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『手紙魔まみ』における穂村弘の文体の変容 [P1]
『手紙魔まみ』における
穂村弘の文体の変容
2016 年 10 月 16 日(日) Kabamy20
久真 八志
1 背景
「まみのモデル……手紙を送ってきたという意味でのモデルは歌人の雪舟え
まさんで、でも彼女が”まみ”そのものでないことは、彼女自身の歌集を読め
ばわかると思うんだけど。ただ、彼女の言語感覚を借りていることは確かで
す。」 (『手紙魔まみ、わたしたちの引っ越し』P69、穂村弘インタビューより)
・『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』の作品はそれま
での穂村作品とは異なった言語感覚で制作したものである
※言語感覚……語彙やその用いる組み合わせを取捨選択する根
拠となる感性とする。
・語彙やその用いる組み合わせが総合的に喚起するニュ
アンスを「文体」と呼ぶこととする
・『手紙魔まみ』では穂村が他作者の言語感覚を借りたこと
で、文体が変化した可能性がある
2 目的
『手紙魔まみ』において穂村弘の文体は変化したの
か? したとすれば、それはどのような変化か探る
3 手段
・語彙やその用いられ方の違いを把握することは、文体の
違いを把握する手がかりとなる
・計量テキスト分析の採用
文章を形態素とよばれる単語相当のレベルに分解し、各語を集計、
統計的な分析を行う手法のこと。
特定の語の出現頻度を数値化できる⇒語彙やその用いられ方の変
化を可視化できる
・計量テキスト分析の流れ
① 分析対象となるテキストデータを用意する
② テキストを形態素解析し、単語レベルに分解、品詞に
分類する
【左列:配布資料/右列:口頭発表原稿】
本日は『手紙魔まみ』における穂村弘の文体の変容という題で発表をしてい
きます。
1.背景
まず背景です。
引用した穂村さんの発言が今回の発表の出発点となっています。
ここで穂村さんは雪舟えまさんの言語感覚を借りたとはっきり言っています。
言語感覚という言葉についてはいろいろな受け取り方ができますが、今回
は、語彙やその用いる組み合わせを取捨選択する根拠となる感性として話を
進めます。
言語感覚が変われば、語彙やその用いる組み合わせが変わります。語彙や
その組合せが変われば、作品が総合的に喚起するニュアンスが変化すると
考えられます。ここではそのニュアンスを「文体」と定義しておきたいと思いま
す。
2.目的
というわけで今回の発表では、文体が『手紙魔まみ』とそれ以前で変わったの
か、変わったとしたらどう変わったのかを探ることを目的としています。
3.手段
今回の発表では少し新しい方法を使って文体の変化を知る手がかりを得た
いと思っています。
既に述べたように語彙やその用いられ方の変化を把握すれば、文体がどう変
わったかを推測するための根拠になるはずです。
そこで計量テキスト分析という方法を使ってみます。
計量テキスト分析とは、文章を形態素とよばれる単語相当のレベルに分解
し、各語を集計、統計的な分析を行う手法のことです。
要するに単語を数えるということです。特定の語の出現頻度を数値化できる
ので、語彙やその用いられ方の変化を可視化することができます。
この手法そのものは言語学や社会学の分野でよく用いられているもので、今
回はそういった知見を参考にしつつ、短歌に応用してみようと考えています。
計量テキスト分析の流れを簡単に説明します。
まずは分析対象となるテキストデータを用意します。
続いてこのテキストに対して形態素解析と呼ばれる処理を行います。
『手紙魔まみ』における穂村弘の文体の変容 [P2]
※形態素解析の品詞体系は一般の文法の分類と異なる
ので注意!(形容動詞→形状詞+助動詞)
③ 集計や統計計算の可能なソフトウェアを用いて分析
4 差の判定基準
・今回のレポートでは、カテゴリー間の品詞の出現率に「差が
ない」「カイ二乗検定確率が p<0.05 である」という言い方をす
る。
・カイ二乗検定とは複数のカテゴリー間の数値に差がないとい
えそうな確率を求める統計的手法
・p 値(確率)が 0.05(5%)以上なら、差があるとは言いにくい。
このとき「差がない」と述べることにする。
・p 値が 0.05 を下回るときは「カイ二乗検定確率が p<0.05
である」と述べることにする。
5 分析
5.1 『手紙魔まみ』までの穂村弘の品詞分析
【最初に概要】
・『手紙魔まみ』刊行までの穂村弘作品で、品詞ごとに出現頻
度に変化がみられるかを検討した
・対象データは『シンジケート』『ドライドライアイス』『手紙魔ま
み(略)』、かばん 1988 年から 2001 年までの掲載作品
・歌集別の品詞出現率に差がなかったのは「助詞」「動詞」。
他の品詞ではカイ二乗検定確率 p<0.05
・『手紙魔まみ』では名詞の出現率が減少した。また形容詞、
副詞、助動詞、および終助詞の出現率が増加した。
・かばん掲載作品では 1995 年以降、助動詞や終助詞が『シ
ンジケート』『ドライドライアイス』より低い傾向にある。
【対象データ】
・かばん掲載作品(1988 年-2001 年)
年 Y88 Y89
Y90-
91
Y92-
94
Y95-
96
Y97-
98
Y99-
01
合
計
歌 98 79 57 71 63 54 49 471
「明け方に雪そっくりな虫が降り~」の歌を形態素解析した例を P1 右上に示
しています。このように名詞、助詞、形状詞と一語一語にタグ付けしつつ、集
計可能なデータにします。
なお形態素解析の品詞体系は、一般的な文法の分類と異なることがあるので
注意してください。
4.差の判定基準
せっかく数値化するので「差がある、ない」という判断も統計的な手法を用い
てみたいと思います。
といってもあまり詳しく解説すると時間がありませんので、今回の発表で「差が
ない」というときと、「カイ二乗検定確率が p<0.05 である」というときの違いだ
けを簡単に説明します。
カイ二乗検定とは差がないといえそうな確率を求める手法です。持って回っ
た言い方になりますが、統計的に「差がある」と断言するのは難しいために、
確率で表すことになります。
差がないといえそうな確率が高い場合、5%以上ならば「差がない」ということ
にします。
確率が低い場合、ここでは 5%以下ならばそのまま p<0.05 だったということ
にします。この結果を「有意な差がある」という言い方をすることもあります。
5.分析
5.1
それでは分析に入っていきましょう。まずは手紙魔まみまでの穂村弘作品の
品詞分析を行います。ここでまず、穂村弘作品の語彙やその用いられ方が、
手紙魔まみで変化しているかを検討したいと思います。
対象データとして、まず穂村さんのかばん入会から手紙魔まみ刊行までの、
1988 年から 2001 年までのかばん本誌掲載作品を集めました。これが合計
471 首となります。各年代は数がなるべく同じになるように、1 年から 3 年分
のスパンでまとめました。
明け方に雪そっくりな虫が降り誰にも区別がつかないのです
明け方 :名詞
に :助詞
雪 :名詞
そっくり :形状詞
な :助動詞
虫 :名詞
が :助詞
降り :動詞
(以下略)
形態素解析
『手紙魔まみ』における穂村弘の文体の変容 [P3]
・歌集
歌集 シンジケート ドライドライ
アイス
手紙魔まみ 合計
発行年 1990 年 1994 年 2001 年 /
歌数 237 115 241 593
かばんと
の重複
144(61%) 20(17%) 14(6%) 178(30%)
○名詞、助詞
縦軸:出現率(一首あたりの各品詞の出現数)
○助動詞、動詞
また歌集のデータとして、シンジケート、ドライドライアイス、そして手紙魔まみ
の三冊分を集めました。これが合計で 593 首あります。なお、かばん掲載作
品と重複している部分がありますが、そのままとしました。
グラフを見ていきましょう。
縦軸は一首あたりの、品詞出現数を表しています。
例えば最初のグラフであれば、シンジケートの作品で助詞は一首当たり 5
個、平均で登場していることが示されています。
さて、三つの歌集で検定を行うと、助詞では差がありませんでした。
一方で名詞は p<0.05 となりました。どうやらシンジケートから手紙魔まみにか
けて徐々に減少しているようです。
ただしその下にあるかばん年代別のグラフをみると、名詞の使用率はほぼ一
定で、一首当たり5を割ることはまずないのがわかります。
手紙魔まみは 5 を大きく下回っていますので、それまでの穂村さんの作品と
は傾向が異なるのではないかという示唆が得られそうです。
助動詞と動詞のグラフを見ていきましょう。
助動詞は p<0.05 でした。そして今度は徐々に増加する傾向が見てとれま
す。しかし年代別で見ると、助動詞の使用率はむしろ年を追うごとに減少して
いるようにも見えます。
99 年から 01 年あたりは一首当たり 0.5 個程度だったのに、2001 年に出た
手紙魔まみでは 1.2 個程度。倍近く違うのがわかります。
動詞は差がありませんでしたので考察は割愛します。
『手紙魔まみ』における穂村弘の文体の変容 [P4]
○形状詞、形容詞、副詞、および終助詞
5.2 穂村弘と他作者の品詞比較
【最初に概要】
・穂村弘の品詞使用頻度の変化は、他の作者と比較して高く
なったのか低くなったのか、同程度になったのかを検討した
・『シンジケート』+『ドライドライアイス』、『手紙魔まみ』(2001
年)、1995 年-2001 の穂村弘作品、雪舟えま(1997-2001
年)、1999 年のかばん会員作品の 5 つのカテゴリー間で、品
詞ごとの出現率を比較した
続いて形状詞(形容動詞の語幹にあたる部分)、形容詞、副詞、それから助
詞のなかでも終助詞について示します。
なぜ終助詞に着目するかというと、助詞の各分類で比較した結果からなので
すが、割愛しています。
これらの品詞はいずれも p<0.05 でした。いずれも手紙魔まみで、それまでの
歌集よりも増加している傾向がみられます。
以上、まずは穂村さんの 2001 年までの作品を分析した結果、手紙魔まみと
それ以前の作品では品詞の出現頻度に変化がみられることがわかりました。
5.2
続いて穂村さんの品詞の変化が、他の作者と比べてどうなのか、高くなっとの
か低くなったのか同程度になったのかを検討しました。
対象としたのは『シンジケート』+『ドライドライアイス』を合わせたもの、これは
二つがおおむね各品詞で近い数値だったため合算してもよいと判断したた
めです。次に『手紙魔まみ』。またドライドライアイス以後の 1995 年-2001 の
穂村弘作品をまとめたデータも対象とします。
他作者の比較としては、穂村さんが言語感覚を借りた相手である雪舟えまさ
んの 1997-2001 年のかばん掲載作品、なお当時は小林真実名義でした。あ
とは 1999 年 5 月号のかばん会員作品をまとめたもの。年代が他のカテゴリ
ーと近く、特別号でほぼ全員の作品が、同じ数ずつ載っているためこの号に
しました。以上 5 つのカテゴリー間で、品詞ごとの出現率を比較しました
『手紙魔まみ』における穂村弘の文体の変容 [P5]
名詞:『手紙魔まみ』より前の時期の穂村弘作品は名詞の出
現率が他作者より高かったが、『手紙魔まみ』で他作者と同水
準になった。つまり『手紙魔まみ』では名詞の多用という穂村
弘の文体の特徴が消失していた。
助動詞、終助詞:『手紙魔まみ』より前の時期の穂村弘作品は
助動詞および終助詞の出現率が他作者より低かったが、『手
紙魔まみ』で他作者よりも高くなった。
【対象データ】
カテゴリー名 歌数 年代 諸元
穂村(シ・ド) 352
1990,
1994 年
『シンジケート』
『ドライドライアイス』
穂村(か 95-01) 166
1995‐
2001 年
穂村弘が左記年代にかば
ん誌上で発表したもの
手紙魔まみ 241 2001 年
『手紙魔まみ、夏の引っ越
し(ウサギ連れ)』
雪舟えま 182
1997‐
2001 年
雪舟えま(小林真実)がか
ばん誌上で発表したもの
かばん 99 291 1999 年
かばん 1999 年 5 月号の
全会員作品(雪舟えま、穂
村弘、文語の作品を除く)
合計 1232 / /
分析の結果、差がなかったのは先ほどと同じく助詞と動詞でした。つまり、他
の品詞は全て p<0.05 でした。
1 枚目のグラフ、名詞は手紙魔まみより前の穂村作品の水準が、他の作者よ
りも高いということがわかります。それが手紙魔まみではむしろ他作者よりも若
干低いぐらいまで下がっています。つまり、手紙魔まみがでるまでの穂村弘作
