浦戸湾の和船(芝藤敏彦)
- 1. [資料調査員 調査報告]
浦戸湾の和船 - 和船の建造を試みる方のために -
芝藤敏彦
はじめに
アメリカ人の船大工、ダグラス・ブルック氏が佐渡のタライ船を始めとして和船の建造を手がけら
れ、失われていく和船建造技術を惜しまれているというヨット雑誌の記事(「和船建造の技を学び伝
える米国人」
『舵』2006 年 3 月号)を読んでから、私には高知のあちこちに点在している木造和船が
初めて見えるようになった。何気ない日常生活の中に貴重な素晴らしい物が存在しているのに、私は
外国のヨット等を追いかけていて、日本の伝統的な船を見過ごしていた。
40年前には身近に見られる小型の船は全て木造だったが、急速なFRP(ガラス繊維強化プラス
チック)船の普及で土佐湾、浦戸湾内で見られる船は、ほとんどFRP船ばかりになった。しかし、
高知はまだまだ木造船が残っている地域だ。今から数少なくなった木造船を絶滅から救う運動を始め
よう。和船船大工の高齢化で残された時間はあまりない。そこで、まず知り合いの船大工、弘光優氏
に弟子入りと称して建造方法を習い始め、次いで和船の情報を発信し収集するブログを始めた。ブロ
グ「和船船大工弟子入り日記」を情報共有の道具に使いたいと考えたのである。
現在はブログの巻頭に掲げた下記の事柄に取り組んでいる。
1 船大工を訪問して和船に関する様々な情報を教えていただく。
2 現存する建造された和船を一般的な造船の図面に起こして、将来の建造に備える。
3 教わった和船建造方法で実際に和船を作ってみる。
4 将来の環境で建造可能な木造和船を考え設計し建造する。
5 木造の美しい日本の船を存続させるためには、どうすれば良いかを考える。
本稿は、船大工に弟子入りして和船を建造した記録を中心に、高知市周辺の和船や訪問した船大工
の聞き書きをまとめたものである。これから和船の建造を試みる方の参考になれば幸いである。
1.高知市周辺の和船と船大工
土佐湾沿いに港や川を訪れると色々な種類の船が浮んでおり、その中には木造の船も見られる。土
佐市宇佐の旧道の遍路休憩所の屋根に載せられていたり、高知市の桂浜花街道沿いには白く塗られた
和船がブロック小屋の上に載せてあったりする。高知龍馬空港近くの物部川の橋の下には20尺(6
m)ほどの和船が雨を避けて係留してある。鏡川の橋の下にも泊めてあるし、仁淀川、四万十川沿い
にも気を付けて捜すとたくさん見つかる。その幾つかを紹介しよう。
使用する長さの単位は主に尺・寸・分であり、1尺は30㎝、1尺は10寸、1寸は3㎝、1寸は
10分、1分は3㎜である。
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- 2. 写真1 長浜 花街道の網船
高知市長浜花街道に置かれている全長36尺(約1
1m)の網船。長い間使われずに放置され船体後部は
傷んでしまったが、ミオシ(水押し、船首部)はまだ
形を留めている。今の和船の置かれている状況を体現
しているようで痛ましい。南国市前浜には昭和20年
頃建造のきれいに保存されている一対の網船がある。
写真2 四万十川船
川で使われる一般的な船は平らな船底板の左右に側
板が付いた三枚造りと呼ばれる構造をしている。写真
は幡多郡四万十町十和の「道の駅四万十とおわ」の船
である。同様の船が高知県立歴史民俗資料館に収蔵さ
れており、田辺寿男氏が、『高知県立歴史民俗資料館
研究紀要 第6号』の「木造川船の造船記録」にまと
められている。
写真3 屋形船
香宗川に浮かべてあった屋形船。三枚造りで波が来る
と大きく揺れる船型なので川や湾内などの静かな水面
でゆったりと過ごすのに向いている。現在は鏡川や浦
戸湾での船遊びに料亭が運航している。
写真4 仁淀川船
高岡郡越知町の能勢昭夫氏は建築業、パラグライ
ダー事業もされていた。仁淀川流域での船大工として
の評価は高い。越知町横畠の造船所で能勢昭夫氏が建
造中の船を見学した。様々な工夫された治具を使い非
常にきれいな板の接合技術であった。私が設計した船
の建造をお願いするつもりであったが、モーターパラ
グライダーの事故で亡くなられて残念でならない。
川船は三枚造りと呼ばれる断面が箱型構造の船が多いが仁淀川、物部川、鏡川水系では海で使われ
る船と同じ五枚造りの船が鮎船として使われている。五枚造りの船型は次章の山中利雄氏製作の模型
で説明する。
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- 3. 写真5 竹村雅夫氏建造の土佐湾での釣り船
高知市種崎の竹村雅夫氏(昭和8年生)、浦戸湾周
辺の造船所で大型の木造船の建造に従事された。30
年ほど前に自分が乗る為に材料を厳選して建造する。
ディーゼルエンジンを乗せている。海で使えるように
波の打ち込みを防ぐ側板を高く付けている。元気に冬
でも毎日この船で桂浜の沖へ釣りに行かれる。
写真6 柳原造船建造の海釣り用の20尺和船
高知市御畳瀬の新川川沿いに木造船の造船所が3軒
ほどあった。昔のまま残っているのは柳原造船所だけ
である。柳原広太郎船大工は亡くなられたが今も造船
所には完成した新船が1艘ある。柳原氏は新しい技術
や設計を取り入れて和船をどんどん改良する方であっ
た。甲板は水密(水が漏らない防水構造)に造り、波
が打ち込んできた場合や雨水などが自動排水されるよ
うに工夫されている。豊臣秀吉の時代には造られていた外洋航海の出来る御朱印船の技術は江戸時代
の鎖国政策によって失われ、水密な甲板は板を並べただけの敷き板になってしまっていた。
また、船底にはFRPを積層し防水と船食い虫対策を施してある。船食い虫は「ごかい」のような
形状の二枚貝の一種で船底から船体に食い込み木を齧りトンネルをどんどん掘って船をダメにしてし
まう木造船には最も危険な生物である。船食い虫対策は船底塗料(昔はコールタール)を年に1、2
回塗りなおす時にワラを燃やして虫を燻したりバーナーで船底を焼いて虫を殺したり、あるいは船食
い虫は真水に入れると死んでしまうので川に持って行ってしばらく置いたりした。FRPを外部に張
