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東日本大震災の津波遡上境界線から得られた
岩手県における遡上高の地域特性

GISA学術研究発表Web大会
柳川竜一 岩手大学地域防災研究センター
堺 茂樹 岩手大学工学部社会環境工学科
越野修三 岩手大学地域防災研究センター

2013(平成25)年10月27日PM F-7:防災(4)
地理情報システム学会第22回研究発表大会
背景と目的①

・津波痕跡調査は気象庁や土木学会等が取り纏
めており、岩手県姉吉で最大値40.4mの遡上高
(速報値)を記録
・岩手県は航空写真から津波浸水/遡上地域の調
査を行っており、海岸線全域を対象とした「津
波浸水境界線」を作成
・現地調査は人が踏査可能な場所でしかデータ
を得ることが出来ず、観測値を上回っている地
域の可能性も・・・

現地調査より精度が落ちる可能性を踏まえつつ、
空間的な把握が可能となる津波遡上境界線と標
高値を組み合わせて津波痕跡高を推定し、津波
痕跡の地域特性を空間的に把握する

津波痕跡の現地調査(浸水位・遡上高)
土木学会津波合同調査グループ
背景と目的②
データソース:
○津波遡上境界線(岩手県県土整備部河川課)
津波遡上
境界線

 海水で変色したり、ごみや発砲スチ
ロールの痕跡から境界を判定
 判定不明な箇所は、地図等高線から推
定&補間
 現地での証言も含む

○震災後の標高値(国土地理院基盤地図情報5mメッシュ)
国土地理院基盤地図情報が有する精度(Webページから)
航空レーザ測量

写真測量

対象地域

主に大都市圏を対象

主に都市計画区域のうち線引き区域(市街化区域、市街
化調整区域)を対象として作成

データの概要

地表での経度差・緯度差0.2秒
(約5m)間隔で区切ったメッ
シュ中心点の標高

地表での経度差・緯度差0.2秒(約5m)間隔で区切った
メッシュ中心点の標高、原則として家屋や橋、樹木など
を取り除いた地表面のデータ

水平位置の取
得位置の精度

標準偏差で1.0m以内

標準偏差で1.0m以内

高さの精度

標高点の標準偏差で0.3m以内

標高点の標準偏差で0.7m以内
データの取得方法
津波遡上境界線(紫色線)と標高値(緑~赤色点)
津波遡上境界線から海側(標高が低い方)へ
5mバッファを作成(ピンク色領域)
5mバッファ領域に存在する標高を抽出

 メリット
誤差は最大でも5m以内に収まる
遡上境界線よりも陸側を選択することが無いので、
過大評価を防ぐ
 デメリット
境界線に対する等間隔のデータでは無いので、
データに粗密がある
標高データが少ない&境界線の配置によっては
データ欠損が起こる
三陸海岸の特徴でもある標高が急激に変化する崖
地形では過大・過小評価する可能性がある
本検討では、最大値の推定と地域特性を評価するため問題ないものとした
地域の設定

12市町村および標高
現在の岩手県沿岸は12市町村から形成さ
れ、平地が狭く急峻な地形を多く有する
県北と平地が比較的広く人口が多く集中
している県南に分かれる

24地域海岸
岩手県は3つの指標を用いて同一の津波
外力を設定しうると判断される区間を地
域海岸として設定
・同一の湾で区分
・湾口防波堤が計画されている湾は湾口
防波堤の内外で区分
・海岸線の向きが一様な区間で区分
対象地域は岩手県が設定した
24地域海岸とする
・地図はESRI詳細地図-東北・標高は震災後における国土地理院基盤地図情報5m解像度の標高データ
・24地域分類は岩手県県土整備部が設定した条件に従う
精度評価(岩手県全域)
 土木学会が測定した痕跡高の実測値
と、各地点での半径5mバッファ内に位置する浸水境界標高とを比較
 抽出された比較データは373地点
 浸水境界線の標高と現地測定痕跡高は、現地測定痕跡高の方がやや高い傾向がある→現
地の痕跡高さは地面の値だけではなく樹木や構造物に付着した漂流物を痕跡と認識して
いるため、樹木や構造物の高さの分だけ高くなる傾向がある

