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序章 壮語とは
壮語(チワン語)とは、中国の南方、広西壮族自治区を中心に居住している壮族という
民族の言語です。壮族は人口 1500 万ともいわれる、中国最大の少数民族です。
みなさんの中には「壮語なんて見たことも聞いたこともない」という方が多いと思いま
す。しかし、「聞いた」ことはなくても、「見た」ことがある方は実は 意外と多いは
ずなのです。近年中国を旅行する日本人の数は増え続けていますが、中国に行けば必ず
手にとる人民元に、壮語が印刷されているのです。
いま、手元に人民元がある方は裏を見てみてください。
ピンインで表記された漢語のほかに、4種類の文字が印刷されているでしょう? これ
らはそれぞれモンゴル語、チベット語、ウイグル語、そして「 Cunghgoz Yinzminz
Yinzhangz」とローマ字で表記されているのが壮語なのです。
このローマ字綴りをよく見ればわかる通り、これは「中国人民銀行」をそのまま音で表
したものです。このように、現代壮語には漢語からの借用語が非常に多 いので、我々
日本人にとっては語彙の習得が比較的容易であるといえそうです。またローマ字で表記
されているために、他の少数民族の言語のように見慣れない 文字をひとつひとつ習う
必要もありません。
このような特性があるにもかかわらず、現在日本で壮語の教材を入手することは極めて
困難です。先ほど列挙したモンゴル語・チベット語・ウイグル語は、す でに日本語で
書かれた文法書・会話練習帳・単語集などが「大学書林」「白水社」といった大手出版
社から出ていますが、壮語に関しては、私の知る限り日本語 で書かれた一般向けの教
材は存在しません。
そこで今回、中国で発行された教材を参考に、壮語の基礎を解説してみたいと思います
私自身、学習を開始したばかりなので勘違いや誤訳があるかもしれませんが、そこは専
門の先生方の指導を仰ぎつつ、徐々に改善していきたいと思います。




目次
第七章 声調(2)
序章 壮語とは
                            …塞音の声調
                            第八章 統語論(1)
第一章 文字表記
                            …等位文・平叙文・否定文・疑問文
第二章 母音の発音(1)                第九章 統語論(2)
…短母音                        …命令文・合文
第三章 母音の発音(2)                第十章 統語論(3)
…開音節と鼻音の複母音                 …複文・使役・受身・比較
第四章 母音の発音(3)                第十一章 語の構造(1)
…塞音の複母音                     …名詞・代名詞・数詞・量詞
                            第十二章 語の構造(2)
第五章 子音の発音
                            …動詞・助動詞・形容詞
                            第十三章 語の構造(3)
第六章 声調(1)
                            …副詞・前置詞・接続詞・語気詞

參考文獻:
張元生 覃曉航 編著《現代壯漢語比較語法》中央民族學院出版社,1993
覃國生 梁庭望 韋星朗 著《民族知識叢書 壯族》民族出版社,1984
廣西壯族自治區少數民族語言文字工作委員會編
《漢壯詞匯》廣西民族出版社,1983
廣西壯族自治區少數民族語言文字工作委員會編譯
《廣西壯族自治區小學壯文試用課本 思想品徳課》廣西民族出版社,1983
廣西壯文學校文藝班編《壯族民間故事》廣西民族出版社,1983
《中國的文字》人民教育出版社,1989
大野徹編『東南アジア大陸の言語』大学書林,1987
Links:
The River Missions Ministry : The Zhuang of China
Chinatown-online Ethnic Minorities in China : Zhuang
ChinaSource The Zhuang People
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』「チワン語」




第一章 文字表記
序章で述べたとおり、現代壮語はローマ字で表記されます。
正書法に用いられる文字・記号は全て日本でも普通に使われているものばかりなので、
日本のパソコン上で扱うとき、特別なフォントは必要ありません。
アルファベット 26 文字のうち、6個が母音字、15 個が子音字、4個が声調符号、そし
て1個が子音字と声調符号を兼ねています。
6個の母音字: a e i o u w
15 個の子音字: b c d f g k l m n p r s t v y
4個の声調符号: j q x z
1個の子音字と声調符号を兼ねる文字: h
「声調符号」の意味がわからない方がいるかもしれませんが、これは後で説明します。
ここではとりあえず、声の高さを表す記号であると思ってください。

次に標点符号については、基本的に英語と同じ使用法です。「. ? ! ; : “”‘’- () …」な
ど。
ただし、以下の3点は壮語特有のものです。
1. 「,」と「、」の併用
これは実は漢語と共通なのですが、「,」は文節を区切るとき、「、」は単語を列挙す
るとき、と両者を使い分けます。

2. 「’」の用法
これも実は漢語(ピンイン)と共通なのですが、複数の音節からなる単語に母音で始ま
る音節がある場合に「’」を用います。
seng + eiq → seng'eiq
(sen + geiq → sengeiq と区別するため。)

3. 書籍名・歌曲名などを表すとき、「」、《》のような括弧でくくらず、すべて大
文字で表記します。

1. 「,」と「、」の併用
これは実は漢語と共通なのですが、「,」は文節を区切るとき、「、」は単語を列挙す
るとき、と両者を使い分けます。

2. 「’」の用法
これも実は漢語(ピンイン)と共通なのですが、複数の音節からなる単語に母音で始ま
る音節がある場合に「’」を用います。
seng + eiq → seng'eiq
(sen + geiq → sengeiq と区別するため。)

3. 書籍名・歌曲名などを表すとき、「」、《》のような括弧でくくらず、すべて大
文字で表記します。




お・ま・け
現代壮語はローマ字で表記されますが、新中国成立以前は、壮民族も彼ら固有の文字を
もっていました。それは「方塊壮字」と呼ばれるもので、ベトナムの字 喃(チュノ
ム)と同じように漢字から派生したものでした。一説によると字喃は方塊壮字を参考に
作られたともいうほど、両者は酷似しています。
漢字から派生した文字体系では、日本の「平仮名」「片仮名」、契丹文字、西夏文字、
女真文字、字喃が有名で、それらは高校の世界史の教科書にも記載され ていますが、
実は方塊壮字がもっとも古い歴史をもっているそうです。8世紀(盛唐期・日本の奈良
時代)には既に存在していたようなので、「かな文字」より も歴史が古いことになり
ます。壮民族の人々は千年以上にわたって、この方塊壮字を用いて「劉三姐」、「梁山
泊与祝英台」などの文学作品を記してきました。
しかし、方塊壮字は字喃同様綴りが非常に複雑で、習得が困難なことから、1957 年に
廃止されました。



第二章 母音の発音(1)
壮語は6個の短母音と 102 個の複母音の計 108 個の母音があります。ずいぶん多いと
思われるかもしれませんが、複母音はすべて短母音の合成なので、基本の短母音の発音
さえ覚えれば、特に難しいことはありません。

短母音 6個
a    「アー」と発音。日本語東京方言の「ア」に近い音。
ae   短く「ア」と発音。上述 a の短い音。
e    「エー」と発音。日本語東京方言の「エ」に近い音。
i    「イー」と発音。日本語東京方言の「イ」に近い音。
o    唇を突き出して「オー」と発音。
oe   短く「オ」と発音。上述 o の短い音。
u    唇を突き出して「ウー」と発音。
w    唇を緊張させないで「ウー」と発音。日本語東京方言の「ウ」に近い音。



複母音 102 個
       開音節の複母音  12 個

ai, ae, ei, oi, ui, wi, au, aeu, eu, iu, ou, aw

       鼻音の複母音  30 個

am, aem, em, iem, im, om, oem, uem, um, an, aen, en, ien, in, on, oen,
uen, un, wen, wn, ang, aeng, eng, ieng, ing, ong, oeng, ueng, ung, wng
塞音の複母音(高い声) 30 個

ap, aep, ep, iep, ip, op, oep, uep, up, at, aet, et, iet, it, ot, oet, uet, ut, wet,
wt, ak, aek, ek, iek, ik, ok, oek, uek, uk, wk

       塞音の複母音(低い声) 30 個

ab, aeb, eb, ieb, ib, ob, oeb, ueb, ub, ad, aed, ed, ied, id, od, oed, ued, ud,
wed, wd, ag, aeg, eg, ieg, ig, og, oeg, ueg, ug, wg

複母音の具体的な発音方法は次章で解説します。

第三章 母音の発音(2)
壮語の母音には長く発音するものと短く発音するものの区別があります。日本語の
「鳥」と「通り」が違う単語であるように、母音の長短を間違えると違う意味になって
しまうので、しっかり区別するようにしましょう。

       開音節の複母音の発音方法

ai    「アーイ」と長く発音。漢語の「ai」に対応します。
ae    「アイ」と短く発音。
ei    「エイ」と短く発音。漢語の「ei」に対応します。
oi    「オーイ」と長く発音。
ui    「ウーイ」と長く発音。唇を突き出すのを忘れずに。
      「ウーイ」と長く発音。上の ui と区別しましょう。こちらは唇を突き出しませ
wi
      ん。
au    「アーウ」と長く発音。漢語の「ao」に対応します。
aeu   「アウ」と短く発音。
eu    「エーウ」と長く発音。
iu    「イーウ」と長く発音。漢語の「iao」に対応します。
ou    「オウ」と短く発音。漢語の「ou」に対応します。
aw    「アウ」と短く発音。上の aeu と区別しましょう。こちらは唇を突き出しません。

       鼻音の複母音の発音方法

am    「アーム」と長く発音。最後は唇を閉じたままにします。
       日本語式に/a:mu/とならないように(以下同)。
aem   「アム」と短く発音。
em    「エーム」と長く発音。
iem   「イーム」と長く発音。「イエム」とか「イム」とはならないので注意しましょう。
im    「イム」と短く発音。
om    「オーム」と長く発音。
oem   「オム」と短く発音。
uem   「ウーム」と長く発音。「ウエム」とか「ウム」とはならないので注意しましょう。
um     「ウム」と短く発音。
an     「アーヌ」と長く発音。最後は舌先を歯茎につけたままにします。
        日本語式に/a:nu/とならないように(以下同)。漢語の「an」に対応します。
aen    「アヌ」と短く発音。漢語の「en」に対応します。
en     「エーヌ」と長く発音。漢語の「ian」に対応します。
ien    「イーヌ」と長く発音。漢語の「in」に対応します。
in     「イヌ」と短く発音。
on     「オーヌ」と長く発音。漢語の「uan」に対応します。
oen    「オヌ」と短く発音。
uen    「ウーヌ」と長く発音。唇を突き出すのを忘れずに。
un     「ウヌ」と短く発音。
wen    「ウーヌ」と長く発音。唇は突き出しません。漢語の「uen」に対応します。
wn     「ウヌ」と短く発音。漢語の「en」に対応します。
ang    「アーング」と長く発音。最後は軟口蓋を閉じたままにします。
        日本語式に/a:ngu/とならないように(以下同)。漢語の「ang」に対応します。
aeng   「アング」と短く発音。
eng    「エーング」と長く発音。
ieng   「イーング」と長く発音。漢語の「iang」に対応します。
ing    「イング」と短く発音。漢語の「ing」に対応します。
ong    「オーング」と長く発音。
oeng   「オング」と短く発音。
ueng   「ウーング」と長く発音。
ung    「ウング」と短く発音。漢語の「ong」に対応します。
wng    「ウング」と短く発音。漢語の「eng」に対応します。


第四章 母音の発音(3)
塞音の複母音は「高い声」と「低い声」の区別がありますが、文字通り声の高さの違い
だけで、発声法は全く同じです。

        塞音の複母音(高い声)の発音方法

ap  「アープ」と長く発音。最後は唇を閉じたままにします。
    日本語式に/a:pu/とならないように(以下同)。
aep 「アプ」と短く発音。
ep 「エープ」と長く発音。
iep 「イープ」と長く発音。
ip 「イプ」と短く発音。
op 「オープ」と長く発音。
uep 「ウープ」と長く発音。
up 「ウプ」と短く発音。
at  「アート」と長く発音。最後は舌先を歯茎につけたままにします。
日本語式に/a:to/とならないように(以下同)。
aet 「アト」と短く発音。
et  「エート」と長く発音。
iet 「イート」と長く発音。
it  「イト」と短く発音。
ot  「オート」と長く発音。
oet 「オト」と短く発音。
uet 「ウート」と長く発音。唇を突き出します。
ut  「ウト」と短く発音。
wet 「ウート」と長く発音。唇は突き出しません。
wt  「ウト」と短く発音。
ak  「アーク」と長く発音。最後は軟口蓋を閉じたままにします。
    日本語式に/a:ku/とならないように(以下同)。
aek 「アク」と短く発音。
ek 「エーク」と長く発音。
iek 「イーク」と長く発音。
ik 「イク」と短く発音。
ok 「オーク」と長く発音。
oek 「オク」と短く発音。
uek 「ウーク」と長く発音。唇を突き出します。
uk 「ウク」と短く発音。
wk 「ウク」と短く発音。唇は突き出しません。