ると虫は木部まで入れない。
写真6の船は30年ほど前の建造で、船外機仕様で船尾の形状は普通の和船とは異なる。水密甲板
になっており舳先やカンコ(魚槽)など工夫が凝らされているが、船の復原力の知識が十分でないの
で重心の高さを計算に入れることが無く不安定な船になっている。水密甲板は船が浮いた状態で甲板
上面が水面より高くないと水が排水されない。人の乗る位置は甲板の上なので船底に乗るよりも20
㎝以上高くなる。重心が高くなり復原力が小さくなる現象は実際に船に乗っている人には体感されて
いた。舳先や甲板上に色々構造物を作るともっと重心が高くなる。帆で走る場合には特に復原力が小
さいと転覆の危険が大きい。
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- 4. 写真7 片山和船
片山造船所は高岡郡中土佐町上ノ加江の漁港にある。
親子二代の造船所である。片山丈進氏(昭和7年生)
は木造和船の船大工であり、息子さんの幸広氏は造船
科卒でFRP船を建造していた。
平成19年に中土佐町の注文で3艘の全長7mの和
船を建造し、平成22年には宿毛市の注文で3艘建造
した。今回一緒に和船を建造することで木造和船の伝
統的な建造方法が伝承されると思われる。
写真の船は船底板厚が2寸(6㎝)、外板でも1寸(3㎝)近くあり舳先近くでは板を曲げるため
にバーナーで熱を加え、水を掛け、木を柔らかくして少しずつ水押(船首材)に近づける。梁などの
部材も太く重量のある船だ。
写真8 弘光優氏、仕事場の高知市仁井田新築にて
私の和船船大工の師匠、弘光優氏。昭和3年(1928)
南国市前浜生まれである。兄も船大工であり、兄が前
浜でコク屋(造船所)を持ったので、弘光優氏は仁井
田の新しく造成された造船関係の工業団地のような新
築に現在のコク屋を構えた。
写真は平成18年、私が弟子入りした頃に撮影した
ものである。和船の造り方を教えて頂ける事にはなっ
たが、ずっと一人で船造りをされ、他の船大工には技術を盗まれないように用心し、作業をしている
所は人には見せなかった弘光氏に上手に教えろと言うのが無理な注文で、結局は今まで作っていた通
りに1つ船を作って頂いて、それを見て造り方を盗む方式に決まった。
写真9 弘光和船と私
完成して浦戸湾に浮かべた弘光和船。台風接近で上
架したところである。弘光氏の和船は伝統的な建造方
法をそのまま受け継いだ昔のままの形状を伝えている。
写真9の弘光和船は全長20尺(6m)、浦戸湾から
桂浜沖で釣りをする船で、主に櫓で推進し帆も上げた
そうだ。船底部分を黒の塗料で塗っただけで水面より
上は杉のムク板そのままで、最も和船らしいきれいな
状態だ。毎日海水を掛けて塩分を木に滲みこませると、いつまでも腐らないで30年位は使用に耐え
るそうだ。1年ほど経つと雨や紫外線で木の表面はくすんでくるが、新品とは違った味が出てくるの
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- 5. も木造船の魅力である。
写真 10 山中船大工とカツオ船
土佐市宇佐井尻の山中利雄氏(大正14年生)、宇
佐海洋高校に展示されている全長7mのカツオ船模型
(3分の1サイズ)を製作した。非常に木工細工の上
手な方で高齢になってからは縮尺10分の1の本物
そっくりの模型をいくつも作られた。
写真 11 山中氏建造橋本船1
浦戸湾内種崎に係留している橋本氏の和船である。
橋本氏はまぐろ漁船に長く乗って世界中を廻り、今も
元気にこの船で釣りに出られる。船は30年前に山中
氏が建造したものである。全長7mで、ディーゼルエ
ンジンで推進するために色々改良されている。
写真 12 山中氏建造橋本船2
船尾部分はプロペラで高速走行する時に引き波が小
さく抵抗が少ないようにフラットな形状になっている。
ディーゼルエンジンを動かすと振動が大きいので船体
の強度を増すために外板の接合部には船首から船尾ま
で木材(縦通材)が通っており、それに外板が固定さ
れている。推進方法が変われば船体の構造も変わって
いく。
山中氏は細工が上手なだけでなく、水の抵抗や船体強度に関しての船の設計のセンスも良い。
写真 13 小伝馬
山中氏が作った全長4mほどの船積み用の小伝馬舟
の10分の1模型。本物の建造とほぼ同じ手順で、1
尺を1寸に縮小してあるので厳密に10分の1になっ
ていて資料価値が高い。
乗り降りや荷物の上げ下ろし時に安定が良いように
舳先の浮力を大きくするため大きく湾曲したタナ板等
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- 6. が付けられているが、この板を曲げるのが難しく、蒸し曲げや焼き曲げの方法が取られた。櫂が付い
ている。櫂の中央部をひもで船縁に固定し、佐渡のたらい船のように練る漕ぎ方か普通のパドルのよ
うな漕ぎ方あるいは2つのミックス漕ぎが可能なので港の中など狭い水面での操船に便利である。私
も1本持っているが、八の字に練るのは難しい。
写真 14 帆掛け船
四角い木綿の帆の上下に桁が付き、下の桁の一端が
帆柱にもう一方にロープが付き帆の出し入れをする。
この形式なら帆桁と帆を船の中心線まで引き込めるの
で横からの風でも順調に帆走出来そうだ。千石船のよ
うな帆桁が上に1本で帆桁の中央を帆柱に固定する形
式では追い風での性能は良いが横からの風では帆が引
き込めないのでスピードが落ちる。
2.和船各部名称
この章では土佐市宇佐の山中氏製作の模型を使って和船の各部について解説していきたい。この模
型は私が山中氏に初めてお会いした時に頂いた20尺伝馬船の10分の1模型である。山中氏の模型
は精密に作られており、櫓も本物と同じ作りなので和船や櫓を説明するのに非常に役に立つ。
写真 15 山中模型正面
へ さき
舳先部分。船を真正面から見ている。中央の棒が船
首材ミオシ(水押し)。その左右にある黒い三角に見
える部分がカジキ板。その上の板がタナあるいはウワ
ダナ。タナ板の上端に補強材のコベリが付いている。
カジキ、タナ、コベリは船首から船尾まで通って(縦
