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平成 30 年度バイオセラピー学専攻博士前期課程 論文要旨
題目:人と猫との関係に関する行動生理学的研究
-接触インタラクションによる健康効果の発現とそのメカニズム
学籍番号 43717008 氏名
ふりがな
永澤
ながさわ
巧
たくみ
Ⅰ. 序論
人と動物の関係学研究にはこれまでいくつも報告があり、動物が人にもたらす心理、生理、社会的効用が示され
てきた (Beetzetal.,2012) が、それらの研究の多くは犬を対象に行われてきた。猫が人に与える健康効果に関する報
告によると、猫を飼育する人は日常的な健康問題が少なく (Serpell, 1991) 、心血管系疾患患者の生存率が高く
(Qureshietal.,2009) 、猫に対する接触行動は心拍数を下げ (Dinis&Martins,2016) 、ネガティブな気分状態を改善す
る (Myrick, 2015) ことが知られているが、その報告数は犬と比べて圧倒的に少ない。これは、犬とは異なり、自由
気ままと称される猫の気質と行動特性が、実験環境や条件設定、そして種々のサンプリングを困難にしていること
が原因であると考えられる。一方、近年の日本では猫の飼育頭数が犬の飼育頭数を上回ったことが報告され (ペッ
トフード協会, 2018) 、猫と人の関係性は今後より緊密になっていくことが推測される。
人と動物の関係において、「接触」は代表的なアプローチ方法である。マッサージのような接触刺激は心理および
生理的な健康効果 (Liu et al., 2015) 、さらには前頭前野の機能不全が原因の一つとして考えられている発達障碍者
の症状を緩和する (Khilnaniet al.,2003;Escalonaetal.,2001) ことが知られている。さらに、接触刺激はオキシトシン
の分泌を促進する (Uvnäs-Moberg & Petersson, 2005) ことが知られている。オキシトシンは近年非常に注目されて
いる生理活性物質で、免疫機能の向上 (Uvnäs - Moberg & Petersson, 2005) や心臓細胞の修復 (Moghimian et al., 2013)
といった生理的効用や、他者との絆を強化するような向社会性行動の促進 (Taylor, 2011; 菊水, 2018) などの社会的
効用を及ぼすことも明らかになっている。また、オキシトシンは交感神経活動やコルチゾール濃度の上昇などと同
期して上昇することが知られており (Tops et al., 2012) 、いわゆるストレス反応によって分泌される。ストレス反応
は人体に悪影響を及ぼすと考えられてきたが、近年はオキシトシンの分泌促進をはじめとする好影響が生じる場合
もあることが明らかとなってきた (McGonigal,2015) 。犬と人の関係性に関する研究では、このオキシトシンは、視
覚刺激をトリガーとして双方に分泌されることが明らかになっており (Nagasawa et al., 2015) 、犬と飼い主 (人) 双
方にとって、母子関係に類似するといわれる社会的関係 (Palmer & Custance, 2007) の構築と促進に重要な生理活性
物質であると言える。一方、猫と人の関係において、オキシトシンに着目した報告は未だ見られない。しかし、犬
と同様に人との社会的相互作用において重要な役割を担うものであることは十分に推測できる。
そこで本研究は、猫との接触インタラクションにおける、人の心理ならびに前頭前野活動をはじめとした生理学
的影響を定量化することで、猫が人にもたらす健康効果を明らかにすること、さらには人との接触を含む社会的イ
ンタラクションによる猫の行動生理学的影響を明確にするために、猫の自律神経活動や生理活性物質を非侵襲的に
測定し定量化する手法の確立を目指すことで、人と猫のより良い共生関係を考察することとした。
