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学習会 2016 年 10 月 19 日(水曜日)実施
「ちょっとマニアックに考える日本国憲法」
0.はじめに
●憲法と私たちの現実生活との関わり合い(憲法が現実の世界でどのように運用されているのか)
●机上の抽象論ではなく具体的な事例に即して憲法を考えてみる
1.外国人の人権
⑴国政参政権
ヒッグス・アラン事件(最判平 5.2.26 ) → 禁止説
「参政権は、国の政治に参加し、国家意思の形式に参画する国民固有の権利であるから(国民主権原理)、その
性質上、日本国民のみに与えられるものといわざるをえず、……定住外国人であるからといって参政権を付与
すべきことが憲法上の要請であると解する余地はない」
⑵地方参政権
最判平 7.2.28 → 部分的許容説
「公務員を選定罷免する権利を保障した憲法一五条一項の規定は、権利の性質上日本国民のみをその対象とし、
右規定による権利の保障は、我が国に在留する外国人には及ばないものと解するのが相当である。
我が国に在留する外国人のうちでも永住者等であってその居住する区域の地方公共団体と特段に緊密な関
係を持つに至ったと認められる者について、その意思を日常生活に密接な関連を有する地方公共団体の公共的
事務の処理に反映させるべく、法律をもって、地方公共団体の長、その議会の議員等に対する選挙権を付与す
る措置を講ずることは、憲法上禁止されているものではないと解するのが相当である。しかしながら、右のよ
うな措置を講ずるか否かは、専ら国の立法政策にかかわる事柄であって、このような措置を講じないからとい
って違憲の問題を生ずるものではない。」
⑶公務就任権
<事案>
看護師として東京都に採用された韓国籍の A は課長級の管理職選考試験を受験しようとしたところ日本国籍で
ないことを理由として拒否された。そこで A は受験資格の確認と慰謝料を求めて訴えを提起した。
<最大判平 17.1.26>
地方公務員のうち,住民の権利義務を直接形成し,その範囲を確定するなどの公権力の行使に当たる行為を
行い,若しくは普通地方公共団体の重要な施策に関する決定を行い,又はこれらに参画することを職務とする
もの(以下「公権力行使等地方公務員」という。)については,次のように解するのが相当である。すなわち,
公権力行使等地方公務員の職務の遂行は,住民の権利義務や法的地位の内容を定め,あるいはこれらに事実上
大きな影響を及ぼすなど,住民の生活に直接間接に重大なかかわりを有するものである。それゆえ,国民主権
の原理に基づき,国及び普通地方公共団体による統治の在り方については日本国の統治者としての国民が最終
的な責任を負うべきものであること(憲法1条,15条1項参照)に照らし,原則として日本の国籍を有する
者が公権力行使等地方公務員に就任することが想定されているとみるべきであり,我が国以外の国家に帰属し,
その国家との間でその国民としての権利義務を有する外国人が公権力行使等地方公務員に就任することは,本
来我が国の法体系の想定するところではないものというべきである。
そして,普通地方公共団体が,公務員制度を構築するに当たって,公権力行使等地方公務員の職とこれに昇任
するのに必要な職務経験を積むために経るべき職とを包含する一体的な管理職の任用制度を構築して人事の
適正な運用を図ることも,その判断により行うことができるものというべきである。そうすると,普通地方公
2
共団体が上記のような管理職の任用制度を構築した上で,日本国民である職員に限って管理職に昇任すること
ができることとする措置を執ることは,合理的な理由に基づいて日本国民である職員と在留外国人である職員
とを区別するものであり,上記の措置は,憲法 14 条 1 項に違反するものではないと解するのが相当である。
そして,この理は,前記の特別永住者についても異なるものではない。
2.公務員の人権
⑴猿払事件
<事案>
北海道宗谷郡猿払村の鬼志別郵便局に勤務する郵便局員 Y は、昭和 42 年 1 月 8 日告示の第 31 回衆議院議
員選挙に際し、日本社会党を支持する目的をもつて、同日同党公認候補者の選挙用ポスター6 枚を自ら公営掲
示場に掲示したほか、その頃 4 回にわたり、右ポスター合計約 184 枚の掲示方を他に依頼して配布したため、
国家公務員法 102 条で禁止される公務員の政治活動に該当するとして罰金 5000 円の略式命令を言い渡され
た。
<最大判昭 49.11.6>
憲法 15 条 2 項の規定からもまた、公務が国民の一部に対する奉仕としてではなく、その全体に対する奉仕と
して運営されるべきものであることを理解することができる。公務のうちでも行政の分野におけるそれは、憲
法の定める統治組織の構造に照らし、議会制民主主義に基づく政治過程を経て決定された政策の忠実な遂行を
期し、もつぱら国民全体に対する奉仕を旨とし、政治的偏向を排して運営されなければならないものと解され
るのであつて、そのためには、個々の公務員が、政治的に、一党一派に偏することなく、厳に中立の立場を堅
持して、その職務の遂行にあたることが必要となるのである。すなわち、行政の中立的運営が確保され、これ
に対する国民の信頼が維持されることは、憲法の要請にかなうものであり、公務員の政治的中立性が維持され
ることは、国民全体の重要な利益にほかならないというべきである。したがつて、公務員の政治的中立性を損
うおそれのある公務員の政治的行為を禁止することは、それが合理的で必要やむをえない限度にとどまるもの
である限り、憲法の許容するところであるといわなければならない。
第一審判決は、その違憲判断の根拠として、被告人の本件行為が、非管理職である現業公務員でその職務内
容が機械的労務の提供にとどまるものにより、勤務時間外に、国の施設を利用することなく、かつ、職務を利
用せず又はその公正を害する意図なく、労働組合活動の一環として行われたものであることをあげ、原判決も
これを是認している。しかしながら、本件行為のような政治的行為が公務員によつてされる場合には、当該公
務員の管理職・非管理職の別、現業・非現業の別、裁量権の範囲の広狭などは、公務員の政治的中立性を維持
することにより行政の中立的運営とこれに対する国民の信頼を確保しようとする法の目的を阻害する点に、差
異をもたらすものではない。
<批判>
政治活動の自由(憲法 21 条1項)の重要性・公務員の政治活動の一律禁止の妥当性
3
3.私人間効力
⑴ 憲法(の人権規定)が“私人 vs 国家”の場合だけでなく“私人 vs 私人”の場合にも適用されるか?
→ 直接は適用されない。私法の一般条項(民法 90 条など)に憲法の趣旨を取り込んで解釈・適用
∵憲法上の人権=対国家権(憲法は国家権力を制限する規範)
→ ●「日本の司法は加害者の人権ばかり守って、被害者の人権を守ってくれない!」
●「いじめは子どもの人権を侵害している!」
⑵ 事例
①東京電力塩山営業所事件(最大判昭 63.2.5)
<事案>
営業所長が、女子職員に対し、共産党員か否かを問い質し、かつ、共産党員でない旨を書面にして提出するよう
求めた。このため、職員が、この行為が思想・良心の自由を侵害するとして、営業所長と会社を相手取り、精神
的苦痛に対する損害賠償請求の訴えを提起した。
<判旨>
営業所長がした本件書面交付の要求は、社会的に許容し得る限界を超えて上告人の精神的自由を侵害した違法
行為であるということはできない。
②三菱樹脂事件(最大判昭 48.12.12)
<事案>
1963 年 3 月に、東北大学法学部を卒業した原告・高野達男(以下単に「原告」と称する)は、三菱樹脂株式会
社に、将来の管理職候補として、3 ヶ月の試用期間の後に雇用契約を解除することができる権利を留保するとい
う条件の下で採用されることとなった。ところが、原告が大学在学中に学生運動に参加したかどうかを採用試験
の際に尋ねられ当時これを否定したものの、その後の三菱樹脂側の調査で、原告がいわゆる 60 年安保闘争に参
加していた、という事実が発覚し、「本件雇用契約は詐欺によるもの」として、試用期間満了に際し、原告の本採
用を拒否した。これに対し、原告が「三菱樹脂による本採用の拒否は被用者の思想・信条の自由を侵害するもの」
として、雇用契約上の地位を確認する訴えを東京地方裁判所に起こした。
<判旨>
憲法の右各規定は、国または公共団体の統治行動に対して個人の基本的な自由と平等を保障する目的に出たも
ので、もっぱら国または公共団体と個人との関係を規律するものであり、私人相互の関係を直接規律することを
予定するものではない。
場合によつては、私的自治に対する一般的制限規定である民法一条、九〇条や不法行為に関する諸規定等の適
切な運用によつて、一面で私的自治の原則を尊重しながら、他面で社会的許容性の限度を超える侵害に対し基本
的な自由や平等の利益を保護し、その間の適切な調整を図る方途も存する。
③昭和女子大事件(最判昭 49.7.19)
<事案>
1961 年 10 月 20 日頃から、昭和女子大学内で無届の政治署名運動を行ったり、無許可で学外団体に加入した学
生がいることが判明した。昭和女子大学は本人および保護者などに連絡をとりながら 3 ヶ月余にわたって説諭を
続けたが、当該の学生の態度は変わらず、そのうえ週刊誌や放送あるいは公会堂で事実を歪曲した手記を発表し
たり、事実無根のことを訴えるなど、公然と昭和女子大学を誹謗する活動を続けたので、1962 年 2 月 12 日、2
名の学生を退学処分にした。
昭和女子大学は、穏健中正な校風を持つ大学として学生指導を行い、学則の細則として「生活要録」を定めてい
た。その中には、「政治活動を行う場合は予め大学当局に届け、指導を受けなければならない」旨の記載があった
ため、原告の学生 2 名はこれに抵触した。これに対して原告 2 名が昭和女子大学の学生の身分確認を求める訴え
4
を起こした。
<判旨>
「憲法 19 条、21 条、23 条等のいわゆる自由権的基本権の保障規定は、国又は公共団体の統治行動に対して個
人の基本的な自由と平等を保障することを目的とした規定であつて、専ら国又は公共団体と個人との関係を規律
するものであり、私人相互間の関係について当然に適用ないし類推適用されるものでないことは、当裁判所大法
廷判例(最大判昭 48.12.12 =三菱樹脂事件判決)の示すところである。したがつて、その趣旨に徴すれば、私
立学校である被上告人大学の学則の細則としての性質をもつ前記生活要録の規定について直接憲法の右基本権
保障規定に違反するかどうかを論ずる余地はない」
④日産自動車事件(最判昭 56.3.24)
<事案>
原告女性の勤務先会社(日産自動車)は就業規則で定年を男性 55 歳、女性 50 歳と定めていた。そして、満 50
歳となった原告は 1969 年 1 月末で退職を命じられた。
<判旨>
男女別定年制を定めた就業規則は専ら女子であることのみを理由として差別したことに帰着するものであり、
性別のみによる不合理な差別を定めたものとして民法 90 条の規定により違法・無効である。
⑤南九州税理士会政治献金事件(最判平 8.3.19)
<事案>
税理士の強制加入団体の一である南九州税理士会の会員である原告が、政治献金として使用される特別会費
5,000 円の納入を拒否したため、被告(南九州税理士会)は、役員選挙における原告の選挙権、被選挙権を抹消
し、原告抜きにして役員選挙を行なった。そこで、原告は特別会費の納入の義務を負わないこと、及び不法行為
に伴う慰謝料を請求し、裁判所に出訴した。裁判では「特定の政治団体に寄付する行為が民法 43 条(現 34 条)
で定める法人の『目的の範囲内』であるかどうか」が争われた。
<判旨>
税理士会が政党など政治資金規正法上の政治団体に金員の寄付をすることは、税理士法 49 条 2 項で定められた
税理士会の目的(民法 34 条)の範囲外の行為であり、右寄付をするために会員から特別会費を徴収する旨の決
議は違法・無効である。
5
4.法の下の平等(憲法 14 条)
⑴ 非嫡出子相続分差別(最大判平 25.9.4)
「相続制度をどのように定めるかは立法府の合理的な裁量判断に委ねられているが、遅くとも本件相続が開始
した平成 13 年7月当時においては、立法府の裁量権を考慮しても、嫡出子と嫡出でない子の法定相続分を区別
する合理的な根拠は失われていたといえる。」
⑵ 女性の再婚禁止期間(最大判平 27.12.16)
「民法733条1項が女性にのみ課している6箇月(180日)の再婚禁止期間の内,100日を超える部分は
憲法違反である」
⑶ 議員定数不均衡問題
→ ●違憲無効判決・違憲判決(合理的期間が経過)・違憲状態判決、事情判決
●地方の意見の反映?
