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Vol.71February 2011
多極化時代のグループ経営の再構築
(株)ローランド・ベルガー
プリンシパル 人見 健
なぜグループ一体経営が改めて必要か
本稿において、グループ経営とは、グループ本社(親会社)が
中心となり、グループ価値の最大化を目的として企業グループを
全体最適的志向によりマネジメントする仕組みのことを意味す
る。日本のグループ経営は、2000年3月期からの実質支配力基
準に基づく連結財務諸表の本格導入以降、会社法、組織再編
税制及び内部統制報告制度等、各種制度の施行及び改正の後
押しを受けて普及してきたと言われている。
しかし、近年の日本企業のグループ経営の取り組みの中に
は、組織形態やインフラ整備面の議論に終始しているもの、単体
中心の事業運営の発想から脱却できていないものや「全体最適
なき分権化の弊害」も指摘されている。今、改めてグループ全体
最適と事業の個別最適のバランスを見直す時ではないだろうか。
さらに、2008年の金融危機以降、日本を含む先進国市場の需要
が伸び悩み、新興国市場の拡大に活路を求める日本企業にとっ
て、国内事業の競争基盤の強化と海外事業の成長を両立できる
グローバルレベルでのグループ経営力を確立することは急務と
なっている。国内・海外事業の最適化を両立させるためには、国
内対海外、または、親会社対子会社の発想ではなく、グローバル
のグループ全体最適的な視点での経営資源の一体管理と有効
活用の巧拙が、成否を分けることになる。グループ一体での経営
資源管理が求められる背景としては、①事業ポートフォリオの最
適化、②国際分業化の進展、③リスク管理及び④市場・人材の
多様化等に対応するためのスピード経営徹底の要請等が考えら
れる(図1)
日本的グループ経営の問題点
グループ経営のあるべき姿は、外部環境に応じて変化してい
くものである。多極化に対応したグループ経営を構築するにあた
り、認識・改善すべき主な問題点は以下のとおりである。
①全体最適志向の不足
日本企業は、1990年代半ばより約15年間、個別事業の競争
力強化のため、事業への権限委譲を進めてきた。しかし、経済
のグローバル化の流れの中で、裁量権の高まった事業部門ごと
に海外進出を進めた結果、同一域内での事業間の連携不足、
グループ本社への海外リスク情報の伝達の遅れ、グループ本
社の事業投資チェック能力不足などの弊害も生じた。例えば、
メーカーA社は、海外売上比率を高める過程で、カンパニー制を
導入し、カンパニートップへ付与する投資予算枠を拡大した。し
かし、グループ本社側で設定した事業投資管理基準が適切に
運用されず、さらに、カンパニーも海外子会社管理に不慣れで
あったため、決算期末直前になって本社が把握していない海外
事業損失が報告されるという事態を招いた。また、事業の多角
化が進む企業の中には事業ポートフォリオ選択の議論が、事業
部門に対する配慮から、本社経営企画部止まりとなっており、ダ
イナミックな選択と集中を実行しにくい場合もある。例えば、メー
カーB社では、国内の非効率な物流チャンネルなど、長年、事業
収益低迷の要因となってきた課題は聖域としたまま、活路を求
めて海外進出を検討していた。また、メーカーC社では、事務処
理の正確性が要求される企業文化と自前の業務プロセスへの
過信から、本社スタッフの肥大化と情報システムのレガシー化を
助長してしまった。これら弊害は、何れもグループ内において、成
長戦略の方向性の共有不足、オペレーション最適化のプランの
不在など、グループ全体最適の志向が不足していることに起因
する。
② 暗黙知によるマネジメント
日本企業は多くの研究において、欧米企業と比較して、「暗黙
知」(組織内において、皆が明示的に表現せずとも暗黙のうちに
共有している知識、情報及び価値観)によるマネジメントが主体
であると言われている。これは同質性の高い文化の中で培われ
てきた行動様式であるが、ルール(共通言語)の明示化が当然