      塞音の複母音(低い声)の発音方法

ab    「アープ」と長く発音。最後は唇を閉じたままにします。
       日本語式に/a:pu/とならないように(以下同)。
aeb   「アプ」と短く発音。
eb    「エープ」と長く発音。
ieb   「イープ」と長く発音。
ib    「イプ」と短く発音。
ob    「オープ」と長く発音。
ueb   「ウープ」と長く発音。
ub    「ウプ」と短く発音。
ad    「アート」と長く発音。最後は舌先を歯茎につけたままにします。
       日本語式に/a:to/とならないように(以下同)。
aed   「アト」と短く発音。
ed    「エート」と長く発音。
ied   「イート」と長く発音。
id    「イト」と短く発音。
od    「オート」と長く発音。
oed   「オト」と短く発音。
ued   「ウート」と長く発音。唇を突き出します。
ud  「ウト」と短く発音。
wed 「ウート」と長く発音。唇は突き出しません。
wd  「ウト」と短く発音。
ag  「アーク」と長く発音。最後は軟口蓋を閉じたままにします。
    日本語式に/a:ku/とならないように(以下同)。
aeg 「アク」と短く発音。
eg  「エーク」と長く発音。
ieg 「イーク」と長く発音。
ig  「イク」と短く発音。
og  「オーク」と長く発音。
oeg 「オク」と短く発音。
ueg 「ウーク」と長く発音。唇を突き出します。
ug  「ウク」と短く発音。
wg 「ウク」と短く発音。唇は突き出しません。
音節の後ろの部分(これを韻尾という)が p, t, k となっていれば高い音、 b, d, g と
なっていれば低い音を表します。



      お・ま・け

塞音というのは漢語の「入声」と同じものです。広東語や福建語、客家語を学んだこと
のある方なら既におなじみのものだと思います。中国語以外でも、韓国語やベトナム語、
タイ語にも同様の発音があります。音節の終わりの p,t,k の音は実際には飲み込まれ
てしまって、日本人の耳にはなかなか聞き取れません。これは現地の人が話すのを繰り
返し聞いて慣れるしか対策はなさそうです。




第五章 子音の発音
壮語には 22 個の子音があります。
b  パ行の音。濁音ではありません。漢語の「b」に対応します。
mb バ行の音。少し息を詰めて「ッバ」と発音すると、より近くなります。
   マ行の音。
m
   漢語の「m」に対応します。
   英語の「f」と同じ音。
f
   漢語の「f」に対応します。
   英語の「v」と同じ音。
v
   漢語の「h」に対応します。
   タ行の音。
d
   漢語の「d」に対応します。
nd ダ行の音。少し息を詰めて「ッダ」と発音すると、より近くなります。
ナ行の音。
n
    漢語の「n」に対応します。
    サ行の音。
s
    漢語の「s」、「c」に対応します。
    英語の「l」と同じ音。
l
    漢語の「l」に対応します。
    カ行の音。
g
    漢語の「g」に対応します。
gv 二重子音です。「クヴ」/kv/と発音します。
ng 鼻に抜けた音で「ング」と発音します。
    ハ行の音。
h
    漢語の「h」に対応します。
    フランス語の「r」に近い音です。
r
    漢語の「l」に対応します。
c   シャ行の音。日本語の「シャ」よりも上下の歯に隙間を空けて、
    「ヒャ」に近い感じで発音すると近くなります。漢語の「x」に対応します。
    ヤ行の音。
y
    漢語の「r」に対応します。
ny ニャ行の音。
ngv 二重子音です。「ングヴ」/ngv/と発音します。
by ピャ行の音。
    キャ行の音。
gy
    漢語の「j」に対応します。
my ミャ行の音。




お・ま・け
壮語には漢語のような有気音・無気音の区別がありません。だから b,d,g,gv,by,gy
といった子音は、それぞれ p,t,k,kv,py,ky と表記してもよいはずです。これは漢語と
の対応を優先させたようです。

第六章 声調(1)
壮語は漢語と同じく単音節型声調言語(monosyllabic tonal language)と呼ばれ、
ひとつひとつの音節に固有の高低・上下の調子がついています。日本語で「はし」と
「はし」で意味が異なるように、壮語でも声の高さによって単語を区別するのですが、
日本語とちがって一つの音節の中で声が高くなったり低くなったりします。漢語を習っ
た方は四声の練習をしたことがあると思います。壮語の声調は6種類あります。
声調番号     第一声     第二声    第三声    第四声    第五声    第六声
調値          24     31     55     42     35     33
声調符号       なし       z      j      x      q      h
「調値」というのは、声の高さを5段階の数字で表現したもので、数が多いほど高い声を表します。
「35」となっていれば、それは中くらいの高さから最も高いところまで尻上がりに発音することを意味
します。

第一声と第五声、第二声と第四声がそれぞれ似通っていますが、我々日本人はここに示された調値で発
音しわけるのは困難なので、第一声はもっと低いところから尻上がりに、第四声はもっと高いところか
ら尻下がりに発音すれば区別できるでしょう。




「声調符号」は、壮語を表記するとき、それぞれの音節がどの声調をもっているかを示
すための符号です。例えば「ナー」という音節は、「na」とだけ綴った のでは第一声
を 表 す こ と に な り ま す 。 第 二 声 の 場 合 は 「 naz 」 、 第 三 声 は 「 naj 」 、 第 四 声 は
「nax」、第五声は「naq」、第六声は「nah」、とい うように、壮語の音節は「子音+
母音+声調符号」の三つがそろってはじめて特定の単語を意味することができるのです。
ちなみに na は“厚い”、 naz は“田んぼ”、 naj は“顔” 、nax は“母方のおば”、 naq は“矢”、
nah は“肉”という単語になります。同じ「ナー」という発音でも声調が違えばまったく
違う意味になるわけです。


第七章 声調(2)

塞音の声調
前章で紹介した「声調符号」は、塞音の音節には用いられません。第四章で説明したよ
うに、塞音の場合は、韻尾の文字がすでに声の高さを表しているからです。高い声の塞
音の音節は、長く発音するか短く発音するかで調値が違います。
高い声・長音                   高い声・短音        低い声
    韻尾                p, t, k              p, t, k b, d, g
    調値                  55                   35      33
…とはいうものの、この表を見てすぐに理解できる日本人は少ないと思います。実際に
は、5段階の調値の中でどの辺りかなど厳密に意識しなくても、韻尾が「 p,t,k 」に
なっていれば高めの声、「 b,d,g 」であれば低めの声、という風に発音すれば、ちゃ
んと聞き取ってもらえるはずです。
さて、これで壮語の発音体系を全て紹介しました。以下の単語も読めるはずです。「
< 」の後ろに対応する漢字を記しました。
1. Cunghvaz Yinzminz Gunghozgoz  < 中華人民共和国
2. baengzyoux  < 朋友
3. lauxsae  < 老師
4. Baekging  < 北京
5. Gvangjsih  < 広西
6. hagseng  < 学生
7. bauqceij  < 報紙


     お・ま・け

漢語の諸方言を学んだことがある方なら、壮語の発音体系が近隣の漢語方言とよく似て
いることに気がついたと思います。これは、もちろん壮民族が漢 民族から漢字と漢語
語彙を受け入れたのが主な原因なのですが、それだけではなく、漢語方言の側が壮語を
はじめとする中国南方少数民族の言語の影響を受けた ことも理由のひとつであるとい
われています。華南の地にはもともと漢民族は住んでおらず、今日のベトナム語やタイ
語に近い言葉を話す諸民族、総称して「百 越(または百粤)」が住んでいました。春
秋戦国時代から華南への進出を開始した漢民族は、彼ら百越と混ざり合い、黄河流域と
は異なる方言を発達させまし た。現代の南方漢語方言は、発音だけでなく、文法や語
彙にも百越の影響が残っています。壮語と粤語(広州話・いわゆる広東語)の類似点に
ついては後で触れ ます。
やや専門的になりますが、以下の表に、「中古漢語」と呼ばれる隋唐時代の漢語と、壮
語、粤語、客家語(梅県の場合)、西南官話(成都の場合)、普 通話の声調を比較し
てみました。中古漢語だけ調値がありませんが、千数百年前のことばが録音されている
わけはないので、当時の人々が記録した「調類」を記 しておきました。「平」は文字
通り平らな音、「上」は上がる音、「去」は下がる音、「入」は韻尾が「 p, t, k 」と
つまる音で、「陰」が高めの声、「陽」が低めの声だったと推定されます。
     調 陰 陽 陰 陽 陰 陽                    陽
中古漢語                      陰入
     類 平 平 上 上 去 去                    入
     調 陰 陽 陰 陽 陰 陽              陰入    陽
 壮語                      陰入(短)
     類 平 平 上 上 去 去              (長)   入
     調
       24 31 55 42 35 33   55    35   33
     値
     調 陰 陽 陰 陽 陰 陽                    中 陽
 粤語                       陰入
     類 平 平 上 上 去 去                    入 入
調     55/
                 21   35   23   33   22       55       33   22
     値     53
     調     陰     陽    上         去                      陽
 客家語                                         陰入
     類     平     平    声         声                      入
     調
            44   11   31        51            22       44
     値
     調      陰    陽    上         去
西南官話                                      なし(陽平に混入)
     類      平    平    声         声
     調                          21
            55   21   53                     なし
     値                           3
     調      陰    陽    上         去         なし(左四つに混
 普通話
     類      平    平    声         声            入)
     調                21
            55   35             51           なし
     値                 4



第八章 統語論(1)
壮語は漢語と同じく、語順による文法を持つ言語です。動詞の活用や名詞の屈折はあり
ません。したがって、「grammar」よりも「syntax」、統語論が重要になります。

等位文
主語と補語からなり、主語が補語に先行します。

Gou dwg Lij Vaz.  私は李華です。
gou = 私 < 我  dwg = ~である  Lij Vaz < 李華(人名)

英語の be 動詞に相当する繋辞「dwg」はしばしば省略されます。
また、修飾語は被修飾語の後ろに来ます。

Boh de lauxsae.  彼の父親は教師です。 boh < 父  de = 彼  lauxsae = 教師 < 老
師

平叙文
1. S + V
基本的に主語は述語に先行します。

Gou bae.  私は行く。 bae = 行く

ただし、いくつかの動詞は主語の前に来ることがあります。

Miz vunz.  人がいる。 miz = いる vunz = 人
Hwnj rumz.  風が吹く。 hwnj = 吹く rumz = 風

2. S + V + O
主語と述語と目的語がある文では英語と同じく「S + V + O」となります。

Gou gwn haeux. 私はご飯を食べる。 gwn = 食べる haeux = 飯

3. S + V + O1 + O2
目的語が「~を」という直接目的語、「~に」という間接目的語の二つを持つ場合、語
順は主語+述語+間接目的語+直接目的語となります。

De hawj gou song bonj saw. 彼は私に2冊の本を与える。
hawj = 与える song bonj = 2冊の(song < 双 bonj < 本) saw = 本 < 書

否定文
「mbouj < 不」を動詞、修飾語の前につけます。「mbouj」のほかに「wj、 mij、
aemj」を用いることもあります。

Gou mbouj dwg hagseng. 私は学生ではありません。
hagseng < 学生

Bya ndaw daemz mbouj ndei gwn. 池にいる魚は美味しくない。
bya = 魚 ndaw = ~の中の daemz = 池 ndei gwn = 美味しい(ndei = よい gwn = 食べる)

Gou mbouj miz ngaenz yungh. 私には必要なお金がない。
ngaenz = お金 yungh < 用




疑問文
1.疑問を表す語気詞「lwi、ha、ne、la、ba、luma 等」を文末に置いた疑問文。
「yes, no」で答えることができる疑問文になります。(wx = はい、mbouj caengz
= いいえ)

Mwngz caeuq gou bae lwi ?  あなたは私と一緒に行きますか?
mwngz = あなた caeuq = ~と

De dwg boh mwngz lwi ?  彼はあなたのお父さんですか?

