携帯電話通信事業のBOP市場における成功要因

修士論文発表 (14th Jan 2010)

修士論文発表資料

「携帯電話通信事業の
BOP市場における成功要因」

M31 尾形英之
(岡田研究室)
2010年1月14日

Copyright 2010 to KBS M31 H.Ogata 1


Agenda
1. 問題意識と研究テーマ
2. 既存文献と事例調査
3. 仮説構築
4. 仮説の検証結果
5. 結論
6. 本研究の限界



問題意識と研究テーマ
~ BOP (Base of the economic pyramid)とは ~
人口

27億人

1日2ドル以下の生活 40億人

地球上で約40億人以上の人々が1日2ドル以下で生活している。

図の出典: ネクスト・マーケット(英治出版)より作成



問題意識と研究テーマ
~ テーマの導出 ~

BOP市場の存在自分のバックグラウンド

×
国連機関や各国の政府開発援助通信インフラの機器ベンダーで中
(ODA)、NGO/NPOの活動にも拘ら南米、欧州のプロジェクトに携わる。
ず貧困は存在している。
富裕層20%が全収入の85%, 底辺
の20%は同1.1% (2000年)。格差
は広まっている。

研究テーマ

＝携帯電話通信事業の
BOP市場における成功要因
BOP市場において携帯電話通信事業者が成功する為には何が必要か?



BOPにおける携帯電話の普及例
携帯電話
回線数 (K) Per 100 inhabitants

50,000 27.67 30.00
45,000
40,000 21.66 25.00
35,000 20.00
バングラデシュ 30,000
13.25
25,000 15.00
44,640
20,000
6.35 34,370 10.00
15,000
10,000 2.00 19,131 5.00
0.22 0.40 0.80 1.00
5,000 9,000
0 0.00
2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008

自由化により普及
自由化前の携帯電話
独占時期回線数 (K) Per 100 inhabitants

400,000 35.00
29.24
350,000 30.00
300,000 25.00
19.98
250,000
インド 200,000 14.83 20.00
346,890 15.00
150,000 8.17
100,000 4.80 233,620 10.00
3.15 166,050
50,000 0.35 0.63 1.23 90,140 5.00
52,220
0 0.00
2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008



携帯電話の普及がBOP社会に与える効果
発展途上国では携帯電話普及率の増加10%あたりGDPを1.2%押し上げた
(2006年～2007年、GSM Association)

より効率的な情報流の構築、取引コストの低減、物理的な移動が不要、経済
活動が活性化する (ITU)

BOP地域であるアフリカの調査では、携帯電話を郵便や交通手段に代わる
通信手段として活用し、全家庭収入の10%を使用している事例もある。 (ITU)

出典: ITU, World Telecommunication/ICT
Development Report



既存文献と事例調査１
BOP市場において事業を成功させる為には、多国籍営利企業(MNCs,
Multinational corporations)のリソースが必要である。
MNCsが保有する技術、資金力、人材、ノウハウ等の活用により貧困の解決とビ
ジネスの成功を両立させる。
C. K. Prahalad, Allen Hammond (2002)
Vikram Akula (2009)

BOP市場において事業を成功させる為には、現地企業・NGOのリソース
が必要である。
現地企業やNGOが保有する現地状況に関する知識を活用する、長期的な事業
育成を行う事により事業を成功させる。
Henry Chesbrough, Shane Ahern, et al. (2006)
Tarun Khanna, Krishna G. Palepu (2007)

新興業界において先行者優位が存在する
技術的リーダーシップ、戦略的に価値ある経営資源の先制確保、顧客のスイッ
チングコストの確立により、先行者優位が存在する。
Jay B. Barney (2003)



既存文献と事例調査２
BOPにおける携帯電話事業成功事例 (Bangladesh Grameen Phone)

出資比率 Telenor 62%,
(営利企業)
Grameen Telecom 38%
自由化後一番最初に市場参入
回線を纏めて購入
テレフォンレディーを活用しシェア
(NGO) を伸ばした
現在同国でシェア47%, 1位