品は名詞が多いという特徴があったのですが、それが手紙魔まみでは消えた
ことがわかります。
2 枚目のグラフ。助動詞が、名詞とは逆の傾向になっています。手紙魔まみ
より前の穂村作品では助動詞の出現率が他の作者より低かったのですが、手
紙魔まみでは他よりも高くなった。
3 枚目のグラフでは終助詞に注目したいと思います。これはシンジケートやド
ライドライアイスでは他の作者よりもやや高かったのですが、かばんの 95-01
年ではかなり低くなりました。それが手紙魔まみでは他の作者よりも顕著に高
い出現率になり、増加したことがわかります。
以上、5.1 でわかった手紙魔まみでの品詞出現率の変化は、他の作者より高
かったものが低くなったり、あるいは逆だったり、極端な変化をしているものが
あったことがわかりました。
『手紙魔まみ』における穂村弘の文体の変容 [P6]
・差がなかったのは「助詞」「動詞」
・「形状詞」「形容詞」「助動詞」「副詞」「名詞」「終助詞」は
カイ二乗検定確率 p<0.05 だった
5.3 穂村弘と『手紙魔まみ』に特徴的な語彙
【最初に概要】
・5.2 と同じ 5 つのカテゴリー間で、手紙魔まみでの変化が
大きかった助動詞および助詞について、出現頻度に差が
ある語を検討した。
ね、わ、の:終助詞「ね」「わ」「の」は『手紙魔まみ』より前の
穂村で出現率が低かったが、『手紙魔まみ』では最も出現
率が高い。
の:格助詞「の」は『手紙魔まみ』より前の穂村で出現率が
高い。
ます、です:助動詞「ます」「です」は『手紙魔まみ』より前の
穂村で出現率が低かったが、『手紙魔まみ』では最も出現
率が高い。
○終助詞「ね」「の」「わ」
・「よ」「ね」「か」「の」「わ」「さ」の6つで終助詞全体(計 269
回)の 90%を占める
・「よ」「か」「さ」は出現率に差がなかった
5.3
では具体的にどんな語が増えたり減ったりしたのか、ここでは助詞と助動詞に
焦点をあてて詳しく見ていきたいと思います。
名詞は種類が多岐にわたりますので、ここでは割愛します。
一枚目のグラフは終助詞です。
終助詞はこちらに書いた6つで終助詞全体の出現数の 90%を占めていま
す。
「よ」「か」「さ」は出現率に差がなかったのでグラフからは省いています。
p<0.05 であった「ね」「の」「わ」は、いずれも手紙魔まみで最も多いことがわ
かります。
『手紙魔まみ』における穂村弘の文体の変容 [P7]
○格助詞「の」
・カイ二乗検定確率 p<0.05
○助動詞
・「だ」「た」「ない」「れる」「てる」「ぬ」「ます「り」「られる」「です」
「せる」11 語で助動詞全体(計 1298)の 91%を占める
・「た」「れる」「り」「られる」「せる」はカテゴリー間で出現率に差
がなかった
5.4 テキスト計量結果の小括
○『手紙魔まみ』以前の穂村作品の傾向
a.名詞偏重
名詞の出現頻度が高い。
b.形容詞、副詞、形容動詞の低頻度使用
c.格助詞「の」の高頻度使用
助詞のなかでは格助詞「の」の出現頻度が高い。これは名詞を多
く用いることと関係する(「の」は主に体言につく)
○『手紙魔まみ』で起こった変化
d.品詞の偏りの解消
名詞の出現頻度が減り、形容詞・副詞・形容動詞の出現頻度が
増加した。
e.一部助詞の使用頻度増加
終助詞「ね」「わ」「の」の出現頻度が増加し、他のカテゴリーよりも
高くなった。
二枚目のグラフは格助詞「の」の傾向を示しています。
格助詞の「の」は助詞の中で最も多く使われる語で、全助詞の四分の一を占
めます。
格助詞「の」の検定確率は p<0.05、手紙魔まみよりも前の穂村作品では出現
率が他の作者より高く、手紙魔まみでは最も低くなっています。
三枚目のグラフは助動詞です。
助動詞はこちらに書いた 11 個で助動詞全体の 91%を占めます。
このうち差がなかった6つを省いてグラフに示しています。
手紙魔まみでは、特に「です」「ます」が他のカテゴリーよりも高いことがわかり
ます。これは以前の穂村作品にはほとんどなかったものですので、手紙魔ま
みで生じた特徴といえそうです。
5.4
以上、テキスト計量結果をいったんまとめてみます。
『手紙魔まみ』以前の穂村作品の傾向として、以下の三つが挙げられます。
a.名詞偏重
名詞の出現頻度が高い。
b.形容詞、副詞、形容動詞の低頻度使用
c.格助詞「の」の高頻度使用
助詞のなかでは「の」の出現頻度が高い。これにかんしては、名詞を多く用い
ることと関連していると考えられます。なぜなら格助詞「の」は主に体言につく
からです。
『手紙魔まみ』で起こった変化としては以下が挙げられます。
d.品詞の偏りの解消
名詞の出現頻度が減り、形容詞・副詞・形容動詞の出現頻度が増加した。
e.一部助詞の使用頻度増加
終助詞「ね」「わ」「の」の出現頻度が増加し、他のカテゴリーよりも高くなった。
『手紙魔まみ』における穂村弘の文体の変容 [P8]
g.助動詞の使用頻度増加
助動詞の出現頻度が増加し、他のカテゴリーよりも高くなった。特
に「ます」「です」
6 考察
6.1 各品詞の特徴的な用法の比較
『手紙魔まみ』とそれ以前の穂村作品、雪舟えま作品の比
較から品詞の用い方の特徴を検討する
6.1.1格助詞「の」を複数回使用する歌
・格助詞「の」の出現頻度は『手紙魔まみ』より前の穂村弘で
高い。一首に複数回出現するケースも多い。
生まれたての仔猫の青い目のなかでぴちびち跳ねている
寄生虫 穂村弘(かばん 2000 年 6 月号)
・上句:格助詞「の」を使って名詞の意味を限定していき、焦
点のあたる場所に関する詳細な情報を提示しようとする。読者
に個人的な思い入れを排した観察に徹する主体を想像させ、
描写が共有可能な事実であることを期待させる
・下句:上句の効果を引き継ぎつつ突飛な情景を詠うことで、
詩的な飛躍を実現している。
何度でも生き返れると知った日の飛び立つ鳩の腹の蒼さ
よ 小林真実(雪舟えま)
・穂村と同じく格助詞の「の」を連ね限定された名詞としての
「蒼さ」を詠嘆の「よ」でうける。対象に執着し、思い入れをどん
どん強くしていく主体を想像させる
最愛の兎の牙のおそるべき敷金追徴金額はみよ 穂村弘
(手紙魔まみ)
・「最愛の」は兎との関係性を枠にはめるような表現で、大事
にしているのに裏切ってくる兎への複雑な感情を糊塗してい
るようにも感じさせる。いきなり登場する唐突さは、「最愛」であ
ることを有無を言わさず自分に言い聞かせたいという気持ち
の表われか。読者からみれば、「最愛」の内実が詳しく述べら
れていないため、主体の心情について不明な点が残る。
・「牙が傷つけたために発生した敷金追徴金額」を強引に省
略している。既に起きたそのようなエピソードを知っている者
同士ならば通じる言い方だが、読者からすれば第三者が入り
込めない親密さを感じるだろう。
g.助動詞の使用頻度増加
助動詞の出現頻度が増加し、他のカテゴリーよりも高くなった。特に「ます」
「です」がその要因となっています。
6.考察
ここからはテキスト計量の結果を、実際に作品を読みつつ解釈していきたいと
思います。
6.1.1
まずは格助詞の「の」に着目してみましょう。これは『手紙魔まみ』より前の穂村
弘では高く、手紙魔まみでは少なくなりました。
データは示していませんが、『手紙魔まみ』前の穂村弘作品では「の」が一つ
の歌に複数回出現するケースも多くなっており、出現率が高い要因になって
います。
そこで「の」がどのように使われているか、「の」を複数回使用した歌を読んで
検討します。
生まれたての仔猫の青い目のなかでぴちびち跳ねている寄生虫 穂村弘(か
ばん 2000 年 6 月号)
これは「ラインマーカーズ」にも収録されていますが、2000 年の作品です。
上句では格助詞「の」を使って名詞の意味を限定していき、焦点のあたる場
所、つまり「目のなか」に関する詳細な情報を提示しようとします。このような書
き方は、読者に個人的な思い入れを排した観察に徹する主体を想像させ、描
写が共有可能な事実であることを期待させるでしょう
しかし下句では目のなかに関して、ありえない風景が展開されます。上句の
効果を引き継ぎつつ突飛な情景を詠うことで、詩的な飛躍を実現しているとも
いえます。
何度でも生き返れると知った日の飛び立つ鳩の腹の蒼さよ 小林真実(雪
舟えま)
こちらは穂村さんと同じく格助詞の「の」を連ね「蒼さ」の意味を限定していきま
す。しかし穂村さんとは違い、その限定された名詞「蒼さ」を詠嘆の「よ」でうけ
ます。こうした書き方をすると、冷静な観察に徹しようとする主体という印象は
なくなります。むしろ対象に執着し、思い入れをどんどん強くしていく主体を想
像させるでしょう。
最愛の兎の牙のおそるべき敷金追徴金額はみよ 穂村弘(手紙魔まみ)
まず、「最愛の」は兎との関係性を枠にはめるような表現で、大事にしている
のに裏切ってくる兎への複雑な感情を糊塗しているようにも感じさせます。い
きなり登場する唐突さは、「最愛」であることを有無を言わさず自分に言い聞
かせたいという気持ちの表われかもしれません。読者からみれば、「最愛」の
内実が詳しく述べられていないため、主体の心情について不明な点が残って
しまいます。
また、「牙の」以降では、「牙が傷つけたために発生した敷金追徴金額」を強
引に省略しています。これは既に起きたそのようなエピソードを知っている者
同士ならば通じる言い方です。読者からすれば第三者が入り込めない親密さ
を感じるでしょう。
このように兎の歌での「の」の使い方は、仔猫の歌の「の」のように詳細な情報
を伝えようとするどころか、かえって説明不足で、それによって異なるニュアン
スを出す機能があるようです。
『手紙魔まみ』における穂村弘の文体の変容 [P9]
6.1.2助動詞または終助詞を使用する歌
・助動詞および終助詞の使用は手紙魔まみで増加する
賛美歌を絶叫しつつゆらゆらとスーパーマンが空をあゆめ
り 穂村弘(かばん 1997 年 10 月号)
・助動詞の使用が少ない穂村が比較的用いやすい助動詞は
完了や存続などを表す「た」(口語)「り」(文語)
・現在や過去の時制を表す助動詞を使うと、その出来事が確
定した事実であるとする態度を感じさせる。
・句切れや修辞を用いずスーパーマンの様子を順序よく説明
しようとする主体を想像させることで、スーパーマンの本当の
姿が描写されているという印象を与える。
・笑顔で空を飛ぶヒーローという典型的なイメージに対して、
いま目の前で狂おしいほどの悲しみのなかにあるヒーローの
姿をぶつけ、そのギャップが読者のヒーロー像を揺さぶる。
駱駝みたいまつげに雪が乗っかっているよあなたを伝説
にしたい 小林真実(雪舟えま)
助動詞…「たい」(希望)、終助詞「よ」(呼びかけ)
・心に浮かんだ印象を高揚感のまま言葉に出す→[句切れ]→
冷静になって相手に伝わるように言い直す、ただし最後に
「よ」をつけているので完全に冷静ではない→[句切れ]→また
自分の思ったことを脈絡なく言ってしまう
・二回の句切れは、目の前の光景や自分の考えを順を追って
説明できないほどに語り手の心が激しく動いているさまを表す
・「よ」で感動を表し、願望を述べる。自分の気持ちを表現する
ことにためらいがない主体を想像させる
眼ってのは外に出てきた脳なんですってね。感心しまし
た、脳か。 穂村弘(手紙魔まみ)
助動詞「です」(丁寧な断定)「ます」(丁寧) 終助詞「ね」「か」
・「ですってね」→話し手として「若い女性」を想像させる[6.2]
・「眼を脳の一部と見なす」のは耳慣れない説であり、読者に
は医学的に正しいか真偽を判断できない。伝聞の形を取るこ
とで彼女に対しては根拠が示された可能性をにおわせるが、
読者からは不明。
・この説を成り立たせるロジックやその信憑性を判断したい読
者は、自身の持つ「若い女性」のイメージによって、あるいは
作者の持つ「若い女性」のイメージを知る手がかりとしてステロ
タイプを参照し、不明な部分を補完する。例えば「若い女性は
医学的な知識に疎い 」というイメージに基づけば、彼女が聞
6.1.2
今度は助動詞および終助詞の使い方を見てみましょう。これらはいずれも手
紙魔まみで出現頻度が増加したものです。
賛美歌を絶叫しつつゆらゆらとスーパーマンが空をあゆめり 穂村弘(かばん
1997 年 10 月号)
これも「ラインマーカーズ」に収録されたものです。
助動詞の使用が少ない穂村が比較的用いやすい助動詞は完了や存続など
を表す「た」や「り」です。
口語か文語かの違いはありますが、現在や過去の時制を表す助動詞です。
これを使うと、その出来事が確定した事実であるとする態度を感じさせます。
この歌では、句切れや修辞を用いずスーパーマンの様子を順序よく説明しよ
うとする主体を想像させることで、スーパーマンの本当の姿が描写されている
