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大阪の里山はどのくらい草山だったのか	
―過去の利用と変遷を考える	
	
佐久間大輔	
(大阪市立自然史博物館)	
少し題が大きすぎた・・・
里山の管理とは	
•  集落に収益をもたらす資源管理なのか	
•  文化的な景観を維持するためのアカマツ林
整備、ナラ林整備なのか	
•  里山に多いという絶滅危惧種の保全を目的と
したものなのか	
!この3つの方向性は焦点を結ぶのか??
生物多様性保全活動≠里山管理	
•  レッドリストから見ると絶滅しちゃったものは草地
や水域に多い。絶滅危惧の中での割合で見ても、
草地や水域が危険。	
•  里山林の絶滅危惧種も森林性とは思いにくい種
が多い。過去の草地利用も関係??	
表1.大阪府レッドリスト2014からみた生育環境別の絶滅種・絶滅危惧種	
 	
水域	 海辺	 草地	 岩石地	
森林	
 	 森林全体	 二次林	 極相林	
絶滅種	 33	 10	 25	 6	 11	 8	 3	
絶滅危惧種	 158	 29	 88	 32	 118	 71	 42	
割合	 20.9% 34.5% 28.4% 18.8% 9.3% 11.2% 7.1%
大阪府レッドリスト2014 に掲載された種を藤井(1999)に従って生育地を区分、当該環境での絶滅した種の絶滅危惧種に対
する割合を示した。本来、母数は環境別の生育種数であるべきだが、危機的な状態から実際に絶滅してしまうまでの危険性
の高さが示されるとする。森林のみ、その内訳として二次林と極相林に分けた数も示した。森林全体では他に植林などがあり
合計数は森林全体に一致しない。
利用したデータソース	
•  大阪府統計書	
•  大阪農林水産統計年報	
  統計項目・集計単位が著しく変動・生データが
失われている?	
•  昭和5年全国山林原野入会慣行調査資料	
•  明治26年全国山林原野入会慣行調査資料	
	
過去の統計から、里山の履歴をどこまで追える
か、統計を越えて歴史時代へ遡れるか
大阪の里山	
域外から薪炭が	
流入する中での経営
ところ変われば品変わる、里山もまた変化	
• 薪の生産量からみた	
この構造は妥当なのか	
• 戦前から	
変わらないのか	
	
気にしていること	
都市需要、周辺地域需要	
古くから京都・大坂・奈良	
という都市と都市周辺農地に囲ま
れた生駒	
その他の地域も古くから村落では
なく都市の需要に対応してきた
昭和35年という時期	
萌芽更新による里山	
管理がほぼ終わりつつ	
ある時代	
その直前の時代に大
量の裸地が存在した時
代
全国の動向とは少しずれる?	
0	
500000	
1000000	
1500000	
2000000	
2500000	
3000000	
1905	
1908	
1911	
1914	
1917	
1920	
1923	
1926	
1929	
1932	
1935	
1938	
1941	
1944	
1947	
1950	
1953	
1956	
1959	
1962	
1965	
1968	
1971	
1974	
1977	
1980	
1983	
1986	
1989	
1992	
1995	
1998	
2001	
まき	
炭
柴の生産量	
•  ほとんど薪の主産地と
も重なるが、丘陵地帯
の柴主産地も	
•  生駒山からは柴の産出
もほとんどない	
!はげ山?
柴山	
摂津名所図会 金龍寺山 高槻市成合邂逅山
はげ山の指標としてのマツタケ	
•  薪炭林と違う場所になるかと予想し
たが、結果的には薪・柴の生産量が
多いところになった。	
(ちなみにしいたけの産出量は	
北摂はそれほどではない)	
	
	
•  生駒山系からはマツタケも出てこな
い	
S35マツタケ
!

