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ソフトウェアの価格決定方法とその価値
@teapipin
第1章 はじめに
現在、若者の娯楽において大きな割合を占めるテレビゲーム、ビデオゲームや近年のパ
ーソナルコンピュータブーム、また近い将来実現するであろうコンピュータ社会、ネット
ワーク社会を考える中で、ソフトウェアの存在に関心を抱くようになった。以前はハード
ウェアの一部分にすぎなかったソフトウェアが、単独で一つの市場を形成するに至ったと
いうことはソフトウェアの価値が高まっていることを示すものである。また、ソフトウェ
アをコンピュータ・ソフトウェアとのみ定義せず、ハードウェアに対するものと定義した
場合におけるソフトウェアの存在も見逃せない。ここではソフトウェアの価格決定方法と
その価値を考察し、未来の情報社会について考える。
第2章 ソフトウェア
2.1 ソフトウェアとは何か
ソフトウェアないしソフトという言葉は、元来、情報処理を目的としたコンピュータの
機械部分のハードウェアに対応するソフトウェアに由来する。ハードウェア(ハード)に
対するソフトウェア(ソフト)は一般に堅いものに対する柔かいものを指す。そのため、
ソフトウェアとは一般に柔かいものを表す一般的用語として使われている。工業生産物で
あるハード中心の社会から、情報やサービスに移行しつつある社会を表現するため、最近、
しばしばソフト化の表現が用いられるようになってきた。ソフト化社会では、物よりも組
織がより重視されることから、ソフトをもって知価(知識)と同義で用いることもある。
このように、現代においては、人間の知識やアイディアによって創作された形のない財貨
を総称して、ソフトウェアとかソフトと呼ぶことが多くなってきている。
この論文ではこれ以降、第 5 章まで、ソフトウェアをコンピュータ・ソフトウェアの意
味で用いることにする。
2.2 ソフトウェアの意味
ソフトウェアは、コンピュータを動かすうえでなくてはならない利用技術である。いか
にすぐれたコンピュータであっても、「ソフトウェアがなければ、ただの箱」にすぎないの
である。ソフトウェアはいろいろな意味で用いられているが大きく分けると次の2つにな
る。
2
プログラム
これは、ソフトウェアを機械または人間が読み取れるプログラムのこととする。これは
コンピュータ・ソフトウェア本来の意味であり、かつてコンピュータ・ソフトウェアはこ
の意味で用いられることが多かったし、現在でもこの解釈をとることが多い。著作権法(第
2 条 10 の 2)、判例をはじめ、法律研究者の多くは、一般にソフトウェアをプログラムと同
一視する見解をとる。著作権法で保護の対象となるのが、プログラムだからである。
プログラム、流れ図、仕様書、操作マニュアルなど関連資料
これは、ソフトウェアがプログラムだけでなく、流れ図、仕様書、操作マニュアルなど
の関連資料までをも含むものとする。コンピュータはプログラムだけで動かせるわけでは
なく、流れ図、利用者のためのユーザー・マニュアルその他の関連資料が必要だからであ
る。JIS(用語・コード編)では、ソフトウェアを「データ処理システムを機能させるため
の、プログラム、手順、規則、関連文書などを含む知的な創作」と定義している。
本書ではこの定義に従い、ソフトウェアを第 2 の意味で用いることにする。
2.3 ソフトウェアの分類
ソフトウェアは以下の表のように分類される。
システムソフトウェア
基本ソフトウェア(OS)
ミドルソフトウェア
パッケージソフトウェア
応用ソフトウェア
共通対応ソフトウェア
個別対応ソフトウェア
ソフトウェアは、基本的に大きく2つに区分することができる。基本ソフトウェアと応
用ソフトウェア(アプリケーションソフトウェア)である。また、それぞれは2つに区分
される。
システムソフトウェア
システムソフトウェアは、ハードウェアを効率よく使うためのソフトウェアで、コンピ
ュータの利用目的に関係なく共通的な機能を持ったものである。
ア)基本ソフトウェア
これはハードウェアにもっとも近い位置にあり、ハードウェアを効率よく動かしたり、
使えるようにする基本的な機能を持ったソフトウェアで、これを広義のオペレーティン
グシステム(OS)ともいう。
イ)ミドルウェア
基本ソフトウェアと応用ソフトウェアの中間的なソフトウェアで、どの応用ソフトウェ
3
アにも共通して必要な基本的機能を持ったソフトウェア。しかも、ハードウェアと密接
な機能を持っているので、ミドルウェアを利用することによって応用ソフトウェアを効
率よく開発することができる。
応用ソフトウェア(アプリケーションソフトウェア)
応用ソフトウェアは、利用者の問題を解決するためのソフトウェアであり、コンピュー
タの利用目的に応じて、分野ごとに開発されるものである。
ア)共通応用ソフトウェア
コンピュータの応用分野のうち、各分野(業種や業務)に共通する機能を持ったソフ
トウェア。
イ)個別対応ソフトウェア
それぞれの業種、業務に応じたソフトウェアで、それの利用者専用にソフトウェアで
ある。専用のソフトウェアであるために、そのソフトウェアが必要になったときに開発
する。
これらの分類のほかに購入形態によっても以下のように区分することができる。
ア)パッケージソフトウェア(汎用パッケージソフト)
コンピュータの応用分野、利用者を問わず、ある目的のために利用することができるソ
フトウェアで、現在様々なパッケージソフトウェアが商品化され入手することができる。
コンピュータを利用して問題を解決するとき、その問題用に個別に作る方法もあるが、利
用できるパッケージソフトウェアがあればそれを利用すると、作成するよりもコストが低
くすむ、稼働までの期間が短くてすむ、流通しているものは品質が保証されているといっ
た利点がある。パッケージソフトウェアはミドルウェア、共通応用ソフトウェアに関する
ものが多い。
その内容により、さらに分類することができる。
・システムパッケージ
オペレーティングシステム、日本語 FEP、表計算ソフトウェアなどの基本ソフトウェア
やミドルウェア
・ツールパッケージ
システム開発支援、システム運用支援のなどのユーティリティ
・アプリケーションパッケージ
給与計算、顧客管理、在庫管理などのデータ処理プログラム
4
これらのパッケージソフトウェアは店頭や通信販売で購入することが一般的であるが、
以下のようなソフトウェア独特の購入形態もある。
• シェアウェア
ソフトウェア販売の一形態。主にインターネット、パソコン通信などで無償で配布し、
入手したユーザーが使用してみて、気に入り使い続ける場合は、開発者に対し規定の料金
や寄付金を支払うソフトウェア。
• フリーソフト
ソフトウェアの開発者(著作者)が広い範囲に提供し、入手した人が無償で利用できる
ソフトウェア。主にインターネット、パソコン通信などで配布し、入手したユーザーがコ
ピーすることも許す。ただし、知的所有権は放棄されておらず、改変・再配布などは開発
者の指示に従わなくてはならない。有償で配布するソフトに複写することは禁じられ、利
用に際してのメンテナンスはないのがふつう。一般的には、パソコン通信、インターネッ
ト、PC 雑誌の付録などで提供される。最近はソフトウェアを無償で提供し、サポートやコ
ンサルティングを有償で行う企業も登場している。
イ)専用ソフトウェア
特定の目的を持ったコンピュータを操作するためのソフトウェア。ハードウェアとともに
販売することもある。主に業務用のため、市販されない。ただし、機能を単純化、汎用化
し、市販されることもある。電話交換機向けのソフトウェアなど。この論文では扱わない。
2.4 ソフトウェアの経済的性質
コンピュータ・ソフトウェアは、コンピュータ本体であるハードウェアに対し、コンピ
ュータを動かす利用技術である。ハードウェアが固有の製品であるのに対し、ソフトウェ
アの実質的内容は無形の情報である。
無形の利用技術
