SlideShare a Scribd company logo
1 of 51
Download to read offline
ISSN1340-4253
発 行 2012年 3月 30日
昆 虫 分 類 学 若 手 懇 談 会 会 報 第 17号│事務局 九州快学大学院比較社会文化研究院
生物体系学教室
編集細谷忠嗣・大島康宏・近藤雅典
Panmixia 印刷所 コロニー印刷
〒81ト 0119福岡県糟屋郡新宮町線ヶ浜 1-11・1
特集「和名問題を考えるJ
古くて新しい和名問題:これまでの流れ イ ン ト ロ と し て
細谷忠嗣 ………...・H ・.....・H ・.....・H ・H ・H ・.....・H ・..……...・H ・.....・H ・.....・H ・.....・H ・ 1
和名についての考え方 野 村 周 平 ...・H ・.....・H ・..… ...・H ・.....・H ・..…...・ H ・..…… 11
階層的和名体系の構築 鈴 木 邦 雄 … … H ・H ・.....・ H ・-…H ・H ・.....・H ・.....・H ・...・H ・. 19
魚類における標準和名の考え方と日本魚類学会の取り組み 瀬能 宏 …... 37
和名問題を考える ー ど う や っ て 解 決 す れ ば よ い の か ? :日本トンボ学会に
お け る 試 行 一 苅部治紀 .……....・ H ・...................................................... 45
昆虫分類学若手懇談会
Panmixia(昆虫分類学若手懇談会会報). NO.17.pp ト10(2012)
古くて新しい和名問題:これまでの流れ
イントロとして
細 谷 忠 嗣
九州大学大学院比較社会文化研究院生物多様性講座(生物体系学教室)
干819・0395 福岡市西区元岡 744番地
E-mail:thosoya@scs.kyushu-u.ac.jp
(2009年 12月 26日原稿依頼, 2012年 2月 29日原稿受領)
はじめに
我々が自にする昆虫を始めとした生き物には,
多くの場合,何らかの日本語の名前がついてい
る.これら生物につけられている日本語名が「和
名」である. r和名」には,一部の地域でのみ使
われる地方名(方言),商業的な場面などで用い
られる商品名や品種名,現在は使われなくなっ
た古文中の古名,一般的に使われている通俗名
など,様々なものが含まれる.今回の特集で議
論される「和名 Jは,そのうちの「標準和名J,
すなわち分類学的な背景を持つ学術的な和名で
ある.
和名(標準和名)は,分類学の研究において
必ずしも必要なものではなく,基本的に学名が
あれば学問上の問題はない.しかし分類学以
外のその他の基礎系・応用系の科学分野,およ
び教育分野において一般の方々も含めた全ての
人に 当該分類群を正し く認識してもらうために,
そして学問的な名前の統一性を確保するために
も,標準和名はどうしても必要なものとなって
くる .標準和名は,図鑑や目録などの出服物や
インターネット上のデータベース等,さらに博
物館等による展示などにおける使用といった場
面における「分類学の社会貢献j とし寸意味合
いにおいても,分類学者と関わりの深いもので
あるといえる.しかし,学名とは異なり,標準
和名には命名規約があるわけではないため,
様々な和名の混乱や問題が生じており,また,
それに対してどう対処するかとし、う方法も明確
なコンセンサスが得られていない.
l
今後,昆虫分類学若手懇談会の会員である昆
虫分類学の若手研究者が,和名問題に直面し,
対処しなければならない場面も生じてくると恩
わ れ る . 今 回 , 昆 虫 分 類 学 若 手 懇 談 会 会 報
Panmixiaにおいて「和名問題を考える Jとい
う特集を組むこととし, r和名(標準和名)に
関する考え方」についてまとめるとともに, r実
際に混乱が生じた際の対応の実例Jを紹介し,
会員各氏の標準和名に対する理解を深め,また
今後の実際的対応の参考になればと願っている.
標 準 和 名 の 歴 史 明 治 ・ 大 正 期 和 名 の
命 名 法 の 提 案
712年に太安万侶により編纂された現在確認
できる日本最古の歴史書である 「古事記」 には,
すでに「蚕Jという昆虫の和名が示されており,
昆虫の和名の歴史は少なくとも 1300年の歴史
があることになる.この間,各種の和名が昆虫
につけられてきたが,特定の種に関する和名は
ごく一部のもののみであ ったと思われる.
「標準和名 j としての和名が付けられるよう
になるのは,分類学が西洋から導入され,それ
が実践されるようになる明治時代以降のことで
ある .現在使われている見虫の和名は大部分が
明治以降に作られたものであり,明治時代に作
られた古い和名は「詩文Jなものがあった(江
崎, 1934). r臼本昆虫学の開祖Jと言われる
松村松年氏は 「日本見義挙J(1898) などの著
作において,多数の日本の代表的な見虫の種に
ついて和名と学名を併記して示し,現在につな
Panmixia,NO.17(2012)
がる標準和名の土台を作っていった.また,彼
は和名を一定の意識的な画ーの型に統一 し,そ
れを全般的に適用していったが r日本昆轟綿、
目録,第一巻,蝶蛾之部J (松村, 1905) がそ
の最初であった(江崎, 1934).そして ,この
初期の時代から,すでに和名に関する問題の議
論が始まっている .
まず,長野(1905)が和名の命名法について
始めて言及した.彼は,動植物の名称は純粋に
学問上においては学名があれば和名は必要ない
と述べつつも r乃チ換言スレパ,皐名ハ皐問
的,和名 ハ通俗的ニシテ共ニ必要ヲ感ズルモノ
ナリ J とし ,和名の必要性を論 じ,昆虫類には
普通の もの,大型のもの,少数にのみ和名が存
在するに過ぎず,新たに和名を付けてし 、く困難
さを述べている .また, f日名の命名 に関する標
準(命名法)について 8項目を挙げている .即
ち, rー,成長ニヨリテ命ズルコト .二,近縁
ノモノニハ成ルベク同一基名ヲ用ヰルコト .三,
外部ニ現ハ レタル形態ノ特徴ニヨ ノレコト .四,
形態ニヨラサ'ルモノハ他ト匡別スベキ名酔ヲ基
語ニ冠スノレコト(例として ,人名や鬼神名 ,地
名をあげている).王,皐名ノ意味ヲ採ノレコト.
六, p;蓄食縞物ノ名ヲ冠スルコト .七,習性ニヨ
ルコト .八,口調ヲ好クスルコト J.こ れが和
名の命名法に関する最初の言及である.また,
特徴的な点、は分類群(系統)ごとに基名を用い
ること(項目の二)とし, この基準に合わせて
一部の蛾について和名の改正を提唱し,すでに
与えられている和名の変更をも行っている .基
本的に,研究の初期段階にあるこの時点、で根本
的に基礎を定めて和名の統ー を図ることを重視
している .
次 に 矢 野 (1905) は,諸先輩が和名の説を一
致させるのを待っていたが ,そうならないこと
を憂いて,彼の考えを示している .古名他すで
に命名されているものに命名するべきではない
とし,すでにある名称の取捨の基準として, rー,
従来一般に用ひられたるものには絶対的に是に
従ふ.二,近時殺表せられたるものは最も古き
ものに従ふ. 三,別に記載なくして拳名を附す
2
るものは是拳名に附属せる和名と して見る」の
3点を示している .彼は,異種同名,類名の場
合のみ多少の修正または改名をすればよく, 1
種 1名あればよく,高IJ名はいらないことを強く
主張している.この考えに従い,長野(1905)
が主張した類似の種との関係ある名辞に変更す
る必要はないとした. これは和名の安定性を重
視する考え方の最初の言説と思われる .また,
和名は「便宜上比較的通俗なる可き場合に用ひ
んJ とし, 全ての見虫に和名を付ける必要はな
く,必要な場合に付 ければ良いとし,後の「和
名制限論」につながる考えを示 している .
平野 (1908)は r研究者は国家的園人の義
務として,協力一致以て和名の統ー を謀る敢て
不必要にあらざれのみか,寧ろ目下の急務なり J
と主張し, r根本的和名の統一を後起し,本邦
各地の多数なる研究者諸君より庚く投書を乞ひ,
其標準を一定せんとすJとして,まずは比較的
研究者も多い蝶類について ,全国各地の同好者
に和名を決めるための投票に参加するよう促し
た.彼は,和名の選定法として, rー,尤も古
くより成議に封する名稿を附し,書籍,雑誌,
図説等によりて発表せられたる沓名を用ゆるこ
と.二.類似の種類は勿論同一基名を用ゆるこ
と.三.成轟外部に現はれたる色彩,形見犬,其
他特徴により命名すること .四, 口調 を良くし
字数を少なく改正すること .五,新種のもの又
醤和名のものにでも名審大家,功努者,皐名,
採集したる地名等可成其紀念となるべき意味を
用ゆること Jをあげている .また,別紙目録に
従い投票することになっていたが,各 自の考案
した名称も記入できるというものであった .
高野 (1908)は,和名問題も第二期に入り,
今ある和名を如何に統一すべきかが問題である
とし, 平野 (1908) の「投票制Jによる統一策
を強く批判している .上記の平野の条件ーから,
これまでに発表されているものを用いると言っ
ているわけであり,なぜ新たな名前を提唱し,
そして投票によって統一する必要がある のか疑
問を呈している.また,この時代に,松村松年
氏とともに多くの和名を提唱していた平野氏を
細谷忠嗣:古くて新しい和名問題:これまでの流れ イントロとして
始めとする名和昆虫研究所の関係者の和名の付
け方について r改めて一定せんJと批判して
いる .
回中 (1915)は,魚類の標準和名を選定する
ための 4つの条件を提案しているが,その論考
の中で,学名を変えても和名を変えないという
方法を取っていると述べている .現在でも学名
と和名を連動させる かどうかで議論がでる場合
があり ,昆虫関係ではないが重要な言説ど言え
る.
標 準 和 名 の 歴 史 -2つ の 世 界 大 戦 聞 学
名和名対照表の提案と和名制限論
向島 (1929) は, r昆義の和名は一種の昆姦
(通常一撃名を有するもの)に封し一名 穏を使
用すること,且つ之を片偲名を以て表示するこ
と」とする提議を出し,附帯提義として「現時
使用しつつある主要昆轟の筆名和名針照表を調
整 し,此和名は昆轟に趣味を有する者,昆轟皐
に携はる者,盤皐者,農皐者,昆議撃者並に一
般斯皐関係教育者の聞に周知せしめ,此針照表
の使用を推奨する こと .而して一旦決定したる
和名は,之を狼りに嬰更せず,即ち和名の先取
権を重んずること」とし,新たに学名和名 の対
照表を作成し,これの使用を推奨すること ,い
ったん決定した和名を変更しないこと(先取権)
を提案している.さらに,対照表の調整方法に
ついては,東京見轟皐舎が斡旋を行い「昆姦和
名統一委員舎Jを組織し,原案を調整して公刊
し,一定期間を設けて訂正加除を行い実施する
という具体的な提案もなされている .これは,
和名の問題について学会による調整を提案した
最初期の事例と思われる.その後,実際に「昆
轟和名統一委員曾j が組織され討議されたとい
う記録を,筆者は確認できていない.また,ア
メリカ合衆国の応用昆虫学会が同様の学名英名
の対照表を作成した事例 (1919-1925年)に
ついて紹介しており,それによると ,アメリカ
合衆国ではすでに 500種強について学名と英名
の対照が行われていたことになる.
加 藤 (1934) は,植物においては和名が大概
3
一定しているのに,昆虫では本によって異なっ
ており,場合によっては閉じ著者でも後に変え
るものもあり,昆虫の和名が全く当てにならな
いと批判している .また, r和名の改稿が流行
的に行はれつ 』ある」ことについても批判的で
ある.彼は雑誌「見轟界Jにおける昆虫の和名
統一の実行を目指して,以下の方針を示した.
r1. 最も普遍的なものを用ひる. 2. 標準とす
べき文献は片寄らず諸種のも のを参考 とする .
3. 和名はなるべく省略式でなく,全記式を用
ひる .4. 先取権を認めない. 5. 文字は片偲名
を用ひ,般名遣は古典的なものに従ふ(例とし
て,ハヒイロゲンゴラウなどがあげられている).
6.標準和名として準援すべき皐名釣照のリス
トは最も必要であるが ,…,近く拙著分類原色
日本昆轟園鑑完結後に後刊する該書の線目録を
代用することにしたい(どのような線、目 録が作
られたか,著者は未確認) • 7. 寄稿者は一々
統一問題に捉はれることなく,従衆通り自己の
信ずる和名を用ひて 書いても何等差支へない
(これは雑誌「昆盆界Jの従来からの編集方針
編集が不適当と考える場合にのみ訂正すること
を確認した)J彼は, 4. として「先取権を認
めなし リとしたが,これは昔の不完全極まる和
名に逆戻りしなければならないためとしている.
確かに「先取権」を認、める際にも ,いつの時代
まで遡るかと言う問題がある.学名のように
1758年からという明確な基準がないため,先取
権だけで,近年使われていない古名 ・旧名を復
活させる訳にはし 、かないであろう.先取権を重
んじる場合でも,判断が難しい場面がでてくる
であろう.
江崎 (1934) は, r昆袋、の和名統一の問題は
数十年来の懸案Jながらも, r問題は依然と し
て昔のま 〉に蔑されてゐる J と述べ,これまで
の和名に関する流れを示 した.また,松村松年
氏による 「日本昆轟大圃鑑J(1931) 等での和
名の短縮等の和名「改革Jについても触れ,画
ー と簡潔のために必要以上の短縮を行う こと に
不賛成の立場を示 した.しかし,和名の統一は
「結局はある一定の年月の聞に於ける自然の淘
Panmixia.NO.17(2012)
汰によって残されたものに騎すべきものと思う」
とし,積極的な和名の統ーではなく,自然の流
れにまかせる考えである.また,彼は「和名制
限論」を展開し, r吾々の眼に崩れ易い大形な
もの,美しきもの,利害関係を伴ふもの等に封
しては和名は絶撃すに必要であるJとしながらも,
珍しく学術的以外に意味の少ない種類に対して
和名と学名の両方を併用するのは害あって益が
少なく ,こういった穏には学名のみを用いる方
が有益であるとしている .
標 準 和 名 の 歴 史 世 界 大 戦 後 今も残る
ウスパシロチョウ問題
第二次世界大戦後も和名に関する議論は継続
していく まず, 1955年に日本鱗麹学会が「和
名について」というシンポジウムを開催してい
る(藤田, 2008).江崎悌三氏は和名全般の解
説と「和名制限論jを改めて主張した.対して,
春日敏郎氏は全ての種に和名を付けることによ
って将来の蛾屋を育てたいこと,また,改称、の
必要なものは思い切って改称したいと述べてい
る.ま た,岩瀬太郎氏は 8種の蝶類について和
名の短縮案を示したが,採用されなかったよう
ある.
次に, 1970年代から 1980年代にかけて,ウ
スパシロチョウおよびウスパキチョウを改名す
るか否かの論争がおこった.両種は和名からイ
メージされるシロチョウ科ではなく,アゲハチ
ョウ科に含まれるため,分類体系に即したウス
パアグノ、およびキイロウスパアゲハ(またはウ
スパキアグノ、)に改名する提案がなされたが,
これが論争となり,現在まで残る問題とな って
いる.
猪文 ・伊吹(1979)は, rどの蝶をさすのか
不明にならない現状では,多少の語尾の扱いが
不適当だからといっていちいち修正変名してい
く方法をとったら多くの種について和名が変更
されることになり,将来大きな混乱を引き起こ
すJとして,改名に反対している.
これに対して雑誌「月刊むしJに多くの意見
が寄せられた.柏井(1979)は,よりよい和名
4
の方が使われ残ってゆくであろうとし,藤田
(1979)は,和名は学問的なこととは一切かけ
離れた次元の問題であり,プライオリティーや
普及性を侵してまで語尾を統一する必要性はな
いとした.藤岡 (1980)は,和名は固有名詞で
あり,その fふさわしさ Jは固有名詞としての
ふさわしさであって,系統分類学的なふさわし
さは必要ないとし,既に名のある種に新たな名
をつけても,科学的な進歩は何もなく,逆に 2
つの名ができることによって混乱するのでマイ
ナスであるとした.これに対して,入江 (1980)
は,たかが 100年くらいしか使われていない和
名であるのだから,今後のために著しく不適当
な和名は変更すべきとした.橋本 (1980a)は,
「そろえるべきか,もとのままにしておくかJ
と一律に決めるべき問題ではないが, rやたら
に変えるべきでないJというのは皆同意見であ
ろうとした.いろいろな意味で変えた方が明ら
かにょいときは変えなければならないが,全て
について変えなくてはならないと考えるのは飛
躍し過ぎであると注意喚起をしている.橋本
(1980b)は,和名にも分類学的な理論性が必
要であるか,愛着のある名 前が良し、かという問
題の議論よりも,どちらかにはっきりしてほし
いというユーザー側の願いを述べている.また,
今後,新しく和名を付ける際には,よく考慮の
上で理論的につけて欲 しいとした.
このウスパシロチョ ウ問題は結局収束してい
ない.ウスパシロチョウがいまだに主流として
使われていると言えるが,図鑑等では両方の和
名を併記している場合が多々見られる(白水,
2006;猪文ら ,2010など) .
標準和名の歴史-20世 紀 末 目の和名の
変更と差別的表現の問題
昆虫を始めとする多くの動物の目などの上位
分類階級の和名は,形態的特徴を示す漢字を用
いた伝統的な名称で示されてきた. しかし,
1988年に編集された「学術用語集:動物編」の
動物分類名の一覧から ,目以下の名称を全てカ
タカナ書きとし,目名 はそれぞれの見虫群を代
細谷忠嗣:古くて新し い和名 問題 これまでの流れ イントロとして
表する見虫名を用いるように改定された.とれ
は,教育現場や新聞などの一般報道のことも考
慮し,難解な漢字の利用を避けたものである.
昆虫の目は,それぞれに特徴的な麹を有してお
り,その麹の特徴にちなんだ学名を持ち,和名
でもそれを日本語に訳した目名が従来使用され
てきた(例えば,双題目,鱗麹目,膜麹目など)•
このような目の特徴を見事に表した名称が使わ
れず,ハエ目,チョウ目 ,ハチ目などに置き換
わってしまうことは,昆虫の形態的特徴の理解
を妨げるという問題点もある.この改定には,
異論も出された(青木, 1994など)が, 1990
年代を通して徐々にカタカナ表記の目名が使わ
れることが多くなってきた.しかし,現在でも ,
形態的特徴を良く表す漢字名を使う場合が多々
見られる.
1990年代になって,新たな和名の問題が生じ
てきた.それが差別的な表現を用いた和名の扱
いである .昆虫においては, 1999年に日本昆虫
学会が「差別用語を用いる昆虫和名の扱いに関
するワーキンググ、ループJを設置し, 日本見虫
学会会長と日本応用動物昆虫学会会長の連名で
「差別用語を用いた昆虫和名の扱いに関する要
望」を提出した(湯川 ・宮田, 1999;宮田・湯
川, 2000).昆虫の和名の歴史性とその貢献の
大きさ,そして名称の安定性の理念からむやみ
に変更すべきではないことを認めながらも, r昨
今の社会情勢を勘案すると,たとえ科学的所産
である見虫の和名といえども,社会の良識を超
えるものであってはならないと判断される Jと
し両学会員に,和名の命名,運用の際には十
分配慮し,改称、を含む適切な処置とその普及,
定着を強く要望している .
宮本ら (2000)は,差別的表現を含む「メク
ラカメムシJの代替名として「カスミカメムシJ
を提唱した .現在,この代替名が広く用いられ
ており, 差別的表現を含む和名の改称の好例で
ある.ただし,形態学的に不合理な名称として
改称を行っており ,差別的表現については一切
触れられていない.
他には,大石ら (2000)が差別的表現を含む
5
「メクラアブ」について,以前に提起されてい
た「ハネモンアプ」とする改定を提言した.現
在では rキンメアブ」に改称することになっ
たようであるが,現在でも「メクラアブ」が使
われる場合も多く,代替名の普及は 「カスミカ
メムシj の場合のようには進んでいないようで
ある .
差別的な表現を用いた和名の問題点について
は,佐藤 (2002) が魚類についてまとめている
ので参照されたい.また,その改称、については,
日本魚類学会が標準和名検討委員会を設けて組
織立った改称を行っており,差別的表現を含む
和名の改称を進めていく場合に大変参考になる
(瀬能, 2002).本特集においても,瀬能 (2012)
がこの件についてまとめているので参考にされ
たい.
現時点でも,差別的表現を含む昆虫の和名は
いろいろと残されており,今後も,対応を行っ
ていく必要がある.しかし,どこまでを差別的
表現とするかという問題もあり,改称範囲の設
定もまた問題であろう .
また,このような差別的表現を含む和名改称
の流れに反対する意見も 出 されている.例えば,
遠藤 (2002) は,r言い換えJを行っても差別
問題は解決できず,むしろ思考停止 に陥 らせる
だけであると批判し,改名によって隠蔽するの
ではなく,敢えて自らの責任において用い続け
るほうが,より責任ある態度であると主張して
し、る .
標準和名 の 歴 史-21世紀 続 く 和 名 に 関
する 提 案 と論 争
今坂 (2002) は,和名に関する 3つの提案を
行っている. 1つ目が, r日本産の昆虫には和
名をつけよう j であり,分類学以外の応用 ・生
態 ・生理などの研究者や,環境アセスメン トの
関係者,同好者,官公庁,マスコミ,一般の人
などにとっては,和名がついている方が扱いや
すいのは明らかとし,新種の記載者は和名の命
名も同時に行い,また和名のない多数の種につ
いても目録等の発行時,または研究者か学会で
一
Panmixia.NO.17(2012)
付けることを希望している.また,和名はでき
るだけ短く簡潔に,長くとも 15字以内にする
ことを要望している. 2つ自は, f和名はなる
べく変更しないようにしよう Jということで,
できるだけ最初に付けられた和名を尊重し,よ
ほど不都合がない限り,和名は変更しないよう
にしようとしている.また,図鑑には異名も収
録する配慮の必要性を述べている.さらに,所
属の再整理や変更になった場合の和名について
は,特に変更する必要はないとしている .外国
産亜種との関係で日本産のE種に「ホンドj な
どを付ける変更を批判し,和名は日本産に対す
るものであり,かつ学名変更とは別次元のもの
であり ,学名の変更に伴う和名の変更はしない
方が良いとしている. 3つ目 に, f亜種の和名
についてノレール作り Jをすることを提案してい
る.和名によっては,種かE種かわからず不便
なものもあり,どちらか判断できる方が便利で
あるとし,種名後に f--BE:種」と後ろにE種
を表示する方法他を示し,ルール作りを提案し
ている .
亜種の表記に関しては,現在でも統一的な緩
いはなされていない.例えば, f日本産昆虫目
録J (九州大学農学部昆虫学教室 ・日本野生生
物研究センター編, 1989,1990)および これを
元 に し た 「 日 本 産 昆 虫 目 録 デ ー タ ベ ー ス
MOKUROKUJ (Tadauchi&Inoue,2000) ,
「バッタ ・コオロギ ・キリギリス大図鑑J (日
本直麹類学会編, 2006)などでは,!IE:種にも固
有な和名が与えられている.これに対して, f日
本産コガネムシ上科総目録J(藤岡, 2001)や
「日本産蛾類総目 録J (神保,2004-2008),
「日本産蝶類和名 学名使覧J (猪文ら, 2010)
などでは,和名後に f-- (地域名)BE:種Jと
いう表記を行っている.
また,図鑑等への異名の収録については,配
慮、される傾向にある.特にデータベース関連で
は異名の収録が普通に行われるようになってお
り, f日本産蛾類総目録J (神保,2004・2008)
や「日本産蝶類和名学名便覧J(猪文ら, 2010)
などのデータベースで異名が収録されている.
6
図鑑を作る際にも,和名をどう扱うかについ
て著者問で意見の相違が見られる場合もでてく
る.例えば, fバッタ ・コオロギ ・キリギリス
大図鑑J (日本直麹類学会編, 2006)では,凡
例の『和名についてj の項目で, f和名につい
ては,流布している名称についてはできるだけ
変えない方がいいという考えと,今回を機会に
改革かをした方がいいという考えがあった.歴史
的な経過があったり混乱の大きいと思われるも
のを除き ,属名などの分類単位にそって統一的
に,また,できるだけ簡潔にする方向で,最小
限の改称を行った .Jと書いてある .ここ でも ,
和名問題が議論された当初からの 2論がせめぎ
合うことになり,両者の折衷案で
られたものと思われる .
その後, 2008年からキイロネクイハムシとノレ
リクワガタの和名の改称に関する論争がおこり,
本特集へとつながっていく.これらの問題に関
連して,手口名をどう扱うかに閲する意見が活発
に交わされていくことになる.
藤田 (2008)は,和名の歴史,和名が混乱し
てきた歴史,および混乱の理由について,いろ
いろ な事例を紹介しながらまとめている.また,
外国産種の和名の付け方についても触れており,
穏の学名を カタカナ読みし,それにそのグルー
プ名をつける方式が紹介されている .そして,
和名についてはさまざまな事情を勘案しつつも,
基本は先取性,普及性,安定性などを重視する
考えに基づき 4つの提言を試案として示して
いる.以下,その概要であるが, 1. 新しく学
名を創設する時は適切な和名を提案する .近縁
種との整合性なども考え合わせ,長過ぎる和名
を避ける .2.すでに使われている和名は実害
がある場合以外はできるだけ改称しない.必要
があってどうしても改称をする場合は,事前に
改称案を学会や関係者に相談し,コンセンサス
を得て一斉に改称する .3.2つ以上の和名がい
つまでも使われる場合は,学会などで勧告また
は裁定をして適切な和名を選択する .改称が必
要なケースを検討できる受け皿を学会が担う.
4. それでも 2つ以上の和名が使われ続け,ま
細谷忠嗣 古くて新 しい和名問題 .これまでの流れ イントロとして
た選択の役割を担う学会がない場合には,影響
の大きな出版物を作る際などは,なるべく異名
も収録し,利用者の混乱を最小限にとどめる配
慮をする .
これに対して大津 (2008) は,和名に関する
5つの私見を示した. (1) r和名の最後にムシ
をつけたほうが適当と思われるものはムシを省
略しないJ. (2) r複数の種をふくむグ、ルー
プでは,科,族,属と言った上位分類群の名称
をそのまま特定の穏の和名にしなし、J.特定の
種かグ、ループかがわからない点を問題視してお
り,種の和名には“ヤマト"などの適当な接頭辞
をつけることを提案している (3) r形態上
明らかに魁僚をきたしている和名は改名する J.
標準和名としてふさわしくないものについては
再検討すべきで,いたずらに定着性を持ち出す
ことに異議を唱えている .また,差別用語など
不都合な用語を含む和名についても変えるべき
としている . (4) r合理的に改名されたもの
は標準和名として定着させる J.和名にはそれ
なりの科学的合理性を付与するべきとしている
また, 1種が複数種に分割された場合は旧名を
排して,新たな名前をつけるのが合理的で、ある
とした.伝統だけではなく,合理性を加味した
標準和名を確立し,定着させる義務があるとし
てい る. (5) r“亜種"には和名をつけないJ.
亜種は将来的に廃止すべきであるとの論を示し
ている.
鈴木 (2009a)は,和名は学名同様,名辞(概
念を持つ語の総称)体系を構成するから,原則
的に階層的に構築されるべきであると主張し,
属と種の和名が同ーな場合には無用な混乱の原
因どなるとした.和名も, 学名 と同様,その安
定性/連続性 continuity と普遍性/包括性
universalityとを持つことが最重要の機能であ
る.名辞体系は階層的に構成し,階層性が維持
されなければ,体系自体が十全に機能しない.
和名の適切性の判断基準は,自然に対する認識
(理解)の深化にとっ て より効果的であるか否
かに置かれるべきであると述べている .また,
命名行為の意味と学名の階層性に関する説明を
7
行い,日本魚類学会が「標準和名は一名式命名
法である」としている点について,誤解を招く
不適切なものとして批判し,実際は複合語であ
るとしている.また r生物名 の安定性Jは流
動性(あるいは可塑性) と背 中合わせであり,
理解が深まれば定義に当てはまらない部分が出
てくる.その場合, 53IJの名 前 (新名)を与える
か,定義を見直すことになるが,これらで対処
できない時に新たな命名を迫られるとしている.
さらに鈴木 (2009b)では,亜種には固有の
和名を付けないで,種の和名の後に r~~ (地
域名など)gp:種Jをつけるのが実際的であろう
としている . ここでも,再度「属と種に同 じ和
名を付けるのは避けるべき Jであることを強調
している.また, r種和名の歴史を尊重するこ
とJと「学名体系に準じた和名体系を構築する」
ということは別次元の問題であり, 両立させる
ことは論理的に不可能で、あることも述べている.
さらに r属より上の分類階級に位置する分類
