金明秀(関西学院大
学)
シンポジウム「多文化共生社会の行方
―ヘイトスピーチ問題の背景・影響・実践的解決―」
2015年3月21日(於:東北学院大学) 1
 ヘイトスピーチに対抗するため「仲良く
しようぜ」といえば、反差別陣営から
「同化主義だ!」との批判が。
 逆に、カウンター運動参加者にときどき
見られる潜在的な抑圧構造への無理解が
批判されると、「説教くさいサヨクへの
反発心がゼイトクを生んだのだ」と反撃
が。
 反ヘイトスピーチをめぐるこうした闘争
はなぜ生じるのか。
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 差異化(ないし排除)の論理と
序列化(ないし見下し)の論理
 「社会におけるマジョリティ/マイノリ
ティ関係を背景にして生ずる『遠ざけ』
(忌避、排除)および、もしくは『見下
し』(侮蔑、賤視)の意識、態度、表現、
行為、そして、その帰結としての社会的
格差のある生活実態を、社会的差別とい
う」福岡安則「差別」 『現代社会学事
典』(弘文堂) 3
 ある集団に帰属する者を異質だとみなす。そ
して、忌避したり、関係を絶ったり、資源を
共有するための集団や組織から排除したりす
る――これが差異化の論理
 「女は子どもを生み育てる性であり、企業は
男の世界だ。外で働くのは男にまかせて、女
は家庭内で家事や育児をするべきだ。」
 「朝鮮学校に通う生徒は外国人だから、同じ
競技大会に出場するなんておかしい。まして
や、優勝してウチの県の代表になったからと
いって応援しようという気持ちにならな
い。」
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 人が差異化の差別を“フェアでない”と考える
主たる理由は、異質だからというあいまいな
理由で重要な機会から恣意的に排除すること
が、平等(equality)原理を侵害すると感じ
るため。
 つまり、ある集団のメンバーでさえあれば平
等な資源の分配に浴することができるという
状況下で、正当な根拠なく恣意的に選択され
た「差異」によってメンバーシップを剥奪さ
れるようなことがあれば、平等原理の適用の
正当性に疑義が生じる
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 論理的には、「異質だからという理由で恣
意的に排除するな」「同じ社会のメンバー
に多様性が必要」といった抵抗言説
 しかし、多文化主義の価値が認められない
同化主義的な社会では理解を得にくい。
 「仲良くしよう」(同化主義)
「同じ文明の一員」(普遍主義)
「同じ民主主義国の一員」(共和主義)
などの抵抗言説が代替的に動員される。
 マイノリティは「いるのにいない」ことに。
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 「いったん社会的マイノリティとしてのカテゴ
リーが形成されると、マジョリティの側はそのカ
テゴリーの境界の曖昧さにもカテゴリー内の多様
性にも無頓着に差別を行うものである。同時に、
しばしば、そのような存在者は『いる』のに『い
ない』ことともされがちである。」
 「したがって、社会的差別への対処の方法として
は、ある1つの社会的属性を取り出して一括りに
して差別するなということと、その属性はその個
人の様々な社会的属性の1つとしてあるのだから、
きちんと認識しろという、二正面作戦が欠かせな
いと考えられる。」(いずれも福岡、前掲書)
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 ある集団に帰属する者を、「われわれより
劣った者だ」とみなす。そして、「あの人た
ちは劣っているのだから不利な扱いを受けて
も仕方がない」と考える――これが序列化の
論理
 「女は論理的思考能力という点でわれわれ男
性に劣る。大事な仕事を任せられず、昇進が
抑えられても仕方がない。」
 「朝鮮人はうそつきでずるがしこい。入居に
あたって、日本人の3倍の保証金を納めても
らうのは当然だ。」
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 人が序列化の論理を“フェアでない”と考え
る主たる理由は、それによって衡平
(equity)原理が侵害されたと感じるため
 衡平原理とは、「貢献度に応じて成果を分
配することが公正である」とする考え。
 人種や性別など容易には変更しにくい属
性に基づいて、同じ貢献をしても異なる
成果にしかつながらない状況があれば、
それは衡平原理に違反していることに
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 序列化に抵抗するには、さまざまな搾取、
抑圧、不利益を被る潜在的、顕在的な危
険性を訴える
 しかし、潜在的な不利益はマジョリティ
にはわかりにくい(多数派特権は無徴)
ため、「われわれ」とはちがって、特別
な保護の必要な「弱者」だという誤認へ
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 容易には変更できない特性にもとづいて
さまざまな搾取、抑圧、不利益を被る潜
在的、顕在的な危険性があると訴えるこ
とはもちろん必要。
 同時に、特別な保護の必要な「弱者」だ
からではなく、多数派側が不当に成果を
