大学英語教育学会(JACET)関西支部大会での発表のスライドです。 発表者：中西淳 日程：2018年11月17日

1. 日本人大学生の英文エッセイに見られる
多義語の誤用分析
―空間前置詞の意味ネットワークに注目して―
神戸大学大学院博士後期課程
中西 淳
email: atsushi.aout11@gmail.com
1

2. はじめに
2

3. 現代英語における前置詞
3
British National Corpus(BNC)
頻出語彙上位20語
前置詞
冠詞
代名詞
動詞
その他
前置詞は現代英語の中の高頻度語の4割
(8/20)を占めている。
⇩⇩
頻度上，英語のライティングにおいて重要
1 the 11 for
2 be 12 I
3 of 13 that
4 and 14 you
5 a 15 he
6 in 16 on
7 to 17 with
8 have 18 do
9 it 19 at
10 to 20 by

4. 4
英語学習者の前置詞使用のうちおよそ1割以上が誤用である。
英語学習者の前置詞誤り
Nagata & Whittaker (2017)
前置詞誤用を自動検出するシステ
ムを構築し，日本人英語学習者の
英作文を調査したところ，前置詞
使用のうち10.7%が誤用であった。
Kaneko(2008)
誤用タグ付き学習者コーパス
(ICLE)に含まれる前置詞のうち
15.6%が誤って使用されていた。

5. 英語学習者の空間前置詞誤り
• ロングマン英語正誤辞典(ヒートン＆タートン，1991)
5
On(×In) 1st July we went to Italy by car.
[時間用法の誤り]
Wherever there is a strike, we have to go to work on(×by) foot.
[手段用法の誤り]
同じ前置詞であっても誤用パタンは用法によって様々である。

6. 先行研究
①前置詞全般の誤用分析
②空間前置詞の誤用分析
③空間前置詞の意味区分
6

7. ①前置詞全般の誤用分析
• Tetreault & Chodorow(2008)
誤用自動探査システムを用い，英
語学習者の英作文の中で誤用と判
定されやすい前置詞を特定した。
[誤用率＝対象前置詞誤用/全前置詞誤用]
7
順位 前置詞 誤用率
1 in 21.4%
2 to 20.8%
3 of 16.6%
• 望月(2016)
前置詞の誤用情報付きコーパスを構築し，
前置詞ごとの誤用率を特定した。
[誤用率＝対象前置詞誤用/全前置詞誤用]
順位 前置詞 誤用率
1 in 15.3%
2 of 9.1%
3 on 8.4%
4 at 4.3%
4 for 4.3%
前置詞全体においても空間前置詞at，in，onの誤用は多く見られる。

8. 8
• Hayashi(2001)
日本人学習者に前置詞in, onの文産出と正誤判定のテストを実施した。
→日本人学習者はプロトタイプ的表現を多用しており，抽象的な前置詞の正答
率が低かった。
• Cho(2002)
日本人学習者が解答したat, in, onの空所補充問題の正答率を用法別に分類した。
→日本人学習者は抽象的及び機能語的な用法での前置詞使用に問題があった。
②空間前置詞の誤用分析
前置詞の意味が抽象化するに従い，英語学習者はその習得が困難になる。

9. 9
• 望月＆狩野(2012)
日本人学習者のat, in, onの5つの誤用パタンに分類した。
②空間前置詞の誤用分析
①移動事象のon(×in)
Why do the Japanese often sleep on(×in) the train?
②概念化された場at(×in)
In those days at(×in) the language school, I met a
Japanese girl.
③事象のひとまとまり性at(×in)
In ancient times, people prayed for good harvests during
the year to come at(×in) sho-gatsu.
④内部構造をもつ事象認知in(×at)
In(×At) the rainforests, seventy percent of plants are
trees.
⑤空間的・時間的内部構造in(×on)
Such differences between the Japanese and the
Americans were found in(×on) many situations at school.