という印象を与える。
しかし全体で見れば、笑顔で空を飛ぶヒーローという典型的なイメージに対し
て、いま目の前で狂おしいほどの悲しみのなかにあるヒーローの姿をぶつけ、
そのギャップが読者のヒーロー像を揺さぶります。
駱駝みたいまつげに雪が乗っかっているよあなたを伝説にしたい 小林真実
(雪舟えま)
使われているのは助動詞…「たい」(希望)、終助詞「よ」(呼びかけ)です。
二回の句切れがありますのでそれに沿って読んでいきましょう。まず、主体は
心に浮かんだ印象を高揚感のまま言葉に出しているようです。ここで句切れ
があります。次は、冷静になって相手に伝わるように言い直そうとしています
ね。句切れはこの我に返った瞬間の意識の動きを表すようです。冷静に語ろ
うとした主体ですが、最後に「よ」をつけているので完全に冷静ではないことが
わかります。ここで二回目の句切れ。結局最後は、また自分の思ったことを脈
絡もなく言ってしまっています。二回目の句切れは、またテンションが上がっ
て我を忘れた切り替わりを表しているようです。
ということで、二回の句切れは、目の前の光景や自分の考えを順を追って説
明できないほどに語り手の心が激しく動いているさまを表します。感動を表す
終助詞、願望を述べるための助動詞はこの表現に一役買っています。
自分の気持ちを表現することにためらいがない主体を想像させます
眼ってのは外に出てきた脳なんですってね。感心しました、脳か。 穂村弘
(手紙魔まみ)
使われているのは助動詞「です」(丁寧な断定)「ます」(丁寧)また、終助詞
「ね」「か」です。
「ですってね」という言い方は、話し手として「若い女性」を想像させます。これ
については考察の 6.2 で詳しく述べます。
「眼を脳の一部と見なす」のは耳慣れない説であり、読者には医学的に正し
いか真偽を判断できないものでしょう。伝聞の形を取ることで、彼女に対して
は根拠が示された可能性をにおわせますが、読者からは不明です。
この説を成り立たせるロジックやその信憑性を判断したい読者は、自身の持
つ「若い女性」のイメージによって、あるいは作者の持つ「若い女性」のイメー
ジを知る手がかりとしてステロタイプを参照し、不明な部分を補完することにな
るでしょう。例えば「若い女性は医学的な知識に疎い 」というイメージに基づ
けば、彼女が聞きかじりの知識を検討もせず披露したという解釈が生まれま
す。あるいは「若い女性には理性を超えた動物的直感がある」というイメージ
に基づけば、彼女が科学では計り知れない真実を嗅ぎ分けたと解釈も可能
になります。
『手紙魔まみ』における穂村弘の文体の変容 [P10]
きかじりの知識を検討もせず披露したという解釈が生まれる。
あるいは「若い女性には理性を超えた動物的直感がある」とい
うイメージに基づけば、彼女が科学では計り知れない真実を
嗅ぎ分けたと解釈も可能になる。
6.1.3初期穂村作品の終助詞
・『シンジケート』でも終助詞の出現頻度は低くないが、手紙魔
まみの終助詞とは機能が異なる
・初期穂村作品でよく用いられる終助詞は「よ」「か」「さ」
・「か」「よ」は特定の性別や年代を思い浮かべさせる効果が低
いため、手紙魔まみとは異なる
・「かよ(か+よ)」「さ」は男性をイメージさせる。しかし『手紙魔
まみ』のように明かされない前提があることをにおわせる文章
の体裁ではないため、不足している情報を補う必要がなく、男
性のイメージが解釈に影響する度合ははるかに低い。
罪の定義は任せるよセメダインの香りに包まれし模型帆船
憎まれているのは俺か雪のなか湯気たてて血の小便小僧
彗星をつかんだからさマネキンが左手首を失くした理由は
『シンジケート』
6.2 穂村作品の特徴まとめ
○『手紙魔まみ』以前の穂村作品
・名詞と格助詞「の」を多く用い、名詞の意味を限定する
・形容詞や副詞、形容動詞をあまり用いない
・論述の展開は妥当であり、論理的にも整合する文であるとい
う印象を与えるように歌の体裁を整える
このような書き方は、不特定多数の人に自分が見聞きした物
事を説明することを意図して描かれた文章(報告文書)に似
ている。書き手の心情を表に出しにくい。(※参考 1 参照)
○『手紙魔まみ』作品の特徴その1
・名詞や格助詞「の」の減少により名詞の意味を限定する頻度
が減り、また情報を過度に省略したり、前後の関係が不明なフ
レーズを並べることで、物事の起きている順序や因果関係が
はっきりしなくなる
・形容詞、副詞、形容動詞の増加により語り手の判断や心情
を知る手がかりが増える
このような書き方は、文脈を既に共有している相手に向け
て、自分の心情を中心に話す文章(私信)に似ている。第三
者から見れば、不正確で不十分な説明に見える
6.1.3
ここで初期穂村作品では終助詞は比較的多く用いられていた点を忘れては
いけません。手紙魔まみとは使い方が異なるかを検討しておきましょう。
初期穂村作品でよく用いられる終助詞は「よ」「か」「さ」です。
このうち「か」「よ」は特定の性別や年代を思い浮かべさせる効果は低いです。
この点で手紙魔まみとは異なるといえるでしょう。
一方で「か」と「よ」を合わせた「かよ」そして「さ」は男性をイメージさせると言え
るでしょう。しかしこれまで見てきたように、あるいは下に示した例のように、こ
の頃の穂村作品は『手紙魔まみ』のように明かされない前提があることをにお
わせる文章の体裁をしていません。よって不足している情報を補う必要がな
いため、男性のイメージが解釈に影響する度合ははるかに低いといえます。
このように「手紙魔まみ」とそれより前の穂村弘の作品では使用する助動詞や
終助詞が異なりますが、それによって効果自体もそれぞれに異なることがわ
かります。
6.2
さて、ここまでわかったことから、穂村弘作品の特徴をまとめていきます。
まず『手紙魔まみ』以前の穂村作品には、次の特徴があるといえます。
・名詞と格助詞「の」を多く用い、名詞の意味を限定していく
・形容詞や副詞、形容動詞をあまり用いない
・論述の展開は妥当であり、論理的にも整合する文であるという印象を与える
ように歌の体裁を整える
このような書き方は、不特定多数の人に自分が見聞きした物事を説明するこ
とを意図して描かれた文章(報告文書)に似ています。書き手の心情を表に
出しにくい書き方でもあります。これについては後に参考 1 のところでもう少し
詳しく述べます。
『手紙魔まみ』作品の特徴その1として、次のことがいえます。
・名詞や格助詞「の」の減少により名詞の意味を限定する頻度が相対的に減
った。また情報を過度に省略したり、前後の関係が不明なフレーズを並べるこ
とで、物事の起きている順序や因果関係がはっきりしなくなる
・形容詞、副詞、形容動詞の増加により語り手の判断や心情を知る手がかり
が増える
このような書き方は、文脈を既に共有している相手に向けて、自分の心情を
中心に話す文章(私信)に似ています。第三者から見れば、不正確で不十分
な説明しかされてないように見えてしまいます
『手紙魔まみ』における穂村弘の文体の変容 [P11]
参考 1)延べ語数に対する普通名詞の比率は白書、新聞、学会講
演、国会議事録、WEB 掲示板、小説、模擬講演(スピーチ)の順に
多く、形容詞や副詞は逆の傾向となる。
白書→模擬講演=フォーマル、書き言葉→カジュアル、話し言葉
「コーパスに基づく多様なジャンルの文体比較-短単位情報に着
目して-」(小磯花絵 国立国語研究所,
http://must.c.u-tokyo.ac.jp/nlpann/pdf/nlp2009/P2-32.pdf)
○『手紙魔まみ』作品の特徴その2
・助動詞「ます」「です」の多用
・終助詞「ね」「わ」「の」の多用
これらは主体が「若い女性」であることを想像させる効果を持
つ。このとき想像されるのは、読者の若者観・女性観に基づく
あるいはステロタイプな「若い女性」のイメージである。
参考 2) 「役割語」(特定の話し方と特定の人物像を結び付けること
が可能な話し方。実際に話されているとは限らない) 『ヴァーチャル
日本語 役割語の謎』(金水敏)
役割語としての「女ことば」(若い女性の言葉)には、その特徴として
終助詞「わ」「ね」の使用が挙げられる。
参考 3) 『女ことばと日本語』(中村桃子)では、『「女ことば」は女らし
さが言葉使いに表れたものである』という言説に対して、実際は小説
などのメディアや国語教育等で規範化されたものであると批判してい
る。丁寧な表現は「女ことば」の特徴の一つとして指摘される。
※終助詞「の」も「女ことば」の特徴として指摘(p10)
7 結論
・『手紙魔まみ』収録作品は、それまでの穂村作品と比較し
て二点の特徴を持つ。
①読者に文脈を追い切らせない書き方
②若い女性を想起させる終助詞、助動詞の多用
この特徴は、以下のような文体の変化といえる。
◎読者に若い女性を想像させ、それを基に不足している
情報を補うよう促す。読者は各々の想像をもとに、主体の
知識や心情を推定し、「まみ」という人物を理解できたよう
に感じることを通して、作品に対する理解を進める。
・『手紙魔まみ』に見られる①②の特徴は雪舟えまの作品
にも部分的に見出せるものであり、穂村が雪舟の文体を参
考にした可能性が示唆される
ここで参考 1 として、文体比較をした論文を参照します。
詳しく知りたい方はインターネット上で閲覧できますので読んでください。
概要を説明しますと、白書、新聞、学会講演、国会議事録、WEB 掲示板、
小説、模擬講演(スピーチ)の各品詞の含まれる割合を比較したものです。
延べ語数に対する普通名詞の比率はさっき述べた順に多く、形容詞や副詞
は逆の傾向となる。
白書から模擬講演までの順番は、言い換えればフォーマル、書き言葉の文
体から、カジュアル、話し言葉の文体へのグラデーションと見てよいと思いま
す。
手紙魔まみ以前の穂村作品の特徴と、手紙魔まみの特徴その1は、このフォ
ーマルとカジュアルの対比に合致するということです。
つづいて『手紙魔まみ』作品の特徴その2です。
まずは助動詞「ます」「です」の多用。
また、終助詞「ね」「わ」「の」の多用。これは「わね」「のね」など複合的に使う
場合もあります。
これらは主体が「若い女性」であることを想像させる効果を持ちます。このとき
想像されるのは、読者の若者観・女性観に基づくあるいはステロタイプな「若
い女性」のイメージとなります。
参考として、「役割語」という概念を紹介します。これは特定の話し方と特定の
人物像を結び付けることが可能な話し方のことで、金水敏さんが提唱したもの
です。例えば年老いた博士が「わしは博士じゃ」と話すなど、映画や小説など
創作物でも見られ、ものによっては実際に話されているとは限らないところが
重要なポイントです。役割語として「女ことば」(若い女性の言葉)というのも指
摘されます。その特徴の一つとして終助詞「わ」「ね」の使用が挙げられます。
これは例えば海外小説の翻訳などで、女性のキャラクターの台詞がこれらの
終助詞を用いて表現される例に見出すことができます。これらの女ことばも、
実際には女性は日常的に用いることは少ないのですが、私たちのように日本
語を母語とした話者は、こういう言い回しを見ると女性を思い浮かべることがで
きます。
もう一つ、丁寧な言葉遣いについてもやはり「女ことば」として昔から多くのメ
ディアに登場しています。参考資料を示しているので機会があればお読みく
ださい。丁寧な言葉遣いは男性ももちろん行います。しかし、「だ、である」も
使います。「だ、である」表現は男性よりも女性の方が使う頻度が高い。このた
め、「です、ます」を使用し、さらに先に挙げた終助詞を組み合わせると、若い
女性であると読者に想像させる効果が強くなります。
7結論
『手紙魔まみ』収録作品は、それまでの穂村作品と比較して二点の特徴を持
つといえます。
①読者に文脈を追い切らせない書き方
②若い女性を想起させる終助詞、助動詞の多用
この特徴は、以下のような文体の変化といえます。
◎読者に若い女性を想像させ、それを基に不足している情報を補うよう促
す。読者は各々の想像をもとに、主体の知識や心情を推定し、「まみ」という
人物を理解できたように感じることを通して、作品に対する理解を進める。
なお、『手紙魔まみ』に見られる①②の特徴は雪舟さんの作品にも部分的に
見出せるものです。駱駝の歌では、相手に語りかけるような言い回しをしつつ
脈絡のない名詞を登場させたりしています。また終助詞「ね」は雪舟さんも使
用頻度が高いという結果を得ています。もっとも雪舟さんの場合、ここで述べ
た手紙魔まみの文体を同様になしているといえるほどには、どちらの特徴も強
くはないといえるでしょう。ただ少なくとも手紙魔まみ以前の穂村さんに比べれ