De caemh rox sawcuengh ha ?  彼も壮語がわかりますか?
caemh = ~もまた rox = わかる sawcuengh = 壮語(saw < 書 cuengh < 壮)

2.疑問代名詞や疑問副詞を使った疑問文。
「bouxlawz = 誰、gijmaz = 何、gizlawz/mwnqlawz = どこ、seizlawz/
baenzlawz = いつ、
geij/geijlai = いくつ/いくら、baenzlawzyiengh = どのように」など。

Sou vih maz doxdub ne ?  おまえたちはなぜ喧嘩をするのか?
sou = あなたたち vih maz = なぜ(vih < 為 maz = 何) doxdub = 喧嘩する

Bouxlawz daeuj ?  誰が来ますか? daeuj = 来る

Mwngz miz geij boux nuengx ?  あなたは何人弟や妹がいますか?
geij < 幾 boux = (人を数える単位) nuengx = 弟妹

3.「roxnaeuz = それとも」を使った選択疑問文。

Gou bae roxnaeuz de bae ?  私が行くのか、それとも彼が行くのか?

Mwngz naengh ci ne roxnaeuz byaij loh ? あなたは車に乗りますか、それとも
歩きますか?
naengh = (車に)乗る ci < 車 byaij = 歩く loh < 路

4.肯定と否定を組み合わせて作る疑問文。漢語の「是不是」、「有没有」といった表
現に相当します。

De dwg mbouj dwg hagseng ?  彼は学生ですか?

Ngoenzneix nit mbouj nit ?  今日は寒いですか?
ngoenzneix = 今日(ngoenz = 日 neix = この) nit = 寒い


      お・ま・け

今まで壮語と漢語の比較ばかり論じてきましたが、壮語は系統的にはタイ語の仲間に入
ります。しかし、壮民族とタイ国のタイ民族は分化してから長い 年月が経過していて、
しかも壮語は漢語から、タイ語はカンボジア語・サンスクリット語から大量の語彙を借
用したので、両者の隔たりは相当大きいといえま す。中国のタイ系言語の中で、壮語
にもっとも近いのはプイ(布衣)族のプイ語で、カム族(漢語ではトン族という。人偏
に同と表記するが PC 上で表示できな い)のカム語、スイ(水)族のスイ語などを含
めてタイ・カダイ語族チワン・カム語群に分類されています。また別の説によると、壮
語と布衣語はカム・スイ語 群ではなくタイ国のタイ語を含めたチワン・タイ語群に属
するともいわれます。
いずれにせよ発音や文法の特徴は似通っているので、タイ語ができる人は壮語の習得が
比較的容易だし、壮語が理解できる人は中国西南の諸民族の言語を芋づる式にマスター
できる可能性があるというわけです。


第九章 統語論(2)
命令文
1.語気詞「 vei, nw, ho, bw, ha, balo, lubw, dwk 」などを文末につける命令文。

Mwngz vaiq di naeuz de nyi nw.  あなたは早く彼に言って聞かせてあげなさい。
vaiq di = はやく  naeuz = 告げる  nyi = 聞く

2.「gaej = ~するな」を動詞の前につけた禁止の命令文。

Gaej gwn raen saw bw.  生水を飲んではいけません。
gwn = 飲む  raen saw = 生水

合文
1.順接合文。「sien = まず < 先」という副詞と、「gaenlaeng = それから」など
の接続詞を用いて、時間の経過を追って語られるもの。

Daxboh sien cawj haeux, gaenlaeng caiq cawj byaek.
お父さんはまずご飯を炊いて、それから料理を作る。
daxboh = お父さん(親称)  cawj = 煮る  haeux = 飯  caiq < 再  byaek = 料理

2.逆接合文。接続詞「hoeng = しかし」を使って、前文通りではない違った状況を
語るもの。

Gaxgonq daxboh gou siengj bae hag, hoeng mbouj miz ngaenz.
父はそれまで私を学びに行かせたかったが、しかしお金がなかった。
gaxgonq = それまでは/以前は  siengj = ~したい < 想  hag < 学

Yienznaeuz bineix mbwn rengx, hoeng mbanj raeuz lij ndaej fungsou.
今年は旱魃があったにもかかわらず、私たちの村では豊作だった。
yienznaeuz = ~にもかかわらず  bineix = 今年(bi = 年 neix = この)
mbwn rengx = 旱魃  mbanj = 村  raeuz = 私たち  lij = まだ  ndaej = 得る
fungsou = 豊作(fung < 豊 sou < 収)

3.選択合文。接続詞「roxnaeuz = それとも/あるいは」を使うもの(第八章に既
述)。

Mwngz ok bae, roxnaeuz youq ranz ?  あなたは出かけますか、それとも家に
いますか?
ok = 出る  youq = 居る  ranz = 家

4.条件合文。先行する句が条件を表し、その後ろに結果にあたる句が続きます。

Mbouj mwngz bae, couh gou bae. あなたが行かないのなら、私が行きます。
couh = それならば < 就

Danghnaeuz raeuz mbouj roengzrengz hag, couh doeklaeng vunz lo.
もし私たちがしっかり勉強しなければ、他の人に遅れてしまいます。
danghnaeuz = もし  roengzrengz = 努力する  doeklaeng = 遅れる  lo =(完了を表す語
気詞)

Gou baenzlawz gangj, de cungj mbouj saenq.  私がどのように話しても、彼は
信じない。
baenzlawz = どのように  gangj = 話す < 講  cungj = すべて  saenq < 信

5.因果合文。先行する句が原因を表し、その後ろに結果にあたる句が続きます。
「aenvih = なぜならば < 因為」は原因を表す句の前に、「sojyij = それゆえに <
所以」は結果を表す句の前につきます。

Aenvih ngoenzneix fwn doek, gou mbouj bae hag. = Ngoenzneix fwn doek,
sojyij gou mbouj bae hag.
今日は雨が降るので私は学校に行かない。
fwn = 雨  doek = 降る


      お・ま・け

壮語には「こんにちは」にあたる決まった挨拶がありません。「Gwn ngaiz gvaq lwi
? = 飯食ったか」といった生活に密着した表現で挨拶をします。どうしても「こんに
ちは」と言いたいときは、漢語で「ニーハオ」と言っておけばいいでしょう。

第十章 統語論(3)

複文
複文は一つの文の中に従属節として一つ以上の名詞節、形容詞節または副詞節を含む文
です。

1.名詞節の場合、文そのままが主語になったり、目的語になったりします。

Doxdub mbouj ndei, bouxlawz mbouj rox ?  喧嘩は良くないということを、誰
が知らないだろうか?
rox = 知る

Gou rox mwngz vihmaz mbouj gamj gangj okdaeuj. 私はあなたがなぜ敢えて
話しださないかを知っています。
gamj < 敢  okdaeuj = 出てくる

2.形容詞節の場合、文中の名詞(句)、代名詞(句)を修飾します。

Boux vunz daj gwnz bya byaij roengz daeuj haenx, lumj daxboh siujfangh
raixcaix.
あの山の上から下りてくる人は小芳の父親によく似ている。
daj = ~から  gwnz = 上  bya = 山  roengz = 下りる  haenx = あの/あれ
lumj = 似ている  siujfangh < 小芳(人名)  raixcaix = とても

Cijmiz mwngz, coh ndaej coengh gou.  私を助けることができるのは、あなた
だけです。
cimiz = ~だけである(ci < 只)  coh = やっと/かろうじて ndaej = できる < 得  coengh
= 助ける

3.副詞節の場合、文中の動詞、形容詞を修飾します。

Gou byaij dwk ga naet lo.  私は足が疲れるほど歩いた。
dwk =(関係副詞)  ga = 足  naet = 疲れる

使役
動詞の前に「hawj = ~させる」を置きます。使役の対象となる目的語を入れる場合は、
使役の動詞の後、本動詞の前に置きます。「hawj」のほかに、「heuh, cingj, ep,
gouz, ce, baij, coi」などの表現があります。

Hawj gou bae hag hai ci.  私を運転を習いに行かせてください。
hai = 運転する < 開

De cingj mwngz gwn laeuj.  彼はあなたに酒をすすめる。
cingj < 請  laeuj = 酒

Gou gouz daxboh coengh gou.  私は父に助けを求める。
gouz < 求

受身
動詞の前に「deng = ~される」を置きます。行為の主体となる語句を入れる場合は、
受身の動詞の後、本動詞の前に置きます。「deng」のほかに、「ngaiz」という表現
もあります。

Gou deng dub.  私はなぐられる。 dub = なぐる

Gou deng de dub.  私は彼になぐられる。

Duz gaeq de deng duz ma haeb dai lo.  その鶏は犬に噛み殺された。
duz =(動物を数える量詞) gaeq = 鶏  de = その  ma = 犬  haeb = 噛む  dai = 死ぬ

比較
形容詞の後ろに「gvaq < 過」を置くと比較の表現になります。

Gou sang gvaq de.  私は彼よりも背が高い。  sang = 高い
De sij saw ndei gvaq mwngz.  彼はあなたよりも字を書くのが上手だ。
sij = 書く < 写  saw = 字 < 書

比較する対象の前に「beij < 比」を置く表現もあります。

Gou beij de sang.  私は彼よりも背が高い。

De beij mwngz sij saw ndei.  彼はあなたよりも字を書くのが上手だ。




      お・ま・け

粤語(広州話・いわゆる広東語)を習ったことがある方は、上述の、壮語の比較の表現
方法「~過」が粤語とまったく同じなのに気づいたと思います。 本来の漢語(普通話
や古典漢語)は「比」を使います。壮語にも「比」を使う表現はありますが、これは近
年の普通話からの影響です。粤語は第七章で紹介した ように、古代百越の影響を受け
て成立した言語なので、壮語から「~過」を取り入れたものと考えられます。
粤語における壮語からの影響は、発音・文法・語彙のいずれにも認められます。
発音面では、/kw/という二重子音の存在、長母音・短母音の対立、声調の数が多いこ
と、などがあげられます。
語彙面では、形容詞を強調する副詞「幾」(幾好食 = とても美味しい)、「ngaam
= ちょうど」、「mau = しゃがむ」、「yuk = 動く」など、数多くの単語が壮語と
共通しています。
文法では、先の比較表現のほか、普通話の「先走 = 先に歩く」が粤語で「行先」とな
ったり、「客人」が「人客」となるなど、副詞が動詞や形容詞の後ろに来たり、修飾語
が非修飾語の後ろにくること、普通話の 「一匹馬」が粤語で「匹馬」となるように、
量詞(物を数える単位)が数詞を伴わずに単独で名詞につくこと、などがあります。
一方、壮語が粤語から借用した語彙も数多くあります。壮語に含まれる漢語語彙は大部
分が粤語の発音と似ています。これは、歴史的に壮民族が広東省の漢民 族から漢語と
漢文化を受け入れたからであると思われます。新中国成立後は、壮語・粤語ともに普通
話の影響を受けてきているので、両者の距離はますます狭 まってきていると言えそう
です。



第十一章 語の構造(1)

名詞
壮語の名詞は主語・目的語・補語のほか、量詞に転用といった機能を持ちます。イン
ド・ヨーロッパ語族のような性・格・数による語形変化はありません。

1.人物を表す名詞。
vunz = 人  daegnuengx = 弟  lwgnyez = 子供  lauxsae = 先生 < 老師
canghvaz < 張華(人名) 等。

2.事物を表す名詞。
vaiz = 水牛  bya = 魚  roeg = 鳥  ci = 車  ruz = 船  feihgih = 飛行
機 < 飛機
feiz = 火  rumz = 風  bya = 山(魚と同音異義語)  swhsiengj < 思想 
dauhlei < 道理
dauhdwz < 道徳 等。

3.時間を表す名詞。
bi = 年  ndwen = 月  ngoenz = 日  seizneix = 現在  gyanghaet = 朝
ngoenzcog = 明日
seizcin = 春  doengbaez = 昔 等。

4.場所を表す名詞。
Baekging < 北京  Namzningz < 南寧  Gvangjsih < 広西  gizgyae = 遠
いところ 等。

5.方位を表す名詞。
gwnz = 上  laj = 下  naj = 前  laeng = 後  doeng < 東  sae < 西
namz < 南  baek < 北
swix = 左  gvaz = 右  ndaw = ~の中  rog = ~の外  等。