ソフトウェアは、以上みたように、「無形」の「利用技術」であると一般に理解されてい
る。また、わが国では「計算機を利用する技術としてのソフトは数理や論理の法則に関す
るもので自然法則に関係がない」という理由から、自然法則を利用した技術的思想の創作
である特許権にはあたらないとされ、著作権による保護がなされている。
著作権
ソフトウェアは小説、絵画、音楽等の著作物(現在、著作権法の対象になっている)と
類似する。著作権は工業所有権とともに無体財産権に属し、著作物を独占的に支配して利
益を受ける権利を与える排他的な権利である。アメリカでは、著作権法中に明文の規定を
5
設けてソフトウェアに保護を与えている。そのため、法律上ソフトウェアにも著作権を認
めるべきだとする議論が盛んになり、ソフトウェアの保護を当面、著作権法の一部改正で
対応(昭和 61 年 1 月 1 日施行)している。
経済財
ソフトウェアが経済活動に関連する利用技術であるとすれば、次にはソフトウェアが経
済財として認識されるべきか検討されなければならない。一般に、経済財(economic
resource)とは、経済活動遂行のための稀少手段である。
特定企業にとって経済財とは、利用または販売を通じて将来、企業に利益をもたらすと期
待される稀少手段である。この意味において、ソフトウェアは経済財であるといえる。通
産省情報産業部会も「ソフトウェアはコンピュータの利用技術として産業活動には欠かす
ことのできない経済財」と規定している。
ここでは我々に特に身近な存在であるパーソナルコンピュータ用のソフトウェアとテレ
ビゲーム用のゲームソフトの価格について考察する。
第3章 パーソナルコンピュータ用のソフトウェア
3.1 パーソナルコンピュータとは何か
パーソナルコンピュータ(PC)とはマイクロプロセッサ、RAM、ROM、キーボード、
ディスプレイ装置、フロッピーディスク装置、入出力インターフェイスなどを組み合わせ
て構成した小規模なコンピュータシステムのことであるアプリケーションプログラムによ
って各種の技術計算や事務用処理、計測制御、教育および趣味用など汎用的な用途に使う。
近年は PC の性能が向上し、企業内システムや LAN の端末として使用するだけでなく、サ
ーバーマシンとしても利用するようになってきており、個人向けでない側面も備えてきて
いる。
3.2 PC におけるハードウェアとソフトウェアの歴史
世界初の PC は「アルテア」である。これは 1975 年に MITS 社から発売されたもので、
プラモデルのように組み立てて作るものであった。
1977 年頃から完成品の PC が発売されはじめ、特にアップルコンピュータ製の PC が人
気を博した。
1980 年、主に大型コンピュータを製造販売していた IBM が PC 市場に参入することを表
明した。その理由として、PC 市場が急激な発展を見せたこと、当時、反トラスト法違反に
かかわる法廷闘争で市場占有率が低下していたことが挙げられる。IBM は参入表明から1
年以内に PC を開発することを目標としたため、自社開発では間に合わず、多くの部品を外
6
部から調達することにした。(例えば CPU はインテルから購入した。)さらに、部品の組み
合わせでできる拡張性のある仕様にし、内部の技術資料を公開するという戦略(オープン
アーキテクチャー)をとった。基本ソフトウェア(OS)の開発は当初デジタルリサーチに
依頼した。デジタルリサーチは当時標準であった 8 ビット PC 用の OS「CP/M」を開発し
ていたためである。しかし、交渉がまとまらなかったため、マイクロソフト依頼した。マ
イクロソフトは 1 年以内に独自の技術で開発することが不可能であっため、86-DOS の版権
を買い取り、それをベースに OS を開発した。「86-DOS」とはシアトル・コンピュータ・
プロダクツが CP/M を土台に開発した OS である。これが IBM 初の PC「IBM-PC」の OS
「PC-DOS」となる。マイクロソフトは「PC-DOS」を自社の名前の頭文字をとって
「MS-DOS」とし、別売も行った。
1983 年には「IBM-PC/XT」、1984 年には現在の標準である「IBM-PC/AT」といった機
能を拡張した PC を発売した。また、マイクロソフトも MS-DOS を幾度も改良を重ねてい
った。
日本では、NEC が同社の PC「PC-98」シリーズに MS-DOS を採用し、他社もそれに続
くようになった。ただ、各ハードウェアの仕様が異なっていたため、それぞれの PC に専用
の MS-DOS が開発・販売された。同じ MS-DOS でも互換性がなかったのである。
1987 年に日本語版 PC/AT 互換機の統一仕様が決定され、各社から互換機が発売されたが、
失敗に終わった。日本語の書体は本体の ROM に焼き付けており、高価になってしまったか
らである。
1990 年、IBM が DOS/V を開発、販売した。書体を ROM に収めず、ソフトウェアの収
めたため、価格を低く設定できた。また、そのため日本企業だけでなく、海外の企業も日
本市場に参入してきた。
1995 年、マイクロソフトが GUI 機能を充実させた OS「Windows95」を発売し、大ヒッ
トとなる。PC 自体も爆発的に売れ、それまで PC に興味のなかった人をも巻き込んだ PC
ブームが訪れる。同年はインターネットも流行し、「インターネット元年」ともいわれた。
DOS/V 互換機を発売していなかったメーカーは打撃を受ける。アップルコンピュータはシ
ェアを急激に落とし、赤字に転落した。NEC は互換機でないにしろ、Windows95 を利用
できたが、互換機メーカー各社の追い上げでシェアを低下させた。
1997 年、アップルコンピュータはマイクロソフトからの資本提携を受ける契約を交わし
た。NEC は同社の PC-98 と互換性のない新しい PC「NX」シリーズを発売した。また、
インターネットの世界でもそれまで高いシェアを誇っていたネットスケープに対し、マイ
クロソフトが同社のブラウザを無償で配布するという戦略で攻撃した。そのため、ネット
スケープは同様に無償配布せざるを得なくなり、収益もシェアも急激に低下した。
1998 年、マイクロソフトは「Windows98」を発売した。また、ネットスケープは AOL
の傘下に入ることになった。
7
3.3 PC におけるソフトウェアの種類
基本ソフトウェア(OS)
ハードウェアの複雑な管理を担当し、アプリケーションソフトが利用者の目的にかなっ
た利便性を提供する。また、異なるハードウェアの上で同じアプリケーションソフトを利
用できるようにすること。
例)Windows や MacOS
アプリケーションソフトウェア
消費者の使用目的にあわせた実用的なソフトウェア
• 表計算ソフト
家計簿や経理簿、財務諸表など複雑な計算を要求される表を、自動的に計算すること
とで迅速、的確に作成してくれるソフトウェア
• ワードプロセッサ(ワープロ)ソフト
文字を入力し、文章を作成するソフトウェア
• データベースソフト
様々なデータを整理、分類し検索することのできるソフトウェア
• ゲームソフト
ゲームを楽しむためのソフトウェア
3.4 原価の見積もり
3.4.1 ソフトウェアの原価見積もりの困難性
ソフトウェアの原価見積もりに科学的決め手がつかめないとされる理由は以下の通りで
ある。
• ソフトウェア市場そのものが未成熟であること
• 無形であるためソフトウェアの価格そのものの評価が大部分人々の主観によって決ま
ること
• エンジニアのスキル(技術)の個人差が工業生産費おける作業員のそれに比べてあまり
にも大であるため、価格を原因との関係でとらえることが困難であること
量産の工業生産物(ハードウェア)については科学的な標準の設定が可能であり、この
ことが標準原価計算の発展に多大の貢献を果たしてきた。一方、ソフトウェア開発におい
