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201702_YT
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小学校でのプログラミング教育必修化の検討
谷口優里
要約
2012 年 4 月から施行の学習指導要領では中学校での技術家庭科において「プログラムに
よる計測・制御」が必修となった。政府の経済成長戦略では初等・中等教育においてプログ
ラミング等 IT 教育の推進は重要なものと位置付けられ、2020 年からの新学習指導要領で
は大幅な改訂が予定されており、その改革の一つとして小学校でのプログラミング教育が
必修科目となる見通しだ。
本論文では小学校教育におけるプログラミング必修化の動きに注目し、その方針と施策
について検討する。
1 子どもと情報教育の現状と課題 ......................................... 1
2 小学校でのプログラミング教育義務化の背景............................... 2
3-1 新学習指導要領と導入される方策の検討 ................................ 3
3-2 プログラミング的思考と構築主義...................................... 3
4 おわりに........................................................... 4
1 子どもと情報教育の現状と課題
現行の学習指導要領では中学校の技術・家庭科の「情報に関する技術」においてプログラ
ムによる計測・制御の単元を規定している1。この項目においては、コンピュータを用いて
簡単なプログラムの作成ができるようにするとともに、情報処理の手順を工夫する能力を
育成することをねらいとし、「プログラムの命令後の意味を覚えさせるよりも、課題の解決
のために処理の手順を考えさせることに重点を置く」ことが目標とされている。
しかし義務教育過程でのプログラミング教育の現状はいくつかの問題点を抱えていると
いえる。阿部和宏は教育現場での問題点を以下のようにとらえている2。
小学校の総合的な学習の時間では、キーボードやアプリケーションの操作を習得した
り、CAI を使った教科の学習が行われたりしている。インターネット検索を使った調
べ学習ではコピペが横行しており、内容を理解していなくてもそれらしくみえる作文
や発表が行われがちである。/一方、中学校の技術・家庭科では「プログラムによる
計測・制御」の単元が必修化された。木工や金工を行ってきた教員の中には戸惑いも
1 文部科学省 中学校学習指導要領 第 2 章第 8 節 技術・家庭
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/youryou/chu/gika.htm
2 阿部和宏「プログラミングと教育」まつもとゆきひろほか『ネットを支えるオープンソース ソフトウ
ェアの進化』(角川インターネット講座・2014)
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ある。/教員のスキル不足に加えて、技術化の教員が常勤していない学校もあり、教
材会社が提供するパッケージ(ライントレースカーなど)を組み立てて動かして終わ
りということもある。指導する内容が増えたにもかかわらず、時間数は不足しがちで、
生物育成やエネルギー変換などの単元と組み合わせることでしのいでいる(阿部・前
掲注 2・142-143 頁)。
CAI とはコンピュータ支援教育(Computer Assisted Instruction)の略で、コンピュー
タを学習資源として活用する教育のことをいう。阿部の主張によれば、現行の日本でのプロ
グラミング教育は「情報教材の活用の不徹底」「専門的教員の不足」「教員側の負担」「評価
方法の問題」に問題があるといえるだろう。
小学校においては、プログラミング教育は現行の学習指導要領において必修科目ではな
い。上記の通り総合的な学習の時間を使った授業などで調べ学習のために情報端末を使う
だけにとどまるものから、後述する「プログラミング的思考」を育てるようなものまで、様々
な学習の取り組みが行われており、文部科学省によって「プログラミング教育実践ガイド」
に諸事例がまとめられている3。その中から例を挙げると、学校によっては生活や図画工作・
総合的な学習の時間を活用し、教育用プログラミング言語である VISCUIT やビジュアルプ
ログラミング言語 Scratch を用いてコンピュータ上でアニメーションを製作するほか、レ
ゴマインドストームを使用しブロックを組み合わせてロボットの動きをプログラミングす