代名詞
1.人称代名詞
gou = 私 < 我  dou = 私たち(話し手のみ・聞き手を含まない)  raeuz =
私たち(話し手・聞き手とも含む)
mwngz = あなた  sou = あなたたち  de = 彼/彼女  gyoengqde = 彼ら
gag = 自分  bouxwnq = 別の人  caezgya = みんな

2.疑問代名詞

人物・事物を代替するもの: bouxlawz = 誰  gijmaz = 何

場所を代替するもの: gizlawz = どこ  mwnqlawz = どこ

時間を代替するもの: seizlawz = いつ  baenzlawz = いつ

数詞を代替するもの: geij = いくつ/いくら  geijlai = どれくらい

3.指示代名詞
neix = この  de, haenx = その/あの
gizneix = ここ  gizde, gizhaenx = そこ/あそこ
yaepneix = このとき  yaepde = そのとき/あのとき

数詞
壮語の数詞には、固有語音(壮語本来の数詞)と、文読音(漢語からの借用)の2通り
があります。固有語音は日本語の「ひとつ、ふたつ、みっつ…」 に相当し、文読音は
「いち、に、さん…」に相当します。しかし実際には「1、2、5、6」以外は固有語
音も文読音も同じ発音です。この両者は複雑に使い分 けられます。
                      固有語音                      文読音
    零                   lingz                    lingz
    一                   ndeu                        it
    二                   song                     ngeih
    三                    sam                      sam
    四                    seiq                     seiq
    五                     haj                    ngux
    六                   roek                      loeg
    七                    caet                     caet
    八                     bet                      bet
    九                   gouj                      gouj
    十                     cib                      cib
    百                    bak                       bak
    千                    cien                     cien
    万                   fanh                      fanh
    億                      ik                       ik
「cib it = 11」、「ngeih cib ngeih = 22」のように、「十」より先は基本的に文読
音を使います。
「bak ndeu」、「cien ndeu」といった表現がありますが、これは「百がひとつ =
100」、「千がひとつ = 1000」を意味します。
「bak it」は「110」を表します。「101」は「bak lingz it < 百零一」と表現します。
漢語と同じ用法です。
「2000」は「song cien」、「2001」は「song cien lingz it」となります。漢語で
「二千」でなく「両千」というのと似ています。「cien lingz song」のような表現は
できません。
序数の場合、「daih < 第」のうしろに数詞を置きます。1と2は文読音を、5と6は
固有語音を使います。
daih it = 第一  daih ngeih = 第二  daih haj = 第五  daih roek = 第六

倍数を表す場合、数詞の後ろに「boix < 倍」を置きます。
haj boix = 五倍  roek boix = 六倍

分数を表す場合、分母の後ろ・分子の前に「faenh cih < 分之」を置きます。
haj faenh cih it < 五分之一  bet faenh cih sam < 八分之三
年月日・曜日を表す場合、1と2は文読音を、5と6は固有語音を使います。曜日は漢
語と同じく月曜から順に「singh giz < 星期」のうしろに数字を置いて表現します。日
曜日は「singh giz ngoenz = 星期天」です。
cib it nied = 11 月  roek hauh = 六日(hauh < 号)
singh giz haj = 金曜日 < 星期五  singh giz roek = 土曜日 < 星期六

ただし太陰暦(旧暦)の場合に限り、5と6に文読音を使います。
ndwen ngux = 旧暦五月  ndwen loeg = 旧暦六月

量詞
量詞(類別詞ともいう)は、人や事物、あるいは行為や動作の単位を表します。ものを
数える際に必ず数詞の後に添えて、名詞を限定・修飾します。また、事物を形容する際
に、名詞と形容詞の間に入ります。
量詞は、名詞や動詞それぞれに特定の語を用いますが、名詞をそのまま転用する場合も
あります。また、量詞を用いた場合、「一」の数詞を表現しないことが多くあります。

1.物量詞。人や事物を数える単位です。

度量衡の単位を表すもの。
conq < 寸  ciengh < 丈  leix < 里  faen < 分  cik < 尺  maenz <
元  liengx < 両
gak < 角(元の 1/10)  swng < 升  moux < 畝  gaen < 斤  daeuj <
斗  等。

個体の単位を表すもの。
duz =(動物を数える単位)  go =(植物を数える単位)  boux/dah/daeg
=(人を数える単位)
aen = ~個  gaiq < 塊  fag < 把(手でつかめるものを数える)  mbaw =
~張り  gienh < 件
diuz < 条(長いものを数える)  naed = ~粒  bonj < 本(書籍を数える) 
等。

集団・集合体の単位を表すもの。
gyoengq = 群  bang < 幇  ban < 班  doiq < 対  suenq < 双  fouq
< 副  等。

名詞・動詞を借用したもの。
hab < 盒  doengj = 桶  daiz = 卓  ranz = 家  cenj = 杯  rap = 挑
fung < 封  等。

2.動量詞。動作や行為を数える単位です。
baez = 次/回(回数を数える)  yamq = 歩  din = 脚  bit < 筆  
ngoenz = 日  haemh = 晩  等。


第十二章 語の構造(2)

動詞・助動詞
壮語の動詞には活用がありません。動詞は述語として用いられるだけではなく、名詞の
ように主語・目的語として、あるいは名詞を限定・修飾すること もあります。動詞は
文中にいくつ用いてもよく、ただ動作の順に並べるだけでかまいません。また活用がな
いために、動詞一語だけでは時相や態を表すことがで きないため、必要に応じて助動
詞が加えられたり、動作の行方や結果を示す後置動詞(時態動詞)が用いられたります。
壮語の助動詞は単独で用いられることも あり、形態上、一般動詞と変わりありません。
後置動詞も一般動詞としても用いられるもので、動詞の二次的用法、助動詞的機能を持
ちます。
1.一般動詞
行為・動作を表すもの。
yawj = 見る  gwn = 食べる  byaij = 歩く  dingq = 聞く < 聴  hag =
勉強する < 学  mbin = 飛ぶ  等。

心理を表すもの。
gyaez = 愛する  haenz = 恨む  lau = 恐れる  ngeix = 思う  muengh
= 希望する  yiem = 嫌う  等。

存在・変化・消失を表すもの。
miz = 有る  lix = 生きる  youq = 居る  bienq = 変わる < 変  maj =
成長する  dai = 死ぬ  law = 消える  等。

2.判断動詞(繋辞。英語の be 動詞に相当します)
dwg = ~である

3.助動詞(能願動詞ともいいます)
nyienh = 願う  aeu = 必要とする  ndaej = できる  wnggai = 当然~すべ
きである < 応該

4.後置動詞
hwnj = 上がる/起きる  roengz = 下る  haeuj = 進む  ok = 出る  ma
= 回る  bae = 行く  daeuj = 来る
壮語の時制は、後置動詞か、あるいは語気詞(後述)を動詞の後ろにつけることによっ
て表現します。時制を表す後置動詞として、主に「dwk = している(進行形)< 着」、
「liux = おわる(完了形)< 了」、「gvaq = ~したことがある(経歴・未完了過
去)< 過」の三つがあります。
Bakdou miz vunz souj dwk.  入り口を守っている人がいる。  bakdou = 入り口
souj = 守る

De sij liux bak cih saw.  彼は百個の字を書いた。  sij = 書く < 写  cih = (字
を数える量詞)

De bae Baekging gvaq.  彼は北京に行ったことがある。

一部の動詞は重ねて用いることで、「しばらくの間/短時間」を表すことがあります。
gangjgangj = ちょっと話す  byaijbyaij = 少し歩く  yietbaeg yietbaeg =
しばらく休む(yietbaeg = 休む)

動詞をいくつか組み合わせて、一連の動作の行方・結果を表すことができます。

De daj ndaw ranz byaij ok daeuj.  彼は家の中から歩いて出て来る。

Ci hai gvaq bae lo.  車は走り過ぎて行った。

De buet daeuj naengh gwn haeux gaenlaeng daeq bae lo.
彼は走って来て坐ってご飯を食べて、それから帰って行った。
buet = 走る  naengh = 坐る  daeq = 帰る

Ronghndwen ok daeuj lo.  月が出て来た。  ronghndwen = 月

形容詞
壮語の形容詞は名詞や代名詞を後から修飾する以外に、動詞と同じように述語にもなり
ます。英語の be 動詞にあたるものを必要としないために、動詞と一緒に扱われること
もあります。

nit = 寒い/冷たい  hwngq = 暑い/熱い  soemj = 酸っぱい  diemz = 甘
い < 甜  haemz = 苦い
unq = 軟らかい  ndong = 硬い  maenh = 堅固な  ndei = よい  rwix =
悪い
coengmingz = 賢い < 聡明  hung = 大きい  iq = 小さい  raez = 長い 
dinj = 短い
nding = 赤い  heu = 青い  sang = 高い  daemq = 低い  bingz = 平た
い < 平  naek = 重い
mbaeu = 軽い  vaiq = 速い < 快  menh = 遅い < 慢

壮語の形容詞は重ねることで意味を強調する場合があります。
sangsang = とても高い  cingcing sujsuj = とてもはっきりした(cingsuj = は
っきりした < 清楚)
動詞の後で、動作の状況や結果を表現するのに、形容詞が用いられることがあります。
打ち消す場合も、動詞ではなく後の形容詞が否定される表現方法があります。

De sij ndaej vaiq.  彼は書くのが速い。

De sij mbouj vaiq.  彼は書くのが速くない。



第十三章 語の構造(3)

副詞
副詞は動詞・形容詞を修飾・限定して、程度・範囲・時間・肯定・否定・状態を表しま
す。

1.程度副詞(数量副詞)
gig = 極めて < 極  ceiq = 最も < 最  raixcaix = 非常に  dangqmaz = と
ても  engqgya = さらに
yied = ますます < 越  haemq = わずかに  mizdi = すこし

2.範囲副詞(場所副詞)
gungh = 共に < 共  cungj = みんな  itlwd < 一律  couh = もう < 就

3.時間副詞
lak = 初めて  cij = やっと  gonq = まず  cingq = まさに < 正  yaek =
これから  doq = すぐに
ciemhciemh = ようやく < 漸漸  itloh = 一向に  baenzciuh = 永遠に  
caiq = 再び < 再  lij = まだ
youh = また < 又

4.肯定副詞
itdingh < 一定  bietdingh = 必ず < 必定  gaengj = 肯んじて < 肯  
danghyienz < 当然
daxraix = 的確に  yaekaeu = きっと

5.否定副詞
mbouj = ~ではない  mboujcaengz = 未だに  gaej = ~するな

6.状態副詞
daegdaengj = せっかく/わざわざ  sawqmwh = 忽然と

7.語気副詞
dauqdaej < 到底  gizsaed = 本当は < 其実  saeklaeuq = 万一
前置詞
前置詞(介詞)は名詞の前に置かれて、「格」を表します。
daj = ~から  youq = ~に於いて  daengz = ~まで  yiengq = ~にむか
って  riengz = ~に沿って
ginggvaq = ~を経過して < 経過  yungh = ~を用いて < 用  aenvih = ~に
因って < 因為
vih = ~の為に < 為  doiq = ~に対して < 対  gvanhyih = ~に関して < 関
於  lawh = に替わって
laeng = ~と  caeuq = ~と  hawj = ~に~させる  deng = ~に~される
beij = ~と比べて < 比
cawzbae = ~を除いて

Riengz henz dah byaij.  川に沿って歩く。 henz = ほとり  dah = 川

Caeuq de gangj vah.  彼と話をする。 vah < 話

Cawz de, dou cungj hag.  彼を除いて、私たちはみな勉強する。

接続詞
接続詞(連詞)は、名詞と名詞あるいは文と文をつなぐ役割をします。(用法は第九章
に既述)
youhcaiq = しかも/そのうえ < 又再  roxnaeuz = それとも/あるいは  
hoeng = しかし
couhcinj = すなわち  aenvih = なぜならば < 因為  danghnaeuz = もしも
sojyij = それゆえに < 所以  yienznaeuz = ~にもかかわらず

ndaq youhcaiq dub.  罵り、しかも殴る。 ndaq = 罵る

Mwngz bae roxnaeuz mbouj bae cungj mboujmiz gijmaz. あなたが行こうが
行くまいがどうでもよい。

語気詞
語気詞は、文末に添えて、命令・強調・勧誘・招請・感動・疑問・親密さ・丁寧さ・尊
敬・激情などを表現します。

Daxboh ma ranz lo.  父が帰宅した。  lo = (完了)

