PAC 分析研究
2019
第 3 巻
Journal of PAC Analysis
Vol.3
ISSN 2432-9355
PAC 分析研究
第 3 巻
目次
第3巻の発刊にあたって...................................................................................................................... 内藤 哲雄 1
【原著】
留学生・日本人学生混合クラスで教師に求められるものとは
―PAC 分析による大学初年次文章表現授業の教師の振り返り―
................................................................................................. 坂井 菜緒, 中川 純子, 長松谷 有紀, 服部 真子 2
進路面談に求められる高校教師の柔らかな鏡役割 -学校適応感に差がある二人の高生比較-
.......................................................................................................................................... 森本 篤, 青木 多寿子 13
店内保安員における高齢者の万引きへの対応に関する PAC 分析
..........................................................................................................................................................大久保 智生 24
【2018 年度第 12 回大会発表抄録】
教員の教職に対する態度構造の検討 ―教職につまずきを抱える若手教員を対象として―
.......................................................................................................................................... 山 瑞己, 青木 多寿子 35
進路指導における高校教師の指導方針について -中日比較を通して-
............................................................................................................................................. 許 暁,青木 多寿子 39
図書を用いた PAC 分析の試み ‐図書に対する子どもの興味を題材として‐
..............................................................................................................................................三島 悠希, 松村 敦 42
高齢者の万引きへの対応に関する PAC 分析
..........................................................................................................................................................大久保 智生 46
PAC 分析によるインタビュー・データの 質的分析の可能性 -混合クラス担当教師 3 人の比較から-
................................................................................................. 坂井 菜緒, 中川 純子, 長松谷 有紀, 服部 真子 50
PAC 分析の応用 集合知からイノベーションのための新しいアイデアを得る
............................................................................................................................................................. 藤枝 祐子 54
「普通」をテーマにした発達障害の診断別PAC分析の比較
............................................................................................................................................................. 今野 博信 58
高齢保育士の活用に関する研究(その1) -高齢保育士の PAC 分析から-
........................................................................................................................午来 和子, 江幡 芳枝, 内藤 哲雄 62
高齢保育士の活用に関する研究(その2) -中堅保育士の PAC 分析から-
......................................................................................................................... 午来 和子, 江幡 芳枝, 内藤哲雄 66
人との対人コミュニケーションでの違和感 ―地位と性の異同の影響についてスリランカ人が感じるイメージ―
............................................................................................................................................................. 内藤 哲雄 66
第 3 巻の発刊にあたって
「PAC 分析研究」の第 3 巻が発刊される。機関誌編集担当の土田義郎先生、論文を審査いただ
いた先生方、お世話様、お疲れ様でした。採択されたみなさんおめでとうございます。
本年 2019 年の夏シーズンは、3 つの学会で PAC 分析の研修やワークショップを実施した。最初
は、日本応用心理学会での研修「PAC 分析の理論と実施技法」(日本大学商学部)で、8 月 25 日
午前 11 時から 1 時間であった。2 度目は日本混合研究法学会でのワークショップ「PAC 分析:質
的・量的方法を組み合わせた日本発の研究法」(静岡文化芸術大学)で、午前 9 時から 12 時まで
の 3 時間、3 度目は日本質的心理学会でのワークショップ(明治学院大学)「PAC 分析の理論と実
践:技法の有効性を引き出すためのポイント」で、2 時間であった。司会はいずれも、PAC 分析学会
事務局長いとうたけひこ先生で、実施時間は異なるが、「研究テーマ発見の方法」「連想刺激の作
成」「刺激文や被検者の連想項目とクラスターの読み上げ方」「イメージ聴取の方法」「総合的解釈
の方法」についての説明と実演であった。被検者が潜在的に持つ認知構造、スキーマを引き出す
ための方法、被検者の長期記憶にアクセスするための技法を伝えようとした。連想反応は当事者で
ある被検者が自身の認知的枠組みに沿って想起したものである。クラスターを第 2 次の連想刺激と
して被検者の内面深くを、検査者とともに探索する。個人独自の経験やイメージに沿って喚起され
る連想項目とクラスターから生じたイメージについての被検者による報告、レビンの心理的場の構
造や場の移行を図示したものを用いて、被検者と検査者の間で生じる相互作用のプロセスで、実
際に生起していることを解説した。
それでは研修やワークショップの内容をこのようにしたのはなぜか。親しい知人や友人から、PAC
分析の高度な実施技術を修得した専門家の育成を急ぐ必要があるとのアドバイスによる。直截な
表現を避け、婉曲ではあるが、内藤が直接伝授できる年月は限られていることの指摘である。今年
の 1 月に軽い尻餅をついただけで、脊髄を圧迫骨折し、2 カ月近く入院し、8 カ月を過ぎた今でも
コルセットを使用し、ビタミン D を摂取している。骨密度に問題がある。胃には腫瘍もなく、ピロリ菌
もいないが、粘膜は 80 歳相当である。55 歳近くまで、睡眠時間を削り、毎日 4 箱も喫煙し、日に 6
杯を超えるコーヒーを飲んでいた付けが 71 歳の身体をむしばんでいる。左足の半月板は断裂萎
縮しており、右の踵は大きな骨折でひび割れ、軟骨が潰れている。PAC 分析の理論や技法は未だ
発展を続けており、伝えるべきことは多い。昨年の 3 月に福島県伊達市の霊山に移り、8 人程度が
合宿研修できるように改修した。希望者があれば 2 泊 3 日でも、3 泊 4 日でも応じるようにしたい。
また、10 人、16 人を超えるような参加希望者がいれば、内藤の方から泊まり込みででかけることもし
たい。会員の皆様から、専門家を唸らせる独創的な研究が陸続し、「PAC 分析研究」に次々と投稿
されることを期待しております。
2019 年 9 月吉日
「PAC 分析研究」編集委員長
内藤 哲雄
PAC分析研究 第3巻
1
留学生・日本人学生混合クラスで
教師に求められるものとは
―PAC 分析による大学初年次文章表現授業の教師の振り返り―
坂井 菜緒, 中川 純子, 長松谷有紀, 服部 真子
1.はじめに
2008 年に文部科学省が発表した「留学生 30 万人
計画」は順調に進められ、法務省の報告では 2017(平
成 29)年末に「留学」の在留資格を持つ外国人は 30
万人を超えている(1)
。文部科学省(2018)「ポスト留
学生 30 万人計画を見据えた留学生政策(現状・課
題)」によると、「我が国に優秀な留学生を確保する
ため、これまで以上に戦略的な受入れ政策が必要」
であるとしている。現在、日本の大学教育機関では、
これに伴ってグローバル人材育成を積極的に進めて
おり、留学生の受け入れ数が急増している。英語だ
けで単位を取得でき、卒業が可能な大学も増えてい
る一方で、日本人学生と共に正規科目で学ぶ留学生
も増加しているのが現状である。本研究では、日本
人と留学生が正規科目において混ざっているクラス
を「混合クラス」と呼ぶ。初めから文化交流を目的
として意図的に作られた混合クラスを別とすれば、
一般科目が偶然混合クラスになったような場合、授
業を担当する教師の専門は様々で、留学生への対応
に不慣れな場合も多いと思われる。本研究では初年
次教育でライティングの一斉授業を担当する教育歴
の異なる3名の教師にPAC分析インタビューを行い、
個人の意識を調査した後で、それをもとに「混合ク
ラスの教師に求められるもの」を明らかにすること
を試みた。
2.先行研究と本研究の位置付け
大学のグローバル化に関しては様々な議論がある。
舘岡(2015)は、グローバル化大学とは日本人学生・
留学生が共に学び合えるような場であり、留学生数
や英語に堪能な人材の数が問題なのではないと述べ
ている。また、グローバル化大学の課題は、共生化
の実現であり、日本語が母語ではない留学生と日本
人学生が、共に学び合える場を創出することだと論
じている。この点については、既に池田(2008)で
も、留学生受け入れ計画について、日本社会全体の
人的基盤形成の一部分であり、単に物理的空間の拡
大措置や教育システムの改定では不十分であると述
べている。そして、学生集団、教職員、その他大学
に関わる全ての人の「意識」の問題こそが大切であ
ると指摘していた。しかし、実際の現場は本当に日
本人学生と留学生が共に学び合う場になっているの
だろうか。日本語力が異なる学生が共に学び合う現
場で、我々教師に求められるものとは何であろうか。
最近は日本人学生と留学生が共に学ぶ多文化共修
科目(2)
が注目されているが、それらは「グローバル
人材」や「高度外国人材」の育成を目的に基本的に
英語の共修科目として行われているものが多い(3)
。
だが、来日する留学生の中には英語で学ぶよりも将
来日本で働くために必要となる、さらに高度な日本
語力を身に着ける機会を求めている学生も増えてお
り(4)
、村田(2018)は、「国内でのトレーニングに主
眼を置いて」、「インバウンドでのトレーニングを真
剣に考えてもらいたい」と述べ、「複言語のプログラ
ムのデザインを検討することが必要である」と主張
している。
実際、グローバル化の問題はそのように特別に設
定されたコースの中だけではなく、アカデミック・
ライティングなどのスキルを身に着けるような一般
の授業の中でも起こっている。前述のように近年で
は正規留学生として日本語で試験を受けて学部に入
学し、学部の日本人学生と共に一般の授業を受講し
ている留学生も、もはや珍しい存在ではなく、むし
ろそのような現場での共生、共修のあり方を研究す
ることなしに、現在の日本における多文化共生とい
う喫緊の課題を乗り越えることは難しくなってきて
いるといえる。教師も大学も新たな事態への対応に
迫られているのが現状である。こうした文化交流目
的ではない大学教養課程、専門課程における「混合
クラス」を担当する教師についての研究は、管見の
限りまだほとんど見当たらない。
PAC分析研究 第3巻
2
【原著】
______________________
2019年1月5日 原稿受理
2019年6月7日 掲載決定
3.研究概要
3-1 研究目的
本研究は、留学生対象の教育経験の異なる教師の
意識を個別に調査・分析し、比較することによって、
混合クラスの担当教師に何が求められるのかを明ら
かにすることを目的とする。そこで、まずは教師個
人の意識や態度を調査するため、PAC 分析(個人別
態度構造分析、Analysis of Personal Attitude
Construct)の手法を用いた。個人を研究することは
内藤(2002)、伊藤(1996)によれば、個別的普遍性
だけでなく、共通的普遍性につながるということで
ある。PAC 分析は、質的研究でありながら統計的手
法を用いているために分析のプロセスは再現性が高
く、結果は安定的である(5)
。
本研究は PAC 分析後、さらに 2 段階目としてその
インタビューを詳細にスクリプト化し、発言された
内容をデータとして質的に分析、比較した。PAC 分
析のインタビューによる発話をスクリプト化し、ナ
ラティブデータとして分析する方法はすでに行われ
ており(6)
、インタビューの中に具体的な言葉として
見られる価値のある情報を得るために有効であると
考えられる。
3-2 調査対象者
調査対象者は同一内容のクラスを担当した教師
ABC の 3 名で、本稿執筆者の 4 名のうちの 3 名であ
る。インタビューはもう 1 名の教師 D が行った。教
師 ABC はそれぞれ約 20 年の教育経験を持っている。
教師 A は大学の教養課程や専門課程で、主に学部の
日本人学生対象の授業を担当してきた。教師 B は、
日本語学校や大学の教養課程および別科で主に留学
生を担当してきた。教師 C は、日本語学校や大学の
教養課程および専門科目で、学部の日本人学生と留
学生の両方の授業を担当し、混合クラスを教えた経
験もある。これら 3 名の教師を選んだのは、各教師
の発言や悩みから教育歴がクラス運営に影響するの
ではないかと予測したからである(7)
。
3-3 コース概要
本研究で対象となったクラスは、2016 年度から全
学共通で開講された「日本語リテラシー」というア
カデミック・ライティングのクラスである。8 週間
で、2500 字のレポートを書かせ、クラス人数は 40 名
から 80 名程度、留学生比率は 0%~50%以上である。
本研究の対象クラスの留学生比率は、教師 A が 60.3%、
教師 B が 29.2%、教師 C が 15%であった。
授業は全 8 回で、プロセスライティングを行う。
ブレインストーミング、資料収集、見本レポート読
解、アウトライン執筆、第 1 稿、第 2 稿、最終稿と
3 回執筆させる。最終的には、全授業で統一された
ルーブリック評価を行う(8)
。
授業の特徴としては、レポートのテーマは学生の
興味・関心を基に自由に設定できる点、授業内活動
としてピア・レスポンスが多く取り入れられている
点が挙げられる。ピア・レスポンスとは、レポート
など文章作成時の推敲のために学習者同士がお互い
の原稿を読み合い、検討する活動である。(池田・舘
岡 2007)
4.分析
4-1 分析の手順と方法
第 1 段階では PAC 分析の手法を用い、各教師の意
識構造を調査、分析した。方法手順の概略は、以下
の通りである。インタビュイーは、予め用意された
連想刺激文から連想した言葉を書き出す。今回は分
析ソフト PAC-helper(9)
を用い、連想語の重要度に
よる並べ替えを行い、それぞれの言葉のイメージの
近さを7段階で評定する。調査者は、そのデータを
統計分析ソフト Had(10)
にかけてデンドログラム(樹
形図)を作成し、作成されたデンドログラムに基づ
いたインタビューを行う。PAC 分析では、このデン
ドログラムを見て、インタビュアーがメモを取りな
がら(11)
インタビューを行った。今回、分析に用いた
連想刺激文は次の通りである。「あなたは、全学共通
科目であるアカデミック・ライティングのクラスで
留学生と日本人を同時に教えてみてどうでしたか」。
刺激文の作成にあたっては、こちらが聞きたいこと
を直接聞くのではなく、相手に自由に語って欲しい
と考えたこと、混合授業に関して幅広い観点からイ
メージを掘り起こして欲しいと考えたことから、連
想を狭める可能性のある具体的な問いを避けるよう
にした。インタビューはそれぞれ約 1 時間行った。
第 2 段階では、混合クラスの担当教師に何が求め
られるかを明らかにするために、3 名の教師の PAC
分析のインタビューを詳細にスクリプト化し、①こ
れまでのクラスとどのような違いを感じたか、②指
PAC分析研究 第3巻
3
導の際に特に意識して行ったことがあるか、③混合
クラス授業の課題は何か、という 3 つの観点から内
容を整理し比較、分析を行った。作業手順は以下の
通りである。1)録音インタビューを詳細に文字起こ
しし、自然な意味のまとまりで区切る、2)意味内容
のまとまりから意味の縮約を行う、3)その意味の縮
約したものを短冊状の紙に書き出し、似た意味内容
のもの同士を集める、4)その中心的意味をラベルに
書き出し、上記 3 つの問いに振り分け、比較表を作
成した(12)
。
4-2 PAC 分析の結果(第 1 段階目)
3 名の教師の個人別態度構造の結果は、以下の通
りである。
これまで日本人を主に教えてきた教師 A の結果は
付録図1に示す。教師 A のデンドログラムの項目は
4 つに分けられた(13)
。分けられたグループのまとま
りをクラスターと呼ぶ。(以下 CL と略す。)インタビ
ュイーは、それぞれ上からイメージするものを語り、
その後、クラスターごとにタイトルをつけた。CL1 は
「教師と留学生と日本人の出会い」、CL2 は「コミュ
ニケーションの楽しさと難しさ」、CL3 は「混合クラ
スの授業運営の難しさ」、CL4 は「学生の授業の目的
は何か」である。教師 A が連想語の中でもっとも重
要だと思っていたのは「刺激が多い」ということで
あった。インタビューの中で教師 A は、「日本人を教
えている時とは違う刺激だった」「日本人学生にとっ
ても刺激になれば良い」と語っている。また、留学
生については、「刺激が多かったかはわからない」が
「むしろ自分のことを教師や日本人学生に一生懸命
言いたいという感じ。こんなに大変なんだよとか、
話を聞いてくれる日本人がもしかしたら普段は少な
いのかなという感じ」と語っている。
付録図 1 のデンドログラムの+-△は各項目につ
いてのイメージである。ポジティブかネガティブか、
どちらでもないかを示す。結果は、連想語が 16 で、
+が 4、-が 6、△が 6 であった。内訳を見ると主に
教室での経験について語った CL1、2 では、混合クラ
スが双方の学生にとって異文化理解に有益だという
点で+イメージであることがわかる。他方 CL3 のク
ラス運営についての自身の取り組みや成果には懐疑
的であり、CL4 の「学生の授業の目的」に対しても、
迷いや無力感を感じていたことがわかった。
続いて、今まで留学生を主に教えてきた教師 B の
結果は付録図 2 に示す。教師 B のデンドログラムの
項目は、5 つに分けられた。上から順に CL1「自分の
問題意識」、CL2「混ざって欲しい」、CL3「いかに教
えるか」、CL4「学生を見て思うこと」、CL5「留学生
への対応」である。教師 B が連想語の中でもっとも
重要だと思っていたのは「複眼的思考」であった。
教師 B は複眼的思考とは、一人の人間が「いろんな
立場をいろいろな考え方からイメージできる」こと
だと述べ、インタビューの中で、本人が中学時代に
帰国子女であった経験が影響していると語っている。
しかし、実際のクラスで日本人学生の態度を見てい
ると、横を向いてしまい、留学生と話し合おうとし
ない場合もある。一方、留学生も日本人学生に対し
て構えていることがあり、お互いに慣れておらず、
越えなければならない壁のようなものがあると感じ
ていた。そのようなことから「せっかく私の授業で
出会っているので、学生にはそういうものの見方を
身に着けてほしい」と述べ、「複眼的思考というのが
自分の中で相当に大きい位置を占めているので、そ
れがコアというか、中核になっている」「将来的に複
眼的思考を持ってものが考えられる人になってほし
い」と語っている。
結果は連想語が 20 で、+が 7、-が 5、△が 8 で
あった。日本人と留学生が交流することは「複眼的
思考」獲得のためになると考えており、CL1、2 を見
るとそのために有効なことには+イメージが、障害
と考えられる点には-イメージがあることがわかる。
CL3、4、5 では文章表現技術をいかに教えるかとい
う点への言及が多く、特に留学生への対応や調整、
指導法に意識が向いていたことがわかる。
最後に、混合クラス経験がある教師 C の結果は、
付録図 3 に示す。教師 C のデンドログラムの項目は
4 つに分けられた。各クラスターへの名づけは、CL1
「学び合い」、CL2「個人作業」、CL3「教師の学生へ
の配慮」、CL4「必要なツール」である。教師 C が連
想語の中でもっとも重要だと思っていたのは「クラ
スの雰囲気作り」であった。教師 C は「教師という
のは生身の学生を相手にしているので、できるだけ
終わった時に良かったという気持ちになるように、
勉強できたなという気持ちになるように」と考えて
いた。また「最後まで気持ち良く終われるというの
PAC分析研究 第3巻
4
が一番大事」で、「クラスの雰囲気作りが一番大事」
「絶対に来るのが嫌だと思わないように」というこ
とを強く意識していた。さらにクラスでの学びが「授
業外にもつながるいい機会」「そこでできた人間関係
がクラス外でも続いて 4 年間のキャンパスライフが
楽しく過ごせる可能性がある授業」だと考えていた。
結果は連想語が 18 で、内訳は+が 12、-が 0、△
が 6 であった。教師 C の意識は、CL1の「学び合い」
に大きく向けられていた。CL1 の「学び合い」に必
要なピア・レスポンスや CL2 の個人作業を実現する
ために、CL3 で述べられたような学生への配慮が行
なわれていた。CL4 ではツールの利用などの面への
配慮が語られ、全体としてうまく機能していたこと
が肯定的な評価へつながったと考えられる。
4-3 インタビュー内容比較の結果(第 2 段階目)
さらに本研究の問いの答えを見出すために行った
2 段階目の分析の結果について示す。インタビュー
内容の詳細なスクリプトを意味内容で縮約し、グル
ーピングした上で、中心的意味を 3 つの問いに振り
分けた。その上で、混合クラス担当者に求められる
ものは何か議論を行い、仮説を導き出した。
4-3-1 これまでのクラスとの違い
まず、①これまでのクラスとどのような違いを感
じたか、3 名の教師の共通点と相違点を明らかにし
た。結果の全体像は付録図 4 に示す。以下はその中
から各教師の共通点を( )で、相違点を( )で
示したものである。
教師 A
*留学生がいると、クラスの話し合いが活発になり、刺
激があっていい印象を持った
*授業の目標はライティングのスキルアップなのか、
異文化コミュニケーションなのか分からなくなっ
た。
教師 B
*留学生が正規の授業に入るために、AJ(アカデミック・
ジャパニーズ)授業は重要だ。留学生がいると日本人
にとって複眼的思考を学ぶのに意味がある。
*日本人がいた方が異文化理解が深まって、教師自身
が楽しかった。
*留学生が日本人に混ざって大丈夫かと思っていた
が、自分が選んだテーマなので、差があっても文章表
現の授業が成り立った。
教師 C
*日本人と留学生の混合クラスはお互いに刺激をし合
って、活気のあるクラスになり、学生にとっても授業
外の繋がりができるチャンスになるので、価値があ
る。
*混合クラスでは留学生の日本語力の問題が出てくる
ので、日本人はサポートの役割を求められる。
共通点としては、教師 A と教師 C は、混合クラス
は「刺激」があると感じ、教師 B と教師 C は、「意
味・価値」があると感じていた。つまり 3 名とも日
本人学生と留学生が授業時に話し合ったり、学び合
ったりして異文化理解を深めることに価値を感じて
いた。
相違点としては、教師 A は混合クラスだからとい
って、目的がライティングの向上ではなく、「異文化
コミュニケーションになってしまってもいいのか」
という葛藤を感じていた。一方、教師 B は今まで教
えてきた留学生が日本人学生と実際に交流する場を
見て、「異文化理解が深まって楽しかった」と感じ、
同時に「アカデミック・ジャパニーズの重要性」を
痛感していた。また、自分自身の授業への工夫が学
生の理解を助け、学生からよいフィードバックを受
けて、結果として学生の日本語力に「差があっても
成り立った」と感じていた。さらに、教師 C はこれ
まで行っていた混合クラスとの違いはあまり感じて
おらず、今回のクラスでも「やはり、日本人はサポ
ート役を引き受けざるを得ない」と感じていた。授
業目的に葛藤を感じた教師 A と日本語力が劣る留学
生でも授業が成り立ったと感じていた教師 B の違い
は何か、議論を行ったところ、教師 A が持ったクラ
スは留学生比率が 6 割を超え、3 割以下の教師 B や
教師 C のクラス以上に日本語力の差などの問題が顕
著に現れたため、授業運営の難しさにつながったと
考えられる。また、教師 B の授業への工夫があげら
れるのではないかと考えられた。この点については、
4-3-2 の②での分析でより明確になった。
4-3-2 指導の際に行った対応
次に、②指導の際に特に意識して行ったことが
あるか、3 名の教師のビリーフや行動の共通点と相
違点を明らかにした。結果の全体像は付録図 5 に示
PAC分析研究 第3巻
5
す。以下は、各教師の共通点を( )で、相違点を
( )で示したものである。
教師 A
*(グループ活動で)日本人学生をサポートのように使
い、日本人学生へのフォローが手薄になり、それがよ
かったのかわからない。
教師 B
*帰国子女の経験から複眼的思考が大切だと考え、授
業の中核としている。
*レポートの授業ではあるが、日本人と留学生に混じ
ってほしくてグループ活動に比重を置き、様々な工
夫をし、やりとりができることを高く評価している。
留学生は、授業についていくのに聴解力が必要だと
考え、講義速度や内容の調整をしている。
教師 C
*様々な背景の学生がいる中で、一番気を使っている
のはクラスの雰囲気づくりであり、学生たちに絶対
来るのが嫌だと思われないように配慮している。
*授業が終わった時に、勉強できたなという気持ちに
なるように、また学んだことで四年間のキャンパス
ライフが楽しく過ごせるように気を使っている。
*教員がコメントするより、学生同士のコメントの方
がダイレクトに受け止めるので、協働作業を促して
いる。
*課題達成のため、学生が指示や注意点を理解してい
るかどうか確認し、特に留学生には配慮している。
教師 A は、留学生が日本語表現につまずいた時に、
日本人学生を教師のサポートのように使ってしまい、
それで良かったのかわからないと言っている。この
点についての葛藤は、教師 C(4-3-1 参照)と共通の
ものである。両者の発言から、日本人学生と留学生
の効果的な協働をいかに行うかという点が大きな問
題となっていたことがわかる。
また教師 B は、「複眼的思考」の獲得についての
トピックに時間を割き,留学生が苦手な引用などの
項目について授業内容を補ったり、留学生目線での
調整をしたりしていた。話し方も留学生に合わせ、
少しゆっくり、漢語を和語に言い換えて話していた。
しかし、日本人学生もいる中で、このようなやり方
でよいのかわからないとも言っている。ただ、この
ような留学生へのケアは、結果として授業が成り立
ったと感じた点につながっていると考えられる。
さらに、教師 C は、クラスの雰囲気作りを最も大
切に考えていた。また特に留学生が授業についてこ
られるようにリソースの使い方などにも配慮してい
た。留学生がリソースの使い方に難しさを感じると、
課題の提出が遅れ、ピアが機能しなくなり、結果と
してクラスの雰囲気も悪くなるおそれがあると考え
たからである。教師 C の対応を見ても、日本語力の
劣る留学生への適切な対応の必要性がわかる。
3 名の教師に共通していた対応は留学生・日本人
学生が協働するように様々な配慮をしている点であ
る。例えば、毎回別の座席を指定して、違う日本人
学生と留学生がピアで組めるようにしていた。また
ピアの時間を十分にとるように心がけ、話し合いの
際に学生に声掛けを行い、話し合いがうまくいって
いない学生に対しては、学生同士の話がうまく進む
ように間を取り持つようにしていた。そして、授業
では、留学生と日本人学生がお互いの考えにコメン
トをしあうような機会は貴重であるということを繰
り返し伝えていた。これは、3 名ともが学生の異文
化理解の促進に価値を見出していたからであろう。
4-3-3 混合クラス授業の課題
最後に、③混合クラス授業の課題は何か、各教師
の問題意識を明らかにした。全体像は付録図 6 に示
す。以下では、各教師が特に意識していた点を( )
で示す。
教師 A
*うまく教室運営するには経験の浅い教師はどうすべ
きか。
*混合クラスで日本人学生のライティング力アップの
ために、どうしてあげたら良かったのか。
*日本人と留学生のピアでの文章チェックはどのよう
にしたら、うまく機能するのだろうか。
*留学生にとって変な成功体験は良くないし、厳しす
ぎてもやる気を失うので、何を基準にどのレベルを
目標にすればよかったのか、わからなかった。
*同じ混合クラスといっても日本人と留学生の比率に
よって問題も変わってくる。
*日本語力が達していない留学生をどうしてあげたら
良かったのか。
PAC分析研究 第3巻
6
教師 B
*留学生と日本人が積極的にコミュニケーションをと
り、混ざり合って学ぶためにはどうすればいいのか。
*より効果的にスキルとしての文章表現を身につける
には、何をどう教えたらいいのか。
*特に中級レベルの留学生が上級になるためには、要
約する力が大きな課題なので、教師はどう教えるべ
きか。
*正規の授業で日本人と混ざる留学生には聴解力が重
要だが、聴解力が弱い学生がいた時に教師はいかに
ケアするべきか。
*コピペがでないようにするには、どうするべきか。
教師 C
*クラスマネージメントが教員のやることとして重要
なことであり、より良い学び合いができるようにど
うしたらいいかが課題。
*教師側の確認指示が細かいので、理解できるよう配
慮すべき。
教師 A は何をこの授業の目的にするのか、評価基
準は日本人学生と留学生で同じでいいのかなど、疑
問が多いと述べている。ライティングのスキルアッ
プが目的の授業であるのだが、実際にやっているこ
とが結果として交流目的のような活動が多く、本来
の授業目的とずれているのではないかと感じていた。
しかし、混合クラスの強みは留学生と日本人学生が
コミュニケーションをとり、協働することであると
感じていたので、ここで得られる学びを活かしたい
という気持ちも生まれ、ライティング力向上だけを
考えた授業運営もできず、葛藤していた。また、こ
れまでの経験から、同じ授業を受けている学生の評
価は同一基準であるべきだと思っており、留学生の
評価に葛藤を感じていた。留学生は日本人学生に比
べて日本語力にハンディがあり、文法や漢字の間違
いも多く、同一基準であれば当然評価も低くなった
からである。また、基準を下げて評価を留学生向け
に変え、留学生の課題を寛大に評価することによっ
て過剰な自信を持ってしまうのは好ましくないと考
えていた。実力に見合わない過大な評価は向上心を
妨げ、先のことを考えると学生のためにならないこ
ともあると考えているからである。
教師 B は留学生のことを考えた課題が多く、特に
ピア活動が多い混合クラスにおけるライティングの
授業の中で、留学生の要約力・聴解力が課題だと考
えていた。これは日本人学生と留学生の間の日本語
力の差に課題があると感じているためである。ライ
ティングのクラスなので、最も大切な力は引用のた
めの要約力であると考え、それを留学生が日本人学
生と同じ 8 週間で身につけるには、日本語のハンデ
ィをどう乗り越えさせるか、いかに教えるかという
ことを課題だと考えていた。また、特に留学生の聴
解力については、ピア活動が機能するためにも、教
師の指示の理解のためにも、聴解力が十分でなけれ
ば、授業が成立しない恐れがあると考えていた。
一方、教師 C は、担当教師のクラスマネージメン
トが最も重要だと考えていた。「混合クラス」で学ぶ
意味・価値を学生に理解させ、その機会を十分に活
かすために教師ができることは、1 学期間、積極的
な学びの機会が得られるように気持ちよく学習でき
るクラス作りであると考えている。また日本人学生
と留学生のコミュニケーションが円滑に進むように、
正しいタイミングで意味のあるサポートを行うこと
が大切だが、そのためには教師が学生の授業活動の
様子をよく確認することが重要であると考えていた。
以上、PAC 分析インタビュー内容の質的分析、比
較から、どの教師も留学生と日本人学生の協働に意
味や価値を見出し、学び合いを促そうとしていたこ
とがわかった。特に教師 B からは混合クラスの利点
を生かした「複眼的思考の獲得」の重要性が語られ、
異文化理解に価値を見出していた教師 A、C にとっ
ても、「複眼的思考の獲得」のために教師側からの「い
い刺激をしあえるような協働への配慮」が不可欠で
あるという点が共有された。また、授業の目的と評
価の点で葛藤があった教師 A の発言を共有すること
で、学生のために基準を下げるのではなく、「成長に
つながるような評価」をすることの重要性がわかっ
た。さらに、これまで留学生を主に教えてきた教師
B の留学生への対応や授業時における調整から、日
本語力が劣る留学生がいる際に必要な「日本語力を
見極めた適切な対応」によって、授業活動が成り立
ちうることも明らかになり、混合クラスを教えた経
験のある教師 C の発言から、「学生の個性を活かし
たクラスマネージメント」が、教員が行うこととし
て大変重要であるということがわかった。
PAC分析研究 第3巻
7
本研究を始める前に、「教育歴がクラス運営に影響
する」という予測をしていたが、インタビュー内容
の詳細な比較から、教育歴の違いだけでなく、個人
の生育環境や経験からくるビリーフの差、担当クラ
スの状況などの影響も少なくないことがわかった。
5.結論
本研究の目的は、文化交流を目的としない正規科
目において留学生と日本人学生が混ざっているアカ
デミック・ライティングのクラスを担当する教師の
意識はどのようなものかということと、このような
混合クラス担当教師に何が求められるのかを明らか
にすることである。
第 1 段階の PAC 分析によって現れた各教師の意識
構造は、次のようにまとめられる。教師 A は「混合
クラス」について、日本人学生と留学生の交流のき
っかけになるが、授業の目的がそれでよいのか悩み、
自分を責める傾向にあった。教師 B は日本人学生と
留学生の交流に意義を感じ、また、文章表現技術を
「混合クラス」でいかに教えるか、特に留学生をケ
アすることに意識が向いていた。教師 C は「混合ク
ラス」は日本人学生と留学生が学び合える貴重な機
会だと捉え、授業を成立させるために指示の明確化
などの配慮に意識が向けられていた。
次に第 2 段階の質的内容分析により、混合クラス
の担当教師に求められるものは何かという研究の問
いに関わる具体的な要素を抽出し、結論として「複
眼的思考の獲得を目指した授業」、「いい刺激をしあ
えるような協働への配慮」、「学生の日本語力を見極
めた適切な対応」、「学生の成長につながる評価」、「学
生の個性を活かしたクラスマネージメント」の 5 点
を導き出した。「複眼的思考の獲得を目指した授業」
は混合クラスの利点を最大限に活かすために必須で
あるが、そのような授業を行うためには担当教師に
よる「いい刺激をしあえるような協働への配慮」が
必要となる。日本語力の劣る留学生の混合するクラ
スでは、「学生の日本語力を見極めた適切な対応」を
とることで、混合クラスで目指す授業活動の実現が
可能となるが、「学生の成長につながる評価」のため
には、日本語力の差があるという理由で評価基準を
下げてはならない。全体的に「学生の個性を活かし
たクラスマネージメント」を行うことで、日本人、
留学生双方の学びが促進されると考えられる。
今回取り上げたような正規科目のアカデミック・
ライティングのクラスにおいて、学生に到達目標を
達成させるためには、以上 5 つの点から授業を振返
って改善していくことが今後このような授業を担当
する教師に求められると考える。
6.おわりに
今回、PAC 分析と質的内容分析の 2 段階分析によ
り、本研究の問いへの答えにつながる 5 つの要素が
導き出された。個人の態度構造から明らかにされた
ものを、即一般化することはできないが、複数の当
事者の語った授業時の具体的な行動やビリーフ、問
題意識を比較することによって導き出された結論か
ら、同様の立場に立つ教師にとっても有益な知見が
得られるものと考える。今後は引き続きアカデミッ
ク・ライティングの授業における混合クラスのアク
ション・リサーチや、さらに高等教育機関の一般的
な科目において混合クラスを受け持つ教師の意識を
知るための PAC 分析を継続することによって同様の
立場の教師の抱える悩みや工夫をさらにすくい上げ、
考察を深めていきたい。
現在、日本の大学教育機関で進んでいるグローバ
ル人材育成のためには、混合クラスは学びの大きな
チャンスとなり得るが、一方で難しさもある。その
中で、混合クラスを担当する教師にできることは、
日本人学生・留学生双方のために、このチャンスを
活かすことであり、それが共生社会の実現にも寄与
すると考える。
注
(1) 日本学生支援機構が 2017 年 5 月に発表した留
学生総数は 267,042 人であり、前年度より 11.6%
も増えている。また、法務省入国管理局による報
道発表、「平成 29 年末現在における在留外国人数
について(確定値)」によると、平成 29 年末の留
学生数は 311,505 名とある。
(2) 坂本他(2017)では、「多文化間共修」を「文化
的背景が多様な学生によって構成される学びのコ
ミュニティ(正課活動及び正課外活動)において、
その文化的多様性を学習リソースとして捉え、メ
ンバーが相互交流を通して学び合う仕組み」と定
PAC分析研究 第3巻
8
義し、さらに、教育的意図をもってその仕組みを
構築することを、「多文化間共修支援」としている。
(3) 村田(2018)に詳しい。
(4) 宮本(2015)などでは、日本語を用いた多文
化共修の実践を取り上げて論じている。
(5) 内藤(2002)参照。
(6) 小澤・坪根(2015)参照。
(7) 教師 A は以前から文章表現の授業を担当してお
り、本人の力に見合わない高評価は将来的にため
にならいと話しており、日本語力が劣る留学生の
評価をどうするか悩みを話していた。教師 B は留
学生しか教えていなかったので、留学生がクラス
についていけるような補助資料などを用意し、授
業の進度が遅れがちになることを悩んでいた。
(8) 詳細は、藤浦他(2017)参照。
(9) PAC Helper
https://www.vector.co.jp/soft/winnt/edu/se504168.
html (2018 年 12 月 29 日参照)
(10) 統計分析ソフト HAD http://norimune.net/had
(2019 年 5 月 11 日参照)
(11) メモを取りながらのインタビュー手法は、PAC
分析学会(2018 年 12 月 8 日(土)於 立命館大学)
で開発者の内藤氏自身が推奨している。
(12) 意味の縮約に関しては、クヴァ―ル(2016)、
比較表に関しては佐藤(2008)参照。
(13) 類似度距離行列によって出されたデンドログ
ラムを右から見ていき、どこでデンドログラムを
切るかは、インタビュイーに確認して決める。
参考文献
(1) 池田玲子(2008)「協働学習としての対話的問題
提起学習―大学コミュニティの多文化共生のため
に ―」細川英雄・ことばと文化の教育を考える会
『ことばの教育を実践する・探求する―活動型 日
本語教育の広がり―』、60-79、凡人社
(2) 伊藤隆二(1996)展望/教育心理学の思想と方法
の視座:「人間の本質と教育」の心理学を求めて
教育心理学年報,35,127-136.
(3) 小澤伊久美・坪根由香里(2015)「日本語を母語
とする現役教師Aの「いい日本語教師観」PAC 分
析を活用してわかること」、舘岡洋子編『日本語教
育のための質的研究入門』、221-46、ココ出版
(4) スタイナー・クヴァール、野智正博・徳田治子
訳(2016)『質的研究のための「インター・ビュ
ー」』、155-183、新曜社
(5) 坂本利子・堀江未来・米澤由香子編著(2017)『多
文化間共修』、学文社
(6) 佐藤郁哉(2008)『質的データ分析法』、新曜社
(7) 清水裕士 (2016)「フリーの統計分析ソフト
HAD:機能の紹介と統計学習・教育、研究実践にお
ける利用方法の提案」、 メディア・情報・コミュ
ニケーション研究 1、59-73.
(8) 舘岡洋子(2015)「留学生と日本人学生がともに
学ぶ「日本語クラス」ーグローバル化する大学の
学習環境のデザインとしてー 早稲田日本語教育
学 19、61-71 早稲田大学大学院日本語教育研究科
(9) 独立行政法人日本学生支援機構(JASSO) 「1.
留学生数の推移(各年 5 月 1 日現在)」『平成 29
年度外国人留学生在籍状況調査結果』
(10) 内藤哲雄(2002)『PAC 分析実施法入門[改訂
版]「個」を科学する新技法への招待』、ナカニシ
ヤ出版
(11) 法務省入国管理局「平成 29 年末現在における
外国人数について(確定値)
www.moj.go.jp/nyuukokukanri/kouhou/nyuukokuk
anri04_00073.html (2019 年 5 月 11 日参照)
(12) 藤浦五月・宇野聖子・小針奈津美・坂井菜緒・
柴田幸子・服部真子・中川純子・長松谷有紀
(2017)「【調査報告】初年次レポートライティ
ング教育におけるルーブリック開発と改善プロセ
スに関する研究」、『武蔵野大学しあわせ研究所
紀要』Vol.1、3-24
(13) 宮本美能 (2015)「留学生と日本人学生の国際
共修授業における一考察 -言語の問題へのアプ
ローチと学習効果-」、『大阪大学大学院人間科学
研究科紀要』41、173-191
(14) 村田晶子(2018)「国内・海外を結ぶ多文化体
験学習の意義と学びの可視化」村田晶子編著『大
学における多文化体験学習への挑戦』、2-22、ナカ
ニシヤ出版
(15) 文部科学省 HP「ポスト留学生 30 万人計画を見
据えた留学生政策 (現状・課題)」
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chu
kyo4/042/siryo/__icsFiles/afieldfile/2018/05/28/14
05510_4.pdf (2019 年 5 月 11 日参照)
PAC分析研究 第3巻
9
<付録>
1 刺激が多い +
16 夢や悩みを語る +
2 異文化理解 △
15 お互いに得たもの +
4 発見 △
5 意味のある時間 △
6 賑やかな印象 +
12 コミュニケーション △
3 反省 –
9 やり方の失敗 –
7 ついてこられない –
11 日本人と留学生 △
13 レベル設定 –
8 日本語力 –
10 日本人の役割 △
14 留学生の戸惑い –
図 1 教師 A の結果(日本人を主に教えてきた教師)
1 複眼的思考 +
2 話し合い +
3 日本人の壁 –
4 留学生向け AJ 授業の重要性 +
12 留学生向けの対応 △
19 緊張している –
8 学生の積極性 +
13 日本人学生向けの対応△
15 座席の場所工夫 +
18 活発さ +
20 おもしろかった +
5 引用の難しさ –
6 要約の方法指導 △
9 講義内容の調整 △
11 授業進度の調整 △
17 見本の難しさ –
14 コピペのおそれ –
16 テーマの難易度 △
7 聴解力の必要性 △
10 講義速度の調整 △
図 2 教師 B(留学生を主に教えてきた教師)
1 クラスの雰囲気作り +
3 クラスの活性化 +
4 意味のある協働作業 +
2 貴重な機会 +
5 ピアが生きているか △
6 日本人の学びの機会 +
8 ブレインストーミング +
7 留学生への配慮 +
12 ハンドアウトの配布 +
11 指示の明確化 +
17 声掛け △
10 ルールの確認 △
15 書式設定 △
16 確認 △
18 期限を守る +
9 学内リソースの利用 +
13 ポータルサイトの利用 +
14 資料検索 △
図 3 教師 C(混合クラス経験がある教師)
CL1 教師と留学生と日本人の出会い
CL3 混合クラスの授業運営の難しさ
CL4 学生の授業の目的は何か
CL2 コミュニケーションの
楽しさと難しさ
CL1 自分の問題意識
CL3 いかに教えるか
CL4 学生を見て思うこと
CL2 混ざって欲しい
CL5 留学生への対応
CL3 教師の学生への配慮
CL1 学び合い
CL4 必要なツール
CL2 個人作業
PAC分析研究 第3巻
10
分析
①共通点 1:刺激があった(教
師 A・教師 C)
②共通点 2:意味・価値がある
(教師 B・教師 C)
③相違点 1:異文化コミュニケ
ーションについて教師 A(そ
れでよいのか)/教師 B(理
解が深まって楽しかった)
④相違点 2:日本人はサポー
トを引き受けざるを得ない
(教師 C)
⑤アカデミック・ジャパニーズ
の重要性(教師 B)
⑥差があっても成り立った
⇒意味・価値があるような授
業にすることが大切で、そ
のことに気づかせるように授
図 4 これまでのクラスとどのような違いを感じたか 業を持っていくことが大切
分析
・留学生と日本人学生が協
働するように配慮してい
る(A,B,C)
・日本人学生がサポートの
ように使ったが、それが
よかったのかわからない
(A)
・授業内容な震度を留学生
に合わせて調整をしてい
る(B)
・雰囲気づくりを重視(C)
図 5 指導の際に特に意識して行ったことがあるか
教師 A 教師 B 教師 C
うまく教室運営するには経験の浅い教師
はどうすべきか。
留学生と日本人が積極的にコミュニケー
ションをとり、混ざり合って学ぶために
は、どうすればいいのか。
クラスマネージメントは教員がやること
として重要なことであり、より良い学び合
いができるようにどうしたらいいかが課
題である。
混合クラスで日本人学生のライティング
力アップのために、どうしてあげたら良か
ったのか。
より効果的にスキルとしての文章表現を
身につけるには、何をどう教えたらいいの
か。
教師側の確認指示が細かいので、理解でき
るよう配慮すべきである。
日本人と留学生のピアでの文章チェック
はどのようにしたら、うまく機能するのだ
ろうか。
特に中級レベルの留学生が上級になるた
めには、要約する力が大きな課題なので、
教師はどう教えるべきか
留学生にとって変な成功体験は良くない
し、厳しすぎてもやる気を失うので、何を
基準にどのレベルを目標にすればよかっ
たのか、わからなかった。
正規の授業で日本人と混ざる留学生には
聴解力が重要だが、力が弱い学生がいた時
に教師はいかにケアするべきか。
同じ混合クラスといっても日本人と留学
生の比率によって問題も変わってくる。
コピペがでないようにするには、どうする
べきか。
日本語力が達していない留学生をどうし
てあげたら良かったのか。
図 6 混合クラス授業の課題は何か
教師 A 教師 B 教師 C
留学生がいると、クラスの話し合
いが活発になり、刺激があって
いい印象を持った。
留学生が正規の授業に入るため
に、AJ 授業は重要だ。
日本人と留学生の混合クラスはお互
いに刺激をし合って、活気のあるクラ
スになり、学生にとっても授業外の繋
がりができるチャンスになるので、価
値がある。
授業の目標はライティングのスキ
ルアップなのか、異文化コミュニ
ケーションなのか分からなくなっ
た。
留学生がいると日本人にとって
複眼的思考を学ぶのに意味があ
る。
混合クラスでは留学生の日本語力の
問題が出てくるので、日本人はサポ
ートの役割を求められる。
日本人がいた方が異文化理解が
深まって、教師自身が楽しかっ
た。
留学生が日本人に混ざって大丈
夫かと思っていたが、自分が選
んだテーマなので、差があっても
文章表現の授業が成り立った。
教師 A 教師 B 教師 C
日本人学生をサポートのように
使い、日本人学生へのフォロー
が手薄になり、それがよかったの
かわからない。
帰国子女の経験から複眼的思考
が大切だと考え、授業の中核とし
ている。
様々な背景の学生がいる中で、一番
気を使っているのはクラスの雰囲気
づくりであり、学生たちに絶対来るの
が嫌だと思われないように配慮してい
る。
レポートの授業ではあるが、日本
人と留学生に混じってほしくてグ
ループ活動に比重を置き、様々
な工夫をし、やりとりができること
を高く評価している。
授業が終わった時に、勉強できたな
という気持ちになるように、また学んだ
ことで四年間のキャンパスライフが楽
しく過ごせるように気を使っている。
留学生は、授業についていくの
に聴解力が必要だと考え、講義
速度や内容の調整をしている。
教員がコメントするより、学生同士の
コメントの方がダイレクトに受け止める
ので、協働作業を促している。
課題達成のため、学生が支持注意点
を理解しているかどうか確認し、特に
留学生には配慮している。
PAC分析研究 第3巻
11
留学生・日本人学生混合クラスで教師に求められるものとは
―PAC 分析による大学初年次文章表現授業の教師の振り返り―
Considerations for Teachers in Linguistically Mixed Classes with International and Japanese Students
-Reflections on First Year University Academic Writing Classes through PAC Analysis-
【執筆者】
坂井 菜緒 SAKAI Nao(武蔵野大学 非常勤講師)
中川 純子 NAKAGAWA Junko(慶応義塾大学 非常勤講師)
長松谷有紀 NAGAMATSUYA Yuki(東海大学 非常勤講師)
服部 真子 HATTORI Shinko(東京ひのき外語学院 専任講師)
【要旨】
近年、大学では日本語で行われる正規科目を日本人学生と共に留学生が履修する機会が増え、教師の授業運営にも問題
が生じているが、このような混合クラスの研究はまだ少ない。本研究は、混合クラスの担当教師に求められることを明ら
かにするため、全学共通初年次文章表現授業を担当した留学生指導経験の異なる 3 名の教師を対象に PAC 分析を行い、
その後インタビュー内容の質的内容分析比較を行った。この手法では、本人の個別の背景を深く理解した上でインタビ
ューを行うため、従来のインタビュー調査分析よりも、議論を深めるために有効なデータが得られる。本研究の結論とし
て、「複眼的思考」、「協働への配慮」、「適切な対応」、「成長につながる評価」、「学生の個性を活かしたクラスマネージメ
ント」の 5 つの要素を導き出した。本研究は今後、グローバル化が進む日本の教育機関において、学生の多様化に直面す
る教師の 1 つの指針になると考える。
Recently at universities, there have been increases in opportunities for Japanese and international students to
take regular courses together, creating new classroom management challenges for instructors. However, relatively
little research has been conducted on teaching such linguistically mixed classes. In order to identify the
requirements for instructors in charge of mixed classes, this research conducted PAC Analysis on three instructors
with different levels of teaching experience and later compared qualitative content analysis of interviews.
Compared to traditional interview survey analyses, these methods allow for better understanding of individual
backgrounds to obtain valuable data for further debate to find solutions to the problem. The results of this research
derived five necessary elements of mixed classrooms, which include: (1) multi-faceted thinking, (2) consideration
towards cooperation, (3) appropriate responses, (4) evaluations that lead to growth, and (5) classroom management
that utilize student character. As globalization penetrates Japanese educational institutions, this research shall
serve as a guiding principle for instructors facing student diversity.
PAC分析研究 第3巻
12
進 路 面 談 に 求 め られ る 高 校 教 師 の 柔ら か な 鏡 役 割
- 学 校 適 応 感 に 差が あ る 二 人 の 高 校生 の 比 較 -
森本 篤, 青木 多寿子
1 問 題
学校での教育相談は,子どもの悩みや問題の解決を
援助することによって,学校生活の充実と人格の成長
への援助を図ろうとするものである(文部省,1981)。
特に,すべての子どもに対する発達促進的な「一次的
援助サービス」は,開発的な意味がある(石隈,1999)。
欧米と比較するとき,日本での教育相談(カウンセリ
ング)の特徴は,専任のカウンセラーではなく,学級
担任を主役にした,学校全体が関与するもの,という
点にある(國分,2009)。
教師が行う教育相談の中で,生徒の「生き方」につ
いての指導・援助が進路指導であり(伊藤,2010),高
校生の受ける進路指導の重要な機会として,進路面談
がある。進路面談は生徒一人ひとりに対する個別的指
導・援助であり(橋本,2011),従前から文部省は進路
面談を,生徒の問題解決能力と自己指導能力を促すた
めの援助活動と位置づけている(文部省,1977)。また,
近年その重要性が指摘されている「キャリア教育」に
おいても,進路面談は「児童生徒の個別支援のために
は,日々児童生徒に接している教職員が,カウンセリ
ングに関する知識やスキル及びその基盤となる生徒と
円滑にコミュニケーションをとるための方法を修得す
ることが重要」(文部科学省,2011)と提言されている
ように,教師によるカウンセリング活動として,その
意義が示されている。これらの視点に立てば,高等学
校における進路面談は,生徒一人ひとりの「発達・開
発」の支援に重点が置かれた,カウンセリングの中核
をなす活動ともいえよう(池場,2006)。
学校における生徒の支援を考えるとき,まず生徒が
学校生活にどの程度適応できているかを把握すること
が必要になる(河村,1999)。生徒の学校適応を含め,
学校の教育活動では,生徒と教師の間の人間関係が重
要な役割を果たしていることを考慮する必要がある
(平岡・豊嶋,1991)。
とりわけ日本の進路面談では,前述のように学級担
任が中心となって生徒と関わるため,個々の生徒と担
任との関係が重要となる。進路面談のように,教師が
生徒にカウンセリングを行う場合にも,「面接に,それ
以外の場面の児童生徒と教員の人間関係が反映しがち
である」ことが指摘されている(文部科学省,2010)。
そこで,本研究では,まず,生徒と教師との関係を中
心とした,学校適応の実態を把握することとする。
次に,高校生の,教師に対する態度に関しては,JELS
(2006)が次のような結果を示している。それによる
と,進路選択の際に高校生が相談する相手の第 1 位は
38.9%で「高校の教師」であり,また,高校生が進路
指導について要望しているのは「進路に関する情報提
供をしてほしい」(32.6%)に次ぎ,「もっと生徒のこ
とを理解してほしい」(24.6%)という,教師の生徒へ
の関わりを求めるものであった(全国 PTA 連合会・リ
クルート,2011)。他方,高校生の教師への自己開示度
は,身近な他者の中で最下位であった(小西・宮下,
2003)。これらは,進路選択に関し,信頼する教師には
「わかってほしい」という気持ちを持つ一方で,「自分
のことは知られたくない」いう,高校生の時期に特徴
的な,両価的な心理(佐藤,1999)が反映されている
と考えられる。したがって,生徒の側からの認知をと
らえる際には,この両価性についても留意しておく必
要があると考えられる。本研究では,両価性をふまえ
た,進路面談に臨む生徒の心情を捉えたい。
以上を踏まえ,研究 1 では,まず,生徒の学校適応
の程度には,どのような差異があるのかについて意識
調査を実施する。また,研究 2 では,学校適応感,と
りわけ「教師関係」と「進路意識」に差がある生徒に
ついて,①両価的な心情,②理想的な面談イメージは
どのような違いや共通点があるのか,について PAC 分
析を用いて検討する。以上の 2 研究の結果をもとに,
教師はどのような点に配慮して生徒との進路面談に臨
むべきかを考察する。
PAC分析研究 第3巻
13
【 原 著 】
______________________
2019年2月6日 原稿受理
2019年9月2日 掲載決定
2 研究1
生徒の進路面談に関する学校適応の程度の差につい
ての,質問紙による調査研究
研究 1 では,高校生の,進路面談に関する学校適応
の程度には,どの程度の差異があるのかを,高校生用
学校適応感尺度(内藤・浅川・高瀬・古川・小泉,1986)
の下位尺度「教師関係」「進路意識」得点を比較して調
べる。
学校適応の指標としては,出席状況などのように客
観性の強いものの他に,高校生が自分の学校生活をど
のように認知しているかという,高校生自身の学校適
応感がある。この指標は,主観性が強いものであるが,
本人の心理状態を直接問うという点で重要な意味をも
つと考えられる(古川・高田,1999)。この学校適応感
に関して,内藤ら(1986)は,「高校生用学校適応感尺
度」を開発し,高校生の学校適応感の構造として,「学
習意欲」「進路意識」「教師関係」「規則への態度」「特
別活動への態度」の 6 因子を抽出した。尺度としての
信頼性,妥当性が検討されており,「教師関係」「進路
意識」という,進路面談に関して重要と考えられる下
位尺度を含んでいることから,本研究 1 では,この尺
度を採用した。
2.1 方 法
調査対象者 公立普通科高校(生徒数 960 名の進学
校)2 年生 313 名(男子 129 名,女子 184 名)。
手続き 高校生用学校適応感尺度(内藤ら,1986,
一部語句を修正・改組)を用いた質問紙調査を,ロン
グホームルームの時間中に実施した。実施者は各ホー
ムルーム担任であった。高校生用学校適応感尺度の 6
つの下位尺度とその代表的な項目を Table 1 に示す。
質問紙では,各項目ごとに「全くあてはまらない」か
ら「非常によくあてはまる」までの 5 件法(1~5 点)
Table 1 高校生用学校適応感尺度の 6 つの下位尺度とその代表的な項目(各 2 つ)
下位尺度 代表的な項目
1.教師関係 私は,この学校の先生を信頼している。/ 私には,まるで友達のように
親しみを感じる先生が,この学校にいる。
2.進路意識 私は,自分の進路のことを真剣に考えている。/ 私は,自分の将来に
希望を持っている。
3.学習意欲 私は,勉強に積極的である。/ 私は,勉強の目標を持って,毎日コツ
コツと努力している。
4.友人関係 私は,明るく,楽しい友人関係をもっている。/ 私は,性格的に明るい
方である。
5.規則への態度 私は,学校の規則を真面目に守っている。/ 私は,学校の規則がある
のはあたりまえだと思う。
6.特別活動への態度 私は,部活や学級活動や学校行事に楽しさを感じる。/ 私は,部活や学
級活動や学校行事等に積極的に,一生懸命取り組んでいる。
Table 2 高校生用学校適応感尺度の 6 つの下位尺度と項目数,
調査対象校の質問紙調査での平均点・最高点・最低点(各 30 点満点) (n= 313)
下位尺度 項目数 平均点 最高点 最低点
1.教師関係 6 19.2 30 6
2.進路意識 6 20.9 30 6
3.学習意欲 6 18.4 30 6
4.友人関係 6 22.6 30 8
5.規則への態度 6 24.1 30 10
6.特別活動への態度 6 25.7 30 9
全 体 36 130.9 171 53
PAC分析研究 第3巻
14
で回答を求めた。次いで,各生徒について下位尺度ご
とに(6 項目・30 点満点)得点を比較した。
2.2 結 果
対象校での調査結果を Table 2 に示す。全体での平
均点は130.9,最高点は171,最低点は53であった。「教
師関係」についての平均点は 19.2,最高点は 30,最低
点は 6 であった。また,「進路意識」についての平均点
は 20.9,最高点は 30,最低点は 6 であった。これらの
結果から,調査対象校の生徒の,進路面談に関わる学
校適応感には,全体として 171 点から 53 点までの差が
あることが示された。「教師関係」得点,「進路意識」
得点についても,生徒間にはそれぞれ満点(30 点)か
ら最低点(6 点)まで,大きな差がみられた。
研究 1 で明らかになった,進路面談に関わる生徒の
学校適応感(「教師関係」得点・「進路意識」得点)の
差異は,進路面談における態度に,どのように反映さ
れているのであろうか。これについて,続く研究 2 で
検討する。
3 研究2
教師への信頼感が進路面談にどのように反映される
のかについての,PAC 分析を用いた研究
研究 2 では,学校適応感(「教師関係」得点・「進路
意識」得点)が高い生徒と低い生徒の,面談に臨む態
度や教師に期待することを,PAC 分析を用いて比較・
分析する。
具体的には,①学校適応感の高低によって,「理解し
てほしいこと」「話しづらいこと」などの両価的な心情
に,どのような差異が見られるのか,②学校適応感の
差は,それぞれの生徒にとっての「理想的な面談」の
イメージにどのような影響を与えるのか,の 2 点に焦
点を当て,進路面談における生徒と教師との関係の意
味について検討する。
本研究で用いる PAC 分析は,個人の態度構造やイメ
ージを測定するために,内藤(1993)によって開発さ
れた手法であり,個人の内面の構造を明らかにするこ
とにその特徴がある。本研究で取りあげる進路面談は,
生徒や保護者と担任教師の間で行われる個別場面での
営みであり,各教師と生徒との関係性もそれぞれ固有
のものであることから,分析手法として PAC 分析を用
いることが適していると考えられた。
また,PAC 分析は,態度やイメージの構造だけでな
く,心理的場,アンビバレンツ,コンプレックスまで
測定できることが確認されており(内藤,2008),進路
面談に臨む高校生の,両価的な心理や,表明しづらい
内面の探索についても有効であると考えられたので,
本研究での分析手法とすることとした。
3.1 方 法
調査対象者 研究 1 と同じ公立高校 2 年生の 2 名(女
子 1 名,男子 1 名)である。この 2 名は,質問紙調査
に参加した 313 名のうち,個別調査に協力を表明した
生徒で,高校生用学校適応感尺度(内藤ら 1986,一部
語句を修正・改組)のうち,a「教師関係」得点と,b
「進路意識」得点の高い A(a:8 位,b:1 位)と,低
い B(a:313 位,b:310 位)であった。A については,
a,b の平均得点がより高い生徒が 1 名いたが,研究 2
の調査期日前に海外留学の予定があったので,調査可
能な生徒のうちで最上位の得点であったAを対象者と
して選定した。B については,a,b の平均得点が最も
低く,調査可能であったので,対象者とした。
Table 3 に,担任教師からの情報も加えた A,B の進
路面談に関わるプロフィールを示す。
Table 3 A,B のプロフィール
A(女子) B(男子)
「教師関係」得点(6 項目・各 5 点)と順位 27(8 位) 6(313 位)
「進路意識」得点(6 項目・各 5 点)と順位 30(1 位) 8(310 位)
全体の得点(36 項目・各 5 点)と順位 146(53 位) 53(313 位)
実技科目以外の学業成績 下位 上位
第 1 志望校 海外の音楽大学 国内の,いわゆる難関大学
明るく朗らか 口べた
担任による,進路面談の際の生徒の印象 感情豊か 気持ちを伝えることに不慣れ
楽しそうに話す とっつきにくい
PAC分析研究 第3巻
15
手続き 標準的な PAC 分析の手順(内藤,2002)によ
った。それは,①教示②自由連想③類似度の評定④ク
ラスター分析⑤デンドログラムの解釈の 5 段階をふ
む。このうち①~③をセッション1として実施,④を
筆者が行ったのち,セッション 2 として⑤を実施した。
教示文の設定については,以下の経緯があった。筆
者は教師カウンセラーとして,生徒のカウンセリング
を行う機会がある。その際,生徒が担任教師の面談に
ついて不満を述べることが見受けられた。対照的に,
担任への信頼感を示す生徒もいた。これらのことを踏
まえ,今回の研究に先んじて,2 年生 1 クラスで「進
路面談では,担任の先生にどのような配慮があればよ
いと思いますか?」という調査(自由記述)を実施し
たところ,「自分のことをわかってほしい」「言いにく
いこともある」という,両価的な記述が比較的多く見
られた。また,「~してくれると理想的です」という表
明も複数あった。教示文はこれらを踏まえて作成した。
①教示文については,は『進路面談の際,あなたが
先生に「話しづらい」こととして,どのようなことが
あるでしょうか。また,先生に「わかってほしい」こ
とは,どのようなことでしょうか。そして,どんな先
生との,どんな進路面談があなたにとって「理想的」
でしょうか。』とした。
②教示の後,白紙のカード(タテ 3cm,ヨコ 9cm)
を 30 枚程度 A,B の前に置き,自由連想させ,記入さ
せた。その際,各連想項目のイメージが肯定的(+),
否定的(-),どちらともいえない(0)のいずれに該
当するかかを付記させた。この後,A,B にとって重
要と感じられる順に記入したカードを並べ替えさせ
た。
③次に,各項目間の類似度(距離)を 7 段階(非常
に近い…1,かなり近い…2,いくぶんか近い…3,どち
らともいえない…4,いくぶんか遠い…5,かなり遠い
…6,非常に遠い…7)で評定させた。
④上記の類似度評定に基づき,調査対象者別にクラ
スター分析(ウォード法,ソフトは HALWIN)を行っ
た。
⑤析出されたデンドログラム(樹状図)に各連想項
目の内容を付記し,A,B の解釈を尋ねた。各クラス
ターには,それぞれにふさわしいタイトルをつけても
らい,新たに生じたイメージ等について,筆者にも了
解できるよう,質問を加えた。クラスターの区分やイ
メージ理解については,内藤(2002)に沿い,A,B
の解釈を尊重した。
以下における A,B と筆者(Co.)とのやりとりは,A,
B の了解を得た上でセッション 2 を録音し,テープ起
こしをしたもののうち,各クラスターがそれぞれどう
まとまるかが了解される部分を抜粋したものである。
なお,逐語記録中の( )を付した補いの語は,筆者
がやりとり全体の文脈から判断して加えたものであ
る。
1 (0) |___. クラスター1「安心できるアドバイス」
5 (0) |___|___.
11 (+) |___. |
13 (+) |___|___|_______________.
6 (+) |___. |
9 (+) |___|_____. | クラスター2
10 (0) |_________|_________. | 「理想の面談形式」
7 (0) |___. | |
8 (0) |___| | |
12 (+) |___|_______________|___|_________________________.
2 (-) |___. |
3 (-) |___| |
4 (-) |___|_____________________________________________|
クラスター3「(先生への)お知らせ」
*左の数値は重要順位。 **数値の後の( )内の符号は各項目のイメージ。
Figure 1 A のデンドログラム
PAC分析研究 第3巻
16
3.2 結 果
A,Bの事例を以下に示す。
A の事例
セッション①:2011 年 7 月 6 日(30 分),②:2011
年 7 月 7 日(40 分)。デンドログラムを Figure 1,重要
度順の各項目を Table 4 に示す。A は Figure 1 のデンド
ログラムを,3 つのクラスターに区分した。筆者は,
客観的なデンドログラムの読み取りでは,1)~12)まで
の部分と,2)~4)までの部分の,2 つのクラスターに
分けられると考えていたが,A の解釈を尊重した。
A の逐語記録(抜粋) (斜体字:A の発言,Co.:
筆者の発言,番号は逐語記録順。ここで筆者の記号を
Co.と記しているのは,臨床心理士の資格を有する教師
カウンセラーであり,今回の調査において対象者には
研究 2 のセッションを行う際に,担任に対する率直な
気持ちを表明することが対象者にとって不利にならな
いよう配慮していることを伝えていることによる。)
A.5:これ(下の三つ)は,(内容は略)(先生への)
「お知らせ」。(クラスの友人関係について,先生に知
っておいてもらうと進路を含めて対処してもらいやす
くなる。)A.7:(真ん中の 8 項目は)「理想の面談形式」。
A.12:…(担任の)M 先生とかは,「本人の意志がいち
ばん大切だから,もう親は黙っといて」っていう感じ
なんですよ,…やっぱり,そういう先生が理想だな,
って思って。Co.14:M 先生は,ほぼ理想に近い。A.14:
はい。ただドイツ人じゃないだけ(笑)。Co.16:1 と
か 5 などは M 先生が実際してくださってる。A.16:は
い。してくださってます。Co.17:では,全く問題なし。
A.17:そうなんです。A.20:(「まず生徒と面談」につ
いて)中学校の時に,この(項目 10 の)やり方をやっ
てる先生がおられて。Co.21:まず,生徒に聞いてほし
い?A.21:はい。A.25:…事前に,ほんとうの,生徒
の(ことを),親とか関係なしにして,「言わないから
教えて」と。Co.26:本音のことを。A.26:はい。本音
を。Co.27:7・8 で「ストレートに」というのは?A.27:
ほんとに私(の実力)で大丈夫なのか,っていう。心
配で。コンクールとか実績そんなにないですし。で,
「大丈夫,行けるよ」というのも言ってほしいんです
けど,ダメなときはほんとうにダメって,はっきり言
ってほしいんです。「もっとがんばれば,~なるよ」っ
ていうあやふやな答えじゃなく,「こうしたら,こうな
る」というのをはっきり示して欲しい。A.31:…先生
に言ってもらえるから,「あ,そうなんだ」ってわかる
時があるし。Co.32:そう。成績などは先生から言われ
ると。A.32:説得力がある。そういうの(成績など)
は,先生の口から言ってほしい。Co.39:全体として,
いまの A さんの,この高校での進路面談は何点くら
い?A.39:M 先生がいいんでね。75 点くらいかな。
Co.40:(マイナスの)25 点は?A.40:ドイツ人でない
(15 点),とか,これは面談じゃないのかもしれない
ですけど,留学とか,などの支援システムがない(10
点)。
A のクラスター解釈
クラスター1:(1,5) A は「安心できるアドバイ
ス」と解釈した。これらは,現在 A の担任でもあるベ
テランの音楽科・M 教諭が実際に「してくださってる」
Table 4 A の各クラスター内の連想項目(項目前の数値は重要順位)
クラスター1
1) 身のまわりの人での,実体験などをあげて しめしてほしい
5)実際の状況を教えてほしい
11)できれば 音楽家の先生がいいです
13)私が大学は外国をうけるので,先生は外国人(ドイツ人)がいいです。
6)面談中だけでもきんちょう感ももちながらも,なごやかな感じ
9)親と話すのではなく,生徒とはなしてくれてる感じがして,よかった
クラスター2 10)最初に親抜きで1対2で面談をして,からの2対2がいい
7)今の私がおかれている立場や,実際どのレベルなのかをはっきりストレートに言ってほしい
8)ストレートに言ってほしい
12)進路に限っては,まじめで正直な先生がいい
2) 2)3)4)は,あまり望ましくない言動をとる級友の存在について,
クラスター3 3) 担任の先生は一応知っておいて,そういう目でクラスを見てほしい
4) という内容(そのままの表現は控えた)
PAC分析研究 第3巻
17
(A.16)ので,A にとっては全く問題はない(A.17)。
クラスター2:(11,13,6,9,10,7,8,12) 「理
想の面談形式」。まず,「親とか関係なしにして」
(A.25),教師は生徒の「本音」(A.26)を聞いてほし
い。そして,希望する進路先に行けるかどうか,「はっ
きり言ってほしい」(A.27)。それは,「ほんとに私で大
丈夫なのか」「心配」(A.27)だからであり,また,「先
生に言ってもらえるからわかる」(A.31)ことがあるか
ら,でもある。さらに,「(音楽大学への)留学などの
支援システム」(A.40)があればありがたい。
クラスター3:(2,3,4) 「お知らせ」。クラスの
友人関係について,先生に知っておいてもらいたいこ
と(A5)としてまとまっている。
全体として: 各項目の単独のイメージを見ると,
プラスが 5 項目,どちらともいえない0が 5 項目,マ
イナスが 3 項目。マイナスの項目群については,いず
れもあまり好ましくない言動をとる級友についてのも
ので,A は教師との面談自体については悪くないイメ
ージを持っているといえる。そのことは,A.14 や A.17
の応答にあるように,「ほぼ理想に近く」「問題ない」
と表明されていることからもうかがえる。
B の事例
セッション①:2011 年 6 月 29 日(25 分),②:2011
年 7 月 1 日(30 分)。デンドログラムを Figure 2,重要
度順の各項目を Table 5 に示す。B は Figure 2 のデンド
ログラムを,6 つのクラスターに区分した。筆者は,
客観的には,1)~5)までの部分と 6)~13)までの部分,
9)~10)までの部分の,3 つのクラスターに分けられる
と考えていたが,B の解釈を尊重した。
B の逐語記録(抜粋) (斜体字:B の発言,Co.:
筆者の発言,番号は逐語記録の順。)
B.7:(いままで,面談は)なんか,聞き流しておし
まい,みたいな。Co.9:じゃあ,先生の言葉がそんな
に響いてこない。B.9:はい(きっぱりと)。B.10:な
んかこう,ズバッとくる一言みたいなのがない。
Co.12:…例えば?B.12:「正直言って,今のままじゃ
絶対落ちますよ」,みたいな。B.14:(それがないから)
適当に流しちゃってる。Co.16:マイナスのことでも,
ビシッと言ってくれたらいいのに,と。はっきり言っ
て欲しいんだね。B.16:はい。Co.17:そう言われて,
つらくなったりしないの。B.17:しません。逆に,「見
返してやろうか」って。B.20:(親について)…先生だ
と,自分の学力とか,何もかも知り尽くしてるからい
いだろうけど,あまり知りもしない親からそういうこ
とをいちいち言われるのは,何か腹が立つ。Co.21:「親
が横で聞いていると」,というのは?B.21:ろくに知り
もせずに口を出してこられるのが嫌。B.22:(今の面談
は)マンネリ化というか…。おんなじ話を聞いて終わ
っちゃってる。Co.23:というと。B.23:成績で,たい
して良くなかった時に,この(4,5 を指す)ような。
Co.24:ああ,「頑張ったら大丈夫」では響くところが
ない。B.24:はい。Co.25:で,聞きたいのはこの 8?