通して)いる。船首に角のように横に突き出ている梁
は係留ロープなどを結ぶ。その後ろコベリの外に張
り出しているのが高知特有と言われるセキダイ。水の打ち込みを防ぎ大きく傾いた時の復原力を生み
出す。川で鮎漁をする人に聞くと五枚造りの船の方が安定していて漁がしやすいと言う。船の重さや
幅等が同じという条件で復原力を計算してみると、五枚造りの船の方が三枚造りの船より船底板が深
い位置になり人間の重心位置が下がるので船全体の重心が下がり安定すると考えられる。小船の場合、
人間の重さは全体重量の大きな部分を占め、船の前後バランスや安定性に大きく影響する。
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- 7. 写真 16 山中模型後面
とも
艫と呼ばれる船尾部分。真後ろから見ている。中央
の黒い底板はカワラと呼ばれる。カワラの左右の黒い
部分はカジキ。カワラとカジキの接合部を保護するた
めにスベリ材が船首から船尾まで縦通している。タナ
板は見えない。タナとカジキの最後部にL字型の飾り
板チリが付く。その上を左右に通っている太い梁をト
コ、あるいはオオトコと呼ぶ。トコには中央に舵板を
差し込む穴が切り込まれている。
写真 17 山中模型船底
船底を見上げたところ。中央の黒い底板はカワラと
呼ばれる。カワラの左右の黒い部分はカジキ。カワラ
とカジキの接合部を保護するためにスベリ材が従通し
ている。この角度ではタナ板は見えない。外側の茶色
い所はセキダイ。 3本の梁が船首、中央部、船尾に突
き出している。船を押したり引いたり、もやいロープ
を掛けたりに使う。
写真 18 山中模型側面
真横から見る。船底部分カワラはミオシからほぼ水
平に船尾に伸び、後ろから4分の1辺りのオリイレで
折り曲げられる。1寸2分ほどの厚みのあるカワラ板
はスムーズには曲がらないのでオリイレで船内側から
ノコを入れ厚さの3分の1ほど切り込みを入れて、板
を折り曲げる。オリイレでカワラを曲げないと船尾部
分が水に接し抵抗が増えるので櫓で漕ぐ場合には遅く
て回転しにくい船になると全ての船大工が言う。しかし船底が滑らかな曲線でないと抵抗が増えるし、
ノコで船底材を切るのは船体の強度の点からも良くない。設計上改善の余地のある部分だ。黒く見え
る部分はカジキ、その上がタナ、船べりに添って補強材コベリが付き、その上がセキダイ。
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- 8. 写真 19 山中模型真上
私の製図板の上で撮影した。櫓と舵も精密に出来て
いる。船尾のオオトコ(太い梁)に舵を差し込む穴が
見える。和船の弱点は舵の固定方法にある。千石船な
ど大きな船でも舵板は金具などで固定することはなく
穴に上から差し込むだけだ。追い波などで後ろから波
が打ち込むと、舵板に掛かる水圧で舵本体やオオトコ
の舵を固定する穴などが壊れて操船不能に陥る。船側
板をトダテより後ろに伸ばしチリの板などで波の打ち込みを防ごうとしたようだ。船体中央と前部に
見える穴に帆柱を差し込む。船首から4分の1位、前の帆柱の穴あたりをハバドコロとかオモテと呼
ぶ。模型の下にはこの模型の寸法を取って描いた船の図面がある。製図板の上の方にあるのが船体の
曲線を書くための製図道具類。鉛の重しが7個並んでいる。木やプラスチックのバテン(細長い棒)
を重しで固定して曲線を描く。造船の現場では木のバテンをクギで固定して曲線を描く。
3.和船の専門用語 - はぐ、つばのみ、摺り合わせ、まきはだ、埋め木 -
弘光氏に弟子入りして船大工らしい最初の練習がこの一連の写真の2枚の板をはぐことであった。
「はぐ」という言葉は、2枚の板を並べて広い1枚の板に接合する作業を意味する。丸太を板に挽い
て船などを作る時には必要な技術で接合は鉄の船クギを使う。
写真 20 船クギ
左のドブ漬けメッキをした頭の小さいのがオトシク
ギで板をはぐのに使う。右の頭の広いクギはカジキや
タナの取り付けに使う。船クギを作っていた鍛冶屋が
高齢のため辞められ、質の良い船クギは全国的に入手
困難になった。やがて木ネジ等別の材料を使わなけれ
ばいけなくなるだろう。
写真 21 ツバノミ1
船大工独特の道具として有名なツバノミ。片ツバノ
ミと両ツバノミがある。
縁あって東京の船大工のツバノミを入手できた。使
うクギのサイズとも関連するだろうが、東京のツバノ
ミは細身で上品な作りをしている。
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- 10. 写真 26 埋め木仕上げ
平らに削ると埋め木の表面に正目が出る。作業が面
白いのでツバノミ、金槌、ノコギリ等で熱中してやっ
ていると弘光氏が「おまんも船大工になったのう。船
大工はそんな音を立てよらないかん。」と言う。私も
うれしくてにんまりする。しかし現実はノミの刃が研
げてなくて切れない、ツバノミを打ち込み過ぎると板
が割れる、船クギは曲げて差し込んでもなかなかス
ムーズには通らない。面白いけど難しい作業である。
写真 27 片山造船での摺り合わせ
クギではぐ前に2枚の板の接合面を密着させ水が漏らないよう
に摺り合わせをする。
2枚の板を6本ほどの棒(ツヅと呼ばれる)で天井の梁に突っ
張り固定する。固定する金具などは無く、ただ棒の撓む力で突っ
張っているだけである。板の間にノコの厚みほどの竹のクサビを
打ち込み、摺り合わせノコギリで2枚の板の間を摺り、隙間を無
くす。ノコギリは板の表面に並行に動かし水が漏れる方向には歯
の跡が付かないようにする。ノコで摺り合せた後くさびを抜くと
密着する。良く考えられている。ノコギリで板の隙間を無くす方
法は日本独自のようだ。
写真 28 マキハダ打ち(マキナワ打ち)
ヒノキの樹皮繊維に撚りを掛けた紐で、水が漏らな
いように詰める。使う前に揉んで柔らかくする。ヤト
コと呼ぶ刃の無いノミで接合部に打ち込む。新船では
船底から打ち込むクギの頭に巻きつけて防水性を良く
する程度で、摺り合せをした接合部には使わず、古く