ば、手紙魔まみに近いといえます。このような文体を穂村さんが参考にした可
能性があります。
『手紙魔まみ』における穂村弘の文体の変容 [P12]
 補足)読者の受け取り方
・文体の変化は喚起するニュアンスの変化である。とすれ
ば、文体の変化に合わせて読者の読み方も変化するはず
・「読書メーター」「ブクログ」に投稿された『シンジケー
ト』『手紙魔まみ』のレビュー(※歌の引用を除く)を分
析し、特徴的な語彙を抽出した
わからない 面白い 狂気
可愛い、
キュート
件数
シンジ
ケート
17
(18.09%)
8
(8.51%)
1
(1.06%)
1
(1.06%)
94
手紙魔
まみ
28
(9.24%)
10
(3.30%)
11
(3.63%)
28
(9.24%)
303
合計
45
(11.34%)
18
(4.53%)
12
(3.02%)
29
(7.30%)
397
・『手紙魔まみ』では『シンジケート』よりも「わからな
い」という語の使用が減った(カイ二乗検定確率 p<0.05)
※「わからない」は必ずしもネガティブな評価を意味しない。飛
躍のある言葉のつながりに対し解釈が難しい場合に使用(他に
は「シュール」なども使用される)
・『手紙魔まみ』では「狂気」(差はなし)、「可愛い、キュ
ート」(p<0.05)などの語が多く見られる。
・「わからない」「面白い」は作品への判断を述べる表現。
一方で「狂気」「可愛い」は作品というよりも、人物に対
しての判断を示す。つまり主人公「まみ」に対して読者が
抱いた感想である。
・『シンジケート』より『手紙魔まみ』の作品の方が、読
者からは不正確、不十分な説明しかされていないように
見えるはずだが「わからない」の出現率はむしろ減った。
つまり歌集を理解できないと感じる読者の割合が減った。
・特徴1によって言葉づかいの文脈がわからない部分を、
特徴2によって若い女性をイメージすることで埋めるこ
とができているとみられる。結論に合致する結果が得ら
れた。
 使用ツール
Mecab 2.1.2 :形態素解析エンジン
KHcoder :形態素解析および統計ツール
○補足
補足として、読者の受け取り方を確認してみた結果を示します。
文体の変化は喚起するニュアンスの変化としました。だとすれば、文体の変
化に合わせて読者の読み方も変化してくるはずです。
今回はインターネット上の読書レビュー投稿サイトである「読書メーター」「ブク
ログ」に投稿された『シンジケート』『手紙魔まみ』のレビューを対象に、感想の
内容に違いがあるかを計量テキスト分析で検討しました。
・『手紙魔まみ』では『シンジケート』よりも「わからない」という語の使用が減っ
ていました。なお「わからない」は必ずしもネガティブな評価を意味しません。
手紙魔まみ以前の穂村作品では、飛躍のある言葉のつながりや、あるいは相
反するイメージをぶつけるなどして、詩情を生み出そうとする構造がありまし
た。それに対して解釈が難しい場合に「わからない」を使用していると思われ
ます。他には「シュール」などの表現が「シンジケート」のレビューでは何度か
登場していました。
・『手紙魔まみ』では「狂気」や「可愛い、キュート」などの語が多く見られます。
・これらの単語を比べてみると、「わからない」「面白い」は作品への判断を述
べる表現であり、一方で「狂気」「可愛い」は作品というよりも、人物に対しての
判断を示す語であることに気づきます。つまり後者は主人公「まみ」に対して
読者が抱いた感想なのです。
・『シンジケート』より『手紙魔まみ』の作品の方が、読者からは不正確、不十分
な説明しかされていないように見えるはずですが「わからない」の出現率はむ
しろ減っています。つまり歌集を理解できないと感じる読者の割合が減ったと
いうことです。
・これらの結果は、結論に示した文体の変化と一致しているといえそうです。
つまり特徴1によって言葉づかいの文脈がわからない部分を、特徴2によって
若い女性をイメージすることで埋めることができているとみられます。
【以上】
『手紙魔まみ』における穂村弘の文体の変容 [P13]
【おまけ】質疑応答
2016 年 10 月 16 日の Kabamy にて上記の内容を発表したとこ
ろ、いくつか質問を受けました。当日もお答えしましたが、改めて回
答を検討したのでおまけとして記載します。
Q:考察 6.1.1-6.1.2 について。なぜこれらの一首を引いたのか。ま
たなぜ一首ずつ引いたのか。一首ずつ引かれたこれらの歌を、各カ
テゴリーの代表例と見なすことはできるのか。
A:テキストマイニングによって各カテゴリーの特徴を見出した。選歌
基準は筆者が考える各カテゴリーの特徴を例示しやすい形でもって
いるかどうかである。
一首ずつにした理由は、レジュメのページ数を少なく抑え、発表
時間を短く抑えるため。また歌を多く引くより、一首評に字数を割きた
かったからである。
代表例と見なすことはできるかという質問について。統計的傾向を
個別の事例に当てはめることはできないので、その意味では代表と
いうことはできない。 複数回の「の」については、統計的に有意差が
あるという結果が出た。しかし「の」の多さが一首一首に同じ効果をも
たらしているかどうかはわからない。したがって他の歌が、例示した一
首と同じ性質を備えているとはいえない。
Q:この調査は扱っている歌の数が少ないように思えるが、示された
結論を言うのにこの分量で十分なのか。
A:考察 6.2 で参考1として引用した白書やスピーチの研究は、標本
調査とよばれるもので、全数を得ることが不可能なほど大きな母集団
から一部を抽出して調査するものである。この場合、データサイズを
大きくするほど信頼性が高まる。対して一人の作家の変化を探るよう
な場合は、全てのデータを入手することは不可能であるにしても、お
およその作品を利用することができる。また、上限があるので、数が
多くなりようがない。今回のデータサイズであればカイ二乗検定が適
するし、その結果は統計的判断の根拠として信頼できるものである。
以下、カイ二乗検定について説明する。
この統計調査の目的は手紙魔まみ以前の穂村弘作品(2 種類)、
手紙魔まみ、雪舟えまおよび 99 年のかばん会員作品それぞれにお
ける各品詞の出現率の違いが偶然ではないことを示すことにある。カ
イ二乗検定は、理論値に対して実測値が適合しているか調べるため
の手法である。今回の例でいえば「5つのカテゴリーそれぞれにおけ
る品詞の出現率は一様に同じである」と見なしたときの品詞出現率が
理論値にあたり、そして実際に集計し出現率を計算したときの値が
実測値である。理論値の過程にあたり、「因果関係がないならば」と
いう前提は含まれていない点に注意が必要である。カイ二乗検定の
結果、5つのカテゴリーそれぞれの品詞の出現率は統計的に有意な
差があるということが言える。統計的に有意であるとは、それぞれの
実測値における出現率の違いが偶然ではなさそうだ、ということであ
る。この偶然ではなさそうだ、というのは「因果関係がないならば起こ
らないような違い以上の違いがある」「意味のある差である」という意
味ではなく「因果関係の有無は不明だが、とりあえず、差がないとは
言えなさそうだ」という意味である。カイ二乗検定はデータ数は少なく
てもこのような判定が可能な手法である(カイ二乗検定を行う場合、
各カテゴリーの度数が 5 以上であることが望ましいとされる)。今回の
研究では、カイ二乗検定を行うにあたっては十分な量のデータを利
用している。
歌集間の比較という視点では、今回の研究は全数調査と見なすこ
ともできる。一般的に全数調査の場合検定は行わないことは多い
が、今回は形態素解析ソフトを使用する際のノイズ(ソフトが品詞分
解を間違える、など)を考慮してカイ二乗検定を行った。
Q:一首の引用は特異点である可能性があるのではないか。
A:統計的な調査を個別の例に当てはめることはできない。したがっ
てこの一首評がカテゴリーの代表であるという扱いをしたのはやや勇
み足であった。しかし今回は単に量的な研究に留めるのではなく、
結果をつっこんで解釈するという過程を含めたかった。
Q:複数例引用せず一例にとどめるのは不十分ではないか?
A:歌の例示が少ないという指摘はその通りである。本資料末尾に、
6.1.1 および 6.1.2 の条件に合致する歌を P14 に追加で示したの
で参照されたい。
Q:シンジケートから手紙魔まみの名詞や助詞助動詞の変化があると
いう結果について、この間は 10 年以上あるが、その間の日本語の
変化や短歌の詠み方の変化など大きな流れのなかで起こっている
現象ではないか?
A:その可能性はある。この比較をする必要は感じていたが、対照群
となるデータを集められなかった。なにが標本として適切かという判
断が難しく、また適切な標本を集めるのも困難である。悩んだ結果、
時間の変化を追うのではなく同時代の人々との比較に留めた。
Q:手紙魔まみで多用される終助詞や助動詞は、発話調の歌が増え
ているためとも捉えられるか。
A:終助詞と助動詞の使用と発話調を結びつけることはできるだろう。
助動詞、終助詞の出現率は穂村がシンジケート、ドライドライアイスを
刊行した時期(88 年から 94 年)の期間に多く、かばんの 95 年から
01 年の期間に一旦減少し、手紙魔まみの時期に最も多くなるという
推移をたどる。単純に増えているとは言えない。しかし手紙魔まみに
おける終助詞と助動詞の出現率は同時期のかばん会員、雪舟えまと
比較しても高く、そこから発話調の歌が多いということはできそうだ。
Q:雪舟の影響がどのくらいあったのかという部分がはっきりさせられ
ていないのではないか。
A:途中までは「雪舟の影響がどの程度あるか」をテーマとしていた
が、変化があることは示せてもそれが雪舟の影響であることを示すの
が難しいとわかり、テーマから雪舟の影響を取り去った。
よって今回のレポートの主目的は、雪舟の影響度合いについて調
べることではなく、人の言語感覚を借りるといった場合に、それが文
体の変化としてはどのように量的な形で歌にあらわれるかを調べるこ
ととした。
Q:「言語感覚を借りた」の意味するところとして、モチーフつまり名詞
の選択への影響も観測できるのではないか。
A:名詞の影響関係については調査済である。頻出する名詞の対応
分析の結果を P15 に示したので参照されたい。
指摘の通り、手紙魔まみでも雪舟えまの影響が示唆される名詞を
発見できる。手紙魔まみ以前の穂村にはなく、手紙魔まみで使用が
増え、また雪舟えまも多く使う名詞として「宇宙」が挙げられる。他に
は「兎」「手紙」など。逆に雪舟はよく使用するが手紙魔まみでは登場
しない名詞としては「秋」「ひと」「名」などがあった。
『手紙魔まみ』における穂村弘の文体の変容 [P14]
追加資料1)各条件に適合する主な歌の例
○格助詞「の」が3回登場する歌例
・『手紙魔まみ』より前の穂村弘
生まれたてのミルクの膜に祝福の砂糖を 弱い奴は悪い奴 「シンジケート」
ハーブティにハーブ煮えつつ春の夜のうそつきはどらえもんのはじまり 「シンジケート」
鳥の雛とべないほどの風の朝 泣くのは馬鹿だからにちがいない 「シンジケート」
水曜日 海へ走れば街路樹の胸の名札の輝くばかり 「ドライドライアイス」
友情を誓う荒ぶる獅子舞のなかの二人の西崎憲へ かばん 1995 年 1 月号
まぼろしの父を想いて羚羊の純白の胸にむけるリモコン かばん 1999 年 1 月号
・『手紙魔まみ』(穂村弘)
ひかひかの蜘蛛のめんめの表面が艶消になるよ、死んだ瞬間
さあ、どうぞ。便秘関係者のためのミステリアスな香りのお茶を
閃光ののち、しましまの、うずまきの、どうぶつだけが生まれる世界
・雪舟えま
ルピナスの爪の中レンズ雲浮かぶ DNA よこれはいつの空 かばん 1998 年 1 月号
押し入れの青い戦車は一人乗り僕のほんとの乗り物だから かばん 1998 年 2 月号
鼻にお湯通しつつ横の台の子と友達になる春の病院 かばん 1999 年 7 月号
我が恋はかくもとくべつ百万枚の〈接吻〉の一枚の下 かばん 1999 年 7 月号
○助動詞、終助詞使用の歌例
・『手紙魔まみ』より前の穂村弘 ※終助詞は考察 6.1.3 で引用したので省略
馬鹿な告白のかわりにみずぎわでゴーグルの中の水をはらえり 「シンジケート」
近未来恋人となる児に問えりポケットの縞栗鼠の名前を かばん 1998 年 5 月号
靴の紐結ぶおまえの両肩を入道雲がつかんでいたよ 「ドライドライアイス」
菜のはなのお花畑にうつ伏せに「わたし、あくま」と悪魔は云った かばん 1997 年 10 月号
・『手紙魔まみ』(穂村弘)
不思議だわ。あなたがギターじゃないなんて、それはピックじゃなくて舌なの?