⑷ 福岡女子大学
栄養士志望の 20 代の男性が 2014 年 11 月、福岡女子大学の社会人枠に入学願書を提出したが受理されず、
「自宅から通学できる栄養士資格が取得できる国公立大学はここだけなのに、また経済的事情から遠隔地や私立
には通えないのに、男性というだけで出願受理を拒否された(のは不当な性差別に当たり憲法違反である)」とし
て、福岡女子大学を訴えた。
5.思想・良心の自由(憲法 19 条)
⑴麹町中学内申書事件
<事案>
原告(保坂展人・現世田谷区長)は、千代田区立麹町中学校在学中に学生運動に傾倒し、「麹町中全共闘」を名
乗り、機関紙「砦」を発行するなどの活動を行っていた。担任教諭は内申書の「基本的な生活習慣」「公共心」「自
省心」の欄に C 評価(三段階の最下位)を付けるとともに、備考欄に「文化祭粉砕を叫んで他校生徒と共に校内
に乱入し、ビラまきを行った。大学生 ML 派の集会に参加している」等の原告の学生運動に関する経歴を記述し
た。原告は高校受験に際し、原告は受験した全ての高等学校不合格になったが、それは内申書に不適切な記述を
されたからだとして、国家賠償法に基づき、東京都及び千代田区に損害賠償を求めた。
<判旨>
内申書の上記記載は原告の思想、信条そのものの記載でもなく、外部的行為の記載も原告の思想、信条を了知さ
せ、また、それを評価の対象とするものとはみられないのみならず、その記載に係る行為は、憲法 13 条違反の
違憲の主張は、その前提を欠く。
⑵君が代ピアノ伴奏命令拒否事件
<事案>
市立小学校の音楽教諭Xは、入学式の国歌斉唱の際に「君が代」のピアノ伴奏を行うことを内容とする校長の
職務上の命令に従わなかったことを理由として処分を受けたため、校長の職務命令は憲法19条に違反するとし
て争った。
<判旨>
(1)上記職務命令は「君が代」が過去の我が国において果たした役割に係わる同教諭の歴史観ないし世界観自体
を直ちに否定するものとは認められないこと,(2)入学式の国歌斉唱の際に「君が代」のピアノ伴奏をする行為は,
音楽専科の教諭等にとって通常想定され期待されるものであり,当該教諭等が特定の思想を有するということを
外部に表明する行為であると評価することは困難であって,前記職務命令は前記教諭に対し特定の思想を持つこ
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とを強制したりこれを禁止したりするものではないこと,(3)前記教諭は地方公務員として法令等や上司の職務上
の命令に従わなければならない立場にあり,前記職務命令は,前記教諭の思想及び良心の自由を侵すものとして
憲法19条に違反するということはできない。
6.政教分離(憲法 20 条1項後段・3項・89 条前段)
⑴ 趣旨:①少数者の信教の自由の確保・②民主主義の理念の尊重・③宗教を堕落から免れさせる
⑵ 政教分離の限界 → 完全な分離が要求されるわけではない
⑶
①津地鎮祭事件(最大判昭 52.7.13)
<事案>
津市体育館建設起工式が 1965 年 1 月 14 日に同市船頭町の建設現場において行われた際に、市の職員が式典の
進行係となり、大市神社の宮司ら 4 名の神職主宰のもとに神式に則って地鎮祭を行った。市長は大市神社に対し
て公金から挙式費用金 7,663 円(神職に対する報償費金 4,000 円、供物料金 3,663 円)の支出を行った。かかる
公金の支出が政教分離原則に抵触しないか争われた。
<判旨>
1.憲法で規定する政教分離原則は、国家が宗教的に中立であることを要求するものではあるが、国家が宗教との
かかわり合いをもつことを全く許さないとするものではなく、宗教とのかかわり合いをもたらす行為の目的及び
効果にかんがみ、そのかかわり合いが諸条件に照らし相当とされる限度を超えるものと認められる場合にこれを
許さないとするものである。
2.憲法 20 条 3 項にいう宗教的活動とは、前述の政教分離原則の意義に照らしてこれをみれば、およそ国及びそ
の機関の活動で宗教とのかかわり合いをもつすべての行為を指すものではなく、そのかかわり合いが 1.にいう相
当とされる限度を超えるものに限られるというべきであつて、当該行為の目的が宗教的意義をもち、(かつ)その
効果が宗教に対する援助、助長、促進又は圧迫、干渉等になるような行為をいうものと解すべきである。
3.(よって)市立体育館の建設に際し、神式により神職を招いて、地鎮祭を行っても、憲法の規定する政教分離
原則に反しない。
②愛媛県靖国神社玉串料訴訟(最大判平 9.4.2)
<事案>
愛媛県知事であった白石春樹は、靖国神社が挙行する例大祭や県護国神社が挙行する慰霊大祭に際し玉串料、献
灯料又は供物料を県の公金から支出していたが、この行為を憲法 20 条 3 項および 89 条に違反するものとして、
浄土真宗の僧侶を原告団長とする愛媛県の市民団体が、地方自治法の規定に基づき県に代位して支払相当額の損
害賠償訴訟を提起した。
<判旨>
玉串料の奉納は慣習化した社会的儀礼的行為とはいえず、その目的は宗教的意義を持つ。加えて、特定の宗教を
援助・助長する効果を持つ。よって、愛媛県と靖国神社の関わり合いが社会通念上相当とされる限度を超えてお
り、愛媛県の行為は憲法 20 条3項で禁じた「宗教的活動」に該当し、公金支出は憲法 89 条に違反する。
③エホバの証人信徒原級留置処分事件(最判平 8.3.8)
<事案>
1990 年に神戸市立工業高等専門学校に入学した学生には、「エホバの証人」の信者 5 名がいた。この年に同校は
新校舎に移転したことにともない、体育科目の一部として格技である剣道の科目を開講した。この科目に対して
5 名は、彼らの信仰するところの聖書が説く「彼らはその剣をすきの刃に、その槍を刈り込みばさみに打ち変え
なければならなくなる。国民は国民に向かって剣を上げず、彼らはもはや戦いを学ばない」という原則と調和し
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ないと主張し、剣道の履修を拒否した。彼らもただ授業を拒否しただけでなく、病気で体育が出来ない学生のよ
うに授業を見学した上でレポートの提出をもって授業参加と認めるように体育教師とかけあったが、認められな
かった。そのため、5 名の信者が体育の単位を修得できず、同校内規により第 1 学年に原級留置となった。
翌年、信者 5 名のうち 3 名は剣道授業に参加したため第 2 学年に進級出来たが、1 名は自主退学、もう 1 名(原
告)は前年と同様の経緯をたどったため、再び第 1 学年に原級留置とされた。同校の学則は 2 年連続して原級留
置の場合は退学を命ずることができるという内規があり、その内規により退学処分を命じられた。
<事案の特殊性>
政教分離原則の趣旨は少数者の信教の自由の確保にあるところ、本事案では学校(公権力)側が少数者の信教の
自由を制限する根拠として政教分離原則を主張した。
<判旨>
信仰上の理由に基づく格技の履修拒否に対して代替措置を採っている学校も現にあるというのであり、他の学生
に不公平感を生じさせないような適切な方法、態様による代替措置を採ることは可能であると考えられる。また、
履修拒否が信仰上の理由に基づくものかどうかは外形的事情の調査によって容易に明らかになるであろうし、信
仰上の理由に仮託して履修拒否をしようという者が多数に上るとも考え難いところである。さらに、代替措置を
採ることによって神戸高専における教育秩序を維持することができないとか、学校全体の運営に看過することが
できない重大な支障を生ずるおそれがあったとは認められないとした原審の認定判断も是認することができる。
そうすると、代替措置を採ることが実際上不可能であったということはできない。
被告は、代替措置を採ることは憲法 20 条 3 項に違反するとも主張するが、信仰上の真しな理由から剣道実技に
参加することができない学生に対し、代替措置として、例えば、他の体育実技の履修、レポートの提出等を求め
た上で、その成果に応じた評価をすることが、その目的において宗教的意義を有し、特定の宗教を援助、助長、
促進する効果を有するものということはできず、他の宗教者又は無宗教者に圧迫、干渉を加える効果があるとも
いえないのであって、およそ代替措置を採ることが、その方法、態様のいかんを問わず、憲法 20 条 3 項に違反
するということができないことは明らかである。また、公立学校において、学生の信仰を調査せん索し、宗教を
序列化して別段の取扱いをすることは許されないものであるが、学生が信仰を理由に剣道実技の履修を拒否する
場合に、学校が、その理由の当否を判断するため、単なる怠学のための口実であるか、当事者の説明する宗教上
の信条と履修拒否との合理的関連性が認められるかどうかを確認する程度の調査をすることが公教育の宗教的
中立性に反するとはいえないものと解される。以上によれば、本件退学処分は、裁量権の範囲を超える違法なも
のといわざるを得ない。
8
7.学問の自由(憲法 23 条)
⑴ ①研究の自由・②研究発表の自由・③教授の自由
⑵ 大学の自治
→ 歴史的沿革:国家権力による学問への干渉・介入を防止して学問の自由を確保
△政治色の強いゼミの発表に大学が教室の使用許可を出さない場合
→ 大学側が学問の自由を制限する根拠として大学の自治を主張
⑶ 初等中等教育における教授の自由
旭川学力テスト事件(最大判昭 51.5.21)
<事案>
1956 年から 1965 年に亘って、文部省の指示によって全国の中学 2・3 年生を対象に実施された全国中学校一斉
学力調査(学テ)について、これに反対する教師(被告人)が、旭川市立永山中学校において、学テの実力阻止
に及んだ。被告人は公務執行妨害罪などで起訴された。
<判旨>
「大学教育の場合には、学生が一応教授内容を批判する能力を備えていると考えられるのに対し、普通教育にお
いては、児童生徒にこのような能力がなく、教師が児童生徒に対して強い影響力、支配力を有すること
を考え、また、普通教育においては、子どもの側に学校や教師を選択する余地が乏しく、教育の機会均等を
はかる上からも全国的に一定の水準を確保すべき強い要請があること等に思いをいたすときは、普通教育
における教師に完全な教授の自由を認めることは、とうてい許されない。」
⑷ 先端科学技術(遺伝子組み換え等の生命倫理が絡む事案)研究に対する規制
8.表現の自由(憲法 21 条1項)
