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板前修業はいかがでしょうか
- 1. 「板前修業はいかがでしょうか？」試し読み 2/3 ■理不尽の嵐 ■それでも口を紡ぐのか… ■おれは掃除王に必ずなる!!! ～試し読み 1/3 の振り返り～ 留学に来たのはいいが思いのほか時間がたくさんあることに気付いた私。そこでドイツ のレストラン文化を学びつつ、ドイツ語の練習にもなるようにとお寿司屋さんの戸を叩く のだった。 ど素人の私には明らかに不釣り合いな気高き厨房。今までのアルバイトでの経験がほとん ど生きない状況。 少年の異国情緒あふれる修行生活中盤戦ここに始まる!!!! ■理不尽の嵐 私の修業は正直に書くと、なかなかにつらかった。やめようかと思うこともあった。 私が序盤もっとも苦しんだ原因は「キッチンで口を開くことを禁じられていたこと」寿司 は生もので、鮮度やきれいであることが命。私たち職人が口を開けば少なからずの唾液が 飛ぶ。マイスターはこれを激しく嫌った。だが働き始めは店のルールがわからない。一口 に味噌汁を作るといっても、私の味噌汁を店で出していいということではない。今までの 店の味を知り、覚える必要がある。食器の位置、皿の洗い方、清掃の仕方、すべての方針 を覚えなければいけない。私が思うに真に仕事ができる人には２つのパターンがいる。 一つは今までのその世界での常識や歴史を覆すような方法を提示してしまう人。これがい わゆる天才だ。だが天才は後天的努力でどうにかできるものではない。 二つ目は与えられた枠組みで最大限の工夫と創造で最高の結果を出せる人。その店の基本 を徹底的に覚える必要がある。その後歴史や世界観を尊重した上で、よりよい仕事ができ るような働きかけをする。 私は天才でもなんでもない。したがって後者の手法を好む。基本を学ぶことを重んじる。 まだまだ足りないから努力したい。基本を覚えたい。その気持ちを一刀両断するように入 り込む「静寂」という刃。 基本に関する情報を集めるということに関しては、調理していない時に習うという方法で 乗り越えた。しかしどうしても調理中でも口を開かなければいけない時がある。判断を仰 ぐのが最良と判断した時だ。すなわちピンチの時や経験したことのない山場での判断。
- 3. ■おれは掃除王に必ずなる!!! 「私は寿司見習いならぬ掃除人見習いになろうとしていた。 」 マイスターがお店の方針を変えた際にこんなピンチに陥る。 どうしてもお寿司の技術を吸収したい私はまな板の上に立たせてもらえるように。 ３つの工夫をすることに ①110％でこなす ②もう一本の武器を磨く ③自分を売り込む はじめに 110％でこなすことについてである。 「整理整頓と清掃」が私の絶対にやらなければならない仕事。 すし屋なので大量の生ものを扱う、その場が汚かったらお客さんは来てくれない。 店の内館やキッチンを清潔にしておくことはかなり重要。私は先ほど書いたマイスターの 考えを理解してから今日にいたるまでの数回の勤務では今まで以上に「整理整頓と清掃」 に力を入れていった。 冷蔵庫は磨き上げられ、だれもやらない排水溝の掃除だって進んでやる。 お店の清潔さを 保つではなく、向上させていった。 まず初めに最低限求められていることよりも少し上をこなせるように調整した。 その間先輩の職人さんも助けてくれて結果的には数日にわたりキッチンの清掃を褒めても らえる結果に。 また整理整頓・清掃するに当たり、横目でマイスターや先輩の職人さんの動きをよりよく 意識した。 このおかげで私は常に清掃・整理整頓と言う全く寿司とは関係のない業務をしながら 常に自分よりもベターな動きを吸収し続けることが出来たのだった。 ２つ目の工夫は、もう一本の武器を磨く必要性。 私は教えてくださいという姿勢をとっくに捨てた。 勝手に見て、盗めるだけ盗むことにしたのだった。先ほどの作業の様子を注視しつづける ようにしたというのもそれの現れかも。だがこれに関しては前から意識だけはしていた。 問題点が一つあるとすれば、技術を見て盗むだけではだめである。実際に盗んだものを使 ってみなければいけない。
- 4. だから私は当然それらの練習の場としてお客さんのオーダーを手伝わせてもらうことがで きるものだと考えていたのだ。ココが甘かった。 お客様に出すものが私の練習という気概で作られたヘッポコ寿司でいいのか? いいわけがない!!! そもそも半人前の私がまな板の前に立てなくて異議を唱えること自体おこがましい所業だ ったのである。お客さんに提供する段階では常にベストを維持できなければいけない。練 習という意気込みをとる私は大きな勘違いをしていた。そこで私はどのように寿司の練習 をできるか考えた。マイスターはたびたび私にこう言う。 「マカナイは極力自分で作ること。功さんは好きな分だけ、好きな巻物に挑戦していい。」 営業終わりに気持ちさえあれば、好きなだけ寿司を作ることができる状況がある… 。 営業中にマイスターの動きを見て覚え、営業後に一人でマカナイを作る時に出来るだけ同 じようにマネをする。それを繰り返すことが何日も続いた。 ある日にはマイスターに『早くおうちに帰りなさいー!!!』と怒られてしまうことも。 没頭した。 いろいろなこと感覚が怒涛に押し寄せてくる。シャリの温度で海苔の縮む速さが変わるこ と、ネタの分量の見極め、無駄のない手の動かしかた。 居残りで疑問に思ったことは次の勤務の時に意識してほかの人の動きを見て正解を求める ように意識した。 最終段階に移ることに私は決めた、それが３つ目のコツ自分を売り込むということ。 マイスターは私に寿司を作れることを望んでいなかった。 もともと望まれていた整理整頓・清掃を完全にこなしつつ、簡単な寿司なら作ることがで きる。と言う状況ならば私を雇う側にはメリットしか生じないはず…。 求められた 100 に対しそれ以上を返すことが私のしたいことにもつながるのだからお互い にとって WIN-WIN となる。 夜の秘密練習である程度の自信が出来たところで私はある賭けに出た。 「マイスター、私をテストしてください。」私とマイスター2 人だけの営業日にお願いした。 今日の業務を見て私の可能性を感じてほしいと願い出た。 大勢お客さんがいたわけではなかったが、私は全力で取り組んだ。 もっとこうしたいとか、こうできればと思うところはもちろんあった。マイスターも少し ばかり気を使ってくれていたように思う。