 浸水境界線の標高が現地測定痕跡高を上回っている地点は99地点あるが、そのうち差が
1m未満が59地点(59.6%),2m未満が76地点(76.8%),3m未満が87地点(87.9%),4m未満
が94地点(94.9%),5m未満が96地点(97.0%)→現地調査でのデータ取得精度を考慮する
と精度は高い

津波遡上高の定義

現地調査から得られた津波痕跡高と推定値との散布図
精度評価(24地域海岸)
Area
No.
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24

24 地域海岸
洋野~久慈北海岸
久慈湾
南久慈海岸
野田湾
普代海岸
田野畑海岸
岩泉海岸
田老海岸
宮古湾
重茂海岸
山田湾
船越湾
大槌湾
両石湾
釜石湾
唐丹湾
吉浜湾
越喜来湾
綾里湾
大船渡湾外洋
大船渡湾
大野湾
広田湾外洋
広田湾
岩手県全体

地形特徴
多くが急峻地形・断崖で内陸側に集落
湾奥域は平地で湾口は急峻地形・断崖
ほとんどが急峻地形・断崖
集落域は平地だがそれ以外は急峻地形
ほとんどが急峻地形・断崖
ほとんどが急峻地形・断崖
小本以外はほぼ急峻地形・断崖
ほとんどが急峻地形・断崖
湾西~南側は平地で東側は急峻地形・断崖
重茂集落以外は急峻地形・断崖
湾奥域は平地で湾口は急峻地形・断崖
船越・吉里吉里以外は急峻地形・断崖
大槌・鵜住居以外は急峻地形・断崖
ほとんどが急峻地形・断崖
湾奥域は平地で湾口は急峻地形・断崖
ほとんどが急峻地形・断崖
ほとんどが急峻地形・断崖
ほとんどが急峻地形・断崖
ほとんどが急峻地形・断崖
ほとんどが急峻地形・断崖
湾口以外は平地
平地と急峻地形が同程度
ほとんどが急峻地形・断崖
湾奥域は平地で湾口は急峻地形

海岸施設の
設置割合
(海岸線長比)
:%

32.9
67.9
14.9
42.8
14.1
35.7
25.3
21.4
67.9
6.9
58.7
22.9
42.0
11.9
49.6
18.7
16.7
23.7
13.4
16.4
64.0
39.1
21.4
58.6
32.6

・「海岸施設の設置割合(海岸線長比)」は、海岸線長さに対する背後に集落がある港・防潮堤等の海岸施設の長さの割合
・海岸施設の設置割合は20%以下を赤色、50%以上を緑色、中間は黒色
個別地域:Area02:久慈湾
43.1m:
急傾斜地
48.4m
急傾斜地

43.8m
急傾斜地

久慈:
4.5~11.7m程度
 湾奥部(久慈港より陸側の浸水境界線)はいずれも湾口よりも低く、T.P.+4.5m~11.7m
 背後に急傾斜地を有する夏井地区でT.P.+48.4m,小袖海岸でT.P.+43.8m,侍浜町でT.P.+43.1m
遡上高が高い地域:「急峻な崖地形」「太平洋に面している若しくは湾口地域」
・図中の数値はT.P.からの高さ若しくは標高
個別地域:Area08:田老海岸
41.7m
河川・峡谷の遡上

43.8m
河川・峡谷の遡上
田老:
2~18m程度

42.5m
河川・峡谷の遡上

43.6m
河川・峡谷の遡上

21.7m
河川・峡谷の遡上

38.5m
河川・峡谷の遡上
 田老町の防潮堤背後の地域ではT.P.+2m~18m
 河川や峡谷地形では海岸線から内陸の高い位置まで遡上しており、T.P.+40mを越える地域が点在
 海岸保全施設がない松月海岸はT.P.+43.6m,防潮堤を有する宿漁港海岸(女遊戸)はT.P.+21.7m
遡上高が高い地域: 「太平洋に面している地域」「海岸保全施設が未整備の地域」
「扇状地の入口の様な断面形状を有する地域」
・図中の数値はT.P.からの高さ若しくは標高
個別地域:Area10:重茂海岸