なった船の修理の時に使う。弘光氏に言わせると、 新
「
規の船にマキナワを打つようでは一人前の船大工とは
いえん。 マキハダは高知市仁井田の山崎船具で買える。
」
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- 11. 写真 29 節埋め木1
節が抜けて開いた所は周りの堅い部分も無くなる様
に四角い穴を開ける。ノミを良く研がないと写真のよ
うに汚い穴になる。
写真 30 節埋め木2
正目の木片(赤味が良い)を掘った穴より少し大き
目に切り出し、周囲を槌で叩いて小さくしてから穴に
叩き込む。出っ張った分は後で削り落とす。私はエポ
キシ接着剤を付けてから叩き込み隙間にもエポキシを
詰め込む。エポキシは硬化すると木より硬くノミやカ
ンナの刃を傷めるので仕上げはサンダーで研磨する。
船体に打ったクギの頭穴も同じ方法で埋め木する。基
本としては、接着剤は使わない。埋め木作業は新入りの見習いの仕事だそうだ。
4.縮尺和船の建造
平成19年、弘光氏に習った和船の建造方法を練習するために全長2. 4mに縮尺した和船の模型
を作った。この章では、この縮尺模型の建造工程の写真と解説によって、和船のおおまかな建造手順
を理解していただきたい。
写真 31 カワラ準備
まず、カワラ(船底)にする厚さ2㎝、幅20㎝、
長さ200㎝の杉板2枚を準備。はぎ合わせて広い板
にする。接合面を直線に切り出しクギを打つ場所に印
を付ける。クギは高知市内の古い船具屋に残っていた
2寸のクギを使う。2寸のクギ用のツバノミは無いの
でマイナスドライバーを削って作る。
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- 16. 写真 46 カワラ切り出し
カワラを作り始める。やっと船大工らしい作業が始
まる。芯持ち材(丸太の中心部材)とその隣の厚板で
カワラを作る。写真の2枚の板の内、右側が芯持ち材
である。芯持ち材は割れのある中心部を挽落し細長い
2枚の材にする。
弘光氏の乗っている板がカワラの中央に来る割れの
無い厚板、その両側に芯持ち材の2材をはぎ合わせ、
1枚のカワラにする。芯持ち材の白太を出来るだけ除けて3枚はいだ時にカワラ幅が取れるか、木の
バテンを使い、墨を付けている。弘光氏はカワラがうまく取れるかに集中していて弟子の私には何の
説明も無い。自分で船を1つ作った今になって初めて、弘光氏がしている事が理解できる。
4㎝の厚板を長手方向に切る時には、端を切らずに残しておかないと板が勝手に割れて使い物にな
らなくなる事を教わった。この後、クギ穴の位置を書きクギの頭穴の細工をしてから摺り合せをする。
写真 47 摺り合せ
摺りあわせの作業の実際。写真は片山造船のお父さ
んがタナ板を摺りあわせているところである。作業台
となる角材(リン)を3ヶ所に置き、その上にノコが
当たらないように凹みのある角材を乗せて接合面がそ
の凹みを通るように板を置き6本ほどのツヅで固定す
る。
摺り合せノコは荒目、中目、細目の3種類ある。ノ
コで隙間を挽くと、板の間に隙間のある部分は軽くノコが動き、板が当たっている部分を挽くと重く
感じる。ノコの感触が端から端まで均一になるまで板を寄せては挽く。板を寄せ過ぎるとノコが重過
ぎるので竹などの薄いクサビを打ち込み隙間を調節する。仕上げの細目ノコでは水が通る道を作らな
いためにノコ刃を挽かずに押す(板の表面に並行に動かす)と言われた。
写真 48 カワラはぎ
カワラをはぐのには3寸8分の頭の小さいオトシク
ギを使う。クギとクギとは8寸間隔でカワラの裏表交
互に墨付けする。クギの頭穴は埋め木のためにアリに
(底を広く)掘りツバノミでクギの通る穴を開ける。
クギの打ち込まれる所にもツバノミで前穴を掘ってお
く。摺り合せが終ったら大きい万力で圧力を掛けて固
定しクギを打ち込む。板厚1寸4分(42㎜)、長さ
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- 18. 写真 52 カワラ墨
カワラを起こして固定しカワラ側面に墨を入れてい
る。固定の仕方が面白い。カジキを付ける角度の型板
に合わせて側面を削る。
写真 53 カジキ角度
弘光氏が私に説明するために、写真の奥側のオリイ
レと手前側のハバドコロに型板を置いてカジキの付く
角度を示している。船大工は角度を寸で表す。例えば
この船のオリイレでの開き(カワラとカジキの為す角
度)は8寸8分と表現される。8寸8分の角度とは底
辺が0. 88(8寸8分に相当)、斜辺が1. 0(1尺に
相当)の直角三角形において、この二辺が為す角度を
表す。アークコサイン0. 88と電卓で計算すると28度と答えが出る。この角度は、弘光和船の図
面でのオリイレ断面の角度と合っている。ちなみに7寸は46度、8寸は37度、9寸は25度である。
写真 54 ミオシ1
ミオシは檜を写真のように三角形に近い形状に削り
だす。尖った方が船首で広い方が船内に来る。カンナ
のかかってない灰色の部分にタナやカジキが接合され
る。ゆるやかなソリが付いている。
写真 55 ミオシ2
2本の角材の上でミオシの形を整えている。写真上
側が前方、ゆるやかに反っている。左側がカワラに固
定される部分である。細かな寸法は全て弘光氏の頭に
入っていて書き残された物は無い。船首部分の正確な
図面を書けば必要な寸法を出す事は出来る。
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- 19. 写真 56 カワラカマ
カワラをバンギ(盤木、木の大きなブロック)の上
に乗せてツヅでしっかりと固定し、ヘサキも下からの
支えと上からのツヅで固定。ミオシを取り付けるよう
にカマ(カワラの先端)に溝を切っている。
写真 57 ミオシ取り付け
ミオシの下部をカマの溝にはまるように細工し、そ
の隙間に写真の様に四角いクサビを打ち込んで固定、
強度を出し水漏れを防ぐ。溝を切らずただカワラにミ
オシを置いて下からクギだけで固定するやり方の船大
工もあるが砂浜に上げたりする際には荷重が掛かる所
