SlideShare a Scribd company logo
1 of 14
Download to read offline
報告者:並木宜史 報告日:2016/04/27 
 
シリア内戦終了後の中東 
次のリスクとしてのトルコ内戦 
 
 
 
 
内容 
シリア内戦の終結という間近に迫った情勢を出発点に置いて、シリア内戦やダーイシュと関
係した各国の”危うい”今後と、その背景について探る。トルコ内戦を副題としたのは、それ
が恐らくもっとも今後の中東情勢を左右するシナリオだからである。副題のトルコ内戦にか
かわらずが、シリア、イラク、リビア、サウジの幅広い関係各国の話題を扱う。 
 
―目次― 
はじめに 
シリア内戦の終結 
・馬脚を現す反体制派 
・トルコ国境地帯に迫る危機 
リビア内戦とダーイシュ 
ダーイシュ後のイラク 
・クルディスタン地域政府の領域の独立 
・ダーイシュ掃討で終わらないイラクの試練 
全ての軍事介入が失敗したサウジ 
・落とし穴となったイエメン 
・狂いつつあるサルマン 
トルコ内戦のシナリオ 
・クルド政策の失敗から自滅するトルコ 
・治安悪化 
・トルコ当局とテロリストの関係 
・四面楚歌のトルコ 
・クルドに翻弄されるトルコ 
・トルコ人の内戦 
中東はイスラム主義と混沌の悪循環を脱するか 
・かつての中国こそ今の中東 
・クルディスタン独立とパレスチナ問題 
・中東民主化の希望の星 
 
 
1 
はじめに 
日本及び欧米のメディアでは情勢がはっきりした今でも、シリア内戦を語る際には枕詞のよ
うに「泥沼化」という言葉を、記事の見出しに入れることがある。現在「泥沼化」 してい1
るのは、内戦の行方ではなく内戦後の体制のあり方である。反体制派は相変わらず敗者の身
分にも関わらず、アサドの退陣を主張している。一方殆ど軍事的に反体制派を制圧した政権
側は、そのような主張を負け犬の遠吠えくらいにしか受け取っていない。これまで政権側と
反体制派側の和平交渉は失敗を繰り返してきたが、今回のジュネーブの和平交渉も、またア
サドの地位を巡って開始早々暗礁に乗り上げた 。今回の内戦で勢力を伸ばし独立のあと一2
歩手前まで来ているクルド勢力は、この問題で主導権を握るために早くから双方に”プラン
B”として連邦制の受け容れを、呼びかけてきた。アサド政権側は分裂した国土を独力で再統
一するのは難しいが、かといって軍事的に優勢な状態で停戦を迎えたのに、反体制派を国家
に再び統合するために退陣するということは認められない。反体制派はもう戦闘を続ける余
力はないが、一度アサド政権の支配下に戻ることを認めればどのような報復を受けるかわか
らない。このジレンマを解決に導く妙案が連邦制導入というわけである。そしてシリアのク
ルド自治政府は、2016年2月初め連邦制の施行を宣言した。情勢が常に流動的なシリアにお
いて、先を見通すことは難しい。しかしもう内戦の再開が難しい現下の状況では、両者がな
んらかの妥協点を見出さざるを得ず、遠からずアサド政権側も反体制派側も連邦制の導入を
しぶしぶ認めるものと思われる。よって事実上内戦は終結しているものの、さらに遠からず
政治的な解決「講和」ももたらされる。そして停戦の対象外の勢力で、最大かつ最も危険視
されるダーイシュ(アラビア語でイスラム国の意)も、アサド政権軍とクルド人部隊人民防
衛隊(以下略称:YPG)に挟撃され、先にシリアで消滅する。シリア内戦終結とダーイ
シュの掃討で、中東特に”肥沃な三日月地帯”を中心にした問題が、すべて無くなるかといえ
ば、そうではない。シリア内戦に肩入れした諸国では、敗戦という結果を突き付けられる。
また直接的にはテロリストの流入により、体制を揺るがす問題を抱えることになる。特にト
ルコはエルドアン政権が、トルコからの独立を主張し内外で最大の敵とみなすクルディスタ
ン労働者党(以下略称:PKK)との、和平交渉を一方的に打ち切り軍事的解決に乗り出した
ことから、治安状況は悪化の一途を辿っている。シリア内戦が終わり、ダーイシュの脅威が
消えても、中東に安定が訪れる兆しはない。 
 
 
 
 
1
 ”Syria’s future:A black hole of instability” Japan Times 2016/04/19 
2
 今では停戦破棄の危機に瀕している。​”シリア和平協議中断 離脱の反体制派、「停戦違反」批判”
http://digital.asahi.com/articles/DA3S12324068.html 
2 
シリア反体制派に迫る危機 
・馬脚を現す反体制派 
自由シリア軍始め反体制派は一部で始めから、その政治的素質には疑問が付されてきた。世
俗派もイスラム主義者も混じっているように、統一的な政治見解をもっていない。アサド政
権退陣後の、シリアの政治統合のプロセスも白紙に等しかった。アサド政権に反抗的な部族
に、それぞれ別個に支えられた勢力というのが実相である。だからこそ、掲げる看板のいい
加減さには定評があった。その事を示す事実の一端に、ダーイシュの兵士の中には、自由シ
リア軍系組織から転向した者が多い、ということがあげられる。今反体制派に迫る危機の一
つは、反体制派の正体が国際的に認知されつつあるということだ。これまで、現地行きが難
しいシリアのニュースを、「現地」から伝えるというプロパガンダ手法で反体制派は国際世
論の支持を維持してきた。その片棒を担いだ欧米メディアは、反体制派メディアとの慣れ合
い構造から、事実の報道よりも反アサドの情報ならなんでも良いと、反体制派への検証を
怠ってきた。その欧米メディアが頼ってきた情報源が。それは欧米から世界へと、シリアの
現地情報の提供に定評があった、在英組織「シリア人権監視団」の信憑性が失われつつある
ことだ。ダーイシュの現地支配の実態のリポートに定評があった、亡命シリア人グループ3
「ラッカは静かに虐殺されている(Raqqa Is Being Slaughtered Silently )」(以下略称:4
RBSS)も、最近はダーイシュのリポートが減りYPGのネガキャンが目立つ。こちらはシリ
ア人権監視団ほどの権威はないので、まだメディアで信憑性への疑問が取り沙汰されること
はない。ダーイシュの滅亡が間近であってお払い箱になることに加え、リポートの信憑性に
も疑問が付されることでRBSSも信用を失うだろう。アサド政権に対し、国民からの支持と
兵力で劣っていた分を埋め合わせていた、情報戦での優位をもはや反体制派は失っている。 
 