回線を小売
テレフォンレディーテレフォンレディーテレフォンレディー
(農村の女性) (農村の女性) ・・・ (農村の女性)
電話を
分単位で貸出

農村の人々農村の人々


因果関係モデルの導出過程
物理的要因
現地の起業家 or
母体になる企業/組織
政治的要因ライセンス取得通信インフラの構築/運用

ローカルパートナー(NGO) 現地の組織立ち上げ
多国籍通信事業者の参加 (人材、技術、資金 )
の獲得

BOP 市場の理解、経験

土着化したバリューチェーンとサービス開発により、
販売チャネルの開発 Seller, Buyer, Community
全てにbenefits

Seller (農村のテレフォンレディー)
Economics
サービスを使い易く、安く
Capabilities 届ける事が出来る (4As)

Relationships

Buyer (農村の電話ユーザー) サービスを利用する企業パフォーマンス
サービスの開発
Economics

Capabilities

Relationships
サービス利用の便益がある
通信(携帯電話)
の"つなぐ"機能
Community
人々の購買力、市場の潜在力 (+)
Economics
業界内での競争 (+ / -)
Capabilities

Relationships
赤色: BOP 特有、もしくは強く影響すると考えられる要因



因果関係モデル (仮説)

BOP市場における携帯電話通信事業者のパフォーマンスに影響を与える要因

仮説1: 多国籍通信事業者と (+)
現地企業・NGO両方の資本参加
(-) 企業パフォーマンス
仮説2: 政府の資本参加
•市場シェア
(+) •加入者数
仮説3: 市場参入タイミングの早さ •売上高
(+) •EBITDA
仮説4: 現地起業家の流通チャネル参加 •営業利益
(凸)
仮説5: 携帯通信市場の集中度

BOPの特殊要因



仮説 1 (補足)
「BOP市場では、多国籍通信事業者と、現地企
業または現地NGOの両方が資本参加する通
信事業者のパフォーマンスが最も高い」

BOP市場での通信事業者のパフォーマンス

多国籍通信事業者
資本参加不参加
現地企業資本参加非常に高い高い ②主効果
またはNGO 不参加高い高くない
①主効果
③交互作用



仮説 5 (補足)
「BOP市場での通信市場の集中度は、企業パ
フォーマンスに凸の影響を与える」
[集中度の定義]
企業パフォーマンスへの影響市場がどの程度独占・寡占化されてい
適度な競争で市場が成長しるかを表す。
企業のパフォーマンスは向上する
ハーフィンダール指数
H = F2(m1,…, mn) = Σmi2
n: 事業者数
mi: 事業者iの市場シェア

国営企業独占で
例1: 1社独占 (シェア100%)
競争過多
普及しない集中度 H = 12 = 1
例2: A社シェア 50%, B社 30%, C社 20%
低集中度高集中度H = 0.52 + 0.32 + 0.22 = 0.38



サンプルと検証方法１
サンプル: BOP 8カ国・45事業者の公開情報、文献で紹介されている事例を収集
国携帯通信有効なデータ数 (N)
事業者数市場シェア加入者数売上高 EBITDA 営業利益
Bangladesh 6 6 6 3 3 2
Dem. Rep. Congo 5 3 3 2 2 1
Ghana 4 4 4 1 1 0
India 12 12 12 5 4 2
Pakistan 6 6 6 2 2 1
Tanzania 5 5 5 2 2 1
Uganda 4 4 4 1 1 0
Zambia 3 3 3 1 1 0
合計 45 43 43 17 16 7



サンプルと検証方法２
説明変数
出資比率 (仮説1, 仮説2)
被説明変数
現地企業・NGO 市場シェア
政府加入者数
多国籍ダミー売上高
現地ダミー EBITDA
多国籍ダミー×現地ダミー
市場参入タイミングの早さ (仮説3) 加入者数、売上高、EBITDAは
順位人口百万人、GDP十億ドルあたり
標準化順位 (=順位／事業者数) に換算して使用。
年数差
現地起業家の流通チャネル参加 (仮説4)
通信市場の集中度、集中度 2乗 (仮説5)
現地事情に合ったサービス提供