ては、科学的管理法は必ずしも有効ではない。作業時間はエンジニアの熟練度、プロジェ
クトの規模、プログラム言語その他多数の変数によって決定されるからである。
8
3.4.2 ソフトウェア工学における原価の見積もり
ソフトウェア工学とはソフトウェア開発管理における技術活動に工学的なアプローチを
導入したものである。
コストモデル
3.4.1 で挙げた問題に加え、ソフトウェア生産管理で実施される原価管理では、納期遅延
と予算超過が大きな問題となる。これらはソフトウェア品質管理とトレードオフの関係に
あり、ソフトウェアの品質を上げるためにはそのぶん工数を追加しなければならず、原価
が超過してしまう。また、それまで経験や勘に頼るといった方法がとられていたため、正
確な原価管理ができなかった。原価計算をソフトウェア開発に適用するためには、多数の
変数を同時に1つの方程式で表せるような工夫が必要となる。これを行うのがコストモデ
ルである。
ソフトウェア開発においては、人件費、外注費、機械整備費、材料費、その他の経費が
発生するが、ソフトウェア製作原価はソフトウェア開発に要する人数に正比例する。しか
も、人件費以外の原価要素は、その予測が比較的容易である。そのため、コストモデルは
人件費を中心に作成される。
コストモデルを作成するには、まずソフトウェア制作者の犠牲を明らかにしなければな
らない。製作において活用できる資源、組織構造、同時的責任の数、および制作者の経験
年数、熟練度などである。制作者の特性が明らかになったならば、次にはソフトウェアの
適用領域、プロジェクトの規模と複雑さ、設計とスケジュールの制約、業務の特徴、ハー
ドの制約など、プロジェクトのプロフィールを描き出す。そしてこれらの要因をもとに、
コストモデルを作成する。コストモデルの作成法はプロジェクトの開発環境を考慮しつつ、
用意された諸要因の係数を必要に応じて選択して決定していく。コストモデルの作成には
経験と大量なデータ、および事務コストがかかる。
ここでは多々あるコストモデルの中からCOCOMOモデルについて簡単に紹介しておく。
COCOMO モデル(Constructive Cost Model)とは丹念に選ばれた 63 のプロジェクトをも
とに Boehm,B.W.(ベーム)によって作成されたモデルである。これはどのような人間がど
のように関与するかについて重点を置いたものであり、これに加えて、チーム編成、プロ
グラミング手法、ツール、プログラム言語、納期の制約、マシンの制約などの要素を加味
したものである。ソフトウェアのコストに大きな影響を与える要因として以下の 15 個の要
因を取り上げた。これらの各要因についてコストの低減に対しての寄与度を 5 段階に分類
した。これは「非常に高い」「高い」「標準的な寄与度(1.0)」「低い」「非常に低い」の 5
段階で分類し、数値化し、さらに「非常に高い(x)」「非常に低い(y)」との比を生産変動
範囲(y/x)と定義した。
9
ソフトウェアコスト属性 生産変動範囲 ソフトウェ
ア特性
開発条件 ソフトウェ
ア生産技術
担当・スキル
規模 - 〇
プログラム言語経験 1.20 〇
納期の制約 1.23 〇
データベース 1.23 〇
ターンアラウンドタイム 1.32 〇
仮想マシン経験 1.34 〇
仮想マシンの不確定性 1.49 〇
ソフトウェア・ツール 1.49 〇
現代プログラミング手法 1.51 〇
記憶域の制約 1.56 〇
アプリケーションの経験 1.57 〇
時間的制約 1.68 〇
必要な信頼性 1.87 〇
製品の複雑性 2.36 〇
個人/チームの能力 4.18 〇
計 - 4 4 3 4
最も変動範囲の大きいのが「個人/チームの能力」であり、約 4 倍の格差がある。最も低
い変動範囲の要因は「プログラム言語経験」であり、約 1.2 倍の変動幅である。注意すべき
なのは生産性にどれが最も大きく寄与しているのかについては、この表からは判断できな
いことである。
また、これらの要因を「生産するソフトウェアの特性に起因する項目」、「生産するソフ
トウェアの開発条件に起因する項目」、「ソフトウェアの生産技術となる項目」、「生産を担
当する担当者や技術力に起因する項目」に分類したのが表の右側である。この分類では 15
の要因がほぼ各項目に等分されているから、各特性のうちいずれの一つを重点的に解決し
ても、生産性の向上に対する寄与度には限界があることを示している。
コストモデルは多々あり、どれにも長所と短所があるため、どのモデルが最も優れてい
るのかは断定できない。また、明確で画一的なソフトウェアデータの定義を作り、使用す
るための組織や委員会はまだ存在していない。これが発足するまでは明確な原価見積もり
方法を開発することの進歩は厳しく制限されるであろう。
3.5 市場価格の決定
3.5.1 経済学およびマーケティング論による価格決定方法
汎用パッケージソフトウェアの価格決定が受注ソフトウェアの価格決定と基本的に異な
るのは、汎用パッケージソフトウェアの価格決定においては、需要の弾力性、需要供給の
法則といった経済原則が支配的な役割を果たし、原価は価格決定における一要因にすぎな
いということである。このソフトウェアの価格決定においては、販売予測を行い、需要予
測、競争状況、需要の弾力性、品質、消費者の購買心理、売り手と買い手の満足水準、購
買力、原価および企業の経営戦略などを総合的に考慮したうえで価格が決定される。
10
ソフトウェアにおいては新製品開発の余地が大きい。ここでは市場価格の決定を「新製
品ソフトウェアの市場価格決定」と「類似品が存在する場合のソフトウェアの価格決定」
とに分けて考察する。
(1)新製品ソフトウェアの販売
このときの最も重要な価格決定上の問題は以下である。
• 価格の変化に対する売上数量の変化
需要の弾力性の問題である。新製品は一般に需要の弾力性が低い。そのため、新製品発
売の当初にふつうより高めの価格をつけて利益を確保することができる。しかし、潜在市
場が大きく、競争企業がすぐに対抗製品を発売することが見込まれるときには高い価格を
つけることは好ましくない。
<対応策>
すくいあげ価格(skimming price)
新製品は最初のうちは高い価格をつけて、その後徐々に値下げしていくのが普通であ
るとするもの。PC ソフトの開発においては、天才的な一人の人間によって全く新しいソ
フトウェアが開発されることがあるが、模倣が困難なソフトウェアであれば、当初高い
価格を設定する事が可能である。新発売直後、そのソフトウェアが必要な消費者や非常
にそれが好きな消費者に対してこの方法をとる。そのような消費者はソフトウェアが高
価であっても購入するためである。続いて、値段を少し下げて他の消費者にアピールし
ていく。
浸透価格(penetration price)
最初に低い価格をつけて市場に売り込み、その後、順に高い値をつけるのがよいとす
るもの。
• 他社が満足できる競争製品を生産できるか、できるとしたらその時期はいつか
参入障壁の問題に関係する。参入障壁は、規模の経済、生産要素の違い、および法的な
参入規制から生じる。
参入は基本的に速度の問題である。参入を遅らせるのには2つの手段が考えられる。1
つは秘密保持であり、これは他社の模倣を阻止する効果がある。もう1つは、魅力的でな
い価格に抑えることである。新規参入者は現在および将来の価格が新規参入によっても十
分な収益を得られないほど低い市場には参入しようとはしないからである。
また、著作権は排他的権利を保有するためのもっとも効果的な手段である。著作権によ
って正当に保護されていてはじめて、新製品の独自の開発は効果だが模倣は安上がりであ
11
るとする暗黙の前提を打破することができる。
(2)類似製品が存在する場合のソフトウェア価格決定
市場の競争状況に対する考慮が重要な要因になる。
完全競争市場
企業は自主的に価格を決定できる立場ではなく、価格は市場の需要関係によって決定さ
