スライド資料（質疑応答含む）

1. 米国での遠隔医療手話通訳に対する
医者とろう患者の評価比較
筑波大学 人間系 障害科学
特任助教 矢部愛子 (やべ まなこ)
2021 インフォメーションギャップバスター
オンデマンド講演会

2. 報告の内容
第1部 自己紹介
第2部 博士課程の研究報告 “Healthcare Providers’ and Deaf Patients’
Perspectives on Video Remote Interpreting: A Mixed Methods Study”
第3部 日本と米国の医療手話通訳
第4部 今後の研究計画

3. 第1部 自己紹介

4. 自己紹介
• 日本 先天性感音性難聴 (110 dB〜)
• 米国 アトランタ
• 英国 ロンドン
日本手話・英国手話・米国手話を学ぶ
• 米国 カリフォルニア州立大学ノースリッジ校 ろう学（学士号）
南カリフォルニア大学 社会福祉（修士号）
イリノイ大学シカゴ校 障害学（博士号)
• 13年間の米国留学を経て、現在、日本に至る

5. 第2部 博士論文の内容

6. 研究の内容
• 博士号論文の原題
“Healthcare Providers’ and Deaf Patients’
Perspectives on Video Remote Interpreting:
A Mixed Methods Study”（Yabe,2019）
（訳）米国での遠隔医療手話通訳に対する
医者とろう患者の評価比較–混合研究法
–

7. 遠隔医療手話通訳
▪ 米国の病院では遠隔医療通訳が急速に普及
▪ 遠隔医療通訳
▪ カメラ付きのパソコンやタブレット
▪ 音声通訳と手話通訳の２種類
画像著作権(Kashar, 2009)

8. 遠隔手話通訳の利点と問題点
利点
• 低コスト
• 緊急時の遠隔通訳者の確保が容易
問題点
• 接続環境の制約、装置の使い難さ、映像画面が小さい
• 誤訳による誤診断のリスクが高い
• ろう盲や重複障害、限られた言語 、小児などの患者には合わない

9. 英語圏における調査研究のサーベイ
• 非英語患者や音声通訳者を対象した調査研究は多いが、
医者を対象した調査研究は少ない
• ろう患者や医療手話通訳者の対象した調査研究、
遠隔手話通訳に関する調査研究は少ない
• 医者とろう患者を対象にした遠隔手話通訳の調査は本研究が初めて

10. 問題提起
• 遠隔手話通訳と対面手話通訳について
• 医者とろう患者の視点の相違点
• 非英語患者治療する医者とろう患者治療する医者の視点の相違点
• 医者とろう患者の立場から、医療コミュニケーション上の課題

11. 分析手法
混合研究法
(Creswell & Clark, 2017)
オンラインアンケート
による統計的分析
インタビューによる
内容の分析

12. データの収集
第2部：
インタビュー調査
(16名)
非英語患者とろう患者を治療する医者（8名）
ろう患者(8名)
第1部：
アンケート調査
(103名)
非英語患者を中心に治療する医者（36名）
ろう患者を中心に治療する医者（26名）
ろう患者(41名)

13. 調査対象者の特徴
医者(62名)
• 男性（16名）、女性（45名）
• 20代から30代の年齢が多数
• 66% は白人
• 歯医者、看護師、医学生が多数
• 84% はイリノイ州出身
ろう患者( 41名)
• 男性（17名）、女性（22名）
• 40代から60代の年齢が多数
• 68％は白人
• 大学卒が多数
• 73％はイリノイ州出身

14. 重大治療と一般治療において
好ましい通訳方法の比較
50
35
4
2
0
10
20
30
40
50
60
医者 ろう患者
調査対象者数
重大治療や緊急治療
26 26
23
6
0
10
20
30
40
50
60
医者 ろう患者
一般治療や非緊急治療
遠隔通訳
対面通訳
▪ 両グループとも、対面手話通訳が好ましいと
する回答が多かった。
▪ 医師はどちらでも良いと言う回答が多いが、ろ
う患者は対面手話通訳が好ましいとする回答が
多く、両者で回答内容が有意に異なった。

15. 医者とろう患者による
通訳選好の理由と現実
共通点
• 遠隔手話通訳利用時の技術的問題
• 重大な医療措置においては、質の高いコミュニケーション、正確
な通訳、医師と患者の信用関係が期待できる対面手話通訳を希望
• 病院予算の制約や病院内医療手話通訳者の不足等よって、
必ずしも対面通訳希望通りにならないこともある