分析手法: 重回帰分析, t検定, 二元配置分散分析



重回帰分析市場シェア
調整済みR2乗と標準化係数β N=43
調整済みR2乗 0.285 0.263 0.246 0.212

多国籍
0.421** 0.506***
通信事業者
現地企業・NGO 0.107 0.138

多国籍ダミー 0.362* 0.449**
出資比率
現地ダミー 0.027 0.061
多国籍ダミー
-0.138 -0.195
×現地ダミー
政府 0.066 0.070 0.02 0.027

順位 -0.182 -0.249
市場参入
タイミングの早さ
年数差 -0.051 -0.142

現地起業家の流通チャネル参加 0.356** 0.333** 0.387*** 0.373**
* 10%有意, ** 5%有意,　*** 1%有意

多国籍通信事業者の出資、現地起業家の流通チャネル参加は有意な正の影響を与える。



重回帰分析人口百万人あたり加入者数
調整済みR2乗と標準化係数β N=43
調整済みR2乗 0.364 0.395 0.348 0.360

多国籍
0.339* 0.396**
通信事業者
現地企業・NGO 0.157 0.178

多国籍ダミー 0.353* 0.367**
出資比率
現地ダミー 0.210 0.216
多国籍ダミー
-0.321 -0.305
×現地ダミー
政府 -0.046 -0.063 -0.070 -0.101

順位 0.061 0.007
市場参入
年数差 0.200 0.118

現地起業家の流通チャネル参加 0.366** 0.322** 0.396*** 0.366**

現地事情に合ったサービス提供 0.144 0.183 0.108 0.132

通信市場の集中度 0.329* 0.309** 0.325* 0.34**
* 10%有意, ** 5%有意,　*** 1%有意

多国籍通信事業者の出資、現地起業家の流通チャネル参加、通信市場の集中度は
有意な正の影響を与える。


重回帰分析人口百万人あたり売上高・EBITDA
調整済みR2乗と標準化係数β 人口百万人人口百万人
あたり売上高あたりEBITDA
調整済みR2乗 0.545 0.488

多国籍
-0.388 -0.373
通信事業者
出資比率現地企業・NGO -0.287 -0.264

政府 0.159 0.158
市場参入 -0.345 -0.354
年数差
現地起業家の流通チャネル参加 0.532 0.501

現地事情に合ったサービス提供 -0.361 -0.309

通信市場の集中度 0.902*** 0.848***
* 10%有意, ** 5%有意,　*** 1%有意 N=17 N=16

通信市場の集中度以外に有意な変数は見つからない。
Nが少なくサンプルサイズが十分でない。



仮説1, 2の検証結果と追加検証

重回帰分析結果

仮説1 多国籍通信事業者の出資による主効果 (+) 有意
t検定
現地企業・NGOの出資による主効果 (+) 確認出来ず
二元配置
両者の出資による交互作用 (+) 確認出来ず
分散分析
仮説2 政府の出資による主効果 (-) 確認出来ず t検定


追加検証 t検定
出資有無によるパフォーマンスの差 (仮説1, 2)
多国籍通信事業者の出資有無によるパフォーマンスの差
多国籍通信事業者の資本参加 N 平均値有意確率
有り 28 23.45%
市場シェア 0.006
無し 15 9.40%
人口百万人あたり有り 28 77.5千人
0.020
加入者数無し 15 33.6千人
現地企業・NGOの出資有無によるパフォーマンスの差
現地企業・NGOの資本参加 N 平均値有意確率
有り 12 18.87%
無し 31 18.42%
0.744

政府の出資有無によるパフォーマンスの差
政府の資本参加 N 平均値有意確率
有り 9 10.54%
無し 34 20.67%
0.118

多国籍通信事業者が資本参加した場合、パフォーマンスが高くなった。
政府の資本参加有無による差は有意ではないが、出資有りのパフォーマンスは出資無し
のパフォーマンスの約半分であった。