1 (0) |___.
2 (0) |___|__. クラスター1「理想と現実の対比」(理想)
3 (0) |______|____________.
4 (-) |___. | クラスター2「『頑張ったら…』は響かない
5 (-) |___|_______________|_____________________________.
6 (-) |___. |
11 (-) |___|____________________. クラスター3「親はいら |ない」
8 (-) |________________________|___________. クラスター |4「大丈夫?」
7 (0) |________. クラスター5「具体的に」 | |
13 (-) |________|___________________________|_________. |
9 (+) |____________. | |
12 (0) |____________|____.
クラスター1(現実)
| |
10 (-) |_________________|____________________________|__|
クラスター6「こんな先生がいい」
*左の数値は重要順位。 **数値の後の( )の符号は各項目のイメージ。
Figure 2 B のデンドログラム
PAC分析研究 第3巻
18
B.25:はい。この,8 番がいちばん知りたい。Co.26:
大丈夫,というのは,B 君の思っている進路について?
B.26:はい。いつもは,ごまかされているような感じ。
B.32:(先生の言うべきことはきちっと言い,自分の意
見は聞いてくれるなら)話そうという気になります。,
Co.33:いまの面談は B 君にとって 10 点満点で何点く
らい?B.34:3 点です。Co.35:ああ,3 点はあるんだ。
B.35:成績とかを教えてくれるし。Co.36:残りのマイ
ナス 7 点は?B.36:ごまかされているみたいな…。そ
れと,自分の意見を言えていない。Co.42:では,ビシ
ッと言ってくれて,君の意見をしっかり聞いてくれた
ら。B.42:あ,それなら満点です。Co.46:(保護者は)
面談のときも,できたらそばにいてほしくない?
B.46:はい。三者じゃなくて二者がいい。
B によるクラスター解釈
クラスター1:(1,2,3,13) 「理想と現実の対
比」と B は解釈した。B の考える理想の面談は,「本
音で話し合え」(2),こころに「ズバッとくる一言」
(B.10)を「はっきり言って」(3)もらえ,それによ
って「奮起できる」(3)ものなのだが,現実にはそう
ではないので「面談の有効性をあまり感じ」ず(13),
「適当に聞き流しちゃってる」(B.14)。
クラスター2:(4,5) 「『頑張ったら…』は響か
ない」の 2 項目。B.23 のように,良くなかった成績を
取った時,「頑張ったら大丈夫」という「マンネリ化」
(B.22)した教師の言葉は,「もうやめてほしい」(4)。
クラスター3:(6,11) 「親はいらない」。いわゆ
る「三者懇談(生徒・保護者・担任)」の形式では「話
しにくい」(6)し,「ろくに(学力などについて)知り
もせずに」(B.20)「口を出してこられるのが嫌」
(B.21)という。
クラスター4:(8) 「大丈夫?」。「今の成績で本
当に大丈夫なのか」(8))が,「いちばん知りたい」
(B.25)。しかし,「いつもは,ごまかされているよう
な感じ」(B.26)である。
クラスター5:(7) 「具体的に」。これが項目 13
(クラスター1)と結節しているのは,いずれも B が
望んでいることなのだが,現実の面談場面では物足り
ないと感じていることによるのかもしれない。
クラスター6:(9,12,10) 「こんな先生がいい」。
「ベテランで,口調がやわらかい人」(9)と「(親はな
しで)1 対 1」(12)で話せれば,「話そうという気にな
る」(B.32)。しかし,現実としては「自分の意見を言
えていない」(B.36)。
全体として: 各項目の単独でのイメージを見る
と,プラスは 1 項目のみで,マイナスが 7 項目,どち
らともいえない0が 5 項目。以上から,B は進路面談
をネガティブなイメージでとらえていることがわか
る。理想では「はっきり言って」もらえ,「奮起」した
いのだが,現実ではそうでなく,「ごまかされている感
Table 5 B の各クラスター内の連想項目(項目前の数値は重要順位)
1) 今の学力のレベルなら落ちる,受かるとはっきり言ってもらえる面談
クラスター1 2) ちゃんと本音で話し合える面談が理想的
3) だめだ,無理だというのをはっきり言ってもらった方が逆に奮起できる
クラスター2
4)「頑張ったら大丈夫」とか言うのをやめてほしい
5)「頑張ったら大丈夫」とかでは,ああ大丈夫かと思って逆にやる気が失せる
クラスター3
6) 親が横で聞いているので話しにくい
11) 親が聞いていると,だめだと言われると家で余計うるさく言ってくる
クラスター4 8) 今の成績で本当に大丈夫なのか
クラスター5 7)具体的な勉強法とかを教えてほしい
クラスター1 13)正直言って,面談の後々の有効性をあまり感じない
9)ベテランで,口調がやわらかい人
クラスター6 12)親はなしで,ある程度受験に精通している先生と1対1がいい
10)口調がきついひとだと一方的に言うだけでこちらの意見を言えなさそう
PAC分析研究 第3巻
19
じ」がし,「親がそばで聞いている」ことも含めて不満
を覚えている。10 点満点では 3 点の評価(B.34)であ
る。
4 考 察
研究 2 の目的は,学校適応感(「教師関係」「進路意
識」の両得点)が高い A と低い B について,進路面談
に臨む態度を PAC 分析を用いて比較し,(ア)「理解し
てほしいこと」「話しづらいこと」の両価的な心情にど
のような差異や共通点が見られるか,(イ)「理想的な
面談」のイメージの異同はどうか,の 2 点を検証する
ことであった。また,それらを踏まえ,教師がどのよ
うなことに留意すれば,進路面談がより意義のあるも
のになりえるのか,について考察することであった。
まず,(ア)について考察する。A が実際の面談を「理
想的」と表しており,両価的な心情は特に示されなか
ったのに対し,B はインタビューを通して両価的な心
情が確認された。具体的には,B の進路面談の主観的
評価は10点中3点であり,「ごまかされているみたい」
(B.36)と感じているが,だからといって面談に期待
していないか,といえば,「ビシッと言ってくれ,自分
の意見を聞いてくれたら満点」(B.42)とあるように,
教師に期待するところも同時に大きいことが示唆され
た。
続いて,(イ)について考察する。A と B の PAC 分
析結果からは,Table 6 にあるように,全体的な進路面
談に対するイメージには対照的な差異が認められた。
これらには,A,B それぞれの,教師との関係が反映
されていると考えられる。だが,そうした対照的な教
師関係を有する両者には,進路について感じているこ
と,理想とする進路面談イメージ,教師に対して願っ
ていること,の 3 点については共通点が見られた。
①自分の進路に関して,「不安」を感じている。A
は「ほんとうに私で大丈夫なのか」「すごい心配なんで
すよ」(A.27)と語っている。また,B の連想項目 8 で
は,「今の成績で本当に大丈夫なのか」とある。
②三者面談(生徒・保護者・担任)ではなく,二者
面談(生徒・担任)を望んでいる。A の連想項目 10
では「最初に親抜きで 1 対 2 で面談をして,からの 2
対 2 がいい」とあるが,これは「親とか関係なし」の
「ほんとうの,生徒の」(A.25)「本音を」(A.26)聞い
てほしいということである。B の連想項目 6,11 では
「親が横で聞いているので話しにく」く,「うるさい」
と感じていることが示された。それは「(学力などを)
ろくに知りもせずに口を出してこられるのが嫌」
(B.20,B.21)だから,という。
③進路面談では,自分の置かれている状況を,教師
の視点から率直に伝えてほしいと願っている。A の連
想項目 7・8 には「ストレートに言ってほしい」と記さ
れ,これは逐語記録では,先生の生徒に対する「本音
を」(A.26),「『もっとがんばれば,~なるよ』ってい
うあやふやな答えじゃなく」「ダメなときは本当にダ
メって」「はっきり言ってほしい」(A.27)ということ
であると話している。B も,連想項目 1,2,3 で「今
の学力レベルなら落ちる,受かるとはっきり言っても
らえ」,「ちゃんと本音で話し合える」面談が理想的で
あり,その方が「逆に奮起できる」とし,続けて項目
4,5 では「『頑張ったら大丈夫』とか言うのをやめて
ほしい」,そう言われると「ああ大丈夫かと思って逆に
やる気が失せる」と記している。逐語記録では「ズバ
ッとくる一言があればいい」(B.10)という思いが確認
されている。
次に,研究 1 で得られた,A,B のプロフィール(Table
3)と照らし合わせ,研究 2 の結果を考察する。
実技科目以外の学業成績では,A は下位,B は上位
Table 6 A,B の PAC 分析に見られる差異
A(女子) B(男子)
各連想項目の+の数 5 1
各連想項目の-の数 3(面談自体については 0) 7
実際の面接の主観的評価 75 点(100 点中) 3 点(10 点中)
(担任の評価) ほぼ理想(A.17) 言葉が響いてこない(B.9)
逐語記録 (担任との関係) 全く問題なし(A.17) ごまかされているみたい(B.36)
(自分について) 言いにくいことは特になし(A.9) 自分の意見を言えていない(B.36)
PAC分析研究 第3巻
20
であり,A,B は学業成績の上位・下位にかかわらず
現在の希望進路について不安を感じていることが示さ
れた(①)。
また,A は教師関係得点が 27 点(順位では 8 位)な
のに対し,B は 6 点(313 位)であり,教師との関係
にはかなりの差が認められる。しかし,A,B はとも
に,三者面談(生徒・保護者・担任)ではなく,二者
面談(生徒・担任)を望んでいる(②)。
そして,A,B のそれぞれの進路志望先や担任によ
る生徒から受ける印象の違いにかかわらず,ともに進
路面談では,自分の置かれている状況を,教師の視点
から率直に伝えてほしいと願っている(③)。
続いて,全体的な考察を行う。
進路決定は,「アイデンティティの確立」がもっとも
端的な形で問われる場面であり,一人ひとりの生き方
や自己実現の問題にもつながる重要なトピックスであ
ると指摘されている(河野,2006)。(①)で示された,
生徒 A,B の不安は,自らのアイデンティティの確立
に関わって感じられているのではないか。また,金
(2006)は,アイデンティティの同一性を形成するき
っかけは,重要な他者との関係性の中にある,と述べ
ており,②で A,B いずれも親を含む三者面談でなく,
教師のみとの二者面談を望んでいるのは,進路決定に
関わる重要な他者としての教師と自分との関係性を尊
重してほしいという思いが表れたものなのだろう。
③について,A,B がともに「自分の置かれている
状況を,率直に伝えてほしい」と願っていることにつ
いては,不安になったとき,方向性を与えてくれる対
象を(和田,2002)求めていることの反映と考えられ
る。また,山本(2011)は「高校生が不安や混乱のな
い肯定的な将来展望をもつためには,まず肯定的な自
己像を築くことが重要」と指摘しており,彼らはその
ために教師に映った自身の姿を知りたいのだろう。
肯定的な,しっかりした自己を持つために必要な存
在として,Kohut(1971)は自己心理学の立場から「自
己対象」を想定した。この自己対象機能の様式は,思
春期においては徐々に拡大し,自己対象機能の提供者
として教師も想定されるようになるといわれる(Wolf,
1988)。このことも,②や③に示されたことと関連し,
生徒にとって重要な他者となっている教師に自己の
姿,すなわち自己対象を提供してもらいたいと感じて
いるとも思われる。これによって①で示されている,
アイデンティティ確立に伴う不安の低減がなされるこ
とが,進路面談の一つの重要な点ではないだろうか。
上記のような,進路面談が内包している諸要素を教
師が意識することで,スクールカウンセリングの中核
に位置づけられる進路面談の場が,より共感性の高い
もの,生徒の心を成長させるものになり得る(青木,
2010)と考えられる。とりわけ,思春期・青年期を生
きる高校生にとって重要な他者である高校教師が「柔
らかな鏡役割」を意識して生徒に接することは,アイ
デンティティの揺らぎがちなこの時期の生徒が,自ら
の姿を柔らかく受け止め,映し出してくれる担任教師
との意識的・無意識的交流を通し,将来の自己像を見
出していく契機となるだろう。
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PAC分析研究 第3巻
22
進路面談に必要な高校教師の柔らかな鏡役割
-学校適応感に差がある二人の高校生の比較-
Needed high school teacher's tender mirror roles in career counseling
-A comparison between two students who have high or low school adaptation feelings-
【執筆者】
森本 篤 MORIMOTO Atsushi(岡山県立岡山城東高等学校 教諭)
青木 多寿子 AOKI Tazuko(岡山大学大学院教育学研究科 教授)
【要旨】
研究 1 では,質問紙調査により高校生(2 年生 313 名)の学校適応感の程度を調べた。結果,顕著な個人差が見られた。
研究 2 では,学校適応感が高い生徒 A(1 名)と低い生徒 B(1 名)に関し,面談に臨む態度や教師に期待することを
PAC 分析を用いて比較・分析した。面談について生徒 A は肯定的に捉え,生徒 B は否定的に捉えていた。一方,理想と
する進路面談については,3 つの共通点が見られた。
1) 進路に「不安」を感じている。
2) 三者(生徒・保護者・担任)ではなく,二者(生徒・担任)での面談を望んでいる。 3) 自分の状況を,教師の視点
から率直に伝えてほしいと願っている。
以上の結果から,教師に必要とされる配慮として,
a) 生徒は進路の不安があり,教師との関係性や成績によらず,教師の存在を 必要としていることの意識
b) 率直に,温かく,生徒の姿を映し出す鏡のような役割を担うこと
の 2 点が示唆された。
The purpose of study 1 is to find out the level of high school student's individual differences about adaptation feeling
by using AASHSS(313 students, second grade). The results showed wide individual variations among the
students.
The purpose of study 2 is to compare the attitudes or expectations for teachers between two students (A high score
of AASHSS and B low score of AASHSS) by using PAC analysis. There were three points in common as follows:
1) Students feel anxiety about their future careers.
2) Students want to talk with their teachers, not including their parent.
3) Students want to be informed frankly from their teachers.
Two considerations were suggested to be needed for teachers.
a) To keep in mind that students feel anxiety, so they need teacher's help whether they have good relationships
with their teachers or not, regardless of their grades.
b) Try to respond as a mirror that reflects the images of students warm and frankly.
PAC分析研究 第3巻
23
店内保安員における高齢者の万引きへの対応に関する PAC 分析
大久保 智生
万引き犯罪が他の犯罪と大きく異なるのは、実際
に万引き犯を捕捉することが多いのは、一般に万引
きGメンと呼ばれる店内保安員であるという点であ
る。にもかかわらず、これまで万引き防止対策に関
する研究では店内保安員にあまり焦点が当てられて
こなかった。店内保安員を対象とした研究としては、
田中(2009)が万引き防止対策における制服警備員
と私服警備員(店内保安員)の業務について考察を
行っている。しかし、田中(2009)は万引き対策と
しての警備業の内容や特性について考察しているが、
店内保安員の意識や対応のあり方などについては検
討していない。大久保・時岡・岡田・尾崎・藤沢・
堀江・松下・高橋(2013)が店内保安員 20 名を対象
として、店舗の店員との比較から、万引き対策への
意識と万引きに対する態度について検討している。
さらに、大久保(2016)は店内保安員 74 名を対象と
して、アルバイトとの比較から、客への注目の仕方、
万引きへの意識、万引き犯への感情について検討し
ている。これらの研究では、店内保安員の意識や対
応については検討しているが、万引き犯全体への対
応であり、急増している高齢者の万引きへの対応に
ついては検討されていない。したがって、効果的な
高齢者の万引きへの対応を探るためにも、店内保安
員が高齢者の万引きに対してどのような対応を行っ
ているのか、さらにどのような対応が効果的なのか
を探索的に検討していく必要があるといえる。
万引き犯罪は、特に香川県において社会問題とな
っており、人口 1000 人当たりの万引きの認知件数
が 2009 年まで 7 年連続全国ワースト 1 位であるこ
とからも、万引き犯罪の防止が喫緊の課題となって
いた(大久保, 2012)。こうした中、2010 年に香川
県警察と香川大学の共同事業として子ども安全・安
心万引き防止対策事業が立ち上がり、県内の万引き
の実態を把握し、その要因を探るために被疑者や一
般の青少年や高齢者、店舗を対象に調査を行ってき
た(大久保・時岡・岡田, 2013)。そして、調査結果
に基づいて、一般市民向けの教育プログラムや店舗
向けの対策プログラムなどの実践を行い、その効果
PAC分析研究 第3巻
24
【原著】
1 問題と目的
近年、高齢者の万引きの増加が大きな社会問題と
なってきている。警察庁の統計によれば、高齢者の万
引きが全体の約 4 割を占めるようになっており、今
や万引きは青少年の犯罪というよりも高齢者の犯罪と
とらえられている。万引きの被害額についても、約
4500 億円、約 1 兆円とも推定され、現在、対策が推
進されている振り込め詐欺などと比べても莫大な額と
なっている。万引き被害は深刻な経営の悪化を導くこ
とからも、店舗は万引き G メンと一般に呼ばれる店
内保安員を巡回させるなど様々な万引き対策を行って
いる。
万引き対策に関する研究については、2000 年以
降、「万引きをしない・させない」社会環境づくりと
規範意識の醸成に関する調査研究委員会(2009)が東
京都で、皿谷・三阪・濱本・平(2011)が広島県で実
態調査を行っている。このように、近年では、全国的
に万引きの実態を明らかにした上で、万引き防止対策
がとられるようになってきている。しかし、東京都で
の調査はその名の通りに規範意識の醸成が対策の軸で
あり、結果として規範意識が高いにもかかわらず、規
範意識という個人の心の問題に落とし込まれている。
こうした中、東京都は万引きに関する有識者研究会
(2017)を立ち上げ、高齢者の万引きの実態調査を行
い、調査結果からようやく万引き犯の規範意識の高さ
を認め、高齢者の万引きへの対応についての提言を行
い、新たな対策へと進み始めた。特に、高齢者の万引
きについては、声かけが有効であることが明らかと
なっており、これまでに有効な対応の仕方が探られて
きている(大久保・堀江・松浦・松永・江村, 2013;
大久保・岡田・時岡・堀江・松下・高橋・尾崎・藤
沢,2013)。これまでの研究結果(大久保・時岡・岡田,
2013)を勘案すると、万引きは「悪いとわかっていて
も、言い訳ができてしまう犯罪」(大久保,2019)
といえるが、こうした高齢者の万引きの現状を踏ま
え、高齢者の万引きへの具体的な対応についての検討
を今後進めていく必要がある。
______________________
2019年2月3日 原稿受理
2019年7月31日 掲載決定
について検証してきた(大久保・時岡・岡田, 2013)。
こうした取り組みの結果、香川県の万引きの認知件
数は毎年約 1 割程度減少し続け、全国ワースト 1 位
を脱却し、近年の認知件数は全国でも中位とめざま
しい成果をあげている(大久保, 2014, 2019)。しか
し、これまで店舗や一般市民向けの教育プログラム
の開発は行っても、万引きした者向けの教育プログ
ラムの開発は行ってこなかった。
海外での万引きした者向けの教育に関する取り組
み と し て は 、 全 米 万 引 き 防 止 協 会 ( National
Association For Shoplifting Prevention: 以下、
NASP)の少年向け、成人向けの教育プログラムが最
も有名であり、アメリカ以外でもプログラムが実施
されている(大久保, 2017)。しかし、アメリカでは
高齢者の万引きよりも少年や成人の万引きが問題と
なっていることから、NASP は高齢者向けの教育プロ
グラムについては開発を行っていない。日本全国で
急増する高齢者の万引きに対して効果的な対応を行
うためには、高齢者の万引きの特徴を踏まえ、万引
きをした高齢者向けの教育プログラムを開発してい
く必要がある。そのためには、実際に高齢者の万引
き犯と対峙して関わる店内保安員の高齢者の万引き
への対応について検討していく必要がある。
そこで、本研究では、万引き犯と実際に対峙する
店内保安員を対象に、その心理構造について検討す
る。これまでに約 5000 人以上を捕捉してきたベテ
ランの店内保安員を対象として、高齢者の万引きへ
の対応が店内保安員においてどのように構造化され
ているのかを、PAC (Personal Attitude Construct:
個人別態度構造) 分析によって検討することが本研
究の目的である。具体的には、個人と個人の内面に
おいてどのような構造がみられるのか、その構造が
どのように意味づけられているのかを探索的に検討
し、高齢者向け万引き防止教育プログラムの開発の
一助とする。
2 方法
2.1 調査対象者
調査対象者は、万引き G メンと呼ばれる店内保安
員 1 名(以下、調査対象者 A)である。なお、調査
対象者 A は、約 5000 人を捕捉してきた男性のベテ
ランの店内保安員である。
2.2 手続き
手続きは内藤(1993, 1997)に従い、連想刺激と
して、「あなたにとって、高齢者の万引き犯への対応
がうまい万引き G メンとはどのような人でしょうか。
その万引き G メンは高齢者の万引き犯に対してどん
な振る舞いをすると思いますか。それから、その万
引き G メンはどんなことを考えていると思いますか。
頭に浮かんできたキーワードやイメージを、思い浮
かんだ順に番号をつけてカードに記入して下さい。」
と印刷された文章を提示するとともに、口頭で読み
あげて教示を行った。
教示の後、白紙のカードを 40 枚程度調査対象者
の前に置き、頭に浮かばなくなるまで自由連想して
もらい、記入を依頼した。この後、調査対象者にと
って重要と感じられる順に記入したカードを並べ換
えさせた。次に、項目間の距離行列を作成するため
に、ランダムにペアで提示し、以下の教示と 7 段階
の評定尺度に基づいて、類似度を評定させた。
2.3 教示と評定尺度
類似度の評定についての教示は、「あなたが高齢者
の万引き犯への対応に関連するものとしてあげたキ
ーワードやイメージの組み合わせが、言葉の意味で
はなく、直感的イメージの上でどのくらい似ている
かを判断し、その近さを下記の尺度の該当する記号
で答えて下さい。」という教示と評定尺度が印刷され
た用紙を調査対象者に提示し、口頭で読みあげて行
った。なお、評定尺度は「非常に近い」が A(7 点)、
「かなり近い」が B(6 点)、「いくぶん近い」が C(5
点)、「どちらともいえない」が D(4 点)、「いくぶん
か遠い」が E(3 点)、「かなり遠い」が F(2 点)、「非
常に遠い」が G(1 点)の 7 件法である。
2.4 クラスター分析及び調査対象者による解釈
HALBAU7 を使用し、距離行列に基き、クラスター
分析(ウォード法)を行った。ついで析出されたデ
ンドログラムの余白部分に連想項目の内容を記入し
(Figure 1 参照)、これをコピーして調査対象者と
実験者が見ながら、以下の手順で調査対象者の解釈
や新たに生じたイメージについて質問した。まず、
実験者がまとまりをもつクラスターとして解釈でき
そうな群ごとに各項目を上から読みあげ、項目群全
体に共通するイメージやそれぞれの項目が併合され
た理由として考えられるもの、群全体が意味する内
PAC分析研究 第3巻
25
容の解釈について質問した。次に、第 1 群と第 2 群、
第 2 群と第 3 群、第 1 群と第 3 群というように、ク
ラスター間を比較させて、イメージや解釈の共通点
と相違点について報告させた。さらに、全体につい
てのイメージや解釈について質問した。その後、実
験者として解釈しにくい個々の項目をとりあげて、
個別のイメージについて補足的に質問した。最後に、
各連想項目のイメージが肯定的(+)、否定的(-)、
どちらともいえない(0)のいずれに該当するかを回
答させた(Figure 1 の連想項目の後ろに付加された
( )内の符号を参照)。なお、調査対象者自身の解
釈部分の『 』内は実験者の発言を表している。
また、以下における調査対象者と実験者とのやり
とりは、調査対象者の了解を得た上で、IC レコーダ
ーで録音し、忠実に文字起こしを行ったものである。
3 結果と考察
調査対象者の連想項目およびクラスター分析の結
果は、Figure 1 に示す通りである。クラスターの数
の決定については、内藤(1993, 1997)に従い、以
下の手続きを用いた。まず実験者の試案的なクラス
ター構造の解釈を腹案とし、各クラスターの項目を
上から順に読み上げ、それらへの調査対象者自身の
イメージや解釈を報告させた。そして、調査対象者
によるクラスターのまとまりが実験者と異なって分
割されたり、併合される場合には、調査対象者のイ
メージに沿って群の数を変更し、総合的に解釈した。
本研究の事例では、実験者の想定したクラスターの
分割と調査対象者の解釈イメージが一致した。
調査対象者 A は約 5000 人以上を捕捉してきたベ
テランの店内保安員である。様々な背景をもつ万引
き犯を捕捉した経験を持っており、自他ともに認め
るカリスマ万引き G メンである。また、その経験を
活かして、これまでに万引きに関する著書を 2 冊出
版しており、TV などのメディアでの露出も万引き G
メンとしては最も多く、店舗の万引き防止のコンサ
ルタント業務や様々な自治体の万引き対策事業など
に関わっている。クラスター分析の結果は Figure 1
のようになった。
3.1 クラスターの解釈
クラスター1 は「説諭で再犯防止」から「人と接
するのが好き」までの 4 項目:まあ後悔っていうか、
まあその、やってしまった原因をまず聞きますよね。
どうしたのっていうことですよ。それが第一にあっ
て、その理由がなんかまあ、ちょっとこう、切実な
ものとか、そういうのであれば、少しこう励ました
りだとか、そういうことも必要だと思うんですよね。
そこで、こう困窮していることであればこういうと
こ行ったら助けてもらえるんじゃないかっていうイ
ンフォメーションを与えたりだとか、それってある
意味余計な事なんですよね。我々のその業務の範囲
を越えてる部分なので、ある意味、それはその人の
ことを考えなきゃできないことなんですよ。あと、
例えばお金持ってて万引きする人ですよね。だから
ある意味そういう、例えば年金もらったりとか、そ
ういう生活する、いわゆる原資があるにのも関わら
ず、やる人たち。そういう感じがしますね。
クラスター2 は「捕まえるのは容易」から「話好
きで諭しが上手い人」までの 7 項目:意外と捕まっ
ても平気なっていうか、そういう人がいるんですよ
ね。ある意味、こう、染みついちゃってる動き、み
たいな。その時だけ憑りつかれているような、そん
なような人もいるわけですよ。だからまあ、挙動か
らすれば我々にとってはまあ容易かなと思うし、意
外とこう欲望がむき出しになっているところとかも
感じられる。常習ですよ。人間関係が希薄で寂しい
から常習になってしまうし、貧困だから盗んでしま
うわけじゃないですか。まあそういう人たちって、
けっこうみんなに嫌がられてたりするから、僕はけ
っこうそういう人もあんま差別しないようにとか意
識しちゃってるんですよね、自然に。一番かわいそ
うだと思うんですよ。『このタイプが?』うん。救い
ようがないから。ここはまあ、本当の生活困窮者。
貧困、孤独、まあそういうところですよね。そうい
う人たちは捕まえるのも容易だし、まあ見た目とか
にも出てしまうし、そういったところで分かりやす
いですよね。ごまかしが効かないっていうか。だか
らまあ欲望がむき出しっていうのもそういうところ
だし、たぶん誰にも心配されていないから、悲しん
であげた方がいいかなとか、心配してあげたいなと
か、そういうことはしてるかな。いつ死んでもいい
とか言うじゃないですか。そういう人ですよ。絶望
です。
クラスター3 は「これで最後にしましょう」から「話
PAC分析研究 第3巻
26
Figure 1 調査対象者 A のデンドログラム
を聞いたうえで励ますことができる」までの4項目:
あきらめみたいな感じがしますよね。その、虚無
感っていうか、我々の持つ。その中で、励ますこと
ができるとか、そういうところでなんか、光みたい
な。そういう、我々の役割を見出しているようなと
ころも感じる節ですよね。ここで最後にしようとか
そういうところで、社会に役立っているような、自
己暗示みたいな部分っていうか。自己暗示って言う
とち ょっと深すぎるけど。まあ社会に役立とうって
いう我々の姿勢の表れっていうか、そういったとこ
ろだと思います。だからそこで未遂が評価されない
ことがストレスなんじゃないかな。今俺すごいひら
めいて言ってますけど、すごいいいこと言ったと思
います。『これ一言で言ったら何なんですか?』保安員
の、なんだろ、虚無感。虚無感っていうんですかね、
なんていうんだろうな、憂鬱、憂鬱でもないし、存在
意義、リアリテイト。存在意義の自己確立、みたいな
感じですかね。保安員が、・・そうですね。保安員の
意識。だからそこで虚無感みないなのを埋めるため
に、その存在意義を高めようとやっぱりそういった
説諭だとか心がけてるんだと思うんですよね。その
社会的使命とか、貢献とか、そういうことが頭に
あって、逆にそういうことができない人はこの仕事
はあんまり長く続かないんじゃないかな。あんま意
識しないでマシーンになっちゃうと、その人自身が
おかしくなっていきますよね。
クラスター4 は「恥ずべき行為だし、たくさんの人
に迷惑をかけている」から「一緒に悲しむ」までの 4
項目:家の方の感じだと思いますけどね。柄受けの人
とか。まあ家族ですよね。家族に向けてますね、その
人に関わる人たちの思い。まあそういう人の思いが
分からないから、盗みも平気なんでしょっていうの
が前提にあると思います。だから、それがみんなに
迷惑をかけているっていうことを今気づいてどうで
すかっていうのがあって、そういわれてみればそう
ね、みたいになったりするんですよ。だから、そう
いう仕組みを共有するってことはある意味、犯罪を
減らす結果につながっていくと思うんですよね。そ
の中で、やっぱり家族っていうのはすごく大きいと
ころだと思って、やっぱりやっちゃう常習の人は孤
独っていうところで。逆に再犯防止の大きいチャン
スを持ってる人が、柄受けのいる人だと思うんです
よね。支援っていう、その自分の影響の大きさ、た
かがじゃないよ、みんな傷つける事だよ、大事な人
ですよね、まあ社会の一員としても、みたいなとこ
ろがいろいろあって、それが結局、だから理由にし
たいっていうか、みんなに迷惑かけるからもうやめ
なよ、もうこんな思いしたくないでしょ、ってい
PAC分析研究 第3巻
27
うのの一覧。で、それをこう僕が連れてきて、ある
意味地獄の道先案内人みたいなところがあるわけじ
ゃないですか。そこをこう、連れてきておいてなん
だけど、なんか申し訳なかったですっていう気持ち
にもなっちゃうんですよっていう。ほんとにもらい
泣きしちゃうこともあるし、なんかご飯食べさしち
ゃったりとかね、そういうこともあるし、なんて言
うんですかね。そういうのを一緒に悲しんであげた
いっていうか、そうなっちゃいますね。関わった人
間として、そういうふうになってしまいます。で、
その問題に対して向き合う、そういうきっかけとと
もに、その情報を与える、みたいな格好ですかね。
その情報を与えないと、その、どんだけのものか分
かんないし、万引きってすごい馬鹿にしちゃうじゃ
ないですか。だからそこでこう、堂々巡りになって
話が解決しない、みたいなところは往々にしてある
と思うんですよ。向き合うためのきっかけであり、
その知識をもって接することのきっかけづくり、み
たいな感じですかね。知識をつけて、向き合うため
のきっかけづくりですね。それは本人に対してもそ
うですよね。万引きってこういう人もたくさんいる
し、あなたこういうタイプだと思うよとか。
クラスター1とクラスター2 の比較について:人
間関係が寂しいわけだから、関心をもってもらうた
めに万引きはこういうものだっていう情報を例えば
さっきのように後悔したりだとか、そういったあの、
この人万引きしてますよっていう気づきを与える、
そういう再犯をしないように家族ぐるみでがんばっ
てくださいっていうような、そういうインフォメー
ション。そういうことをしなきゃ難しいと思います
よみたいな、そういうところだと思うんですよ。こ
れをきっかけに、逆に家族でちょっとこう、一致団
結してみれば、みたいな。そんなところですかね、
簡単に言うと。一言で言えば、人間関係。こういう
ところまで考えられたら、再犯は減るのかな。『この
2 つの違うところは?』たぶん 1 の方は説諭が通じ
るけど、2 は貧困だとか、孤独だとか、絶望で、説諭
が通じない。太鼓が鳴らないところと鳴るところみ
たいな。2 のほうが太鼓が鳴らないのがちょっと強
いかな。太鼓が鳴らない人は大体嘘をつく。そうす
ると信用できないってなっちゃうじゃないですか。
クラスター1 とクラスター3 の比較について:た
ぶん、その、本来こういうことやって評価されたい
っていうのが、もっと評価されてもいいだろうとか、
そういう部分が一番目だと思うんですよ。で、まあ、
3 で言うと、やっぱこう、評価されてない、そうい
う枯渇感っていうね、なんかこう、ありますよね。
もっと評価してくれって飢えてる自分がいる。1 と
3 の共通点としては 説諭で、社会的認知を高めた
いところがあると思うんですよね。その、社会的地
位の部分ですよね。だからそこがちょっともっとあ
ってもいいんじゃないかなっていうのを感じます。
で、ここまでいろいろ考えてやってるのに何でこん
な扱いなんですかみたいな気持ちにはなりますよね。
だから未遂も評価してほしいよ、何もないと何しに
来たんだ役立たずみたいになるんで。『じゃあ、これ
の違いは何ですかね。』虚しさなんじゃないですかね。
こうやってる理想があって、追求してるけど、って
いうのが 1 で、3 は、それをやってるんだけど、そ
れをあんまりこう評価されないですっていう、そう
いう失望。
クラスター1 とクラスター4 の比較について:う
ーん・・その、再犯防止をすることによって、たぶ
んこの 4 は、あの、言葉が社会的なことだと思うん
ですよね。例えばそれは一般の消費者とかにも向け
られているところだと思うんですよ。深く捉えれば。
だからそこはやっぱり、恥ずべき行為だし、とか。
沢山の人に迷惑をかけているってところが、そこも
たくさんの人に知ってもらってもいいと思っている
んで、そういったところの教育。『っていうのが似て
いると。』うん、似ていると思いますね。説諭でもっ
てそういう教育をする。こう、みんな悲しんでいる
んだよ、みんなこうやって嫌な思いしているんだよ、
みんな迷惑しているんだよっていうことなんですよ。
それを気付かせるっていう、それが重要じゃないで
すかね。『じゃあ違うところは』まあ理想とやっぱ現
実なんですけど、その、自分がそうやって例えば努
力して私万引きやめますっていっても、やっぱり親
見てああだめだって思ったりすることもあるじゃな
いですか。ああいうのとか、まあ、警察の対応みて、
ああそこまでしなくていいのにとか、そういうふう
に思ったりすることもあるんですよ。そういったと
ころで、一緒に悲しむっていう言葉もあると思うん
ですね。いろんな思いを背負っちゃうところで、ち
PAC分析研究 第3巻
28
ょっとこう、なんだろ、その場でしか共有できない
から、そこでこう、自分の言ったことが、楔、まあ
自分の言葉が一人にでも響けばっていうところです
よね。響くようなところのスローガンとして1があ
って、4のところに現実があるのかなって。そうい
うところ。1 がスローガンで、4 がこういうふうなも
のですよっていう、気づきを与える言葉みたいな感
じがしますよね。
クラスター2 とクラスター3 の比較について:捕
まえるところ。捕まえてなんぼだっていうことです
よね。捕まえてでもやめさせるみたいなそういうこ
とはあると思うな。捕まえることの理屈みたいな、
自分の中のその、理屈なんですよ。存在意義みたい
なのがここが出てて、そこの評価を求めてるんじゃ
ないかなっていうところなんですよ。そこは似てる
と思うんですよ。評価を求めるためにそういうこと
やってるんだっていうふうに考えると。『じゃあ違う
のは?』そうやってるんだけど、絶望があったりし
て、どうにもできないことがあるんですよ。まあ私
の中で言えば、たぶん 2 は悲しみ。で 3 はちょっと
怒り。失望。3 は、そこでこう、最後にしましょうよ
って言って、うんって言ってくれればいいけれども、
みたいな、そういうところもあるし、未遂もまあ評
価されないで、こんなにいっぱい盗んだんだけど置
いてかれてあいつは無罪放免だっていって、それで
俺が逆に怒られるみたいな、そういうストレスもあ
りますよね。これで最後にしましょうよって言って
もまたやっちゃって。その中で絶望してるからしょ
うがないよねっていうあきらめみたいなのがあって、
ちゃんとまだ頑張ってよって励ますこともできる。
それと、被疑者と保安の違いですかね。『2 のほうが
被疑者で、3 が保安?』そうですね。スタンスの違
いかな。
クラスター2 とクラスター4 の比較について:や
っぱ、目で訴えるのが効くと思ってるんでしょうね。
自分の中で。目線を合わせるのが、そういうふうに
基本だと思ってるんじゃないかな。それが似てると
思う。で、みんな悲しむ、一緒に悲しむ。周りの人
が悲しめば、俺もそれは、一緒に悲しいよってこと
だと思うんですよね。情の部分ですよね。『違うの
は?』違うってなると、 上の方が絶望。で、家族が
いるいない、応援してくれる人がいるいない。4 の
方はまだ応援してくれる人がいる。家族がいるけど
万引きしちゃうんですっていう、ある意味それはい
ろいろそうかもしれないけど、その拒食症とかね。
でも、2のような生きるための万引きと、4の万引
きって違くて、傷つける人、相手も違うじ ゃない
ですか。孤独の人は傷つける人がいないんですよ。
ただ迷惑かけるだけなんですよ。その一方、柄受け
がいる、家族がいるってなると、その人たちはみん
な悲しむし、その人はもっと嫌な思いをして、スト
レスを溜めてまたやってしまったりとか、そういう
結果もまた生むと思うんですよね。だから、ある意
味、ここは、家族に対する、被疑者の家族に対する
気づきっていうのも与えたいチャンスっていうか、
こうですよっていう現状この人はだいぶ進んでます
よとかそういうことを教えて、なんでなっちゃうか
分かりますかみたいな。でも、そういうのはやっぱ
我々はこう、理由を明らかにするまで柄受けと話
すってのはもう最近本当にないから。昔はちょこ
ちょこありましたけどね。
クラスター3 とクラスター4 の比較について:共
通点は、とにかく、最後にしようってことでしょう
ね。もうやめてくれっていう自分が伝えたい気持ち
の方が共通してます。あと、相手の側に立つって意
味では共通してる。相手に寄り添うっていう。ただ、
寄り添うっていうとおこがましいけどね。『違う点
は?』3 は伝わってないってところで、ストレスを
感じるところがあるっていう。3 は伝わらない。仕
方ないっていう風に同情してしまうところもあって。
4 のほうはある意味これは、同情ですよね。同情と
激励みたいな感じ。まあ僕はどっちかというと自分
のやってることって激励みたいな方が強いから。も
うやめなよみたいな。
全体について:イメージ的には、自分がこう、自
分がなんか励ましてる感じが強いですよね。励まし
て、嫌な思いして、逆切れしている自分もいるし。
やっぱりタイプによっても違うしね。まあ、被疑者
はいろんなタイプが出てきますよね。『先ほどの貧困
とか、孤独で、ある意味絶望系の人と、そうじゃな
くて家族もいて、それでも何度も繰り返してしまう
人とか』そうですね。まあでも、どんなタイプにも
信頼して激励、あとまあ自分の存在意義・・・保安
員としてのですね。やっぱり一人一人、相手に対し
PAC分析研究 第3巻
29
て真剣に向き合えるか向き合えないかっていうとこ
ろですよね。自分のことしか考えないでいると、や
っぱり機械的な対応になって、ただ捕まえればいい
っていうことになるんで。そういったところの、例
えば、そういった人に捕まった人の再犯率と僕の再
犯率比べたらたぶん僕の方が再犯率は低いんじゃな
いかなって思うんですよね。それはもう現場で肌で
感じる感じ。だからこそあれなんですよね。できる
だけ未然に防ぎたいってことにつながるんですよね。
あと、まあ信じてるっていうのが伝わってきますよ
ね、被疑者のことを。一回信じてるっていうか。や
っちゃったけどそのあと言うことは信じてるなって
いう。そういうまっさらで聞くから。全体的に、相
手を信頼して、一回は信頼してるなっていうのがす
ごく伝わってくる。 『つまり信頼して激励して
るっていう感じなんですかね。』そうですね。だか
ら一回でも嘘があるとね。『他は何かありますか?
全体として。』被疑者の背景とかそういうことです
ね。背景をけっこう気にしてるなっていう。そうい
うのは気づきましたね。家族どうするんだろう、と
か。大丈夫だろうなとか。お孫さんどういう顔して
迎えるんだろうとか。『やっぱりそういうところを
伝えていくのが、やっぱり再犯防止につながると。』
それもそうだし、逆に警察に引き渡すことの是非っ
ていうかね、そういう事情聴いてかわいそうなんだ
けどルールなんでっていう、そこもやっぱり機械的
だから、そういったのも例えば、お店の人にも共有
してもらいたいっていうのがあって、まあそういう
のが未遂の評価であったり、いろんな虚無感出てい
るところにあると思うんですけど、そういった温度
差。『基本的に信頼して励ますと。そしてタイプに
よって変えていく感じでしょうか?』まあ臨機応変
にね。そういう感じがします。まあ一人一人真剣に
は考えてるんだけど、そのできないのはしょうがな
いよねっていう諦めも感じますよね。俺らの立場か
らすれば。やめさせるよりも、やってもらった方がい
いと思うんですよね。そんな世の中でいいのかってい
うわけですよ。逆に店もそういう、魔が差す店づくり
みたいなの言ってますけど、それを放置してるのは同
じだと思うんですよ。そこに罠をしかけて、やったや
つが悪いんだっていうね。そういう誘うような、誘因
みたいな。『そういう姿勢の店も減らして、かつ人間
らしい対応をしていくことが必要なんでしょうか
ね。』そういう、例えばお店のスタイルとかもそうい
う捕捉に影響しますよね。ああ、ここはこうだから、
一生懸命やろうとか、ここは捕まえてもこうだから
まあ適当でいいやとか、こっちも人間だからそうな
ったりしますよ。そういうの全部考えるとやっぱ、
社会一丸じゃないけど、そういったあの、万引きの
そういう実情の共有感とか大事なことだなっていう。
みんな知らないし、たかがってやっぱり思うじゃな
いですか。そういったところをやっぱ広めるってこ
とも重要なんじゃないかなと思ったりもします。
補足質問:「未遂が評価されないストレス」…保安
員は万引き犯を捕捉するのが仕事なんで、一人の人
間を万引き犯にさせないということでは一緒なのに
未然に防止しても評価してもらえないこと。「子ども
に接する感じで目線を合わせる」…子どもと接する
ように、高齢者と同じ立場で話を聞くこと。
3.2 総合的解釈
クラスター1:「説諭で再犯防止」から「人と接す
るのが好き」までの 4 項目であり、これは調査対象
者 A が述べているように<説諭による再犯防止>と
解釈した。このクラスターは高齢者の万引き犯のこ
とを考え、励まし、どうすべきかの情報を与える点
が特徴として挙げられる。ただし、調査対象者 A が
述べているように、スローガンであり、現実は様々
な困難があるが、これを目指して活動していること
が分かる。さらに、調査対象者 A が説諭で再犯防止
が可能と考えている、言い換えれば教育可能である
と考えているお金があるけど万引きしてしまうタイ
プの人を表しているともいえる。
クラスター2:「捕まえるのは容易」から「話し好
きで諭しが上手い人」までの 7 項目であり、<貧困
と孤独による万引きの絶望>と解釈した。このクラ
スターは人間関係が希薄で寂しく、生活に困窮して
の万引きとその対応が特徴として挙げられる。また、
ここでは、気にかけてくれる人が誰もおらず、生き
るために万引きしているため、孤独や絶望で説諭が
通じないと調査対象者 A がとらえていることもわか
る。そして、誰にも心配されない人たちであるため、
その人たちを励ましていることもわかる。
クラスター3:「これで最後にしましょう」から「話
を聞いたうえで励ますことができる」までの 4 項目
PAC分析研究 第3巻
30
であり、これは調査対象者 A が述べているように<
保安員の虚無感>と解釈した。このクラスターは、
社会に役立とう、存在意義を高めようという姿勢の
現れといえるが、実際には評価されていないという
ストレスが特徴として挙げられる。調査対象者 A は
万引きしようといている者に対してあいさつや声を
かけることによって未遂に終わらせようとする「未
然防止のための店内声かけ」(大久保・岡田・時岡・
堀江・松下・高橋・尾崎・藤沢, 2013)の提唱者で
あるが、捕まえないと評価されないジレンマの中で
再犯を防止するために話を聞き励ますなど様々なこ
とを考えて活動していることがわかる。
クラスター4:「恥ずべき行為だし、たくさんの人
に迷惑をかけている」から「一緒に悲しむ」までの
4 項目であり、<罪に向き合うためのきっかけ作り
>と解釈した。このクラスターは、家族などが存在
し、再犯防止のチャンスを持っている人に対して、
万引きと向き合うための気づきを与える言葉かけや
立ち直るための知識や情報を与えることが特徴とし
て挙げられる。これまでの研究でも、特に周囲に気
にかけてくれる人がいることを気づかせることが万
引き防止において重要であることが明らかになって
いる(大久保・時岡・岡田, 2013)ように、家族な
どの周囲に気にかけてくれる、心配してくれる人が
いて、そうした人たちを傷つけ、迷惑をかける行為
であることを認識することが求められる。そのため
には、万引きと向き合うきっかけとともにどれだけ
大変なことになるのかという情報を与える活動を行
っていることがわかる。
全体として:高齢者の万引き犯の背景を気にしつ
つ、万引き犯に寄り添い、万引き犯を信頼して励ま
す、情報を与える、気にかけてくれている人の存在
を伝えるなど、タイプによって対応を変えているこ
とが調査対象者 A のプロトコルからみてとれる。特
に、調査対象者 A は家族の存在や経済状態などの高
齢者の万引き犯の問題背景を尋ねて、さらに気にし
ながら、タイプごとにそれぞれ真剣に向き合って、
臨機応変な対応をとっているといえる。この逆が「マ
シーン」と調査対象者 A が述べる捕まえるだけの機
械的な対応であるといえる。そして、家族など気に
かけてくれ、心配してくれる人の存在や事の重大性
への気づきを促すような教育の必要性を痛感してい
るといえる。また、調査対象者 A において、説諭の
クラスターが見られるが、これは理想であると述べ
ながらも、実際には太鼓が鳴るという表現で説諭の
効果を実感しており、きっかけ作りにとどまらない
活動を行っていることが示された。さらに、店内保
安員にとってメリットは少ないが、万引き防止に有
効である万引きを未遂に終わらせるという「未然防
止のための店内声かけ」(大久保・岡田・時岡・堀江・
松下・高橋・尾崎・藤沢, 2013)を推進したいとい
う思いと魔が差しやすい店作りをしている店舗の不
条理を正し、社会全体での万引き防止(大久保・時
岡・岡田, 2013)につなげて、万引きの実状を広く
知ってもらいたいという思いが明確に示された。
最後に全項目の単独でのイメージをみると、プラ
スが 9 項目、マイナスが 10 項目であった。この結果
から、肯定的と否定的が半々になることが示された。
4 総合考察
本研究の目的は、高齢者向け万引き防止教育プロ
グラムの開発のために、店内保安員の高齢者の万引
きへの対応の構造を PAC 分析を用いて検討すること
であった。その結果、ベテランの店内保安員である
調査対象者独自の特徴的な心理構造がそれぞれはっ
きりと表れた。本研究で取り上げられた事例におけ
る構造上の特徴は、当該の調査対象者特有なものを
多く含んでいると考えられ、店内保安員の一般的な
特徴を示すものとはいえないかもしれない。しかし、
1 事例においてさえ、高齢者の万引きへの対応への
多様な構造と意味づけが見出されたことで、今後の
高齢者の万引き対応の方向性が示唆されたといえる。
このことを詳しく検討していくと、ベテランの店
内保安員である調査対象者 A は、高齢者の万引き犯
の背景を考慮しながら、タイプによって対応を変え
ていることが示唆された。特に万引き犯に寄り添い、
信頼してじっくり話を聞くことなど真剣に高齢者の
万引き犯と向き合っていることが示された。これは、
高齢者の万引き犯を単純に否定的にとらえる姿勢と
は明らかに異なるものである。さらに、調査対象者
A は高齢者の万引き犯に対して励ます、情報を与え
る、気にかけてくれている人の存在を伝えるなどを
しながら、万引きの問題の深刻さを気づかせるよう
な説諭を行い、立ち直るためのきっかけ作りをして
PAC分析研究 第3巻
31
いることが示された。さらに、捕捉の現場の問題や
魔が差しやすい店づくりを行っている店舗の問題な
ど万引きの実状を広く知らしめて、社会全体で万引
き防止の機運が高まるような活動を考えているとい
える。
以上の結果を踏まえると、高齢者向けの万引き防
止教育プログラムに必要な要素とは、説諭の要素で
あるといえる。言い換えれば、調査対象者 A の言葉
で言うと太鼓が鳴るような説諭、つまり、心に響く
ような教育の必要性である。こうした教育を行うた
めには、調査対象者 A が述べているように、タイプ
ごとに効果的な対応を考えていく必要があるといえ
る。タイプでいえば、孤独な生活に困窮している高
齢者の万引き犯については誰にも心配されない人た
ちであるため、励ますことやできても情報を与える
ことくらいしかできないかもしれないが、気にかけ
てくれる家族がいる高齢者の万引き犯については、
対応の仕方次第で再犯防止のチャンスがあるといえ
る。こうした気にかけてくれる家族のいる高齢者の
万引き犯については、心配してくれる人がいて、そ
うした人たちを傷つけ、迷惑をかける行為であるこ
とを理解させることが重要であり、そのための万引
きと向き合うための気づきを与える言葉かけや立ち
直るための知識や情報を与えることが必要である。
さらに、家族が事の重大さを理解することも必要で
ある。こうした点を踏まえると、高齢者向けの万引
き防止教育プログラムを効果的なものにするために
は、孤独な生活に困窮している高齢者の万引き犯と
気にかけてくれる家族がいる高齢者の万引き犯では、
プログラムの内容を分けて考える必要があるといえ
る。そして、調査対象者 A が述べるように、高齢者
の万引き犯の背景を考慮して、教育プログラムの内
容を開発していく必要があるといえる。
今後の課題としては 3 点が挙げられる。1 点目は、
再犯を繰り返す高齢者への対応についての検討の必
要性である。今回、急増する高齢者の万引き犯への
対応について検討したが、再犯を繰り返す窃盗癖(ク
レプトマニア)とよばれる高齢者についての検討は
行わなかった。窃盗癖については、一部の精神科医
と弁護士のビジネスとなっていることから、慎重に
議論する必要があるが、今後、対応について検討し
ていく必要があるといえる(大久保, 2017)。2点
目は、高齢者の万引き犯向けの万引き防止教育プロ
グラムのターゲットについての検討の必要性であ
る。今回、店内保安員の高齢者の万引き犯への対応
の構造から万引き防止教育プログラムの方向性を検
討したが、どの層の高齢者の万引き犯をターゲット
に教育プログラムを実施するのかという点について
は、深く検討できなかった。したがって、今後はど
のようなタイプの万引き犯にどのような内容の教育
プログラムを実施していくのかについて検討してい
く必要があるといえる。3点目は店内保安員を対象と
した研究の必要性である。店舗が万引き犯に対して
どのように対応するかについては、最も万引き犯と
対峙することの多い店内保安員の知識や経験に基づ
いて検討していく必要があるといえる。万引き対策
としての警備業は、海外においても歴史があり、定
着している(Abelson, 1990)ことから、今後はさら
に店内保安員を対象とした研究を進めていく必要が
あるといえる。
文献
Abelson, E. (1990). When ladies go a-thieving.
Oxford University Press. 椎名美智・吉田俊実
(訳) (1992). 淑女が盗みにはしるとき:ヴィク
トリア朝期アメリカのデパートと中流階層の万引
き犯 国文社
万引きに関する有識者研究会 (2017). 高齢者に
よる万引きに関する報告書:高齢者の万引きの実
態と要因を探る 東京都青少年・治安対策本部総
合対策部安全・安心まちづくり課
「万引きをしない・させない」社会環境づくりと規
範意識の醸成に関する調査研究委員会 (2009).
万引きに関する調査研究報告
内藤哲雄 (1993). 個人の態度構造の分析につい
て 人文科学論集(信州大学人文科学部), 27, 43-
69.
内藤哲雄 (1997). PAC 分析実施法入門: 個を科
学する新技法への招待 ナカニシヤ出版.
大久保智生 (2012). 青少年の万引きに対する規
範意識:香川県子ども安全・安心万引き防止事業の
取り組みから 青少年問題, 646, 44-47.
大久保智生 (2012). 青少年の万引きに対する規
範意識:香川県子ども安全・安心万引き防止事業の
PAC分析研究 第3巻
32
取り組みから 青少年問題, 646, 44-47.
大久保智生 (2014). 香川県における万引き防止
の取組:万引き認知件数全国ワースト 1 位からの
脱却 刑政, 125(10), 12-23.
大久保智生 (2016). 店舗における万引き防止教
育プログラムの開発:保安員とアルバイトは客の
何を見ているのか 犯罪心理学研究第 54 巻特別号.
大久保智生 (2017). アメリカにおける万引き防
止と窃盗癖のとらえ方から考える日本での万引き
防止(ワークショップ 窃盗の矯正における法と
心理) 法と心理, 17, 55-61.
大久保智生 (2019). 子どもの万引きはどのよう
に捉えられるのか 更生保護, 70(3), 16-19.
大久保智生・堀江良英・松浦隆夫・松永祐二・江村
早紀 (2013). 万引きの心理的要因の検討:万引
き被疑者を対象とした意識調査から 科学警察研
究所報告, 62, 41-51.
大久保智生・岡田涼・時岡晴美・堀江良英・松下昌
明・高橋護・尾崎祐士・藤沢隆行 (2013). 万引
き防止対策におけるエビデンスに基づく社会的実
践サイクル:店舗および店内保安員の調査結果に
基づく未然防止のための店内声かけマニュアルの
作成とその実施 香川大学教育学部研究報告,
139, 35-51.
大久保智生・時岡晴美・岡田涼・尾崎祐士・藤沢隆
行・堀江良英・松下昌明・高橋護 (2013). 店内
保安員における万引き対策への意識と万引きに対
する態度の検討:効果的な万引き対策の実践のた
めに 香川大学教育学部研究報告, 139, 27-34.
大久保智生・時岡晴美・岡田涼(編) (2013). 万引
き防止対策に関する調査と社会的実践:社会で取
り組む万引き防止 ナカニシヤ出版.
皿谷陽子・三阪梨紗・濱本有希・平伸二 (2011). 万
引き被疑者の特徴に関する質問紙調査 福山大学
こころの健康相談室紀要, 5, 45-52.
田中智仁 (2009). 万引対策における保安警備業
務の一考察:制服警備員と私服警備員の差異を中
心として 東洋大学大学院紀要, 46, 15-34.
PAC分析研究 第3巻
33
店内保安員における高齢者の万引きへの対応に関する PAC 分析
PAC(Personal Attitude Construct)analysis of Shoplifting G-Men’s responses to elderly shoplifters
【執筆者】
大久保 智生 OKUBO Tomoo(香川大学教育学部 准教授)
【要旨】
本研究の目的は、高齢者向け万引き防止教育プログラムの開発のために、店内保安員の高齢者の万引きへの対応の構造を
PAC 分析を用いて検討することであった。調査対象者は、万引き G メンと呼ばれるベテランの男性店内保安員である。
分析の結果、高齢者の万引きへの対応への多様な構造と意味づけが見出された。ベテランの保安員の事例では、高齢者の
万引き犯の背景を考慮しつつ、タイプによって対応を変えていると解釈された。特に、万引き犯に寄り添い、信頼してじ
っくり話を聞くことなど真剣に高齢者の万引き犯と向き合っていることが示された。これらの結果を踏まえ、今後の高齢
者の万引き犯向けの万引き防止教育プログラムの方向性について議論された。
The purpose of this study was to examine shoplifting G-Men’s response to shoplifters of the elderly by PAC
(Personal Attitude Construct) analysis. Shoplifting G-Men(male) who was skilled shoplifting G-Men(Subject A)
participated in this research. As a result of the PAC analysis, various structures and meanings for response to
shoplifters of the elderly were found. In the case of Subject A, it was interpreted that the correspondence was
changed depending on the type, taking into consideration the background of the shoplifter of the elderly.
Especially it showed that A was seriously facing shoplifters of the elderly, such as trusting shoplifters and
listening to the story. Finally, the direction of shoplifting prevention education program for shoplifters of the elderly
in the future was discussed.
PAC分析研究 第3巻
34
店内保安員における高齢者の万引きへの対応に関する PAC 分析
PAC(Personal Attitude Construct)analysis of Shoplifting G-Men’s responses to elderly shoplifters
【執筆者】
大久保 智生 OKUBO Tomoo(香川大学教育学部 准教授)
【要旨】
本研究の目的は、高齢者向け万引き防止教育プログラムの開発のために、店内保安員の高齢者の万引きへの対応の構造を
PAC 分析を用いて検討することであった。調査対象者は、万引き G メンと呼ばれるベテランの男性店内保安員である。
分析の結果、高齢者の万引きへの対応への多様な構造と意味づけが見出された。ベテランの保安員の事例では、高齢者の
万引き犯の背景を考慮しつつ、タイプによって対応を変えていると解釈された。特に、万引き犯に寄り添い、信頼してじ
っくり話を聞くことなど真剣に高齢者の万引き犯と向き合っていることが示された。これらの結果を踏まえ、今後の高齢
者の万引き犯向けの万引き防止教育プログラムの方向性について議論された。
The purpose of this study was to examine shoplifting G-Men’s response to shoplifters of the elderly by PAC
(Personal Attitude Construct) analysis. Shoplifting G-Men(male) who was skilled shoplifting G-Men(Subject A)
participated in this research. As a result of the PAC analysis, various structures and meanings for response to
shoplifters of the elderly were found. In the case of Subject A, it was interpreted that the correspondence was
changed depending on the type, taking into consideration the background of the shoplifter of the elderly.
Especially it showed that A was seriously facing shoplifters of the elderly, such as trusting shoplifters and
listening to the story. Finally, the direction of shoplifting prevention education program for shoplifters of the elderly
in the future was discussed.
