社会システム論Ⅱ ④ 公共圏と瓦版
新聞の機能とは何か ? 統治の手段= 官報 ・告示 カエサルの官報 ( 紀元前 ) 市場 ( 相場 ) 取引の手段 ( インボイス ) ヴェネチアの手書き情報紙 『ガゼット』 (1536) 政治的論説の手段 ( 政治宣伝ビラ ) 17 世紀イギリスの 「 Courant 」 その他には ?  瓦版を参考に考えよう !
公共圏とは 市民が平等な立場で自由に議論を行い,公的意志 = 公論 = 世論 (public opinion) を形成していく空間。 ( 公的資金を受けていても ) 「公権力」とは一線を画し ( むしろ対立し ) , ( スポンサード / パトロネージュされていても ) 経済権力とも一線を画し, 合理的な討議 ( 利害や隠蔽や操作がない議論 ) に専念するための場所で, 誰でも入ることができ,市民の観察に対して開かれた空間 。
私と 公 との間に 私 公 両義
公共圏の三つの本質  Öffentlichkeit, public sphere  平等性 :社会的地位を度外視し「単なる人間」として対等に参加して議論する  自律性 :解釈を他の権威に委ねることなく,自律的・合理的な相互理解で議論する  公開性 :討論対象を入手し議論できる財産と教養さえあれば,すべての私人が「公衆」として参加しうる
公衆と輿 ( よ ) 論 新聞=政治的決定を 公衆 という新しい審廷の場( 輿論 )へ引き出すための機関 批判的公衆 が政治・経済をコントロール
輿(よ)論と世(せ)論 輿論 ― 批判的公衆 が議論した結果としての公的意志(見解)。政治的意志決定に密接で強固な影響力を持つ 世論 ― 大衆 が(議論を経ずに)抱いている意見・感想の分布状況。世論調査の結果として,意見分布が把握できるが,政治的意志決定に拘束力を持たない
公共圏の具体例① コーヒー・ハウス
公共圏の具体例② 床屋
公共圏の具体例③ 風呂屋
公共圏のメカニズム 議論(噂話)の材料(議題設定)として,「新聞」に掲載されたニュースが参照・共有される 公共圏内部には,意見に関するコミュニケーションのネットワークがある。コミュニケーションの流れはフィルターにかけられ,テーマごとに「輿論」として集約,束ねられる(例:政党支部の意見集約)
公共圏の二つの性格 政治・経済の担い手としての, インテリゲンチャ・ブルジョワジー (知的・富裕階層)の集団->政論・経済新聞(大新聞) 被支配階層(働き手=労働者)が社会参加するためのシステム ->滑稽談・異聞・読み物中心の新聞(小新聞) 日本では,江戸時代に「瓦版」が新聞の原型として社会に定着していた
瓦版の語源 急ぐため,粘土に絵や文字を彫り,瓦に焼いて原版にしたから 16 世紀末に「活版印刷術」が渡来 手間を考えると,板木に彫るほうが速い 京都・四条河原で開かれた興行の番付が始祖だから 語呂合わせにすぎない ? 定説はない
欧州における,かわら版類似物 祭礼や定期市を利用し, 専業の売り子 が各所で売り歩く 一枚摺り 事件が発生するたび, 不定期に発行 Neue Zeitung , Flugblatt, Broadside などの名称
瓦版第一号 慶長 20(1615) 年,大坂夏の陣の際の「大坂安部之合戦之図」「大坂卯年図」とされる 徳川幕府寄りの記 事で埋められ,京都 の市内などで売られ る
読売 ( 辻売 ) 市中で内容 ( 説話 ) を読み上げる 「大道芸」の一つ 「おひねり」を得たときに, その見返りとして,「刷り物」 ( 一枚摺 ) を手渡す 賤業。香具師・際物師
かわら版発行の恒常化 天和年間( 1680 年ごろ)に統制令 「いかなる馬鹿者が仕出しけん, 当世の世話 を集め『江戸の灰吹対の道具』と題して,板木に纏め商いものとす」(『天和笑委集』) 元禄年間( 1690 ~ 1705 )にメディアとして定着(赤穂浪士の討ち入り) 灰吹=煙草盆の吸い殻入れ。転じて「火事」の意味