10. 大分類
• Rice(1996)
• Cho(2002)
• Hayashi(2001)
10
小分類
抽象
時間
空間
at in on
Lindkvist (1950) 5 7 7
瀬戸編(2007)
4
(8)
7
(19)
4
(13)
Dirven(1993) 7 8 8
Freis (1964)
＊OED
39 40 29
③空間前置詞の意味区分

11. 先行研究の課題と本研究の特徴
11
先行研究の課題１
L2学習者の前置詞誤用を用法別に計
量調査した事例は少ない。
先行研究の課題２
空間前置詞の用法別の誤りパタンは
特定されていない。
本研究の特徴２
前置詞を用法別に分類した上で，それぞ
れの場合に，どのような語に置き換えら
れて誤用が生じているかを調査する。
本研究の特徴１
単に誤りの起こりやすい前置詞を特定す
るだけではなく，誤りの起こりやすい用
法の特定を目指す。

12. これまでの発表者の研究と本研究の関係
正誤全体 誤用のみ
頻度
これまでの研究①(中西，2017)
前置詞の過剰・過少使用調査
onを過少，
atを過剰使用
これまでの研究③(中西，2018)
誤用の多い前置詞調査
[in→at→on]の順で誤用が多い
用法
これまでの研究②(中西，2017)
前置詞用法の過剰・過少使用調査
トピック表現を過剰，
抽象的な用法で過少使用
本研究
誤用の多い前置詞用法調査
仮説
抽象度の高い用法で前置詞を多く誤用
12

13. [ in → at → on ](中西，2018)
[空間→時間→抽象](Cho，2002)
上記の順に習得困難度が上がる
ため，誤りの多さについても同
様の結果となり，右図のような
結果が得られると考えられる。
13
空間 時間 抽象
at
in
on
先行研究から得られる仮説

14. リサーチデザイン
14

15. 分析対象とする空間前置詞
• 望月(2016)で日本人英語学習者が誤りやすい前置詞上位5語の
うち空間的用法をプロトタイプとして持つat，in，onを分析対
象とした。
＊これら3種の前置詞は従来多くの先行研究で取り扱われている
(Rice, 1996：Cho, 2001)。
15

16. 目的とRQ
• 目的
語を分析単位とする従来の前置詞誤用分析に代わって，用法単位での分析
を行うことによって，日本人学習者の前置詞使用の問題点をより詳細に把
握する。
• リサーチクエスチョン(RQ)
RQ1 at，in，onの意味の大分類のうち，日本人英語学習者による誤用が起
こりやすいものはどれか？
RQ2 at，in，onの意味の小分類のうち，日本人英語学習者による誤用が起
こりやすいものはどれか？
16

17. 空間前置詞の意味の
大分類と小分類
at in on
大分類 小分類(4つ) 大分類 小分類(7つ) 大分類 小分類(4つ)
空間
⓪場所の一点で
(～の場所に)
at the corner
空間
⓪空間の中で
(～で)
in the country
空間
時間
⓪(人・物)の表面に接して
(～にくっついて)
on the desk
時間
①時間軸上の一点で
(～の時点で)
at noon
抽象
①形の中で
(∼の形に)
stood in a line
抽象
①身体の一部に接して
(～を支えにして)
counting on you
抽象
②数値の一点で
(∼の値で)
at most
抽象
②材料の中で
(～を使って)
written in pen
抽象
②活動・行為に接して
(～をして)
go on a trip
抽象
③活動に取り組んで
(～の活動の中で)
at work
抽象
③知覚の範囲の中で
(～の範囲の中で)
in sight
抽象
③影響が人に接して
(～に影響を与えて)
influence on
時間
④期間の中で
(∼の間で)
in 1966
＊小分類は，『英語多義ネット
ワーク辞典』(瀬戸編，2007)に基
づく
抽象
⑤活動の中で
(～する中で)
in class
抽象
⑥状態の中で
(～に包まれて)
in most cases

18. 分析するデータ
18
東京外国語大学英作文学習者コーパス
開発者 望月圭子(東京外国語大学)
データ
日本人大学生が英語の授業で提出し
た英作文課題(辞書使用)に英語母語
話者，及び英語学者が添削したもの
＊本研究では訂正された作文データ
を用いる。
サンプル数 861個
総語数 約30万語
特徴
「前置詞の誤用」及び「冠詞の誤
用」を463例取り上げ，誤用・正
用・解説を加え，誤用辞典としても
活用できるように設計されている。
誤用数
at in on
73 82 56