PAC分析研究 第3巻
34
教員の教職に対する態度構造の検討
―教職につまずきを抱える若手教員を対象として―
○高山 瑞己, 青木 多寿子
(岡山大学教育学研究科)
key words:メンタルヘルス, バーンアウト, 教職のポジティブさ
はじめに
「平成 23 年度公立学校教職員の人事行政状
況調査」(文部科学省)によると,在職者に占め
る精神疾患による病気休職者の割合は平成 3 年
から 23 年の 10 年間で約 2 倍に,精神疾患によ
る休職者の休職発令後の状況は 4 割強が休職を
継続,2 割が退職となっている。また,精神疾
患により休職している教員の約半数(平成 23
年度において 45.3%)が,所属校に配置後 2 年
以内に休職に至っている。加えて団塊の世代が
退職し,教員の採用数は増加傾向にある。以上
より,若手教員かつ着任校での勤務期間が 2 年
以内の教員のメンタルヘルスは喫緊の課題であ
るといえる。
これについては,教職が対人職であることか
ら,バーンアウトに着目した研究がなされてい
る(杉田, 2013;増井ほか, 2018 参照)。しかしバ
ーンアウトに着目することは,教職のネガティ
ブな側面のみに注目することになるのではない
か。教職には,学習指導や生徒指導の中で児童・
生徒の成長に関わることができる等,ポジティ
ブな側面もあるはずである。教員のメンタルヘ
ルスは,双方のバランスによって保たれている
のではないだろうか。また,そのバランスは個
人によって異なっている可能性も考えられる。
そこで本研究では,教職につまずきを感じて
いる教員を対象とし,「つまずきの背景にはネガ
ティブな側面だけではなく,ポジティブな側面
も存在するのか」を検討する。これらを踏まえ
て,教員のメンタルヘルス向上のための知見を
得ることを目的とする。
方法
被験者:教職に就いてから退職や休職を考える
ほど悩んだ経験がある者,あるいは実際に退職
や休職を選択した若手教員 3 名である。詳細を
Table 1 に示す。
提示刺激:「あなたが教員になる前には気がつか
なかった教職の仕事の側面」について自由に書
きあげてください。行動,気持ち,イメージな
どを単語,文章,キーワードで思い浮かんだ順
に書いてください。
手続き:①当該テーマに関する自由連想,②連
想項目間の類似度評定,③類似度距離行列によ
るクラスター分析,④被験者によるクラスター
構造のイメージや解釈の報告,⑤実験者による
総合解釈である。
使用分析ソフト:HAD16, PAC-Assist2+
被験者 プロフィール
A 公立小学校勤務 2 年,退職済,女性
B 公立小学校勤務 3 年を経て公立中学
校勤務 1 年目(英語科),在職中,女性
C 私立中高一貫校 2 年目,在職中,女性
結果
デンドログラムは Figure 1, 2, 3 を参照。
被験者 A:公立小学校勤務 2 年,退職済
(1)被験者 A による解釈
【クラスターごとの解釈】
クラスター1 は,仕事をしている中で一番楽
しさを感じた部分だと思います。…授業での子
どもの反応や成長をみることや,全員が参加で
きる授業ができることなどが入っていますから。
クラスター2 は,しんどさを感じた部分かと。
特に 2 年目です。同僚というか学年団のメンバ
ーによって仕事にこんなに影響がでるのかと驚
いた部分でもあります。…自分の仕事をどう回
すかだけではなく,一緒にする仕事の分担の仕
方とか引き受け方とかも大事だなと思いました。
クラスター3 は,自分の中での理想像がある
からこそまとまったのかなと。…「年度によっ
て差が激しい」というのは,年度ごとに同僚は
Table 1 被験者のフェイスシート
PAC分析研究 第3巻
35
【2018年度第12回大会発表抄録】
変わりますが教師としてのアウトプットという
か,子どもたちに対してしてあげられることに
波があってはいけないなと考えつつ,上手くで
きなかったなという思いがあるからここに入っ
たのだと思います。…私の中では自分も子ども
たちも楽しみながら共に学べる授業ができるこ
とが理想です。
クラスター4 は,働いてとにかく時間がない
と常に思っていたことがまとまったのかなと思
います。時間がないからこその焦り,疲れが含
まれています。
【クラスター間の関係】
クラスター1 とクラスター3 は,相互に関係し
あっていると思います。クラスター1 は実際に
感じていた楽しさで,クラスター4 は「こんな
教師になりたい」という思いの部分です。ギャ
ップはかなり大きかったかもしれません。
クラスター2 の内容が上手くいくと,クラス
ター4 は少し解消されていくのかなと思います。
…教師の仕事って完全に分業できないものがた
くさんあります。しかも分業してできない先生
がいると,その影響を被るのは子どもですから,
結局他の先生が手伝わざるを得なくなります。
いくらやっても仕事が終わらなくて常に追われ
ている感覚になります。
(2)被験者 A についての総合解釈
クラスター1は,項目がすべて+であり,「か
わいい」「楽しい」「嬉しい」などの被験者のポ
ジティブな気持ちが入っている。授業において
感じていたことと答えていたため,「授業におけ
る楽しさ」と命名した。
クラスター2 は,5 項目が-であり,1 つが 0
である。具体的な仕事や同僚との関係性,それ
らをどう築いていくかが含まれている。よって,
「同僚と協働することの難しさ」と命名した。
クラスター3 は,項目すべてが-であり,背
景には「授業力をつけたい」,「いつも笑顔で子
どもに接したい」という思いがあるのに,現実
としてできていないというギャップがまとまっ
ている。よって「理想の教師像とのギャップ」
と命名した。
クラスター4は,項目すべてが-であり,時
間や疲れなどの単語が入っている。そこで「時
間不足」と命名した。
②思ったより子どもは
純粋でかわいい,+
⑭たまにできる一体感
のある授業が嬉しい,+
⑨図工の指導はすごく
楽しい,+
Figure 1 被験者 A のデンドログラム
⑱会計は大変,-
⑰ 同僚とのコミュニ
ケーション,-
⑦教師も人間,子供も人
間,親も人間,0
⑯地域差,学校差が激し
い,-
③自分から手放すこと,
その力が大切,-
⑮できると思われたら、
いくらでも仕事が増え
る,-
④笑顔で仕事したい,-
⑤input の時間が少なす
ぎる,-
⑫時間が思った以上に
ない,-
⑩躾の側面が大きい,-
⑬目の前の業務に追わ
れがち,-
⑪年度によって差が激
しい,-
①教材研究をもっとや
りたい,-
⑧体力的にむいてない
かも,-
⑥常に疲れている,-
PAC分析研究 第3巻
36
被験者 B:公立中学校勤務 1 年目,在職中
(1)被験者 B による解釈
【クラスターごとの解釈】
クラスター1は,自分自身が辛い,苦しいと
思っていることがまとまっていると思います。
困難さというか。…また,細かく分けるとさら
に 3 つに分けられると思います。項目 1 と 7 は
大変な中でもサポートがあったなというまとま
りです。…項目 5,12,10 は積み上げというかこ
れまでやってきたことが通用しないなと感じた
ことですかね。…項目 8,11 は,事務作業とか校
務分掌の進め方についてです。
クラスター2 は,教師としてのスタイルに関
して,大学生のときの自分,現在の自分,周り
の先生に関してまとまっていると思います。
クラスター3 は,仕事とはあまり関係ない部
分です。教職に就くことで付随したものという
か。
【クラスター間の関係】
クラスター3は,他のクラスターとはあまり
関係が無いように思います。クラスター1 と 2
は関係があるように思います。クラスター1 は,
実際に仕事をしてみて仕事そのものに対して感
じたことなので,実務内容に焦点が当たってい
るように思います。…クラスター2 は,自分の
思いというか。仕事を通して感じたことではあ
るんですが,教職に対する自分自身の目標や理
想が含まれています。
(2)被験者 B についての総合解釈
クラスター1 は,5 項目が-,1 項目が 0,1
項目が+であった。「教科指導力の無さ」,「しん
どかった」,「大変」などの言葉が含まれており,
インタビューの中でも大変さと説明されている。
よって,「実務に当たる上での困難さ」と命名し
た。さらに被験者自身が細かく分けられると説
明していたため,項目 1,7 を「サポートや同僚
との関係」,項目 5,12,10 を「これまで学んでき
たこととの関係」,項目 8,11 を「業務のやり方
そのもの」と命名した。
クラスター2 は,2 項目が-,4 項目が 0 であ
った。インタビューの中で,「教師としてのスタ
イル」という言葉が挙げられており,自身のこ
れまでの教職観や他人と現在の自分の教職観を
比較しているため,「教職に対する理想とギャッ
プ」と命名した。
クラスター3 は,教職に関してのことではな
く,個人として感じていた内容であったため,
「プライベートのこと」と命名した。
Figure 2 被験者 B のデンドログラム
④1 年目は子どもが思った
よ り か わ い く 思 え な か っ
た。子供も人間だと気づい
たかも,0
⑪学校ごとで仕事のスタ
イルの違いが大きい,-
③自分のスタイルを見つ
けるのが大切,0
⑥もっと遊んでおけばよ
かった。子供に話すネタが
ない,0
⑨思ったより話せなかった。
うまく子供に伝わらない,-
⑬大学生のときは甘かった
なと思う,0
②先生ごとの熱意の差が大
きい。それを受け入れられな
かった,-
⑭出会いがない,0
⑩時間のなさ,-
①思ったよりサポートがあっ
た。校長先生との距離が近か
った,+
⑤教科指導力ののなさ・大学
での学びがいかせない,0
⑫1 年目がしんどかった。
それと中学校に動いてから
の 1 年目,-
⑦校務分掌が大変,-
⑧事務書類が多い。出張の
復命書,-
⑮最初の学校は僻地だった
ので給料が思ったより良
かった,+
PAC分析研究 第3巻
37
被験者 C:私立中高一貫校 2 年目,在職中
(1)被験者 C による解釈
【クラスターごとの解釈】
クラスター1 は、働く上での条件、労働条件
がまとまったのだと思います。
クラスター2 は、「サービス業」という項目が
代表的だと思います。…でも子どもが可愛いか
らこそ奉仕の精神をもてていると思うんです。
クラスター3 は、日々の業務に追われている
ことです。…教材研究はしたいですが、部活の
指導で土日もつぶれますし、生徒会担当なので
平日の放課後はそちらにも時間をとられます。
【クラスター間の関係】
ボランティアではなく、仕事をして給料をも
らっているので、クラスター1 が大前提。そし
て実際の日々の仕事があって、その中でクラス
ター2 を強く感じます。同時にクラスター3 も。
(2)被験者 C についての総合解釈
クラスター1 は「残業代」,「定時」という言
葉があるため,「勤務条件」と命名した。
クラスター2 は,子どもが可愛いからこそ仕
事を頑張っているという内容であったため,「奉
仕の精神」と命名した。
クラスター3 は,共通点が勤務時間の内容で
あったため,「時間不足」と命名した。
総合考察
分析の結果, 3 名とも自由連想項目がネガテ
ィブなイメージのものが多かった。しかしネガ
ティブさの中にもポジティブさが含まれている
クラスターが存在した。具体的には,被験者 A
のクラスター3,被験者 B のクラスター2,被験
者 C のクラスター2 である。
被験者 A は項目④について,「笑顔で仕事をし
たいけれどできていないから-をつけています。
いつも笑顔でいた方が子どもたちも安心して学
校に来ることができると思うんです。」と語って
いる。また項目①については「教材研究をする
時間が十分にとれておらず,やらないといけな
いという焦りが募るので-です。でも,わざわ
ざ時間をとってじっくり教材研究をしたいと思
うのは,子どもたちに分かりやすい授業をした
いからです。それができると自分の自信にもつ
ながります。」と語っている。つまり心理的負担
となっているネガティブさの中にも,ポジティ
ブさが同時に存在することが示された。また,
これは子どもたちへの愛情や教員としての使命
を強く自覚しているからこそであった。
以上より,教員のサポートをする際には,単
に負担を減らそうとするのでは十分とはいえな
いであろう。負担の背景には,当該教員にとっ
てポジティブさも含まれている可能性があるか
らである。負担軽減だけではなく,なぜ負担と
感じているのかを詳細に探ることが必要である
といえる。これらを踏まえた上での業務改善が
教員のバーンアウトを減らし,メンタルヘルス
を向上させることになるのではないだろうか。
文献
内藤哲雄(2009).PAC 分析実施法入門[改訂版]:「個」
を科学する新技法への招待 ナカニシヤ出版
内藤哲雄(2011).PAC 分析研究・実践集 2, ナカニ
シヤ出版,61-78
文部科学省(2011).平成 23 年度公立学校教職員の人
事行政状況調査
杉田郁代(2013).教員のバーンアウトとレジリエンス
の関連について ―小学校教員ノメンタルヘルス
研究― 心理相談センター年報, 9, 21-28.
増井晃,宮下敏恵,奥村太一,森慶輔,西村昭徳,
北島正人(2018). 中学校教員におけるメンタルヘ
ルスの学期間変動について ―バーンアウトの視
点から― 上越教育大学紀要,38,85-94.
(Mizuki Takayama, Tazuko Aoki)
①残業代が出ない,-
②定時がない,-
③サービス業,-
⑩24 時間 365 日教員であ
ることが求められる,0
⑧奉仕の精神が試される,0
⑥授業以外が大変,-
④教材研究の時間がほし
い,-
⑨生徒は素直でかわいい,+
⑤仕 事 配 分 が ア ン バ ラ ン
ス,-
⑦ブラック部活,-
Figure 3 被験者 C のデンドログラム
PAC分析研究 第3巻
38
進路指導における高校教師の指導方針について
ー中日比較を通してー
○許 暁,青木 多寿子
(岡山大学教育学研究科)
key words:進路指導 高校教師 中日比較
はじめに
「2017 年全国教育事业发展统计公报」(中华
人民共和国教育部 2018)によると、全国各種類
の高等教育在学生は 3779 万人になっており、
2016 年より 80 万人増加した。また、高等教育
入学率は 45.7%に達し、去年より 3%上がった。
全国の高等学校は 2880 校となり、去年より 28
校増えたという。「2017 年度普通高等学校本科
专业备案和审批结果」(中华人民共和国教育部
2018)によると、全国の大学は 2016 年より増加
した専攻が 2311 個に上るという。以上のことか
ら、近年、中国の大学数、大学の専攻数は増加
し、大学進学率も上昇しているということがわ
かった。
一方、進路指導が十分に行われていないとい
う現状もみられる。例えば、中国の学生は自分
の学んだ専攻を活かして、卒業後どのような仕
事が出来るのかを知らない。また、自分の専攻
を好きではないから、専攻に関する仕事はした
くないという学生も増えている。「2018 年中国
大学生就业报告」(王伯庆,马妍 2018)による
と、2017 年に大学卒業生の就職と専攻の相関度
は 66%である。専攻と関係ない仕事を選ぶ理由
として、「仕事は自分の期待に合わない(36%)」
があげられる。こうした現状は進路指導の不足
が1つの要因だと考えられる。
2017 年に、中国山東省教育庁は「关于做好普
通高中学生发展指导工作的意见」という指示を
出した。これによると、生徒に職業体験をさせ
ることを通して、経済、社会の動向を知らせ、
職務内容・発展過程・業界の見通しを理解させ
るとしている。また、生徒自身に合う職業を探
させ、自分に合うキャリアを形成させるという。
以上のことから、現在、中国は進路指導の重要
性に気付き、これの整備に取り組んでいるとい
える。
一方、日本では中国より早く進路指導が行わ
れてきており、その範囲は小学校から大学まで
の広範囲にわたる。森本(2013)は、日本の高
校における進路指導の中核となる進路面談に注
目し、ベテラン教師と若手教師の指導力の比較
を行っている。これによると、ベテラン教師の
進路面談に対する自己イメージは非常に肯定的
であり、生徒の目の前の興味・関心に関するこ
とを重視するという。それに対して、若手教師
は進路面談に対して強い不安をもっていること
が示された。他方、中国の高校進路指導の現状
に関する先行研究はあまりみられない。
そこで本研究は、森本(2013)との比較を通
して、中国の進路指導に必要な教師の指導方針
に つ い て 考 察 す る こ と を 目 的 と す る 。 森 本
(2013)では、日本の進学校の教師を対象とし
ているため、本研究では、比較対象として、中
国山東省の進学校を採用する。
方法
被験者:3 年目の若手教師(A)と 20 年以上経
験があるベテラン教師(B)である。
提示刺激:分析を行う際の提示刺激は比較のた
めに森本(2013)を採用し、中国語に訳した。
具体的には、「あなたは、生徒との進路面談で、
どんなことが気がかりになったり不安になった
りしますか。また、自信を持っていることはど
のようなことでしょうか。そして、生徒はあな
たのことをどのように見ていると感じています
か。こころに浮かんできたイメージや言葉を、
思い浮かんだ順に番号をつけてカードに記入し
てください。」である。
手続き:①該当テーマに関する自由連想,②連
想項目間の類似度評定,③類似度距離行列によ
るクラスター分析,④被験者によるクラスター
構造のイメージや解釈の報告,⑤実験者による
総合解釈である。
使用分析ソフト:HAD16,PAC-Assist2+
PAC分析研究 第3巻
39
【2018年度第12回大会発表抄録】
結果
被験者 A:若手教師
(1)被験者 A による解釈
【クラスター1】「項目 4 専門知識」は先生の知
識の備蓄です。先生として、生徒と進路面談や
進路指導を行うときに、私の知識が足りません。
(項目 2 については)生徒も自分のことや考え
を理解しないまま先生に聞きます。生徒は、何
を聞きたいということもわかっていません。だ
から、進路面談を行うための基礎がないと思い
ます。
【クラスター2】生徒は私のほうがいじめること
ができる感じです。「若手教師だから、宿題を
やらなくても大丈夫だ。他の先生の宿題は優先
だ」と考えている生徒がたくさんいます。だか
ら「項目 6 他の教科と比べて後になる可能性が
ある」と同じクラスターになります。でも、若
手教師として、ベテラン教師より生徒との距離
がもっと近いこともよく感じます。生徒たちは
時々と私と話すことがあります。相談じゃなく
て、ただおしゃべりをします。
【クラスター3】「項目 3 職業について知らない」
は具体的な職業の内容がわからないことです。
「項目 4 専門知識」はどんな大学でどんな専攻
があるかわからないです。これ(項目 3 職業に
ついて知らない)はこの専攻は何を勉強してい
るについてわからない。また、卒業後、どんな
仕事ができることについてわからない。でも、
「項目1生徒に対して責任を持つ」ということ
は根本です。専門知識や具体的な職業の内容が
わからないですが、もし生徒にこれについて聞
かれたら、生徒に対して責任を持つので、勝手
に知らないことを言うことは無理です。
(2)被験者 A の総合解釈
各連想項目のイメージをみると、マイナスと
0 の項目が多い。3 年目の若手教師として、被験
者 A は進路面談に自信を持っていないことがわ
かった。その中に、最も不安なのは大学の専攻
と職業に関する知識が足りないことであった。
被験者 B:ベテラン教師
(1)被験者 B による解釈
【クラスター1】回り道をしなくて、速く成功し
たいなら、できるだけ早くキャリアプランを立
てる必要がある。これ(項目 6 自分の社会経験
と成長経験は生徒によい影響を与えると、自信
を持っている)は目標です。この目標を達成す
るために、計画を立てる必要があります。或い
は、キャリアプランを立るんです。
【クラスター2】(Figure 2 参照)この四つは
人の成功の要因ですね。項目 5 はセンター試験
の得点です。項目 3 は環境で、項目 2 は生徒の
興味です。これら 3 つのすべては項目 1 国家や
社会のニーズが基礎にあります。
(2)被験者 B の総合解釈
各連想項目のイメージをみると、プラスの項
目が多く、マイナスの項目はなかった。被験者
B は 20 年以上経験があるベテラン教師として、
進路面談について、ごく自信を持っていた。生
徒卒業後の人生のキャリアを重視し、キャリア
プランを立てることを強調していた。
4 専門知識(0)
2 根拠がない判断(ー)
5 私の個性(0)
6 他の教科と比べて
後になる可能性があ
る。(ー)
3 職業 について知
らない。(0)
1 学生に対して責任
を持つ。(+)
Figure 1 被験者 A のデンドログラム
クラスター1
学 生 と 先 生
と も 就 職 へ
の 準 備 が 不
足
クラスター2
先 生 の 教 育 ス
タ イ ル は 学 生
と の 関 係 の 影
響
クラスター3
簡 単 に 結 論 を
下 す 勇 気 が な
い
PAC分析研究 第3巻
40
総合考察
森本(2013)との比較を通して考察する。
PAC 分析の結果:
①若手教師の場合
若手教師の進路指導における指導方針は中日
で差が見られなかった。若手先生として、進路
指導の「具体的な方法がわからない」、「就職
への準備が不足」などマイナスなイメージが多
いということは中日若手教師の共通点である。
若手教師は教師になる前に指導方法に関する授
業をあまり受けていなかったこと、指導経験が
少ないことは理由としてあげられるだろう。
②ベテラン教師の場合
ベテラン教師の進路指導における指導方針は
中日で差が見られた。中国のベテラン教師は生
徒卒業後の人生のキャリアを重視している。一
方、日本のベテラン教師は、生徒の目の前の興
味・関心と大学の学部・学科が一致することを
重視している。「生徒は主人公」、「思いを率
直に」などの言葉がキーワードとして挙げられ
た。
以上のことから、中国の高校教師は生徒の人
生のキャリアを重視していることがわかった。
しかし、現状として、中国の学生は自分の学ん
だ専攻を活かして、卒業後どのような仕事が出
来るのかを知らない。また、自分の専攻を好き
ではないから、専攻に関する仕事はしたくない
ということが問題になっている。これは、中国
の進路面談が生徒の目の前の進路選択よりも、
生徒の将来を重視しすぎているからではないだ
ろうか。生徒の人生のキャリアを重視すること
だけではなく、生徒の目の前の興味・関心を重
視することも重要だと考えられる。
文献
内藤哲雄(2009). PAC 分析実施法入門[改訂
版]:「個」を科学する新技法への招待 ナカ
ニシヤ出版,15-27.
森本篤・青木多寿子(2013).高校の進路面談
で必要とされる教師の指導力―PAC(個人別態
度構造)分析による進学校のベテラン教師と
初任者の比較― キャリア教育研究.第 32
巻第 1 号,15-20.
中华人民共和国教育部(2018) 2017 年全国教
育事业发展统计公报
(http://www.edu.cn/zhong_guo_jiao_yu/jiao
_yu_bu/xin_wen_dong_tai/201807/t20180720
_1617944.shtml)(2018 年 11 月 25 日取得)
中华人民共和国教育部(2018) 2017 年度普通
高等学校本科专业备案和审批结果
(http://news.ifeng.com/a/20180627/5890159
3_0.shtml)(2018 年 11 月 26 日取得)
王伯庆・马妍(2018).2018 年中国大学生就业
报告
(https://chassc.ssap.com.cn/c/2018-06-28/
550719.shtml)(2018 年 11 月 25 日取得)
山东省教育厅(2017)关于做好普通高中学生发
展指导工作的意见
(https://gaokao.chsi.com.cn/gkxx/zc/ss/20
1708/20170825/1626423378.html)(2018 年
11 月 21 日取得)
(Gyou Kyo,Tazuko Aoki)
5 センター試験の得点で大学を決
めるサポートに関しては自信を
持っているが、今の大学の各専攻
が今後どう発展するかわからな
い。(0)
6 自分の社会経験と成長経験は
学生によい影響を与えると、自
信を持っている。(+)
4 大学生活に適応するポイ
ントはキャリアプランを作
ることだ。(+)
3 環境は人に影響している。
大都市の大学に入学ことを主
張する(+)
1 家、社会、国に対して、責任を
もっているべきだ。(+)
2 専攻を選択することは国と社会
のニーズと自分の興味などの条
件を合わせることだ。(+)
Figure 2 被験者 B のデンドログラム
クラスター1
先 輩 の 経 験 を
参考しながら、
自 分 の 特 徴 に
合 わ せ て 計 画
を立つ
クラスター2
人 成 功 の 要
因
PAC分析研究 第3巻
41
図書を用いた PAC 分析の試み
‐図書に対する子どもの興味を題材として‐
○三島悠希, 松村敦
(筑波大学大学院 図書館情報メディア研究科, 筑波大学 図書館情報メディア系)
key words:図書、子ども、手法
1.はじめに
PAC 分析とは自由連想を元に個人ごとの態度
やイメージの構造を分析する方法で、一人ひと
りの内部にフォーカスを行うことが可能な内藤
(2002)によって開発された調査手法である。こ
の手法は編入学生が感じる不安感をクラスタか
ら詳細に導き出す(内藤 2011)研究や、筆者が行
ってきた人々がお題に対して持つ図書館のイメ
ージや関心を明らかにする研究(三島・末岡・松
村 2018)など様々なテーマで使用されている。
しかし、子どもを対象に PAC 分析を行った事例
は少なく、山川ら(2000)の先行研究はあるもの
の、小学 4 年生を対象としており、幼稚園から
小学校低学年の子どもを対象に調査が行われた
事例はない。内藤はイメージ喚起能力や言語能
力の低い場合には、実験者が絵カードや物品を
提示して選択させる工夫が必要だと述べている。
そこで本研究では連想刺激文を提示して自由連
想を行う代わりに、アイテムを用いた PAC 分析
を提案する。
2.先行研究
PAC 分析で実際にアイテムが利用された研究
としては佐藤、有園(2009)の箱庭を連想刺激と
した研究がある。佐藤らの調査手続きでは箱庭
作品を写真撮影したのちに、プリントしたもの
を被験者に提示し、気になる部分にしるしをつ
けるように、また、それらから思い浮かんでき
たイメージや言葉を述べてもらっている。
本調査では、図書に対する子どもの興味を調
査対象とした場合に、実際に興味を持っている
図書を PAC 分析に用いることを提案する。図書
を提案した理由としては、ビブリオセラピー(泉
2018)のように人の心情に関わるアイテムとし
て図書が有効的に活用される事例があること、
また、「自分の心情に近い図書」「自分の好みの
図書」のように図書の指定方法によって様々な
テーマで調査が可能ではないかと考えたことが
理由である。
そこで本研究では子ども一人ひとりに着目し、
どのような本を好んで読んでいるかを題材とし、
図書を用いた PAC 分析が実際に利用可能かど
うか調査を行う。
3.調査手法
被験者
本調査では年長から小学 3 年生 9 人を対象に、
PAC 分析を用いたインタビュー調査を行った。
調査ではそれぞれ年齢、性別を考慮し、被験者
を 2 つのグループに分けた。詳細は表 1 の通り
である。調査 1 は連想語の代わりに図書を用い
た PAC 分析、調査 2 は図書と自由連想を用いた
PAC 分析を行った。後者に関しては、当初は自
由連想のみの調査を行う予定であったが、連想
刺激文からヒントなしで自由連想を行うのが困
難だったため、実際に図書を読みながら自由連
想を行ってもらった。調査はつくば市とつくば
みらい市で行った。調査時間は一人あたり 30 分
から 1 時間だった。
表 1 被験者一覧
使用分析ソフト
本調査では土田が開発した PAC-Assist2 を用
いた。ただし、本調査では子どもに類似度比較
PAC分析研究 第3巻
42
【2018年度第12回大会発表抄録】
の過程でパソコンを直接操作してもらう関係で
表記を一部変更している(図 1)。
また、クラスタ分析には統計ソフト R を用いて
調査を行った。
図 1 類似度比較の画面
調査手続き
調査 1 : 図書を用いた PAC 分析
1. 子ども自身に好きな図書(絵本、漫画、図鑑
等)を 4-5 冊選択してもらう
調査前に事前に子どもに自分が好きな図書
を持参してもらうようにお願いをした。図
書は家にあるものや図書館にあるもの、種
類を問わず、絵本、漫画、図鑑、小説等何
でも良いとした。
2. 図書の順位づけ
図書をもってきてもらい「好きな本を 1 か
ら順位をつけて下さい」と指示をし、本に
ランク付けを行った。図書のタイトルと順
位を PAC-Assist2 という PAC 分析を支援し
てくれるシステムに入力した。
3. 図書間の類似度比較
4. 類似度距離行列によるクラスタ分析
5. 半構造化インタビュー(①クラスタの印象
に対するインタビュー、②図書 1 冊ずつに
対するインタビュー)
調査 2 : 図書と自由連想を用いた PAC 分析
1. 調査 1 と同様に子どもに図書(絵本、漫画、
図鑑等)を 4-5 冊選択してもらう
2. 連想刺激文を元にした自由連想
連想刺激文
「どんな本が好きですか? どういうとこ
ろが好きですか? 思いつく言葉を言って
下さい」
3. 連想語間の類似度比較
調査 1 と同様に PAC-Assist2 を用いて行っ
た。
4. 類似度距離行列によるクラスタ分析
5. 半構造化インタビュー(①クラスタの印象
に対するインタビュー、②図書 1 冊ずつに
対するインタビュー)
通常の PAC 分析では連想語に対するポジティ
ブ、ネガティブのイメージを被験者に対して尋
ねるが、子どもに対して説明が難しかったため、
本調査ではこの過程を省いた。調査時間は一人
あたり 30 分から 1 時間程度となった。
4.結果
調査 1 : 図書を用いた PAC 分析
ID1 小学 2 年生 女の子
図 2 ID1 のデンドログラム
CL1 : 料理が一緒のところ
「おばけのお使いとフレンチトーストが似てる
のは、ルルとララがフレンチトーストとかおや
つを作って友達とか、えっと、友達とかにあげ
て、それで、おばけのお使いは、お母さんとお
父さんが頼んだお菓子とかをおじさんとか、お
ばさんにあげてー、そのあのー料理とかが似て
るなって思って選んだ」
CL2 : さがす、泣ける
「えっと、あのみどりちゃんがペロを探してい
たら、ベッドの下に覗いてみたらペロがいて、
その前にワンワンランドの遊ぶやつがいて……
かわいいねこは最後のページにちいたがむかえ
にいくのがあって、みつけるのとおむかえのが
ちょっと似てるなと思って選んだ」
PAC分析研究 第3巻
43
全体
「ずっと一緒とかわいいねこがなんで似てるか
というと、泣けるから。で、ルルとララとおば
けは料理が一緒のことだから」
ID3 小学 2 年生 男の子
図 3 ID3 のデンドログラム
CL1 : 載ってるスペースが似てる
「電車は載ってないけど、載ってるスペースが
似てる」
CL2 : 電車が載ってて同じ
「電車が載ってて同じかな、やまびことか。あ
と(新幹線の)マークとかある」
全体
「目次が載ってないと何の列車からわかんない
から、目次とか載ってるとわかりやすいから、
こういう世界の鉄道とかページ数が載ってるの
がわかりやすい。目次が載っていないのはあま
り買わない」
調査 2
ID6 年長 男の子
CL1 : 面白いところ
「ジョージが切ってるところみっつが面白
い。
おしりぶーぶーはおしりがとびだしている」
CL2 : 表情が似てる
「顔が同じ、表情が。(せんろのトンネルとかえ
る)かえるが逆上がり。なんかをみつめている」
全体
「ママとかおとうさんに読んでもらってから気
に入った」
図 4 ID6 のデンドログラム
ID9 小学 2 年生 男の子
図 5 ID9 のデンドログラム
PAC分析研究 第3巻
44
CL1 : 同じ本
「ない。うーん、題名が一緒」
CL2 : 恐竜があるところは似ている
「えっとどちらもトリケラトプスの好きなとこ
ろ」
全体
「うーん、題名がほとんど違う。(CL2 は)恐竜
だけ。トリケラの題名が一緒。いちばん好きな
ところが下2つなところ」
5.総合考察
図書に対する子どもの好みに関して
調査 1 では子どもの図書の好みでも泣ける本
(ID1)、目次の有無、分量(ID3)と着目している
違いを知ることができた。調査 2 では、図書の
特定場面のどこを好んでいるか(ID6)を調査か
ら知ることができた。しかし、調査 2 は連想内
容が図書の特定の部分に言及しているため、被
験者にとってクラスタの比較が難しく(ID9)、そ
の点は改善が必要であると考えられる。
手法に関して
類似度比較を行う際に 9 人中 8 人の子どもが
パソコンを自分自身で操作し、類似度比較を行
っていた。
調査 1 では連想語の代わりに図書を用いた調
査を行った。その結果、事前に図書を用意して
もらうことで図類似度比較までがスムーズに終
わり、インタビューに集中して回答してもらえ
る設計ができた。また、実際に図書を持参して
もらうことでページを開きながらインタビュー
に回答できる環境を作ることでインタビューに
対するハードルが下がった様子が伺えた。
調査 2 では従来の PAC 分析における自由連想
を行う予定であったが、連想刺激文の設定が難
しく、図書を用いた自由連想を行うこととなっ
た。結果として、図書を用いた自由連想が可能
であることが調査からわかった。こちらも実際
に図書を持参してもらうことでページを開き、
話の内容や絵を思い出しながら自由連想を行う
環境を作ることで、自由連想に対するハードル
が下がったことが考えられる。この手法は子ど
もだけでなく、他の被験者にも応用が可能であ
ると推察される。
2つの調査の比較をすると、調査 1 は図書全
体を類似度比較するため比較した部分をインタ
ビューで確認する必要がある。対して調査 2 は
連想の時点で調査者が知りたい部分を連想して
もらえるメリットがあるが、その後のインタビ
ューで、クラスタの比較が難しい様子だった。
さらに、調査を通して他のアイテム、カード
や動画等を用いても調査は可能と推察できた。
6.おわりに
本調査ではイメージ喚起能力や言語能力が低
い対象を想定し、図書を用いた PAC 分析の提案
を行った。そして、実際に年長から小学 3 年生
の子どもを対象に提案手法を用いた調査を行っ
た。
今後の課題はさらに提案手法が通常の PAC 分
析と比較して、どのような部分に違いがあるか
分析を進めていくと共に、別のテーマでも提案
手法を使用して調査が可能か検証することであ
る。
文献
内藤哲雄. (2002). PAC 分析実施法入門 : 「個」を
科学する新技法への招待 (改訂 ed.) ナカニシヤ
出版.
内藤哲雄. (2011). 編入学生の孤独感の PAC 分析.
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三島悠希, 末岡真里奈, 松村敦. (2018).
人々の図書館に対するイメージ調査 PAC 分析とテ
キストマイニングを用いて PAC 分析研究, 2, 2-
14.
佐藤秀喜, 有園博子. (2009). PAC 分析による箱庭
作品のイメージの再編成. 発達心理臨床研究, 15,
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泉順子. (2018). フィクションが物語るビブリオセ
ラピーの薦め. 図書の譜 : 明治大学図書館紀要,
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山川久恵, 宮本正一. (2000). 不登校児のためのキ
ャンプが参加者に及ぼす効果 : PAC 分析による検
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it.ac.jp/~tsuchida/lecture/pac-assist.htm
Mishima Yuki
PAC分析研究 第3巻
45
高齢者の万引きへの対応に関する PAC 分析
大久保智生
(香川大学教育学部)
key words:万引き,高齢者,保安員
はじめに
近年、高齢者の万引きの増加が大きな社会問
題となってきている。警察庁の統計によれば、
高齢者の万引きが全体の約 4 割を占めるように
なっており、今や万引きは青少年の犯罪という
おりも高齢者の犯罪となっている。万引きの被
害額についても、約 5 千億円、1 兆円とも推定
され、現在対策が進んでいる振り込め詐欺など
と比べても莫大な額である。万引き被害は深刻
な経営の悪化を導くことからも、店舗は万引き
G メンと一般に呼ばれる保安員を巡回させるな
ど様々な対策をとっている。
万引き犯罪は他の犯罪と大きく異なるのは、
実際に万引き犯を捕捉することが多いのは警察
ではなく、一般に万引きGメンと呼ばれる店内
保安員であるという点である。にもかかわらず、
これまで万引き防止対策に関する研究では店内
保安員にあまり焦点が当てられてこなかった。
店内保安員を対象とした研究としては、田中
(2009)が万引き防止対策における制服警備員
と私服警備員(店内保安員)の業務について考
察を行っている。また、大久保ら(2013)が保
安員 20 名を対象として、店舗の店員との比較か
ら、万引き対策への意識と万引きに対する態度
について検討している。さらに、大久保(2016)
は保安員 74 名を対象として、アルバイトとの比
較から、客への注目の仕方、万引きへの意識、
万引き犯への感情について検討している。しか
し、最も万引き犯を見て、その手口や背景を知
っている保安員の高齢者の万引きへの対応につ
いては検討がされていない。したがって、効果
的な万引き防止対策を探るためにも、保安員が
高齢者の万引きに対してどのような対応を行っ
ているのか、どのような対応が効果的なのかを
探索的に検討していく必要があるといえる。
そこで、本研究では、これまでに約 20 人を捕
捉してきた保安員と約 5000 人を捕捉してきた
保安員を取り上げ、彼らの心理構造について検
討する。すなわち、保安員による高齢者の万引
きへの対応が個々人においてどのように構造化
されているのかを、PAC 分析によって検討する
ことが本研究の目的である。
方法
調査対象者:調査対象者は、万引き G メンと
呼ばれる保安員 2 名(男性 1 名、女性 1 名)で
ある。
提示刺激:提示刺激として、「あなたにとって、
高齢者の万引き犯への対応がうまい万引き G メ
ンとはどのような人でしょうか。その万引き G
メンは高齢者の万引き犯に対してどんな振る舞
いをすると思いますか。それから、その万引き
G メンはどんなことを考えていると思いますか。
頭に浮かんできたキーワードやイメージを、思
い浮かんだ順に番号をつけてカードに記入して
下さい。」と印刷された文章を提示し、口頭で読
みあげて教示を行った。
手続き:教示の後、白紙のカードを 40 枚程度
調査対象者の前に置き、頭に浮かばなくなるま
で自由連想させ、記入させた。この後、調査対
象者にとって重要と感じられる順に記入したカ
ードを並べ換えさせた。次に、項目間の類似度
距離行列を作成するために、ランダムに2つず
つペアにして提示し、以下の教示と 7 段階の評
定尺度に基いて、類似度を評定させた。
類似度の評定についての教示は、「あなたが高
齢者の万引き犯への対応に関連するものとして
あげたキーワードやイメージの組み合わせが、
言葉の意味ではなく、直感的イメージの上でど
のくらい似ているかを判断し、その近さを下記
の尺度の該当する記号で答えて下さい。」という
教示と評定尺度が印刷された用紙を調査対象者
に提示し、口頭で読みあげて行った。なお、評
定尺度は 7 件法である。
類似度評定の後で、調査対象者別にクラスタ
ー分析(ウォード法)を行った。その後の調査
対象者による解釈の方法は全て内藤(1997)に
倣った。
使用分析ソフト:HALBAU7 を使用した。
PAC分析研究 第3巻
46
【2018年度第12回大会発表抄録】
結果
各調査対象者の連想項目およびクラスター分
析の結果は、Figure 1 および Figure 2 に示す通
りである。クラスターの数の決定、解釈につい
ては、内藤(1997)に倣った。
調査対象者 A の事例:調査対象者 A は約 20
人を捕捉してきた駆け出しの保安員である。な
お、これまでに捕捉してきた万引き犯は高齢者
が中心である。
クラスターの解釈 クラスター1 は「ペット
フードをとるなんて依存しているなあ。大丈夫
かなあ」から「団塊世代のプライド」までの4
項目であり、高齢者のおごりと解釈した。
「やっぱり,あの・・自分が,あの,やっぱ
り社会の中心かな,みたいな,とにかく,自分
本位かな。」
「ペット飼ってる人っていうのは,ちゃんと
お金を用意して,病院かかって,ちゃんとご飯
とか買うと思うんでけど,とる人って結局,そ
れで生活費浮かせようかなとか,お金がないか
らとか,例えば近所の野良猫にまくから,お金
使いたくないな,ただかわいそうだなってこと
だけでやってたりするから,でもそれを,トー
タル的に見ると,やっぱりあの・・・第三者的
に見ると社会的によくないことじゃないですか。
だけど,それをやっちゃってる自分が偉いんだ
ぞ,みたいな,いうものを感じます。」
「要するに,普通に,ほら,今の社会,ご飯
食べてれば,足りてるのに,足りてないんじゃ
ないかと思ってる。だからもっといいもの食べ
て,いつまでも若くいたいなとか,長生きした
いなとか,そういうことだと思います。」
「うーん・・おごり高ぶり,ですかね。」
クラスター2 は「おだやかな対応」から「か
まってほしい」までの 5 項目であり、良いとこ
ろ探しと解釈した。
「結局,高齢者の,あのー・・を,持ち上げ
る,まあ結局、年寄りだから,あの,まあ,手
荒には扱わないで,持ち上げる,そういうこと
で高齢者が,自分の存在を,分かってもらえた
と思う,だから,双方が穏やかな状態になるし,
穏やかな対応もできるということ。」
「結局は,持ち上げてあげようかなというこ
とですよ。いいところを,持ち上げてあげよう
かなという。」
クラスター3 は「年金足りないのかな」から
「捕まえた人をよい方向へ導くような一言」ま
での 4 項目であり、説諭と解釈した。
「結局,私も,まあ勉強不足なんですけど,
結局今もらってる人たちっていうのは,最初い
われてることと,全然金額違っちゃったじゃな
いですか。簡単に言うと。だから,結局は,あ
のー・・でも,自分でどうこうすることができ
ないでしょ。だけど,寂しいと思われても,あ
る意味しょうがないことじゃないですか。結局
は。だから,年金足らないから,寂しいからい
いじゃんっていう自己中は,やっぱりよくなく
て,自分の身の振りで,いい方向に,今後,な
るような一言は伝えられるんじゃないかなって
いうグループです。」
「諭す。結局,自己中はダメだよっていう言
い方だと,完全否定になっちゃうんで,要する
に,やっぱほら,お坊さんが諭すじゃないです
か。こう,お話の中で,諭す。」
クラスター4 は「店のイメージを壊さない」
から「なんでこんなつまらない物盗るのかな」
までの 5 項目であり、配慮と解釈した。
「これは,結局,畑でとってるわけではない
ので,例えば,百貨店だったら百貨店さんの客
層とか,イメージとか,ブランドイメージって
あるじゃないですか。で,結局は,万引きされ
たっていう汚点っていうのも,なんだあそこと
られてるよ,おまわりさん来てるよってならな
いようにしなきゃいけないってことと,あと,
だれが見てるか分からないかもしれないってこ
とあるでしょ。ご近所さんとか例えば。そうい
ったお客さんのその立場を,まず,尊重してあ
げなきゃいけないかなっていうことと,あとな
んだけど,結局家族もいたりとか,嘘つかない
場合での持病,この人は持病があるんですとか,
認知症なんですとかと言ってきた家族に対して,
そんなの嘘でしょって言わないような,なんて
いうんだろ,配慮で。なんでこんなものとるの
かなっていうのは,まあ私の経験なんですけど,
家族呼ぶじゃないですか。家族が来るじゃない
ですか。第一声がこういうことある。お金渡し
てんのに,なんで消しゴムとんの,とか。なん
でこんなものとるの,とかって言った方がいた
ので,一緒にしたんだと思うんですけど。」
「配慮。心配り,みたいな。」
クラスターの共通点と相違点 クラスター
1と 2 の共通点は高齢者は自分を世界の中心と
考えていることであり、違いは 2 が穏やかな対
応であることと解釈された。クラスター1 と 3
の共通点は寂しさゆえの自己中心的な行動であ
PAC分析研究 第3巻
47
り、違いはクラスター3 が保安員という立場の
説諭であることと解釈された。クラスター1 と 4
の共通点は高齢者がプライドを持っていること
であり、違いはクラスター4 が空気を呼んでい
ることと解釈された。クラスター2 と 3 の共通
点は相手の立場に立つことであり、違いはクラ
スター3 が未来を考えていることと解釈された。
クラスター2 と 4 の共通点は空気を読めている
ので持ち上げられることであり、クラスー2 は
自分本位であることと解釈された。クラスター3
と 4 の共通点は次につながる行動であり、違い
はクラスター4 の方が現実的であることと解釈
された。
全体:全体としては、高齢者が,おごり高ぶ
っていても,持ち上げつつ,かつ,現実的な配
慮をして,できることならば諭したいというこ
とが解釈された。
Figure 1 調査対象者 A のデンドログラム
調査対象者 B の事例:調査対象者 B は約 5000
人を捕捉してきたベテランの保安員である。
様々な背景をもつ高齢者の万引き犯を捕捉した
クラスターの解釈 クラスター1 は「説諭で
再犯防止」から「人と接するのが好き」までの
4 項目であり、説諭による再犯防止と解釈した。
「まあ後悔っていうか,まあその,やってし
まった原因をまず聞きますよね。どうしたのっ
ていうことですよ。それが第一にあって,その
理由がなんかまあ,ちょっとこう,切実なもの
とか,そういうのであれば,少しこう励ました
りだとか,そういうことも必要だと思うんです
よね。そこで,こう困窮していることであれば
こういうとこ行ったら助けてもらえるんじゃな
いかっていうインフォメーションを与えたりだ
とか,それってある意味余計な事なんですよね。
我々のその業務の範囲を越えてる部分なので,
ある意味,それはその人のことを考えなきゃで
きないことなんですよ。」
クラスター2 は「捕まえるのは容易」から「話
し好きで諭しが上手い人」までの 7 項目であり、
貧困と孤独による万引きの絶望と解釈した。
「意外と捕まっても平気なっていうか,そう
いう人がいるんですよね。ある意味,こう,染
みついちゃってる動き,みたいな。その時だけ
憑りつかれているような,そんなような人もい
るわけですよ。だからまあ,挙動からすれば我々
にとってはまあ容易かなと思うし,意外とこう
欲望がむき出しになっているところとかも感じ
られる。」
「常習ですよ。人間関係が希薄で寂しいから
常習になってしまうし,貧困だから盗んでしま
うわけじゃないですか。まあそういう人たちっ
て,けっこうみんなに嫌がられてたりするから,
僕はけっこうそういう人もあんま差別しないよ
うにとか意識しちゃってるんですよね,自然に。
一番かわいそうだと思うんですよ。」
「ここはまあ,本当の生活困窮者。貧困,孤
独,まあそういうところですよね。まあ貧困と
孤独が,けっこうそういう,比例するというか」
クラスター3 は「これで最後にしましょう」
から「話を聞いたうえで励ますことができる」
までの 4 項目であり、保安員の虚無感と解釈し
た。
「あきらめみたいな感じがしますよね。その,
虚無感っていうか,我々の持つ。その中で,励
PAC分析研究 第3巻
48
Figure 2 調査対象者 B のデンドログラム
ますことができるとか,そういうところでなん
か,光みたいな。そういう,我々の役割を見出
しているようなところも感じる節ですよね。こ
こで最後にしようとかそういうところで,社会
に役立っているような,自己暗示みたいな部分
っていうか。自己暗示って言うとちょっと深す
ぎるけど。まあ社会に役立とうっていう我々の
姿勢の表れっていうか,そういったところだと
思います。だからそこで未遂が評価されないこ
とがストレスなんじゃないかな。今俺すごいひ
らめいて言ってますけど,すごいいいこと言っ
たと思います。」
「保安員の,なんだろ,虚無感。虚無感って
いうんですかね,なんていうんだろうな,憂鬱,
憂鬱でもないし,存在意義,リアリテイト。存
在意義の自己確立,みたいな感じですかね。保
安員が,・・そうですね。保安員の意識。」
クラスター4 は「恥ずべき行為だし、たくさ
んの人に迷惑をかけている」から「一緒に悲し
む」までの 4 項目であり、罪に向き合うための
のきっかけ作りと解釈した
「その問題に対して向き合う,そういうきっ
かけとともに,その情報を与える,みたいな格
好ですかね。その情報を与えないと,その,ど
んだけのものか分かんないし,万引きってすご
い馬鹿にしちゃうじゃないですか。だからそこ
でこう,堂々巡りになって話が解決しない,み
たいなところは往々にしてあると思うんです
よ。」
クラスターの共通点と相違点 クラスター
1と 2 の共通点は周囲の人間関係が重要である
ということであり、違いは 2 は説諭が通じない
ことと解釈された。クラスター1 と 3 の共通点
は説諭で,社会的認知を高めたいということで
あり、違いはクラスター3 が保安員という立場
の説諭が評価されない失望と解釈された。クラ
スター1 と 4 の共通点は教育の必要性であり、
違いはクラスター4 が理想ではなく現実と解釈
された。クラスター2 と 3 の共通点は評価を求
めていることであり、違いはクラスター3 が失
望や怒りと解釈された。クラスター2 と 4 の共
通点は情の部分であり、クラスー2 は応援して
くれる人がいないことと解釈された。クラスタ
ー3 と 4 の共通点は相手の立場に立って寄り添
うことであり、違いはクラスター3 の方が伝わ
っていないことと解釈された。
全体のまとめ 高齢者の万引き犯の背景を
気にしつつ、万引き犯を信頼して、励まし、タ
イプによって対応を変えていくことが解釈され
た。
総合考察
2 人の保安員の PAC 分析の結果、駆け出しの
保安員とベテランの保安員では、高齢者の万引
きへの対応に関する構造やその意味づけに違い
がみられた。特に、ベテラン保安員の構造から
わかるとおり、高齢者の万引きにもタイプがあ
り、それぞれに合った対応が必要であることが
示唆された。
(Tomoo OKUBO)
PAC分析研究 第3巻
49
PAC 分析によるインタビュー・データの
質的分析の可能性
-混合クラス担当教師 3 人の比較から-
○坂井菜緒 ○中川純子 ○長松谷有紀 ○服部真子
(武蔵野大学) (慶応義塾大学)(東海大学)(武蔵野大学)
key words:混合クラス,質的分析,教師の振り返り
1.はじめに
本発表は PAC 分析によるインタビュー・デー
タの質的分析の可能性についてである。初年次
教育でライティングの一斉授業を担当する教育
歴の異なる3人の教師に PAC 分析インタビュ
ーを行い,個人の意識を明らかにした後で,そ
の同じデータを利用して「混合クラスの教師に
求められるもの」を明らかにすることを試みた。
大学の国際化に伴い留学生は増加を続け,大
学の正規の授業を留学生が履修する機会も増え
ている。近年のこの変化に,特に教養課程の担
当教師の中には従来のクラスにはなかった悩み
を抱えるものも少なくない。文化交流を目的と
したものではない正規授業において留学生と日
本人が混在する「混合クラス」を担当した教師
の意識の差を,PAC 分析を通して調査すること
は,今後このような授業を担当する教師にとっ
て示唆を得ることが多いと考える。本研究では
この方法を例に PAC 分析後のインタビュー内
容を質的に分析することの有効性を示す。
2. 先行研究
1) 混合クラスの問題について
文化交流目的に意図的に留学生と日本人学生を
混ぜたクラスについての研究や実践には,宮本
(2015),山田(2018)などはあるが,管見の
限り,文化交流目的ではない正規授業に留学生
が混ざった場合に生じる問題についてはほとん
ど研究が行われていない。なお本研究における
「混合クラス」とは正規科目で,特に文化交流
を目的とするものではなく,留学生と日本人が
共に学ぶクラスのことを指す。
2) PAC 分析インタビューについて
内藤(2002)では,PAC 分析は個人別態度構造を
見出すために開発された研究手法だが,「特定個
人を詳細に分析することは,個別的普遍性だけで
なく,共通的普遍性の解明をも目指すこと」と述
べられている。また,伊藤(1996)は,「個人
の世界において,その『個』の本質を明らかに
すればするほど,『人間の本質とは何か』という
主題への普遍性が得られるし,真の教育の価値
も解明される」としている。
複数の被験者の比較については,内藤(2002)
においても,「被験者は複数であることが望まれ
る。当該被験者の構造の各部や全体が,共通性
であるか独自性であるかの判断の妥当性が高ま
るからである」とされ,問題を構造的にとらえ
ることができるとの見解を示している。
インタビューのスクリプトをナラティブデー
タとして質的に分析した研究はこれまでにも行
われている。小沢・坪根(2015)は現職の日本
語教師の感じるいい教師感について,PAC 分析
を活用して分析した。この分析の中で,筆者は
「連想語から想起される事象や意識を超えた協
力者の内なる思いが滲み出ていると感じた」と
述べ,インタビューの中に具体的な言葉として,
組み上げる価値のあるものがあると述べている。
我々も,研究を通して,個人別態度構造を示し
た上で,さらに 3 名の発言データをスクリプト
化して分析、比較を行うことに意義を感じたた
め,今回,2 段階目としてインタビュー内容を
質的に分析し、比較することとした。
3. 方法
被験者:本インタビューの被験者は 3 名全員 20
年の経験を持つベテランであるが,それぞれが
異なった教育歴を持つ。一人は学部の正規授業
(教師 A),一人は留学生の日本語教育(教師 B),
そして一人はその双方を担当してきた教師(教
師 C)である。
PAC分析研究 第3巻
50
【2018年度第12回大会発表抄録】
3名を選んだ理由は,留学生を担当した経験の
有無により混合クラスの授業を行う際にも問題
意識が異なると予想したからである。3 教師の
意識を探ることにより異なる視点から問題を構
造的にとらえることができると考えた。
授業概要:2016 年 9 月に開講した全学共通の
初年次アカデミックライティングの授業の中の,
特に留学生と日本人学生が混ざっているある3
つのクラスである。90 分×8 回,プロセスライ
ティングを通し,文献資料を引用して自分の考
えを論理的に書くレポートを 1 本 (2000-2500
字) 完成させるものである。
対象学生:当大学のプレイスメントテストで一
定の成績をとり上級レベルと判定された留学生
と,日本人の正規生である。各教師の担当した
クラスにおける留学生比率は,教師Aが 60.3%,
教師Bが 29.2%,教師Cが 15%である。
4. 第 1 段階
提示刺激:「あなたは,全学共通科目である
アカデミックライティングのクラスで留学生と
日本人を同時に教えてみてどうでしたか」
手続き:刺激文による連想語を書き出し,項目
間の類似度評定,類似度距離行列によるクラス
ター分析を行い,デンドログラムを作成し,イ
ンタビューを行った(インタビューは録音)。被
験者にクラスターの命名,クラスター間の関係
を語らせた。
使用分析ソフト:PAC-helper
結果 1
各教師の連想項目及びクラスター分析は以下
の通りである。
図 1「教師 A のデンドログラム」
教師 A が最も重視していたのは「刺激が多い」
であった。PAC 分析のインタビューでは,後半
にそれぞれのクラスター間の関係性についても
インタビュイーに語ってもらった。教師 A の中
では,CL4「学生の授業の目的は何か」が最も
大きかったようである。教師 A はこのクラスは
CL1「教師と留学生と日本人の出会い」の場だ
と感じていた。そして「コミュニケーションの
楽しさと難しさ」を実感したと語っていたが,
学生の授業の目的は何か,CL3「混合クラスの
授業運営の難しさ」に戸惑いを感じていた。
教師 B のクラスター結果は以下の通りである。
図 2「教師 B のデンドログラム」
教師 B が最も重視していたのは「複眼的思考」
であった。教師 B は,CL1「自分の問題意識」
の中の「複眼的思考」が授業のコアであると考
えていた。実は教師Bは中学時代に海外で教育
を受けた経験がある帰国子女である。その経験
を思い起こし,留学生と日本人学生に CL2「混
ざって欲しい」と考えていた。留学生への対応
の必要性を感じ,学生を見て,例えば CL4「学
生を見て思うこと」の中の「コピペの恐れ」や
「テーマの難易度」などから,CL3「いかに教
えるか」考えていた。教師 B の個人別態度構造
を見ると,日本人学生より留学生のほうに多く
意識が向かっていた。
教師 C のクラスターの結果は以下である。
図 3「教師 C のデンドログラム」
教師 C が最も重要視していたのは「クラスの
雰囲気作り」であった。教師 C の中では,CL1
「学び合い」や CL3「教師の学生への配慮」が
大きく,ライティングということで CL2「個人
作業」もあるが,それよりも CL1「学び合い」
PAC分析研究 第3巻
51
のほうが大きな位置を占めていた。また,CL3
「教師の学生への配慮」は「学内リソースの利
用」を含め,必要なツールなども意識していた。
以上の PAC 分析により各教師の意識構造は,
次のようにまとめられる。教師 A は,特に「学
生の授業の目的は何か」ということを大きく意
識していた。刺激もあり,交流のきっかけにも
なるが,授業の目的がそれで終わりでよいのか
悩み,自己否定的な発言の割合が高く,自分を
責める傾向にあった。教師 B は,自分の帰国子
女としての経験から「自分自身の問題意識」と
して「複眼的思考」を核のように捉え,日本人
と留学生がお互いに学び合えるように考え,留
学生をケアすることに意識が向いていた。混合
クラスには課題もあるが価値があり,教師自身
満足感を得ていた。教師 C は「クラスの雰囲気
づくり」が最も大切だと意識していた。混合ク
ラスはいい「学び合い」ができる貴重なチャン
スだと捉えており,それを実現するために「教
師の学生への配慮」が大切だと考えていた。こ
こでの「学び合い」はクラス外や将来の学生の
人生に活かせるものになると期待し,それに繋
がるような授業を目指したいと考えていた。
以上,PAC 分析インタビューによって,個人
の意識が詳細に語られ,各自のこれまでの経験
などと結びついた教育観が明らかになった。
5. 第 2 段階
内容分析の際の問いの項目は以下の 3 点である。
(1)従来のクラスとの差 (2)指導の際の対応
(3)混合クラス授業の課題
手続き:インタビューをスクリプト化し,質的
な内容分析を行った。まず,スクリプトを自然
な意味のまとまりで区切り,中心的テーマごと
に意味の縮約を行い,それを書いた紙を短冊状
に切り,教師ごとに 3 つの問いに振り分けた。
次に問いごとに 3 教師の答えを表にし,(1)に
ついては各教師の共通点,相違点を,(2)につ
いては具体的な対応を,(3)については,各教
師の問題意識を書き出して整理した。
結果2
表1「(1)これまでのクラスとどのような違いを感じたか 」
教師 A と C は「混合クラス」にこれまでのクラ
スよりも刺激があると感じている。また教師B
と C は「混合クラス」に意味・価値があると感
じている。それぞれを見ると,教師 A はライテ
ィングの「混合クラス」が異文化コミュニケー
ション目的のようになってしまってもいいのか
と悩んでいる。教師 B は,異文化理解が深まっ
て楽しかったし,アカデミック・ジャパニーズ
の重要性も感じている。また,クラス内に差が
あってもクラスが成り立ったと考えている。教
師 C は,留学生と日本人が両方いると,日本人
学生はどうしても留学生のサポート役を引き受
けざるを得ないと感じている。
表 2「(2)指導の際に特に意識して行ったことがあるか」
3 名とも留学生と日本人学生が協働するように
配慮していると答えている。教師 A は日本人学
生をサポート役に使ったが,それがよかったか
どうかわからないと考えている。教師 B は授業
内容や進度を留学生に合わせて調整し,複眼的
思考を重視してクラス運営をしていると答えて
いる。教師 C は「混合クラス」ではクラスの雰
囲気づくりを最も意識し,学生が自ら進んで課
題に取り組めるよう,やる気を引き出すだけで
なく,異文化間の協働で学ぶ喜びを感じてもら
いたいと考えている。
表 3「(3)混合クラス授業の課題はどのようなものか」
教師 A は,何をこの授業の到達目標にするか,
評価基準は日本人と留学生と同じでよいのか,
など疑問を持っている。教師 B は,留学生のこ
とを考えた課題が多く,特に留学生の要約力や
聴解力をどうするかが課題であると答えている。
教師 C は,教師によるクラスマネージメントが
PAC分析研究 第3巻
52
一番大切であると考え,クラスマネージメント
がどのクラスにおいても適切に考えられるよう
にすることが課題であるとしている。
6. 総合解釈
以上 3 点を整理した内容から,この 3 名の教
師が考える「混合クラスの教師に求められるも
の」を次のようにまとめた。混合クラスには刺
激があり,異文化理解も深まり,異文化の人と
学ぶことの意味・価値がある。担当教師の役割
は,留学生と日本人がお互いに学びあえるよう
に配慮し,雰囲気づくりをすることである。混
合クラスは複眼的思考につながる学びが得られ
る貴重な機会であるので,その学びの機会は最
大限に活かすべきである。
しかし一方で,本来の到達目標が曖昧になり,
例えばアカデミックライティングの授業ではレ
ポート作成までの過程で,通常より作業に時間
がかかる可能性がある。授業進度や内容,また
は評価基準を調整することについては,その授
業本来の目標を達成することとあわせた議論が
必要である。また,留学生側には予備教育段階
で学部の授業についていけるレベルの聴解力,
要約力をいかに身に着けるかという点が課題と
して浮き彫りになった。
混合クラスという特性を活かすには協働作業
が有効であるが,混合クラスという特性を生か
したクラスマネージメントには様々な場面での
柔軟な対応が必要なため,教師の経験と力量が
問われる。どのようにすれば学生達が互いに混
ざり合って効果的に学べるのか,教師があらた
めて考える必要がある。
以上のことから,「複眼的思考の獲得を目指し
た授業」「いい刺激をしあえるような協働への配
慮」「学生の日本語力を見極めた適切な対応」「学
生の成長につながる評価」「学生の個性を活かし
たクラスマネージメント」の5つの要素が混合
クラスを担当する教師に求められるという仮説
が立てられるという結論を導き出した。
第 2 段階分析についての考察
PAC 分析で個人別態度構造を明らかにした
後,そのインタビュー内容を具体的に3つの分
析項目で内容分析し、3 名の被検者の比較を行
うことで,より課題への理解が深まった。2 段
階分析を行うことは、研究への問いの答えに繋
がる 5 つの要素を導くのに有効であった。
PAC 分析のインタビューの質的内容分析は,
従来のインタビュー調査分析よりも,語った本
人の個別の背景を深く理解した上で,研究の問
いへの答えに近づけるので,一定の問題につい
ての考察を深める際にも貴重なデータとなる。
この研究結果によって PAC 分析を用いてイン
タビュー調査を行い,2 段階の分析を行うこと
の意義が示されたと言える。
今後の課題としては本テーマで事例研究を重
ね,この方法論の精査を行うことである。特に
2 段階目の分析を適切に行うためには,今後も
様々な質的研究手法を学び,その知見を活かし
た分析を行うことも必要であると考える。
文献
伊藤隆二(1996)「展望/教育心理学の思想と方法の
視座:『人間の本質と教育』の心理学を求めて」
教育心理学年報,35,127-136
池田玲子(2008)「協働学習としての対話的問題提
起学習―大学コミュニティの多文化共生のた
めに ―」細川英雄・こととば文化の教育を考
える会『ことばの教育を実践する・探求する―
活動型 日本語教育の広がり―』,60-79,凡人
社
小澤伊久美・坪根由香里(2015)『日本語を母語
とする現職日本語教師 A の「いい日本語教師感」
PAC 分析を活用してわかること』舘岡洋子編
『 日 本 語 教 育 の た め の 質 的 研 究 入 門 』,
pp..221-246,ココ出版
清 水 裕 士 (2016) 「 フ リ ー の 統 計 分 析 ソ フ ト
HAD:機能の紹介と統計学習・教育,研究実践
における利用方法の提案」,メディア・情報・
コミュニケーション研究 1,pp..59-73
内藤哲雄(2002)『PAC 分析実施法入門[改訂版]
「個」を科学する新技法への招待』ナカニシヤ
出版
宮本美能(2015)「留学生と日本人学生の国際共
修授業における一考察:言語の問題へのアプロ
ーチと学習効果」大阪大学大学院人間科学研究
科紀要 41,pp..173-191
山田泉(2018)「国内の多文化体験学習活動の意
義」,村田晶子編著『大学における多文化体験
学習への挑戦』,pp..80-88,ナカニシヤ出版
PAC Helper(パックヘルパー )
<https://www.vector.co.jp/soft/winnt/edu/se5041
68.html >(参照 2018 年 11 月 25 日)
Nao Sakai,Junko Nakagawa,
Yuki Nagamatsuya,Shinko Hattori
PAC分析研究 第3巻
53
発表演題 PAC 分析の応用
集合知からイノベーションのための新しいアイデアを得る
〇(所属)株式会社インテージ 鮎澤留美子
フリーランス 藤枝 祐子
key words:マインドディスカバリー、集合知、アイデアを発掘する
■はじめに
昨今、イノベーションを生み出す手法として
様々な分野で「デザイン思考」が取り入れられ
ている。優れたデザイナーの創造プロセスを開
発に援用することがもともとの目的であると言
われ、ユーザーにとっての使いやすさや価値を
起点にデザインを考えることと、成熟化社会の
マーケティング課題であるプロダクトアウトで
はない「生活者起点(発想)」思想が一致し、注
目されていると考えられる。
背景として、成熟しきったコモディティ市場
では、品質や機能での差別化が難しく「体験価
値」「生活者にとっての意味」が問われるように
もなったことが大きい。クライアントの開発者
から「ニーズがなきところにニーズを創りたい」
という相談も入るようになり、生活者リサーチ
に対し、イノベーション支援への期待も高まっ
ている。
インテージでは、マーケティング支援を事業
とする会社として、生活者起点での新しい商品
やサービスアイデアを得るために、本質を探索
し、生活者の声なき声を推察し、カタチにする
という思想の「デ・サインリサーチ」(『デザイ
ン』の語源に着想した造語)を掲げて取り組ん
でいる。生活者の声なき声“サイン”(兆候)を
見極めカタチにし、アイデア創発へと促し開発
支援することもリサーチのスコープに取り込み、
生活者と企業をつなぐことに貢献したいと考え
ている。
この活動の中で、生活者にとってより新しい
意味をもたらすこと、仮に既存の意味や文化を
破壊しても新たな意味を提案し、切り開くアプ
ローチが必要であると考えた。生活者の捉える
“前提”を揺さぶり、そもそもの“意味を問い
直す”ことで、市場に“新しい意味”を提案す
ることができる。この目的達成のため有効な手
法として「PAC 分析」に着目した。
「PAC 分析」が生活者の考える価値観や
モノ・コトの前提、既存の意味を問い直し、か
つ、新たな意味を提案するアイディエーション
やソリューションに応用できるポイントは以下
のとおりとしている。
一つに、テーマに対して自由連想で回答する、
仮説すら持たない調査であること。二つめに、
生活者が発話した単語の法則性やネットワーキ
ング構造に、言語化できない“意味”だけが存
在している世界が背後に眠っている捉えられる
こと。背後にある文脈やインサイトをインタビ
ューでは抽出することで行っているが、更に、
我々は、1to1のインタビューだけではなく、
できるだけ多くの人を対象とし、大量サンプル
の情報を可視化・構造化することができれば、
集合知として把握することができると考えた。
すなわち、生活者が考えている価値観や言語化
まで出来ない“想い”までを大きく捉え、加え
て、背後にある心理や兆候を、“意味”のネット
ワーキング構造を読み解くことができれば、何
をどのように前提にしているのか、どんなコン
テンツや連想の塊があるのか、はたまた空洞は
あるのか、声なき声(サイン)が多くの人の声
なき声の集積を基に導出できると考えたのであ
る。つまり、PAC 分析の情報を収集するフェー
ズでネットリサーチという定量的なアプローチ
を導入、生活者インサイトを俯瞰的に、かつ集
合 知 で 捉 え る こ と を 実 現 ( イ ン テ ー ジ で は
『PAC-i』として実用化)。
もちろん、情報を収集する手段はシステムの力
を使って実現をしているが、解釈や分析にも独
自のメソッドを構築している。
なお、集められた数千人規模の回答データは、
多変量解析の『MDS 分析』法を用い可視化・構
造化を行い、マップとして生成している。
PAC分析研究 第3巻
54
【2018年度第12回大会発表抄録】
■弊社自主研究概要
被検者(もしくは被験者):一般女性
20 ~ 29 歳 574s/30 ~ 30 歳 551s/40 ~ 40 歳
542s/50~59 歳 552s 合計 2219s
提示刺激:あなたにとって「きれい・美しい」と
は何か※詳細後述
手続き:インターネット調査
使用分析ソフト:PAC-i 分析マクロ
※㈱インテージ独自開発(統計解析 MDS 分析)
1. 調査テーマ設定について
『PAC-i』は、生活者にとって「当たり前」や前
提を揺さぶるために、調査テーマをどのように
設定するかが肝である。主に、マーケティング
課題への対応では、提供価値やベネフィットを
テーマに掲げている。“価値”という概念がどの
ような連想構造となるのか、どのようなプレイ
ヤーやコンテンツによって構成されるのか、カ
テゴリーを問わず複雑性を帯びたまま見える化
し、本来の調査目的となる商品やニーズが、ど
のポジションを取っているのか、発見を得るた
めに探索をする。
実際の自主研究で行った“問い”の設定は以下
のとおり。
~女性にとっての“きれい”“美しく”いること、
「女のキレイ・美しい」についてお伺いします。
あなたにとって、「女のキレイ・美しい」と聞い
た時、この言葉から連想するコトやイメージ、
ワードは何ですか。
また、あなたは、どのように捉えていますか。
「女のキレイ・美しい」と聞いて思い出すコト、
モノ、商品、ブランド「女のキレイ・美しい」
に関し、あなた自身のこととして、得られる気
持ちや気分、取り組んでいること、願望、「女の
キレイ・美しい」から連想する動詞、形容詞、
イメージどのようなことでも構いませんので、
「女のキレイ・美しい」という言葉から、関連
することを想像をふくらませ、思いつくままご
自由にワードを入力してください。
※キーワード、ワード(単語か超短文)でお書
きください。
※なお、必ず1人は、「女のキレイ・美しい」か
ら連想するヒト(有名人、著名人等)を書いて
ください。~
2.調査の流れ
対象者にテーマに紐づく複数のワードを自由連
想で出しもらい(実運用では 12 個必須)、次に
ワード同士の距離感を対象者自身が“遠い”の
か“近い”のかを7段階で評定、その距離を統
計的に処理を行っている。
図表1は、「女性のキレイ/美しくいることと
は?」という女性の普遍的なテーマを設定、
『PAC-i』を行った結果である(50 代女性版
552s)。アウトプットはポジショニングマップ※
として分析。
※インテージでは「マインドディスカバリーマ
ップ」と呼んでいる。
図表1:『PAC-i』調査 マインドディスカバリーマップ
PAC分析研究 第3巻
55
3.分析の方法
マインドディスカバリーマップの同じ位置や方
角にあるワードは、概念的に同じ意味合いがあ
るとし解釈を進める。その理由は、各々のワー
ド間の距離を対象者がそれぞれ「近い」~「遠
い」と個別の1ペアで評定された距離を対象者
全回答分を集積し、MDS 分析を行っているので、
遠近度合(距離の遠さ)が、言葉の意味の遠近
でもあり、全体相対化された形としてアウトプ
ットされている(掲載マップは、50代女性の
552人分の回答の集積)
マインドディスカバリーマップ上の言葉のポジ
ショニングが近ければ、実際、「近い」と回答さ
れた言葉同士が引きあっており、反面、「遠い」
と回答されたもの同士は、布置される位置も実
際に遠い(7段階の「近い」~「遠い」の距離
を計算されているため)。
この法則性に則って、カテゴリー上や辞書上の
意味が、異ジャンルの言葉であっても、同じ位
置あれば“質”や“意味”が同じであり、その
逆もしかり、というルールで解読していく。
■結果
4.アウトプットの活用
言葉の「近い」「遠い」の 7 段階の回答の 50 代
女性 552 人分の集積を例では用いて説明してい
るが、実運用では、分析工程を必ず多様性のあ
るワークショップ形式で行っている。設定され
たテーマに対し、生活者のココロが複雑性をそ
のままに映し出されたマップのどの部分にイン
サイトがあるのかを導き出し、商品開発や新し
い価値の創造を行うためには、多様性あるメン
バーの知見の融合が必要である。有望なオポチ
ュニティエリアを規定には、今後の新たな価値
観を創っていくビジョンも必要であり、単に分
析だけで終わらないフレームを運用している。
言葉の集合体であるマインドディスカバリーマ
ップの構造を分類し、どのような成り立ちで価
値観が形成されているのかを把握する(参考図
表 2)
解釈のポイントとして、連想のハブ”は中央に
表出(様々な言葉から「近い」と答えられたも
のが中央に集まる)、結果、50 代女性の「女の
きれい・美しいとは何か」の“連想のハブ”は
「若々しい」「着物姿」「自信」「笑顔」「透明感」
が集まっている。これらの言葉の連なりや群を、
ワークショップによって、言葉の類似性の強さ、
また全体に現れている言葉の傾向やテキストラ
ンキング等から回答率を鑑み、『“着物が似合う”
基準の美しさ』が彼女達にとっての「女のキレ
イ・美しい」のハブ連想であると規定した。
また、位置情報がそのまま“意味情報”として
読めるので、同じ方角に向かって繰り広げられ
る文脈は、同じ意味文脈で読むことができる。
例えば、中央から右下にかけ「健康」、「努力」、
「元気」、「運動」、「ジョギング」「サプリメント」と
いう文脈が発見でき、同文脈上に「髪のツヤ」
というワードが現れている。このように、言葉
のポジションは、通常の概念では多くの違和感
となる組み合わせが存在し、既存では違和感と
して受け止められる言葉の組み合わせに新たな
意味構造や文脈が潜んでいると考えられる。
このような発見を「“問い”の生成」として、多
くの“問い”を生み出すことが、新しいアイデ
ア創発の出発点として機能する。
我々はこの事例では「50 代の女性は『髪のツヤ
は、鍛えることで手に入れられるもの』と思っ
ている」という声なき声(デ・サイン)が現れ
たと解釈した。
続いて、既存の健康美の商品の中に『鍛える髪
のツヤ』はあるのか?」、「この声に応えるため
の商品コンセプトとは?」についてワークショ
ップの中でディスカッションを行い、図 3_2 の
ように「50 代からの“つや髪”習慣サポートサ
プリ」といった新たなプロダクトアイデアが創
発された。
※図表 2:『PAC-i』調査 マインドディスカバリーマップ
ワークショップによる意味構造分類
PAC分析研究 第3巻
56
図表 3-1:『PAC-i』調査 マインドディスカバリーマップでの
注目文脈
図表 3-2:『PAC-i』調査 マインドディスカバリーマップから
のアイデア創発例
■総合考察
「解釈」や「創発」は見る人の視点によって異
なり、決まった回答はない。一見すると点の集
合体でしかないこのマップから、多様なプロフ
ェッショナルが多角的にデータを解釈し、知見
を発露しあい、たくさんの「問いを生成」し、
新たな価値を練り上げていくというプロセスが
重要である。
今や、データはすぐに取得されてしまう時代で
あり、日々、その量は膨大化している。共通し
て言えることは、データとは表面に現れた“現
象”ともいえる。
現象であるその「データ」も、人間が発したも
のであれば、背後にある心理を推察するのも人
間であり、また、ファクトを基に説得的に妄想
を膨らませ、ストーリーを紡ぐことで、これま
で見えてこなかった発見や新しいアイデアが得
られるのではないだろうか。
生活者起点を思想としながら、生活者のココロ
の奥深い声なき声を抽出することで、イノベー
ションのためのアイデアを得ることの方法論の
ひとつとして、PAC 分析を応用したリサーチ手
法、アウトプット制作、全体プログラムを研究
している。
㈱インテージでは 2017 年の 7 月から東京大学情
報学環 安斎勇樹先生と、『PAC-i』から生成され
るマインドディスカバリーマップを活用したア
イデア創発の思考プログラムについて産学共同
研究を行っている。
発表者
株式会社インテージ FMCG 事業本部
ビジネス推進室
鮎澤留美子
PAC分析研究 第3巻
57
「普通」をテーマにした発達障害の診断別PAC分析の比較
今 野 博 信
(学泉舎・室蘭工業大学非常勤講師)
key words:ASD ADHD 自己の語り
はじめに
近年、発達障害に関する話題が各媒体で報じ
られる例が多くなってきた。その理由の一つに
は、発達障害者支援法が施行されて十数年が経
過し、社会全体に一定の理解が広がったことが
考えられる。また、障害者雇用率の算定に精神
障害者を含める法改正があり、各障害者手帳の
交付を受けた発達障害者も該当するなど、諸制
度の整備が進んだことも話題とされる理由の一
つであろう。
その一方で、特異な犯罪態様と被疑者の発達
障害を結びつけ、偏見を煽るような記事も見受
けられる。感情的な議論に偏するのでは無く、
社会全体の深い理解を促すためには、例えば発
達障害の当事者が自ら語り自らを研究対象とす
る当事者研究の動きなどに期待が集まる。
今野(2018)では、当事者研究としての質問紙
調査で、「普通」という言葉に対して当事者が違
和感をもつ結果が示されたことから、当事者と
定型発達者に「普通」を刺激文にした PAC 分析
を行った。数量的な面からの比較で、当事者の
一部に想起項目間の距離を 1 と 7 の両極端に評
定する傾向が見られ、また反応時間が短く即答
する傾向などが検討された。これらは主に、定
型発達者との比較による知見で、発達障害者間
の比較には及んでいなかった。
発達障害に関する PAC 分析を用いた研究と
しては、内藤・金(2005)が母親の自分の子に対す
る障害受容を論じ、草野・石山(2016)では当事者
の同胞きょうだいの障害受容や困惑が論じられ
ている。これらの研究では、当事者の語りを直
接聞き出すよりも、周囲の関係者による障害の
受け止め方が主題として扱われている。永山
(2013)では、当事者と定型発達者に同一の描画
作業後に PAC 分析を実施し、その作業時の複数
の他者との関係性を聞き出しているが、発達障
害者による語りから、障害の診断ごとの違いに
注目した研究ではなかった。
本研究では、「普通」をテーマにした PAC 分析
を発達障害の当事者に実施し、その語りから診
断別に差異が見られるかどうかを検討すること
を目的にした。当事者が抱く、社会に対する困
惑や生きづらさの感覚を周囲の人々が理解し対
応を考えるための基礎的な知見が得られことを
期待しての取り組みである。
方法
調査協力者:発達障害の当事者会メンバー2名。
共に 20 代で、Aさんは ASD(自閉スペクトラ
ム症)と診断された女性、Bさんは ADHD(注意
欠陥多動性障害)の不注意優勢タイプと診断
された男性である。
提示刺激:つぎの文章をノートパソコンの画面
に表示させ、調査協力者に画面を見てもらい
ながら、調査者が口頭で2回ゆっくりと読み
上げた。
あなたは、「普通」という言葉についてどのよ
うな印象をもっていますか。何気ない会話にも、
いろんな使われ方をしています。ここでは、自
分のこれまでの生活を振り返ってみて、「普通」
と言われて気になったことや、自分から「普通」
を使って相手を困らせたことなど、なるべく具
体的な場面を思い出してみてください。
手続き:調査の手順はつぎの通りである。
調査協力者が想起した項目を聞き取り、調査
者がノート PC に記録する。項目全体の見直し
を調査協力者に求め、重要度順に並び替えても
らう。調査協力者はランダム提示の項目対を比
較し、類似度を 1~7 までの小数値で評定する。
同じく、項目ごとの正負イメージ(+、-、△)
を評定する。類似度を用いて作図されたデンド
ログラム(樹形図)を共に見ながら、調査協力者
は統合されているクラスターごとに新たなイ
メージに従って命名し、正負評定をする。最後
に全体的な感想を話してもらい、調査者は聞き
取った内容を記録する。
使用分析ソフト:データ収集に Pac Helper を用
い、クラスター分析には HAD を用いた。
PAC分析研究 第3巻
58
【2018年度第12回大会発表抄録】
結果と考察
調査協力者AさんとBさんのデンドログラム
を、それぞれ図 1 と図 2 に示した。
想起項目数は、Aさんが 9 項目でBさんが 10
項目であり、大きな違いはなかった。重要度順
による並び替え(想起項目の左側が並び替え後
で、右側は並び替え前)は、Aさんで同順位が 1
項目、Bさんで同順位が 2 項目あり、大きな違
いはなかった。
想起項目の様式では、Aさんには単語や言い
切りの文が多く見られたが、Bさんでは単語と
具体的場面を述べた短文が混在していた。
想起内容では、どちらも過去に関して述べる
項目が見られたが、Aさんでは一定期間を見通
した表現(成長過程・子どもだった)であったの
に対し、Bさんではある特定の時期に体験した
こと(就職時に・初めて経験すること)の表現が
見られた。刺激文の「普通」によって喚起された
特定のエピソードは、統合過程や最後に全体を
傲慢-
嫉妬+
1常識,2,-
5うらやましい感じ,9,+
4よく言えば穏便で悪く言えば傲慢さ,4,-
8就職時に、普通言われなくても分かるのに、と言
われた(前提とか経験とかあるはずなのに簡単に言うなぁ),5,-
10家族に普通と使ったが通じないものであった気
がする,8,-
2当たり障りの無い,1,+
6中庸,3,+
3悪い意味でも目立ってしまうことがある,10,+
7初めて経験することについて説明がないと困る
(他の人は初めてでも出来ていた時に少し恥ずかしかった),7,-
9学生時代高校時代に持ち物のことで、言ってくれ
ないと分からないことがあった,6,+
欠
如
-
図2 ADHD(不注意優勢)男性の「普通」をテーマにしたデンドログラム
想定+
恥ずかしい-
器用+
経験+
ずれ-
偏り-
1人間としてこうあるべきだ,5,+
3人間としての成長(取得)過程,1,+
5個人の価値観,7,+
2相手の思い込み,3,-
6普通の人より遅いと言われた,4,-
4世間体もある,6,+
7自分は普通でないのか,9,+
8興味のあることに集中
しすぎた子どもだった,8,+
9何もない,2,-
既定のイメージ(かけ算九九とか)-
予め用意
されたもの-
興味の持ち方は強い+
思い込み-
世間体としての考え-
興味のある
ことしか集
中しない-
視野が
狭い- 噛
み
合
っ
て
い
な
い
-
図1 自閉スペクトラム症20代女性の「普通」をテーマにしたデンドログラム
PAC分析研究 第3巻
59
振り返っての感想にも現れたが、最初の想起段
階では、AさんとBさんでエピソードの具体性
に違いが見られた。Aさんのエピソードは、一
定期間を振り返った内容で、Bさんのエピソー
ドは日時場所などを特定可能な内容であった。
統合過程で見られる両者の違いは、Aさんで
は短文形式の表現が多く、Bさんではほとんど
が二字熟語による表現であった。この表現様式
の違いについては、想起段階ではAさんに単語
表現が多く見られたのに対して、Bさんには短
文表現が多かったので、比較すると大変興味深
い結果になっている。
体験例などからなる短文表現には具体性が感
じられるが、単語表現では抽象化がなされた印
象が感じられる。Aさんの場合は、「普通」に関
して最初に想起されたのは抽象的なイメージが
多く、その後の統合段階で具体性を帯びたイメ
ージが喚起された可能性が考え得る。
一方のBさんでは、想起の段階では特定の体
験が具体的にイメージとして現れ、その後の統
合過程ではそれらの抽象化がおこなわれたと考
えることができる。こうした対称的な表現の違
いに、発達障害の中でも個々の診断別の特性が
関係する可能性については、今後類例を集める
ことでより適切に判断ができるようになるであ
ろう。
類似度評定の時間について、一回ごとに何秒
の時間を要したかを 5 秒間隔で区切って集計し
た結果を表 1 に示した。Aさんでは 10 から 20
秒程度の時間をかけることが多かったが、Bさ
んでは 5 秒以上 10 秒未満での評定が最多で 60
回であった。このことは、Bさんの類似度評定
がより直感的なものであった可能性をうかがわ
せる。両者に共通して見られる、いくつかの項
目対での 40 秒や 30 秒近くの時間を要した例に
ついては、その評定結果と長時間の関係に特定
の傾向を見出すことはできなかった。
類似度評定の数値の選び方について、Aさん
とBさんの比較をした結果を表 2 に示した。こ
の表では、中間の 4 に幅を設けて集計する必要
があったので、1 から 7 までの間を 5 等分して
ある(1~2.2~3.4~4.6~5.8~7)。こうすること
で、両端の 1 か 7 を選ぶ傾向があるのか、中央
の 4 を選ぶ傾向があるのかを検討できるように
した。表 2 の結果からは、Aさんは 1 か 7 を選
ぶことが多く、中央の 4 は少なかった。さらに
より曖昧な評定である 2 から 3 にかけての数値
や、5 から 6 にかけての数値を選ぶことが全く
なかった。これに対してBさんでは、1 近くの
数値が多く選ばれたが、それ以外の数値につい
ては特別な偏りはなく選ばれていた。
Aさんが示した、「1 か 7 か中間の 4 か」とい
う分かりやすい評定数値の選び方は、ASD とい
う自閉圏の人がもつ特性が現れた結果と解釈す
ることができよう。ASD の診断基準(DSM5)の中
には、「柔軟性に欠ける思考様式」という一節が
ある。これは臨機応変や微調整を苦手とするこ
とを意味するが、そうした特性から近ければ 1
で遠ければ 7 と即断したと考えられる。発達障
害という大きな括り方だけでは、こうした特性
の差に気づけない可能性があるが、個別の例を
細かく見ていくことで、その人となりを理解し
ていくことができるであろう。
統合のまとまりについては、両者ともマイナ
スイメージが多く、最終統合も共にマイナス評
定であった(Aさん「噛み合っていない」、Bさん
「欠如」)。この点では両者に違いは見られず、自
分と対立するような社会や周囲の存在が意識さ
れているという共通性が見られた。
PAC 分析の全体を通した感想から両者の比較
をすると、Aさんは健常者などの他者に対する
表現が多く見られた。自己への言及は、興味の
持ち方に特徴があるというデンドログラムでは
下にまとめられた内容だけだった。「視野が狭
い」とあるのは、健常者の側についての批評であ
り、周りの人たちは答えは一つと思っているこ
とが多いが、その一つというのは良いイメージ
では無い、と表現している。さらに、自分の興
味の持ち方について、「興味のあることでは、鉄
塔とか。周りの人が気にしないことにも気にな
る」と述べ、「遠く離れた所に行った時には、鉄
塔に目が行ったりする。マニアのサイトを見た
りしている」と付け加えた。しかし、そうした自
分にとって興味のある話は、誰にでも気軽に話
せるわけではなく、「小学校 4 年生ぐらいから
話すことを苦手に思うようにな」り、「大学の吹
奏楽部で話せるようになった」と語った。
Bさんの感想では、最終統合の「欠如」につい
 表1 類似度評定に要した秒数ごとの集計
~5 10 15 20 25 30 35 40 (秒)
A 0 16 11 3 4 1 0 1
B 12 60 14 0 0 4 0 0
表2 類似度数値の選び方
1 2.2 3.4 4.6 5.8
A 14 0 6 0 16
B 18 9 6 5 7
PAC分析研究 第3巻
60
て、「最初から予想の中にあった」とのことで、
その意味は「欠如しているから普通から離れて
いる。普通に合わない」ものだ、と説明した。つ
まり、刺激文の「普通」と関係はあるにしても、
それは正反対に位置するものと表現しているの
である。さらに付け加えて、「欠如の正体を知っ
て、埋め合わせたい気がする」と述べた。これら
のことから類推できるのは、統合過程での熟語
表現にはBさんが抱く感情が、どの語にも含ま
れているという可能性である。例えば「嫉妬」に
ついても、「嫉妬は、優秀と認めたことだから、
プラスになっている」と表現しているので、それ
ぞれの言葉には主語としての自分が潜在してい
ると考えられた。
総合考察
発達障害の中でも ASD と ADHD では特性の
表れ方に違いがある。一人が複数の特性をもつ
場合もあるが、特性の表出には違いがある。と
ころが、社会一般では発達障害という言葉によ
るイメージが広まり、細かく正確に理解しよう
とする機運は乏しい。個別の例から、当事者の
思いに寄り添うような理解が必要である。本研
究で検討されたのは、主に対人関係での困難さ
をもつ ASD(自閉スペクトラム症、Aさん)と、
主に行動の制御に困難さをもつ ADHD(注意欠
陥多動性障害、Bさん)の、当事者 1 名ずつに
PAC 分析をおこない、「普通」という言葉に対す
るイメージの違いを比較することであった。
大きな印象の違いは、ASD のデンドログラム
では、想起項目に熟語や言い切りの短文が多く
見られ、それらの統合過程で説明的な短文表現
が多く見られたことに対し、ADHD のデンドロ
グラムでは、逆に想起項目で短文形式が多く、
統合過程で二字熟語が多かったことである。類
似度評定に要した時間は、ASD では長めだった
が ADHD では短かったことから、じっくり考え
る ASD と、直感的な反応の ADHD と対比的な
理解ができそうである。
類似度評定での見積もりの仕方でも、両者に
違いが見られた。ASD では両極端の 1 か 7 かま
たは中央の 4 と評定することが多く、中間の評
定はなかった。それに対して、ADHD では 1 を
選ぶことが多かったものの、他の数値での評定
も見られた。この結果は、ASD には分かりやす
いことを好む傾向があるので、そうした特性が
表れたものと考えられた。
想起項目や統合過程、さらに全体の感想とし
て語られた中には、自分のことと関係させた語
りが一定数含まれていた。ASD には他者に向け
た批判的な語りが多かったのに対して、ADHD
では、ほとんどの表現に自分が主語になるよう
な感情を伴った関係性を見出すことができた。
それは、想起された内容のほとんどが具体的な
体験場面であったことと関わっている。
ADHD には、多種類の刺激に対しての過敏で
同時的な反応を示しやすい傾向があるが、こう
した刺激されやすさが、結果に表れたものと理
解できる。一対一対応のように、「普通」という
刺激に即物的な反応を見せ、その後の統合過程
で抽象化を進めたが、そこでも自己中心的で感
情的な反応を示したと考えられる。
二人に共通していたのは、個々に体験した「普
通」という言葉に関わる不快な思い出であった。
自分の思いが周囲に理解されていない孤立感な
どを、定型発達者が「普通」の言葉から想起する
可能性は小さい。だとすれば、こうした調査結
果から、当事者の思いをしっかり受け止める必
要がある。
また、ASD と ADHD の当事者にとっても、
「普通」の言葉から孤独感などが誘発される PAC
分析の過程で、過去の出来事を再体験しつつ一
方で客観視していくことは、不快な思い出を克
服していく可能性として意味深いであろう。「孤
独感」などをテーマにした PAC 分析をすること
で、逆方向から「普通」を論じることも必要であ
る。
文献
今野博信 2018 発達障害当事者とPAC分析の関係に
ついての一考察 PAC 分析研究第 2 巻 36-37.