かわら版の題材 災害の速報(地震・洪水・火事・噴火・飢饉・悪疫の流行) 役者の消息・心中・仇討ち(ゴシップ) 怪獣・奇人など「猟奇 / 変異譚」 政治記事(新将軍の就任や日光社参,外国使節の来日などに限られる) 広告(引札)
瓦版はニュース媒体なのか ? 読み捨てのニュース媒体ではなく,別個の 「実用的価値」 が存在した 前提 主購買層 ( 下層武士・商工関係者 ) の識字率は推定で 30 ~ 40 %->つまり文章を読めない人が多い 文章というより,歌唱 ( 朗詠 ) するものであり,読売師などから口承で覚える
かわら版の効用 「当座の替りたる事」 が発生した場合に,情感をともにして,冥福を祈る 単なるニュース媒体ではなく,歌い・唱え,囃して楽しむ道具(謡・小唄= パロディ 。演劇・見世物興行の客寄せ手段) 病除けのまじない( 護符 ) 忠孝慈善など幕府が薦める 〈市民道徳〉の啓蒙手段
浅間山大噴火 ( 部分 ) 。天明 3(1783) 年
越中立山に出現したというくたべ。難病の流行を予言し, 己の姿を見た者だけは助かると告げたという。
オランダ産猛虎。痘瘡・麻疹除けになる
①  お守り・護符機能
災厄除け 病気・地震・火事など新たな災厄 技術的対抗手段に乏しく,俗信に頼らざるをえない 災厄を伝える「瓦版」はニュースであると同時に,護符の機能を持った -> 託宣型瓦版
赤穂浪士の討ち入り。元禄 15(1702) 年
田川得左衛門の仇討ち。
八百屋半兵衛,新妻・千代と心中。歌祭文。享保 7(1722) 年
二代目団十郎 ( 成田屋 ) の病気全快。享保 20(1735) 年
②  芝居・見世物の客寄せ 心中・仇討ちなど色事・荒事は,ただちに芝居 ( 歌舞伎 ) になる。歌舞伎はニュース芝居だった ( 非業の死を遂げた主人公たちの鎮魂の場 ) 物語の粗筋を理解してもらう 登場する役者を知ってもらう ( 役者の一枚絵や番付 )
メディアとしての演劇 事件を基にフィクション(言論統制を逃れる方便)を加えたニュース性を有する 宗教(儀式)性=心中などで非業の死を遂げた主人公の 鎮魂の場 幕府が奨励する価値観・道徳の啓蒙の場(忠君孝行 )-> 人気薄
創作されたニュース 演劇・見世物の宣伝手段なのだから, 事実でなくてもかまわない ( 次項も同じ ) 。創作・脚色されたニュースでよい 瓦版の発行は月平均 5 ~ 6 枚 / 版元 中世で 「説話」「民話」 に属していた物語が,ニュースという装いでリニューアル。が,基盤は ステレオタイプ
Canard( ニュースの鴨 ) よく似たニュースが時所を隔てて再出現する ( 再話 ) 現象 水中に潜った鴨が意外な所で浮上する 転じて「虚報」 人々が潜在的に抱く願望や恐怖が,物語 ( ニュース ) の形をとって実体化する現象 ->都市伝説 ドイツ語で Zeitungsente
裁判報道。孝行の褒美は銀五枚。
蛙が蛇を噛み殺す !
百姓の女房,馬頭の子を産む !!
③  忠孝奨励教育 親孝行など幕府が奨励する徳目 を,実際の出来事に即して教える 不良出版を弾圧し,人心の為になる出版を奨励する政策 ( 享保年間以降 ) 享保の改革->落書捨文を禁止し,目安箱を設置した 瓦版が 庶民に対する教育機能 を持つ
大阪堂島火事。天保 5(1834) 年
④  安否を知らせる 火事と喧嘩は江戸の華。地方から江戸に流入した人は,とくに火事の際に,故郷に安否を知らせる必要があった けど,手紙を書く能力はない 被災地・人を克明に記した瓦版を送り,故郷に安否を伝える->公益性
まとめ 瓦版は近代新聞史の直接の源流とみなしにくいが,瓦版が担っていた多様な機能は近現代まで引き継がれているのではないか ただし,幕末には幕府が触書なども瓦版形式で配布。一方,政治風刺・パロディなどが瓦版で流布し,明治初期の新聞の離陸を促した

System2010 04