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白石営林署事件
最高裁昭和 48 年 3 月 2 日第二小法廷判決
4 班 市村 中山 高井 大原
【事件の概要】
昭和 33 年 12 月、気仙沼で行われた処分撤回闘争に参加するため、
農林省林野庁白石営林署の職員の X は、同月 9 日退庁間際に、
10 日、11 日の 2 日間の年次有給休暇を請求し、承認のないうちに退庁し、
両日を出勤しなかった。
そして X は、その両日に他の営林署で行われたストライキ支援活動に参加した。
X の上司である A 署長は両日の年休請求について不承認とし、
同月支給の給与から 2 日分の賃金を控除した。
そこで、X は A 署長の不承認の意思表示が無効であるとして、
控除分の未払い賃金ならびに遅延損害金の支払いを求めた。
一審では、「時季変更権を行使しうる事業の正常な運営を妨げる場合であったと断ずるこ
とはできず」違法と判断。
二審では、一審の判決を支持し、営林署側敗訴の判決を下したが、
年休の法的性質については、労働者が労基法 39 条の要件が充足される場合には、一定日
数の労働義務が免除され、就労から解放されるという一種の種類債権を取得し、指定によ
って特定される、という「種類債権説」を打ち出した。
一審、二審がともに、X の請求を認めたところ、A 署長は、労働者の年次有給休暇の請求
に対して、使用者の付与行為を要しないとしたのは労基法 39 条の解釈を誤ったものであ
るなどと主張して、上告した。
日本電信電話公社事件(此花電報電話局事件上告審判決)
最高裁第一小法廷昭和57年3月18日
【概要】
労働者側は、被告の近畿電気通信局西地区管理部に属する此花電報電話局(以下此花局と
もいう。)勤務しており、会社に対し、有給休暇を請求し、休暇をとったところ、会社は、
右請求をいずれも認めず、原告らが、就労しなかった時間を欠勤したものとして扱い、欠
勤分として原告らが本来受給すべき賃金から金員を差引いた。
労働者側の請求のうち、年次休暇の請求は、いずれも労働者が当該年度において
労働基準法39条1、2項に基づき有していた休暇日数の範囲内でなされたものであって、
当然有給休暇として認められるべきものであり、被告がこれらの請求を認めず、
欠勤扱いとしたことは、違法、無効であるから、被告は、賃金から差引いた金員を、
未払賃金として原告らに支払うべき義務があるとして、
被告に対し、原告は支払いを求め勝訴した。
しかし、会社側は時季変更権行使についての時間的余裕を使用者に与えないような形で
なされる時季指定権の行使は無効というべきであり、本件では被控訴人らの年休請求にお
ける時季指定は、いずれも控訴人の時季変更権の正常な行使を妨げ、
ないしは著しく困難にするものであるから、無効であるとし上告。
【判旨】
労働者が指定した年次有給休暇の期間が開始しまたは経過したが
のちに使用者が時季変更権を行使した場合であっても、
労働者の休暇の請求がその指定した期間の始期にきわめて接近してなされたため
使用者において時季変更権を行使するか否かを事前に判断する時間的余裕がなかったよう
な時には、客観的に時季変更権を行使しうる事由があり、かつ、
その行使が遅滞なくされたものであれば、適法な時季変更権の行使があったものとして
その効力を認めるのが相当である。
使用者の年次有給休暇時季変更権の行使が、労働者の指定した休暇の期間が開始し
または経過したのちにされたものであっても、労働者の休暇の請求は事業の正常な運営を
妨げるおそれがあったが使用者において労働者が休暇を必要とする事情のいかんによって
はこれを認めるのを妥当とする場合があると考えて、
休暇の理由を聴取するため時季変更権の行使を差し控え、
その後労働者がこれを明らかにすることを拒んだためそのような考慮をする余地がないが
確定的になった時点に至ってはじめて、かつ、遅滞なく時季変更権をしたなど、
判示の事情のもとにおいては、時季変更権の行使は適法にされたものとしてその効力を認
めるのが相当である。
【年休権に関する学説】
年休権が発生する客観的要件(労基法上)
①雇入れ日から 6 ヶ月継続勤務し、
②全労働日の 8 割以上出勤したこと
+労働者が年休の時期を特定して時季指定をした時は、使用者が時季変更権を行使しない
限り年休の効果が発生する(使用者の承認は不要)
・二分説(判例の立場)
年休の権利は、法所定の要件を充足したことにより当然に発生する年休権①と、
年休の目的物(具体的な時期)を特定する時季指定権②の 2 つの権利から構成される
本判決の立場は、その後の最高裁判決でも維持されており、確立した判例法理となってい
る(電電公社此花電報電話局事件-最小判昭和 57 年 3 月 18 日-、電電公社近畿電通局事件
-昭和 62 年 7 月 2 日-)
・請求権説