群の和名 Jについては, r科Jなどを後に付け
るのは絶対条件とし, 上位分類群の和名も学名
同様に,タイプに従って自 動的に決められると
している .
丸山 (2009)は,和名は使う側がどう感じる
かが何より重要として,きっちりとした論理を
押し付けるのではなく,日常的使用における明
らかな混乱がない限り,和名は馴染み深い もの
を使えば良いし,万が一重大な混乱があれば,
その際に適宜変更すればよいと述べている.
2009年に日本鞘麹学会・日本昆虫学会関東支
部合同大会において, r昆虫の和名について考
える Jという公開シンポジ ウムを開催された.
瀬能宏氏は「標準和名 に求め られる ものとは何
か ?Jで,まず標準和名の問題についてまとめ,
求められていることは「安定Jと「普及」であ
るとした.また, 日本魚類学会標準和名検討委
員会による日本産魚類の標準和名の提言につい
て紹介された.苅部治紀氏は「日本麟蛤学会で
の検討事例と和名についてJで, 日本晴蛤学会
和名検討委員会における検討事例の紹介を行っ
た.秋田勝巳氏は「最近の甲虫和名について考
Panmixia.NO.17(2012)
えること Jで,アマチュア虫屋の意見として複
数の事例について考えを示した.特に, 1種が
複数種に分かれた時には,新和名 2つを付ける
方が「区別」という意味で良いのではないかと
述べている.藤田宏氏は「和名の混乱への対応
一 理 論 上 の 混 乱 と 現 実 の 混 乱 Jで , 鈴 木
(2009ab)は規約の議論にあたるレベルであり,
実際的にはそこまで達しておらず,現実的な対
応の必要性があると述べた.
また,シンポジウム後,瀬能宏氏に伺ったと
ころによると,魚類では「分類学的内容の書か
れた論文等j で和名の提唱 ・変更を行い,それ
以外については無効として扱っているとのこと
である .昆虫では,分類に関係のない文章や学
会発表などで和名提唱されることもあり ,今後,
和名を整理する際の基準のーっとして考えてい
かなければならない点であると恩われる .
ルリクワガタの和名問題については,野村
(2008,2012)や鈴木 (2009c) に議論の流れ
がまとめられているのでそちらを参照されたい.
このように,和名問題が議論され始めた初期
の段階で示された f先取権に基づくべきであり,
基本的に和名の改称を行うべきでないJ とする
矢野(1905)の流れを組む考え方と , r系統分
類学的な知見に合わせ,組曲Eをきたす場合には
改称すべき Jとする長野(1905)の流れを組む
考え方が,現在でも場面と内容を変えながらも
基本的な考え方の柱となって議論を戦わせてい
るといえる .
本特集 の経緯と内容
2008-2009年度の昆虫分類学若手懇談会編
集委員会において,キイロネクイハムシとルリ
クワガタの和名の改称、に関する議論は,昆虫分
類学若手懇談会の会員にとっても昆虫分類学を
研究する上で考えなければいけない事例であろ
うということになり ,2009年夏に和名問題に関
する特集をまとめる準備を始めた.
まず,和名に関する考え方として ,標準和名
の安定性 ・継続性を重視して取り扱っていく考
えの代表として野村周平氏に,そして,区別性
8
を重視し和名も学名と同様に階層的に機築して
いく考えの鈴木邦雄氏に,それぞれ原稿を依頼
することとした.野村 (2012) では,標準和名
に基本的に求められることについて,および標
準和名の安定性 ・継続性を重視して取り扱って
いくという基本的な考え方について解説してい
ただいた.特に,旧日本鞘麹学会の和名問題検
討委員会の委員長として問題の対応にあたられ
たノレリクワガタ問題に照らし合わせて,この考
えをまとめて頂いた .鈴木 (2012)では,区別
性を重視するという考え方,つまり和名も学名
と同様に階層的秩序を持つように構築していく
べきとの考え方に基づく和名の扱い方の理論的
な面について整理して頂いた.
次に,実際に混乱が生じた際の対応の事例と
して,2氏にご執筆いただいた .苅部 (2012)
では, トンボにおける和名についての混乱が生
じた実例と日本鯖蛤学会での実際の検討方法に
ついて紹介いただいた.また,瀬能 (2012)で
は,和名問題の検討について既に議論が進めら
れ,検討委員会も設置されている魚類における
標準和名の従え方と委員会としての考え方およ
び対応の仕方について , 日本魚類学会標準和名
検討委員会の委員長である瀬能氏にご紹介いた
だし、た .
執筆者のうちの 3氏が,前述の 2009年 11月
の日本鞘麹学会 ・日本昆虫学会関東支部合同大
会シンポジウムの講演者であり ,3氏にはその
際に執筆の打診を行い,鈴木氏を含めた 4氏に
は翌月に正式に執筆依頼をさせていただいた.
また,このシンポジウムは旧日本鞘麹学会の
和名検討委員会が企画されたものであり,今回
の特集はその内容と重なる面も多いため,問委
員会の野村委員長と高桑正敏氏に,昆虫分類学
若手懇談会会報 Panmixiaで本特集を組むこと
の許可を求め,ご快諾をいただいた.
本特集はいろいろな粁余曲折があり,発行ま
でに 2年以上の時聞がかかってしまった.これ
は 2008-2009年度編集委員会の怠慢であり,
申し聞きのしょうもない.ここに全会員に怠慢
の謝罪を表明し,お許しを願うばかりである .
細谷忠嗣 :古くて新しい和名問題:これまでの流れ イントロとして
謝 辞
最後に,お忙しい中,本特集の原稿を御執筆
いただいた野村周平氏,鈴木邦雄氏,瀬能宏氏,
苅部治紀氏に厚く御礼申し上げるとともに,特
集完成まで時聞が掛かりすぎてご迷惑をお掛け
したことをお詫びします.ま た,本特集を見虫
分類学若手懇談会会報 Panmixiaで組むことを
ご快諾いただいた旧日本鞘題学会の和名検討委
員会の高桑E敏氏に,本特集に関する御意見 ・
御情報をいただいた阿部芳久氏,荒谷邦雄氏,
祝輝男氏に,そして 2008-2009年度事務局メ
ンバーの大島康宏氏,勝山礼一朗氏,近藤雅典
氏,高橋元氏に心よりお礼申し上げる.また,
遅々として進まぬ編集作業でご迷惑をお掛けし
た 2010-2011年度事務局幹事の佐野正和氏に
感謝の意を表する.
引用文献
青木淳一, 1994.動物分類名の表記に関する論
議ー食肉目か,ネコ目かー• Proc.Japan.
Soc.Syst.Zool., (51):69-72.
遠藤秀紀, 2002.差別表現問題と晴乳類の和名.
哨乳類科学, 42:79-83.
江崎悌三,1934. 和名 問題に関する私見.昆轟
界, 2:36・40.
藤田 宏, 1979. 日本産蝶類総目録に関して.
月刊むし, (106):31,40.
藤 田 宏 , 2008.標準和名への道昆虫の和名
を考える .月刊むし, (450):64-77.
藤岡昌介, 2001.日本産コガネムシ上科総目録.
コガネムシ研究会.
藤岡知夫,1980. 和名について考える .月刊む
し, (111):18・19.
橋本治二, 1980a. 和名について考える .月刊
むし, (111):20・21.
橋本説朗, 1980b. 和名について考える.月刊
むし, (111):21.
平野藤吉, 1908. 昆姦類の和名統一 に就て.昆
轟世界, 12:187'180.
今坂正一, 2002.和名と E種名についてのー提
案.月刊むし, (373):36・37.
9
猪 文 敏 男 ・ 伊 吹 正 吾 1979. Synonymic
CatalogueoftheButterfliesofJapan(3).
黒海良彦監修.月刊むし, (103):31-34.
猪又敏男・植村好延・矢後勝也・神保字嗣・上
回恭一郎, 2010.日本産蝶類和名学名便覧.
http://binran.lepimages.jp/
入江平吉, 1980. 和名について考える.月刊む
し,(111):19.
神保宇嗣, 2004-2008. 日本産蛾類総目録
http://listmj.mothprog.coml
苅部治紀, 2012.和名問題を考える ーど うや
って解決すればよいのか? :日本トンボ学
会における試行ー.Panmixia(昆虫分類学
若手懇談会会報) ,(17):45・49.
柏井伸夫, 1979. 日本産蝶類総目録 (3)にお
ける Parnassiuseversmanniの和名の解説
について .月刊むし, (106):30-31.
加藤正世, 1934. 和名 統一の必要.昆議界, 2:
33-35.
九州大学農学部昆虫学教室 ・日本野生生物研究
センター編 .1989,日本産昆虫総目録.平
嶋義宏監修.九州大学農学部昆虫学教室.
九州大学農学部昆虫学教室 ・日本野生生物研究
センタ}編, 1990. 日本産見虫総目録 追
加 ・訂正.平嶋義宏監修.九州大学農学部見
虫学教室.
丸山宗手Ij, 2009. 2008年の昆虫界をふりかえ
って 甲虫界.月刊むし, (459):31・39.
松村松年, 1898.日本昆盆皐.裳華房.
松村松年,1905. 日本昆轟線、目録,第一巻,蝶
蛾之部.警醒社書底.
松村松年,1931. 日本見議大図鑑.刀江書院.
宮本正一 ・安永智秀 ・友国雅章 ・林 E美, 2000.
メクラカメムシの代替名 「カスミカメムシJ
の提唱.植物防疫, 54:33・34.
宮田 正・湯川淳一, 2000.差別用語を用いた
昆虫和名の扱いに関する要望. 日本応用動
物昆虫学会誌, 44:63.
文部省 ・日本動物学会編, 1988. 学術用語集 :
動物学編.増訂版.丸善.
長野菊次郎, 1905.鱗麹類 ノ和名ニ封スノレ卑見.
Panmixia.NO.17(2012)
日本鱗麹類汎論.名和昆議研究所編集部編,
名和昆盆研究所. pp.5-10.
野村周平, 2008. 2007年の昆虫界をふりかえ
って 甲虫界.月刊むし, (447):30・51.
野村周平, 2012.和 名 に つ い て の 考 え 方 .
Panmixia(見虫分類学若手懇談会会報) ,
(17):11・18.
日本直姐類学会編, 2006. バッタ・コ オロギ ・
キリギリス大図鑑.北海道大学出版会.
岡島銀次, 1929.昆哉の和名統一に就て.昆議,
3:203・205.
大石久志 ・米 津 晃 ・永富 昭,2000. 差別的
表現のある和名に関する改定の提言.はな
あぶ, (10):107.
太安万侶編, 712.古事記.
大津省三, 2008.見虫の和名についての私見.
ねじればね, (123):4-7.
佐藤陽一, 2002.魚の困った名前一差別的和名
をどうするか.青木淳一 ・奥谷喬司 ・松浦啓
一編著.虫の名 ,貝の名 ,魚の名ー和名にま
つ わ る 話 題 .東海大 学 出版 会 ,東京, pp.
172-191.
i頼能 宏, 2002. 標準和名の安定化に向けて .
青木淳一 ・奥谷喬司 ・松浦啓一編著.虫の名 ,
貝の名,魚の名ー和名にまつわる話題.東海
大学出版会,東京,pp.192・225.
瀬 能 宏 , 2012.魚類における標準和名の考え
方と日本魚類学会の取り組み.Panmixia(昆
虫分類学若手懇談会会報) ,(17):37・44.
白水 隆, 2006. 日本産蝶類標準図鑑.学習研
究干土.
10
鈴木邦雄, 2009a. キイロネクイハムシの改称、
和名の提唱理由と標準和名に関するこ,士
の私見 藤 田 宏 氏 の 批 判 に 応 え る - 月
刊むし, (457):52-57.
鈴木邦雄, 2009b. 和名体系は学名体系に準じ
て構築されるべきである ー属と種に 同じ
和名を付けるのはなぜ不都合かー.月刊む
し, (463):48・53.
鈴木邦雄編, 2009c. 日本鞘麹学会「和名検討
委員会」の r001号勧告j への疑義一 日本鞘
題学会への「公開質問上」と学会の「回答J
をめぐってー附 :関係資料.自刊.44pp.
鈴木邦雄, 2012.階 層 的 和 名 体 系 の 構 築 .
Panmixia(昆虫分類学若手懇談会会報) ,
(17):19・36.
Tadaucbi, O. & H. Inoue, 2000, On
MOKUROKU直lebasedon"ACheckList
of Japanese Insects" on INTERNET.
Esakia,(40):81・84.http://konchudb.agr.
agr.kyushu'u.ac.jp/mokuroku/index'j.htm
高野鷹蔵,1908. 蝶類の和名に就て.動物拳雑
誌 20:201・208.
問中茂穂 (1915)皐名及和名に闘する卑見.動
物学雑誌, 27:636・640.
矢野宗幹,1905.昆姦和名私見.博物之友,(28):
250・256.
湯川淳一 ・宮田 正, 1999. 差別用語を用いた
昆虫和名の扱いに関する要望.昆轟(ニュ
ーシリーズ) ,2:197.
Panmixia(昆虫分類学若手懇談会会報). NO.17.pp.11-18(2012)
和名についての考え方
野 村 周 平
国立科学博物館動物研究部
〒305-0005茨城県つくば市天久保 4・1・1
E-mail:nomura@kahaku.go.jp
(2009年 12月 26日原稿依頼, 2010年 9月 16日原稿受領)
1.議論の経緯
すでに本誌の読者の多くがご存知のとおり,
2009年に甲虫界では和名をめぐる論議が活発
になり,前年に日本鞘題学会内に設置された,
「甲虫の和名に関する検討委員会J(通称和名
検討委員会)を中心として活発なやり取りが展
開された .さ らに この経緯を受けて, 2009年
11月 15日,日本鞘麹学会 2009年度大会・日
本昆虫学会関東支部大会合同大会の席上,公開
シンポジウム 「昆虫の和名を考える j が開催さ
れた.
事の発端は,上に述べた和名検討委員会がそ
の声明として,甲虫ニュース第 164号に r001
号勧告」を掲載したことであった. この内容は
次の段落の枠囲み中に示したとおりである.ち
なみにこの勧告は,旧日本鞘題学会(旧日本甲
虫学会と 2010年に合併し,現在は新たな日本
甲虫学会)ホームページ rELYTRAJ中に掲載
されており,インターネットをつかうことので
きるすべての人々に向けて公開されている (註
1).
これに対して,同学会会員である大津省三氏
から 3月 27日付質問が学会(和名検討委員会)
宛提出された これに対して和名検討委員会は
回答文を用意し, 4月 22日付学会 H Pに掲載し
た.さらに,ほぽ時を閉じくして,同学会会員
の鈴木邦雄氏が長文の「公開質問状Jを提出し
た.しかしこれは当初,和文誌「甲虫ニュース」
に対する投稿原稿と言う形であったので,同誌
に掲載するのが適当かどうか編集委員会での検
討が優先される形となった.鈴木氏と同誌の編
集委員会との間でやり取りが会った後,会長の
001号勧告
2008年 11月 22日
以 下 の 分 類 群 に つ い て 、 和 名 を ル リ ク ワ ガ タ と す べ き で あ る こ と を 勧 告 す る 。
所 属 : ク ワ ガ タ ム シ 科
分 類 群 名 ( 学 名 ) :PlatycerusdelicatulusLewis,1883
当 該 分 類 群 に 用 い ら れ る べ き 和 名 :ル リ ク ワ ガ タ
当 該 分 類 群 に 用 い ら れ る 和 名 の シ ノ ニ ム:オオノレリクワガタ
参考文献 :Imura,Y.,2007.Elytra,Tokyo,35:471-489.
註 1:旧日本鞘麹学会 HPのコンテンツであった当該の記事は合併により,新日本甲虫学会 HP
の中では旧日本鞘題学会アーカイブとして搭載されている.
11
Panmixia.NO.17(2012)
斡旋により,学会誌ではなく,旧鞘姐学会ホー
ムページへの掲載,和名検討委員会からの回答,
という形になった.和名検討委員会としてはこ
の「公開質問状Jを 6月 16日に受け取り ,7
月 1日に回答文を旧鞘題学会ホームページに掲
載した.大津氏および鈴木氏の質問内容および
学会側からの回答も│日鞘題学会ホームページに
掲載 ・公開されている.
鈴木氏は以上に述べたやり取りを含めて,主
にメール上で行われた討論なども含めた形で,
『日本鞘勉学会 f和名検討委員会」の r001号
勧 告Jへの疑義一日本鞘麹学会への 「公開質問
状J と学会の「回答」をめぐってー』と題する
小冊子を 8月 15日付刊行し,関係先へ配布し
た.なお,問冊子には,大津氏による書き下ろ
し論文(大津, 2009)が収録されている.
同年 11月 15日,日本鞘題学会大会と日本昆
虫学会関東支部大会の合同大会が東京農業大学
厚木キャンパスで行われたが,その席上, r昆虫
の和名を考える」と題する公開シンポジウムが
行われた.これは, 4名のパネラーが見虫のみ
に限らず,生物和名の構造や機能について見解
を述べ,それに対し,また関連する事柄につい
て,会場からの意見を募ったものである.本シ
ンポジウムの講演要旨や質疑内容については前
掲の旧鞘麹学会ホームページのみならず,大会
講演要旨集に掲載されているので参照されたい.
以上が 2009年末までの本テーマにかかわる
学会および会員による議論の経緯である.筆者
は日本鞘姐学会の和名検討委員会委員長として,
上記に閲する議論の中で発言したり ,シンポジ
ウムの司会進行を担当した立場と して,さらに
これら の問題を深く掘り下げようと当初は考え
ていた.しかしそれは,筆者の立場における弁
明にはなるかもしれないが,読者の和名に対す
る理解に資するものとはなり得ないのではない
かという疑義を抱いた.したがってここでは,
両氏との聞の議論の内容に深入りすることなく,
しか し読者には 2009年内に行われた論争の主
だった論点が理解できるような内容を心がけた
いと思っている.
12
2.論 点を整理しよう
以上に示したようないきさつがあった後,特
に鈴木氏の私刊書を入手された昆虫研究者の多
くの諸先生,諸先輩方に,本件に関する有益な
アドバイスや激励をいただいた.大変ありがた
いことである.しかし中には,十分な理解がな
されていないと感じられるご意見もあった .特
に,筆者と大津氏,筆者と鈴木氏との問で, r和
名のあるべき姿」について全面的に意見が対立
していて,互いに一歩も譲らないと 理解されて
いる節が見受けられた.これは必ずしも正しい
理解とは言いがたい.
大海氏,鈴木氏はそれぞれ, 2008-2009年の
著作の中で,和名の構成やその役割について,
詳しく意見を述べている .例えば大津氏は,大
津 (2008)の中で,鈴木氏は鈴木 (2009a)の
中で述べているので参照すべきであろう.これ
らお二方のご意見に対して,筆者は決して反対
の立場に立ってはいない.むしろ和名のない分
類群に新たな和名を与える場合には,大いに参
考にすべきであると考えている.また,亜種の
和名に関する取り扱いについては,少なくとも
筆者は両氏の意見に賛同できる(大津, 2008;
鈴木, 2009b).
それでは我々委員会側とお二方ではどの部分
で意見が対立しているのか?この点を明らかに
しないと,今後の建設的な展開は望むべくもな
い.ここで問題となっている和名を大きく 2つ
に分けてみよう ,すなわち,和名のない分類群
に新たに和名を与える場合と,すでに和名があ
る分類群に命名する場合である.前者の場合,
すなわち和名のない分類群に新たに命名する場
合,例えば,新種に和名を命名するとか, もと
もとは っきりした和名が与えられていない外国
産の種に命名する場合などが考えられるだろう.
そのような場合には,該当する分類群に近縁な
日本産の分類群の和名の例や,近縁群との関係
に配慮した命名が求められるだろう.それにつ
いて,大海,鈴木両氏もそれぞれ持論を発表し
ている.それについて筆者は対立した意見 を述
べるつもりはない.つまりこの点で対立してい
るわけではない.
そうではなく ,もう一方の場合,すなわち,
すでに永年使われ,定着してきた和名があ る場
合に ,その旧来の和名をどうするか,あるいは
分類学的な変更があった場合に旧来の和名を引
き継ぐべきか否かという点について,双方の意
見は分かれている .つまり継続性の問題である.
さらに,階級の異なる分類群に同一の和名を用
いることが適切かどうかについて,かなり明確
に分かれているといってもよいだろう.
3. 和名の構造と機能→継続性の問題へ
日本における甲虫研究の長い歴史の中で,お
びただしい数の甲虫和名が提唱されてきた.ご
存知のように,種に対して命名されたものが最
も一般的であろうが,科や目など高次分類群に
対するものもあるし,逆に種より下の亜種や,
型に対して命名されたものもある.ここで和名
を取り扱う我々が前提としておかなければなら
ないのは,以下の 2 点で、ある,すなわち. 1)
分類体系は世界中の分類学研究者によって絶え
ず見直され,和名が命名される対象である分類
群の組み合わせば常に流動している. 2) 学名
には複数の同物異名 (シノニム)の中からただ
一つを選択する基準が示 されており(先取権=
プライオリティ ーの原則).国際的な合意が得ら
れているが,和名にはそれがない.1.2の結果,
単一の種または分類群に複数の和名が提唱され
ている例も多くあり ,研究者のみならず,和名
を取り扱う人々はしばしば,ある種を指し示す
ために複数の和名の中からひとつを選ぶ,ある
いは併記せざるを得ない,などとい った,あや
ふやな状況が続いている .このような困った事
態についての検討はすでに行われている .藤田
(2008)は昆虫の和名に関して広範にわたって
総括しており. i和名による「混乱Jが起こると
きJという章を立てた中で. i一番の混乱は,異
物同名と同物異名 Jであるとしている.
藤田はこの中で,和名では. i学名ではありえ
ない 「一つの種に 2つ以上の名 Jとし、う状態が
時としてまかりとおる Jと述べている.しかし
13
野村周平 和名についての考え方
学名にも通常,一つの種に多数の異名が存在す
る.学名の場合,命名者と発表年を伴ったラテ
ン語の名称、として成立しているものを 「適格
(available)Jと称し,発表年の古い順に分類
の論文でリストアップされる(シノニミック ・
リスト).同一分類群について,しばしば複数存
在する適格名の中で,最も古く,他の適格名に
対して優先されるべき名称、を 「有効 (valid)J
と称している .つまり学名においても同物異名
や異物同名は頻繁に生じているが,学名の場合
には最も優先されるべき名称が選択されるルー
ルが定められている,ということなのである .
和名にはそれがないことが問題なのである.
文頭の鞘題学会和名検討委員会の勧告を再度
参照していただきたい.この勧告は井村氏によ
って新たに提唱された 「オオルリクワガタ」と
いう和名を否定したものであると誤解されてい
る節があるが,実際は決してそうではない.iオ
オルリクワガタ J とい う 和 名 が "Platycerus
delicatuluよという種を指し示すことを確認し
た上で,それが,同じ種を示す「ル リクワガタ J
という和名とシノ ニム(同物異名)の関係にあ
って.iノレリクワガタ Jよりも 下位にあるべきだ,
ということを勧告したものである(強制したも
のではなしつ.これはあくまで学名における同物
異名の処理の仕方と同様である .
藤田氏の論文に戻ろう.彼は有名な日本産の
昆虫に対してつけられた和名が,諸般の事情に
よって後世さまざまな研究者や学者,有名無名
の出版物によって新たな和名や改称案が提出さ
れてきた例を示し,それらが必ずしも成功 しな
かったことを示している.そして.r提唱された
新名は,ほとんど恩恵がないばかりか,現実の
大きな混乱を引き起こすというのが私の見解で
ある」としている.
つまり藤田は,和名のつけられた見虫の種お
よびその近縁群について,分類学的な取り扱い
が流動することを踏まえた上で,古い和名と新
しい和名との聞の断絶をもたらさないために,
すなわち和名を通じたコミュニケーションの上
に新たな混乱を付加しないために,継続性を重
Panmixia.NO.17(2012)
視する立場であると理解される.学名の場合に
は,分類学的変更によって有効名が変更される
などの場合,通常このような継続性は生じない.
和名の継続性はしばしば学名にはないメリッ
トをもたらすことがある.つまり分類学的変更
によって,有効な学名が継続性のない名称に置
き換えられた場合でも,和名が変更されないこ
とによって,和名 と学名の両方を用いる人々に
は,元が何であって,何が変更されたのかを理
解することができる.学名は変更されたが,和
名は一旦変更後,元に戻したコーカサスオオカ
ブトムシの例を藤田 (2008)が示している.ま
た閉じ論文で,学名と連動した和名を与えたた
めに混乱してしまったチピコブカミキリ種群の
例が示されている.
継続性を重視する観点から藤田は,鈴木 ・南
(2008)がこれまでキイロネクイハムシと呼ば
れてきた種に対して, rミナミキイロネクイハム
シJ という新たな和名を提唱したことについて
批判している .それに対して鈴木 (2009a) も
また反論し,こ の件について統一的な見解は得
られていないと見るべきであろう .いずれにし
てもこの継続性の問題が和名論争の一つの論点
であることには間違いがない.
4. 階級の異なる同名の問題
鈴木氏は鈴木 (2009b) のタイトノレで「和名
体系は学名体系に準じて構築されるべきである J
と述べているにもかかわらず,学名の体系に何
ら変更のないキイロネクイハムシに対して新た
な和名を提唱した.その娘拠はおそらく,属(あ
るいは種より高次の分類群)と穏に同一の和名
をつけるのは避けるべきである(鈴木, 2009b)
とする所説にしたがったためであると筆者は理
解している.そしてそれはルリクワガタ属の一
つの種である Platycerusdelicatulusに対して
「ノレリクワガタ Jとい う旧来の和名を引き継ぐ
ことを認めない立場と整合であると理解される.
大津省三氏も ,大津 (2008)やノレリクワガタの
名称をめぐる議論の中で拝見する限りでは,同
様の立場に立っているようである.このように
14
分類学的な階級(ランク)の異なる同名関係に
ついて我々はどのように取り扱うべきだろう
か ?
読者諸兄はすでにご存知のように,分類学的
な階級を異にする同名関係というものは,生物
和名の世界にはほぼ無数に存在するといってよ
い. 日本で最も広く知られた甲虫といっても差
し 支 え な い カ ブ ト ム シ (Trypoxylus
dichotomus)については,科名(コガネムシ科)
とこそ異なっているものの,カブトムシE科,
カブトムシ族,カブトムシ属,カブトムシ直属
と同名である.コ ガネムシ (Mimelasplendens)
については少々事情が異なり,コガネムシ科,
コガネムシ属とは同名であるものの,本種が属
するスジコガネ亜科,スジコガネ族,スジコガ
ネ亜族とは同名でない .(以上,和名学名につい
ては,藤岡, 2001に準 じた)
だからといって,これら階級の異なる同名の
ものにいちいち異なる和名を提唱するのが現実
的に妥当であろうか?カブトムシ,コガネムシ
ばかりでなく,スジコガネ亜科,スジコガネ族,
スジコガネ亜族についても互いに異なる新たな
名称を与えるべきなのであろうか.野村 (2008)
はすでに,そのような行為は 「現実的でないJ
と述べている .代替名を考え付いて ,何らかの
方法で提唱することは可能でも,それが和名を
使うあらゆる人々に受け入れられて,定着する
とは思えない.
通常,我々を含む,和名を使う人々が「カブ
トムシj とのみ言った場合には,第一に穫とし
てのカブトムシ(およびその類似のもの)を指
し示すと考えるのが常識だろう.種としてのカ
ブトムシではなく Dynastinae (カブトムシ亜
科)を限定して指し示す場合には,その和名は
「カブトムシE科Jであって, rカブトムシJで
はあり得ない.つまり 「亜科Jをつけることに
よって,階層(カテゴリー)の中から ,r直科J
という階級を特定しているのである.カブトム
シ亜科は穏としてのカブトムシを包含している
ものであるから ,その亜科をカブトムシE科と
呼 ぶ こ と が 不 適 切 で あ る と は 思 わ れ な い .
Dynastinae=カ ブ ト ム シ 亜 科 Trypoxylus
dichotomus=カブトムシ,という 1対 1関係が
含まれる言葉の体系が通用している限りにおい
て,カブトムシとカブトムシ亜科を混同するこ
とは,よほど不注意な人でない限り考えられな
し、.
逆にカブトムシ以外の類似の種を排除した,
種としてのカブトムシを限定する場合において
「カブトムシJという和名は適切ではないと鈴
木氏は主張されるかもしれない.わざわざ「種
どしてのJなどという面倒くさい但し書きをつ
けなければならないし,そのままでは他の名称
と紛らわしいし,ということである.論旨は理
解できる,しかし現実的にカブトムシに 「カブ
トムシj 以外の和名を与えることが可能だろう
か.
鈴木氏は冒頭に挙げた fOOl号勧告」に対す
る公開質問状の中で, f委員会が,ある属の和名
と,その属に帰属する種の和名とが同一である
ことを是とする立場に立つ理由と根拠は何か?
(質問 8)Jと委員会に閉し、かけており, ffある
属の和名と,その属に帰属する種の和名とが同
ーであること」は,質問 7の基本的な立場に抵
触するという理由によって,絶対に避けるべき
