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2015/10/07 並木宜史
ナガランド訪問報告
インド北東部の現状
 
はじめに 
インド旅行においてよく語られるのは一般的に北インドーデリー、アグラ、バラナシ、コル
カターである。少し通ぶりたい旅行者はタミルナドゥやケララといった南インドを好んだり
する。インドの町の喧騒から離れたい人はヒマラヤのほうのリシケシやガンゴトリに行くだ
ろう。海外インターンなんかをする者はボンベイかまたはベンガルールだろうか。広い国土
の中でそれぞれに観光的な意味付けをされた内地に対し、北東部特にアッサム地域以外の部
分はインド旅行を語る文脈においてはまったく閑却されている。地図上においても北東部は
西ベンガルから飛び地のようになっており、間にバングラデシュがありその先にミャンマー
があるためインドの一部だと気付かない人も多い。地図上においてインドの領域からはみ出
ているだけなく、人種、文化も大きく内地とは異なりインド世界の多様の中の統一といった
枠組みにも収まっていない。このように政治的にはインドの一部でありながらインド世界と
は全く異なり今も独立運動が燻っているナガランドのある種の辺境性が旅行先の新規開拓と
して面白そうであった。インパール作戦の展開地域でもあったナガランドは日本とも縁があ
る。こうしたことからナガに惹かれて訪れることにした。本稿では主にナガランドの州都コ
ヒマとその近郊の村での見聞録をまとめている。 
 
ナガランドについて 
ナガランドは新生インドが出来てから長らく独立運動が行われた地であり数年前までは外国
人が入ることはかなり難しかった。しかもアッサムやメガラヤと違って観光的な意味で特に
何かがあるわけではない山奥の州である。ナガランドはイギリス人が来るまでは近隣の強国
に支配されてこなかった。現在ビルマのアラウンパヤー朝はマニプルを侵略したがナガには
来なかった。彼らはかつて首狩りの風習を持っていたが19世紀にアメリカン・パブティス
トの宣教師がこの奥地まで来たことにより教化され「野蛮」な風習は捨て去った。インド独
立に際しては英印政府から独立派は独立の承認を取り付けたが、有力藩王国の分離行動に手
を焼いた新生インド政府は勿論反故にした。独立どころか州も新設されず服属したことのな
いアッサムの一部のままにされたので独立派は武力に訴えることになる。ナガの独立運動は
第一次大戦に従軍して以来最も民族意識の強いコヒマ周辺のアンガミ族中心に行われてき
た。狡猾なインド政府は部族間のイニシアティブに関する争いを上手く利用して切り崩しを
してきた。その中で生まれたNSCNは派閥争いをしながらインド中央と和平交渉をしてい
る。 
 
町の様子 
いわゆるインド人はそれほどいないし、インドの一般的な町のようにそこら中にゴミが散ら
かって悪臭が立ち込めるということもなく小奇麗である。インドの町の風景を構成するのに
欠かせない物乞いや浮浪者、そこら辺で寝てるような人はこちらではまったく見ない。また
インドの町を連想させるオートリキシャも全く見ない。ナガ人の多数派キリスト教徒なので
教会を多く見かけるものの、内地で一般的なヒンドゥー寺院や祠もまったく見ない。ナガ人
の中で民族的な織物を羽織っている人や民族衣装を来ている人は中年以降の女性以外にはあ
まりいない。大抵の人が洋服を着ていて、特に若い人はインドの内地と違って日本的な基準
からしてもオシャレに見える。武装闘争が長く行われ独立運動が今も続いているせいか軍人
は町に多い。かつてナガの独立運動鎮圧のために投入され各地で残虐行為を働いたアッサ
ム・ライフル連隊の駐屯地は各所にある。駐屯地の門や壁にはグルカ兵部隊の名残からかク
クリをクロスさせた極めて威圧的な紋章が描かれていた。 
 
国内移民問題 
インド北東部は他のインドの地域と異なり他地域のインド国籍を持つ者である場合入域や居
住に許可が必要な場合がある。そのためコヒマに着いた日に買った新聞でディマプールで同
国人が「不法移民」で捕まるといった奇妙なニュースを見た。これはイギリス統治時代に定
められた内郭線規則が元になっている。現在と同様英印時代から辺境として特殊な扱いを受
けていた。パキスタンのパシュトゥーン人の部族地域において植民地時代の​辺境犯罪規則​が
未だに施行されているのと似ているかもしれない。そういう特殊な事情があるナガランド及
び北東部諸州では同国人の移住に伴う問題が発生している。コヒマでも商店主や荷夫として
多くの「インド人」を見かける。街歩きをする分にはナガ人と移住者との軋轢は感じない。
しかしある現地人はインド人がそんなにいないことで景観や治安が保たれていると語ってい
た。インド風の人々は必ずしも内地人とは限らずバングラデシュ人の不法移民もいると現地
人は語っていた。 
 
インド人の街の様子 
今回は国際空港のある街まで行くのにドメスティックを使うことにしたので、鉄道
駅が州内で唯一あり空港もあるディマプールへ行った。コヒマからバスに乗って山
間から平野部に降りてくるだんだん雰囲気がインドらしくなってきて、ディマプー
ルはインドそのものの街だった。鉄道駅周辺の喧騒や市場の物乞いは典型的なイン
ドそのもの。宿を探してふらついてる時にふと一件銃砲店を発見した。その周辺に
は飯屋と雑貨店しかなかったので場違いなところに店を出したもんだと思ったが、
そこから近い通りにいくと何件も銃砲店が店を構えていた。空港に行くために立ち
寄っただけなのでなぜなのか調査はできなかった。もしかしたら暴動を含んだナガ
人との殺し合いが日常的にあって自衛のために銃がいるのかもしれない。市街地か
ら空港へ行く途中にはアッサム・ライフルの訓練学校を見かけディマプールがナガ
弾圧の拠点であることも実感した。 
 
【参考文献】 
入門ナガランド―インド北東部と先住民を知るために 多良俊照 社会評論社 
1998/09 
血と涙のナガランド―語ることを許されなかった民族の物語 カカ・D・イラル 
(著), 木村 真希子 (翻訳), 南風島 渉 (翻訳) コモンズ 2011/9/30 
ナガランドを探しに 坂本由美子 社会評論社 1995/12/15 
インド現代史 ―1947­2007― (世界歴史叢書) ラーマチャンドラ グハ (著), 佐藤 宏 
(翻訳) 明石書店 2012/1/19 

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