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さつ

ぎょう

ろん

入 菩 薩 行 論
菩 薩 の 生 き 方 へ の 手 引
(Bodhisattvacharyavatara : A Guide to the Bodhisattva's Way of Life)
寂天菩薩 (Acharya Shantideva) 著 土山仁士 現代超訳

第六品 安忍

(第六章 忍耐[3])

80.初欲有情樂 而發菩提心 有情今獲樂 何故反瞋彼
全ての生きとし生けるものに幸福をもたらしたいと望むことを通して、菩提心を発生
させたのなら、彼らが幸福感にひたっているにも拘らず、なぜ怒らなければならない
のでしょうか?
【菩提心を発生させた以上、衆生に幸福をもたらしたいと望んでいる訳だから、幸福
な衆生に怒るのは筋違いであるという趣旨】

81.初欲令有情 成佛受他供 今見人獲利 何故生嫉惱
もし、全ての生きとし生けるものが他から崇拝される仏陀になることを望むのならば、
彼らが単に世俗の尊敬を受けているのを見て、なぜ嫉妬心に悩むのでしょうか?
【菩提心を発生させた以上、他人が尊敬されることに嫉妬するのもまた矛盾している
という趣旨】

82.所應恩養親 當由汝供給 他親既養護 不喜豈反瞋
もし、あなたが養ってあげなければならない恩義のある親戚が、既に他の親戚によ
って養護されている場合、喜ばないどころか反って怒ります。
【恩義のある親戚に対する思いやりや、養護してくれている他の親戚への感謝より、
自分の面子を重視しているから怒るのであろう。このような自己中心的な態度では
悟りから遠ざかる】

83.不願人獲利 豈願彼證覺 妒憎富貴者 寧有菩提心
もし、他人が利を得ることを願わないなら、どうして他人が悟りを開くことを願えるで
しょうか?富貴なる者を憎むような人のどこに菩提心があるのでしょうか?
【利他心がなければ他人の悟りを望めず、尊敬すべき人を憎む人には菩提心はな
いという趣旨】

Copyright © 2013, Hitoshi Tsuchiyama. All rights reserved.
2013
84.若已從他得 或利在施家 二俱非汝有 施否何相干
もし、他人が利を得ようが、その利が恩人の家に残っていようが、どちらの場合もあ
なたがもらえるわけではないのですから、どうして否定的な干渉をする必要がある
のでしょうか?
【他人の利益に干渉しても無意味であるという趣旨】

85.何故棄福善 信心與己德 不守已得財 何不自瞋責
なぜ、自分の善根や信頼や人徳を捨て去るのでしょうか?自分が得られるはずで
あった福徳を失ってしまうのですから、どうして自分に対して怒り責めないのでしょう
か?
【悪行を積むと過去の功徳から得られるはずであった福徳が得られなくなるのだか
ら、他人に怒るのではなく自分に怒るべきだという趣旨】

86.於昔所為惡 猶無憂愧色 豈還欲競勝 曾培福德者
過去に犯した邪悪に対して自責の念を持っていないどころか、どうして福徳を得てい
る者に競い勝つことを望むのでしょうか?
【自分が福徳を得られない理由を反省せずに、他人の福徳を羨み競争心を燃やす
のは筋違いであるという趣旨】

87.縱令敵不喜 汝有何可樂 唯盼敵受苦 不成損他因
敵が喜ばないことに、あなたはどのような楽しみを見い出すのでしょうか?ただ敵が
苦しむことを望むだけでは、敵に害を及ぼす原因にはなりません。
【敵の不幸を望んでも、自分の楽しみを見い出すことはできないという趣旨】

88.汝願縱得償 他苦汝何樂 若謂滿我願 招禍豈過此
あなたが償いを得ることを願い、他人が苦しんだとしても、何が楽しいのでしょう
か?もし、「私の願いが満たされたから」と言えば、一層悲惨な禍を招くでしょう。
【他人に復讐して苦しめても、楽しいことは何もなく、自分が悪行を積むことになると
いう趣旨】

89.若為瞋漁夫 利鉤所鉤執 陷我入地獄 定受獄卒煎
もし、怒った漁師が鋭い釣り針を投げ入れれば、私は釣られて地獄に落とされ煎ら
れることは確実です。
【自分の過去の悪行に対する相手の復讐を恐れている様子】

