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社会的ジレンマ状況において
複数の役割を体験する
カードゲーム教材の効果
福山佑樹 森田裕介
早稲田大学 大学院人間科学研究科 博士課程
早稲田大学 人間科学学術院
研究の概要(1)
研究の目的
社会的ジレンマを個人から解決するのに必要な
「知識」・「信頼」・「道徳意識」の
3つの心理的要因を獲得可能なゲーム教材の開発
これまでに開発したゲーム
環境問題の社会的ジレンマを題材として
(1)個人と集団の2つの役割を体験するゲーム
→「知識」と「信頼」を獲得させる効果
(2)複数の世代の役割を体験するゲーム
→「知識」と「道徳意識」を獲得させる効果
2
研究の概要(2)
今回開発したゲーム
環境問題の社会的ジレンマ状況で
「個人と集団」と「複数の世代」の役割を体験する
実験の結果
「知識」と「道徳意識」が有意に向上
⇒「信頼」と「道徳意識」の向上は両立しない可能性
⇒ 今後、単一のゲームによらない方法を検討する
必要性が示唆された
3
現代社会の問題
地球規模のリスク社会への移行
人々は地球規模のリスクや個人的リスクと
ともに生きることを求められる
⇒かつては社会階級や集団が解決してくれた、
危機やジレンマに人々は自分自身で気づき、
対処していかなければならない
(Beck 1994)
4
現代社会で深刻化したジレンマ=社会的ジレンマ
現代社会の諸問題のほとんどに含まれており,
特に現代になってから深刻化
(山岸 1990)
⇒社会的ジレンマを含む問題は複雑な構造を
持っており、その解決が求められている
5
社会的ジレンマ
本研究では最も代表的な社会的ジレンマ
である環境問題を題材とする
1. 個人が「協力」か「非協力」のいずれかを
選択できる
2. 個人にとって「協力」を選択するよりも
「非協力」を選択する方が短期的に望ましい
結果が得られる
3. 集団の全員が「非協力」を選択した場合の
結果は,全員が「協力」を選択した場合より
も悪くなる
(大沼 2007)
6
社会的ジレンマとは
社会的ジレンマを解決するには…
1. 「協力行動に関する知識」
2. 「協力行動を取ろうとする道徳意識」
3. 「他者も協力するという信頼」
の3つの心理的要因の獲得が必要
(Dawes 1980)
筆者らはこれまでゲームを利用した学習で
これらの獲得を目指してきた
7
ゲームを利用した学習
教育や学習にゲームを利用する試みへの注目
社会的な問題解決のためのゲーム開発・利用を目的とし
た「シリアスゲーム」などの発展(藤本 2011)
ゲームを教育に利用するメリット(藤本 2011)
1. 意欲の向上
2. 効果的な複雑な概念理解や経験学習の実施
3. 効果的な学習改善
4. 体験困難な事項を低コストかつ安全に提供できる
体験困難で意欲の向上が求められる
社会的ジレンマの学習に効果的であると推定
8
これまでの研究
“Connect the World Ⅱ” (福山・中原 2012)
個人と集団の役割を参加者に体験させる
国家と個人の双方の役割の重要性を認識させる
⇒「知識」や「信頼」の獲得に効果
⇒「道徳意識」の獲得には至らなかった
“The irreplaceable Gift” (福山・森田 2013)
複数の世代の役割を参加者に体験させる
問題が未来に影響することを認識させる
⇒「知識」や「道徳意識」の獲得に効果
⇒「信頼」の獲得は行われず
9
先行研究の問題点
「知識」,「信頼」,「道徳意識」のうち
2つしか獲得が行われなかった
→3つの心理的要因全ての獲得が可能である
ゲーム教材を開発する必要性
Research Question
「個人と集団」と「複数世代」の役割を体験する
ゲームは、3つの心理的要因全てを獲得できる
これまでの研究の問題とRQ
10
開発したゲーム“Fragile Eden”
11
環境問題を題材として
“個人と集団“・"複数の世代"の役割を体験するゲーム
先行研究で効果のあったルールを導入し
3つの心理的要因の獲得を目指す
個人と集団の役割
(信頼の獲得)
複数世代の役割
(道徳意識の獲得)
知識・信頼・道徳意識の獲得
• 参加者の目的
1. 個人として幸福な暮らしをおくり、担当する国を発展
させる(幸福度と発展度のポイントで勝利する)
2. 地球を次世代に継承する(ゲームオーバーしない)
• 主なルール
1. ゲームは全部で7ターン行い,「幸福度」と