Mwngz caeuq gou bae lwi ?  あなたは私と一緒に行きますか?  lwi = (疑問)

Haeuj ranz gou bae ba.  我が家に入って行きましょう。  ba = (勧誘)

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壮語

  • 1. 序章 壮語とは 壮語(チワン語)とは、中国の南方、広西壮族自治区を中心に居住している壮族という 民族の言語です。壮族は人口 1500 万ともいわれる、中国最大の少数民族です。 みなさんの中には「壮語なんて見たことも聞いたこともない」という方が多いと思いま す。しかし、「聞いた」ことはなくても、「見た」ことがある方は実は 意外と多いは ずなのです。近年中国を旅行する日本人の数は増え続けていますが、中国に行けば必ず 手にとる人民元に、壮語が印刷されているのです。 いま、手元に人民元がある方は裏を見てみてください。 ピンインで表記された漢語のほかに、4種類の文字が印刷されているでしょう? これ らはそれぞれモンゴル語、チベット語、ウイグル語、そして「 Cunghgoz Yinzminz Yinzhangz」とローマ字で表記されているのが壮語なのです。 このローマ字綴りをよく見ればわかる通り、これは「中国人民銀行」をそのまま音で表 したものです。このように、現代壮語には漢語からの借用語が非常に多 いので、我々 日本人にとっては語彙の習得が比較的容易であるといえそうです。またローマ字で表記 されているために、他の少数民族の言語のように見慣れない 文字をひとつひとつ習う 必要もありません。 このような特性があるにもかかわらず、現在日本で壮語の教材を入手することは極めて 困難です。先ほど列挙したモンゴル語・チベット語・ウイグル語は、す でに日本語で 書かれた文法書・会話練習帳・単語集などが「大学書林」「白水社」といった大手出版 社から出ていますが、壮語に関しては、私の知る限り日本語 で書かれた一般向けの教 材は存在しません。 そこで今回、中国で発行された教材を参考に、壮語の基礎を解説してみたいと思います 私自身、学習を開始したばかりなので勘違いや誤訳があるかもしれませんが、そこは専 門の先生方の指導を仰ぎつつ、徐々に改善していきたいと思います。 目次
  • 2. 第七章 声調(2) 序章 壮語とは …塞音の声調 第八章 統語論(1) 第一章 文字表記 …等位文・平叙文・否定文・疑問文 第二章 母音の発音(1) 第九章 統語論(2) …短母音 …命令文・合文 第三章 母音の発音(2) 第十章 統語論(3) …開音節と鼻音の複母音 …複文・使役・受身・比較 第四章 母音の発音(3) 第十一章 語の構造(1) …塞音の複母音 …名詞・代名詞・数詞・量詞 第十二章 語の構造(2) 第五章 子音の発音 …動詞・助動詞・形容詞 第十三章 語の構造(3) 第六章 声調(1) …副詞・前置詞・接続詞・語気詞 參考文獻: 張元生 覃曉航 編著《現代壯漢語比較語法》中央民族學院出版社,1993 覃國生 梁庭望 韋星朗 著《民族知識叢書 壯族》民族出版社,1984 廣西壯族自治區少數民族語言文字工作委員會編 《漢壯詞匯》廣西民族出版社,1983 廣西壯族自治區少數民族語言文字工作委員會編譯 《廣西壯族自治區小學壯文試用課本 思想品徳課》廣西民族出版社,1983 廣西壯文學校文藝班編《壯族民間故事》廣西民族出版社,1983 《中國的文字》人民教育出版社,1989 大野徹編『東南アジア大陸の言語』大学書林,1987 Links: The River Missions Ministry : The Zhuang of China Chinatown-online Ethnic Minorities in China : Zhuang ChinaSource The Zhuang People フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』「チワン語」 第一章 文字表記 序章で述べたとおり、現代壮語はローマ字で表記されます。
  • 3. 正書法に用いられる文字・記号は全て日本でも普通に使われているものばかりなので、 日本のパソコン上で扱うとき、特別なフォントは必要ありません。 アルファベット 26 文字のうち、6個が母音字、15 個が子音字、4個が声調符号、そし て1個が子音字と声調符号を兼ねています。 6個の母音字: a e i o u w 15 個の子音字: b c d f g k l m n p r s t v y 4個の声調符号: j q x z 1個の子音字と声調符号を兼ねる文字: h 「声調符号」の意味がわからない方がいるかもしれませんが、これは後で説明します。 ここではとりあえず、声の高さを表す記号であると思ってください。 次に標点符号については、基本的に英語と同じ使用法です。「. ? ! ; : “”‘’- () …」な ど。 ただし、以下の3点は壮語特有のものです。 1. 「,」と「、」の併用 これは実は漢語と共通なのですが、「,」は文節を区切るとき、「、」は単語を列挙す るとき、と両者を使い分けます。 2. 「’」の用法 これも実は漢語(ピンイン)と共通なのですが、複数の音節からなる単語に母音で始ま る音節がある場合に「’」を用います。 seng + eiq → seng'eiq (sen + geiq → sengeiq と区別するため。) 3. 書籍名・歌曲名などを表すとき、「」、《》のような括弧でくくらず、すべて大 文字で表記します。 1. 「,」と「、」の併用 これは実は漢語と共通なのですが、「,」は文節を区切るとき、「、」は単語を列挙す るとき、と両者を使い分けます。 2. 「’」の用法 これも実は漢語(ピンイン)と共通なのですが、複数の音節からなる単語に母音で始ま る音節がある場合に「’」を用います。 seng + eiq → seng'eiq (sen + geiq → sengeiq と区別するため。) 3. 書籍名・歌曲名などを表すとき、「」、《》のような括弧でくくらず、すべて大 文字で表記します。 お・ま・け
  • 4. 現代壮語はローマ字で表記されますが、新中国成立以前は、壮民族も彼ら固有の文字を もっていました。それは「方塊壮字」と呼ばれるもので、ベトナムの字 喃(チュノ ム)と同じように漢字から派生したものでした。一説によると字喃は方塊壮字を参考に 作られたともいうほど、両者は酷似しています。 漢字から派生した文字体系では、日本の「平仮名」「片仮名」、契丹文字、西夏文字、 女真文字、字喃が有名で、それらは高校の世界史の教科書にも記載され ていますが、 実は方塊壮字がもっとも古い歴史をもっているそうです。8世紀(盛唐期・日本の奈良 時代)には既に存在していたようなので、「かな文字」より も歴史が古いことになり ます。壮民族の人々は千年以上にわたって、この方塊壮字を用いて「劉三姐」、「梁山 泊与祝英台」などの文学作品を記してきました。 しかし、方塊壮字は字喃同様綴りが非常に複雑で、習得が困難なことから、1957 年に 廃止されました。 第二章 母音の発音(1) 壮語は6個の短母音と 102 個の複母音の計 108 個の母音があります。ずいぶん多いと 思われるかもしれませんが、複母音はすべて短母音の合成なので、基本の短母音の発音 さえ覚えれば、特に難しいことはありません。 短母音 6個 a 「アー」と発音。日本語東京方言の「ア」に近い音。 ae 短く「ア」と発音。上述 a の短い音。 e 「エー」と発音。日本語東京方言の「エ」に近い音。 i 「イー」と発音。日本語東京方言の「イ」に近い音。 o 唇を突き出して「オー」と発音。 oe 短く「オ」と発音。上述 o の短い音。 u 唇を突き出して「ウー」と発音。 w 唇を緊張させないで「ウー」と発音。日本語東京方言の「ウ」に近い音。 複母音 102 個 開音節の複母音  12 個 ai, ae, ei, oi, ui, wi, au, aeu, eu, iu, ou, aw 鼻音の複母音  30 個 am, aem, em, iem, im, om, oem, uem, um, an, aen, en, ien, in, on, oen, uen, un, wen, wn, ang, aeng, eng, ieng, ing, ong, oeng, ueng, ung, wng
  • 5. 塞音の複母音(高い声) 30 個 ap, aep, ep, iep, ip, op, oep, uep, up, at, aet, et, iet, it, ot, oet, uet, ut, wet, wt, ak, aek, ek, iek, ik, ok, oek, uek, uk, wk 塞音の複母音(低い声) 30 個 ab, aeb, eb, ieb, ib, ob, oeb, ueb, ub, ad, aed, ed, ied, id, od, oed, ued, ud, wed, wd, ag, aeg, eg, ieg, ig, og, oeg, ueg, ug, wg 複母音の具体的な発音方法は次章で解説します。 第三章 母音の発音(2) 壮語の母音には長く発音するものと短く発音するものの区別があります。日本語の 「鳥」と「通り」が違う単語であるように、母音の長短を間違えると違う意味になって しまうので、しっかり区別するようにしましょう。 開音節の複母音の発音方法 ai 「アーイ」と長く発音。漢語の「ai」に対応します。 ae 「アイ」と短く発音。 ei 「エイ」と短く発音。漢語の「ei」に対応します。 oi 「オーイ」と長く発音。 ui 「ウーイ」と長く発音。唇を突き出すのを忘れずに。 「ウーイ」と長く発音。上の ui と区別しましょう。こちらは唇を突き出しませ wi ん。 au 「アーウ」と長く発音。漢語の「ao」に対応します。 aeu 「アウ」と短く発音。 eu 「エーウ」と長く発音。 iu 「イーウ」と長く発音。漢語の「iao」に対応します。 ou 「オウ」と短く発音。漢語の「ou」に対応します。 aw 「アウ」と短く発音。上の aeu と区別しましょう。こちらは唇を突き出しません。 鼻音の複母音の発音方法 am 「アーム」と長く発音。最後は唇を閉じたままにします。 日本語式に/a:mu/とならないように(以下同)。 aem 「アム」と短く発音。 em 「エーム」と長く発音。 iem 「イーム」と長く発音。「イエム」とか「イム」とはならないので注意しましょう。 im 「イム」と短く発音。 om 「オーム」と長く発音。 oem 「オム」と短く発音。 uem 「ウーム」と長く発音。「ウエム」とか「ウム」とはならないので注意しましょう。
  • 6. um 「ウム」と短く発音。 an 「アーヌ」と長く発音。最後は舌先を歯茎につけたままにします。 日本語式に/a:nu/とならないように(以下同)。漢語の「an」に対応します。 aen 「アヌ」と短く発音。漢語の「en」に対応します。 en 「エーヌ」と長く発音。漢語の「ian」に対応します。 ien 「イーヌ」と長く発音。漢語の「in」に対応します。 in 「イヌ」と短く発音。 on 「オーヌ」と長く発音。漢語の「uan」に対応します。 oen 「オヌ」と短く発音。 uen 「ウーヌ」と長く発音。唇を突き出すのを忘れずに。 un 「ウヌ」と短く発音。 wen 「ウーヌ」と長く発音。唇は突き出しません。漢語の「uen」に対応します。 wn 「ウヌ」と短く発音。漢語の「en」に対応します。 ang 「アーング」と長く発音。最後は軟口蓋を閉じたままにします。 日本語式に/a:ngu/とならないように(以下同)。漢語の「ang」に対応します。 aeng 「アング」と短く発音。 eng 「エーング」と長く発音。 ieng 「イーング」と長く発音。漢語の「iang」に対応します。 ing 「イング」と短く発音。漢語の「ing」に対応します。 ong 「オーング」と長く発音。 oeng 「オング」と短く発音。 ueng 「ウーング」と長く発音。 ung 「ウング」と短く発音。漢語の「ong」に対応します。 wng 「ウング」と短く発音。漢語の「eng」に対応します。 第四章 母音の発音(3) 塞音の複母音は「高い声」と「低い声」の区別がありますが、文字通り声の高さの違い だけで、発声法は全く同じです。 塞音の複母音(高い声)の発音方法 ap 「アープ」と長く発音。最後は唇を閉じたままにします。 日本語式に/a:pu/とならないように(以下同)。 aep 「アプ」と短く発音。 ep 「エープ」と長く発音。 iep 「イープ」と長く発音。 ip 「イプ」と短く発音。 op 「オープ」と長く発音。 uep 「ウープ」と長く発音。 up 「ウプ」と短く発音。 at 「アート」と長く発音。最後は舌先を歯茎につけたままにします。
