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Sedliarou Ilya 論文内容の要旨
主 論 文
The BRAFT1796A
transversion is a prevalent mutational event
in human thyroid microcarcinoma
(甲状腺微小癌における BRAFT1796A
遺伝子変異)
イリヤ・セドリアロウ、ウラジミール・サエンコ、ディミトリー・ランツォフ、
タチアナ・ログノヴィッチ、難波裕幸、アレクサンドロ・アブロシモフ、
エウゲニー・ルシュニコフ、熊谷敦史、中島正洋、セリック・メイルマノフ、
三根真理子、林徳真吉、山下俊一
(International Journal of Oncology 25: 1729-1735, 2004)
長崎大学大学院医歯薬学総合研究科放射線医療科学専攻
(主任指導教員:山下俊一教授)
緒 言
甲状腺乳頭癌(PTC)は甲状腺癌の大半を占め、臨床的にはおよそ 1 万人に 1 人の
割合で発症し、通常予後良好である。しかし、PTC のハイリスク患者の中では再発率
が高く、癌関連死亡率も 12%と報告されている。近年 PTC においては、BRAF 遺伝子
のエクソン 15 コドン 600 に限局した点突然変異(BRAFT1796A
)が高頻度に検出され、
その結果細胞内情報伝達系である MAPK 経路の恒常的活性化と細胞増殖の促進が示
唆され、BRAF 変異と PTC の臨床病期および、遠隔転移との関連性も報告されている。
一方、PTC のうち 1cm 以下のものは微小癌(PMC)と呼ばれ、年齢の増加と共に
偶発的な発見頻度が高く、特に剖検症例では、2.3~5.2%から 10%以上にみられる。
大半の症例が無症候性であるが、なぜ生涯微小癌のまま留まるのか、あるいは小さい
にも関わらず増殖が速い特徴を持つのか、さらには局所再発、転移する PMC も存在
するのか、それらの遺伝子異常の特徴を明らかにする必要がある。しかし、PMC の
進行に関わる詳細な分子機構は未だ不明で、BRAF 変異との関連も明らかでない。
以上の背景から本研究では PMC 症例における BRAF 変異の頻度分析を行い、BRAF
変異と PMC の生物学的挙動の関連について検討した。
対象と方法
1)対象;腫瘍径 1cm 以下の甲状腺微小癌(PMC)手術症例で日本人 15 症例(長崎
大学医学部・歯学部附属病院)及びロシア人 31 症例(ロシア医学放射線研究セ
ンター)。研究に際し両施設ともに倫理委員会の承諾を得た上で、各症例の臨床
病歴、病理組織所見とパラフィン包埋標本を使用した。
2)DNA 抽出;各症例のパラフィンブロックを 5μm で薄切した未染色標本の腫瘍部
をレーザーマイクロダイセクション法を用いて切り出し、DEXPAT 試薬(タカラ
バイオ株式会社)を用いてゲノム DNA を抽出した。
3)ダイレクトシークエンス;BRAF エクソン 15 の領域を PCR で増幅・精製し、ABI
PRISM 3700 Analyzer(アプライドバイオシステム社)を用いて塩基配列を調べた。
4)PCR-RFLP 法;BRAFT1796A
変異がある場合のみ制限酵素切断部位を含むプライマ
ーを用い BRAF エクソン 15 のホットスポット領域を PCR で増幅した。PCR プロ
ダクトを制限酵素で切断しアガロースゲル電気泳動により変異の有無を確認し
た。
結 果
ダイレクトシークエンス及び PCR-RFLP による BRAFT1796A
の解析結果は完全に一致
した。解析を行った症例中検出された BRAF 変異は T1796A のみであった。
1) BRAFT1796A
は 46 症例中 13 例(28.2%)(日本人 15 症例中 4 例(26.6%)、ロシア人
31 症例中 9 例(29.0%)で検出された。微小癌症例で BRAFT1796A
は高頻度にみら
れ、地域間での差がないことが示唆された。
2) 年齢、性別と PMC の BRAFT1796A
との間に有意な関連は見られなかった。
3) 病理組織学的には、BRAFT1796A
は線維化間質を背景に索状配列を成して増生する低
