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金明秀(関西学院大
学)
京都府立高等学校人権教育研究会
2015年5月12日(於:京都府学校給食会)
1
 差別について学ぶ/教えることはほんとうに
むずかしい。なにせ矛盾することが多すぎ
る!
 被差別の実態について教えないといけない。
でも慎重に教えないと「私たち普通の人とは
違う特殊な人たちだ」といった差別的な視座
を植え付けてしまったり。
 みんなが同じように自由と平等を享有すべき
と教えると、異質性を抑圧するような同化強
要も正しいのだと誤解させたり。
2
 なぜ差別について学ぶ/教えることがむ
ずかしいのか、その理由を理解する。
 どう教えればよいのかについて、その原
理を理解する。
 まあ、原理がわかったところで、それを
教材として具体化し、授業を実践するの
はやはりむずかしいのですが…
3
 「社会におけるマジョリティ/マイノリ
ティ関係を背景にして生ずる『遠ざけ』
(忌避、排除)および、もしくは『見下
し』(侮蔑、賤視)の意識、態度、表現、
行為、そして、その帰結としての社会的
格差のある生活実態を、社会的差別とい
う」福岡安則「差別」 『現代社会学事
典』(弘文堂)
 上記と同じ意味で、「差異化」と「序列
化」という用語法も。
4
 ある集団に帰属する者を異質だとみなす。そして、
忌避したり、関係を絶ったり、資源を共有するた
めの集団や組織から排除したりする――これが差
異化の論理
 「女は子どもを生み育てる性であり、企業は男の
世界だ。外で働くのは男にまかせて、女は家庭内
で家事や育児をするべきだ。」
 「朝鮮学校に通う生徒は外国人だから、同じ競技
大会に出場するなんておかしい。ましてや、優勝
してウチの県の代表になったからといって応援し
ようという気持ちにならない。」
5
 人が差異化の差別を“フェアでない”と考える
主たる理由は、異質だからというあいまいな
理由で重要な機会から恣意的に排除すること
が、平等(equality)原理を侵害すると感じ
るため。
 つまり、ある集団のメンバーでさえあれば平
等な資源の分配に浴することができるという
状況下で、正当な根拠なく恣意的に選択され
た「差異」によってメンバーシップを剥奪さ
れるようなことがあれば、平等原理の適用の
正当性に疑義が生じる
6
 ある集団に帰属する者を、「われわれより
劣った者だ」とみなす。そして、「あの人た
ちは劣っているのだから不利な扱いを受けて
も仕方がない」と考える――これが序列化の
論理
 「女は論理的思考能力という点でわれわれ男
性に劣る。大事な仕事を任せられず、昇進が
抑えられても仕方がない。」
 「朝鮮人はうそつきでずるがしこい。入居に
あたって、日本人の3倍の保証金を納めても
らうのは当然だ。」
7
 人が序列化の論理を“フェアでない”と考え
る主たる理由は、それによって衡平
(equity)原理が侵害されたと感じるため
 衡平原理とは、「貢献度に応じて成果を分
配することが公正である」とする考え。
 人種や性別など容易には変更しにくい属
性に基づいて、同じ貢献をしても異なる
成果にしかつながらない状況があれば、
それは衡平原理に違反していることに
8
 差別を生み出す論理は2種類ある。
 2種類の論理それぞれが異なる種類の「正し
さ」に反している。
 したがって、差別を生み出す2種類の論理は、
それぞれに対処方法が異なる。
…すでに面倒くさいですね。でも、さらに面倒
くさいことに、これらの論理に対処するには、
それぞれ二正面作戦が必要なのです。
9
 論理的には、「異質だからという理由で恣
意的に排除するな」「同じ社会のメンバー
に多様性が必要」といった抵抗言説
 しかし、多文化主義の価値が認められない
同化主義的な社会では理解を得にくい。
 「仲良くしよう」(同化主義)
「同じ文明の一員」(普遍主義)
「同じ民主主義国の一員」(共和主義)
などの抵抗言説が代替的に動員される。
 マイノリティは「いるのにいない」ことに。
10
 「いったん社会的マイノリティとしてのカテゴ
リーが形成されると、マジョリティの側はそのカ