  • 7. 日本語式に/a:to/とならないように(以下同)。 aet 「アト」と短く発音。 et 「エート」と長く発音。 iet 「イート」と長く発音。 it 「イト」と短く発音。 ot 「オート」と長く発音。 oet 「オト」と短く発音。 uet 「ウート」と長く発音。唇を突き出します。 ut 「ウト」と短く発音。 wet 「ウート」と長く発音。唇は突き出しません。 wt 「ウト」と短く発音。 ak 「アーク」と長く発音。最後は軟口蓋を閉じたままにします。 日本語式に/a:ku/とならないように(以下同)。 aek 「アク」と短く発音。 ek 「エーク」と長く発音。 iek 「イーク」と長く発音。 ik 「イク」と短く発音。 ok 「オーク」と長く発音。 oek 「オク」と短く発音。 uek 「ウーク」と長く発音。唇を突き出します。 uk 「ウク」と短く発音。 wk 「ウク」と短く発音。唇は突き出しません。 塞音の複母音(低い声)の発音方法 ab 「アープ」と長く発音。最後は唇を閉じたままにします。 日本語式に/a:pu/とならないように(以下同)。 aeb 「アプ」と短く発音。 eb 「エープ」と長く発音。 ieb 「イープ」と長く発音。 ib 「イプ」と短く発音。 ob 「オープ」と長く発音。 ueb 「ウープ」と長く発音。 ub 「ウプ」と短く発音。 ad 「アート」と長く発音。最後は舌先を歯茎につけたままにします。 日本語式に/a:to/とならないように(以下同)。 aed 「アト」と短く発音。 ed 「エート」と長く発音。 ied 「イート」と長く発音。 id 「イト」と短く発音。 od 「オート」と長く発音。 oed 「オト」と短く発音。 ued 「ウート」と長く発音。唇を突き出します。
  • 8. ud 「ウト」と短く発音。 wed 「ウート」と長く発音。唇は突き出しません。 wd 「ウト」と短く発音。 ag 「アーク」と長く発音。最後は軟口蓋を閉じたままにします。 日本語式に/a:ku/とならないように(以下同)。 aeg 「アク」と短く発音。 eg 「エーク」と長く発音。 ieg 「イーク」と長く発音。 ig 「イク」と短く発音。 og 「オーク」と長く発音。 oeg 「オク」と短く発音。 ueg 「ウーク」と長く発音。唇を突き出します。 ug 「ウク」と短く発音。 wg 「ウク」と短く発音。唇は突き出しません。 音節の後ろの部分(これを韻尾という)が p, t, k となっていれば高い音、 b, d, g と なっていれば低い音を表します。 お・ま・け 塞音というのは漢語の「入声」と同じものです。広東語や福建語、客家語を学んだこと のある方なら既におなじみのものだと思います。中国語以外でも、韓国語やベトナム語、 タイ語にも同様の発音があります。音節の終わりの p,t,k の音は実際には飲み込まれ てしまって、日本人の耳にはなかなか聞き取れません。これは現地の人が話すのを繰り 返し聞いて慣れるしか対策はなさそうです。 第五章 子音の発音 壮語には 22 個の子音があります。 b パ行の音。濁音ではありません。漢語の「b」に対応します。 mb バ行の音。少し息を詰めて「ッバ」と発音すると、より近くなります。 マ行の音。 m 漢語の「m」に対応します。 英語の「f」と同じ音。 f 漢語の「f」に対応します。 英語の「v」と同じ音。 v 漢語の「h」に対応します。 タ行の音。 d 漢語の「d」に対応します。 nd ダ行の音。少し息を詰めて「ッダ」と発音すると、より近くなります。
  • 9. ナ行の音。 n 漢語の「n」に対応します。 サ行の音。 s 漢語の「s」、「c」に対応します。 英語の「l」と同じ音。 l 漢語の「l」に対応します。 カ行の音。 g 漢語の「g」に対応します。 gv 二重子音です。「クヴ」/kv/と発音します。 ng 鼻に抜けた音で「ング」と発音します。 ハ行の音。 h 漢語の「h」に対応します。 フランス語の「r」に近い音です。 r 漢語の「l」に対応します。 c シャ行の音。日本語の「シャ」よりも上下の歯に隙間を空けて、 「ヒャ」に近い感じで発音すると近くなります。漢語の「x」に対応します。 ヤ行の音。 y 漢語の「r」に対応します。 ny ニャ行の音。 ngv 二重子音です。「ングヴ」/ngv/と発音します。 by ピャ行の音。 キャ行の音。 gy 漢語の「j」に対応します。 my ミャ行の音。 お・ま・け 壮語には漢語のような有気音・無気音の区別がありません。だから b,d,g,gv,by,gy といった子音は、それぞれ p,t,k,kv,py,ky と表記してもよいはずです。これは漢語と の対応を優先させたようです。 第六章 声調(1) 壮語は漢語と同じく単音節型声調言語(monosyllabic tonal language)と呼ばれ、 ひとつひとつの音節に固有の高低・上下の調子がついています。日本語で「はし」と 「はし」で意味が異なるように、壮語でも声の高さによって単語を区別するのですが、 日本語とちがって一つの音節の中で声が高くなったり低くなったりします。漢語を習っ た方は四声の練習をしたことがあると思います。壮語の声調は6種類あります。 声調番号 第一声 第二声 第三声 第四声 第五声 第六声 調値 24 31 55 42 35 33 声調符号 なし z j x q h
  • 10. 「調値」というのは、声の高さを5段階の数字で表現したもので、数が多いほど高い声を表します。 「35」となっていれば、それは中くらいの高さから最も高いところまで尻上がりに発音することを意味 します。 第一声と第五声、第二声と第四声がそれぞれ似通っていますが、我々日本人はここに示された調値で発 音しわけるのは困難なので、第一声はもっと低いところから尻上がりに、第四声はもっと高いところか ら尻下がりに発音すれば区別できるでしょう。 「声調符号」は、壮語を表記するとき、それぞれの音節がどの声調をもっているかを示 すための符号です。例えば「ナー」という音節は、「na」とだけ綴った のでは第一声 を 表 す こ と に な り ま す 。 第 二 声 の 場 合 は 「 naz 」 、 第 三 声 は 「 naj 」 、 第 四 声 は 「nax」、第五声は「naq」、第六声は「nah」、とい うように、壮語の音節は「子音+ 母音+声調符号」の三つがそろってはじめて特定の単語を意味することができるのです。 ちなみに na は“厚い”、 naz は“田んぼ”、 naj は“顔” 、nax は“母方のおば”、 naq は“矢”、 nah は“肉”という単語になります。同じ「ナー」という発音でも声調が違えばまったく 違う意味になるわけです。 第七章 声調(2) 塞音の声調 前章で紹介した「声調符号」は、塞音の音節には用いられません。第四章で説明したよ うに、塞音の場合は、韻尾の文字がすでに声の高さを表しているからです。高い声の塞 音の音節は、長く発音するか短く発音するかで調値が違います。
  • 11. 高い声・長音 高い声・短音 低い声 韻尾 p, t, k p, t, k b, d, g 調値 55 35 33 …とはいうものの、この表を見てすぐに理解できる日本人は少ないと思います。実際に は、5段階の調値の中でどの辺りかなど厳密に意識しなくても、韻尾が「 p,t,k 」に なっていれば高めの声、「 b,d,g 」であれば低めの声、という風に発音すれば、ちゃ んと聞き取ってもらえるはずです。 さて、これで壮語の発音体系を全て紹介しました。以下の単語も読めるはずです。「 < 」の後ろに対応する漢字を記しました。 1. Cunghvaz Yinzminz Gunghozgoz  < 中華人民共和国 2. baengzyoux  < 朋友 3. lauxsae  < 老師 4. Baekging  < 北京 5. Gvangjsih  < 広西 6. hagseng  < 学生 7. bauqceij  < 報紙 お・ま・け 漢語の諸方言を学んだことがある方なら、壮語の発音体系が近隣の漢語方言とよく似て いることに気がついたと思います。これは、もちろん壮民族が漢 民族から漢字と漢語 語彙を受け入れたのが主な原因なのですが、それだけではなく、漢語方言の側が壮語を はじめとする中国南方少数民族の言語の影響を受けた ことも理由のひとつであるとい われています。華南の地にはもともと漢民族は住んでおらず、今日のベトナム語やタイ 語に近い言葉を話す諸民族、総称して「百 越(または百粤)」が住んでいました。春 秋戦国時代から華南への進出を開始した漢民族は、彼ら百越と混ざり合い、黄河流域と は異なる方言を発達させまし た。現代の南方漢語方言は、発音だけでなく、文法や語 彙にも百越の影響が残っています。壮語と粤語(広州話・いわゆる広東語)の類似点に ついては後で触れ ます。 やや専門的になりますが、以下の表に、「中古漢語」と呼ばれる隋唐時代の漢語と、壮 語、粤語、客家語(梅県の場合)、西南官話(成都の場合)、普 通話の声調を比較し てみました。中古漢語だけ調値がありませんが、千数百年前のことばが録音されている わけはないので、当時の人々が記録した「調類」を記 しておきました。「平」は文字 通り平らな音、「上」は上がる音、「去」は下がる音、「入」は韻尾が「 p, t, k 」と つまる音で、「陰」が高めの声、「陽」が低めの声だったと推定されます。 調 陰 陽 陰 陽 陰 陽 陽 中古漢語 陰入 類 平 平 上 上 去 去 入 調 陰 陽 陰 陽 陰 陽 陰入 陽 壮語 陰入(短) 類 平 平 上 上 去 去 (長) 入 調 24 31 55 42 35 33 55 35 33 値 調 陰 陽 陰 陽 陰 陽 中 陽 粤語 陰入 類 平 平 上 上 去 去 入 入
  • 12. 調 55/ 21 35 23 33 22 55 33 22 値 53 調 陰 陽 上 去 陽 客家語 陰入 類 平 平 声 声 入 調 44 11 31 51 22 44 値 調 陰 陽 上 去 西南官話 なし(陽平に混入) 類 平 平 声 声 調 21 55 21 53 なし 値 3 調 陰 陽 上 去 なし(左四つに混 普通話 類 平 平 声 声 入) 調 21 55 35 51 なし 値 4 第八章 統語論(1) 壮語は漢語と同じく、語順による文法を持つ言語です。動詞の活用や名詞の屈折はあり ません。したがって、「grammar」よりも「syntax」、統語論が重要になります。 等位文 主語と補語からなり、主語が補語に先行します。 Gou dwg Lij Vaz.  私は李華です。 gou = 私 < 我  dwg = ~である  Lij Vaz < 李華(人名) 英語の be 動詞に相当する繋辞「dwg」はしばしば省略されます。 また、修飾語は被修飾語の後ろに来ます。 Boh de lauxsae.  彼の父親は教師です。 boh < 父  de = 彼  lauxsae = 教師 < 老 師 平叙文 1. S + V 基本的に主語は述語に先行します。 Gou bae.  私は行く。 bae = 行く ただし、いくつかの動詞は主語の前に来ることがあります。 Miz vunz.  人がいる。 miz = いる vunz = 人
  • 13. Hwnj rumz.  風が吹く。 hwnj = 吹く rumz = 風 2. S + V + O 主語と述語と目的語がある文では英語と同じく「S + V + O」となります。 Gou gwn haeux. 私はご飯を食べる。 gwn = 食べる haeux = 飯 3. S + V + O1 + O2 目的語が「~を」という直接目的語、「~に」という間接目的語の二つを持つ場合、語 順は主語+述語+間接目的語+直接目的語となります。 De hawj gou song bonj saw. 彼は私に2冊の本を与える。 hawj = 与える song bonj = 2冊の(song < 双 bonj < 本) saw = 本 < 書 否定文 「mbouj < 不」を動詞、修飾語の前につけます。「mbouj」のほかに「wj、 mij、 aemj」を用いることもあります。 Gou mbouj dwg hagseng. 私は学生ではありません。 hagseng < 学生 Bya ndaw daemz mbouj ndei gwn. 池にいる魚は美味しくない。 bya = 魚 ndaw = ~の中の daemz = 池 ndei gwn = 美味しい(ndei = よい gwn = 食べる) Gou mbouj miz ngaenz yungh. 私には必要なお金がない。 ngaenz = お金 yungh < 用 疑問文 1.疑問を表す語気詞「lwi、ha、ne、la、ba、luma 等」を文末に置いた疑問文。 「yes, no」で答えることができる疑問文になります。(wx = はい、mbouj caengz = いいえ) Mwngz caeuq gou bae lwi ?  あなたは私と一緒に行きますか? mwngz = あなた caeuq = ~と De dwg boh mwngz lwi ?  彼はあなたのお父さんですか? De caemh rox sawcuengh ha ?  彼も壮語がわかりますか? caemh = ~もまた rox = わかる sawcuengh = 壮語(saw < 書 cuengh < 壮) 2.疑問代名詞や疑問副詞を使った疑問文。
