口頭発表用
題:なぜ、妻は『なる』ものなのか?
1 「妻」にあって「夫」にない表現 『なる』
「妻」または「夫」を詠った歌を参照すると、「妻になる」「妻となる」という言い回しが多くみられるのに対し、「夫に(と)なる」という言い回しは一つもな
かった。
下の表を見てください。主体が妻、夫、あるいは他人であっても当てはまる。時代も広くまたがっている。虚構らしき内容でも同じ。「妻」と「夫」はペア
で存在するものですが、どうやらその性質は同じだったり対称的なものではなさそう。今回は妻と夫がどう非対称なのかを考察しつつ、なぜ「妻」にだけ
なるという言い回しが使われるのかを考察していきます。
・なる(成る)……《ある状態》から《別の状態》に変わること。
付表 妻になる歌 14首/672首 夫になる歌 0首/212首
妻視点 私は妻になる
長き歌を牡丹にあれの宵の殿(おとど)妻となる身の我れぬけ出でし 与謝野晶子
古き柱の塵を払へば遠き日やわれはこの家に妻となりにし 斎藤史
出逢ひしは如月の頃 いまは君の妻となりても寒き額もつ 栗木京子
イリオモテヤマネコに似ていますねと言われた人の妻になろうか 荒井直子
G 線上のアリアうたひて軽やかに妻となりたし シチューを煮込む 若林朝
海市より来りて白き魚鬻ぐをとこの女房となりたきわたし 森野こと
妻となり母となっても集まればコロコロ愛しい女友だち 伴風花
なし
夫視点 君は妻になる
木に花咲き君わが妻とならむ日の四月なかなか遠くもあるかな 前田夕暮
雑沓の客観に汝をおきて来ぬ妻とならんに不安あるべし 島田修二
妻となる日を待つ汝かぬるみゆく水を言ふとき髪のひかりぬ 小野興二郎
「嫁さんになれよ」だなんてカンチューハイ二本で言ってしまっていいの 俵万智
フランスもさびしい気配 妻になるかもしれない人と TV を見る 中沢直人
なし
他人視
点
彼女は妻になる
姉は教師の妻となりて妹は動けぬままに共に暮らせり 小森須美
絵を抜けて妻となりたる乙女子のかたちに白き春の衝立 米川千嘉子
なし
2 妻と夫のルール
まず確認しておきたいのは夫婦というのは社会的な存在、つまり立場だということです。人間対人間の固有の関係というものは誰と誰の間で
もありますが、特に深い結びつきをしている男女に対して、周囲が承認するときそれは夫婦と呼ばれます。
2.1 図『「妻」と「夫」のルールと実際の人間関係』(文末)
(ア) ここで社会全般を考えるところから始めます。私たちが公の場と呼んでいるものは、社会の構成員としてのふるまいがルールと
して決められた場である(一番外の枠) 社会の構成員という立場が、ルールを守ることを課しているわけです。
(イ) 公の場のなかには更に細かいたくさんの場がある。会社など組織・集団が単位となる。人が何かの集団に属するということは、
その場に応じたふるまいのルールに従うことでもある。このとき集団のなかの立場によってふるまいのルールは変わる。
(ウ) ふるまい方のルールは、例えば「(立場を表す言葉)+として+~~する(しなければならない)」という表現が成り立つ。「社会人として」
「日本人として」「かばん会員として」「母として」「父として」、そして「妻として」「夫として」など……
(エ) 「夫婦」は最も小さな場の一つである。(図の中心)
(オ) このルールは、実情やその人の内心に関係なく、その立場でいるときは守らなければいけないと信じられているもの。
図の枠外(下)には夫と妻に対応する形で、結婚している「彼」と「彼女」を描いています。二人の関係は、彼と彼女のレベル
においては、特にルールを意識せず、自分らしくふるまっているものと仮定している。
(カ) もし「彼」または「彼女」が、自分を「夫婦」の場、つまり家庭のなかの役割に当てはめて語ろうとしたとする。語ろうとすれば、「彼」「彼女」の
考え方や現状認識と、ルール(「夫らしさ」「妻らしさ」)とを比較してそのギャップを述べるという手段が取られる。
2.2 ルール発見
ではルールを歌に即して見ていきたいと思います。
A) ルール:「妻」の仕事は「夫」の心身を健康に保つことである。ほめたり、なぐさめたり。
夫のことわたしが消えてしまってもほめつづけてね赤いラジオ 雪舟えま
「夫を常にほめて気分を良くしてあげる」のは妻のルールといえる。ただこの歌では赤いラジオでも代役が可能だと言い切っ
ている。つまり褒めるのは誰でもいい。妻ならば誰でもいい、と言っている。
B) ルール:「夫」は「妻」に自由に接してよい。家庭のなかには「夫」のふるまいに関するルールがない。
われにのみ無防備となる君ありて妻なることもなかなか楽し 小島ゆかり
妻に対して無防備でありのままになる夫。肯定的な内容だが「妻なること」とあえて言っているのがポイント。夫が無防備に