Ⅱ. 方法
Ⅱ-Ⅰ. 実験材料と条件
被験者は、25 名(男 12 人, 女 13 人,21.36±0.56 歳)を対象に行い、供試猫は雑種(雄,2 歳,5.3 kg)1 頭とした。
実験は供試猫の飼育環境下で行われた。本物の猫を触る「実験群」、ぬいぐるみの猫を触る「対照群」を設定し、そ
れぞれ別日に実験を行った。また、猫の生理活性物質測定は、尿サンプルを用いた非侵襲的測定を試みたため、接
触による影響を即時的に測定することが困難であった。そこで、給餌などの生理的要求に関わる世話以外の、遊び
やブラッシングといった人との直接的な接触を含む社会的インタラクションを断った「非接触日」を 3 日間設け、
条件を何も設定しない「通常日」3 日間と比較を行った。さらに、個体差の影響を考慮するために、3 頭の供試猫 (雄
5 歳 6.3 kg, 雌 3 歳 3.2 kg, 雌 9 歳 5.2 kg) を追加し、尿を採取した。
Ⅱ-Ⅱ. 実験手順
実験時間は 10 分間とし、前後に 5 分間の安静時間を設定した。被験者は椅子に座った状態で断続的に猫もしくは
ぬいぐるみに対して接触行動を行い、その間の前頭前野脳血流動態を OEG - 16 にて近赤外線分光法により測定し、
自律神経活動は Polar V800 を用いて心拍変動解析によって非侵襲的に測定した。このとき、人では心拍センサーベ
ルト、猫は電極に使い捨て電極スキンタクト (F - 40, フクダエーエム・イー工業株式会社) を用い Polar V800 の心
拍センサーを胸部に装着して R – R 波間隔を測定記録した。また、それぞれの実験の前、後、30 分後に手首式自動
血圧計にて血圧と心拍数を測定するとともに、流涎法を用いて唾液の採取を行った (表 1) 。唾液サンプルはアッセ
イ直前まで -80 ℃で凍結保存し、ELISA 法にてコルチゾールおよびオキシトシン濃度を測定した。被験者は実験終
了直後に POMS-2 で気分状態を、SD 法で接触刺激に対する印象を回答した (表 1) 。また、実験日とは別日に POMS
- 2 で平常時の気分状態を評価した。
猫の尿中コルチゾールとオキシトシン濃度は人の唾液サンプルと同様の方法で保管し、ELISA 法で測定した。尿
量による濃度への影響を考慮するためにクレアチニン濃度も ELISA 法にて同時に測定し、濃度を補正した。
Ⅲ. 結果
Ⅲ-Ⅰ. 人の心理および生理学的影響
POMS-2 の回答において、被験者は実験群および対照群どちらにおいても、別日に行った対照日の数値と比較し
て、有意にネガティブな気分が減少しており (p < 0.05) 、特に猫を触った実験群において顕著であった。また、SD
法の結果から、本物の猫を触った時の方が、ぬいぐるみの猫を触ったときよりも「暖かく」「親しみやすく」「自然
で」といった項目の数値が有意に高く、より「好き」であると回答していた (p < 0.05) 。
猫やぬいぐるみに対する接触行動は、人の前頭前野を
有意に賦活させ (p < 0.05, 図 1) 、特に下前頭回 (IFG)
領域では対照群と比較して実験群は明らかに賦活して
いた。さらに、実験群においてのみ IFG 領域の賦活化と
PAS - M の数値に負の相関関係が見られた (p < 0.05) 。
収縮期および、拡張期血圧はどちらの群も有意な変動
が見られず、心拍数のみ対照群において実験後に有意な
減少が見られた (p < 0.05) 。自律神経変動においては、
交感神経の指標である LF / HF 比でのみ有意な変動が見
られ (p<0.05) 、対照群において Pre から接触時にかけ
て有意に上昇していた (p < 0.05) 。
被験者の唾液中コルチゾール濃度は、実験群および
対照群ともに群内で有意な変動が見られ (p<0.05) 、接
触後に上昇する傾向を示した (図 2) 。一方、唾液中オ
キシトシン濃度は、群内や群間で有意な差は見られな