2013
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90.受讚享榮耀 非福非增壽 非力非免疫 非令身安樂
称賛や名声を受けることは、功徳ではなく寿命を伸ばすことでもありません。それは
力でも免疫でもなく、肉体的な安楽でもありません。
【名誉という物質的価値は長寿も健康も身体の安楽ももたらさないという趣旨】

91.若吾識損益 讚譽有何利 若唯圖稱心 應依飾與酒
もし、私が損得を理解していれば、どのような利益を称賛するでしょうか?もし、ただ
称賛を浴びたいなら、賭博と飲酒に依存しなければなりません。
【損得勘定の利益は物質価値に基づくもので、お金や酒などの依存症であるという
趣旨】

92.若僅為虛名 失財復喪命 譽詞何所為 死時誰得樂
もし、虚しい名声のために財産を失うか命を取られるならば、誉れの言葉は何のた
めにあるのでしょうか?死んでしまったら、誰が楽しみを得るのでしょうか?
【名誉は生存中だけのものであり、死ぬとなくなるという趣旨】

93.沙屋傾頹時 愚童哀極泣 若我傷失譽 豈非似愚童
砂のお城が崩壊した時、愚かな子供達は哀しみ大泣きします。もし、私が名誉を失
って傷つけば、愚かな子供達のようにならないとどうして言えるでしょうか?
【名誉は不安定であり、いつ失うかもしれないという趣旨】

94.聲暫無心故 稱譽何足樂 若謂他喜我 彼讚是喜因
声には心がありませんので、どのような幸福に足る称賛をできるでしょうか?もし、
他人が私を喜ばすことを言ってくれたら、その称賛は喜びの源泉になります。
【声だけの称賛ではなく、心からの称賛こそが自分の喜びにつながるという趣旨】

95.受讚或他喜 於我有何益 喜樂屬於彼 少分吾不得
私が称賛を受けようが、他人が喜ぼうが、私にとってどのような恩恵があるのでしょ
うか?喜びと幸福は称賛した人のものですので、私はその一部すら得られません。
【称賛する側は利他行を実践したことにより功徳を積み福徳を得られるが、称賛さ
れる側は何の功徳も積んでいないので福徳を得られないという趣旨】

96.他樂故我樂 於眾應如是 他喜而讚敵 何故我不樂
他人が幸福だから私も幸福です。この気持ちは全ての人に対して同様であるべきで
す。他人が喜び、敵を称賛することがなぜ私にとっては不幸なのでしょうか?

2013
Tsuchiyama.
Copyright © 2013, Hitoshi Tsuchiyama. All rights reserved.
【他人の幸福を自分の幸福と捉えることが菩提心であるが、分け隔てなく共感する
ことができてこそ本物である。相手が自分以上に幸福な場合や、敵であった場合、
素直に喜べないのは我執が強い証拠である】

97.故我受讚時 心若生歡喜 此喜亦非當 唯是愚童行
もし、私が称賛を受けている時だけ歓喜の心が生じるならば、その喜びは本物では
なく単に愚かな子供の振る舞いに過ぎません。
【称賛されなければ幸福感がないならば、その喜びは偽物であるという趣旨】

98.讚譽令心散 損壞厭離心 令妒有德者 復毀圓滿事
称賛されると気が散り、汚れた現世を嫌い離れた心を損壊します。そして徳の有る
人に嫉妬し、円満な状態が壊されます。
【称賛されると慢心し、驕りや傲慢が生じて嫉妬心につながり、調和がとれた穏やか
な心が壊されるので注意を要する】

99.以是若有人 欲損吾聲譽 豈非救護我 免墮諸惡趣
ですから、もし私への称賛を損壊したい人がいるなら、それはむしろ諸悪の領域へ
堕落することから免れるように私を救護してくれているのではないでしょうか?
【自分への称賛を邪魔してくれる方が慢心せずに済み、穏やかな心を維持できるの
で有難いという趣旨】

100.吾唯求解脫 無需利敬縛 於解束縛者 何故反生瞋
私は唯苦しみからの解脱を望んでおり、物質的利益や名誉に束縛される必要はあ
りません。ですから、束縛から解放してくれる人になぜ怒る必要があるでしょうか?
【自分の物質的利益や名誉を棄損する敵は、むしろ物質価値を守るための束縛か
ら自分を解放してくれたのであり、苦しむリスクをなくしてくれたのだから、怒る必要
はないという趣旨】

