自由からの逃走	
  5章	
  〜逃避のメカニズム〜	
 
発表者:山越遼一	
 
日時:2016/05/25
前提(前章まで)
人間は、意識の上では自らの意思で積極的な自由を求めているものと信じているが、
実際は、孤立の恐怖から逃れるために、「逃避のメカニズム」が働き、自由を求め
るより、自由から逃がれることを選択している。
その「逃避のメカニズム」について、詳細に論じているのが本章。
1	
  権威主義
自由からの逃避の最初のメカニズム・・・個人の外側にあるなにものかとあるいは
何事かと、自分自身を融合させようとする傾向
→失われた第一次的絆の代わりに、新しい「第二次的」な絆を求めること
個人的自我の独立を捨てて、その個人にかけているような力の獲得を目指す
具体的には、服従(マゾヒズム)的努力、支配(サディズム)的努力という形では
っきりと表れる。
以下は、その二つの特徴の比較。
マゾヒズム(服従)的努力 サディズム(支配)的努力
動機 個人の短所、葛藤、疑惑、たえがたい
孤独感を持つ自己から逃れようとす
る願望
孤独に耐えられないことと、自分自身
の弱点から逃れ出ること。
実際の行動 圧倒的に強いと感じる人物や力に服
従しその一部になろうとする、個人的
自我の絶滅。←自己を無にまで縮小、
個人としての分離感の解消により、独
立し強くありたいという願いと無意
味や無力の間のジレンマから抜け出
せる。
他人を完全に支配すること、彼を我々
の意志に対して無力な対象にするこ
と、彼の絶対的支配者となること。他
者からの搾取。他者を苦しめる。←他
者との一体化を図るのが目的
結果 表面的な苦痛は取り去ることに成功
するが、一層大きな新しい悩みを招い
てしまう。	
  ex 奥深い葛藤や沈黙し
た不幸
支配する対象への依存。
その他の比較 より無意識的で、一層合理化されやすい。Ex 現代でいうところのストーカー
はこれ。
※ここでいう合理化は心理学上で言われる合理化。つまり、罪の意識や自責の念か
ら逃れるため、真の欲求を隠蔽しようと無意識的に働く心理的自己防衛を指す。
◯サディズムとマゾヒズムの共通性
どちらも「孤独に耐えられないこと」と、「自己自身の弱点とから逃れでること」
を目的としている。
それをフロムは「共棲」と名付けている。
この場合の共棲とは、自己を他人とお互いに自己自身の統一性を失い、お互いに完
全に依存しあうように、一体化することを意味する。(p176)
→どちらにせよ、個性と自由は失われている
違いは他人を抹殺するか、他人に抹殺されるか
◯力への欲望
力への欲望は弱さに根ざしたもので、自我が一人で生きて行けないことを示してい
る。また二義的な強さを獲得しようとする絶望的な試みである。
二義的な強さとは?
①	
 何ものかに対する力の所有、他人を支配する能力
②	
 何かをする力を有すること、能力があること、「無力」といったときの「力」
これらは相容れないものである。←自らの能力が向上し自由と統一性を得られれば
支配の必要がなくなるから。これらは反比例的な関係にある。
◯権威主義的性格
逃避のメカニズムの最たるものの1つ。もちろん、今まで述べてきたサド・マゾヒ
ズム的性質の一種。
サド・マゾヒズム的性質はすべての人に見られ、ことに神経症的ではなくて正常な
人間を指す場合は「権威主義的性格」とフロムは呼ぶ。
特徴:権威をたたえ、それに服従しようとする。一方で自ら権威であろうと願い、
他のものを服従させたいと願っている。そして無力な人間や制度を攻撃、支配、絶
滅しようとする。
また、力に対する態度として、世界は力あるもの、ないもの、優れているもの、劣
っているもので構成されると考えている。その他にもフロムは権威主義的性格の
様々な特徴をあげているがそのどれも上記の特徴に根付いたものである。権威主義
的性格は人間の自由を束縛するものを愛する、宿命に服従することを好む、過去を
崇拝するなど。また勇気や信念、行動力における特徴。
これらがファシズムの勃興した大衆の心理的要因であるとフロムが訴えているの
は明らかである。
◯権威について
人に命令を下す個人や制度のような「外的権威」と、義務、良心、超自我といった
「内的権威」がある。
中でも良心の支配は外的権威のそれよりも冷酷である。もしも彼自身がその秩序を
自分のものと感じていたら自分自身に反逆することはできないから。
しかし、現在存在するのは、常識、科学、精神の健康、正常性、世論といった「匿
名の権威」である。
それは見えない権威であり、見える他の二つの権威より効果的である。なぜなら、
認識できず、抗うこともできないから。
◯魔術的な助け手
サド・マゾヒズム的性質による依存のうち、より穏やかな依存形式のもの。