れる。そのため、各企業の原価情報は価格決定に支配的な影響を及ぼすことができない。
しかし、多くの汎用パッケージソフトウェアは製品差別化の余地が大きい。それゆえ、
汎用パッケージソフトウェアの世界では、少なくともこれまでは完全競争ということはほ
とんど考えられなく、何らかの形で企業は価格決定に影響を及ぼしうる立場にある。
完全独占
ここでは企業は独自に価格決定を行うことができる。
汎用パッケージソフトウェアでは現実には何らかの種類の代替製品からの競争に直面し
ていることが多い。
寡占
比較的わずかな販売者がいて、新しい競争業者の参入には重大な参入障壁が横たわってい
る場合。
独占的競争
大多数の売り手、買い手が存在しているが、市場には異質の製品が存在する状態。
ここでは企業は価格決定によって市場を支配しようとするよりも、販売努力、広告活動、
サービスの質、適切な在庫の維持等に力点を置く。
3.6 市場価格の考察
以上に挙げた価格決定方法はあくまで理論であり、実際には市場の動きや商談で決定さ
れる要因が多い。また、商談の中身は経営方針、契約、法規制、競争業者の動きその他多
くの要因によって影響を受ける。
3.6.1 市場価格とは
消費者が製品を購入するときに接する価格とは定価と売価である。最近は定価を定めず、
オープン価格として各販売店に任せることも多い。
メーカー希望小売価格(定価)とはメーカーが流通の各段階での基準価格を設定するも
のであり、流通の各段階での価格競争が抑圧され、小売店での販売価格の値崩れが防止さ
12
れる側面がある。これに対し、オープン価格とはメーカーが表示する卸、小売り段階ごと
の取引価格から、流通業社自身の自主判断によって価格を決める制度である。価格が分か
りにくくなり、流通企業の混乱を招く危険はあるものの、結果として流通業者の自主性が
高まり、取引条件の簡素化と価格競争を促進するとの見方が大勢を占めている。また、た
とえ値崩れを起こしてもその幅が消費者にわかりにくく、さらなる値崩れを防ぎやすい。
さらに定価を定めないことで消費者に高級なイメージを与えることができる。
売価とは消費者が購入時に製品の対価として実際に支払う金額のことである。定価には
あらかじめ販売店のマージンが含まれているため、このマージン幅を調節しながら、他店
の動向もふまえて売価を設定する。一般に人気製品の場合、売価は定価とほぼ等しいが、
不人気製品や陳腐した製品は在庫を処分しなければいけないため、極端に下落する。
3.6.2 ソフトウェア独特の価格決定方法
3.5.1 で上げた価格決定方法はすべての製品に共通するものである。ソフトウェアは従来
の製品とは異なるため、ここではソフトウェア特有の価格決定方法を持つ。
キラーアプリケーションの価格決定
パッケージソフトウェアの場合、キラーアプリケーションと呼ばれるものがある。これ
はそのソフトウェア市場を圧倒してしまうような力のあるソフトウェアのことであり、市
場占有率が最も高いソフトウェアを指す。(OS ならば Windows、表計算ソフトウェアなら
ばエクセルなど)自動車などのハードウェアの場合、1 台目であろうが 100 台目であろうが
それを作るのにはどうしても物量が必要になってくる。だから、どうしてもこれ以上は下
げられない原価がある。これに対して、売れるソフトウェアになれば急激に原価がゼロに
近づいていく。そのため、従来のハードウェアの価格決定のように費用に利益を加えた価
格では一つのソフトがただ同然となってしまう。これでは消費者の購買心理から考えて売
れない。なぜならば、極端に安価なものは価値のないものと判断されてしまうからである。
そのため、メーカーは PC のキラーアプリケーションならまず 3 年は使われると想定する。
ソフトウェアのバージョンは 1 年毎位にするが、熱狂的な消費者以外はその都度買い換え
ないので 3 年とする。その 3 年間に平均 100 回使われると仮定してその1回ごとにいくら
として単価を考える。消費者によって使用回数が異なるが、平均として割り出す。その単
価は 100 円から 200 円位に設定する。そして、価格を使用回数に単価を掛け合わしたもの
として決定する。このようにパッケージソフトェアの価格は原価やソフトウェアの機能に
関係なく設定され、実際 1 万円から4万円位のものが多いのはこのためである。
差別価格戦略
差別価格戦略は上でも述べたが、それに加え、ソフトウェア特有のものを紹介する。
ふつう、ソフトウェアを購入した消費者はユーザー登録といってソフトメーカーに自分
13
がそのソフトウェアを購入した代わりにソフトメーカーから様々な優待制度を受けること
ができるようになる。その一つとして優待価格制度がある。これはソフトウェアをバージ
ョンアップする際、ユーザー登録した消費者には定価の 2 分の1から 4 分の1位で販売す
るものである。つまり、消費者は初期の投資だけ多くかかり、2 度目からは格安で購入する
事ができる。それは、1 度得た消費者を逃がさないためである。もし、この制度がなければ、
他社が消費者の所有する製品よりも遙かに性能のよいものを発売すれば、消費者はすぐに
鞍替えをしてしまうだろう。この制度のおかげで消費者は「待てば性能のよいバージョン
アップ製品を安価で購入することができる」と考え、他社の製品に鞍替えすることはなく
なる。そのため、他社にシェアを明け渡すことなく、そのソフトメーカーに利益をもたら
すことになる。このような方法とることができるのも原価がゼロに近いからである。
また、アカデミックパック(学割パック)も差別価格戦略の1つである。これは学生な
ど学校関係者に格安で販売する制度であるが、交通機関とは異なり法律などで定められて
いるものではない。ソフトウェアは高価であるため、今までは学生には余り普及していな
かったことから始まった制度である。同時に不正なコピーを防止する役割もある。学生の
コンピュータへの関心は高まるばかりであり、その需要は大きく、ソフトメーカーとして
もよい収入源にもなっている。
他にも他社の製品から乗り換える消費者向けに価格を設定したものなどもあるが、もち
ろん、原価がゼロに近いからできる戦略なのでである。
<参考> ワードプロセッサーソフトウェア 「一太郎 9」の価格(税別)
製品の種類 定価
売価(1999 年 1 月現在)
ソフマップ ジョーシン
新規ユーザー用 20000 円 16800 円 17200 円
ユーザー登録者向けのバージョンアップ 8000 円 6900 円 7200 円
他社のソフトウェアからの乗り換え用 12000 円 10800 円 10800 円
学生パック(キャンパスキット) 4800 円 4280 円 4416 円
3.6.3 市場価格
一般に PC 用のパッケージソフトウェアは新発売直後は定価を設定するが、熱狂的な消費
者がすべて買い尽くしてしまうと今度はオープン価格として定価を定めないことが多い。
そして、いわゆるライトユーザーと呼ばれる消費者層をターゲットに売価を下げることで
アピールしていく。
第4章 テレビゲームi
用のゲームソフトii
PC 用のソフトの中にもゲームソフトはあるが、ここでは以下の 4 つの理由で異なるもの
として扱うことにする。
14
ア)市場の構造が異なること
テレビゲーム市場において、ソフトメーカーは自由にソフトを開発・製造・販売するこ
とができない。ハードメーカーとライセンス契約を結び、ゲームソフトを開発するための
専用のコンピュータや様々なツールをハードメーカーから購入しなければならない。(数百
万円から数億円の費用がかかるといわれている)ソフトメーカーがソフトを完成すると、
ハードメーカーがそのソフトの品質を審査する。このとき、不合格になるとソフトは発売
できなくなる。次に、そのソフトをカートリッジや CD-ROM といった専用の記憶媒体にパ
ッケージしなければならないが、この製造もハードメーカーに委託しなければならない。