ふるまう、甘えられるのは妻側が A のようにふるまっていることと表裏の関係です。
夫とは一匹二万のクワガタを手に乗せうっとり愛でる男か 石原美紀
これも夫が家庭で自由にふるまっている歌。最後の「か」、問いかけで終わっている。断定しきれていない。主体は縛られな
さが「夫」の本質であることをよく認識していながら、それを認めたくない。当然の怒りではあるが。
このように家庭のなかでの夫と妻の相手へのふるまい方は異なります。これが図の真ん中にある矢印の違いです。妻から夫へのふるまいにはルールが
あり、夫にはいかなるルールもありません。では夫には全くルールがないかと言うと、そうではありません。
C) ルール:「夫」は家庭を(外から)守る力をもたなくてはいけない。
妻や子の生活を負ひて働ける賃労働者夫のあはれさ 奥村晃作
そのまま。夫は妻やこの生活を負って働くのだと言い切る。
貧困にしてかくのごとあり経れば妻にいきどほる事さへもなし 佐藤佐太郎
貧困だとなぜ妻に怒れないか。彼、彼女の関係ならおこりたいときに怒ればいい。妻に自由に振舞えないのは、夫らしさの条
件を満たしていないからではないか。収入がない。
雛壇の妻に拍手を送りつつ 婦唱夫随も気楽でいいか 桑原正紀
夫唱婦随の夫と妻の部分が逆転していることに注意。ここでは妻の方が社会的に功績を挙げているわけ。「も気楽でいい」は、
前提として「これではいけない」という意識があるから。夫は出世していないといいけない。
少しずつ毒を混ぜたり出来る地位主夫というのは楽しかるらん 江田浩司
主夫の歌。毒殺は昔から力の弱いものが取る手段と言われる。主夫は弱い立場だという現状認識がある。
このように夫は自分が弱い立場だと、その現状と「夫らしさ」を比べてギャップを詠うことがあります。この前提になっているのは夫は家庭
を守る力をもたなくてはならないというものです。何から守るか、といえば家庭の外から来る何かです。それは結局、家庭の外において発揮
される能力、収入や名誉といった方向性で具体化されます。夫らしさは、このように家庭の外を向いたときに認識されます。
D) ルール:「妻」は家庭の外にいるとき、「夫」を立てなくてはいけない。
ねっとりと某氏の妻は「妻」のまま(わかりませんわ、うふふ)と笑う 田中槐
皮肉のこもった歌。この人は愚かな振りをしている。妻が鍵かっこでくくられていることから、妻であることとその振りが結
び付けられていることがわかる。また、この振りは家族の外である主体に向けられている。
一対と見られるときのわたくしのどこか妻とし凹みはじめる 日高堯子
夫婦一対として見られると、妻としての自分がそこにいる。そして妻としていると凹みはじめるという。夫の前に出ない、夫
が主という強制力を感じている。
居酒屋のカウンターに並びすわるとき「やんちゃでめんごい妻」の顔をす 大口玲子
やんちゃでめんごい、子供っぽくて可愛らしい振りをしている。並び座っているのはもちろん夫とともに。
外に出たときの妻を見てみると、それは当然夫といるときということになりますが、夫に対してどういうポジションをとるかが妻らしさの基
準になります。夫を立てるは、A のルールと基本的には同じ方向性です。
(ア) 家庭において「妻」は「夫」へのふるまい方にルールがある。「夫」にはルールがない。
以上、夫と妻のルールを比べてみました。では続いて今回のテーマである「なる」という表現に関連しそうなところを見てみましょう。
E) (妻視点)「妻」と「彼女」の状態変化(モードチェンジ)があると述べている。
良妻の封印として縁なしの眼鏡をかけてランチに出かける 中川宏子
縁なしのめがね、ランチという辺りは奔放さを表しているようです。良妻を封印したのと引き換えに自由な私にスイッチオン
という雰囲気です。
入院し「妻」降りるべし白き部屋につながれ犬のように食事待つべし 大口玲子
この歌も鍵かっこつきの妻です。入院したら妻ではなくなると言っています。この歌では犬まで行ってしまっていますが。後
に「病める夫」の歌が出てきますが、夫は病んでも夫であり続けられるのと対照的です。
弟と父に電話をする母は母らしく母 妻らしく妻 俵万智
主体にとって彼女は母ですが、母と妻を相手によって切り替えるさまを観察して発見しています。
妻視点で読まれた歌には、「妻」とそれ以外の私の状態が分けられるという歌い方がされます。俵まちの歌も参考にすると、「妻」のモードと、自分らしくふ
るまう「彼女」のモードが切り替わる。特撮の変身ヒーローのようです。このようなモードチェンジが図の妻と彼女の間に矢印が書かれていますが、行われ
ています。その切り替わりを詠っているのが E です。
F) (夫視点)「妻」と「彼女」の状態変化(モードチェンジ)があると述べている。