本格的な多極化経営の時代が到来した。日本企業が世界の競合と伍して戦うためには、グローバルの全体
最適な視点から経営資源を一体管理し、ダイナミックな事業ポートフォリオ最適化とイノベーションを創出
できるグループ経営モデルへの再構築が必須となる。しかし、選択と集中の実行はトップの力量による所が
大きい。多極化経営のためには「形式知によるマネジメント」が必要だが、多様性の受容、自前・完璧主義
からの脱皮などの意識改革も課題である。
図1 グループ一体経営が必要な背景
国際分業化の進展 リスク管理
市場・人材の多様化
•関税障壁の撤廃
•法人税制
•IFRS(国際財務報告基準)等
•海外事業の適切なリスクマネ
ジメント体制の確立
‒海外事業のリスク情報のタイ
ムリーな収集と対応策の実施
各種制度変更
事業ポートフォリオ最適化
•多様性を利用したグローバル・イノベー
ション創出のための経営資源の把握
‒グローバル人的資源の管理
‒消費者ニーズ等のソフト情報や地域毎
のマーケティングノウハウの他市場製
品開発への活用
•グローバル最適調達、研究開
発、生産、販売、マーケティング
体制の構築
‒地理的に離れた機能・業務プロ
セスのグローバル一括管理と
最適化
経営資源の
一元管理による
スピード経営
の徹底
•国内事業の効率化による基盤強化
‒継続事業の効率化と不採算事業の撤退
•海外成長事業への資源投入
の異文化環境において、非明示的・非公式的なコミュニケーショ
ンスタイルに慣れた現地法人の日本人幹部と現地従業員との間
の心理的摩擦など、暗黙知によるマネジメントが弊害となることが
ある。
グループ全体最適経営モデルの構築の前提条件
それでは、多極化に対応した日本企業のグループ経営のあるべ
き姿はどのようなものだろうか。まず、グループ経営の再構築にあ
たっては、グループ本社主導によりグループ構成員が明文化された
グループビジョン(経営理念)を共有した上で、経営情報の見える化
を進め、グループ全体最適の視点からグローバルの効率性とローカ
ルへの適応性のバランスとイノベーションを達成できる組織体制及
び経営の仕組み作りが肝要となる。
① グループビジョン(経営理念)の共有∼形式知によるマネジメントの
出発点
多極化の進行過程において、各国別の顧客の志向、業界動向、
規制など異なる市場環境に柔軟に対応していくため進出国拠点に
おいて現地人材の登用が進む。こうした多様性・複雑性に富む市場
環境に対応するため、日本企業は組織内部においても、従来の暗黙
知をベースとしたグループ経営のスタイルから脱却し、明文化された
価値観と組織運営ルールを共有しなければならない。
形式知をベースとした経営再構築の出発点として、グループビ
ジョンのグループ内での伝承が必須である。グループビジョンとは、
企業グループで重視する価値観、事業ドメイン及び長期的に目指す
べき方向性について定めたものである。YKKでは、「失敗しても成功
せよ。信じて任せる」等のコアバリューについて、トップ自ら定期的に
海外拠点を回り伝承活動にコミットしている。
② グローバル効率性・ローカル適応性のバラ
ンスとグローバル・イノベーションの達成
グローバル企業は、グローバルでの効率
性追求(全体最適)とローカル市場への適応
(個別最適)という命題を同時に達成し、グ
ループ価値を最大化することを戦略目標とし
ている。効率性追求のためには、経営情報
の見える化を進めた上で、業務プロセスや
経営管理ルールなどの標準化、ローカルへ
の適応のためには、現地マネジメントへの権
限委譲や人材のダイバーシティ化などが必
要である。 
さらに、最も重要なのはイノベーションの
創出であり、これを世界中に普及させる組織
の学習能力が企業の競争優位を維持する
鍵となる。グローバル・イノベーションを起こすには、自国での競争優
位性のみに依存するのではなく、世界各国で蓄積した経営のナレッ
ジ(知識、情報)を活用するという自国至上主義・自前主義を脱却し
た発想が必要である。グループ全体最適経営を推進していくと、グ
