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中日对照《雨月物语》之二/菊花之约


日文原文:


                     菊花の約


                       播磨の国は加古という宿場町に、丈部左門(は
                      せべさもん)という学者がいた。強いて金銭を
                      欲することのない、貧しくも清らかな生活を受
                      け入れ、友とする書物の他は、身の回りの物を
                      揃えておくのを好まなかった。左門には老いた
                      母親がいたが、孟子の母にも劣らぬ節操の持ち
                      主であり、常日頃より紡績の仕事をして、左門
                      の志学を支えていた。また、左門の妹はという
と、同じ里の佐用氏へと嫁いだ。この佐用の家は大変富み栄えていたが、丈部母子の賢明
なのを慕い、その娘を嫁に迎えて丈部の親戚となり、何かにつけて丈部の家に贈り物をし
てきた。ところが左門は、
「食べてゆくのに、人の面倒になるわけには参りませぬ」
 と言って、それらを決して受け取ろうとはしなかった。


 或る日、左門は同じ里の某氏の元を訪れ、古今の物語をしていた。すると、丁度話が面
白くなってきた時、壁を隔てて何とも悲痛なうめき声が聞こえてきた。左門が主人に尋ね
ると、
「あれはここから西にある国の人らしいのですが、伴侶の者に遅れた為に、一夜の宿を求
めて来たのです。武家の風があったので、卑しい者ではないと思いお泊めしたものの、そ
の夜ひどい熱が出て、起き伏しも自分では出来ぬ程でした。気の毒に思う儘、三、四日が
経ちましたが、何処の人なのかも分からず、私も思いがけぬ過ちを仕出かしてしまったも
のだと、困り果てているところです」
 と言う。それを聞いた左門は言った。
「悲しい話です。ご主人が心配されるのも尤もなことですが、病気で苦しんでおられるあ
の方は、あてもない旅先の土地でお病みになり、とりわけ苦しい思いをしておられること
でしょう。あの方の御様子を見せて頂きたいのですが」
 ところが、主人はそれを止めた。
「なりませぬ。流行病は人を死なせるものだと言います。家の使用人達にも決してあの部
屋へは行かせないのです。あそこへ立ち寄り、あなたの御身を損なうことがあってはなり
ませぬ」


                                         1 / 12
すると左門は笑いながら、
「人の生死は天命により定まっており、その他の事でどうこうなるものではありませぬ。
一体どんな病が人にうつるというのでしょうか。病が人に伝わるというのは愚俗な者共の
言うことであり、私達は信じておりませぬ」
 と言って戸を押開き、部屋に入ってその人を見た。すると主の話に違わず、病人は普通
の人ではない様子であった。しかしながら病は重いようで、顔は黄変し、肌は黒ずんで痩
せており、古い蒲団の上で悶えながら臥せっていた。病人は親しみ深そうに左門を見て、
                                       「お
湯を一杯お恵み頂きたい」と言う。
 左門は病人の近くへと寄って、こう言った。
「どうか心配なさらず。私が必ずお救い致しましょう」
 それから主人と話し合って薬を選び、自分で処方を考え、それを煮て与えつつ、更に御
粥を勧めて、まるで兄弟のように病人を看病した。それは見捨てては置けぬという様子だ
った。
 件の武士はというと、左門の手厚い憐れみに涙を流しながら、
「これほどまでに、この頼る当ての無い旅の者に親切にして下さるとは。私が死んでも、
その御心に報い申し上げます」
 と言う。左門はそれを諫めて、
「左様な力の無いことを仰らず。一般に、疫病は或る日数まで続きます。それを過ぎれば
生命を損なうことなどありませぬ。私も毎日伺い、あなたの看病をさせて頂く事としまし
ょう」
 と真剣に約束し、心を込めて病人を助けているうちに、病は少しずつ軽くなり、気分も
爽やかなものとなって来た。武士は家の主人にも丁寧に、言葉を尽くして礼を言い、左門
の隠れた徳を敬った。そして左門の生業を訊ねた後、武士は自分の身の上を語り始めた。
「私は出雲の国松江の郷の、赤穴宗右衛門という者です。僅かばかり兵学書の内容に明る
かったということで、富田は月山城主、塩冶掃部介(えんやかもんのすけ)殿が、拙者を
師として兵学を学ばれていました。ところが、私が近江の佐々木氏綱の元に秘密の使者と
して送られ、氏綱の館に滞在している間に、前代の月山城主である尼子経久(あまこつね
ひさ)が山中党と示し合わせ、大晦日の夜、急襲して城を乗っ取ってしまったのです。そ
の時、掃部介殿も討ち死にされました。本来、雲州は佐々木の治めている国であり、塩冶
殿はその守護代なので、
「『三沢、三刀屋(みとや)に協力して、経久を倒して頂きたい』
「と勧めました。しかし氏綱は外面勇ましくも、その実怯えた愚将であったので、経久討
伐を果すことはありませんでした。それどころか私を近江に留め、帰そうとしなかったの
です。つまらぬ場所に永くは居られまいと思った私は、密かに近江を抜けると、国へ帰る
ことにしたのです。ところがその途中、この病に罹ってしまったため、思いがけずも貴殿
を煩わせてしまいました。実に身に余るお恵みです。私の半生の命を以ってしてでも、必