である J との所説に照らして痛烈に本勧告を批
判している.しかし,委員会からの回答にある
とおり,委員会は,種の和名とそれが属する高
次分類群(属も含まれる)の和名が同一である
ことを是とする立場を表明したことは一度もな
い . むしろその 2 者は階級を明示する語(~亜
科~族~属,等々)を付記することによっ
て容易に区別できるので,是か否かなどという
ことを判断する必要がない,ということである.
鈴木 (2009b) の中で鈴木氏は,Parnassius
citrinariusという有効学名を持つチ ョウにつ
いて,その和名を「当面はナミウスパアゲハと
することを提案する J と記している.これは氏
の所説に基づき,ウスパアゲ、ハ属 (Parnassius)
と異なる和名を与えるべきとの立場に立ったも
のであろう.当該のチョウは従来「ウスパシロ
チョウ」という和名でよく知られた種であるが,
15
野村周平:和名についての考え方
シロチョウ科ではなくアゲ、ハチョウ科であると
いう理由から「ウスパアゲハJとするべきと提
唱されたものである(藤田, 2008では改称がう
まくし、かなかった例として解説されている).そ
こでこれらの和名をインターネット検索してみ
ることにした.すると Yahoo検索 (2010年 6
月 30日)では,ウスパシロチョウ 389,000件,
ウスパアグハ 33,900件 (ただし,種の和名と
高次群の和名は区別せずにナ ミウスパアゲハ O
件であった.Google検索 (Yahooと同日)では,
ウスパシロチョウ 25,600件 ,ウスパアゲノ、
8,180件(ただし,!IlI科名,族名,属名として
示されたものを含む),ナミウスパアグハは,ナ
ミ と ウ ス パ ア ゲ ハ を 別 々 に 検 索 し て しまい
1,320件,つながった文字列で ヒットしたもの
はゼロだ、った.ことほど左様に,し、かに合理的
に作られた和名であっても ,人口に槍苦笑した旧
来の和名と取り替えることは至難の業である
鈴木氏が推奨する「ナミウスパアグハ」は生物
の和名としてどうであるかより以前に,意思を
やり取りする道具であるはずの言葉として成り
立っていない.
5. r言 葉 狩 り 」 は す べ き で は な い → 強 制 性
の 問 題
冒頭に示した fOOl号勧告Jについて,大津
省三氏および鈴木邦雄氏がこれに強く反発し,
所論を述べたことについてはすでに示した .そ
の中で両氏が強く懸念しているのは,同勧告の
強制性についてである.すなわち,日本鞘麹学
会という学会の権威をカサに着て,研究者個々
人の「学問の自由 Jを侵害する可能性があると
いう点である.
大津氏は旧鞘題学会ホームページに掲載され
た,和名検討委員会に対する質問の中で,この
委員会による勧告に強制力はないという点につ
いて再三確認しながらも, fただ,任意団体とは
いえ,学会がこのようなやり方で関与すると,
見解の相違が増幅され,虫屋の聞に亀裂が入る
可能性が高まることもありえますJとし,個人
レベルの議論を積み重ね,自然の成り行きに任
Panmixia,NO.17 (2012)
せるべきとした.
さらにこの委員会からの回答に対して大津氏
は, rいずれにせよ,和名問題の土俵を作り,そ
こで今回のような事案を検討し「勧告をだすj
とする委員長の意見は認めがたい.し、かなる学
会にもそのような権限はないと考える.特に「勧
告」では「オオノレリクワガタをルリクワガタの
シノニムj とし,学名のシノニム指定のような
書き方がしである以上,いくら強制力がないと
但し書きを入れても,多くの人は,オオノレリは
消 されたと受け止めるであろう Jと述べている
(大津, 2009).
鈴木氏は, 1日鞘趨学会ホームページ所載の「公
開質問状Jの中で,学会あるいはその中の委員
会で和名に関する規則や基準が学会の責任と権
威によって策定されていない状況下において,
「今回のような特定の事例についてのみ,しか
も特定の判断を声明/勧告として出すというの
は,一種の魔女狩り的蛮行(特定研究者に対す
る個人攻撃)と言わねばならず,学問の自由に
対する重大な侵害に当る可能性が高 いJ(質問
10) と批判した.
多数の研究者によって組織される学会に参加
し,その会の運営に携わ る者の一員 として,こ
れらの会員からの声は真撃に受け止め,その意
味するところを肝に銘じるべきであると私は考
えている.大津氏が言われるとおり ,たとえ「強
制力がないものである」と強調したところで,
学会やその一部としての委員会の名前で発信さ
れた声明には公共性が強 く反映するものであり ,
一般会員や一般の人々が受け取る際には何らか
のカを感じるものであるかもしれないからだ.
もし上掲の勧告が「オオノレリクワガタ」とい
う和名を強制的に禁じ,一方的に「ルリクワガ
タJのみを Platycerusdelicatulusの和名とし
て認めたものだとしたら ,それは鈴木氏が言う
ように, r一種の魔女狩り的蛮行」であり「学問
の自由に対する重大な侵害行為」であるとする
見方に私もくみせざるを得ない.学会の権威=
強制力を持って,ある名称を禁じる行為は「言
葉狩り j であって,良識ある研究者の集団であ
16
る学会が決して行うべきことではない.学会が
研究の自由を保障するのは当然のことであるが,
しかし学会が関与する分野で混乱を生じるか,
その可能性があるときに,学会として方向性を
示すことで混乱を収拾するとし、う責任も併せ持
つことも,頭の隅に置いておくべきだろう.
しかし旧鞘姐学会ホームページにおいて和名
検討委員会が説明しているとおり,この勧告は
「オオノレリクワガタ j という和名を強制的に排
除したものではなく,奄も個人攻撃を意図した
ものではない.この点については,鈴木氏への
電子メールで直接説明したが,まったく受け入
れてもらえなかった(鈴木, 2009c. 特に pp.
20・21参照).
6.標 準 和名 を決定する ものは何か ?
大津氏ならびに鈴木氏とのやり取りを通じて,
以上説明してきたような和名の構造と機能にか
かわる問題点は,以下の 2点に絞られるように
感じられる .すなわち…
1) 階級を異にする同名の和名については,こ
れを排除し,異なる和名を提唱するべきと
する意見があるが,少なくとも筆者は これ
には同意できない.階級を明示する語を添
えることによって混乱は確実に回避でき
るし,多くの新たな名称を提唱する ことは
更なる混乱を招 く恐れがある .
2) 一つの分類群について複数の和名が生じ
ている場合,またはその恐れがある場合に,
他に優先して一つの和名を決定できる理
由として,その和名が一つの理念に照らし
て合理的であるとする「合理性Jか,また
はその和名が従来使われ続けてきたとす
る「継続性Jがあって,意見が分かれる.
2に関連して,結局のところ,単一の分類群
について複数の和名がある場合に,最も優先さ
れるべき和名=標準和名を決定するのは何であ
る(ベき)か?という点については,これまで
意思統ーが図られてこなかった.そのことが,
以上述べてきたような和名にまつわる多くの問
題をもたらしているといえるのではないだろう
か.fウスパシロチョウJの例に端的に現れてい
るように,少なくともこれまでいくつかの中か
ら標準和名を決定してきたのは f合理性」では
なく ,和名を用いる多くの人々の合意=コンセ
ンサスであった.
冒頭に示した日本鞘麹学会和名検討委員会の
f001号勧告」は,ノレリクワガタ研究に携わる
数名の会員から意見を聴取し,少なくともルリ
クワガタ研究者の多数意見を尊重する方向で発
信 されたものである.それに対する疑義を提出
した一人である鈴木氏は鈴木 (2009c)の中で
以下のように述べている .f研究者聞のコンセン
サスの有無を重視するという考えが,貴兄らの
今回の「声明/勧告Jの背後に自明のことのよ
うにあることにむしろ非常な危機感を抱くのは
私だけではないと考えます.J(p.21). このこ
とが,鈴木氏らと筆者 らとの間で,和名に対す
る大きな意見の違いを生んでいるポイントであ
るように思われる .
藤田 (2008)はこのように複数の和名が生じ,
混乱を招いている ,あるいはその恐れがある場
合に,日本晴蛤学会や日本魚類学会のような学
会がその裁決を行って和名の安定を図っている
例を紹介した.そして 4つの提言のうちのーっ
として以下のように述べている f同じ種類に対
して 2つ以上の異なった和名があり,平行して
いつまでも使われて混乱があると思われる場合
は,学会などで勧告または裁定をして適切な和
名を選択する方向をめざす ことが望ましい .J
筆者は研究の自由が原則だと考えてはいるが,
学会の社会的責任としてその役割を果たすべき
と考える .だからこの意見に賛同できるし,
f001号勧告Jはそのような理念に従って発信
されたものだと理解している.大津氏が鞘題学
会への質問の中で述べているように,個人レベ
ルの議論を積み重ねてゆき,学会は介入せず自
然の成り行きに任せるという方策も当然あるし,
多くの和名はたとえ一時的に物議をかもすこと
があっても,時間をかけることによって,ある
べき姿に簿ち着いていくことになるであろう.
しかしそれには多大な時聞が必要だ.学会が研
17
野村周平 .和名についての考え方
究者と 一般社会との間の意思疎通を手助けしな
ければならないケースはたびたび起こる.ただ
し,先にも述べたようにこのような学会による
方向付けは絶対に強制的なものであってはなら
ない.あくまでも非強制的な対応に限定するべ
きであると思う.
和名は研究者だけのものではない.研究者の
仲間内でカブトムシやコガネムシの分類体系に
ついて云々するだけであれば,学名だけで一向
に問題がない. しかし和名の機能はもっとスケ
ールの大きいものである.分類研究者ばかりで
なく,生態研究者にも ,生理学関係の研究者に
も,ある いは,昆虫愛好者,農林業関係,教育
関係,マスコ ミ関係,等々,臼本語教育を受け
た,多くの人々を結びつけることのできるコミ
ュニケー シ ョンツールである .研究者の集合体
である学会はそのことを意識しながら,コミュ
ニケーションを阻害する ことのないよう,和名
をあるべき姿に導く責任を負っているのではな
いだろうか.
謝 辞
本稿を草するに当たり ,原稿を閲覧し てチェ
ックいただいたほか,有益な情報をいただいた
下記の方々に心より御礼申 し上げる(敬称略,
順不同):高桑正敏,藤田宏,新里達也,露木繁
雄,大原昌宏,鈴木亙.ま た本稿の執筆を依頼
され,本誌への掲載をお世話いただいた九州大
学大学院比較社会文化研究院の細谷忠嗣助教に
厚く御礼申し上げる.
参 考 文 献
大津省三, 2008. 昆虫の和名についての私見.
ねじればね, (123):4・7.
大津省三, 2009.大津省三 ・日本鞘麹学会H P
に掲載された「大津省三会員からの ご質問
とそれに対する回答 (27thMar.2009)に
対する疑義.鈴木邦雄編「 日本鞘題学会「和
名検討委員会」の f001号勧告」への疑義一
日本鞘趨学会への「公開質問状」と学会の
「回答」をめぐってー J,pp.29・32.
Panmixia.NO.17(2012)
藤岡昌介.2001.日本産コガネムシ上科総目録.
KOGANESupplementNo.1.293pp.
藤田 宏.2008.昆虫の和名を考 えるー標準和
名への道.月刊むし. (450):64-77.
野村周平. 2008. 2007年の昆虫界をふりかえ
ってー 甲虫界一.月刊むし .(447):30・51.
鈴木邦雄. 2009a. キイロネクイハムシの改称、
和名の提唱理 由と標準和名に関するこ三の
私見 藤田宏氏の批判に応える...._月刊む
し. (457):52・57.
鈴木邦雄. 2009b. 和名体系は学名体系に準 じ
て構築 されるべきであるー属と種に 同 じ和
名 を付けるのはなぜ不都合かー.月刊むし,
18
(463):48・53.
鈴木邦雄. 2009c. 日本鞘姐学会「和名検討委
員会j の rOOl号勧告」への疑義一日本鞘題
学会への「公開質問状J と学会の f回答」
をめぐ ってー.鈴木邦雄編「日本鞘題学会
「和名検討委員会Jの rOOl号勧告Jへの疑
義一日本鞘麹学会への「公開質問状」と学会
の「回答Jをめぐって-J.pp.l・24.
鈴木邦雄 ・南 雅 之 . 2008. GeorgeLewisが
横浜豊顕寺で採集 した ミナミキイ ロネク イ
ハムシのタイプ標本ーいわゆ る索木標本と
関連してー.甲虫ニュース. (162):1・14.
Panmixia(昆虫分類学若手懇談会会報). No.17. pp.19-36(2012)
階層的和名体系の構築
鈴 木 邦 雄
干939.0364富山県射水市南太閤山 14-35
E.mail:kunimushi@shore.ocn.ne.jp
(2009年 12月 26日原稿依頼,2011年 9月 2日原稿受領)
「たいていの知的問題は,結局,分類と命名法の問題である J(Hayakawa,1978)
1.はじめにー和名の功罪ー
院生時代,研究室の教授達のもと に しばしば
欧米の研究者が来訪したが,末席に座しながら
ひどく考えさせられたのは,彼らの多くが,自
身の研究材料だけでなく ,多くの生物群につい
て 学 名 で 議 論 し て い る こ と で あ っ た .
angiosperm (被子縫物)とか mammal (晴乳
動物)な どと いった一般名については不思議で、
はないが,様々な生物群の高次分類群名や代表
的種の学名が自然と口をついて出るといった感
じであった.類似の経験は,その後,欧米諸国
で多 くの研究者と交流する際にもしばしば味わ
った . 日本では,研究者同士でも , 自身の研究
材料は別としても,他の生物群については互い
に和名で済ませている場合が多いように見受け
られる .和名によって専門研究者間でも,現実
に意見交換 が円滑に行なわれると い う利点も否
定できない.学校教育や社会教育,さ らに啓蒙
活動などの場において,和名の果たす役割は小
さくない.
1997年,中米パナマにしばらく滞在したが,
スミソニアン熱帯研究所 (STRI)の D.Windsor
博士と 共通の研究対象であるハムシ類の寄主植
物について議論していて,種々の植物群の学名
を,科のような高次分類群名すら必ずしも 充分
に記憶していないために博士の失笑を買 った苦
い思い出がある.その時,私に, 自らの不勉強
を棚に上げて 「ふだん和名でほとんど済んでい
るからなあJという弁解がましい思いが湧いた
ことは否めない.その後は,意識して寄主植物
などの学名もできるだけ記憶しようと 心掛けて
19
はきたが,付け焼き刃で容易に身に付くもので
はない.個人的経験ばかりを記して恐縮だが,
中学生の頃からハムシ類に興味を抱いていた私
は,高校生の頃には日本産の種の半数以上は学
名で誇んじていた.いろいろな生物群について
も同じような意識で学名 に注意を払っていたな
らと思わないでもない.名称は,単なる記号以
上のものであり ,名 称を知ることを通して,わ
れわれはこの世界についての理解を深めていく
のであるから.
諸外国の研究者との積極的な交流を前提に考
えるなら,大学教育の場では,もっ と学名に親
しむ ようにすべきだろう .特に生物学関係の分
野の専攻生には, 主な生物群名(内外の主要な
教科書類に頻出する生物に照準を合わせるのは
現実的な選定法)は,英名と共に学名をも っと
身につけるような教育がなされる必要があろう .
でなければ,生物系の外国人研究者との円滑な
意見交換は,かなり限られたものとならざるを
得ないよ うに恩われる.
そもそも「学名は万国共通の名称である Jと
学校教育でも教えていながら,生物学専攻の大
学生でも,代表的な実験生物を除けば,学名を
知っている生物はごく限られて しまっているよ
うに思われる.平嶋義宏博士が, "、くつかの著
書の中で,学名に関してもっと広く関心をもつ
べき ことを強調しておられるのは真に尤もであ
る.個人差もあろうが,私の経験では,日本国
内では,分類学関係の学会などでも自分の研究
対象にかかわる群以外の生物群について,和名
だけで実際上はほとんど支障が生じないという
Panmixia,NO.17(2012)
現実がある.これは,生物学徒にとっては,和
名の存在が,一種の足柳になっているというこ
とでもある.
さて,本特集で事務局から要請されたのは,
私がこれまでにいくつかの小論において一貫し
て主張してきた, r和名(標準和名)体系は,学
名と同様,階層的秩序を持つように構築される
べきである j という私見について,その論拠な
どを解説することである.官頭の標語のように,
本稿での諾議論の中心課題も,結局は言葉(和
名とその関連用語)の定義,つまり命名法に関
わる問題である,というのが私の基本的立場で
ある.
和名に関する私見は,私の fキイロネクイハ
ムシの改称和名の提唱理由と標準和名に関する
二,三の私見ー藤田宏氏の批判に応えるーJ(鈴
木, 2009a)と「和名体系は学名体系に準じて構
築されるべきであるー属と種に同じ和名を付け
るのはなぜ不都合か-J (鈴木, 2009b)なる 2
矯の論考中での所論にほとんど尽きている .ま
た,私は,日本鞘趨学会の和名検討委員会が,
2008年に同会会報『甲虫ニュース』の「会告j
記事中に「声明」として出 した r001号勧告J
[Imura(2007)が PlatycerusdelicatulusLewis,
1883に対して用いた‘オオルジクワガタ'の和
名を‘ルリクワガタ'のシノ ニムとして,後者
を用いるべきであるとの趣旨]に対して,その
内容(判断)自体が不適切であり,そのような
勧告を学会の委員会名で出したことも学問の自
由を不当に奪うものであると考えた.どのよう
な和名を使用するかは,その使用者の学問的理
解の内容や水準と不可分のことだからである.
同学会は,その勧告を撤回すべきである(鈴木,
2009b).私は, rr甲虫ニュース J164号掲載の
日本鞘姐学会「会告J記事に対する疑義一和名
検討委員会への公開質問状ーJと題する原稿(後
述の冊子に収録)を同ニュースに投稿したが,
その掲載を拒否された.私は,その処置に納得
できず,同編集委員会宛抗議文を送付しその論
拠を明示するよう求めた.私は,現在も,その
時点での私の主張や抗議内容は,正当であって,
20
何ら修正すべき点、を見出せない.学会事務局は,
私の抗議に対して,私の原稿を学会の Web頁
に「公開質問状に対する回答Jと併せて掲載 し
た.私は,私の原稿は,上記勧告に対する公開
質問状として警かれたのであり,勧告同様 『甲
虫ニュース』に掲載されるべきことを再三主張
したが拒否された.私は,現在でも,学会事務
局が提示したその理由にも措置にも納得してい
ない.私の原稿の,学会 Web頁への掲載は,
学会事務局が 『甲 虫ニュ ース』に掲載 しないこ
とに対する代替案として私に示したものだが,
それを受け容れなければ私の原稿はまったく日
の目を見ないことになるため,承諾したに過ぎ
ない.私は,この件に対する学会事務局の一連
の対応は,現在でも極めて不当であったと考え
ている.私は,この件に関する一連の経緯をき
ちんと記録しておく必要があると考え, Web頁
に掲載された私の原稿とともに,やはり Web
頁に掲載された大津省三1等士が和名検討委員会
宛に出された質問状とそれへの回答, さらに『甲
虫ニュース』の編集委員会や学会執行部と私の
間で交されたメーノレなどを収録した 44頁の私
家版冊子(鈴木編, 2009) を作成し,インタ ー
ネットの revolveJや rtaxaJなどのメーリン
グリストを通じて広告し,希望者全員に送付し
た.その冊子中の私の執筆した部分にも,和名
に関する私見はいろいろな形で述べてある.
和名に関する諸問題 u和名問題Jと総称)に
ついて,建設的 ・生産的な議論を進めるには,
その前提として,いくつかの事項や用語につい
て,常識的な論理学的・ 言語学的理解を踏まえ
る必要がある. r和名問題Jの多くの問題は,そ
れだけで,ある程度は合理的に処理できる .既
発表のいくつかの論考などでもある程度は触れ
てきたが,本稿でもそのために必要と思われる
ごく基礎的な事項についてはできるだけ要約的
に整理して示すようにした.読者は,本稿の全
体が,rf日名体系は,学名体系に準じて構築され
るべきである Jことを主張していると理解され
たい.
和名体系の構築にあたっては,学名体系を細
部にわたって規定している現行の『国際動物命
名規約~ (第 4版. 2000 ; 以下 WCode~) に対
応するような一般的な規約を策定できれば,不
毛な議論や無用な混乱の多くは避けられるであ
ろう.しかし,現状は,その地点、からはほど遠
いと言う他ない. rCode~ が,全動物群に適用
されることを前提として策定されているのに対
して r和名問題」は,少数の動物群について,
個別にいろいろなレベルでの議論が行われ始め
ている段階に過ぎない.本稿の射程も,主に昆
虫綱という,節足動物門の 1綱を対象にした和
名体系構築への,しかもまだ第一段階の問題に
絞らざるを得ず,今後の議論への多少とも叩き
台となることを期待した試論的なものであるこ
とを承知されたい. r和名問題j は,学名と異な
り,重要度が圧倒的に低いから,真剣に議論す
るに値しない,と考える研究者も少なくない.
しかし,他にも多様な立場があるであろう こと
を承知の上で,私は,和名を,少なくとも学問
的な議論の場ではいっさい用いないとするので
ない以上.r和名問題Jを軽視することは,むし
ろ非現実的であると考えている .
本稿では, これまでに公表した拙著論考中で
披涯 した和名に関する私見を,少し整理しでま
とめておくことで,責を果たしたいと思う.い
ろいろ思案したが.L.Wittgensteinの『論理皆
学論考』のひそみにならうなどと い う大それた
ことを考えたわけではないが,私の考える論理
展開上の重要度あるいは順序に従ってナンバリ
ングした命題 preposition(((論理的判断を言語
や記号で表現したもの)))の形式で纏めてみるこ
とにした. どのような命題も,当然のことなが
ら,それが置かれた前後の文脈で意味が大いに
異なる場合がある . ここでのナンバリングに従
って主張内容を検討していただければ,私の意
図は自ずと明らかであろうと考える .V章は,
既に一度,かなり詳しく論じたことに,多少補
足事項を加えたものである .
本論に入るに先立ち,本稿執筆の機会を与え
られた「若手の会J前事務局と厄介な編集の労
を取られた細谷忠嗣氏に深謝する.
21
鈴木邦雄 ・階層的和名体系の構築
11. 階 層 的 和 名 体系 の構 築
。本稿に於ける凡例と注意事項
(1)以下の議論は,全て動物の学名や和名を前提と
したものである
(2) r和名 Jの語は, 一貫して学術的な議論におい
て用いられる「学名に対応する和名J.すなわち 「標
準和名 j の誇と同義に用いる .
(3)以下の命題群は,いずれも「和名とはこのよう
なものとして理解されるべきである Jとの私の主張の
展開の結果を,法律の条項におけるように,階層的ナ
ンバ リングを施すことによって,各命題の重要度や本
稿の議論の射程全体における位置,さらに命題相互の
関連性が把握しやすいように意図 して整理されてい
る.ただし,どの命題も他の命題とさまざまな関連を
持っており,別様の整理(その結果として,各命題に
対する比重の付け方)がいくらも可能である
(4)以下に示す命題群の階層性の規定や各命題の
表現の全体は.r(生物の学名や和名に関する)本稿の
議論の文脈に於いてはJとの意味で記されている独自
のものであることを承知されたい.
(5)各命題中の一般語の定義(意味)は,無用な誤
解を避ける ために,可能な限り一般的な国語辞典で基
本的な理解が得られる範囲を踏まえて用いるが,必要
に応じて直後の( )中に私なりの表現で,本稿にお
ける文脈に副った補足的説明を与えたごく 一般的な
辞典類においても,受け止め方によっては,同一誇の
定義(意味)についてかなり異なる理解に到ることが
あるためである
(6)各命題中の生物学関連の術語の定義 (意味)は3
主に岩波の「生物学辞典J(第 4版)で基本的な理解
が得られる範囲を踏まえて用いる が.(4)と同じ趣旨
から,必要に応じて直後の( )中に私なりの表現で
補足的説明を与えた.
(7)各命題中の生物学以外の学問領域の術語の定
義(意味)は,可能な限り 一般的な国語辞典で基本的
な理解が得られる範囲を踏まえて用いるが.(4)と同
じ趣旨から,必要に応じて直後の( )中に私なりの
表現で補足的説明を与え,特定の文献からの引用を基
礎とするものは,必要に応じて,その旨明記する よう
にした.
(8)ある命題に対する補足説明,さら には理解を助
Panmixia.NO.17(2012)
ける具体的事例(原員IJとして,昆虫類から選ぶ)など
が必要と考えた場合,できるだけ階層的なナンバリン
グを施した副次的命題を冨IJえることで,ここでの議論
の射程全体に於ける位置が明示されるように工夫し
た.
(9)本題から逸れるものの,さらに読者の注意を喚
起しておきたい関連事項に関する私見などは,当該命
題の下に(君主)として小ポイントで記した.
(1ω 本稿では, r和名問題Jを議論することが目的
であるが,和名は学名に付随する名称であり,和名体
系は学名体系に準じて構築されるべきであるという
のが私の基本的立場であり,後者についての軍要事項
の解説を前提とした議論の進め方に比重が置かれて
いることも承知されたい.
(11) r腐のJおよび「種のJという表現は,それ
ぞれ「属階級のj もしくは「種階級のj と同義の場合
とf属(階級に位置する)分類群のjもしくは f種 (階
級に位置する)分類群のJと同義の場合とがあるので,
できるだけ誤解を生じないように,厳密に使い分ける
ようにした.そのため,表現がくどい部分が少なくな
いが,諒とされたい.特に誤解の余地がないと判断し
た場合は,それぞれ後者の場合を, r属分類群のJ も
しくは「種分類群のJと記した.
* * *
命 題,名 辞 . 概念 , 定 義
1 命題 propositionとは,判断 judgementを
言葉 wordで表現したものである .
1.1 判断とは,ある思考対象についての主張の
作用である .
1.11 命題と判断とは,ほとんど同義と見な し
ても差し支えない.
1.2 名 辞 term (name)とは,概念 concept
を持つ語の総称である.
1.21 概念とは,名辞の意味内容を指す.
1.211 概念とは,名辞に対してわれわれが与
える約束事(定義)であり,事象 phenomenon
に対して与えられるものではない.
1.2111 名辞は,内包 intension(connotation)
と外延 denotation(extension)を持つ.
1.21111 名辞の内包とは,その名辞の適用さ
22
れる対象の共通性質(意味 meaning)を,名辞
の外延とは,その名辞が適用される対象の集合
(クラス class),つまりその名辞の意味の及ぶ
範囲を,それぞれ指す.
1.212 さまざまな事象に対する認識(理解)
を深めていくには,既存の名辞(概念)の制約
(外延)を打破して既存の外延を改変する(内
包を改変すれば外延も必然的に変わらざるを得
ない)か,新たな名辞(概念)を作る(あるい
は発見する)か,いずれかの作業が不可欠であ
る. (→唯名的定義)
1.2121 名辞は,言語学的な機能上の違いによ
って多くのクラス(品詞)に分けられる.
1.22 概 念 は ,包含関係によって,上位概念
(genus;類概念)と下位概念 (species;種概
念)に区別される.
1.221 概念は,我々の論理 logicによって支え
られているが,それはわれわれが概念というも
のを階層的 hierarchicに構築してきたことを反
映している.
1.22日 全ての名辞体系は,基本的に階層的に
構成されている .
1.22111 名辞体系は,概念の使用にあたって,
その階層性の維持を前提とすることによって十
全に機能することが保障される.
1.3 ある命題において,主語 subjectとは,そ
れについて主張される当のものを指し,術語
predicate とは,主語について主張される事柄
を指す.
1.31 主 語 と な る も の を 主 辞 ( = 主 概 念 )
subject,それについて述べられる概念を賓辞
predicate,主辞と賓辞を連結して肯定または否
定を表す語を繋辞 copulaと呼ぶ.
1.4 名辞の定義 definitionとは,その名辞(概
念)の内包を明示し,その外延(クラス)を確
定する手続きのことである.
1.41 名辞の定義において ,定義される名辞を
被定義項(被説明項) definiendum,定義に用
いられる穏を定義項(説明項)definiensと呼ぶ.
(1主)定義には次のような,さまざまな種類がある.
詳しくは,倫理学の教科書を参照されたい
Japan
Japan
Japan
Japan
Japan
Japan
Japan
Japan
Japan
Japan
Japan
Japan
Japan
Japan
Japan
Japan
Japan
Japan
Japan
Japan
Japan
Japan
Japan
Japan
Japan
Japan
Japan
Japan