ループ本社の「本社・自国至上主義」的な考え方の助長や、事業部
門の自主性やモチベーションの低下を招くことがある。このような組
織のモラル低下を防ぐ策としても、イノベーションの継続は非常に有
効である。グローバル・イノベーションを推進している多国籍企業、特
に日本発の製品開発やマーケティングのノウハウが他国の製品開発
に活かされている例として、コカコーラやP&Gが有名である。新興国
や他国でのマーケティング経験で培った知識・情報やベストプラク
ティスを相互に新製品開発にフィードバックするという「海外発日本」
または「海外発海外」のグローバル・イノベーションの取り組みは、
国内事業の優位性低下に悩む日本企業にとって、新たな成長エン
ジンを獲得することになる。
グループ全体最適経営モデルのフレームワーク
前項の前提条件を踏まえ、多極化に対応した日本企業の
グループ経営モデルのあるべき姿とモデル再構築のアプローチは
以下のとおりである。
① 経営モデルのフレームワーク
多極化に対応したグループ全体最適経営モデルは、グループ
経営ビジョン及び戦略・経営目標のグループ内での浸透を前提とし
て、全体最適機能を果たすグループ本社、個別事業の最適化を目
指しつつ、グループシナジーの創出に協力するグループ各社及び形
式知によるマネジメントを前提としてグループ経営活動を支援する
グループインフラから構成される(図3)。
次に、グループ全体最適経営の準備度(Readiness)についての主
なチェックポイントを表1に示す。
表1 グループ全体最適経営の準備度に関する主なチェックポイント
① グループ経営ビジョン
●グループ経営ビジョンが明文化されており、複数言語に翻訳さ
れ冊子、イントラネットないしは映像により全従業員に配布され
ているとともに、研修機会が提供されている。
②グループ戦略・経営目標
●グループの中長期成長戦略・経営目標が立案され、グループ内
外に一貫した内容で発信されている。
グループビジョン・戦略
図3 グループ全体最適経営モデルのフレームワーク
・ ・ ・ ・ ・
グループ本社:全体最適の推進
グループ各社:部分最適の推進と全体最適の支援
グループシナジー
の創出
グループ共通
インフラの整備
グループリスク管理
グループビジョン・
戦略の浸透
グループ経営
資源配分の最適化
グループ経営情報・
ルールの見える化
グローバル化
した本社
イノベーション
を支援
現地化した
マネジメント
効率化、
イノベーション
の推進と
ローカル
適応を支援
形式知化、
効率化と
イノベーション
を支援
インフラストラクチャー
•グループ統一
ルール
•権限責任体系
•経営管理
•人的資源管理
•IT
•グループ共通
機能・サービス
•共有ナレッジ
図2 効率性、適応性、イノベーションの達成
効率性
イノベーション 適応性
1
3 2 3
2
1
グループ
企業価値
最大化
グループビジョン、戦略、経営情報、ルール、
経営資源(含む情報資源)の形式知化
グローバル・イノベーション【全体最適】
•ナレッジの相互活用の推進
‒ローカル顧客ニーズやノウハウ情
報の収集
‒情報の本社蓄積、融合と海外拠点
間移転
ローカル適応性【個別最適】
•分権化の推進
 ‒マネジメントの現地化と権限委譲
グローバル効率性【全体最適】
•標準化・共通化・集権化の推進
 ‒経営情報の見える化
 ‒グループ共通制度・ルールの整備
 ‒グループ共通インフラの整備
③ グループ本社(トップ、役員、本社機能及びグループ共通機能)
●経営トップが、グループ経営ビジョン及び戦略のグループ内
への浸透、グループ経営資源配分の最適化(含む事業ポート
フォリオの最適化)、グローバル・イノベーション、オペレーショ
ンの効率化やベストプラクティスの共有等、グループシナジー
を創出する仕組み作り等、全体最適経営にコミットしている 
●本社役員が、グループ全体最適の視点を持ち単体のみならず
グループの担当業務を推進することについてコミットしている
●本社役員に、グローバル経営に精通した人材を登用している。
●海外事業の情報について、タイムリーに本社経営陣に報告