①葛飾ビラ配り事件(最判平 21.11.30)
2004 年 12 月 23 日午後 2 時 30 分前後、被告人男性が東京都葛飾区内にあるマンション(オートロック未設置)
にて、日本共産党の都・区議会報告、アンケートの用紙と返信用封筒などを、ドアポストに投函配布していたと
ころ、マンション 3 階居住者 1 名が被告人に話しかけた上で警察へ通報した。被告人は通報を受けて駆けつけた
警察官に同行して警察署に向かい、事情を聴かれた。その後被告人は帰宅しようとしたが、マンションの居住者
によって現行犯逮捕され、23 日間勾留されたのち、住居侵入罪で起訴された。
②泉佐野市民会館事件(最判平 7.3.7)
<事案>
1984 年 6 月 3 日、関西国際空港建設に反対する中核派系の組織の影響を受けた「全関西実行委員会」が、泉佐
野市民会館で「関西新空港反対全国総決起集会」を開催しようとしたところ、泉佐野市長が会館使用申請に対し
不許可としたことから、会館使用不許可処分の取消しと国家賠償法に基づく損害賠償を請求した。
<判旨>
(会館使用申請に対する不許可処分が認められるのは) 集会の自由を保障することの重要性よりも、本件会館で集
会が開かれることによって、人の生命、身体又は財産が侵害され、公共の安全が損なわれる危険を回避し、防止
することの必要性が優越する場合に限定されるべきであり、その危険性の程度としては、前記各大法廷判決の趣
旨によれば、単に危険な事態を生ずる蓋然性があるというだけでは足りず、明らかな差し迫った危険の発生が具
体的に予見されることが必要である。
9
③岐阜県青少年保護育成条例事件(最判平元.9.19)
<事案>
岐阜県青少年保護育成条例は、県知事が「青少年の健全な育成を阻害するおそれがある」図書を「有害図書」と
して指定し、さらにそれに指定された図書類を青少年に販売したり自動販売機に収納して販売することを業者に
対して禁じている。
ところが、三重県四日市市に在住し自動販売機による図書の販売を生業とする会社の代表取締役は、岐阜県内
で「有害図書」に指定された図書を、にもかかわらず 5 回にわたり自動販売機に収納したため本条例違反で起訴
された。
<判旨>
本条例が定める「有害図書」が青少年の性に悪影響を及ぼすということは、「既に社会共通の認識になっていると
いってよ」く、また購入の手軽な自動販売機でそれらの図書が販売されることは、「書店等における販売よりもそ
の弊害が一段と大きいといわざるをえない」。従って、こうした状況に「有効に対処するために」、「有害図書」の
自動販売機への収納を一律に禁じることには、「必要性があり、かつ、合理的であるというべきである」よって、
かかる制約は、憲法 21 条が保障する表現の自由に反するものではない。
④博多駅テレビフィルム提出命令事件(最大決昭 44.11.26)
1968 年(昭和 43 年)1 月 16 日早朝、原子力空母エンタープライズの佐世保寄港阻止闘争に参加する途中、博
多駅に下車した全学連学生に対し、待機していた機動隊、鉄道公安職員は駅構内から排除するとともに、検問と
持ち物検査を行った。護憲連合等は、この際、警察官に特別公務員暴行陵虐・職権濫用罪にあたる行為があった
として告発したが、地検は不起訴処分とした。これに対し護憲連合等は付審判請求を行った。福岡地裁は、地元
福岡のテレビ局 4 社(NHK 福岡放送局、RKB 毎日放送、九州朝日放送、テレビ西日本)に対し、事件当日のフ
ィルムの任意提出を求めたが拒否されたため、フィルムの提出を命じた。この命令に対して 4 社は、「報道の自
由の侵害・提出の必要性が少ない」という理由に通常抗告を行った。
☆取材源秘匿の要請との関係
⑤放送法の「政治的に公平であること」「意見が対立している問題については、できるだけ多くの
角度から論点を明らかにすること」
●視聴者の知る自由・放送事業者の編集の自由
●電波の有限性?
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9.経済的自由権
⑴ 違憲審査基準
◎二重の基準論
→ 精神的自由権(表現の自由・信教の自由・学問の自由)に対する規制の合憲性判断は、経済的自由権(職業
選択の自由・営業の自由・財産権)に対する規制の合憲性判断よりも厳格になされる
∵民主政の過程における自己回復可能性
◎規制目的二分論
経済的自由権に対する規制を、消極目的規制(国民の生命・健康に対する危険を防止するための規制 e.g.医
師免許)と積極目的規制(社会的・経済的弱者保護 e.g.大規模店舗の出店規制)に分類し、後者の合憲性判
断を前者の合憲性判断よりも緩やかに行う。
∵消極目的規制:政策的判断の余地が少なく司法審査になじむ
積極目的規制:政策的判断が多分に含まれており、行政・政治部門の判断を尊重すべき
⑵
①小売市場距離制限事件(最大判昭 47.11.22)
<事案>
小売市場を開設する条件として既存の市場から 700 メートル以上離れていることを要求する距離制限の規制の
合憲性が争われた。(積極目的規制)
<判旨>
社会経済の分野において、法的規制措置を講ずる必要があるかどうか、その必要があるとしても、どのような
対象について、どのような手段・態様の規制措置が適切妥当であるかは、主として立法政策の問題として、立
法府の裁量的判断にまつほかない。というのは、法的規制措置の必要の有無や法的規制措置の対象・手段・態
様などを判断するにあたつては、その対象となる社会経済の実態についての正確な基礎資料が必要であり、
具体的な法的規制措置が現実の社会経済にどのような影響を及ぼすか、その利害得失を洞察するとともに、
広く社会経済政策全体との調和を考慮する等、相互に関連する諸条件についての適正な評価と判断が必要で
あつて、このような評価と判断の機能は、まさに立法府の使命とするところであり、立法府こそがその機能
を果たす適格を具えた国家機関であるというべきであるからである。したがつて、右に述べたような個人の
経済活動に対する法的規制措置については、立法府の政策的技術的な裁量に委ねるほかはなく、裁判所は、立
法府の右裁量的判断を尊重するのを建前とし、ただ、立法府がその裁量権を逸脱し、当該法的規制措置が著し
く不合理であることの明白である場合に限つて、これを違憲として、その効力を否定することができるもの
と解するのが相当である。→ 合憲
②西陣ネクタイ事件(最判平 2.2.6)
<事案>
原告は外国産生糸を原料に絹ネクタイ生地を生産していたが、国内養蚕業者の所得を確保する目的で、生糸
の一元輸入措置及び生糸価格安定制度を内容とする法律を国会が定めたことにより、外国産生糸の購入がで
きなくなった。そこで原告は、上記法律が憲法 22 条1項に違反するものであり、これによって国際糸価格の
2倍近い国内価格での購入を余儀なくされたと主張して国家賠償請求訴訟を提起した。(積極目的規制)
<判旨>
当該規制措置が著しく不合理であることが明白な場合に限って、これを違憲としてその効力を否定すること
ができる → 合憲
11
③薬局距離制限事件(最大判昭 50.4.30)
<事案>
原告の株式会社(以下「原告会社」と略記)は地元の福山市に本店を置き、福山市や広島市でスーパーマー
ケット・化粧品販売業・薬品販売業などを経営している会社であった。原告会社は広島県福山市築切町 263
番地、「くらや福山店」に薬局を設置することを県福山保健所に申請した。しかし、申請の後、県の回答が出
される前に薬事法の改正があり、「薬局距離制限規定」が導入された。改正後の薬事法およびこれに伴う県条
例をもとに、県は不許可の決定を原告会社に通知した。当時、現場は「国鉄山陽線の福山駅の近くでしかも福
山市の商店街の中心地に位置して流動人口も多い地域」であったとされているが、不許可決定の背景には、申
請場所から最も近い「既存の薬局から水平距離で 55 メートルのところにあり、しかも半径約 100 メートルの
圏内には、5 軒、半径約 200 メートルの圏内には 13 軒の薬局がある」状況であったことが挙げられている。
この不許可決定に対して、申請受理後に法律が改正されたにもかかわらず改正後の法律を適用していること、
当該申請場所は国鉄福山駅前の繁華街であり薬局が密集していても過当競争になるおそれがないこと、そし
て薬事法の改正自体が憲法第 22 条が保障する営業の自由を侵害しており違憲であることから、処分は違法で
あるとして、原告会社が不許可決定の取消しを求めて、県を相手に広島地方裁判所へ取消訴訟を提起したも
のである。(消極目的規制)
<判旨>
無薬局地域又は過少薬局地域における医薬品供給の確保のためには他にもその方策があると考えられるか
ら、無薬局地域等の解消を促進する目的のために設置場所の地域的制限のような強力な職業の自由の制限措
置をとることは、目的と手段の均衡を著しく失するものであつて、とうていその合理性を認めることができ
ない。すなわち、昭和 38 年の薬事法改正は、薬局がないかきわめて少ない地域(無薬局地域等)を解消する
ことが目的であり、その手段として薬局の密集地帯に開業規制を設けることは、目的と手段が釣り合ってい
ないうえ、開業規制以外の方法でも目的を達することが可能であるから、合理性を欠き、国民の営業の自由を
不当に侵害しているものであり違憲である。
④新たな事例
理容師法は,「理容師の資格を定めるとともに,理容の業務が適正に行われるように規律し,もつて公衆衛生の向
上に資することを目的」(同法第1条)として制定された法律である。同法第12条第4号は,理容所(理髪店)
の開設者に「都道府県が条例で定める衛生上必要な措置」を講ずるよう義務付け,同法第14条は,都道府県知
事は,理容所の開設者が上記第12条の規定に違反したときには,期間を定めて理容所の閉鎖を命ずることがで
きる旨を規定している。
近年,公共交通機関の拠点となる駅の周辺を中心に,簡易な設備(洗髪設備なし)で安価・迅速に散髪を行うこ
とのできる理容所(たとえば QB House など)が多く開設され,そこでの利用者が増加した結果,従来から存在
していた理容所の利用者が激減していた。そのような事情を背景に,上記の理容師法の目的を達成し,理容師が
洗髪を必要と認めた場合や利用者が洗髪を要望した場合等に適切な施術ができるようにすることで理容業務が
適正に行われるようにするとともに,理容所における一層の衛生確保により,公衆衛生の向上を図る目的で,自