なので頑丈な方が良い。
写真 58 ミオシ立て
ハバドコロとオリイレのバンギ上にカワラが乗せられ、その上
に置いたツヅ受け(カワラ保護材)にツヅを立て、カジキを曲げ
ながら取り付ける時にびくともしないようにしっかりと押さえて
いる。真ん中のツヅと舳先のツヅはカワラ中心線が見通せる位置
に立てて糸を張ってミオシの中心線と重ねて左右のブレを見、ツ
ヅに付けた高さの墨を見通してミオシの傾斜を決める。この段階
ではミオシは杉板をウマにして仮支えの状態、この後カジキ作業
でも動かないように天井から2本の棒、地面から丈夫なウマで支
え頑丈に固定する。
写真 59 トダテ
船尾に付く縦板をトダテ(戸立)と呼ぶ。カワラ用
の20尺の長さの厚板から16尺のカワラを切り出し
た残りの4尺ほどの板が丁度の厚みと長さで、普通2
枚をはぐと十分な広さとなる。カワラはぎ作業と並行
してトダテ板もはいでおいて寸法を入れて船尾に置い
てみた。寸法は弘光氏の頭の中にキチンと入っている。
カワラに対して斜めに付き、船体に沿って曲がってく
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- 20. るカジキ、タナにピッタリ合う板の形は造船用の3面図を描かなければ到底解らない。長い経験があっ
てはじめて色々な寸法等が身に付くのだろう。設計を大きく変更すると、今まで憶えていた船の寸法
は全然使えなくなる。和船の建造方法が保守的になるのは仕方が無い。
写真 60 トダテ・カワラ
カワラに取り付けられたトダテを船尾から見ている。
床に置いてある大きな木のブロックはオリイレのバン
ギで、ツヅでカワラをガッチリ固定している。手前の
ジャッキに台形のカワラ保護用木片を挟んでオケジリ
(カワラ最後部)を持ち上げている。台形をしている
理由はカジキを取り付けるために摺り合せノコを使う
時ノコが当たらないように切り落としてあるのだが、
この写真を撮った時にはまだ意味が分からなかった。
カワラは4㎝もあるので曲げるためにオリイレで幅方向に深さ1㎝ほどノコを入れてからジャッ
キアップする。モチ(持ち上げる寸法)はオケジリで水平な状態から5寸2分(15. 6㎝)である。
写真 60 では船首からオリイレまで水平なカワラが急に曲がっているのが良く分かる。カワラにノコ
を入れるのは船体強度上良くないし、船底のラインが急に折れ曲がるのは流体力学的に見て水の流れ
が船体から剥離し渦を作って抵抗を増す。低速で走る船なので問題が少ないが、エンジンを載せて高
速で走る際には抵抗が非常に大きくなる。
トダテは鉛直線に対して35度後に傾いてカワラに固定されている。4本の船クギでオケジリの一
段削られた所に止められている。写真ではクギ頭は埋め木されている。カワラの小口に直接トダテを
クギで止める船大工もあるが弘光氏の細工の方が防水性が良い。写真左の弘光氏が座っている長い板
はカジキ板である。ソラガケ(仮合わせ)をして墨を入れ、クギ穴を作るなど取り付けのための準備
をする。
写真 61 カワラ据え
ハバドコロとオリイレに大きなバンギを置き、カワ
ラをツヅでがっちり固定し、ミオシを立てトダテを立
てて終わった。船体中心線を示す白い糸が見える。和
船建造手順の中で大きな節目となる。ここでカワラ据
えの儀礼を行う船大工もある。
和船には洋式船のキール(龍骨)は無く、船底板そ
のものであるカワラはキールの役目も兼ねている。カ
ワラとミオシとトダテの3つの基礎構造材を正確な位置に頑丈に固定する事は船全体の仕上がりに大
きく影響する。
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- 21. 写真 62 断面
この写真は弘光和船の縮尺模型建造時である。私自
身は建造している船のイメージを見るためにオリイレ、
ドウノマ、ハバドコロの断面図を切り出して、この写
真のようにカワラに並べて立てる。これからの建造の
ガイドにもなる。このような断面図を並べなくても弘
光氏の頭の中には出来上がった船のイメージが浮かび
上がっているのだろう。写真 35 と同じものだが、重
要なポイントなので再掲した。
写真 63 サンガイ
カジキをカワラにソラガケ(仮合わせ)する時、基
本としてはカジキ板の根本方向を船尾に向ける。する
とミオシの付け根辺りが1枚の板では足りなくなり隙
間が出来る。そこで左の写真のように三角形の材をは
ぎ合わせる必要が出てくる。この三角の部分を弘光氏
はサンガイと呼ぶ、コナオシと言う地域もある。サン
ガイ辺りはカジキ板が捩じ曲げられる部分なので、う
まく沿う方向に適当な角度を付けてはぎ合わせる。船体外板がどう捩じられるのか解ってないと出来
ない微妙な仕事だ。サンガイはぎの手間を省くためには、板の根本の広い方を舳先に向けると取りき
れる場合がある。あるいはカワラを据える時舳先を持ち上げた船底をカーブにするとサンガイは要ら
なくなる。
写真 64 タナソラガケ1
タナやカジキの木取りはソラガケ(仮合わせ)をし
て形状の墨入れをする。本番の取り付けと同じ位置に
製材したままの板を当てる。結局与えられた板材を現
場合わせして切り出して取り付けるわけだ。短いツヅ
で下から支え、長いツヅで上から決まった開き角度に
押さえトダテ、ミオシにも密着させるのだが1人です
るのは大変難しい。作業を簡単にするためには船底
を上にして建造すると板を乗せればよいので楽になる。つまり何ヶ所かの船体断面形状のフレームを、
船底側を上にして並べてその上に板を乗せて固定する方法だが、フレームを先に作って並べることの
無い、いままでの和船の建造方法では出来ないことだ。
カジキ材が固定されたらミオシ、カワラ、トダテに接触している部分に船内から墨入れをする。次
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- 22. にカワラに書いてあるクギの位置をカジキに移し、ハバドコロ、ドウノマ、オリイレの位置でカジキ
の幅を入れる。写真 64 はタナをソラガケしている所だが、カジキも同じような作業となる。
写真 65 カジキ準備