し、改善策を講じる仕組みがある。
●グループ本社が、グループ経営資源配分の最適化、グルー
プシナジーの創出支援、新規事業創出及びグループリスク
管理を推進する機能を有している。
●グループ本社機能の内、今後、集権化すべき機能と事業部
門・海外拠点に分権化すべき機能の分類が明確である。
●グループ機能(例:サプライチェーン、研究開発、マーケティ
ング、経理、資金管理)の内、今後、グローバルで統合すべき
機能と分散すべき機能の範囲が明確である。
④ グループ会社
●各社のトップが、自社のグループ内でのミッションについて理
解している。
●各社のトップが、グローバル・イノベーションなど、グループシ
ナジーを創出する仕組みを支援することにコミットしている。
●海外拠点においても、PDCAサイクルが導入されている。
●海外拠点のマネジメントの現地化が進んでいる。
⑤ グループ経営のインフラ(制度面)
●グループ統一の経営管理ルール及びマニュアルが整備され
ている。
●グループ全体のガバナンス、リスクマネジメント及びコンプライ
アンス体制が構築されている。
●グループ本社とグループ各社の権限・責任体系が明確である。
●グループ企業の業績管理及び評価制度が整備されている。 
●グループ企業の中期計画、予算、四半期レビュー及び月次報
告の仕組みが整備されている。
●グループ会社内部監査制度等、グループ各社のモニタリング
とリスク評価の仕組みが整備されている。
●グローバルの人材のたな卸し(幹部レベル以上)ができてお
り、人事情報の蓄積がある。
●グローバル人材のコンピテンシーモデル(あるべき行動特性
や価値観)が明確に定義されている。
●グローバル人材の人事制度(採用、研修、評価及びローテー
ション)が整備されている。
●グループの機能担当別(例:サプライチェーン、研究開発、
財務経理、人事、内部監査)公式・非公式の人的ネットワーク
が形成されており、情報・ノウハウの共有の仕組みがある。
⑥ グループ経営のインフラ(ハード面)
●グローバルの製品別、ビジネスユニット別及び地域別の月次連
結損益やKPI(Key Performance Indicator:主要業績指標)
の情報等、制管一致の損益管理システムが構築され、経営情
報の見える化が進んでいる。
●グローバルでの社内イントラネットや従業員向け社内報など、
社内コミュニケーションチャンネルが充実している。
●グローバルの販売管理、生産管理、物流、人事管理データベー
ス、研究開発データベース、キャッシュマネジメントシステム、
シェアードサービスセンターが構築されている。
●海外市場のニーズ、競合企業、規制、技術などのデータベース
が構築されている。
●北米、欧州、中東欧、東南アジア、中国などの地域統括会社が
設立され、域内事業の統括機能を有している。 
②モデル再構築のアプローチ
グループ経営モデルを多極化に対応して再構築するにあたっ
ては、従来、企業の自律的成長を前提とし、マルチナショナルな事
業展開の発展形として、グローバル経営インフラを整備・構築しい
くのが最も日本的なやり方であった。しかし、最近では、スピード経
営に対応したグループ本社の組織改革や社内の意識改革を企図
して、クロスボーダーのM&A・アライアンスの機会を利用して経営
モデルを再構築する企業、今後の多極化に備え、予め組織改革や
人材・インフラの先行投資をする企業も徐々に増加していることは
大変興味深い。 
■M&A活用型:M&Aの活用によるグローバル経営モデルの導入
 日産自動車(ルノー、括弧内は買収または提携先)、日本板硝子
(ピルキントン)、野村ホールディングス(リーマン)、日本たばこ
産業(RJRインターナショナル、ガラハー)など
■先行布石型: グローバル経営を見据えた組織改革と人材・イ
ンフラの先行投資
  楽天、ファーストリテーリング、スミダコーポレーションなど
■マルチナショナル進化型: 多国籍事業展開から進化してグ
ローバル経営インフラを構築
  YKK、トヨタ、ホンダ、パナソニック、キヤノン、コマツ、資生堂など