101.如我欲趣苦 然蒙佛加被 閉門不放行 云何反瞋彼
私に苦しみをもたらしたい人々は、祝福の波を授けてくれる仏陀のようなものです。
なぜなら、彼らは私が不幸な道へ進まないようにドアを開けてくれるからです。なぜ
彼らに怒る必要があるでしょうか?
【苦しむと傲慢にはなれないことより、不幸の原因を創造することがなくなるので、苦
しみをもたらす人に怒る必要はないという趣旨】

102.謂敵能障福 瞋敵亦非當 難行莫勝忍 云何不忍耶
2013
Copyright © 2013, Hitoshi Tsuchiyama. All rights reserved.
仮に敵が福徳を妨害する場合であっても、敵に怒るのは誤りです。忍耐に勝る難行
はどこにもありませんので、どうして耐え忍ぶ機会を逃すことができるでしょうか?
【福徳を邪魔する敵は忍耐を学ぶ機会を提供してくれるので、怒るべきではないと
いう趣旨】

103.若我因己過 不堪忍敵害 豈非徒自障 習忍福德因
もし、自分の過失で敵からの危害に耐え忍ばないのであれば、福徳の原因である
忍耐を習得することを自ら妨げているのではないでしょうか?
【敵からの危害を利用して忍耐を身につけないのは、折角のチャンスを自ら逃して
いることであるという趣旨。忍耐が福徳の原因であるというのは、過去の否定的行
動による悪影響を耐えて受け容れることで、過去の否定的ファイルを消すことがで
きるからである】

104.無害忍不生 怨敵生忍福 既為修福因 云何謂障福
危害がなければ忍耐は生じることはなく、敵を恨むことを通して忍耐という功徳が生
じるのです。そうであれば、福徳の原因を修行できる訳ですから、福徳を妨害してい
るなんてどうして言えるでしょうか?
【周囲が皆好意的だと忍耐を習得しようがなく、危害を加える敵がいるからこそ習得
する機会を得るのである。敵を恨むことが意味の無いことであるばかりか、有害で
あることを身を以って経験しないと忍耐を習得することはできない】

105.應時來乞者 非行布施障 授戒諸方丈 亦非障出家
御布施をしている時に乞食がやって来ても、御布施を行う障害にはなりません。戒
めを授ける住職もまた、出家の障害にはなりません。
【相手によって対応を変えるのは我執があるからであり、相手のせいにするのは傲
慢だからである。相手の態度に依存しないで、偏らないことが肝要という趣旨】

106.世間乞者眾 忍緣敵害稀 若不外施怨 必無為害者
この世には多くの乞食が居ますが、耐え忍ぶことにより敵に危害を加えることは稀
です。それは、もし怨みをはらさなければ、自分に危害を加える者はないからです。
【乞食は忍耐強く敵を害さないものだが、それは怨みを晴らさない限り自分が危害を
加えられないことを知っているからであるという趣旨】

107.故敵極難得 如寶現貧舍 能助菩提行 故當喜自敵
従って、貧しい家に出現した宝物のように、敵は極めて得がたいものです。敵は悟り
を開くための修行を助けることができますので、敵を持てたことを喜ぶべきです。

2013
Copyright © 2013, Hitoshi Tsuchiyama. All rights reserved.
【敵は望んで出現したものではないが、悟りを開くための修行に役立つので、幸運と
捉えるべきであるという趣旨】

108.敵我共成忍 故此安忍果 首當奉獻彼 因敵是忍緣
敵と私は共に忍耐を実践できますので、この忍耐の果実は最初に敵に割り当てる
のがもっともです。因みに、敵は忍耐を習得する条件です。
【敵は忍耐習得の必要条件であり、敵も自分も同時に忍耐の修行ができるが、忍耐
から得た福徳は修行の相手になってくれた敵にお礼として返すのが妥当であるとい
う趣旨】

109.謂無助忍想 故敵非應供 則亦不應供 正法修善因
敵には忍耐の習得を助ける意図がありませんので、敵に奉げ供える必要はありま
せん。言い換えれば、奉げ供えていない仏法もまた、善果を招く因となるのです。
【敵は好意的に忍耐の先生をしてくれている訳ではないので、お礼する必要はない
が、結果的に感謝してもいい位有り難い存在であるという趣旨】