しかも、この製造費は前金として、ハードメーカーに支払わねばならない。ハードメーカ
ーはこれほど開発・製造に関わってくるにもかかわらず、販売はソフトメーカーのみで行
わなければならないという非常にリスクの高い構造になっている。これは一般に任天堂方
式と呼ばれる。(なぜこのような方法をとるのかについてはあとで述べる)ただし、最近は
この構造も変わってきている。
これに対して、PC 市場においてソフトメーカーはハードメーカーや OS メーカーの許可
や審査を受けることなく、自由にソフトを開発・販売することができる。
イ)中古ソフト市場が存在すること
ゲーム市場にはメーカーに無許可の中古ソフト市場がある。そのため、ソフトの価格に
その影響が現れている。
これに対して PC 市場ではメーカーに無許可の中古ソフトの売買は禁じられている。
ウ)消費者の選好が異なること
ゲーム市場において、消費者が求めるのはゲームソフトである。
これに対して、PC 市場における主流のソフトはワープロソフトや表計算ソフトといった
ビジネスソフトであり、ゲームソフトではない。
エ)ハードとソフトの存在理由が異なること
ゲーム市場において、消費者が求めるのはあくまでおもしろいソフトである。ソフトが
欲しくて、仕方なくハードを購入するのである。つまり、ハードはソフトを遊ぶためだけ
の道具にすぎない。ハードの価格は低く、ソフトの価格の 2 本から 5 本分である。また、
一般にハードの寿命が5年以上と長い。
これに対して、PC 市場において消費者が求めるのはできるだけ性能の良いハードである。
「CPU の演算能力はいくらで、ハードディスクの容量はどのくらいで、何倍速の CD-ROM
装置が付いていて、どれほどの拡張性があって…」といったハード志向が支配的である。
ハードの価格は高く、一般向けソフトの価格の約 20 倍以上する。そのため、欲しいソフト
15
があってもそれだけのために仕方なくハードを購入することはできない。また、ハードの
寿命が極端に短く、3 ヶ月から6ヶ月でモデルチェンジが行われる。
4.1 テレビゲームとは何か
テレビゲームとは家庭用ゲームの総称である。ゲームをするためにはゲーム機本体(ハ
ード)、テレビ受像機、ソフトの記憶媒体が最低限必要である。ゲーム機には電源アダプタ
ーとコントローラーと呼ばれる操縦器と接続用ケーブルが付属している。これらをすべて
つなぎ、電源を投入すれば、ゲームを楽しむことができる。多くのゲームは主人公が目的
を達成するまでの物語になっており、その過程で感情が起伏する場面が多く用意されてい
る。あたかも自分がゲームの主人公になったような気分になり、夢中になるのである。
ゲーム機本体はゲームに特化した専用のコンピュータであり、ソフトを交換することで
いくらでもゲームを楽しむことができる。そのため、ハードはソフトを楽しむための道具
にすぎない。大切なのはソフトなのである。
4.2 テレビゲームの歴史
ゲームソフトの原型は 1961 年にスティーブ・ラッセルが作った「スペース・ウォー」と
いうソフトである。このソフトに感動したノラン・ブッシュネルが「コンピュータ・スペ
ース」というソフトを真似て作り、この利益で 1972 年に「アタリ」という会社を設立する。
ついで「ポン」というピンポンに似たゲームソフト、「ブレイクアウト」というブロック崩
しのソフトを作成し、大ヒットとなる。また、日本では 1978 年にタイトーが「スペースイ
ンベーダー」を作り、日本中が沸いた。ただし、これらのゲームはアーケードゲーム機と
呼ばれるゲームセンター向けのゲームである。
家庭用のゲーム機はドイツからアメリカに移住してきたラルフ・ベアが 1949 年に発明し
た「ブラックボックス」が最初のものである。テレビ画面上でスポットを動かして遊ぶも
ので現在のテレビゲームの原型とは言い難い。その後、サンダース・アソシエーツ社がラ
ルフ・ベアとともに「テレビジョンゲーム装置」に関する特許を 1966 年に出願した。その
特許をマグナボックス社が買い取って、家庭用テレビゲーム機「オデッセイ」を開発して
発売する。ただ現在のようにカートリッジでゲームソフトを交換して遊ぶようにはなって
いなかった。
現在のテレビゲームの原型はアタリが 1976 年の発売した「アタリ 2600」である。これ
はカートリッジでゲームソフトを交換して遊ぶようになっていたからである。アタリはゲ
ーム機の技術仕様を公開した。その結果、様々な企業が「アタリ 2600」用のハード、ソフ
トを作り、2500 万台のハードおよび、1500 種類ものソフトが市場に出回るようになる。ア
メリカの家庭の 3 軒に 1 軒は「アタリ 2600」を所有した計算になる。
ところが、6 年後の 1982 年のクリスマス、突然テレビゲームが売れなくなってしまった。
愚作・駄作のソフトが市場にあふれ、消費者に飽きられてしまったことが原因である。全
16
世帯の 30%に普及し、10 億ドルにも成長したゲーム市場は一瞬にして崩壊してしまった。
この出来事を「アタリショック」と呼ぶ。
このアタリショックに対し、任天堂は、防止策さえ考えれば日本でもテレビゲームが大
きな市場になると考えた。任天堂は動画能力に優れたゲーム専用のハードを作り、当初、
価格を1万円以下にすることを目標とした。そのため、色数を 54 色、音も最低限のものと
し、本体の形は単純、本体の配色もコストのかからない赤と白の 2 色にした。各部品ごと
に最も安価で製造してくれる企業と掛け合い、最終的に協力企業は 30 社に昇った。その結
果、1 万 5 千円にまで押さえることができたが、これ以上性能を削るとゲーム自体の質が悪
くなると考え、1983 年に 1 万 4800 円で発売した。家庭用のコンピュータという意味を込
めて「ファミリーコンピュータ(ファミコン)」と名付けた。
もちろん、アタリの繁栄ぶりを他社が見逃すはずもなく、この当時、多くの企業がテレ
ビゲーム機を販売していた。ファミコンは後発だったのである。(次の表参照)
当時発売されていたゲーム機
発売時期 ゲーム機名 発売元 価格 CPU
1982 年 9 月 オデッセイ II 北米フィリップス - 8ビット
10 月 ぴゅう太 トミー工業 59800 16 ビット
11 月 M5 ソード 59800 8ビット
11 月 ゲームパソコン タカラ 59800 8ビット
11 月 マックスマシーン コジャモャドパーンル 34800 8ビット
12 月 ダイナビジョン ヤマギワ電気 49800 16 ビット
1983 年 3 月 アルカディア バンダイ 19800 8ビット
5 月 アタリ 2800 アタリ 24800 8ビット
7 月 ぴゅう太ジュニア トミー工業 15200 8ビット
7 月 SC3000 セガ 29800 8ビット
7 月 ファミリーコンピュータ 任天堂 14800 8ビット
他社はゲーム機をゲーム専用機としてではなく、家庭用 PC としての位置づけをしていたた
め、性能は優れていたが(ただし動画能力は劣っていた)、価格が高くついた。それは当時
コンピュータ社会なるものが到来すると考えられていたからである。(皮肉にも 1999 年現
在、ようやくその兆しが見えてきたといったところである)結局、ファミコンが売れてい
き、他社のハードはやがて衰退していった。
1985 年、任天堂から発売されたソフト「スーパーマリオブラザーズ」が大ヒットし、任
天堂の地位は揺るぎないものとなっていった。任天堂はソフトを自社で生産するだけでな
く、他のソフトメーカーにも参入を許した。ただし、次の条件を設けた。
• 自由に参入することは認めず、任天堂とライセンス契約を締結したソフトメーカーのみ
参入することができる
• ソフトを開発するための開発機材一式を任天堂から購入する
17
• 完成したソフトは任天堂が品質を審査し、合格したときのみ販売を認める
• カートリッジの製造は任天堂が行うこととし、その製造費はソフトメーカーが前金とし
....
て
.