ソラガケした板をはずしてリン(角材)の上に置きカジキを切
り出すための墨入れをする。ミオシ、カワラと接する幅を取り、
クギ穴を書き、カジキ上端の線の墨を入れる。その後ノコで切り
出し、ミオシ、カワラに取り付ける面を斜めに削り、クギの前穴
を開ける。左右ともソラガケして準備し、本取り付けを出来るだ
け同時にすると、船の左右の捩じれが出にくい。
写真 66 ツヅの花
カジキの本取り付け中である。沢山のツヅで2枚の
カジキを固定している。この状態を「ツヅの花が咲く」
と表現する。ソラガケの後、船体から一度外したカジ
キ板をソラガケの時と全く同じ位置にツヅだけでピッ
タリ合わせるのは至難の業だ。私がやると船体中央部
分は墨で印が付いているから合わせられるが、カワラ
とカジキの開き角度が変わったりすると船の両端に行
くほど密着する場所が変わってクギの穴がズレて来る。
写真 67 カジキ・トダテ
トダテの後ろから見ている。トダテ上辺の中央に付
いている角材はトダテとカワラの角度を仮固定してい
る。2枚のカジキはトダテに船クギで固定される。ト
ダテより後ろの艫の形はタナも付いてから整形されチ
リ(飾り板)が最後に付く。
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- 23. 写真 68 カジキ・トモ
トダテの内側を見る。船体中央部から摺り合せをし
てはクギでカジキをカワラに止めてきた。この後ツヅ
で下からカジキを押し上げて密着させ、写真に見える
摺り合せノコで摺り合せクギを打つ。
写真 69 カジキ・ヘサキ
両カジキ取り付け後の船首内側を見ている。カジキ
の上辺にタナの付く線が墨入れされているがそれより
数センチ大きめにカジキは切り出されている。この板
の余裕は特にミオシとカジキとタナの3つが交わる部
分の取り付けの際必要となる。後ろの方はタナ板を乗
せるのに足ると分かったらカンナで簡単に削り落とせ
る。板は常に大きめに切り出す。足りなかったら目も
当てられないことになる。
写真 70 カジキ・ミオシ
カジキとミオシを摺り合せて密着させるには写真の
ように竹や金属(ドライバー)で作った矢(クサビ)
を間に打ち込んでノコが入る隙間を作り両側の木を均
等に削っていけば良い。このような状況で隙間を無く
す方法は他には無さそうだ。摺り合わせで水が漏らな
いように出来れば素晴らしいが、今は良い接着剤が下
手な腕をカバーしてくれる。今回、私は弘光氏にエポ
キシ接着剤を使ってもらった。30年ほど前から私は船を作るのに使っている。エポキシは強い接着
力と高い防水性、硬化時の収縮が小さいので隙間を埋めるのにも使える。2種類の樹脂を混ぜて使用
するのが面倒なのと硬化するまでは毒性があり、手や服に樹脂が付くとなかなか取れなくなる。高性
能過ぎるという意見もあり、最近はタイトボンドなど一液性で使いやすく、硬化後は水には十分強く、
毒性が無く安価な接着剤も出ている。
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- 24. 写真 71 カジキ仕上がり
カジキをミオシに向けて曲げて取り付けるのが和船
を建造する中では最も難しい作業なので、カジキが良
い形に付いてくれるとほっと一段落という感じである。
カジキの開き角度が変わらない様に仮の内梁を入れて
タナ板作業に邪魔になるツヅを取り除くと船らしい形
が現われてうれしくなる。ミオシの先の2本のV字の
ツヅの上端は天井の梁にクギで固定されている。タナ
板が乗るようにカジキ上辺を削り落としタナを止めるクギの位置に墨を入れておく。
写真 72 ミオシを削る
ミオシ材にタナが付くように削られて準備された所
だが、私にはまだこの部分が理解出来ない。タナ板の
中央部分からクギで止めて行き、タナ板の前端を写真
の溝にカッチリ合わせるのは大変難しい。
ミオシ部分を1本の材で作るのは難しいが2本の材
に分けて、カジキとタナを固定させるための「内ミオ
シ」とその外に飾りの「付けミオシ」を付ける工法も
ある。
写真 73 タナソラガケ2
カジキと同様にタナ板をソラガケする。タナ板は船
が仕上がった時一番よく見える所なので節の少ないキ
レイな板を使いたい。固定したらカジキ、ミオシ、ト
ダテとの接合線をなぞって墨を入れる。カジキ上辺に
描いたクギ墨も移す。タナの幅が足りるかハバドコロ、
オリイレでの深さを見る。
- 24 -
- 25. 写真 74 タナ板
製材の時、丸太の中心のカワラ用材を取った次の幅
広の板左右2枚ずつをカジキ、タナに使う。弘光氏は
根元の広い方を舳先に向けるが逆に使う船大工もいる。
船尾の形により板がうまく使える方向がある。
写真 75 タナ板準備
ソラガケからはずし並べた角材の上に載せて、墨入れした線を
基にミオシ、カジキとの接合面の幅を取りノコで切り出す。切り
出したタナ板上に描かれているクギ位置をタナ板の表に移しクギ
かしらあな
の頭穴を掘り、ツバノミでクギの通る道を開けておく。写真は片
山造船の和船のタナ板。板の手前半分はタナの幅が足りなかった
ので板をはいで広くしている。
写真 76 タナ再固定
両方のタナ板をツヅでソラガケした位置に再度固定
した。ツヅは下からと横からと、そして上からタナを
突っ張って開き、角度を決めている。ミオシの削った
溝にタナ板がピッタリ合っている。
写真 77 タナ摺り合せ
摺り合せノコで隙間を無くする。カワラの場合と違
い2枚の板が角度を持っているので片方に切れ込んだ
りしてなかなか難しい。弟子には全くさせてくれない
作業だ。
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- 27. 写真 82 両タナ
タナのクギ打ちが終わり支えのツヅをはずす。船体
中央部に見える丈夫な隔壁(縮尺和船の合板の断面形
と同じ物)はカンコ(水槽)の壁にもなっている。船
体が仕上がった後に内寸を取ってピッタリに合わせて
いる。私には難しい工作だ。
写真 83 スマント
船底にスマントと呼ばれる厚さ2寸ほどの補強材を
入れる。船底からの高さは15㎝ほどである。位置は