110.謂敵思為害 故彼非應供 若如醫利我 云何修安忍
敵は危害を加える意図を持っていますので、敵に奉げ供える必要はありません。し
かし、もし医者のように常に私を利する場合、どのように忍耐を習得すればいいの
でしょうか?
【敵の行動は悪意から生じているのでお礼する必要はないが、好意的な医者からは
忍耐を学べないという趣旨】

111.既依極瞋心 乃堪修堅忍 故敵是忍因 應供如正法
極めて憎しみに満ちた心があるからこそ、堅忍を習得することができるのです。です
から、敵は忍耐を習得する機会を提供してくれているのであり、仏法のように奉げ
供えるべきなのです。
【敵は憎しみから自分を攻撃してくるからこそ、忍耐を学ぶ機会が提供されているの
であって、その機会には感謝すべきであるという趣旨】

2013年4月15日 土山仁士

2013
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  • 2. 84.若已從他得 或利在施家 二俱非汝有 施否何相干 もし、他人が利を得ようが、その利が恩人の家に残っていようが、どちらの場合もあ なたがもらえるわけではないのですから、どうして否定的な干渉をする必要がある のでしょうか? 【他人の利益に干渉しても無意味であるという趣旨】 85.何故棄福善 信心與己德 不守已得財 何不自瞋責 なぜ、自分の善根や信頼や人徳を捨て去るのでしょうか?自分が得られるはずで あった福徳を失ってしまうのですから、どうして自分に対して怒り責めないのでしょう か? 【悪行を積むと過去の功徳から得られるはずであった福徳が得られなくなるのだか ら、他人に怒るのではなく自分に怒るべきだという趣旨】 86.於昔所為惡 猶無憂愧色 豈還欲競勝 曾培福德者 過去に犯した邪悪に対して自責の念を持っていないどころか、どうして福徳を得てい る者に競い勝つことを望むのでしょうか? 【自分が福徳を得られない理由を反省せずに、他人の福徳を羨み競争心を燃やす のは筋違いであるという趣旨】 87.縱令敵不喜 汝有何可樂 唯盼敵受苦 不成損他因 敵が喜ばないことに、あなたはどのような楽しみを見い出すのでしょうか?ただ敵が 苦しむことを望むだけでは、敵に害を及ぼす原因にはなりません。 【敵の不幸を望んでも、自分の楽しみを見い出すことはできないという趣旨】 88.汝願縱得償 他苦汝何樂 若謂滿我願 招禍豈過此 あなたが償いを得ることを願い、他人が苦しんだとしても、何が楽しいのでしょう か?もし、「私の願いが満たされたから」と言えば、一層悲惨な禍を招くでしょう。 【他人に復讐して苦しめても、楽しいことは何もなく、自分が悪行を積むことになると いう趣旨】 89.若為瞋漁夫 利鉤所鉤執 陷我入地獄 定受獄卒煎 もし、怒った漁師が鋭い釣り針を投げ入れれば、私は釣られて地獄に落とされ煎ら れることは確実です。 【自分の過去の悪行に対する相手の復讐を恐れている様子】 2013 Copyright © 2013, Hitoshi Tsuchiyama. All rights reserved.
  • 3. 90.受讚享榮耀 非福非增壽 非力非免疫 非令身安樂 称賛や名声を受けることは、功徳ではなく寿命を伸ばすことでもありません。それは 力でも免疫でもなく、肉体的な安楽でもありません。 【名誉という物質的価値は長寿も健康も身体の安楽ももたらさないという趣旨】 91.若吾識損益 讚譽有何利 若唯圖稱心 應依飾與酒 もし、私が損得を理解していれば、どのような利益を称賛するでしょうか?もし、ただ 称賛を浴びたいなら、賭博と飲酒に依存しなければなりません。 【損得勘定の利益は物質価値に基づくもので、お金や酒などの依存症であるという 趣旨】 92.若僅為虛名 失財復喪命 譽詞何所為 死時誰得樂 もし、虚しい名声のために財産を失うか命を取られるならば、誉れの言葉は何のた めにあるのでしょうか?死んでしまったら、誰が楽しみを得るのでしょうか? 【名誉は生存中だけのものであり、死ぬとなくなるという趣旨】 93.