分化型の PMC では、10 例中 6 例に検出され、高分化型の Follicular variant では 16
例中 1 例しか検出されなかった。
4) リンパ節転移、甲状腺外浸潤、遠隔転移と BRAFT1796A
との間に有意な関連はみら
れなかった。
考 察
BRAFT1796A
は、腫瘍径 1cm 以上の成人発症甲状腺乳頭癌では、約 50%の頻度で検出
される。今回の研究により、PMC では、28.3%の頻度で認められることを初めて報告
した。BRAFT1796
の遺伝子異常は、悪性黒色腫に頻度が高く、次いで成人甲状腺乳頭
癌に高頻度であるが、小児発症例では極めて稀である。また Ret/PTC 再配列遺伝子異
常が、同じ乳頭癌でも乳幼児発症や放射線被ばく症例に高頻度に認められるのと対照
的で、BRAFT1796
異常は甲状腺乳頭癌発症の後期に関与すると考えられている。当初
PMC では BRAF 変異は低頻度と予想されたが、今回の解析では PMC の 30%近くに検
出された。
病理組織学的には、低分化型を含む PMC において BRAFT1796A
の頻度が高く、高分
化型の組織像を呈する PMC では頻度が有意に低いことが判明した。このことより、
BRAFT1796A
と低分化度との相関が示唆された。しかしながら、臨床経過データからは、
BRAFT1796A
とリンパ節転移、甲状腺外浸潤、遠隔転移との相関性は認められなかった。
したがって、この結果により、BRAFT1796A
は PMC の診断時点では、転移、浸潤とい
った悪性度の高い挙動を決定する因子としては十分でなく、PMC が転移、浸潤を起
こすためには他の遺伝子変異の役割が必要と推測された。再発についても、BRAFT1796A
の有無による有意差を認めなかったが、さらに症例数を増やし、各症例において 10
年以上の長期臨床経過を追いBRAFT1796A
と臨床経過の関連を追跡してゆくことが重要
と考えられた。今後、PMC の手術適応や予後予測についての更なる研究が不可欠で
ある。

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  • 1. Sedliarou Ilya 論文内容の要旨 主 論 文 The BRAFT1796A transversion is a prevalent mutational event in human thyroid microcarcinoma (甲状腺微小癌における BRAFT1796A 遺伝子変異) イリヤ・セドリアロウ、ウラジミール・サエンコ、ディミトリー・ランツォフ、 タチアナ・ログノヴィッチ、難波裕幸、アレクサンドロ・アブロシモフ、 エウゲニー・ルシュニコフ、熊谷敦史、中島正洋、セリック・メイルマノフ、 三根真理子、林徳真吉、山下俊一 (International Journal of Oncology 25: 1729-1735, 2004) 長崎大学大学院医歯薬学総合研究科放射線医療科学専攻 (主任指導教員:山下俊一教授) 緒 言 甲状腺乳頭癌(PTC)は甲状腺癌の大半を占め、臨床的にはおよそ 1 万人に 1 人の 割合で発症し、通常予後良好である。しかし、PTC のハイリスク患者の中では再発率 が高く、癌関連死亡率も 12%と報告されている。近年 PTC においては、BRAF 遺伝子 のエクソン 15 コドン 600 に限局した点突然変異(BRAFT1796A )が高頻度に検出され、 その結果細胞内情報伝達系である MAPK 経路の恒常的活性化と細胞増殖の促進が示 唆され、BRAF 変異と PTC の臨床病期および、遠隔転移との関連性も報告されている。 一方、PTC のうち 1cm 以下のものは微小癌(PMC)と呼ばれ、年齢の増加と共に 偶発的な発見頻度が高く、特に剖検症例では、2.3~5.2%から 10%以上にみられる。 大半の症例が無症候性であるが、なぜ生涯微小癌のまま留まるのか、あるいは小さい にも関わらず増殖が速い特徴を持つのか、さらには局所再発、転移する PMC も存在 するのか、それらの遺伝子異常の特徴を明らかにする必要がある。しかし、PMC の 進行に関わる詳細な分子機構は未だ不明で、BRAF 変異との関連も明らかでない。 以上の背景から本研究では PMC 症例における BRAF 変異の頻度分析を行い、BRAF 変異と PMC の生物学的挙動の関連について検討した。 対象と方法 1)対象;腫瘍径 1cm 以下の甲状腺微小癌(PMC)手術症例で日本人 15 症例(長崎 大学医学部・歯学部附属病院)及びロシア人 31 症例(ロシア医学放射線研究セ ンター)。研究に際し両施設ともに倫理委員会の承諾を得た上で、各症例の臨床 病歴、病理組織所見とパラフィン包埋標本を使用した。