テゴリーの境界の曖昧さにもカテゴリー内の多様
性にも無頓着に差別を行うものである。同時に、
しばしば、そのような存在者は『いる』のに『い
ない』ことともされがちである。」
 「したがって、社会的差別への対処の方法として
は、ある1つの社会的属性を取り出して一括りに
して差別するなということと、その属性はその個
人の様々な社会的属性の1つとしてあるのだから、
きちんと認識しろという、二正面作戦が欠かせな
いと考えられる。」(いずれも福岡、前掲書)
11
 序列化に抵抗するには、さまざまな搾取、
抑圧、不利益を被る潜在的、顕在的な危
険性を訴える
 しかし、潜在的な不利益はマジョリティ
にはわかりにくい(多数派特権は無徴)
ため、「われわれ」とはちがって、特別
な保護の必要な「弱者」だという誤認へ
12
 容易には変更できない特性にもとづいて
さまざまな搾取、抑圧、不利益を被る潜
在的、顕在的な危険性があると訴えるこ
とはもちろん必要。
 同時に、特別な保護の必要な「弱者」だ
からではなく、多数派側が不当に成果を
独占しているのだと説明することが重要。
13
 差別を生み出す論理が2種類あるが、そ
れぞれに対して二正面作戦が必要、とい
うこと。
 「二正面作戦✕2次元=四正面作戦?
全面戦争じゃないか!」と思われたかも
しれません。
 でも、じつはさらに複雑なのです。差別
の論理は2種類でも、それに対抗するた
めの公正の原理は3種類あるからです。
14
 平等(equality)原理:メンバー全員を平
等に遇するのが正しいという考え方
 衡平(equity)原理: 貢献度に応じて成果
を分配することが正しいという考え方
 承認(recognition)原理:特別な必要に応
じて相応に配慮することが正しいという
考え方
 このそれぞれに二正面作戦が必要です。
複雑なので図示してみましょう。
15
賎視(パシリ)
排除(シカト)
異化(他者化) 同化(見えなくする)
結果の平等
分配の衡平
存在の承認
 縦軸は序列化の論理。横軸は差異化の論理。
 三角形の頂点はそれぞれ差別の典型的な表
出形態。三角形の各辺はすべて差別。
 3つの頂点および3辺から離脱したところ
にしか真の公正は存在しない。
 黄色い矢印は3種類の公正原理に対応する
二正面作戦。隣接する2辺から離脱する戦
略。
17
 「見下し」への対処は、「遠ざけ」にも「同
化」にも陥らないようにしながら、「衡平
equity」をめざす。
 「見下し」の例:「朝鮮人は嘘つきでずるが
しこい。入居にあたって3倍の保証金を納め
てもらうのはあたりまえだ。」
 「遠ざけ」方向への失敗例:「在日は、こん
なふうに差別される弱者なんです。」
 「同化」方向への失敗例:「在日も日本人も、
おなじ人間です。」
18
 「遠ざけ」への対処は、「同化」にも「見下
し」にも陥らないようにしながら、「平等
equality」をめざす。
 「遠ざけ」の例:「女は子どもを産み育てる
性。そもそも男とは違うんだ。」
 「見下し」方向への失敗例:「女性はかわい
そうな存在。やさしくしてあげよう。」
 「同化」方向への失敗例:「女性も男性も、
おなじ人間です。」
19
 「同化」への対処は、「見下し」にも「遠ざ
け」にも陥らないようにしながら、「承認
recognition」をめざす。
 「同化」の例:「障害者も健常者も、みんな
おんなじ。特別あつかいしません。」
 「見下し」方向への失敗例:「障害者はかわ
いそうな人たちだ。保護が必要。」
 「遠ざけ」方向への失敗例:「障害者は、健
常者とは違うので、かれらだけの世界で生き
るほうが本人たちにとっても幸せだろう。」
20
 差別の背後には差異化と序列化という2つの
論理がある。
 差別に対抗するには平等、衡平、承認という
3つの原理がある(それぞれに反する典型的
な差別も3通りある)。
 3つの原理を追求するには、それぞれ二正面
作戦が必要。失敗すれば、差別への抵抗それ
自体が別の種類の差別に転化する。
 3種類の二正面作戦すべてを視座に含むこと
が人権教育の課題。
21

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