治体が,同法第12条第4号に基づき,衛生上必要な措置として,洗髪するための給湯可能な設備を設けること
を義務付ける内容の条例を制定した場合
→ 積極目的規制なのか、消極目的規制なのか
12
10.憲法 31~40 条
⑴ 憲法 36 条
※憲法 36 条:公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる。
① 拷問の禁止
② 死刑は「残虐な刑罰」に当たり違憲なのか
→ 合憲(最大判昭 23.3.12)
<事案>
広島県在住の被告人(犯行時 19 歳、元死刑囚)は、勤務先を解雇され無職であったため同居家族の母親(当時
49 歳)と妹(当時 16 歳)に日頃から邪魔者扱いされていた。
1946 年(昭和 21 年)9 月 16 日の晩、夕食に何も残してもらえなかったばかりか、床も敷いてもらえなかった。
そのため空腹から眠れなかったために 2 人に殺意を抱き、頭をハンマーで殴打して殺害したうえに古井戸に遺体
を遺棄した。彼は広島高等裁判所で死刑判決を受けた。最高裁に上告した弁護側が「死刑は最も残虐な刑罰であ
るから、日本国憲法第 36 条によって禁じられている公務員による拷問や残虐刑の禁止に抵触している。そもそ
も『残虐な殺人』と『人道的な殺人』とが存在するというのであれば、かえって生命の尊厳を損ねる。時代に依
存した相対的基準を導入して『残虐』を語るべきではない」と主張し、死刑の適用は違憲違法なものであるとし
た。そのため、死刑制度の憲法解釈が行われることになった。
<判旨>
生命は尊貴である。一人の生命は、全地球より重い。……憲法第 13 条においては、すべて国民は個人として尊
重せられ、生命に対する国民の権利については、立法その他の国政の上で最大の尊重必要とする旨を規定してい
る。しかし、同時に……同条(憲法 13 条)は、公共の福祉という基本的原則に反する場合には、生命に対する
国民の権利といえども立法上制限乃至剥奪されることを当然予想しているといわねばならぬ。そしてさらに憲法
31 条によれば、国民個人の生命の尊貴といえども、法律の定める適理の手続によって、これを奪う刑罰を科せら
れることが、明らかに定められている。すなわち憲法は、現代多数の文化国家におけると同様に、刑罰として死
刑の存置を想定し、これを是認したものと解すべきである。」として、「社会公共の福祉のために死刑制度の存続
の必要性」は承認されている。
「刑罰としての死刑そのものが、一般に直ちに同条にいわゆる残虐な刑罰に該当するとは考えられない。ただ死
刑といえども、他の刑罰の場合におけると同様に、その執行の方法等がその時代と環境とにおいて人道上の見地
から一般に残虐性を有するものと認められる場合には、勿論これを残虐な刑罰といわねばならぬから、将来若し
死刑について火あぶり、はりつけ、さらし首、釜ゆでの刑のごとき残虐な執行方法を定める法律が制定されたと
するならば、その法律こそは、まさに憲法第三十六条に違反するものというべきである。」
※憲法 13 条 :すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利について
は、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
※憲法 31 条:何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑
罰を科せられない。
⑵ 憲法 39 条前段後半・後段
※憲法 39 条:何人も、実行の時に適法であつた行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を
問はれない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない。
◎二重の危険の禁止
→ 無罪判決に対する検察官控訴の合憲性(判例は当然合憲・アメリカでは違憲)
13
11.生存権(憲法 25 条)
⑴ 法的性質
→ プログラム規定説 vs 抽象的権利説 vs 具体的権利説 vs 給付請求権説
⑵ 生存権に対する違憲審査基準
→ 緩やか
①堀木訴訟(最大判昭 57.7.7)
<事案>
原告の女性は、視力障害者であり、1970 年(昭和 45 年)当時の「国民年金法」に基づいて障害福祉年金を受
給していたが、離婚した後自らの子供を養育していたことから生別母子世帯として児童扶養手当も受給できるも
のと思い知事に対し請求した。しかし、当時の児童扶養手当制度には手当と公的年金の併給禁止の規定があった
ことから、知事は児童扶養手当の請求を退けた。そこで、原告は当該規定が憲法 25 条に違反するとして提訴し
た。
<判旨>
憲法 25 条の規定は、国権の作用に対し、一定の目的を設定しその実現のための積極的な発動を期待するという
性質のものである。しかも、右規定にいう『健康で文化的な最低限度の生活』なるものは、きわめて抽象的・相
対的な概念であって、その具体的内容は、その時々における文化の発達の程度、経済的・社会的条件、一般的な
国民生活の状況等との相関関係において判断決定されるべきものであるとともに、右規定を現実の立法として具
体化するに当たつては、国の財政事情を無視することができず、また、多方面にわたる複雑多様な、しかも高度
の専門技術的な考察とそれに基づいた政策的判断を必要とするものである。したがって、憲法 25 条の規定の趣
旨にこたえて具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は、立法府の広い裁量にゆだねられており、そ
れが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用と見ざるをえないような場合を除き、裁判所が審査判断する
のに適しない事柄であるといわなければならない。 → 合憲
②朝日訴訟(最大判昭 42.5.24)
<事案>
結核患者である原告は、日本国政府から一カ月 600 円の生活保護給付金と医療扶助を受領して、国立岡山療養
所で生活していたが、月々600 円での生活は無理であり、保護給付金の増額を求めた。
1956 年(昭和 31 年)、津山市の福祉事務所は、原告の兄に対し月 1,500 円の仕送りを命じた。市の福祉事務所
は同年 8 月分から従来の日用品費(600 円)の支給を原告本人に渡し、上回る分の 900 円を医療費の一部自己負
担分とする保護変更処分(仕送りによって浮いた分の 900 円は医療費として療養所に納めよ、というもの)を行
ったため、原告が行政不服審査法による訴訟を提起するに及んだ。
原告は、当時の「生活保護法による保護の基準」(昭和 28 年厚告第 226 号)による支給基準が低すぎると実感
し、日本国憲法第 25 条、生活保護法に規定する「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を保障する水準
には及ばないことから、日本国憲法 25 条に違反すると主張した。
<判旨>
健康で文化的な最低限度の生活なるものは、抽象的な相対的概念であり、その具体的内容は、文化の発達、国
民経済の進展に伴つて向上するのはもとより、多数の不確定的要素を綜合考量してはじめて決定できるものであ
る。したがつて、何が健康で文化的な最低限度の生活であるかの認定判断は、いちおう、厚生大臣の合目的的な
裁量(行政裁量)に委ねられており、その判断は、当不当の問題として政府の政治責任が問われることはあつて
も、直ちに違法の問題を生ずることはない。ただ、現実の生活条件を無視して著しく低い基準を設定する等憲法
および生活保護法の趣旨・目的に反し、法律によつて与えられた裁量権の限界をこえた場合または裁量権を濫用
した場合には、違法な行為として司法審査の対象となることをまぬかれない。→ 合憲
14
12.教育を受ける権利(26 条)
⑴ 教育権論争
◎教育権=教育内容の決定権限
→ 国家教育権説(教育意思は議会制民主主義の下で国会による法律制定を通じて実現) vs
国民教育権説(教育権の主体は親や教師を中心とする国民全体)
→ 旭川学力テスト事件判決(最大判昭 51.5.21)⇒両説の折衷
●教師に一定の範囲で教育の自由が認められると同時に、国家の側も言っての範囲で教育内容について決定
する権限を有する。もっとも、子どもが自由かつ独立の人格として成長することを妨げるような国家的介
入は許されない。
⑵ 教科書検定
<事案>
家永三郎・東京教育大教授らが執筆した『新日本史』が 1962 年の教科書検定で戦争を暗く表現しすぎ
ている等の理由により不合格とされ(修正を加えた後、1963 年の検定では条件付合格となった)、家永は
1962 年度・1963 年度の検定における文部大臣の措置により精神的損害を被ったとして国家賠償請求訴訟
を提起した。
<結論>
訴訟における最大の争点は「教科書検定は日本国憲法違反である」とする旨の家永側の主張であったが、
最高裁は「一般図書としての発行を何ら妨げるものではなく、発表禁止目的や発表前の審査などの特質が
ないから、検閲にあたらない」とし、教科書検定制度は合憲とした上で、原告の主張の大半を退け、家永
側の実質的敗訴が確定した。一方、検定内容の適否については、一部家永側の主張が認められ、国側の裁
量権の逸脱があったことが認定された。