16. 医者とろう患者の考え方の違い
相違点
• 医者：対面手話通訳の経費が高いことを危
惧しており、予約がキャンセルされた時の
払い戻しができない
• ろう患者：十分なコミュニケーションが確
保できない遠隔手話通訳は予算の無駄使い

17. 患者や通訳とのコミュニケーションに関する
医者の研修
1 1
2 2
13 11
20
12
0
10
20
30
40
非英語患者を扱った医師 ろう患者を扱った医師
患者に対する
コミュニーケション研修の有無
1 0
3 4
11 11
21
11
0
10
20
30
40
非英語患者を扱った医師 ろう患者を扱った医師
遠隔手話通訳が入った場合の
コミュニケーション研修の有無
全く研修無し
少し研修あり
多少研修あり
研修あり
調査対象者数
■ 両グループによる有意差は無し。「少し研修あり」、「全く無し」が多数。

18. 遠隔医療通訳に関する研修の必要性
32
19
36
4
7
5
0
10
20
30
40
50
非英語患者を扱った医師 ろう患者を扱った医師 ろう患者
遠隔医療通訳によるコミュニケーション研修の必要性
研修は必要ない
研修は必要である
調査対象者数
■ 全グループで有意差は無し。全グループは「研修必要である」が多数。

19. 研修の必要性とその理由
医者の視点
• ろう患者やその患者家族が、情報保障権利を理解
するための指導が必要
ろう患者の視点
• 病院事業管理者がろう患者の対面手話通訳希望に
反して遠隔手話通訳を提供することは法律上問題
• 遠隔通訳者に対して、医療専門用語に関する専門
的教育の必要

20. 今後の課題
• 医者や看護師、病院経営者、ろう患者とその家族に対する研修の必要性
• 遠隔手話通訳と病院内対手話通訳の両予算のバランスの確保
• 遠隔通訳装置の改良

21. 第3部 日本と米国の
医療手話通訳

22. 米国手話通訳と日本手話通訳の相違点（1）
相違点1
• 米国の手話通訳と日本の手話通訳に対する見方
• 権利保障の視点 対 社会福祉の視点

23. 相違点2
• 米国の病院と日本の病院での手話通訳の手配
• 病院経営者の責任 対 患者の責任
米国手話通訳と日本手話通訳の相違点（2）

24. 本研究からの
日本の医療手話通訳への貢献
参考になる点
• 遠隔医療手話通訳の利点と問題点
• 重大や緊急時の治療とそうでない時の治療について、
医者とろう患者の遠隔手話通訳と対面手話通訳の考え方の違い
• 混合研究手法からのアプローチ

25. 第4部 今後の研究計画

26. 若手研究「国内外の大学における聴覚障害者教員の
教育的貢献は何かー混合手法による接近ー」
• 国内外の大学の聴覚障害者教員の支援実情
• 日本
• 米国
• 英国
• カナダ
• 聴覚障害教員への支援が十分でない主な理由は何か？

27. 研究目的と調査手法
• 混合手法研究
• 聴覚障害教員の授業を受けた学生による授業
仮価値の評価
• 聴覚障害教員のコミュニケーション支援の有
無による教育研究や社会活動の相違点

28. 海外における研究活動
• 博士号論文を元にした本の執筆
• ライティングセンターに関する共同研究
• デジタル論文雑誌のアクセシビリティ准編集者

29. 参考文献
• 矢部愛子。(2021)。「米国での遠隔医療手話通訳に対する医者とろう患者の評価比較」2020年
度障害科学学会大会。2021年3月6日〜2021年3月27日。リンク先。
• Yabe, M. (2020). Healthcare providers’ and deaf patients’ interpreting preferences for critical
care and non-critical care: Video remote interpreting. Disability and Health Journal, 13(2), 1-8.
Retrieved from https://doi.org/10.1016/j.dhjo.2019.100870
• Yabe, M. (2019). Healthcare providers’ and deaf patients’ perspectives on video remote
interpreting: A mixed methods study (Doctoral dissertation). Chicago, Illinois: University of Illinois
at Chicago. 1-196. Retrieved from http://hdl.handle.net/10027/23667.
本報告は、イリノイ大学シカゴ校に提出した博士号論文を基にしており、同大学の倫理審査委員
会の許可（番号2017−0592）を得ている。