草野江里加・石山貴章 2016 発達障害が想定される
きょうだいの思いに関する探索的研究: PAC (個
人別態度構造) 分析と KH Coder (計量テキスト)
分析を通して, 就実大学大学院教育学研究科紀要,
(1), 3-23.
永山智之 2013 二者状況と三者状況における体験か
ら見た広汎性発達障害-PAC 分析と円を用いた描
画法による検討. 京都大学大学院教育学研究科紀
要, 59: 415-427
内藤哲雄・金娟鏡 2005 発達障害のある幼児をもつ
韓国人母親の障害受容に関する PAC 分析 社会的
支援体制と育児ネットワーク機能の視点から 人
文科学論集 人間情報学科編, 39, 11-25.
(KONNO Hironobu)
PAC分析研究 第3巻
61
高齢保育士の活用に関する研究(その1)
―高齢保育士の PAC 分析からー
○午来和子1)
KAZUKO GORAI 江幡芳枝2)
YOSHIE EBATA 内藤哲雄3)
TETUO NAITO
1)
福島学院大学 2)
日本保健医療大学 3)
明治学院大学
key words : 保育士不足 高齢保育士 PAC 分析
Ⅰ.はじめに
保育士とは、児童福祉法の第 18 条1項の
登録を受け、保育士の名称を用いて、専門
的知識及び技術をもつて、児童の保育及び
児童の保護者に対する保育に関する指導を
行うことを業とする者をいう。2016 年 12
月 1 日、新語・流行語大賞のトップ 10 に選
ばれた「保育園落ちた日本死ね」は、保育
所不足を象徴する出来事として話題になっ
た。保育士不足の原因1)
としては、①新卒
者の保育所への就職率が少ない、②就職し
て早い時期の離職者が多く、勤務年数 5 年
未満の者が半数以上いる。③再就職時に保
育士を希望しない、結果として、④潜在保
育士が多いなどが挙げられている。
保育に関わる最近の大きな変化として、
内閣府より通達された「子ども・子育て支
援法、就学前の子どもに関する教育(以下、
新制度)2)
がある(平成 24 年 8 月 31 日付
通知)。この新制度によって、従来の保育園、
幼稚園に加えて,幼稚園と保育所の両方の
良さを併せ持つ施設として「認定こども園」
2」
が注目されている。認定こども園の誕生
によって職員資格として、保育士・幼稚園
教諭共に保育士・幼稚園教諭の資格が必要
になり、保育士の数と質の担保が一層求め
られる事となった。
定年退職した高齢保育士の活用は保育士
不足解消の一助となるばかりでなく、経験
豊かな高齢保育士が保育現場に新たな役割
を果たすことができるのではないかと考え
た。しかし、高齢保育士に関する先行文献
は見当たらなかった。
Ⅱ.研究目的
高齢保育士の活用は保育現場にどのような有
用性をもたらすことができるか、「高齢保育士な
らではの独自の役割が存在するのかについて」、
PAC 分析を用いて明らかにする。
用語の定義:本研究において高齢保育士とは
60 歳以上の保育士をいう。
Ⅲ.方法
1.対象(被検者):福島県A市の保育所に勤
務する高齢保育士1名。被験者は保育短大
卒業後、保育士として 40 年以上の勤務経験
者。
2.期間:平成 29 年 6 月 1 日~平成 29 年 9 月
30 日
3.連想刺激文(内容)
「60 歳以上の保育士はどのような働きや役
割で、貢献することができるでしょうか?
子どもに対してはどうでしょうか?
親に対してはどうでしょうか?
園に対してはどうでしょうか?
また、高齢者であることによる弱点を、逆
に長所に変えることについてもイメージし
てください。思い浮かんだ順に番号をつけ
てカードに記入してください。」
4.方法(手続き)
PAC分析の手法に従って、対象に上記の連
想刺激文を口頭および紙面で提示し、2回に
分割してインタビューを実施した。分析は統
計ソフト HALWIN によるクラスター分析(ウオ
ード法)でデンドログラムを析出した。
5.倫理的配慮
被検者には、口頭および研究について説
明した文書を示し、研究に参加する事の同
意を得た。
ポスター発表1
PAC分析研究 第3巻
62
【2018年度第12回大会発表抄録】
Ⅳ.結果
1.被検者のデンドログラム
(被検者:40 年以上の保育所勤務経験のある高齢保育士)
Fig1.連想項目と単独イメージが付加された被験者のデンドログラム
1)左の数値は重要順位
2)各項目後ろの( )内の(+)(0)(-)は単独でのイメージ
PAC分析研究 第3巻
63
クラスター分析の結果は、Fig1のとおりであ
る。連想項目の中で、重要順位の高い順に 1/3
となる 9 項目は、①「受容する幅が広い」②「安
心感がある」③「子どもにも親にも気配りがで
きる」④「経済面も理解できる」⑤「子どもに
自信を持たせる」⑥臨機応変な対応ができる」
⑦「経験を踏まえたアドバイスができる。」⑧
「親世代のイメージを持たせながら母親にアド
バイスができる」⑨仕事の配分や環境整備の助
言ができる」であった。28 項目中、プラスイメ
ージは 22 項目(78.6%)、マイナスイメージは 5
項目(17.9%)、どちらでもないは 1 項目(3.5%)
であった。
2.被検者によるクラスターのイメージ
被検者の発言は「 」、検査者による発言は
( )で示す。
クラスター1は、「受容の幅が広い」~「子
どもの遊びをたくさん知っている」までの8項
目。「子どもに対してどのような対応が良いのか、
安心感が大切で、教えることは根気よく、上手
に褒めながら、子どもの主体性や自分主性を重
んじ、子どもの好きな、昔の遊びも教えながら
関わっていくことだと感じます。」
(他にはないですか?)
「多くの遊びを教えるという感じです。その
まま高齢保育士故にいろんな経験を踏んできた
からこそ、8項目すべてがプラスになってまと
まっているのだと感じます。」
クラスター2は、「経験を踏まえたアドバイ
スができる」~「社会の動向を知っている」の
9項目。「保護者、保育者に対しての対応と気配
りで、特に経験体験を踏まえての知識、技術の
対応では、相談事をはじめ、病気やけが人が出
た時の観察、判断対応など臨機応変に落ちつい
で敏速に対応できると感じられます。」
クラスター3は、「体力が落ちている」~「頑
固なところがある」の以上8項目。「体力的には、
だんだんできなくなってきていることがあるか
ら、自分たちが工夫したこと、自然に身につけ
てきたこと、それがこうマイナスになっていく
感じ。」
(その他ないですか)
「定年を迎えての働き方でこんな光景がでて
きます。子どもとか、子供の母親、保護者とか、
若い世代の保育士さんに理解してもらうことも
大切で、弱者を思いやる心を育てることにもな
ると感じます。」
クラスター4は、「経済的にも自立している」
~「子どもからパワーをもらえる」以上の8
項目:「園に対しての貢献です。」「経済的に自
立していることから、また、子育ても終えて
いる場合が多く、勤務時間が融通でき、勤務
者の緊急時の交代要員にも対応してくれる。」
(その他ないでしょうか)
「経験と余裕を持っての生活から、園の都合
で短時間勤務も対応してくれるので人件費の
節約、経済効果にもなっていると感じます」
3.被検者による「クラスター間関係」のイメ
ージと解釈
クラスター1と2の比較:1 と 2 は、同じと
ころはない。違うところは、1は、子もが主
体で保育環境、遊び、居場所についての対応
である。2は、保育士、保護者、子どもに対
する対応である。
クラスター1と3の比較:1は経営面まで考
えて、ゆとりある子どもへの対応、3は加齢
による体力・気力・性格の頑固さが出てくる。
同じところはなく異なる部分が出ている。
クラスター1と4の比較: 1 は、子どもに関
しての対応が主であり、4は、高齢保育士の
園に対しての貢献と生きがいがを感じます。
(その他はないですか?)それぐらいです。
クラスター2 と 3 の比較:2は、豊富な経験
を生かした対応。3は高齢者としての弱点が
大きな違いだと感じます。クラスター2との
比較:2は、経験を踏まえた子どもから大人
までの対応ができる。3は、高齢保育士の有
効活用ができるだと思います。
クラスター2 と4の比較:同じところは無い。
クラスター3と4の比較:3と4は、同じと
ころはない。違うところは、高齢者の(誰に
でも起こる体力・知力の減退。4は、園が求
めていること(貢献)できると高齢保育士が
社会に求めたいことだと思います。
4、被検者による全体についての解釈
クラスター1 は、経営面も含めて、子どもの
対応ができる
クラスター2は、豊富な経験から保護者、若
い保育士にアドバイスができる。
クラスター3 は、誰にでも起こる知的、体力
的にも衰えることだと思います。
クラスター4 は、高齢者は子育ても終わり、
時間的にも余裕があり、また、年金による
生活保障もあるため、自分に適した働き方
で生きがいに繋がれば良いと思う。その結
果、社会的にも貢献できれば更に望ましい
PAC分析研究 第3巻
64
と感じます。
Ⅴ.総合考察
クラスター1は、高齢者は、伝承遊びをたく
さん知っていて、子どもたちに教えるゆとりを
持っている。いろいろな事に対して、ああしな
さい、こうしなさいとか言わないで、根気よく
待ってあげる、良いところを褒めることが上手
で、相手を受け容れようとする気持ちが母親に
も、子どもにもやる気を起こさせる。子どもが
保育園での生活を楽しみにして、遊びも、学び
も子どもの 1 人ひとりの自主性、主体性を重ん
じて子ども関わっていくことで<ゆとりある
子どもへの対応>と命名できよう。
クラスター2は、知識が豊富で、社会の動向
にも熟知し、臨機応変の対応が可能で、仕事の
配分や環境整備の助言もできる。また、親世代
のイメージを持たせながら、親には経験を踏ま
えたアドバイスや気配りができ、若い保育士も
よき相談相手や、良き理解者にもなれる。以上
のことから<園に関わる人、環境整備など園全
体の対応>と命名することができよう。
クラスター3は、体力・知力・認知力などが
低下する高齢者の弱点や高齢者の特質である頑
固さ等による<加齢による弱点>と命名でき
よう。
クラスター4は、働くことで経済的にも余裕
ができ、健康にも気を配りながら園にも社会に
も貢献もでき、子どもからパワーをもらえるこ
とで生きがいにつながる。また、高齢者は子育
ても終わり、保育園に必要な時間帯に短時間勤
務ができる事などから<弱点の補完可能>と
命名できよう。
Ⅵ.結論
高齢保育士活用の有効性について、高齢保育
士自身はどのように感じているかについて PAC
分析を用いて検討した。その結果、高齢保育士
の子どもへの関りとしては、経験豊富な高齢保
育士の<ゆとりある子どもへの対応>という
長所がある。また、保育現場に高齢者が存在す
る事は世代間交流となり、高齢保育士は保護者
や若い保育士の良き相談相手・理解者となり、
<園に関わる人、環境整備など園全体の対応>
ができる。しかし、高齢保育士自身は保育業務
を行うに際して、「軽快に体を動かせない」「記
憶力が低下してきている」等、<加齢による弱
点>も自覚している。その<弱点を補完する可
能性>としては、勤務者の緊急時の交代要員や
短時間勤務にも対応できる融通性がある。これ
らは、保育士不足が深刻な現状において、高齢
保育士の活用が期待される。更に、高齢保育士
自身にとって、「子どもからパワーをもらってい
る」「体調管理ができる」等、高齢者の生きが
いにとっても重要な点が指摘されている。
「認定こども園」の誕生によって、保育士の数
と質の担保が一層求められる現状において、高
齢保育士は豊富な経験を持った保育者として貴
重な人材であり、加齢による弱点を持ち合わせ
ていても、それらを補完する可能性があり、更
には、高齢者自身の生きがいにも繋がる点で、
今後、高齢保育士の活用を推進する必要性が示
唆された。その為には、「働く意欲を持たせる制
度が欲しい」との要望があるように、高齢保育
士を単なる保育の補助要員として扱うのではな
く、高齢保育士の長所と弱点を認識したうえで、
高齢者の生きがいにも繋げる形でのシステム作
りが求められる。
引用文献
1)厚生労働省(2013)保育分野における人材
不足原因理由②
保育士として就業希望しない理由図 4p6
www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11600
000.../0000057759.pd
2)内閣府(2017)認定こども園概要-子ども
子育て支援制度-
http://www8.cao.go.jp/shoushi/kodomoen/gai
you.html,2017.9.1.より
稲毛文恵((2013)保育の質から見た保育所の現
状と課題立法と調査 10、NO345(参議院事務局
企画調整室編集)
高橋智宏他(2014):保育園の育成に関する研究
-男性職員に焦点を当てて-保育科学研究第 5
巻 p71
厚生労働省(2015):第 3 回保育士等確保対策
検討会
厚生労働省(2014.):保育人材確保のための
「魅力ある職場づくり」に向けて
厚生労働省 (2015):保育士等における現状
厚生労働省雇用均等・児童家庭局保育課:
(2017)保育士のキャリアアップの仕組みの
構築と処遇改善について
PAC分析研究 第3巻
65
高齢保育士の活用に関する研究(その2)
―中堅保育士の PAC 分析からー
○江幡芳枝1)
午来和子 2)
内藤哲雄3)
1)
YOSHIE EBATA , 2)
KAZUKO GORAI, 3)
TETUO NAITO
日本保健医療大学 福島学院大学 明治学院大学
key words:保育士不足 高齢保育士の活用 中堅保育士 PAC 分析
Ⅰ.はじめに
平成 25 年社会福祉施設等調査(厚生労働
省統計情報部)1)
によると、保育士登録者
数は約 119 万人、勤務者数は約 43 万人、潜
在保育士は約 76 万人である。
保育士の就業状況としては、保育士養成数
の約半数しか保育所に就職しない事、保育
士として就職しても半数以上が5年未満で
離職する事、勤務 10 年以上の経験者が 20%
に満たない事、潜在保育士が多い事は保育
の量・質ともに問題である。
高齢保育士の活用に関する研究(その1)
において、高齢保育士を活用する事は保育
士不足を補うばかりでなく、子ども及び保
護者や若い保育士にとっても有益であり、
高齢者自身の生きがいにも繋がることが示
唆された。本研究では、5 年未満の経験の浅
い保育士の指導的立場になり、熟練保育士
が少ない職場環境で働く中堅保育士は、高
齢保育士の存在をどのように考えているか
について検討した。
Ⅱ.研究目的
高齢保育士の活用は保育現場にどのような
有用性をもたらすことができるか、「高齢保育
士ならではの独自の役割が存在するのかにつ
いて」、中堅保育士を対象に PAC 分析を用いて
明らかにする。
用語の定義:本研究において中堅保育士とは
Ⅲ.方法
1.対象(被検者):福島県A市の保育所に勤務
する 30 歳代の中堅保育士1名。被検者は保
育士として就職後離職し、再就職の経験が
ある。勤務経験 15 年以上。
2.期間:平成 29 年 7 月~平成 29 月 8 月
3.連想刺激文(内容)
「60 歳以上の保育士はどのような働きや役
割で、貢献することができるでしょうか?
子どもに対してはどうでしょうか?
親に対してはどうでしょうか?
園に対してはどうでしょうか?
また、高齢者であることによる弱点を、逆
に長所に変えることについてもイメージし
てください。思い浮かんだ順に番号をつけ
てカードに記入してください。」
4.方法(手続き)
PAC 分析の手法に従って、対象に上記の
連想刺激文を口頭および紙面で提示し、2
回に分割してインタビューを実施した。分
析は統計ソフト HALWIN によるクラスター
分析(ウオード法)でデンドログラムを析
出した
5.倫理的配慮
被検者には、口頭および研究について説明
した文書を示し、研究に参加する事の同意
を得た。インタビューにおいては、話した
くないことは話さなくてよい事、いつでも
中断してよい事、中断しても何ら不利益は
無い事を伝えて行った。
勤務経験 5 年以上の保育士をいう。
ポスター発表2
PAC分析研究 第3巻
66
【2018年度第12回大会発表抄録】
Ⅳ.結 果
1.被検者のデンドログラム
(被検者:30 歳代の中堅保育士。離職経験があり勤務経験は 15 年以上)
Fig1. 連想項目と単独イメージが付加された事例Eのデンドログラム
1)左の数値は重要順位
2)各項目後ろの( )内の+ - 0 は単独でのイメージ
PAC分析研究 第3巻
67
クラスター分析の結果は、Fig1 のようにな
った。まず連想項目の中で、重要順位の高い
順に 1/3 をあげると①「子育ての仕方を教え
ていただける」②「理解者」③「お互いに刺
激になる」④「言葉に励まされる」⑤「たく
さんの知恵袋を持っている。」⑥「安心感があ
る」⑦「慣れ親しみやすい」⑧「一緒に働く
ことで自分自身の学びになる。」であった。全
22 項目中、プラスイメージは 22 項目(100%)
全てであった。
2.被検者によるクラスターのイメージ
被験者によるクラスターの解釈は「 」、
検査者による発言は( )で示す。
クラスター1は、「子育ての仕方を教えて
いただける」~「包容力がある」の12項目。
高齢保育士は、暖かい感じもするし、人間性
もあり、支えてくれる感じがします。また、
たくさんの知恵袋を持ち、心の豊かさが感じ
られます。子育ての仕方を教えていただける、
理解者として助けてもらえる、力になってく
れる理解者、頼りになる、しっかり寄り添え
るとても安心して頼れる感じがします。
クラスター2は、「高齢保育士は、一緒に
教え合うとか、励まし合うとか同僚的な感覚
で、単に遠くで見ているのではなく、関わっ
ていくことができる人がいるという感じが
します。」
(その他はないですか)
「今はネットでも何でも調べて、いろんな情
報は得るけれども、誤った情報もある。それ
が正しいと思い込んでしまったりするので、
人の話を聞いて育児や保育に生かせれば良い
のかな、というイメージです。」
(その他はないでしょうか)
「やってみて、励まされたり、あまり間違っ
てなかったなあとか、ああこれがいけなかっ
たというのに気づいて、また、新たな一歩、
二歩と踏み出せたら、より保育が楽しくなる
かと。一緒に働くことで、自分自身の学びに
もなるし、自分磨きにもなる。夢中になって
やっても、どれが正しいのかわからなかった
りすると、それでいいんだよとか、ほめて、
励ましてくれたりとか、アドバイスして下さ
るので、そういうのがあると、私の保育は間
違ってなかったなとか、そこで確認もできる
し、課題を与えていただくと目標に向かって
取り組んでいったり、もし高齢者とペアにな
ったら、いろんな刺激や学びがあると感じら
れます。」
クラスター3は、「慣れ親しみやすい」
~「元気明るい笑顔」以上の4項目。
「慣れ親しみやすい、誰とでもコミュニケ
ーションが図れる。方言で絵本を読む、魅
力がある。元気、明るい、笑顔、これらは、
人との間のラポートとか、垣根を越えて直
に接していくという力が感じられます。」
「明るい笑顔、例えば、保育園の子ども達
を散歩に、他の保育士たちと組んで連れて
いるときなども、自然に歌を歌ったりして、
みんなを巻き込んでいけるような力、明る
い元気な笑顔、そう言う雰囲気を持ってい
る。」
3.被検者による「クラスター間関係」のイ
メージと解釈
クラスター1と2の比較:1は、子ども
たちに対する関わりの仕方が、包容力があ
って、その人が、太陽になっているように、
いわば突き飛ばして観察している感じがし
ます。2は、一緒に教え合い、励まし合う
という同僚的な感覚、単に遠くで見ている
のではなく関わっていくことができる人が
いるという感じです。
クラスター1と3の比較:1は、子ども
たちへの関わりかた。3は、子どもたち
に与える明るさ、元気、笑顔です。
ラスター2と3の比較:2は、同じ仲間
意識で学び合い、励まし合い。3は子ど
もに与える明るさ、元気、笑顔。
4.被検者に対する補足質問(項目単独
のイメージ)
・理解者とは→子育てに対しても相談やア
ドバイスをもらえる。
・たくさんの知恵袋→いろんなことを知っ
ている。教えてもらえる。
・昔と今は違いがあるが参考になる
→話すことでいろいろな事がわかる。
・自然の物を使った遊びを沢山知っている
→水鉄砲、笹舟などを作って遊ぶ。
5.被検者による全体についての解釈
知識や何かよりも、みんなを盛り上げる
力、エンターテイメントとしての力、そう
言う盛り上げる力、全体を集団で引っ張っ
ていく力、実力を感じます。子どもたちの
関わりが第1クラスターで、第2クラスタ
ーは、高齢保育士は誰とも慣れ親しんだり、
方言で本を読んだりできる力があり、保育
PAC分析研究 第3巻
68
士や子どもたちを一緒に巻き込んで、皆に
明るさや元気や笑顔を与える力を持ってい
る。そして、第1、第2、第3クラスター
とも繋がっていると感じます。」
Ⅴ.総合考察
クラスター1は、高齢保育士は、若い保育
士に対して、常に声をかけて寄り添い、子ど
もの気持ちがわかるように、子どもを可愛が
り、たくさんの知恵袋を持って、子どもを通
じて子どもへの支援法を教えている。高齢保
育士は、若い保育士を理解し、助け、頼りに
なっている。保育の現場で子育ての仕方を教
え、包容力をもって指導していることから<
若い保育士に具体的な子どもの支援法>と
名づけることができよう。
クラスター2は、一緒に働くことで、お互
いに刺激になることが多く、例えば、昔と現
在は違うこともあるが自然のものを使った伝
承遊びや、いろんなことを教えてもらえる。
言葉で励まされることがある。<一緒に働く
中で指導を受け啓発される>と命名できよう。
クラスター3は、元気で明るい笑顔で、誰
ともコミユニケーションが取れ、慣れ親しみ
やすく、方言で本を読んだりすることから<
明るい職場風土の醸成>と命名できよう。
Ⅵ.結論
高齢保育士の活用に対して、勤務経験 15
年以上の中堅保育士は、高齢保育士の存在を
22 項目全てプラスイメージで捉えている。そ
の内容は、「元気、明るい、笑顔」が第1クラ
スター、第2クラスター、第3クラスターと
も繋がっており、被検者は高齢保育士の魅力
をそこに見出している。単なる知識よりも、
みんなを巻き込み盛り上げるエンターテイナ
ーとしての力を持っていると評価している。
クラスター1から命名された<若い保育士
に具体的な子どもの支援法>は、高齢保育士
の長い経験に裏図けられた保育の熟練の技を
評価し、クラスター2から命名された<一緒
に働く中で指導を受け啓発される>は、先
輩・同僚として一緒に保育を実践する中で刺
激を受け、教えられる指導者としての存在を
評価し、クラスター3で命名された<明るい
職場風土の醸成>は、豊富な人生経験を積ん
で人間的にも成長し、誰に対しても親しみを
持って明るく接する事のできる頼れる存在、
職場には無くてはならない存在として捉えて
いる。保育という子どもや保護者を支援する
職業を通じ、専門職として常に向上を目指し
て継続してきた先輩の姿が、高齢者となって
より円熟した保育士の Role model になってい
るようにも推測される。
高齢保育士の活用に関する研究(その1)
において、高齢保育士自身からは、「体力が落
ちている」「軽快に身体を動かせない」「記憶
力が低下している」「力仕事はできない」など
の<加齢による弱点>が語られたが、中堅保
育士は高齢保育士を「元気・明るい・笑顔」
「みんなを盛り上げる力、エンターテイメン
トとしての力がある」と評価し、高齢保育士
自身とは異なる見方をしている。このことは、
高齢保育士は、たとえ、加齢による体の衰え
があっても、顔の表情や笑顔、言葉によって、
子どもや周囲に明るさ・元気を与え、周囲を
巻き込む力があることを示している。
最近の社会問題になっている保育士不足に
対する高齢保育士の活用に焦点を当てて、特
に、「高齢保育士ならではの独自の役割が存在
するのかについて」、中堅保育士を対象に PAC
分析を行った。その結果、高齢保育士の活用
に関する研究(その1)と同様、中堅保育士
からも、高齢保育士の子どもへのゆとりある
対応、若い保育士への支援や指導力、明るく・
元気・笑顔などで職場のみんなをまとめてい
く力等が語られ、高齢保育士ならではの特徴
が示された。
半数以上が 5 年未満で離職し、経験 10 年以
上の保育士が 20%と少ない現状の保育状況
において、豊富な実践力を持ち、若い保育士
を支え・啓発し、職場に活気をもたらす高齢
保育士の活用は中堅保育士からも望まれてい
ることが示唆された。
引用文献
1)保育士等に関する関係資料 - 厚生労働省
www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-2017.9.1)
厚生労働省(2013)保育分野における人材不足
原因理由②、保育士として就業希望しない
理由図 4p6
www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-1160
PAC分析研究 第3巻
69
日 本人との対人コミュニケーションでの違和感
―地位と性の異同の影響についてスリランカ人が感じるイメージ―
内藤 哲雄
(明治学院大学国際平和研究所)
key words:日本人 地位と性 対人コミュニケーション スリランカ人
Fig. 1 地位と性の異同が日本人の対人コミュニケーションに及ぼす影響のイメージ
はじめに
全ての人は自分自身や社会環境についての理
論を持って日常生活を送っている。世界に関す
る わ れ わ れ の 理 論 は 、 ス キ ー マ と よ ば れ る
(Taylor and Crocker, 1981)。 スキーマは、関連す
る一般的特徴に現実に遭遇することだけでなく、
抽象概念のコミュニケーションによっても発達
する。経験によって得られたスキーマが一般化
されるときは、典型的にはより抽象化されてい
く。抽象化へのシフトは、これらの経験には共
通性があると知覚されれば、たった 2 つの事例
からでも生じる。体験的知識が増えれば増える
ほど、スキーマについて詳細に描写することが
可能になる。同時に、発達するにつれてより緊
密に組織化されてくる。スキーマが発達し、使
用される頻度が高まるにつれ、そのことに注意
を集中しないですむし、意識的に努力すること
を必要としなくなる。そして、人々が適応的に
対処すればするほど、追加された知識は完璧で
はなくても、現実世界にうまく適合するように
なる。Fiske & Taylor (1991)によれば、対人関係
の認知的枠組みは、ある状況でどのように振る
舞うべきかを強力に指し示すスキーマである。
対人関係のスキーマは、社会生活の中にごく自
然に埋め込まれているので、対人関係スキーマ
が存在することに気づくのは困難である。それ
らは捉えにくく、暗黙裡で自動的に作動する。
内藤(2011)は、中国人、中国へ関わりがなく、
漫画の三国志で知識を得た程度の男性 A と、中
国訪問の経験はないが、語学留学中に訪米中の
中国人女性との交際経験を持つ男性 B を被検者
として、「中国」と「中国人の人間関係」の2つ
のイメージをそれぞれ PAC 分析した。その結果、
漫画で得た知識であれ、実際に中国人との交流
やコミュニケーションで獲得したものであれ、
①対象について知れば知るほど、対象に関する
スキーマを詳細に描写できるようになり、②ス
キーマは発達するにつれ、強固に組織化され、
③知識が追加蓄積されることで、次第に適応的
ポスター発表3
PAC分析研究 第3巻
70
【2018年度第12回大会発表抄録】
で柔軟に対応できるようになり、④未来のアイ
デンティティからの振り返りによってもスキー
マが再構成され、発達していたことを確認して
いる。また Naito, T. (2018) は、敬語や丁寧語の
質や量が、日本語と(スリランカの) シンハリ語
では、男性と女性の間、年齢や地位の上下で異
なることを示している。そして出身国の文化と
適応しようとする滞在先の文化とのギャップが
大きくなると、異文化間コミュニケーションで
の違和感が生じることが推測される。本研究で
は、対人関係や対人コミュニケーションにおい
て、母国と日本での差異点に気づいている人を
対象として、気づかれた個別特徴の背後にある
潜在構造(ここでは「対人コミュニケーション・
スキーマ」)を PAC 分析によって明らかにする
ことを目的とした。
方法
被検者:スリランカ人女性 40 代前半、日本語教
師。母語はシンハリ語。日本滞在 9 年。
提示刺激:口頭で読み上げ提示した刺激文は、
「あなたは、<日本人とコミュニケーションを
するとき>に、同性同士、異性とのコミュニケ
ーションで、また年齢や地位が同じまたは異な
る(目上、目下の)相手とのコミュニケーション
で、不自然だと感じたり、違和感が生じたりす
ることがありますか。そのように感じるのは、
どのような場面や状況だと思いますか。また、
不自然な感じや、違和感を懐いたとき、どんな
ことが頭に浮かび、どのようにしたいと感じま
すか? そして、それらを解消するためにはど
のようにしたら良いと感じますか? 頭に浮か
んできたイメージや言葉を、思い浮かんだ順に
番号をつけてカードに記入してください。」であ
った。
手続き:使用した統計ソフトは HALWIN。刺激
文を読み上げるとともに、被検者の前に提示し、
連想反応を得た。次に重要順に並べ換えさせ、
項目間の直感的類似度を、日本人との性や地位
の異同でのコミュニケーションで、不自然感や
違和感を懐いたときのイメージとして思いつい
た言葉の組み合わせが、言葉の意味ではなく、
直感的イメージの上でどの程度近似しているか
を、非常に近い(1)、かなり近い(2)、いくぶん
か近い(3)、どちらともいえない(4)、いくぶん
か遠い(5)、かなり遠い(6)、非常に遠い(7)、
の 7 段階で評定させた。ついでウォード法でク
ラスター分析し、各クラスターのイメージを聴
取し、補足質問をして、最後に項目単独での+
-0イメージの回答を求めた。
結果
被検者から聞き取ったイメージは以下の通り
である。
クラスター1は、「敬語」~「~です/~ます
では足りないのはなぜ」の 4 項目:私の中では
このグループは、日本のコミュニケーションに
おける敬語あるいは敬語の使用です。このよう
に思ったのは、日本に来て最初の頃でした。当
時の私は、日本語の敬語の使用が下手だった。
(Q:他にはどうですか?)だから、できない敬
語をできるようにするために、できるだけ日本
人の会話を観察して、できるだけ早く敬語を身
につけなきゃと思いました。(Q:それではどんな
内容でまとまっていると感じますか。)敬語と敬
語の使用ではないですか。(Q:他にはどんなイメ
ージが浮かんで来ましたか?)たぶん敬語が下
手だったと感じたのは、テレビ番組だったり、
大学でいろんな場面に出会ったときに、私だっ
たらこういうときに敬語にしなかったはずなの
に、何でこれだけ敬語を使っているのかなあー
って。「です」「ます」だけでは足らないと思っ
たからです。
クラスター2は、「食べ物は分け合うことはし
ない」~「一人ごとを言う人が多い」までの 6
項目:上から5つは、日本人がコミュニケーシ
ョンの中で、どのように親しさを表しているの
かを、少し疑問に感じたところだと思います。
「一人ごとを言う人が多い」というのは、この
グループに入っているのがどうしてなのか分か
りません。でも、これ、日本人の一人ごとが多
いというのは、スリランカ人ではあまりみられ
ないから、確かに不思議でした。上からの 5 項
目は、日本人の行動、日本人のコミュニケーシ
ョン行動の中からみているので、スリランカ人
と比べると、「十分に親しさが伝わってこない
な」って思いました。(Q:他にはどうですか?)
これら全てが、私が日本の大学の中で生活した
り、普通に市民として日本人と生活したりする
中で遭遇した場面や経験を通して感じたことで
すね。(Q:その他にはどうでしょうか?)「一
人ごとを言う」というのは、上の 5 つとどういう
風につなげられるのかはよく分かりません。私
の中では、これは別の単独の項目ではないかと
思っているんですけど。もしかして、あまり親
PAC分析研究 第3巻
71
しい人がいないと、私たちスリランカ人は、自
分の友だちに向かって、あるいは親兄弟に向か
って言うことを、日本人は自分に向かって言っ
ているのかも知れません。口をとんがらかして。
クラスター3 は、「先生に対する尊敬はない」~
「親、先生に大声で話す」までの 6 項目:私も
教育現場に関わっていますし、子どもが(学校
で)教育を受けているので、その中で感じてい
ることなんですが、とくに日本人学生や児童の
行動をみると、目上の先生に対する敬意がちゃ
んと行動に表れていない。「いないなあ」と思っ
ています。これらのやり方は、日本では大丈夫
かも知れないんですが、私の国(スリランカ)
では失礼にあたるような行動だなと思います。
クラスター1と 2 の比較:似ているのか違うか
は分かりませんが、クラスター1 は敬語になる
ので、人間関係にちょっとした距離を感じるの
かなと思います。クラスター2 は私の中でです
ね、もしかして距離をもう少し縮めて親しくな
りたい、なった方が良いかなという思いはあり
ますが、やっぱり日本では親戚語を使わない。
(親戚語で呼ぶとは、実のきょうだいではない
のに、「お兄さん」「お姉さん」と呼ぶなど。ス
リランカでは社会に一般的で、知らない人同士、
不特定の相手にも使う。)(日本では)誰に対し
ても「さん」をつける。食べ物を分かち合うこ
ともしない。そういうことから親しくなれない。
という違い、ギャップがあるのかなあ。
クラスター1 と 3 の比較:そうですね。言葉で
は丁寧にして敬語を使うんですけど、私にとっ
ては、「それだけでは足りない、言葉だけでは足
りない」と思っていますね。もう少し行動にも、
言葉にある丁寧さを、行動にも移して、行動か
らも表すべき、表してほしい、という考え方が
あります。それが 1 と 3 のクラスターの違いか
な。
クラスター2 と 3 の比較:上のグループ(クラ
スター2)は親しさを中心に語るもので、下のグ
ループ(クラスター3)は、丁寧さを行動に移す
ということについて語る、という違いがあるの
かなと思います。似た点でいうと、どちらもた
だ言葉だけの親しさや敬意だけでなく、「敬意も
親しさも行動からも示すべき」という点かなと
思う。
連想項目単独でのイメージ:敬語→もちろん相
手に対する丁寧な言葉という意味もありますが、
うーん、何だろ、母語の敬語とはまた違うので、
私の中では、それぞれ国の敬語のイメージが違
って、それぞれの役割も違うなあっていうのが
あって、スリランカでは下品な言葉でない限り、
日常の言葉で先生とも子どもとも話せるので普
通の言葉が敬語。あえて使いたいときは文字の
文語(書き言葉)を、正式の場で使う。日本で
は、悪いことではないけど、距離を保持して、
普通にブロックしている。敬語をできるだけ早
く勉強をしなきゃ→これはこの通りで、日本で
生活していくのでなるべくコミュニケーション
では失敗しないように、日本人に受け入れても
らうためにも、日本人らしい敬語を身につけな
ければと思った。とくに私の場合先生に敬意を
表現したい、私らしい行動をしても伝わらない
といけないと思った。「勉強しなきゃ、より使え
なくっちゃ」という思いで勉強していたので。
日本人の会話を観察しなきゃ→勉強できる一番
早い方法は、日本人の会話を観察すること。~
です/~ますでは足りないのはなぜ→これを私
の国の(日本の会社の支店で)十分に使ってい
た。普通にそれで仕事をしていた。食べ物は分
け合うことはしない→(スリランカでは)食べ
物を友だちに分ける。友だちだったら分ける。
親しいと見えない→(相手が)友だちだったら、
分け合わないで、一人で食べたりしない。親戚
語はあまり使わない→スリランカでは、本当の
親戚でなくても、知らない人にでも親戚語を使
う。日本では、「お兄さん」「お姉さん」と呼ん
だりすることが少ない。誰に対しても名前+さ
んでOK→スリランカでは、さんをつけないで
同レベル扱いする。自分の子どもに名前で呼ぶ
人が多い→スリランカでは、「息子」「娘」で呼
ぶ。(名前で呼ぶと)愛情がないと感じる。先生
に対する尊敬はない→これは、学校での日本人
の行動、(日本の学校に通う)自分の子どもの学
校の先生への態度や行動をみていて感じること。
話を聞いていないように感じる・目上の人が話
すと目を見ない・目上の人の前ではしっかり立
っていない→先生の目を見ないとか、しっかり
と立っていないなど、尊敬の行動を示していな
い。親、先生に言い返す子・親、先生に大声で
話す→尊敬があるならこんなのすべきでない。
総合考察
聴取では、日本の敬語や丁寧表現のイメージ
やそれへの違和感と不満足が表明されている。
クラスター1は、日本に来て最初の頃に思った
ことで、当時の私が下手だった日本のコミュニ
PAC分析研究 第3巻
72
ケーションでの敬語あるいは敬語の使用のイメ
ージ。テレビ番組や大学で、私だったらこうい
うときに敬語にしなかったはずなのに、何でこ
れだけ敬語を使っているのかと感じ、「~です/
~ますだけでは足らないなぜ」と思っていた。
だから、「敬語をできるだけ早く勉強しなきゃ」
「日本人の会話を観察しなきゃ」と感じていた。
敬語の使用で人間関係にちょっとした距離を感
じ、他方で、丁寧な敬語だけでなく、行動でも
表現してほしいと感じている。被検者の、日本
人の会話の観察と学びへの努力を示す内容であ
り、<日本語の敬語表現を学ぼうとする努力>
のクラスターと命名できよう。
クラスター2は、十分に親しさが伝わってこな
い、もう少し距離を縮めたいとの思いからの違
和感。スリランカの友達だったら分け合うのに
「食べ物は分け合うことはしない」、見知らぬ他
人でも「お兄さん」「お姉さん」とよぶ「親戚語
をあまり使わない」、「誰に対しても名前+さん
で OK」で「親しいと見えない」。逆に、スリラ
ンカでは「息子」「娘」と呼ぶのに、日本では「自
分の子に名前で呼ぶ人が多い」。被検者は、日本
人の「一人ごとを言う人が多い」を不思議に感
じているが、友達や親兄弟にも言えないで自分
自身に言っているように感じており、日本人の
人間関係の親しさの不十分さから気づき連想し
たのではないかと推測される。日本人が他者と
積極的に親密さを分け合わないことに関する連
想であり、<他者と親密になることへの日本人
の消極的姿勢>のクラスターと名付けること
ができよう。
クラスター3 は、目上の人に対しての、敬意や
丁寧さを行動に移すことにかかわっている。日
本では、スリランカでの尊敬の行動が見られず、
「目上の人が話すと目を見ない」「目上の人の前
ではしっかりと立っていない」し、「親、先生に
大声で話す」し、「親、先生に言い返す子」にみ
られるように目上の人や「先生に対する尊敬は
ない」。日本人学生や児童の行動をみると、目上
の先生に対する敬意がちゃんと行動に表れてい
ない。これらのやり方は、日本では大丈夫かも
知れないんですが、スリランカでは失礼にあた
る行動で違和感を懐いている。日本人の児童や
若者が目上の人を尊敬する行動をしていないこ
とへの違和感のクラスターであり、<目上の人
への日本人若者の非尊敬行動>であると解釈
できよう。
結論
本研究での被検者は、日本語での目上の人へ
の敬語や一般的に使われる丁寧語の表現が質、
量ともに多く、これが対人関係の親密化を抑制
していることを感じている。また、敬語や丁寧
語が言葉の上だけであり、行動に反映していな
いことに違和感を懐いている。
他方で、本被検者には、同性間と異性間にお
けるコミュニケーションでの差異や違和感につ
いての連想や表明が見られない。これは、被検
者が日本語教師であり、外国人留学生に対して、
男女間の言葉遣いの差異よりも、男女とも共通
に使える丁寧語を中心に指導していることが影
響していることも考えられる。
スキーマはそれぞれの個々人が獲得するもの
であることから、個人別に分析することが求め
られる。PAC 分析は、個人別にイメージの潜在
構造を解明するのに有効であり、単一個人であ
りながら記述統計学を援用し、分析手続きにも
操作性、客観性が確保されている。しかしなが
ら、日本人と交流する外国人が獲得する、日本
人の対人関係や対人コミュニケーションについ
てのスキーマの発達は、出身国との対比の文化
的差異があり、個々人の体験内容が異なるので、
単一の被検者によって全側面の普遍的な構造を
解明できるわけではない。より多くの国の出身
者の事例を積み重ねることが要請されよう。
引用文献
Fiske, S.T. & Taylor, S.E. 1991 Social cognition (2nd
ed.). New York: McGraw-Hill.
内藤哲雄 2011 中国と中国人の人間関係のスキー
マの獲得と発達:PAC 分析による構造と形成要因
の検討. (信州大学人文学部)人文科学論集[人間情
報学科編]第 45 号, P55-71.
Naito, T. 2018 Analysis of personal attitude construct
About the influence of social hierarchy on language in
Japanese and Sri Lankan. APA 2018 Annual
Convention San Francisco, California, Poster
Session: Building International Partnerships for
Psychology, People, and the Planet-Part 2, Division 52,
17(M10)
Taylor, S.E. & Crocker, J. 1981 Schematic bases of
social information processing. In E.H.Higgins,
C.P.Herman, & M.P.Zanna(Eds.) Social cognition: The
Ontario Symposium(Vol. 1, pp. 89-134). Hillsdale, NJ:
Erlbaum.
(Naito, Tetsuo)
PAC分析研究 第3巻
73
PAC 分析学会 学会誌『PAC 分析研究』 投稿規定
2019 年8 月25日 改訂(5回目)
PAC 分析学会では学会誌『PAC 分析研究』に掲載する論文を募集しています。会員の皆様の投稿をお待ちして
います。
投 稿 規 定
1.投稿資格:その年度の会費を納入した会員。(ただし、共同執筆の場合は、投稿時点で筆頭執筆者が会費
納付済みの会員であること、論文集掲載時には、執筆者全員が会費納付済み会員であること)
2.内容:PAC 分析を手法として用いたものであれば分野は問わない。ただし、未公刊の論文に限る。
3.使用言語:日本語または英語。
4.投稿カテゴリ:
(1)原著:先行研究に加えるべきオリジナリティーのある研究成果が、具体的なデータを用いて明確に述べられ
ているもの。
(2)短報:新しい事実の発見や萌芽的研究課題の提起、将来の研究の基礎として、速報的な中間報告として優れ
た研究につながる可能性のある内容が明確に記述されているもの。査読では、研究観点の面白さ、論旨
の明快さ、簡潔な内容、速報性、発展性が特に重視されます。なお、短報論文として掲載された論文は、
新たなデータの追加・論考を加えて、原著論文などとして再投稿することが可能です。
(3)その他論文:原著、短報以外の論文(例えば解説、レビュー)。
※査読の結果、投稿カテゴリーの変更を勧める場合もあります。
5.長さ:
(1)原著・その他論文:標題などを含めて本誌6〜10 頁以内に収まる分量とし、かつ、日本語原稿は2 万字以内、英
語原稿は4 千語以内とする。なお、頁数・字数には、論文本文だけでなく、図表・参考文献な
ども全て含まれる。
(2)短報:標題などを含めて本誌見開き4 頁以内に収まる分量とし、かつ、日本語原稿は8 千字以内、英語原稿
は2500 語以内とする。なお、頁数・字数には、論文本文だけでなく、図表・参考文献なども
全て含まれる。
6.原稿の書式等:
(1) 日英両語とも横書きで統一。
(2) 用紙サイズ:A4。余白は上下2 ㎝あけ。1 頁に全角23 文字・43 行・2 段組、10 頁まで。図表も頁をまたが
ないように適当な場所に配置すること。(図表は段を無視して配置してもよい。)
(3) 論文は、テンプレートと同じ書式に揃えること。
7.投稿方法:論文(MS-Word)・別紙・チェックリストを電子メールに添付して提出すること。ファイルにはそ
れぞれ指定されたファイル名をつけること(各用紙に説明あり)。件名は「PAC 分析研究投稿:投稿者名」とす
ること。
《 ファイル送付先 》 PAC分析学会学会誌編集委員会 【 j_pac@googlegroups.com 】
PAC分析研究 第3巻
74
<別紙1 記載事項(MS-word)>
(a) 執筆者氏名(和文およびアルファベット)、所属する機関の名称、機関での資格、会費資格など
(b) 共同執筆者氏名など(該当する場合のみ記入)
(c) 執筆者連絡先住所、電話番号、E-mail アドレス
(d) 論文の題名:日本語および英語
(e) キーワード(5 語以内):日本語および英語
(f) 論文のカテゴリー(「原著」「短報」「その他論文」)
(g) 投稿区分(新規投稿、再投稿の別)
(h) 対象者/調査協力者の承諾の有無(学会誌掲載の承諾を得てから投稿のこと)
<別紙2 記載事項(MS-word)>
(a) 論文の題名:日本語および英語
(b) キーワード(5 語以内):日本語および英語
(c) 要旨/Abstract:日本語および英語で作成する。原著論文は、日本語400 文字以内・英語160 語以内と
し、短報は、日本語250 文字以内・英語100 語以内とする。
(i) 論文のカテゴリー(「原著」「短報」「その他論文」)
(d) 投稿区分(新規投稿、再投稿の別)
<別紙3 記載事項(MS-word) ※再投稿の場合のみ提出>
(a) 論文の題名:日本語および英語
(b) キーワード(5 語以内):日本語および英語
(c) 要旨/Abstract:日本語および英語で作成する。原著論文は、日本語400 文字以内・英語160 語以内と
し、短報は、日本語250 文字以内・英語100 語以内とする。
(d) 論文のカテゴリー(「原著」「短報」「その他論文」)
(e) 前回査読時に受けたコメントへの回答と具体的な修正内容
※論文投稿時に届け出た連絡先等は会員名簿には反映されません。会員名簿の更新は、学会事務局担当の 伊
藤武彦 take@wako.ac.jp まで別途お届けください。
8.採用/不採用の決定:編集委員会が審査し、採否を決定した上、3か月以内に結果をお知らせします。採
用の場合、修正を加えてフォーマットを整えた最終原稿を提出していただきます。
9.論文提出締切日:特にありません。(随時受け付けております。)ただし、年度末に向けた時期に暫定的
な期限を設ける場合があります。
10.著作権等:本誌は電子ジャーナルとしてアクセス制限のない本学会サイトにて公開されます。ファイル形
式としてはテキストのコピーできないpdf に変換されます。また、掲載論文の著作権は本学会に帰属します。あ
らかじめご了承ください。
11.問合せ先:PAC 分析学会学会誌編集委員会 【 j_pac@googlegroups.com 】
PAC分析研究 第3巻
75
編集後記
平成から令和に時代が移り、初めての号となる PAC 分析研究第 3 巻をお届けいた
します。創刊号、第 2 巻と続き、途切れることなく発刊できたことを喜ばしく思いま
す。投稿された方、査読をしていただいた方々に深く感謝申し上げます。
第 3 巻の内容といたしましては原著が 3 件の他、2018 年度の大会にて発表された
方々の発表梗概を、再録という形で全編掲載しております。
査読について思うことを少々したためます。本学会の特徴として、様々な研究分野
の方が、PAC 分析という手法を通じて議論をする場ということがあります。そうする
と投稿いただいた論文を査読するにあたって、同一分野からの査読者を選定するのが
困難な場合があります。査読の方針としては、研究内容の良しあしを問うより前に、
手法が正しく適用され、異なる分野の方にとっても首肯しうる結果を示しているかと
いう点が判定の軸となります。専門性からするとやや物足りないと感じる読者の方も
おられるかもしれませんが、こういった点を踏まえていただければと思います。
例年、大会での発表を受けてその内容に基づいた投稿が多くなっておりますが、投
稿自体は随時可能です。投稿に関するお問い合わせは【j_pac@googlegroups.com】
までメールでご連絡ください。freeml のサービス終了に伴い、昨年までとアドレスが
異なっておりますことにご注意ください。
(編集事務局・土田)
PAC 分析学会誌
PAC 分析研究 第 3 巻 第 1 号
発 行 日 2019 年 9 月 25 日
発 行 者 PAC 分析学会 理事長 内藤哲雄
学会事務局 和光大学 現代人間学部 心理教育学科
いとうたけひこ(伊藤武彦)
〒195-8585 東京都町田市金井町 2160
編 集 委 員 内藤哲雄(編集委員長)
土田義郎(2016~2018 年度事務局)
松浦美晴(2016~2018 年度)
<著作権について>
本誌に掲載された論文の著作権は本学会に帰属します。
Journal of PAC Analysis
Vol.3

『PAC分析研究』第3巻(2019年)

  • 1.
    PAC 分析研究 2019 第 3巻 Journal of PAC Analysis Vol.3 ISSN 2432-9355
  • 2.