                                      2 / 12
ずや報い申し上げます」
 左門は云った。
「人が困っているのを見るに忍びないのが、人たる者の心です。あなたの丁寧なお言葉を
お受けする理由は御座いませぬ。引き続きここに逗留され、ご養生下さい」
 この誠実な言葉を頼りに、赤穴はここで日々を過ごしていたが、やがて身体は平生の調
子に近づくまでに快方へと向かっていった。
 近頃、左門は良い友人を得たと云って、昼夜問わず、赤穴と会っては話をした。赤穴も
諸子百家のことをぽつりぽつりと語り出し、問うこと理解することは愚かでなく優れてお
り、また戦術の理論も完璧なものであった。話す事どれ一つ取っても、互いに相手と異な
ることはなかった。二人は感心し、また喜び、遂に兄弟の盟(ちかい)を結んだ。赤穴の
方が五歳年上であったので、兄としての礼義を受けると、左門に向かってこう言った。
「私が父母とお別れしてから随分長い時が経つ。お前の老母は拙者の母でもあるので、改
めてご挨拶に伺いたい。母上は私の子供のような心を憐れみ、受け入れて下さるだろうか」
 それを聞いた左門は喜びのあまり、
「母は常に私の孤独を憂いております。あなたが真心の籠った御言葉を母にお告げになれ
ば、母の寿命も延びることでしょう」
 と言って、赤穴を連れて家に帰った。
 老母は喜び、赤穴を迎えて言った。
「私の息子は才学に乏しく、学ぶ学問も今の時代には合わぬもので、立身出世の機会を逃
しております。どうかお見捨てにならず、兄として教えを施してやって下さいませ」
 赤穴は謹んで言った。
「優れた男子は義を重んじるものです。名高く、富貴な者は言うまでもありませぬ。私は
今母上の御慈愛を受け、弟からの尊敬を得ました。一体どのような望みがこれに優ると言
えるのでしょう」
 赤穴は喜び、嬉しく思いながら、また数日そこに留まった。


 昨日今日まで咲いていた尾上の桜も散り果て、涼しい風に浪が吹き寄せられる様からも
分かるように、季節は初夏の頃となった。
 赤穴は丈部母子に向かって言った。
「私が近江を逃れてきたのも、元はと言えば雲州の様子を見ようと思い立ったからである
故、今一度出雲へ下ろうと思います。やがてはここに帰って参り、豆と水を糧に下僕とな
って働いてでも、この御恩をお返ししたいと思います。どうか今の別れをお許し下さい」
 左門は言う。
「それでは、兄上はいつお帰りになるのですか」
 赤穴が答える。
「月日はすぐに経ってしまうものだ。遅くとも今秋を出雲で過ごすことはないだろう。