・トルコ国境地帯に迫る危機 
自由シリア軍系組織他イスラム主義武装勢力には、現在補給路遮断の危機が迫っている。そ
れはダーイシュによるトルコ国境地帯の制圧である。シリアの反体制派は、国民的な支持は
ないので、外国からの資金を始め傭兵、武器を依存して戦闘を継続している。反体制派に
とってアレッポとトルコをつなぐ補給路の維持は、死活問題である。そのことを考慮に入れ
ると、クルド人が、動きだしてから内戦が終結に傾いてきた。というのは、シリアのクル
ディスタンは、ほぼトルコとの国境地帯と接していて、彼らが支配地を広げる毎に反体制派
とトルコをつなぐ補給路は狭まるからである。今回危機に瀕している停戦合意も、YPGに
よる国境の封鎖が視野に入ってきたからこそ、トルコが大慌てで米露の協議の求めに応じた
ことが大きい。もしダーイシュが国境地帯を押さえれば、トルコが最も恐れる、YPGが目
指す国境地帯の封鎖も視野に入ってくる。これまでYPGのアレッポ近郊での勢力拡大は、
3
 「情報カプセル・シリア」選択2016年4月号​、p18 
4
 ウェブサイト ​“https://raqqa­sl.com/en/” 
3 
自由シリア軍系組織との交戦が多かったことから、やや風当たりは強かった。これまでダー
イシュとの戦争を優位に進め、YPGのイスラム主義打倒の大義が世界から認められてい
る。YPGには、アフリン地区とコバニ地区の連結という戦略的目的がある。以上述べた”国
境危機”とでいうべき事態は、直に顕在化するであろう。 
 
 
リビア内戦とダーイシュ 
2014年にリビアでのダーイシュの拠点確保が報じられてから、ダーイシュの劣勢が伝えら
れるようになった2015年後半にかけてリビアが第二の拠点になるということが、まことし
やかに述べられるようになってきた。ダーイシュを名乗ったり、”忠誠”を誓う目的というの
は、ダーイシュ本拠地からの資金(の流れ)、兵器流入を当て込んでのことである。この点
は、イエメンやシリアのテロリストが、”アルカイダ系”組織になる構図と変わらない。しか
し、資金の流れが大きく異なる。アルカイダは湾岸の王族を中心に、多くの’篤志家”からの
資金を、世界各地へ回す。その資金の大部分はサウジの石油から生み出されているだろう。
そして、その資金を以て戦う主体は資金源とは完全に分離されている。つまり、サウジやそ
の取り巻き達が干上がらない限りは、資金の流れに困ることはない。ダーイシュはどうか。
ダーイシュは世界で最も富裕なテロリストと形容されていたこともあった。それは本来イラ
ク、シリアの国庫に入るべき収入を、連中が代わりに吸い上げているからである。当然、地
元で徴収した税、石油のような産品を換金した収入は、地元での戦闘や組織運営に使われて
いる。ダーイシュはアルカイダのように、宙に浮いた資金源に拠っているのでなく、直接的
に現地に拠っている。資金源と使用主体の分離はない。ダーイシュの軍事的行動の結果は直
接収入源に響く。YPGに一寸ずつ土地を奪われる度に、やせ細っていく。イラクとシリア
で、劣勢に追い込まれているダーイシュは、海外の兄弟のパトロンたりえるかは大きな疑問
がある。資金源だけでなく、ダーイシュのリーダーシップはやはり、イラク とシリアの現5
地社会状況に依存している。本拠地で負けそうだからといって、易易と他の地域に新たな根
を下ろせるわけではないのである。ダーイシュのリビア遷都論は、一度介入に失敗した欧米
勢力の再度の介入 の地ならし的意味があることは、考えられる。いずれにしても、リビア6
のダーイシュは、本家と同じく居座っている国の、政治的分断の中でしか生存できない。現
在リビアについても、国連主導の和平交渉が準備されている 。これがシリア内戦のジュ7
5
 ダーイシュのファウンダーが元イラク軍関係者であることは有名な事実。― ​“Most of Islamic States Leaders Were Officers in 
Saddam Husseins Iraq” 
https://www.washingtonpost.com/world/most­of­islamic­states­leaders­were­officers­in­saddam­husseins­iraq/2015/04/04/f3d2d
a00­db24­11e4­b3f2­607bd612aeac_graphic.html 
6
 欧米が支援するリビア統一政府の対ダーイシュ作戦にはフランスの軍事顧問も関わっている。― ​“Libyan forces battle Islamic 
State in Sabratha, three killed” https://www.almasdarnews.com/article/libyan­forces­battle­islamic­state­in­sabratha­three­killed/ 
7
 ​“US imposes sanctions on opponent of Libya peace plan” 
http://www.alaraby.co.uk/english/news/2016/4/20/us­imposes­sanctions­on­opponent­of­libya­peace­plan 
4 
ネーブ和平協議のように、流産することがなければ、ダーイシュはリビアを二分する勢力に
挟撃され、直ぐに居場所を失うだろう。 
 