かった (図 3) 。しかしながら、実験前から実験後にか
けて濃度が上昇した被験者の数を比べると、対照群で
は被験者 18 人中 8 人 (44%) のみであったのに対し、
実験群では 19 人中 14 人 (74%) と、多い割合だった。
表 1. 実験手順
安静 接触 安静
所要時間 5分 5分 5分 10分 5分 10分 5分 15分 5分
生理学的指標
血圧
唾液採取
(機器装着) 血圧測定 唾液採取 (安静待機)
血圧
唾液採取
心理学的指標
POMS - 2
SD 法
事後アンケート
自律神経(人と猫)
前頭前皮質
図 2. 実験群のコルチゾール
濃度変化
図 3. 実験群のオキシトシン
濃度変化
図 1. 接触時の全 16ch 平均の前頭前野血流動態の経時的変移
-0.1
-0.05
0
0.05
0.1
0.15
前頭前野血流(mmMm)
実験群
対照群
Pre 接触 Post
0
0.05
0.1
0.15
0.2
0.25
0.3
0.35
0.4
0.45
0.5
実験前 実験直後 実験30分後
唾液中コルチゾール濃度(ng/ml)
0
50
100
150
200
250
実験前 実験直後 実験30分後
唾液中オキシトシン濃度(pg/ml)
Ⅲ-Ⅱ. 猫の生理学的影響
猫の自律神経活動は有意な変動がみられ、接触中に交感神経が上昇し (p < 0.05) 、副交感神経は下降した (p <
0.05) 。また、何も条件を設定していない「通常日」ではコルチゾール濃度が 5.2 ± 1.8 (ng / mg・cre) 、オキシトシ
ン濃度は 115.72 ± 55.66 (pg / mg・crp) であったのに対し、人との社会的インタラクションをもたない「非接触日」
ではコルチゾール濃度が 6.31 ± 1.88 (ng / mg・cre)、オキシトシン濃度は 198.83 ± 100.76 (pg / mg・cre) であり、どち
らも有意な上昇が見られた (p < 0.05, 図 4, 図 5) 。
Ⅳ. 考察
本研究の結果から、猫に対する接触行動は人のネガティブな気分を減少させるとともに、ぬいぐるみのような無
機物を触った時と比較してより暖かさを感じるなどの心理的影響が生じることが分かった。また、接触後に IFG 領
域を含む前頭前野の血流が賦活化していることが示され、特に猫を触った際に顕著であった。IFG 領域は非言語コ
ミュニケーションや共感性といった他者との関わりにおいて重要な認知機能を担うことが知られている (Sadato,
2017;Belyketal.,2017;Shamay-Tsoory,2015) 。これらの結果は、接触刺激は人の気分状態を改善し、他者とのコミュ
ニケーション能力を向上させる可能性があることを示唆すると同時に、ぬいぐるみと比べて猫とのインタラクショ
ンは特にその効用が強く現れるものと考えられた。
また、本研究によって、これまで殆ど行われていない猫の自律神経活動を非侵襲的かつ即時的に測定する手法、
さらには、猫の尿中コルチゾール濃度とともに、特にこれまで報告のないオキシトシン濃度を定量化する手法を確
立できた。これらの結果は、今後の猫と人の関係における、猫の行動生理学的研究の発展に大きく寄与する成果と
いえる。そして、人との接触を含む社会的インタラクションが断たれたことでコルチゾールやオキシトシン濃度が
上昇することが明らかとなった。これらの生体反応は、社会的ストレスによって誘発されたと考えられ、他者との
結びつきを求める気持ちが強くなっている状態であるといえる。猫は同種間でアログルーミングを行うことで社会
的な絆を強化していることが知られており (Crowell-Davis et al., 2004) 、人に対しても同様の目的でこれを行うと考
えられている (Bernstain, 2007) 。さらに、猫は人からの接触刺激を受けることで免疫機能を向上させ、疾患にかか