                                      3 / 12
「秋のどの日にお帰りになろうとお定めになっておられるのですか。どうかいついつの日
に帰ると約束して下さい」
「では重陽の佳節に帰るとしよう」
 左門は言った。
「兄上、必ずやこの日をお間違えのないように。一枝の菊花と粗酒を用意してお待ちして
おりますので」
 お互いに誠意を尽くして約束をし、赤穴は西へ帰って行った。
 月日の経つのは早いもので、下枝の茱萸(ぐみ)の実も色づき、垣根の野菊も艶やかに
咲く九月となった。九日、左門はいつもより早く起き出すと、粗末な家の座席を掃い、黄
と白との菊の枝を二三本小瓶に挿し、巾着袋を傾け出した金で酒や食料を買い求め、食事
の支度をした。その様を見た老母は言う。
「出雲の国は山陰の果てにあり、ここから百里も離れていると聞きます。お前の兄上は今
日帰り来るとは限らぬのに、来たのを見届けてから用意をしても遅くはないでしょう」
 すると左門は、
「赤穴は誠実な武士であり、私との約束を違える筈はありませぬ。その人を見てから慌し
く用意をするのでは、赤穴がどう思うことでしょう。恥ずかしいことです」
 と言って美酒を買い、鮮魚を煮て台所へ備えた。
 この日は千里の先にも雲一つない晴天であった。旅行く人々の群群は、
「今日は誰誰が京入りするには絶好の日じゃ。今度の商売で良い利益を得られる兆しじゃ
ろう」
 と行って過ぎ行く。五十歳あまりの武士が二十歳に見える若い連れに向かい、
「こんなに良い日和だと言うのに。もし明石で船を求めていたならば、今朝早く出発して
牛窓の海峡に向かっていたことだろう。若い男は余計に物怖じして、金を多く使ってしま
うのだなあ」
 という。若い男がそれを言いなだめる。
「殿が上京された時、小豆島から室津の港へお渡りになられたところで、荒波よって何と
も辛い目に遭われたということを、その時御供に付いていった者が語っておりました。こ
れを思えば、この辺の渡航は必ず怯えてしまうものでしょう。どうかお怒りなさらず。魚
が橋の宿で蕎麦をご馳走させて頂きますので」
 また、馬を引く男が腹立たしげに、
「この死に損ないの馬めは、眼も開けぬか」
 と言いながら、荷鞍を押しなおして馬を追って行く。
 正午を過ぎたが、待っている人は来ない。日も西に沈み、宿へ入ろうと急ぐ人々がせわ
しそうに歩いていくのを見ていると、不意に外の方ばかりに注目してしまい、心が酔うか
のような気分になる。
 老母は左門を呼び、こう言った。


                                       4 / 12
「人の心が秋空のように移ろいやすいものではなくとも、菊が色濃く咲いているのは今日
ばかりのことでしょうか。帰るという誠実な心さえあれば、空が時雨模様になったとして
も、何を恨むことがありましょう。家に入って寝て、明日になるまで待つのです」
 左門はそれを拒むことが出来ず、母をなだめすかしてから先に寝かせると、もしかした
ら赤穴が帰るかも知れぬと思い、家の外へ出てみた。しかしながら銀河の光は絶え絶えに、
凍てつく月は自分だけを照らして淋しい闇夜が広がるばかり。番犬の咆哮が澄み渡り、浦
波の音もここまで寄せて聞こえてくるかのように、外は静寂としている。
 月の光も山の際に隠れて暗くなったので、今となってはもう来ないだろう、と思い、戸
を閉めて家の中へ入ろうとした。その時ふと見ると、ぼんやりとした黒い影の中に人の姿
が見える。風に任せてこちらへ来るのを怪しく思いながらも見ていると、何とそれは赤穴
宗右衛門であった。
 左門は躍り上がるような気持ちがして、こう言った。
「私は早くから今の間まで、ここでお待ちしておりました。兄上が私との約束を違うこと
なくこうして来て下さったこと、何とも嬉しく思います。さあ、こちらへお入り下さい」
 ところが、赤穴はただ頷くばかりで何も喋ろうとしない。左門は前に進み、赤穴を表座
敷の正座へ迎えて席につかせると、言った。
「兄上のお帰りが遅かったので、母も待ち侘びてしまい『明日にお会いするとしよう』と
云って、先にお休みになりました。今起して参ります」
 すると赤穴は首を振ってそれを止めたが、相変わらず物を言わぬ様子である。
「昼夜を通してお帰りになられたので、気も草臥れ、足もお疲れになられたことでしょう。
どうか酒を一杯飲んで、御休息下さい」
 左門が言い、酒を暖め、肴(さかな)を並べて赤穴に勧めたが、赤穴は着物の袖で顔を
覆い隠し、その臭いを嫌い避けている様だった。左門は言った。
「手前で用意したものなので、御もてなしとしては足りませぬが、これらは私が気持ちを
込めて用意申し上げたものです。どうかお拒みにならないで下さい」
 赤穴は相変わらず返事もせず、長い息をついていたが、暫くして言った。
「お前の真心の籠ったもてなしを、どうして拒む道理があろうものか。これ以上お前を騙
すことは出来ぬので、本当の事を話そう。どうか怪しまれるな。実は私はこの世の者では
ない。忌むべき霊魂が、仮に姿を見せているだけなのだ」
 左門はひどく驚き、言った。
「兄上は何故このような怪しいことを語られるのです。私はまだ夢を見ているのではあり
ませぬのに」
 すると赤穴が言った。
「お前と別れ、私は故郷へ下ったが、国の者は大方勢力の強い尼子経久に服し、塩冶殿の
御恩を顧みる者はいなかった。私は従弟である赤穴丹治富田が城に仕えていたので、彼を
訪問すると、丹治は利害を説きながら私を経久に会わせたのである。私は丹治の言葉を仮