ゆゆ、あいつ、とってもアサツキが大事なの、なんにでもふりかけたがる
ピストルに胸を刺されて死んだのよ、ママン、水着の回転木馬
ほむらさん、はいしゃにいっていませんね。星夜、受話器のなかの囁き
ライヴっていうのは「ゆめじゃないよ」ってゆう夢を見る場所なんですね
両手投げキス、あのこの腕はながいからたいそうそれはきれいでしょうね
手紙かいてすごくよかったね。ほむがいない世界でなくて。まみよかったですね。
八月よ。光るデコルテばんばばん、出していきますわよー、殿方ー
・雪舟えま
機織りににてるね今日はマウスでね一日中空を描いていた かばん 1998 年 3 月号
フレンチクルーラーちぎっては与えあたし雪じゃなくって ごめんね かばん 2000 年 6 月号
かきわけてもかきわけても羊の地肌みえなかったね楽しかったね かばん 2000 年 11 月号
なんでこうつららはおいしいのだろう食べかけ捨てて図書館に入る かばん 2000 年 3 月号※「たんぽるぽる」にも収録
夏川に震う銀河の泡立ちの中へあなたと僕を放そう かばん 1998 年 8 月号
暗いとこで少し光ると書いてありダイヤモンドがほしくなりぬ かばん 2000 年 8 月号
いもうとと兎に声をかけあいぬこっちのおかあさんはあーまいぞ かばん 2001 年 4 月号
『手紙魔まみ』における穂村弘の文体の変容 [P15]
追加資料2)5カテゴリーにおける頻出名詞の対応分析結果
※対応分析図の見方:□で示される各カテゴリーに距離が近い名詞ほど、そのカテゴリーでの登場頻度が高い。
-1 0 1 2 3
-3-2-1012
成分1 (50.55%)
成分2(20.9%)
ゆ
ウサギ
ひと
宇宙
兎
秋
手紙
恋人
夏
下 手
名
瞳
肩
犬
声
女
虹
たま
光
舌
海
音
天使
雨
水
世界
胸
冬
髪
かばん99 手紙魔まみ
雪舟えま
穂村(か95-01)
穂村(シ・ド)

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『手紙魔まみ』における穂村弘の文体の変容

  • 1. 『手紙魔まみ』における穂村弘の文体の変容 [P1] 『手紙魔まみ』における 穂村弘の文体の変容 2016 年 10 月 16 日(日) Kabamy20 久真 八志 1 背景 「まみのモデル……手紙を送ってきたという意味でのモデルは歌人の雪舟え まさんで、でも彼女が”まみ”そのものでないことは、彼女自身の歌集を読め ばわかると思うんだけど。ただ、彼女の言語感覚を借りていることは確かで す。」 (『手紙魔まみ、わたしたちの引っ越し』P69、穂村弘インタビューより) ・『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』の作品はそれま での穂村作品とは異なった言語感覚で制作したものである ※言語感覚……語彙やその用いる組み合わせを取捨選択する根 拠となる感性とする。 ・語彙やその用いる組み合わせが総合的に喚起するニュ アンスを「文体」と呼ぶこととする ・『手紙魔まみ』では穂村が他作者の言語感覚を借りたこと で、文体が変化した可能性がある 2 目的 『手紙魔まみ』において穂村弘の文体は変化したの か? したとすれば、それはどのような変化か探る 3 手段 ・語彙やその用いられ方の違いを把握することは、文体の 違いを把握する手がかりとなる ・計量テキスト分析の採用 文章を形態素とよばれる単語相当のレベルに分解し、各語を集計、 統計的な分析を行う手法のこと。 特定の語の出現頻度を数値化できる⇒語彙やその用いられ方の変 化を可視化できる ・計量テキスト分析の流れ ① 分析対象となるテキストデータを用意する ② テキストを形態素解析し、単語レベルに分解、品詞に 分類する 【左列:配布資料/右列:口頭発表原稿】 本日は『手紙魔まみ』における穂村弘の文体の変容という題で発表をしてい きます。 1.背景 まず背景です。 引用した穂村さんの発言が今回の発表の出発点となっています。 ここで穂村さんは雪舟えまさんの言語感覚を借りたとはっきり言っています。 言語感覚という言葉についてはいろいろな受け取り方ができますが、今回 は、語彙やその用いる組み合わせを取捨選択する根拠となる感性として話を 進めます。 言語感覚が変われば、語彙やその用いる組み合わせが変わります。語彙や その組合せが変われば、作品が総合的に喚起するニュアンスが変化すると 考えられます。ここではそのニュアンスを「文体」と定義しておきたいと思いま す。 2.目的 というわけで今回の発表では、文体が『手紙魔まみ』とそれ以前で変わったの か、変わったとしたらどう変わったのかを探ることを目的としています。 3.手段 今回の発表では少し新しい方法を使って文体の変化を知る手がかりを得た いと思っています。 既に述べたように語彙やその用いられ方の変化を把握すれば、文体がどう変 わったかを推測するための根拠になるはずです。 そこで計量テキスト分析という方法を使ってみます。 計量テキスト分析とは、文章を形態素とよばれる単語相当のレベルに分解 し、各語を集計、統計的な分析を行う手法のことです。 要するに単語を数えるということです。特定の語の出現頻度を数値化できる ので、語彙やその用いられ方の変化を可視化することができます。 この手法そのものは言語学や社会学の分野でよく用いられているもので、今 回はそういった知見を参考にしつつ、短歌に応用してみようと考えています。 計量テキスト分析の流れを簡単に説明します。 まずは分析対象となるテキストデータを用意します。 続いてこのテキストに対して形態素解析と呼ばれる処理を行います。
  • 2. 『手紙魔まみ』における穂村弘の文体の変容 [P2] ※形態素解析の品詞体系は一般の文法の分類と異なる ので注意!(形容動詞→形状詞+助動詞) ③ 集計や統計計算の可能なソフトウェアを用いて分析 4 差の判定基準 ・今回のレポートでは、カテゴリー間の品詞の出現率に「差が ない」「カイ二乗検定確率が p<0.05 である」という言い方をす る。 ・カイ二乗検定とは複数のカテゴリー間の数値に差がないとい えそうな確率を求める統計的手法 ・p 値(確率)が 0.05(5%)以上なら、差があるとは言いにくい。 このとき「差がない」と述べることにする。 ・p 値が 0.05 を下回るときは「カイ二乗検定確率が p<0.05 である」と述べることにする。 5 分析 5.1 『手紙魔まみ』までの穂村弘の品詞分析 【最初に概要】 ・『手紙魔まみ』刊行までの穂村弘作品で、品詞ごとに出現頻 度に変化がみられるかを検討した ・対象データは『シンジケート』『ドライドライアイス』『手紙魔ま み(略)』、かばん 1988 年から 2001 年までの掲載作品 ・歌集別の品詞出現率に差がなかったのは「助詞」「動詞」。 他の品詞ではカイ二乗検定確率 p<0.05 ・『手紙魔まみ』では名詞の出現率が減少した。また形容詞、 副詞、助動詞、および終助詞の出現率が増加した。 ・かばん掲載作品では 1995 年以降、助動詞や終助詞が『シ ンジケート』『ドライドライアイス』より低い傾向にある。 【対象データ】 ・かばん掲載作品(1988 年-2001 年) 年 Y88 Y89 Y90- 91 Y92- 94 Y95- 96 Y97- 98 Y99- 01 合 計 歌 98 79 57 71 63 54 49 471 「明け方に雪そっくりな虫が降り~」の歌を形態素解析した例を P1 右上に示 しています。このように名詞、助詞、形状詞と一語一語にタグ付けしつつ、集 計可能なデータにします。 なお形態素解析の品詞体系は、一般的な文法の分類と異なることがあるので 注意してください。 4.差の判定基準 せっかく数値化するので「差がある、ない」という判断も統計的な手法を用い てみたいと思います。 といってもあまり詳しく解説すると時間がありませんので、今回の発表で「差が ない」というときと、「カイ二乗検定確率が p<0.05 である」というときの違いだ けを簡単に説明します。 カイ二乗検定とは差がないといえそうな確率を求める手法です。持って回っ た言い方になりますが、統計的に「差がある」と断言するのは難しいために、 確率で表すことになります。 差がないといえそうな確率が高い場合、5%以上ならば「差がない」ということ にします。 確率が低い場合、ここでは 5%以下ならばそのまま p<0.05 だったということ にします。この結果を「有意な差がある」という言い方をすることもあります。 5.分析 5.1 それでは分析に入っていきましょう。まずは手紙魔まみまでの穂村弘作品の 品詞分析を行います。ここでまず、穂村弘作品の語彙やその用いられ方が、 手紙魔まみで変化しているかを検討したいと思います。 対象データとして、まず穂村さんのかばん入会から手紙魔まみ刊行までの、 1988 年から 2001 年までのかばん本誌掲載作品を集めました。これが合計 471 首となります。各年代は数がなるべく同じになるように、1 年から 3 年分 のスパンでまとめました。 明け方に雪そっくりな虫が降り誰にも区別がつかないのです 明け方 :名詞 に :助詞 雪 :名詞 そっくり :形状詞 な :助動詞 虫 :名詞 が :助詞 降り :動詞 (以下略) 形態素解析
  • 3. 『手紙魔まみ』における穂村弘の文体の変容 [P3] ・歌集 歌集 シンジケート ドライドライ アイス 手紙魔まみ 合計 発行年 1990 年 1994 年 2001 年 / 歌数 237 115 241 593 かばんと の重複 144(61%) 20(17%) 14(6%) 178(30%) ○名詞、助詞 縦軸:出現率(一首あたりの各品詞の出現数) ○助動詞、動詞 また歌集のデータとして、シンジケート、ドライドライアイス、そして手紙魔まみ の三冊分を集めました。これが合計で 593 首あります。なお、かばん掲載作 品と重複している部分がありますが、そのままとしました。 グラフを見ていきましょう。 縦軸は一首あたりの、品詞出現数を表しています。 例えば最初のグラフであれば、シンジケートの作品で助詞は一首当たり 5 個、平均で登場していることが示されています。 さて、三つの歌集で検定を行うと、助詞では差がありませんでした。 一方で名詞は p<0.05 となりました。どうやらシンジケートから手紙魔まみにか けて徐々に減少しているようです。 ただしその下にあるかばん年代別のグラフをみると、名詞の使用率はほぼ一 定で、一首当たり5を割ることはまずないのがわかります。 手紙魔まみは 5 を大きく下回っていますので、それまでの穂村さんの作品と は傾向が異なるのではないかという示唆が得られそうです。 助動詞と動詞のグラフを見ていきましょう。 助動詞は p<0.05 でした。そして今度は徐々に増加する傾向が見てとれま す。しかし年代別で見ると、助動詞の使用率はむしろ年を追うごとに減少して いるようにも見えます。 99 年から 01 年あたりは一首当たり 0.5 個程度だったのに、2001 年に出た 手紙魔まみでは 1.2 個程度。倍近く違うのがわかります。 動詞は差がありませんでしたので考察は割愛します。
  • 4. 『手紙魔まみ』における穂村弘の文体の変容 [P4] ○形状詞、形容詞、副詞、および終助詞 5.2 穂村弘と他作者の品詞比較 【最初に概要】 ・穂村弘の品詞使用頻度の変化は、他の作者と比較して高く なったのか低くなったのか、同程度になったのかを検討した ・『シンジケート』+『ドライドライアイス』、『手紙魔まみ』(2001 年)、1995 年-2001 の穂村弘作品、雪舟えま(1997-2001 年)、1999 年のかばん会員作品の 5 つのカテゴリー間で、品 詞ごとの出現率を比較した 続いて形状詞(形容動詞の語幹にあたる部分)、形容詞、副詞、それから助 詞のなかでも終助詞について示します。 なぜ終助詞に着目するかというと、助詞の各分類で比較した結果からなので すが、割愛しています。 これらの品詞はいずれも p<0.05 でした。いずれも手紙魔まみで、それまでの 歌集よりも増加している傾向がみられます。 以上、まずは穂村さんの 2001 年までの作品を分析した結果、手紙魔まみと それ以前の作品では品詞の出現頻度に変化がみられることがわかりました。 5.2 続いて穂村さんの品詞の変化が、他の作者と比べてどうなのか、高くなっとの か低くなったのか同程度になったのかを検討しました。 対象としたのは『シンジケート』+『ドライドライアイス』を合わせたもの、これは 二つがおおむね各品詞で近い数値だったため合算してもよいと判断したた めです。次に『手紙魔まみ』。またドライドライアイス以後の 1995 年-2001 の 穂村弘作品をまとめたデータも対象とします。 他作者の比較としては、穂村さんが言語感覚を借りた相手である雪舟えまさ んの 1997-2001 年のかばん掲載作品、なお当時は小林真実名義でした。あ とは 1999 年 5 月号のかばん会員作品をまとめたもの。年代が他のカテゴリ ーと近く、特別号でほぼ全員の作品が、同じ数ずつ載っているためこの号に しました。以上 5 つのカテゴリー間で、品詞ごとの出現率を比較しました