りにくくなるという報告 (Grourkowetal.,2014) もあり、本研究の結果も合わせて考えたとき、人との社会的インタ
ラクションは猫にとって重要なものであるといえる。猫の持つ自由で独立性の高い気質と行動特性は、人との関わ
りに一見すると関心がないように感じられるものの、猫自身はこれを強く要求していることが明らかになった。
本研究では、人の交感神経と唾液中コルチゾールおよびオキシトシン濃度において、接触時に上昇する傾向がみ
られた。これらはいわゆるストレス反応であり、本研究における少々特殊な実験環境による影響である可能性も考
えられる。しかしながら、猫に対する接触行動は、ネガティブな気分や血管の収縮を伴わず、前頭葉の血流量を上
昇させ、さらには多くの被験者でオキシトシンの上昇を促した。これらは良いストレス反応の特徴とも考えられ
(McGonigal, 2015) 、心理、生理、社会的側面に影響を与える可能性も十分に考えられた。これらの結果は、犬と人
の関係において多々報告されているストレス低減作用とは異なっており、猫という動物種が人にもたらす特有の健
康効果である可能性が考えられる。
本研究は、猫と人のインタラクションが、双方の心理、生理、さらには社会的側面に影響を及すこと、特に「接
触」が重要な刺激因子として作用することを示唆し、人と猫のより良い共生関係を考える上で重要な知見をもたら
したといえる。
図 4. 社会的インタラクションの有無による
コルチゾール濃度の比較, *P < 0.05
図 5. 社会的インタラクションの有無による
オキシトシン濃度の比較, **P < 0.01
0
1
2
3
4
5
6
7
8
9
通常日 非接触日
尿中コルチゾール濃度
(ng/mg・cre) *
0
50
100
150
200
250
300
350
通常日 非接触日
尿中オキシトシン濃度
(pg/mg・cre)
**

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人と猫との関係に関する行動生理学的研究-接触インタラクションによる健康効果の発現とそのメカニズム

  • 1. 平成 30 年度バイオセラピー学専攻博士前期課程 論文要旨 題目:人と猫との関係に関する行動生理学的研究 -接触インタラクションによる健康効果の発現とそのメカニズム 学籍番号 43717008 氏名 ふりがな 永澤 ながさわ 巧 たくみ Ⅰ. 序論 人と動物の関係学研究にはこれまでいくつも報告があり、動物が人にもたらす心理、生理、社会的効用が示され てきた (Beetzetal.,2012) が、それらの研究の多くは犬を対象に行われてきた。猫が人に与える健康効果に関する報 告によると、猫を飼育する人は日常的な健康問題が少なく (Serpell, 1991) 、心血管系疾患患者の生存率が高く (Qureshietal.,2009) 、猫に対する接触行動は心拍数を下げ (Dinis&Martins,2016) 、ネガティブな気分状態を改善す る (Myrick, 2015) ことが知られているが、その報告数は犬と比べて圧倒的に少ない。これは、犬とは異なり、自由 気ままと称される猫の気質と行動特性が、実験環境や条件設定、そして種々のサンプリングを困難にしていること が原因であると考えられる。一方、近年の日本では猫の飼育頭数が犬の飼育頭数を上回ったことが報告され (ペッ トフード協会, 2018) 、猫と人の関係性は今後より緊密になっていくことが推測される。 人と動物の関係において、「接触」は代表的なアプローチ方法である。マッサージのような接触刺激は心理および 生理的な健康効果 (Liu et al., 2015) 、さらには前頭前野の機能不全が原因の一つとして考えられている発達障碍者 の症状を緩和する (Khilnaniet al.,2003;Escalonaetal.,2001) ことが知られている。さらに、接触刺激はオキシトシン の分泌を促進する (Uvnäs-Moberg & Petersson, 2005) ことが知られている。