支払わなくてはならない
このような条件は先のアタリショックのように愚作・駄作のソフトが市場にあふれ、市場
を崩壊させないようにするためのものであった。(後に年間販売本数までも制限するように
なる)ところが、任天堂は上の 4 つ目の条件から莫大な利益を得ることになる。この前金
はカートリッジ 1 本につき、数千円であり、ソフトメーカーはそれに製造本数をかけた費
用を前金で支払わねばならない。しかし、1本数千円の前金に対して実際の製造費は 800
円から 900 円であるため、少なくとも半分は任天堂の利益となるのである。この構造のお
かげで任天堂は高い収益を挙げる企業となる。
1987 年に日本電気ホームエレクトロニクス(NEC-HE)が「PC エンジン」、1988 年に
セガ・エンタープライゼス(セガ)が「メガドライブ」というファミコンより高性能のゲ
ーム機を発売し、任天堂の独占状態を打破しようとした。PC エンジンはそこそこの人気を
得たがハード志向が収まらず、次々とハードをモデルチェンジしたため消費者が離れてし
まった。メガドライブ(海外名ジェネシス)もアメリカでは人気を博したが、日本ではソ
フトの質が良くなかったため勝つことはできなかった。
その後、任天堂は 1989 年に携帯型ゲーム機「ゲームボーイ」、1990 年に高性能ゲーム機
「スーパーファミコン(SFC)」を投入した。これらのハードも人気ソフトが次々に生まれ
たため、市場に浸透していった。こうしてゲーム市場は任天堂帝国とも呼ばれる独占状態
が続いた。
1994 年 3 月に松下電器が通称「3DO REAL」、11 月にセガが「セガサターン」、NEC-HE
が「PC-FX」、12 月にソニーiiiが「プレイステーション(PS)」をそれぞれ発売し、次世代
ゲーム機戦争と呼ばれる状態になった。当初、業界ではハード中心の家電メーカーである
松下、NEC-HE、ソニーの各ハードは消え、セガが何とか生き残り、やがて任天堂が発売
するであろう高性能ゲーム機(現在発売中のニンテンドウ 64)が今まで同様に君臨するで
あろうと予想された。確かに松下と NEC-HE は消えていった。しかし、ソニーは予想に反
し、生き残ることができただけでなく、さらにシェアをのばし、トップの座を手に入れる
に至った。任天堂帝国の崩壊である。
ソニーが勝利した理由は大きく分け 2 つある。1 つ目はソニーが国内の有力なソフトメー
カーを自社の陣営に入れることに力を注いだことである。この当時、任天堂の独占体制を
好ましく思わないソフトメーカーは少なくなかった。自由にソフトが作れず、ソフトで得
る利益の半分以上は任天堂が得ていたからである。任天堂に逆らってはこの市場にいるこ
とはできず、仕方なく従っていたソフトメーカーが多かった。ソニーはそこに目を付け、
有力なソフトメーカーを任天堂方式よりも良い条件で迎えた。開発機材と製造費の安さ、
審査や制限(当時の任天堂方式ではソフトの発売は年間 3 本までとなっていた)をつけな
18
いできるだけ自由なソフト開発を提供した。2 つ目は記録媒体を CD-ROM としたことであ
る。カートリッジ方式では注文から製造まで 2 ヶ月はかかるため、需要の動向がうまくつ
かめなかった。そのため憶測を誤り、大きな損害を被ったソフトメーカーもあった。それ
に対して、CD-ROM は注文から製造まで 3 日でできるため、需要と供給のバランスが保ち
やすかったのである。CD-ROM は他社も利用していたが、ソニーは CD の開発元であった
ため、特許料という余計な費用を払うことなく、製造することができた。さらに世界最大
の CD 生産工場を持っていたため、大量に生産することができた。開発元ゆえになせる技
であった。(ちなみにソニーには年間数百億円の CD に関する特許収入があるといわれてい
る)これらの努力のおかげで、良いソフトが供給でき、ハードが売れ、多くのソフトメー
カーが参入してきて、さらにハードが売れるという良い構造ができた。そして、長年崩れ
なかった任天堂の牙城を崩すことができた。
その後、1996 年任天堂は「ニンテンドウ 64(N64)」を発売した。海外では爆発的に売
れているが、国内でのシェアは高くはない。また、セガは、負けることはないと考えてい
たソニーに惨敗したとし、さらなる高性能ゲーム機「ドリームキャスト」を 1998 年に発売
した。だが部品の供給の遅れで目標の出荷台数を確保できず、出だしは
かんば
芳 しくない。
機種別国内出荷台数(1998 年 9 月現在)
メーカー 機種名 出荷台数
任天堂
スーパーファミコン 1709 万台
ゲームボーイ 2007 万台
ニンテンドウ 64 350 万台
ソニー プレイステーション 1315 万台
セガ セガサターン 574 万台
4.3 原価見積もり
ゲームソフトにおいての原価の見積もり方法は基本的に PC 用のソフトと同じと考えて
よい。しかし、PC 用のソフトにはない要素を盛り込まなければならない。
任天堂のハードにソフトを供給する場合は高額な開発機材を購入しなければならない。
開発機材が高額なのは性能上そうせざるを得ないこともあるが、むしろ資金力がないソフ
トメーカー、あるいは真剣にソフトの開発に着手しようとしないソフトメーカーによって
愚作・駄作のソフトが市場に充満し、市場自体を崩壊させないようにするためである。ま
た、ソフトの製造 1 本につき数千円という製造費を支払わなければならない。このとき、
その製造費は記憶媒体である半導体の市場価格によって左右される。(日本の半導体総生産
量の 3 パーセント余りが任天堂の製品に使用されている)
任天堂以外のメーカー(主にソニー、セガ)のハードにソフトを供給する場合も同じだ
が、ソフトは一般の PC でも開発できるため、開発機材の価格は低い。また、記憶媒体であ
19
る CD-ROM の製造費も数百円程度と低い。
最近では、大作の場合、10 億円から 30 億円といった映画並の開発費が投入されている。
4.4 市場価格の考察
4.4.1 定価の考察
ここでは以前と現在において最大の占有率を持つソニーと任天堂について考察する。
現在、大部分の PS ソフトは定価が 5800 円となっている。その理由は主に次の2つの理
由が挙げられる。
• 当時の業界標準であった SFC ソフトに対抗するため
次のグラフは PS と SFC におけるソフトの価格決定モデルである。
SFC の場合、4.3 に挙げたように開発・製造にかかる費用が多い。つまりこれだけで 4000
円近くかかることになる。これに加えて、マージン、広告宣伝費、さらにリスク回避料金
がかかる。リスク回避料金とはソフトがすぐに再生産できないことに対しての担保のこと
である。さらに、問屋・小売店のマージンを加えると最終的に定価は 9800 円近くになって
しまう。大作ソフトになると1万円を超えることも珍しくなかった。
PS の場合、CD-ROM であるため再生産がしやすく、リスク回避料金が必要ない。さら
にソニーに支払う製造費も比較的安いため、各々のマージンをほとんど下げることなく、
標準価格決定モデル
1500
900
1000 1200
600
2500
1700
1500
1000 1000
1000
600
600
500
0 2,000 4,000 6,000 8,000 10,000
S
F
C
/
場
合
P
S
/
場
合
ハードメーカーへのロイヤリティ ソフト開発費 ソフトメーカーマージン
宣伝広告費 卸問屋マージン 小売店マージン
マスクROM原価 リスク回避料金
20
定価を 5800 円にすることができた。
• 中古市場を撲滅するため
SFC ソフトの場合、定価1万円の人気ソフトは中古屋で 5000 円で引き取られていた。中
古業者が 2000 円の中間マージンを乗せ、7000 円で再販売する。そのため、ソニーは 7000
円より安い価格を設定すればよいと考えた。しかも、それまで中古市場を回っていた分が
新品に置き換えられれば、ソフトメーカーが中古市場に吸い上げられていた利益が、新品
販売で得られることになる。
任天堂の場合、N64 ソフトの定価は発売当初 9800 円とかなり高額であった。SFC ソフ
トよりも大容量の半導体が必要であるため、製造費が高くなるからである。(それでも SFC
