観音像製作をめぐって、著作者人格権侵害の成否が争われた、通称「駒込大観音」事件の発表資料です。

1. 知的財産法演習第７回
担当：渡邉、渋田、徳田、松下、蓑田

2. 検討する事案
「駒込大観音事件」
・知財高判平成22年3月25日
・東京地判平成21年5月28日

3. どのような事案か
原告が、亡Ｔ、亡Ｒ、Ｊと共同で制作した観音像につ
いて、被告光源寺が、亡Ｔ及び亡Ｒの死後に被告Ｙに
依頼して仏頭部をすげ替えて、公衆の観覧に供してい
ることが、原告の著作者人格権及び著作権の侵害、ま
たは、原告の名誉若しくは声望を害する方法による著
作物の利用行為に当たり、かつ、亡Ｔ及び亡Ｒが生き
ていたならばその著作者人格権の侵害となるべき行為
に当たる、として原告が訴訟を提起した。

4. 事実の整理①
原告：Ｔの三男。現代彫刻及び仏像彫刻を業とする彫刻家兼仏師。
被告光源寺：浄土宗の寺院である光源寺を維持、管理する宗教法
人。
Ａ：光源寺の住職。
被告Ｙ：仏像彫刻を業とする仏師。
亡Ｔ：原告の父。仏像彫刻を業とする仏師。昭和63年に死亡した。
亡Ｒ：Ｔの長男。仏像彫刻を業とする仏師。平成11年に死亡した。
Ｊ：Ｔの二男。仏像彫刻を業とする仏師。

5. 事実の整理②
駒込大観音像について
 初代観音像は、元禄10年(1697年)に建立されたが、
東京大空襲で焼失した。
 光源寺の先代住職は、昭和62年に、亡Ｔ及び亡Ｒ
に、新たな観音像（右図、右側の写真。以下、本
件原観音像という。）の制作を依頼し、平成５年
に本件原観音像が完成した。
 光源寺は、平成15年から平成18年の間に、Ｙに本
件原観音像について新たな仏頭部の制作及び仏頭
部のすげ替え作業を依頼し、Ｙはこれを実施した。
 光源寺は、仏頭部すげ替え後の観音像（右図、左
側の写真。以下、本件観音像という。）を光源寺
の観音堂に祀り、参拝者等の観覧に供している。
（出典:最高裁サイト本判決書93頁）

6. 光源寺 観音堂 南無十一面観世音菩薩
（出典:google 画像検索)

7. 請求の趣旨
①被告光源寺は、原状回復するまでの間、本件観音像
を公衆の観覧に供してはならない。
②被告らは、本件観音像を、原観音像制作当時の仏頭
部に原状回復せよ。
③被告らは、原告に対し金員を支払え。
④被告らは、原告に対する謝罪広告を掲載せよ。

8. 請求の趣旨①‐根拠条文
・著作権法第112条1項
著作者、著作権者、・・・は、その著作者人格権、著作権、・・・を侵害する者又は侵害するおそれがあるも
のに対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。
・第115条
著作者・・・は、故意又は過失によりその著作者人格権・・・を侵害した者に対し、損害の賠償に代えて、又
は損害の賠償とともに、著作者・・・であることを確保し、又は訂正その他著作者・・・の名誉若しくは声望
を回復するために適当な措置を請求することができる。
・第116条1項
著作者・・・の死後においては、その遺族（死亡した著作者・・・の配偶者、子、父母、孫、祖父母又は兄弟
姉妹をいう。以下この条において同じ。）は、当該著作者・・・について第六十条・・・の規定に違反する行
為をする者又はするおそれがある者に対し第百十二条の請求を、故意又は過失により著作者人格権・・・を侵
害する行為又は第六十条・・・の規定に違反する行為をした者に対し前条の請求をすることができる。
・第60条
著作物を公衆に提供し、又は提示する者は、その著作物の著作者が存しなくなった後においても、著作者が存
しているとしたならばその著作者人格権の侵害となるべき行為をしてはならない。ただし、その行為の性質及
び程度、社会的事情の変動その他によりその行為が当該著作者の意を害しないと認められる場合は、この限り
でない。