沙屋傾頹時 愚童哀極泣 若我傷失譽 豈非似愚童 砂のお城が崩壊した時、愚かな子供達は哀しみ大泣きします。もし、私が名誉を失 って傷つけば、愚かな子供達のようにならないとどうして言えるでしょうか? 【名誉は不安定であり、いつ失うかもしれないという趣旨】 94.聲暫無心故 稱譽何足樂 若謂他喜我 彼讚是喜因 声には心がありませんので、どのような幸福に足る称賛をできるでしょうか?もし、 他人が私を喜ばすことを言ってくれたら、その称賛は喜びの源泉になります。 【声だけの称賛ではなく、心からの称賛こそが自分の喜びにつながるという趣旨】 95.受讚或他喜 於我有何益 喜樂屬於彼 少分吾不得 私が称賛を受けようが、他人が喜ぼうが、私にとってどのような恩恵があるのでしょ うか?喜びと幸福は称賛した人のものですので、私はその一部すら得られません。 【称賛する側は利他行を実践したことにより功徳を積み福徳を得られるが、称賛さ れる側は何の功徳も積んでいないので福徳を得られないという趣旨】 96.他樂故我樂 於眾應如是 他喜而讚敵 何故我不樂 他人が幸福だから私も幸福です。この気持ちは全ての人に対して同様であるべきで す。他人が喜び、敵を称賛することがなぜ私にとっては不幸なのでしょうか? 2013 Tsuchiyama. Copyright © 2013, Hitoshi Tsuchiyama. All rights reserved.
  • 4. 【他人の幸福を自分の幸福と捉えることが菩提心であるが、分け隔てなく共感する ことができてこそ本物である。相手が自分以上に幸福な場合や、敵であった場合、 素直に喜べないのは我執が強い証拠である】 97.故我受讚時 心若生歡喜 此喜亦非當 唯是愚童行 もし、私が称賛を受けている時だけ歓喜の心が生じるならば、その喜びは本物では なく単に愚かな子供の振る舞いに過ぎません。 【称賛されなければ幸福感がないならば、その喜びは偽物であるという趣旨】 98.讚譽令心散 損壞厭離心 令妒有德者 復毀圓滿事 称賛されると気が散り、汚れた現世を嫌い離れた心を損壊します。そして徳の有る 人に嫉妬し、円満な状態が壊されます。 【称賛されると慢心し、驕りや傲慢が生じて嫉妬心につながり、調和がとれた穏やか な心が壊されるので注意を要する】 99.以是若有人 欲損吾聲譽 豈非救護我 免墮諸惡趣 ですから、もし私への称賛を損壊したい人がいるなら、それはむしろ諸悪の領域へ 堕落することから免れるように私を救護してくれているのではないでしょうか? 【自分への称賛を邪魔してくれる方が慢心せずに済み、穏やかな心を維持できるの で有難いという趣旨】 100.吾唯求解脫 無需利敬縛 於解束縛者 何故反生瞋 私は唯苦しみからの解脱を望んでおり、物質的利益や名誉に束縛される必要はあ りません。ですから、束縛から解放してくれる人になぜ怒る必要があるでしょうか? 【自分の物質的利益や名誉を棄損する敵は、むしろ物質価値を守るための束縛か ら自分を解放してくれたのであり、苦しむリスクをなくしてくれたのだから、怒る必要 はないという趣旨】 101.如我欲趣苦 然蒙佛加被 閉門不放行 云何反瞋彼 私に苦しみをもたらしたい人々は、祝福の波を授けてくれる仏陀のようなものです。 なぜなら、彼らは私が不幸な道へ進まないようにドアを開けてくれるからです。なぜ 彼らに怒る必要があるでしょうか? 【苦しむと傲慢にはなれないことより、不幸の原因を創造することがなくなるので、苦 しみをもたらす人に怒る必要はないという趣旨】 102.謂敵能障福 瞋敵亦非當 難行莫勝忍 云何不忍耶 2013 Copyright © 2013, Hitoshi Tsuchiyama. All rights reserved.