    PAC 分析研究 第 3巻 目次 第3巻の発刊にあたって...................................................................................................................... 内藤 哲雄 1 【原著】 留学生・日本人学生混合クラスで教師に求められるものとは ―PAC 分析による大学初年次文章表現授業の教師の振り返り― ................................................................................................. 坂井 菜緒, 中川 純子, 長松谷 有紀, 服部 真子 2 進路面談に求められる高校教師の柔らかな鏡役割 -学校適応感に差がある二人の高生比較- .......................................................................................................................................... 森本 篤, 青木 多寿子 13 店内保安員における高齢者の万引きへの対応に関する PAC 分析 ..........................................................................................................................................................大久保 智生 24 【2018 年度第 12 回大会発表抄録】 教員の教職に対する態度構造の検討 ―教職につまずきを抱える若手教員を対象として― .......................................................................................................................................... 山 瑞己, 青木 多寿子 35 進路指導における高校教師の指導方針について -中日比較を通して- ............................................................................................................................................. 許 暁,青木 多寿子 39 図書を用いた PAC 分析の試み ‐図書に対する子どもの興味を題材として‐ ..............................................................................................................................................三島 悠希, 松村 敦 42 高齢者の万引きへの対応に関する PAC 分析 ..........................................................................................................................................................大久保 智生 46 PAC 分析によるインタビュー・データの 質的分析の可能性 -混合クラス担当教師 3 人の比較から- ................................................................................................. 坂井 菜緒, 中川 純子, 長松谷 有紀, 服部 真子 50 PAC 分析の応用 集合知からイノベーションのための新しいアイデアを得る ............................................................................................................................................................. 藤枝 祐子 54 「普通」をテーマにした発達障害の診断別PAC分析の比較 ............................................................................................................................................................. 今野 博信 58 高齢保育士の活用に関する研究(その1) -高齢保育士の PAC 分析から- ........................................................................................................................午来 和子, 江幡 芳枝, 内藤 哲雄 62 高齢保育士の活用に関する研究(その2) -中堅保育士の PAC 分析から- ......................................................................................................................... 午来 和子, 江幡 芳枝, 内藤哲雄 66 人との対人コミュニケーションでの違和感 ―地位と性の異同の影響についてスリランカ人が感じるイメージ― ............................................................................................................................................................. 内藤 哲雄 66
  • 3.
    第 3 巻の発刊にあたって 「PAC分析研究」の第 3 巻が発刊される。機関誌編集担当の土田義郎先生、論文を審査いただ いた先生方、お世話様、お疲れ様でした。採択されたみなさんおめでとうございます。 本年 2019 年の夏シーズンは、3 つの学会で PAC 分析の研修やワークショップを実施した。最初 は、日本応用心理学会での研修「PAC 分析の理論と実施技法」(日本大学商学部)で、8 月 25 日 午前 11 時から 1 時間であった。2 度目は日本混合研究法学会でのワークショップ「PAC 分析:質 的・量的方法を組み合わせた日本発の研究法」(静岡文化芸術大学)で、午前 9 時から 12 時まで の 3 時間、3 度目は日本質的心理学会でのワークショップ(明治学院大学)「PAC 分析の理論と実 践:技法の有効性を引き出すためのポイント」で、2 時間であった。司会はいずれも、PAC 分析学会 事務局長いとうたけひこ先生で、実施時間は異なるが、「研究テーマ発見の方法」「連想刺激の作 成」「刺激文や被検者の連想項目とクラスターの読み上げ方」「イメージ聴取の方法」「総合的解釈 の方法」についての説明と実演であった。被検者が潜在的に持つ認知構造、スキーマを引き出す ための方法、被検者の長期記憶にアクセスするための技法を伝えようとした。連想反応は当事者で ある被検者が自身の認知的枠組みに沿って想起したものである。クラスターを第 2 次の連想刺激と して被検者の内面深くを、検査者とともに探索する。個人独自の経験やイメージに沿って喚起され る連想項目とクラスターから生じたイメージについての被検者による報告、レビンの心理的場の構 造や場の移行を図示したものを用いて、被検者と検査者の間で生じる相互作用のプロセスで、実 際に生起していることを解説した。 それでは研修やワークショップの内容をこのようにしたのはなぜか。親しい知人や友人から、PAC 分析の高度な実施技術を修得した専門家の育成を急ぐ必要があるとのアドバイスによる。直截な 表現を避け、婉曲ではあるが、内藤が直接伝授できる年月は限られていることの指摘である。今年 の 1 月に軽い尻餅をついただけで、脊髄を圧迫骨折し、2 カ月近く入院し、8 カ月を過ぎた今でも コルセットを使用し、ビタミン D を摂取している。骨密度に問題がある。胃には腫瘍もなく、ピロリ菌 もいないが、粘膜は 80 歳相当である。55 歳近くまで、睡眠時間を削り、毎日 4 箱も喫煙し、日に 6 杯を超えるコーヒーを飲んでいた付けが 71 歳の身体をむしばんでいる。左足の半月板は断裂萎 縮しており、右の踵は大きな骨折でひび割れ、軟骨が潰れている。PAC 分析の理論や技法は未だ 発展を続けており、伝えるべきことは多い。昨年の 3 月に福島県伊達市の霊山に移り、8 人程度が 合宿研修できるように改修した。希望者があれば 2 泊 3 日でも、3 泊 4 日でも応じるようにしたい。 また、10 人、16 人を超えるような参加希望者がいれば、内藤の方から泊まり込みででかけることもし たい。会員の皆様から、専門家を唸らせる独創的な研究が陸続し、「PAC 分析研究」に次々と投稿 されることを期待しております。 2019 年 9 月吉日 「PAC 分析研究」編集委員長 内藤 哲雄 PAC分析研究 第3巻 1
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    留学生・日本人学生混合クラスで 教師に求められるものとは ―PAC 分析による大学初年次文章表現授業の教師の振り返り― 坂井 菜緒, 中川 純子,長松谷有紀, 服部 真子 1.はじめに 2008 年に文部科学省が発表した「留学生 30 万人 計画」は順調に進められ、法務省の報告では 2017(平 成 29)年末に「留学」の在留資格を持つ外国人は 30 万人を超えている(1) 。文部科学省(2018)「ポスト留 学生 30 万人計画を見据えた留学生政策(現状・課 題)」によると、「我が国に優秀な留学生を確保する ため、これまで以上に戦略的な受入れ政策が必要」 であるとしている。現在、日本の大学教育機関では、 これに伴ってグローバル人材育成を積極的に進めて おり、留学生の受け入れ数が急増している。英語だ けで単位を取得でき、卒業が可能な大学も増えてい る一方で、日本人学生と共に正規科目で学ぶ留学生 も増加しているのが現状である。本研究では、日本 人と留学生が正規科目において混ざっているクラス を「混合クラス」と呼ぶ。初めから文化交流を目的 として意図的に作られた混合クラスを別とすれば、 一般科目が偶然混合クラスになったような場合、授 業を担当する教師の専門は様々で、留学生への対応 に不慣れな場合も多いと思われる。本研究では初年 次教育でライティングの一斉授業を担当する教育歴 の異なる3名の教師にPAC分析インタビューを行い、 個人の意識を調査した後で、それをもとに「混合ク ラスの教師に求められるもの」を明らかにすること を試みた。 2.先行研究と本研究の位置付け 大学のグローバル化に関しては様々な議論がある。 舘岡(2015)は、グローバル化大学とは日本人学生・ 留学生が共に学び合えるような場であり、留学生数 や英語に堪能な人材の数が問題なのではないと述べ ている。また、グローバル化大学の課題は、共生化 の実現であり、日本語が母語ではない留学生と日本 人学生が、共に学び合える場を創出することだと論 じている。この点については、既に池田(2008)で も、留学生受け入れ計画について、日本社会全体の 人的基盤形成の一部分であり、単に物理的空間の拡 大措置や教育システムの改定では不十分であると述 べている。そして、学生集団、教職員、その他大学 に関わる全ての人の「意識」の問題こそが大切であ ると指摘していた。しかし、実際の現場は本当に日 本人学生と留学生が共に学び合う場になっているの だろうか。日本語力が異なる学生が共に学び合う現 場で、我々教師に求められるものとは何であろうか。 最近は日本人学生と留学生が共に学ぶ多文化共修 科目(2) が注目されているが、それらは「グローバル 人材」や「高度外国人材」の育成を目的に基本的に 英語の共修科目として行われているものが多い(3) 。 だが、来日する留学生の中には英語で学ぶよりも将 来日本で働くために必要となる、さらに高度な日本 語力を身に着ける機会を求めている学生も増えてお り(4) 、村田(2018)は、「国内でのトレーニングに主 眼を置いて」、「インバウンドでのトレーニングを真 剣に考えてもらいたい」と述べ、「複言語のプログラ ムのデザインを検討することが必要である」と主張 している。 実際、グローバル化の問題はそのように特別に設 定されたコースの中だけではなく、アカデミック・ ライティングなどのスキルを身に着けるような一般 の授業の中でも起こっている。前述のように近年で は正規留学生として日本語で試験を受けて学部に入 学し、学部の日本人学生と共に一般の授業を受講し ている留学生も、もはや珍しい存在ではなく、むし ろそのような現場での共生、共修のあり方を研究す ることなしに、現在の日本における多文化共生とい う喫緊の課題を乗り越えることは難しくなってきて いるといえる。教師も大学も新たな事態への対応に 迫られているのが現状である。こうした文化交流目 的ではない大学教養課程、専門課程における「混合 クラス」を担当する教師についての研究は、管見の 限りまだほとんど見当たらない。 PAC分析研究 第3巻 2 【原著】 ______________________ 2019年1月5日 原稿受理 2019年6月7日 掲載決定
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    3.研究概要 3-1 研究目的 本研究は、留学生対象の教育経験の異なる教師の 意識を個別に調査・分析し、比較することによって、 混合クラスの担当教師に何が求められるのかを明ら かにすることを目的とする。そこで、まずは教師個 人の意識や態度を調査するため、PAC 分析(個人別 態度構造分析、Analysisof Personal Attitude Construct)の手法を用いた。個人を研究することは 内藤(2002)、伊藤(1996)によれば、個別的普遍性 だけでなく、共通的普遍性につながるということで ある。PAC 分析は、質的研究でありながら統計的手 法を用いているために分析のプロセスは再現性が高 く、結果は安定的である(5) 。 本研究は PAC 分析後、さらに 2 段階目としてその インタビューを詳細にスクリプト化し、発言された 内容をデータとして質的に分析、比較した。PAC 分 析のインタビューによる発話をスクリプト化し、ナ ラティブデータとして分析する方法はすでに行われ ており(6) 、インタビューの中に具体的な言葉として 見られる価値のある情報を得るために有効であると 考えられる。 3-2 調査対象者 調査対象者は同一内容のクラスを担当した教師 ABC の 3 名で、本稿執筆者の 4 名のうちの 3 名であ る。インタビューはもう 1 名の教師 D が行った。教 師 ABC はそれぞれ約 20 年の教育経験を持っている。 教師 A は大学の教養課程や専門課程で、主に学部の 日本人学生対象の授業を担当してきた。教師 B は、 日本語学校や大学の教養課程および別科で主に留学 生を担当してきた。教師 C は、日本語学校や大学の 教養課程および専門科目で、学部の日本人学生と留 学生の両方の授業を担当し、混合クラスを教えた経 験もある。これら 3 名の教師を選んだのは、各教師 の発言や悩みから教育歴がクラス運営に影響するの ではないかと予測したからである(7) 。 3-3 コース概要 本研究で対象となったクラスは、2016 年度から全 学共通で開講された「日本語リテラシー」というア カデミック・ライティングのクラスである。8 週間 で、2500 字のレポートを書かせ、クラス人数は 40 名 から 80 名程度、留学生比率は 0%~50%以上である。 本研究の対象クラスの留学生比率は、教師 A が 60.3%、 教師 B が 29.2%、教師 C が 15%であった。 授業は全 8 回で、プロセスライティングを行う。 ブレインストーミング、資料収集、見本レポート読 解、アウトライン執筆、第 1 稿、第 2 稿、最終稿と 3 回執筆させる。最終的には、全授業で統一された ルーブリック評価を行う(8) 。 授業の特徴としては、レポートのテーマは学生の 興味・関心を基に自由に設定できる点、授業内活動 としてピア・レスポンスが多く取り入れられている 点が挙げられる。ピア・レスポンスとは、レポート など文章作成時の推敲のために学習者同士がお互い の原稿を読み合い、検討する活動である。(池田・舘 岡 2007) 4.分析 4-1 分析の手順と方法 第 1 段階では PAC 分析の手法を用い、各教師の意 識構造を調査、分析した。方法手順の概略は、以下 の通りである。インタビュイーは、予め用意された 連想刺激文から連想した言葉を書き出す。今回は分 析ソフト PAC-helper(9) を用い、連想語の重要度に よる並べ替えを行い、それぞれの言葉のイメージの 近さを7段階で評定する。調査者は、そのデータを 統計分析ソフト Had(10) にかけてデンドログラム(樹 形図)を作成し、作成されたデンドログラムに基づ いたインタビューを行う。PAC 分析では、このデン ドログラムを見て、インタビュアーがメモを取りな がら(11) インタビューを行った。今回、分析に用いた 連想刺激文は次の通りである。「あなたは、全学共通 科目であるアカデミック・ライティングのクラスで 留学生と日本人を同時に教えてみてどうでしたか」。 刺激文の作成にあたっては、こちらが聞きたいこと を直接聞くのではなく、相手に自由に語って欲しい と考えたこと、混合授業に関して幅広い観点からイ メージを掘り起こして欲しいと考えたことから、連 想を狭める可能性のある具体的な問いを避けるよう にした。インタビューはそれぞれ約 1 時間行った。 第 2 段階では、混合クラスの担当教師に何が求め られるかを明らかにするために、3 名の教師の PAC 分析のインタビューを詳細にスクリプト化し、①こ れまでのクラスとどのような違いを感じたか、②指 PAC分析研究 第3巻 3
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    導の際に特に意識して行ったことがあるか、③混合 クラス授業の課題は何か、という 3 つの観点から内 容を整理し比較、分析を行った。作業手順は以下の 通りである。1)録音インタビューを詳細に文字起こ しし、自然な意味のまとまりで区切る、2)意味内容 のまとまりから意味の縮約を行う、3)その意味の縮 約したものを短冊状の紙に書き出し、似た意味内容 のもの同士を集める、4)その中心的意味をラベルに 書き出し、上記3 つの問いに振り分け、比較表を作 成した(12) 。 4-2 PAC 分析の結果(第 1 段階目) 3 名の教師の個人別態度構造の結果は、以下の通 りである。 これまで日本人を主に教えてきた教師 A の結果は 付録図1に示す。教師 A のデンドログラムの項目は 4 つに分けられた(13) 。分けられたグループのまとま りをクラスターと呼ぶ。(以下 CL と略す。)インタビ ュイーは、それぞれ上からイメージするものを語り、 その後、クラスターごとにタイトルをつけた。CL1 は 「教師と留学生と日本人の出会い」、CL2 は「コミュ ニケーションの楽しさと難しさ」、CL3 は「混合クラ スの授業運営の難しさ」、CL4 は「学生の授業の目的 は何か」である。教師 A が連想語の中でもっとも重 要だと思っていたのは「刺激が多い」ということで あった。インタビューの中で教師 A は、「日本人を教 えている時とは違う刺激だった」「日本人学生にとっ ても刺激になれば良い」と語っている。また、留学 生については、「刺激が多かったかはわからない」が 「むしろ自分のことを教師や日本人学生に一生懸命 言いたいという感じ。こんなに大変なんだよとか、 話を聞いてくれる日本人がもしかしたら普段は少な いのかなという感じ」と語っている。 付録図 1 のデンドログラムの+-△は各項目につ いてのイメージである。ポジティブかネガティブか、 どちらでもないかを示す。結果は、連想語が 16 で、 +が 4、-が 6、△が 6 であった。内訳を見ると主に 教室での経験について語った CL1、2 では、混合クラ スが双方の学生にとって異文化理解に有益だという 点で+イメージであることがわかる。他方 CL3 のク ラス運営についての自身の取り組みや成果には懐疑 的であり、CL4 の「学生の授業の目的」に対しても、 迷いや無力感を感じていたことがわかった。 続いて、今まで留学生を主に教えてきた教師 B の 結果は付録図 2 に示す。教師 B のデンドログラムの 項目は、5 つに分けられた。上から順に CL1「自分の 問題意識」、CL2「混ざって欲しい」、CL3「いかに教 えるか」、CL4「学生を見て思うこと」、CL5「留学生 への対応」である。教師 B が連想語の中でもっとも 重要だと思っていたのは「複眼的思考」であった。 教師 B は複眼的思考とは、一人の人間が「いろんな 立場をいろいろな考え方からイメージできる」こと だと述べ、インタビューの中で、本人が中学時代に 帰国子女であった経験が影響していると語っている。 しかし、実際のクラスで日本人学生の態度を見てい ると、横を向いてしまい、留学生と話し合おうとし ない場合もある。一方、留学生も日本人学生に対し て構えていることがあり、お互いに慣れておらず、 越えなければならない壁のようなものがあると感じ ていた。そのようなことから「せっかく私の授業で 出会っているので、学生にはそういうものの見方を 身に着けてほしい」と述べ、「複眼的思考というのが 自分の中で相当に大きい位置を占めているので、そ れがコアというか、中核になっている」「将来的に複 眼的思考を持ってものが考えられる人になってほし い」と語っている。 結果は連想語が 20 で、+が 7、-が 5、△が 8 で あった。日本人と留学生が交流することは「複眼的 思考」獲得のためになると考えており、CL1、2 を見 るとそのために有効なことには+イメージが、障害 と考えられる点には-イメージがあることがわかる。 CL3、4、5 では文章表現技術をいかに教えるかとい う点への言及が多く、特に留学生への対応や調整、 指導法に意識が向いていたことがわかる。 最後に、混合クラス経験がある教師 C の結果は、 付録図 3 に示す。教師 C のデンドログラムの項目は 4 つに分けられた。各クラスターへの名づけは、CL1 「学び合い」、CL2「個人作業」、CL3「教師の学生へ の配慮」、CL4「必要なツール」である。教師 C が連 想語の中でもっとも重要だと思っていたのは「クラ スの雰囲気作り」であった。教師 C は「教師という のは生身の学生を相手にしているので、できるだけ 終わった時に良かったという気持ちになるように、 勉強できたなという気持ちになるように」と考えて いた。また「最後まで気持ち良く終われるというの PAC分析研究 第3巻 4
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    が一番大事」で、「クラスの雰囲気作りが一番大事」 「絶対に来るのが嫌だと思わないように」というこ とを強く意識していた。さらにクラスでの学びが「授 業外にもつながるいい機会」「そこでできた人間関係 がクラス外でも続いて 4 年間のキャンパスライフが 楽しく過ごせる可能性がある授業」だと考えていた。 結果は連想語が18 で、内訳は+が 12、-が 0、△ が 6 であった。教師 C の意識は、CL1の「学び合い」 に大きく向けられていた。CL1 の「学び合い」に必 要なピア・レスポンスや CL2 の個人作業を実現する ために、CL3 で述べられたような学生への配慮が行 なわれていた。CL4 ではツールの利用などの面への 配慮が語られ、全体としてうまく機能していたこと が肯定的な評価へつながったと考えられる。 4-3 インタビュー内容比較の結果(第 2 段階目) さらに本研究の問いの答えを見出すために行った 2 段階目の分析の結果について示す。インタビュー 内容の詳細なスクリプトを意味内容で縮約し、グル ーピングした上で、中心的意味を 3 つの問いに振り 分けた。その上で、混合クラス担当者に求められる ものは何か議論を行い、仮説を導き出した。 4-3-1 これまでのクラスとの違い まず、①これまでのクラスとどのような違いを感 じたか、3 名の教師の共通点と相違点を明らかにし た。結果の全体像は付録図 4 に示す。以下はその中 から各教師の共通点を( )で、相違点を( )で 示したものである。 教師 A *留学生がいると、クラスの話し合いが活発になり、刺 激があっていい印象を持った *授業の目標はライティングのスキルアップなのか、 異文化コミュニケーションなのか分からなくなっ た。 教師 B *留学生が正規の授業に入るために、AJ(アカデミック・ ジャパニーズ)授業は重要だ。留学生がいると日本人 にとって複眼的思考を学ぶのに意味がある。 *日本人がいた方が異文化理解が深まって、教師自身 が楽しかった。 *留学生が日本人に混ざって大丈夫かと思っていた が、自分が選んだテーマなので、差があっても文章表 現の授業が成り立った。 教師 C *日本人と留学生の混合クラスはお互いに刺激をし合 って、活気のあるクラスになり、学生にとっても授業 外の繋がりができるチャンスになるので、価値があ る。 *混合クラスでは留学生の日本語力の問題が出てくる ので、日本人はサポートの役割を求められる。 共通点としては、教師 A と教師 C は、混合クラス は「刺激」があると感じ、教師 B と教師 C は、「意 味・価値」があると感じていた。つまり 3 名とも日 本人学生と留学生が授業時に話し合ったり、学び合 ったりして異文化理解を深めることに価値を感じて いた。 相違点としては、教師 A は混合クラスだからとい って、目的がライティングの向上ではなく、「異文化 コミュニケーションになってしまってもいいのか」 という葛藤を感じていた。一方、教師 B は今まで教 えてきた留学生が日本人学生と実際に交流する場を 見て、「異文化理解が深まって楽しかった」と感じ、 同時に「アカデミック・ジャパニーズの重要性」を 痛感していた。また、自分自身の授業への工夫が学 生の理解を助け、学生からよいフィードバックを受 けて、結果として学生の日本語力に「差があっても 成り立った」と感じていた。さらに、教師 C はこれ まで行っていた混合クラスとの違いはあまり感じて おらず、今回のクラスでも「やはり、日本人はサポ ート役を引き受けざるを得ない」と感じていた。授 業目的に葛藤を感じた教師 A と日本語力が劣る留学 生でも授業が成り立ったと感じていた教師 B の違い は何か、議論を行ったところ、教師 A が持ったクラ スは留学生比率が 6 割を超え、3 割以下の教師 B や 教師 C のクラス以上に日本語力の差などの問題が顕 著に現れたため、授業運営の難しさにつながったと 考えられる。また、教師 B の授業への工夫があげら れるのではないかと考えられた。この点については、 4-3-2 の②での分析でより明確になった。 4-3-2 指導の際に行った対応 次に、②指導の際に特に意識して行ったことが あるか、3 名の教師のビリーフや行動の共通点と相 違点を明らかにした。結果の全体像は付録図 5 に示 PAC分析研究 第3巻 5
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    す。以下は、各教師の共通点を( )で、相違点を ( )で示したものである。 教師A *(グループ活動で)日本人学生をサポートのように使 い、日本人学生へのフォローが手薄になり、それがよ かったのかわからない。 教師 B *帰国子女の経験から複眼的思考が大切だと考え、授 業の中核としている。 *レポートの授業ではあるが、日本人と留学生に混じ ってほしくてグループ活動に比重を置き、様々な工 夫をし、やりとりができることを高く評価している。 留学生は、授業についていくのに聴解力が必要だと 考え、講義速度や内容の調整をしている。 教師 C *様々な背景の学生がいる中で、一番気を使っている のはクラスの雰囲気づくりであり、学生たちに絶対 来るのが嫌だと思われないように配慮している。 *授業が終わった時に、勉強できたなという気持ちに なるように、また学んだことで四年間のキャンパス ライフが楽しく過ごせるように気を使っている。 *教員がコメントするより、学生同士のコメントの方 がダイレクトに受け止めるので、協働作業を促して いる。 *課題達成のため、学生が指示や注意点を理解してい るかどうか確認し、特に留学生には配慮している。 教師 A は、留学生が日本語表現につまずいた時に、 日本人学生を教師のサポートのように使ってしまい、 それで良かったのかわからないと言っている。この 点についての葛藤は、教師 C(4-3-1 参照)と共通の ものである。両者の発言から、日本人学生と留学生 の効果的な協働をいかに行うかという点が大きな問 題となっていたことがわかる。 また教師 B は、「複眼的思考」の獲得についての トピックに時間を割き,留学生が苦手な引用などの 項目について授業内容を補ったり、留学生目線での 調整をしたりしていた。話し方も留学生に合わせ、 少しゆっくり、漢語を和語に言い換えて話していた。 しかし、日本人学生もいる中で、このようなやり方 でよいのかわからないとも言っている。ただ、この ような留学生へのケアは、結果として授業が成り立 ったと感じた点につながっていると考えられる。 さらに、教師 C は、クラスの雰囲気作りを最も大 切に考えていた。また特に留学生が授業についてこ られるようにリソースの使い方などにも配慮してい た。留学生がリソースの使い方に難しさを感じると、 課題の提出が遅れ、ピアが機能しなくなり、結果と してクラスの雰囲気も悪くなるおそれがあると考え たからである。教師 C の対応を見ても、日本語力の 劣る留学生への適切な対応の必要性がわかる。 3 名の教師に共通していた対応は留学生・日本人 学生が協働するように様々な配慮をしている点であ る。例えば、毎回別の座席を指定して、違う日本人 学生と留学生がピアで組めるようにしていた。また ピアの時間を十分にとるように心がけ、話し合いの 際に学生に声掛けを行い、話し合いがうまくいって いない学生に対しては、学生同士の話がうまく進む ように間を取り持つようにしていた。そして、授業 では、留学生と日本人学生がお互いの考えにコメン トをしあうような機会は貴重であるということを繰 り返し伝えていた。これは、3 名ともが学生の異文 化理解の促進に価値を見出していたからであろう。 4-3-3 混合クラス授業の課題 最後に、③混合クラス授業の課題は何か、各教師 の問題意識を明らかにした。全体像は付録図 6 に示 す。以下では、各教師が特に意識していた点を( ) で示す。 教師 A *うまく教室運営するには経験の浅い教師はどうすべ きか。 *混合クラスで日本人学生のライティング力アップの ために、どうしてあげたら良かったのか。 *日本人と留学生のピアでの文章チェックはどのよう にしたら、うまく機能するのだろうか。 *留学生にとって変な成功体験は良くないし、厳しす ぎてもやる気を失うので、何を基準にどのレベルを 目標にすればよかったのか、わからなかった。 *同じ混合クラスといっても日本人と留学生の比率に よって問題も変わってくる。 *日本語力が達していない留学生をどうしてあげたら 良かったのか。 PAC分析研究 第3巻 6
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    教師 B *留学生と日本人が積極的にコミュニケーションをと り、混ざり合って学ぶためにはどうすればいいのか。 *より効果的にスキルとしての文章表現を身につける には、何をどう教えたらいいのか。 *特に中級レベルの留学生が上級になるためには、要 約する力が大きな課題なので、教師はどう教えるべ きか。 *正規の授業で日本人と混ざる留学生には聴解力が重 要だが、聴解力が弱い学生がいた時に教師はいかに ケアするべきか。 *コピペがでないようにするには、どうするべきか。 教師 C *クラスマネージメントが教員のやることとして重要 なことであり、より良い学び合いができるようにど うしたらいいかが課題。 *教師側の確認指示が細かいので、理解できるよう配 慮すべき。 教師A は何をこの授業の目的にするのか、評価基 準は日本人学生と留学生で同じでいいのかなど、疑 問が多いと述べている。ライティングのスキルアッ プが目的の授業であるのだが、実際にやっているこ とが結果として交流目的のような活動が多く、本来 の授業目的とずれているのではないかと感じていた。 しかし、混合クラスの強みは留学生と日本人学生が コミュニケーションをとり、協働することであると 感じていたので、ここで得られる学びを活かしたい という気持ちも生まれ、ライティング力向上だけを 考えた授業運営もできず、葛藤していた。また、こ れまでの経験から、同じ授業を受けている学生の評 価は同一基準であるべきだと思っており、留学生の 評価に葛藤を感じていた。留学生は日本人学生に比 べて日本語力にハンディがあり、文法や漢字の間違 いも多く、同一基準であれば当然評価も低くなった からである。また、基準を下げて評価を留学生向け に変え、留学生の課題を寛大に評価することによっ て過剰な自信を持ってしまうのは好ましくないと考 えていた。実力に見合わない過大な評価は向上心を 妨げ、先のことを考えると学生のためにならないこ ともあると考えているからである。 教師 B は留学生のことを考えた課題が多く、特に ピア活動が多い混合クラスにおけるライティングの 授業の中で、留学生の要約力・聴解力が課題だと考 えていた。これは日本人学生と留学生の間の日本語 力の差に課題があると感じているためである。ライ ティングのクラスなので、最も大切な力は引用のた めの要約力であると考え、それを留学生が日本人学 生と同じ 8 週間で身につけるには、日本語のハンデ ィをどう乗り越えさせるか、いかに教えるかという ことを課題だと考えていた。また、特に留学生の聴 解力については、ピア活動が機能するためにも、教 師の指示の理解のためにも、聴解力が十分でなけれ ば、授業が成立しない恐れがあると考えていた。 一方、教師 C は、担当教師のクラスマネージメン トが最も重要だと考えていた。「混合クラス」で学ぶ 意味・価値を学生に理解させ、その機会を十分に活 かすために教師ができることは、1 学期間、積極的 な学びの機会が得られるように気持ちよく学習でき るクラス作りであると考えている。また日本人学生 と留学生のコミュニケーションが円滑に進むように、 正しいタイミングで意味のあるサポートを行うこと が大切だが、そのためには教師が学生の授業活動の 様子をよく確認することが重要であると考えていた。 以上、PAC 分析インタビュー内容の質的分析、比 較から、どの教師も留学生と日本人学生の協働に意 味や価値を見出し、学び合いを促そうとしていたこ とがわかった。特に教師 B からは混合クラスの利点 を生かした「複眼的思考の獲得」の重要性が語られ、 異文化理解に価値を見出していた教師 A、C にとっ ても、「複眼的思考の獲得」のために教師側からの「い い刺激をしあえるような協働への配慮」が不可欠で あるという点が共有された。また、授業の目的と評 価の点で葛藤があった教師 A の発言を共有すること で、学生のために基準を下げるのではなく、「成長に つながるような評価」をすることの重要性がわかっ た。さらに、これまで留学生を主に教えてきた教師 B の留学生への対応や授業時における調整から、日 本語力が劣る留学生がいる際に必要な「日本語力を 見極めた適切な対応」によって、授業活動が成り立 ちうることも明らかになり、混合クラスを教えた経 験のある教師 C の発言から、「学生の個性を活かし たクラスマネージメント」が、教員が行うこととし て大変重要であるということがわかった。 PAC分析研究 第3巻 7
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    本研究を始める前に、「教育歴がクラス運営に影響 する」という予測をしていたが、インタビュー内容 の詳細な比較から、教育歴の違いだけでなく、個人 の生育環境や経験からくるビリーフの差、担当クラ スの状況などの影響も少なくないことがわかった。 5.結論 本研究の目的は、文化交流を目的としない正規科 目において留学生と日本人学生が混ざっているアカ デミック・ライティングのクラスを担当する教師の 意識はどのようなものかということと、このような 混合クラス担当教師に何が求められるのかを明らか にすることである。 第 1 段階のPAC 分析によって現れた各教師の意識 構造は、次のようにまとめられる。教師 A は「混合 クラス」について、日本人学生と留学生の交流のき っかけになるが、授業の目的がそれでよいのか悩み、 自分を責める傾向にあった。教師 B は日本人学生と 留学生の交流に意義を感じ、また、文章表現技術を 「混合クラス」でいかに教えるか、特に留学生をケ アすることに意識が向いていた。教師 C は「混合ク ラス」は日本人学生と留学生が学び合える貴重な機 会だと捉え、授業を成立させるために指示の明確化 などの配慮に意識が向けられていた。 次に第 2 段階の質的内容分析により、混合クラス の担当教師に求められるものは何かという研究の問 いに関わる具体的な要素を抽出し、結論として「複 眼的思考の獲得を目指した授業」、「いい刺激をしあ えるような協働への配慮」、「学生の日本語力を見極 めた適切な対応」、「学生の成長につながる評価」、「学 生の個性を活かしたクラスマネージメント」の 5 点 を導き出した。「複眼的思考の獲得を目指した授業」 は混合クラスの利点を最大限に活かすために必須で あるが、そのような授業を行うためには担当教師に よる「いい刺激をしあえるような協働への配慮」が 必要となる。日本語力の劣る留学生の混合するクラ スでは、「学生の日本語力を見極めた適切な対応」を とることで、混合クラスで目指す授業活動の実現が 可能となるが、「学生の成長につながる評価」のため には、日本語力の差があるという理由で評価基準を 下げてはならない。全体的に「学生の個性を活かし たクラスマネージメント」を行うことで、日本人、 留学生双方の学びが促進されると考えられる。 今回取り上げたような正規科目のアカデミック・ ライティングのクラスにおいて、学生に到達目標を 達成させるためには、以上 5 つの点から授業を振返 って改善していくことが今後このような授業を担当 する教師に求められると考える。 6.おわりに 今回、PAC 分析と質的内容分析の 2 段階分析によ り、本研究の問いへの答えにつながる 5 つの要素が 導き出された。個人の態度構造から明らかにされた ものを、即一般化することはできないが、複数の当 事者の語った授業時の具体的な行動やビリーフ、問 題意識を比較することによって導き出された結論か ら、同様の立場に立つ教師にとっても有益な知見が 得られるものと考える。今後は引き続きアカデミッ ク・ライティングの授業における混合クラスのアク ション・リサーチや、さらに高等教育機関の一般的 な科目において混合クラスを受け持つ教師の意識を 知るための PAC 分析を継続することによって同様の 立場の教師の抱える悩みや工夫をさらにすくい上げ、 考察を深めていきたい。 現在、日本の大学教育機関で進んでいるグローバ ル人材育成のためには、混合クラスは学びの大きな チャンスとなり得るが、一方で難しさもある。その 中で、混合クラスを担当する教師にできることは、 日本人学生・留学生双方のために、このチャンスを 活かすことであり、それが共生社会の実現にも寄与 すると考える。 注 (1) 日本学生支援機構が 2017 年 5 月に発表した留 学生総数は 267,042 人であり、前年度より 11.6% も増えている。また、法務省入国管理局による報 道発表、「平成 29 年末現在における在留外国人数 について(確定値)」によると、平成 29 年末の留 学生数は 311,505 名とある。 (2) 坂本他(2017)では、「多文化間共修」を「文化 的背景が多様な学生によって構成される学びのコ ミュニティ(正課活動及び正課外活動)において、 その文化的多様性を学習リソースとして捉え、メ ンバーが相互交流を通して学び合う仕組み」と定 PAC分析研究 第3巻 8
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    義し、さらに、教育的意図をもってその仕組みを 構築することを、「多文化間共修支援」としている。 (3) 村田(2018)に詳しい。 (4) 宮本(2015)などでは、日本語を用いた多文 化共修の実践を取り上げて論じている。 (5)内藤(2002)参照。 (6) 小澤・坪根(2015)参照。 (7) 教師 A は以前から文章表現の授業を担当してお り、本人の力に見合わない高評価は将来的にため にならいと話しており、日本語力が劣る留学生の 評価をどうするか悩みを話していた。教師 B は留 学生しか教えていなかったので、留学生がクラス についていけるような補助資料などを用意し、授 業の進度が遅れがちになることを悩んでいた。 (8) 詳細は、藤浦他(2017)参照。 (9) PAC Helper https://www.vector.co.jp/soft/winnt/edu/se504168. html (2018 年 12 月 29 日参照) (10) 統計分析ソフト HAD http://norimune.net/had (2019 年 5 月 11 日参照) (11) メモを取りながらのインタビュー手法は、PAC 分析学会(2018 年 12 月 8 日(土)於 立命館大学) で開発者の内藤氏自身が推奨している。 (12) 意味の縮約に関しては、クヴァ―ル(2016)、 比較表に関しては佐藤(2008)参照。 (13) 類似度距離行列によって出されたデンドログ ラムを右から見ていき、どこでデンドログラムを 切るかは、インタビュイーに確認して決める。 参考文献 (1) 池田玲子(2008)「協働学習としての対話的問題 提起学習―大学コミュニティの多文化共生のため に ―」細川英雄・ことばと文化の教育を考える会 『ことばの教育を実践する・探求する―活動型 日 本語教育の広がり―』、60-79、凡人社 (2) 伊藤隆二(1996)展望/教育心理学の思想と方法 の視座:「人間の本質と教育」の心理学を求めて 教育心理学年報,35,127-136. (3) 小澤伊久美・坪根由香里(2015)「日本語を母語 とする現役教師Aの「いい日本語教師観」PAC 分 析を活用してわかること」、舘岡洋子編『日本語教 育のための質的研究入門』、221-46、ココ出版 (4) スタイナー・クヴァール、野智正博・徳田治子 訳(2016)『質的研究のための「インター・ビュ ー」』、155-183、新曜社 (5) 坂本利子・堀江未来・米澤由香子編著(2017)『多 文化間共修』、学文社 (6) 佐藤郁哉(2008)『質的データ分析法』、新曜社 (7) 清水裕士 (2016)「フリーの統計分析ソフト HAD:機能の紹介と統計学習・教育、研究実践にお ける利用方法の提案」、 メディア・情報・コミュ ニケーション研究 1、59-73. (8) 舘岡洋子(2015)「留学生と日本人学生がともに 学ぶ「日本語クラス」ーグローバル化する大学の 学習環境のデザインとしてー 早稲田日本語教育 学 19、61-71 早稲田大学大学院日本語教育研究科 (9) 独立行政法人日本学生支援機構(JASSO) 「1. 留学生数の推移(各年 5 月 1 日現在)」『平成 29 年度外国人留学生在籍状況調査結果』 (10) 内藤哲雄(2002)『PAC 分析実施法入門[改訂 版]「個」を科学する新技法への招待』、ナカニシ ヤ出版 (11) 法務省入国管理局「平成 29 年末現在における 外国人数について(確定値) www.moj.go.jp/nyuukokukanri/kouhou/nyuukokuk anri04_00073.html (2019 年 5 月 11 日参照) (12) 藤浦五月・宇野聖子・小針奈津美・坂井菜緒・ 柴田幸子・服部真子・中川純子・長松谷有紀 (2017)「【調査報告】初年次レポートライティ ング教育におけるルーブリック開発と改善プロセ スに関する研究」、『武蔵野大学しあわせ研究所 紀要』Vol.1、3-24 (13) 宮本美能 (2015)「留学生と日本人学生の国際 共修授業における一考察 -言語の問題へのアプ ローチと学習効果-」、『大阪大学大学院人間科学 研究科紀要』41、173-191 (14) 村田晶子(2018)「国内・海外を結ぶ多文化体 験学習の意義と学びの可視化」村田晶子編著『大 学における多文化体験学習への挑戦』、2-22、ナカ ニシヤ出版 (15) 文部科学省 HP「ポスト留学生 30 万人計画を見 据えた留学生政策 (現状・課題)」 http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chu kyo4/042/siryo/__icsFiles/afieldfile/2018/05/28/14 05510_4.pdf (2019 年 5 月 11 日参照) PAC分析研究 第3巻 9
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    <付録> 1 刺激が多い + 16夢や悩みを語る + 2 異文化理解 △ 15 お互いに得たもの + 4 発見 △ 5 意味のある時間 △ 6 賑やかな印象 + 12 コミュニケーション △ 3 反省 – 9 やり方の失敗 – 7 ついてこられない – 11 日本人と留学生 △ 13 レベル設定 – 8 日本語力 – 10 日本人の役割 △ 14 留学生の戸惑い – 図 1 教師 A の結果(日本人を主に教えてきた教師) 1 複眼的思考 + 2 話し合い + 3 日本人の壁 – 4 留学生向け AJ 授業の重要性 + 12 留学生向けの対応 △ 19 緊張している – 8 学生の積極性 + 13 日本人学生向けの対応△ 15 座席の場所工夫 + 18 活発さ + 20 おもしろかった + 5 引用の難しさ – 6 要約の方法指導 △ 9 講義内容の調整 △ 11 授業進度の調整 △ 17 見本の難しさ – 14 コピペのおそれ – 16 テーマの難易度 △ 7 聴解力の必要性 △ 10 講義速度の調整 △ 図 2 教師 B(留学生を主に教えてきた教師) 1 クラスの雰囲気作り + 3 クラスの活性化 + 4 意味のある協働作業 + 2 貴重な機会 + 5 ピアが生きているか △ 6 日本人の学びの機会 + 8 ブレインストーミング + 7 留学生への配慮 + 12 ハンドアウトの配布 + 11 指示の明確化 + 17 声掛け △ 10 ルールの確認 △ 15 書式設定 △ 16 確認 △ 18 期限を守る + 9 学内リソースの利用 + 13 ポータルサイトの利用 + 14 資料検索 △ 図 3 教師 C(混合クラス経験がある教師) CL1 教師と留学生と日本人の出会い CL3 混合クラスの授業運営の難しさ CL4 学生の授業の目的は何か CL2 コミュニケーションの 楽しさと難しさ CL1 自分の問題意識 CL3 いかに教えるか CL4 学生を見て思うこと CL2 混ざって欲しい CL5 留学生への対応 CL3 教師の学生への配慮 CL1 学び合い CL4 必要なツール CL2 個人作業 PAC分析研究 第3巻 10
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    分析 ①共通点 1:刺激があった(教 師 A・教師C) ②共通点 2:意味・価値がある (教師 B・教師 C) ③相違点 1:異文化コミュニケ ーションについて教師 A(そ れでよいのか)/教師 B(理 解が深まって楽しかった) ④相違点 2:日本人はサポー トを引き受けざるを得ない (教師 C) ⑤アカデミック・ジャパニーズ の重要性(教師 B) ⑥差があっても成り立った ⇒意味・価値があるような授 業にすることが大切で、そ のことに気づかせるように授 図 4 これまでのクラスとどのような違いを感じたか 業を持っていくことが大切 分析 ・留学生と日本人学生が協 働するように配慮してい る(A,B,C) ・日本人学生がサポートの ように使ったが、それが よかったのかわからない (A) ・授業内容な震度を留学生 に合わせて調整をしてい る(B) ・雰囲気づくりを重視(C) 図 5 指導の際に特に意識して行ったことがあるか 教師 A 教師 B 教師 C うまく教室運営するには経験の浅い教師 はどうすべきか。 留学生と日本人が積極的にコミュニケー ションをとり、混ざり合って学ぶために は、どうすればいいのか。 クラスマネージメントは教員がやること として重要なことであり、より良い学び合 いができるようにどうしたらいいかが課 題である。 混合クラスで日本人学生のライティング 力アップのために、どうしてあげたら良か ったのか。 より効果的にスキルとしての文章表現を 身につけるには、何をどう教えたらいいの か。 教師側の確認指示が細かいので、理解でき るよう配慮すべきである。 日本人と留学生のピアでの文章チェック はどのようにしたら、うまく機能するのだ ろうか。 特に中級レベルの留学生が上級になるた めには、要約する力が大きな課題なので、 教師はどう教えるべきか 留学生にとって変な成功体験は良くない し、厳しすぎてもやる気を失うので、何を 基準にどのレベルを目標にすればよかっ たのか、わからなかった。 正規の授業で日本人と混ざる留学生には 聴解力が重要だが、力が弱い学生がいた時 に教師はいかにケアするべきか。 同じ混合クラスといっても日本人と留学 生の比率によって問題も変わってくる。 コピペがでないようにするには、どうする べきか。 日本語力が達していない留学生をどうし てあげたら良かったのか。 図 6 混合クラス授業の課題は何か 教師 A 教師 B 教師 C 留学生がいると、クラスの話し合 いが活発になり、刺激があって いい印象を持った。 留学生が正規の授業に入るため に、AJ 授業は重要だ。 日本人と留学生の混合クラスはお互 いに刺激をし合って、活気のあるクラ スになり、学生にとっても授業外の繋 がりができるチャンスになるので、価 値がある。 授業の目標はライティングのスキ ルアップなのか、異文化コミュニ ケーションなのか分からなくなっ た。 留学生がいると日本人にとって 複眼的思考を学ぶのに意味があ る。 混合クラスでは留学生の日本語力の 問題が出てくるので、日本人はサポ ートの役割を求められる。 日本人がいた方が異文化理解が 深まって、教師自身が楽しかっ た。 留学生が日本人に混ざって大丈 夫かと思っていたが、自分が選 んだテーマなので、差があっても 文章表現の授業が成り立った。 教師 A 教師 B 教師 C 日本人学生をサポートのように 使い、日本人学生へのフォロー が手薄になり、それがよかったの かわからない。 帰国子女の経験から複眼的思考 が大切だと考え、授業の中核とし ている。 様々な背景の学生がいる中で、一番 気を使っているのはクラスの雰囲気 づくりであり、学生たちに絶対来るの が嫌だと思われないように配慮してい る。 レポートの授業ではあるが、日本 人と留学生に混じってほしくてグ ループ活動に比重を置き、様々 な工夫をし、やりとりができること を高く評価している。 授業が終わった時に、勉強できたな という気持ちになるように、また学んだ ことで四年間のキャンパスライフが楽 しく過ごせるように気を使っている。 留学生は、授業についていくの に聴解力が必要だと考え、講義 速度や内容の調整をしている。 教員がコメントするより、学生同士の コメントの方がダイレクトに受け止める ので、協働作業を促している。 課題達成のため、学生が支持注意点 を理解しているかどうか確認し、特に 留学生には配慮している。 PAC分析研究 第3巻 11
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    留学生・日本人学生混合クラスで教師に求められるものとは ―PAC 分析による大学初年次文章表現授業の教師の振り返り― Considerations forTeachers in Linguistically Mixed Classes with International and Japanese Students -Reflections on First Year University Academic Writing Classes through PAC Analysis- 【執筆者】 坂井 菜緒 SAKAI Nao(武蔵野大学 非常勤講師) 中川 純子 NAKAGAWA Junko(慶応義塾大学 非常勤講師) 長松谷有紀 NAGAMATSUYA Yuki(東海大学 非常勤講師) 服部 真子 HATTORI Shinko(東京ひのき外語学院 専任講師) 【要旨】 近年、大学では日本語で行われる正規科目を日本人学生と共に留学生が履修する機会が増え、教師の授業運営にも問題 が生じているが、このような混合クラスの研究はまだ少ない。本研究は、混合クラスの担当教師に求められることを明ら かにするため、全学共通初年次文章表現授業を担当した留学生指導経験の異なる 3 名の教師を対象に PAC 分析を行い、 その後インタビュー内容の質的内容分析比較を行った。この手法では、本人の個別の背景を深く理解した上でインタビ ューを行うため、従来のインタビュー調査分析よりも、議論を深めるために有効なデータが得られる。本研究の結論とし て、「複眼的思考」、「協働への配慮」、「適切な対応」、「成長につながる評価」、「学生の個性を活かしたクラスマネージメ ント」の 5 つの要素を導き出した。本研究は今後、グローバル化が進む日本の教育機関において、学生の多様化に直面す る教師の 1 つの指針になると考える。 Recently at universities, there have been increases in opportunities for Japanese and international students to take regular courses together, creating new classroom management challenges for instructors. However, relatively little research has been conducted on teaching such linguistically mixed classes. In order to identify the requirements for instructors in charge of mixed classes, this research conducted PAC Analysis on three instructors with different levels of teaching experience and later compared qualitative content analysis of interviews. Compared to traditional interview survey analyses, these methods allow for better understanding of individual backgrounds to obtain valuable data for further debate to find solutions to the problem. The results of this research derived five necessary elements of mixed classrooms, which include: (1) multi-faceted thinking, (2) consideration towards cooperation, (3) appropriate responses, (4) evaluations that lead to growth, and (5) classroom management that utilize student character. As globalization penetrates Japanese educational institutions, this research shall serve as a guiding principle for instructors facing student diversity. PAC分析研究 第3巻 12
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    進 路 面談 に 求 め られ る 高 校 教 師 の 柔ら か な 鏡 役 割 - 学 校 適 応 感 に 差が あ る 二 人 の 高 校生 の 比 較 - 森本 篤, 青木 多寿子 1 問 題 学校での教育相談は,子どもの悩みや問題の解決を 援助することによって,学校生活の充実と人格の成長 への援助を図ろうとするものである(文部省,1981)。 特に,すべての子どもに対する発達促進的な「一次的 援助サービス」は,開発的な意味がある(石隈,1999)。 欧米と比較するとき,日本での教育相談(カウンセリ ング)の特徴は,専任のカウンセラーではなく,学級 担任を主役にした,学校全体が関与するもの,という 点にある(國分,2009)。 教師が行う教育相談の中で,生徒の「生き方」につ いての指導・援助が進路指導であり(伊藤,2010),高 校生の受ける進路指導の重要な機会として,進路面談 がある。進路面談は生徒一人ひとりに対する個別的指 導・援助であり(橋本,2011),従前から文部省は進路 面談を,生徒の問題解決能力と自己指導能力を促すた めの援助活動と位置づけている(文部省,1977)。また, 近年その重要性が指摘されている「キャリア教育」に おいても,進路面談は「児童生徒の個別支援のために は,日々児童生徒に接している教職員が,カウンセリ ングに関する知識やスキル及びその基盤となる生徒と 円滑にコミュニケーションをとるための方法を修得す ることが重要」(文部科学省,2011)と提言されている ように,教師によるカウンセリング活動として,その 意義が示されている。これらの視点に立てば,高等学 校における進路面談は,生徒一人ひとりの「発達・開 発」の支援に重点が置かれた,カウンセリングの中核 をなす活動ともいえよう(池場,2006)。 学校における生徒の支援を考えるとき,まず生徒が 学校生活にどの程度適応できているかを把握すること が必要になる(河村,1999)。生徒の学校適応を含め, 学校の教育活動では,生徒と教師の間の人間関係が重 要な役割を果たしていることを考慮する必要がある (平岡・豊嶋,1991)。 とりわけ日本の進路面談では,前述のように学級担 任が中心となって生徒と関わるため,個々の生徒と担 任との関係が重要となる。進路面談のように,教師が 生徒にカウンセリングを行う場合にも,「面接に,それ 以外の場面の児童生徒と教員の人間関係が反映しがち である」ことが指摘されている(文部科学省,2010)。 そこで,本研究では,まず,生徒と教師との関係を中 心とした,学校適応の実態を把握することとする。 次に,高校生の,教師に対する態度に関しては,JELS (2006)が次のような結果を示している。それによる と,進路選択の際に高校生が相談する相手の第 1 位は 38.9%で「高校の教師」であり,また,高校生が進路 指導について要望しているのは「進路に関する情報提 供をしてほしい」(32.6%)に次ぎ,「もっと生徒のこ とを理解してほしい」(24.6%)という,教師の生徒へ の関わりを求めるものであった(全国 PTA 連合会・リ クルート,2011)。他方,高校生の教師への自己開示度 は,身近な他者の中で最下位であった(小西・宮下, 2003)。これらは,進路選択に関し,信頼する教師には 「わかってほしい」という気持ちを持つ一方で,「自分 のことは知られたくない」いう,高校生の時期に特徴 的な,両価的な心理(佐藤,1999)が反映されている と考えられる。したがって,生徒の側からの認知をと らえる際には,この両価性についても留意しておく必 要があると考えられる。本研究では,両価性をふまえ た,進路面談に臨む生徒の心情を捉えたい。 以上を踏まえ,研究 1 では,まず,生徒の学校適応 の程度には,どのような差異があるのかについて意識 調査を実施する。また,研究 2 では,学校適応感,と りわけ「教師関係」と「進路意識」に差がある生徒に ついて,①両価的な心情,②理想的な面談イメージは どのような違いや共通点があるのか,について PAC 分 析を用いて検討する。以上の 2 研究の結果をもとに, 教師はどのような点に配慮して生徒との進路面談に臨 むべきかを考察する。 PAC分析研究 第3巻 13 【 原 著 】 ______________________ 2019年2月6日 原稿受理 2019年9月2日 掲載決定
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    2 研究1 生徒の進路面談に関する学校適応の程度の差につい ての,質問紙による調査研究 研究 1では,高校生の,進路面談に関する学校適応 の程度には,どの程度の差異があるのかを,高校生用 学校適応感尺度(内藤・浅川・高瀬・古川・小泉,1986) の下位尺度「教師関係」「進路意識」得点を比較して調 べる。 学校適応の指標としては,出席状況などのように客 観性の強いものの他に,高校生が自分の学校生活をど のように認知しているかという,高校生自身の学校適 応感がある。この指標は,主観性が強いものであるが, 本人の心理状態を直接問うという点で重要な意味をも つと考えられる(古川・高田,1999)。この学校適応感 に関して,内藤ら(1986)は,「高校生用学校適応感尺 度」を開発し,高校生の学校適応感の構造として,「学 習意欲」「進路意識」「教師関係」「規則への態度」「特 別活動への態度」の 6 因子を抽出した。尺度としての 信頼性,妥当性が検討されており,「教師関係」「進路 意識」という,進路面談に関して重要と考えられる下 位尺度を含んでいることから,本研究 1 では,この尺 度を採用した。 2.1 方 法 調査対象者 公立普通科高校(生徒数 960 名の進学 校)2 年生 313 名(男子 129 名,女子 184 名)。 手続き 高校生用学校適応感尺度(内藤ら,1986, 一部語句を修正・改組)を用いた質問紙調査を,ロン グホームルームの時間中に実施した。実施者は各ホー ムルーム担任であった。高校生用学校適応感尺度の 6 つの下位尺度とその代表的な項目を Table 1 に示す。 質問紙では,各項目ごとに「全くあてはまらない」か ら「非常によくあてはまる」までの 5 件法(1~5 点) Table 1 高校生用学校適応感尺度の 6 つの下位尺度とその代表的な項目(各 2 つ) 下位尺度 代表的な項目 1.教師関係 私は,この学校の先生を信頼している。/ 私には,まるで友達のように 親しみを感じる先生が,この学校にいる。 2.進路意識 私は,自分の進路のことを真剣に考えている。/ 私は,自分の将来に 希望を持っている。 3.学習意欲 私は,勉強に積極的である。/ 私は,勉強の目標を持って,毎日コツ コツと努力している。 4.友人関係 私は,明るく,楽しい友人関係をもっている。/ 私は,性格的に明るい 方である。 5.規則への態度 私は,学校の規則を真面目に守っている。/ 私は,学校の規則がある のはあたりまえだと思う。 6.特別活動への態度 私は,部活や学級活動や学校行事に楽しさを感じる。/ 私は,部活や学 級活動や学校行事等に積極的に,一生懸命取り組んでいる。 Table 2 高校生用学校適応感尺度の 6 つの下位尺度と項目数, 調査対象校の質問紙調査での平均点・最高点・最低点(各 30 点満点) (n= 313) 下位尺度 項目数 平均点 最高点 最低点 1.教師関係 6 19.2 30 6 2.進路意識 6 20.9 30 6 3.学習意欲 6 18.4 30 6 4.友人関係 6 22.6 30 8 5.規則への態度 6 24.1 30 10 6.特別活動への態度 6 25.7 30 9 全 体 36 130.9 171 53 PAC分析研究 第3巻 14
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    で回答を求めた。次いで,各生徒について下位尺度ご とに(6 項目・30 点満点)得点を比較した。 2.2結 果 対象校での調査結果を Table 2 に示す。全体での平 均点は130.9,最高点は171,最低点は53であった。「教 師関係」についての平均点は 19.2,最高点は 30,最低 点は 6 であった。また,「進路意識」についての平均点 は 20.9,最高点は 30,最低点は 6 であった。これらの 結果から,調査対象校の生徒の,進路面談に関わる学 校適応感には,全体として 171 点から 53 点までの差が あることが示された。「教師関係」得点,「進路意識」 得点についても,生徒間にはそれぞれ満点(30 点)か ら最低点(6 点)まで,大きな差がみられた。 研究 1 で明らかになった,進路面談に関わる生徒の 学校適応感(「教師関係」得点・「進路意識」得点)の 差異は,進路面談における態度に,どのように反映さ れているのであろうか。これについて,続く研究 2 で 検討する。 3 研究2 教師への信頼感が進路面談にどのように反映される のかについての,PAC 分析を用いた研究 研究 2 では,学校適応感(「教師関係」得点・「進路 意識」得点)が高い生徒と低い生徒の,面談に臨む態 度や教師に期待することを,PAC 分析を用いて比較・ 分析する。 具体的には,①学校適応感の高低によって,「理解し てほしいこと」「話しづらいこと」などの両価的な心情 に,どのような差異が見られるのか,②学校適応感の 差は,それぞれの生徒にとっての「理想的な面談」の イメージにどのような影響を与えるのか,の 2 点に焦 点を当て,進路面談における生徒と教師との関係の意 味について検討する。 本研究で用いる PAC 分析は,個人の態度構造やイメ ージを測定するために,内藤(1993)によって開発さ れた手法であり,個人の内面の構造を明らかにするこ とにその特徴がある。本研究で取りあげる進路面談は, 生徒や保護者と担任教師の間で行われる個別場面での 営みであり,各教師と生徒との関係性もそれぞれ固有 のものであることから,分析手法として PAC 分析を用 いることが適していると考えられた。 また,PAC 分析は,態度やイメージの構造だけでな く,心理的場,アンビバレンツ,コンプレックスまで 測定できることが確認されており(内藤,2008),進路 面談に臨む高校生の,両価的な心理や,表明しづらい 内面の探索についても有効であると考えられたので, 本研究での分析手法とすることとした。 3.1 方 法 調査対象者 研究 1 と同じ公立高校 2 年生の 2 名(女 子 1 名,男子 1 名)である。この 2 名は,質問紙調査 に参加した 313 名のうち,個別調査に協力を表明した 生徒で,高校生用学校適応感尺度(内藤ら 1986,一部 語句を修正・改組)のうち,a「教師関係」得点と,b 「進路意識」得点の高い A(a:8 位,b:1 位)と,低 い B(a:313 位,b:310 位)であった。A については, a,b の平均得点がより高い生徒が 1 名いたが,研究 2 の調査期日前に海外留学の予定があったので,調査可 能な生徒のうちで最上位の得点であったAを対象者と して選定した。B については,a,b の平均得点が最も 低く,調査可能であったので,対象者とした。 Table 3 に,担任教師からの情報も加えた A,B の進 路面談に関わるプロフィールを示す。 Table 3 A,B のプロフィール A(女子) B(男子) 「教師関係」得点(6 項目・各 5 点)と順位 27(8 位) 6(313 位) 「進路意識」得点(6 項目・各 5 点)と順位 30(1 位) 8(310 位) 全体の得点(36 項目・各 5 点)と順位 146(53 位) 53(313 位) 実技科目以外の学業成績 下位 上位 第 1 志望校 海外の音楽大学 国内の,いわゆる難関大学 明るく朗らか 口べた 担任による,進路面談の際の生徒の印象 感情豊か 気持ちを伝えることに不慣れ 楽しそうに話す とっつきにくい PAC分析研究 第3巻 15
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    手続き 標準的な PAC分析の手順(内藤,2002)によ った。それは,①教示②自由連想③類似度の評定④ク ラスター分析⑤デンドログラムの解釈の 5 段階をふ む。このうち①~③をセッション1として実施,④を 筆者が行ったのち,セッション 2 として⑤を実施した。 教示文の設定については,以下の経緯があった。筆 者は教師カウンセラーとして,生徒のカウンセリング を行う機会がある。その際,生徒が担任教師の面談に ついて不満を述べることが見受けられた。対照的に, 担任への信頼感を示す生徒もいた。これらのことを踏 まえ,今回の研究に先んじて,2 年生 1 クラスで「進 路面談では,担任の先生にどのような配慮があればよ いと思いますか?」という調査(自由記述)を実施し たところ,「自分のことをわかってほしい」「言いにく いこともある」という,両価的な記述が比較的多く見 られた。また,「~してくれると理想的です」という表 明も複数あった。教示文はこれらを踏まえて作成した。 ①教示文については,は『進路面談の際,あなたが 先生に「話しづらい」こととして,どのようなことが あるでしょうか。また,先生に「わかってほしい」こ とは,どのようなことでしょうか。そして,どんな先 生との,どんな進路面談があなたにとって「理想的」 でしょうか。』とした。 ②教示の後,白紙のカード(タテ 3cm,ヨコ 9cm) を 30 枚程度 A,B の前に置き,自由連想させ,記入さ せた。その際,各連想項目のイメージが肯定的(+), 否定的(-),どちらともいえない(0)のいずれに該 当するかかを付記させた。この後,A,B にとって重 要と感じられる順に記入したカードを並べ替えさせ た。 ③次に,各項目間の類似度(距離)を 7 段階(非常 に近い…1,かなり近い…2,いくぶんか近い…3,どち らともいえない…4,いくぶんか遠い…5,かなり遠い …6,非常に遠い…7)で評定させた。 ④上記の類似度評定に基づき,調査対象者別にクラ スター分析(ウォード法,ソフトは HALWIN)を行っ た。 ⑤析出されたデンドログラム(樹状図)に各連想項 目の内容を付記し,A,B の解釈を尋ねた。各クラス ターには,それぞれにふさわしいタイトルをつけても らい,新たに生じたイメージ等について,筆者にも了 解できるよう,質問を加えた。クラスターの区分やイ メージ理解については,内藤(2002)に沿い,A,B の解釈を尊重した。 以下における A,B と筆者(Co.)とのやりとりは,A, B の了解を得た上でセッション 2 を録音し,テープ起 こしをしたもののうち,各クラスターがそれぞれどう まとまるかが了解される部分を抜粋したものである。 なお,逐語記録中の( )を付した補いの語は,筆者 がやりとり全体の文脈から判断して加えたものであ る。 1 (0) |___. クラスター1「安心できるアドバイス」 5 (0) |___|___. 11 (+) |___. | 13 (+) |___|___|_______________. 6 (+) |___. | 9 (+) |___|_____. | クラスター2 10 (0) |_________|_________. | 「理想の面談形式」 7 (0) |___. | | 8 (0) |___| | | 12 (+) |___|_______________|___|_________________________. 2 (-) |___. | 3 (-) |___| | 4 (-) |___|_____________________________________________| クラスター3「(先生への)お知らせ」 *左の数値は重要順位。 **数値の後の( )内の符号は各項目のイメージ。 Figure 1 A のデンドログラム PAC分析研究 第3巻 16