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  • 1. 1 学習会 2016 年 10 月 19 日(水曜日)実施 「ちょっとマニアックに考える日本国憲法」 0.はじめに ●憲法と私たちの現実生活との関わり合い(憲法が現実の世界でどのように運用されているのか) ●机上の抽象論ではなく具体的な事例に即して憲法を考えてみる 1.外国人の人権 ⑴国政参政権 ヒッグス・アラン事件(最判平 5.2.26 ) → 禁止説 「参政権は、国の政治に参加し、国家意思の形式に参画する国民固有の権利であるから(国民主権原理)、その 性質上、日本国民のみに与えられるものといわざるをえず、……定住外国人であるからといって参政権を付与 すべきことが憲法上の要請であると解する余地はない」 ⑵地方参政権 最判平 7.2.28 → 部分的許容説 「公務員を選定罷免する権利を保障した憲法一五条一項の規定は、権利の性質上日本国民のみをその対象とし、 右規定による権利の保障は、我が国に在留する外国人には及ばないものと解するのが相当である。 我が国に在留する外国人のうちでも永住者等であってその居住する区域の地方公共団体と特段に緊密な関 係を持つに至ったと認められる者について、その意思を日常生活に密接な関連を有する地方公共団体の公共的 事務の処理に反映させるべく、法律をもって、地方公共団体の長、その議会の議員等に対する選挙権を付与す る措置を講ずることは、憲法上禁止されているものではないと解するのが相当である。しかしながら、右のよ うな措置を講ずるか否かは、専ら国の立法政策にかかわる事柄であって、このような措置を講じないからとい って違憲の問題を生ずるものではない。」 ⑶公務就任権 <事案> 看護師として東京都に採用された韓国籍の A は課長級の管理職選考試験を受験しようとしたところ日本国籍で ないことを理由として拒否された。そこで A は受験資格の確認と慰謝料を求めて訴えを提起した。 <最大判平 17.1.26> 地方公務員のうち,住民の権利義務を直接形成し,その範囲を確定するなどの公権力の行使に当たる行為を 行い,若しくは普通地方公共団体の重要な施策に関する決定を行い,又はこれらに参画することを職務とする もの(以下「公権力行使等地方公務員」という。)については,次のように解するのが相当である。すなわち, 公権力行使等地方公務員の職務の遂行は,住民の権利義務や法的地位の内容を定め,あるいはこれらに事実上 大きな影響を及ぼすなど,住民の生活に直接間接に重大なかかわりを有するものである。それゆえ,国民主権 の原理に基づき,国及び普通地方公共団体による統治の在り方については日本国の統治者としての国民が最終 的な責任を負うべきものであること(憲法1条,15条1項参照)に照らし,原則として日本の国籍を有する 者が公権力行使等地方公務員に就任することが想定されているとみるべきであり,我が国以外の国家に帰属し, その国家との間でその国民としての権利義務を有する外国人が公権力行使等地方公務員に就任することは,本 来我が国の法体系の想定するところではないものというべきである。 そして,普通地方公共団体が,公務員制度を構築するに当たって,公権力行使等地方公務員の職とこれに昇任 するのに必要な職務経験を積むために経るべき職とを包含する一体的な管理職の任用制度を構築して人事の 適正な運用を図ることも,その判断により行うことができるものというべきである。そうすると,普通地方公
  • 2. 2 共団体が上記のような管理職の任用制度を構築した上で,日本国民である職員に限って管理職に昇任すること ができることとする措置を執ることは,合理的な理由に基づいて日本国民である職員と在留外国人である職員 とを区別するものであり,上記の措置は,憲法 14 条 1 項に違反するものではないと解するのが相当である。 そして,この理は,前記の特別永住者についても異なるものではない。 2.公務員の人権 ⑴猿払事件 <事案> 北海道宗谷郡猿払村の鬼志別郵便局に勤務する郵便局員 Y は、昭和 42 年 1 月 8 日告示の第 31 回衆議院議 員選挙に際し、日本社会党を支持する目的をもつて、同日同党公認候補者の選挙用ポスター6 枚を自ら公営掲 示場に掲示したほか、その頃 4 回にわたり、右ポスター合計約 184 枚の掲示方を他に依頼して配布したため、 国家公務員法 102 条で禁止される公務員の政治活動に該当するとして罰金 5000 円の略式命令を言い渡され た。 <最大判昭 49.11.6> 憲法 15 条 2 項の規定からもまた、公務が国民の一部に対する奉仕としてではなく、その全体に対する奉仕と して運営されるべきものであることを理解することができる。公務のうちでも行政の分野におけるそれは、憲 法の定める統治組織の構造に照らし、議会制民主主義に基づく政治過程を経て決定された政策の忠実な遂行を 期し、もつぱら国民全体に対する奉仕を旨とし、政治的偏向を排して運営されなければならないものと解され るのであつて、そのためには、個々の公務員が、政治的に、一党一派に偏することなく、厳に中立の立場を堅 持して、その職務の遂行にあたることが必要となるのである。すなわち、行政の中立的運営が確保され、これ に対する国民の信頼が維持されることは、憲法の要請にかなうものであり、公務員の政治的中立性が維持され ることは、国民全体の重要な利益にほかならないというべきである。したがつて、公務員の政治的中立性を損 うおそれのある公務員の政治的行為を禁止することは、それが合理的で必要やむをえない限度にとどまるもの である限り、憲法の許容するところであるといわなければならない。 第一審判決は、その違憲判断の根拠として、被告人の本件行為が、非管理職である現業公務員でその職務内 容が機械的労務の提供にとどまるものにより、勤務時間外に、国の施設を利用することなく、かつ、職務を利 用せず又はその公正を害する意図なく、労働組合活動の一環として行われたものであることをあげ、原判決も これを是認している。しかしながら、本件行為のような政治的行為が公務員によつてされる場合には、当該公 務員の管理職・非管理職の別、現業・非現業の別、裁量権の範囲の広狭などは、公務員の政治的中立性を維持 することにより行政の中立的運営とこれに対する国民の信頼を確保しようとする法の目的を阻害する点に、差 異をもたらすものではない。 <批判> 政治活動の自由(憲法 21 条1項)の重要性・公務員の政治活動の一律禁止の妥当性
  • 3. 3 3.私人間効力 ⑴ 憲法(の人権規定)が“私人 vs 国家”の場合だけでなく“私人 vs 私人”の場合にも適用されるか? → 直接は適用されない。私法の一般条項(民法 90 条など)に憲法の趣旨を取り込んで解釈・適用 ∵憲法上の人権=対国家権(憲法は国家権力を制限する規範) → ●「日本の司法は加害者の人権ばかり守って、被害者の人権を守ってくれない!」 ●「いじめは子どもの人権を侵害している!」 ⑵ 事例 ①東京電力塩山営業所事件(最大判昭 63.2.5) <事案> 営業所長が、女子職員に対し、共産党員か否かを問い質し、かつ、共産党員でない旨を書面にして提出するよう 求めた。このため、職員が、この行為が思想・良心の自由を侵害するとして、営業所長と会社を相手取り、精神 的苦痛に対する損害賠償請求の訴えを提起した。 <判旨> 営業所長がした本件書面交付の要求は、社会的に許容し得る限界を超えて上告人の精神的自由を侵害した違法 行為であるということはできない。 ②三菱樹脂事件(最大判昭 48.12.12) <事案> 1963 年 3 月に、東北大学法学部を卒業した原告・高野達男(以下単に「原告」と称する)は、三菱樹脂株式会 社に、将来の管理職候補として、3 ヶ月の試用期間の後に雇用契約を解除することができる権利を留保するとい う条件の下で採用されることとなった。ところが、原告が大学在学中に学生運動に参加したかどうかを採用試験 の際に尋ねられ当時これを否定したものの、その後の三菱樹脂側の調査で、原告がいわゆる 60 年安保闘争に参 加していた、という事実が発覚し、「本件雇用契約は詐欺によるもの」として、試用期間満了に際し、原告の本採 用を拒否した。これに対し、原告が「三菱樹脂による本採用の拒否は被用者の思想・信条の自由を侵害するもの」 として、雇用契約上の地位を確認する訴えを東京地方裁判所に起こした。 <判旨> 憲法の右各規定は、国または公共団体の統治行動に対して個人の基本的な自由と平等を保障する目的に出たも ので、もっぱら国または公共団体と個人との関係を規律するものであり、私人相互の関係を直接規律することを 予定するものではない。 場合によつては、私的自治に対する一般的制限規定である民法一条、九〇条や不法行為に関する諸規定等の適 切な運用によつて、一面で私的自治の原則を尊重しながら、他面で社会的許容性の限度を超える侵害に対し基本 的な自由や平等の利益を保護し、その間の適切な調整を図る方途も存する。 ③昭和女子大事件(最判昭 49.7.19) <事案> 1961 年 10 月 20 日頃から、昭和女子大学内で無届の政治署名運動を行ったり、無許可で学外団体に加入した学 生がいることが判明した。昭和女子大学は本人および保護者などに連絡をとりながら 3 ヶ月余にわたって説諭を 続けたが、当該の学生の態度は変わらず、そのうえ週刊誌や放送あるいは公会堂で事実を歪曲した手記を発表し たり、事実無根のことを訴えるなど、公然と昭和女子大学を誹謗する活動を続けたので、1962 年 2 月 12 日、2 名の学生を退学処分にした。 昭和女子大学は、穏健中正な校風を持つ大学として学生指導を行い、学則の細則として「生活要録」を定めてい た。その中には、「政治活動を行う場合は予め大学当局に届け、指導を受けなければならない」旨の記載があった ため、原告の学生 2 名はこれに抵触した。これに対して原告 2 名が昭和女子大学の学生の身分確認を求める訴え
  • 4. 4 を起こした。 <判旨> 「憲法 19 条、21 条、23 条等のいわゆる自由権的基本権の保障規定は、国又は公共団体の統治行動に対して個 人の基本的な自由と平等を保障することを目的とした規定であつて、専ら国又は公共団体と個人との関係を規律 するものであり、私人相互間の関係について当然に適用ないし類推適用されるものでないことは、当裁判所大法 廷判例(最大判昭 48.12.12 =三菱樹脂事件判決)の示すところである。したがつて、その趣旨に徴すれば、私 立学校である被上告人大学の学則の細則としての性質をもつ前記生活要録の規定について直接憲法の右基本権 保障規定に違反するかどうかを論ずる余地はない」 ④日産自動車事件(最判昭 56.3.24) <事案> 原告女性の勤務先会社(日産自動車)は就業規則で定年を男性 55 歳、女性 50 歳と定めていた。そして、満 50 歳となった原告は 1969 年 1 月末で退職を命じられた。 <判旨> 男女別定年制を定めた就業規則は専ら女子であることのみを理由として差別したことに帰着するものであり、 性別のみによる不合理な差別を定めたものとして民法 90 条の規定により違法・無効である。 ⑤南九州税理士会政治献金事件(最判平 8.3.19) <事案> 税理士の強制加入団体の一である南九州税理士会の会員である原告が、政治献金として使用される特別会費 5,000 円の納入を拒否したため、被告(南九州税理士会)は、役員選挙における原告の選挙権、被選挙権を抹消 し、原告抜きにして役員選挙を行なった。そこで、原告は特別会費の納入の義務を負わないこと、及び不法行為 に伴う慰謝料を請求し、裁判所に出訴した。裁判では「特定の政治団体に寄付する行為が民法 43 条(現 34 条) で定める法人の『目的の範囲内』であるかどうか」が争われた。 <判旨> 税理士会が政党など政治資金規正法上の政治団体に金員の寄付をすることは、税理士法 49 条 2 項で定められた 税理士会の目的(民法 34 条)の範囲外の行為であり、右寄付をするために会員から特別会費を徴収する旨の決 議は違法・無効である。