ダーイシュ掃討後のイラク 
・アバディ内閣と復活したサドル 
目下ダーイシュ占領下で最大の都市モスルの攻略が進行中である。今では所謂スンニ派三角
地帯の最も強固な一角であり、かつて米軍を最も困らせたファルージャがターゲットになっ
ている。イラクはダーイシュが生まれた地であり、2014年に急速に拡大して以来その掃討
は同国最大の課題になった。現在、ダーイシュ掃討は概ねうまくいっていると言ってよい。
ただ、それでも政治的危機はなくならない。シーア派民兵によるスンニ派地域住民の虐殺や
略奪 が伝えられるように、ダーイシュを生む政治的土壌となった宗派対立緩和の兆しはな8
い。政府の腐敗問題も、イラク国民のイラク国家からの距離を広げている。その結果、
2014年始めに政治活動の停止を宣言していた、ムクタダ・サドルが再び表舞台に出てき
た。彼は、支持者にグリーンゾーンにおける座り込みを呼びかけ 、アバディを揺さぶっ9
た。一応アバディ側からの呼びかけで、サドル側との妥協が成立した。しかし、これも閣僚
入れ替えという弥縫策に過ぎず、イラク国民を統合していくアイディアをアバディは持って
はいない。 
 
・クルディスタン地域政府の領域の独立 
イラクは今年さらに重大な問題に直面する。それは建国以来の問題であるクルド人の独立要
求が、今年中に現実のものになりそうなのである。イラクのクルディスタンには、同国最大
の油田であるキルクーク が位置し、石油に関する利益配分はバグダード中央政府との最大10
の懸案になっていた。キルクーク。イラクのクルディスタン地域政府(以下略称のKRG)
大統領マスード・バルザニは、任期を超えても大統領職に留まっていることから、各方面か
らの非難を浴びてきた。そして2015年の後半から徐々に独立の可能性を口にするように
なった。そして今年始め自身の進退の具体的な行方について言及した。それは、クルディス
タンの独立に関する住民投票を行い、独立が実現したら辞任するというものである。KRG
が石油取引の自由を得た現在のバグダード中央政府には、独立を抑える有効な手段はない。
加えてダーイシュの掃討で当初から失態を重ねたバグダードには、諸外国も失望しておりク
ルディスタン独立は国際的にも概ね認められるものと思われる。 
 
 
8
 そもそもシーア派はスンニ派のことなどどうでもよくて、スンニ派の問題であるダーイシュ掃討にも乗り気ではない。 
9
 “” http://ekurd.net/iraq­sadrs­followers­rally­baghdad­2016­03­18 
10
イラクのクルディスタンの化石燃料埋蔵量は世界で八番目に多いと言われる。― ​“Iraqi Kurdistan has world’s 8th oil and gas 
reserves” http://ekurd.net/iraqi­kurdistan­has­worlds­8th­oil­and­gas­reserves­2015­03­30 
5 
・ダーイシュ掃討で終わらないイラクの試練 
ダーイシュを掃討に成功した後には、ダーイシュに安全保障を託したスンニ派地域をイラク
国家に統合しなければならない。スンニ派地域の政治統合は、中央のポストをシーア派が独
占する現状では難しい。またシーア派地域もまた分裂状態に陥る可能性がないとは言えな
い。現在イラク軍は一応存在しているものの、戦闘の主力になっているのは有力者が率いる
シーア派民兵集団である。これがダーイシュの掃討後、根拠地に戻り軍閥化するというシナ
リオが考えられる。ダーイシュ討伐のために挙国一致を訴えた、アバディのテクノクラート
政権の正当性も弱まる。ラマディ奪還のために、スンニ派を巻き込んだやり方も、シーア派
から問われることになる。そして政府のポスト配分を巡って、私兵を持つ有力者が中央に反
旗を翻し南部内戦ということは、現段階では十分ありうる。国家としての一体性を保ちつつ
地方の独立性も担保するとなると、イラクもシリアに求められていると同じく、連邦制へと
移行する必要があるであろう。 
 
全ての軍事介入が失敗したサウジの行方 
・落とし穴となったイエメン 
2016年4月21日、長らくサウジの頭痛の種であった、イエメンの和平協議がクウェー
トで開始した 。イエメンは所謂アラブの春で、”独裁者”サレハが倒れハディが後を継い11
だ。そのサレハがフーシ派(ザイド派)の民兵と結託して勢力伸長をし、捲土重来を狙ったこ
とがこれまでのサウジの介入の発端であった。シリアで支援するヌスラ他の勢力が、アサド
に勝てていないことに、業を煮やしたのかお膝元での冒険に乗り出した。それが、サウジが
音頭を取った湾岸”有志連合”によるイエメン介入である。これが外交的にも、軍事的にも大
失敗となった。あろうことか、サウジとの国境まで攻め込まれる という失態を演じた。ま12
んまとイランの罠に引っ掛かり、王族の火遊びは国家の大火傷になったのである。 
 
・狂いつつあるサルマン 
サウジはジュネーブの和平協議に、過激派イスラム軍(Jaish al­Islam)の参加を要求した
ように、以前から外交センスは国際社会からすると、国教ワッハーブと同じく失笑もので
あった。最近は、さらに拍車がかかっている。去年はシーア派地域の有名な宗教指導者ニム
ル師を処刑し、世界から大きい非難に直面した。OPECとロシアの会議でも土壇場で交渉放
棄し、かつ米に対しサウジを訪問したオバマの出迎えに国王が行かないという挑発行為を
とった。以上の暴挙の数々は、年寄りサルマンの耄碌の故と言えなくない。そのことを考慮
に入れても、シリア、イエメンでの冒険に失敗したことがやはり大きい。負けを認めれば、
国内の突き上げを食らうから、悪あがきをするのである。しかし、既に負けが定まった勢力
11
 ”イエメン和平協議開始 停戦中も戦闘、曲折も” http://www.47news.jp/news/2016/04/post_20160422084659.html 
12
 “Yemeni Army & Committees Control Three Saudi Bordering Sites” https://www.almasdarnews.com/article/19830/ 
6 
は、何をやろうがそれはより酷い負けにしかつながらない。サウジは、トルコと共に世界の
孤児になりつつある。 
 