オキシトシンは近年非常に注目されて いる生理活性物質で、免疫機能の向上 (Uvnäs - Moberg & Petersson, 2005) や心臓細胞の修復 (Moghimian et al., 2013) といった生理的効用や、他者との絆を強化するような向社会性行動の促進 (Taylor, 2011; 菊水, 2018) などの社会的 効用を及ぼすことも明らかになっている。また、オキシトシンは交感神経活動やコルチゾール濃度の上昇などと同 期して上昇することが知られており (Tops et al., 2012) 、いわゆるストレス反応によって分泌される。ストレス反応 は人体に悪影響を及ぼすと考えられてきたが、近年はオキシトシンの分泌促進をはじめとする好影響が生じる場合 もあることが明らかとなってきた (McGonigal,2015) 。犬と人の関係性に関する研究では、このオキシトシンは、視 覚刺激をトリガーとして双方に分泌されることが明らかになっており (Nagasawa et al., 2015) 、犬と飼い主 (人) 双 方にとって、母子関係に類似するといわれる社会的関係 (Palmer & Custance, 2007) の構築と促進に重要な生理活性 物質であると言える。一方、猫と人の関係において、オキシトシンに着目した報告は未だ見られない。しかし、犬 と同様に人との社会的相互作用において重要な役割を担うものであることは十分に推測できる。 そこで本研究は、猫との接触インタラクションにおける、人の心理ならびに前頭前野活動をはじめとした生理学 的影響を定量化することで、猫が人にもたらす健康効果を明らかにすること、さらには人との接触を含む社会的イ ンタラクションによる猫の行動生理学的影響を明確にするために、猫の自律神経活動や生理活性物質を非侵襲的に 測定し定量化する手法の確立を目指すことで、人と猫のより良い共生関係を考察することとした。 Ⅱ. 方法 Ⅱ-Ⅰ. 実験材料と条件 被験者は、25 名(男 12 人, 女 13 人,21.36±0.56 歳)を対象に行い、供試猫は雑種(雄,2 歳,5.3 kg)1 頭とした。 実験は供試猫の飼育環境下で行われた。本物の猫を触る「実験群」、ぬいぐるみの猫を触る「対照群」を設定し、そ れぞれ別日に実験を行った。また、猫の生理活性物質測定は、尿サンプルを用いた非侵襲的測定を試みたため、接 触による影響を即時的に測定することが困難であった。そこで、給餌などの生理的要求に関わる世話以外の、遊び やブラッシングといった人との直接的な接触を含む社会的インタラクションを断った「非接触日」を 3 日間設け、 条件を何も設定しない「通常日」3 日間と比較を行った。さらに、個体差の影響を考慮するために、3 頭の供試猫 (雄 5 歳 6.3 kg, 雌 3 歳 3.2 kg, 雌 9 歳 5.2 kg) を追加し、尿を採取した。
  • 2. Ⅱ-Ⅱ. 実験手順 実験時間は 10 分間とし、前後に 5 分間の安静時間を設定した。被験者は椅子に座った状態で断続的に猫もしくは ぬいぐるみに対して接触行動を行い、その間の前頭前野脳血流動態を OEG - 16 にて近赤外線分光法により測定し、 自律神経活動は Polar V800 を用いて心拍変動解析によって非侵襲的に測定した。このとき、人では心拍センサーベ ルト、猫は電極に使い捨て電極スキンタクト (F - 40, フクダエーエム・イー工業株式会社) を用い Polar V800 の心 拍センサーを胸部に装着して R – R 波間隔を測定記録した。また、それぞれの実験の前、後、30 分後に手首式自動 血圧計にて血圧と心拍数を測定するとともに、流涎法を用いて唾液の採取を行った (表 1) 。唾液サンプルはアッセ イ直前まで -80 ℃で凍結保存し、ELISA 法にてコルチゾールおよびオキシトシン濃度を測定した。