9. 請求の趣旨①‐根拠条文２
・第20条1項
著作者は、その著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変
更、切除その他の改変を受けないものとする。
・第25条
著作者は、その美術の著作物又はまだ発行されていない写真の著作物をこれらの原作品により公
に展示する権利を専有する。
・第113条6項
著作者の名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する行為は、その著作者人格権を侵
害する行為とみなす。
・第2条1項1号
著作物 思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属
するものをいう。
・2号
著作者 著作物を創作する者をいう。

10. 請求の趣旨①‐請求原因事実
 原告固有の請求
(ⅰ)原告は、本件原観音像を制作した。
(ⅱ)被告光源寺は、被告Ｙに、本件原観音像の仏頭部のすげ替えを依頼した。
(ⅲ)被告Ｙは、新たに仏頭部を制作し、本件原観音像の仏頭部を新たな仏頭部にすげ替えた。
(ⅳ)被告光源寺は、本件観音像を一般公衆の観覧に供した。
 原告のＴ(又はＲ)の相続人としての請求
(ⅰ-ａ)Ｔ(又はＲ)は、本件原観音像を制作した。
(ⅰ-ｂ)Ｔ(又はＲ)が死亡した。
(ⅰ-ｃ)原告は、Ｔ(又はＲ)の相続人である。
(ⅱ)～(ⅳ)と同じ。
 原告のＴ(又はＲ)の遺族としての請求
(ⅰ-ａ)～(ⅰ-ｂ)と同じ。
(ⅰ-ｃ‘)原告は、Ｔの子(又はＲの兄弟)である。
(ⅱ)～(ⅳ)と同じ。

11. 請求の趣旨②‐根拠条文
・著作権法112条2項
著作者、著作権者、・・・は、前項の規定による請求をするに際し、侵害の行為を組成した物、
侵害の行為によって作成された物又は専ら侵害の行為に供された機械若しくは器具の廃棄その他
の侵害の停止又は予防に必要な措置を請求することができる。
・115条
・116条1項
・60条
・20条1項
・25条
・113条6項
・2条1項1号、2号

12. 請求の趣旨②‐請求原因事実
原告固有の請求
(ⅰ)～(ⅳ)と同じ。
原告のＴ(又はＲ)の相続人としての請求
(ⅰ-ａ)～(ⅰ-ｃ)、(ⅱ)～(ⅳ)と同じ。
原告のＴ(又はＲ)の遺族としての請求
(ⅰ-ａ)～(ⅰ-ｂ)、(ⅰ-ｃ‘)、(ⅱ)～(ⅳ)と同じ。

13. 請求の趣旨③‐根拠条文
・民法第709条
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害
した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
・著作権法20条1項
・25条
・113条6項
・2条1項1号、2号

14. 請求の趣旨③‐請求原因事実
原告固有の請求
(ⅰ)～(ⅳ)と同じ。
原告のＴ(又はＲ)の相続人としての請求
(ⅰ-ａ)～(ⅰ-ｃ)、(ⅱ)～(ⅳ)と同じ。

15. 請求の趣旨④‐根拠条文
・115条
・116条1項
・60条
・20条1項
・113条6項
・2条1項1号、2号

16. 請求の趣旨④‐請求原因事実
原告固有の請求
(ⅰ)～(ⅳ)と同じ。
原告のＴ(又はＲ)の相続人としての請求
(ⅰ-ａ)～(ⅰ-ｃ)、(ⅱ)～(ⅳ)と同じ。
原告のＴ(又はＲ)の遺族としての請求
(ⅰ-ａ)～(ⅰ-ｂ)、(ⅰ-ｃ‘)、(ⅱ)～(ⅳ)と同じ。

17. ①原告は、本件原観音像を制作した。
・原告は、本件原観音像の●●部分や△△部分を作った。
・仏像内部と足ほぞに、原告の雅号が墨書されている。著作権法第14条によると、
著作物の原作品に、その雅号が表示されている者は、その著作物の著作者と推定
される。
→原告は、本件原観音像を制作した。
②Ｔは、本件原観音像を制作した。
・Ｔは、本件原観音像の●●部分や△△部分を作った。
・仏像内部と足ほぞにＴの雅号が墨書されている。著作権法第14条によると、著
作物の原作品に、その雅号が表示されている者は、その著作物の著作者と推定さ
れる。
→Ｔは、本件原観音像を制作した。
原告の立証１