戦前の最盛期での柴の生産構造	
大正14年	
柴の生産構造	
大正14年	
マツタケの主産地
産地の変動はかなりありそう	
0%	
10%	
20%	
30%	
40%	
50%	
60%	
70%	
80%	
90%	
100%	
M38	 M42	 T4	 T9	 T14	 S5	 S10	 S15	
北河内	
中河内	
南河内	
泉南郡	
泉北郡	
豊能郡	
三島郡	
マツ材	
0%	
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北河内	
中河内	
南河内	
泉南郡	
泉北郡	
豊能郡	
三島郡	
薪
生駒山は?	
薪炭林でも柴山でもアカマツ林でもない、草山だった
河内地方の	
入会地=野山	
• 共有の草地	
• 商用でなく自給用の草・柴	
• アカマツ疎林ではない??	
大越1976
生駒市史資料編より	
   草刈りは畦畔清掃の目的よりも、まだ肥料源確保の意味
が大切であった。従って夏場ともなれば里草よりも山草の刈
り取りに村の人は競争であった。野草を刈るよりも木の若葉
や笹の葉をかり集める作業が盛んでこれを「ざる」といって水
田の株間にまたは裏作(麦)の「ふた」といって麦の覆いにし
堆肥に利用した。遠くは生駒山の峰を越え河内側への入り
会い勝手の地に刈り取りにいった。「朝ぎ」といって朝早くか
ら草刈りにいって、朝食までに一荷を持って帰り、昼の仕事
の時に田に持って行って施すのである。またこの草を牛のエ
サとし、厩の敷物にして、厩肥の材料となり、わらの代用とし、
わらの消費を節約した。わらは当時は大切な副業の原料で
あり、冬場の牛の飼料であったので、夏場は出来るだけ草で
これを補った。従って草刈りは全般に大正頃まで盛んで・・・
統計から見えてくる原野・未立木地	
結局殆どは伐採跡地+山火事跡地	
 草利用の実態をおさえ
るためにはもう少し別な
資料をさぐる必要がある。	
 自家消費の草は統計に
のりにくい
生駒山(四條畷神社)
地域の中でも大きく変化	
杉用材	
松用材	
松薪・炭	
どんぐり薪・炭	
クヌギ	
竹	
杉用材	
松用材	
松薪・炭	
どんぐり薪・炭	
クヌギ	
竹	
杉用材 7559	
松用材 8701	
松薪・炭 4140	
どんぐり薪・炭
628	
杉用材	
松用材	
松薪・炭	
どんぐり薪・炭	
クヌギ	
竹	
杉用材	
松用材	
松薪・炭	
どんぐり薪・炭	
クヌギ	
竹	
杉用材	
松用材	
松薪・炭	
どんぐり薪・炭	
クヌギ	
竹	
1909	 1950	
三島郡	
豊能郡	
南河内郡
何が起きている?	
•  明治初年の地租改正以降	
•  私有地入会・公有地入会になっているはずだが、
実態としては入会慣行が続く	
•  昭和5年調査によれば、旧入会にマツ、クヌギ、
ヒノキ、スギなどを植えている場所もある。個人
分割して植林した場所も(明治26年調査ではそ
の傾向は見えない)	
•  草山需要の低下はいつからか。	
•  松炭の需要、クヌギ薪、菊炭の需要などでそれ
ぞれに分化??(とはいえその経営が何サイク
ルも回ったわけではない!)
様々な転換
入会慣行調査から	
•  入会の多くには草の利用が詳
しく書き込まれた資料	
•  すべての入会の資料を抑えら
れるわけではないが、ローカ
ルなルールの把握にはよい。	
•  50ケースのうち、詳細記述の
ある殆どは「手鎌で刈れる」草
の利用はフリー。特筆して松
などの保全を強調するケース
も。	
•  森林を伴っていない「草山」は
薪炭の多い北摂地域にもある。	
•  明治23年調査と昭和5年調
査を比較すると、植林に関す
る記述がかなり増えている。
成果と課題	
地域の里山の時空間的な変動
は大きい	
生駒はどうやって松林・雑木林に
変わった?	
•  山林苗の中にナラ類はごくマイ
ナーな存在・逆に松苗は驚くほど
の存在感がある	
•  草山の柴として「ナラシバ」が言及
されることがある	
•  事例をもう少し探りたい	
大阪府域の中でも多様な履歴を持った里山
が存在	
・北摂や南河内:薪炭林・松・柴山・草山	
・丘陵地:柴山	
・生駒:草山	
この基本構造はあまり変わらない部分と、
年々変化している部分がある。	
・広域の統計からは見えてこないことも多い	
・戦後の炭生産、薪生産の状況はやや極端。	
・一方草利用は江戸期からの継続、大正期
以降急速に失われ、森林利用に転換したも
のの一つ。	
 里山は履歴を意識した管理が必要であり、
履歴を認識した上で研究を。	
KAKEN	JP15H02855

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