  • 2. 2)DNA 抽出;各症例のパラフィンブロックを 5μm で薄切した未染色標本の腫瘍部 をレーザーマイクロダイセクション法を用いて切り出し、DEXPAT 試薬(タカラ バイオ株式会社)を用いてゲノム DNA を抽出した。 3)ダイレクトシークエンス;BRAF エクソン 15 の領域を PCR で増幅・精製し、ABI PRISM 3700 Analyzer(アプライドバイオシステム社)を用いて塩基配列を調べた。 4)PCR-RFLP 法;BRAFT1796A 変異がある場合のみ制限酵素切断部位を含むプライマ ーを用い BRAF エクソン 15 のホットスポット領域を PCR で増幅した。PCR プロ ダクトを制限酵素で切断しアガロースゲル電気泳動により変異の有無を確認し た。 結 果 ダイレクトシークエンス及び PCR-RFLP による BRAFT1796A の解析結果は完全に一致 した。解析を行った症例中検出された BRAF 変異は T1796A のみであった。 1) BRAFT1796A は 46 症例中 13 例(28.2%)(日本人 15 症例中 4 例(26.6%)、ロシア人 31 症例中 9 例(29.0%)で検出された。微小癌症例で BRAFT1796A は高頻度にみら れ、地域間での差がないことが示唆された。 2) 年齢、性別と PMC の BRAFT1796A との間に有意な関連は見られなかった。 3) 病理組織学的には、BRAFT1796A は線維化間質を背景に索状配列を成して増生する低 分化型の PMC では、10 例中 6 例に検出され、高分化型の Follicular variant では 16 例中 1 例しか検出されなかった。 4) リンパ節転移、甲状腺外浸潤、遠隔転移と BRAFT1796A との間に有意な関連はみら れなかった。 考 察 BRAFT1796A は、腫瘍径 1cm 以上の成人発症甲状腺乳頭癌では、約 50%の頻度で検出 される。今回の研究により、PMC では、28.3%の頻度で認められることを初めて報告 した。BRAFT1796 の遺伝子異常は、悪性黒色腫に頻度が高く、次いで成人甲状腺乳頭 癌に高頻度であるが、小児発症例では極めて稀である。また Ret/PTC 再配列遺伝子異 常が、同じ乳頭癌でも乳幼児発症や放射線被ばく症例に高頻度に認められるのと対照 的で、BRAFT1796 異常は甲状腺乳頭癌発症の後期に関与すると考えられている。当初 PMC では BRAF 変異は低頻度と予想されたが、今回の解析では PMC の 30%近くに検 出された。 病理組織学的には、低分化型を含む PMC において BRAFT1796A の頻度が高く、高分 化型の組織像を呈する PMC では頻度が有意に低いことが判明した。このことより、 BRAFT1796A と低分化度との相関が示唆された。しかしながら、臨床経過データからは、 BRAFT1796A とリンパ節転移、甲状腺外浸潤、遠隔転移との相関性は認められなかった。 したがって、この結果により、BRAFT1796A は PMC の診断時点では、転移、浸潤とい った悪性度の高い挙動を決定する因子としては十分でなく、PMC が転移、浸潤を起 こすためには他の遺伝子変異の役割が必要と推測された。再発についても、BRAFT1796A の有無による有意差を認めなかったが、さらに症例数を増やし、各症例において 10 年以上の長期臨床経過を追いBRAFT1796A と臨床経過の関連を追跡してゆくことが重要 と考えられた。今後、PMC の手術適応や予後予測についての更なる研究が不可欠で ある。