                                        5 / 12
に受け入れ、よくよく経久の言動を眺めていたのだが、確かに万人に優れた勇ましさ持ち、
兵隊の扱いには慣れているようだった。しかし知恵のある者に対しては疑いの心をひどく
持っているので、信頼のおける家臣というものはいないようだった。ここに長く居ても仕
方が無いと思い、私はお前との菊花の約のことを語って帰ろうとした。すると経久は私を
怨んでいる様子であり、丹治に命じて、今日に至るまで私を城から出そうとはしなかった。
この約束を違えば、お前は私をどう思うことだろう、とただひたすら思い沈んでいたが、
城から逃れる術も無い。そこで私は、昔の人の或る言葉を思い出した。つまり『人は一日
で千里を進むことが出来ぬ。だが霊魂ならば一日に千里さえも行くことが出来る』と。私
は自刃すると、今宵の陰風に乗ってはるばる此処に至り、菊花の約を守ることが出来たの
である。どうかこの気持ちを受け取って頂きたい」
 そう言い終わると、赤穴は止め処なく涙を流しているようだった。
「これにてお前との永訣となる。母上に良くお仕え申されよ」
 赤穴は席を立ったかと思うと、かき消えて見えなくなった。
 左門は慌てて止めようとしたが、陰風によって目がくらみ、赤穴の行方を失ってしまっ
た。俯きに躓(つまづ)き倒れた儘、左門は声を立てて大いに泣いた。それに驚いた老母
が目を覚まし、左門のいる所を見ると、客席に酒瓶や魚料理が多く並べてある中に左門は
倒れていた。せわしく助け起して「どうしたのです」と尋ねたものの、左門は声を呑んで
泣くばかりで答えようとしない。老母は再び問い、強く諫めた。
「赤穴が約束を違えるのを怨みに思うのならば、もし明日帰って来た暁には、恥ずかしく
て如何なる言葉も出ないでしょうに。お前はそんなに大人気なく、愚か者だったのですか」
 暫くして左門が答える。
「兄上は今夜の菊花の約の為に、わざわざ来て下さったのです。酒肴を用意してお迎えし
たところ、それを再三辞退なされてこんなことを仰いました。つまり『しかじかのことが
あり約束を背いてしまうこととなったので、自刃して霊魂が百里を来たのだ』と。そして
見えなくなりました。その為に母上の眠りを覚ましてしまうこととなってしまいました。
どうか御赦し下さい」
 さめざめと泣く左門を見た老母は、
「牢獄に繋がれている者は夢の中で赦免された自分を見、渇きを覚える者は夢の中で水を
飲むと言います。お前の見たものもまた、そんな類のものでしょう。よくよく落ち着きな
さい」
 と言ったが、左門は頭を振って言う。
「本当です。あれは真実でない夢などではありませぬ。兄上はここにいらしていたのです」
 と、再び声を上げて泣き倒れる。老母は最早疑うことが出来ず、息子とともに声を立て
て、その夜は泣き明かした。
 翌日、左門はかしこまって老母に言った。
「私は幼い頃から学問を志していたものの、国に忠義を尽くしたという評判もなく、また


