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2009/06/04
『歴史における個人の役割』 第一回
藤田智久
1.古典をどう読むか
・現代との距離がある。歴史的背景を踏まえ、現代との違いと共通点を押さえる。
・論争の書として。マルクス以降、既存の思想を批判する中で研究を深化させてきた系譜。
・実践の書として。単なる哲学や歴史学の研究ではない。研究者は同時に活動家だった。
・現代の諸問題に照らし合わせる。具体的に見てこそ、古典の意義が明らかになる。
2.プレハーノフが活躍した時代―――19 世紀ロシア
・ロシアは封建制が強く、資本主義化は上からの近代化という形で遅れて行われた。
・ロシアの資本家は弱く、ツァーリズムに対する妥協的な側面が強かった。18 世紀フランスとの違い。
帝政と資本家の対立は限定的で、封建的勢力が資本家を利用できた。封建性と資本主義との関係は時代
によって異なり、癒着の形も国によって違ってくる。
・ロシアは十分に資本主義化できないという見地から、農村共同体をもとに社会主義を建設しようと考
えたナロードニキ。アナーキズムの傾向が強い。
・プロレタリアートの増加に伴い、マルクス主義に立脚した運動が力を持つ。ナロードニキからマルク
ス主義者へ転身した人は多い。
・『歴史における個人の役割』はそれらとの論争・対立の中で書かれた。英雄史観への批判。個人の過大
評価はテロをもたらす。
3.通俗的なマルクス主義観への批判
・マルクス主義は「経済決定論」ではない。上部構造は土台に反作用する。
・宿命論でもない。個人を否定するわけでもない。
4.弁証法
・マルクス主義は「西欧的な」「二項対立」を社会に応用したものではない。階級闘争が単純な二者間の
対立だったことなど一度もない。
・矛盾の現実的な現われは複雑。重要なのは、その中から主要な矛盾をつかまえること。
・対立物の統一と揚棄。単なる併存でもなく折衷でもない。
・動的な過程として観察する。
・ある対象だけを取り出すのではなく、全体の関連の中で分析する(個人はまさにそう)。
・「深奥な定義は、表面的な定義を否定するのではなくて、それを補足しながら自身のなかに維持するの
である」(pp.18-19)
・普遍と特殊。個別の中に一般性を見出すべきであって、「個体が一般者のなかに解消する」(p.78)の
は誤り。それだと宿命論になる。
5.唯物論
・主観主義の批判―――行動で失敗をもたらす。
・客観的実在に主観的認識を合わせるという考え方。
・我々の意識も、根本的には経済という基礎によって決まる。存在が意識を規定する。
・即自的・無自覚的な場合でも規定される。対自的・自覚的には規定する法則を利用する。
→「自由とは必然性の自覚である」(p.16)
6.歴史の見方
・生産力の発展が生産関係の枠を超えると、それに応じて上部構造が変化(革命)し、経済という土台
をも変革する。
・歴史の進歩は一直線ではない。同時に、ナポレオンの帝政は旧体制への逆戻りではない。
・個人が支配を行うには階級的基盤が必要である。
・ブルボン家の王はブルジョアジーと貴族の対立の上に封建主義を全国的規模で再編成し、両方の上に
立ちつつも封建的貴族を支持基盤とした。封建的土地所有が必要。
・ナポレオンは大ブルジョアジーや土地を得て保守化した農民を基盤に、旧貴族層の一部と妥協し、徒
党を新貴族化して支持基盤とした。資本主義的所有に基づく市場の拡大という要請。
・ドイツの場合ブルジョアジーが弱体で、封建的支配層がブルジョアとプロレタリアートの対立の上に
乗り、両者を支配する体制が長く続いた。支配層の自己刷新として資本主義的改革を行う。ブルジョア
の利潤から土地所有を通じて利益を得ることもできる。
7.現代の諸問題によせて
・戦国武将の軍事統帥と資本家の経営は根本的に違う。
・運動の現場では適切なリーダーシップを執ることが求められる。
・「新左翼」の危険な行動はマルクス主義から来るのではない。主観的な誤りがもたらす。
8.これからの読書会をどう進めるか(提案)
・毎回この本だけを読む必要は必ずしもないと思われる。現代的な論点を検証していく形が良いのでは
ないか。「論点整理」を使う。
・大学の教養課程で学ぶ政治学と対比しながら読むのも面白いかも。
・成蹊大学や法政大学など(もちろんここ東大も)の現場で起きている事件を読み解くことを念頭に置
いて研究する。

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