More Related Content

Recently uploaded

生成AIの回答内容の修正を課題としたレポートについて:お茶の水女子大学「授業・研究における生成系AIの活用事例」での講演資料
生成AIの回答内容の修正を課題としたレポートについて:お茶の水女子大学「授業・研究における生成系AIの活用事例」での講演資料生成AIの回答内容の修正を課題としたレポートについて:お茶の水女子大学「授業・研究における生成系AIの活用事例」での講演資料
生成AIの回答内容の修正を課題としたレポートについて:お茶の水女子大学「授業・研究における生成系AIの活用事例」での講演資料Takayuki Itoh
 
UniProject Workshop Make a Discord Bot with JavaScript
UniProject Workshop Make a Discord Bot with JavaScriptUniProject Workshop Make a Discord Bot with JavaScript
UniProject Workshop Make a Discord Bot with JavaScriptyuitoakatsukijp
 
東京工業大学 環境・社会理工学院 建築学系 大学院入学入試・進学説明会2024_v2
東京工業大学 環境・社会理工学院 建築学系 大学院入学入試・進学説明会2024_v2東京工業大学 環境・社会理工学院 建築学系 大学院入学入試・進学説明会2024_v2
東京工業大学 環境・社会理工学院 建築学系 大学院入学入試・進学説明会2024_v2Tokyo Institute of Technology
 
ゲーム理論 BASIC 演習105 -n人囚人のジレンマモデル- #ゲーム理論 #gametheory #数学
ゲーム理論 BASIC 演習105 -n人囚人のジレンマモデル- #ゲーム理論 #gametheory #数学ゲーム理論 BASIC 演習105 -n人囚人のジレンマモデル- #ゲーム理論 #gametheory #数学
ゲーム理論 BASIC 演習105 -n人囚人のジレンマモデル- #ゲーム理論 #gametheory #数学ssusere0a682
 
TokyoTechGraduateExaminationPresentation
TokyoTechGraduateExaminationPresentationTokyoTechGraduateExaminationPresentation
TokyoTechGraduateExaminationPresentationYukiTerazawa
 
The_Five_Books_Overview_Presentation_2024
The_Five_Books_Overview_Presentation_2024The_Five_Books_Overview_Presentation_2024
The_Five_Books_Overview_Presentation_2024koheioishi1
 
ゲーム理論 BASIC 演習106 -価格の交渉ゲーム-#ゲーム理論 #gametheory #数学
ゲーム理論 BASIC 演習106 -価格の交渉ゲーム-#ゲーム理論 #gametheory #数学ゲーム理論 BASIC 演習106 -価格の交渉ゲーム-#ゲーム理論 #gametheory #数学
ゲーム理論 BASIC 演習106 -価格の交渉ゲーム-#ゲーム理論 #gametheory #数学ssusere0a682
 

Recently uploaded (7)

生成AIの回答内容の修正を課題としたレポートについて:お茶の水女子大学「授業・研究における生成系AIの活用事例」での講演資料
生成AIの回答内容の修正を課題としたレポートについて:お茶の水女子大学「授業・研究における生成系AIの活用事例」での講演資料生成AIの回答内容の修正を課題としたレポートについて:お茶の水女子大学「授業・研究における生成系AIの活用事例」での講演資料
生成AIの回答内容の修正を課題としたレポートについて:お茶の水女子大学「授業・研究における生成系AIの活用事例」での講演資料
 
UniProject Workshop Make a Discord Bot with JavaScript
UniProject Workshop Make a Discord Bot with JavaScriptUniProject Workshop Make a Discord Bot with JavaScript
UniProject Workshop Make a Discord Bot with JavaScript
 
東京工業大学 環境・社会理工学院 建築学系 大学院入学入試・進学説明会2024_v2
東京工業大学 環境・社会理工学院 建築学系 大学院入学入試・進学説明会2024_v2東京工業大学 環境・社会理工学院 建築学系 大学院入学入試・進学説明会2024_v2
東京工業大学 環境・社会理工学院 建築学系 大学院入学入試・進学説明会2024_v2
 
ゲーム理論 BASIC 演習105 -n人囚人のジレンマモデル- #ゲーム理論 #gametheory #数学
ゲーム理論 BASIC 演習105 -n人囚人のジレンマモデル- #ゲーム理論 #gametheory #数学ゲーム理論 BASIC 演習105 -n人囚人のジレンマモデル- #ゲーム理論 #gametheory #数学
ゲーム理論 BASIC 演習105 -n人囚人のジレンマモデル- #ゲーム理論 #gametheory #数学
 
TokyoTechGraduateExaminationPresentation
TokyoTechGraduateExaminationPresentationTokyoTechGraduateExaminationPresentation
TokyoTechGraduateExaminationPresentation
 
The_Five_Books_Overview_Presentation_2024
The_Five_Books_Overview_Presentation_2024The_Five_Books_Overview_Presentation_2024
The_Five_Books_Overview_Presentation_2024
 
ゲーム理論 BASIC 演習106 -価格の交渉ゲーム-#ゲーム理論 #gametheory #数学
ゲーム理論 BASIC 演習106 -価格の交渉ゲーム-#ゲーム理論 #gametheory #数学ゲーム理論 BASIC 演習106 -価格の交渉ゲーム-#ゲーム理論 #gametheory #数学
ゲーム理論 BASIC 演習106 -価格の交渉ゲーム-#ゲーム理論 #gametheory #数学
 

Featured

Content Methodology: A Best Practices Report (Webinar)
Content Methodology: A Best Practices Report (Webinar)Content Methodology: A Best Practices Report (Webinar)
Content Methodology: A Best Practices Report (Webinar)contently
 
How to Prepare For a Successful Job Search for 2024
How to Prepare For a Successful Job Search for 2024How to Prepare For a Successful Job Search for 2024
How to Prepare For a Successful Job Search for 2024Albert Qian
 
Social Media Marketing Trends 2024 // The Global Indie Insights
Social Media Marketing Trends 2024 // The Global Indie InsightsSocial Media Marketing Trends 2024 // The Global Indie Insights
Social Media Marketing Trends 2024 // The Global Indie InsightsKurio // The Social Media Age(ncy)
 