追加検証
二元配置分散分析１-１ (仮説1)
仮説1から期待される二元配置分散分析結果
パフォーマンス

現地企業・NGO 出資あり

主効果①
多国籍通信事業者の
出資によりパフォーマ
ンスが上がる

現地企業・NGO 出資なし

出資なし出資あり


追加検証
二元配置分散分析１-２ (仮説1)
パフォーマンス


主効果②
現地企業・NGOの出資
によりパフォーマンス
が上がる




追加検証
二元配置分散分析１-３ (仮説1)
パフォーマンス現地企業・NGO 出資あり

交互作用
両者の出資により、さらに
パフォーマンスが高まる




追加検証
二元配置分散分析２ (仮説1)
検証結果
N=43
市場シェア(%) 人口百万人あたり加入者数 (千人)
(交互作用の有意確率 0.313) (交互作用の有意確率 0.084)




出資なし出資あり出資なし出資あり
多国籍通信事業者多国籍通信事業者

交互作用は5%有意とはならなかったが、以下の傾向が見られる。
多国籍通信事業者が出資している場合、現地企業・NGOが資本参加して
いるケースの方がパフォーマンスは低い。



追加検証
二元配置分散分析３ (仮説1)
市場シェア vs. 事業者数市場シェア vs. 事業者数
(多国籍通信事業者と現地企業・NGO両方が出資するケース) (多国籍通信事業者のみ出資するケース)
6 7
5
N=9 6
N=19
4 5
事業者数

事業者数
4
3
3
2
2
1 1
0 0
0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100% 0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100%
市場シェア市場シェア

多国籍通信事業者と現地企業・NGOの両方が出資するケースでは、パフォーマンス
は2極化している。
この2極化は、提携の重要さ・困難さの表れと考えられる。
多国籍通信事業者は、提携相手として現地企業・NGOを選択する場合に、現地状
況に関わる知識やネットワークなど有効な内部資源を保有し、それを活用できる相
手を見つけることが重要である。


追加検証
市場参入タイミングとパフォーマンス (仮説3)
参入順位と市場シェア参入年数差と市場シェア
N=43 N=43

有意確率(単回帰) 0.023 有意確率(単回帰) 0.172

先行者優位が存在する傾向が見られる。



仮説の検証結果
多国籍通信事業者: (+)
現地企業・NGO: 影響無し
仮説1: 多国籍通信事業者と交互作用: あり。両者が出資する場合
現地企業・NGO両方の資本参加パフォーマンスは2極化する。

(-)
仮説2: 政府の資本参加

(+) 企業パフォーマンス
仮説3: 市場参入タイミングの早さ
(+)
仮説4: 現地起業家の流通チャネル参加

仮説5: 携帯通信市場の集中度
(+)
BOPの特殊要因

多国籍通信事業者と現地企業・NGOの資本参加による交互作用については、
提携の成果によりパフォーマンスは2極化している。
この2極化には、両者の提携の重要さや困難さが反映されている。



結論
多国籍通信事業者が経営に参画し、保有する技術、ノウ
ハウ、人材、資金等を活用することでパフォーマンスが向
上する。

多国籍通信事業者と現地企業・NGOの両者が出資する場
合、平均的にはパフォーマンスは低下するが、個々の事
例を見ると実際には2極化している。
多国籍通信事業者が現地企業・NGOとの提携を行う場合、
提携先として有効な内部資源を保有し、かつそれを活用で
きる相手を厳しく選別する必要がある。適切な相手が存在
しない場合には単独で進出する事が望ましい。

市場には早期に参入し、高いシェアを獲得する事が重要
である。その為に流通チャネルに現地起業家を参画させ
る方策は有効である。



本研究の限界
1. 公開情報に基づく分析
BOP市場の携帯通信事業者の公開情報は限られており、情報を
公開していない事業者は分析対象に含められていない。また論文
や通信関係の文献に公開されていない情報を反映できていない。

2. 複数国にまたがる企業の比較手法
人口やGDPによる補正を行った。政治の安定性や地理的特性な
どの各国事情を反映できていない。

3. 研究結果の応用可能領域
携帯電話通信事業に類似のインフラ産業には本研究結果を応用
できると考えられるが、消費財やサービス業など異なる産業では
本研究結果とは異なる成功要因が有る事も考えられる。



御清聴ありがとうございました


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