・サウジの国庫消失とイスラム主義国際テロ 
サウジは2015年10月にIMFから5年以内の資産準備消失という予測 を突き付けられた。サ13
ウジとそれにくっつく湾岸諸国の金回りが悪くなることは、テロ組織の巨大な資金源が消滅
することを意味する。”アルカイダ”の存在感は、ダーイシュが台頭する前、いやビンラディ
ン殺害の数年前から、ずっと薄くなっていた。シリア内戦の終結によって、今や”アルカイ
ダ”の名を代表しているとも言えるヌスラ戦線の消滅は、そのままアルカイダ・ブランドの
事実上の消滅にも繋がるだろう。ワッハーブ主義のサウジは、テロリストの供給源としても
大きい。疑わしいサウジとダーイシュのつながりはともかくとして、ダーイシュの外国人傭
兵の中にサウジ人が占める割合は大きい。サウジとイスラム主義国際テロのつながりは、ア
メリカの反共政策に結びついて始まった。ソ連のアフガン侵攻に対抗するためである。アメ
リカの有力な同盟国パキスタンに多くのマドラサがサウジの資金で作られ 、そこではイス14
ラム学ではなく爆弾製造の方法、暗殺の方法他テロ攻撃のノウハウが教えられていた。かの
有名なビンラディンやザルカウィも、下積み時代をアフガンで過ごしたのである。今回の敗
戦と国庫枯渇から起きるであろうサウジの体制変革は、イスラム主義国際テロの一つの時代
を終わらせることになるだろう。 
 
 
トルコ内戦のシナリオ 
・クルド政策の失敗から自滅するトルコ 
トルコはこれまでアラブの春でも体制が揺るがず、イスラム主義のテロ組織の活動も確認さ
れないことから中東唯一の成功例みたいな言われ方をされてきた。しかし去年から一般報道
においても、トルコ各地でのテロが聞かれるようになり治安は急速に悪化している。既に一
部識者からトルコが次の動乱の中心になるという見方 が出ている。ロシアの国連大使はト15
ルコをユーゴになぞらえて分裂を警告 した。なぜトルコのクルド問題は過去最悪のレベル16
まで悪化したのか。アンカラ発の情報を鵜呑みにする一般人からすれば、トルコ国家を脅か
すクルド人が悪いということになるだろう。実際には、トルコ側がクルド人側の主張頭から
否定する姿勢が問題の根源なのである。トルコは建国以来、これまでクルド人との融和を頑
13
”産油国財政、一段と悪化 IMF「サウジは5年で準備資産消失」 原油安が長期化” 
http://www.nikkei.com/article/DGKKASGM23H5E_T21C15A0FF2000/ 
14
 サウジは金余りで、パキスタンは人余り、ということから、サウジは資金提供をしパキスタンは軍人を派遣する関係が作ら
れた。今に至るまで提携関係がある。 
15
”トルコが巻き起こす「中東激震」” http://www.sentaku.co.jp/category/world/post­4280.php 
16
”Emergence of Kurdistan will breakup Turkey, Syria, Iraq: Russia’s UN envoy”  
http://ekurd.net/emergence­kurdistan­breakup­turkey­2016­02­19 
7 
なに拒否する 、という歴史を歩んできた。エルドアンは経済が好調な時期こそPKKとの停17
戦交渉に臨んでいたものの、経済が低迷しトルコ人の間でも反エルドアンの機運が高まって
くると、PKKを挑発するという危険な冒険主義による活路を見出すようになった。昨年6月
にクルド系政党人民民主党が躍進し、平和的な方法でクルド問題を解決する絶好のチャンス
があった。おりからPKKとは停戦の交渉が続いていたこともあり、停戦合意をまとめその後
は議会内でHDPだけにクルド人の主張を代弁させていけば、クルド問題の政治的な解決を
軌道に乗せるは可能だったはずである。とりあえず最低限の自治であってもクルド側に妥協
しておけば、独立派の影響はかなり削がれたのではないかと思う。しかしエルドアンは、政
治的な苦境を脱っするためにPKKを挑発する 、という最悪の手段にでた。これ以降南東部18
のクルディスタン地域は騒乱状態に突入していくことになった。「PKKはテロ組織ではな
い」の発言が有名な、独立活動家の弁護士タヒール・エルチの白昼堂々の暗殺も、犯人は不
明とはいえ多くのクルド人に、トルコ政府への怒りをさらに焚きつけることになった。11
月の選挙前にはイスタンブールでクルド人の集会を狙ったテロがあり、日本でもトルコ大使
館前でトルコ人とクルド人の騒乱が発生した。クルド人が多いアナトリア南東部では、テロ
対策を口実に大規模な外出禁止令が、各地で発令された。選挙期間に外出ができないという
のは、殆ど選挙運動を封じられるに等しい。これは結果的にHDPを始めとしたクルド系政
党への選挙妨害になった。そしてAKPは徹底的な動員を行い選挙への準備を万全にする中、
選挙が行われた、開票の結果はHDPの大敗とAKPは過半数割れ状態からの劇的な単独過半
数状態への回帰だった。トルコ側の横暴に対しアナトリア南東部では、各地で抗議運動が起
こった。トルコは各地で外出禁止令を乱発し市民生活を脅かし、特に実効支配国境沿いの町
での弾圧に力を入れ始めた。この市民生活を脅かす外出禁止令は、クルド側にも市民防衛軍
(YPS)の結成 という対抗措置をとらせた。トルコで軍事行動の指揮を執るPKKの軍事部門19
HPGとは、また別のこの組織は現在までロジャバとトルコ領内の連絡を防衛する任務を
担っており、じわじわとニュースでの露出も増えている。合法的な抗議運動をトルコが武力
で弾圧したことにより、武力抵抗の組織化という独立戦争に必要な条件が調えられていって
いる。 
 