被験者は実験終 了直後に POMS-2 で気分状態を、SD 法で接触刺激に対する印象を回答した (表 1) 。また、実験日とは別日に POMS - 2 で平常時の気分状態を評価した。 猫の尿中コルチゾールとオキシトシン濃度は人の唾液サンプルと同様の方法で保管し、ELISA 法で測定した。尿 量による濃度への影響を考慮するためにクレアチニン濃度も ELISA 法にて同時に測定し、濃度を補正した。 Ⅲ. 結果 Ⅲ-Ⅰ. 人の心理および生理学的影響 POMS-2 の回答において、被験者は実験群および対照群どちらにおいても、別日に行った対照日の数値と比較し て、有意にネガティブな気分が減少しており (p < 0.05) 、特に猫を触った実験群において顕著であった。また、SD 法の結果から、本物の猫を触った時の方が、ぬいぐるみの猫を触ったときよりも「暖かく」「親しみやすく」「自然 で」といった項目の数値が有意に高く、より「好き」であると回答していた (p < 0.05) 。 猫やぬいぐるみに対する接触行動は、人の前頭前野を 有意に賦活させ (p < 0.05, 図 1) 、特に下前頭回 (IFG) 領域では対照群と比較して実験群は明らかに賦活して いた。さらに、実験群においてのみ IFG 領域の賦活化と PAS - M の数値に負の相関関係が見られた (p < 0.05) 。 収縮期および、拡張期血圧はどちらの群も有意な変動 が見られず、心拍数のみ対照群において実験後に有意な 減少が見られた (p < 0.05) 。自律神経変動においては、 交感神経の指標である LF / HF 比でのみ有意な変動が見 られ (p<0.05) 、対照群において Pre から接触時にかけ て有意に上昇していた (p < 0.05) 。 被験者の唾液中コルチゾール濃度は、実験群および 対照群ともに群内で有意な変動が見られ (p<0.05) 、接 触後に上昇する傾向を示した (図 2) 。一方、唾液中オ キシトシン濃度は、群内や群間で有意な差は見られな かった (図 3) 。しかしながら、実験前から実験後にか けて濃度が上昇した被験者の数を比べると、対照群で は被験者 18 人中 8 人 (44%) のみであったのに対し、 実験群では 19 人中 14 人 (74%) と、多い割合だった。 表 1. 実験手順 安静 接触 安静 所要時間 5分 5分 5分 10分 5分 10分 5分 15分 5分 生理学的指標 血圧 唾液採取 (機器装着) 血圧測定 唾液採取 (安静待機) 血圧 唾液採取 心理学的指標 POMS - 2 SD 法 事後アンケート 自律神経(人と猫) 前頭前皮質 図 2. 実験群のコルチゾール 濃度変化 図 3. 実験群のオキシトシン 濃度変化 図 1. 接触時の全 16ch 平均の前頭前野血流動態の経時的変移 -0.1 -0.05 0 0.05 0.1 0.15 前頭前野血流(mmMm) 実験群 対照群 Pre 接触 Post 0 0.05 0.1 0.15 0.2 0.25 0.3 0.35 0.4 0.45 0.5 実験前 実験直後 実験30分後 唾液中コルチゾール濃度(ng/ml) 0 50 100 150 200 250 実験前 実験直後 実験30分後 唾液中オキシトシン濃度(pg/ml)
  • 3. Ⅲ-Ⅱ. 猫の生理学的影響 猫の自律神経活動は有意な変動がみられ、接触中に交感神経が上昇し (p < 0.05) 、副交感神経は下降した (p < 0.05) 。また、何も条件を設定していない「通常日」ではコルチゾール濃度が 5.2 ± 1.8 (ng / mg・cre) 、オキシトシ ン濃度は 115.72 ± 55.66 (pg / mg・crp) であったのに対し、人との社会的インタラクションをもたない「非接触日」 ではコルチゾール濃度が 6.31 ± 1.88 (ng / mg・cre)、オキシトシン濃度は 198.83 ± 100.76 (pg / mg・cre) であり、どち らも有意な上昇が見られた (p < 0.05, 図 4, 図 5) 。 