日本企業のグループ全体最適経営への取り組み事例
本項では、前項でマルチナショナル進化型に分類されたパ
ナソニック及び資生堂のグループ全体最適構築の取り組みについて
紹介したい。何れの事例においても、グローバル展開の加速化と同
時期に国内事業の構造改革を進め、経営資源の再配分を実施して
いる。また、聖域を設けず改革を進めているが、改革の実行にはトッ
プの強力なリーダーシップが不可欠である。グローバル・イノベーショ
ンの取り組みについては、もの作りの面に留まらず、マーケティング等、
ノウハウ面でも新興国から学ぶ取り組みが始まっている。
① パナソニック
■ 経営構造改革: 中村邦夫前社長の在任時(2000年6月∼
2006年6月)に実施された、グループ経営構造改革において、
事業が至るところで重複しており、経営資源が有効活用され
ていないことが問題とされた。パナソニック(旧松下電器産業)
は、「聖域なき改革」を目指して、重複事業の整理・統合を中心
とする経営構造改革を進め、経営資源を集中的に管理できる
組織体制を構築した。さらに、後任の大坪社長のもとで、2012
年1月を目途に16の事業ドメインを3事業分野・9ドメインに再編
することを公表している(出所:「Transformation プロジェク
トの推進について」2010年10月29日)が、このドメイン再編の背
景には、韓国や中国メーカーへ対抗するために、経営のスピー
ドアップと事業の一体化による総合力強化が必要と判断して
いるためである。
■ グローバル・イノベーション: 大坪社長は、「2010年経営方針」
の中で、目指すべきグループ経営の姿として、①グローバルネッ
トワーク経営、②個客接点No.1経営、③シナジー創出経営を
標榜しているが、これは正にグローバル効率性、ローカル適応
性とイノベーションの達成を目指すものである。グローバル・イ
●お問い合わせ先
株式会社ローランド・ベルガー
広報担当:山下
〒107-6023 東京都港区赤坂1-12-32 アーク森ビル23階
電話03-3587-6660(代表) ファックス03-3587-6670 e-mail strategy@jp.rolandberger.com  URL http://www.rolandberger.co.jp
ノベーションへの取り組み事例としては、グローバルでの消費
者マーケティング活動の一元化が特徴的である。具体的に
は、コンシューマーマーケティング機能のグローバル一元化や、
インドやブラジルなどの新興国に現地生活研究拠点を設立し
て顧客ニーズをマーケティング活動に反映するとともに、グロー
バルコンシューマーリサーチセンターが、日本のナレッジやリ
ソースと結びつけることで、ローカル最適化とグローバル効率
化のバランスを見極めた商品開発に取り組んでいる。
■ 経営理念の浸透活動: 創業者が掲げた「公明正大」「和親
一致」「感謝報恩」など7つの精神をまとめた冊子を15以上の
言語に翻訳し、2008年から全従業員に配布している。 
② 資生堂
■経営構造改革: 前田社長は、2005年の就任時以降、就任前
から実施されてきたグローバルプレーヤーとして生まれ変わる
ための経営構造改革を継続し、マーケティング改革、販売員の
ノルマ廃止などの営業改革、ブランドの統廃合による重点ブ
ランドへの資源集中、グローバル生産体制の再構築やコーポ
レートガバナンス改革などを実施した。
■グローバル・イノベーション: 中国リサーチセンターにおける中
国向けの専用ブランド製品の開発過程で獲得した中国消費
者の肌の研究や嗜好性、漢方などの中国独特の技術などの
研究成果の情報を活かした、日本でのスキンケアブランドの開
発などがその実例である。
■経営理念の浸透活動: これは経営理念とは異なるが、アジ
アを代表するグローバルプレーヤーとして欧米企業との差別
化を図るため、「おもてなし」の精神に基づくサービス文化の普
及を重視している。資生堂は、日本の店舗運営モデルを中国に
持ち込み成功を収めているが、販売員への「おもてなし」の精