・治安悪化 
エルドアン政権への反発とクルド人の抵抗運動の拡大のせいかトルコの治安は悪化し続け、
トルコの中心部でも頻繁にテロが起きるようになった。アラブ諸国の混乱を尻目に、中東の
成功国家の評価をほしいままにしてきた。去年から、その評価は一変し今では多くの国で、
観光旅行の自粛が呼びかけられるまでになっている。今年数度に渡ったアンカラのテロも、
声明通り本当にクルディスタン解放のタカ(TAK)が実行したとしたら、エルドアンの治安維
17
 クルド系大統領オザールの時代に融和の機運が生まれたものの、結局大きくクルド人の境遇が変わることはなかった。 
18
”Turkish fighter jets attack PKK targets in Kurdish southeast”  http://ekurd.net/turkish­jets­attack­pkk­southeast­2015­09­02 
19
 ”Civil Defense Force Founded In Nisêbîn” 
https://rojavareport.wordpress.com/2015/12/26/civil­defense­force­founded­in­nisebin/ 
8 
持能力に重大な疑念が投げかけられることになる。エルドアンがTAKの犯行声明に直ぐに反
応を示せなかった情けない様相は、PKKを主敵として騒乱を鎮圧いくという伝統的手法の空
振りを国内外に示した。国家の中枢でのテロも防げないとなれば、”テロリスト”のホームグ
ラウンドであるクルディスタンの騒乱を鎮圧するというのは不可能だと、国内外に宣言して
いるに等しい。ただこのタイミングでなぜPKKに代わって聞き慣れないTAKが表に出てきた
のかということの背景はどこにあるのだろうか。現在PKKはダーイシュが保持するモスル解
放と恐らくその後のシリアとイラクのクルディスタンの連結を担うため、イラク北部に兵力
を終結させている。その代わりトルコ国内でのクルド民衆の扇動を先日のテロで話題になっ
たTAKが担ってるという見解 もある。ただPKKはTAKが分派した組織と認めてなく両者の20
関係は不明である。ただクルディスタンの騒乱に便乗し名前を売っているだけの勢力という
可能性も否定できない。かつてイスラエル独立時には英の委任統治領撹乱するためのテロ組
織だったイルグンやレヒの幹部は、英撤退後新生イスラエルの政権に参加するということも
あった。TAKの幹部もまた、騒乱の激化と内戦への転化を将来の権力掌握のチャンスと捉
え、トルコの治安撹乱をしている可能性はある。ただシオニストのテロ組織はそれなりに協
力していたが、TAKはPKKと公式にも非公式にも関係がないと言われる。PKKの系列に入っ
ていないということを、TAK、PKKの双方が主張している。両者に関係がなく、かつTAKは
テロ専門の弱小勢力だとすると、外国勢力がエルドアンを揺さぶるために利用している可能
性も、また考えられる。 
 
・トルコ当局とテロリストの関係 
もう一つ重要な問題として考えなければならないのは、シリア内戦に介入する過程で大きく
なったイスラム主義者達の関係である。連中のうち特にダーイシュに関係した者は、アサド
とクルドの落ち武者狩りを恐れてトルコに向かう。シリア内戦が終わりダーイシュも打倒さ
れれば、大きな稼ぎ場がなくなる。騒乱状態に陥ってるトルコは、傭兵を欲するので再就職
に困ることはないだろう。既に彼らの一部は”特殊部隊”として対クルド作戦のに投入されて
いると、クルド人活動家は主張する。ダーイシュの捕虜を尋問した、クルド人がトルコとテ
ロリストの密接な関係を示す証拠と言い立てる映像も存在する 。トルコは政治的な解決の21
チャンスをことごとく潰し、そしてテロリストを養ったりと無軌道な治安政策を続けてきた
ので、もはやどうにもならないというクルド人の自治獲得の要求は武力で決着がつけられる
ほかない。その際に行き場のないテロリストは、トルコにとっていい捨て駒になる。エルド
アンとイスラム主義者達のパトロンークライアント関係も、暴力的に解消されるしかない。
これもまたトルコ内戦の必然性の一つである。 
 
20
 ”Are clashes spreading to western Turkey?” 
http://www.al­monitor.com/pulse/originals/2015/12/turkey­kurdish­militant­clashes­pkk­tak.html 
21
ただそれらの映像がクルド人による、やらせに見えることも否めない。 ― ​”ISIS Fighter: Turkish Intelligence Fund us” 
https://youtu.be/s2A91vuh_e4 
9 
・四面楚歌のトルコ 
トルコは外交でも失敗を重ねおり、もはや大国や近隣諸国に味方がいないということも、ク
ルド側に勝算ありと見て独立戦争に踏み切らせる大きな要素になっている。これまでも
YPG西進を”レッドライン”と脅しておきながら、いざYPGの西進に直面すると、虚仮威しの
ような砲撃くらいしかYPGの妨害行動をできなかったことは記憶に新しい。このことから
も、トルコは政治的に身動きが取れない状況になっていることは容易に見て取れる。シリア
への介入の失敗が一つある。トルコは周知のようにシリアでトゥルクメン人武装勢力を支援
してきた。クルド勢力を牽制する限りでダーイシュと提携する ことがあるにしても、やは22
りトルコの本命はあくまでトゥルクメン系の武装勢力である。トルコの内情を少しでも知っ
ている人なら、トルコの世俗主義というのはトルコ人種主義の言い換えに過ぎないと知って
いる。つまりトゥルクメン人はトルコの支配層にとっては、お気に入りの外国勢力というわ
けである。ただ、トゥルクメン人が多い北イラクで、その人種的同胞も今ではエルドアンに
そっぽを向くことになった 。ちゃんとした安全保障を求めるトゥルクメン人は、政治的無23
能力のトルコより身近なクルドを選ぶのは当然である。シリア内戦において特に悪手だった
のが、ロシア軍機の撃墜である。これはただでさえ国内のクルド問題対策に苦慮していると
ころなのに、さらにその主敵に強力な味方をつけることになってしまった。アメリカもクル
ド勢力の同盟者ではあるものの、トルコはNATOのメンバーかつダーイシュへの空爆でトル
コ国内の基地を使用させてもらっていることから煮え切らない態度をとってきた。クルド側
は兎に角弱腰な欧米勢力の次に、ロシアを味方にするという次の一手を打った。ロシアは、
他のシリア内戦関係勢力と同様、積極的に評価するには値しないのは言うまでもない。しか
し他の勢力が無定見で無原則な政策を行う中で一貫して「テロとの戦い」を掲げ、友邦を応
援する、という外交の基本方針を守ってきた。そしてウクライナ危機で目の当たりにしたよ
うに西側がいくら非難をしようが、行動に正当性があると判断すれば容赦しないという強み
がある。クルドは、シリアを自分の手腕で事を収めたい欲求に溢れるプーチンを、トルコ牽
制のための駒として自分側へ取り込んでいった。HDPの共同代表デミルタシュが独自にモ
スクワを訪問して、ダウトオールを激怒させた。またロジャバ政府発のの外交事務所がモス
クワにオープンすることになった。国内に同じくクルド問題を抱え国境を接するイランはど
うかといえば、シリア内戦でトルコは敵方であるし、クルド問題もトルコに比して優先事項
なわけではない。1930年に結ばれた有名なクルド人弾圧の相互援助条約サダーバード条約
の効力も今回は発揮されないだろう。 
 