19. 手法
• 前処理
①修正済み作文から，at，in，onと修正されている用例をすべて取り出した。
②比較対象として，at，in，onついて上記と同数の正用例をランダムに取り出した。
③右図の合計422例を意味の大分類・小分類に区分した。
• 手法
19
RQ1&2
誤りの起こりやすい用法を特定するため，誤用率(誤用数/正用数+誤用数)を算出し，
値の大きい順に並び替えた。
RQ2
どのような用法でどのような語が代用されているか特定するため，at, in, onの代わ
りに誤って使用していた語を用法別に取り出し，その頻度の大きい順に並び替えた。
at in on
誤用例 73 82 56
正用例 73 82 56

20. 結果と考察
20

21. RQ1 大分類別の誤用状況
21
①平均に注目すれば，[抽象
→空間→時間]の順に誤りが
多くなっている。
②inは[空間→抽象→時間]で
あるのに対し，atとonは[抽
象→空間→時間]の順に誤り
が多くなっている。
空間 時間 抽象
at 0.52 0.55 0.38
in 0.35 0.70 0.60
on 0.58 0.64 0.39
平均 0.48 0.63 0.45
0.00
0.20
0.40
0.60
0.80

22. RQ1 考察
22
① at, in, onを全体的に見れば，[抽象→空間→時間]の順で多くの誤用が見られ，
[空間→時間→抽象]という意味拡張の段階性は確認されなかった。
→誤用に注目すれば，先行研究とは異なり，[抽象]用法の誤りは特徴的に見られず，
定型的な表現の中での使用が多く，曖昧な用法での使用を回避していることが原
因であると考えられる。
➢ At first, I could hardly understand English, and I had a difficult time.
➢ Secondly, you can depend on your friends.
② inの誤用パタンとat・onの誤用パタンは異なっており，inは[空間]から[時間]へ
の意味拡張において誤りが大きく増加している一方，atやonについては[空
間][時間]両方において多くの誤りが見られる。
→atとonのプロトタイプの理解にズレがあると考えられる。
➢ I also began to hope that I could study English at(×in) university.
➢ On(×In) the plane to Washington, a man said to me...

23. RQ2 小分類別の誤用状況
23
at in on
①時間 0.55 ③範囲 0.96 ⓪表面 0.69
⓪場所 0.52 ⑤活動 0.82 ②活動 0.43
③活動 0.47 ④期間 0.70 ①身体 0.31
②数値 0.35 ⑥状態 0.46 ③影響 0.30
②材料 0.44
⓪場所 0.35
• inの「範囲」に顕著な誤用が認められ，atでは「時間」，onでは「表
面」に多くの誤りが確認された。
• 大分類では抽象用法であったinの用法について，「範囲」や「活動」
は誤りが多いのに対し，「状態」や「材料」は誤りが少なくなってい
る。

24. ⓪場所 ①時間 ②数値* ③活動*
1 in 79.5% in 60.6% in 71.4% of 66.7%
2 of 7.7% φ 21.2% φ 28.6% in 33.3%
3 for 5.1% for 9.1%
4 on 5.1% of 6.1%
5 φ 2.6% on 3.0%
RQ2 atの誤用傾向：何と間違うか？
24
• [⓪場所][①時間][②数値]においては，inの誤用が最も多く，先行研究(望
月・狩野, 2012)の結果を支持するものとなった。
➢ At(×In) the school, I studied English diligently to enter TUFS, Tokyo University of
Foreign Studies.
• [③活動]においては，ofの誤用が最も多くなっている。
➢ Singers and musicians are professionals at(×of) making songs.
＊誤用例が10を下回り，結果の解釈に考慮が
必要なもの。