Ⅳ. 考察 本研究の結果から、猫に対する接触行動は人のネガティブな気分を減少させるとともに、ぬいぐるみのような無 機物を触った時と比較してより暖かさを感じるなどの心理的影響が生じることが分かった。また、接触後に IFG 領 域を含む前頭前野の血流が賦活化していることが示され、特に猫を触った際に顕著であった。IFG 領域は非言語コ ミュニケーションや共感性といった他者との関わりにおいて重要な認知機能を担うことが知られている (Sadato, 2017;Belyketal.,2017;Shamay-Tsoory,2015) 。これらの結果は、接触刺激は人の気分状態を改善し、他者とのコミュ ニケーション能力を向上させる可能性があることを示唆すると同時に、ぬいぐるみと比べて猫とのインタラクショ ンは特にその効用が強く現れるものと考えられた。 また、本研究によって、これまで殆ど行われていない猫の自律神経活動を非侵襲的かつ即時的に測定する手法、 さらには、猫の尿中コルチゾール濃度とともに、特にこれまで報告のないオキシトシン濃度を定量化する手法を確 立できた。これらの結果は、今後の猫と人の関係における、猫の行動生理学的研究の発展に大きく寄与する成果と いえる。そして、人との接触を含む社会的インタラクションが断たれたことでコルチゾールやオキシトシン濃度が 上昇することが明らかとなった。これらの生体反応は、社会的ストレスによって誘発されたと考えられ、他者との 結びつきを求める気持ちが強くなっている状態であるといえる。猫は同種間でアログルーミングを行うことで社会 的な絆を強化していることが知られており (Crowell-Davis et al., 2004) 、人に対しても同様の目的でこれを行うと考 えられている (Bernstain, 2007) 。さらに、猫は人からの接触刺激を受けることで免疫機能を向上させ、疾患にかか りにくくなるという報告 (Grourkowetal.,2014) もあり、本研究の結果も合わせて考えたとき、人との社会的インタ ラクションは猫にとって重要なものであるといえる。猫の持つ自由で独立性の高い気質と行動特性は、人との関わ りに一見すると関心がないように感じられるものの、猫自身はこれを強く要求していることが明らかになった。 本研究では、人の交感神経と唾液中コルチゾールおよびオキシトシン濃度において、接触時に上昇する傾向がみ られた。これらはいわゆるストレス反応であり、本研究における少々特殊な実験環境による影響である可能性も考 えられる。しかしながら、猫に対する接触行動は、ネガティブな気分や血管の収縮を伴わず、前頭葉の血流量を上 昇させ、さらには多くの被験者でオキシトシンの上昇を促した。これらは良いストレス反応の特徴とも考えられ (McGonigal, 2015) 、心理、生理、社会的側面に影響を与える可能性も十分に考えられた。これらの結果は、犬と人 の関係において多々報告されているストレス低減作用とは異なっており、猫という動物種が人にもたらす特有の健 康効果である可能性が考えられる。 本研究は、猫と人のインタラクションが、双方の心理、生理、さらには社会的側面に影響を及すこと、特に「接 触」が重要な刺激因子として作用することを示唆し、人と猫のより良い共生関係を考える上で重要な知見をもたら したといえる。 図 4. 社会的インタラクションの有無による コルチゾール濃度の比較, *P < 0.05 図 5. 社会的インタラクションの有無による オキシトシン濃度の比較, **P < 0.01 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 通常日 非接触日 尿中コルチゾール濃度 (ng/mg・cre) * 0 50 100 150 200 250 300 350 通常日 非接触日 尿中オキシトシン濃度 (pg/mg・cre) **