30. 聴講ありがとうございました

31. 質疑応答

32. 【質問①】
遠隔手話通訳の研修が必要とのことですが、利用技術の習得についてもう少し詳
しく解説をお願いします。出来ましたらより具体的な例を挙げて解説をお願いし
ます。また、医療専門用語研修も必須項目とのご意見に同意します。通訳側とし
ては現状では限界がありますが、医者側としてはキチンと通訳してもらわなけれ
ば診断がブレてしまうのですから。症状の通訳の質向上についてお考えを聞かせ
ていただきたく思います。
【回答①】
例えば、初めて日本の電話リレーサービスを利用する時、タブレットやパソコン、
インターネットを設置するための利用者マニュアルがあります。その場合、手話
通訳者と聴覚障害者が、お互いの顔や手話が画面でよく見えるように、光や背景、
設置の高さを調整するなど、効率的に利用できるように工夫が大切です。同様に、
医療現場で遠隔手話通訳を行なう場合、手話通訳者と聴覚障害者、医者がお互い
の顔や手話、患部が見えるように、カメラや光の調節、映し方についての工夫や
ノウハウが必要となります。また、症状の通訳の質向上については、ある程度の
医学知識の習得が必要になりますので、そのため の専門的な医療手話通訳コース
の開発や、コース修了者に対する資格認定制度が重要と考えています。このよう
な制度については、米国では既に存在していますが、残念ながら、普及はこれか
らの課題です。

33. 【質問②】
アメリカでの医療の手話通訳制度に関して基本を知りたいです。費用面の話が出
ていましたが病院がどのような負担をするのでしょうか？また医療現場での遠隔
通訳のツールはどのようなものを利用しているのでしょうか。
【回答②】
遠隔通訳のツールは日本の電話リレーサービスのツールと似ています。日本の電
話リレーサービスでは、タプレットやパソコン、インターネットを設置して、電
話番号を入力し、手話通訳か文字通訳のボタンをクリックして、電話リレーサー
ビスにつなげます。同様に、遠隔手話通訳でも、タブレットやパソコン、イン
ターネットを設置し、米国手話、韓国語、アラブ語等の使用言語に関するボタン
をクリックして、遠隔通訳会社に接続し、通訳を依頼します。そして、費用につ
いては、日本の電話リレーサービスの費用は電話をかけた本人が負担するように、
遠隔手話通訳サービスの費用は病院が負担します。

34. 【質問③】
遠隔手話通訳による誤訳により訴訟が増加しているとのことですが、誤訳を防止
減少させる方策は何かありませんでしょうか？遠隔手話通訳が今後無くなるとい
うことは考え難いですので。
【回答③】
「誤訳による訴訟」というよりも、「聴覚障害者が対面手話通訳を希望したのに
も関わらず、遠隔手話通訳を提供されたことについての訴訟」です。そして、提
供された遠隔手話通訳を利用した結果、誤訳があったということです。誤訳を防
止減少させる方策としては、通訳者の質的向上が不可欠の条件と考えます。その
ためには、手話通訳はボランティアではなく、特に、医療手話通訳は専門的資格
として位置付けられること、さらに、手話通訳に対して適正な対価が支払われる
ことも重要と考えます。

35. 【質問④】
データの収集第1 部のアンケート調査について。聾患者に対しては手話や手話通
訳を用いなかった理由は？
【回答④】
今回報告しましたアンケート調査は、手話ではなく、英語で 実施しました。その
ため、英語が堪能な患者や医者に対しては、アンケートが実施できましたが、英
語が流暢ではない患者に対しては、手話によるアンケートは実施できませんでし
た。その理由は、この研究が博士課程の研究であったために、研究期間と研究資
金が限られていたからです。手話ビデオ付のアンケートを実施するためには、十
分な研究期間と、手話通訳者やろうスタッフを雇う研究資金が必要ですが、今回
は、そのような資金がなかったからです。

