現在、世界各国で5Gの普及と利活用促進のための取り組みが国レベルで行われている。5Gでは通信速度が飛躍的に高速化されると共に、超遅延や同時接続性が大きく向上し、IoTやビッグデータとの相乗効果が期待できることから、工場や医療、交通、生活などあらゆる分野で国際競争力を大きく高める可能性を有している。そのため、発展途上国においても政府が中心となって積極的に導入を進めている状況にある。 マレーシアにおいても、マハティール氏が首相に返り咲いた時に5G商用化に向けた動きが活発化し、「5G技術開発を適切にできれば、マレーシアは2030年よりも早く先進国になるという目標を達成することができる」として高プライオリティで取り組んでいた。同氏は、様々なインタビューにおいても、全ての産業が5Gによって多くのメリットを享受することができ、且つマレーシアが域内において競争力を発揮するためにはいち早く商用化を行う必要性を説いていた。その上で、マハティール政権では5Gの商用サービス開始を2020年第3四半期に、そして5G技術の本格導入を2023年末からとするタイムラインが示された。また、マレーシア経済研究所は、5Gの導入はGDPへの寄与が127億リンギットとなり、今後5年間で約4万人の新規雇用を創出できるとまとめていた。 そして、2019年12月31日にマレーシア通信マルチメディア委員会(MCMC)がまとめた報告書では、26/28GHzと3.5GHz、そして700MHz帯が5G向けに開放されることが発表された。また、企業の初期投資を抑えることを目的として、3.5GHzと700MHzは企業単位ではなく、コンソーシアムによる入札でスペクトラムが割り当てられることが示された。 次にマレーシア国内における5Gの動向を見ると、第7次マハティール政権が誕生した後の11月に5Gタスクフォースが形成されている。その後、MCMCにて5Gテストベッドの募集が行われ、2019年10月より5G実証プロジェクトが実施されるに至っている。実証プロジェクト前にもショーケースが開催されるなどし、首相がそのポテンシャルについてメディアを通じて説明していた。 そして、2018年に募集された5Gテストベッドに対して、MCMCは政府系として28案件、インダストリー系として55件、合計83件のユースケースを採用した。ユースケースは農業、医療、教育など9分野に渡っており、通信事業者7社とペトロナスが資金を投じる格好となっている。 実証プロジェクトは2020年10月から6ヶ月間を対象として、6州(32サイト)で72のユースケースが実施され、その総額は1億4,300万リンギットと発表されている。特に、マハティール氏の地元であるランカウイが中心となっており、1億100万リンギットの投資額で35のユースケースを実施、スマート農業やスマート空港、スマートシティーなどの各種実証プロジェクトが展開された。 ただ、2020年3月1日の政権交代以降、5Gを取り巻く様子が変わってきた印象もある。新型コロナウイルス対応で優先順位が低くなったことは理解できるが、2020年5月15日にはサイフディン・アブドゥラー通信・マルチメディア相がMCMCに対して個別割り当ての指示を出し、6月2日に通信5社へ周波数が割り当てられた。コンソーシアムによる入札であったことは反故にされ、且つUモバイルやYTLといった企業が外されたこと、実績の乏しいALTELにスペクトラムが割り当てられたことから恣意的であるとの批判が噴出し、翌日にはこの決定が取り消されるなど混乱が生じている。 他にも、新政権においてはムヒディン首相がICTやテクノロジーに対して明確なビジョンを描けるのか、ファーウエイやZTEといった中国企業採用に対する米国の圧力をマネジメントできるのかといった懸念がある。さらに、ムヒディン政権は5G技術に対する優先度が低いのではないかとの見方も多い。 現在、通信各社は直ぐにでも5Gサービスを開始できるとアピールしているが、現政権内では前政権の政策を踏襲するのかどうかも不明確な状況にある。その為、5Gの商用化そのものに遅れが生じることが懸念されており、さらには域内における競争力に影響が及ぶ可能性も指摘されている。