神の指導にあたっては、「SHISEIDO BC OMOTENASHI
CREDO」を各国の美容部員に配布するとともに、現地へ美容
部員を派遣し、展示販売や実演などの接客方法を現地従業
員に対して直接指導している。 
終わりに∼意識改革の課題
これまで日本企業のグループ経営の再構築について、あるべ
きモデルと取り組み事例について紹介してきた。最も必要なのは
人材のグローバル化であるが、これは浸透するまでは時間の経
過を待たなければならない。今後、日本企業がグループ全体最適
経営を実現していくためには、従来の価値観を変える「グローバ
ル化をトリガーとした意識改革」が最後の乗り越えるべき課題で
ある。これは私見ではあるが、具体的には、①多様性を認めるこ
と、②自前主義・完璧主義へのこだわりを捨てること、③リスク許
容度を高めることが必要である。これら課題の克服には、日本企
業が長年培ってきた企業文化の変革を伴いその実行は容易で
はない。しかし、グローバル競争環境においては、日本企業が生
き残っていくためにはいよいよこの意識改革に取り組まなければ
ならない時が来ているように思う。日本企業がグローバルリテラ
シーを高め、「自社らしい」グループ経営モデルを早期に構築する
ことを切に願うばかりである。  
                     以 上
主要参考文献:
「松下電器の経営改革」伊丹 敬之、田中 一弘、加藤 俊彦、
中野 誠(2009年、有斐閣)
「メタナショナル経営論から見た日本企業の課題:グローバル
R&Dマネジメントを中心に」浅川 和宏(2006年4月、独立法人経
済産業研究所、ディスカッションペーパー) 
パナソニック、資生堂 会社ウェブサイト
Vol.71 February
東京大学法学部を卒業後、米国系戦略コンサルティング
ファームを経て、ローランド・ベルガーに参画。流通・小
売、アパレル、飲料、ラグジュアリーブランド、鉄道・航空、
自動車、商社、金融、不動産業界などを中心に幅広いクラ
イアントにおいて、成長戦略、企業ブランド構築戦略、ポートフォリオマネジ
メント、BPR、ストラテジックソーシング(直接材、間接材のコスト削減)など
のプロジェクト経験を豊富に持つ。消費財・流通グループのメンバー。
慶応義塾大学経済学部卒業後、東京三菱銀行(現三菱
東京UFJ銀行)、日系コンサルティング・ファームを経て現
職。テンプル大学ジャパンMBA、米国公認会計士(ワシ
ントン州)、社団法人日本証券アナリスト協会検定会員。
食品、卸売、小売、鉄道、物流、機械、金融など幅広い業
種の国内の大手企業に対し事業戦略・M&A戦略立案、PMI(ポストM&Aの
統合)、グループ経営、組織再編、ガバナンス改革、事業再生、財務戦略など
の豊富なプロジェクト経験を有する。単なる概念の提供に留まらず、戦略の
実行にフォーカスしたコンサルティングを心がけている。
プリンシパル
中野 大亮 Daisuke Nakano
daisuke_nakano@jp.rolandberger.com
プリンシパル
人見 健 Takeshi Hitomi
takeshi_hitomi@jp.rolandberger.com
発行人プロフィールと“ひとりごと” 執筆者
日本企業の大きな課題の一つとして、「チャンスに対して、思い切った意思決定ができない」ということが挙げられるでしょう。新興国へ
の参入しかり、新規事業しかりです。国内市場が大きくシュリンクしてもはや食べていけない、という状態であれば分かりやすいのですが、国
内市場は狡猾にも、企業の危機感を一気には加速させずにじわりじわりとその実態を弱めようとし、「企業が思い切って行動する力」を奪って
いきます。しかし、十年後、二十年後を想像したとき、いまここで意思決定をしなかったときの「ホラーストーリー」は他人事ではないかもしれ
ません。グローバル化時代のグループ経営において、十年後の自社を見据えた意思決定は、今何よりも求められていると思います。

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