                                      6 / 12
家に孝行を尽くしたこともありませんでした。ただ無駄にこの世に生まれてきたばかりで
した。しかし兄上である赤穴宗右衛門は、信義の為に一生を終えました。私は今から出雲
へ下り、せめて兄上の遺骨を故郷へ納めることによって信を全うしたいと思います。どう
かお体を大事になさって下さい。そして私に暫くの暇をお与え下さい」
 老母は言う。
「たとえ何処かへ行ったとしても、早く帰ってこの老いた私の気を休ませておくれ。長く
留まり、今日を永久の別れとせぬようにしておくれ」
 左門は、
「生命とは浮かぶ泡のように、朝夕といつまでこの世にあるのか分からぬものです。しか
し私はすぐに帰って参ります」
 と言うと、涙を振り払って家を出た。佐用氏の元へ行き老母のお世話を丁寧にお願いす
ると、出雲へ向かう道を下っていった。餓えても食べ物のことを考えず、寒くとも衣服の
ことを忘れ、うとうとと眠りに就けば夢の中で泣き明かし、そうこうしている内に十日経
ち、遂に富田の大城へ着いた。
 先ず赤穴丹治の家へ行き、姓名を名乗って中へ入った。丹治は左門を迎え招き入れると、
「鳥が告げた訳でもないのに、どうして宗右衛門のことをご存知なのでしょう。ご存知の
筈がありませぬ」
 と頻りに尋ねる。左門は言った。
「武士たる者は、自分の富貴や進退のことを考えてはならぬもの。ただ信義を重んじるべ
きだ。義兄宗右衛門は一度交わした約束を重んじ、この世のものでない霊魂となって百里
を来た。それに報いようと思い、昼夜をかけてここまで下って来たのだ。私の学んでいる
学問のことで、あなたにお尋ねしたいことがある。どうか明確にお答え頂きたい。昔魏の
宰相公叔座(こうしゅくざ)は、病いの床に臥していた。そこへ魏王も自ら参って、叔座
の手をとりつつもこう告げた。
「『もしお前が死ぬようなことがあれば、一体誰に国の政を任せれば良いのか。私の為にそ
れを言い遺して行け』
「すると叔座は、
「『商鞅(しょうおう)は年が若いとは言うものの、珍しくも大変な才能があります。君が
もし商鞅を採用されないのであれば、彼を殺してでもこの国から出してはなりませぬ。も
し商鞅を他の国へ行かせてしまえば後後になり、必ずやこの国の禍いとなることでしょう』
「と念入りに教えた。それから商鞅を密かに招き、こんなことを言った。
「『私はお前を次の宰相にと薦めたが、王はそれをお許しでない様子だ。私はもしお前を用
いぬのであれば、お前を殺すようにと王に教えた。これは君主のことを先に考え、臣下の
ことを後にした為だ。お前は早く他の国へ去り、害から逃れるのだ』と。
「このことをあなたと宗右衛門の場合と比べてみれば、如何なものだろうか」
 丹治は頭を垂れ、返す言葉もなかった。


                                      7 / 12
左門は座より進み出て、
「塩冶との旧いよしみを重んじ、尼子に仕えなかった義兄宗右衛門は義士である。ところ
があなたは旧主の塩冶を捨て、尼子の下へ走った。これは武士としての義がないと云える。
また義兄は信義あることに、私との菊花の約を重んじ、命を捨ててまで百里隔てた私の元
へ来た。ところが今、あなたは尼子に媚び諂(へつら)って肉親である宗右衛門を苦しめ、
非業の死を遂げさせた。友とするような信義もない。経久が無理に留められたとしても、
宗右衛門との長い交友を考えれば、密かに叔座が商鞅に見せたような信義を尽くすべきと
ころなのに、ただ己の利益にばかり走って武士としての風格もないのは、つまりのところ
尼子の家風同然である。それなので、どうして兄上がこの国に足を留めることがあろうか。
今私は信義を重んじ、わざわざここへ来た。お前は再び、不義の為に汚名を残すがよい」
 と言うや否や抜き打ちに斬り付けたところ、丹治はその一刀によってその場に倒れた。
家来達が騒いでいる間に、左門は素早く逃げて姿を消した。
 一方、尼子経久はこのことを伝え聞き、兄弟の信義の篤さに同情して、左門の跡を無理
に追おうとはしなかった。


 嗚呼、軽薄な者と親交を結んではならぬ、と。


中文译文:
                    菊花之约
播磨国加古驿有个儒生,叫丈部左门。左门安贫乐道,平日以书为友,不喜欢理财治家。丈
部的母亲贤如孟母,终日纺纱织布,以此维持生计,督促丈部读书上进。丈部的妹妹嫁给本
乡的佐用家。那佐用氏家境巨富,因敬慕丈部母子贤德,所以娶其妹为妻,两家结为
姻亲。结亲以后,佐用氏经常托故馈赠丈部,丈部自思:“怎能为自己而累及他人!”所以每
每执意不肯收受,婉言相谢。