るなどの授業が行われている。
2 小学校でのプログラミング教育義務化の背景
2013 年 6 月に閣議決定された成長戦略において、「世界最高水準の IT 社会の実現」のた
め IT 人材の育成を目指し、義務教育段階でのプログラミング教育など IT 教育を推進する
方針となった。具体的には 2020 年から実施される新学習指導要領において初等中等教育で
のプログラミング教育の必修化、学校の IT 環境の整備(無線 LAN 環境、子どもが利用す
る端末を『1 人 1 台』体制に整えるなど)、IT を活用した教員の授業力向上といった改革が
検討されている。
こうした「プログラミング教育」を小学校過程で義務化する背景には、IT 人材の不足を
懸念する政府の動きがある。2016 年 6 月 10 日に経産省が発表した調査結果4によると、IT
人材は現時点で 17.1 万人が不足しており、今後の産業人口減少に伴って人材不足が深刻化
すると予測している。当資料には女性・シニア IT 人材や外国籍 IT 人材の活躍推進のほか、
先端 IT(ビッグデータ、人工知能などの分野)や情報セキュリティを担う人材の確保が提
言されている。
このような背景のもと小学校過程でのプログラミング教育義務化が IT 戦略の糸口の一
つ、つまり IT 人材不足を見据えた長期的な対策として政府に採用されたと考えられる。
3 文部科学省 学校教育-プログラミング教育実践ガイド
http://jouhouka.mext.go.jp/school/programming_zirei/
4 経済産業省 HP 27 年度調査研究レポート IT 人材の最新動向と将来推計に関する調査結果について
http://www.meti.go.jp/policy/it_policy/jinzai/27FY_report.html
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3-1 新学習指導要領と指導の目的
不足しているプログラミングのスペシャリストを増やすという目標のためだけに「義務
教育段階からのプログラミング教育の必修化」に政府が飛びついたという批判的な見方も
可能だ。一方で前述の通り学習の目標では「個別のプログラミング言語の文法を教える」と
いうよりも「課題解決のツールとしてプログラムや IT を活用する経験をする」ことに重点
が置かれていることからも分かるように、中学校での現行の学習指導要領におけるプログ
ラミング教育の指導は職業プログラマーを養成することが主目的ではない。
文部科学省が 2016 年 12 月 21 日に発表した「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び
特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について(答申)」において、2020
年に実施される新学習指導要領での方向性が定められている。「情報技術を手段として活用
する力やプログラミング的思考の育成」という項目では「小学校段階では文字入力やデータ
保存などに関する技能の確実な習得を図るとともに、将来どのような職業に就くとしても
時代を超えて普遍的に求められる『プログラミング的思考』を育むプログラミング教育の実
施が求められる」としている。
プログラミングを通して身につけることができるプログラミング的思考や能力とはなに
か。これについては「1.新しいアイディアを試す方法、2.複雑な問題をひもとく方法、3.粘
り強く前に進む方法、4.物事を深く理解する方法、5.他の人と協力して物事を進める方法」
の5つの要素が挙げられるとして Scratch を開発したミッチェル・レズニックが提唱して
いる5。またプログラミングを「物事を捉え表現するためのツール」ととらえると、プログ
ラミングを学習することによって論理的思考力や表現力を身につけることができる(森ほ
か・前掲注 5・387 頁)。
3-2 プログラミング的思考と構築主義
スイスの心理学者・認識論学者のジャン・ピアジェは、学習者が自身の体験に基づいて頭
の中に知識を構成するという「構成主義(constructivism)」を提唱した。その体系をまと
めたといえるのがピアジェの同僚であるシーモア・パパートだ。パパートはピアジェの論を
もとに個々の経験を通じて学習者が知識を構築できるような・非強制的な学習環境をつく
る「構築主義(Constructionism)」を提唱し、MIT ラボでプログラミング学習用の Logo 言
語を開発した。構築主義にもとづくプログラミング学習について、パパートは自著のなかで
当時のブラジル社会のサンバ劇団を養成するスクールにたとえて、学習者である子どもた