  • 5. 5 4.法の下の平等(憲法 14 条) ⑴ 非嫡出子相続分差別(最大判平 25.9.4) 「相続制度をどのように定めるかは立法府の合理的な裁量判断に委ねられているが、遅くとも本件相続が開始 した平成 13 年7月当時においては、立法府の裁量権を考慮しても、嫡出子と嫡出でない子の法定相続分を区別 する合理的な根拠は失われていたといえる。」 ⑵ 女性の再婚禁止期間(最大判平 27.12.16) 「民法733条1項が女性にのみ課している6箇月(180日)の再婚禁止期間の内,100日を超える部分は 憲法違反である」 ⑶ 議員定数不均衡問題 → ●違憲無効判決・違憲判決(合理的期間が経過)・違憲状態判決、事情判決 ●地方の意見の反映? ⑷ 福岡女子大学 栄養士志望の 20 代の男性が 2014 年 11 月、福岡女子大学の社会人枠に入学願書を提出したが受理されず、 「自宅から通学できる栄養士資格が取得できる国公立大学はここだけなのに、また経済的事情から遠隔地や私立 には通えないのに、男性というだけで出願受理を拒否された(のは不当な性差別に当たり憲法違反である)」とし て、福岡女子大学を訴えた。 5.思想・良心の自由(憲法 19 条) ⑴麹町中学内申書事件 <事案> 原告(保坂展人・現世田谷区長)は、千代田区立麹町中学校在学中に学生運動に傾倒し、「麹町中全共闘」を名 乗り、機関紙「砦」を発行するなどの活動を行っていた。担任教諭は内申書の「基本的な生活習慣」「公共心」「自 省心」の欄に C 評価(三段階の最下位)を付けるとともに、備考欄に「文化祭粉砕を叫んで他校生徒と共に校内 に乱入し、ビラまきを行った。大学生 ML 派の集会に参加している」等の原告の学生運動に関する経歴を記述し た。原告は高校受験に際し、原告は受験した全ての高等学校不合格になったが、それは内申書に不適切な記述を されたからだとして、国家賠償法に基づき、東京都及び千代田区に損害賠償を求めた。 <判旨> 内申書の上記記載は原告の思想、信条そのものの記載でもなく、外部的行為の記載も原告の思想、信条を了知さ せ、また、それを評価の対象とするものとはみられないのみならず、その記載に係る行為は、憲法 13 条違反の 違憲の主張は、その前提を欠く。 ⑵君が代ピアノ伴奏命令拒否事件 <事案> 市立小学校の音楽教諭Xは、入学式の国歌斉唱の際に「君が代」のピアノ伴奏を行うことを内容とする校長の 職務上の命令に従わなかったことを理由として処分を受けたため、校長の職務命令は憲法19条に違反するとし て争った。 <判旨> (1)上記職務命令は「君が代」が過去の我が国において果たした役割に係わる同教諭の歴史観ないし世界観自体 を直ちに否定するものとは認められないこと,(2)入学式の国歌斉唱の際に「君が代」のピアノ伴奏をする行為は, 音楽専科の教諭等にとって通常想定され期待されるものであり,当該教諭等が特定の思想を有するということを 外部に表明する行為であると評価することは困難であって,前記職務命令は前記教諭に対し特定の思想を持つこ
  • 6. 6 とを強制したりこれを禁止したりするものではないこと,(3)前記教諭は地方公務員として法令等や上司の職務上 の命令に従わなければならない立場にあり,前記職務命令は,前記教諭の思想及び良心の自由を侵すものとして 憲法19条に違反するということはできない。 6.政教分離(憲法 20 条1項後段・3項・89 条前段) ⑴ 趣旨:①少数者の信教の自由の確保・②民主主義の理念の尊重・③宗教を堕落から免れさせる ⑵ 政教分離の限界 → 完全な分離が要求されるわけではない ⑶ ①津地鎮祭事件(最大判昭 52.7.13) <事案> 津市体育館建設起工式が 1965 年 1 月 14 日に同市船頭町の建設現場において行われた際に、市の職員が式典の 進行係となり、大市神社の宮司ら 4 名の神職主宰のもとに神式に則って地鎮祭を行った。市長は大市神社に対し て公金から挙式費用金 7,663 円(神職に対する報償費金 4,000 円、供物料金 3,663 円)の支出を行った。かかる 公金の支出が政教分離原則に抵触しないか争われた。 <判旨> 1.憲法で規定する政教分離原則は、国家が宗教的に中立であることを要求するものではあるが、国家が宗教との かかわり合いをもつことを全く許さないとするものではなく、宗教とのかかわり合いをもたらす行為の目的及び 効果にかんがみ、そのかかわり合いが諸条件に照らし相当とされる限度を超えるものと認められる場合にこれを 許さないとするものである。 2.憲法 20 条 3 項にいう宗教的活動とは、前述の政教分離原則の意義に照らしてこれをみれば、およそ国及びそ の機関の活動で宗教とのかかわり合いをもつすべての行為を指すものではなく、そのかかわり合いが 1.にいう相 当とされる限度を超えるものに限られるというべきであつて、当該行為の目的が宗教的意義をもち、(かつ)その 効果が宗教に対する援助、助長、促進又は圧迫、干渉等になるような行為をいうものと解すべきである。 3.(よって)市立体育館の建設に際し、神式により神職を招いて、地鎮祭を行っても、憲法の規定する政教分離 原則に反しない。 ②愛媛県靖国神社玉串料訴訟(最大判平 9.4.2) <事案> 愛媛県知事であった白石春樹は、靖国神社が挙行する例大祭や県護国神社が挙行する慰霊大祭に際し玉串料、献 灯料又は供物料を県の公金から支出していたが、この行為を憲法 20 条 3 項および 89 条に違反するものとして、 浄土真宗の僧侶を原告団長とする愛媛県の市民団体が、地方自治法の規定に基づき県に代位して支払相当額の損 害賠償訴訟を提起した。 <判旨> 玉串料の奉納は慣習化した社会的儀礼的行為とはいえず、その目的は宗教的意義を持つ。加えて、特定の宗教を 援助・助長する効果を持つ。よって、愛媛県と靖国神社の関わり合いが社会通念上相当とされる限度を超えてお り、愛媛県の行為は憲法 20 条3項で禁じた「宗教的活動」に該当し、公金支出は憲法 89 条に違反する。 ③エホバの証人信徒原級留置処分事件(最判平 8.3.8) <事案> 1990 年に神戸市立工業高等専門学校に入学した学生には、「エホバの証人」の信者 5 名がいた。この年に同校は 新校舎に移転したことにともない、体育科目の一部として格技である剣道の科目を開講した。この科目に対して 5 名は、彼らの信仰するところの聖書が説く「彼らはその剣をすきの刃に、その槍を刈り込みばさみに打ち変え なければならなくなる。国民は国民に向かって剣を上げず、彼らはもはや戦いを学ばない」という原則と調和し
  • 7. 7 ないと主張し、剣道の履修を拒否した。彼らもただ授業を拒否しただけでなく、病気で体育が出来ない学生のよ うに授業を見学した上でレポートの提出をもって授業参加と認めるように体育教師とかけあったが、認められな かった。そのため、5 名の信者が体育の単位を修得できず、同校内規により第 1 学年に原級留置となった。 翌年、信者 5 名のうち 3 名は剣道授業に参加したため第 2 学年に進級出来たが、1 名は自主退学、もう 1 名(原 告)は前年と同様の経緯をたどったため、再び第 1 学年に原級留置とされた。同校の学則は 2 年連続して原級留 置の場合は退学を命ずることができるという内規があり、その内規により退学処分を命じられた。 <事案の特殊性> 政教分離原則の趣旨は少数者の信教の自由の確保にあるところ、本事案では学校(公権力)側が少数者の信教の 自由を制限する根拠として政教分離原則を主張した。 <判旨> 信仰上の理由に基づく格技の履修拒否に対して代替措置を採っている学校も現にあるというのであり、他の学生 に不公平感を生じさせないような適切な方法、態様による代替措置を採ることは可能であると考えられる。また、 履修拒否が信仰上の理由に基づくものかどうかは外形的事情の調査によって容易に明らかになるであろうし、信 仰上の理由に仮託して履修拒否をしようという者が多数に上るとも考え難いところである。さらに、代替措置を 採ることによって神戸高専における教育秩序を維持することができないとか、学校全体の運営に看過することが できない重大な支障を生ずるおそれがあったとは認められないとした原審の認定判断も是認することができる。 そうすると、代替措置を採ることが実際上不可能であったということはできない。 被告は、代替措置を採ることは憲法 20 条 3 項に違反するとも主張するが、信仰上の真しな理由から剣道実技に 参加することができない学生に対し、代替措置として、例えば、他の体育実技の履修、レポートの提出等を求め た上で、その成果に応じた評価をすることが、その目的において宗教的意義を有し、特定の宗教を援助、助長、 促進する効果を有するものということはできず、他の宗教者又は無宗教者に圧迫、干渉を加える効果があるとも いえないのであって、およそ代替措置を採ることが、その方法、態様のいかんを問わず、憲法 20 条 3 項に違反 するということができないことは明らかである。また、公立学校において、学生の信仰を調査せん索し、宗教を 序列化して別段の取扱いをすることは許されないものであるが、学生が信仰を理由に剣道実技の履修を拒否する 場合に、学校が、その理由の当否を判断するため、単なる怠学のための口実であるか、当事者の説明する宗教上 の信条と履修拒否との合理的関連性が認められるかどうかを確認する程度の調査をすることが公教育の宗教的 中立性に反するとはいえないものと解される。以上によれば、本件退学処分は、裁量権の範囲を超える違法なも のといわざるを得ない。