一天,丈部去拜访一个同乡。二人谈古论今,兴致正浓,忽听到邻房传来一阵痛苦呻吟之声,
丈部询问主人缘由,答道:“几天前一位看似从西边来的人自称在旅途中与同伴失散,请求在
这里借宿。来人看上去气度不凡,颇有武士风度,便留他住下了,不料,那客人
当晚突然大发寒热,有三四天卧床不起了,至今病情不见好转,又不知道他究竟是什么人,
实在叫人作难。”


丈部听了道:
     “这真是不幸的事,难怪你忧愁不安。再说那客人染病困于旅途,举目无亲,痛
苦焦虑必定加重病情,我去看看他。”    主人连忙劝阻道:“听说瘟病容易传染给别人,
连家童仆人我都不许靠近他,怎么能让你进去,万一传染上疾病可不得了。”丈部笑道:“古
人云,死生有命。我等岂能尽信瘟病传染那种愚昧之言。”说罢便拉门入室,但见那人正如主
人所说,不是一般的人。只是他面黄肌瘦,病体沉重,躺在一床破被上,眼望着丈部,口中


                                        8 / 12
求道:“能不能给我一口水喝?”


丈部上前安慰道:“君子勿忧,我一定竭力救你。”随即与主人商量一番,亲自开方调制,煎
药喂服,又煮粥给他吃。丈部看护这病人如同骨肉同胞,尽心竭力。    那武士深感丈部
情义深重,泪流满面地说道:“君子如此精心照料我这异乡游子,日后定当以死相报。”丈部
劝道:“大凡传染病都有一定的疫期,只要过了这个期限就不会有生命危险了。我会每天来照
顾你的。”


却说病人承蒙丈部精心看护,病势日渐好转,心情也舒畅了许多。他十分感激丈部难中相救
的情意,向主人致礼道谢,在打听了丈部的身世后,也说出了自己的身世:“我是出云国松江
乡人,姓赤穴,名宗右卫门。因略识兵书阵法,被富田城主盐治扫部介聘为军师。后又任命
为密使,差往近江佐佐木氏纲府中。这时,富田城原领主尼子经久纠集山中党,在除夕之夜
突然向富田城发起进攻,扫部介大人城陷战死,出云本是佐佐木氏纲的领属国,扫部介大人
代为守护,于是,我劝谏佐佐木扶助三泽、三刀屋等豪族讨伐尼子经久。谁料想,佐佐木却
是个外强中干的懦夫,他不但不听我的劝谏,还阻止我的行动。我想与其委身于尼子经久,
客居异乡,不如早日返回故国,便逃了出来。不料行至此地,一病不起,承蒙君子深情厚意,
救我于危困之中,今生定当以死相报。”


丈部说道:“恻隐之心,人皆有之,我并没有施恩图报之意,望君好生养息。”


承丈部盛情厚意,又经数日调养,赤穴病体痊愈。


这些日子,丈部如遇知音良友,与赤穴朝夕倾心交谈。言及诸子百家、兵法布阵时候,赤穴
无不精通。因此二人更是情意相投,终于结拜为兄弟。


赤穴年长五岁,为兄,受了丈部礼拜。赤穴对丈部说道:“我自幼父母双亡,孤独一人,贤弟
幸有老母在堂,贤弟母即我母,可容兄弟登堂拜见。不知老母能不能接受我的一片孝心。”


丈部听了欢喜之极, “老母平日常为小弟孤独一人忧虑,
         道:               今日若是将兄长的诚意转告母亲,
她老人家见你我结为兄弟,一定会因此延年益寿。”于是丈部带赤穴来到家中。


丈部之母迎到门外,欢喜地说:“我儿不睬,所学不合时宜,因而难遂青云之志。若不见弃,
今后望以兄长之谊多加指教。”赤穴行了拜见大礼,说道:“身为武士以义为重,功名富贵何
足挂坏。今蒙义母见爱,又受贤弟敬重,哪里还有其他奢望。”后来,赤穴便在丈部家中住下
了。