41.9m
河川・山間での遡上

音部地区
3~26m程度

里地区
1~26m程度

49.9m
河川・山間での遡上
 人口が多い音部・里地区ではいず
れも最大でT.P.+26m程度まで上昇
 重茂半島南西端で遡上痕が高く、
宮古市重茂第9地割(姉吉漁港)
でT.P.+49.9m,宮古市重茂第11地割
(千鶏漁港海岸)でT.P.+41.9m
 T.P.+30mより高い地域は太平洋岸
に面した崖地に点在

遡上高が高い地域:「太平洋に面している地域」「扇状地の入口の様な断面形状
を有する地域」「海岸保全施設が未整備」
・図中の数値はT.P.からの高さ若しくは標高
津波痕跡高の比較(現地測定と推定値)

地理的な条件
で調査が困難

飛沫を境界線と
判定した可能性

土木学会が取り纏め
た値よりも高くなる
地域が多い可能性
処理の途中で発生
した様々な誤差

現地での調査漏れ

過大評価の可能性がある急傾斜地背後の遡
上高以外に、観測値が豊富で誤差が小さい
と考えられる内陸域への遡上最大値を抽出
津波遡上高の比較
青:土木学会調査(20121229)赤:遡上境界線での標高
様々な誤差:投影誤差・抽出データ誤差・人為的誤差・標高値誤差・現地GPS測定誤差
内陸域遡上最大値調査(久慈湾・田老海岸・重茂海岸)

地域最大値

内陸域遡上最大値
推定された遡上最大値と最頻値
Area
No.

24 地域海岸

バッファ内
データ数

1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24

洋野~久慈北海岸
久慈湾
南久慈海岸
野田湾
普代海岸
田野畑海岸
岩泉海岸
田老海岸
宮古湾
重茂海岸
山田湾
船越湾
大槌湾
両石湾
釜石湾
唐丹湾
吉浜湾
越喜来湾
綾里湾
大船渡湾外洋
大船渡湾
大野湾
広田湾外洋
広田湾

7,684
5,350
1,557
5,406
6,350
5,172
6,399
11,697
10,536
11,845
8,534
9,091
11,563
6,247
6,307
7,284
5,331
6,520
2,822
5,159
9,730
5,754
1,513
15,688

地域
最大値
39.2
48.4
43.0
36.2
45.6
32.6
48.5
43.8
36.2
49.9
36.5
49.8
36.2
41.7
34.5
42.7
45.0
45.2
44.1
39.5
26.8
27.2
34.8
27.0

標高:T.P.+m
内陸域遡
最頻値
上最大値
7-8
32.5
4-5
31.7
11-12
43.0
6-7
36.2
12-13
30.8
15-16
28.4
8-9
37.4
7-8
43.8
3-4
30.2
10-11
49.9
5-6
20.4
13-14
49.8
7-8
25.2
10-11
29.2
4-5
22.4
13-14
25.3
6-7
23.8
13-14
25.9
7-8
23.2
8-9
33.1
6-7
18.0
10-11
22.3
10-11
20.7
9-10
23.3
まとめ

 航空写真より判定した津波浸水境界線を利用して、津波痕跡の地域特性を空間
的に把握した。
 遡上高さが高い地域・場所の特徴として以下の条件が挙げられた。
・急峻な崖地形
・太平洋に面している若しくは湾口地域
・海岸保全施設が未整備
・断面形状が急に狭くなり勾配が急で遡上が容易な小河川・道路等がある地域
 岩手県地域で最も高かったのは太平洋に面し海岸保全施設が未整備の重茂海岸
(T.P.+49.9m)と推定。また、土木学会が取り纏めた値よりも高くなる地域が
多い可能性が示唆。
 過大評価の可能性がある急傾斜地背後の遡上高以外に、観測値が豊富で誤差が
小さいと考えられる内陸域への遡上高を抽出したところ、南久慈海岸・田老海
岸・重茂海岸・船越海岸はいずれもT.P.+40mを越えている可能性が改めて浮き
彫りとなった。

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