  • 8. 8 7.学問の自由(憲法 23 条) ⑴ ①研究の自由・②研究発表の自由・③教授の自由 ⑵ 大学の自治 → 歴史的沿革:国家権力による学問への干渉・介入を防止して学問の自由を確保 △政治色の強いゼミの発表に大学が教室の使用許可を出さない場合 → 大学側が学問の自由を制限する根拠として大学の自治を主張 ⑶ 初等中等教育における教授の自由 旭川学力テスト事件(最大判昭 51.5.21) <事案> 1956 年から 1965 年に亘って、文部省の指示によって全国の中学 2・3 年生を対象に実施された全国中学校一斉 学力調査(学テ)について、これに反対する教師(被告人)が、旭川市立永山中学校において、学テの実力阻止 に及んだ。被告人は公務執行妨害罪などで起訴された。 <判旨> 「大学教育の場合には、学生が一応教授内容を批判する能力を備えていると考えられるのに対し、普通教育にお いては、児童生徒にこのような能力がなく、教師が児童生徒に対して強い影響力、支配力を有すること を考え、また、普通教育においては、子どもの側に学校や教師を選択する余地が乏しく、教育の機会均等を はかる上からも全国的に一定の水準を確保すべき強い要請があること等に思いをいたすときは、普通教育 における教師に完全な教授の自由を認めることは、とうてい許されない。」 ⑷ 先端科学技術(遺伝子組み換え等の生命倫理が絡む事案)研究に対する規制 8.表現の自由(憲法 21 条1項) ①葛飾ビラ配り事件(最判平 21.11.30) 2004 年 12 月 23 日午後 2 時 30 分前後、被告人男性が東京都葛飾区内にあるマンション(オートロック未設置) にて、日本共産党の都・区議会報告、アンケートの用紙と返信用封筒などを、ドアポストに投函配布していたと ころ、マンション 3 階居住者 1 名が被告人に話しかけた上で警察へ通報した。被告人は通報を受けて駆けつけた 警察官に同行して警察署に向かい、事情を聴かれた。その後被告人は帰宅しようとしたが、マンションの居住者 によって現行犯逮捕され、23 日間勾留されたのち、住居侵入罪で起訴された。 ②泉佐野市民会館事件(最判平 7.3.7) <事案> 1984 年 6 月 3 日、関西国際空港建設に反対する中核派系の組織の影響を受けた「全関西実行委員会」が、泉佐 野市民会館で「関西新空港反対全国総決起集会」を開催しようとしたところ、泉佐野市長が会館使用申請に対し 不許可としたことから、会館使用不許可処分の取消しと国家賠償法に基づく損害賠償を請求した。 <判旨> (会館使用申請に対する不許可処分が認められるのは) 集会の自由を保障することの重要性よりも、本件会館で集 会が開かれることによって、人の生命、身体又は財産が侵害され、公共の安全が損なわれる危険を回避し、防止 することの必要性が優越する場合に限定されるべきであり、その危険性の程度としては、前記各大法廷判決の趣 旨によれば、単に危険な事態を生ずる蓋然性があるというだけでは足りず、明らかな差し迫った危険の発生が具 体的に予見されることが必要である。
  • 9. 9 ③岐阜県青少年保護育成条例事件(最判平元.9.19) <事案> 岐阜県青少年保護育成条例は、県知事が「青少年の健全な育成を阻害するおそれがある」図書を「有害図書」と して指定し、さらにそれに指定された図書類を青少年に販売したり自動販売機に収納して販売することを業者に 対して禁じている。 ところが、三重県四日市市に在住し自動販売機による図書の販売を生業とする会社の代表取締役は、岐阜県内 で「有害図書」に指定された図書を、にもかかわらず 5 回にわたり自動販売機に収納したため本条例違反で起訴 された。 <判旨> 本条例が定める「有害図書」が青少年の性に悪影響を及ぼすということは、「既に社会共通の認識になっていると いってよ」く、また購入の手軽な自動販売機でそれらの図書が販売されることは、「書店等における販売よりもそ の弊害が一段と大きいといわざるをえない」。従って、こうした状況に「有効に対処するために」、「有害図書」の 自動販売機への収納を一律に禁じることには、「必要性があり、かつ、合理的であるというべきである」よって、 かかる制約は、憲法 21 条が保障する表現の自由に反するものではない。 ④博多駅テレビフィルム提出命令事件(最大決昭 44.11.26) 1968 年(昭和 43 年)1 月 16 日早朝、原子力空母エンタープライズの佐世保寄港阻止闘争に参加する途中、博 多駅に下車した全学連学生に対し、待機していた機動隊、鉄道公安職員は駅構内から排除するとともに、検問と 持ち物検査を行った。護憲連合等は、この際、警察官に特別公務員暴行陵虐・職権濫用罪にあたる行為があった として告発したが、地検は不起訴処分とした。これに対し護憲連合等は付審判請求を行った。福岡地裁は、地元 福岡のテレビ局 4 社(NHK 福岡放送局、RKB 毎日放送、九州朝日放送、テレビ西日本)に対し、事件当日のフ ィルムの任意提出を求めたが拒否されたため、フィルムの提出を命じた。この命令に対して 4 社は、「報道の自 由の侵害・提出の必要性が少ない」という理由に通常抗告を行った。 ☆取材源秘匿の要請との関係 ⑤放送法の「政治的に公平であること」「意見が対立している問題については、できるだけ多くの 角度から論点を明らかにすること」 ●視聴者の知る自由・放送事業者の編集の自由 ●電波の有限性?
  • 10. 10 9.経済的自由権 ⑴ 違憲審査基準 ◎二重の基準論 → 精神的自由権(表現の自由・信教の自由・学問の自由)に対する規制の合憲性判断は、経済的自由権(職業 選択の自由・営業の自由・財産権)に対する規制の合憲性判断よりも厳格になされる ∵民主政の過程における自己回復可能性 ◎規制目的二分論 経済的自由権に対する規制を、消極目的規制(国民の生命・健康に対する危険を防止するための規制 e.g.医 師免許)と積極目的規制(社会的・経済的弱者保護 e.g.大規模店舗の出店規制)に分類し、後者の合憲性判 断を前者の合憲性判断よりも緩やかに行う。 ∵消極目的規制:政策的判断の余地が少なく司法審査になじむ 積極目的規制:政策的判断が多分に含まれており、行政・政治部門の判断を尊重すべき ⑵ ①小売市場距離制限事件(最大判昭 47.11.22) <事案> 小売市場を開設する条件として既存の市場から 700 メートル以上離れていることを要求する距離制限の規制の 合憲性が争われた。(積極目的規制) <判旨> 社会経済の分野において、法的規制措置を講ずる必要があるかどうか、その必要があるとしても、どのような 対象について、どのような手段・態様の規制措置が適切妥当であるかは、主として立法政策の問題として、立 法府の裁量的判断にまつほかない。というのは、法的規制措置の必要の有無や法的規制措置の対象・手段・態 様などを判断するにあたつては、その対象となる社会経済の実態についての正確な基礎資料が必要であり、 具体的な法的規制措置が現実の社会経済にどのような影響を及ぼすか、その利害得失を洞察するとともに、 広く社会経済政策全体との調和を考慮する等、相互に関連する諸条件についての適正な評価と判断が必要で あつて、このような評価と判断の機能は、まさに立法府の使命とするところであり、立法府こそがその機能 を果たす適格を具えた国家機関であるというべきであるからである。したがつて、右に述べたような個人の 経済活動に対する法的規制措置については、立法府の政策的技術的な裁量に委ねるほかはなく、裁判所は、立 法府の右裁量的判断を尊重するのを建前とし、ただ、立法府がその裁量権を逸脱し、当該法的規制措置が著し く不合理であることの明白である場合に限つて、これを違憲として、その効力を否定することができるもの と解するのが相当である。→ 合憲 ②西陣ネクタイ事件(最判平 2.2.6) <事案> 原告は外国産生糸を原料に絹ネクタイ生地を生産していたが、国内養蚕業者の所得を確保する目的で、生糸 の一元輸入措置及び生糸価格安定制度を内容とする法律を国会が定めたことにより、外国産生糸の購入がで きなくなった。そこで原告は、上記法律が憲法 22 条1項に違反するものであり、これによって国際糸価格の 2倍近い国内価格での購入を余儀なくされたと主張して国家賠償請求訴訟を提起した。(積極目的規制) <判旨> 当該規制措置が著しく不合理であることが明白な場合に限って、これを違憲としてその効力を否定すること ができる → 合憲
  • 11. 11 ③薬局距離制限事件(最大判昭 50.4.30) <事案> 原告の株式会社(以下「原告会社」と略記)は地元の福山市に本店を置き、福山市や広島市でスーパーマー ケット・化粧品販売業・薬品販売業などを経営している会社であった。原告会社は広島県福山市築切町 263 番地、「くらや福山店」に薬局を設置することを県福山保健所に申請した。しかし、申請の後、県の回答が出 される前に薬事法の改正があり、「薬局距離制限規定」が導入された。改正後の薬事法およびこれに伴う県条 例をもとに、県は不許可の決定を原告会社に通知した。当時、現場は「国鉄山陽線の福山駅の近くでしかも福 山市の商店街の中心地に位置して流動人口も多い地域」であったとされているが、不許可決定の背景には、申 請場所から最も近い「既存の薬局から水平距離で 55 メートルのところにあり、しかも半径約 100 メートルの 圏内には、5 軒、半径約 200 メートルの圏内には 13 軒の薬局がある」状況であったことが挙げられている。 この不許可決定に対して、申請受理後に法律が改正されたにもかかわらず改正後の法律を適用していること、 当該申請場所は国鉄福山駅前の繁華街であり薬局が密集していても過当競争になるおそれがないこと、そし て薬事法の改正自体が憲法第 22 条が保障する営業の自由を侵害しており違憲であることから、処分は違法で あるとして、原告会社が不許可決定の取消しを求めて、県を相手に広島地方裁判所へ取消訴訟を提起したも のである。(消極目的規制) <判旨> 無薬局地域又は過少薬局地域における医薬品供給の確保のためには他にもその方策があると考えられるか ら、無薬局地域等の解消を促進する目的のために設置場所の地域的制限のような強力な職業の自由の制限措 置をとることは、目的と手段の均衡を著しく失するものであつて、とうていその合理性を認めることができ ない。すなわち、昭和 38 年の薬事法改正は、薬局がないかきわめて少ない地域(無薬局地域等)を解消する ことが目的であり、その手段として薬局の密集地帯に開業規制を設けることは、目的と手段が釣り合ってい ないうえ、開業規制以外の方法でも目的を達することが可能であるから、合理性を欠き、国民の営業の自由を 不当に侵害しているものであり違憲である。 ④新たな事例 理容師法は,「理容師の資格を定めるとともに,理容の業務が適正に行われるように規律し,もつて公衆衛生の向 上に資することを目的」(同法第1条)として制定された法律である。同法第12条第4号は,理容所(理髪店) の開設者に「都道府県が条例で定める衛生上必要な措置」を講ずるよう義務付け,同法第14条は,都道府県知 事は,理容所の開設者が上記第12条の規定に違反したときには,期間を定めて理容所の閉鎖を命ずることがで きる旨を規定している。 近年,公共交通機関の拠点となる駅の周辺を中心に,簡易な設備(洗髪設備なし)で安価・迅速に散髪を行うこ とのできる理容所(たとえば QB House など)が多く開設され,そこでの利用者が増加した結果,従来から存在 していた理容所の利用者が激減していた。そのような事情を背景に,上記の理容師法の目的を達成し,理容師が 洗髪を必要と認めた場合や利用者が洗髪を要望した場合等に適切な施術ができるようにすることで理容業務が 適正に行われるようにするとともに,理容所における一層の衛生確保により,公衆衛生の向上を図る目的で,自 治体が,同法第12条第4号に基づき,衛生上必要な措置として,洗髪するための給湯可能な設備を設けること を義務付ける内容の条例を制定した場合 → 積極目的規制なのか、消極目的規制なのか