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    3.2 結 果 A,Bの事例を以下に示す。 Aの事例 セッション①:2011 年 7 月 6 日(30 分),②:2011 年 7 月 7 日(40 分)。デンドログラムを Figure 1,重要 度順の各項目を Table 4 に示す。A は Figure 1 のデンド ログラムを,3 つのクラスターに区分した。筆者は, 客観的なデンドログラムの読み取りでは,1)~12)まで の部分と,2)~4)までの部分の,2 つのクラスターに 分けられると考えていたが,A の解釈を尊重した。 A の逐語記録(抜粋) (斜体字:A の発言,Co.: 筆者の発言,番号は逐語記録順。ここで筆者の記号を Co.と記しているのは,臨床心理士の資格を有する教師 カウンセラーであり,今回の調査において対象者には 研究 2 のセッションを行う際に,担任に対する率直な 気持ちを表明することが対象者にとって不利にならな いよう配慮していることを伝えていることによる。) A.5:これ(下の三つ)は,(内容は略)(先生への) 「お知らせ」。(クラスの友人関係について,先生に知 っておいてもらうと進路を含めて対処してもらいやす くなる。)A.7:(真ん中の 8 項目は)「理想の面談形式」。 A.12:…(担任の)M 先生とかは,「本人の意志がいち ばん大切だから,もう親は黙っといて」っていう感じ なんですよ,…やっぱり,そういう先生が理想だな, って思って。Co.14:M 先生は,ほぼ理想に近い。A.14: はい。ただドイツ人じゃないだけ(笑)。Co.16:1 と か 5 などは M 先生が実際してくださってる。A.16:は い。してくださってます。Co.17:では,全く問題なし。 A.17:そうなんです。A.20:(「まず生徒と面談」につ いて)中学校の時に,この(項目 10 の)やり方をやっ てる先生がおられて。Co.21:まず,生徒に聞いてほし い?A.21:はい。A.25:…事前に,ほんとうの,生徒 の(ことを),親とか関係なしにして,「言わないから 教えて」と。Co.26:本音のことを。A.26:はい。本音 を。Co.27:7・8 で「ストレートに」というのは?A.27: ほんとに私(の実力)で大丈夫なのか,っていう。心 配で。コンクールとか実績そんなにないですし。で, 「大丈夫,行けるよ」というのも言ってほしいんです けど,ダメなときはほんとうにダメって,はっきり言 ってほしいんです。「もっとがんばれば,~なるよ」っ ていうあやふやな答えじゃなく,「こうしたら,こうな る」というのをはっきり示して欲しい。A.31:…先生 に言ってもらえるから,「あ,そうなんだ」ってわかる 時があるし。Co.32:そう。成績などは先生から言われ ると。A.32:説得力がある。そういうの(成績など) は,先生の口から言ってほしい。Co.39:全体として, いまの A さんの,この高校での進路面談は何点くら い?A.39:M 先生がいいんでね。75 点くらいかな。 Co.40:(マイナスの)25 点は?A.40:ドイツ人でない (15 点),とか,これは面談じゃないのかもしれない ですけど,留学とか,などの支援システムがない(10 点)。 A のクラスター解釈 クラスター1:(1,5) A は「安心できるアドバイ ス」と解釈した。これらは,現在 A の担任でもあるベ テランの音楽科・M 教諭が実際に「してくださってる」 Table 4 A の各クラスター内の連想項目(項目前の数値は重要順位) クラスター1 1) 身のまわりの人での,実体験などをあげて しめしてほしい 5)実際の状況を教えてほしい 11)できれば 音楽家の先生がいいです 13)私が大学は外国をうけるので,先生は外国人(ドイツ人)がいいです。 6)面談中だけでもきんちょう感ももちながらも,なごやかな感じ 9)親と話すのではなく,生徒とはなしてくれてる感じがして,よかった クラスター2 10)最初に親抜きで1対2で面談をして,からの2対2がいい 7)今の私がおかれている立場や,実際どのレベルなのかをはっきりストレートに言ってほしい 8)ストレートに言ってほしい 12)進路に限っては,まじめで正直な先生がいい 2) 2)3)4)は,あまり望ましくない言動をとる級友の存在について, クラスター3 3) 担任の先生は一応知っておいて,そういう目でクラスを見てほしい 4) という内容(そのままの表現は控えた) PAC分析研究 第3巻 17
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    (A.16)ので,A にとっては全く問題はない(A.17)。 クラスター2:(11,13,6,9,10,7,8,12) 「理 想の面談形式」。まず,「親とか関係なしにして」 (A.25),教師は生徒の「本音」(A.26)を聞いてほし い。そして,希望する進路先に行けるかどうか,「はっ きり言ってほしい」(A.27)。それは,「ほんとに私で大 丈夫なのか」「心配」(A.27)だからであり,また,「先 生に言ってもらえるからわかる」(A.31)ことがあるか ら,でもある。さらに,「(音楽大学への)留学などの 支援システム」(A.40)があればありがたい。 クラスター3:(2,3,4)「お知らせ」。クラスの 友人関係について,先生に知っておいてもらいたいこ と(A5)としてまとまっている。 全体として: 各項目の単独のイメージを見ると, プラスが 5 項目,どちらともいえない0が 5 項目,マ イナスが 3 項目。マイナスの項目群については,いず れもあまり好ましくない言動をとる級友についてのも ので,A は教師との面談自体については悪くないイメ ージを持っているといえる。そのことは,A.14 や A.17 の応答にあるように,「ほぼ理想に近く」「問題ない」 と表明されていることからもうかがえる。 B の事例 セッション①:2011 年 6 月 29 日(25 分),②:2011 年 7 月 1 日(30 分)。デンドログラムを Figure 2,重要 度順の各項目を Table 5 に示す。B は Figure 2 のデンド ログラムを,6 つのクラスターに区分した。筆者は, 客観的には,1)~5)までの部分と 6)~13)までの部分, 9)~10)までの部分の,3 つのクラスターに分けられる と考えていたが,B の解釈を尊重した。 B の逐語記録(抜粋) (斜体字:B の発言,Co.: 筆者の発言,番号は逐語記録の順。) B.7:(いままで,面談は)なんか,聞き流しておし まい,みたいな。Co.9:じゃあ,先生の言葉がそんな に響いてこない。B.9:はい(きっぱりと)。B.10:な んかこう,ズバッとくる一言みたいなのがない。 Co.12:…例えば?B.12:「正直言って,今のままじゃ 絶対落ちますよ」,みたいな。B.14:(それがないから) 適当に流しちゃってる。Co.16:マイナスのことでも, ビシッと言ってくれたらいいのに,と。はっきり言っ て欲しいんだね。B.16:はい。Co.17:そう言われて, つらくなったりしないの。B.17:しません。逆に,「見 返してやろうか」って。B.20:(親について)…先生だ と,自分の学力とか,何もかも知り尽くしてるからい いだろうけど,あまり知りもしない親からそういうこ とをいちいち言われるのは,何か腹が立つ。Co.21:「親 が横で聞いていると」,というのは?B.21:ろくに知り もせずに口を出してこられるのが嫌。B.22:(今の面談 は)マンネリ化というか…。おんなじ話を聞いて終わ っちゃってる。Co.23:というと。B.23:成績で,たい して良くなかった時に,この(4,5 を指す)ような。 Co.24:ああ,「頑張ったら大丈夫」では響くところが ない。B.24:はい。Co.25:で,聞きたいのはこの 8? 1 (0) |___. 2 (0) |___|__. クラスター1「理想と現実の対比」(理想) 3 (0) |______|____________. 4 (-) |___. | クラスター2「『頑張ったら…』は響かない 5 (-) |___|_______________|_____________________________. 6 (-) |___. | 11 (-) |___|____________________. クラスター3「親はいら |ない」 8 (-) |________________________|___________. クラスター |4「大丈夫?」 7 (0) |________. クラスター5「具体的に」 | | 13 (-) |________|___________________________|_________. | 9 (+) |____________. | | 12 (0) |____________|____. クラスター1(現実) | | 10 (-) |_________________|____________________________|__| クラスター6「こんな先生がいい」 *左の数値は重要順位。 **数値の後の( )の符号は各項目のイメージ。 Figure 2 B のデンドログラム PAC分析研究 第3巻 18
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    B.25:はい。この,8 番がいちばん知りたい。Co.26: 大丈夫,というのは,B 君の思っている進路について? B.26:はい。いつもは,ごまかされているような感じ。 B.32:(先生の言うべきことはきちっと言い,自分の意 見は聞いてくれるなら)話そうという気になります。, Co.33:いまの面談はB 君にとって 10 点満点で何点く らい?B.34:3 点です。Co.35:ああ,3 点はあるんだ。 B.35:成績とかを教えてくれるし。Co.36:残りのマイ ナス 7 点は?B.36:ごまかされているみたいな…。そ れと,自分の意見を言えていない。Co.42:では,ビシ ッと言ってくれて,君の意見をしっかり聞いてくれた ら。B.42:あ,それなら満点です。Co.46:(保護者は) 面談のときも,できたらそばにいてほしくない? B.46:はい。三者じゃなくて二者がいい。 B によるクラスター解釈 クラスター1:(1,2,3,13) 「理想と現実の対 比」と B は解釈した。B の考える理想の面談は,「本 音で話し合え」(2),こころに「ズバッとくる一言」 (B.10)を「はっきり言って」(3)もらえ,それによ って「奮起できる」(3)ものなのだが,現実にはそう ではないので「面談の有効性をあまり感じ」ず(13), 「適当に聞き流しちゃってる」(B.14)。 クラスター2:(4,5) 「『頑張ったら…』は響か ない」の 2 項目。B.23 のように,良くなかった成績を 取った時,「頑張ったら大丈夫」という「マンネリ化」 (B.22)した教師の言葉は,「もうやめてほしい」(4)。 クラスター3:(6,11) 「親はいらない」。いわゆ る「三者懇談(生徒・保護者・担任)」の形式では「話 しにくい」(6)し,「ろくに(学力などについて)知り もせずに」(B.20)「口を出してこられるのが嫌」 (B.21)という。 クラスター4:(8) 「大丈夫?」。「今の成績で本 当に大丈夫なのか」(8))が,「いちばん知りたい」 (B.25)。しかし,「いつもは,ごまかされているよう な感じ」(B.26)である。 クラスター5:(7) 「具体的に」。これが項目 13 (クラスター1)と結節しているのは,いずれも B が 望んでいることなのだが,現実の面談場面では物足り ないと感じていることによるのかもしれない。 クラスター6:(9,12,10) 「こんな先生がいい」。 「ベテランで,口調がやわらかい人」(9)と「(親はな しで)1 対 1」(12)で話せれば,「話そうという気にな る」(B.32)。しかし,現実としては「自分の意見を言 えていない」(B.36)。 全体として: 各項目の単独でのイメージを見る と,プラスは 1 項目のみで,マイナスが 7 項目,どち らともいえない0が 5 項目。以上から,B は進路面談 をネガティブなイメージでとらえていることがわか る。理想では「はっきり言って」もらえ,「奮起」した いのだが,現実ではそうでなく,「ごまかされている感 Table 5 B の各クラスター内の連想項目(項目前の数値は重要順位) 1) 今の学力のレベルなら落ちる,受かるとはっきり言ってもらえる面談 クラスター1 2) ちゃんと本音で話し合える面談が理想的 3) だめだ,無理だというのをはっきり言ってもらった方が逆に奮起できる クラスター2 4)「頑張ったら大丈夫」とか言うのをやめてほしい 5)「頑張ったら大丈夫」とかでは,ああ大丈夫かと思って逆にやる気が失せる クラスター3 6) 親が横で聞いているので話しにくい 11) 親が聞いていると,だめだと言われると家で余計うるさく言ってくる クラスター4 8) 今の成績で本当に大丈夫なのか クラスター5 7)具体的な勉強法とかを教えてほしい クラスター1 13)正直言って,面談の後々の有効性をあまり感じない 9)ベテランで,口調がやわらかい人 クラスター6 12)親はなしで,ある程度受験に精通している先生と1対1がいい 10)口調がきついひとだと一方的に言うだけでこちらの意見を言えなさそう PAC分析研究 第3巻 19
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    じ」がし,「親がそばで聞いている」ことも含めて不満 を覚えている。10 点満点では 3点の評価(B.34)であ る。 4 考 察 研究 2 の目的は,学校適応感(「教師関係」「進路意 識」の両得点)が高い A と低い B について,進路面談 に臨む態度を PAC 分析を用いて比較し,(ア)「理解し てほしいこと」「話しづらいこと」の両価的な心情にど のような差異や共通点が見られるか,(イ)「理想的な 面談」のイメージの異同はどうか,の 2 点を検証する ことであった。また,それらを踏まえ,教師がどのよ うなことに留意すれば,進路面談がより意義のあるも のになりえるのか,について考察することであった。 まず,(ア)について考察する。A が実際の面談を「理 想的」と表しており,両価的な心情は特に示されなか ったのに対し,B はインタビューを通して両価的な心 情が確認された。具体的には,B の進路面談の主観的 評価は10点中3点であり,「ごまかされているみたい」 (B.36)と感じているが,だからといって面談に期待 していないか,といえば,「ビシッと言ってくれ,自分 の意見を聞いてくれたら満点」(B.42)とあるように, 教師に期待するところも同時に大きいことが示唆され た。 続いて,(イ)について考察する。A と B の PAC 分 析結果からは,Table 6 にあるように,全体的な進路面 談に対するイメージには対照的な差異が認められた。 これらには,A,B それぞれの,教師との関係が反映 されていると考えられる。だが,そうした対照的な教 師関係を有する両者には,進路について感じているこ と,理想とする進路面談イメージ,教師に対して願っ ていること,の 3 点については共通点が見られた。 ①自分の進路に関して,「不安」を感じている。A は「ほんとうに私で大丈夫なのか」「すごい心配なんで すよ」(A.27)と語っている。また,B の連想項目 8 で は,「今の成績で本当に大丈夫なのか」とある。 ②三者面談(生徒・保護者・担任)ではなく,二者 面談(生徒・担任)を望んでいる。A の連想項目 10 では「最初に親抜きで 1 対 2 で面談をして,からの 2 対 2 がいい」とあるが,これは「親とか関係なし」の 「ほんとうの,生徒の」(A.25)「本音を」(A.26)聞い てほしいということである。B の連想項目 6,11 では 「親が横で聞いているので話しにく」く,「うるさい」 と感じていることが示された。それは「(学力などを) ろくに知りもせずに口を出してこられるのが嫌」 (B.20,B.21)だから,という。 ③進路面談では,自分の置かれている状況を,教師 の視点から率直に伝えてほしいと願っている。A の連 想項目 7・8 には「ストレートに言ってほしい」と記さ れ,これは逐語記録では,先生の生徒に対する「本音 を」(A.26),「『もっとがんばれば,~なるよ』ってい うあやふやな答えじゃなく」「ダメなときは本当にダ メって」「はっきり言ってほしい」(A.27)ということ であると話している。B も,連想項目 1,2,3 で「今 の学力レベルなら落ちる,受かるとはっきり言っても らえ」,「ちゃんと本音で話し合える」面談が理想的で あり,その方が「逆に奮起できる」とし,続けて項目 4,5 では「『頑張ったら大丈夫』とか言うのをやめて ほしい」,そう言われると「ああ大丈夫かと思って逆に やる気が失せる」と記している。逐語記録では「ズバ ッとくる一言があればいい」(B.10)という思いが確認 されている。 次に,研究 1 で得られた,A,B のプロフィール(Table 3)と照らし合わせ,研究 2 の結果を考察する。 実技科目以外の学業成績では,A は下位,B は上位 Table 6 A,B の PAC 分析に見られる差異 A(女子) B(男子) 各連想項目の+の数 5 1 各連想項目の-の数 3(面談自体については 0) 7 実際の面接の主観的評価 75 点(100 点中) 3 点(10 点中) (担任の評価) ほぼ理想(A.17) 言葉が響いてこない(B.9) 逐語記録 (担任との関係) 全く問題なし(A.17) ごまかされているみたい(B.36) (自分について) 言いにくいことは特になし(A.9) 自分の意見を言えていない(B.36) PAC分析研究 第3巻 20
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    であり,A,B は学業成績の上位・下位にかかわらず 現在の希望進路について不安を感じていることが示さ れた(①)。 また,A は教師関係得点が27 点(順位では 8 位)な のに対し,B は 6 点(313 位)であり,教師との関係 にはかなりの差が認められる。しかし,A,B はとも に,三者面談(生徒・保護者・担任)ではなく,二者 面談(生徒・担任)を望んでいる(②)。 そして,A,B のそれぞれの進路志望先や担任によ る生徒から受ける印象の違いにかかわらず,ともに進 路面談では,自分の置かれている状況を,教師の視点 から率直に伝えてほしいと願っている(③)。 続いて,全体的な考察を行う。 進路決定は,「アイデンティティの確立」がもっとも 端的な形で問われる場面であり,一人ひとりの生き方 や自己実現の問題にもつながる重要なトピックスであ ると指摘されている(河野,2006)。(①)で示された, 生徒 A,B の不安は,自らのアイデンティティの確立 に関わって感じられているのではないか。また,金 (2006)は,アイデンティティの同一性を形成するき っかけは,重要な他者との関係性の中にある,と述べ ており,②で A,B いずれも親を含む三者面談でなく, 教師のみとの二者面談を望んでいるのは,進路決定に 関わる重要な他者としての教師と自分との関係性を尊 重してほしいという思いが表れたものなのだろう。 ③について,A,B がともに「自分の置かれている 状況を,率直に伝えてほしい」と願っていることにつ いては,不安になったとき,方向性を与えてくれる対 象を(和田,2002)求めていることの反映と考えられ る。また,山本(2011)は「高校生が不安や混乱のな い肯定的な将来展望をもつためには,まず肯定的な自 己像を築くことが重要」と指摘しており,彼らはその ために教師に映った自身の姿を知りたいのだろう。 肯定的な,しっかりした自己を持つために必要な存 在として,Kohut(1971)は自己心理学の立場から「自 己対象」を想定した。この自己対象機能の様式は,思 春期においては徐々に拡大し,自己対象機能の提供者 として教師も想定されるようになるといわれる(Wolf, 1988)。このことも,②や③に示されたことと関連し, 生徒にとって重要な他者となっている教師に自己の 姿,すなわち自己対象を提供してもらいたいと感じて いるとも思われる。これによって①で示されている, アイデンティティ確立に伴う不安の低減がなされるこ とが,進路面談の一つの重要な点ではないだろうか。 上記のような,進路面談が内包している諸要素を教 師が意識することで,スクールカウンセリングの中核 に位置づけられる進路面談の場が,より共感性の高い もの,生徒の心を成長させるものになり得る(青木, 2010)と考えられる。とりわけ,思春期・青年期を生 きる高校生にとって重要な他者である高校教師が「柔 らかな鏡役割」を意識して生徒に接することは,アイ デンティティの揺らぎがちなこの時期の生徒が,自ら の姿を柔らかく受け止め,映し出してくれる担任教師 との意識的・無意識的交流を通し,将来の自己像を見 出していく契機となるだろう。 引用文献 青木多寿子 2010 心理的成長にかかわる心理学 森 敏 昭・青木多寿子・淵上克義(編)よくわかる学校 教育心理学 ミネルヴァ書房 pp.96-97. Ernest S. Wolf 1988 Treating The Self -Elements of The Clinical Self Psychology- The Guilford Press, New York (安村直己・角田 豊 訳 2001 自己心理学入 門 -コフート理論の実践- 金剛出版) 古川雅文・高田晃治 2000 兵庫教育大学研究紀要 第 1 分冊, 学校教育・幼児教育・障害児教育 20, 169-176. Heinz Kohut 1971 The analysis of the Self. A Systematic Approach to the Psychoanalytic Treatment of Narcissistic Disorders. International Universities Press. Inc., Madison. (水野信義・笠原 嘉 監訳 1994 自 己の分析 みすず書房) 橋本広信 2011 生徒指導における進路指導 宮下一博・ 河野荘子編著 生きる力を育む生徒指導[改訂版] 北樹出版 pp.44-55. 平岡恭一・豊嶋秋彦 1991 人生周期論的視座からみた 児童・生徒と教師の人間関係の発達 Ⅰ. 予備調査 報告 弘前大学教育学部紀要 66 ,141-156. 池場 望 2006 進路指導の実践的展開 仙﨑 武・野々村 新・渡辺三枝子・菊池武剋 編著 生徒指導・教育 相談・進路指導 田研出版 pp.210-233. 伊藤美奈子 2010 発達心理学と学校臨床心理学 伊藤 美奈子・相馬誠一(編著)グラフィック 学校臨床 心理学 pp.18-34. 石隈利紀 1999 学校心理学 -教師・スクールカウンセ ラー・保護者のチームによる心理教育的援助サー PAC分析研究 第3巻 21
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    ビス- 誠心書房 JELS 2006(Japan Education Longitudinal Study 2006 第二期調査「青少年期から成人期への移行につい ての追跡的研究」) お茶の水女子大学 河村茂雄 1999 生徒の援助ニーズを把握するための尺 度の活用(高校生用) 岩手大学教育学部研究年報 59, 2 , 101-108. 金 美伶 2006 青年期の同一性形成に影響を及ぼす重 要な他者との関係性 お茶の水大学 人間文化論叢 9, 325-333. 小西千秋・宮下一博 2003 青年の悩みにおける秘匿と 告白 千葉大学教育学部研究紀要 51, 17-21. 河野荘子 2006 青年期のカウンセリングのポイント 白井利明(編)よくわかる青年心理学 pp.168-169. 國分康孝 2009 教育カウンセリング概説 図書文化 文部科学省 2011 今後の学校におけるキャリア教育・ 職業教育の在り方について(中央教育審議会答申) 〈http://www.mext.go.jp/b_menu/ shingi/chukyo0/toushin/1301877.html〉 文部科学省 2010 生徒指導提要 教育図書 文部省 1977 中学校・高等学校 進路指導の手引き-進 路指導主事編- ぎょうせい 文部省 1981 生徒指導の手引き(改訂版) 内藤哲雄 1993 個人別態度構造の分析について 人文 科学論集(信州大学人文科学部) 27, 43-69. 内藤哲雄 2002 PAC分析実施法入門:個を科学する新技 法への招待[改訂版] ナカニシヤ出版 内藤哲雄 2008 PAC 分析を効果的に利用するために 信州大学人文科学論集人間情報学科編 42, 15-37. 内藤勇次・浅川潔司・高瀬克義・古川雅文・小泉令三 1986 高校生用学校適応感尺度作成の試み 兵庫教 育大学研究紀要, 7 , 135-146. 佐藤有耕 1999 友達とのつきあい 佐藤有耕(編著)高 校生の心理-① 広がる世界 第 1 章 大日本図書 山本ちか 2011 高校生の時間的展望と自己評価の関連 - 全体的自己価値,具体的側面の自己評価,具体 的側面の重要度の観点から- 名古屋文理大学紀要 11, 1-10. 和田秀樹 2002 壊れた心をどう治すか コフート心理 学入門Ⅱ PHP 研究所 全国高等学校 PTA 連合会 リクルート 合同調査 2011 第 5 回「高校生と保護者の進路に関する意識 調査」〈http://souken.shingakunet.com/research/ 2011_hogosya2.pdf〉 PAC分析研究 第3巻 22
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    進路面談に必要な高校教師の柔らかな鏡役割 -学校適応感に差がある二人の高校生の比較- Needed high schoolteacher's tender mirror roles in career counseling -A comparison between two students who have high or low school adaptation feelings- 【執筆者】 森本 篤 MORIMOTO Atsushi(岡山県立岡山城東高等学校 教諭) 青木 多寿子 AOKI Tazuko(岡山大学大学院教育学研究科 教授) 【要旨】 研究 1 では,質問紙調査により高校生(2 年生 313 名)の学校適応感の程度を調べた。結果,顕著な個人差が見られた。 研究 2 では,学校適応感が高い生徒 A(1 名)と低い生徒 B(1 名)に関し,面談に臨む態度や教師に期待することを PAC 分析を用いて比較・分析した。面談について生徒 A は肯定的に捉え,生徒 B は否定的に捉えていた。一方,理想と する進路面談については,3 つの共通点が見られた。 1) 進路に「不安」を感じている。 2) 三者(生徒・保護者・担任)ではなく,二者(生徒・担任)での面談を望んでいる。 3) 自分の状況を,教師の視点 から率直に伝えてほしいと願っている。 以上の結果から,教師に必要とされる配慮として, a) 生徒は進路の不安があり,教師との関係性や成績によらず,教師の存在を 必要としていることの意識 b) 率直に,温かく,生徒の姿を映し出す鏡のような役割を担うこと の 2 点が示唆された。 The purpose of study 1 is to find out the level of high school student's individual differences about adaptation feeling by using AASHSS(313 students, second grade). The results showed wide individual variations among the students. The purpose of study 2 is to compare the attitudes or expectations for teachers between two students (A high score of AASHSS and B low score of AASHSS) by using PAC analysis. There were three points in common as follows: 1) Students feel anxiety about their future careers. 2) Students want to talk with their teachers, not including their parent. 3) Students want to be informed frankly from their teachers. Two considerations were suggested to be needed for teachers. a) To keep in mind that students feel anxiety, so they need teacher's help whether they have good relationships with their teachers or not, regardless of their grades. b) Try to respond as a mirror that reflects the images of students warm and frankly. PAC分析研究 第3巻 23
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    店内保安員における高齢者の万引きへの対応に関する PAC 分析 大久保 智生 万引き犯罪が他の犯罪と大きく異なるのは、実際 に万引き犯を捕捉することが多いのは、一般に万引 きGメンと呼ばれる店内保安員であるという点であ る。にもかかわらず、これまで万引き防止対策に関 する研究では店内保安員にあまり焦点が当てられて こなかった。店内保安員を対象とした研究としては、 田中(2009)が万引き防止対策における制服警備員 と私服警備員(店内保安員)の業務について考察を 行っている。しかし、田中(2009)は万引き対策と しての警備業の内容や特性について考察しているが、 店内保安員の意識や対応のあり方などについては検 討していない。大久保・時岡・岡田・尾崎・藤沢・ 堀江・松下・高橋(2013)が店内保安員20 名を対象 として、店舗の店員との比較から、万引き対策への 意識と万引きに対する態度について検討している。 さらに、大久保(2016)は店内保安員 74 名を対象と して、アルバイトとの比較から、客への注目の仕方、 万引きへの意識、万引き犯への感情について検討し ている。これらの研究では、店内保安員の意識や対 応については検討しているが、万引き犯全体への対 応であり、急増している高齢者の万引きへの対応に ついては検討されていない。したがって、効果的な 高齢者の万引きへの対応を探るためにも、店内保安 員が高齢者の万引きに対してどのような対応を行っ ているのか、さらにどのような対応が効果的なのか を探索的に検討していく必要があるといえる。 万引き犯罪は、特に香川県において社会問題とな っており、人口 1000 人当たりの万引きの認知件数 が 2009 年まで 7 年連続全国ワースト 1 位であるこ とからも、万引き犯罪の防止が喫緊の課題となって いた(大久保, 2012)。こうした中、2010 年に香川 県警察と香川大学の共同事業として子ども安全・安 心万引き防止対策事業が立ち上がり、県内の万引き の実態を把握し、その要因を探るために被疑者や一 般の青少年や高齢者、店舗を対象に調査を行ってき た(大久保・時岡・岡田, 2013)。そして、調査結果 に基づいて、一般市民向けの教育プログラムや店舗 向けの対策プログラムなどの実践を行い、その効果 PAC分析研究 第3巻 24 【原著】 1 問題と目的 近年、高齢者の万引きの増加が大きな社会問題と なってきている。警察庁の統計によれば、高齢者の万 引きが全体の約 4 割を占めるようになっており、今 や万引きは青少年の犯罪というよりも高齢者の犯罪と とらえられている。万引きの被害額についても、約 4500 億円、約 1 兆円とも推定され、現在、対策が推 進されている振り込め詐欺などと比べても莫大な額と なっている。万引き被害は深刻な経営の悪化を導くこ とからも、店舗は万引き G メンと一般に呼ばれる店 内保安員を巡回させるなど様々な万引き対策を行って いる。 万引き対策に関する研究については、2000 年以 降、「万引きをしない・させない」社会環境づくりと 規範意識の醸成に関する調査研究委員会(2009)が東 京都で、皿谷・三阪・濱本・平(2011)が広島県で実 態調査を行っている。このように、近年では、全国的 に万引きの実態を明らかにした上で、万引き防止対策 がとられるようになってきている。しかし、東京都で の調査はその名の通りに規範意識の醸成が対策の軸で あり、結果として規範意識が高いにもかかわらず、規 範意識という個人の心の問題に落とし込まれている。 こうした中、東京都は万引きに関する有識者研究会 (2017)を立ち上げ、高齢者の万引きの実態調査を行 い、調査結果からようやく万引き犯の規範意識の高さ を認め、高齢者の万引きへの対応についての提言を行 い、新たな対策へと進み始めた。特に、高齢者の万引 きについては、声かけが有効であることが明らかと なっており、これまでに有効な対応の仕方が探られて きている(大久保・堀江・松浦・松永・江村, 2013; 大久保・岡田・時岡・堀江・松下・高橋・尾崎・藤 沢,2013)。これまでの研究結果(大久保・時岡・岡田, 2013)を勘案すると、万引きは「悪いとわかっていて も、言い訳ができてしまう犯罪」(大久保,2019) といえるが、こうした高齢者の万引きの現状を踏ま え、高齢者の万引きへの具体的な対応についての検討 を今後進めていく必要がある。 ______________________ 2019年2月3日 原稿受理 2019年7月31日 掲載決定
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    について検証してきた(大久保・時岡・岡田, 2013)。 こうした取り組みの結果、香川県の万引きの認知件 数は毎年約 1割程度減少し続け、全国ワースト 1 位 を脱却し、近年の認知件数は全国でも中位とめざま しい成果をあげている(大久保, 2014, 2019)。しか し、これまで店舗や一般市民向けの教育プログラム の開発は行っても、万引きした者向けの教育プログ ラムの開発は行ってこなかった。 海外での万引きした者向けの教育に関する取り組 み と し て は 、 全 米 万 引 き 防 止 協 会 ( National Association For Shoplifting Prevention: 以下、 NASP)の少年向け、成人向けの教育プログラムが最 も有名であり、アメリカ以外でもプログラムが実施 されている(大久保, 2017)。しかし、アメリカでは 高齢者の万引きよりも少年や成人の万引きが問題と なっていることから、NASP は高齢者向けの教育プロ グラムについては開発を行っていない。日本全国で 急増する高齢者の万引きに対して効果的な対応を行 うためには、高齢者の万引きの特徴を踏まえ、万引 きをした高齢者向けの教育プログラムを開発してい く必要がある。そのためには、実際に高齢者の万引 き犯と対峙して関わる店内保安員の高齢者の万引き への対応について検討していく必要がある。 そこで、本研究では、万引き犯と実際に対峙する 店内保安員を対象に、その心理構造について検討す る。これまでに約 5000 人以上を捕捉してきたベテ ランの店内保安員を対象として、高齢者の万引きへ の対応が店内保安員においてどのように構造化され ているのかを、PAC (Personal Attitude Construct: 個人別態度構造) 分析によって検討することが本研 究の目的である。具体的には、個人と個人の内面に おいてどのような構造がみられるのか、その構造が どのように意味づけられているのかを探索的に検討 し、高齢者向け万引き防止教育プログラムの開発の 一助とする。 2 方法 2.1 調査対象者 調査対象者は、万引き G メンと呼ばれる店内保安 員 1 名(以下、調査対象者 A)である。なお、調査 対象者 A は、約 5000 人を捕捉してきた男性のベテ ランの店内保安員である。 2.2 手続き 手続きは内藤(1993, 1997)に従い、連想刺激と して、「あなたにとって、高齢者の万引き犯への対応 がうまい万引き G メンとはどのような人でしょうか。 その万引き G メンは高齢者の万引き犯に対してどん な振る舞いをすると思いますか。それから、その万 引き G メンはどんなことを考えていると思いますか。 頭に浮かんできたキーワードやイメージを、思い浮 かんだ順に番号をつけてカードに記入して下さい。」 と印刷された文章を提示するとともに、口頭で読み あげて教示を行った。 教示の後、白紙のカードを 40 枚程度調査対象者 の前に置き、頭に浮かばなくなるまで自由連想して もらい、記入を依頼した。この後、調査対象者にと って重要と感じられる順に記入したカードを並べ換 えさせた。次に、項目間の距離行列を作成するため に、ランダムにペアで提示し、以下の教示と 7 段階 の評定尺度に基づいて、類似度を評定させた。 2.3 教示と評定尺度 類似度の評定についての教示は、「あなたが高齢者 の万引き犯への対応に関連するものとしてあげたキ ーワードやイメージの組み合わせが、言葉の意味で はなく、直感的イメージの上でどのくらい似ている かを判断し、その近さを下記の尺度の該当する記号 で答えて下さい。」という教示と評定尺度が印刷され た用紙を調査対象者に提示し、口頭で読みあげて行 った。なお、評定尺度は「非常に近い」が A(7 点)、 「かなり近い」が B(6 点)、「いくぶん近い」が C(5 点)、「どちらともいえない」が D(4 点)、「いくぶん か遠い」が E(3 点)、「かなり遠い」が F(2 点)、「非 常に遠い」が G(1 点)の 7 件法である。 2.4 クラスター分析及び調査対象者による解釈 HALBAU7 を使用し、距離行列に基き、クラスター 分析(ウォード法)を行った。ついで析出されたデ ンドログラムの余白部分に連想項目の内容を記入し (Figure 1 参照)、これをコピーして調査対象者と 実験者が見ながら、以下の手順で調査対象者の解釈 や新たに生じたイメージについて質問した。まず、 実験者がまとまりをもつクラスターとして解釈でき そうな群ごとに各項目を上から読みあげ、項目群全 体に共通するイメージやそれぞれの項目が併合され た理由として考えられるもの、群全体が意味する内 PAC分析研究 第3巻 25
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    容の解釈について質問した。次に、第 1 群と第2 群、 第 2 群と第 3 群、第 1 群と第 3 群というように、ク ラスター間を比較させて、イメージや解釈の共通点 と相違点について報告させた。さらに、全体につい てのイメージや解釈について質問した。その後、実 験者として解釈しにくい個々の項目をとりあげて、 個別のイメージについて補足的に質問した。最後に、 各連想項目のイメージが肯定的(+)、否定的(-)、 どちらともいえない(0)のいずれに該当するかを回 答させた(Figure 1 の連想項目の後ろに付加された ( )内の符号を参照)。なお、調査対象者自身の解 釈部分の『 』内は実験者の発言を表している。 また、以下における調査対象者と実験者とのやり とりは、調査対象者の了解を得た上で、IC レコーダ ーで録音し、忠実に文字起こしを行ったものである。 3 結果と考察 調査対象者の連想項目およびクラスター分析の結 果は、Figure 1 に示す通りである。クラスターの数 の決定については、内藤(1993, 1997)に従い、以 下の手続きを用いた。まず実験者の試案的なクラス ター構造の解釈を腹案とし、各クラスターの項目を 上から順に読み上げ、それらへの調査対象者自身の イメージや解釈を報告させた。そして、調査対象者 によるクラスターのまとまりが実験者と異なって分 割されたり、併合される場合には、調査対象者のイ メージに沿って群の数を変更し、総合的に解釈した。 本研究の事例では、実験者の想定したクラスターの 分割と調査対象者の解釈イメージが一致した。 調査対象者 A は約 5000 人以上を捕捉してきたベ テランの店内保安員である。様々な背景をもつ万引 き犯を捕捉した経験を持っており、自他ともに認め るカリスマ万引き G メンである。また、その経験を 活かして、これまでに万引きに関する著書を 2 冊出 版しており、TV などのメディアでの露出も万引き G メンとしては最も多く、店舗の万引き防止のコンサ ルタント業務や様々な自治体の万引き対策事業など に関わっている。クラスター分析の結果は Figure 1 のようになった。 3.1 クラスターの解釈 クラスター1 は「説諭で再犯防止」から「人と接 するのが好き」までの 4 項目:まあ後悔っていうか、 まあその、やってしまった原因をまず聞きますよね。 どうしたのっていうことですよ。それが第一にあっ て、その理由がなんかまあ、ちょっとこう、切実な ものとか、そういうのであれば、少しこう励ました りだとか、そういうことも必要だと思うんですよね。 そこで、こう困窮していることであればこういうと こ行ったら助けてもらえるんじゃないかっていうイ ンフォメーションを与えたりだとか、それってある 意味余計な事なんですよね。我々のその業務の範囲 を越えてる部分なので、ある意味、それはその人の ことを考えなきゃできないことなんですよ。あと、 例えばお金持ってて万引きする人ですよね。だから ある意味そういう、例えば年金もらったりとか、そ ういう生活する、いわゆる原資があるにのも関わら ず、やる人たち。そういう感じがしますね。 クラスター2 は「捕まえるのは容易」から「話好 きで諭しが上手い人」までの 7 項目:意外と捕まっ ても平気なっていうか、そういう人がいるんですよ ね。ある意味、こう、染みついちゃってる動き、み たいな。その時だけ憑りつかれているような、そん なような人もいるわけですよ。だからまあ、挙動か らすれば我々にとってはまあ容易かなと思うし、意 外とこう欲望がむき出しになっているところとかも 感じられる。常習ですよ。人間関係が希薄で寂しい から常習になってしまうし、貧困だから盗んでしま うわけじゃないですか。まあそういう人たちって、 けっこうみんなに嫌がられてたりするから、僕はけ っこうそういう人もあんま差別しないようにとか意 識しちゃってるんですよね、自然に。一番かわいそ うだと思うんですよ。『このタイプが?』うん。救い ようがないから。ここはまあ、本当の生活困窮者。 貧困、孤独、まあそういうところですよね。そうい う人たちは捕まえるのも容易だし、まあ見た目とか にも出てしまうし、そういったところで分かりやす いですよね。ごまかしが効かないっていうか。だか らまあ欲望がむき出しっていうのもそういうところ だし、たぶん誰にも心配されていないから、悲しん であげた方がいいかなとか、心配してあげたいなと か、そういうことはしてるかな。いつ死んでもいい とか言うじゃないですか。そういう人ですよ。絶望 です。 クラスター3 は「これで最後にしましょう」から「話 PAC分析研究 第3巻 26
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    Figure 1 調査対象者A のデンドログラム を聞いたうえで励ますことができる」までの4項目: あきらめみたいな感じがしますよね。その、虚無 感っていうか、我々の持つ。その中で、励ますこと ができるとか、そういうところでなんか、光みたい な。そういう、我々の役割を見出しているようなと ころも感じる節ですよね。ここで最後にしようとか そういうところで、社会に役立っているような、自 己暗示みたいな部分っていうか。自己暗示って言う とち ょっと深すぎるけど。まあ社会に役立とうって いう我々の姿勢の表れっていうか、そういったとこ ろだと思います。だからそこで未遂が評価されない ことがストレスなんじゃないかな。今俺すごいひら めいて言ってますけど、すごいいいこと言ったと思 います。『これ一言で言ったら何なんですか?』保安員 の、なんだろ、虚無感。虚無感っていうんですかね、 なんていうんだろうな、憂鬱、憂鬱でもないし、存在 意義、リアリテイト。存在意義の自己確立、みたいな 感じですかね。保安員が、・・そうですね。保安員の 意識。だからそこで虚無感みないなのを埋めるため に、その存在意義を高めようとやっぱりそういった 説諭だとか心がけてるんだと思うんですよね。その 社会的使命とか、貢献とか、そういうことが頭に あって、逆にそういうことができない人はこの仕事 はあんまり長く続かないんじゃないかな。あんま意 識しないでマシーンになっちゃうと、その人自身が おかしくなっていきますよね。 クラスター4 は「恥ずべき行為だし、たくさんの人 に迷惑をかけている」から「一緒に悲しむ」までの 4 項目:家の方の感じだと思いますけどね。柄受けの人 とか。まあ家族ですよね。家族に向けてますね、その 人に関わる人たちの思い。まあそういう人の思いが 分からないから、盗みも平気なんでしょっていうの が前提にあると思います。だから、それがみんなに 迷惑をかけているっていうことを今気づいてどうで すかっていうのがあって、そういわれてみればそう ね、みたいになったりするんですよ。だから、そう いう仕組みを共有するってことはある意味、犯罪を 減らす結果につながっていくと思うんですよね。そ の中で、やっぱり家族っていうのはすごく大きいと ころだと思って、やっぱりやっちゃう常習の人は孤 独っていうところで。逆に再犯防止の大きいチャン スを持ってる人が、柄受けのいる人だと思うんです よね。支援っていう、その自分の影響の大きさ、た かがじゃないよ、みんな傷つける事だよ、大事な人 ですよね、まあ社会の一員としても、みたいなとこ ろがいろいろあって、それが結局、だから理由にし たいっていうか、みんなに迷惑かけるからもうやめ なよ、もうこんな思いしたくないでしょ、ってい PAC分析研究 第3巻 27
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    うのの一覧。で、それをこう僕が連れてきて、ある 意味地獄の道先案内人みたいなところがあるわけじ ゃないですか。そこをこう、連れてきておいてなん だけど、なんか申し訳なかったですっていう気持ち にもなっちゃうんですよっていう。ほんとにもらい 泣きしちゃうこともあるし、なんかご飯食べさしち ゃったりとかね、そういうこともあるし、なんて言 うんですかね。そういうのを一緒に悲しんであげた いっていうか、そうなっちゃいますね。関わった人 間として、そういうふうになってしまいます。で、 その問題に対して向き合う、そういうきっかけとと もに、その情報を与える、みたいな格好ですかね。 その情報を与えないと、その、どんだけのものか分 かんないし、万引きってすごい馬鹿にしちゃうじゃ ないですか。だからそこでこう、堂々巡りになって 話が解決しない、みたいなところは往々にしてある と思うんですよ。向き合うためのきっかけであり、 その知識をもって接することのきっかけづくり、み たいな感じですかね。知識をつけて、向き合うため のきっかけづくりですね。それは本人に対してもそ うですよね。万引きってこういう人もたくさんいる し、あなたこういうタイプだと思うよとか。 クラスター1とクラスター2 の比較について:人 間関係が寂しいわけだから、関心をもってもらうた めに万引きはこういうものだっていう情報を例えば さっきのように後悔したりだとか、そういったあの、 この人万引きしてますよっていう気づきを与える、 そういう再犯をしないように家族ぐるみでがんばっ てくださいっていうような、そういうインフォメー ション。そういうことをしなきゃ難しいと思います よみたいな、そういうところだと思うんですよ。こ れをきっかけに、逆に家族でちょっとこう、一致団 結してみれば、みたいな。そんなところですかね、 簡単に言うと。一言で言えば、人間関係。こういう ところまで考えられたら、再犯は減るのかな。『この 2 つの違うところは?』たぶん1 の方は説諭が通じ るけど、2 は貧困だとか、孤独だとか、絶望で、説諭 が通じない。太鼓が鳴らないところと鳴るところみ たいな。2 のほうが太鼓が鳴らないのがちょっと強 いかな。太鼓が鳴らない人は大体嘘をつく。そうす ると信用できないってなっちゃうじゃないですか。 クラスター1 とクラスター3 の比較について:た ぶん、その、本来こういうことやって評価されたい っていうのが、もっと評価されてもいいだろうとか、 そういう部分が一番目だと思うんですよ。で、まあ、 3 で言うと、やっぱこう、評価されてない、そうい う枯渇感っていうね、なんかこう、ありますよね。 もっと評価してくれって飢えてる自分がいる。1 と 3 の共通点としては 説諭で、社会的認知を高めた いところがあると思うんですよね。その、社会的地 位の部分ですよね。だからそこがちょっともっとあ ってもいいんじゃないかなっていうのを感じます。 で、ここまでいろいろ考えてやってるのに何でこん な扱いなんですかみたいな気持ちにはなりますよね。 だから未遂も評価してほしいよ、何もないと何しに 来たんだ役立たずみたいになるんで。『じゃあ、これ の違いは何ですかね。』虚しさなんじゃないですかね。 こうやってる理想があって、追求してるけど、って いうのが 1 で、3 は、それをやってるんだけど、そ れをあんまりこう評価されないですっていう、そう いう失望。 クラスター1 とクラスター4 の比較について:う ーん・・その、再犯防止をすることによって、たぶ んこの 4 は、あの、言葉が社会的なことだと思うん ですよね。例えばそれは一般の消費者とかにも向け られているところだと思うんですよ。深く捉えれば。 だからそこはやっぱり、恥ずべき行為だし、とか。 沢山の人に迷惑をかけているってところが、そこも たくさんの人に知ってもらってもいいと思っている んで、そういったところの教育。『っていうのが似て いると。』うん、似ていると思いますね。説諭でもっ てそういう教育をする。こう、みんな悲しんでいる んだよ、みんなこうやって嫌な思いしているんだよ、 みんな迷惑しているんだよっていうことなんですよ。 それを気付かせるっていう、それが重要じゃないで すかね。『じゃあ違うところは』まあ理想とやっぱ現 実なんですけど、その、自分がそうやって例えば努 力して私万引きやめますっていっても、やっぱり親 見てああだめだって思ったりすることもあるじゃな いですか。ああいうのとか、まあ、警察の対応みて、 ああそこまでしなくていいのにとか、そういうふう に思ったりすることもあるんですよ。そういったと ころで、一緒に悲しむっていう言葉もあると思うん ですね。いろんな思いを背負っちゃうところで、ち PAC分析研究 第3巻 28
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    ょっとこう、なんだろ、その場でしか共有できない から、そこでこう、自分の言ったことが、楔、まあ 自分の言葉が一人にでも響けばっていうところです よね。響くようなところのスローガンとして1があ って、4のところに現実があるのかなって。そうい うところ。1 がスローガンで、4 がこういうふうなも のですよっていう、気づきを与える言葉みたいな感 じがしますよね。 クラスター2とクラスター3 の比較について:捕 まえるところ。捕まえてなんぼだっていうことです よね。捕まえてでもやめさせるみたいなそういうこ とはあると思うな。捕まえることの理屈みたいな、 自分の中のその、理屈なんですよ。存在意義みたい なのがここが出てて、そこの評価を求めてるんじゃ ないかなっていうところなんですよ。そこは似てる と思うんですよ。評価を求めるためにそういうこと やってるんだっていうふうに考えると。『じゃあ違う のは?』そうやってるんだけど、絶望があったりし て、どうにもできないことがあるんですよ。まあ私 の中で言えば、たぶん 2 は悲しみ。で 3 はちょっと 怒り。失望。3 は、そこでこう、最後にしましょうよ って言って、うんって言ってくれればいいけれども、 みたいな、そういうところもあるし、未遂もまあ評 価されないで、こんなにいっぱい盗んだんだけど置 いてかれてあいつは無罪放免だっていって、それで 俺が逆に怒られるみたいな、そういうストレスもあ りますよね。これで最後にしましょうよって言って もまたやっちゃって。その中で絶望してるからしょ うがないよねっていうあきらめみたいなのがあって、 ちゃんとまだ頑張ってよって励ますこともできる。 それと、被疑者と保安の違いですかね。『2 のほうが 被疑者で、3 が保安?』そうですね。スタンスの違 いかな。 クラスター2 とクラスター4 の比較について:や っぱ、目で訴えるのが効くと思ってるんでしょうね。 自分の中で。目線を合わせるのが、そういうふうに 基本だと思ってるんじゃないかな。それが似てると 思う。で、みんな悲しむ、一緒に悲しむ。周りの人 が悲しめば、俺もそれは、一緒に悲しいよってこと だと思うんですよね。情の部分ですよね。『違うの は?』違うってなると、 上の方が絶望。で、家族が いるいない、応援してくれる人がいるいない。4 の 方はまだ応援してくれる人がいる。家族がいるけど 万引きしちゃうんですっていう、ある意味それはい ろいろそうかもしれないけど、その拒食症とかね。 でも、2のような生きるための万引きと、4の万引 きって違くて、傷つける人、相手も違うじ ゃない ですか。孤独の人は傷つける人がいないんですよ。 ただ迷惑かけるだけなんですよ。その一方、柄受け がいる、家族がいるってなると、その人たちはみん な悲しむし、その人はもっと嫌な思いをして、スト レスを溜めてまたやってしまったりとか、そういう 結果もまた生むと思うんですよね。だから、ある意 味、ここは、家族に対する、被疑者の家族に対する 気づきっていうのも与えたいチャンスっていうか、 こうですよっていう現状この人はだいぶ進んでます よとかそういうことを教えて、なんでなっちゃうか 分かりますかみたいな。でも、そういうのはやっぱ 我々はこう、理由を明らかにするまで柄受けと話 すってのはもう最近本当にないから。昔はちょこ ちょこありましたけどね。 クラスター3 とクラスター4 の比較について:共 通点は、とにかく、最後にしようってことでしょう ね。もうやめてくれっていう自分が伝えたい気持ち の方が共通してます。あと、相手の側に立つって意 味では共通してる。相手に寄り添うっていう。ただ、 寄り添うっていうとおこがましいけどね。『違う点 は?』3 は伝わってないってところで、ストレスを 感じるところがあるっていう。3 は伝わらない。仕 方ないっていう風に同情してしまうところもあって。 4 のほうはある意味これは、同情ですよね。同情と 激励みたいな感じ。まあ僕はどっちかというと自分 のやってることって激励みたいな方が強いから。も うやめなよみたいな。 全体について:イメージ的には、自分がこう、自 分がなんか励ましてる感じが強いですよね。励まし て、嫌な思いして、逆切れしている自分もいるし。 やっぱりタイプによっても違うしね。まあ、被疑者 はいろんなタイプが出てきますよね。『先ほどの貧困 とか、孤独で、ある意味絶望系の人と、そうじゃな くて家族もいて、それでも何度も繰り返してしまう 人とか』そうですね。まあでも、どんなタイプにも 信頼して激励、あとまあ自分の存在意義・・・保安 員としてのですね。やっぱり一人一人、相手に対し PAC分析研究 第3巻 29
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    て真剣に向き合えるか向き合えないかっていうとこ ろですよね。自分のことしか考えないでいると、や っぱり機械的な対応になって、ただ捕まえればいい っていうことになるんで。そういったところの、例 えば、そういった人に捕まった人の再犯率と僕の再 犯率比べたらたぶん僕の方が再犯率は低いんじゃな いかなって思うんですよね。それはもう現場で肌で 感じる感じ。だからこそあれなんですよね。できる だけ未然に防ぎたいってことにつながるんですよね。 あと、まあ信じてるっていうのが伝わってきますよ ね、被疑者のことを。一回信じてるっていうか。や っちゃったけどそのあと言うことは信じてるなって いう。そういうまっさらで聞くから。全体的に、相 手を信頼して、一回は信頼してるなっていうのがす ごく伝わってくる。 『つまり信頼して激励して るっていう感じなんですかね。』そうですね。だか ら一回でも嘘があるとね。『他は何かありますか? 全体として。』被疑者の背景とかそういうことです ね。背景をけっこう気にしてるなっていう。そうい うのは気づきましたね。家族どうするんだろう、と か。大丈夫だろうなとか。お孫さんどういう顔して 迎えるんだろうとか。『やっぱりそういうところを 伝えていくのが、やっぱり再犯防止につながると。』 それもそうだし、逆に警察に引き渡すことの是非っ ていうかね、そういう事情聴いてかわいそうなんだ けどルールなんでっていう、そこもやっぱり機械的 だから、そういったのも例えば、お店の人にも共有 してもらいたいっていうのがあって、まあそういう のが未遂の評価であったり、いろんな虚無感出てい るところにあると思うんですけど、そういった温度 差。『基本的に信頼して励ますと。そしてタイプに よって変えていく感じでしょうか?』まあ臨機応変 にね。そういう感じがします。まあ一人一人真剣に は考えてるんだけど、そのできないのはしょうがな いよねっていう諦めも感じますよね。俺らの立場か らすれば。やめさせるよりも、やってもらった方がい いと思うんですよね。そんな世の中でいいのかってい うわけですよ。逆に店もそういう、魔が差す店づくり みたいなの言ってますけど、それを放置してるのは同 じだと思うんですよ。そこに罠をしかけて、やったや つが悪いんだっていうね。そういう誘うような、誘因 みたいな。『そういう姿勢の店も減らして、かつ人間 らしい対応をしていくことが必要なんでしょうか ね。』そういう、例えばお店のスタイルとかもそうい う捕捉に影響しますよね。ああ、ここはこうだから、 一生懸命やろうとか、ここは捕まえてもこうだから まあ適当でいいやとか、こっちも人間だからそうな ったりしますよ。そういうの全部考えるとやっぱ、 社会一丸じゃないけど、そういったあの、万引きの そういう実情の共有感とか大事なことだなっていう。 みんな知らないし、たかがってやっぱり思うじゃな いですか。そういったところをやっぱ広めるってこ とも重要なんじゃないかなと思ったりもします。 補足質問:「未遂が評価されないストレス」…保安 員は万引き犯を捕捉するのが仕事なんで、一人の人 間を万引き犯にさせないということでは一緒なのに 未然に防止しても評価してもらえないこと。「子ども に接する感じで目線を合わせる」…子どもと接する ように、高齢者と同じ立場で話を聞くこと。 3.2 総合的解釈 クラスター1:「説諭で再犯防止」から「人と接す るのが好き」までの 4項目であり、これは調査対象 者 A が述べているように<説諭による再犯防止>と 解釈した。このクラスターは高齢者の万引き犯のこ とを考え、励まし、どうすべきかの情報を与える点 が特徴として挙げられる。ただし、調査対象者 A が 述べているように、スローガンであり、現実は様々 な困難があるが、これを目指して活動していること が分かる。さらに、調査対象者 A が説諭で再犯防止 が可能と考えている、言い換えれば教育可能である と考えているお金があるけど万引きしてしまうタイ プの人を表しているともいえる。 クラスター2:「捕まえるのは容易」から「話し好 きで諭しが上手い人」までの 7 項目であり、<貧困 と孤独による万引きの絶望>と解釈した。このクラ スターは人間関係が希薄で寂しく、生活に困窮して の万引きとその対応が特徴として挙げられる。また、 ここでは、気にかけてくれる人が誰もおらず、生き るために万引きしているため、孤独や絶望で説諭が 通じないと調査対象者 A がとらえていることもわか る。そして、誰にも心配されない人たちであるため、 その人たちを励ましていることもわかる。 クラスター3:「これで最後にしましょう」から「話 を聞いたうえで励ますことができる」までの 4 項目 PAC分析研究 第3巻 30
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    であり、これは調査対象者 A が述べているように< 保安員の虚無感>と解釈した。このクラスターは、 社会に役立とう、存在意義を高めようという姿勢の 現れといえるが、実際には評価されていないという ストレスが特徴として挙げられる。調査対象者A は 万引きしようといている者に対してあいさつや声を かけることによって未遂に終わらせようとする「未 然防止のための店内声かけ」(大久保・岡田・時岡・ 堀江・松下・高橋・尾崎・藤沢, 2013)の提唱者で あるが、捕まえないと評価されないジレンマの中で 再犯を防止するために話を聞き励ますなど様々なこ とを考えて活動していることがわかる。 クラスター4:「恥ずべき行為だし、たくさんの人 に迷惑をかけている」から「一緒に悲しむ」までの 4 項目であり、<罪に向き合うためのきっかけ作り >と解釈した。このクラスターは、家族などが存在 し、再犯防止のチャンスを持っている人に対して、 万引きと向き合うための気づきを与える言葉かけや 立ち直るための知識や情報を与えることが特徴とし て挙げられる。これまでの研究でも、特に周囲に気 にかけてくれる人がいることを気づかせることが万 引き防止において重要であることが明らかになって いる(大久保・時岡・岡田, 2013)ように、家族な どの周囲に気にかけてくれる、心配してくれる人が いて、そうした人たちを傷つけ、迷惑をかける行為 であることを認識することが求められる。そのため には、万引きと向き合うきっかけとともにどれだけ 大変なことになるのかという情報を与える活動を行 っていることがわかる。 全体として:高齢者の万引き犯の背景を気にしつ つ、万引き犯に寄り添い、万引き犯を信頼して励ま す、情報を与える、気にかけてくれている人の存在 を伝えるなど、タイプによって対応を変えているこ とが調査対象者 A のプロトコルからみてとれる。特 に、調査対象者 A は家族の存在や経済状態などの高 齢者の万引き犯の問題背景を尋ねて、さらに気にし ながら、タイプごとにそれぞれ真剣に向き合って、 臨機応変な対応をとっているといえる。この逆が「マ シーン」と調査対象者 A が述べる捕まえるだけの機 械的な対応であるといえる。そして、家族など気に かけてくれ、心配してくれる人の存在や事の重大性 への気づきを促すような教育の必要性を痛感してい るといえる。また、調査対象者 A において、説諭の クラスターが見られるが、これは理想であると述べ ながらも、実際には太鼓が鳴るという表現で説諭の 効果を実感しており、きっかけ作りにとどまらない 活動を行っていることが示された。さらに、店内保 安員にとってメリットは少ないが、万引き防止に有 効である万引きを未遂に終わらせるという「未然防 止のための店内声かけ」(大久保・岡田・時岡・堀江・ 松下・高橋・尾崎・藤沢, 2013)を推進したいとい う思いと魔が差しやすい店作りをしている店舗の不 条理を正し、社会全体での万引き防止(大久保・時 岡・岡田, 2013)につなげて、万引きの実状を広く 知ってもらいたいという思いが明確に示された。 最後に全項目の単独でのイメージをみると、プラ スが 9 項目、マイナスが 10 項目であった。この結果 から、肯定的と否定的が半々になることが示された。 4 総合考察 本研究の目的は、高齢者向け万引き防止教育プロ グラムの開発のために、店内保安員の高齢者の万引 きへの対応の構造を PAC 分析を用いて検討すること であった。その結果、ベテランの店内保安員である 調査対象者独自の特徴的な心理構造がそれぞれはっ きりと表れた。本研究で取り上げられた事例におけ る構造上の特徴は、当該の調査対象者特有なものを 多く含んでいると考えられ、店内保安員の一般的な 特徴を示すものとはいえないかもしれない。しかし、 1 事例においてさえ、高齢者の万引きへの対応への 多様な構造と意味づけが見出されたことで、今後の 高齢者の万引き対応の方向性が示唆されたといえる。 このことを詳しく検討していくと、ベテランの店 内保安員である調査対象者 A は、高齢者の万引き犯 の背景を考慮しながら、タイプによって対応を変え ていることが示唆された。特に万引き犯に寄り添い、 信頼してじっくり話を聞くことなど真剣に高齢者の 万引き犯と向き合っていることが示された。これは、 高齢者の万引き犯を単純に否定的にとらえる姿勢と は明らかに異なるものである。さらに、調査対象者 A は高齢者の万引き犯に対して励ます、情報を与え る、気にかけてくれている人の存在を伝えるなどを しながら、万引きの問題の深刻さを気づかせるよう な説諭を行い、立ち直るためのきっかけ作りをして PAC分析研究 第3巻 31
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    いることが示された。さらに、捕捉の現場の問題や 魔が差しやすい店づくりを行っている店舗の問題な ど万引きの実状を広く知らしめて、社会全体で万引 き防止の機運が高まるような活動を考えているとい える。 以上の結果を踏まえると、高齢者向けの万引き防 止教育プログラムに必要な要素とは、説諭の要素で あるといえる。言い換えれば、調査対象者 A の言葉 で言うと太鼓が鳴るような説諭、つまり、心に響く ような教育の必要性である。こうした教育を行うた めには、調査対象者A が述べているように、タイプ ごとに効果的な対応を考えていく必要があるといえ る。タイプでいえば、孤独な生活に困窮している高 齢者の万引き犯については誰にも心配されない人た ちであるため、励ますことやできても情報を与える ことくらいしかできないかもしれないが、気にかけ てくれる家族がいる高齢者の万引き犯については、 対応の仕方次第で再犯防止のチャンスがあるといえ る。こうした気にかけてくれる家族のいる高齢者の 万引き犯については、心配してくれる人がいて、そ うした人たちを傷つけ、迷惑をかける行為であるこ とを理解させることが重要であり、そのための万引 きと向き合うための気づきを与える言葉かけや立ち 直るための知識や情報を与えることが必要である。 さらに、家族が事の重大さを理解することも必要で ある。こうした点を踏まえると、高齢者向けの万引 き防止教育プログラムを効果的なものにするために は、孤独な生活に困窮している高齢者の万引き犯と 気にかけてくれる家族がいる高齢者の万引き犯では、 プログラムの内容を分けて考える必要があるといえ る。そして、調査対象者 A が述べるように、高齢者 の万引き犯の背景を考慮して、教育プログラムの内 容を開発していく必要があるといえる。 今後の課題としては 3 点が挙げられる。1 点目は、 再犯を繰り返す高齢者への対応についての検討の必 要性である。今回、急増する高齢者の万引き犯への 対応について検討したが、再犯を繰り返す窃盗癖(ク レプトマニア)とよばれる高齢者についての検討は 行わなかった。窃盗癖については、一部の精神科医 と弁護士のビジネスとなっていることから、慎重に 議論する必要があるが、今後、対応について検討し ていく必要があるといえる(大久保, 2017)。2点 目は、高齢者の万引き犯向けの万引き防止教育プロ グラムのターゲットについての検討の必要性であ る。今回、店内保安員の高齢者の万引き犯への対応 の構造から万引き防止教育プログラムの方向性を検 討したが、どの層の高齢者の万引き犯をターゲット に教育プログラムを実施するのかという点について は、深く検討できなかった。したがって、今後はど のようなタイプの万引き犯にどのような内容の教育 プログラムを実施していくのかについて検討してい く必要があるといえる。3点目は店内保安員を対象と した研究の必要性である。店舗が万引き犯に対して どのように対応するかについては、最も万引き犯と 対峙することの多い店内保安員の知識や経験に基づ いて検討していく必要があるといえる。万引き対策 としての警備業は、海外においても歴史があり、定 着している(Abelson, 1990)ことから、今後はさら に店内保安員を対象とした研究を進めていく必要が あるといえる。 文献 Abelson, E. (1990). When ladies go a-thieving. Oxford University Press. 椎名美智・吉田俊実 (訳) (1992). 淑女が盗みにはしるとき:ヴィク トリア朝期アメリカのデパートと中流階層の万引 き犯 国文社 万引きに関する有識者研究会 (2017). 高齢者に よる万引きに関する報告書:高齢者の万引きの実 態と要因を探る 東京都青少年・治安対策本部総 合対策部安全・安心まちづくり課 「万引きをしない・させない」社会環境づくりと規 範意識の醸成に関する調査研究委員会 (2009). 万引きに関する調査研究報告 内藤哲雄 (1993). 個人の態度構造の分析につい て 人文科学論集(信州大学人文科学部), 27, 43- 69. 内藤哲雄 (1997). PAC 分析実施法入門: 個を科 学する新技法への招待 ナカニシヤ出版. 大久保智生 (2012). 青少年の万引きに対する規 範意識:香川県子ども安全・安心万引き防止事業の 取り組みから 青少年問題, 646, 44-47. 大久保智生 (2012). 青少年の万引きに対する規 範意識:香川県子ども安全・安心万引き防止事業の PAC分析研究 第3巻 32
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    取り組みから 青少年問題, 646,44-47. 大久保智生 (2014). 香川県における万引き防止 の取組:万引き認知件数全国ワースト 1 位からの 脱却 刑政, 125(10), 12-23. 大久保智生 (2016). 店舗における万引き防止教 育プログラムの開発:保安員とアルバイトは客の 何を見ているのか 犯罪心理学研究第 54 巻特別号. 大久保智生 (2017). アメリカにおける万引き防 止と窃盗癖のとらえ方から考える日本での万引き 防止(ワークショップ 窃盗の矯正における法と 心理) 法と心理, 17, 55-61. 大久保智生 (2019). 子どもの万引きはどのよう に捉えられるのか 更生保護, 70(3), 16-19. 大久保智生・堀江良英・松浦隆夫・松永祐二・江村 早紀 (2013). 万引きの心理的要因の検討:万引 き被疑者を対象とした意識調査から 科学警察研 究所報告, 62, 41-51. 大久保智生・岡田涼・時岡晴美・堀江良英・松下昌 明・高橋護・尾崎祐士・藤沢隆行 (2013). 万引 き防止対策におけるエビデンスに基づく社会的実 践サイクル:店舗および店内保安員の調査結果に 基づく未然防止のための店内声かけマニュアルの 作成とその実施 香川大学教育学部研究報告, 139, 35-51. 大久保智生・時岡晴美・岡田涼・尾崎祐士・藤沢隆 行・堀江良英・松下昌明・高橋護 (2013). 店内 保安員における万引き対策への意識と万引きに対 する態度の検討:効果的な万引き対策の実践のた めに 香川大学教育学部研究報告, 139, 27-34. 大久保智生・時岡晴美・岡田涼(編) (2013). 万引 き防止対策に関する調査と社会的実践:社会で取 り組む万引き防止 ナカニシヤ出版. 皿谷陽子・三阪梨紗・濱本有希・平伸二 (2011). 万 引き被疑者の特徴に関する質問紙調査 福山大学 こころの健康相談室紀要, 5, 45-52. 田中智仁 (2009). 万引対策における保安警備業 務の一考察:制服警備員と私服警備員の差異を中 心として 東洋大学大学院紀要, 46, 15-34. PAC分析研究 第3巻 33
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    店内保安員における高齢者の万引きへの対応に関する PAC 分析 PAC(PersonalAttitude Construct)analysis of Shoplifting G-Men’s responses to elderly shoplifters 【執筆者】 大久保 智生 OKUBO Tomoo(香川大学教育学部 准教授) 【要旨】 本研究の目的は、高齢者向け万引き防止教育プログラムの開発のために、店内保安員の高齢者の万引きへの対応の構造を PAC 分析を用いて検討することであった。調査対象者は、万引き G メンと呼ばれるベテランの男性店内保安員である。 分析の結果、高齢者の万引きへの対応への多様な構造と意味づけが見出された。ベテランの保安員の事例では、高齢者の 万引き犯の背景を考慮しつつ、タイプによって対応を変えていると解釈された。特に、万引き犯に寄り添い、信頼してじ っくり話を聞くことなど真剣に高齢者の万引き犯と向き合っていることが示された。これらの結果を踏まえ、今後の高齢 者の万引き犯向けの万引き防止教育プログラムの方向性について議論された。 The purpose of this study was to examine shoplifting G-Men’s response to shoplifters of the elderly by PAC (Personal Attitude Construct) analysis. Shoplifting G-Men(male) who was skilled shoplifting G-Men(Subject A) participated in this research. As a result of the PAC analysis, various structures and meanings for response to shoplifters of the elderly were found. In the case of Subject A, it was interpreted that the correspondence was changed depending on the type, taking into consideration the background of the shoplifter of the elderly. Especially it showed that A was seriously facing shoplifters of the elderly, such as trusting shoplifters and listening to the story. Finally, the direction of shoplifting prevention education program for shoplifters of the elderly in the future was discussed. PAC分析研究 第3巻 34