妻ということばのように座しいたりときおり首を傾けながら 吉野裕之
ことばのように、は妻らしく座っているということです。首を傾げる様は、何か考えているようで、外からは何を考えている
か全くわかりません。
新妻の笑顔に送られて出でくれば 中より鍵を掛ける音する 久松洋一
新妻の笑顔を向けていた彼女は、鍵をかけた後に一人部屋に残される。そのときどんな顔をしているかはわからないが、妻の
顔でないのは明らか。「妻」から「彼女」への落差を主体は想像している。
雑沓の客観に汝をおきて来ぬ妻とならんに不安あるべし 島田修二
こちらは「妻になる」歌です。彼女はまだ「彼女」の状態で、これから「妻」になる。妻と言う役割をできるか不安なのだろ
うかと主体は思案している。雑沓の客観のなかでそれが表れているのもポイント。社会のルール。
ピータンの好きな女になっていた 前妻もいる赤い円卓 藤島秀憲
こちらは実際に「妻」をやめた歌。妻から彼女へとモードチェンジしたわけです。妻をやめたら、~~な女になるという言い回しになって
います。
このような切り替えは夫側の視点でも語ることができます。上二つは完全に「妻」モードの彼女を見ているために、「彼女」らしい部分が見えなくて困惑し
ている主体の姿が見える。下の二つは「妻」モードに変化する、あるいはそれをやめることのどちらもなるが使われており、状態変化だという認識がよく表
れています。
G) 「妻」と「彼女」のギャップ。
孫の嫁語尾長く引き「眞吾ォー」とその夫を呼ぶ憚らず呼ぶ 鎌家さきえ
憚らずが表わしているように、孫の嫁は嫁らしくふるまっていない。主体は彼女の彼女らしい部分を捉えています。
ヤンキーに似た妹は人妻で亀が大好き子どもは嫌い 茂泉朋子
これも人妻とは裏腹に、彼女の他の要素を見つけている歌。よく見るとヤンキーと子供は嫌いは、妻らしくない。それだけだ
と単に反対の要素を突き合わせただけなので、亀好きでバランスを取っている。
小さき聖樹灯して子らと居る妻の若く見ゆれば痛むこころあり 前田透
若く見えるは、いきいきしているということでしょう。夫である自分に接していないときの彼女の表情に気付いた歌です。
妻の部屋を覗くことなど稀といへどひろい鏡が要ることもある 岡井隆
妻のプライベートな部分。つまり普段自分に見せない「彼女」の部分を覗いているような気がして、禁忌を感じている。まあ
この歌は言い訳がましいところがちょっと嬉しそうでもありますが。妻
これらの歌は妻モードでない「彼女」の、その人らしい部分を見ている歌です。ただし前提には妻モードがあり、それとのギャップで人間性を強調しようと
していると考えられます。
H) 「彼女」から「彼」へのふるまいと、「妻」から「夫」へのふるまいとのギャップ。
すすきのの夜をしたたかに酔いゆけり情夫【アミ】ならぬ夫と腕をからめて 久々湊盈子
アミはフランス語で親しい友だち、恋人などの意味だそうです。情夫も恋人です。
一番の友が夫であることの物陰のない道を帰りぬ 雪舟えま
こちらは一番の友と言っています。
本音では夫より大事かもしれぬ犬のおまえの欠伸がうつる 入谷いずみ
こちらは犬を引き合いに出して夫が自分にとって大事な存在かを考えている。いずれも実際の生活の彼女から彼へのへのふ
るまいを詠っている。妻から夫へのふるまいとのギャップがある。
妻は夫を馬鹿だと言ひたがるもので豆の莢むきながら煮ながら 林和清
こちらは夫の視点から。夫を立てるというルールに反した、実際の生活を詠っています。
1回のオモテの妻の攻撃がもう3時間続いています 田中ましろ
こちらでは妻の力関係が強いと言っている。妻と夫のルールが前提にならないと、ここで言いたいユーモアは成立しない。
関係の仕方のギャップです。これも妻の夫へのふるまいのルールと対比されています。
ここまで見てきたように、妻はどうやらモードであり、彼女らしくいる場合は妻ではいられないようです。妻モードと彼女モードは排他的といえます。妻らしく
ふるまっているときは、本人以外からは「妻」という、ルールに沿って動くいきもののように見えます。その中身は見えなくなってしまいます。本人からは切
り替わりの瞬間や、その落差を語ることもできます。一方夫はというと、最初に述べたように家庭内でふるまうためのルールがありません。つまり「彼」のとき
と「夫」のときというのは、どちらも自分らしくふるまえるため、差がないのです。ですので夫のモードチェンジの歌というのは見つかりません。少しここを詳
しく見ていきましょう。
(イ) 家庭で「彼女」でいる場合、「妻」ではいられない(モードチェンジが必要) 「夫」は「彼」と差がないのでモードチェンジ不要。
I) 男性でも他の場に行くときは「~~になる」という表現が使われる。モードチェンジがある。
