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長時間労働の経済分析
大竹文雄、奥平寛子
山本勲研究会
安部、五十嵐、森本(善)、湯口、李
1
1
• 労働時間について
2
• 労働時間規制の経済学的根拠
3
• 長時間労働の経済分析
4
• 政策提言・具体例
発表の流れ
2
\第1章/
労働時間について
3
労働時間の規制の必要性
安い給料・長時間労働
健康被害・過労死の恐れ
背景には不公正競争が存在していた。
労働者が望んだ結果、労働時間規制が強化されたわけではない。
1987年:労働基準法の改正「48時間」⇒「40時間」に変更(10年間段階的に
実施)
4
労働時間の現状
労働時間の二極化現象
80年代後半〜90年代:共に右肩下がり
90年代末〜:正社員労働者の長時間比率が高まった。
5
労働時間の現状
 1992年から1997年の長時間労働の割合は男女共に増加
 失業者・フリーター”の増加、”週60時間労働の正社員”の増加
→うつ病、過労自殺が増え社会問題に
6
長時間労働について
労働時間規制強化⇒長時間労働の弊害
働き方の変化
ブルーカラー労働者の比率が減った
ホワイトカラー労働者の比率が増えた
ホワイトカラーの長時間労働を抑制するべきなのか?
長時間労働の問題を考える上で重要なキーワード
“ワーカホリック”
7
ワーカホリックとは
長時間労働を行うと
労働自体が苦痛でなくなってくる依存症
ワーカホリックを抑制すべきか否かは
負の外部性の有無に依存する。
 タバコ中毒
他人には受動喫煙という負の外部生が生じる。
仕事中の喫煙時間という形で本人の生産性の低下
税や規制によって喫煙を減らす政策は妥当
 ワーカホリック
本人が好きで仕事をしている分には他人に迷惑を掛けることが少なく、
それどころか生産性を高める利点がある場合が多い。
1人ワーカホリックが居ればグループ全体の生産性上昇
8
\第2章/
労働時間規制の経済学的根拠
9
労働時間を規制する必要性
ワーカホリック
がない
競争的な労働市
場が存在
競争的な労働市
場が存在しない
ワーカホリック
がある
職場における
影響
家庭における
影響
10
長時間労働問題と企業の対応
長時間労働により、
従業員の健康を悪化させる可能性があ
る
ケース①
労働者が健康を害するほどの長時間労働をさせ続けることはしない
企業は生産性が低下しないように、健康管理を行う。
ケース②
労働者が健康な状態の期間のみ雇い、長時間労働により健康が悪化したら解雇
長時間労働で短期的に生産性を高め、労働者の健康を悪化させるという戦略をとる。
11
ワーカホリックがない場合
• 労働時間規制が必要ない
• 働き方を選択できる
長時間労働・高賃金の正社員
短時間労働・低賃金の非正規社員
競争的な
労働市場が
存在
• 労働時間規制が必要
• 働き方を選択できない
他に職場が無いため、
低賃金・長時間労働を選
択
競争的な
労働市場が
存在しない
12
ワーカホリックがある場合①
ワーカホリックにより
本人が健康を害してしまう場合
⇒健康リスクを企業に負担させる
ワーカホリックにより、
本人が健康を害すことが無い場合はどうするの
か?
13
正の外部性
同僚がワーカホリックになるケー
ス
⇒職場の生産性向上
負の外部性
ワーカホリックになった人が昇進
し、職場全体を長時間労働にさせ
る権力者となるケース
正の外部性
労働時間増による家庭の所得増
負の外部性
夫と余暇を共有できない、夫が家
事をしてくれない、離婚率の上昇
職場 家庭
職場と家庭におけるワーカホリックの外部
性 Hamermesh and Slemrod(2005)
ワーカホリックがある場合②
(夫がワーカホリックの場
合)
14
先行研究
Hamermesh and Slemrod(2005)
予想引退年齢と実際の引退行動の差が、
どのような特性をもった人ほど大きいかという事をデータから分析
結果
高学歴・高所得層においては、
予想引退年齢よりも実際の引退年齢が高い
⇒ 高賃金が長時間労働を発生させ、
ワーカホリックの引き金になる可能性
15
先行研究と本研究の違い
Hamermesh
・Slemrod
(2005)
大竹・奥平
(2008)
引退時期の先延ばし行動を明
らかにしたのみ。
長時間労働がワーカホリック
から発生しているか関係性は
明らかでない。
日本のアンケート調査を用
いて、長時間労働を行う人の
行動特性を明らかにした。
どのような労働時間規制が日
本の労働者にとって望ましい
のか提言する。
16
\第3章/
長時間労働の決定に関する
実証分析
17
推計の目的
推計を行い、
“どういった属性の人が
長時間労働を行いやすいのか”
を分析する
特に、 “ワーカホリックである可能性がある人”
“仕事を後回しにする傾向がある人”
“管理職の人”
に注目す
る
18
推計Ⅰ 仮説
1. 前年も長時間労働を行った人は、
翌年も長時間労働を行いやすい
2. 後回しにする傾向がある人は、
長時間労働を行いやすい
19
推計Ⅰ 仮説
時間選好は喫煙・アルコール中毒に関係
“後回し特性”
をはかる指標を用いて推計
時間選好と長時間労働にも関係があるのでは?