25. RQ2 inの誤用傾向：何と間違うか？
25
• 全体として([②材料]を除いて)，多様な誤用パタンが存在する。
• ofとの誤用が多くの用法で見られるが，[⑤活動]ではφとの誤用が最も多く，
脱落する傾向にある。
➢ ‥children who don’t have any video games cannot join in(×φ) conversation with others.
• 多くの用法において，空間前置詞との誤用よりも，ofやφなどの他の前置詞
との誤用が多くみられた。
⓪場所 ②材料* ③範囲* ④期間 ⑤活動 ⑥状態
1 of 30.8% by 100.0% of 57.1% of 43.8% φ 53.3% of 53.3%
2 at 30.8% on 28.6% at 18.8% on 20.0% φ 13.3%
3 φ 11.5% for 14.3% φ 12.5% of 13.3% at 6.7%
4 on 11.5% on 12.5% by 6.7% on 6.7%
5 to 7.7% for 6.3% between 6.7% with 6.7%

26. RQ2 onの誤用傾向：何と間違うか？
26
• すべての用法においてinとの誤用がもっとも多く，先行研究の結果を支持す
るものとなった。
• inとの誤用以外に関しては，用法によって異なっており，[①身体]ではat，
[②活動]ではwith，[③影響]ではforやagainstとの誤用が比較的多く見られ
る。
➢ So we should forget about the idea that much more homework will have a good effect
on(×for) kids.
⓪表面 ①身体* ②活動 ③影響*
1 in 55.2% in 50.0% in 25.0% in 40.0%
2 φ 13.8% at 50.0% φ 20.0% φ 20.0%
3 of 6.9% with 20.0% against 20.0%
4 at 6.9% to 10.0% for 20.0%
5 from 6.9% from 10.0%

27. まとめ
27

28. 本研究で得られた知見
RQ1 at，in，onの意味の大分類のうち，日本人英語学習者による誤用が起こりやすいものはどれか？
RQ2 at，in，onの意味の小分類のうち，日本人英語学習者による誤用が起こりやすいものはどれか？
28
• atは時間，inは範囲，onは表面の用法で訂正される例が最も多かった。
• atやonはinに置き換える傾向にある。
• 従来，空間前置詞は[空間→時間→抽象]の順に誤りが多いとされていた
が，今回の研究では，[抽象→空間→時間]の順になり，先行研究が前提
としてきたものが必ずしも再現されないことが明らかになった。
• 従来，at，in，onの3語は空間前置詞として同一的に議論される傾向が
あったが，今回の分析の結果，inとat・onで誤用パタンが異なること
が明らかになった。

29. 教育的示唆
①誤用に注目すれば，一般的に，認知言語学で言われている[空間→時間→抽象]
の順で習得が困難になるという仮説は当てはまらないことが明らかになった。
②inについては[空間]用法での使用に多くの問題は見られなかったが，atやonに
ついては[空間]用法にも多くの誤りが確認され，中核的な意味から指導する必要
があると考えられる。
③3種の前置詞の用法の中には，inの「活動」やonの「活動」のように誤用パタ
ンが他の用法と異なるものも存在するため，前置詞を単語ごとに指導するだけ
ではなく，用法ごとに指導を行っていく必要があると考えられる。
29

30. 誤りの起こりやすい前置詞用法トップ10
30
順位 前置詞 小分類(大分類) 誤用語 用例
1 in 範囲(抽象) of・on In(×On) my view you are wrong.
2 in 活動(抽象) φ・on
Children who don’t have any video games cannot join in(×φ) conversation
with others.
3 in 期間(時間) of・at Now I’m living by myself for the first time in(×of)my life.
4 on 表面(空間・時間) in・φ
On(×In) the plane to Washington, a man said to me “Would you mind
changing seats with me?”.
5 at 時間(時間) in・φ The most important event at(×in) Shogatsu is “nengajo”
6 at 場所(空間) in・of
I have to say thank you to an American whom I met at(×in) my junior high
school.
7 at 活動(抽象) of・in Singers and musicians are professionals at(×of)making songs.
8 in 状態(抽象) of・φ I am in(×φ) danger of losing my job.
9 in 材料(抽象) by However, I think writing in(×by) your own hand has great meaning.
10 on 活動(抽象) in・φ I have never gone on(×in) a trip overseas.

31. Thank you.
31