文化系の俺がバスケ部顧問になる ゆっくりと目を覚ませ、ガリバー 千葉聡
研究者と呼ばれて一生終えたきに管理者となる父の栄転 俵万智
ホームレスになることだけは免れてわれの身体は農に適さず 松木秀
顧問、管理者、ホームレスそれぞれ特定の立場につく場合「なる」が使われます。ここでは男性にしぼっていますが、もちろ
ん女性でも同様です。職業の場合 24 時間その状態でいるわけではないけれど、ある役割のふるまいに当事者が行動を合わせ
ていくことが期待される場合、性質が変化するということでなるが使われるようです。
(ウ) 基本的なことを確認しておきます。社会のなかにいる人は「(ある立場に立つとき)ルールに沿ってふるまう私」⇔「(立場に立たない
とき)ルールもなく、私らしくふるまう私」 という 2 つのモードを公私の場でスイッチングして生活している。そしてこういうとき、その立
場になるという表現が使われます。
J) 一般的な「夫」について述べている歌。自分の「夫」を介して。
夫の歌の一つの傾向として、他所の家庭の夫に言及した歌は少ないことがいえます。ここに挙げた歌はいずれも複数の夫、つまり一
般的な夫について語っているといえます。しかし実は、主体が妻で、自分の夫との比較によって言及していることがわかります。自分
の夫を介して言及していることはなにかといえば
病む夫を持つ女達が寄りあひてわかつ小蜜柑皮の薄しも 斎藤史
病む夫、つまり家を守れない夫です。ここに集まっている妻たちの頼るものがない感じが、寄り合ってやミカンの皮の薄さに
よく表れている。
アパートの井戸端会議の内容でそれぞれの夫の品定めする 山田千歌子
ここではズバリ品定めと言っています。品としての価値は、もちろん収入や名誉と言って差支えないでしょう。
ウェブのなか夫にひらけし余暇はあり静かに湿る千人の夫 川野里子
こちらは夫の余暇を詠っている。この歌は 1995 年の歌集なので、インターネットはまだ一般人になじみがない時代の歌です。夫が得
体のしれない空間相手にコミュニケーションを取っている不気味さを感じます。しかもその向こうが同類の夫たちだという認識。夫は家
庭の外に居場所を作っています。
K) 家庭の外(他の場)へ行くとき「彼」を「夫」として認識する。
他所の夫と比較せずに、自分の夫だけを夫らしく詠おうとすると、多くなるのが送り出すか帰りを迎える歌です。
ホットケーキ持たせて夫送りだすホットケーキは涙が拭ける 雪舟えま
送り出す歌。夫は外に出たら涙を流す、つらいことがあるのだろうと推定している。ホットケーキって温かく柔らかく、いか
にも優しそうだけど、涙をふく役に立ちそうもない。あくまで気持ちだけは涙をふいてあげたいけど、無理だと主体は思って
いるように感じます。雪舟さんの場合、ラジオの歌もそうですが、夫らしさと妻らしさに自分と彼をあえてはめてしまうこと
で空虚な感じを詠っている節がある。今回調べていて、妻と夫のルールを的確に捉えていると思いました。
IシャツやPシャツってないねTにY重ねる夫が出て行く 田中有芽子
これも出ていく歌。今回紹介できませんでしたが、シャツは夫と親和性の高いアイテムです。もちろんそれは社会人としての
服装、コードを表しています。
ただいまとわらう夫よありがとう椎茸くさいあたまでこする 桐谷麻ゆき
こちらは迎える歌です。
喪服にて帰れる夫に塩を蒔くその瞬間が妻だと思う 前田康子
冠婚葬祭と言う社会的な行事、その帰りを迎えるときに、その瞬間が妻だという。この歌が端的に表しているように、夫は家庭の外に向
かっている存在なので、家庭から外に出入りするときに発見できる。これは同時に家庭=妻の領分という自己規定があればこそで、だか
ら送ったり迎えたりする形になる。
夫というのは外部で力を発揮することが唯一のルールですが、それは家庭以外の場、例えば職場などで力を発揮することを意味します。その時点で彼
は夫ではなく、その立場の人になってしまいます。ですので彼を夫としてあえて認識するというのは至難の業です。J の例は、女性視点で、自分を一度妻
の立場に代入することで可能にした例です。自分の夫を介して他の夫を詠っています。あるいは K のように、家庭の外に行って夫でなくなる直前、ある
いは帰ってきた瞬間、家庭と外との境界線にいるとき、彼を確かに夫らしい存在と認識できるようです。以上から、彼から夫へのモードチェンジがないこと
を説明できます。家庭内では「彼」と「夫」との差がなく、家庭の外に出れば夫以外の存在に「なる」ためです。ですから「夫になる」という認識の仕方をわ
れわれはしにくいのだと思われます。
(エ) 「夫」は家庭の外に出ると、他の場の「何かの立場」になるので「夫」ではなくなる。「夫」は家庭と外の境界線で発見できる。