                                      9 / 12
光阴荏苒,眼见尾上樱花开而又谢,清凉的海风从海上吹来,不觉已到初夏时节。


一天,赤穴对丈部母子道:“当初我由近江逃出本是为了回到出云看看,没想到在此逗留了这
么长时间,请容我暂时回乡探望,过几天就回来,专心侍奉老母,以报厚恩。”丈部问:“不
知哥哥此去,几时回来?”赤穴答道:“日月如梭,最迟不过今秋。”丈部又说:“既是今秋,
望哥哥定个日子,以便到时迎候。”赤穴答道:
                    “那就定在重阳佳节吧。”丈部说:
                                   “一言为定,
哥哥切莫误了日期。到时小弟将备下菊花一枝,薄酒一樽,恭候兄长。
                              ”兄弟二人又叙了一番
惜别之情,赤穴便出发回到出云国去了。


且说时光如流水一样过去,林中茱萸染上了红色,篱下野菊盛开,转眼已是九月。重阳这天,
丈部早早起来,洒扫了草堂,又在瓶中插了两三枝黄白菊花,倾囊置备酒饭。


丈部老母道:“出云国远在山阴道尽头,有千里之遥,赤穴今日未必能赶回,且等赤穴来后,
再预备酒饭也不迟。”丈部道:“赤穴是极重信义的武士,绝不会误约。如果等赤穴来后再匆
匆忙忙备制酒肴,岂不羞愧?”于是沽来美酒,将鲜鱼等一一备于厨下。


重阳这天,天气晴朗,万里无云,过往的游客川流不息。听到有人说:
                              “今日正巧某大人进京,
真是买卖兴旺的吉兆。”又见两个装束一样的武士,长者有五十左右,对着二十来岁的少年唠
叨着:“海面风平浪静,今早若在明石港上船,现在早到了牛窗港了,你一个年轻壮士竟如此
胆小如鼠,致使枉费了许多旅费。”那位年少者辩解道:“主公大人进京时,从小豆岛乘船至
室津,曾遇恶风险浪。一想起人们所讲的那种险情,谁都会发怵。别责怪了,到那边鱼桥,
请你吃碗荞麦面。”另有一驮夫满腹怒气拍着鞍子喝道:“这匹该死的马,竟闭着眼打盹儿。”


天色已过正午,依然不见赤穴踪影,到了夕阳西下,赶着投宿的行人也加快了脚步,丈部还
呆呆地望着路上,如醉如痴。


老母对丈部说:“即使人心不像秋天那样易变,所约菊花盛开之日也未必就是今天。如果他诚
心归返,即便是到了时雨季节也算得是信守前言,有什么可抱怨的?不如进屋歇息,待明日
再看吧。”丈部无可奈何,只好先安顿老母睡下,又怀着一线希望走出户外。只见银河高悬,
残月清清,孤影倍增凄凉。传来几声犬吠,海岸波涛轰鸣如近在足下。


月光渐渐隐到山后,丈部正欲进屋关门,忽然看见朦胧有个人影随风飘来,觉得十分奇怪,
定神再看时竟是赤穴宗右卫门。   丈部惊喜万分,高兴地说:“小弟从早晨等到深夜,可
喜哥哥果然不负前约。快请进屋吧!”见赤穴只是点头,并不答话。丈部请赤穴面南坐下道:
“因哥哥回家已晚,老母等得焦急,说是等明日再见面吧,就入室就寝了。让小弟去唤醒她。”
赤穴摇头阻拦,仍不发一语。


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丈部说:“哥哥夜以继日地赶路,身心劳困,且饮一杯酒,再去歇息。”说罢便温酒,将菜肴
端上桌来,赤穴以袖掩面,似有厌恶腥味之状。丈部说:“水酒粗肴,虽不足以款待兄长,但
却是兄弟的一片诚意,请兄长不要拒绝。”


赤穴仍不答话,只是叹气。片刻之后,赤穴终于开口说道:
                         “贤弟如此诚心相待,岂有嫌弃之
理。事到如今,不再相瞒,我当以实相告,贤弟切莫惊恐,我已非阳世之人,而是污秽之灵,
现为阴魂显形前来践约。
          ”