ちがプログラミングを通じて自発的に教えあい、学習のコミュニティをつくることの重要
性を強調している。
ロゴの環境は、考えの流れや教えるという行為さえも常に一方的ではないという点で
もサンバスクールに似ている。この環境は、数学に関連して今日学校で通常見られる
ものよりも、より豊かで底の深い相互関係を助成するように設計されている。子供達
は見ても楽しい図案を作ったり、面白い図を描いたり、音楽効果や音楽、コンピュー
5 森秀樹ほか「Scratch を用いた小学校プログラミング授業の実践」日本教育工学会論文誌 34 巻 4 号・
387-394 頁(2011)
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ターを使った落とし話を作ったりする。(略)興味の一部は図案を壁に貼ったり、お
互いの作品に手を加えたり実験してみたり、その結果でき「新しい」作品をもとの考
案者に返したりすることにある。(パパート・1980・208 頁)
パパートらの構築主義の概念は、子どもがコンピュータに向かって命令する経験を通じ
て情報を整理して論理的思考力を身につけること・そのアイデアをもとに学習を共有する
環境を構築することを目的とする「プログラミング的思考」の理念につながっている。
パパートの開発した Logo 言語は様々な形で発展し、前述したビジュアルプログラミング
言語である Scratch もその流れを汲んでいる。Scratch はブロック状の命令文を組み合わせ
ることで数学的処理やロボットの動作をプログラミングできるものであり、作成されたプ
ログラムは作成者のコミュニティで共有できる。オリジナルの作成者のプログラムを参考
に新たな作品をコミュニティ上で共有するなど、学習者同士の自発的な創作活動は盛んで
ある。
新学習指導要領のもと日本の小学校でプログラミング学習を行うとすれば、Scratch やそ
れをもとにした文部科学省のプログラミング学習ツール「プログラミン」などのプログラム
環境、ロボットを組み立てるキットなどを併用して活用することが考えられる。
4 おわりに
2020 年から小学校で施行が予定されている新学習指導要領では「主体的・対話的で深い
学び」(アクティブ・ラーニング的取り組み)の実現が全学年、全科目で規定されている。
この学習のあり方にプログラミング教育はマッチしているといえる。ただしここでのプロ
グラミング教育とは、子どもたちが情報機材から情報を得る手続きを学ぶ受動的なもので
はなく、情報を整理する力を能動的に身につけるものでなければならない。
現時点で、新学習指導要領でのプログラミング教育について、統一的な指導を規定する
のではなく小学校ごとに具体的な取り決めを行う方針が定められている。必修科目となっ
たプログラミングをどのように教えるのかは学校に任せられ、学校や教員はその準備と対
応に迫られている。また地域や指導教員ごとに授業の質に格差がでてしまうことや、プログ
ラミング的思考力を学校教育でどう評価するかという問題も考えられる。特に評価面につ
いて、穴埋め問題のようなペーパーテストで子どものプログラミング的思考力をはかるこ
とはパパートらの理念とは相反するものだ。総合的な学習の時間のような授業形態を用い
るにしろ、学校教育においてプログラミング教育を完璧なものにすることは限界がある。教
育現場での取り組みをより良いものにするためにも、学校側が学習環境を整えることは不
可欠である。また子どもたちが日常的に情報技術・プログラミングに触れる機会を設けると
いう点でも、学校とその外、地域・NPO・各家庭での連携を見据える必要がある。
参考文献
・阿部和宏「プログラミングと教育」まつもとゆきひろほか『ネットを支えるオープン
ソース ソフトウェアの進化』(角川インターネット講座・2014)
- 5. 5
・森秀樹ほか「Scratch を用いた小学校プログラミング授業の実践」日本教育工学会論文
誌 34 巻 4 号・387-394 頁(2011)
・シーモア・パパート(奥村貴世子訳)『マインドストーム 新装版』(未來社・2005)
・文部科学省 中学校学習指導要領 第 2 章第 8 節 技術・家庭
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/youryou/chu/gika.htm
・文部科学省 学校教育-プログラミング教育実践ガイド
http://jouhouka.mext.go.jp/school/programming_zirei/
・経済産業省 HP 27 年度調査研究レポート IT 人材の最新動向と将来推計に関する調査
結果について
http://www.meti.go.jp/policy/it_policy/jinzai/27FY_report.html
(URL 先閲覧日・2017 年 2 月 24 日)