  • 5. 『手紙魔まみ』における穂村弘の文体の変容 [P5] 名詞:『手紙魔まみ』より前の時期の穂村弘作品は名詞の出 現率が他作者より高かったが、『手紙魔まみ』で他作者と同水 準になった。つまり『手紙魔まみ』では名詞の多用という穂村 弘の文体の特徴が消失していた。 助動詞、終助詞:『手紙魔まみ』より前の時期の穂村弘作品は 助動詞および終助詞の出現率が他作者より低かったが、『手 紙魔まみ』で他作者よりも高くなった。 【対象データ】 カテゴリー名 歌数 年代 諸元 穂村(シ・ド) 352 1990, 1994 年 『シンジケート』 『ドライドライアイス』 穂村(か 95-01) 166 1995‐ 2001 年 穂村弘が左記年代にかば ん誌上で発表したもの 手紙魔まみ 241 2001 年 『手紙魔まみ、夏の引っ越 し(ウサギ連れ)』 雪舟えま 182 1997‐ 2001 年 雪舟えま(小林真実)がか ばん誌上で発表したもの かばん 99 291 1999 年 かばん 1999 年 5 月号の 全会員作品(雪舟えま、穂 村弘、文語の作品を除く) 合計 1232 / / 分析の結果、差がなかったのは先ほどと同じく助詞と動詞でした。つまり、他 の品詞は全て p<0.05 でした。 1 枚目のグラフ、名詞は手紙魔まみより前の穂村作品の水準が、他の作者よ りも高いということがわかります。それが手紙魔まみではむしろ他作者よりも若 干低いぐらいまで下がっています。つまり、手紙魔まみがでるまでの穂村弘作 品は名詞が多いという特徴があったのですが、それが手紙魔まみでは消えた ことがわかります。 2 枚目のグラフ。助動詞が、名詞とは逆の傾向になっています。手紙魔まみ より前の穂村作品では助動詞の出現率が他の作者より低かったのですが、手 紙魔まみでは他よりも高くなった。 3 枚目のグラフでは終助詞に注目したいと思います。これはシンジケートやド ライドライアイスでは他の作者よりもやや高かったのですが、かばんの 95-01 年ではかなり低くなりました。それが手紙魔まみでは他の作者よりも顕著に高 い出現率になり、増加したことがわかります。 以上、5.1 でわかった手紙魔まみでの品詞出現率の変化は、他の作者より高 かったものが低くなったり、あるいは逆だったり、極端な変化をしているものが あったことがわかりました。
  • 6. 『手紙魔まみ』における穂村弘の文体の変容 [P6] ・差がなかったのは「助詞」「動詞」 ・「形状詞」「形容詞」「助動詞」「副詞」「名詞」「終助詞」は カイ二乗検定確率 p<0.05 だった 5.3 穂村弘と『手紙魔まみ』に特徴的な語彙 【最初に概要】 ・5.2 と同じ 5 つのカテゴリー間で、手紙魔まみでの変化が 大きかった助動詞および助詞について、出現頻度に差が ある語を検討した。 ね、わ、の:終助詞「ね」「わ」「の」は『手紙魔まみ』より前の 穂村で出現率が低かったが、『手紙魔まみ』では最も出現 率が高い。 の:格助詞「の」は『手紙魔まみ』より前の穂村で出現率が 高い。 ます、です:助動詞「ます」「です」は『手紙魔まみ』より前の 穂村で出現率が低かったが、『手紙魔まみ』では最も出現 率が高い。 ○終助詞「ね」「の」「わ」 ・「よ」「ね」「か」「の」「わ」「さ」の6つで終助詞全体(計 269 回)の 90%を占める ・「よ」「か」「さ」は出現率に差がなかった 5.3 では具体的にどんな語が増えたり減ったりしたのか、ここでは助詞と助動詞に 焦点をあてて詳しく見ていきたいと思います。 名詞は種類が多岐にわたりますので、ここでは割愛します。 一枚目のグラフは終助詞です。 終助詞はこちらに書いた6つで終助詞全体の出現数の 90%を占めていま す。 「よ」「か」「さ」は出現率に差がなかったのでグラフからは省いています。 p<0.05 であった「ね」「の」「わ」は、いずれも手紙魔まみで最も多いことがわ かります。
  • 7. 『手紙魔まみ』における穂村弘の文体の変容 [P7] ○格助詞「の」 ・カイ二乗検定確率 p<0.05 ○助動詞 ・「だ」「た」「ない」「れる」「てる」「ぬ」「ます「り」「られる」「です」 「せる」11 語で助動詞全体(計 1298)の 91%を占める ・「た」「れる」「り」「られる」「せる」はカテゴリー間で出現率に差 がなかった 5.4 テキスト計量結果の小括 ○『手紙魔まみ』以前の穂村作品の傾向 a.名詞偏重 名詞の出現頻度が高い。 b.形容詞、副詞、形容動詞の低頻度使用 c.格助詞「の」の高頻度使用 助詞のなかでは格助詞「の」の出現頻度が高い。これは名詞を多 く用いることと関係する(「の」は主に体言につく) ○『手紙魔まみ』で起こった変化 d.品詞の偏りの解消 名詞の出現頻度が減り、形容詞・副詞・形容動詞の出現頻度が 増加した。 e.一部助詞の使用頻度増加 終助詞「ね」「わ」「の」の出現頻度が増加し、他のカテゴリーよりも 高くなった。 二枚目のグラフは格助詞「の」の傾向を示しています。 格助詞の「の」は助詞の中で最も多く使われる語で、全助詞の四分の一を占 めます。 格助詞「の」の検定確率は p<0.05、手紙魔まみよりも前の穂村作品では出現 率が他の作者より高く、手紙魔まみでは最も低くなっています。 三枚目のグラフは助動詞です。 助動詞はこちらに書いた 11 個で助動詞全体の 91%を占めます。 このうち差がなかった6つを省いてグラフに示しています。 手紙魔まみでは、特に「です」「ます」が他のカテゴリーよりも高いことがわかり ます。これは以前の穂村作品にはほとんどなかったものですので、手紙魔ま みで生じた特徴といえそうです。 5.4 以上、テキスト計量結果をいったんまとめてみます。 『手紙魔まみ』以前の穂村作品の傾向として、以下の三つが挙げられます。 a.名詞偏重 名詞の出現頻度が高い。 b.形容詞、副詞、形容動詞の低頻度使用 c.格助詞「の」の高頻度使用 助詞のなかでは「の」の出現頻度が高い。これにかんしては、名詞を多く用い ることと関連していると考えられます。なぜなら格助詞「の」は主に体言につく からです。 『手紙魔まみ』で起こった変化としては以下が挙げられます。 d.品詞の偏りの解消 名詞の出現頻度が減り、形容詞・副詞・形容動詞の出現頻度が増加した。 e.一部助詞の使用頻度増加 終助詞「ね」「わ」「の」の出現頻度が増加し、他のカテゴリーよりも高くなった。
  • 8. 『手紙魔まみ』における穂村弘の文体の変容 [P8] g.助動詞の使用頻度増加 助動詞の出現頻度が増加し、他のカテゴリーよりも高くなった。特 に「ます」「です」 6 考察 6.1 各品詞の特徴的な用法の比較 『手紙魔まみ』とそれ以前の穂村作品、雪舟えま作品の比 較から品詞の用い方の特徴を検討する 6.1.1格助詞「の」を複数回使用する歌 ・格助詞「の」の出現頻度は『手紙魔まみ』より前の穂村弘で 高い。一首に複数回出現するケースも多い。 生まれたての仔猫の青い目のなかでぴちびち跳ねている 寄生虫 穂村弘(かばん 2000 年 6 月号) ・上句:格助詞「の」を使って名詞の意味を限定していき、焦 点のあたる場所に関する詳細な情報を提示しようとする。読者 に個人的な思い入れを排した観察に徹する主体を想像させ、 描写が共有可能な事実であることを期待させる ・下句:上句の効果を引き継ぎつつ突飛な情景を詠うことで、 詩的な飛躍を実現している。 何度でも生き返れると知った日の飛び立つ鳩の腹の蒼さ よ 小林真実(雪舟えま) ・穂村と同じく格助詞の「の」を連ね限定された名詞としての 「蒼さ」を詠嘆の「よ」でうける。対象に執着し、思い入れをどん どん強くしていく主体を想像させる 最愛の兎の牙のおそるべき敷金追徴金額はみよ 穂村弘 (手紙魔まみ) ・「最愛の」は兎との関係性を枠にはめるような表現で、大事 にしているのに裏切ってくる兎への複雑な感情を糊塗してい るようにも感じさせる。いきなり登場する唐突さは、「最愛」であ ることを有無を言わさず自分に言い聞かせたいという気持ち の表われか。読者からみれば、「最愛」の内実が詳しく述べら れていないため、主体の心情について不明な点が残る。 ・「牙が傷つけたために発生した敷金追徴金額」を強引に省 略している。既に起きたそのようなエピソードを知っている者 同士ならば通じる言い方だが、読者からすれば第三者が入り 込めない親密さを感じるだろう。 g.助動詞の使用頻度増加 助動詞の出現頻度が増加し、他のカテゴリーよりも高くなった。特に「ます」 「です」がその要因となっています。 6.考察 ここからはテキスト計量の結果を、実際に作品を読みつつ解釈していきたいと 思います。 6.1.1 まずは格助詞の「の」に着目してみましょう。これは『手紙魔まみ』より前の穂村 弘では高く、手紙魔まみでは少なくなりました。 データは示していませんが、『手紙魔まみ』前の穂村弘作品では「の」が一つ の歌に複数回出現するケースも多くなっており、出現率が高い要因になって います。 そこで「の」がどのように使われているか、「の」を複数回使用した歌を読んで 検討します。 生まれたての仔猫の青い目のなかでぴちびち跳ねている寄生虫 穂村弘(か ばん 2000 年 6 月号) これは「ラインマーカーズ」にも収録されていますが、2000 年の作品です。 上句では格助詞「の」を使って名詞の意味を限定していき、焦点のあたる場 所、つまり「目のなか」に関する詳細な情報を提示しようとします。このような書 き方は、読者に個人的な思い入れを排した観察に徹する主体を想像させ、描 写が共有可能な事実であることを期待させるでしょう しかし下句では目のなかに関して、ありえない風景が展開されます。上句の 効果を引き継ぎつつ突飛な情景を詠うことで、詩的な飛躍を実現しているとも いえます。 何度でも生き返れると知った日の飛び立つ鳩の腹の蒼さよ 小林真実(雪 舟えま) こちらは穂村さんと同じく格助詞の「の」を連ね「蒼さ」の意味を限定していきま す。しかし穂村さんとは違い、その限定された名詞「蒼さ」を詠嘆の「よ」でうけ ます。こうした書き方をすると、冷静な観察に徹しようとする主体という印象は なくなります。むしろ対象に執着し、思い入れをどんどん強くしていく主体を想 像させるでしょう。 最愛の兎の牙のおそるべき敷金追徴金額はみよ 穂村弘(手紙魔まみ) まず、「最愛の」は兎との関係性を枠にはめるような表現で、大事にしている のに裏切ってくる兎への複雑な感情を糊塗しているようにも感じさせます。い きなり登場する唐突さは、「最愛」であることを有無を言わさず自分に言い聞 かせたいという気持ちの表われかもしれません。読者からみれば、「最愛」の 内実が詳しく述べられていないため、主体の心情について不明な点が残って しまいます。 また、「牙の」以降では、「牙が傷つけたために発生した敷金追徴金額」を強 引に省略しています。これは既に起きたそのようなエピソードを知っている者 同士ならば通じる言い方です。読者からすれば第三者が入り込めない親密さ を感じるでしょう。 このように兎の歌での「の」の使い方は、仔猫の歌の「の」のように詳細な情報 を伝えようとするどころか、かえって説明不足で、それによって異なるニュアン スを出す機能があるようです。
  • 9. 『手紙魔まみ』における穂村弘の文体の変容 [P9] 6.1.2助動詞または終助詞を使用する歌 ・助動詞および終助詞の使用は手紙魔まみで増加する 賛美歌を絶叫しつつゆらゆらとスーパーマンが空をあゆめ り 穂村弘(かばん 1997 年 10 月号) ・助動詞の使用が少ない穂村が比較的用いやすい助動詞は 完了や存続などを表す「た」(口語)「り」(文語) ・現在や過去の時制を表す助動詞を使うと、その出来事が確 定した事実であるとする態度を感じさせる。 ・句切れや修辞を用いずスーパーマンの様子を順序よく説明 しようとする主体を想像させることで、スーパーマンの本当の 姿が描写されているという印象を与える。 ・笑顔で空を飛ぶヒーローという典型的なイメージに対して、 いま目の前で狂おしいほどの悲しみのなかにあるヒーローの 姿をぶつけ、そのギャップが読者のヒーロー像を揺さぶる。 駱駝みたいまつげに雪が乗っかっているよあなたを伝説 にしたい 小林真実(雪舟えま) 助動詞…「たい」(希望)、終助詞「よ」(呼びかけ) ・心に浮かんだ印象を高揚感のまま言葉に出す→[句切れ]→ 冷静になって相手に伝わるように言い直す、ただし最後に 「よ」をつけているので完全に冷静ではない→[句切れ]→また 自分の思ったことを脈絡なく言ってしまう ・二回の句切れは、目の前の光景や自分の考えを順を追って 説明できないほどに語り手の心が激しく動いているさまを表す ・「よ」で感動を表し、願望を述べる。自分の気持ちを表現する ことにためらいがない主体を想像させる 眼ってのは外に出てきた脳なんですってね。感心しまし た、脳か。 穂村弘(手紙魔まみ) 助動詞「です」(丁寧な断定)「ます」(丁寧) 終助詞「ね」「か」 ・「ですってね」→話し手として「若い女性」を想像させる[6.2] ・「眼を脳の一部と見なす」のは耳慣れない説であり、読者に は医学的に正しいか真偽を判断できない。伝聞の形を取るこ とで彼女に対しては根拠が示された可能性をにおわせるが、 読者からは不明。 ・この説を成り立たせるロジックやその信憑性を判断したい読 者は、自身の持つ「若い女性」のイメージによって、あるいは 作者の持つ「若い女性」のイメージを知る手がかりとしてステロ タイプを参照し、不明な部分を補完する。例えば「若い女性は 医学的な知識に疎い 」というイメージに基づけば、彼女が聞 6.1.2 今度は助動詞および終助詞の使い方を見てみましょう。これらはいずれも手 紙魔まみで出現頻度が増加したものです。 賛美歌を絶叫しつつゆらゆらとスーパーマンが空をあゆめり 穂村弘(かばん 1997 年 10 月号) これも「ラインマーカーズ」に収録されたものです。 助動詞の使用が少ない穂村が比較的用いやすい助動詞は完了や存続など を表す「た」や「り」です。 口語か文語かの違いはありますが、現在や過去の時制を表す助動詞です。 これを使うと、その出来事が確定した事実であるとする態度を感じさせます。 この歌では、句切れや修辞を用いずスーパーマンの様子を順序よく説明しよ うとする主体を想像させることで、スーパーマンの本当の姿が描写されている という印象を与える。 