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MPD Osaka Extra #5
『主に仏教を・・・』
2021/12/18
森新一郎 @smori1983
目次
• (先に)参考文献・資料
• 中論 第2章 運動(去ることと来ること)の考察
• 説一切有部は何を主張したか
• 法とは
• 中論 第2章 運動(去ることと来ること)の考察(再)
• 縁起・無自性・空
• 空観はニヒリズムか
• 非有非無の中道としての空
• ヒトとして
(先に)参考文献・資料
書籍
• フランシスコ・ヴァレラ「身体化された心」
• 中村元「龍樹」
• 中村元訳「ブッダ 悪魔との対話」
• 苫米地英人「超悟り入門」
• 養老孟司「唯脳論」
• 養老孟司「形を読む」
• 松沢哲郎「想像するちから」
• 松沢哲郎「人間とは何か」
• マル激第595回:チンパンジーが教えてくれた−希望こそ人間の証(有料)
• https://vimeo.com/ondemand/marugeki595
中論 第2章 運動(去ることと来ること)の考察
ナーガールジュナ(龍樹)
仏教の伝統的用語では「空」の思想を「空観」と呼ぶ。
空観とは、あらゆる事物(一切諸法)が空で有り、それぞれのものが固定的な実体を有しない、と観ずる思想。
この思想は、すでに原始仏教において説かれていたが、
大乗仏教の初期の「般若経」ではそれをさらに発展させ、大乗仏教の基本的教説とした。
その後この空観を哲学的・理論的に基礎づけ、
大乗仏教の思想を確固たるものにしたのが龍樹(ナーガールジュナ)である。
このためナーガールジュナは仏教史においてひときわ重要であり、我が国では「八宗の祖師」と仰がれてる。
「龍樹」 p.5
中論 第2章 運動(去ることと来ること)の考察
まず、すでに去ったものは、去らない。
また未だ去らないものも去らない。
さらに〈すでに去ったもの〉と〈未だ去らないもの〉とを離れた〈現在去りつつあるもの〉も去らない。
中論 第2章 運動(去ることと来ること)の考察
?
中論 第2章 運動(去ることと来ること)の考察
「中論」は、小乗仏教の「説一切有部」に対する論争の書。
説一切有部は何を主張したか
説一切有部は何を主張したか
法(ダルマ)の実有 = 法が、それ自身の本質としてある(「龍樹」p.95)
「・・・であるありかた」としての法が、「・・・であるありかたが有る」に書き換えられた(「龍樹」p.90)
三世実有法体恒有
一切の実有なる法体が三世において恒有である
説一切有部は何を主張したか
初期仏教聖典の初期に属する資料からみると、法の体系を基礎づけるために縁起説が考えられていたことを知りうる。
ところが原始経典の末期から縁起説は通俗的解釈を持ち込まれ・・・
生あるものの生死流転する状態にあてはめて解釈されるようになるにつれて、法の体系を基礎づけている意義が見失わ
れるに至った。
(「龍樹」p.85)
法とは
法とは
法 = dharma
自然的存在を可能ならしめているありかた、「・・・であるあり方」(「龍樹」p.89)
法とは一切の存在の規範となって、存在をその特殊性において、成立せしめるところの「かた」、
であるから自然的事物と同一視することはできない。(「龍樹」p.187)
古代インド人が問題としていたのは自然的存在の領域ではなく法の領域(「龍樹」p.187)
中論 第2章 運動(去ることと来ること)の考察(再)
中論 第2章 運動(去ることと来ること)の考察(再)
まず、すでに去ったものは、去らない。
また未だ去らないものも去らない。
さらに〈すでに去ったもの〉と〈未だ去らないもの〉とを離れた〈現在去りつつあるもの〉も去らない。
-----
「去るものが去る」という言葉の中に、ふたつのありかたが含まれる。
• 「去る主体」というありかた
• 「去る作用」というありかた
説一切有部は、それぞれが独立した法であると主張した。
