://o-ishin.jp/news/2016/images/8d8e48e8e9560b3356688c7996599a8c85108426.pdf)参照。
8) 日本維新の会ウェブサイト(https://o-ishin.jp/policy/outline/)より引用。
9) 日本のこころを大切にする党ウェブサイト(https://nippon-kokoro.jp/outline/)より引用。
10) 日本のこころを大切にする党ウェブサイト(https://nippon-kokoro.jp/election/san2016/promise/)より引用。
11) 『毎日新聞』2016 年 9 月 5 日朝刊 2 面より引用。
12) 民進党ウェブサイト(https://www.minshin.or.jp/about-dp/policy-agreement)より引用。
13) 渡辺編著・前掲注 3) 18 頁参照。
14) 『読売新聞』2004 年 5 月 3 日朝刊 1 面より引用。
15) 渡辺編著・前掲注 3) 815 頁参照。
16) 山崎雅弘『日本会議 戦前回帰への情念』(2016 年)15-16 頁参照。
17) 山崎・前掲注 16)215 頁参照。
18) 『産経新聞』2013 年 4 月 26 日 1 面より引用。
19) 『東京新聞』2015 年 10 月 14 日朝刊 28 面より引用。
20) 『東京新聞』・前掲注 19) 28-29 面参照。
21) 『朝日新聞』2015 年 11 月 10 日朝刊 34 面参照。
22) 『東京新聞』2015 年 9 月 16 日朝刊 28-29 面など参照。
23) 『東京新聞』・前掲注 19) 29 面より引用。
24) 『朝日新聞』2015 年 11 月 29 日朝刊 3 面参照。
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25) 『東京新聞』2015 年 11 月 11 日朝刊 25 面より引用。
26) 徳島県ウェブサイト(http://www.pref.tokushima.jp/docs/2012121900105/files/kenpo_hokoku.pdf)参照。
27) 徳島県ウェブサイト(http://www.pref.tokushima.jp/docs/2012121900105/files/kenpo_ver2_1.pdf および http://www.pref.t
okushima.jp/docs/2012121900105/files/kenpo_ver2_2.pdf)参照。
28) 『毎日新聞』2016 年 7 月 26 日朝刊 30 面参照。
29) 大前研一『君は憲法第 8 章を読んだか』(2016 年)参照。
30) 全国知事会ウェブサイト(http://www.nga.gr.jp/ikkrwebBrowse/material/files/group/2/160823%20gouku.pdf)より引用。
31) 自由民主党ウェブサイト(https://jimin.ncss.nifty.com/pdf/manifest/2016sanin2016-06-22.pdf)より引用。
32) 『東京新聞』2016 年 8 月 24 日朝刊 5 面より引用。
33) 『毎日新聞』2016 年 7 月 12 日朝刊 11 面参照。
34) 『読売新聞』2016 年 6 月 22 日朝刊 1,4 面参照。
※このレジュメにおいて、人名は敬称を省略しました。
以 上