独占しているのだと説明することが重要。
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 北米の啓発教育の現場などでは、平等原
理と衡平原理を本報告とは逆の意味で用
いることが多いので、注意のこと。
分配の公正原理 社会科学 一般啓発
能力と業績に応じて
分配すること
衡平 平等
みんな同じ結果にな
るよう分配すること
平等
衡平
必要な人に手厚く分
配すること
必要
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 差異化の論理への抵抗を誤ると「(序列化
があるにもかかわらず)われわれは同じ
だ」と「序列の隠蔽」へと帰結
 序列化の論理への抵抗を誤ると「われわれ
とは異なる弱者だ」という「他者化」へと
帰結
 「序列化の隠蔽」は序列化の論理への抵抗
と衝突するし、「他者化」は差異化の論理
への抵抗と矛盾する。
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 差異化の論理への抵抗がしっかり二正面作
戦に対応できていれば、「序列の隠蔽」は
生じない。
 序列化の論理への抵抗がしっかり二正面作
戦に対応できていれば、「他者化」は生じ
ない。
 2種類の二正面作戦が必要(だという理解
が必要)。
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 しかし、1種類でも困難な二正面作戦が
2種類ともなると、実践は非常に困難な
のが現実。
 全人格的運動とシングルイシュー運動の
間のヘゲモニー闘争という形で衝突が顕
在化することも。(人格攻撃合戦へ)
 ヘイトスピーチにみられるレイシズムと
セクシズムの複合差別にフェミニストが
無関心だったり、逆に、レイシズムへの
カウンターがセクシズムに鈍感だったり
するのも同根の問題。 16
 横軸(縦軸)を重視
する立場からは、縦
軸(横軸)の対抗運
動のベクトルは、問
題解決から遠ざかる
ように見える。
 両極とも問題だとい
う理解が(共有され
てい)ないと安全圏
を突き抜ける(よう
に見える)。
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見下し
他者化
遠
ざ
け
同
化
ヘイト
スピーチ
安全圏
 まずは前提知識としてアイデンティティ・ポ
リティクスについて。
 アイデンティティ・ポリティクスとは、何ら
かの差異を共有するとみなされる集団を単位
としてさまざまな社会的資源の獲得を目指そ
うとする運動。多くの場合、当該社会で歴史
的に周辺化されてきたマイノリティによる自
己決定権や差異の承認要求としてたち現れる。
 アイデンティティ・ポリティクスの目標を
「相違への権利」と表現したり、その運動様
式のことを「承認の闘争」と呼ぶこともある。
日本でいう「当事者運動」はこれに含まれる。
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 市民的・国民的な統合を求める保守的な立場からは、
アイデンティティ集団がばらばらに固有の要求を突
きつけているように見えるため、《わがまま》な特
権要求であるという反発を招きやすい。
 差異を共有するとみなされる集団が特定のアイデン
ティティによって表象されると、その集団内部にお
ける差異が結果として不可視化される弊害があるた
め、とりわけ多重マイノリティからは過剰な代弁で
あるとの批判がしばしば寄せられる。
 マイノリティ当事者以外は運動を主導してはならな
いというポジショナリティの議論を喚起し、社会の
不公正を是正する運動に動員が難しくなる。
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 2013年以降のカウンター運動は、関東
方面では「マイノリティ当事者以外は運動
を主導してはならないというポジショナリ
ティの議論」を否定し、「マジョリティの
ための運動」を標榜することで動員に成功。
 「マイノリティを支援する運動ではありま
せん。われわれの社会が毀損されることに
対抗しているのだからマジョリティの問題
なのです」
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 動員拡大のために不可欠だが、それだけ
を強調すると被害の非対称性(被害当事
者と第三者とで、被害の認識が大きく異
なるという問題)が不可視化されてしま
う。
 また、被害当事者としてレイシズムに対
抗しているマイノリティの主体性が軽視
されることになりかねない。
(関東のカウンターでは実際にそうした
事例がみられる)
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 差異化の論理に抵抗するためにも、序列化
の論理に抵抗するためにも、それぞれ二正
面作戦が必要。4方面のどこかが欠けた瞬
間、不毛なヘゲモニー闘争が生起する。
 加えて、社会の公正秩序を守るためのマ
ジョリティの運動と、マイノリティのアイ
デンティティ政治の双方が重要。
 3次元すべてを視座に含む「八面六臂」が
今後の解放運動の課題。
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ヘイトスピーチと反ヘイト運動: 3種類の《二正面作戦》という難題