 
 
22
 “Senior Western official: Links between Turkey and ISIS are now 'undeniable'” 
“http://www.businessinsider.com/links­between­turkey­and­isis­are­now­undeniable­2015­7” 
23
 “Has Ankara abandoned Iraq’s Turkmens?” 
http://www.al­monitor.com/pulse/originals/2016/01/turkey­syria­iraq­shiite­turkmens­angry­with­ankara.html 
10 
・クルドに翻弄されるトルコ 
トルコが自己の無能力のせいで、国内において勝手に泥沼に沈んでいる間に、シリアの情勢
は急変してしまった。これまでイスラム主義テロリストや自由シリア軍系の組織が拠点とし
てきたアレッポは、アサド政権側の猛攻によって彼らに奪還されようとするような情況に
陥った。迷走を続けるトルコに対して、クルド人側はトルコの動きを封じるための政治的努
力を続けてきた。クルド勢力特にシリアのそれは、世界がその打倒を望みながらどの国も手
をこまねいていたダーイシュに始めて有効な勝利を収めた。そしてダーイシュの掃討を、特
に強く望む欧米勢力に自勢力をダーイシュ問題切り札として上手く示すことで、まず欧米勢
力から大きな支持を獲得した。ダーイシュに対峙するという絶対的正義はトルコの対クルド
の行動を牽制する国際世論となった。プロパガンダの分野でもトルコは劣勢に立たされてい
る。ダーイシュと戦うクルドには激しく攻撃し、ダーイシュへの穏健的な態度は、エルドア
ンはダーイシュの味方と、クルドが流す情報に信憑性を与えた。まだ国際的にはあまり注目
されていないものの、トルコ軍・治安当局による弾圧の苛烈さを示す画像・映像はじわじわ
と増えている。例として去年の死体引き回し事件、殺害した女性の下着を剥ぎ取る画像、治
安部隊が裸でクルド住民を並べてる画像がある。遠からずエルドアン政権は国際的に、シリ
ア内戦でのアサド政権と同じような扱いになる可能性は否定できない。そうなると、クルド
側は西側メディアでシリア反体制派が受けてきた扱いと、同様の扱いを受けることになる。
そしてトルコの正当性に比してクルドの正当性は飛躍的に上がる。つまり、トルコが本格的
な内戦に突入しても、誰もトルコを支援することはなくなる。内戦の結果、クルディスタン
が独立したら、今度は国際社会はそれを支持する、という環境をクルド勢力側は作り上げた
と言える。クルド側は、外交面でトルコを既に追い詰めている。 
 
・トルコ人にも亀裂 
ここまで主にクルドの突き上げと、エルドアンの対応ということから、トルコの内戦突入の
不可避性を論じてきた。トルコは世俗主義が国是で、ナショナリズムを有耶無耶にしがちな
イスラム主義の上に、トルコ民族主義を高く掲げている。アラブ人に比べれば民族の連帯意
識は強く見えるトルコ人は、果してこの危機に一致して対応ができるのか。去年11月の選
挙では、AKPは大勝しトルコ人の多くはエルドアンの素質に疑問を抱きつつも、国難への対
処を託したように言われた。議会では、民族主義行動党(MHP)というAKPの補完勢力の
存在がある。また有力野党、共和人民党(CHP)は政治的無能力から、エルドアンへの追
随姿勢を強めている 。この一見すると挙国一致しているトルコに、今イスラム主義運動が24
大きな亀裂を生みつつある。それは、エルドアンとギュレンの対立である。ギュレンは、ト
24
 CHP党首Kilicdarogluは、エルドアンの提案するHDPからの議員特権剥奪案を、CNNトルコを通じて賛意を表明した。なお
恣意的な議員特権剥奪は、憲法に反する可能性があることを、認めている。 ― ​”Turkey’s opposition CHP party supports 
bid to strip Kurdish MPs of immunity” ​http://ekurd.net/turkey­chp­supports­strip­kurdish­2016­04­14 
11 
ルコのイスラム主義運動を率いる、トルコ・ムハーバラート の陰の実力者である。軍はい25
わゆる”ケマリスト”、世俗主義の牙城である。かつてAKPの前身福祉党が政権を取った際
に、軍はクーデターを実行し党を解散に追い込んだ。しかし、情報機関MiTや警察にはギュ
レンの影響力は強い。エルドアンは、ギュレン派の新聞「ザマン」を差し押さえるという措
置に出た。イスラム主義勢力を一旦認めた上で、弾圧すると内戦かまたは大きな国内混乱を
もたらすことは、90年代のアルジェリア、アラブ春の潰えたシシのエジプトを見ていると
理解できる。クルド・トルコの二国家分離の解決案が成就したとしても、トルコ人同士の争
いによって混乱は続く可能性はかなり高い。 
 