Trends In Paid Search: Navigating The Digital Landscape In 2024
Trends In Paid Search: Navigating The Digital Landscape In 2024Trends In Paid Search: Navigating The Digital Landscape In 2024
Trends In Paid Search: Navigating The Digital Landscape In 2024Search Engine Journal
 
5 Public speaking tips from TED - Visualized summary
5 Public speaking tips from TED - Visualized summary5 Public speaking tips from TED - Visualized summary
5 Public speaking tips from TED - Visualized summarySpeakerHub
 
ChatGPT and the Future of Work - Clark Boyd
ChatGPT and the Future of Work - Clark Boyd ChatGPT and the Future of Work - Clark Boyd
ChatGPT and the Future of Work - Clark Boyd Clark Boyd
 
Getting into the tech field. what next
Getting into the tech field. what next Getting into the tech field. what next
Getting into the tech field. what next Tessa Mero
 
Google's Just Not That Into You: Understanding Core Updates & Search Intent
Google's Just Not That Into You: Understanding Core Updates & Search IntentGoogle's Just Not That Into You: Understanding Core Updates & Search Intent
Google's Just Not That Into You: Understanding Core Updates & Search IntentLily Ray
 
Time Management & Productivity - Best Practices
Time Management & Productivity -  Best PracticesTime Management & Productivity -  Best Practices
Time Management & Productivity - Best PracticesVit Horky
 
The six step guide to practical project management
The six step guide to practical project managementThe six step guide to practical project management
The six step guide to practical project managementMindGenius
 
Beginners Guide to TikTok for Search - Rachel Pearson - We are Tilt __ Bright...
Beginners Guide to TikTok for Search - Rachel Pearson - We are Tilt __ Bright...Beginners Guide to TikTok for Search - Rachel Pearson - We are Tilt __ Bright...
Beginners Guide to TikTok for Search - Rachel Pearson - We are Tilt __ Bright...RachelPearson36
 
Unlocking the Power of ChatGPT and AI in Testing - A Real-World Look, present...
Unlocking the Power of ChatGPT and AI in Testing - A Real-World Look, present...Unlocking the Power of ChatGPT and AI in Testing - A Real-World Look, present...
Unlocking the Power of ChatGPT and AI in Testing - A Real-World Look, present...Applitools
 
12 Ways to Increase Your Influence at Work
12 Ways to Increase Your Influence at Work12 Ways to Increase Your Influence at Work
12 Ways to Increase Your Influence at WorkGetSmarter
 
Ride the Storm: Navigating Through Unstable Periods / Katerina Rudko (Belka G...
Ride the Storm: Navigating Through Unstable Periods / Katerina Rudko (Belka G...Ride the Storm: Navigating Through Unstable Periods / Katerina Rudko (Belka G...
Ride the Storm: Navigating Through Unstable Periods / Katerina Rudko (Belka G...DevGAMM Conference
 
Barbie - Brand Strategy Presentation
Barbie - Brand Strategy PresentationBarbie - Brand Strategy Presentation
Barbie - Brand Strategy PresentationErica Santiago
 
Good Stuff Happens in 1:1 Meetings: Why you need them and how to do them well
Good Stuff Happens in 1:1 Meetings: Why you need them and how to do them wellGood Stuff Happens in 1:1 Meetings: Why you need them and how to do them well
Good Stuff Happens in 1:1 Meetings: Why you need them and how to do them wellSaba Software
 

Featured (20)

Content Methodology: A Best Practices Report (Webinar)
Content Methodology: A Best Practices Report (Webinar)Content Methodology: A Best Practices Report (Webinar)
Content Methodology: A Best Practices Report (Webinar)
 
How to Prepare For a Successful Job Search for 2024
How to Prepare For a Successful Job Search for 2024How to Prepare For a Successful Job Search for 2024
How to Prepare For a Successful Job Search for 2024
 
Social Media Marketing Trends 2024 // The Global Indie Insights
Social Media Marketing Trends 2024 // The Global Indie InsightsSocial Media Marketing Trends 2024 // The Global Indie Insights
Social Media Marketing Trends 2024 // The Global Indie Insights
 
Trends In Paid Search: Navigating The Digital Landscape In 2024
Trends In Paid Search: Navigating The Digital Landscape In 2024Trends In Paid Search: Navigating The Digital Landscape In 2024
Trends In Paid Search: Navigating The Digital Landscape In 2024
 
5 Public speaking tips from TED - Visualized summary
5 Public speaking tips from TED - Visualized summary5 Public speaking tips from TED - Visualized summary
5 Public speaking tips from TED - Visualized summary
 
ChatGPT and the Future of Work - Clark Boyd
ChatGPT and the Future of Work - Clark Boyd ChatGPT and the Future of Work - Clark Boyd
ChatGPT and the Future of Work - Clark Boyd
 
Getting into the tech field. what next
Getting into the tech field. what next Getting into the tech field. what next
Getting into the tech field. what next
 
Google's Just Not That Into You: Understanding Core Updates & Search Intent
Google's Just Not That Into You: Understanding Core Updates & Search IntentGoogle's Just Not That Into You: Understanding Core Updates & Search Intent
Google's Just Not That Into You: Understanding Core Updates & Search Intent
 
How to have difficult conversations
How to have difficult conversations How to have difficult conversations
How to have difficult conversations
 
Introduction to Data Science
Introduction to Data ScienceIntroduction to Data Science
Introduction to Data Science
 
Time Management & Productivity - Best Practices
Time Management & Productivity -  Best PracticesTime Management & Productivity -  Best Practices
Time Management & Productivity - Best Practices
 
The six step guide to practical project management
The six step guide to practical project managementThe six step guide to practical project management
The six step guide to practical project management
 
Beginners Guide to TikTok for Search - Rachel Pearson - We are Tilt __ Bright...
Beginners Guide to TikTok for Search - Rachel Pearson - We are Tilt __ Bright...Beginners Guide to TikTok for Search - Rachel Pearson - We are Tilt __ Bright...
Beginners Guide to TikTok for Search - Rachel Pearson - We are Tilt __ Bright...
 
Unlocking the Power of ChatGPT and AI in Testing - A Real-World Look, present...
Unlocking the Power of ChatGPT and AI in Testing - A Real-World Look, present...Unlocking the Power of ChatGPT and AI in Testing - A Real-World Look, present...
Unlocking the Power of ChatGPT and AI in Testing - A Real-World Look, present...
 
12 Ways to Increase Your Influence at Work
12 Ways to Increase Your Influence at Work12 Ways to Increase Your Influence at Work
12 Ways to Increase Your Influence at Work
 
ChatGPT webinar slides
ChatGPT webinar slidesChatGPT webinar slides
ChatGPT webinar slides
 
More than Just Lines on a Map: Best Practices for U.S Bike Routes
More than Just Lines on a Map: Best Practices for U.S Bike RoutesMore than Just Lines on a Map: Best Practices for U.S Bike Routes
More than Just Lines on a Map: Best Practices for U.S Bike Routes
 
Ride the Storm: Navigating Through Unstable Periods / Katerina Rudko (Belka G...
Ride the Storm: Navigating Through Unstable Periods / Katerina Rudko (Belka G...Ride the Storm: Navigating Through Unstable Periods / Katerina Rudko (Belka G...
Ride the Storm: Navigating Through Unstable Periods / Katerina Rudko (Belka G...
 
Barbie - Brand Strategy Presentation
Barbie - Brand Strategy PresentationBarbie - Brand Strategy Presentation
Barbie - Brand Strategy Presentation
 
Good Stuff Happens in 1:1 Meetings: Why you need them and how to do them well
Good Stuff Happens in 1:1 Meetings: Why you need them and how to do them wellGood Stuff Happens in 1:1 Meetings: Why you need them and how to do them well
Good Stuff Happens in 1:1 Meetings: Why you need them and how to do them well
 