「去る作用」が独立しているのならば、「去る主体」を離れて、作用がそれ自体としてある事になる。
プラサンガ(帰謬論法)
縁起・無自性・空
縁起・無自性・空
説一切有部は、縁起を、原因と結果、時間的生起関係として捉えた。
龍樹は、縁起を「相互依存関係」と捉えた(相依性縁起)。
縁起せるが故に無自性で有り、
無自性の故に空である。
説一切有部が「法有」を説いたのに対し、龍樹は「法空」を説いた。
空観はニヒリズムか
空観はニヒリズムか
あらゆる事象を建設し成立させる空観
つくられたもの、他に依存するものは「自性」とはいわれない。
自性は絶対に変化しないものであるから、もしも自性を承認するならば、現象界の変化が成立しえないこととなる
すなわちもろもろの事物(諸法)はそれ自体の本性を欠いていて、縁起せるが故に成立しているのである。
「龍樹」p.238
空観はニヒリズムか
〈空〉の教義は虚無論を説くのではない。そうではなくて「空」はあらゆるものを成立せしめる原理であると考えられた。
〈空〉は全てを抱擁する。それに対立するものがない。その〈空〉が排斥したり対立するものは何もないのである。
実質について言えば、「空」の真の特質は、「何もないこと」であると同時に、存在の充実である。
それはあらゆる現象を成立せしめる基底である。
「龍樹」p.445
空観はニヒリズムか
空 = この世界で起こりうることの、あらゆるの可能性の全体 (私見)
非有非無の中道としての空
西洋近代の哲学と古代インド人の発想との差異(中村元氏の見立て)
非有非無の中道としての空
西洋近世の哲学(をおおまかに)
非有非無の中道としての空
主観 客観
間(entre-deux)
古代インド人
非有非無の中道としての空
有 無
常住 断滅
〈有り〉というのは常住に執著する偏見で有り、〈無し〉というのは断滅を執する偏見である。
故に賢者は〈有りということ〉と〈無しということ〉に執著してはならない。
「中論」第15章 〈それ自体〉(自性)の考察
古代インド人
非有非無の中道としての空
有 無
空
「ありかた」としての法、その中でも「ありかた」の「ありかた」とも言うべき、最も最も根本的な対立としての、「有」と「無」。
「有」と「無」は、それぞれ独立に存在するのではなく、互いに他を予想して成立している
「有」と「無」との対立という最も根本的な対立の根底に「相互依存」(= 縁起)を見出した。
「龍樹」p.269
ブッダの問題意識の変遷(私見)
「わたし」の問題
↓
「わたし」と「世界」の問題
↓
「世界」のありかたを体得
↓
「世界」における「わたし」のありかたを完全に理解
↓
社会に戻る(社会で生きる)
「衆生を救おう」 = 巨大化した煩悩(「超悟り入門」)
非有非無の中道としての空
悪魔との対話(サンユッタ・ニカーヤ) 第VI篇 梵天に関する修正
・・・初めてさとりを開かれたばかりのときであった・・・
心のうちにこのような考えが起こった
「わたしのさとったこの真理は深遠で、見がたく、難解であり、しずまり、絶妙であり、思考の域を超え、微妙であり、賢者の
みよく知るところである。ところがこの世の人々は執著のこだわりを楽しみ、執著のこだわりに耽り、執著のこだわりを嬉し
がっている人々には、〈これを条件としてかれがあるということ〉すなわち縁起という道理は見がたい。
・・・
だからわたしが理法(教え)を説いたとしても、もしも他の人々がわたしのいうことを理解してくれなければ、わたしには疲
労が残るだけだ。わたしには憂慮があるだけだ」と。
=> その後、梵天との対話の末、人々に教えを説くことを決意する。
非有非無の中道としての空 サンユッタ・ニカーヤ
ヒトとして
ヒトとして – あらためて思う・・・
仏教が説くような、空によって成立している世界における、人間というありかた
なぜ人は苦しむのか?
空を観じることができたのは人だからこそなのか?
結局、空観は人間ならではの世界観でしかないのではないか?