年休権は労働者が使用者に対して休暇付与という給付行為を請求する権利である
→労働者の指定した時季に有給休暇を取得するためには、使用者の承認が必要
→しかしこの請求は、「法的には締結強制を受けており、特段の事情がない限り拒めな
い」
・形成権説
労働者の年給の請求によって有給休暇が一方的に発動し、使用者の承認は不要
→ただし、事業の正常な運営を妨げる場合、使用者は時季変更権の行使によって年休の形
成的効果を失効させることができる
=年休権は、時季変更権の行使を解除条件として効果を発生する形成権であるという主張
◎請求権説とは異なり、年休について、就労から解放される時季を労働者が自由に設定で
きるとした点が評価され、多くの支持を得たり判例に取り入れられたりした。
ex)白石営林署事件地裁判決
・時季指定権説(判例に影響を与えた)
請求権説・形成権説は、本来あるべき労働者の年休権と、所謂年休請求権(=時季指定権)
を混同して捉えていることが問題であると指摘
→労基法 39 条で認められる労働者の権利は、年休権と時季指定権の二つから成立
→同条 1・2 項で年休権は当然に認められ、3 条で好きな時季に休暇時季を指定できる
【年休権の使途に関する判例の立場】
・年休の使途に対する制約
判例は、年休の利用目的は、使用者の干渉を許さない労働者の自由であると述べた
=年休の自由利用の原則(他、弘前電電局事件等)
→年休の取得は、その使途や利用目的によって制約を受けない
※ただし、事業の正常な運営を妨げるおそれがあることが予想される場合に、
使用者が休暇を必要とする事情によっては時季変更権の行使を差し控えようとする考慮か
ら、労働者に年休の使途を尋ねることは差し支えない(電電公社此花電報電話局事件)
・一斉休暇闘争と年休取得
本判決は、一斉休暇闘争を「労働者がその所属の事業場において、その業務の正常な運営
の阻害を目的として、全員一斉に休暇届を提出して職場を放棄・離脱する」ことと定義
→一斉休暇闘争の実質は、同盟罷業(ストライキ)であるとして、年休権の行使と認めな
い
・年休を争議行為に利用
年休権の行使とは認められない(津田沼電車区事件-最小判平成 3 月 11 日-)
・時季変更権に従う休暇闘争
使用者の時季変更権の行使があれば、それに従う休暇闘争は年休権の行使と認められる
(道立夕張南高校事件-最小判昭和 61 年 12 月 18 日-)
・年休を他の事業場における争議行為への参加に利用
年休の自由利用の原則が適用され、認められる。(本判決)
【私見】
年休権は労基法 39 条の客観的要件を満たすことで当然に発生し、
その行使は所属先の事業運営の妨げにならなければ自由に行えるとした判旨を支持する。
問題は別にある。
そもそも、年次有給休暇制度は第二次世界大戦後に西欧諸国で立法制度として普及し、
1970 年に ILO132 号条約によって最低 3 週間の年休付与が定められ、
今や国際的な最低労働条件の 1 つとなっている。
その目的は、「毎年」「長期間」「連続」して日々の労働から開放されることにおいて、
賃金を失うこと無く保障することで
①健康で文化的な生活を享受させること、
②労働者個人の家庭生活と職業生活を調和することだ。
それ故に、年休制度では、労働者が自由に年休時季を選べることが重視される。
しかしながら、わが国の年休消化率は 1995 年以降 50%を下回って低下し続け、
2013 年度には 48.8%に留まっているという実態がある。
これは、今日の職場の要因配置がギリギリの状態に削られていて、
1 人の年休の取得が職場の仲間に大きな負担となる状況に大きな原因があるとされている。
「年休を利用したい」とする権利は当然に認められると法の上成り立っているとしても、
あくまでそれを受理するのは現場である。
当然の権利を主張しながらも、冷たい目で見られてしまっては我々は萎縮してしまうのだ。
近年の判例では、年休が労働者の指定した時季に与えられるよう代替要員を確保したり、
他の労働者を捜すなどの「通常の配慮」を必要としているものがあったり(弘前電電局事
件)、
使用者の配慮内容には、年休の取得を可能にするように適正に人員を配置すべきことも含
まれるとする(西日本 JR バス事件)等も現れるようになってきている。
だが、日本の労働環境は全体として大きく改善しているとは言えず、年休消化率に変化は
ないだろう。
また、パートタイム労働者にも年休が認められていることは周知されているだろうか。
多くの場合、知らず知らずのうちに働き続けているのではないだろうか。
こうした労働環境改善の為に、例えば、義務教育 or 高等教育以上において労働法の履修
を
必修化したり、政府・企業努力によるベースアップや福利厚生の充実によりいっそうの力
を入れていく必要があると考える。

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