中東はイスラム主義と混沌の悪循環を脱するか 
・かつての中国こそ今の中東 
ここまで、様々な国のシリア内戦後の暗い先行きについて分析してきた。どの国(またエジ
プト)にとっても不幸なことは、中東の問題の根源を理論的に分析し、その解決のために実
践的に取り組む勢力がいない、もしいたとしても小さすぎて目立たないことである。少なく
ともメディアによく出てくるお馴染みの勢力にはいないように思える。強権体制と部族主義
の悪循環を脱するかが、今後の中東の安定に欠かせない。時代も地域も異なるが、清朝末期
から人民中国に至るまでの中国も、また戦乱続きで希望がない点は一緒であった。当時の中
国の状況はおおまかにいえば、各地で独自の私兵でもって割拠する軍閥が人民からなけなし
の財産をむしりとり、他方で軍閥達はそれぞれ別個の外国勢力と結託して国内から戦火を絶
やすことはない、というものだった。民衆には宿命論がはびこり、もはやどこにも希望は無
かった。そして民衆の苦しみが極まって、湖南から戦乱を終わらす”赤い星”が出たのであ
る。毛沢東は当時の中国の状況を、まず地主を中心に回る経済ということ考え、この打破が
軍閥の割拠を終わらすことができると考えた。毛沢東はいわゆる”抗日根拠地”で、地主の地
域支配の構造を打ち破るために、手探りで失敗しながら民主的な方法を実践 していた。そ26
れによって、紅軍は地方軍閥の割拠の経済的根拠となっていた地主制の撤廃に概ね成功し、
遂には白蓮教徒の乱以来分断されていた中国全土を再び統一した。根拠地だけでなく中国全
土で同じことをやる、というと流石に無理が出て、大躍進、文革と中国は80年代まで長く
動乱が続いた。それでも、今日の経済発展が、毛沢東の統一事業に負っていることは大き
い。人口規模は同じながら土地改革が不徹底なインドは、20年前からやっと発展を始めた
とはいえ、今でも中国のように世界経済を牽引するには役不足だと言われている。話を戻す
と、今の中東に”星”はあるか。アラブにはもはや希望がないが、独立を目指すクルドにはあ
る。 
25
 ​”ムハーバラートとは諜報機関、治安維持組織、武装治安組織の総称で、体制内外の反対分子の監視、尋問、拘束、逮捕、投
獄、拷問、武力弾圧を任務とする”​(p19,青山,2012) 
26
紅軍は支配地で、イナゴの卵掘り出し作戦まで行った。民生には気を配り、民心を獲得していった。 ―​  ”中国民衆にとっ
ての日中戦争―飢え、社会改革、ナショナリズム (研文選書)” 石島 紀之 (著) 出版社: 研文出版 2014/7/7 
12 
 
・クルディスタン独立とパレスチナ問題 
今後の中東で、最もありえそうかつ地域を揺るがす出来事は、クルディスタン独立である。
クルディスタン独立は中東の地政学も変更する。クルディスタン国家の誕生は、アラブ諸国
とイスラエルを巡る中東の国際関係も再編することになるだろう。日本、外国のメディアで
もあまり論じられることはないが、クルドとイスラエルは既に良好な関係にある。両者とも
中東世界の中では、疎外された存在である。単純な地政学的分析では、パレスチナが益々不
利な状況に置かれるように見える。中東対イスラエルの構図が崩れて、中東の真ん中に親イ
スラエル国ができるからである。中東国際関係の多角化が、パレスチナにとって悪いかと言
えば、そんなことはない。結局のところ、アラブ諸国は本気でパレスチナ人を助けようと
思ったことなど一度もなく、それぞれの局面で自分たちの大義の駒として使っただけであっ
た。アラブ諸国がイスラエルの存在を認めず、いつか海に叩き落とすという主張が、結局対
話を拒みイスラエル側の強硬姿勢を正当化させている。一方自治政府の主流ファタハは、相
変わらずの利権に血道をあげるだけの無能集団で、パレスチナ人若者の怒りを買っている。
パレスチナもアラブ対ユダヤの構図を乗り越え自治区の民主化を進めなければ、イスラエル
と渡り合うことはできない。 
 
・中東民主化の希望の星 
クルド人の世俗化を通じた民主化運動 は、中東の希望である。しかし、中東世界の人間の27
多くを占めるアラブ人が変わらければ、状況は好転しない。PKKの指導者オジャランの唱え
る民主的連邦制は、そのための有力なモデルになるかもしれない。クルド人のみのモデルで
はなく、地主制部族制に苦しむ全ての民族に有用なモデルになり得る。アラブに、もし希望
があるとすれば、現在ロジャバでの地方自治及びクルド・アラブ・アッシリア他の連合軍・
シリア民主軍(略称:SDF)に、参加しているアラブ人くらいだろうか。彼らのロジャバで
の取り組みを他のアラブ諸国にも伝えていくことで、失敗続きの中東民主化のモデルが波及
していくかもしれない。米のイラク侵攻とアラブの春が開いたパンドラの箱から、中東で唯
一民主的価値を尊重するクルドの台頭という小さな希望が出てきた。国際社会はこの僅かな
希望の灯を絶やすようなことはしてはならない。 
 