これに対して妻は述べてきたとおり、モードチェンジをします。家庭では「妻」らしいふるまいをしなければならない時がある。これはさきほど I 群の歌で述
べた、職業に就く例にとてもよく似ています。「教師になる」と仕事場(学校)では「教師」らしいふるまいをしなければならない(とみんなが信じている)よう
に。妻は家庭を仕事場にして、「妻」らしいふるまいをしなければならないと信じられている。常にその状態でいるわけではないけれど、ある役割のふ
るまいに当事者が行動を合わせていくことが期待される場合はその立場になるという表現が使われます。つまり「妻」になるという言い回し
がされると考えられます。
(オ) 女性は結婚すると、家庭で「妻」らしいふるまいをしなければならないというルールがある。これは、ある職種につくのと似ている。
「教師になる」と仕事場(学校)では「教師」らしいふるまいをしなければならない(とみんなが信じている)ように。
結婚した女性は、「妻」へのモードチェンジを期待されるため、「妻になる」と表現される。
3 結論
(ア) 「妻になる」という言い回しが「夫になる」に比べて多いのは偶然とは考えにくい。
統計的手法(Fisher の正確確率検定)を用いると、95%以上の確率で使用頻度に差があった。
(イ) この表現は、「妻」と「夫」のルールが言葉の使い方にまで表れたものである。
(ウ) 『「妻」と「夫」のあるべき姿はこうだという考え方』が日本語のちょっとした言い回しにまで浸透していて、私たちはうっかりそれを使ってしまう。
それによって既存の「妻」・「夫」観を自分にも、周囲にも再確認して(させて)いるのかもしれない。怖いですねというお話でした。
4 みなさんへの質問
 今回引用した例歌のなかで『この歌の前提になっている「妻(夫)」のルールはもう時代が古いんじゃない?』と思ったものがあれば挙
げてください。
 (夫または妻の歌を作ったことがある方で)作歌の際に「らしさ」についてどう捉えていましたか?
〈参照資料〉 闇鍋データベース、かばん 20 周年CD(1984~2004 年)、かばん 2012 年 4 月号~2014 年 1 月号、他手持ち資料
「妻」「嫁」「女房」「夫人」の歌 672首 ※「花嫁」は除く。
「夫」「婿」「主人」「旦那」「亭主」の歌 212首 ※「旦那」「婿」は検索の結果、なし。
彼 彼女
妻夫
会社員
かばん
会員
「夫婦」(家庭)
「社会の構成員」(公の場)
他の場
実際の生活
孫
の
嫁
語
尾
長
く
引
き
「眞
吾
ォ
ー
」
と
そ
の
夫
を
呼
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憚
ら
ず
呼
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鎌
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き
え
ヤ
ン
キ
ー
に
似
た
妹
は
人
妻
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亀
が
大
好
き
子
ど
も
は
嫌
い
茂
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子
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と
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の
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中
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に
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て
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藤
佐
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郎
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拍
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を
送
り
つ
つ
婦、
唱
夫、
随
も
気
楽
で
い
い
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桑
原
正
