従来、短期の不定期船市場に対する海運実務家の一般的な理解は、StopfordのMaritime Economicsで述べられているような供給曲線が容量制約を受ける完全競争市場である、というものであった。この理解に従えば、市況水準は一定の誤差を含みつつも需給バランスに従い、需要が一定水準まで低下すると市況の変動率の変化が小さくなる、といった挙動が観察されるはずである。 だが、今世紀に入って以降、特にリーマン・ショック後は、不定期船市場は従来の理解では説明がつかないような挙動を示している。その例としては①市況の水準が下落したにも関わらず、月次で見た変動率が上昇している②需給バランスと市況水準との連動性のトレンドが数年単位で変化しており、かつ変化が不連続である③市況と新造船発注量の連動性が強まる一方、低市況にかかわらず新造船発注量が急増する状況が発生している、などが挙げられる。 海運の実務家はこのような市況の挙動を解釈するための新たな理論的な枠組みを必要としている。また、研究者にとっても、不定期船市場は分析に必要なデータのほぼ全てが公開されており、世界中の研究者が同一の市場を研究対象としているという点で、経済学の一般的な理論に対する新たな知見・枠組みを検証するための良い研究対象となりうるであろう。海運実務家と研究者の協力によって様々なテーマでの研究への取り組みが広がることを期待したい。