ソフトと比べるとかなり割安になっていた)ところが、1997 年に半導体の世界的な供給過
剰の影響で半導体価格が大幅に下落し、そのおかげで製造費が安くなったこと、海外で N64
が爆発的に売れたことなどからソフトの定価は 6800 円前後に下がった。5000 円台のソフ
トも発売されてきており、定価の競争では PS とそれほど変わらなくなってきている。
4.4.2 中古市場に対する価格戦略
ゲーム市場には中古ソフト市場があるが、ソフトメーカーは中古ソフトを認めておらず、
法的手段、あるいは新品ソフトの販売戦略を用いて中古ソフト市場を撲滅することをもく
ろんでいる。ここでは後者の販売戦略における価格戦略について考える。
ソニーの場合、4.4.1 に挙げたように中古ソフト市場を撲滅することを一つの目的として
定価を定めたが、中古業者がこれに見合うソフト買い取り価格を持って対抗してきたため、
さらなる戦略がとられることになった。それは「プレイステースション ザ・ベスト」と
して人気ソフトをそれまでの半値の2800円で再発売したのである。人気ソフトであるため、
それまでに投資の回収が終了しており、このような低い価格で発売することができた。
また、任天堂はローソン各店舗で SFC ソフトを書き換えるサービス「ニンテンドウパワ
ー」を開始した。これは過去の人気ソフト1作につき 1000 円で SF カセットと呼ばれる記
憶媒体に書き込むことができるシステムである。現在はローソンのみであるが、いずれは
スーパーや玩具販売店にもこのシステムがおかれる予定である。
両社とも人気ソフトを消費者にさらに長く使ってもらうためのものであると発表してい
るが、中古ソフト市場を撲滅させるための1つの戦略と考えてよいだろう。
4.4.3 市場価格
大作ソフトの場合、発売から 3 週間ほどは値崩れを起こさず、定価で販売されることが
多い。ところが 3 週間をすぎると値崩れが始まる。発売直後に購入した消費者がゲームを
クリアし、新しいソフトを購入するための資金を得るために中古販売店にソフトを売るか
21
らである。このころソフトを新規に購入しようとする消費者は熱狂的なファンでないため、
安価な方のソフトを求める。そのため、中古ソフトを購入することが多くなり、それに伴
って新品ソフトの価格が下落していくのである。
発売数週間で 100 万本を越えるソフトはほんの数種類であり、大半のソフトは 5000 本か
ら 8000 本程度しか売れない。そのため、販売店は大量の在庫を抱えることになり、不人気
のソフトを安価で売ろうとする。そのため、不人気ソフトは発売直後から急速に値崩れが
起こっている。実際、定価 5800 円のソフトを 500 円から 1000 円程度で販売することも珍
しくない。
このようにゲームソフトは市場の構造からそのソフトに人気があろうとなかろうと価格
は低下していく傾向にある。
第5章 ソフトウェアビジネスの行方
5.1 たかが子供のおもちゃか?
1985 年に発売された任天堂の「スーパーマリオブラザーズ」の大ヒット以降、ゲーム市
場は飛躍的に拡大する。それと同時に今まで玩具メーカーのみであったこの市場に、様々
な他分野の企業が参入してくるようになる。日立製作所、松下電器、三洋電機、日本ビク
ター、NEC、ソニー、シャープや野村証券、リクルートなどの大企業がハードメーカーと
の業務提携や子会社を通じてのハードやソフトの開発・供給を行ってきた。なぜ、それま
で子供のおもちゃと思われてきたゲーム市場に、他分野のしかも日本を代表するような企
業が参入してくるのであろうか。
ここでソフトウェアの定義を拡大してみよう。第1章で断ったとおり、今まではソフト
ウェアをコンピュータ・ソフトウェアとしてきたが、ソフトウェアを工業生産物であるハ
ードウェアに対しての、情報やサービスという意味で用いることにする。例えば、VTR は
装置自体はハードウェアであるが、テープ自体に記録されている内容はソフトウェアであ
る。
まず現在、ゲーム市場において最大のシェアの誇るソニーがなぜこの市場に参入してき
たのかについて考察する。まず上に挙げた VTR の市場を見てみる。VTR は業務用ではソニ
ーのベータ規格が業界標準であるが、家庭用では松下電器・日本ビクターの VHS 規格が業
界標準になっている。この業界標準とは規格標準化機構が正式に標準として制定していな
いが、多くの企業がある種の方式にあわせているため、それが事実上の標準となっている
もの(事実上の業界標準、デファクトスタンダード)である。そのため、市場において圧
倒的な占有率を保つ必要がある。当初、ソニーは家庭用にもベータを投入していたが、結
局は VHS に破れてしまう。その最大の理由は録画時間の短さであるが、一方でソフトウェ
アの少なさも挙げられる。ソニーはユニバーサルやパラマウントなどヒット作を多く出す
映画会社の日本でのビデオ発売権を持っていなかったのである。それに対して、VHS は日
22
本ビクターの子会社日本 AVC が、MGM/UA、20 世紀フォックス、コロンビアといった映
画会社の発売権を持ち、ディズニーはフジサンケイグループのポニーキャニオンがワーナ
ーはワーナーブラザースが握っていた。ハードウェアの運命を決定するのはソフトウェア
なのである。この敗北で、ソフトウェアの重大さを知らされることになったソニーは「ソ
フトの源流を押さえる」という方法を採用する。自社で開発した CD を広めるために音楽
会社を買収、また将来のデジタル時代に備えるために映画配給会社を買収し、ソフトウェ
アの子会社を設立するようになる。
ソフトウェアという資産を手に入れたソニーはこれを各家庭に広めること目指していた。
そのときゲーム市場が急速に成長していたため、これに目を付けた。メーカーにとって自
社製品への最大の侮辱の言葉となる「おもちゃ」であるゲーム機にである。
ソニーは当初、任天堂と組んだ。その証拠に SFC の音源チップはソニー製である。また、
プレイステーションは本来は任天堂の SFC と互換性のある CD-ROM 機として開発されて
いたものであった。ところが任天堂はソニーとの契約を一方的に破棄した。ソニーと組む
ことで高い技術が得られるという利点よりも、ソニーにゲーム市場のノウハウを与えてし
まうことへの損害の方が大きいと判断したためである。結局、ソニーは互換機の開発をや
め、単独で参入した。ハードはゲーム専用のものとしているが、モデムなども接続可能な
仕様となっており、ゲーム以外の用途にも対応できる仕様にはなっている。
これに対し、松下電器は「3DO REAL」をゲーム機ではなく、マルチメディア機として
発売した。ハード1台にテレビ、電話、PC などの役割を持たせ、ゲームはその中の機能の
一つとして位置づけていたのである。しかし、この考え方は消費者には受け入れられなか
った。消費者が求めるのはあくまでおもしろいソフトであるためである。
セガは今回新しく発売した「ドリームキャスト」にゲーム機として初めてモデムを内蔵
し、ハード単独でインターネットに接続できるようにした。また、この回線を利用して世
界中の人々とゲームの対戦ができるようにもなっている。ただ、後者の試みはメガドライ
ブ時代からあったもので何度も失敗を繰り返していることになる。
また、任天堂も今でこそハードはゲーム専用のものとしているが、以前から何度もゲー
ム機をネットワークの端末として利用することを試みて失敗している。例えば 1988 年には
野村証券と共同で証券情報のサービス「ファミコントレード」を始めたが、失敗に終わる。
調査の結果、任天堂の名前が最大の障害の一つになっていることがわかった。任天堂が依
然として一介の玩具メーカーとみなされていて、ほとんどの大人が子供の玩具をビジネス
に使おうとしなかったためである。おまけに、子供がゲーム機のコントローラーを親に渡
そうとしなかったことも挙げられる。1995 年には衛星放送を利用して SFC 向けのゲームデ
ータの送信を行っているが人気はない。
以上挙げたとおり、企業にとってゲーム機は単に子供のおもちゃとしてだけでなく、広
く情報を双方向(インタラクティブ)にやりとりする場として認識されているのである。
ただ、皮肉なことはゲーム機にゲーム以外の機能を期待しているにもかかわらず、結局は