現時点で面倒な仕事を片付けるコストを過大に評価する。
仕事を先延ばし、長時間労働が発生する?
20
『くらしの好みと満足度についてのアン
ケート』
(大阪大学21 世紀COE プログラム)
推計に用いるデータ
・時間選好率等、個人の選好パラメータが豊富
・2006 年と2007 年のデータをプール
21
説明変数
被説明変数
推計Ⅰ 変数について
週に60時間以上労働したかどうか
前年の週の労働時間が60時間以上かどうか
≒ワーカホリック度合を表す指
子どもの頃、夏休みの終り頃に宿題をやったか
=後回し特性を示す指標
労働供給側のコントロール変数
労働需要側のコントロール変数
推計モデ
ル
プロビット分析を用いる
22
推計Ⅱ
職種によって労働時間の裁量が違う可能性を考慮するため
サンプルを職種別(管理職・事務職等)
に分けて推計する。
例えば
もし管理職ほど長時間労働を行う可能性が高ければ
部下も長時間労働を強いられる可能性がある
=負の外部性
23
基本統計量
24
25
26
27
プロビット分析
28
長
時
間
労
働
の
決
定
要
因
に
関
す
る
推
定
Ⅰ
29
→ 健康改善のときは男女共に+に有意
しかし、健康が悪化したからといって労働時間が減るわけでは
→ 男性に限定して、子供のころ夏休みの宿題を後回ししていた
人ほど+に有意
1.継続的な長時間労働は仕事量の正の自己系列相関を示す。
2.継続的な長時間労働は労働者自身の習慣形成によるもの
→ワーカホリック労働者である可能性あり。
30
→女性は世帯の資産や負債額だけ有意
男性で有意である「夏休み宿題」ダミーや前年度長時間労働ダ
31
1. 後回し行動の特性を持つ人ほど長時間労働をしやすい
→労働時間を自分で決めることが可能な管理職に顕著に(最大30%)
2. 長時間労働者は継続的長時間労働をする可能性が高い(最大44%)
→習慣形成による選好の変化の可能性
長時間労働の決定要因に関する推定Ⅱ
(職種別)
32
1.時間選好が高い人は、仕事でも後回し行動をする
可能性が高く、長時間労働を行いやすい。
2.一度長時間労働をすると、長時間労働に慣れる。
その結果、継続的に長時間労働を行うことになる。
3.労働時間の管理が容易な、管理職が長時間労働をしやすい。
推計結果のインプリケーション
33
\第4章/
政策提言・具体例
34
時間選好の高い、男性管理職(上司)がワーカホリックになりやすい
↓
部下にも長時間労働を強制する。
↓
従業員の健康悪化・職場の生産効率の低下
↓
対策の必要がある=負の外部性
ワークホリックの”負の外部性”
まとめ
従業員がワーカホリック(長時間労働・残業をする)
↓
自分は定時に退社しても、職場の生産性は上昇する
↓
対策の必要がない=正の外部性
ワーカホリックの”正の外部性
“
ワーカホリックの“負の外部性
“
35
“後回し行動”を防止する強制的なコミットメントメカニズムの導入
…パソコンの強制終了・自動消灯・残業禁止
部下の健康を気遣うインセンティブの導入
…部下の健康状態を評価に含める。
残業をすると生活できない環境の整備
…深夜営業の廃止・終電を早める。
負の外部性への対策
職場での対策
国での対策
36
 株式会社アイネス・富士通 など (一斉退社・NO残業デー)
週に1日一斉退社日。自動的に空調や照明が切れる等の+αも
 面白法人カヤック (ウルトラマン型勤務制度)
16時退社や週休3日など、多様な働き方を推奨。
 トリンプ・インターナショナル・ジャパン (残業罰金)
申請ありの残業で2万円、サービス残業が見つかった場合は5万円の罰金
 イタリア (残業罰金 強制休暇)
法律によって、
12時間以上の労働は違法
1ヶ月以上の連続した休暇を取らなくてはいけない。
長時間労働の対策の実証例
職場での対策
国での対策
37
参考文献
• 大竹文雄・奥平寛子〔2008〕「長時間労働の経済分析」RIETI
Discussion Paper Series 08-J019
• Hamermesh, Daniel S. and Joel Slemrod 〔2005〕 “The Economics of
Workaholism: We
• Should not Have Worked on This Paper,” NBER Working Paper
No.11566.
• Hayashi, Fumio and Edward C. Prescott 〔2002〕 “The 1990s in
Japan: A Lost Decade,”Review of Economic Dynamics 5(1),206–35.
• Rosenthal, Stuart and William Strange 〔2008〕 “Agglomeration and
Hours Worked,” The Review of Economics and Statistics 90(1), 105-
118.
38
\フィードバック楽しみにしています/
ご清聴ありがとう
ございました。
39
長時間労働の是非について
長時間労働を規制するべきか、どのように生産性を高めたらよいか。
自分はどのような働き方をしたいか。
論点
40

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