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    店内保安員における高齢者の万引きへの対応に関する PAC 分析 PAC(PersonalAttitude Construct)analysis of Shoplifting G-Men’s responses to elderly shoplifters 【執筆者】 大久保 智生 OKUBO Tomoo(香川大学教育学部 准教授) 【要旨】 本研究の目的は、高齢者向け万引き防止教育プログラムの開発のために、店内保安員の高齢者の万引きへの対応の構造を PAC 分析を用いて検討することであった。調査対象者は、万引き G メンと呼ばれるベテランの男性店内保安員である。 分析の結果、高齢者の万引きへの対応への多様な構造と意味づけが見出された。ベテランの保安員の事例では、高齢者の 万引き犯の背景を考慮しつつ、タイプによって対応を変えていると解釈された。特に、万引き犯に寄り添い、信頼してじ っくり話を聞くことなど真剣に高齢者の万引き犯と向き合っていることが示された。これらの結果を踏まえ、今後の高齢 者の万引き犯向けの万引き防止教育プログラムの方向性について議論された。 The purpose of this study was to examine shoplifting G-Men’s response to shoplifters of the elderly by PAC (Personal Attitude Construct) analysis. Shoplifting G-Men(male) who was skilled shoplifting G-Men(Subject A) participated in this research. As a result of the PAC analysis, various structures and meanings for response to shoplifters of the elderly were found. In the case of Subject A, it was interpreted that the correspondence was changed depending on the type, taking into consideration the background of the shoplifter of the elderly. Especially it showed that A was seriously facing shoplifters of the elderly, such as trusting shoplifters and listening to the story. Finally, the direction of shoplifting prevention education program for shoplifters of the elderly in the future was discussed. PAC分析研究 第3巻 34
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    教員の教職に対する態度構造の検討 ―教職につまずきを抱える若手教員を対象として― ○高山 瑞己, 青木多寿子 (岡山大学教育学研究科) key words:メンタルヘルス, バーンアウト, 教職のポジティブさ はじめに 「平成 23 年度公立学校教職員の人事行政状 況調査」(文部科学省)によると,在職者に占め る精神疾患による病気休職者の割合は平成 3 年 から 23 年の 10 年間で約 2 倍に,精神疾患によ る休職者の休職発令後の状況は 4 割強が休職を 継続,2 割が退職となっている。また,精神疾 患により休職している教員の約半数(平成 23 年度において 45.3%)が,所属校に配置後 2 年 以内に休職に至っている。加えて団塊の世代が 退職し,教員の採用数は増加傾向にある。以上 より,若手教員かつ着任校での勤務期間が 2 年 以内の教員のメンタルヘルスは喫緊の課題であ るといえる。 これについては,教職が対人職であることか ら,バーンアウトに着目した研究がなされてい る(杉田, 2013;増井ほか, 2018 参照)。しかしバ ーンアウトに着目することは,教職のネガティ ブな側面のみに注目することになるのではない か。教職には,学習指導や生徒指導の中で児童・ 生徒の成長に関わることができる等,ポジティ ブな側面もあるはずである。教員のメンタルヘ ルスは,双方のバランスによって保たれている のではないだろうか。また,そのバランスは個 人によって異なっている可能性も考えられる。 そこで本研究では,教職につまずきを感じて いる教員を対象とし,「つまずきの背景にはネガ ティブな側面だけではなく,ポジティブな側面 も存在するのか」を検討する。これらを踏まえ て,教員のメンタルヘルス向上のための知見を 得ることを目的とする。 方法 被験者:教職に就いてから退職や休職を考える ほど悩んだ経験がある者,あるいは実際に退職 や休職を選択した若手教員 3 名である。詳細を Table 1 に示す。 提示刺激:「あなたが教員になる前には気がつか なかった教職の仕事の側面」について自由に書 きあげてください。行動,気持ち,イメージな どを単語,文章,キーワードで思い浮かんだ順 に書いてください。 手続き:①当該テーマに関する自由連想,②連 想項目間の類似度評定,③類似度距離行列によ るクラスター分析,④被験者によるクラスター 構造のイメージや解釈の報告,⑤実験者による 総合解釈である。 使用分析ソフト:HAD16, PAC-Assist2+ 被験者 プロフィール A 公立小学校勤務 2 年,退職済,女性 B 公立小学校勤務 3 年を経て公立中学 校勤務 1 年目(英語科),在職中,女性 C 私立中高一貫校 2 年目,在職中,女性 結果 デンドログラムは Figure 1, 2, 3 を参照。 被験者 A:公立小学校勤務 2 年,退職済 (1)被験者 A による解釈 【クラスターごとの解釈】 クラスター1 は,仕事をしている中で一番楽 しさを感じた部分だと思います。…授業での子 どもの反応や成長をみることや,全員が参加で きる授業ができることなどが入っていますから。 クラスター2 は,しんどさを感じた部分かと。 特に 2 年目です。同僚というか学年団のメンバ ーによって仕事にこんなに影響がでるのかと驚 いた部分でもあります。…自分の仕事をどう回 すかだけではなく,一緒にする仕事の分担の仕 方とか引き受け方とかも大事だなと思いました。 クラスター3 は,自分の中での理想像がある からこそまとまったのかなと。…「年度によっ て差が激しい」というのは,年度ごとに同僚は Table 1 被験者のフェイスシート PAC分析研究 第3巻 35 【2018年度第12回大会発表抄録】
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    変わりますが教師としてのアウトプットという か,子どもたちに対してしてあげられることに 波があってはいけないなと考えつつ,上手くで きなかったなという思いがあるからここに入っ たのだと思います。…私の中では自分も子ども たちも楽しみながら共に学べる授業ができるこ とが理想です。 クラスター4 は,働いてとにかく時間がない と常に思っていたことがまとまったのかなと思 います。時間がないからこその焦り,疲れが含 まれています。 【クラスター間の関係】 クラスター1 とクラスター3は,相互に関係し あっていると思います。クラスター1 は実際に 感じていた楽しさで,クラスター4 は「こんな 教師になりたい」という思いの部分です。ギャ ップはかなり大きかったかもしれません。 クラスター2 の内容が上手くいくと,クラス ター4 は少し解消されていくのかなと思います。 …教師の仕事って完全に分業できないものがた くさんあります。しかも分業してできない先生 がいると,その影響を被るのは子どもですから, 結局他の先生が手伝わざるを得なくなります。 いくらやっても仕事が終わらなくて常に追われ ている感覚になります。 (2)被験者 A についての総合解釈 クラスター1は,項目がすべて+であり,「か わいい」「楽しい」「嬉しい」などの被験者のポ ジティブな気持ちが入っている。授業において 感じていたことと答えていたため,「授業におけ る楽しさ」と命名した。 クラスター2 は,5 項目が-であり,1 つが 0 である。具体的な仕事や同僚との関係性,それ らをどう築いていくかが含まれている。よって, 「同僚と協働することの難しさ」と命名した。 クラスター3 は,項目すべてが-であり,背 景には「授業力をつけたい」,「いつも笑顔で子 どもに接したい」という思いがあるのに,現実 としてできていないというギャップがまとまっ ている。よって「理想の教師像とのギャップ」 と命名した。 クラスター4は,項目すべてが-であり,時 間や疲れなどの単語が入っている。そこで「時 間不足」と命名した。 ②思ったより子どもは 純粋でかわいい,+ ⑭たまにできる一体感 のある授業が嬉しい,+ ⑨図工の指導はすごく 楽しい,+ Figure 1 被験者 A のデンドログラム ⑱会計は大変,- ⑰ 同僚とのコミュニ ケーション,- ⑦教師も人間,子供も人 間,親も人間,0 ⑯地域差,学校差が激し い,- ③自分から手放すこと, その力が大切,- ⑮できると思われたら、 いくらでも仕事が増え る,- ④笑顔で仕事したい,- ⑤input の時間が少なす ぎる,- ⑫時間が思った以上に ない,- ⑩躾の側面が大きい,- ⑬目の前の業務に追わ れがち,- ⑪年度によって差が激 しい,- ①教材研究をもっとや りたい,- ⑧体力的にむいてない かも,- ⑥常に疲れている,- PAC分析研究 第3巻 36
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    被験者 B:公立中学校勤務 1年目,在職中 (1)被験者 B による解釈 【クラスターごとの解釈】 クラスター1は,自分自身が辛い,苦しいと 思っていることがまとまっていると思います。 困難さというか。…また,細かく分けるとさら に 3 つに分けられると思います。項目 1 と 7 は 大変な中でもサポートがあったなというまとま りです。…項目 5,12,10 は積み上げというかこ れまでやってきたことが通用しないなと感じた ことですかね。…項目 8,11 は,事務作業とか校 務分掌の進め方についてです。 クラスター2 は,教師としてのスタイルに関 して,大学生のときの自分,現在の自分,周り の先生に関してまとまっていると思います。 クラスター3 は,仕事とはあまり関係ない部 分です。教職に就くことで付随したものという か。 【クラスター間の関係】 クラスター3は,他のクラスターとはあまり 関係が無いように思います。クラスター1 と 2 は関係があるように思います。クラスター1 は, 実際に仕事をしてみて仕事そのものに対して感 じたことなので,実務内容に焦点が当たってい るように思います。…クラスター2 は,自分の 思いというか。仕事を通して感じたことではあ るんですが,教職に対する自分自身の目標や理 想が含まれています。 (2)被験者 B についての総合解釈 クラスター1 は,5 項目が-,1 項目が 0,1 項目が+であった。「教科指導力の無さ」,「しん どかった」,「大変」などの言葉が含まれており, インタビューの中でも大変さと説明されている。 よって,「実務に当たる上での困難さ」と命名し た。さらに被験者自身が細かく分けられると説 明していたため,項目 1,7 を「サポートや同僚 との関係」,項目 5,12,10 を「これまで学んでき たこととの関係」,項目 8,11 を「業務のやり方 そのもの」と命名した。 クラスター2 は,2 項目が-,4 項目が 0 であ った。インタビューの中で,「教師としてのスタ イル」という言葉が挙げられており,自身のこ れまでの教職観や他人と現在の自分の教職観を 比較しているため,「教職に対する理想とギャッ プ」と命名した。 クラスター3 は,教職に関してのことではな く,個人として感じていた内容であったため, 「プライベートのこと」と命名した。 Figure 2 被験者 B のデンドログラム ④1 年目は子どもが思った よ り か わ い く 思 え な か っ た。子供も人間だと気づい たかも,0 ⑪学校ごとで仕事のスタ イルの違いが大きい,- ③自分のスタイルを見つ けるのが大切,0 ⑥もっと遊んでおけばよ かった。子供に話すネタが ない,0 ⑨思ったより話せなかった。 うまく子供に伝わらない,- ⑬大学生のときは甘かった なと思う,0 ②先生ごとの熱意の差が大 きい。それを受け入れられな かった,- ⑭出会いがない,0 ⑩時間のなさ,- ①思ったよりサポートがあっ た。校長先生との距離が近か った,+ ⑤教科指導力ののなさ・大学 での学びがいかせない,0 ⑫1 年目がしんどかった。 それと中学校に動いてから の 1 年目,- ⑦校務分掌が大変,- ⑧事務書類が多い。出張の 復命書,- ⑮最初の学校は僻地だった ので給料が思ったより良 かった,+ PAC分析研究 第3巻 37
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    被験者 C:私立中高一貫校 2年目,在職中 (1)被験者 C による解釈 【クラスターごとの解釈】 クラスター1 は、働く上での条件、労働条件 がまとまったのだと思います。 クラスター2 は、「サービス業」という項目が 代表的だと思います。…でも子どもが可愛いか らこそ奉仕の精神をもてていると思うんです。 クラスター3 は、日々の業務に追われている ことです。…教材研究はしたいですが、部活の 指導で土日もつぶれますし、生徒会担当なので 平日の放課後はそちらにも時間をとられます。 【クラスター間の関係】 ボランティアではなく、仕事をして給料をも らっているので、クラスター1 が大前提。そし て実際の日々の仕事があって、その中でクラス ター2 を強く感じます。同時にクラスター3 も。 (2)被験者 C についての総合解釈 クラスター1 は「残業代」,「定時」という言 葉があるため,「勤務条件」と命名した。 クラスター2 は,子どもが可愛いからこそ仕 事を頑張っているという内容であったため,「奉 仕の精神」と命名した。 クラスター3 は,共通点が勤務時間の内容で あったため,「時間不足」と命名した。 総合考察 分析の結果, 3 名とも自由連想項目がネガテ ィブなイメージのものが多かった。しかしネガ ティブさの中にもポジティブさが含まれている クラスターが存在した。具体的には,被験者 A のクラスター3,被験者 B のクラスター2,被験 者 C のクラスター2 である。 被験者 A は項目④について,「笑顔で仕事をし たいけれどできていないから-をつけています。 いつも笑顔でいた方が子どもたちも安心して学 校に来ることができると思うんです。」と語って いる。また項目①については「教材研究をする 時間が十分にとれておらず,やらないといけな いという焦りが募るので-です。でも,わざわ ざ時間をとってじっくり教材研究をしたいと思 うのは,子どもたちに分かりやすい授業をした いからです。それができると自分の自信にもつ ながります。」と語っている。つまり心理的負担 となっているネガティブさの中にも,ポジティ ブさが同時に存在することが示された。また, これは子どもたちへの愛情や教員としての使命 を強く自覚しているからこそであった。 以上より,教員のサポートをする際には,単 に負担を減らそうとするのでは十分とはいえな いであろう。負担の背景には,当該教員にとっ てポジティブさも含まれている可能性があるか らである。負担軽減だけではなく,なぜ負担と 感じているのかを詳細に探ることが必要である といえる。これらを踏まえた上での業務改善が 教員のバーンアウトを減らし,メンタルヘルス を向上させることになるのではないだろうか。 文献 内藤哲雄(2009).PAC 分析実施法入門[改訂版]:「個」 を科学する新技法への招待 ナカニシヤ出版 内藤哲雄(2011).PAC 分析研究・実践集 2, ナカニ シヤ出版,61-78 文部科学省(2011).平成 23 年度公立学校教職員の人 事行政状況調査 杉田郁代(2013).教員のバーンアウトとレジリエンス の関連について ―小学校教員ノメンタルヘルス 研究― 心理相談センター年報, 9, 21-28. 増井晃,宮下敏恵,奥村太一,森慶輔,西村昭徳, 北島正人(2018). 中学校教員におけるメンタルヘ ルスの学期間変動について ―バーンアウトの視 点から― 上越教育大学紀要,38,85-94. (Mizuki Takayama, Tazuko Aoki) ①残業代が出ない,- ②定時がない,- ③サービス業,- ⑩24 時間 365 日教員であ ることが求められる,0 ⑧奉仕の精神が試される,0 ⑥授業以外が大変,- ④教材研究の時間がほし い,- ⑨生徒は素直でかわいい,+ ⑤仕 事 配 分 が ア ン バ ラ ン ス,- ⑦ブラック部活,- Figure 3 被験者 C のデンドログラム PAC分析研究 第3巻 38
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    進路指導における高校教師の指導方針について ー中日比較を通してー ○許 暁,青木 多寿子 (岡山大学教育学研究科) keywords:進路指導 高校教師 中日比較 はじめに 「2017 年全国教育事业发展统计公报」(中华 人民共和国教育部 2018)によると、全国各種類 の高等教育在学生は 3779 万人になっており、 2016 年より 80 万人増加した。また、高等教育 入学率は 45.7%に達し、去年より 3%上がった。 全国の高等学校は 2880 校となり、去年より 28 校増えたという。「2017 年度普通高等学校本科 专业备案和审批结果」(中华人民共和国教育部 2018)によると、全国の大学は 2016 年より増加 した専攻が 2311 個に上るという。以上のことか ら、近年、中国の大学数、大学の専攻数は増加 し、大学進学率も上昇しているということがわ かった。 一方、進路指導が十分に行われていないとい う現状もみられる。例えば、中国の学生は自分 の学んだ専攻を活かして、卒業後どのような仕 事が出来るのかを知らない。また、自分の専攻 を好きではないから、専攻に関する仕事はした くないという学生も増えている。「2018 年中国 大学生就业报告」(王伯庆,马妍 2018)による と、2017 年に大学卒業生の就職と専攻の相関度 は 66%である。専攻と関係ない仕事を選ぶ理由 として、「仕事は自分の期待に合わない(36%)」 があげられる。こうした現状は進路指導の不足 が1つの要因だと考えられる。 2017 年に、中国山東省教育庁は「关于做好普 通高中学生发展指导工作的意见」という指示を 出した。これによると、生徒に職業体験をさせ ることを通して、経済、社会の動向を知らせ、 職務内容・発展過程・業界の見通しを理解させ るとしている。また、生徒自身に合う職業を探 させ、自分に合うキャリアを形成させるという。 以上のことから、現在、中国は進路指導の重要 性に気付き、これの整備に取り組んでいるとい える。 一方、日本では中国より早く進路指導が行わ れてきており、その範囲は小学校から大学まで の広範囲にわたる。森本(2013)は、日本の高 校における進路指導の中核となる進路面談に注 目し、ベテラン教師と若手教師の指導力の比較 を行っている。これによると、ベテラン教師の 進路面談に対する自己イメージは非常に肯定的 であり、生徒の目の前の興味・関心に関するこ とを重視するという。それに対して、若手教師 は進路面談に対して強い不安をもっていること が示された。他方、中国の高校進路指導の現状 に関する先行研究はあまりみられない。 そこで本研究は、森本(2013)との比較を通 して、中国の進路指導に必要な教師の指導方針 に つ い て 考 察 す る こ と を 目 的 と す る 。 森 本 (2013)では、日本の進学校の教師を対象とし ているため、本研究では、比較対象として、中 国山東省の進学校を採用する。 方法 被験者:3 年目の若手教師(A)と 20 年以上経 験があるベテラン教師(B)である。 提示刺激:分析を行う際の提示刺激は比較のた めに森本(2013)を採用し、中国語に訳した。 具体的には、「あなたは、生徒との進路面談で、 どんなことが気がかりになったり不安になった りしますか。また、自信を持っていることはど のようなことでしょうか。そして、生徒はあな たのことをどのように見ていると感じています か。こころに浮かんできたイメージや言葉を、 思い浮かんだ順に番号をつけてカードに記入し てください。」である。 手続き:①該当テーマに関する自由連想,②連 想項目間の類似度評定,③類似度距離行列によ るクラスター分析,④被験者によるクラスター 構造のイメージや解釈の報告,⑤実験者による 総合解釈である。 使用分析ソフト:HAD16,PAC-Assist2+ PAC分析研究 第3巻 39 【2018年度第12回大会発表抄録】
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    結果 被験者 A:若手教師 (1)被験者 Aによる解釈 【クラスター1】「項目 4 専門知識」は先生の知 識の備蓄です。先生として、生徒と進路面談や 進路指導を行うときに、私の知識が足りません。 (項目 2 については)生徒も自分のことや考え を理解しないまま先生に聞きます。生徒は、何 を聞きたいということもわかっていません。だ から、進路面談を行うための基礎がないと思い ます。 【クラスター2】生徒は私のほうがいじめること ができる感じです。「若手教師だから、宿題を やらなくても大丈夫だ。他の先生の宿題は優先 だ」と考えている生徒がたくさんいます。だか ら「項目 6 他の教科と比べて後になる可能性が ある」と同じクラスターになります。でも、若 手教師として、ベテラン教師より生徒との距離 がもっと近いこともよく感じます。生徒たちは 時々と私と話すことがあります。相談じゃなく て、ただおしゃべりをします。 【クラスター3】「項目 3 職業について知らない」 は具体的な職業の内容がわからないことです。 「項目 4 専門知識」はどんな大学でどんな専攻 があるかわからないです。これ(項目 3 職業に ついて知らない)はこの専攻は何を勉強してい るについてわからない。また、卒業後、どんな 仕事ができることについてわからない。でも、 「項目1生徒に対して責任を持つ」ということ は根本です。専門知識や具体的な職業の内容が わからないですが、もし生徒にこれについて聞 かれたら、生徒に対して責任を持つので、勝手 に知らないことを言うことは無理です。 (2)被験者 A の総合解釈 各連想項目のイメージをみると、マイナスと 0 の項目が多い。3 年目の若手教師として、被験 者 A は進路面談に自信を持っていないことがわ かった。その中に、最も不安なのは大学の専攻 と職業に関する知識が足りないことであった。 被験者 B:ベテラン教師 (1)被験者 B による解釈 【クラスター1】回り道をしなくて、速く成功し たいなら、できるだけ早くキャリアプランを立 てる必要がある。これ(項目 6 自分の社会経験 と成長経験は生徒によい影響を与えると、自信 を持っている)は目標です。この目標を達成す るために、計画を立てる必要があります。或い は、キャリアプランを立るんです。 【クラスター2】(Figure 2 参照)この四つは 人の成功の要因ですね。項目 5 はセンター試験 の得点です。項目 3 は環境で、項目 2 は生徒の 興味です。これら 3 つのすべては項目 1 国家や 社会のニーズが基礎にあります。 (2)被験者 B の総合解釈 各連想項目のイメージをみると、プラスの項 目が多く、マイナスの項目はなかった。被験者 B は 20 年以上経験があるベテラン教師として、 進路面談について、ごく自信を持っていた。生 徒卒業後の人生のキャリアを重視し、キャリア プランを立てることを強調していた。 4 専門知識(0) 2 根拠がない判断(ー) 5 私の個性(0) 6 他の教科と比べて 後になる可能性があ る。(ー) 3 職業 について知 らない。(0) 1 学生に対して責任 を持つ。(+) Figure 1 被験者 A のデンドログラム クラスター1 学 生 と 先 生 と も 就 職 へ の 準 備 が 不 足 クラスター2 先 生 の 教 育 ス タ イ ル は 学 生 と の 関 係 の 影 響 クラスター3 簡 単 に 結 論 を 下 す 勇 気 が な い PAC分析研究 第3巻 40
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    総合考察 森本(2013)との比較を通して考察する。 PAC 分析の結果: ①若手教師の場合 若手教師の進路指導における指導方針は中日 で差が見られなかった。若手先生として、進路 指導の「具体的な方法がわからない」、「就職 への準備が不足」などマイナスなイメージが多 いということは中日若手教師の共通点である。 若手教師は教師になる前に指導方法に関する授 業をあまり受けていなかったこと、指導経験が 少ないことは理由としてあげられるだろう。 ②ベテラン教師の場合 ベテラン教師の進路指導における指導方針は 中日で差が見られた。中国のベテラン教師は生 徒卒業後の人生のキャリアを重視している。一 方、日本のベテラン教師は、生徒の目の前の興 味・関心と大学の学部・学科が一致することを 重視している。「生徒は主人公」、「思いを率 直に」などの言葉がキーワードとして挙げられ た。 以上のことから、中国の高校教師は生徒の人 生のキャリアを重視していることがわかった。 しかし、現状として、中国の学生は自分の学ん だ専攻を活かして、卒業後どのような仕事が出 来るのかを知らない。また、自分の専攻を好き ではないから、専攻に関する仕事はしたくない ということが問題になっている。これは、中国 の進路面談が生徒の目の前の進路選択よりも、 生徒の将来を重視しすぎているからではないだ ろうか。生徒の人生のキャリアを重視すること だけではなく、生徒の目の前の興味・関心を重 視することも重要だと考えられる。 文献 内藤哲雄(2009). PAC分析実施法入門[改訂 版]:「個」を科学する新技法への招待 ナカ ニシヤ出版,15-27. 森本篤・青木多寿子(2013).高校の進路面談 で必要とされる教師の指導力―PAC(個人別態 度構造)分析による進学校のベテラン教師と 初任者の比較― キャリア教育研究.第 32 巻第 1 号,15-20. 中华人民共和国教育部(2018) 2017 年全国教 育事业发展统计公报 (http://www.edu.cn/zhong_guo_jiao_yu/jiao _yu_bu/xin_wen_dong_tai/201807/t20180720 _1617944.shtml)(2018 年 11 月 25 日取得) 中华人民共和国教育部(2018) 2017 年度普通 高等学校本科专业备案和审批结果 (http://news.ifeng.com/a/20180627/5890159 3_0.shtml)(2018 年 11 月 26 日取得) 王伯庆・马妍(2018).2018 年中国大学生就业 报告 (https://chassc.ssap.com.cn/c/2018-06-28/ 550719.shtml)(2018 年 11 月 25 日取得) 山东省教育厅(2017)关于做好普通高中学生发 展指导工作的意见 (https://gaokao.chsi.com.cn/gkxx/zc/ss/20 1708/20170825/1626423378.html)(2018 年 11 月 21 日取得) (Gyou Kyo,Tazuko Aoki) 5 センター試験の得点で大学を決 めるサポートに関しては自信を 持っているが、今の大学の各専攻 が今後どう発展するかわからな い。(0) 6 自分の社会経験と成長経験は 学生によい影響を与えると、自 信を持っている。(+) 4 大学生活に適応するポイ ントはキャリアプランを作 ることだ。(+) 3 環境は人に影響している。 大都市の大学に入学ことを主 張する(+) 1 家、社会、国に対して、責任を もっているべきだ。(+) 2 専攻を選択することは国と社会 のニーズと自分の興味などの条 件を合わせることだ。(+) Figure 2 被験者 B のデンドログラム クラスター1 先 輩 の 経 験 を 参考しながら、 自 分 の 特 徴 に 合 わ せ て 計 画 を立つ クラスター2 人 成 功 の 要 因 PAC分析研究 第3巻 41
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    図書を用いた PAC 分析の試み ‐図書に対する子どもの興味を題材として‐ ○三島悠希,松村敦 (筑波大学大学院 図書館情報メディア研究科, 筑波大学 図書館情報メディア系) key words:図書、子ども、手法 1.はじめに PAC 分析とは自由連想を元に個人ごとの態度 やイメージの構造を分析する方法で、一人ひと りの内部にフォーカスを行うことが可能な内藤 (2002)によって開発された調査手法である。こ の手法は編入学生が感じる不安感をクラスタか ら詳細に導き出す(内藤 2011)研究や、筆者が行 ってきた人々がお題に対して持つ図書館のイメ ージや関心を明らかにする研究(三島・末岡・松 村 2018)など様々なテーマで使用されている。 しかし、子どもを対象に PAC 分析を行った事例 は少なく、山川ら(2000)の先行研究はあるもの の、小学 4 年生を対象としており、幼稚園から 小学校低学年の子どもを対象に調査が行われた 事例はない。内藤はイメージ喚起能力や言語能 力の低い場合には、実験者が絵カードや物品を 提示して選択させる工夫が必要だと述べている。 そこで本研究では連想刺激文を提示して自由連 想を行う代わりに、アイテムを用いた PAC 分析 を提案する。 2.先行研究 PAC 分析で実際にアイテムが利用された研究 としては佐藤、有園(2009)の箱庭を連想刺激と した研究がある。佐藤らの調査手続きでは箱庭 作品を写真撮影したのちに、プリントしたもの を被験者に提示し、気になる部分にしるしをつ けるように、また、それらから思い浮かんでき たイメージや言葉を述べてもらっている。 本調査では、図書に対する子どもの興味を調 査対象とした場合に、実際に興味を持っている 図書を PAC 分析に用いることを提案する。図書 を提案した理由としては、ビブリオセラピー(泉 2018)のように人の心情に関わるアイテムとし て図書が有効的に活用される事例があること、 また、「自分の心情に近い図書」「自分の好みの 図書」のように図書の指定方法によって様々な テーマで調査が可能ではないかと考えたことが 理由である。 そこで本研究では子ども一人ひとりに着目し、 どのような本を好んで読んでいるかを題材とし、 図書を用いた PAC 分析が実際に利用可能かど うか調査を行う。 3.調査手法 被験者 本調査では年長から小学 3 年生 9 人を対象に、 PAC 分析を用いたインタビュー調査を行った。 調査ではそれぞれ年齢、性別を考慮し、被験者 を 2 つのグループに分けた。詳細は表 1 の通り である。調査 1 は連想語の代わりに図書を用い た PAC 分析、調査 2 は図書と自由連想を用いた PAC 分析を行った。後者に関しては、当初は自 由連想のみの調査を行う予定であったが、連想 刺激文からヒントなしで自由連想を行うのが困 難だったため、実際に図書を読みながら自由連 想を行ってもらった。調査はつくば市とつくば みらい市で行った。調査時間は一人あたり 30 分 から 1 時間だった。 表 1 被験者一覧 使用分析ソフト 本調査では土田が開発した PAC-Assist2 を用 いた。ただし、本調査では子どもに類似度比較 PAC分析研究 第3巻 42 【2018年度第12回大会発表抄録】
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    の過程でパソコンを直接操作してもらう関係で 表記を一部変更している(図 1)。 また、クラスタ分析には統計ソフト Rを用いて 調査を行った。 図 1 類似度比較の画面 調査手続き 調査 1 : 図書を用いた PAC 分析 1. 子ども自身に好きな図書(絵本、漫画、図鑑 等)を 4-5 冊選択してもらう 調査前に事前に子どもに自分が好きな図書 を持参してもらうようにお願いをした。図 書は家にあるものや図書館にあるもの、種 類を問わず、絵本、漫画、図鑑、小説等何 でも良いとした。 2. 図書の順位づけ 図書をもってきてもらい「好きな本を 1 か ら順位をつけて下さい」と指示をし、本に ランク付けを行った。図書のタイトルと順 位を PAC-Assist2 という PAC 分析を支援し てくれるシステムに入力した。 3. 図書間の類似度比較 4. 類似度距離行列によるクラスタ分析 5. 半構造化インタビュー(①クラスタの印象 に対するインタビュー、②図書 1 冊ずつに 対するインタビュー) 調査 2 : 図書と自由連想を用いた PAC 分析 1. 調査 1 と同様に子どもに図書(絵本、漫画、 図鑑等)を 4-5 冊選択してもらう 2. 連想刺激文を元にした自由連想 連想刺激文 「どんな本が好きですか? どういうとこ ろが好きですか? 思いつく言葉を言って 下さい」 3. 連想語間の類似度比較 調査 1 と同様に PAC-Assist2 を用いて行っ た。 4. 類似度距離行列によるクラスタ分析 5. 半構造化インタビュー(①クラスタの印象 に対するインタビュー、②図書 1 冊ずつに 対するインタビュー) 通常の PAC 分析では連想語に対するポジティ ブ、ネガティブのイメージを被験者に対して尋 ねるが、子どもに対して説明が難しかったため、 本調査ではこの過程を省いた。調査時間は一人 あたり 30 分から 1 時間程度となった。 4.結果 調査 1 : 図書を用いた PAC 分析 ID1 小学 2 年生 女の子 図 2 ID1 のデンドログラム CL1 : 料理が一緒のところ 「おばけのお使いとフレンチトーストが似てる のは、ルルとララがフレンチトーストとかおや つを作って友達とか、えっと、友達とかにあげ て、それで、おばけのお使いは、お母さんとお 父さんが頼んだお菓子とかをおじさんとか、お ばさんにあげてー、そのあのー料理とかが似て るなって思って選んだ」 CL2 : さがす、泣ける 「えっと、あのみどりちゃんがペロを探してい たら、ベッドの下に覗いてみたらペロがいて、 その前にワンワンランドの遊ぶやつがいて…… かわいいねこは最後のページにちいたがむかえ にいくのがあって、みつけるのとおむかえのが ちょっと似てるなと思って選んだ」 PAC分析研究 第3巻 43
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    全体 「ずっと一緒とかわいいねこがなんで似てるか というと、泣けるから。で、ルルとララとおば けは料理が一緒のことだから」 ID3 小学 2年生 男の子 図 3 ID3 のデンドログラム CL1 : 載ってるスペースが似てる 「電車は載ってないけど、載ってるスペースが 似てる」 CL2 : 電車が載ってて同じ 「電車が載ってて同じかな、やまびことか。あ と(新幹線の)マークとかある」 全体 「目次が載ってないと何の列車からわかんない から、目次とか載ってるとわかりやすいから、 こういう世界の鉄道とかページ数が載ってるの がわかりやすい。目次が載っていないのはあま り買わない」 調査 2 ID6 年長 男の子 CL1 : 面白いところ 「ジョージが切ってるところみっつが面白 い。 おしりぶーぶーはおしりがとびだしている」 CL2 : 表情が似てる 「顔が同じ、表情が。(せんろのトンネルとかえ る)かえるが逆上がり。なんかをみつめている」 全体 「ママとかおとうさんに読んでもらってから気 に入った」 図 4 ID6 のデンドログラム ID9 小学 2 年生 男の子 図 5 ID9 のデンドログラム PAC分析研究 第3巻 44
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    CL1 : 同じ本 「ない。うーん、題名が一緒」 CL2: 恐竜があるところは似ている 「えっとどちらもトリケラトプスの好きなとこ ろ」 全体 「うーん、題名がほとんど違う。(CL2 は)恐竜 だけ。トリケラの題名が一緒。いちばん好きな ところが下2つなところ」 5.総合考察 図書に対する子どもの好みに関して 調査 1 では子どもの図書の好みでも泣ける本 (ID1)、目次の有無、分量(ID3)と着目している 違いを知ることができた。調査 2 では、図書の 特定場面のどこを好んでいるか(ID6)を調査か ら知ることができた。しかし、調査 2 は連想内 容が図書の特定の部分に言及しているため、被 験者にとってクラスタの比較が難しく(ID9)、そ の点は改善が必要であると考えられる。 手法に関して 類似度比較を行う際に 9 人中 8 人の子どもが パソコンを自分自身で操作し、類似度比較を行 っていた。 調査 1 では連想語の代わりに図書を用いた調 査を行った。その結果、事前に図書を用意して もらうことで図類似度比較までがスムーズに終 わり、インタビューに集中して回答してもらえ る設計ができた。また、実際に図書を持参して もらうことでページを開きながらインタビュー に回答できる環境を作ることでインタビューに 対するハードルが下がった様子が伺えた。 調査 2 では従来の PAC 分析における自由連想 を行う予定であったが、連想刺激文の設定が難 しく、図書を用いた自由連想を行うこととなっ た。結果として、図書を用いた自由連想が可能 であることが調査からわかった。こちらも実際 に図書を持参してもらうことでページを開き、 話の内容や絵を思い出しながら自由連想を行う 環境を作ることで、自由連想に対するハードル が下がったことが考えられる。この手法は子ど もだけでなく、他の被験者にも応用が可能であ ると推察される。 2つの調査の比較をすると、調査 1 は図書全 体を類似度比較するため比較した部分をインタ ビューで確認する必要がある。対して調査 2 は 連想の時点で調査者が知りたい部分を連想して もらえるメリットがあるが、その後のインタビ ューで、クラスタの比較が難しい様子だった。 さらに、調査を通して他のアイテム、カード や動画等を用いても調査は可能と推察できた。 6.おわりに 本調査ではイメージ喚起能力や言語能力が低 い対象を想定し、図書を用いた PAC 分析の提案 を行った。そして、実際に年長から小学 3 年生 の子どもを対象に提案手法を用いた調査を行っ た。 今後の課題はさらに提案手法が通常の PAC 分 析と比較して、どのような部分に違いがあるか 分析を進めていくと共に、別のテーマでも提案 手法を使用して調査が可能か検証することであ る。 文献 内藤哲雄. (2002). PAC 分析実施法入門 : 「個」を 科学する新技法への招待 (改訂 ed.) ナカニシヤ 出版. 内藤哲雄. (2011). 編入学生の孤独感の PAC 分析. PAC 分析研究・実践集 2, , 1-15. 三島悠希, 末岡真里奈, 松村敦. (2018). 人々の図書館に対するイメージ調査 PAC 分析とテ キストマイニングを用いて PAC 分析研究, 2, 2- 14. 佐藤秀喜, 有園博子. (2009). PAC 分析による箱庭 作品のイメージの再編成. 発達心理臨床研究, 15, 99-107. 泉順子. (2018). フィクションが物語るビブリオセ ラピーの薦め. 図書の譜 : 明治大学図書館紀要, 2018, 22, 99-106. 山川久恵, 宮本正一. (2000). 不登校児のためのキ ャンプが参加者に及ぼす効果 : PAC 分析による検 討. 岐阜大学教育学部研究報告.人文科学, 49(1), 129-142. 土田義郎. PAC-Assist2. Retrieved 0727, 2017, from http://wwwr.kanazawa- it.ac.jp/~tsuchida/lecture/pac-assist.htm Mishima Yuki PAC分析研究 第3巻 45
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    高齢者の万引きへの対応に関する PAC 分析 大久保智生 (香川大学教育学部) keywords:万引き,高齢者,保安員 はじめに 近年、高齢者の万引きの増加が大きな社会問 題となってきている。警察庁の統計によれば、 高齢者の万引きが全体の約 4 割を占めるように なっており、今や万引きは青少年の犯罪という おりも高齢者の犯罪となっている。万引きの被 害額についても、約 5 千億円、1 兆円とも推定 され、現在対策が進んでいる振り込め詐欺など と比べても莫大な額である。万引き被害は深刻 な経営の悪化を導くことからも、店舗は万引き G メンと一般に呼ばれる保安員を巡回させるな ど様々な対策をとっている。 万引き犯罪は他の犯罪と大きく異なるのは、 実際に万引き犯を捕捉することが多いのは警察 ではなく、一般に万引きGメンと呼ばれる店内 保安員であるという点である。にもかかわらず、 これまで万引き防止対策に関する研究では店内 保安員にあまり焦点が当てられてこなかった。 店内保安員を対象とした研究としては、田中 (2009)が万引き防止対策における制服警備員 と私服警備員(店内保安員)の業務について考 察を行っている。また、大久保ら(2013)が保 安員 20 名を対象として、店舗の店員との比較か ら、万引き対策への意識と万引きに対する態度 について検討している。さらに、大久保(2016) は保安員 74 名を対象として、アルバイトとの比 較から、客への注目の仕方、万引きへの意識、 万引き犯への感情について検討している。しか し、最も万引き犯を見て、その手口や背景を知 っている保安員の高齢者の万引きへの対応につ いては検討がされていない。したがって、効果 的な万引き防止対策を探るためにも、保安員が 高齢者の万引きに対してどのような対応を行っ ているのか、どのような対応が効果的なのかを 探索的に検討していく必要があるといえる。 そこで、本研究では、これまでに約 20 人を捕 捉してきた保安員と約 5000 人を捕捉してきた 保安員を取り上げ、彼らの心理構造について検 討する。すなわち、保安員による高齢者の万引 きへの対応が個々人においてどのように構造化 されているのかを、PAC 分析によって検討する ことが本研究の目的である。 方法 調査対象者:調査対象者は、万引き G メンと 呼ばれる保安員 2 名(男性 1 名、女性 1 名)で ある。 提示刺激:提示刺激として、「あなたにとって、 高齢者の万引き犯への対応がうまい万引き G メ ンとはどのような人でしょうか。その万引き G メンは高齢者の万引き犯に対してどんな振る舞 いをすると思いますか。それから、その万引き G メンはどんなことを考えていると思いますか。 頭に浮かんできたキーワードやイメージを、思 い浮かんだ順に番号をつけてカードに記入して 下さい。」と印刷された文章を提示し、口頭で読 みあげて教示を行った。 手続き:教示の後、白紙のカードを 40 枚程度 調査対象者の前に置き、頭に浮かばなくなるま で自由連想させ、記入させた。この後、調査対 象者にとって重要と感じられる順に記入したカ ードを並べ換えさせた。次に、項目間の類似度 距離行列を作成するために、ランダムに2つず つペアにして提示し、以下の教示と 7 段階の評 定尺度に基いて、類似度を評定させた。 類似度の評定についての教示は、「あなたが高 齢者の万引き犯への対応に関連するものとして あげたキーワードやイメージの組み合わせが、 言葉の意味ではなく、直感的イメージの上でど のくらい似ているかを判断し、その近さを下記 の尺度の該当する記号で答えて下さい。」という 教示と評定尺度が印刷された用紙を調査対象者 に提示し、口頭で読みあげて行った。なお、評 定尺度は 7 件法である。 類似度評定の後で、調査対象者別にクラスタ ー分析(ウォード法)を行った。その後の調査 対象者による解釈の方法は全て内藤(1997)に 倣った。 使用分析ソフト:HALBAU7 を使用した。 PAC分析研究 第3巻 46 【2018年度第12回大会発表抄録】
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    結果 各調査対象者の連想項目およびクラスター分 析の結果は、Figure 1 およびFigure 2 に示す通 りである。クラスターの数の決定、解釈につい ては、内藤(1997)に倣った。 調査対象者 A の事例:調査対象者 A は約 20 人を捕捉してきた駆け出しの保安員である。な お、これまでに捕捉してきた万引き犯は高齢者 が中心である。 クラスターの解釈 クラスター1 は「ペット フードをとるなんて依存しているなあ。大丈夫 かなあ」から「団塊世代のプライド」までの4 項目であり、高齢者のおごりと解釈した。 「やっぱり,あの・・自分が,あの,やっぱ り社会の中心かな,みたいな,とにかく,自分 本位かな。」 「ペット飼ってる人っていうのは,ちゃんと お金を用意して,病院かかって,ちゃんとご飯 とか買うと思うんでけど,とる人って結局,そ れで生活費浮かせようかなとか,お金がないか らとか,例えば近所の野良猫にまくから,お金 使いたくないな,ただかわいそうだなってこと だけでやってたりするから,でもそれを,トー タル的に見ると,やっぱりあの・・・第三者的 に見ると社会的によくないことじゃないですか。 だけど,それをやっちゃってる自分が偉いんだ ぞ,みたいな,いうものを感じます。」 「要するに,普通に,ほら,今の社会,ご飯 食べてれば,足りてるのに,足りてないんじゃ ないかと思ってる。だからもっといいもの食べ て,いつまでも若くいたいなとか,長生きした いなとか,そういうことだと思います。」 「うーん・・おごり高ぶり,ですかね。」 クラスター2 は「おだやかな対応」から「か まってほしい」までの 5 項目であり、良いとこ ろ探しと解釈した。 「結局,高齢者の,あのー・・を,持ち上げ る,まあ結局、年寄りだから,あの,まあ,手 荒には扱わないで,持ち上げる,そういうこと で高齢者が,自分の存在を,分かってもらえた と思う,だから,双方が穏やかな状態になるし, 穏やかな対応もできるということ。」 「結局は,持ち上げてあげようかなというこ とですよ。いいところを,持ち上げてあげよう かなという。」 クラスター3 は「年金足りないのかな」から 「捕まえた人をよい方向へ導くような一言」ま での 4 項目であり、説諭と解釈した。 「結局,私も,まあ勉強不足なんですけど, 結局今もらってる人たちっていうのは,最初い われてることと,全然金額違っちゃったじゃな いですか。簡単に言うと。だから,結局は,あ のー・・でも,自分でどうこうすることができ ないでしょ。だけど,寂しいと思われても,あ る意味しょうがないことじゃないですか。結局 は。だから,年金足らないから,寂しいからい いじゃんっていう自己中は,やっぱりよくなく て,自分の身の振りで,いい方向に,今後,な るような一言は伝えられるんじゃないかなって いうグループです。」 「諭す。結局,自己中はダメだよっていう言 い方だと,完全否定になっちゃうんで,要する に,やっぱほら,お坊さんが諭すじゃないです か。こう,お話の中で,諭す。」 クラスター4 は「店のイメージを壊さない」 から「なんでこんなつまらない物盗るのかな」 までの 5 項目であり、配慮と解釈した。 「これは,結局,畑でとってるわけではない ので,例えば,百貨店だったら百貨店さんの客 層とか,イメージとか,ブランドイメージって あるじゃないですか。で,結局は,万引きされ たっていう汚点っていうのも,なんだあそこと られてるよ,おまわりさん来てるよってならな いようにしなきゃいけないってことと,あと, だれが見てるか分からないかもしれないってこ とあるでしょ。ご近所さんとか例えば。そうい ったお客さんのその立場を,まず,尊重してあ げなきゃいけないかなっていうことと,あとな んだけど,結局家族もいたりとか,嘘つかない 場合での持病,この人は持病があるんですとか, 認知症なんですとかと言ってきた家族に対して, そんなの嘘でしょって言わないような,なんて いうんだろ,配慮で。なんでこんなものとるの かなっていうのは,まあ私の経験なんですけど, 家族呼ぶじゃないですか。家族が来るじゃない ですか。第一声がこういうことある。お金渡し てんのに,なんで消しゴムとんの,とか。なん でこんなものとるの,とかって言った方がいた ので,一緒にしたんだと思うんですけど。」 「配慮。心配り,みたいな。」 クラスターの共通点と相違点 クラスター 1と 2 の共通点は高齢者は自分を世界の中心と 考えていることであり、違いは 2 が穏やかな対 応であることと解釈された。クラスター1 と 3 の共通点は寂しさゆえの自己中心的な行動であ PAC分析研究 第3巻 47
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    り、違いはクラスター3 が保安員という立場の 説諭であることと解釈された。クラスター1 と4 の共通点は高齢者がプライドを持っていること であり、違いはクラスター4 が空気を呼んでい ることと解釈された。クラスター2 と 3 の共通 点は相手の立場に立つことであり、違いはクラ スター3 が未来を考えていることと解釈された。 クラスター2 と 4 の共通点は空気を読めている ので持ち上げられることであり、クラスー2 は 自分本位であることと解釈された。クラスター3 と 4 の共通点は次につながる行動であり、違い はクラスター4 の方が現実的であることと解釈 された。 全体:全体としては、高齢者が,おごり高ぶ っていても,持ち上げつつ,かつ,現実的な配 慮をして,できることならば諭したいというこ とが解釈された。 Figure 1 調査対象者 A のデンドログラム 調査対象者 B の事例:調査対象者 B は約 5000 人を捕捉してきたベテランの保安員である。 様々な背景をもつ高齢者の万引き犯を捕捉した クラスターの解釈 クラスター1 は「説諭で 再犯防止」から「人と接するのが好き」までの 4 項目であり、説諭による再犯防止と解釈した。 「まあ後悔っていうか,まあその,やってし まった原因をまず聞きますよね。どうしたのっ ていうことですよ。それが第一にあって,その 理由がなんかまあ,ちょっとこう,切実なもの とか,そういうのであれば,少しこう励ました りだとか,そういうことも必要だと思うんです よね。そこで,こう困窮していることであれば こういうとこ行ったら助けてもらえるんじゃな いかっていうインフォメーションを与えたりだ とか,それってある意味余計な事なんですよね。 我々のその業務の範囲を越えてる部分なので, ある意味,それはその人のことを考えなきゃで きないことなんですよ。」 クラスター2 は「捕まえるのは容易」から「話 し好きで諭しが上手い人」までの 7 項目であり、 貧困と孤独による万引きの絶望と解釈した。 「意外と捕まっても平気なっていうか,そう いう人がいるんですよね。ある意味,こう,染 みついちゃってる動き,みたいな。その時だけ 憑りつかれているような,そんなような人もい るわけですよ。だからまあ,挙動からすれば我々 にとってはまあ容易かなと思うし,意外とこう 欲望がむき出しになっているところとかも感じ られる。」 「常習ですよ。人間関係が希薄で寂しいから 常習になってしまうし,貧困だから盗んでしま うわけじゃないですか。まあそういう人たちっ て,けっこうみんなに嫌がられてたりするから, 僕はけっこうそういう人もあんま差別しないよ うにとか意識しちゃってるんですよね,自然に。 一番かわいそうだと思うんですよ。」 「ここはまあ,本当の生活困窮者。貧困,孤 独,まあそういうところですよね。まあ貧困と 孤独が,けっこうそういう,比例するというか」 クラスター3 は「これで最後にしましょう」 から「話を聞いたうえで励ますことができる」 までの 4 項目であり、保安員の虚無感と解釈し た。 「あきらめみたいな感じがしますよね。その, 虚無感っていうか,我々の持つ。その中で,励 PAC分析研究 第3巻 48
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    Figure 2 調査対象者B のデンドログラム ますことができるとか,そういうところでなん か,光みたいな。そういう,我々の役割を見出 しているようなところも感じる節ですよね。こ こで最後にしようとかそういうところで,社会 に役立っているような,自己暗示みたいな部分 っていうか。自己暗示って言うとちょっと深す ぎるけど。まあ社会に役立とうっていう我々の 姿勢の表れっていうか,そういったところだと 思います。だからそこで未遂が評価されないこ とがストレスなんじゃないかな。今俺すごいひ らめいて言ってますけど,すごいいいこと言っ たと思います。」 「保安員の,なんだろ,虚無感。虚無感って いうんですかね,なんていうんだろうな,憂鬱, 憂鬱でもないし,存在意義,リアリテイト。存 在意義の自己確立,みたいな感じですかね。保 安員が,・・そうですね。保安員の意識。」 クラスター4 は「恥ずべき行為だし、たくさ んの人に迷惑をかけている」から「一緒に悲し む」までの 4 項目であり、罪に向き合うための のきっかけ作りと解釈した 「その問題に対して向き合う,そういうきっ かけとともに,その情報を与える,みたいな格 好ですかね。その情報を与えないと,その,ど んだけのものか分かんないし,万引きってすご い馬鹿にしちゃうじゃないですか。だからそこ でこう,堂々巡りになって話が解決しない,み たいなところは往々にしてあると思うんです よ。」 クラスターの共通点と相違点 クラスター 1と 2 の共通点は周囲の人間関係が重要である ということであり、違いは 2 は説諭が通じない ことと解釈された。クラスター1 と 3 の共通点 は説諭で,社会的認知を高めたいということで あり、違いはクラスター3 が保安員という立場 の説諭が評価されない失望と解釈された。クラ スター1 と 4 の共通点は教育の必要性であり、 違いはクラスター4 が理想ではなく現実と解釈 された。クラスター2 と 3 の共通点は評価を求 めていることであり、違いはクラスター3 が失 望や怒りと解釈された。クラスター2 と 4 の共 通点は情の部分であり、クラスー2 は応援して くれる人がいないことと解釈された。クラスタ ー3 と 4 の共通点は相手の立場に立って寄り添 うことであり、違いはクラスター3 の方が伝わ っていないことと解釈された。 全体のまとめ 高齢者の万引き犯の背景を 気にしつつ、万引き犯を信頼して、励まし、タ イプによって対応を変えていくことが解釈され た。 総合考察 2 人の保安員の PAC 分析の結果、駆け出しの 保安員とベテランの保安員では、高齢者の万引 きへの対応に関する構造やその意味づけに違い がみられた。特に、ベテラン保安員の構造から わかるとおり、高齢者の万引きにもタイプがあ り、それぞれに合った対応が必要であることが 示唆された。 (Tomoo OKUBO) PAC分析研究 第3巻 49
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    PAC 分析によるインタビュー・データの 質的分析の可能性 -混合クラス担当教師 3人の比較から- ○坂井菜緒 ○中川純子 ○長松谷有紀 ○服部真子 (武蔵野大学) (慶応義塾大学)(東海大学)(武蔵野大学) key words:混合クラス,質的分析,教師の振り返り 1.はじめに 本発表は PAC 分析によるインタビュー・デー タの質的分析の可能性についてである。初年次 教育でライティングの一斉授業を担当する教育 歴の異なる3人の教師に PAC 分析インタビュ ーを行い,個人の意識を明らかにした後で,そ の同じデータを利用して「混合クラスの教師に 求められるもの」を明らかにすることを試みた。 大学の国際化に伴い留学生は増加を続け,大 学の正規の授業を留学生が履修する機会も増え ている。近年のこの変化に,特に教養課程の担 当教師の中には従来のクラスにはなかった悩み を抱えるものも少なくない。文化交流を目的と したものではない正規授業において留学生と日 本人が混在する「混合クラス」を担当した教師 の意識の差を,PAC 分析を通して調査すること は,今後このような授業を担当する教師にとっ て示唆を得ることが多いと考える。本研究では この方法を例に PAC 分析後のインタビュー内 容を質的に分析することの有効性を示す。 2. 先行研究 1) 混合クラスの問題について 文化交流目的に意図的に留学生と日本人学生を 混ぜたクラスについての研究や実践には,宮本 (2015),山田(2018)などはあるが,管見の 限り,文化交流目的ではない正規授業に留学生 が混ざった場合に生じる問題についてはほとん ど研究が行われていない。なお本研究における 「混合クラス」とは正規科目で,特に文化交流 を目的とするものではなく,留学生と日本人が 共に学ぶクラスのことを指す。 2) PAC 分析インタビューについて 内藤(2002)では,PAC 分析は個人別態度構造を 見出すために開発された研究手法だが,「特定個 人を詳細に分析することは,個別的普遍性だけで なく,共通的普遍性の解明をも目指すこと」と述 べられている。また,伊藤(1996)は,「個人 の世界において,その『個』の本質を明らかに すればするほど,『人間の本質とは何か』という 主題への普遍性が得られるし,真の教育の価値 も解明される」としている。 複数の被験者の比較については,内藤(2002) においても,「被験者は複数であることが望まれ る。当該被験者の構造の各部や全体が,共通性 であるか独自性であるかの判断の妥当性が高ま るからである」とされ,問題を構造的にとらえ ることができるとの見解を示している。 インタビューのスクリプトをナラティブデー タとして質的に分析した研究はこれまでにも行 われている。小沢・坪根(2015)は現職の日本 語教師の感じるいい教師感について,PAC 分析 を活用して分析した。この分析の中で,筆者は 「連想語から想起される事象や意識を超えた協 力者の内なる思いが滲み出ていると感じた」と 述べ,インタビューの中に具体的な言葉として, 組み上げる価値のあるものがあると述べている。 我々も,研究を通して,個人別態度構造を示し た上で,さらに 3 名の発言データをスクリプト 化して分析、比較を行うことに意義を感じたた め,今回,2 段階目としてインタビュー内容を 質的に分析し、比較することとした。 3. 方法 被験者:本インタビューの被験者は 3 名全員 20 年の経験を持つベテランであるが,それぞれが 異なった教育歴を持つ。一人は学部の正規授業 (教師 A),一人は留学生の日本語教育(教師 B), そして一人はその双方を担当してきた教師(教 師 C)である。 PAC分析研究 第3巻 50 【2018年度第12回大会発表抄録】
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    3名を選んだ理由は,留学生を担当した経験の 有無により混合クラスの授業を行う際にも問題 意識が異なると予想したからである。3 教師の 意識を探ることにより異なる視点から問題を構 造的にとらえることができると考えた。 授業概要:2016 年9 月に開講した全学共通の 初年次アカデミックライティングの授業の中の, 特に留学生と日本人学生が混ざっているある3 つのクラスである。90 分×8 回,プロセスライ ティングを通し,文献資料を引用して自分の考 えを論理的に書くレポートを 1 本 (2000-2500 字) 完成させるものである。 対象学生:当大学のプレイスメントテストで一 定の成績をとり上級レベルと判定された留学生 と,日本人の正規生である。各教師の担当した クラスにおける留学生比率は,教師Aが 60.3%, 教師Bが 29.2%,教師Cが 15%である。 4. 第 1 段階 提示刺激:「あなたは,全学共通科目である アカデミックライティングのクラスで留学生と 日本人を同時に教えてみてどうでしたか」 手続き:刺激文による連想語を書き出し,項目 間の類似度評定,類似度距離行列によるクラス ター分析を行い,デンドログラムを作成し,イ ンタビューを行った(インタビューは録音)。被 験者にクラスターの命名,クラスター間の関係 を語らせた。 使用分析ソフト:PAC-helper 結果 1 各教師の連想項目及びクラスター分析は以下 の通りである。 図 1「教師 A のデンドログラム」 教師 A が最も重視していたのは「刺激が多い」 であった。PAC 分析のインタビューでは,後半 にそれぞれのクラスター間の関係性についても インタビュイーに語ってもらった。教師 A の中 では,CL4「学生の授業の目的は何か」が最も 大きかったようである。教師 A はこのクラスは CL1「教師と留学生と日本人の出会い」の場だ と感じていた。そして「コミュニケーションの 楽しさと難しさ」を実感したと語っていたが, 学生の授業の目的は何か,CL3「混合クラスの 授業運営の難しさ」に戸惑いを感じていた。 教師 B のクラスター結果は以下の通りである。 図 2「教師 B のデンドログラム」 教師 B が最も重視していたのは「複眼的思考」 であった。教師 B は,CL1「自分の問題意識」 の中の「複眼的思考」が授業のコアであると考 えていた。実は教師Bは中学時代に海外で教育 を受けた経験がある帰国子女である。その経験 を思い起こし,留学生と日本人学生に CL2「混 ざって欲しい」と考えていた。留学生への対応 の必要性を感じ,学生を見て,例えば CL4「学 生を見て思うこと」の中の「コピペの恐れ」や 「テーマの難易度」などから,CL3「いかに教 えるか」考えていた。教師 B の個人別態度構造 を見ると,日本人学生より留学生のほうに多く 意識が向かっていた。 教師 C のクラスターの結果は以下である。 図 3「教師 C のデンドログラム」 教師 C が最も重要視していたのは「クラスの 雰囲気作り」であった。教師 C の中では,CL1 「学び合い」や CL3「教師の学生への配慮」が 大きく,ライティングということで CL2「個人 作業」もあるが,それよりも CL1「学び合い」 PAC分析研究 第3巻 51
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    のほうが大きな位置を占めていた。また,CL3 「教師の学生への配慮」は「学内リソースの利 用」を含め,必要なツールなども意識していた。 以上の PAC 分析により各教師の意識構造は, 次のようにまとめられる。教師A は,特に「学 生の授業の目的は何か」ということを大きく意 識していた。刺激もあり,交流のきっかけにも なるが,授業の目的がそれで終わりでよいのか 悩み,自己否定的な発言の割合が高く,自分を 責める傾向にあった。教師 B は,自分の帰国子 女としての経験から「自分自身の問題意識」と して「複眼的思考」を核のように捉え,日本人 と留学生がお互いに学び合えるように考え,留 学生をケアすることに意識が向いていた。混合 クラスには課題もあるが価値があり,教師自身 満足感を得ていた。教師 C は「クラスの雰囲気 づくり」が最も大切だと意識していた。混合ク ラスはいい「学び合い」ができる貴重なチャン スだと捉えており,それを実現するために「教 師の学生への配慮」が大切だと考えていた。こ こでの「学び合い」はクラス外や将来の学生の 人生に活かせるものになると期待し,それに繋 がるような授業を目指したいと考えていた。 以上,PAC 分析インタビューによって,個人 の意識が詳細に語られ,各自のこれまでの経験 などと結びついた教育観が明らかになった。 5. 第 2 段階 内容分析の際の問いの項目は以下の 3 点である。 (1)従来のクラスとの差 (2)指導の際の対応 (3)混合クラス授業の課題 手続き:インタビューをスクリプト化し,質的 な内容分析を行った。まず,スクリプトを自然 な意味のまとまりで区切り,中心的テーマごと に意味の縮約を行い,それを書いた紙を短冊状 に切り,教師ごとに 3 つの問いに振り分けた。 次に問いごとに 3 教師の答えを表にし,(1)に ついては各教師の共通点,相違点を,(2)につ いては具体的な対応を,(3)については,各教 師の問題意識を書き出して整理した。 結果2 表1「(1)これまでのクラスとどのような違いを感じたか 」 教師 A と C は「混合クラス」にこれまでのクラ スよりも刺激があると感じている。また教師B と C は「混合クラス」に意味・価値があると感 じている。それぞれを見ると,教師 A はライテ ィングの「混合クラス」が異文化コミュニケー ション目的のようになってしまってもいいのか と悩んでいる。教師 B は,異文化理解が深まっ て楽しかったし,アカデミック・ジャパニーズ の重要性も感じている。また,クラス内に差が あってもクラスが成り立ったと考えている。教 師 C は,留学生と日本人が両方いると,日本人 学生はどうしても留学生のサポート役を引き受 けざるを得ないと感じている。 表 2「(2)指導の際に特に意識して行ったことがあるか」 3 名とも留学生と日本人学生が協働するように 配慮していると答えている。教師 A は日本人学 生をサポート役に使ったが,それがよかったか どうかわからないと考えている。教師 B は授業 内容や進度を留学生に合わせて調整し,複眼的 思考を重視してクラス運営をしていると答えて いる。教師 C は「混合クラス」ではクラスの雰 囲気づくりを最も意識し,学生が自ら進んで課 題に取り組めるよう,やる気を引き出すだけで なく,異文化間の協働で学ぶ喜びを感じてもら いたいと考えている。 表 3「(3)混合クラス授業の課題はどのようなものか」 教師 A は,何をこの授業の到達目標にするか, 評価基準は日本人と留学生と同じでよいのか, など疑問を持っている。教師 B は,留学生のこ とを考えた課題が多く,特に留学生の要約力や 聴解力をどうするかが課題であると答えている。 教師 C は,教師によるクラスマネージメントが PAC分析研究 第3巻 52
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    一番大切であると考え,クラスマネージメント がどのクラスにおいても適切に考えられるよう にすることが課題であるとしている。 6. 総合解釈 以上 3点を整理した内容から,この 3 名の教 師が考える「混合クラスの教師に求められるも の」を次のようにまとめた。混合クラスには刺 激があり,異文化理解も深まり,異文化の人と 学ぶことの意味・価値がある。担当教師の役割 は,留学生と日本人がお互いに学びあえるよう に配慮し,雰囲気づくりをすることである。混 合クラスは複眼的思考につながる学びが得られ る貴重な機会であるので,その学びの機会は最 大限に活かすべきである。 しかし一方で,本来の到達目標が曖昧になり, 例えばアカデミックライティングの授業ではレ ポート作成までの過程で,通常より作業に時間 がかかる可能性がある。授業進度や内容,また は評価基準を調整することについては,その授 業本来の目標を達成することとあわせた議論が 必要である。また,留学生側には予備教育段階 で学部の授業についていけるレベルの聴解力, 要約力をいかに身に着けるかという点が課題と して浮き彫りになった。 混合クラスという特性を活かすには協働作業 が有効であるが,混合クラスという特性を生か したクラスマネージメントには様々な場面での 柔軟な対応が必要なため,教師の経験と力量が 問われる。どのようにすれば学生達が互いに混 ざり合って効果的に学べるのか,教師があらた めて考える必要がある。 以上のことから,「複眼的思考の獲得を目指し た授業」「いい刺激をしあえるような協働への配 慮」「学生の日本語力を見極めた適切な対応」「学 生の成長につながる評価」「学生の個性を活かし たクラスマネージメント」の5つの要素が混合 クラスを担当する教師に求められるという仮説 が立てられるという結論を導き出した。 第 2 段階分析についての考察 PAC 分析で個人別態度構造を明らかにした 後,そのインタビュー内容を具体的に3つの分 析項目で内容分析し、3 名の被検者の比較を行 うことで,より課題への理解が深まった。2 段 階分析を行うことは、研究への問いの答えに繋 がる 5 つの要素を導くのに有効であった。 PAC 分析のインタビューの質的内容分析は, 従来のインタビュー調査分析よりも,語った本 人の個別の背景を深く理解した上で,研究の問 いへの答えに近づけるので,一定の問題につい ての考察を深める際にも貴重なデータとなる。 この研究結果によって PAC 分析を用いてイン タビュー調査を行い,2 段階の分析を行うこと の意義が示されたと言える。 今後の課題としては本テーマで事例研究を重 ね,この方法論の精査を行うことである。特に 2 段階目の分析を適切に行うためには,今後も 様々な質的研究手法を学び,その知見を活かし た分析を行うことも必要であると考える。 文献 伊藤隆二(1996)「展望/教育心理学の思想と方法の 視座:『人間の本質と教育』の心理学を求めて」 教育心理学年報,35,127-136 池田玲子(2008)「協働学習としての対話的問題提 起学習―大学コミュニティの多文化共生のた めに ―」細川英雄・こととば文化の教育を考 える会『ことばの教育を実践する・探求する― 活動型 日本語教育の広がり―』,60-79,凡人 社 小澤伊久美・坪根由香里(2015)『日本語を母語 とする現職日本語教師 A の「いい日本語教師感」 PAC 分析を活用してわかること』舘岡洋子編 『 日 本 語 教 育 の た め の 質 的 研 究 入 門 』, pp..221-246,ココ出版 清 水 裕 士 (2016) 「 フ リ ー の 統 計 分 析 ソ フ ト HAD:機能の紹介と統計学習・教育,研究実践 における利用方法の提案」,メディア・情報・ コミュニケーション研究 1,pp..59-73 内藤哲雄(2002)『PAC 分析実施法入門[改訂版] 「個」を科学する新技法への招待』ナカニシヤ 出版 宮本美能(2015)「留学生と日本人学生の国際共 修授業における一考察:言語の問題へのアプロ ーチと学習効果」大阪大学大学院人間科学研究 科紀要 41,pp..173-191 山田泉(2018)「国内の多文化体験学習活動の意 義」,村田晶子編著『大学における多文化体験 学習への挑戦』,pp..80-88,ナカニシヤ出版 PAC Helper(パックヘルパー ) <https://www.vector.co.jp/soft/winnt/edu/se5041 68.html >(参照 2018 年 11 月 25 日) Nao Sakai,Junko Nakagawa, Yuki Nagamatsuya,Shinko Hattori PAC分析研究 第3巻 53
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    発表演題 PAC 分析の応用 集合知からイノベーションのための新しいアイデアを得る 〇(所属)株式会社インテージ鮎澤留美子 フリーランス 藤枝 祐子 key words:マインドディスカバリー、集合知、アイデアを発掘する ■はじめに 昨今、イノベーションを生み出す手法として 様々な分野で「デザイン思考」が取り入れられ ている。優れたデザイナーの創造プロセスを開 発に援用することがもともとの目的であると言 われ、ユーザーにとっての使いやすさや価値を 起点にデザインを考えることと、成熟化社会の マーケティング課題であるプロダクトアウトで はない「生活者起点(発想)」思想が一致し、注 目されていると考えられる。 背景として、成熟しきったコモディティ市場 では、品質や機能での差別化が難しく「体験価 値」「生活者にとっての意味」が問われるように もなったことが大きい。クライアントの開発者 から「ニーズがなきところにニーズを創りたい」 という相談も入るようになり、生活者リサーチ に対し、イノベーション支援への期待も高まっ ている。 インテージでは、マーケティング支援を事業 とする会社として、生活者起点での新しい商品 やサービスアイデアを得るために、本質を探索 し、生活者の声なき声を推察し、カタチにする という思想の「デ・サインリサーチ」(『デザイ ン』の語源に着想した造語)を掲げて取り組ん でいる。生活者の声なき声“サイン”(兆候)を 見極めカタチにし、アイデア創発へと促し開発 支援することもリサーチのスコープに取り込み、 生活者と企業をつなぐことに貢献したいと考え ている。 この活動の中で、生活者にとってより新しい 意味をもたらすこと、仮に既存の意味や文化を 破壊しても新たな意味を提案し、切り開くアプ ローチが必要であると考えた。生活者の捉える “前提”を揺さぶり、そもそもの“意味を問い 直す”ことで、市場に“新しい意味”を提案す ることができる。この目的達成のため有効な手 法として「PAC 分析」に着目した。 「PAC 分析」が生活者の考える価値観や モノ・コトの前提、既存の意味を問い直し、か つ、新たな意味を提案するアイディエーション やソリューションに応用できるポイントは以下 のとおりとしている。 一つに、テーマに対して自由連想で回答する、 仮説すら持たない調査であること。二つめに、 生活者が発話した単語の法則性やネットワーキ ング構造に、言語化できない“意味”だけが存 在している世界が背後に眠っている捉えられる こと。背後にある文脈やインサイトをインタビ ューでは抽出することで行っているが、更に、 我々は、1to1のインタビューだけではなく、 できるだけ多くの人を対象とし、大量サンプル の情報を可視化・構造化することができれば、 集合知として把握することができると考えた。 すなわち、生活者が考えている価値観や言語化 まで出来ない“想い”までを大きく捉え、加え て、背後にある心理や兆候を、“意味”のネット ワーキング構造を読み解くことができれば、何 をどのように前提にしているのか、どんなコン テンツや連想の塊があるのか、はたまた空洞は あるのか、声なき声(サイン)が多くの人の声 なき声の集積を基に導出できると考えたのであ る。つまり、PAC 分析の情報を収集するフェー ズでネットリサーチという定量的なアプローチ を導入、生活者インサイトを俯瞰的に、かつ集 合 知 で 捉 え る こ と を 実 現 ( イ ン テ ー ジ で は 『PAC-i』として実用化)。 もちろん、情報を収集する手段はシステムの力 を使って実現をしているが、解釈や分析にも独 自のメソッドを構築している。 なお、集められた数千人規模の回答データは、 多変量解析の『MDS 分析』法を用い可視化・構 造化を行い、マップとして生成している。 PAC分析研究 第3巻 54 【2018年度第12回大会発表抄録】