丈部听了大惊:“兄长为何出此怪言,这一切并非梦幻呀。”赤穴说道:“与贤弟分别后,一路
回到故乡,故国人大都屈从于经久的权势,而忘却了盐治时的恩惠。一日前往富田城内,访
晤堂弟赤穴丹治。丹治向我陈述了形势厉害,并引见城主经久。后来权且听从丹治劝说,留
下仔细观察经久为人。经久虽有万夫不当之勇,且善领兵率将,但为人却多疑善忌,并无心
腹家臣。思想久居无益,便告治经久与兄弟有菊花之约,说明将要出城之意。经久听了,面
露愠色,下令丹治禁止我出城,直至今日若不如期赴约,贤弟会把我看成什么样人了?左思
右想,无计逃脱,常闻古人云:‘人不能行千里,魂能行千里。’想到此便剖腹而死,今夜魂
驾阴风,特来赴菊花之约,万望贤弟怜兄至忱。”说到这里,泪如泉涌。又道:“今日就此诀
别,望贤弟多多孝敬老母。”说罢起身,一晃即不见踪影。


丈部急忙上前阻拦,只觉一阵阴风扑面,两眼漆黑,不辨方向,跌倒在地上,放声恸哭。老
母惊醒过来,只见堂上摆满酒菜,丈部倒在地上。老母慌忙把他扶起来,询问到底发生了什
么事。丈部只是呜咽不已。老母说道:“因赤穴失约难道就如此怨恨,如果明日他来,照样可
以要他解释失约的原因嘛!我儿怎能这么糊涂无知。”过了半晌,丈部才答道:“兄长方才特
来践菊花之约。儿以酒肴相让,兄长再三推辞,最后道出真情。因种种原因,眼见不能践约,
于是剖腹而死,阴魂千里而至。说罢便不见踪影。请莫怪孩儿适才放声痛哭,惊动老母。”说
罢又流下泪来。老母道:
          “人说囚人梦赦,渴人梦浆,我儿想必也是如此,应该静下心来歇息
才是。”丈部摇头道:“孩儿所说绝非梦话,兄长方才真的来过。”说着,又放声大哭。此时老
母也不再疑惑。这一夜,母子二人相对啜泣,直到天明。


第二天,丈部拜别老母:
          “儿自幼寄身翰墨,于国未能尽忠,于家未能尽孝,真是徒生于天地
间一场。兄长为信义捐躯,今日孩儿决意前往出云,收殓兄长遗骨以全大义。母亲当善自保
重,容孩儿就此别过。”老母道:“我儿此行,务必速去速归,以免老母挂念,万万不可逗留
过久,使今日之别成为用绝。”丈部道:“虽说人生就像水上泡沫,朝夕难保,孩儿一定尽快
归来。”遂挥泪拜辞老母,离家而去。又到佐用家,托付了老母之事。


赶路途中,丈部饥不择食,寒不添衣,合目便在梦中哭唤赤穴,整整走了十天,赶到富田大


                                      11 / 12
城。


丈部先到赤穴丹治府邸,通报了姓名。丹治出迎,疑惑不解地问道:“并无鸿雁传书,何以得
知?真是怪事。”


丈部答道:“武士不论富贵荣华,只以信义为重。兄长宗右卫门重一言之诺,不惜自尽,游魂
千里赴约。为报兄长信义,我日夜兼程来到这里,以平日所学所识来问你,昔日魏国宰相公
叔座染病在床,魏惠王亲往探视,握着公叔座的手问道:
                        ‘万一宰相百年之后,国事将托何人?
希望告知寡人。’叔座是这样回答的:‘商鞅年少具奇才。王若不用此人,宁可杀之而勿使出
境。如使其往他国,必为后患。’魏惠王走后,叔座私下对商鞅道:‘吾向魏望荐你,而王似
有不许之色,又告王曰:弗用当杀之。此乃为先君而后臣。速往他国,以免被害。
                                   ’丹治,现
将此事与你和宗右卫门相比,又怎么样呢?”


丹治低头无言以对。丈部上前又道:
               “兄长宗右卫门不忘盐之旧恩,拒绝侍奉经久,可称得上
是义士。你今天背弃旧主盐治,投靠经久,不是真正的义士,兄长重菊花之约,舍命千里赴
约,信义极重。而你献媚于经久,非难骨肉之兄,使兄长死于非命,信义何在?纵有经久拦
阻,也应念骨肉之情,效叔座商鞅之谊,以尽信义。你只图私利,全无武士之德,实乃经久
家风。这样兄长又怎能久居此地?我如今为了信义,将你的臭名留于后世。 说时迟,
                                ”     那时快,
丈部拔刀劈向丹治,趁家臣手下慌忙之际,急逃出门。


据传,尼子经久闻知此事,有感于赤穴和丈部这对兄弟情义至深,并未进行追逐。这么看来,
万不可与轻薄之徒结交。




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