支配や服従というより、自分の全生活、すべての行動、思想、感情を自分の外の力
に関係させる。具体的には、両親や配偶者、目上の人、恋人などに関連させる。
根底に見られる理由は、「共棲」として見てきたものと同じである。
2	
  破壊性
◯破壊性とサド・マゾヒズム的な追求の比較
破壊性 サド・マゾヒズム的追求
自 己 の 無 力 感 か ら の 逃
走方法
対象の除去 対象との一体化、共棲
破 壊 性 と サ デ ィ ズ ム の
違い
外界からの脅威を排除し
て自己を強める
他者の支配によって弱体
化した自己を強める
共通点 個人の無力感や孤独感にもとづいている点。
◯破壊性の合理化
社会のいたるところに破壊性は溢れているが、それらは、愛、義務、良心、愛国心
などあらゆるものによって合理化される。
◯2通りの破壊性
①	
 合理的・反作用的な破壊性
自分の生命や完全性、他人の生命や完全性に対し、または自分が一体となって
いる信念や思想に対して攻撃が加わった時の自己防衛的な破壊性。生命の確保
のために、自然に、必然的にともなうもので、フロムはこれについては深く言
及していない。
②	
 非合理的な破壊性
人間の内に絶えずひそんでいて、機会があればすぐ飛び出そうと待ちかまえて
いるようなひとつの傾向。これが問題となる。
非合理的であるにもかかわらず、社会集団などによって合理化がなされ、その
成員から「現実的」とさえ受け取られてしまうもの。ここで、ナチスのホロコ
ーストを想定しても問題ないであろう。
◯破壊性の3つの源泉
①	
 孤独と無力感	
  ←比較すべき対象をすべて除去することで自己の無力感から逃
れようとするのが破壊性である。
②	
 不安
物質的あるいは感情的に重大な関心ごとに脅威が加わると人間は不安を覚える
が、それに対する一般的に反作用が破壊性である。外界に絶えず脅かされてい
ると感じることからくる絶え間ない不安は、孤独になった無力な個人の状態か
ら生まれ、破壊性をさらに進展させる。
③	
 生命の障害
孤独になった無力な人間は、内的な安定性と自発性を欠いており、その感覚的、
感情的、また知的の様々な能力を十分に実現できない。これをフロムは内的障
害と呼んでいる。
実証は難しいが、フロムは個人のうちに見られる破壊性の程度は、生命の伸張
が押さえつけられる程度に比例すると推定する。生命が持つ、成長と表現と生
存を求めるという内的な力学が抑制されると、そのエネルギーは破壊を求める
エネルギーに変化すると彼は考えた。
つまり、「破壊性は生きられない生命の爆発である」(p202)と彼は述べている。
3	
  機械的画一性
◯集団への同調
集団への「同調」とは、つまり自己を捨てて「自動人形」になること。この特殊な
逃避のメカニズムは、現代社会において、大部分の正常な人びとがとっている解決
方法である。簡単にいえば、「個人が自分自身であることをやめる」ことである。
この「同調」のメカニズムは、ある種の動物に見られる保護色と比較することがで
きる。彼らはその周囲の状態にまったく似てしまうので、周囲からほとんど見極め
がつかない。
◯自己の喪失
個人的な自己をすてて自動人形となり、周囲の何百万というほかの自動人形と同一
となった人間は、もはや孤独や不安を感じる必要はない。しかし彼の払う代償は高
価である。すなわち「自己の喪失」である。(p204)
「自己の喪失」は、個人を烈しい不安の状態に投げ込む。彼は、本質的には他人の
期待の反映であり、自己の同一性を失っているので、彼には懐疑がつきまとう。
→このような自己の同一性の喪失から生まれてくる恐怖を克服するため、彼は順応
することを強いられ、他人によって絶えず認められ、承認されることによって自己
の同一性を求めようとする。(p224-225)
近代社会において個人が自動機械となったことは、一般の人びとの無力と不安を増
大した。そのため彼は、彼に安定を与え、疑いから救ってくれるような新しい権威
に、たやすく従属しようとしている。
→これがナチ勃興の原因分析につながる。
論点
「現代では、同様の現象が存在しているか?存在するとすればいかなる
形式・形態か?」
・	
 SNS で繋がっていたい	
  一種の自由からの逃走では?
・	
 強権的・過激な発言に迎合する傾向	
  ex 安倍総理、プーチン、トランプ、フィ
リピンの新大統領など
・	
 テロリズムに迎合する人がいる現状	
  ←破壊性
・	
 サディズム→ストーカーの問題	
  アイドル襲撃
・	
 いじめっ子、いじめられっ子、傍観者の問題	
  ←権威主義的性格
・人と同じでありたい	
  同調意識

自由からの逃走 5章