しかし全体で見れば、笑顔で空を飛ぶヒーローという典型的なイメージに対し て、いま目の前で狂おしいほどの悲しみのなかにあるヒーローの姿をぶつけ、 そのギャップが読者のヒーロー像を揺さぶります。 駱駝みたいまつげに雪が乗っかっているよあなたを伝説にしたい 小林真実 (雪舟えま) 使われているのは助動詞…「たい」(希望)、終助詞「よ」(呼びかけ)です。 二回の句切れがありますのでそれに沿って読んでいきましょう。まず、主体は 心に浮かんだ印象を高揚感のまま言葉に出しているようです。ここで句切れ があります。次は、冷静になって相手に伝わるように言い直そうとしています ね。句切れはこの我に返った瞬間の意識の動きを表すようです。冷静に語ろ うとした主体ですが、最後に「よ」をつけているので完全に冷静ではないことが わかります。ここで二回目の句切れ。結局最後は、また自分の思ったことを脈 絡もなく言ってしまっています。二回目の句切れは、またテンションが上がっ て我を忘れた切り替わりを表しているようです。 ということで、二回の句切れは、目の前の光景や自分の考えを順を追って説 明できないほどに語り手の心が激しく動いているさまを表します。感動を表す 終助詞、願望を述べるための助動詞はこの表現に一役買っています。 自分の気持ちを表現することにためらいがない主体を想像させます 眼ってのは外に出てきた脳なんですってね。感心しました、脳か。 穂村弘 (手紙魔まみ) 使われているのは助動詞「です」(丁寧な断定)「ます」(丁寧)また、終助詞 「ね」「か」です。 「ですってね」という言い方は、話し手として「若い女性」を想像させます。これ については考察の 6.2 で詳しく述べます。 「眼を脳の一部と見なす」のは耳慣れない説であり、読者には医学的に正し いか真偽を判断できないものでしょう。伝聞の形を取ることで、彼女に対して は根拠が示された可能性をにおわせますが、読者からは不明です。 この説を成り立たせるロジックやその信憑性を判断したい読者は、自身の持 つ「若い女性」のイメージによって、あるいは作者の持つ「若い女性」のイメー ジを知る手がかりとしてステロタイプを参照し、不明な部分を補完することにな るでしょう。例えば「若い女性は医学的な知識に疎い 」というイメージに基づ けば、彼女が聞きかじりの知識を検討もせず披露したという解釈が生まれま す。あるいは「若い女性には理性を超えた動物的直感がある」というイメージ に基づけば、彼女が科学では計り知れない真実を嗅ぎ分けたと解釈も可能 になります。
  • 10. 『手紙魔まみ』における穂村弘の文体の変容 [P10] きかじりの知識を検討もせず披露したという解釈が生まれる。 あるいは「若い女性には理性を超えた動物的直感がある」とい うイメージに基づけば、彼女が科学では計り知れない真実を 嗅ぎ分けたと解釈も可能になる。 6.1.3初期穂村作品の終助詞 ・『シンジケート』でも終助詞の出現頻度は低くないが、手紙魔 まみの終助詞とは機能が異なる ・初期穂村作品でよく用いられる終助詞は「よ」「か」「さ」 ・「か」「よ」は特定の性別や年代を思い浮かべさせる効果が低 いため、手紙魔まみとは異なる ・「かよ(か+よ)」「さ」は男性をイメージさせる。しかし『手紙魔 まみ』のように明かされない前提があることをにおわせる文章 の体裁ではないため、不足している情報を補う必要がなく、男 性のイメージが解釈に影響する度合ははるかに低い。 罪の定義は任せるよセメダインの香りに包まれし模型帆船 憎まれているのは俺か雪のなか湯気たてて血の小便小僧 彗星をつかんだからさマネキンが左手首を失くした理由は 『シンジケート』 6.2 穂村作品の特徴まとめ ○『手紙魔まみ』以前の穂村作品 ・名詞と格助詞「の」を多く用い、名詞の意味を限定する ・形容詞や副詞、形容動詞をあまり用いない ・論述の展開は妥当であり、論理的にも整合する文であるとい う印象を与えるように歌の体裁を整える このような書き方は、不特定多数の人に自分が見聞きした物 事を説明することを意図して描かれた文章(報告文書)に似 ている。書き手の心情を表に出しにくい。(※参考 1 参照) ○『手紙魔まみ』作品の特徴その1 ・名詞や格助詞「の」の減少により名詞の意味を限定する頻度 が減り、また情報を過度に省略したり、前後の関係が不明なフ レーズを並べることで、物事の起きている順序や因果関係が はっきりしなくなる ・形容詞、副詞、形容動詞の増加により語り手の判断や心情 を知る手がかりが増える このような書き方は、文脈を既に共有している相手に向け て、自分の心情を中心に話す文章(私信)に似ている。第三 者から見れば、不正確で不十分な説明に見える 6.1.3 ここで初期穂村作品では終助詞は比較的多く用いられていた点を忘れては いけません。手紙魔まみとは使い方が異なるかを検討しておきましょう。 初期穂村作品でよく用いられる終助詞は「よ」「か」「さ」です。 このうち「か」「よ」は特定の性別や年代を思い浮かべさせる効果は低いです。 この点で手紙魔まみとは異なるといえるでしょう。 一方で「か」と「よ」を合わせた「かよ」そして「さ」は男性をイメージさせると言え るでしょう。しかしこれまで見てきたように、あるいは下に示した例のように、こ の頃の穂村作品は『手紙魔まみ』のように明かされない前提があることをにお わせる文章の体裁をしていません。よって不足している情報を補う必要がな いため、男性のイメージが解釈に影響する度合ははるかに低いといえます。 このように「手紙魔まみ」とそれより前の穂村弘の作品では使用する助動詞や 終助詞が異なりますが、それによって効果自体もそれぞれに異なることがわ かります。 6.2 さて、ここまでわかったことから、穂村弘作品の特徴をまとめていきます。 まず『手紙魔まみ』以前の穂村作品には、次の特徴があるといえます。 ・名詞と格助詞「の」を多く用い、名詞の意味を限定していく ・形容詞や副詞、形容動詞をあまり用いない ・論述の展開は妥当であり、論理的にも整合する文であるという印象を与える ように歌の体裁を整える このような書き方は、不特定多数の人に自分が見聞きした物事を説明するこ とを意図して描かれた文章(報告文書)に似ています。書き手の心情を表に 出しにくい書き方でもあります。これについては後に参考 1 のところでもう少し 詳しく述べます。 『手紙魔まみ』作品の特徴その1として、次のことがいえます。 ・名詞や格助詞「の」の減少により名詞の意味を限定する頻度が相対的に減 った。また情報を過度に省略したり、前後の関係が不明なフレーズを並べるこ とで、物事の起きている順序や因果関係がはっきりしなくなる ・形容詞、副詞、形容動詞の増加により語り手の判断や心情を知る手がかり が増える このような書き方は、文脈を既に共有している相手に向けて、自分の心情を 中心に話す文章(私信)に似ています。第三者から見れば、不正確で不十分 な説明しかされてないように見えてしまいます
  • 11. 『手紙魔まみ』における穂村弘の文体の変容 [P11] 参考 1)延べ語数に対する普通名詞の比率は白書、新聞、学会講 演、国会議事録、WEB 掲示板、小説、模擬講演(スピーチ)の順に 多く、形容詞や副詞は逆の傾向となる。 白書→模擬講演=フォーマル、書き言葉→カジュアル、話し言葉 「コーパスに基づく多様なジャンルの文体比較-短単位情報に着 目して-」(小磯花絵 国立国語研究所, http://must.c.u-tokyo.ac.jp/nlpann/pdf/nlp2009/P2-32.pdf) ○『手紙魔まみ』作品の特徴その2 ・助動詞「ます」「です」の多用 ・終助詞「ね」「わ」「の」の多用 これらは主体が「若い女性」であることを想像させる効果を持 つ。このとき想像されるのは、読者の若者観・女性観に基づく あるいはステロタイプな「若い女性」のイメージである。 参考 2) 「役割語」(特定の話し方と特定の人物像を結び付けること が可能な話し方。実際に話されているとは限らない) 『ヴァーチャル 日本語 役割語の謎』(金水敏) 役割語としての「女ことば」(若い女性の言葉)には、その特徴として 終助詞「わ」「ね」の使用が挙げられる。 参考 3) 『女ことばと日本語』(中村桃子)では、『「女ことば」は女らし さが言葉使いに表れたものである』という言説に対して、実際は小説 などのメディアや国語教育等で規範化されたものであると批判してい る。丁寧な表現は「女ことば」の特徴の一つとして指摘される。 ※終助詞「の」も「女ことば」の特徴として指摘(p10) 7 結論 ・『手紙魔まみ』収録作品は、それまでの穂村作品と比較し て二点の特徴を持つ。 ①読者に文脈を追い切らせない書き方 ②若い女性を想起させる終助詞、助動詞の多用 この特徴は、以下のような文体の変化といえる。 ◎読者に若い女性を想像させ、それを基に不足している 情報を補うよう促す。読者は各々の想像をもとに、主体の 知識や心情を推定し、「まみ」という人物を理解できたよう に感じることを通して、作品に対する理解を進める。 ・『手紙魔まみ』に見られる①②の特徴は雪舟えまの作品 にも部分的に見出せるものであり、穂村が雪舟の文体を参 考にした可能性が示唆される ここで参考 1 として、文体比較をした論文を参照します。 詳しく知りたい方はインターネット上で閲覧できますので読んでください。 概要を説明しますと、白書、新聞、学会講演、国会議事録、WEB 掲示板、 小説、模擬講演(スピーチ)の各品詞の含まれる割合を比較したものです。 延べ語数に対する普通名詞の比率はさっき述べた順に多く、形容詞や副詞 は逆の傾向となる。 白書から模擬講演までの順番は、言い換えればフォーマル、書き言葉の文 体から、カジュアル、話し言葉の文体へのグラデーションと見てよいと思いま す。 手紙魔まみ以前の穂村作品の特徴と、手紙魔まみの特徴その1は、このフォ ーマルとカジュアルの対比に合致するということです。 つづいて『手紙魔まみ』作品の特徴その2です。 まずは助動詞「ます」「です」の多用。 また、終助詞「ね」「わ」「の」の多用。これは「わね」「のね」など複合的に使う 場合もあります。 これらは主体が「若い女性」であることを想像させる効果を持ちます。このとき 想像されるのは、読者の若者観・女性観に基づくあるいはステロタイプな「若 い女性」のイメージとなります。 参考として、「役割語」という概念を紹介します。これは特定の話し方と特定の 人物像を結び付けることが可能な話し方のことで、金水敏さんが提唱したもの です。例えば年老いた博士が「わしは博士じゃ」と話すなど、映画や小説など 創作物でも見られ、ものによっては実際に話されているとは限らないところが 重要なポイントです。役割語として「女ことば」(若い女性の言葉)というのも指 摘されます。その特徴の一つとして終助詞「わ」「ね」の使用が挙げられます。 これは例えば海外小説の翻訳などで、女性のキャラクターの台詞がこれらの 終助詞を用いて表現される例に見出すことができます。これらの女ことばも、 実際には女性は日常的に用いることは少ないのですが、私たちのように日本 語を母語とした話者は、こういう言い回しを見ると女性を思い浮かべることがで きます。 もう一つ、丁寧な言葉遣いについてもやはり「女ことば」として昔から多くのメ ディアに登場しています。参考資料を示しているので機会があればお読みく ださい。丁寧な言葉遣いは男性ももちろん行います。しかし、「だ、である」も 使います。「だ、である」表現は男性よりも女性の方が使う頻度が高い。このた め、「です、ます」を使用し、さらに先に挙げた終助詞を組み合わせると、若い 女性であると読者に想像させる効果が強くなります。 7結論 『手紙魔まみ』収録作品は、それまでの穂村作品と比較して二点の特徴を持 つといえます。 ①読者に文脈を追い切らせない書き方 ②若い女性を想起させる終助詞、助動詞の多用 この特徴は、以下のような文体の変化といえます。 ◎読者に若い女性を想像させ、それを基に不足している情報を補うよう促 す。読者は各々の想像をもとに、主体の知識や心情を推定し、「まみ」という 人物を理解できたように感じることを通して、作品に対する理解を進める。 なお、『手紙魔まみ』に見られる①②の特徴は雪舟さんの作品にも部分的に 見出せるものです。駱駝の歌では、相手に語りかけるような言い回しをしつつ 脈絡のない名詞を登場させたりしています。また終助詞「ね」は雪舟さんも使 用頻度が高いという結果を得ています。もっとも雪舟さんの場合、ここで述べ た手紙魔まみの文体を同様になしているといえるほどには、どちらの特徴も強 くはないといえるでしょう。ただ少なくとも手紙魔まみ以前の穂村さんに比べれ ば、手紙魔まみに近いといえます。このような文体を穂村さんが参考にした可 能性があります。