Japan

  • 1. ISSN1340-4253 発 行 2012年 3月 30日 昆 虫 分 類 学 若 手 懇 談 会 会 報 第 17号│事務局 九州快学大学院比較社会文化研究院 生物体系学教室 編集細谷忠嗣・大島康宏・近藤雅典 Panmixia 印刷所 コロニー印刷 〒81ト 0119福岡県糟屋郡新宮町線ヶ浜 1-11・1 特集「和名問題を考えるJ 古くて新しい和名問題:これまでの流れ イ ン ト ロ と し て 細谷忠嗣 ………...・H ・.....・H ・.....・H ・H ・H ・.....・H ・..……...・H ・.....・H ・.....・H ・.....・H ・ 1 和名についての考え方 野 村 周 平 ...・H ・.....・H ・..… ...・H ・.....・H ・..…...・ H ・..…… 11 階層的和名体系の構築 鈴 木 邦 雄 … … H ・H ・.....・ H ・-…H ・H ・.....・H ・.....・H ・...・H ・. 19 魚類における標準和名の考え方と日本魚類学会の取り組み 瀬能 宏 …... 37 和名問題を考える ー ど う や っ て 解 決 す れ ば よ い の か ? :日本トンボ学会に お け る 試 行 一 苅部治紀 .……....・ H ・...................................................... 45 昆虫分類学若手懇談会
  • 2. Panmixia(昆虫分類学若手懇談会会報). NO.17.pp ト10(2012) 古くて新しい和名問題:これまでの流れ イントロとして 細 谷 忠 嗣 九州大学大学院比較社会文化研究院生物多様性講座(生物体系学教室) 干819・0395 福岡市西区元岡 744番地 E-mail:thosoya@scs.kyushu-u.ac.jp (2009年 12月 26日原稿依頼, 2012年 2月 29日原稿受領) はじめに 我々が自にする昆虫を始めとした生き物には, 多くの場合,何らかの日本語の名前がついてい る.これら生物につけられている日本語名が「和 名」である. r和名」には,一部の地域でのみ使 われる地方名(方言),商業的な場面などで用い られる商品名や品種名,現在は使われなくなっ た古文中の古名,一般的に使われている通俗名 など,様々なものが含まれる.今回の特集で議 論される「和名 Jは,そのうちの「標準和名J, すなわち分類学的な背景を持つ学術的な和名で ある. 和名(標準和名)は,分類学の研究において 必ずしも必要なものではなく,基本的に学名が あれば学問上の問題はない.しかし分類学以 外のその他の基礎系・応用系の科学分野,およ び教育分野において一般の方々も含めた全ての 人に 当該分類群を正し く認識してもらうために, そして学問的な名前の統一性を確保するために も,標準和名はどうしても必要なものとなって くる .標準和名は,図鑑や目録などの出服物や インターネット上のデータベース等,さらに博 物館等による展示などにおける使用といった場 面における「分類学の社会貢献j とし寸意味合 いにおいても,分類学者と関わりの深いもので あるといえる.しかし,学名とは異なり,標準 和名には命名規約があるわけではないため, 様々な和名の混乱や問題が生じており,また, それに対してどう対処するかとし、う方法も明確 なコンセンサスが得られていない. l 今後,昆虫分類学若手懇談会の会員である昆 虫分類学の若手研究者が,和名問題に直面し, 対処しなければならない場面も生じてくると恩 わ れ る . 今 回 , 昆 虫 分 類 学 若 手 懇 談 会 会 報 Panmixiaにおいて「和名問題を考える Jとい う特集を組むこととし, r和名(標準和名)に 関する考え方」についてまとめるとともに, r実 際に混乱が生じた際の対応の実例Jを紹介し, 会員各氏の標準和名に対する理解を深め,また 今後の実際的対応の参考になればと願っている. 標 準 和 名 の 歴 史 明 治 ・ 大 正 期 和 名 の 命 名 法 の 提 案 712年に太安万侶により編纂された現在確認 できる日本最古の歴史書である 「古事記」 には, すでに「蚕Jという昆虫の和名が示されており, 昆虫の和名の歴史は少なくとも 1300年の歴史 があることになる.この間,各種の和名が昆虫 につけられてきたが,特定の種に関する和名は ごく一部のもののみであ ったと思われる. 「標準和名 j としての和名が付けられるよう になるのは,分類学が西洋から導入され,それ が実践されるようになる明治時代以降のことで ある .現在使われている見虫の和名は大部分が 明治以降に作られたものであり,明治時代に作 られた古い和名は「詩文Jなものがあった(江 崎, 1934). r臼本昆虫学の開祖Jと言われる 松村松年氏は 「日本見義挙J(1898) などの著 作において,多数の日本の代表的な見虫の種に ついて和名と学名を併記して示し,現在につな
  • 3. Panmixia,NO.17(2012) がる標準和名の土台を作っていった.また,彼 は和名を一定の意識的な画ーの型に統一 し,そ れを全般的に適用していったが r日本昆轟綿、 目録,第一巻,蝶蛾之部J (松村, 1905) がそ の最初であった(江崎, 1934).そして ,この 初期の時代から,すでに和名に関する問題の議 論が始まっている . まず,長野(1905)が和名の命名法について 始めて言及した.彼は,動植物の名称は純粋に 学問上においては学名があれば和名は必要ない と述べつつも r乃チ換言スレパ,皐名ハ皐問 的,和名 ハ通俗的ニシテ共ニ必要ヲ感ズルモノ ナリ J とし ,和名の必要性を論 じ,昆虫類には 普通の もの,大型のもの,少数にのみ和名が存 在するに過ぎず,新たに和名を付けてし 、く困難 さを述べている .また, f日名の命名 に関する標 準(命名法)について 8項目を挙げている .即 ち, rー,成長ニヨリテ命ズルコト .二,近縁 ノモノニハ成ルベク同一基名ヲ用ヰルコト .三, 外部ニ現ハ レタル形態ノ特徴ニヨ ノレコト .四, 形態ニヨラサ'ルモノハ他ト匡別スベキ名酔ヲ基 語ニ冠スノレコト(例として ,人名や鬼神名 ,地 名をあげている).王,皐名ノ意味ヲ採ノレコト. 六, p;蓄食縞物ノ名ヲ冠スルコト .七,習性ニヨ ルコト .八,口調ヲ好クスルコト J.こ れが和 名の命名法に関する最初の言及である.また, 特徴的な点、は分類群(系統)ごとに基名を用い ること(項目の二)とし, この基準に合わせて 一部の蛾について和名の改正を提唱し,すでに 与えられている和名の変更をも行っている .基 本的に,研究の初期段階にあるこの時点、で根本 的に基礎を定めて和名の統ー を図ることを重視 している . 次 に 矢 野 (1905) は,諸先輩が和名の説を一 致させるのを待っていたが ,そうならないこと を憂いて,彼の考えを示している .古名他すで に命名されているものに命名するべきではない とし,すでにある名称の取捨の基準として, rー, 従来一般に用ひられたるものには絶対的に是に 従ふ.二,近時殺表せられたるものは最も古き ものに従ふ. 三,別に記載なくして拳名を附す 2 るものは是拳名に附属せる和名と して見る」の 3点を示している .彼は,異種同名,類名の場 合のみ多少の修正または改名をすればよく, 1 種 1名あればよく,高IJ名はいらないことを強く 主張している.この考えに従い,長野(1905) が主張した類似の種との関係ある名辞に変更す る必要はないとした. これは和名の安定性を重 視する考え方の最初の言説と思われる .また, 和名は「便宜上比較的通俗なる可き場合に用ひ んJ とし, 全ての見虫に和名を付ける必要はな く,必要な場合に付 ければ良いとし,後の「和 名制限論」につながる考えを示 している . 平野 (1908)は r研究者は国家的園人の義 務として,協力一致以て和名の統ー を謀る敢て 不必要にあらざれのみか,寧ろ目下の急務なり J と主張し, r根本的和名の統一を後起し,本邦 各地の多数なる研究者諸君より庚く投書を乞ひ, 其標準を一定せんとすJとして,まずは比較的 研究者も多い蝶類について ,全国各地の同好者 に和名を決めるための投票に参加するよう促し た.彼は,和名の選定法として, rー,尤も古 くより成議に封する名稿を附し,書籍,雑誌, 図説等によりて発表せられたる沓名を用ゆるこ と.二.類似の種類は勿論同一基名を用ゆるこ と.三.成轟外部に現はれたる色彩,形見犬,其 他特徴により命名すること .四, 口調 を良くし 字数を少なく改正すること .五,新種のもの又 醤和名のものにでも名審大家,功努者,皐名, 採集したる地名等可成其紀念となるべき意味を 用ゆること Jをあげている .また,別紙目録に 従い投票することになっていたが,各 自の考案 した名称も記入できるというものであった . 高野 (1908)は,和名問題も第二期に入り, 今ある和名を如何に統一すべきかが問題である とし, 平野 (1908) の「投票制Jによる統一策 を強く批判している .上記の平野の条件ーから, これまでに発表されているものを用いると言っ ているわけであり,なぜ新たな名前を提唱し, そして投票によって統一する必要がある のか疑 問を呈している.また,この時代に,松村松年 氏とともに多くの和名を提唱していた平野氏を
  • 4. 細谷忠嗣:古くて新しい和名問題:これまでの流れ イントロとして 始めとする名和昆虫研究所の関係者の和名の付 け方について r改めて一定せんJと批判して いる . 回中 (1915)は,魚類の標準和名を選定する ための 4つの条件を提案しているが,その論考 の中で,学名を変えても和名を変えないという 方法を取っていると述べている .現在でも学名 と和名を連動させる かどうかで議論がでる場合 があり ,昆虫関係ではないが重要な言説ど言え る. 標 準 和 名 の 歴 史 -2つ の 世 界 大 戦 聞 学 名和名対照表の提案と和名制限論 向島 (1929) は, r昆義の和名は一種の昆姦 (通常一撃名を有するもの)に封し一名 穏を使 用すること,且つ之を片偲名を以て表示するこ と」とする提議を出し,附帯提義として「現時 使用しつつある主要昆轟の筆名和名針照表を調 整 し,此和名は昆轟に趣味を有する者,昆轟皐 に携はる者,盤皐者,農皐者,昆議撃者並に一 般斯皐関係教育者の聞に周知せしめ,此針照表 の使用を推奨する こと .而して一旦決定したる 和名は,之を狼りに嬰更せず,即ち和名の先取 権を重んずること」とし,新たに学名和名 の対 照表を作成し,これの使用を推奨すること ,い ったん決定した和名を変更しないこと(先取権) を提案している.さらに,対照表の調整方法に ついては,東京見轟皐舎が斡旋を行い「昆姦和 名統一委員舎Jを組織し,原案を調整して公刊 し,一定期間を設けて訂正加除を行い実施する という具体的な提案もなされている .これは, 和名の問題について学会による調整を提案した 最初期の事例と思われる.その後,実際に「昆 轟和名統一委員曾j が組織され討議されたとい う記録を,筆者は確認できていない.また,ア メリカ合衆国の応用昆虫学会が同様の学名英名 の対照表を作成した事例 (1919-1925年)に ついて紹介しており,それによると ,アメリカ 合衆国ではすでに 500種強について学名と英名 の対照が行われていたことになる. 加 藤 (1934) は,植物においては和名が大概 3 一定しているのに,昆虫では本によって異なっ ており,場合によっては閉じ著者でも後に変え るものもあり,昆虫の和名が全く当てにならな いと批判している .また, r和名の改稿が流行 的に行はれつ 』ある」ことについても批判的で ある.彼は雑誌「見轟界Jにおける昆虫の和名 統一の実行を目指して,以下の方針を示した. r1. 最も普遍的なものを用ひる. 2. 標準とす べき文献は片寄らず諸種のも のを参考 とする . 3. 和名はなるべく省略式でなく,全記式を用 ひる .4. 先取権を認めない. 5. 文字は片偲名 を用ひ,般名遣は古典的なものに従ふ(例とし て,ハヒイロゲンゴラウなどがあげられている). 6.標準和名として準援すべき皐名釣照のリス トは最も必要であるが ,…,近く拙著分類原色 日本昆轟園鑑完結後に後刊する該書の線目録を 代用することにしたい(どのような線、目 録が作 られたか,著者は未確認) • 7. 寄稿者は一々 統一問題に捉はれることなく,従衆通り自己の 信ずる和名を用ひて 書いても何等差支へない (これは雑誌「昆盆界Jの従来からの編集方針 編集が不適当と考える場合にのみ訂正すること を確認した)J彼は, 4. として「先取権を認 めなし リとしたが,これは昔の不完全極まる和 名に逆戻りしなければならないためとしている. 確かに「先取権」を認、める際にも ,いつの時代 まで遡るかと言う問題がある.学名のように 1758年からという明確な基準がないため,先取 権だけで,近年使われていない古名 ・旧名を復 活させる訳にはし 、かないであろう.先取権を重 んじる場合でも,判断が難しい場面がでてくる であろう. 江崎 (1934) は, r昆袋、の和名統一の問題は 数十年来の懸案Jながらも, r問題は依然と し て昔のま 〉に蔑されてゐる J と述べ,これまで の和名に関する流れを示 した.また,松村松年 氏による 「日本昆轟大圃鑑J(1931) 等での和 名の短縮等の和名「改革Jについても触れ,画 ー と簡潔のために必要以上の短縮を行う こと に 不賛成の立場を示 した.しかし,和名の統一は 「結局はある一定の年月の聞に於ける自然の淘
  • 5. Panmixia.NO.17(2012) 汰によって残されたものに騎すべきものと思う」 とし,積極的な和名の統ーではなく,自然の流 れにまかせる考えである.また,彼は「和名制 限論」を展開し, r吾々の眼に崩れ易い大形な もの,美しきもの,利害関係を伴ふもの等に封 しては和名は絶撃すに必要であるJとしながらも, 珍しく学術的以外に意味の少ない種類に対して 和名と学名の両方を併用するのは害あって益が 少なく ,こういった穏には学名のみを用いる方 が有益であるとしている . 標 準 和 名 の 歴 史 世 界 大 戦 後 今も残る ウスパシロチョウ問題 第二次世界大戦後も和名に関する議論は継続 していく まず, 1955年に日本鱗麹学会が「和 名について」というシンポジウムを開催してい る(藤田, 2008).江崎悌三氏は和名全般の解 説と「和名制限論jを改めて主張した.対して, 春日敏郎氏は全ての種に和名を付けることによ って将来の蛾屋を育てたいこと,また,改称、の 必要なものは思い切って改称したいと述べてい る.ま た,岩瀬太郎氏は 8種の蝶類について和 名の短縮案を示したが,採用されなかったよう ある. 次に, 1970年代から 1980年代にかけて,ウ スパシロチョウおよびウスパキチョウを改名す るか否かの論争がおこった.両種は和名からイ メージされるシロチョウ科ではなく,アゲハチ ョウ科に含まれるため,分類体系に即したウス パアグノ、およびキイロウスパアゲハ(またはウ スパキアグノ、)に改名する提案がなされたが, これが論争となり,現在まで残る問題とな って いる. 猪文 ・伊吹(1979)は, rどの蝶をさすのか 不明にならない現状では,多少の語尾の扱いが 不適当だからといっていちいち修正変名してい く方法をとったら多くの種について和名が変更 されることになり,将来大きな混乱を引き起こ すJとして,改名に反対している. これに対して雑誌「月刊むしJに多くの意見 が寄せられた.柏井(1979)は,よりよい和名 4 の方が使われ残ってゆくであろうとし,藤田 (1979)は,和名は学問的なこととは一切かけ 離れた次元の問題であり,プライオリティーや 普及性を侵してまで語尾を統一する必要性はな いとした.藤岡 (1980)は,和名は固有名詞で あり,その fふさわしさ Jは固有名詞としての ふさわしさであって,系統分類学的なふさわし さは必要ないとし,既に名のある種に新たな名 をつけても,科学的な進歩は何もなく,逆に 2 つの名ができることによって混乱するのでマイ ナスであるとした.これに対して,入江 (1980) は,たかが 100年くらいしか使われていない和 名であるのだから,今後のために著しく不適当 な和名は変更すべきとした.橋本 (1980a)は, 「そろえるべきか,もとのままにしておくかJ と一律に決めるべき問題ではないが, rやたら に変えるべきでないJというのは皆同意見であ ろうとした.いろいろな意味で変えた方が明ら かにょいときは変えなければならないが,全て について変えなくてはならないと考えるのは飛 躍し過ぎであると注意喚起をしている.橋本 (1980b)は,和名にも分類学的な理論性が必 要であるか,愛着のある名 前が良し、かという問 題の議論よりも,どちらかにはっきりしてほし いというユーザー側の願いを述べている.また, 今後,新しく和名を付ける際には,よく考慮の 上で理論的につけて欲 しいとした. このウスパシロチョ ウ問題は結局収束してい ない.ウスパシロチョウがいまだに主流として 使われていると言えるが,図鑑等では両方の和 名を併記している場合が多々見られる(白水, 2006;猪文ら ,2010など) . 標準和名の歴史-20世 紀 末 目の和名の 変更と差別的表現の問題 昆虫を始めとする多くの動物の目などの上位 分類階級の和名は,形態的特徴を示す漢字を用 いた伝統的な名称で示されてきた. しかし, 1988年に編集された「学術用語集:動物編」の 動物分類名の一覧から ,目以下の名称を全てカ タカナ書きとし,目名 はそれぞれの見虫群を代
  • 6. 細谷忠嗣:古くて新し い和名 問題 これまでの流れ イントロとして 表する見虫名を用いるように改定された.とれ は,教育現場や新聞などの一般報道のことも考 慮し,難解な漢字の利用を避けたものである. 昆虫の目は,それぞれに特徴的な麹を有してお り,その麹の特徴にちなんだ学名を持ち,和名 でもそれを日本語に訳した目名が従来使用され てきた(例えば,双題目,鱗麹目,膜麹目など)• このような目の特徴を見事に表した名称が使わ れず,ハエ目,チョウ目 ,ハチ目などに置き換 わってしまうことは,昆虫の形態的特徴の理解 を妨げるという問題点もある.この改定には, 異論も出された(青木, 1994など)が, 1990 年代を通して徐々にカタカナ表記の目名が使わ れることが多くなってきた.しかし,現在でも , 形態的特徴を良く表す漢字名を使う場合が多々 見られる. 1990年代になって,新たな和名の問題が生じ てきた.それが差別的な表現を用いた和名の扱 いである .昆虫においては, 1999年に日本昆虫 学会が「差別用語を用いる昆虫和名の扱いに関 するワーキンググ、ループJを設置し, 日本見虫 学会会長と日本応用動物昆虫学会会長の連名で 「差別用語を用いた昆虫和名の扱いに関する要 望」を提出した(湯川 ・宮田, 1999;宮田・湯 川, 2000).昆虫の和名の歴史性とその貢献の 大きさ,そして名称の安定性の理念からむやみ に変更すべきではないことを認めながらも, r昨 今の社会情勢を勘案すると,たとえ科学的所産 である見虫の和名といえども,社会の良識を超 えるものであってはならないと判断される Jと し両学会員に,和名の命名,運用の際には十 分配慮し,改称、を含む適切な処置とその普及, 定着を強く要望している . 宮本ら (2000)は,差別的表現を含む「メク ラカメムシJの代替名として「カスミカメムシJ を提唱した .現在,この代替名が広く用いられ ており, 差別的表現を含む和名の改称の好例で ある.ただし,形態学的に不合理な名称として 改称を行っており ,差別的表現については一切 触れられていない. 他には,大石ら (2000)が差別的表現を含む 5 「メクラアブ」について,以前に提起されてい た「ハネモンアプ」とする改定を提言した.現 在では rキンメアブ」に改称することになっ たようであるが,現在でも「メクラアブ」が使 われる場合も多く,代替名の普及は 「カスミカ メムシj の場合のようには進んでいないようで ある . 差別的な表現を用いた和名の問題点について は,佐藤 (2002) が魚類についてまとめている ので参照されたい.また,その改称、については, 日本魚類学会が標準和名検討委員会を設けて組 織立った改称を行っており,差別的表現を含む 和名の改称を進めていく場合に大変参考になる (瀬能, 2002).本特集においても,瀬能 (2012) がこの件についてまとめているので参考にされ たい. 現時点でも,差別的表現を含む昆虫の和名は いろいろと残されており,今後も,対応を行っ ていく必要がある.しかし,どこまでを差別的 表現とするかという問題もあり,改称範囲の設 定もまた問題であろう . また,このような差別的表現を含む和名改称 の流れに反対する意見も 出 されている.例えば, 遠藤 (2002) は,r言い換えJを行っても差別 問題は解決できず,むしろ思考停止 に陥 らせる だけであると批判し,改名によって隠蔽するの ではなく,敢えて自らの責任において用い続け るほうが,より責任ある態度であると主張して し、る . 標準和名 の 歴 史-21世紀 続 く 和 名 に 関 する 提 案 と論 争 今坂 (2002) は,和名に関する 3つの提案を 行っている. 1つ目が, r日本産の昆虫には和 名をつけよう j であり,分類学以外の応用 ・生 態 ・生理などの研究者や,環境アセスメン トの 関係者,同好者,官公庁,マスコミ,一般の人 などにとっては,和名がついている方が扱いや すいのは明らかとし,新種の記載者は和名の命 名も同時に行い,また和名のない多数の種につ いても目録等の発行時,または研究者か学会で
  • 7. 一 Panmixia.NO.17(2012) 付けることを希望している.また,和名はでき るだけ短く簡潔に,長くとも 15字以内にする ことを要望している. 2つ自は, f和名はなる べく変更しないようにしよう Jということで, できるだけ最初に付けられた和名を尊重し,よ ほど不都合がない限り,和名は変更しないよう にしようとしている.また,図鑑には異名も収 録する配慮の必要性を述べている.さらに,所 属の再整理や変更になった場合の和名について は,特に変更する必要はないとしている .外国 産亜種との関係で日本産のE種に「ホンドj な どを付ける変更を批判し,和名は日本産に対す るものであり,かつ学名変更とは別次元のもの であり ,学名の変更に伴う和名の変更はしない 方が良いとしている. 3つ目 に, f亜種の和名 についてノレール作り Jをすることを提案してい る.和名によっては,種かE種かわからず不便 なものもあり,どちらか判断できる方が便利で あるとし,種名後に f--BE:種」と後ろにE種 を表示する方法他を示し,ルール作りを提案し ている . 亜種の表記に関しては,現在でも統一的な緩 いはなされていない.例えば, f日本産昆虫目 録J (九州大学農学部昆虫学教室 ・日本野生生 物研究センター編, 1989,1990)および これを 元 に し た 「 日 本 産 昆 虫 目 録 デ ー タ ベ ー ス MOKUROKUJ (Tadauchi&Inoue,2000) , 「バッタ ・コオロギ ・キリギリス大図鑑J (日 本直麹類学会編, 2006)などでは,!IE:種にも固 有な和名が与えられている.これに対して, f日 本産コガネムシ上科総目録J(藤岡, 2001)や 「日本産蛾類総目 録J (神保,2004-2008), 「日本産蝶類和名 学名使覧J (猪文ら, 2010) などでは,和名後に f-- (地域名)BE:種Jと いう表記を行っている. また,図鑑等への異名の収録については,配 慮、される傾向にある.特にデータベース関連で は異名の収録が普通に行われるようになってお り, f日本産蛾類総目録J (神保,2004・2008) や「日本産蝶類和名学名便覧J(猪文ら, 2010) などのデータベースで異名が収録されている. 6 図鑑を作る際にも,和名をどう扱うかについ て著者問で意見の相違が見られる場合もでてく る.例えば, fバッタ ・コオロギ ・キリギリス 大図鑑J (日本直麹類学会編, 2006)では,凡 例の『和名についてj の項目で, f和名につい ては,流布している名称についてはできるだけ 変えない方がいいという考えと,今回を機会に 改革かをした方がいいという考えがあった.歴史 的な経過があったり混乱の大きいと思われるも のを除き ,属名などの分類単位にそって統一的 に,また,できるだけ簡潔にする方向で,最小 限の改称を行った .Jと書いてある .ここ でも , 和名問題が議論された当初からの 2論がせめぎ 合うことになり,両者の折衷案で られたものと思われる . その後, 2008年からキイロネクイハムシとノレ リクワガタの和名の改称に関する論争がおこり, 本特集へとつながっていく.これらの問題に関 連して,手口名をどう扱うかに閲する意見が活発 に交わされていくことになる. 藤田 (2008)は,和名の歴史,和名が混乱し てきた歴史,および混乱の理由について,いろ いろ な事例を紹介しながらまとめている.また, 外国産種の和名の付け方についても触れており, 穏の学名を カタカナ読みし,それにそのグルー プ名をつける方式が紹介されている .そして, 和名についてはさまざまな事情を勘案しつつも, 基本は先取性,普及性,安定性などを重視する 考えに基づき 4つの提言を試案として示して いる.以下,その概要であるが, 1. 新しく学 名を創設する時は適切な和名を提案する .近縁 種との整合性なども考え合わせ,長過ぎる和名 を避ける .2.すでに使われている和名は実害 がある場合以外はできるだけ改称しない.必要 があってどうしても改称をする場合は,事前に 改称案を学会や関係者に相談し,コンセンサス を得て一斉に改称する .3.2つ以上の和名がい つまでも使われる場合は,学会などで勧告また は裁定をして適切な和名を選択する .改称が必 要なケースを検討できる受け皿を学会が担う. 4. それでも 2つ以上の和名が使われ続け,ま
  • 8. 細谷忠嗣 古くて新 しい和名問題 .これまでの流れ イントロとして た選択の役割を担う学会がない場合には,影響 の大きな出版物を作る際などは,なるべく異名 も収録し,利用者の混乱を最小限にとどめる配 慮をする . これに対して大津 (2008) は,和名に関する 5つの私見を示した. (1) r和名の最後にムシ をつけたほうが適当と思われるものはムシを省 略しないJ. (2) r複数の種をふくむグ、ルー プでは,科,族,属と言った上位分類群の名称 をそのまま特定の穏の和名にしなし、J.特定の 種かグ、ループかがわからない点を問題視してお り,種の和名には“ヤマト"などの適当な接頭辞 をつけることを提案している (3) r形態上 明らかに魁僚をきたしている和名は改名する J. 標準和名としてふさわしくないものについては 再検討すべきで,いたずらに定着性を持ち出す ことに異議を唱えている .また,差別用語など 不都合な用語を含む和名についても変えるべき としている . (4) r合理的に改名されたもの は標準和名として定着させる J.和名にはそれ なりの科学的合理性を付与するべきとしている また, 1種が複数種に分割された場合は旧名を 排して,新たな名前をつけるのが合理的で、ある とした.伝統だけではなく,合理性を加味した 標準和名を確立し,定着させる義務があるとし てい る. (5) r“亜種"には和名をつけないJ. 亜種は将来的に廃止すべきであるとの論を示し ている. 鈴木 (2009a)は,和名は学名同様,名辞(概 念を持つ語の総称)体系を構成するから,原則 的に階層的に構築されるべきであると主張し, 属と種の和名が同ーな場合には無用な混乱の原 因どなるとした.和名も, 学名 と同様,その安 定性/連続性 continuity と普遍性/包括性 universalityとを持つことが最重要の機能であ る.名辞体系は階層的に構成し,階層性が維持 されなければ,体系自体が十全に機能しない. 和名の適切性の判断基準は,自然に対する認識 (理解)の深化にとっ て より効果的であるか否 かに置かれるべきであると述べている .また, 命名行為の意味と学名の階層性に関する説明を 7 行い,日本魚類学会が「標準和名は一名式命名 法である」としている点について,誤解を招く 不適切なものとして批判し,実際は複合語であ るとしている.また r生物名 の安定性Jは流 動性(あるいは可塑性) と背 中合わせであり, 理解が深まれば定義に当てはまらない部分が出 てくる.その場合, 53IJの名 前 (新名)を与える か,定義を見直すことになるが,これらで対処 できない時に新たな命名を迫られるとしている. さらに鈴木 (2009b)では,亜種には固有の 和名を付けないで,種の和名の後に r~~ (地 域名など)gp:種Jをつけるのが実際的であろう としている . ここでも,再度「属と種に同 じ和 名を付けるのは避けるべき Jであることを強調 している.また, r種和名の歴史を尊重するこ とJと「学名体系に準じた和名体系を構築する」 ということは別次元の問題であり, 両立させる ことは論理的に不可能で、あることも述べている. さらに r属より上の分類階級に位置する分類 群の和名 Jについては, r科Jなどを後に付け るのは絶対条件とし, 上位分類群の和名も学名 同様に,タイプに従って自 動的に決められると している . 丸山 (2009)は,和名は使う側がどう感じる かが何より重要として,きっちりとした論理を 押し付けるのではなく,日常的使用における明 らかな混乱がない限り,和名は馴染み深い もの を使えば良いし,万が一重大な混乱があれば, その際に適宜変更すればよいと述べている. 2009年に日本鞘麹学会・日本昆虫学会関東支 部合同大会において, r昆虫の和名について考 える Jという公開シンポジ ウムを開催された. 瀬能宏氏は「標準和名 に求め られる ものとは何 か ?Jで,まず標準和名の問題についてまとめ, 求められていることは「安定Jと「普及」であ るとした.また, 日本魚類学会標準和名検討委 員会による日本産魚類の標準和名の提言につい て紹介された.苅部治紀氏は「日本麟蛤学会で の検討事例と和名についてJで, 日本晴蛤学会 和名検討委員会における検討事例の紹介を行っ た.秋田勝巳氏は「最近の甲虫和名について考