オリイレとハバドコロとその間を3等分した2ヶ所そ
れに船首と船尾合わせて6ヶ所である。スマントの上
辺は人が乗る敷き板に揃え大体カジキとタナの接合部
になる。敷き板の広さはカワラの底より大分広くなる
が、人が乗る位置は船底から15㎝ほど上がりその分
重心が高く不安定になる。和船の船大工には重心位置と復原力の関係や計算方法はあまり知られて無
かったので仕方がない。
写真 84 コベリ
コベリは普通タナ板の上部外側の補強材で見栄えを
気にする所であるが、写真のようにコベリの上にまだ
タナ板が出ている。高知の船にはコベリの外側にセキ
ダイが付くのでコベリはほとんど見えなくなる。化粧
板とはならないので、それほど良い材を使うわけでは
ない。
写真 85 舳先梁
舳先の物入れの戸口と人が乗り降りする甲板の梁が
付いた。ミオシ近くには外に突き出した梁が付く。船
を係留する時などにロープを掛ける。
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- 29. 6.和船の図面
いた ず
この章では、和船の船大工が描いた板図と造船用図面(線図、構造図)を掲載し、和船の長所・短
所について考察する。
写真 90 板図
和船の船大工は釣り船、網船、伝馬船などの用途と
カワラの長さで表される船の大きさを聞き、板図(板
に描かれた船の側面図)を見ながら注文主と相談した
そうだ。板図の裏面には必要な材木の寸法、量が書か
れていて材料費を計算した。下の板図は岸本の網船と
書いてある。最初に載せた写真の、花街道の船の図面
に相当する。上の板図は珍しく側面図だけでなく平面
図も描いている。
次頁の図1は、浦戸湾や桂浜沖で使われた釣り船の図面である。弘光氏が一番たくさん建造した船
で今回建造を習うために作って頂いた船と同型である。
同図は私が描いた造船の一般的な図面であるが、板図との比較がしやすいように、板図と同様に船
首を右に向けた。7ヶ所の断面で船内寸法を測り、平面・側面・断面の図面を描いた。造船の一般的
な図面と寸法表を残しておけば将来建造する事が可能だろう。
写真 91 喫水
人が乗らず船だけで浮かんでいる。喫水を測るとタ
ナ板の下端から4㎝位の水線で浮かんでいる。以下、
この条件で弘光和船の諸項目を計算する。
- 29 -
- 30. 芝藤船舶設計研究室
芝 藤 敏 彦 H18 年 5 月
20 尺 弘光和船 線図 寸法表
1尺
1寸
カワラ 15 尺 8 寸
全 長 19 尺 7 寸
内寸を で表示
X 舳を○
Y 幅
Z 高さ 船底 内面を○
舳
ト チ
ダ リ
テ
Z
125°
ハバドコロ ドウノマ(胴の間) オリイレ 持ち 5 寸 2 分
X=0
BASE・LINE
カワラ 1 寸 2 分
3 尺 5 寸 4 尺 2 寸
ミオシ ハバドコロ ドウノマ(胴の間) オリイレ 4500 オケジリ
0
ト チ
6 ∼7 分 ダ リ
Y テ
1尺 5 寸 1寸 3 分
1尺 5 寸
- 30 -
ミオシ 舳 MC2 ハバドコロ MC3 オリイレ MC4 トダテ チリ
④ ④ ④
④
水押 X Y Z ④ ④
③ ① 0 0 0 ヒラキ ③
③ 1寸 ③
② 0 40 0 舳 X Y Z ① ②
③ ヒラキ ③ ②
③ -540 45 300 ① 0 0 0 ① トダテ X Y Z
340 8寸
④ -900 45 510 ② 0 45 ② ① 1尺1寸3分 ① 4740 0 150 チリ X Y Z
①② ①② 0 ①
②
③ 0 230 250 ハバドコロ X Y Z オリイレ X Y Z ② 4740 180 150 ① 0
④ 0 320 470 ① 1050 0 0 ① 3480 0 0 ③ 4810 440 255 ② 5100 180 200
② 1050 300 0 ② 3480 340 0 ④ 4970 440 495 ③ 5080 410 290
③ 1050 470 180 ③ 3480 550 150 ④ 5050 430 510
④ 1050 530 430 ④ 3480 570 400
X 2500
-500 舳 500 ハバドコロ 1500 2000 ドウノマ X Y Z 3000 オリイレ 4000 4500
X=0 (1050) (3480)
① 2500 0 0
② 2500 350 0
③ 2500 570 140
④ 2500 610 390
図1 弘光和船図面(線図と寸法表)
- 31. 芝藤船舶設計研究室
芝 藤 敏 彦
H18 年 5 月
H23 年 8 月
20 尺 弘光和船 構造図
1尺
1寸
カワラ 15 尺 8 寸
全 長 19 尺 7 寸
舳
150 大ドコ
甲板 甲板 22 40
戸 戸
ス ハリ
ス 70 125°
ス マ マ 梁
マ ス
ン ン マ 50
ン カンコ ト
ハバドコロ ト ト ン 持ち 5 寸 2 分
ト
カワラ 1 寸 2 分 BASE・LINE
3 尺 5 寸 4 尺 2 寸
ス
ミオシ 50 ス マ
ハバドコロ オリイレ オケジリ
マ ン 梁
ス ン ス 70
- 31 -
ト マ 50
マ ト カンコ シキ板
ン 6 ∼7 分 ン
ト ト 18
1尺 5 寸 チ
1尺 5 寸 1寸 3 分 リ
50
大ドコ
セキダイ
1000 850 500 900 500
800 800
ミオシ 舳
MC2 ハバドコロ MC3 オリイレ MC4 トダテ チリ
250 大ドコ
セキ台の支え 75
40
ヒラキ
ハリ 140 1寸 140
シキ板 18 60
50 ビーム
スマント スマント
1尺1寸 3 分 ヒラキ 8 寸
ハバドコロ オリイレ
図2 弘光和船図面(構造図)
- 32. 図1に記載している寸法表の数値を船の設計ソフトに入力すると弘光和船の諸要目が計算される。
以下、基本的な諸要目を説明する。
① 全長 19尺7寸(約6m)(ミオシの前の端からチリの後ろの端までの水平距離)
② 最大幅 1. 29m (船体中央付近のタナ板の上端で最大となる)
無人の船は写真 91 のように船底から約14㎝の水面で浮んでいる。この状態での排水量(船が浮