36. 【質問⑤】
ADA 法などがあるアメリカでさえ、医療従事者に対する、障害患者への理解を深
めるための研修が不足しているとは驚きですが、その理由は？
【回答⑤】
日本では、2016年の障害者差別解消法施行に伴い、手話通訳制度が広がりつつあ
ります。しかしながら、多くの病院や医療関連学会、医学部では、情報保障や障
害患者向けのカリキュラムが未だ提供されていないのが実情と思います。このよ
うに、法律に謳われても、実際に社会が変わるには時間がかかります。他方、米
国では、日本と比べるならば、聴覚障害を持つ医師も活躍し、聴覚障害に対する
医療手話通訳など、医療学会の情報保障は発達しつつあります。それでも、医学
部において、障害患者とどのように接するかなどについてのカリキュラムは未だ
に少ないです。つまり、法律に謳われていても、実際に人々の訴えや行動が伴わ
なければ、社会を変えることは難しいように思います。

37. 【質問⑥】
今後の研究について。「聴覚障害教員」といっても様々で、それによって調査結
果も幅が広くなることが予想されますが、いかがでしょうか。
【回答⑥】
現時点では、日本、英国、ヨーロッパ、アフリカ、米国の大学に勤めている聴覚
障害教員(中途、難聴、ろうを含む)の方々と、日本語、英語、日本手話、英国手
話、米国手話、国際手話を使って調査を進めております。多様な研究者の方々へ
のインタビューを踏まえ、調査研究内容の拡大を考えております。

38. 【質問⑦】
「ライティングセンター」について。設立母体、予算、センター職員(？)のバッ
クグラウンド(資格の有無など)をもう少し教えていただきたいです。ちなみに、
日本に同様の機関や組織はありますか？
【回答⑦】
ライティングセンターについて、日本にも同様な組織があるかというご質問です
が、残念ながら、日本ではそのような仕組みはあまりないように思います。国際
ライティングセンター組織に登録されている日本の大学はわずかです。ライティ
ングセンターの仕組みは、日本の大学における障害学生支援センターや留学生セ
ンターのようなものです。大学から予算を受けて活動し、センター職員は、障害
学生支援の資格を持っていることなどが職員採用の条件になります。同様に、ラ
イティングセンターも大学から予算を受け、ライティングセンターの職歴や資格
を持つ人が働いています。

39. 【質問⑧】
話の中に「病院がろう患者の希望に反して、遠隔手話通訳の提供をすることは法
律上問題がある」とありますが、この法律はどういったもので、また具体的にど
のように問題があるのかを教えてください。
【回答⑧】
障害を持つアメリカ人法では、聴覚障害を持つ者が、多様な情報保障(文字通訳、
手話通訳、要約筆記等)の中から、特定の情報保障を要望した場合、その意思は尊
重され、要求した方式の情報保障が提供されることになっています。しかしなが
ら、聴覚障害者が対面通訳による手話通訳を要求しても、情報保障を提供する側
が、対面通訳は遠隔通訳と大差ないと考え、遠隔手話通訳が提供される場合もあ
ります。どのような方法で手話通訳を提供するかについて、ろう者はどのような
手話通訳を要望するのか、また、その意思がどのように尊重されるべきかといっ
た側面からも詳細な調査や研究が必要と考えます。

40. 【質問⑨】
遠隔手話通訳の利点と問題点というテーマですが• ろう盲や重複障害、限られた
言語 、小児などの患者には合わないとはなにが合わないのかをもう少し説明を教
えてください。
【回答⑨】
日本の電話リレーサービスや遠隔手話通訳では、ろう盲者、重複障害者、日本語
や日本手話を母語としない者、子供のろう児に対して、対応が難しいと考えます。
なぜならば、ろう盲者の場合、手話通訳の画面が見えません。重複障害者の場合
には、どのようにテクノロジーを使うのかよく分からないかもしれません。日本
語や日本手話が流暢ではない聴覚障害者に対しては、日本手話通訳や文字通訳で
は、正確な理解ができないかもしれません。子供のろう児に対しては、テレビを
見ているような感覚では咄嗟に対応できないかもしれません。そのような時は、
対面通訳で対応することが重要と考えます。

41. 【質問⑩】
予算の問題でどうやって集めるかできる方法は？
【回答⑩】
予算の問題は国や病院に対する質問であり、社会と政治に関連します。国によっ
て法律が異なりますし、病院によっても対応が様々です。より積極的な対応が得
られるように、国や病院に働きかけていく国民の意識や発信力は重要と考えます。

42. 【質問⑪】
日本ではまだ医療現場の遠隔手話通訳が定着しておらず、学習・研修などの必要
性の部分では、米国と共通する部分があると思いました。
【回答⑪】
その通りでございます。
【質問⑫】
いい参考になりました。
【回答⑫】
ご聴講いただき誠にありがとうございました。