  • 12. 『手紙魔まみ』における穂村弘の文体の変容 [P12]  補足)読者の受け取り方 ・文体の変化は喚起するニュアンスの変化である。とすれ ば、文体の変化に合わせて読者の読み方も変化するはず ・「読書メーター」「ブクログ」に投稿された『シンジケー ト』『手紙魔まみ』のレビュー(※歌の引用を除く)を分 析し、特徴的な語彙を抽出した わからない 面白い 狂気 可愛い、 キュート 件数 シンジ ケート 17 (18.09%) 8 (8.51%) 1 (1.06%) 1 (1.06%) 94 手紙魔 まみ 28 (9.24%) 10 (3.30%) 11 (3.63%) 28 (9.24%) 303 合計 45 (11.34%) 18 (4.53%) 12 (3.02%) 29 (7.30%) 397 ・『手紙魔まみ』では『シンジケート』よりも「わからな い」という語の使用が減った(カイ二乗検定確率 p<0.05) ※「わからない」は必ずしもネガティブな評価を意味しない。飛 躍のある言葉のつながりに対し解釈が難しい場合に使用(他に は「シュール」なども使用される) ・『手紙魔まみ』では「狂気」(差はなし)、「可愛い、キュ ート」(p<0.05)などの語が多く見られる。 ・「わからない」「面白い」は作品への判断を述べる表現。 一方で「狂気」「可愛い」は作品というよりも、人物に対 しての判断を示す。つまり主人公「まみ」に対して読者が 抱いた感想である。 ・『シンジケート』より『手紙魔まみ』の作品の方が、読 者からは不正確、不十分な説明しかされていないように 見えるはずだが「わからない」の出現率はむしろ減った。 つまり歌集を理解できないと感じる読者の割合が減った。 ・特徴1によって言葉づかいの文脈がわからない部分を、 特徴2によって若い女性をイメージすることで埋めるこ とができているとみられる。結論に合致する結果が得ら れた。  使用ツール Mecab 2.1.2 :形態素解析エンジン KHcoder :形態素解析および統計ツール ○補足 補足として、読者の受け取り方を確認してみた結果を示します。 文体の変化は喚起するニュアンスの変化としました。だとすれば、文体の変 化に合わせて読者の読み方も変化してくるはずです。 今回はインターネット上の読書レビュー投稿サイトである「読書メーター」「ブク ログ」に投稿された『シンジケート』『手紙魔まみ』のレビューを対象に、感想の 内容に違いがあるかを計量テキスト分析で検討しました。 ・『手紙魔まみ』では『シンジケート』よりも「わからない」という語の使用が減っ ていました。なお「わからない」は必ずしもネガティブな評価を意味しません。 手紙魔まみ以前の穂村作品では、飛躍のある言葉のつながりや、あるいは相 反するイメージをぶつけるなどして、詩情を生み出そうとする構造がありまし た。それに対して解釈が難しい場合に「わからない」を使用していると思われ ます。他には「シュール」などの表現が「シンジケート」のレビューでは何度か 登場していました。 ・『手紙魔まみ』では「狂気」や「可愛い、キュート」などの語が多く見られます。 ・これらの単語を比べてみると、「わからない」「面白い」は作品への判断を述 べる表現であり、一方で「狂気」「可愛い」は作品というよりも、人物に対しての 判断を示す語であることに気づきます。つまり後者は主人公「まみ」に対して 読者が抱いた感想なのです。 ・『シンジケート』より『手紙魔まみ』の作品の方が、読者からは不正確、不十分 な説明しかされていないように見えるはずですが「わからない」の出現率はむ しろ減っています。つまり歌集を理解できないと感じる読者の割合が減ったと いうことです。 ・これらの結果は、結論に示した文体の変化と一致しているといえそうです。 つまり特徴1によって言葉づかいの文脈がわからない部分を、特徴2によって 若い女性をイメージすることで埋めることができているとみられます。 【以上】
  • 13. 『手紙魔まみ』における穂村弘の文体の変容 [P13] 【おまけ】質疑応答 2016 年 10 月 16 日の Kabamy にて上記の内容を発表したとこ ろ、いくつか質問を受けました。当日もお答えしましたが、改めて回 答を検討したのでおまけとして記載します。 Q:考察 6.1.1-6.1.2 について。なぜこれらの一首を引いたのか。ま たなぜ一首ずつ引いたのか。一首ずつ引かれたこれらの歌を、各カ テゴリーの代表例と見なすことはできるのか。 A:テキストマイニングによって各カテゴリーの特徴を見出した。選歌 基準は筆者が考える各カテゴリーの特徴を例示しやすい形でもって いるかどうかである。 一首ずつにした理由は、レジュメのページ数を少なく抑え、発表 時間を短く抑えるため。また歌を多く引くより、一首評に字数を割きた かったからである。 代表例と見なすことはできるかという質問について。統計的傾向を 個別の事例に当てはめることはできないので、その意味では代表と いうことはできない。 複数回の「の」については、統計的に有意差が あるという結果が出た。しかし「の」の多さが一首一首に同じ効果をも たらしているかどうかはわからない。したがって他の歌が、例示した一 首と同じ性質を備えているとはいえない。 Q:この調査は扱っている歌の数が少ないように思えるが、示された 結論を言うのにこの分量で十分なのか。 A:考察 6.2 で参考1として引用した白書やスピーチの研究は、標本 調査とよばれるもので、全数を得ることが不可能なほど大きな母集団 から一部を抽出して調査するものである。この場合、データサイズを 大きくするほど信頼性が高まる。対して一人の作家の変化を探るよう な場合は、全てのデータを入手することは不可能であるにしても、お およその作品を利用することができる。また、上限があるので、数が 多くなりようがない。今回のデータサイズであればカイ二乗検定が適 するし、その結果は統計的判断の根拠として信頼できるものである。 以下、カイ二乗検定について説明する。 この統計調査の目的は手紙魔まみ以前の穂村弘作品(2 種類)、 手紙魔まみ、雪舟えまおよび 99 年のかばん会員作品それぞれにお ける各品詞の出現率の違いが偶然ではないことを示すことにある。カ イ二乗検定は、理論値に対して実測値が適合しているか調べるため の手法である。今回の例でいえば「5つのカテゴリーそれぞれにおけ る品詞の出現率は一様に同じである」と見なしたときの品詞出現率が 理論値にあたり、そして実際に集計し出現率を計算したときの値が 実測値である。理論値の過程にあたり、「因果関係がないならば」と いう前提は含まれていない点に注意が必要である。カイ二乗検定の 結果、5つのカテゴリーそれぞれの品詞の出現率は統計的に有意な 差があるということが言える。統計的に有意であるとは、それぞれの 実測値における出現率の違いが偶然ではなさそうだ、ということであ る。この偶然ではなさそうだ、というのは「因果関係がないならば起こ らないような違い以上の違いがある」「意味のある差である」という意 味ではなく「因果関係の有無は不明だが、とりあえず、差がないとは 言えなさそうだ」という意味である。カイ二乗検定はデータ数は少なく てもこのような判定が可能な手法である(カイ二乗検定を行う場合、 各カテゴリーの度数が 5 以上であることが望ましいとされる)。今回の 研究では、カイ二乗検定を行うにあたっては十分な量のデータを利 用している。 歌集間の比較という視点では、今回の研究は全数調査と見なすこ ともできる。一般的に全数調査の場合検定は行わないことは多い が、今回は形態素解析ソフトを使用する際のノイズ(ソフトが品詞分 解を間違える、など)を考慮してカイ二乗検定を行った。 Q:一首の引用は特異点である可能性があるのではないか。 A:統計的な調査を個別の例に当てはめることはできない。したがっ てこの一首評がカテゴリーの代表であるという扱いをしたのはやや勇 み足であった。しかし今回は単に量的な研究に留めるのではなく、 結果をつっこんで解釈するという過程を含めたかった。 Q:複数例引用せず一例にとどめるのは不十分ではないか? A:歌の例示が少ないという指摘はその通りである。本資料末尾に、 6.1.1 および 6.1.2 の条件に合致する歌を P14 に追加で示したの で参照されたい。 Q:シンジケートから手紙魔まみの名詞や助詞助動詞の変化があると いう結果について、この間は 10 年以上あるが、その間の日本語の 変化や短歌の詠み方の変化など大きな流れのなかで起こっている 現象ではないか? A:その可能性はある。この比較をする必要は感じていたが、対照群 となるデータを集められなかった。なにが標本として適切かという判 断が難しく、また適切な標本を集めるのも困難である。悩んだ結果、 時間の変化を追うのではなく同時代の人々との比較に留めた。 Q:手紙魔まみで多用される終助詞や助動詞は、発話調の歌が増え ているためとも捉えられるか。 A:終助詞と助動詞の使用と発話調を結びつけることはできるだろう。 助動詞、終助詞の出現率は穂村がシンジケート、ドライドライアイスを 刊行した時期(88 年から 94 年)の期間に多く、かばんの 95 年から 01 年の期間に一旦減少し、手紙魔まみの時期に最も多くなるという 推移をたどる。単純に増えているとは言えない。しかし手紙魔まみに おける終助詞と助動詞の出現率は同時期のかばん会員、雪舟えまと 比較しても高く、そこから発話調の歌が多いということはできそうだ。 Q:雪舟の影響がどのくらいあったのかという部分がはっきりさせられ ていないのではないか。 A:途中までは「雪舟の影響がどの程度あるか」をテーマとしていた が、変化があることは示せてもそれが雪舟の影響であることを示すの が難しいとわかり、テーマから雪舟の影響を取り去った。 よって今回のレポートの主目的は、雪舟の影響度合いについて調 べることではなく、人の言語感覚を借りるといった場合に、それが文 体の変化としてはどのように量的な形で歌にあらわれるかを調べるこ ととした。 Q:「言語感覚を借りた」の意味するところとして、モチーフつまり名詞 の選択への影響も観測できるのではないか。 A:名詞の影響関係については調査済である。頻出する名詞の対応 分析の結果を P15 に示したので参照されたい。 指摘の通り、手紙魔まみでも雪舟えまの影響が示唆される名詞を 発見できる。手紙魔まみ以前の穂村にはなく、手紙魔まみで使用が 増え、また雪舟えまも多く使う名詞として「宇宙」が挙げられる。他に は「兎」「手紙」など。逆に雪舟はよく使用するが手紙魔まみでは登場 しない名詞としては「秋」「ひと」「名」などがあった。
  • 14. 『手紙魔まみ』における穂村弘の文体の変容 [P14] 追加資料1)各条件に適合する主な歌の例 ○格助詞「の」が3回登場する歌例 ・『手紙魔まみ』より前の穂村弘 生まれたてのミルクの膜に祝福の砂糖を 弱い奴は悪い奴 「シンジケート」 ハーブティにハーブ煮えつつ春の夜のうそつきはどらえもんのはじまり 「シンジケート」 鳥の雛とべないほどの風の朝 泣くのは馬鹿だからにちがいない 「シンジケート」 水曜日 海へ走れば街路樹の胸の名札の輝くばかり 「ドライドライアイス」 友情を誓う荒ぶる獅子舞のなかの二人の西崎憲へ かばん 1995 年 1 月号 まぼろしの父を想いて羚羊の純白の胸にむけるリモコン かばん 1999 年 1 月号 ・『手紙魔まみ』(穂村弘) ひかひかの蜘蛛のめんめの表面が艶消になるよ、死んだ瞬間 さあ、どうぞ。便秘関係者のためのミステリアスな香りのお茶を 閃光ののち、しましまの、うずまきの、どうぶつだけが生まれる世界 ・雪舟えま ルピナスの爪の中レンズ雲浮かぶ DNA よこれはいつの空 かばん 1998 年 1 月号 押し入れの青い戦車は一人乗り僕のほんとの乗り物だから かばん 1998 年 2 月号 鼻にお湯通しつつ横の台の子と友達になる春の病院 かばん 1999 年 7 月号 我が恋はかくもとくべつ百万枚の〈接吻〉の一枚の下 かばん 1999 年 7 月号 ○助動詞、終助詞使用の歌例 ・『手紙魔まみ』より前の穂村弘 ※終助詞は考察 6.1.3 で引用したので省略 馬鹿な告白のかわりにみずぎわでゴーグルの中の水をはらえり 「シンジケート」 近未来恋人となる児に問えりポケットの縞栗鼠の名前を かばん 1998 年 5 月号 靴の紐結ぶおまえの両肩を入道雲がつかんでいたよ 「ドライドライアイス」 菜のはなのお花畑にうつ伏せに「わたし、あくま」と悪魔は云った かばん 1997 年 10 月号 ・『手紙魔まみ』(穂村弘) 不思議だわ。あなたがギターじゃないなんて、それはピックじゃなくて舌なの? ゆゆ、あいつ、とってもアサツキが大事なの、なんにでもふりかけたがる ピストルに胸を刺されて死んだのよ、ママン、水着の回転木馬 ほむらさん、はいしゃにいっていませんね。星夜、受話器のなかの囁き ライヴっていうのは「ゆめじゃないよ」ってゆう夢を見る場所なんですね 両手投げキス、あのこの腕はながいからたいそうそれはきれいでしょうね 手紙かいてすごくよかったね。ほむがいない世界でなくて。まみよかったですね。 八月よ。光るデコルテばんばばん、出していきますわよー、殿方ー ・雪舟えま 機織りににてるね今日はマウスでね一日中空を描いていた かばん 1998 年 3 月号 フレンチクルーラーちぎっては与えあたし雪じゃなくって ごめんね かばん 2000 年 6 月号 かきわけてもかきわけても羊の地肌みえなかったね楽しかったね かばん 2000 年 11 月号 なんでこうつららはおいしいのだろう食べかけ捨てて図書館に入る かばん 2000 年 3 月号※「たんぽるぽる」にも収録 夏川に震う銀河の泡立ちの中へあなたと僕を放そう かばん 1998 年 8 月号 暗いとこで少し光ると書いてありダイヤモンドがほしくなりぬ かばん 2000 年 8 月号 いもうとと兎に声をかけあいぬこっちのおかあさんはあーまいぞ かばん 2001 年 4 月号
  • 15. 『手紙魔まみ』における穂村弘の文体の変容 [P15] 追加資料2)5カテゴリーにおける頻出名詞の対応分析結果 ※対応分析図の見方:□で示される各カテゴリーに距離が近い名詞ほど、そのカテゴリーでの登場頻度が高い。 -1 0 1 2 3 -3-2-1012 成分1 (50.55%) 成分2(20.9%) ゆ ウサギ ひと 宇宙 兎 秋 手紙 恋人 夏 下 手 名 瞳 肩 犬 声 女 虹 たま 光 舌 海 音 天使 雨 水 世界 胸 冬 髪 かばん99 手紙魔まみ 雪舟えま 穂村(か95-01) 穂村(シ・ド)