いている水面より下にある船の体積と同量の水の重さ)は470㎏とコンピューターで計算される。
船体のみの重量を秤で計測する事は出来なかったが、この計算で約470㎏とわかる。人が乗ったり
荷物を積んだりすると、その加重分、船は沈み排水量は増える。水面下の船の体積が船全体の重量と
同じになる所でバランスがとれる。
③ 水線長 4. 88m(浮んでいる水面での船の船首尾方向の長さ、スピードに関係する)
④ 水線幅 1. 17m(浮んでいる水面での船の幅、復原力に関係する。)
⑤ 1㎝当たりの浮力 42㎏ /cm(船を 1㎝沈めるのに必要な重量)
水線長や水線幅などは船の浮かんでいる水面が上下すると変化していく。
次に、和船の建造方法や船大工の技術について考えられる長所と短所をあげる。
和船の長所
木の船の持つ美しさ、匂い、手触りの良さなどは誰もが認めるところである。維持管理が大変でな
かったら木造船を持ちたいと言う人は多いと思う。
和船の建造方法は大板構造と呼ばれる。フレームを立てる事無く、少ない枚数の幅の広い板を組み
合わせて作る応力外皮構造(船体の強度を表面の板で持たせる)で、建造の手間は少なく建造時間が
短い。4人の船大工が10日で20尺の船を仕上げた記録がある。弘光氏は1人で3月ほどで1艘仕
上げたそうだ。材料は丸太を板に挽いた木材と鉄のクギがあれば大体まかなえる。
明治政府が洋式船の建造を奨励したが和船は安く早く船体が出来るので、洋式船は大型船以外はあ
まり普及しなかった。丸型船体の洋式船はフレームを立てて沢山の外板を取り付けていくため手間が
掛かったのが、その理由である。
和船船大工の技術の特徴としては、丸太を板に挽いた細長い材を「はぐ」事で広い大板が作られる
ことである。そして水密な接合をするための摺り合わせノコの技術がある。接着剤を使う時代ではあ
るが、現場で隙間を無くすことが出来る摺り合わせ技術は有用と思われる。
和船の短所
船体の強度を増し使用年数を長くするのに板の厚み、部材の太さに頼るため重量がかさむ。また、
頑丈な舵の固定方法が採用されてない。江戸時代の鎖国政策により御朱印船など海外渡航出来る帆走
性能の優れた船が忘れ去られたようで、水密甲板の無い帆掛け船の時代が長く続いた。
他の船大工が同じ船を建造する場合に必要不可欠な図面が無いので、船の改良は個人の技量の内に
止まり発展しにくい。徒弟制度によって造船技術が伝えられたが、船を専門に研究し教育する機関は
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- 34. 写真 93 設計図
弘光氏の和船の寸法表と設計図を参考にして、帆走
に適した図面を描いた。全長は同じだが高速向きに水
線長は長く、傾いた時の復原力を大きくするため幅を
広くした。船体の見た目は変わらないが板厚や梁の太
さを細くして軽い船にした。船体の強度は次の写真の
フレームで持たせる。船体のみの重さは160㎏であ
る。陸上で動かした時の重みを弘光氏の船と比較する
と200㎏以上軽くなった感じである。200㎏軽くなるとこのサイズの船では5㎝ほど浮き上がる。
帆柱や錨ロープなどを積み込むと船の重量は230㎏ほど、それに70㎏の人間が2人乗ると仮定す
ると全重量は370㎏となる。この状態で船の中央付近でタナとカジキの接合面が水面から4㎝ほど
出て黒く塗ったカジキが少し見えるという感じである。この図よりもうちょっと浮いている感じで出
来上がった。図は帆で走る時の設計図で帆柱の位置、帆の形状、船体中央に差し込むセンターボード
など現代ヨットの標準的な帆装にしてある。昔の帆掛け船の帆では風上へ上れないので自由に動き回
ることができない。一方、天狗21で実際に帆走してみて十分な帆走性能を発揮することを確認した。
写真 94 フレーム
フレームとは船体を輪切りにした形を何枚かの板を
組み合わせて作り上げた物である。製材されて来た板
の中で幅の狭い材を幅10㎝に切り出して使った。組
み立てにはエポキシ接着剤と木ネジを使った。エポキ
シは摂氏5度以下では固まらない。冬は硬化する間暖
かく保つ必要がある。下の合板には設計図寸法表から
の数値で必要な断面形が描かれている。船底を上にし
て並べた時に正確な船の形が出来るように水平基準線とセンターの基準をフレームに書いておく。フ
レームに外板を張るので設計図どおりの船が出来上がる。
写真 95 カワラ準備
カワラに使う3枚の杉板を選び、重ねてみて必要な
幅が取れるか確認する。この状態で板が重なっている
部分を丸ノコで直線に切るとほとんど隙間の無い3枚
の板が出来る。この方法は四万十川の船大工吉村透氏
の発案による。
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- 36. 写真 100 ミオシ
写真中央に斜めに写っているミオシ材と舳先の三角
のフレームを固定する。床に置いてある太い角材は何
本もの棒で固定され右端の小さい角材にミオシの先端
が固定される。
写真 101 カワラ取り付け
3枚のカワラ板は接合してないので、まず中央の板
をフレームにエポキシと木ネジで固定し次に両サイド
の板を固定する。カワラ全体の大きさは初めての試み
なので大きめに切り出してある。カジキをソラガケし
てみてから接合面の削りだしを考える。
写真 102 船底補強
カワラ板の接合は入手困難な船クギを使わずに幅
10㎝の杉板を接合部分に外側から重ねて木ネジと接
着剤で固定。船底に2本の補強が入ることになり、そ
の部分は18㎜の板2枚となり十分な強度が出ると思
われる。ただ次に作る場合には少ないクギではいでお
き外側にはFRPを積層し防水と補強を行い、船内か
ら補強の板を接合して外面を滑らかにし水の抵抗を小
さくしたい。
写真 103 カジキソラガケ
カジキ板を仮合わせしている。船底を上にしてカジ
キを取り付けるのは正立で下からツヅで支えるのと
違って固定しやすい。中央付近と前後の3ヶ所でほぼ
決まる。また板厚が18㎜だと舳先部分も簡単に曲
がってミオシへの取り付けは楽だ。一度載せてみてカ
ワラとの接合面をどう削れば良いか確認してからカワ
- 36 -