23
その努力は実らないことである。日本ではそのような土壌が育たないとの見方もあるが、
PC では成功しているのだから、その原因はやはりゲーム機を「たかが子供のおもちゃ」と
して人々が認識しているためであろう。
5.2 家電製品のコンピュータ化
1998 年に入ってから企業は「デジタル情報家電」を目指して戦略を進めるようになる。
3 月にはソニーや松下電器など 7 社が家庭用機器を相互接続する仕様の共通化で合意した。
ソニーは同月、サン・マイクロシステムズと 4 月にはマイクロソフトと業務提携を行った。
松下電器も 7 月にマイクロソフトと 11 月にはコンパックと提携を結んだ。両社ともコンピ
ュータに関する技術がほとんどないためである。
これらの企業はゲーム機では実現できなかった家庭での情報端末としての機能を PC で
実現しようと企てている。つまり、一家に一台ホストコンピュータを置き、それを通じて、
ビデオの予約、洗濯機の操作といった家中の家電製品を操作できるような環境づくりを目
指している。このような環境が実現すれば、どのような家電製品もホストコンピュータに
対応しなくてはならなくなり、その結果、ホストコンピュータの開発企業にライセンス料
や高い名声といった莫大な収益をもたらすことになる。そのため、企業間でビデオのよう
な規格戦争が起こるかあるいは、DVD のように各社が歩み寄りを行った上での規格決定が
行われることになるであろう。
第6章 おわりに
ソフトウェアについて様々な面から考察をする前、ソフトウェアの地位は非常に高いも
のだと考えていた。コンピュータにおいてはハードウェアよりもソフトウェアの方が力が
あり、企業においては、ソフトメーカーはハードメーカーよりも地位が上で、ハードメー
カーはソフトメーカーに脱皮しない限り、存続が危ういとまで考えていた。しかし、今回
の考察を通じて、この考えは少なくとも現在においては正しくはないと感じるようになっ
た。
6.1 PC ソフトの地位
PC ソフトの市場価格を調査する時、PC に関する雑誌やカタログを見ればソフトウェア
の情報はたやすく手にはいると考えていた。しかし、実際に紙面をにぎわせていたのはソ
フトウェアでなく、ハードウェアであった。ソフトウェアは初心者向けあるいは開発者向
けの雑誌に説明されているぐらいで、それ以外の雑誌にはメモリの増設方法などのハード
ウェアに関する情報が多数を占めていた。ハードウェアの市場価格情報の隅に少数のソフ
トウェアの価格が掲載されており、ソフトウェアの方が地位がはるかに高いという認識は
正しくないと考えるようになった。
24
6.2 ハードメーカーとソフトメーカーの関係
ソフトメーカーは地位的に高いというよりもむしろ全く安定しておらず、常に激しい競
争にさらされている。例えば、マイクロソフトは非常に独占的で排他的な戦略をとってい
るが、それは他社の追随を許さないためであり、一瞬でも追随を許したならば、それは企
業としての生命を失うことになりかねない。ハードウェアの世界と異なり、ソフトウェア
の世界では他社に容易にシェアを明け渡してしまうことは珍しくない。
また、ハードメーカーはソフトメーカーになることを望んでいるわけではなく、ソフト
ウェアという情報自体が欲しいのである。ハードウェアはソフトウェアがなければ、ただ
の箱にすぎないとしたが、逆に言えば、ソフトウェアはハードウェアがなければ存在価値
がないのである。大切なのはソフトウェアというわけではなく、ソフトウェアもハードウ
ェアもということになる。つまり、ハードウェアとソフトウェアの垣根がない製品を開発
することを目指しているのである。
6.3 ソフトウェアは必需品か?
例えば、工場内の産業用ロボットを動かしているのはソフトウェアであり、これは必需
品である。しかし、一般に現在ソフトウェアといわれるものの多くは娯楽品である。娯楽
品とは「あれば楽しいが、なくても困らないもの」を指す。これに対し、生活必需品とは
自動車や冷蔵庫などのように「あれば便利であり、なければ困るもの」を指す。例えば、
自動車は免許が必要で、非常に高価で、さらに一歩間違えば命を落とすことになる。それ
にもかかわらず、多くの人が自動車を持っているのは必需品であるためである。
テレビゲームは紛れもなく娯楽品である。一方、PC を必需品と考えることも多いが、真
の必需品である洗濯機や冷蔵庫と同列に考えることは難しい。洗濯機ができたおかげで洗
濯板を使う苦労はなくなった。冷蔵庫のおかげで食物を長期に保存することができるよう
になった。これに対し、PC の高速な計算能力や大量の文書を作成できる能力は企業や研究
機関では必需品であっても、家庭ではそうは呼べないだろう。また、PC が扱う情報はイン
ターネットで取り入れたものや個人が作成したものであり、高品質の情報とは言えない。
これはテレビやビデオにも当てはまる。
このように娯楽性の高いソフトウェアに対して評価が高いのかは疑わしい。生活が安定
しているからこそゆとりができて、それを娯楽につぎ込もうとするのであり、安定した生
活というものがなければ成り立たないものであるためである。
6.4 おわりに
以上のことをふまえて考えると、ソフトウェアが今よりも高い市民権を得るためには、
ソフトウェア自体が必需品を目指さなければならないと考える。それはこの先、情報家電
のような形で実現されるかもしれない。しかし、それが実現するにはコンピュータがもっ
25
と扱いやすくならなければならない。現在のように分厚いマニュアルを片手に、キーボー
ド入力をせざるを得ない状態では本当の意味でのコンピュータ社会は到来しない。コンピ
ュータを人間と同様に“対話できる相手”として位置づけられるようにハードウェアもソ
フトウェアも努力しなければならない。ただ、それが実現されるときにはハードウェア、
ソフトウェアの区別なしにコンピュータを扱うことになるのであろう。
i 日本では家庭用のゲームをテレビゲーム、業務用のアーケードゲームをビデオゲームと呼
び、ここで考察するのは前者である。(ちなみにアメリカでは両者ともビデオゲームと呼
ぶ。)
ii この世界ではソフトウェア、ハードウェアのことをに単にソフト、ハードと呼ぶのが慣例
であるため、それに従うことにする。
iii 正確にはソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)であるが、ハードの開発は
ソニー、ソフトの開発は SCE、CD-ROM の製造はソニー・ミュージックエンタテインメン
トというようにソニーグループが一丸となっているため、ソニーという名称を用いること
にする。
26
参考文献
<書籍>
―PC に関するもの―
・桜井通晴著(1992)「ソフトウェア原価計算」白桃書房
・脇英世著(1994)「ビル・ゲイツの野望」講談社
・ビル・ゲイツ著 西和彦訳(1995)「ビル・ゲイツ 未来を語る」アスキー出版
・川村一樹著(1995)「入門情報科学シリーズ 7 ソフトウェア工学」ソフトバンク
・宮澤健一著(1995)「価格革命と流通革新」日本経済新聞社
・相田洋著(1996~7)「NHK スペシャル 新・電子立国」第1巻~第 6 巻、別巻
日本放送協会出版
・ビル・ゲイツ著 西和彦訳(1997)「アップデート版 ビル・ゲイツ 未来を語る」
アスキー出版
―テレビゲームに関するもの―
・デヴィッド・シェフ著 篠原慎訳(1993)「ゲーム・オーバー」角川書店
・国友隆一著(1994)「セガ VS.任天堂 新市場で勝のはどっちだ!?」こう書房
・馬場宏尚著(1996)「ソニー・セガ・任天堂 ゲーム機最終戦争」エール出版
・逸見啓 大西勝著(1997)「日本のビッグ・ビジネス 任天堂 セガ」大月書店
・麻倉怜士著(1998)「ソニーの革命児たち」IDG コミュニケーションズ
<論文>
・BARRY W.BOEHM(1984)「Software Engineering Economics」
IEEE TRANSACTION ON SOFTWARE ENGINEERING,vol.SE-10,NO.1
<新聞・雑誌>
・「日本経済新聞」日本経済新聞社
・「週刊ダイヤモンド」ダイヤモンド社
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