「発展度」のポイントが一番高い人が勝者
2. 1~4ターンは自分の生活、5~7ターンは子どもの
生活を決定する(カードを選ぶ)
3. 環境負荷ポイントが一定以上になると
環境が破壊されてしまい,そこで終了となる
12
“Fragile Eden”の設定
• 協力行動に該当する「青」「緑」のカード
「幸福度」と「環境負荷」が値が下がる
• 非協力行動に該当する「橙」「赤」
「幸福度」と「環境負荷」の値が上がる
13
ゲームで使用するカード(生活カード)
非協力行動のカード
協力行動のカード非協力行動のカード
• 協力行動に該当するカード
「発展度」と「環境負荷」が値が下がる
• 非協力行動に該当するカード
「発展度」と「環境負荷」の値が上がる
14
ゲームで使用するカード(施策カード)
非協力行動のカード
協力行動のカード非協力行動のカード
フェーズ名 内容
生活フェーズ 「生活カード」を各参加者が選ぶ
施策フェーズ 「施策カード」をペアで選ぶ
交渉フェーズ
相手国の出したカードについて
交渉する
イベント
フェーズ
イベントカードを引く
15
ゲームの進行
 フェーズと活動内容
実施時期
• 2012年11月・2013年5月
被験者
• 大学生20名を公募
手順
1.事前アンケート(10分)
2.ゲームの実施(75分)
3.リフレクション(20分)
4.事後アンケート(事前アンケート+α)(15分)
16
実験について
アンケート評価(選択式)
知識
諏訪ら(2008)の「環境問題に関する知識尺度」5問を使用
(ex.環境問題にどのようなものがあるか知っていますか)
信頼
山岸(2000)の「一般的信頼尺度」5問を使用
(ex.ほとんどの人は基本的に正直である)
道徳意識
和田・久世(1990)の「規範意識尺度」を環境問題向けに
改訂した7問を使用
(ex.環境に配慮する行動は最小限にして,自由な生活を楽しみたい)
17
アンケート評価(自由記述形式)
質問項目
“ゲームの感想を簡単に記述してください”
“ゲーム中で印象に残ったところはどんなところ
ですか?”
→事後調査のみで実施
⇒主に統計結果の解釈(考察)のために使用する
18
対応のあるt検定を実施
• 知識 (t=4.54)と道徳意識(t=3.50)
→1%水準で有意に向上
• 信頼 (t=0.54)
→有意差は確認されず
19
結果
知識 信頼 道徳意識
事前 3.28 3.81 2.74
事後 4.21 3.92 3.12
ゲームは知識と道徳意識を向上させたが、
信頼には効果を及ぼさなかった
先行研究の通り、"世代交代の役割"は、
道徳意識の獲得に効果があった
20
考察(1) 先行研究との比較
【参加者A】
子どもの世代の世界も実際にやってくるんだなということを実感できた.
そして,それは2010年代の続きであり,ツケや反動は必ず回ってくる.
一方、“個人と集団の役割”は、
本ゲームでは信頼の獲得を促さなかった
→信頼に関する発話はほとんど見られなかった
⇒"個人の非協力の長期的影響"を体験することが、
道徳意識の向上に効果を持つ
先行研究で信頼が獲得された要因
• 協調的な集団の役割
→個人レベルの非協力の影響を弱める効果が示唆
21
考察(2) 信頼の獲得に関して
本研究では…
個人レベルの“世代交代の役割”に意識が集まった
→集団の役割はあまり意識されなかった可能性
⇒個人の非協力の影響も参加者に強く残った
【参加者B】
環境負荷ポイントが悪化していく中で,赤(非協力カード)を出す人
がいたことが印象に残った.
道徳意識の獲得には…
“個人の非協力の長期的影響”を認識する必要
22
考察(3) 本研究からの示唆
信頼の獲得には…
社会的ジレンマゲームに必要な
“非協力を“協調体験によって塗り替える"ことが必要
これらは相反する要因であり、
同時に獲得することは難しい可能性がある
“道徳意識”と”信頼”の獲得を両立する
他のゲーム構造がありうるのかの検討
3つの心理的要因を獲得するための、
カリキュラムやワークショップの開発
Ex. 一日かけて2つのゲームを体験するWS
講義形式の授業を含む授業の開発
23
今後の課題
ご清聴ありがとうございました
早稲田大学 大学院人間科学研究科
福山 佑樹(FUKUYAMA Yuki)
fukuyamayuki@gmail.com
Twitter:fumituki85
24

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