  • 9. Panmixia.NO.17(2012) えること Jで,アマチュア虫屋の意見として複 数の事例について考えを示した.特に, 1種が 複数種に分かれた時には,新和名 2つを付ける 方が「区別」という意味で良いのではないかと 述べている.藤田宏氏は「和名の混乱への対応 一 理 論 上 の 混 乱 と 現 実 の 混 乱 Jで , 鈴 木 (2009ab)は規約の議論にあたるレベルであり, 実際的にはそこまで達しておらず,現実的な対 応の必要性があると述べた. また,シンポジウム後,瀬能宏氏に伺ったと ころによると,魚類では「分類学的内容の書か れた論文等j で和名の提唱 ・変更を行い,それ 以外については無効として扱っているとのこと である .昆虫では,分類に関係のない文章や学 会発表などで和名提唱されることもあり ,今後, 和名を整理する際の基準のーっとして考えてい かなければならない点であると恩われる . ルリクワガタの和名問題については,野村 (2008,2012)や鈴木 (2009c) に議論の流れ がまとめられているのでそちらを参照されたい. このように,和名問題が議論され始めた初期 の段階で示された f先取権に基づくべきであり, 基本的に和名の改称を行うべきでないJ とする 矢野(1905)の流れを組む考え方と , r系統分 類学的な知見に合わせ,組曲Eをきたす場合には 改称すべき Jとする長野(1905)の流れを組む 考え方が,現在でも場面と内容を変えながらも 基本的な考え方の柱となって議論を戦わせてい るといえる . 本特集 の経緯と内容 2008-2009年度の昆虫分類学若手懇談会編 集委員会において,キイロネクイハムシとルリ クワガタの和名の改称、に関する議論は,昆虫分 類学若手懇談会の会員にとっても昆虫分類学を 研究する上で考えなければいけない事例であろ うということになり ,2009年夏に和名問題に関 する特集をまとめる準備を始めた. まず,和名に関する考え方として ,標準和名 の安定性 ・継続性を重視して取り扱っていく考 えの代表として野村周平氏に,そして,区別性 8 を重視し和名も学名と同様に階層的に機築して いく考えの鈴木邦雄氏に,それぞれ原稿を依頼 することとした.野村 (2012) では,標準和名 に基本的に求められることについて,および標 準和名の安定性 ・継続性を重視して取り扱って いくという基本的な考え方について解説してい ただいた.特に,旧日本鞘麹学会の和名問題検 討委員会の委員長として問題の対応にあたられ たノレリクワガタ問題に照らし合わせて,この考 えをまとめて頂いた .鈴木 (2012)では,区別 性を重視するという考え方,つまり和名も学名 と同様に階層的秩序を持つように構築していく べきとの考え方に基づく和名の扱い方の理論的 な面について整理して頂いた. 次に,実際に混乱が生じた際の対応の事例と して,2氏にご執筆いただいた .苅部 (2012) では, トンボにおける和名についての混乱が生 じた実例と日本鯖蛤学会での実際の検討方法に ついて紹介いただいた.また,瀬能 (2012)で は,和名問題の検討について既に議論が進めら れ,検討委員会も設置されている魚類における 標準和名の従え方と委員会としての考え方およ び対応の仕方について , 日本魚類学会標準和名 検討委員会の委員長である瀬能氏にご紹介いた だし、た . 執筆者のうちの 3氏が,前述の 2009年 11月 の日本鞘麹学会 ・日本昆虫学会関東支部合同大 会シンポジウムの講演者であり ,3氏にはその 際に執筆の打診を行い,鈴木氏を含めた 4氏に は翌月に正式に執筆依頼をさせていただいた. また,このシンポジウムは旧日本鞘麹学会の 和名検討委員会が企画されたものであり,今回 の特集はその内容と重なる面も多いため,問委 員会の野村委員長と高桑正敏氏に,昆虫分類学 若手懇談会会報 Panmixiaで本特集を組むこと の許可を求め,ご快諾をいただいた. 本特集はいろいろな粁余曲折があり,発行ま でに 2年以上の時聞がかかってしまった.これ は 2008-2009年度編集委員会の怠慢であり, 申し聞きのしょうもない.ここに全会員に怠慢 の謝罪を表明し,お許しを願うばかりである .
  • 10. 細谷忠嗣 :古くて新しい和名問題:これまでの流れ イントロとして 謝 辞 最後に,お忙しい中,本特集の原稿を御執筆 いただいた野村周平氏,鈴木邦雄氏,瀬能宏氏, 苅部治紀氏に厚く御礼申し上げるとともに,特 集完成まで時聞が掛かりすぎてご迷惑をお掛け したことをお詫びします.ま た,本特集を見虫 分類学若手懇談会会報 Panmixiaで組むことを ご快諾いただいた旧日本鞘題学会の和名検討委 員会の高桑E敏氏に,本特集に関する御意見 ・ 御情報をいただいた阿部芳久氏,荒谷邦雄氏, 祝輝男氏に,そして 2008-2009年度事務局メ ンバーの大島康宏氏,勝山礼一朗氏,近藤雅典 氏,高橋元氏に心よりお礼申し上げる.また, 遅々として進まぬ編集作業でご迷惑をお掛けし た 2010-2011年度事務局幹事の佐野正和氏に 感謝の意を表する. 引用文献 青木淳一, 1994.動物分類名の表記に関する論 議ー食肉目か,ネコ目かー• Proc.Japan. Soc.Syst.Zool., (51):69-72. 遠藤秀紀, 2002.差別表現問題と晴乳類の和名. 哨乳類科学, 42:79-83. 江崎悌三,1934. 和名 問題に関する私見.昆轟 界, 2:36・40. 藤田 宏, 1979. 日本産蝶類総目録に関して. 月刊むし, (106):31,40. 藤 田 宏 , 2008.標準和名への道昆虫の和名 を考える .月刊むし, (450):64-77. 藤岡昌介, 2001.日本産コガネムシ上科総目録. コガネムシ研究会. 藤岡知夫,1980. 和名について考える .月刊む し, (111):18・19. 橋本治二, 1980a. 和名について考える .月刊 むし, (111):20・21. 橋本説朗, 1980b. 和名について考える.月刊 むし, (111):21. 平野藤吉, 1908. 昆姦類の和名統一 に就て.昆 轟世界, 12:187'180. 今坂正一, 2002.和名と E種名についてのー提 案.月刊むし, (373):36・37. 9 猪 文 敏 男 ・ 伊 吹 正 吾 1979. Synonymic CatalogueoftheButterfliesofJapan(3). 黒海良彦監修.月刊むし, (103):31-34. 猪又敏男・植村好延・矢後勝也・神保字嗣・上 回恭一郎, 2010.日本産蝶類和名学名便覧. http://binran.lepimages.jp/ 入江平吉, 1980. 和名について考える.月刊む し,(111):19. 神保宇嗣, 2004-2008. 日本産蛾類総目録 http://listmj.mothprog.coml 苅部治紀, 2012.和名問題を考える ーど うや って解決すればよいのか? :日本トンボ学 会における試行ー.Panmixia(昆虫分類学 若手懇談会会報) ,(17):45・49. 柏井伸夫, 1979. 日本産蝶類総目録 (3)にお ける Parnassiuseversmanniの和名の解説 について .月刊むし, (106):30-31. 加藤正世, 1934. 和名 統一の必要.昆議界, 2: 33-35. 九州大学農学部昆虫学教室 ・日本野生生物研究 センター編 .1989,日本産昆虫総目録.平 嶋義宏監修.九州大学農学部昆虫学教室. 九州大学農学部昆虫学教室 ・日本野生生物研究 センタ}編, 1990. 日本産見虫総目録 追 加 ・訂正.平嶋義宏監修.九州大学農学部見 虫学教室. 丸山宗手Ij, 2009. 2008年の昆虫界をふりかえ って 甲虫界.月刊むし, (459):31・39. 松村松年, 1898.日本昆盆皐.裳華房. 松村松年,1905. 日本昆轟線、目録,第一巻,蝶 蛾之部.警醒社書底. 松村松年,1931. 日本見議大図鑑.刀江書院. 宮本正一 ・安永智秀 ・友国雅章 ・林 E美, 2000. メクラカメムシの代替名 「カスミカメムシJ の提唱.植物防疫, 54:33・34. 宮田 正・湯川淳一, 2000.差別用語を用いた 昆虫和名の扱いに関する要望. 日本応用動 物昆虫学会誌, 44:63. 文部省 ・日本動物学会編, 1988. 学術用語集 : 動物学編.増訂版.丸善. 長野菊次郎, 1905.鱗麹類 ノ和名ニ封スノレ卑見.
  • 11. Panmixia.NO.17(2012) 日本鱗麹類汎論.名和昆議研究所編集部編, 名和昆盆研究所. pp.5-10. 野村周平, 2008. 2007年の昆虫界をふりかえ って 甲虫界.月刊むし, (447):30・51. 野村周平, 2012.和 名 に つ い て の 考 え 方 . Panmixia(見虫分類学若手懇談会会報) , (17):11・18. 日本直姐類学会編, 2006. バッタ・コ オロギ ・ キリギリス大図鑑.北海道大学出版会. 岡島銀次, 1929.昆哉の和名統一に就て.昆議, 3:203・205. 大石久志 ・米 津 晃 ・永富 昭,2000. 差別的 表現のある和名に関する改定の提言.はな あぶ, (10):107. 太安万侶編, 712.古事記. 大津省三, 2008.見虫の和名についての私見. ねじればね, (123):4-7. 佐藤陽一, 2002.魚の困った名前一差別的和名 をどうするか.青木淳一 ・奥谷喬司 ・松浦啓 一編著.虫の名 ,貝の名 ,魚の名ー和名にま つ わ る 話 題 .東海大 学 出版 会 ,東京, pp. 172-191. i頼能 宏, 2002. 標準和名の安定化に向けて . 青木淳一 ・奥谷喬司 ・松浦啓一編著.虫の名 , 貝の名,魚の名ー和名にまつわる話題.東海 大学出版会,東京,pp.192・225. 瀬 能 宏 , 2012.魚類における標準和名の考え 方と日本魚類学会の取り組み.Panmixia(昆 虫分類学若手懇談会会報) ,(17):37・44. 白水 隆, 2006. 日本産蝶類標準図鑑.学習研 究干土. 10 鈴木邦雄, 2009a. キイロネクイハムシの改称、 和名の提唱理由と標準和名に関するこ,士 の私見 藤 田 宏 氏 の 批 判 に 応 え る - 月 刊むし, (457):52-57. 鈴木邦雄, 2009b. 和名体系は学名体系に準じ て構築されるべきである ー属と種に 同じ 和名を付けるのはなぜ不都合かー.月刊む し, (463):48・53. 鈴木邦雄編, 2009c. 日本鞘麹学会「和名検討 委員会」の r001号勧告j への疑義一 日本鞘 題学会への「公開質問上」と学会の「回答J をめぐってー附 :関係資料.自刊.44pp. 鈴木邦雄, 2012.階 層 的 和 名 体 系 の 構 築 . Panmixia(昆虫分類学若手懇談会会報) , (17):19・36. Tadaucbi, O. & H. Inoue, 2000, On MOKUROKU直lebasedon"ACheckList of Japanese Insects" on INTERNET. Esakia,(40):81・84.http://konchudb.agr. agr.kyushu'u.ac.jp/mokuroku/index'j.htm 高野鷹蔵,1908. 蝶類の和名に就て.動物拳雑 誌 20:201・208. 問中茂穂 (1915)皐名及和名に闘する卑見.動 物学雑誌, 27:636・640. 矢野宗幹,1905.昆姦和名私見.博物之友,(28): 250・256. 湯川淳一 ・宮田 正, 1999. 差別用語を用いた 昆虫和名の扱いに関する要望.昆轟(ニュ ーシリーズ) ,2:197.
  • 12. Panmixia(昆虫分類学若手懇談会会報). NO.17.pp.11-18(2012) 和名についての考え方 野 村 周 平 国立科学博物館動物研究部 〒305-0005茨城県つくば市天久保 4・1・1 E-mail:nomura@kahaku.go.jp (2009年 12月 26日原稿依頼, 2010年 9月 16日原稿受領) 1.議論の経緯 すでに本誌の読者の多くがご存知のとおり, 2009年に甲虫界では和名をめぐる論議が活発 になり,前年に日本鞘題学会内に設置された, 「甲虫の和名に関する検討委員会J(通称和名 検討委員会)を中心として活発なやり取りが展 開された .さ らに この経緯を受けて, 2009年 11月 15日,日本鞘麹学会 2009年度大会・日 本昆虫学会関東支部大会合同大会の席上,公開 シンポジウム 「昆虫の和名を考える j が開催さ れた. 事の発端は,上に述べた和名検討委員会がそ の声明として,甲虫ニュース第 164号に r001 号勧告」を掲載したことであった. この内容は 次の段落の枠囲み中に示したとおりである.ち なみにこの勧告は,旧日本鞘題学会(旧日本甲 虫学会と 2010年に合併し,現在は新たな日本 甲虫学会)ホームページ rELYTRAJ中に掲載 されており,インターネットをつかうことので きるすべての人々に向けて公開されている (註 1). これに対して,同学会会員である大津省三氏 から 3月 27日付質問が学会(和名検討委員会) 宛提出された これに対して和名検討委員会は 回答文を用意し, 4月 22日付学会 H Pに掲載し た.さらに,ほぽ時を閉じくして,同学会会員 の鈴木邦雄氏が長文の「公開質問状Jを提出し た.しかしこれは当初,和文誌「甲虫ニュース」 に対する投稿原稿と言う形であったので,同誌 に掲載するのが適当かどうか編集委員会での検 討が優先される形となった.鈴木氏と同誌の編 集委員会との間でやり取りが会った後,会長の 001号勧告 2008年 11月 22日 以 下 の 分 類 群 に つ い て 、 和 名 を ル リ ク ワ ガ タ と す べ き で あ る こ と を 勧 告 す る 。 所 属 : ク ワ ガ タ ム シ 科 分 類 群 名 ( 学 名 ) :PlatycerusdelicatulusLewis,1883 当 該 分 類 群 に 用 い ら れ る べ き 和 名 :ル リ ク ワ ガ タ 当 該 分 類 群 に 用 い ら れ る 和 名 の シ ノ ニ ム:オオノレリクワガタ 参考文献 :Imura,Y.,2007.Elytra,Tokyo,35:471-489. 註 1:旧日本鞘麹学会 HPのコンテンツであった当該の記事は合併により,新日本甲虫学会 HP の中では旧日本鞘題学会アーカイブとして搭載されている. 11
  • 13. Panmixia.NO.17(2012) 斡旋により,学会誌ではなく,旧鞘姐学会ホー ムページへの掲載,和名検討委員会からの回答, という形になった.和名検討委員会としてはこ の「公開質問状Jを 6月 16日に受け取り ,7 月 1日に回答文を旧鞘題学会ホームページに掲 載した.大津氏および鈴木氏の質問内容および 学会側からの回答も│日鞘題学会ホームページに 掲載 ・公開されている. 鈴木氏は以上に述べたやり取りを含めて,主 にメール上で行われた討論なども含めた形で, 『日本鞘勉学会 f和名検討委員会」の r001号 勧 告Jへの疑義一日本鞘麹学会への 「公開質問 状J と学会の「回答」をめぐってー』と題する 小冊子を 8月 15日付刊行し,関係先へ配布し た.なお,問冊子には,大津氏による書き下ろ し論文(大津, 2009)が収録されている. 同年 11月 15日,日本鞘題学会大会と日本昆 虫学会関東支部大会の合同大会が東京農業大学 厚木キャンパスで行われたが,その席上, r昆虫 の和名を考える」と題する公開シンポジウムが 行われた.これは, 4名のパネラーが見虫のみ に限らず,生物和名の構造や機能について見解 を述べ,それに対し,また関連する事柄につい て,会場からの意見を募ったものである.本シ ンポジウムの講演要旨や質疑内容については前 掲の旧鞘麹学会ホームページのみならず,大会 講演要旨集に掲載されているので参照されたい. 以上が 2009年末までの本テーマにかかわる 学会および会員による議論の経緯である.筆者 は日本鞘姐学会の和名検討委員会委員長として, 上記に閲する議論の中で発言したり ,シンポジ ウムの司会進行を担当した立場と して,さらに これら の問題を深く掘り下げようと当初は考え ていた.しかしそれは,筆者の立場における弁 明にはなるかもしれないが,読者の和名に対す る理解に資するものとはなり得ないのではない かという疑義を抱いた.したがってここでは, 両氏との聞の議論の内容に深入りすることなく, しか し読者には 2009年内に行われた論争の主 だった論点が理解できるような内容を心がけた いと思っている. 12 2.論 点を整理しよう 以上に示したようないきさつがあった後,特 に鈴木氏の私刊書を入手された昆虫研究者の多 くの諸先生,諸先輩方に,本件に関する有益な アドバイスや激励をいただいた.大変ありがた いことである.しかし中には,十分な理解がな されていないと感じられるご意見もあった .特 に,筆者と大津氏,筆者と鈴木氏との問で, r和 名のあるべき姿」について全面的に意見が対立 していて,互いに一歩も譲らないと 理解されて いる節が見受けられた.これは必ずしも正しい 理解とは言いがたい. 大海氏,鈴木氏はそれぞれ, 2008-2009年の 著作の中で,和名の構成やその役割について, 詳しく意見を述べている .例えば大津氏は,大 津 (2008)の中で,鈴木氏は鈴木 (2009a)の 中で述べているので参照すべきであろう.これ らお二方のご意見に対して,筆者は決して反対 の立場に立ってはいない.むしろ和名のない分 類群に新たな和名を与える場合には,大いに参 考にすべきであると考えている.また,亜種の 和名に関する取り扱いについては,少なくとも 筆者は両氏の意見に賛同できる(大津, 2008; 鈴木, 2009b). それでは我々委員会側とお二方ではどの部分 で意見が対立しているのか?この点を明らかに しないと,今後の建設的な展開は望むべくもな い.ここで問題となっている和名を大きく 2つ に分けてみよう ,すなわち,和名のない分類群 に新たに和名を与える場合と,すでに和名があ る分類群に命名する場合である.前者の場合, すなわち和名のない分類群に新たに命名する場 合,例えば,新種に和名を命名するとか, もと もとは っきりした和名が与えられていない外国 産の種に命名する場合などが考えられるだろう. そのような場合には,該当する分類群に近縁な 日本産の分類群の和名の例や,近縁群との関係 に配慮した命名が求められるだろう.それにつ いて,大海,鈴木両氏もそれぞれ持論を発表し ている.それについて筆者は対立した意見 を述 べるつもりはない.つまりこの点で対立してい
  • 14. るわけではない. そうではなく ,もう一方の場合,すなわち, すでに永年使われ,定着してきた和名があ る場 合に ,その旧来の和名をどうするか,あるいは 分類学的な変更があった場合に旧来の和名を引 き継ぐべきか否かという点について,双方の意 見は分かれている .つまり継続性の問題である. さらに,階級の異なる分類群に同一の和名を用 いることが適切かどうかについて,かなり明確 に分かれているといってもよいだろう. 3. 和名の構造と機能→継続性の問題へ 日本における甲虫研究の長い歴史の中で,お びただしい数の甲虫和名が提唱されてきた.ご 存知のように,種に対して命名されたものが最 も一般的であろうが,科や目など高次分類群に 対するものもあるし,逆に種より下の亜種や, 型に対して命名されたものもある.ここで和名 を取り扱う我々が前提としておかなければなら ないのは,以下の 2 点で、ある,すなわち. 1) 分類体系は世界中の分類学研究者によって絶え ず見直され,和名が命名される対象である分類 群の組み合わせば常に流動している. 2) 学名 には複数の同物異名 (シノニム)の中からただ 一つを選択する基準が示 されており(先取権= プライオリティ ーの原則).国際的な合意が得ら れているが,和名にはそれがない.1.2の結果, 単一の種または分類群に複数の和名が提唱され ている例も多くあり ,研究者のみならず,和名 を取り扱う人々はしばしば,ある種を指し示す ために複数の和名の中からひとつを選ぶ,ある いは併記せざるを得ない,などとい った,あや ふやな状況が続いている .このような困った事 態についての検討はすでに行われている .藤田 (2008)は昆虫の和名に関して広範にわたって 総括しており. i和名による「混乱Jが起こると きJという章を立てた中で. i一番の混乱は,異 物同名と同物異名 Jであるとしている. 藤田はこの中で,和名では. i学名ではありえ ない 「一つの種に 2つ以上の名 Jとし、う状態が 時としてまかりとおる Jと述べている.しかし 13 野村周平 和名についての考え方 学名にも通常,一つの種に多数の異名が存在す る.学名の場合,命名者と発表年を伴ったラテ ン語の名称、として成立しているものを 「適格 (available)Jと称し,発表年の古い順に分類 の論文でリストアップされる(シノニミック ・ リスト).同一分類群について,しばしば複数存 在する適格名の中で,最も古く,他の適格名に 対して優先されるべき名称、を 「有効 (valid)J と称している .つまり学名においても同物異名 や異物同名は頻繁に生じているが,学名の場合 には最も優先されるべき名称が選択されるルー ルが定められている,ということなのである . 和名にはそれがないことが問題なのである. 文頭の鞘題学会和名検討委員会の勧告を再度 参照していただきたい.この勧告は井村氏によ って新たに提唱された 「オオルリクワガタ」と いう和名を否定したものであると誤解されてい る節があるが,実際は決してそうではない.iオ オルリクワガタ J とい う 和 名 が "Platycerus delicatuluよという種を指し示すことを確認し た上で,それが,同じ種を示す「ル リクワガタ J という和名とシノ ニム(同物異名)の関係にあ って.iノレリクワガタ Jよりも 下位にあるべきだ, ということを勧告したものである(強制したも のではなしつ.これはあくまで学名における同物 異名の処理の仕方と同様である . 藤田氏の論文に戻ろう.彼は有名な日本産の 昆虫に対してつけられた和名が,諸般の事情に よって後世さまざまな研究者や学者,有名無名 の出版物によって新たな和名や改称案が提出さ れてきた例を示し,それらが必ずしも成功 しな かったことを示している.そして.r提唱された 新名は,ほとんど恩恵がないばかりか,現実の 大きな混乱を引き起こすというのが私の見解で ある」としている. つまり藤田は,和名のつけられた見虫の種お よびその近縁群について,分類学的な取り扱い が流動することを踏まえた上で,古い和名と新 しい和名との聞の断絶をもたらさないために, すなわち和名を通じたコミュニケーションの上 に新たな混乱を付加しないために,継続性を重
  • 15. Panmixia.NO.17(2012) 視する立場であると理解される.学名の場合に は,分類学的変更によって有効名が変更される などの場合,通常このような継続性は生じない. 和名の継続性はしばしば学名にはないメリッ トをもたらすことがある.つまり分類学的変更 によって,有効な学名が継続性のない名称に置 き換えられた場合でも,和名が変更されないこ とによって,和名 と学名の両方を用いる人々に は,元が何であって,何が変更されたのかを理 解することができる.学名は変更されたが,和 名は一旦変更後,元に戻したコーカサスオオカ ブトムシの例を藤田 (2008)が示している.ま た閉じ論文で,学名と連動した和名を与えたた めに混乱してしまったチピコブカミキリ種群の 例が示されている. 継続性を重視する観点から藤田は,鈴木 ・南 (2008)がこれまでキイロネクイハムシと呼ば れてきた種に対して, rミナミキイロネクイハム シJ という新たな和名を提唱したことについて 批判している .それに対して鈴木 (2009a) も また反論し,こ の件について統一的な見解は得 られていないと見るべきであろう .いずれにし てもこの継続性の問題が和名論争の一つの論点 であることには間違いがない. 4. 階級の異なる同名の問題 鈴木氏は鈴木 (2009b) のタイトノレで「和名 体系は学名体系に準じて構築されるべきである J と述べているにもかかわらず,学名の体系に何 ら変更のないキイロネクイハムシに対して新た な和名を提唱した.その娘拠はおそらく,属(あ るいは種より高次の分類群)と穏に同一の和名 をつけるのは避けるべきである(鈴木, 2009b) とする所説にしたがったためであると筆者は理 解している.そしてそれはルリクワガタ属の一 つの種である Platycerusdelicatulusに対して 「ノレリクワガタ Jとい う旧来の和名を引き継ぐ ことを認めない立場と整合であると理解される. 大津省三氏も ,大津 (2008)やノレリクワガタの 名称をめぐる議論の中で拝見する限りでは,同 様の立場に立っているようである.このように 14 分類学的な階級(ランク)の異なる同名関係に ついて我々はどのように取り扱うべきだろう か ? 読者諸兄はすでにご存知のように,分類学的 な階級を異にする同名関係というものは,生物 和名の世界にはほぼ無数に存在するといってよ い. 日本で最も広く知られた甲虫といっても差 し 支 え な い カ ブ ト ム シ (Trypoxylus dichotomus)については,科名(コガネムシ科) とこそ異なっているものの,カブトムシE科, カブトムシ族,カブトムシ属,カブトムシ直属 と同名である.コ ガネムシ (Mimelasplendens) については少々事情が異なり,コガネムシ科, コガネムシ属とは同名であるものの,本種が属 するスジコガネ亜科,スジコガネ族,スジコガ ネ亜族とは同名でない .(以上,和名学名につい ては,藤岡, 2001に準 じた) だからといって,これら階級の異なる同名の ものにいちいち異なる和名を提唱するのが現実 的に妥当であろうか?カブトムシ,コガネムシ ばかりでなく,スジコガネ亜科,スジコガネ族, スジコガネ亜族についても互いに異なる新たな 名称を与えるべきなのであろうか.野村 (2008) はすでに,そのような行為は 「現実的でないJ と述べている .代替名を考え付いて ,何らかの 方法で提唱することは可能でも,それが和名を 使うあらゆる人々に受け入れられて,定着する とは思えない. 通常,我々を含む,和名を使う人々が「カブ トムシj とのみ言った場合には,第一に穫とし てのカブトムシ(およびその類似のもの)を指 し示すと考えるのが常識だろう.種としてのカ ブトムシではなく Dynastinae (カブトムシ亜 科)を限定して指し示す場合には,その和名は 「カブトムシE科Jであって, rカブトムシJで はあり得ない.つまり 「亜科Jをつけることに よって,階層(カテゴリー)の中から ,r直科J という階級を特定しているのである.カブトム シ亜科は穏としてのカブトムシを包含している ものであるから ,その亜科をカブトムシE科と 呼 ぶ こ と が 不 適 切 で あ る と は 思 わ れ な い .