ヒトとして – 京都大学霊長類研究所
ヒトとチンパンジーの比較認知学
ふたつのアプローチ
• 相同に基づく比較: 進化的に起源の近い生き物どうしを比較する。
• 相似に基づく比較: はるか昔に別れて進化的な起源の遠い生き物(例えば鳥類と人類)を比較する。
相同に基づく比較としてのチンパンジー研究
ヒトとチンパンジーのゲノムの違いは約1.2パーセント
人間だけに注目していては気付かないようなことを、チンパンジーと比較してみることによって気付ける可能性。
ヒトとして – チンパンジー事例(1)
輪郭だけのチンパンジーの似顔絵を与えてみる。
• チンパンジー(7人): 基本的になぐり書きをするか、輪郭をなぞった
• 人間(〜2歳): チンパンジーと大差なし
• 人間(3歳2ヶ月): 目や鼻を描き入れた
ヒトとして – チンパンジー事例(1)
松沢氏の考察
• チンパンジー: そこにあるものを見ている
• 人間: そこにないものを考える
ヒトとして – チンパンジー事例(2)
2006年、レオ(当時24歳)
突然、首から下が麻痺
治療中、全く動けないので、ひどい床ずれが発生、痩せ細って寝たきりに。
ヒトとして – チンパンジー事例(2)
松沢氏
「自分だったらとても我慢できないだろう」= 痛みの辛さではなく、「このまま生きていても」という絶望
ところが、レオには全くそのようなことがなかった。
飼育員に対していたずらさえする。
ヒトとして – ヒトの時間観念
• 「あの時失敗しなかったら、今頃はもっと違う人生だったはずなのに」
• 子供の躾: (自分だったらそんなふうに間違うことがないのに)、子供がうまくできていないので、ついつい口出ししてし
まう
• 「今頑張ればいつか上手になるだろう」
ヒトは、仮定法の現在を生きる(宮台真司氏発言 in マル激第595回:チンパンジーが教えてくれた−希望こそ人間の証)
= 「いま」の拡張
ヒトとして – ヒトとしてのありかた
生物は、歴史や記憶の上に生きる(ヒトは特にその特性が強い)。
この世界で縁起した諸々の出来事を、記憶し、再利用し、伝承する。
ヒトは拡張された「いま」を生きる。
過去・現在・未来という時間観念を持ち、「いま」過去に絶望し、「いま」未来に希望を抱く。
=> 説一切有部が縁起を時間的生起関係と捉えたのは不思議なことではない。
ヒトとして – ヒトとしてのありかた
ヒトは、大きな脳を持つ。
脳という構造は、意識(心)という機能を持つ。
意識という機能は特殊で(特殊に感じてしまう)、自己言及というありかたが可能。
自分自身について考えるということもやってのける(主観の客体化?)
=> 自分自身とそれ以外というものの見方ができてしまうので、主観/客観の図式ができるのは不思議なことではない。
ヒトとして – ヒトとしてのありかた
ヒトは歴史的に、社会的存在となった。
仏教の縁起する世界という見方が深まれば、社会的な「わたし」というありかたがより一層理解でき、
そうすると、仏教的実践(ヒトとしてどう生きるか)において「慈悲」の心を自ずと身につけるのではないか。
ヒトとして – 縁起・無自性・空(再)
唯脳論
「脳という物質から、心が出てくる。そんなバカな話はない。心というものは、もっと霊妙不可思議なものだ」
・・・
唯脳論は、この素朴な問題点について、それなりの解答を与える。脳と心の関係の問題、すなわち心身論とは、じつは構
造と機能の関係の問題に帰着する。
・・・
次のような例を考えてみればいい。
循環系の基本をなすのは、心臓である。心臓が動きを止めれば、循環は止まる。では訊くが、心臓血管系を分解してい
くとする。いったい、そのどこから、「循環」が出てくるというのか。
心臓は解剖できる。循環は解剖できない。心臓は「物」だが、循環は「機能」だからである。
ヒトとして – 縁起・無自性・空(再)
唯脳論
「物」か「物でない」かは、あんがい難しい。われわれが「物」であることを自明とするような「存在」が、必ずしも「物」でないこ
とは、解剖学の用語を考えただけでもわかる。
たとえば「口」や「肛門」は、その典型である。
口はむしろ機能を示す用語で有り、そのことは「入口」「出口」といったことばに、よく示されている。
解剖学実習で、「肛門だけ」切り取って重さを測れ、と言われた学生は、よく考えると往生するであろう。
よく考えない学生なら、周囲の皮膚を切り取ってくるであろうが、それはもちろん、ダメである。
肛門に重量はない。なぜなら、肛門に「実体」はないからである。
ヒトとして – 縁起・無自性・空(再)
構造 機能
心臓 循環
脳 意識・心
視覚系 聴覚・運動系
無自性
空
縁起
唯脳論
同じものを、視覚系寄りに扱うか(構造)、聴覚・運動系寄りに扱うか(機能)
さいごに
さいごに
仏教は難しい?
結局は(縁起や空を)体得することに意味がある。
少なくとも、「関係性をキーに世界をみる」という方法を教えてくれた。
現代物理学との親和性が高いように思われる。
仏教の諸概念を、現代の道具立てで再評価。
ありがとうございました。

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