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少
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ず
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混
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い
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け
る
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舟
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ま
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子
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い
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ら
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り
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く
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い
あ
た
ま
で
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る
桐
谷
麻
ゆ
き
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服
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る
夫
に
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を
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く
そ
の
瞬
間
が
妻
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と
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康
子
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客
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に
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を
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き
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と
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る
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島
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女
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て
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い
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藤
島
秀
憲
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妻
の
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な
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を
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か
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子
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部
屋
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犬
の
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う
に
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事
待
つ
べ
し
大
口
玲
子
弟
と
父
に
電
話
を
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る
母
は
母
ら
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く
母
妻
ら
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く
妻
俵
万
智
一
対
と
見
ら
れ
る
と
き
の
わ
た
く
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の
ど
こ
か
妻
と
し
凹
み
は
じ
め
る
日
高
堯
子
居
酒
屋
の
カ
ウ
ン
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ー
に
並
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す
わ
る
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き
「や
ん
ち
ゃ
で
め
ん
ご
い
妻
」の
顔
を
す
大
口
玲
子
わ
れ
に
の
み
無
防
備
と
な
る
君
あ
り
て
妻
な
る
こ
と
も
な
か
な
か
楽
し
小
島
ゆ
か
り
す
す
き
の
の
夜
を
し
た
た
か
に
酔
い
ゆ
け
り
情
夫
【ア
ミ
】な
ら
ぬ
夫
と
腕
を
か
ら
め
て
久
々
湊
盈
子
一
番
の
友
が
夫
で
あ
る
こ
と
の
物
陰
の
な
い
道
を
帰
り
ぬ
雪
舟
え
ま
本
音
で
は
夫
よ
り
大
事
か
も
し
れ
ぬ
犬
の
お
ま
え
の
欠
伸
が
う
つ
る
入
谷
い
ず
み
妻
と
い
う
こ
と
ば
の
よ
う
に
座
し
い
た
り
と
き
お
り
首
を
傾
け
な
が
ら
吉
野
裕
之
新
妻
の
笑
顔
に
送
ら
れ
て
出
で
く
れ
ば
中
よ
り
鍵
を
掛
け
る
音
す
る
久
松
洋
一
妻
は
夫
を
馬
鹿
だ
と
言
ひ
た
が
る
も
の
で
豆
の
莢
む
き
な
が
ら
煮
な
が
ら
林
和
清
1
回
の
オ
モ
テ
の
妻
の
攻
撃
が
も
う
3
時
間
続
い
て
い
ま
す
田
中
ま
し
ろ
小
さ
き
聖
樹
灯
し
て
子
ら
と
居
る
妻
の
若
く
見
ゆ
れ
ば
痛
む
こ
こ
ろ
あ
り
前
田
透
妻
の
部
屋
を
覗
く
こ
と
な
ど
稀
と
い
へ
ど
ひ
ろ
い
鏡
が
要
る
こ
と
も
あ
る
岡
井
隆
病
む
夫
を
持
つ
女
達
が
寄
り
あ
ひ
て
わ
か
つ
小
蜜
柑
皮
の
薄
し
も
斎
藤
史
ア
パ
ー
ト
の
井
戸
端
会
議
の
内
容
で
そ
れ
ぞ
れ
の
夫
の
品
定
め
す
る
山
田
千
歌
子
ウ
ェ
ブ
の
な
か
夫
に
ひ
ら
け
し
余
暇
は
あ
り
静
か
に
湿
る
千
人
の
夫
川
野
里
子
モードチェンジ
ふるまい(ルールなし)
ふるまい(ルールあり)
文
化
系
の
俺
が
バ
ス
ケ
部
顧
問
に
な
る
ゆ
っ
く
り
と
目
を
覚
ま
せ
、
ガ
リ
バ
ー
千
葉
聡
研
究
者
と
呼
ば
れ
て
一
生
終
え
た
き
に
管
理
者
と
な
る
父
の
栄
転
俵
万
智
ホ
ー
ム
レ
ス
に
な
る
こ
と
だ
け
は
免
れ
て
わ
れ
の
身
体
は
農
に
適
さ
ず
松
木
秀
[A]
夫
の
こ
と
わ
た
し
が
消
え
て
し
ま
っ
て
も
ほ
め
つ
づ
け
て
ね
赤
い
ラ
ジ
オ
雪
舟
え
ま
[B]
[C] [D]
[E][F][J]
[K]
[G][I]
[H]
夫
と
は
一
匹
二
万
の
ク
ワ
ガ
タ
を
手
に
乗
せ
う
っ
と
り
愛
で
る
男
か
石
原
美
紀
「妻
」
-
「
彼
女
」
間
の
モ
ー
ド
チ
ェ
ン
ジ
「夫
」=
「彼
」(
モ
ー
ド
チ
ェ
ン
ジ
な
し
)

なぜ、妻は『なる』ものなのか?