18. ③Ｒは、本件原観音像を制作した。
・Ｒは、本件原観音像の●●部分や△△部分を作った。
・仏像内部と足ほぞにＲの雅号が墨書されている。著作権法第14条によると、著
作物の原作品に、その雅号が表示されている者は、その著作物の著作者と推定さ
れる。
→Ｒは、本件原観音像を制作した。
〈参照：著作権法第14条〉
著作物の原作品に、又は著作物の公衆への提供若しくは提示の際に、その氏名若
しくは名称（以下「実名」という。）又はその雅号、筆名、略称その他実名に代
えて用いられるもの（以下「変名」という。）として周知のものが著作者名とし
て通常の方法により表示されている者は、その著作物の著作者と推定する。
原告の立証２

19. 被告の反論１
①原告は、本件原観音像を制作していない。
・原告は、●●部分や△△部分を作っていない。
→原告は、本件原観音像を制作していない。
・万が一、原告が●●部分や△△部分を作っていたとしても、原告はＴ又はＲの指示の通りに作業したにすぎない。また、
原告が作業した部分は、本件原観音像の創作的部分に当たらない。原告が、本件原観音像の著作者であるというためには、
本件原観音像が、原告の思想又は感情を創作的に表現したものでなければならない。
→原告は、本件原観音像の著作者とは言えない。
②Ｔは、本件原観音像を制作していない。
・Ｔは、●●部分や△△部分を作っていない。
・Ｔは、脳軟化症による体調不良のため、本件原観音像の制作作業に関与できる状態にはなかった。さらに、Ｔは、本件原
観音像の開眼法要を執り行う５年前に死亡した。上記の事情に照らすと、Ｔは本件原観音像の制作に関与していない。
→Ｔは、本件原観音像を制作していない。
③Ｒは、本件原観音像を制作していない。
・Ｒは、●●部分や△△部分を作っていない。
・Ｒは、高齢のため、長時間の制作作業従事が困難であった。
→Ｒは、本件原観音像を制作していない。

20. 被告の反論２
④著作権法第14条による著作者の推定について。
・著作権法14条は「推定する」ことを定めた規定である。
・原告は、原告の立証①～③を主張するが、被告の主張①～③の推定を妨げる事情がある。
→原告、Ｔ及びＲはいずれも本件原観音像の著作者とは言えない。
※万が一、Ｒが著作者であったとして…
⑤被告らが行った仏頭部のすげ替えは、著作者の意を害しない。（著作権法第60条）
・Ｒは、本件原観音像の仏頭部の出来栄えに不満を抱いていた。
・開眼法要後の本件原観音像は、半眼になっておらず、睨みつけるような表情をしていた。
・Ｒは、本件原観音像を作り直すことを考えていた。
→被告らが行った仏頭部のすげ替えは、著作者の意を害しない。
⑥被告らが行った仏頭部のすげ替えは、やむを得ない改変である。（著作権法第20条2項4号）
・本件原観音像は、光源寺の観音堂に祀られていた。
・その目的は、信者や拝観者の信仰心の対象となることである。
・本件原観音像の表情では、上記目的を達することは難しい。
→被告らが行った仏頭部のすげ替えは、やむを得ない改変である。

21. 原告の再反論
①被告の反論①「万が一～」について
・本件原観音像は、原告の思想又は感情を創作的に表現したものである。
・原告が作業した部分は、本件原観音像の創作的部分に当たらないというのは、被告ら独自の解
釈である。
②被告の反論⑤について
・開眼法要後の本件原観音像は、睨みつけるような表情をしていたので、Ｒは、その出来栄えに
不満を抱いていたかもしれない。しかし、そのことから、Ｒが本件原観音像を作り直すことを考
えていたとまでは言えない。
③被告の反論⑥について
・被告らは、本件原観音像の表情では、信者や拝観者の信仰心の対象となるという目的を達する
ことは難しいとする。しかし、信仰心の対象となるべきものとして、その外見が変わることは好
ましいこととは言えない。したがって、本件原観音像の仏頭部のすげ替えは、それ自体、上記目
的に沿わない行為であり、やむを得ない改変とは言えない。