【参考文献】 
『混迷するシリア――歴史と政治構造から読み解く』青山 弘之 岩波書店 2012/12/20 
『トルコのもう一つの顔』小島剛一著 中央公論新社 1991/2/25 
『ISISと戦う ~分断された、国を持たない世界最大のクルド民族4600万人』 木下顕伸 (著) 愛育社 2016/1/29 
 
27
いわゆるロジャバ革命。―  “The Rojava Revolution and the Liberation of Kobani: An Interview with Sardar Saadi” 
http://www.telesurtv.net/english/opinion/The­Rojava­Revolution­and­the­Liberation­of­Kobani­20150212­0029.html 
13 

More Related Content

More from TOSMOS(東京大学現代社会研究会)

More from TOSMOS(東京大学現代社会研究会) (20)

「オランダに見る安楽死―死の自決権の帰結―」
「オランダに見る安楽死―死の自決権の帰結―」 「オランダに見る安楽死―死の自決権の帰結―」
「オランダに見る安楽死―死の自決権の帰結―」
 
橋川文三著『昭和維新試論(抜粋)』(1970年)レジュメ
橋川文三著『昭和維新試論(抜粋)』(1970年)レジュメ橋川文三著『昭和維新試論(抜粋)』(1970年)レジュメ
橋川文三著『昭和維新試論(抜粋)』(1970年)レジュメ
 
学習会「道州制について」レジュメ
学習会「道州制について」レジュメ学習会「道州制について」レジュメ
学習会「道州制について」レジュメ
 
日本の原発政策を検証する
日本の原発政策を検証する日本の原発政策を検証する
日本の原発政策を検証する
 
TPP(環太平洋連携協定)構想を批判する
TPP(環太平洋連携協定)構想を批判する TPP(環太平洋連携協定)構想を批判する
TPP(環太平洋連携協定)構想を批判する
 
堤未果『ルポ 貧困大陸アメリカ』
堤未果『ルポ 貧困大陸アメリカ』堤未果『ルポ 貧困大陸アメリカ』
堤未果『ルポ 貧困大陸アメリカ』
 
大塚久雄『社会科学における人間』
大塚久雄『社会科学における人間』 大塚久雄『社会科学における人間』
大塚久雄『社会科学における人間』
 
『原発事故はなぜくりかえすのか』(高木仁三郎著)の要約
『原発事故はなぜくりかえすのか』(高木仁三郎著)の要約『原発事故はなぜくりかえすのか』(高木仁三郎著)の要約
『原発事故はなぜくりかえすのか』(高木仁三郎著)の要約
 
”原発大国”へ変貌した被爆国 〜原発という科学をめぐる政治経済学〜
”原発大国”へ変貌した被爆国 〜原発という科学をめぐる政治経済学〜 ”原発大国”へ変貌した被爆国 〜原発という科学をめぐる政治経済学〜
”原発大国”へ変貌した被爆国 〜原発という科学をめぐる政治経済学〜
 
レーニン『帝国主義論』 角田安正訳 光文社文庫 第8、9章
レーニン『帝国主義論』 角田安正訳 光文社文庫 第8、9章レーニン『帝国主義論』 角田安正訳 光文社文庫 第8、9章
レーニン『帝国主義論』 角田安正訳 光文社文庫 第8、9章
 
『帝国主義論』読書会レジュメ(第 3 章・第 4 章)
『帝国主義論』読書会レジュメ(第 3 章・第 4 章)『帝国主義論』読書会レジュメ(第 3 章・第 4 章)
『帝国主義論』読書会レジュメ(第 3 章・第 4 章)
 
「家族・私有財産・国家の起源」 エンゲルス著 第7~9章
「家族・私有財産・国家の起源」 エンゲルス著 第7~9章「家族・私有財産・国家の起源」 エンゲルス著 第7~9章
「家族・私有財産・国家の起源」 エンゲルス著 第7~9章
 
エンゲルス『家族・私有財産・国家の起源』第3~6章
エンゲルス『家族・私有財産・国家の起源』第3~6章エンゲルス『家族・私有財産・国家の起源』第3~6章
エンゲルス『家族・私有財産・国家の起源』第3~6章
 
最上敏樹『人道的介入』(2001)読書会(資料)
最上敏樹『人道的介入』(2001)読書会(資料) 最上敏樹『人道的介入』(2001)読書会(資料)
最上敏樹『人道的介入』(2001)読書会(資料)
 
K.マルクス著 「賃銀・価格および利潤」 5~9 章
K.マルクス著 「賃銀・価格および利潤」 5~9 章 K.マルクス著 「賃銀・価格および利潤」 5~9 章
K.マルクス著 「賃銀・価格および利潤」 5~9 章
 
ここがヘンだよ!『マンガ嫌韓流』!(駒場祭プレ企画・公開学習会)
ここがヘンだよ!『マンガ嫌韓流』!(駒場祭プレ企画・公開学習会)ここがヘンだよ!『マンガ嫌韓流』!(駒場祭プレ企画・公開学習会)
ここがヘンだよ!『マンガ嫌韓流』!(駒場祭プレ企画・公開学習会)
 
拉致問題で歪む日本の民主主義
拉致問題で歪む日本の民主主義拉致問題で歪む日本の民主主義
拉致問題で歪む日本の民主主義
 
『 ル イ ・ ボ ナ パ ル ト の ブ リ ュ メ ー ル 十 八 日 』 第 一 章
 『 ル イ ・ ボ ナ パ ル ト の ブ リ ュ メ ー ル 十 八 日 』  第 一 章  『 ル イ ・ ボ ナ パ ル ト の ブ リ ュ メ ー ル 十 八 日 』  第 一 章
『 ル イ ・ ボ ナ パ ル ト の ブ リ ュ メ ー ル 十 八 日 』 第 一 章
 
権力をどう読み解くか
権力をどう読み解くか 権力をどう読み解くか
権力をどう読み解くか
 
現代の金融危機を読み解く
現代の金融危機を読み解く 現代の金融危機を読み解く
現代の金融危機を読み解く
 

学習会「シリア内戦終了後の中東」