  • 12. 12 10.憲法 31~40 条 ⑴ 憲法 36 条 ※憲法 36 条:公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる。 ① 拷問の禁止 ② 死刑は「残虐な刑罰」に当たり違憲なのか → 合憲(最大判昭 23.3.12) <事案> 広島県在住の被告人(犯行時 19 歳、元死刑囚)は、勤務先を解雇され無職であったため同居家族の母親(当時 49 歳)と妹(当時 16 歳)に日頃から邪魔者扱いされていた。 1946 年(昭和 21 年)9 月 16 日の晩、夕食に何も残してもらえなかったばかりか、床も敷いてもらえなかった。 そのため空腹から眠れなかったために 2 人に殺意を抱き、頭をハンマーで殴打して殺害したうえに古井戸に遺体 を遺棄した。彼は広島高等裁判所で死刑判決を受けた。最高裁に上告した弁護側が「死刑は最も残虐な刑罰であ るから、日本国憲法第 36 条によって禁じられている公務員による拷問や残虐刑の禁止に抵触している。そもそ も『残虐な殺人』と『人道的な殺人』とが存在するというのであれば、かえって生命の尊厳を損ねる。時代に依 存した相対的基準を導入して『残虐』を語るべきではない」と主張し、死刑の適用は違憲違法なものであるとし た。そのため、死刑制度の憲法解釈が行われることになった。 <判旨> 生命は尊貴である。一人の生命は、全地球より重い。……憲法第 13 条においては、すべて国民は個人として尊 重せられ、生命に対する国民の権利については、立法その他の国政の上で最大の尊重必要とする旨を規定してい る。しかし、同時に……同条(憲法 13 条)は、公共の福祉という基本的原則に反する場合には、生命に対する 国民の権利といえども立法上制限乃至剥奪されることを当然予想しているといわねばならぬ。そしてさらに憲法 31 条によれば、国民個人の生命の尊貴といえども、法律の定める適理の手続によって、これを奪う刑罰を科せら れることが、明らかに定められている。すなわち憲法は、現代多数の文化国家におけると同様に、刑罰として死 刑の存置を想定し、これを是認したものと解すべきである。」として、「社会公共の福祉のために死刑制度の存続 の必要性」は承認されている。 「刑罰としての死刑そのものが、一般に直ちに同条にいわゆる残虐な刑罰に該当するとは考えられない。ただ死 刑といえども、他の刑罰の場合におけると同様に、その執行の方法等がその時代と環境とにおいて人道上の見地 から一般に残虐性を有するものと認められる場合には、勿論これを残虐な刑罰といわねばならぬから、将来若し 死刑について火あぶり、はりつけ、さらし首、釜ゆでの刑のごとき残虐な執行方法を定める法律が制定されたと するならば、その法律こそは、まさに憲法第三十六条に違反するものというべきである。」 ※憲法 13 条 :すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利について は、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。 ※憲法 31 条:何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑 罰を科せられない。 ⑵ 憲法 39 条前段後半・後段 ※憲法 39 条:何人も、実行の時に適法であつた行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を 問はれない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない。 ◎二重の危険の禁止 → 無罪判決に対する検察官控訴の合憲性(判例は当然合憲・アメリカでは違憲)
  • 13. 13 11.生存権(憲法 25 条) ⑴ 法的性質 → プログラム規定説 vs 抽象的権利説 vs 具体的権利説 vs 給付請求権説 ⑵ 生存権に対する違憲審査基準 → 緩やか ①堀木訴訟(最大判昭 57.7.7) <事案> 原告の女性は、視力障害者であり、1970 年(昭和 45 年)当時の「国民年金法」に基づいて障害福祉年金を受 給していたが、離婚した後自らの子供を養育していたことから生別母子世帯として児童扶養手当も受給できるも のと思い知事に対し請求した。しかし、当時の児童扶養手当制度には手当と公的年金の併給禁止の規定があった ことから、知事は児童扶養手当の請求を退けた。そこで、原告は当該規定が憲法 25 条に違反するとして提訴し た。 <判旨> 憲法 25 条の規定は、国権の作用に対し、一定の目的を設定しその実現のための積極的な発動を期待するという 性質のものである。しかも、右規定にいう『健康で文化的な最低限度の生活』なるものは、きわめて抽象的・相 対的な概念であって、その具体的内容は、その時々における文化の発達の程度、経済的・社会的条件、一般的な 国民生活の状況等との相関関係において判断決定されるべきものであるとともに、右規定を現実の立法として具 体化するに当たつては、国の財政事情を無視することができず、また、多方面にわたる複雑多様な、しかも高度 の専門技術的な考察とそれに基づいた政策的判断を必要とするものである。したがって、憲法 25 条の規定の趣 旨にこたえて具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は、立法府の広い裁量にゆだねられており、そ れが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用と見ざるをえないような場合を除き、裁判所が審査判断する のに適しない事柄であるといわなければならない。 → 合憲 ②朝日訴訟(最大判昭 42.5.24) <事案> 結核患者である原告は、日本国政府から一カ月 600 円の生活保護給付金と医療扶助を受領して、国立岡山療養 所で生活していたが、月々600 円での生活は無理であり、保護給付金の増額を求めた。 1956 年(昭和 31 年)、津山市の福祉事務所は、原告の兄に対し月 1,500 円の仕送りを命じた。市の福祉事務所 は同年 8 月分から従来の日用品費(600 円)の支給を原告本人に渡し、上回る分の 900 円を医療費の一部自己負 担分とする保護変更処分(仕送りによって浮いた分の 900 円は医療費として療養所に納めよ、というもの)を行 ったため、原告が行政不服審査法による訴訟を提起するに及んだ。 原告は、当時の「生活保護法による保護の基準」(昭和 28 年厚告第 226 号)による支給基準が低すぎると実感 し、日本国憲法第 25 条、生活保護法に規定する「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を保障する水準 には及ばないことから、日本国憲法 25 条に違反すると主張した。 <判旨> 健康で文化的な最低限度の生活なるものは、抽象的な相対的概念であり、その具体的内容は、文化の発達、国 民経済の進展に伴つて向上するのはもとより、多数の不確定的要素を綜合考量してはじめて決定できるものであ る。したがつて、何が健康で文化的な最低限度の生活であるかの認定判断は、いちおう、厚生大臣の合目的的な 裁量(行政裁量)に委ねられており、その判断は、当不当の問題として政府の政治責任が問われることはあつて も、直ちに違法の問題を生ずることはない。ただ、現実の生活条件を無視して著しく低い基準を設定する等憲法 および生活保護法の趣旨・目的に反し、法律によつて与えられた裁量権の限界をこえた場合または裁量権を濫用 した場合には、違法な行為として司法審査の対象となることをまぬかれない。→ 合憲
  • 14. 14 12.教育を受ける権利(26 条) ⑴ 教育権論争 ◎教育権=教育内容の決定権限 → 国家教育権説(教育意思は議会制民主主義の下で国会による法律制定を通じて実現) vs 国民教育権説(教育権の主体は親や教師を中心とする国民全体) → 旭川学力テスト事件判決(最大判昭 51.5.21)⇒両説の折衷 ●教師に一定の範囲で教育の自由が認められると同時に、国家の側も言っての範囲で教育内容について決定 する権限を有する。もっとも、子どもが自由かつ独立の人格として成長することを妨げるような国家的介 入は許されない。 ⑵ 教科書検定 <事案> 家永三郎・東京教育大教授らが執筆した『新日本史』が 1962 年の教科書検定で戦争を暗く表現しすぎ ている等の理由により不合格とされ(修正を加えた後、1963 年の検定では条件付合格となった)、家永は 1962 年度・1963 年度の検定における文部大臣の措置により精神的損害を被ったとして国家賠償請求訴訟 を提起した。 <結論> 訴訟における最大の争点は「教科書検定は日本国憲法違反である」とする旨の家永側の主張であったが、 最高裁は「一般図書としての発行を何ら妨げるものではなく、発表禁止目的や発表前の審査などの特質が ないから、検閲にあたらない」とし、教科書検定制度は合憲とした上で、原告の主張の大半を退け、家永 側の実質的敗訴が確定した。一方、検定内容の適否については、一部家永側の主張が認められ、国側の裁 量権の逸脱があったことが認定された。