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                 IT で実現する新しいワーク・ライフスタイル

今日から10月までの4か月間、北海道での勤務が決まった。家族も一緒だ。会社の「フレックス・ワーク制度」によ
って実現した。
今は引っ越しの手続きといっても、することはあまり多くない。パソコンにマイナンバーと引っ越し先を入力すると、
住民登録、郵便物の配達先、電話の設定、電気、ガス、水道料金の支払い設定、子供の学校の入学手続き、通
販や宅配便の配送先、その他さまざまなサービスの住所登録などがほとんど自動的にできてしまうのだ。


千歳空港に着くと、湿気のない爽やかな空気が出迎えてくれた。空港に隣接するカーシェアステーションで端末
にカードをかざし、確認画面の OK ボタンを押すと、予約しておいた車の位置が表示され、車のハザードランプが
点滅する。免許証やクレジットカードの確認等は自動的に行われ、手続きには30秒もかからない。
車に近づくと、ドアロックが解除される音が聞こえた。
手荷物を車に積んでモーターのスタートスイッチを押すと、「牧野様、北海道にようこそ」とカーナビが挨拶し、シ
ートやミラーの位置が自動的に調整され、画面には新居への地図が表示される。


空港を出るとすぐに田園風景が広がり、子供たちは「広い~!」「牛がいた!!」と歓声を上げている。
夏を過ごす家は、別荘風のログハウスを選んだ。玄関でカードをかざすと、「おかえりなさいませ、牧野様」といっ
てドアが開く。「ここははじめてなんだけど」なんて野暮なツッコミはやめておこう。なにしろ、枕や布団の材質、空
調や風呂の湯加減まで自分の好み通りに設定されているし、よく見るテレビのチャンネル、横浜で録画しておい
た番組、自慢のジャズのコレクション、膨大なデジタル蔵書などもそっくりそのまま移って来ている。まさに我が家
に帰って来たようなのだ。宅配ボックスには、Amazon に注文しておいたキャンプ用品がちゃんと届いている。


翌日から、子供たちは元気に学校に通い始めた。私が子供のころは、転校生というのはちょっと特別の存在で、
親の仕事の都合で何度も転校をしてきた子供は逞しくて世渡り上手な反面、せっかくできた友達ともすぐに別れ
なければならず、どこか寂しそうなところがあった。でも、今の子供たちは Facebook や Mixi でずっとつながりを維
持しつつ、移動するたびに友達が増えていく。転校先にも旧友や「友達の友達」がいたりするので打ち解けるの
はずっと早い。それに、10月には東京に戻るのだ。そうしたら、いろいろな場所でいろいろな経験を積んできた級
友たちと再会し、また一回り成長するだろう。


私は早速ホームオフィスで仕事にかかる。PC は部屋に備え付けられており、カードと指紋で本人認証するだけで
いつもの環境が立ち上がる。もっともキーボードだけは 10 年間愛用のものにつなぎかえた。こればかりは他のも
のではだめなのだ。。
窓の外にはまばゆいばかりの新緑が広がっている。
仕事はほとんどがネットワーク上での共同作業とテレビ会議でできてしまう。職場の「ざわめき」は社内 Twitter が
その役割を果たしている。オフィスの雑談だと聞こえる範囲は限られるが、社内 Twitter だと北海道にいようが海
外にいようが皆が何を考え、何を感じているかがわかるし、意外な場所から意外な情報が飛び込んで来たりする。
昔の「タバコ部屋トーク」は完全に社内SNSに取って代わられた。
もちろん、集中したいときには集中できるし、煮詰まったら小川のせせらぎを聴きながらそのあたりを散歩するだけ
でもずいぶんリフレッシュできる。


唯一代替できないのが「飲みニュケーション」だが、代わりに最近はご近所仲間で、庭や近くの湖畔でバーベキュ
ーをするのが流行している。5時に仕事を切り上げ、市場から買ってきた新鮮な肉、野菜、魚介類を炭火で焼いて、
ビールサーバーの生ビールを飲む。違う業界の人、ベンチャーの社長、大学の教授などが入り混じって、会話は
この上なく刺激的である。新しいアイディアや、想像もつかないような組み合わせのビジネスコラボレーションや産
学連携の話なども、ここから生まれてくる。東京の騒がしい居酒屋で、似たようなメンバーで似たような話を堂々め
ぐりさせ、ぐったりして終電で帰るよりはずっと健康的で創造的である。




車はご近所同士で何台かの車をシェアしている。北海道では車は必需品だが、さすがに一人一台ずつ持つ必要
はなく、カーシェアリングは合理的だ。カードが車のキー代わりになっており、走行距離に応じて使用料、電気代、
保険料などがチャージされる。
カーシェアリング用にはいろいろなタイプの車が用意されているが、人気があるのはキャンピングカーだ。北海道
は「キャンピングカー天国」と呼ばれ、夏には全国から多くのキャンピングカーがやってくる。東京から来るのは大
変だが、北海道に住んでいれば週末に気軽に出かけることができる。大自然を満喫し、豪快な釣りを楽しんだり、
温泉巡りをしたり、ご当地グルメを食べ歩いたり、湖にカヤックを浮かべたりと楽しみはいくらでもある。何もせずぼ
うっと景色を見ていてもいい。もちろん、子供たちにとっては天国である。ご近所の中には、自分で一回り大きなキ
ャンピングカーを借りて、1か月間ずっと北海道を回っている人もいた。通信回線とパソコン、TV会議システムが
あればどこで仕事をしようと構わないわけで、何も家にいる必要はないよというのが彼の弁だ。留守中の1か月、彼
の家には同僚が東京から来て住んでいたらしい。




9月も終わり、すっかり秋が深まってきた北海道を離れ、東京に戻る。久しぶりの人混みと喧騒が妙に新鮮に感じ
る。大自然の中でリフレッシュした心と体は、エネルギッシュなこの街での目まぐるしい生活をしばらくの間楽しむ
ことができるだろう。
疲れてきたころには、また次のフレックス・ワークが待っている。今度はどこにしようかと思いを巡らせている。

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