  • 5. 仮に敵が福徳を妨害する場合であっても、敵に怒るのは誤りです。忍耐に勝る難行 はどこにもありませんので、どうして耐え忍ぶ機会を逃すことができるでしょうか? 【福徳を邪魔する敵は忍耐を学ぶ機会を提供してくれるので、怒るべきではないと いう趣旨】 103.若我因己過 不堪忍敵害 豈非徒自障 習忍福德因 もし、自分の過失で敵からの危害に耐え忍ばないのであれば、福徳の原因である 忍耐を習得することを自ら妨げているのではないでしょうか? 【敵からの危害を利用して忍耐を身につけないのは、折角のチャンスを自ら逃して いることであるという趣旨。忍耐が福徳の原因であるというのは、過去の否定的行 動による悪影響を耐えて受け容れることで、過去の否定的ファイルを消すことがで きるからである】 104.無害忍不生 怨敵生忍福 既為修福因 云何謂障福 危害がなければ忍耐は生じることはなく、敵を恨むことを通して忍耐という功徳が生 じるのです。そうであれば、福徳の原因を修行できる訳ですから、福徳を妨害してい るなんてどうして言えるでしょうか? 【周囲が皆好意的だと忍耐を習得しようがなく、危害を加える敵がいるからこそ習得 する機会を得るのである。敵を恨むことが意味の無いことであるばかりか、有害で あることを身を以って経験しないと忍耐を習得することはできない】 105.應時來乞者 非行布施障 授戒諸方丈 亦非障出家 御布施をしている時に乞食がやって来ても、御布施を行う障害にはなりません。戒 めを授ける住職もまた、出家の障害にはなりません。 【相手によって対応を変えるのは我執があるからであり、相手のせいにするのは傲 慢だからである。相手の態度に依存しないで、偏らないことが肝要という趣旨】 106.世間乞者眾 忍緣敵害稀 若不外施怨 必無為害者 この世には多くの乞食が居ますが、耐え忍ぶことにより敵に危害を加えることは稀 です。それは、もし怨みをはらさなければ、自分に危害を加える者はないからです。 【乞食は忍耐強く敵を害さないものだが、それは怨みを晴らさない限り自分が危害を 加えられないことを知っているからであるという趣旨】 107.故敵極難得 如寶現貧舍 能助菩提行 故當喜自敵 従って、貧しい家に出現した宝物のように、敵は極めて得がたいものです。敵は悟り を開くための修行を助けることができますので、敵を持てたことを喜ぶべきです。 2013 Copyright © 2013, Hitoshi Tsuchiyama. All rights reserved.
  • 6. 【敵は望んで出現したものではないが、悟りを開くための修行に役立つので、幸運と 捉えるべきであるという趣旨】 108.敵我共成忍 故此安忍果 首當奉獻彼 因敵是忍緣 敵と私は共に忍耐を実践できますので、この忍耐の果実は最初に敵に割り当てる のがもっともです。因みに、敵は忍耐を習得する条件です。 【敵は忍耐習得の必要条件であり、敵も自分も同時に忍耐の修行ができるが、忍耐 から得た福徳は修行の相手になってくれた敵にお礼として返すのが妥当であるとい う趣旨】 109.謂無助忍想 故敵非應供 則亦不應供 正法修善因 敵には忍耐の習得を助ける意図がありませんので、敵に奉げ供える必要はありま せん。言い換えれば、奉げ供えていない仏法もまた、善果を招く因となるのです。 【敵は好意的に忍耐の先生をしてくれている訳ではないので、お礼する必要はない が、結果的に感謝してもいい位有り難い存在であるという趣旨】 110.謂敵思為害 故彼非應供 若如醫利我 云何修安忍 敵は危害を加える意図を持っていますので、敵に奉げ供える必要はありません。し かし、もし医者のように常に私を利する場合、どのように忍耐を習得すればいいの でしょうか? 【敵の行動は悪意から生じているのでお礼する必要はないが、好意的な医者からは 忍耐を学べないという趣旨】 111.既依極瞋心 乃堪修堅忍 故敵是忍因 應供如正法 極めて憎しみに満ちた心があるからこそ、堅忍を習得することができるのです。です から、敵は忍耐を習得する機会を提供してくれているのであり、仏法のように奉げ 供えるべきなのです。 【敵は憎しみから自分を攻撃してくるからこそ、忍耐を学ぶ機会が提供されているの であって、その機会には感謝すべきであるという趣旨】 2013年4月15日 土山仁士 2013 Copyright © 2013, Hitoshi Tsuchiyama. All rights reserved.