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    ■弊社自主研究概要 被検者(もしくは被験者):一般女性 20 ~ 29歳 574s/30 ~ 30 歳 551s/40 ~ 40 歳 542s/50~59 歳 552s 合計 2219s 提示刺激:あなたにとって「きれい・美しい」と は何か※詳細後述 手続き:インターネット調査 使用分析ソフト:PAC-i 分析マクロ ※㈱インテージ独自開発(統計解析 MDS 分析) 1. 調査テーマ設定について 『PAC-i』は、生活者にとって「当たり前」や前 提を揺さぶるために、調査テーマをどのように 設定するかが肝である。主に、マーケティング 課題への対応では、提供価値やベネフィットを テーマに掲げている。“価値”という概念がどの ような連想構造となるのか、どのようなプレイ ヤーやコンテンツによって構成されるのか、カ テゴリーを問わず複雑性を帯びたまま見える化 し、本来の調査目的となる商品やニーズが、ど のポジションを取っているのか、発見を得るた めに探索をする。 実際の自主研究で行った“問い”の設定は以下 のとおり。 ~女性にとっての“きれい”“美しく”いること、 「女のキレイ・美しい」についてお伺いします。 あなたにとって、「女のキレイ・美しい」と聞い た時、この言葉から連想するコトやイメージ、 ワードは何ですか。 また、あなたは、どのように捉えていますか。 「女のキレイ・美しい」と聞いて思い出すコト、 モノ、商品、ブランド「女のキレイ・美しい」 に関し、あなた自身のこととして、得られる気 持ちや気分、取り組んでいること、願望、「女の キレイ・美しい」から連想する動詞、形容詞、 イメージどのようなことでも構いませんので、 「女のキレイ・美しい」という言葉から、関連 することを想像をふくらませ、思いつくままご 自由にワードを入力してください。 ※キーワード、ワード(単語か超短文)でお書 きください。 ※なお、必ず1人は、「女のキレイ・美しい」か ら連想するヒト(有名人、著名人等)を書いて ください。~ 2.調査の流れ 対象者にテーマに紐づく複数のワードを自由連 想で出しもらい(実運用では 12 個必須)、次に ワード同士の距離感を対象者自身が“遠い”の か“近い”のかを7段階で評定、その距離を統 計的に処理を行っている。 図表1は、「女性のキレイ/美しくいることと は?」という女性の普遍的なテーマを設定、 『PAC-i』を行った結果である(50 代女性版 552s)。アウトプットはポジショニングマップ※ として分析。 ※インテージでは「マインドディスカバリーマ ップ」と呼んでいる。 図表1:『PAC-i』調査 マインドディスカバリーマップ PAC分析研究 第3巻 55
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    3.分析の方法 マインドディスカバリーマップの同じ位置や方 角にあるワードは、概念的に同じ意味合いがあ るとし解釈を進める。その理由は、各々のワー ド間の距離を対象者がそれぞれ「近い」~「遠 い」と個別の1ペアで評定された距離を対象者 全回答分を集積し、MDS 分析を行っているので、 遠近度合(距離の遠さ)が、言葉の意味の遠近 でもあり、全体相対化された形としてアウトプ ットされている(掲載マップは、50代女性の 552人分の回答の集積) マインドディスカバリーマップ上の言葉のポジ ショニングが近ければ、実際、「近い」と回答さ れた言葉同士が引きあっており、反面、「遠い」 と回答されたもの同士は、布置される位置も実 際に遠い(7段階の「近い」~「遠い」の距離 を計算されているため)。 この法則性に則って、カテゴリー上や辞書上の 意味が、異ジャンルの言葉であっても、同じ位 置あれば“質”や“意味”が同じであり、その 逆もしかり、というルールで解読していく。 ■結果 4.アウトプットの活用 言葉の「近い」「遠い」の 7段階の回答の 50 代 女性 552 人分の集積を例では用いて説明してい るが、実運用では、分析工程を必ず多様性のあ るワークショップ形式で行っている。設定され たテーマに対し、生活者のココロが複雑性をそ のままに映し出されたマップのどの部分にイン サイトがあるのかを導き出し、商品開発や新し い価値の創造を行うためには、多様性あるメン バーの知見の融合が必要である。有望なオポチ ュニティエリアを規定には、今後の新たな価値 観を創っていくビジョンも必要であり、単に分 析だけで終わらないフレームを運用している。 言葉の集合体であるマインドディスカバリーマ ップの構造を分類し、どのような成り立ちで価 値観が形成されているのかを把握する(参考図 表 2) 解釈のポイントとして、連想のハブ”は中央に 表出(様々な言葉から「近い」と答えられたも のが中央に集まる)、結果、50 代女性の「女の きれい・美しいとは何か」の“連想のハブ”は 「若々しい」「着物姿」「自信」「笑顔」「透明感」 が集まっている。これらの言葉の連なりや群を、 ワークショップによって、言葉の類似性の強さ、 また全体に現れている言葉の傾向やテキストラ ンキング等から回答率を鑑み、『“着物が似合う” 基準の美しさ』が彼女達にとっての「女のキレ イ・美しい」のハブ連想であると規定した。 また、位置情報がそのまま“意味情報”として 読めるので、同じ方角に向かって繰り広げられ る文脈は、同じ意味文脈で読むことができる。 例えば、中央から右下にかけ「健康」、「努力」、 「元気」、「運動」、「ジョギング」「サプリメント」と いう文脈が発見でき、同文脈上に「髪のツヤ」 というワードが現れている。このように、言葉 のポジションは、通常の概念では多くの違和感 となる組み合わせが存在し、既存では違和感と して受け止められる言葉の組み合わせに新たな 意味構造や文脈が潜んでいると考えられる。 このような発見を「“問い”の生成」として、多 くの“問い”を生み出すことが、新しいアイデ ア創発の出発点として機能する。 我々はこの事例では「50 代の女性は『髪のツヤ は、鍛えることで手に入れられるもの』と思っ ている」という声なき声(デ・サイン)が現れ たと解釈した。 続いて、既存の健康美の商品の中に『鍛える髪 のツヤ』はあるのか?」、「この声に応えるため の商品コンセプトとは?」についてワークショ ップの中でディスカッションを行い、図 3_2 の ように「50 代からの“つや髪”習慣サポートサ プリ」といった新たなプロダクトアイデアが創 発された。 ※図表 2:『PAC-i』調査 マインドディスカバリーマップ ワークショップによる意味構造分類 PAC分析研究 第3巻 56
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    図表 3-1:『PAC-i』調査 マインドディスカバリーマップでの 注目文脈 図表3-2:『PAC-i』調査 マインドディスカバリーマップから のアイデア創発例 ■総合考察 「解釈」や「創発」は見る人の視点によって異 なり、決まった回答はない。一見すると点の集 合体でしかないこのマップから、多様なプロフ ェッショナルが多角的にデータを解釈し、知見 を発露しあい、たくさんの「問いを生成」し、 新たな価値を練り上げていくというプロセスが 重要である。 今や、データはすぐに取得されてしまう時代で あり、日々、その量は膨大化している。共通し て言えることは、データとは表面に現れた“現 象”ともいえる。 現象であるその「データ」も、人間が発したも のであれば、背後にある心理を推察するのも人 間であり、また、ファクトを基に説得的に妄想 を膨らませ、ストーリーを紡ぐことで、これま で見えてこなかった発見や新しいアイデアが得 られるのではないだろうか。 生活者起点を思想としながら、生活者のココロ の奥深い声なき声を抽出することで、イノベー ションのためのアイデアを得ることの方法論の ひとつとして、PAC 分析を応用したリサーチ手 法、アウトプット制作、全体プログラムを研究 している。 ㈱インテージでは 2017 年の 7 月から東京大学情 報学環 安斎勇樹先生と、『PAC-i』から生成され るマインドディスカバリーマップを活用したア イデア創発の思考プログラムについて産学共同 研究を行っている。 発表者 株式会社インテージ FMCG 事業本部 ビジネス推進室 鮎澤留美子 PAC分析研究 第3巻 57
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    「普通」をテーマにした発達障害の診断別PAC分析の比較 今 野 博信 (学泉舎・室蘭工業大学非常勤講師) key words:ASD ADHD 自己の語り はじめに 近年、発達障害に関する話題が各媒体で報じ られる例が多くなってきた。その理由の一つに は、発達障害者支援法が施行されて十数年が経 過し、社会全体に一定の理解が広がったことが 考えられる。また、障害者雇用率の算定に精神 障害者を含める法改正があり、各障害者手帳の 交付を受けた発達障害者も該当するなど、諸制 度の整備が進んだことも話題とされる理由の一 つであろう。 その一方で、特異な犯罪態様と被疑者の発達 障害を結びつけ、偏見を煽るような記事も見受 けられる。感情的な議論に偏するのでは無く、 社会全体の深い理解を促すためには、例えば発 達障害の当事者が自ら語り自らを研究対象とす る当事者研究の動きなどに期待が集まる。 今野(2018)では、当事者研究としての質問紙 調査で、「普通」という言葉に対して当事者が違 和感をもつ結果が示されたことから、当事者と 定型発達者に「普通」を刺激文にした PAC 分析 を行った。数量的な面からの比較で、当事者の 一部に想起項目間の距離を 1 と 7 の両極端に評 定する傾向が見られ、また反応時間が短く即答 する傾向などが検討された。これらは主に、定 型発達者との比較による知見で、発達障害者間 の比較には及んでいなかった。 発達障害に関する PAC 分析を用いた研究と しては、内藤・金(2005)が母親の自分の子に対す る障害受容を論じ、草野・石山(2016)では当事者 の同胞きょうだいの障害受容や困惑が論じられ ている。これらの研究では、当事者の語りを直 接聞き出すよりも、周囲の関係者による障害の 受け止め方が主題として扱われている。永山 (2013)では、当事者と定型発達者に同一の描画 作業後に PAC 分析を実施し、その作業時の複数 の他者との関係性を聞き出しているが、発達障 害者による語りから、障害の診断ごとの違いに 注目した研究ではなかった。 本研究では、「普通」をテーマにした PAC 分析 を発達障害の当事者に実施し、その語りから診 断別に差異が見られるかどうかを検討すること を目的にした。当事者が抱く、社会に対する困 惑や生きづらさの感覚を周囲の人々が理解し対 応を考えるための基礎的な知見が得られことを 期待しての取り組みである。 方法 調査協力者:発達障害の当事者会メンバー2名。 共に 20 代で、Aさんは ASD(自閉スペクトラ ム症)と診断された女性、Bさんは ADHD(注意 欠陥多動性障害)の不注意優勢タイプと診断 された男性である。 提示刺激:つぎの文章をノートパソコンの画面 に表示させ、調査協力者に画面を見てもらい ながら、調査者が口頭で2回ゆっくりと読み 上げた。 あなたは、「普通」という言葉についてどのよ うな印象をもっていますか。何気ない会話にも、 いろんな使われ方をしています。ここでは、自 分のこれまでの生活を振り返ってみて、「普通」 と言われて気になったことや、自分から「普通」 を使って相手を困らせたことなど、なるべく具 体的な場面を思い出してみてください。 手続き:調査の手順はつぎの通りである。 調査協力者が想起した項目を聞き取り、調査 者がノート PC に記録する。項目全体の見直し を調査協力者に求め、重要度順に並び替えても らう。調査協力者はランダム提示の項目対を比 較し、類似度を 1~7 までの小数値で評定する。 同じく、項目ごとの正負イメージ(+、-、△) を評定する。類似度を用いて作図されたデンド ログラム(樹形図)を共に見ながら、調査協力者 は統合されているクラスターごとに新たなイ メージに従って命名し、正負評定をする。最後 に全体的な感想を話してもらい、調査者は聞き 取った内容を記録する。 使用分析ソフト:データ収集に Pac Helper を用 い、クラスター分析には HAD を用いた。 PAC分析研究 第3巻 58 【2018年度第12回大会発表抄録】
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    結果と考察 調査協力者AさんとBさんのデンドログラム を、それぞれ図 1 と図2 に示した。 想起項目数は、Aさんが 9 項目でBさんが 10 項目であり、大きな違いはなかった。重要度順 による並び替え(想起項目の左側が並び替え後 で、右側は並び替え前)は、Aさんで同順位が 1 項目、Bさんで同順位が 2 項目あり、大きな違 いはなかった。 想起項目の様式では、Aさんには単語や言い 切りの文が多く見られたが、Bさんでは単語と 具体的場面を述べた短文が混在していた。 想起内容では、どちらも過去に関して述べる 項目が見られたが、Aさんでは一定期間を見通 した表現(成長過程・子どもだった)であったの に対し、Bさんではある特定の時期に体験した こと(就職時に・初めて経験すること)の表現が 見られた。刺激文の「普通」によって喚起された 特定のエピソードは、統合過程や最後に全体を 傲慢- 嫉妬+ 1常識,2,- 5うらやましい感じ,9,+ 4よく言えば穏便で悪く言えば傲慢さ,4,- 8就職時に、普通言われなくても分かるのに、と言 われた(前提とか経験とかあるはずなのに簡単に言うなぁ),5,- 10家族に普通と使ったが通じないものであった気 がする,8,- 2当たり障りの無い,1,+ 6中庸,3,+ 3悪い意味でも目立ってしまうことがある,10,+ 7初めて経験することについて説明がないと困る (他の人は初めてでも出来ていた時に少し恥ずかしかった),7,- 9学生時代高校時代に持ち物のことで、言ってくれ ないと分からないことがあった,6,+ 欠 如 - 図2 ADHD(不注意優勢)男性の「普通」をテーマにしたデンドログラム 想定+ 恥ずかしい- 器用+ 経験+ ずれ- 偏り- 1人間としてこうあるべきだ,5,+ 3人間としての成長(取得)過程,1,+ 5個人の価値観,7,+ 2相手の思い込み,3,- 6普通の人より遅いと言われた,4,- 4世間体もある,6,+ 7自分は普通でないのか,9,+ 8興味のあることに集中 しすぎた子どもだった,8,+ 9何もない,2,- 既定のイメージ(かけ算九九とか)- 予め用意 されたもの- 興味の持ち方は強い+ 思い込み- 世間体としての考え- 興味のある ことしか集 中しない- 視野が 狭い- 噛 み 合 っ て い な い - 図1 自閉スペクトラム症20代女性の「普通」をテーマにしたデンドログラム PAC分析研究 第3巻 59
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    振り返っての感想にも現れたが、最初の想起段 階では、AさんとBさんでエピソードの具体性 に違いが見られた。Aさんのエピソードは、一 定期間を振り返った内容で、Bさんのエピソー ドは日時場所などを特定可能な内容であった。 統合過程で見られる両者の違いは、Aさんで は短文形式の表現が多く、Bさんではほとんど が二字熟語による表現であった。この表現様式 の違いについては、想起段階ではAさんに単語 表現が多く見られたのに対して、Bさんには短 文表現が多かったので、比較すると大変興味深 い結果になっている。 体験例などからなる短文表現には具体性が感 じられるが、単語表現では抽象化がなされた印 象が感じられる。Aさんの場合は、「普通」に関 して最初に想起されたのは抽象的なイメージが 多く、その後の統合段階で具体性を帯びたイメ ージが喚起された可能性が考え得る。 一方のBさんでは、想起の段階では特定の体 験が具体的にイメージとして現れ、その後の統 合過程ではそれらの抽象化がおこなわれたと考 えることができる。こうした対称的な表現の違 いに、発達障害の中でも個々の診断別の特性が 関係する可能性については、今後類例を集める ことでより適切に判断ができるようになるであ ろう。 類似度評定の時間について、一回ごとに何秒 の時間を要したかを 5 秒間隔で区切って集計し た結果を表1 に示した。Aさんでは 10 から 20 秒程度の時間をかけることが多かったが、Bさ んでは 5 秒以上 10 秒未満での評定が最多で 60 回であった。このことは、Bさんの類似度評定 がより直感的なものであった可能性をうかがわ せる。両者に共通して見られる、いくつかの項 目対での 40 秒や 30 秒近くの時間を要した例に ついては、その評定結果と長時間の関係に特定 の傾向を見出すことはできなかった。 類似度評定の数値の選び方について、Aさん とBさんの比較をした結果を表 2 に示した。こ の表では、中間の 4 に幅を設けて集計する必要 があったので、1 から 7 までの間を 5 等分して ある(1~2.2~3.4~4.6~5.8~7)。こうすること で、両端の 1 か 7 を選ぶ傾向があるのか、中央 の 4 を選ぶ傾向があるのかを検討できるように した。表 2 の結果からは、Aさんは 1 か 7 を選 ぶことが多く、中央の 4 は少なかった。さらに より曖昧な評定である 2 から 3 にかけての数値 や、5 から 6 にかけての数値を選ぶことが全く なかった。これに対してBさんでは、1 近くの 数値が多く選ばれたが、それ以外の数値につい ては特別な偏りはなく選ばれていた。 Aさんが示した、「1 か 7 か中間の 4 か」とい う分かりやすい評定数値の選び方は、ASD とい う自閉圏の人がもつ特性が現れた結果と解釈す ることができよう。ASD の診断基準(DSM5)の中 には、「柔軟性に欠ける思考様式」という一節が ある。これは臨機応変や微調整を苦手とするこ とを意味するが、そうした特性から近ければ 1 で遠ければ 7 と即断したと考えられる。発達障 害という大きな括り方だけでは、こうした特性 の差に気づけない可能性があるが、個別の例を 細かく見ていくことで、その人となりを理解し ていくことができるであろう。 統合のまとまりについては、両者ともマイナ スイメージが多く、最終統合も共にマイナス評 定であった(Aさん「噛み合っていない」、Bさん 「欠如」)。この点では両者に違いは見られず、自 分と対立するような社会や周囲の存在が意識さ れているという共通性が見られた。 PAC 分析の全体を通した感想から両者の比較 をすると、Aさんは健常者などの他者に対する 表現が多く見られた。自己への言及は、興味の 持ち方に特徴があるというデンドログラムでは 下にまとめられた内容だけだった。「視野が狭 い」とあるのは、健常者の側についての批評であ り、周りの人たちは答えは一つと思っているこ とが多いが、その一つというのは良いイメージ では無い、と表現している。さらに、自分の興 味の持ち方について、「興味のあることでは、鉄 塔とか。周りの人が気にしないことにも気にな る」と述べ、「遠く離れた所に行った時には、鉄 塔に目が行ったりする。マニアのサイトを見た りしている」と付け加えた。しかし、そうした自 分にとって興味のある話は、誰にでも気軽に話 せるわけではなく、「小学校 4 年生ぐらいから 話すことを苦手に思うようにな」り、「大学の吹 奏楽部で話せるようになった」と語った。 Bさんの感想では、最終統合の「欠如」につい  表1 類似度評定に要した秒数ごとの集計 ~5 10 15 20 25 30 35 40 (秒) A 0 16 11 3 4 1 0 1 B 12 60 14 0 0 4 0 0 表2 類似度数値の選び方 1 2.2 3.4 4.6 5.8 A 14 0 6 0 16 B 18 9 6 5 7 PAC分析研究 第3巻 60
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    て、「最初から予想の中にあった」とのことで、 その意味は「欠如しているから普通から離れて いる。普通に合わない」ものだ、と説明した。つ まり、刺激文の「普通」と関係はあるにしても、 それは正反対に位置するものと表現しているの である。さらに付け加えて、「欠如の正体を知っ て、埋め合わせたい気がする」と述べた。これら のことから類推できるのは、統合過程での熟語 表現にはBさんが抱く感情が、どの語にも含ま れているという可能性である。例えば「嫉妬」に ついても、「嫉妬は、優秀と認めたことだから、 プラスになっている」と表現しているので、それ ぞれの言葉には主語としての自分が潜在してい ると考えられた。 総合考察 発達障害の中でも ASD とADHD では特性の 表れ方に違いがある。一人が複数の特性をもつ 場合もあるが、特性の表出には違いがある。と ころが、社会一般では発達障害という言葉によ るイメージが広まり、細かく正確に理解しよう とする機運は乏しい。個別の例から、当事者の 思いに寄り添うような理解が必要である。本研 究で検討されたのは、主に対人関係での困難さ をもつ ASD(自閉スペクトラム症、Aさん)と、 主に行動の制御に困難さをもつ ADHD(注意欠 陥多動性障害、Bさん)の、当事者 1 名ずつに PAC 分析をおこない、「普通」という言葉に対す るイメージの違いを比較することであった。 大きな印象の違いは、ASD のデンドログラム では、想起項目に熟語や言い切りの短文が多く 見られ、それらの統合過程で説明的な短文表現 が多く見られたことに対し、ADHD のデンドロ グラムでは、逆に想起項目で短文形式が多く、 統合過程で二字熟語が多かったことである。類 似度評定に要した時間は、ASD では長めだった が ADHD では短かったことから、じっくり考え る ASD と、直感的な反応の ADHD と対比的な 理解ができそうである。 類似度評定での見積もりの仕方でも、両者に 違いが見られた。ASD では両極端の 1 か 7 かま たは中央の 4 と評定することが多く、中間の評 定はなかった。それに対して、ADHD では 1 を 選ぶことが多かったものの、他の数値での評定 も見られた。この結果は、ASD には分かりやす いことを好む傾向があるので、そうした特性が 表れたものと考えられた。 想起項目や統合過程、さらに全体の感想とし て語られた中には、自分のことと関係させた語 りが一定数含まれていた。ASD には他者に向け た批判的な語りが多かったのに対して、ADHD では、ほとんどの表現に自分が主語になるよう な感情を伴った関係性を見出すことができた。 それは、想起された内容のほとんどが具体的な 体験場面であったことと関わっている。 ADHD には、多種類の刺激に対しての過敏で 同時的な反応を示しやすい傾向があるが、こう した刺激されやすさが、結果に表れたものと理 解できる。一対一対応のように、「普通」という 刺激に即物的な反応を見せ、その後の統合過程 で抽象化を進めたが、そこでも自己中心的で感 情的な反応を示したと考えられる。 二人に共通していたのは、個々に体験した「普 通」という言葉に関わる不快な思い出であった。 自分の思いが周囲に理解されていない孤立感な どを、定型発達者が「普通」の言葉から想起する 可能性は小さい。だとすれば、こうした調査結 果から、当事者の思いをしっかり受け止める必 要がある。 また、ASD と ADHD の当事者にとっても、 「普通」の言葉から孤独感などが誘発される PAC 分析の過程で、過去の出来事を再体験しつつ一 方で客観視していくことは、不快な思い出を克 服していく可能性として意味深いであろう。「孤 独感」などをテーマにした PAC 分析をすること で、逆方向から「普通」を論じることも必要であ る。 文献 今野博信 2018 発達障害当事者とPAC分析の関係に ついての一考察 PAC 分析研究第 2 巻 36-37. 草野江里加・石山貴章 2016 発達障害が想定される きょうだいの思いに関する探索的研究: PAC (個 人別態度構造) 分析と KH Coder (計量テキスト) 分析を通して, 就実大学大学院教育学研究科紀要, (1), 3-23. 永山智之 2013 二者状況と三者状況における体験か ら見た広汎性発達障害-PAC 分析と円を用いた描 画法による検討. 京都大学大学院教育学研究科紀 要, 59: 415-427 内藤哲雄・金娟鏡 2005 発達障害のある幼児をもつ 韓国人母親の障害受容に関する PAC 分析 社会的 支援体制と育児ネットワーク機能の視点から 人 文科学論集 人間情報学科編, 39, 11-25. (KONNO Hironobu) PAC分析研究 第3巻 61
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    高齢保育士の活用に関する研究(その1) ―高齢保育士の PAC 分析からー ○午来和子1) KAZUKOGORAI 江幡芳枝2) YOSHIE EBATA 内藤哲雄3) TETUO NAITO 1) 福島学院大学 2) 日本保健医療大学 3) 明治学院大学 key words : 保育士不足 高齢保育士 PAC 分析 Ⅰ.はじめに 保育士とは、児童福祉法の第 18 条1項の 登録を受け、保育士の名称を用いて、専門 的知識及び技術をもつて、児童の保育及び 児童の保護者に対する保育に関する指導を 行うことを業とする者をいう。2016 年 12 月 1 日、新語・流行語大賞のトップ 10 に選 ばれた「保育園落ちた日本死ね」は、保育 所不足を象徴する出来事として話題になっ た。保育士不足の原因1) としては、①新卒 者の保育所への就職率が少ない、②就職し て早い時期の離職者が多く、勤務年数 5 年 未満の者が半数以上いる。③再就職時に保 育士を希望しない、結果として、④潜在保 育士が多いなどが挙げられている。 保育に関わる最近の大きな変化として、 内閣府より通達された「子ども・子育て支 援法、就学前の子どもに関する教育(以下、 新制度)2) がある(平成 24 年 8 月 31 日付 通知)。この新制度によって、従来の保育園、 幼稚園に加えて,幼稚園と保育所の両方の 良さを併せ持つ施設として「認定こども園」 2」 が注目されている。認定こども園の誕生 によって職員資格として、保育士・幼稚園 教諭共に保育士・幼稚園教諭の資格が必要 になり、保育士の数と質の担保が一層求め られる事となった。 定年退職した高齢保育士の活用は保育士 不足解消の一助となるばかりでなく、経験 豊かな高齢保育士が保育現場に新たな役割 を果たすことができるのではないかと考え た。しかし、高齢保育士に関する先行文献 は見当たらなかった。 Ⅱ.研究目的 高齢保育士の活用は保育現場にどのような有 用性をもたらすことができるか、「高齢保育士な らではの独自の役割が存在するのかについて」、 PAC 分析を用いて明らかにする。 用語の定義:本研究において高齢保育士とは 60 歳以上の保育士をいう。 Ⅲ.方法 1.対象(被検者):福島県A市の保育所に勤 務する高齢保育士1名。被験者は保育短大 卒業後、保育士として 40 年以上の勤務経験 者。 2.期間:平成 29 年 6 月 1 日~平成 29 年 9 月 30 日 3.連想刺激文(内容) 「60 歳以上の保育士はどのような働きや役 割で、貢献することができるでしょうか? 子どもに対してはどうでしょうか? 親に対してはどうでしょうか? 園に対してはどうでしょうか? また、高齢者であることによる弱点を、逆 に長所に変えることについてもイメージし てください。思い浮かんだ順に番号をつけ てカードに記入してください。」 4.方法(手続き) PAC分析の手法に従って、対象に上記の連 想刺激文を口頭および紙面で提示し、2回に 分割してインタビューを実施した。分析は統 計ソフト HALWIN によるクラスター分析(ウオ ード法)でデンドログラムを析出した。 5.倫理的配慮 被検者には、口頭および研究について説 明した文書を示し、研究に参加する事の同 意を得た。 ポスター発表1 PAC分析研究 第3巻 62 【2018年度第12回大会発表抄録】
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    クラスター分析の結果は、Fig1のとおりであ る。連想項目の中で、重要順位の高い順に 1/3 となる 9項目は、①「受容する幅が広い」②「安 心感がある」③「子どもにも親にも気配りがで きる」④「経済面も理解できる」⑤「子どもに 自信を持たせる」⑥臨機応変な対応ができる」 ⑦「経験を踏まえたアドバイスができる。」⑧ 「親世代のイメージを持たせながら母親にアド バイスができる」⑨仕事の配分や環境整備の助 言ができる」であった。28 項目中、プラスイメ ージは 22 項目(78.6%)、マイナスイメージは 5 項目(17.9%)、どちらでもないは 1 項目(3.5%) であった。 2.被検者によるクラスターのイメージ 被検者の発言は「 」、検査者による発言は ( )で示す。 クラスター1は、「受容の幅が広い」~「子 どもの遊びをたくさん知っている」までの8項 目。「子どもに対してどのような対応が良いのか、 安心感が大切で、教えることは根気よく、上手 に褒めながら、子どもの主体性や自分主性を重 んじ、子どもの好きな、昔の遊びも教えながら 関わっていくことだと感じます。」 (他にはないですか?) 「多くの遊びを教えるという感じです。その まま高齢保育士故にいろんな経験を踏んできた からこそ、8項目すべてがプラスになってまと まっているのだと感じます。」 クラスター2は、「経験を踏まえたアドバイ スができる」~「社会の動向を知っている」の 9項目。「保護者、保育者に対しての対応と気配 りで、特に経験体験を踏まえての知識、技術の 対応では、相談事をはじめ、病気やけが人が出 た時の観察、判断対応など臨機応変に落ちつい で敏速に対応できると感じられます。」 クラスター3は、「体力が落ちている」~「頑 固なところがある」の以上8項目。「体力的には、 だんだんできなくなってきていることがあるか ら、自分たちが工夫したこと、自然に身につけ てきたこと、それがこうマイナスになっていく 感じ。」 (その他ないですか) 「定年を迎えての働き方でこんな光景がでて きます。子どもとか、子供の母親、保護者とか、 若い世代の保育士さんに理解してもらうことも 大切で、弱者を思いやる心を育てることにもな ると感じます。」 クラスター4は、「経済的にも自立している」 ~「子どもからパワーをもらえる」以上の8 項目:「園に対しての貢献です。」「経済的に自 立していることから、また、子育ても終えて いる場合が多く、勤務時間が融通でき、勤務 者の緊急時の交代要員にも対応してくれる。」 (その他ないでしょうか) 「経験と余裕を持っての生活から、園の都合 で短時間勤務も対応してくれるので人件費の 節約、経済効果にもなっていると感じます」 3.被検者による「クラスター間関係」のイメ ージと解釈 クラスター1と2の比較:1 と 2 は、同じと ころはない。違うところは、1は、子もが主 体で保育環境、遊び、居場所についての対応 である。2は、保育士、保護者、子どもに対 する対応である。 クラスター1と3の比較:1は経営面まで考 えて、ゆとりある子どもへの対応、3は加齢 による体力・気力・性格の頑固さが出てくる。 同じところはなく異なる部分が出ている。 クラスター1と4の比較: 1 は、子どもに関 しての対応が主であり、4は、高齢保育士の 園に対しての貢献と生きがいがを感じます。 (その他はないですか?)それぐらいです。 クラスター2 と 3 の比較:2は、豊富な経験 を生かした対応。3は高齢者としての弱点が 大きな違いだと感じます。クラスター2との 比較:2は、経験を踏まえた子どもから大人 までの対応ができる。3は、高齢保育士の有 効活用ができるだと思います。 クラスター2 と4の比較:同じところは無い。 クラスター3と4の比較:3と4は、同じと ころはない。違うところは、高齢者の(誰に でも起こる体力・知力の減退。4は、園が求 めていること(貢献)できると高齢保育士が 社会に求めたいことだと思います。 4、被検者による全体についての解釈 クラスター1 は、経営面も含めて、子どもの 対応ができる クラスター2は、豊富な経験から保護者、若 い保育士にアドバイスができる。 クラスター3 は、誰にでも起こる知的、体力 的にも衰えることだと思います。 クラスター4 は、高齢者は子育ても終わり、 時間的にも余裕があり、また、年金による 生活保障もあるため、自分に適した働き方 で生きがいに繋がれば良いと思う。その結 果、社会的にも貢献できれば更に望ましい PAC分析研究 第3巻 64
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    と感じます。 Ⅴ.総合考察 クラスター1は、高齢者は、伝承遊びをたく さん知っていて、子どもたちに教えるゆとりを 持っている。いろいろな事に対して、ああしな さい、こうしなさいとか言わないで、根気よく 待ってあげる、良いところを褒めることが上手 で、相手を受け容れようとする気持ちが母親に も、子どもにもやる気を起こさせる。子どもが 保育園での生活を楽しみにして、遊びも、学び も子どもの 1 人ひとりの自主性、主体性を重ん じて子ども関わっていくことで<ゆとりある 子どもへの対応>と命名できよう。 クラスター2は、知識が豊富で、社会の動向 にも熟知し、臨機応変の対応が可能で、仕事の 配分や環境整備の助言もできる。また、親世代 のイメージを持たせながら、親には経験を踏ま えたアドバイスや気配りができ、若い保育士も よき相談相手や、良き理解者にもなれる。以上 のことから<園に関わる人、環境整備など園全 体の対応>と命名することができよう。 クラスター3は、体力・知力・認知力などが 低下する高齢者の弱点や高齢者の特質である頑 固さ等による<加齢による弱点>と命名でき よう。 クラスター4は、働くことで経済的にも余裕 ができ、健康にも気を配りながら園にも社会に も貢献もでき、子どもからパワーをもらえるこ とで生きがいにつながる。また、高齢者は子育 ても終わり、保育園に必要な時間帯に短時間勤 務ができる事などから<弱点の補完可能>と 命名できよう。 Ⅵ.結論 高齢保育士活用の有効性について、高齢保育 士自身はどのように感じているかについてPAC 分析を用いて検討した。その結果、高齢保育士 の子どもへの関りとしては、経験豊富な高齢保 育士の<ゆとりある子どもへの対応>という 長所がある。また、保育現場に高齢者が存在す る事は世代間交流となり、高齢保育士は保護者 や若い保育士の良き相談相手・理解者となり、 <園に関わる人、環境整備など園全体の対応> ができる。しかし、高齢保育士自身は保育業務 を行うに際して、「軽快に体を動かせない」「記 憶力が低下してきている」等、<加齢による弱 点>も自覚している。その<弱点を補完する可 能性>としては、勤務者の緊急時の交代要員や 短時間勤務にも対応できる融通性がある。これ らは、保育士不足が深刻な現状において、高齢 保育士の活用が期待される。更に、高齢保育士 自身にとって、「子どもからパワーをもらってい る」「体調管理ができる」等、高齢者の生きが いにとっても重要な点が指摘されている。 「認定こども園」の誕生によって、保育士の数 と質の担保が一層求められる現状において、高 齢保育士は豊富な経験を持った保育者として貴 重な人材であり、加齢による弱点を持ち合わせ ていても、それらを補完する可能性があり、更 には、高齢者自身の生きがいにも繋がる点で、 今後、高齢保育士の活用を推進する必要性が示 唆された。その為には、「働く意欲を持たせる制 度が欲しい」との要望があるように、高齢保育 士を単なる保育の補助要員として扱うのではな く、高齢保育士の長所と弱点を認識したうえで、 高齢者の生きがいにも繋げる形でのシステム作 りが求められる。 引用文献 1)厚生労働省(2013)保育分野における人材 不足原因理由② 保育士として就業希望しない理由図 4p6 www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11600 000.../0000057759.pd 2)内閣府(2017)認定こども園概要-子ども 子育て支援制度- http://www8.cao.go.jp/shoushi/kodomoen/gai you.html,2017.9.1.より 稲毛文恵((2013)保育の質から見た保育所の現 状と課題立法と調査 10、NO345(参議院事務局 企画調整室編集) 高橋智宏他(2014):保育園の育成に関する研究 -男性職員に焦点を当てて-保育科学研究第 5 巻 p71 厚生労働省(2015):第 3 回保育士等確保対策 検討会 厚生労働省(2014.):保育人材確保のための 「魅力ある職場づくり」に向けて 厚生労働省 (2015):保育士等における現状 厚生労働省雇用均等・児童家庭局保育課: (2017)保育士のキャリアアップの仕組みの 構築と処遇改善について PAC分析研究 第3巻 65
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    高齢保育士の活用に関する研究(その2) ―中堅保育士の PAC 分析からー ○江幡芳枝1) 午来和子2) 内藤哲雄3) 1) YOSHIE EBATA , 2) KAZUKO GORAI, 3) TETUO NAITO 日本保健医療大学 福島学院大学 明治学院大学 key words:保育士不足 高齢保育士の活用 中堅保育士 PAC 分析 Ⅰ.はじめに 平成 25 年社会福祉施設等調査(厚生労働 省統計情報部)1) によると、保育士登録者 数は約 119 万人、勤務者数は約 43 万人、潜 在保育士は約 76 万人である。 保育士の就業状況としては、保育士養成数 の約半数しか保育所に就職しない事、保育 士として就職しても半数以上が5年未満で 離職する事、勤務 10 年以上の経験者が 20% に満たない事、潜在保育士が多い事は保育 の量・質ともに問題である。 高齢保育士の活用に関する研究(その1) において、高齢保育士を活用する事は保育 士不足を補うばかりでなく、子ども及び保 護者や若い保育士にとっても有益であり、 高齢者自身の生きがいにも繋がることが示 唆された。本研究では、5 年未満の経験の浅 い保育士の指導的立場になり、熟練保育士 が少ない職場環境で働く中堅保育士は、高 齢保育士の存在をどのように考えているか について検討した。 Ⅱ.研究目的 高齢保育士の活用は保育現場にどのような 有用性をもたらすことができるか、「高齢保育 士ならではの独自の役割が存在するのかにつ いて」、中堅保育士を対象に PAC 分析を用いて 明らかにする。 用語の定義:本研究において中堅保育士とは Ⅲ.方法 1.対象(被検者):福島県A市の保育所に勤務 する 30 歳代の中堅保育士1名。被検者は保 育士として就職後離職し、再就職の経験が ある。勤務経験 15 年以上。 2.期間:平成 29 年 7 月~平成 29 月 8 月 3.連想刺激文(内容) 「60 歳以上の保育士はどのような働きや役 割で、貢献することができるでしょうか? 子どもに対してはどうでしょうか? 親に対してはどうでしょうか? 園に対してはどうでしょうか? また、高齢者であることによる弱点を、逆 に長所に変えることについてもイメージし てください。思い浮かんだ順に番号をつけ てカードに記入してください。」 4.方法(手続き) PAC 分析の手法に従って、対象に上記の 連想刺激文を口頭および紙面で提示し、2 回に分割してインタビューを実施した。分 析は統計ソフト HALWIN によるクラスター 分析(ウオード法)でデンドログラムを析 出した 5.倫理的配慮 被検者には、口頭および研究について説明 した文書を示し、研究に参加する事の同意 を得た。インタビューにおいては、話した くないことは話さなくてよい事、いつでも 中断してよい事、中断しても何ら不利益は 無い事を伝えて行った。 勤務経験 5 年以上の保育士をいう。 ポスター発表2 PAC分析研究 第3巻 66 【2018年度第12回大会発表抄録】
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    Ⅳ.結 果 1.被検者のデンドログラム (被検者:30 歳代の中堅保育士。離職経験があり勤務経験は15 年以上) Fig1. 連想項目と単独イメージが付加された事例Eのデンドログラム 1)左の数値は重要順位 2)各項目後ろの( )内の+ - 0 は単独でのイメージ PAC分析研究 第3巻 67
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    クラスター分析の結果は、Fig1 のようにな った。まず連想項目の中で、重要順位の高い 順に 1/3をあげると①「子育ての仕方を教え ていただける」②「理解者」③「お互いに刺 激になる」④「言葉に励まされる」⑤「たく さんの知恵袋を持っている。」⑥「安心感があ る」⑦「慣れ親しみやすい」⑧「一緒に働く ことで自分自身の学びになる。」であった。全 22 項目中、プラスイメージは 22 項目(100%) 全てであった。 2.被検者によるクラスターのイメージ 被験者によるクラスターの解釈は「 」、 検査者による発言は( )で示す。 クラスター1は、「子育ての仕方を教えて いただける」~「包容力がある」の12項目。 高齢保育士は、暖かい感じもするし、人間性 もあり、支えてくれる感じがします。また、 たくさんの知恵袋を持ち、心の豊かさが感じ られます。子育ての仕方を教えていただける、 理解者として助けてもらえる、力になってく れる理解者、頼りになる、しっかり寄り添え るとても安心して頼れる感じがします。 クラスター2は、「高齢保育士は、一緒に 教え合うとか、励まし合うとか同僚的な感覚 で、単に遠くで見ているのではなく、関わっ ていくことができる人がいるという感じが します。」 (その他はないですか) 「今はネットでも何でも調べて、いろんな情 報は得るけれども、誤った情報もある。それ が正しいと思い込んでしまったりするので、 人の話を聞いて育児や保育に生かせれば良い のかな、というイメージです。」 (その他はないでしょうか) 「やってみて、励まされたり、あまり間違っ てなかったなあとか、ああこれがいけなかっ たというのに気づいて、また、新たな一歩、 二歩と踏み出せたら、より保育が楽しくなる かと。一緒に働くことで、自分自身の学びに もなるし、自分磨きにもなる。夢中になって やっても、どれが正しいのかわからなかった りすると、それでいいんだよとか、ほめて、 励ましてくれたりとか、アドバイスして下さ るので、そういうのがあると、私の保育は間 違ってなかったなとか、そこで確認もできる し、課題を与えていただくと目標に向かって 取り組んでいったり、もし高齢者とペアにな ったら、いろんな刺激や学びがあると感じら れます。」 クラスター3は、「慣れ親しみやすい」 ~「元気明るい笑顔」以上の4項目。 「慣れ親しみやすい、誰とでもコミュニケ ーションが図れる。方言で絵本を読む、魅 力がある。元気、明るい、笑顔、これらは、 人との間のラポートとか、垣根を越えて直 に接していくという力が感じられます。」 「明るい笑顔、例えば、保育園の子ども達 を散歩に、他の保育士たちと組んで連れて いるときなども、自然に歌を歌ったりして、 みんなを巻き込んでいけるような力、明る い元気な笑顔、そう言う雰囲気を持ってい る。」 3.被検者による「クラスター間関係」のイ メージと解釈 クラスター1と2の比較:1は、子ども たちに対する関わりの仕方が、包容力があ って、その人が、太陽になっているように、 いわば突き飛ばして観察している感じがし ます。2は、一緒に教え合い、励まし合う という同僚的な感覚、単に遠くで見ている のではなく関わっていくことができる人が いるという感じです。 クラスター1と3の比較:1は、子ども たちへの関わりかた。3は、子どもたち に与える明るさ、元気、笑顔です。 ラスター2と3の比較:2は、同じ仲間 意識で学び合い、励まし合い。3は子ど もに与える明るさ、元気、笑顔。 4.被検者に対する補足質問(項目単独 のイメージ) ・理解者とは→子育てに対しても相談やア ドバイスをもらえる。 ・たくさんの知恵袋→いろんなことを知っ ている。教えてもらえる。 ・昔と今は違いがあるが参考になる →話すことでいろいろな事がわかる。 ・自然の物を使った遊びを沢山知っている →水鉄砲、笹舟などを作って遊ぶ。 5.被検者による全体についての解釈 知識や何かよりも、みんなを盛り上げる 力、エンターテイメントとしての力、そう 言う盛り上げる力、全体を集団で引っ張っ ていく力、実力を感じます。子どもたちの 関わりが第1クラスターで、第2クラスタ ーは、高齢保育士は誰とも慣れ親しんだり、 方言で本を読んだりできる力があり、保育 PAC分析研究 第3巻 68
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    士や子どもたちを一緒に巻き込んで、皆に 明るさや元気や笑顔を与える力を持ってい る。そして、第1、第2、第3クラスター とも繋がっていると感じます。」 Ⅴ.総合考察 クラスター1は、高齢保育士は、若い保育 士に対して、常に声をかけて寄り添い、子ど もの気持ちがわかるように、子どもを可愛が り、たくさんの知恵袋を持って、子どもを通 じて子どもへの支援法を教えている。高齢保 育士は、若い保育士を理解し、助け、頼りに なっている。保育の現場で子育ての仕方を教 え、包容力をもって指導していることから< 若い保育士に具体的な子どもの支援法>と 名づけることができよう。 クラスター2は、一緒に働くことで、お互 いに刺激になることが多く、例えば、昔と現 在は違うこともあるが自然のものを使った伝 承遊びや、いろんなことを教えてもらえる。 言葉で励まされることがある。<一緒に働く 中で指導を受け啓発される>と命名できよう。 クラスター3は、元気で明るい笑顔で、誰 ともコミユニケーションが取れ、慣れ親しみ やすく、方言で本を読んだりすることから< 明るい職場風土の醸成>と命名できよう。 Ⅵ.結論 高齢保育士の活用に対して、勤務経験 15 年以上の中堅保育士は、高齢保育士の存在を 22 項目全てプラスイメージで捉えている。そ の内容は、「元気、明るい、笑顔」が第1クラ スター、第2クラスター、第3クラスターと も繋がっており、被検者は高齢保育士の魅力 をそこに見出している。単なる知識よりも、 みんなを巻き込み盛り上げるエンターテイナ ーとしての力を持っていると評価している。 クラスター1から命名された<若い保育士 に具体的な子どもの支援法>は、高齢保育士 の長い経験に裏図けられた保育の熟練の技を 評価し、クラスター2から命名された<一緒 に働く中で指導を受け啓発される>は、先 輩・同僚として一緒に保育を実践する中で刺 激を受け、教えられる指導者としての存在を 評価し、クラスター3で命名された<明るい 職場風土の醸成>は、豊富な人生経験を積ん で人間的にも成長し、誰に対しても親しみを 持って明るく接する事のできる頼れる存在、 職場には無くてはならない存在として捉えて いる。保育という子どもや保護者を支援する 職業を通じ、専門職として常に向上を目指し て継続してきた先輩の姿が、高齢者となって より円熟した保育士のRole model になってい るようにも推測される。 高齢保育士の活用に関する研究(その1) において、高齢保育士自身からは、「体力が落 ちている」「軽快に身体を動かせない」「記憶 力が低下している」「力仕事はできない」など の<加齢による弱点>が語られたが、中堅保 育士は高齢保育士を「元気・明るい・笑顔」 「みんなを盛り上げる力、エンターテイメン トとしての力がある」と評価し、高齢保育士 自身とは異なる見方をしている。このことは、 高齢保育士は、たとえ、加齢による体の衰え があっても、顔の表情や笑顔、言葉によって、 子どもや周囲に明るさ・元気を与え、周囲を 巻き込む力があることを示している。 最近の社会問題になっている保育士不足に 対する高齢保育士の活用に焦点を当てて、特 に、「高齢保育士ならではの独自の役割が存在 するのかについて」、中堅保育士を対象に PAC 分析を行った。その結果、高齢保育士の活用 に関する研究(その1)と同様、中堅保育士 からも、高齢保育士の子どもへのゆとりある 対応、若い保育士への支援や指導力、明るく・ 元気・笑顔などで職場のみんなをまとめてい く力等が語られ、高齢保育士ならではの特徴 が示された。 半数以上が 5 年未満で離職し、経験 10 年以 上の保育士が 20%と少ない現状の保育状況 において、豊富な実践力を持ち、若い保育士 を支え・啓発し、職場に活気をもたらす高齢 保育士の活用は中堅保育士からも望まれてい ることが示唆された。 引用文献 1)保育士等に関する関係資料 - 厚生労働省 www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-2017.9.1) 厚生労働省(2013)保育分野における人材不足 原因理由②、保育士として就業希望しない 理由図 4p6 www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-1160 PAC分析研究 第3巻 69
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    日 本人との対人コミュニケーションでの違和感 ―地位と性の異同の影響についてスリランカ人が感じるイメージ― 内藤 哲雄 (明治学院大学国際平和研究所) keywords:日本人 地位と性 対人コミュニケーション スリランカ人 Fig. 1 地位と性の異同が日本人の対人コミュニケーションに及ぼす影響のイメージ はじめに 全ての人は自分自身や社会環境についての理 論を持って日常生活を送っている。世界に関す る わ れ わ れ の 理 論 は 、 ス キ ー マ と よ ば れ る (Taylor and Crocker, 1981)。 スキーマは、関連す る一般的特徴に現実に遭遇することだけでなく、 抽象概念のコミュニケーションによっても発達 する。経験によって得られたスキーマが一般化 されるときは、典型的にはより抽象化されてい く。抽象化へのシフトは、これらの経験には共 通性があると知覚されれば、たった 2 つの事例 からでも生じる。体験的知識が増えれば増える ほど、スキーマについて詳細に描写することが 可能になる。同時に、発達するにつれてより緊 密に組織化されてくる。スキーマが発達し、使 用される頻度が高まるにつれ、そのことに注意 を集中しないですむし、意識的に努力すること を必要としなくなる。そして、人々が適応的に 対処すればするほど、追加された知識は完璧で はなくても、現実世界にうまく適合するように なる。Fiske & Taylor (1991)によれば、対人関係 の認知的枠組みは、ある状況でどのように振る 舞うべきかを強力に指し示すスキーマである。 対人関係のスキーマは、社会生活の中にごく自 然に埋め込まれているので、対人関係スキーマ が存在することに気づくのは困難である。それ らは捉えにくく、暗黙裡で自動的に作動する。 内藤(2011)は、中国人、中国へ関わりがなく、 漫画の三国志で知識を得た程度の男性 A と、中 国訪問の経験はないが、語学留学中に訪米中の 中国人女性との交際経験を持つ男性 B を被検者 として、「中国」と「中国人の人間関係」の2つ のイメージをそれぞれ PAC 分析した。その結果、 漫画で得た知識であれ、実際に中国人との交流 やコミュニケーションで獲得したものであれ、 ①対象について知れば知るほど、対象に関する スキーマを詳細に描写できるようになり、②ス キーマは発達するにつれ、強固に組織化され、 ③知識が追加蓄積されることで、次第に適応的 ポスター発表3 PAC分析研究 第3巻 70 【2018年度第12回大会発表抄録】
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    で柔軟に対応できるようになり、④未来のアイ デンティティからの振り返りによってもスキー マが再構成され、発達していたことを確認して いる。また Naito, T.(2018) は、敬語や丁寧語の 質や量が、日本語と(スリランカの) シンハリ語 では、男性と女性の間、年齢や地位の上下で異 なることを示している。そして出身国の文化と 適応しようとする滞在先の文化とのギャップが 大きくなると、異文化間コミュニケーションで の違和感が生じることが推測される。本研究で は、対人関係や対人コミュニケーションにおい て、母国と日本での差異点に気づいている人を 対象として、気づかれた個別特徴の背後にある 潜在構造(ここでは「対人コミュニケーション・ スキーマ」)を PAC 分析によって明らかにする ことを目的とした。 方法 被検者:スリランカ人女性 40 代前半、日本語教 師。母語はシンハリ語。日本滞在 9 年。 提示刺激:口頭で読み上げ提示した刺激文は、 「あなたは、<日本人とコミュニケーションを するとき>に、同性同士、異性とのコミュニケ ーションで、また年齢や地位が同じまたは異な る(目上、目下の)相手とのコミュニケーション で、不自然だと感じたり、違和感が生じたりす ることがありますか。そのように感じるのは、 どのような場面や状況だと思いますか。また、 不自然な感じや、違和感を懐いたとき、どんな ことが頭に浮かび、どのようにしたいと感じま すか? そして、それらを解消するためにはど のようにしたら良いと感じますか? 頭に浮か んできたイメージや言葉を、思い浮かんだ順に 番号をつけてカードに記入してください。」であ った。 手続き:使用した統計ソフトは HALWIN。刺激 文を読み上げるとともに、被検者の前に提示し、 連想反応を得た。次に重要順に並べ換えさせ、 項目間の直感的類似度を、日本人との性や地位 の異同でのコミュニケーションで、不自然感や 違和感を懐いたときのイメージとして思いつい た言葉の組み合わせが、言葉の意味ではなく、 直感的イメージの上でどの程度近似しているか を、非常に近い(1)、かなり近い(2)、いくぶん か近い(3)、どちらともいえない(4)、いくぶん か遠い(5)、かなり遠い(6)、非常に遠い(7)、 の 7 段階で評定させた。ついでウォード法でク ラスター分析し、各クラスターのイメージを聴 取し、補足質問をして、最後に項目単独での+ -0イメージの回答を求めた。 結果 被検者から聞き取ったイメージは以下の通り である。 クラスター1は、「敬語」~「~です/~ます では足りないのはなぜ」の 4 項目:私の中では このグループは、日本のコミュニケーションに おける敬語あるいは敬語の使用です。このよう に思ったのは、日本に来て最初の頃でした。当 時の私は、日本語の敬語の使用が下手だった。 (Q:他にはどうですか?)だから、できない敬 語をできるようにするために、できるだけ日本 人の会話を観察して、できるだけ早く敬語を身 につけなきゃと思いました。(Q:それではどんな 内容でまとまっていると感じますか。)敬語と敬 語の使用ではないですか。(Q:他にはどんなイメ ージが浮かんで来ましたか?)たぶん敬語が下 手だったと感じたのは、テレビ番組だったり、 大学でいろんな場面に出会ったときに、私だっ たらこういうときに敬語にしなかったはずなの に、何でこれだけ敬語を使っているのかなあー って。「です」「ます」だけでは足らないと思っ たからです。 クラスター2は、「食べ物は分け合うことはし ない」~「一人ごとを言う人が多い」までの 6 項目:上から5つは、日本人がコミュニケーシ ョンの中で、どのように親しさを表しているの かを、少し疑問に感じたところだと思います。 「一人ごとを言う人が多い」というのは、この グループに入っているのがどうしてなのか分か りません。でも、これ、日本人の一人ごとが多 いというのは、スリランカ人ではあまりみられ ないから、確かに不思議でした。上からの 5 項 目は、日本人の行動、日本人のコミュニケーシ ョン行動の中からみているので、スリランカ人 と比べると、「十分に親しさが伝わってこない な」って思いました。(Q:他にはどうですか?) これら全てが、私が日本の大学の中で生活した り、普通に市民として日本人と生活したりする 中で遭遇した場面や経験を通して感じたことで すね。(Q:その他にはどうでしょうか?)「一 人ごとを言う」というのは、上の 5 つとどういう 風につなげられるのかはよく分かりません。私 の中では、これは別の単独の項目ではないかと 思っているんですけど。もしかして、あまり親 PAC分析研究 第3巻 71
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    しい人がいないと、私たちスリランカ人は、自 分の友だちに向かって、あるいは親兄弟に向か って言うことを、日本人は自分に向かって言っ ているのかも知れません。口をとんがらかして。 クラスター3 は、「先生に対する尊敬はない」~ 「親、先生に大声で話す」までの 6項目:私も 教育現場に関わっていますし、子どもが(学校 で)教育を受けているので、その中で感じてい ることなんですが、とくに日本人学生や児童の 行動をみると、目上の先生に対する敬意がちゃ んと行動に表れていない。「いないなあ」と思っ ています。これらのやり方は、日本では大丈夫 かも知れないんですが、私の国(スリランカ) では失礼にあたるような行動だなと思います。 クラスター1と 2 の比較:似ているのか違うか は分かりませんが、クラスター1 は敬語になる ので、人間関係にちょっとした距離を感じるの かなと思います。クラスター2 は私の中でです ね、もしかして距離をもう少し縮めて親しくな りたい、なった方が良いかなという思いはあり ますが、やっぱり日本では親戚語を使わない。 (親戚語で呼ぶとは、実のきょうだいではない のに、「お兄さん」「お姉さん」と呼ぶなど。ス リランカでは社会に一般的で、知らない人同士、 不特定の相手にも使う。)(日本では)誰に対し ても「さん」をつける。食べ物を分かち合うこ ともしない。そういうことから親しくなれない。 という違い、ギャップがあるのかなあ。 クラスター1 と 3 の比較:そうですね。言葉で は丁寧にして敬語を使うんですけど、私にとっ ては、「それだけでは足りない、言葉だけでは足 りない」と思っていますね。もう少し行動にも、 言葉にある丁寧さを、行動にも移して、行動か らも表すべき、表してほしい、という考え方が あります。それが 1 と 3 のクラスターの違いか な。 クラスター2 と 3 の比較:上のグループ(クラ スター2)は親しさを中心に語るもので、下のグ ループ(クラスター3)は、丁寧さを行動に移す ということについて語る、という違いがあるの かなと思います。似た点でいうと、どちらもた だ言葉だけの親しさや敬意だけでなく、「敬意も 親しさも行動からも示すべき」という点かなと 思う。 連想項目単独でのイメージ:敬語→もちろん相 手に対する丁寧な言葉という意味もありますが、 うーん、何だろ、母語の敬語とはまた違うので、 私の中では、それぞれ国の敬語のイメージが違 って、それぞれの役割も違うなあっていうのが あって、スリランカでは下品な言葉でない限り、 日常の言葉で先生とも子どもとも話せるので普 通の言葉が敬語。あえて使いたいときは文字の 文語(書き言葉)を、正式の場で使う。日本で は、悪いことではないけど、距離を保持して、 普通にブロックしている。敬語をできるだけ早 く勉強をしなきゃ→これはこの通りで、日本で 生活していくのでなるべくコミュニケーション では失敗しないように、日本人に受け入れても らうためにも、日本人らしい敬語を身につけな ければと思った。とくに私の場合先生に敬意を 表現したい、私らしい行動をしても伝わらない といけないと思った。「勉強しなきゃ、より使え なくっちゃ」という思いで勉強していたので。 日本人の会話を観察しなきゃ→勉強できる一番 早い方法は、日本人の会話を観察すること。~ です/~ますでは足りないのはなぜ→これを私 の国の(日本の会社の支店で)十分に使ってい た。普通にそれで仕事をしていた。食べ物は分 け合うことはしない→(スリランカでは)食べ 物を友だちに分ける。友だちだったら分ける。 親しいと見えない→(相手が)友だちだったら、 分け合わないで、一人で食べたりしない。親戚 語はあまり使わない→スリランカでは、本当の 親戚でなくても、知らない人にでも親戚語を使 う。日本では、「お兄さん」「お姉さん」と呼ん だりすることが少ない。誰に対しても名前+さ んでOK→スリランカでは、さんをつけないで 同レベル扱いする。自分の子どもに名前で呼ぶ 人が多い→スリランカでは、「息子」「娘」で呼 ぶ。(名前で呼ぶと)愛情がないと感じる。先生 に対する尊敬はない→これは、学校での日本人 の行動、(日本の学校に通う)自分の子どもの学 校の先生への態度や行動をみていて感じること。 話を聞いていないように感じる・目上の人が話 すと目を見ない・目上の人の前ではしっかり立 っていない→先生の目を見ないとか、しっかり と立っていないなど、尊敬の行動を示していな い。親、先生に言い返す子・親、先生に大声で 話す→尊敬があるならこんなのすべきでない。 総合考察 聴取では、日本の敬語や丁寧表現のイメージ やそれへの違和感と不満足が表明されている。 クラスター1は、日本に来て最初の頃に思った ことで、当時の私が下手だった日本のコミュニ PAC分析研究 第3巻 72
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    ケーションでの敬語あるいは敬語の使用のイメ ージ。テレビ番組や大学で、私だったらこうい うときに敬語にしなかったはずなのに、何でこ れだけ敬語を使っているのかと感じ、「~です/ ~ますだけでは足らないなぜ」と思っていた。 だから、「敬語をできるだけ早く勉強しなきゃ」 「日本人の会話を観察しなきゃ」と感じていた。 敬語の使用で人間関係にちょっとした距離を感 じ、他方で、丁寧な敬語だけでなく、行動でも 表現してほしいと感じている。被検者の、日本 人の会話の観察と学びへの努力を示す内容であ り、<日本語の敬語表現を学ぼうとする努力> のクラスターと命名できよう。 クラスター2は、十分に親しさが伝わってこな い、もう少し距離を縮めたいとの思いからの違 和感。スリランカの友達だったら分け合うのに 「食べ物は分け合うことはしない」、見知らぬ他 人でも「お兄さん」「お姉さん」とよぶ「親戚語 をあまり使わない」、「誰に対しても名前+さん で OK」で「親しいと見えない」。逆に、スリラ ンカでは「息子」「娘」と呼ぶのに、日本では「自 分の子に名前で呼ぶ人が多い」。被検者は、日本 人の「一人ごとを言う人が多い」を不思議に感 じているが、友達や親兄弟にも言えないで自分 自身に言っているように感じており、日本人の 人間関係の親しさの不十分さから気づき連想し たのではないかと推測される。日本人が他者と 積極的に親密さを分け合わないことに関する連 想であり、<他者と親密になることへの日本人 の消極的姿勢>のクラスターと名付けること ができよう。 クラスター3 は、目上の人に対しての、敬意や 丁寧さを行動に移すことにかかわっている。日 本では、スリランカでの尊敬の行動が見られず、 「目上の人が話すと目を見ない」「目上の人の前 ではしっかりと立っていない」し、「親、先生に 大声で話す」し、「親、先生に言い返す子」にみ られるように目上の人や「先生に対する尊敬は ない」。日本人学生や児童の行動をみると、目上 の先生に対する敬意がちゃんと行動に表れてい ない。これらのやり方は、日本では大丈夫かも 知れないんですが、スリランカでは失礼にあた る行動で違和感を懐いている。日本人の児童や 若者が目上の人を尊敬する行動をしていないこ とへの違和感のクラスターであり、<目上の人 への日本人若者の非尊敬行動>であると解釈 できよう。 結論 本研究での被検者は、日本語での目上の人へ の敬語や一般的に使われる丁寧語の表現が質、 量ともに多く、これが対人関係の親密化を抑制 していることを感じている。また、敬語や丁寧 語が言葉の上だけであり、行動に反映していな いことに違和感を懐いている。 他方で、本被検者には、同性間と異性間にお けるコミュニケーションでの差異や違和感につ いての連想や表明が見られない。これは、被検 者が日本語教師であり、外国人留学生に対して、 男女間の言葉遣いの差異よりも、男女とも共通 に使える丁寧語を中心に指導していることが影 響していることも考えられる。 スキーマはそれぞれの個々人が獲得するもの であることから、個人別に分析することが求め られる。PAC分析は、個人別にイメージの潜在 構造を解明するのに有効であり、単一個人であ りながら記述統計学を援用し、分析手続きにも 操作性、客観性が確保されている。しかしなが ら、日本人と交流する外国人が獲得する、日本 人の対人関係や対人コミュニケーションについ てのスキーマの発達は、出身国との対比の文化 的差異があり、個々人の体験内容が異なるので、 単一の被検者によって全側面の普遍的な構造を 解明できるわけではない。より多くの国の出身 者の事例を積み重ねることが要請されよう。 引用文献 Fiske, S.T. & Taylor, S.E. 1991 Social cognition (2nd ed.). New York: McGraw-Hill. 内藤哲雄 2011 中国と中国人の人間関係のスキー マの獲得と発達:PAC 分析による構造と形成要因 の検討. (信州大学人文学部)人文科学論集[人間情 報学科編]第 45 号, P55-71. Naito, T. 2018 Analysis of personal attitude construct About the influence of social hierarchy on language in Japanese and Sri Lankan. APA 2018 Annual Convention San Francisco, California, Poster Session: Building International Partnerships for Psychology, People, and the Planet-Part 2, Division 52, 17(M10) Taylor, S.E. & Crocker, J. 1981 Schematic bases of social information processing. In E.H.Higgins, C.P.Herman, & M.P.Zanna(Eds.) Social cognition: The Ontario Symposium(Vol. 1, pp. 89-134). Hillsdale, NJ: Erlbaum. (Naito, Tetsuo) PAC分析研究 第3巻 73
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    PAC 分析学会 学会誌『PAC分析研究』 投稿規定 2019 年8 月25日 改訂(5回目) PAC 分析学会では学会誌『PAC 分析研究』に掲載する論文を募集しています。会員の皆様の投稿をお待ちして います。 投 稿 規 定 1.投稿資格:その年度の会費を納入した会員。(ただし、共同執筆の場合は、投稿時点で筆頭執筆者が会費 納付済みの会員であること、論文集掲載時には、執筆者全員が会費納付済み会員であること) 2.内容:PAC 分析を手法として用いたものであれば分野は問わない。ただし、未公刊の論文に限る。 3.使用言語:日本語または英語。 4.投稿カテゴリ: (1)原著:先行研究に加えるべきオリジナリティーのある研究成果が、具体的なデータを用いて明確に述べられ ているもの。 (2)短報:新しい事実の発見や萌芽的研究課題の提起、将来の研究の基礎として、速報的な中間報告として優れ た研究につながる可能性のある内容が明確に記述されているもの。査読では、研究観点の面白さ、論旨 の明快さ、簡潔な内容、速報性、発展性が特に重視されます。なお、短報論文として掲載された論文は、 新たなデータの追加・論考を加えて、原著論文などとして再投稿することが可能です。 (3)その他論文:原著、短報以外の論文(例えば解説、レビュー)。 ※査読の結果、投稿カテゴリーの変更を勧める場合もあります。 5.長さ: (1)原著・その他論文:標題などを含めて本誌6〜10 頁以内に収まる分量とし、かつ、日本語原稿は2 万字以内、英 語原稿は4 千語以内とする。なお、頁数・字数には、論文本文だけでなく、図表・参考文献な ども全て含まれる。 (2)短報:標題などを含めて本誌見開き4 頁以内に収まる分量とし、かつ、日本語原稿は8 千字以内、英語原稿 は2500 語以内とする。なお、頁数・字数には、論文本文だけでなく、図表・参考文献なども 全て含まれる。 6.原稿の書式等: (1) 日英両語とも横書きで統一。 (2) 用紙サイズ:A4。余白は上下2 ㎝あけ。1 頁に全角23 文字・43 行・2 段組、10 頁まで。図表も頁をまたが ないように適当な場所に配置すること。(図表は段を無視して配置してもよい。) (3) 論文は、テンプレートと同じ書式に揃えること。 7.投稿方法:論文(MS-Word)・別紙・チェックリストを電子メールに添付して提出すること。ファイルにはそ れぞれ指定されたファイル名をつけること(各用紙に説明あり)。件名は「PAC 分析研究投稿:投稿者名」とす ること。 《 ファイル送付先 》 PAC分析学会学会誌編集委員会 【 j_pac@googlegroups.com 】 PAC分析研究 第3巻 74
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    <別紙1 記載事項(MS-word)> (a) 執筆者氏名(和文およびアルファベット)、所属する機関の名称、機関での資格、会費資格など (b)共同執筆者氏名など(該当する場合のみ記入) (c) 執筆者連絡先住所、電話番号、E-mail アドレス (d) 論文の題名:日本語および英語 (e) キーワード(5 語以内):日本語および英語 (f) 論文のカテゴリー(「原著」「短報」「その他論文」) (g) 投稿区分(新規投稿、再投稿の別) (h) 対象者/調査協力者の承諾の有無(学会誌掲載の承諾を得てから投稿のこと) <別紙2 記載事項(MS-word)> (a) 論文の題名:日本語および英語 (b) キーワード(5 語以内):日本語および英語 (c) 要旨/Abstract:日本語および英語で作成する。原著論文は、日本語400 文字以内・英語160 語以内と し、短報は、日本語250 文字以内・英語100 語以内とする。 (i) 論文のカテゴリー(「原著」「短報」「その他論文」) (d) 投稿区分(新規投稿、再投稿の別) <別紙3 記載事項(MS-word) ※再投稿の場合のみ提出> (a) 論文の題名:日本語および英語 (b) キーワード(5 語以内):日本語および英語 (c) 要旨/Abstract:日本語および英語で作成する。原著論文は、日本語400 文字以内・英語160 語以内と し、短報は、日本語250 文字以内・英語100 語以内とする。 (d) 論文のカテゴリー(「原著」「短報」「その他論文」) (e) 前回査読時に受けたコメントへの回答と具体的な修正内容 ※論文投稿時に届け出た連絡先等は会員名簿には反映されません。会員名簿の更新は、学会事務局担当の 伊 藤武彦 take@wako.ac.jp まで別途お届けください。 8.採用/不採用の決定:編集委員会が審査し、採否を決定した上、3か月以内に結果をお知らせします。採 用の場合、修正を加えてフォーマットを整えた最終原稿を提出していただきます。 9.論文提出締切日:特にありません。(随時受け付けております。)ただし、年度末に向けた時期に暫定的 な期限を設ける場合があります。 10.著作権等:本誌は電子ジャーナルとしてアクセス制限のない本学会サイトにて公開されます。ファイル形 式としてはテキストのコピーできないpdf に変換されます。また、掲載論文の著作権は本学会に帰属します。あ らかじめご了承ください。 11.問合せ先:PAC 分析学会学会誌編集委員会 【 j_pac@googlegroups.com 】 PAC分析研究 第3巻 75
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    編集後記 平成から令和に時代が移り、初めての号となる PAC 分析研究第3 巻をお届けいた します。創刊号、第 2 巻と続き、途切れることなく発刊できたことを喜ばしく思いま す。投稿された方、査読をしていただいた方々に深く感謝申し上げます。 第 3 巻の内容といたしましては原著が 3 件の他、2018 年度の大会にて発表された 方々の発表梗概を、再録という形で全編掲載しております。 査読について思うことを少々したためます。本学会の特徴として、様々な研究分野 の方が、PAC 分析という手法を通じて議論をする場ということがあります。そうする と投稿いただいた論文を査読するにあたって、同一分野からの査読者を選定するのが 困難な場合があります。査読の方針としては、研究内容の良しあしを問うより前に、 手法が正しく適用され、異なる分野の方にとっても首肯しうる結果を示しているかと いう点が判定の軸となります。専門性からするとやや物足りないと感じる読者の方も おられるかもしれませんが、こういった点を踏まえていただければと思います。 例年、大会での発表を受けてその内容に基づいた投稿が多くなっておりますが、投 稿自体は随時可能です。投稿に関するお問い合わせは【j_pac@googlegroups.com】 までメールでご連絡ください。freeml のサービス終了に伴い、昨年までとアドレスが 異なっておりますことにご注意ください。 (編集事務局・土田) PAC 分析学会誌 PAC 分析研究 第 3 巻 第 1 号 発 行 日 2019 年 9 月 25 日 発 行 者 PAC 分析学会 理事長 内藤哲雄 学会事務局 和光大学 現代人間学部 心理教育学科 いとうたけひこ(伊藤武彦) 〒195-8585 東京都町田市金井町 2160 編 集 委 員 内藤哲雄(編集委員長) 土田義郎(2016~2018 年度事務局) 松浦美晴(2016~2018 年度) <著作権について> 本誌に掲載された論文の著作権は本学会に帰属します。
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    Journal of PACAnalysis Vol.3