  • 14. 「bouxlawz = 誰、gijmaz = 何、gizlawz/mwnqlawz = どこ、seizlawz/ baenzlawz = いつ、 geij/geijlai = いくつ/いくら、baenzlawzyiengh = どのように」など。 Sou vih maz doxdub ne ?  おまえたちはなぜ喧嘩をするのか? sou = あなたたち vih maz = なぜ(vih < 為 maz = 何) doxdub = 喧嘩する Bouxlawz daeuj ?  誰が来ますか? daeuj = 来る Mwngz miz geij boux nuengx ?  あなたは何人弟や妹がいますか? geij < 幾 boux = (人を数える単位) nuengx = 弟妹 3.「roxnaeuz = それとも」を使った選択疑問文。 Gou bae roxnaeuz de bae ?  私が行くのか、それとも彼が行くのか? Mwngz naengh ci ne roxnaeuz byaij loh ? あなたは車に乗りますか、それとも 歩きますか? naengh = (車に)乗る ci < 車 byaij = 歩く loh < 路 4.肯定と否定を組み合わせて作る疑問文。漢語の「是不是」、「有没有」といった表 現に相当します。 De dwg mbouj dwg hagseng ?  彼は学生ですか? Ngoenzneix nit mbouj nit ?  今日は寒いですか? ngoenzneix = 今日(ngoenz = 日 neix = この) nit = 寒い お・ま・け 今まで壮語と漢語の比較ばかり論じてきましたが、壮語は系統的にはタイ語の仲間に入 ります。しかし、壮民族とタイ国のタイ民族は分化してから長い 年月が経過していて、 しかも壮語は漢語から、タイ語はカンボジア語・サンスクリット語から大量の語彙を借 用したので、両者の隔たりは相当大きいといえま す。中国のタイ系言語の中で、壮語 にもっとも近いのはプイ(布衣)族のプイ語で、カム族(漢語ではトン族という。人偏 に同と表記するが PC 上で表示できな い)のカム語、スイ(水)族のスイ語などを含 めてタイ・カダイ語族チワン・カム語群に分類されています。また別の説によると、壮 語と布衣語はカム・スイ語 群ではなくタイ国のタイ語を含めたチワン・タイ語群に属 するともいわれます。 いずれにせよ発音や文法の特徴は似通っているので、タイ語ができる人は壮語の習得が 比較的容易だし、壮語が理解できる人は中国西南の諸民族の言語を芋づる式にマスター できる可能性があるというわけです。 第九章 統語論(2)
  • 15. 命令文 1.語気詞「 vei, nw, ho, bw, ha, balo, lubw, dwk 」などを文末につける命令文。 Mwngz vaiq di naeuz de nyi nw.  あなたは早く彼に言って聞かせてあげなさい。 vaiq di = はやく  naeuz = 告げる  nyi = 聞く 2.「gaej = ~するな」を動詞の前につけた禁止の命令文。 Gaej gwn raen saw bw.  生水を飲んではいけません。 gwn = 飲む  raen saw = 生水 合文 1.順接合文。「sien = まず < 先」という副詞と、「gaenlaeng = それから」など の接続詞を用いて、時間の経過を追って語られるもの。 Daxboh sien cawj haeux, gaenlaeng caiq cawj byaek. お父さんはまずご飯を炊いて、それから料理を作る。 daxboh = お父さん(親称)  cawj = 煮る  haeux = 飯  caiq < 再  byaek = 料理 2.逆接合文。接続詞「hoeng = しかし」を使って、前文通りではない違った状況を 語るもの。 Gaxgonq daxboh gou siengj bae hag, hoeng mbouj miz ngaenz. 父はそれまで私を学びに行かせたかったが、しかしお金がなかった。 gaxgonq = それまでは/以前は  siengj = ~したい < 想  hag < 学 Yienznaeuz bineix mbwn rengx, hoeng mbanj raeuz lij ndaej fungsou. 今年は旱魃があったにもかかわらず、私たちの村では豊作だった。 yienznaeuz = ~にもかかわらず  bineix = 今年(bi = 年 neix = この) mbwn rengx = 旱魃  mbanj = 村  raeuz = 私たち  lij = まだ  ndaej = 得る fungsou = 豊作(fung < 豊 sou < 収) 3.選択合文。接続詞「roxnaeuz = それとも/あるいは」を使うもの(第八章に既 述)。 Mwngz ok bae, roxnaeuz youq ranz ?  あなたは出かけますか、それとも家に いますか? ok = 出る  youq = 居る  ranz = 家 4.条件合文。先行する句が条件を表し、その後ろに結果にあたる句が続きます。 Mbouj mwngz bae, couh gou bae. あなたが行かないのなら、私が行きます。 couh = それならば < 就 Danghnaeuz raeuz mbouj roengzrengz hag, couh doeklaeng vunz lo.
  • 16. もし私たちがしっかり勉強しなければ、他の人に遅れてしまいます。 danghnaeuz = もし  roengzrengz = 努力する  doeklaeng = 遅れる  lo =(完了を表す語 気詞) Gou baenzlawz gangj, de cungj mbouj saenq.  私がどのように話しても、彼は 信じない。 baenzlawz = どのように  gangj = 話す < 講  cungj = すべて  saenq < 信 5.因果合文。先行する句が原因を表し、その後ろに結果にあたる句が続きます。 「aenvih = なぜならば < 因為」は原因を表す句の前に、「sojyij = それゆえに < 所以」は結果を表す句の前につきます。 Aenvih ngoenzneix fwn doek, gou mbouj bae hag. = Ngoenzneix fwn doek, sojyij gou mbouj bae hag. 今日は雨が降るので私は学校に行かない。 fwn = 雨  doek = 降る お・ま・け 壮語には「こんにちは」にあたる決まった挨拶がありません。「Gwn ngaiz gvaq lwi ? = 飯食ったか」といった生活に密着した表現で挨拶をします。どうしても「こんに ちは」と言いたいときは、漢語で「ニーハオ」と言っておけばいいでしょう。 第十章 統語論(3) 複文 複文は一つの文の中に従属節として一つ以上の名詞節、形容詞節または副詞節を含む文 です。 1.名詞節の場合、文そのままが主語になったり、目的語になったりします。 Doxdub mbouj ndei, bouxlawz mbouj rox ?  喧嘩は良くないということを、誰 が知らないだろうか? rox = 知る Gou rox mwngz vihmaz mbouj gamj gangj okdaeuj. 私はあなたがなぜ敢えて 話しださないかを知っています。 gamj < 敢  okdaeuj = 出てくる 2.形容詞節の場合、文中の名詞(句)、代名詞(句)を修飾します。 Boux vunz daj gwnz bya byaij roengz daeuj haenx, lumj daxboh siujfangh raixcaix. あの山の上から下りてくる人は小芳の父親によく似ている。
  • 17. daj = ~から  gwnz = 上  bya = 山  roengz = 下りる  haenx = あの/あれ lumj = 似ている  siujfangh < 小芳(人名)  raixcaix = とても Cijmiz mwngz, coh ndaej coengh gou.  私を助けることができるのは、あなた だけです。 cimiz = ~だけである(ci < 只)  coh = やっと/かろうじて ndaej = できる < 得  coengh = 助ける 3.副詞節の場合、文中の動詞、形容詞を修飾します。 Gou byaij dwk ga naet lo.  私は足が疲れるほど歩いた。 dwk =(関係副詞)  ga = 足  naet = 疲れる 使役 動詞の前に「hawj = ~させる」を置きます。使役の対象となる目的語を入れる場合は、 使役の動詞の後、本動詞の前に置きます。「hawj」のほかに、「heuh, cingj, ep, gouz, ce, baij, coi」などの表現があります。 Hawj gou bae hag hai ci.  私を運転を習いに行かせてください。 hai = 運転する < 開 De cingj mwngz gwn laeuj.  彼はあなたに酒をすすめる。 cingj < 請  laeuj = 酒 Gou gouz daxboh coengh gou.  私は父に助けを求める。 gouz < 求 受身 動詞の前に「deng = ~される」を置きます。行為の主体となる語句を入れる場合は、 受身の動詞の後、本動詞の前に置きます。「deng」のほかに、「ngaiz」という表現 もあります。 Gou deng dub.  私はなぐられる。 dub = なぐる Gou deng de dub.  私は彼になぐられる。 Duz gaeq de deng duz ma haeb dai lo.  その鶏は犬に噛み殺された。 duz =(動物を数える量詞) gaeq = 鶏  de = その  ma = 犬  haeb = 噛む  dai = 死ぬ 比較 形容詞の後ろに「gvaq < 過」を置くと比較の表現になります。 Gou sang gvaq de.  私は彼よりも背が高い。  sang = 高い
  • 18. De sij saw ndei gvaq mwngz.  彼はあなたよりも字を書くのが上手だ。 sij = 書く < 写  saw = 字 < 書 比較する対象の前に「beij < 比」を置く表現もあります。 Gou beij de sang.  私は彼よりも背が高い。 De beij mwngz sij saw ndei.  彼はあなたよりも字を書くのが上手だ。 お・ま・け 粤語(広州話・いわゆる広東語)を習ったことがある方は、上述の、壮語の比較の表現 方法「~過」が粤語とまったく同じなのに気づいたと思います。 本来の漢語(普通話 や古典漢語)は「比」を使います。壮語にも「比」を使う表現はありますが、これは近 年の普通話からの影響です。粤語は第七章で紹介した ように、古代百越の影響を受け て成立した言語なので、壮語から「~過」を取り入れたものと考えられます。 粤語における壮語からの影響は、発音・文法・語彙のいずれにも認められます。 発音面では、/kw/という二重子音の存在、長母音・短母音の対立、声調の数が多いこ と、などがあげられます。 語彙面では、形容詞を強調する副詞「幾」(幾好食 = とても美味しい)、「ngaam = ちょうど」、「mau = しゃがむ」、「yuk = 動く」など、数多くの単語が壮語と 共通しています。 文法では、先の比較表現のほか、普通話の「先走 = 先に歩く」が粤語で「行先」とな ったり、「客人」が「人客」となるなど、副詞が動詞や形容詞の後ろに来たり、修飾語 が非修飾語の後ろにくること、普通話の 「一匹馬」が粤語で「匹馬」となるように、 量詞(物を数える単位)が数詞を伴わずに単独で名詞につくこと、などがあります。 一方、壮語が粤語から借用した語彙も数多くあります。壮語に含まれる漢語語彙は大部 分が粤語の発音と似ています。これは、歴史的に壮民族が広東省の漢民 族から漢語と 漢文化を受け入れたからであると思われます。新中国成立後は、壮語・粤語ともに普通 話の影響を受けてきているので、両者の距離はますます狭 まってきていると言えそう です。 第十一章 語の構造(1) 名詞 壮語の名詞は主語・目的語・補語のほか、量詞に転用といった機能を持ちます。イン ド・ヨーロッパ語族のような性・格・数による語形変化はありません。 1.人物を表す名詞。
  • 19. vunz = 人  daegnuengx = 弟  lwgnyez = 子供  lauxsae = 先生 < 老師 canghvaz < 張華(人名) 等。 2.事物を表す名詞。 vaiz = 水牛  bya = 魚  roeg = 鳥  ci = 車  ruz = 船  feihgih = 飛行 機 < 飛機 feiz = 火  rumz = 風  bya = 山(魚と同音異義語)  swhsiengj < 思想  dauhlei < 道理 dauhdwz < 道徳 等。 3.時間を表す名詞。 bi = 年  ndwen = 月  ngoenz = 日  seizneix = 現在  gyanghaet = 朝 ngoenzcog = 明日 seizcin = 春  doengbaez = 昔 等。 4.場所を表す名詞。 Baekging < 北京  Namzningz < 南寧  Gvangjsih < 広西  gizgyae = 遠 いところ 等。 5.方位を表す名詞。 gwnz = 上  laj = 下  naj = 前  laeng = 後  doeng < 東  sae < 西 namz < 南  baek < 北 swix = 左  gvaz = 右  ndaw = ~の中  rog = ~の外  等。 代名詞 1.人称代名詞 gou = 私 < 我  dou = 私たち(話し手のみ・聞き手を含まない)  raeuz = 私たち(話し手・聞き手とも含む) mwngz = あなた  sou = あなたたち  de = 彼/彼女  gyoengqde = 彼ら gag = 自分  bouxwnq = 別の人  caezgya = みんな 2.疑問代名詞 人物・事物を代替するもの: bouxlawz = 誰  gijmaz = 何 場所を代替するもの: gizlawz = どこ  mwnqlawz = どこ 時間を代替するもの: seizlawz = いつ  baenzlawz = いつ 数詞を代替するもの: geij = いくつ/いくら  geijlai = どれくらい 3.指示代名詞 neix = この  de, haenx = その/あの