  • 16. Dynastinae=カ ブ ト ム シ 亜 科 Trypoxylus dichotomus=カブトムシ,という 1対 1関係が 含まれる言葉の体系が通用している限りにおい て,カブトムシとカブトムシ亜科を混同するこ とは,よほど不注意な人でない限り考えられな し、. 逆にカブトムシ以外の類似の種を排除した, 種としてのカブトムシを限定する場合において 「カブトムシJという和名は適切ではないと鈴 木氏は主張されるかもしれない.わざわざ「種 どしてのJなどという面倒くさい但し書きをつ けなければならないし,そのままでは他の名称 と紛らわしいし,ということである.論旨は理 解できる,しかし現実的にカブトムシに 「カブ トムシj 以外の和名を与えることが可能だろう か. 鈴木氏は冒頭に挙げた fOOl号勧告」に対す る公開質問状の中で, f委員会が,ある属の和名 と,その属に帰属する種の和名とが同一である ことを是とする立場に立つ理由と根拠は何か? (質問 8)Jと委員会に閉し、かけており, ffある 属の和名と,その属に帰属する種の和名とが同 ーであること」は,質問 7の基本的な立場に抵 触するという理由によって,絶対に避けるべき である J との所説に照らして痛烈に本勧告を批 判している.しかし,委員会からの回答にある とおり,委員会は,種の和名とそれが属する高 次分類群(属も含まれる)の和名が同一である ことを是とする立場を表明したことは一度もな い . むしろその 2 者は階級を明示する語(~亜 科~族~属,等々)を付記することによっ て容易に区別できるので,是か否かなどという ことを判断する必要がない,ということである. 鈴木 (2009b) の中で鈴木氏は,Parnassius citrinariusという有効学名を持つチ ョウにつ いて,その和名を「当面はナミウスパアゲハと することを提案する J と記している.これは氏 の所説に基づき,ウスパアゲ、ハ属 (Parnassius) と異なる和名を与えるべきとの立場に立ったも のであろう.当該のチョウは従来「ウスパシロ チョウ」という和名でよく知られた種であるが, 15 野村周平:和名についての考え方 シロチョウ科ではなくアゲ、ハチョウ科であると いう理由から「ウスパアゲハJとするべきと提 唱されたものである(藤田, 2008では改称がう まくし、かなかった例として解説されている).そ こでこれらの和名をインターネット検索してみ ることにした.すると Yahoo検索 (2010年 6 月 30日)では,ウスパシロチョウ 389,000件, ウスパアグハ 33,900件 (ただし,種の和名と 高次群の和名は区別せずにナ ミウスパアゲハ O 件であった.Google検索 (Yahooと同日)では, ウスパシロチョウ 25,600件 ,ウスパアゲノ、 8,180件(ただし,!IlI科名,族名,属名として 示されたものを含む),ナミウスパアグハは,ナ ミ と ウ ス パ ア ゲ ハ を 別 々 に 検 索 し て しまい 1,320件,つながった文字列で ヒットしたもの はゼロだ、った.ことほど左様に,し、かに合理的 に作られた和名であっても ,人口に槍苦笑した旧 来の和名と取り替えることは至難の業である 鈴木氏が推奨する「ナミウスパアグハ」は生物 の和名としてどうであるかより以前に,意思を やり取りする道具であるはずの言葉として成り 立っていない. 5. r言 葉 狩 り 」 は す べ き で は な い → 強 制 性 の 問 題 冒頭に示した fOOl号勧告Jについて,大津 省三氏および鈴木邦雄氏がこれに強く反発し, 所論を述べたことについてはすでに示した .そ の中で両氏が強く懸念しているのは,同勧告の 強制性についてである.すなわち,日本鞘麹学 会という学会の権威をカサに着て,研究者個々 人の「学問の自由 Jを侵害する可能性があると いう点である. 大津氏は旧鞘題学会ホームページに掲載され た,和名検討委員会に対する質問の中で,この 委員会による勧告に強制力はないという点につ いて再三確認しながらも, fただ,任意団体とは いえ,学会がこのようなやり方で関与すると, 見解の相違が増幅され,虫屋の聞に亀裂が入る 可能性が高まることもありえますJとし,個人 レベルの議論を積み重ね,自然の成り行きに任
  • 17. Panmixia,NO.17 (2012) せるべきとした. さらにこの委員会からの回答に対して大津氏 は, rいずれにせよ,和名問題の土俵を作り,そ こで今回のような事案を検討し「勧告をだすj とする委員長の意見は認めがたい.し、かなる学 会にもそのような権限はないと考える.特に「勧 告」では「オオノレリクワガタをルリクワガタの シノニムj とし,学名のシノニム指定のような 書き方がしである以上,いくら強制力がないと 但し書きを入れても,多くの人は,オオノレリは 消 されたと受け止めるであろう Jと述べている (大津, 2009). 鈴木氏は, 1日鞘趨学会ホームページ所載の「公 開質問状Jの中で,学会あるいはその中の委員 会で和名に関する規則や基準が学会の責任と権 威によって策定されていない状況下において, 「今回のような特定の事例についてのみ,しか も特定の判断を声明/勧告として出すというの は,一種の魔女狩り的蛮行(特定研究者に対す る個人攻撃)と言わねばならず,学問の自由に 対する重大な侵害に当る可能性が高 いJ(質問 10) と批判した. 多数の研究者によって組織される学会に参加 し,その会の運営に携わ る者の一員 として,こ れらの会員からの声は真撃に受け止め,その意 味するところを肝に銘じるべきであると私は考 えている.大津氏が言われるとおり ,たとえ「強 制力がないものである」と強調したところで, 学会やその一部としての委員会の名前で発信さ れた声明には公共性が強 く反映するものであり , 一般会員や一般の人々が受け取る際には何らか のカを感じるものであるかもしれないからだ. もし上掲の勧告が「オオノレリクワガタ」とい う和名を強制的に禁じ,一方的に「ルリクワガ タJのみを Platycerusdelicatulusの和名とし て認めたものだとしたら ,それは鈴木氏が言う ように, r一種の魔女狩り的蛮行」であり「学問 の自由に対する重大な侵害行為」であるとする 見方に私もくみせざるを得ない.学会の権威= 強制力を持って,ある名称を禁じる行為は「言 葉狩り j であって,良識ある研究者の集団であ 16 る学会が決して行うべきことではない.学会が 研究の自由を保障するのは当然のことであるが, しかし学会が関与する分野で混乱を生じるか, その可能性があるときに,学会として方向性を 示すことで混乱を収拾するとし、う責任も併せ持 つことも,頭の隅に置いておくべきだろう. しかし旧鞘姐学会ホームページにおいて和名 検討委員会が説明しているとおり,この勧告は 「オオノレリクワガタ j という和名を強制的に排 除したものではなく,奄も個人攻撃を意図した ものではない.この点については,鈴木氏への 電子メールで直接説明したが,まったく受け入 れてもらえなかった(鈴木, 2009c. 特に pp. 20・21参照). 6.標 準 和名 を決定する ものは何か ? 大津氏ならびに鈴木氏とのやり取りを通じて, 以上説明してきたような和名の構造と機能にか かわる問題点は,以下の 2点に絞られるように 感じられる .すなわち… 1) 階級を異にする同名の和名については,こ れを排除し,異なる和名を提唱するべきと する意見があるが,少なくとも筆者は これ には同意できない.階級を明示する語を添 えることによって混乱は確実に回避でき るし,多くの新たな名称を提唱する ことは 更なる混乱を招 く恐れがある . 2) 一つの分類群について複数の和名が生じ ている場合,またはその恐れがある場合に, 他に優先して一つの和名を決定できる理 由として,その和名が一つの理念に照らし て合理的であるとする「合理性Jか,また はその和名が従来使われ続けてきたとす る「継続性Jがあって,意見が分かれる. 2に関連して,結局のところ,単一の分類群 について複数の和名がある場合に,最も優先さ れるべき和名=標準和名を決定するのは何であ る(ベき)か?という点については,これまで 意思統ーが図られてこなかった.そのことが, 以上述べてきたような和名にまつわる多くの問 題をもたらしているといえるのではないだろう
  • 18. か.fウスパシロチョウJの例に端的に現れてい るように,少なくともこれまでいくつかの中か ら標準和名を決定してきたのは f合理性」では なく ,和名を用いる多くの人々の合意=コンセ ンサスであった. 冒頭に示した日本鞘麹学会和名検討委員会の f001号勧告」は,ノレリクワガタ研究に携わる 数名の会員から意見を聴取し,少なくともルリ クワガタ研究者の多数意見を尊重する方向で発 信 されたものである.それに対する疑義を提出 した一人である鈴木氏は鈴木 (2009c)の中で 以下のように述べている .f研究者聞のコンセン サスの有無を重視するという考えが,貴兄らの 今回の「声明/勧告Jの背後に自明のことのよ うにあることにむしろ非常な危機感を抱くのは 私だけではないと考えます.J(p.21). このこ とが,鈴木氏らと筆者 らとの間で,和名に対す る大きな意見の違いを生んでいるポイントであ るように思われる . 藤田 (2008)はこのように複数の和名が生じ, 混乱を招いている ,あるいはその恐れがある場 合に,日本晴蛤学会や日本魚類学会のような学 会がその裁決を行って和名の安定を図っている 例を紹介した.そして 4つの提言のうちのーっ として以下のように述べている f同じ種類に対 して 2つ以上の異なった和名があり,平行して いつまでも使われて混乱があると思われる場合 は,学会などで勧告または裁定をして適切な和 名を選択する方向をめざす ことが望ましい .J 筆者は研究の自由が原則だと考えてはいるが, 学会の社会的責任としてその役割を果たすべき と考える .だからこの意見に賛同できるし, f001号勧告Jはそのような理念に従って発信 されたものだと理解している.大津氏が鞘題学 会への質問の中で述べているように,個人レベ ルの議論を積み重ねてゆき,学会は介入せず自 然の成り行きに任せるという方策も当然あるし, 多くの和名はたとえ一時的に物議をかもすこと があっても,時間をかけることによって,ある べき姿に簿ち着いていくことになるであろう. しかしそれには多大な時聞が必要だ.学会が研 17 野村周平 .和名についての考え方 究者と 一般社会との間の意思疎通を手助けしな ければならないケースはたびたび起こる.ただ し,先にも述べたようにこのような学会による 方向付けは絶対に強制的なものであってはなら ない.あくまでも非強制的な対応に限定するべ きであると思う. 和名は研究者だけのものではない.研究者の 仲間内でカブトムシやコガネムシの分類体系に ついて云々するだけであれば,学名だけで一向 に問題がない. しかし和名の機能はもっとスケ ールの大きいものである.分類研究者ばかりで なく,生態研究者にも ,生理学関係の研究者に も,ある いは,昆虫愛好者,農林業関係,教育 関係,マスコ ミ関係,等々,臼本語教育を受け た,多くの人々を結びつけることのできるコミ ュニケー シ ョンツールである .研究者の集合体 である学会はそのことを意識しながら,コミュ ニケーションを阻害する ことのないよう,和名 をあるべき姿に導く責任を負っているのではな いだろうか. 謝 辞 本稿を草するに当たり ,原稿を閲覧し てチェ ックいただいたほか,有益な情報をいただいた 下記の方々に心より御礼申 し上げる(敬称略, 順不同):高桑正敏,藤田宏,新里達也,露木繁 雄,大原昌宏,鈴木亙.ま た本稿の執筆を依頼 され,本誌への掲載をお世話いただいた九州大 学大学院比較社会文化研究院の細谷忠嗣助教に 厚く御礼申し上げる. 参 考 文 献 大津省三, 2008. 昆虫の和名についての私見. ねじればね, (123):4・7. 大津省三, 2009.大津省三 ・日本鞘麹学会H P に掲載された「大津省三会員からの ご質問 とそれに対する回答 (27thMar.2009)に 対する疑義.鈴木邦雄編「 日本鞘題学会「和 名検討委員会」の f001号勧告」への疑義一 日本鞘趨学会への「公開質問状」と学会の 「回答」をめぐってー J,pp.29・32.
  • 19. Panmixia.NO.17(2012) 藤岡昌介.2001.日本産コガネムシ上科総目録. KOGANESupplementNo.1.293pp. 藤田 宏.2008.昆虫の和名を考 えるー標準和 名への道.月刊むし. (450):64-77. 野村周平. 2008. 2007年の昆虫界をふりかえ ってー 甲虫界一.月刊むし .(447):30・51. 鈴木邦雄. 2009a. キイロネクイハムシの改称、 和名の提唱理 由と標準和名に関するこ三の 私見 藤田宏氏の批判に応える...._月刊む し. (457):52・57. 鈴木邦雄. 2009b. 和名体系は学名体系に準 じ て構築 されるべきであるー属と種に 同 じ和 名 を付けるのはなぜ不都合かー.月刊むし, 18 (463):48・53. 鈴木邦雄. 2009c. 日本鞘姐学会「和名検討委 員会j の rOOl号勧告」への疑義一日本鞘題 学会への「公開質問状J と学会の f回答」 をめぐ ってー.鈴木邦雄編「日本鞘題学会 「和名検討委員会Jの rOOl号勧告Jへの疑 義一日本鞘麹学会への「公開質問状」と学会 の「回答Jをめぐって-J.pp.l・24. 鈴木邦雄 ・南 雅 之 . 2008. GeorgeLewisが 横浜豊顕寺で採集 した ミナミキイ ロネク イ ハムシのタイプ標本ーいわゆ る索木標本と 関連してー.甲虫ニュース. (162):1・14.
  • 20. Panmixia(昆虫分類学若手懇談会会報). No.17. pp.19-36(2012) 階層的和名体系の構築 鈴 木 邦 雄 干939.0364富山県射水市南太閤山 14-35 E.mail:kunimushi@shore.ocn.ne.jp (2009年 12月 26日原稿依頼,2011年 9月 2日原稿受領) 「たいていの知的問題は,結局,分類と命名法の問題である J(Hayakawa,1978) 1.はじめにー和名の功罪ー 院生時代,研究室の教授達のもと に しばしば 欧米の研究者が来訪したが,末席に座しながら ひどく考えさせられたのは,彼らの多くが,自 身の研究材料だけでなく ,多くの生物群につい て 学 名 で 議 論 し て い る こ と で あ っ た . angiosperm (被子縫物)とか mammal (晴乳 動物)な どと いった一般名については不思議で、 はないが,様々な生物群の高次分類群名や代表 的種の学名が自然と口をついて出るといった感 じであった.類似の経験は,その後,欧米諸国 で多 くの研究者と交流する際にもしばしば味わ った . 日本では,研究者同士でも , 自身の研究 材料は別としても,他の生物群については互い に和名で済ませている場合が多いように見受け られる .和名によって専門研究者間でも,現実 に意見交換 が円滑に行なわれると い う利点も否 定できない.学校教育や社会教育,さ らに啓蒙 活動などの場において,和名の果たす役割は小 さくない. 1997年,中米パナマにしばらく滞在したが, スミソニアン熱帯研究所 (STRI)の D.Windsor 博士と 共通の研究対象であるハムシ類の寄主植 物について議論していて,種々の植物群の学名 を,科のような高次分類群名すら必ずしも 充分 に記憶していないために博士の失笑を買 った苦 い思い出がある.その時,私に, 自らの不勉強 を棚に上げて 「ふだん和名でほとんど済んでい るからなあJという弁解がましい思いが湧いた ことは否めない.その後は,意識して寄主植物 などの学名もできるだけ記憶しようと 心掛けて 19 はきたが,付け焼き刃で容易に身に付くもので はない.個人的経験ばかりを記して恐縮だが, 中学生の頃からハムシ類に興味を抱いていた私 は,高校生の頃には日本産の種の半数以上は学 名で誇んじていた.いろいろな生物群について も同じような意識で学名 に注意を払っていたな らと思わないでもない.名称は,単なる記号以 上のものであり ,名 称を知ることを通して,わ れわれはこの世界についての理解を深めていく のであるから. 諸外国の研究者との積極的な交流を前提に考 えるなら,大学教育の場では,もっ と学名に親 しむ ようにすべきだろう .特に生物学関係の分 野の専攻生には, 主な生物群名(内外の主要な 教科書類に頻出する生物に照準を合わせるのは 現実的な選定法)は,英名と共に学名をも っと 身につけるような教育がなされる必要があろう . でなければ,生物系の外国人研究者との円滑な 意見交換は,かなり限られたものとならざるを 得ないよ うに恩われる. そもそも「学名は万国共通の名称である Jと 学校教育でも教えていながら,生物学専攻の大 学生でも,代表的な実験生物を除けば,学名を 知っている生物はごく限られて しまっているよ うに思われる.平嶋義宏博士が, "、くつかの著 書の中で,学名に関してもっと広く関心をもつ べき ことを強調しておられるのは真に尤もであ る.個人差もあろうが,私の経験では,日本国 内では,分類学関係の学会などでも自分の研究 対象にかかわる群以外の生物群について,和名 だけで実際上はほとんど支障が生じないという
  • 21. Panmixia,NO.17(2012) 現実がある.これは,生物学徒にとっては,和 名の存在が,一種の足柳になっているというこ とでもある. さて,本特集で事務局から要請されたのは, 私がこれまでにいくつかの小論において一貫し て主張してきた, r和名(標準和名)体系は,学 名と同様,階層的秩序を持つように構築される べきである j という私見について,その論拠な どを解説することである.官頭の標語のように, 本稿での諾議論の中心課題も,結局は言葉(和 名とその関連用語)の定義,つまり命名法に関 わる問題である,というのが私の基本的立場で ある. 和名に関する私見は,私の fキイロネクイハ ムシの改称和名の提唱理由と標準和名に関する 二,三の私見ー藤田宏氏の批判に応えるーJ(鈴 木, 2009a)と「和名体系は学名体系に準じて構 築されるべきであるー属と種に同じ和名を付け るのはなぜ不都合か-J (鈴木, 2009b)なる 2 矯の論考中での所論にほとんど尽きている .ま た,私は,日本鞘趨学会の和名検討委員会が, 2008年に同会会報『甲虫ニュース』の「会告j 記事中に「声明」として出 した r001号勧告J [Imura(2007)が PlatycerusdelicatulusLewis, 1883に対して用いた‘オオルジクワガタ'の和 名を‘ルリクワガタ'のシノ ニムとして,後者 を用いるべきであるとの趣旨]に対して,その 内容(判断)自体が不適切であり,そのような 勧告を学会の委員会名で出したことも学問の自 由を不当に奪うものであると考えた.どのよう な和名を使用するかは,その使用者の学問的理 解の内容や水準と不可分のことだからである. 同学会は,その勧告を撤回すべきである(鈴木, 2009b).私は, rr甲虫ニュース J164号掲載の 日本鞘姐学会「会告J記事に対する疑義一和名 検討委員会への公開質問状ーJと題する原稿(後 述の冊子に収録)を同ニュースに投稿したが, その掲載を拒否された.私は,その処置に納得 できず,同編集委員会宛抗議文を送付しその論 拠を明示するよう求めた.私は,現在も,その 時点での私の主張や抗議内容は,正当であって, 20 何ら修正すべき点、を見出せない.学会事務局は, 私の抗議に対して,私の原稿を学会の Web頁 に「公開質問状に対する回答Jと併せて掲載 し た.私は,私の原稿は,上記勧告に対する公開 質問状として警かれたのであり,勧告同様 『甲 虫ニュース』に掲載されるべきことを再三主張 したが拒否された.私は,現在でも,学会事務 局が提示したその理由にも措置にも納得してい ない.私の原稿の,学会 Web頁への掲載は, 学会事務局が 『甲 虫ニュ ース』に掲載 しないこ とに対する代替案として私に示したものだが, それを受け容れなければ私の原稿はまったく日 の目を見ないことになるため,承諾したに過ぎ ない.私は,この件に対する学会事務局の一連 の対応は,現在でも極めて不当であったと考え ている.私は,この件に関する一連の経緯をき ちんと記録しておく必要があると考え, Web頁 に掲載された私の原稿とともに,やはり Web 頁に掲載された大津省三1等士が和名検討委員会 宛に出された質問状とそれへの回答, さらに『甲 虫ニュース』の編集委員会や学会執行部と私の 間で交されたメーノレなどを収録した 44頁の私 家版冊子(鈴木編, 2009) を作成し,インタ ー ネットの revolveJや rtaxaJなどのメーリン グリストを通じて広告し,希望者全員に送付し た.その冊子中の私の執筆した部分にも,和名 に関する私見はいろいろな形で述べてある. 和名に関する諸問題 u和名問題Jと総称)に ついて,建設的 ・生産的な議論を進めるには, その前提として,いくつかの事項や用語につい て,常識的な論理学的・ 言語学的理解を踏まえ る必要がある. r和名問題Jの多くの問題は,そ れだけで,ある程度は合理的に処理できる .既 発表のいくつかの論考などでもある程度は触れ てきたが,本稿でもそのために必要と思われる ごく基礎的な事項についてはできるだけ要約的 に整理して示すようにした.読者は,本稿の全 体が,rf日名体系は,学名体系に準じて構築され るべきである Jことを主張していると理解され たい. 和名体系の構築にあたっては,学名体系を細
  • 22. 部にわたって規定している現行の『国際動物命 名規約~ (第 4版. 2000 ; 以下 WCode~) に対 応するような一般的な規約を策定できれば,不 毛な議論や無用な混乱の多くは避けられるであ ろう.しかし,現状は,その地点、からはほど遠 いと言う他ない. rCode~ が,全動物群に適用 されることを前提として策定されているのに対 して r和名問題」は,少数の動物群について, 個別にいろいろなレベルでの議論が行われ始め ている段階に過ぎない.本稿の射程も,主に昆 虫綱という,節足動物門の 1綱を対象にした和 名体系構築への,しかもまだ第一段階の問題に 絞らざるを得ず,今後の議論への多少とも叩き 台となることを期待した試論的なものであるこ とを承知されたい. r和名問題j は,学名と異な り,重要度が圧倒的に低いから,真剣に議論す るに値しない,と考える研究者も少なくない. しかし,他にも多様な立場があるであろう こと を承知の上で,私は,和名を,少なくとも学問 的な議論の場ではいっさい用いないとするので ない以上.r和名問題Jを軽視することは,むし ろ非現実的であると考えている . 本稿では, これまでに公表した拙著論考中で 披涯 した和名に関する私見を,少し整理しでま とめておくことで,責を果たしたいと思う.い ろいろ思案したが.L.Wittgensteinの『論理皆 学論考』のひそみにならうなどと い う大それた ことを考えたわけではないが,私の考える論理 展開上の重要度あるいは順序に従ってナンバリ ングした命題 preposition(((論理的判断を言語 や記号で表現したもの)))の形式で纏めてみるこ とにした. どのような命題も,当然のことなが ら,それが置かれた前後の文脈で意味が大いに 異なる場合がある . ここでのナンバリングに従 って主張内容を検討していただければ,私の意 図は自ずと明らかであろうと考える .V章は, 既に一度,かなり詳しく論じたことに,多少補 足事項を加えたものである . 本論に入るに先立ち,本稿執筆の機会を与え られた「若手の会J前事務局と厄介な編集の労 を取られた細谷忠嗣氏に深謝する. 21 鈴木邦雄 ・階層的和名体系の構築 11. 階 層 的 和 名 体系 の構 築 。本稿に於ける凡例と注意事項 (1)以下の議論は,全て動物の学名や和名を前提と したものである (2) r和名 Jの語は, 一貫して学術的な議論におい て用いられる「学名に対応する和名J.すなわち 「標 準和名 j の誇と同義に用いる . (3)以下の命題群は,いずれも「和名とはこのよう なものとして理解されるべきである Jとの私の主張の 展開の結果を,法律の条項におけるように,階層的ナ ンバ リングを施すことによって,各命題の重要度や本 稿の議論の射程全体における位置,さらに命題相互の 関連性が把握しやすいように意図 して整理されてい る.ただし,どの命題も他の命題とさまざまな関連を 持っており,別様の整理(その結果として,各命題に 対する比重の付け方)がいくらも可能である (4)以下に示す命題群の階層性の規定や各命題の 表現の全体は.r(生物の学名や和名に関する)本稿の 議論の文脈に於いてはJとの意味で記されている独自 のものであることを承知されたい. (5)各命題中の一般語の定義(意味)は,無用な誤 解を避ける ために,可能な限り一般的な国語辞典で基 本的な理解が得られる範囲を踏まえて用いるが,必要 に応じて直後の( )中に私なりの表現で,本稿にお ける文脈に副った補足的説明を与えたごく 一般的な 辞典類においても,受け止め方によっては,同一誇の 定義(意味)についてかなり異なる理解に到ることが あるためである (6)各命題中の生物学関連の術語の定義 (意味)は3 主に岩波の「生物学辞典J(第 4版)で基本的な理解 が得られる範囲を踏まえて用いる が.(4)と同じ趣旨 から,必要に応じて直後の( )中に私なりの表現で 補足的説明を与えた. (7)各命題中の生物学以外の学問領域の術語の定 義(意味)は,可能な限り 一般的な国語辞典で基本的 な理解が得られる範囲を踏まえて用いるが.(4)と同 じ趣旨から,必要に応じて直後の( )中に私なりの 表現で補足的説明を与え,特定の文献からの引用を基 礎とするものは,必要に応じて,その旨明記する よう にした. (8)ある命題に対する補足説明,さら には理解を助
  • 23. Panmixia.NO.17(2012) ける具体的事例(原員IJとして,昆虫類から選ぶ)など が必要と考えた場合,できるだけ階層的なナンバリン グを施した副次的命題を冨IJえることで,ここでの議論 の射程全体に於ける位置が明示されるように工夫し た. (9)本題から逸れるものの,さらに読者の注意を喚 起しておきたい関連事項に関する私見などは,当該命 題の下に(君主)として小ポイントで記した. (1ω 本稿では, r和名問題Jを議論することが目的 であるが,和名は学名に付随する名称であり,和名体 系は学名体系に準じて構築されるべきであるという のが私の基本的立場であり,後者についての軍要事項 の解説を前提とした議論の進め方に比重が置かれて いることも承知されたい. (11) r腐のJおよび「種のJという表現は,それ ぞれ「属階級のj もしくは「種階級のj と同義の場合 とf属(階級に位置する)分類群のjもしくは f種 (階 級に位置する)分類群のJと同義の場合とがあるので, できるだけ誤解を生じないように,厳密に使い分ける ようにした.そのため,表現がくどい部分が少なくな いが,諒とされたい.特に誤解の余地がないと判断し た場合は,それぞれ後者の場合を, r属分類群のJ も しくは「種分類群のJと記した. * * * 命 題,名 辞 . 概念 , 定 義 1 命題 propositionとは,判断 judgementを 言葉 wordで表現したものである . 1.1 判断とは,ある思考対象についての主張の 作用である . 1.11 命題と判断とは,ほとんど同義と見な し ても差し支えない. 1.2 名 辞 term (name)とは,概念 concept を持つ語の総称である. 1.21 概念とは,名辞の意味内容を指す. 1.211 概念とは,名辞に対してわれわれが与 える約束事(定義)であり,事象 phenomenon に対して与えられるものではない. 1.2111 名辞は,内包 intension(connotation) と外延 denotation(extension)を持つ. 1.21111 名辞の内包とは,その名辞の適用さ 22 れる対象の共通性質(意味 meaning)を,名辞 の外延とは,その名辞が適用される対象の集合 (クラス class),つまりその名辞の意味の及ぶ 範囲を,それぞれ指す. 1.212 さまざまな事象に対する認識(理解) を深めていくには,既存の名辞(概念)の制約 (外延)を打破して既存の外延を改変する(内 包を改変すれば外延も必然的に変わらざるを得 ない)か,新たな名辞(概念)を作る(あるい は発見する)か,いずれかの作業が不可欠であ る. (→唯名的定義) 1.2121 名辞は,言語学的な機能上の違いによ って多くのクラス(品詞)に分けられる. 1.22 概 念 は ,包含関係によって,上位概念 (genus;類概念)と下位概念 (species;種概 念)に区別される. 1.221 概念は,我々の論理 logicによって支え られているが,それはわれわれが概念というも のを階層的 hierarchicに構築してきたことを反 映している. 1.22日 全ての名辞体系は,基本的に階層的に 構成されている . 1.22111 名辞体系は,概念の使用にあたって, その階層性の維持を前提とすることによって十 全に機能することが保障される. 1.3 ある命題において,主語 subjectとは,そ れについて主張される当のものを指し,術語 predicate とは,主語について主張される事柄 を指す. 1.31 主 語 と な る も の を 主 辞 ( = 主 概 念 ) subject,それについて述べられる概念を賓辞 predicate,主辞と賓辞を連結して肯定または否 定を表す語を繋辞 copulaと呼ぶ. 1.4 名辞の定義 definitionとは,その名辞(概 念)の内包を明示し,その外延(クラス)を確 定する手続きのことである. 1.41 名辞の定義において ,定義される名辞を 被定義項(被説明項) definiendum,定義に用 いられる穏を定義項(説明項)definiensと呼ぶ. (1主)定義には次のような,さまざまな種類がある. 詳しくは,倫理学の教科書を参照されたい