  • 20. gizneix = ここ  gizde, gizhaenx = そこ/あそこ yaepneix = このとき  yaepde = そのとき/あのとき 数詞 壮語の数詞には、固有語音(壮語本来の数詞)と、文読音(漢語からの借用)の2通り があります。固有語音は日本語の「ひとつ、ふたつ、みっつ…」 に相当し、文読音は 「いち、に、さん…」に相当します。しかし実際には「1、2、5、6」以外は固有語 音も文読音も同じ発音です。この両者は複雑に使い分 けられます。 固有語音 文読音 零 lingz lingz 一 ndeu it 二 song ngeih 三 sam sam 四 seiq seiq 五 haj ngux 六 roek loeg 七 caet caet 八 bet bet 九 gouj gouj 十 cib cib 百 bak bak 千 cien cien 万 fanh fanh 億 ik ik 「cib it = 11」、「ngeih cib ngeih = 22」のように、「十」より先は基本的に文読 音を使います。 「bak ndeu」、「cien ndeu」といった表現がありますが、これは「百がひとつ = 100」、「千がひとつ = 1000」を意味します。 「bak it」は「110」を表します。「101」は「bak lingz it < 百零一」と表現します。 漢語と同じ用法です。 「2000」は「song cien」、「2001」は「song cien lingz it」となります。漢語で 「二千」でなく「両千」というのと似ています。「cien lingz song」のような表現は できません。 序数の場合、「daih < 第」のうしろに数詞を置きます。1と2は文読音を、5と6は 固有語音を使います。 daih it = 第一  daih ngeih = 第二  daih haj = 第五  daih roek = 第六 倍数を表す場合、数詞の後ろに「boix < 倍」を置きます。 haj boix = 五倍  roek boix = 六倍 分数を表す場合、分母の後ろ・分子の前に「faenh cih < 分之」を置きます。 haj faenh cih it < 五分之一  bet faenh cih sam < 八分之三
  • 21. 年月日・曜日を表す場合、1と2は文読音を、5と6は固有語音を使います。曜日は漢 語と同じく月曜から順に「singh giz < 星期」のうしろに数字を置いて表現します。日 曜日は「singh giz ngoenz = 星期天」です。 cib it nied = 11 月  roek hauh = 六日(hauh < 号) singh giz haj = 金曜日 < 星期五  singh giz roek = 土曜日 < 星期六 ただし太陰暦(旧暦)の場合に限り、5と6に文読音を使います。 ndwen ngux = 旧暦五月  ndwen loeg = 旧暦六月 量詞 量詞(類別詞ともいう)は、人や事物、あるいは行為や動作の単位を表します。ものを 数える際に必ず数詞の後に添えて、名詞を限定・修飾します。また、事物を形容する際 に、名詞と形容詞の間に入ります。 量詞は、名詞や動詞それぞれに特定の語を用いますが、名詞をそのまま転用する場合も あります。また、量詞を用いた場合、「一」の数詞を表現しないことが多くあります。 1.物量詞。人や事物を数える単位です。 度量衡の単位を表すもの。 conq < 寸  ciengh < 丈  leix < 里  faen < 分  cik < 尺  maenz < 元  liengx < 両 gak < 角(元の 1/10)  swng < 升  moux < 畝  gaen < 斤  daeuj < 斗  等。 個体の単位を表すもの。 duz =(動物を数える単位)  go =(植物を数える単位)  boux/dah/daeg =(人を数える単位) aen = ~個  gaiq < 塊  fag < 把(手でつかめるものを数える)  mbaw = ~張り  gienh < 件 diuz < 条(長いものを数える)  naed = ~粒  bonj < 本(書籍を数える)  等。 集団・集合体の単位を表すもの。 gyoengq = 群  bang < 幇  ban < 班  doiq < 対  suenq < 双  fouq < 副  等。 名詞・動詞を借用したもの。 hab < 盒  doengj = 桶  daiz = 卓  ranz = 家  cenj = 杯  rap = 挑 fung < 封  等。 2.動量詞。動作や行為を数える単位です。
  • 22. baez = 次/回(回数を数える)  yamq = 歩  din = 脚  bit < 筆   ngoenz = 日  haemh = 晩  等。 第十二章 語の構造(2) 動詞・助動詞 壮語の動詞には活用がありません。動詞は述語として用いられるだけではなく、名詞の ように主語・目的語として、あるいは名詞を限定・修飾すること もあります。動詞は 文中にいくつ用いてもよく、ただ動作の順に並べるだけでかまいません。また活用がな いために、動詞一語だけでは時相や態を表すことがで きないため、必要に応じて助動 詞が加えられたり、動作の行方や結果を示す後置動詞(時態動詞)が用いられたります。 壮語の助動詞は単独で用いられることも あり、形態上、一般動詞と変わりありません。 後置動詞も一般動詞としても用いられるもので、動詞の二次的用法、助動詞的機能を持 ちます。 1.一般動詞 行為・動作を表すもの。 yawj = 見る  gwn = 食べる  byaij = 歩く  dingq = 聞く < 聴  hag = 勉強する < 学  mbin = 飛ぶ  等。 心理を表すもの。 gyaez = 愛する  haenz = 恨む  lau = 恐れる  ngeix = 思う  muengh = 希望する  yiem = 嫌う  等。 存在・変化・消失を表すもの。 miz = 有る  lix = 生きる  youq = 居る  bienq = 変わる < 変  maj = 成長する  dai = 死ぬ  law = 消える  等。 2.判断動詞(繋辞。英語の be 動詞に相当します) dwg = ~である 3.助動詞(能願動詞ともいいます) nyienh = 願う  aeu = 必要とする  ndaej = できる  wnggai = 当然~すべ きである < 応該 4.後置動詞 hwnj = 上がる/起きる  roengz = 下る  haeuj = 進む  ok = 出る  ma = 回る  bae = 行く  daeuj = 来る 壮語の時制は、後置動詞か、あるいは語気詞(後述)を動詞の後ろにつけることによっ て表現します。時制を表す後置動詞として、主に「dwk = している(進行形)< 着」、 「liux = おわる(完了形)< 了」、「gvaq = ~したことがある(経歴・未完了過 去)< 過」の三つがあります。
  • 23. Bakdou miz vunz souj dwk.  入り口を守っている人がいる。  bakdou = 入り口 souj = 守る De sij liux bak cih saw.  彼は百個の字を書いた。  sij = 書く < 写  cih = (字 を数える量詞) De bae Baekging gvaq.  彼は北京に行ったことがある。 一部の動詞は重ねて用いることで、「しばらくの間/短時間」を表すことがあります。 gangjgangj = ちょっと話す  byaijbyaij = 少し歩く  yietbaeg yietbaeg = しばらく休む(yietbaeg = 休む) 動詞をいくつか組み合わせて、一連の動作の行方・結果を表すことができます。 De daj ndaw ranz byaij ok daeuj.  彼は家の中から歩いて出て来る。 Ci hai gvaq bae lo.  車は走り過ぎて行った。 De buet daeuj naengh gwn haeux gaenlaeng daeq bae lo. 彼は走って来て坐ってご飯を食べて、それから帰って行った。 buet = 走る  naengh = 坐る  daeq = 帰る Ronghndwen ok daeuj lo.  月が出て来た。  ronghndwen = 月 形容詞 壮語の形容詞は名詞や代名詞を後から修飾する以外に、動詞と同じように述語にもなり ます。英語の be 動詞にあたるものを必要としないために、動詞と一緒に扱われること もあります。 nit = 寒い/冷たい  hwngq = 暑い/熱い  soemj = 酸っぱい  diemz = 甘 い < 甜  haemz = 苦い unq = 軟らかい  ndong = 硬い  maenh = 堅固な  ndei = よい  rwix = 悪い coengmingz = 賢い < 聡明  hung = 大きい  iq = 小さい  raez = 長い  dinj = 短い nding = 赤い  heu = 青い  sang = 高い  daemq = 低い  bingz = 平た い < 平  naek = 重い mbaeu = 軽い  vaiq = 速い < 快  menh = 遅い < 慢 壮語の形容詞は重ねることで意味を強調する場合があります。 sangsang = とても高い  cingcing sujsuj = とてもはっきりした(cingsuj = は っきりした < 清楚)
  • 24. 動詞の後で、動作の状況や結果を表現するのに、形容詞が用いられることがあります。 打ち消す場合も、動詞ではなく後の形容詞が否定される表現方法があります。 De sij ndaej vaiq.  彼は書くのが速い。 De sij mbouj vaiq.  彼は書くのが速くない。 第十三章 語の構造(3) 副詞 副詞は動詞・形容詞を修飾・限定して、程度・範囲・時間・肯定・否定・状態を表しま す。 1.程度副詞(数量副詞) gig = 極めて < 極  ceiq = 最も < 最  raixcaix = 非常に  dangqmaz = と ても  engqgya = さらに yied = ますます < 越  haemq = わずかに  mizdi = すこし 2.範囲副詞(場所副詞) gungh = 共に < 共  cungj = みんな  itlwd < 一律  couh = もう < 就 3.時間副詞 lak = 初めて  cij = やっと  gonq = まず  cingq = まさに < 正  yaek = これから  doq = すぐに ciemhciemh = ようやく < 漸漸  itloh = 一向に  baenzciuh = 永遠に   caiq = 再び < 再  lij = まだ youh = また < 又 4.肯定副詞 itdingh < 一定  bietdingh = 必ず < 必定  gaengj = 肯んじて < 肯   danghyienz < 当然 daxraix = 的確に  yaekaeu = きっと 5.否定副詞 mbouj = ~ではない  mboujcaengz = 未だに  gaej = ~するな 6.状態副詞 daegdaengj = せっかく/わざわざ  sawqmwh = 忽然と 7.語気副詞 dauqdaej < 到底  gizsaed = 本当は < 其実  saeklaeuq = 万一
  • 25. 前置詞 前置詞(介詞)は名詞の前に置かれて、「格」を表します。 daj = ~から  youq = ~に於いて  daengz = ~まで  yiengq = ~にむか って  riengz = ~に沿って ginggvaq = ~を経過して < 経過  yungh = ~を用いて < 用  aenvih = ~に 因って < 因為 vih = ~の為に < 為  doiq = ~に対して < 対  gvanhyih = ~に関して < 関 於  lawh = に替わって laeng = ~と  caeuq = ~と  hawj = ~に~させる  deng = ~に~される beij = ~と比べて < 比 cawzbae = ~を除いて Riengz henz dah byaij.  川に沿って歩く。 henz = ほとり  dah = 川 Caeuq de gangj vah.  彼と話をする。 vah < 話 Cawz de, dou cungj hag.  彼を除いて、私たちはみな勉強する。 接続詞 接続詞(連詞)は、名詞と名詞あるいは文と文をつなぐ役割をします。(用法は第九章 に既述) youhcaiq = しかも/そのうえ < 又再  roxnaeuz = それとも/あるいは   hoeng = しかし couhcinj = すなわち  aenvih = なぜならば < 因為  danghnaeuz = もしも sojyij = それゆえに < 所以  yienznaeuz = ~にもかかわらず ndaq youhcaiq dub.  罵り、しかも殴る。 ndaq = 罵る Mwngz bae roxnaeuz mbouj bae cungj mboujmiz gijmaz. あなたが行こうが 行くまいがどうでもよい。 語気詞 語気詞は、文末に添えて、命令・強調・勧誘・招請・感動・疑問・親密さ・丁寧さ・尊 敬・激情などを表現します。 Daxboh ma ranz lo.  父が帰宅した。  lo = (完了) Mwngz caeuq gou bae lwi ?  あなたは私と一緒に行きますか?  lwi = (疑問) Haeuj ranz gou bae ba.  我が家に入って行きましょう。  ba = (勧誘)