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第 40 回全九州商経ゼミナール佐賀大学大会
日時:11 月 26 日~27 日
場所:佐賀大学
企業の情報漏えいにおける理由とその対策
佐賀大学経済学部 竹村ゼミ
犬塚七生 岩重星花 上杉弥生
上鶴知那 古賀理紗子 古瀬智恵美
2
第 1 節 はじめに
昨今、個人情報の漏えいをはじめとする情報セキュリティに起因する事件・事故が社会問
題となっている。例えば、富士通エフサス、千葉県職員の個人情報1万 5,000 件分が業務委
託先である富士通エフサス社員の私物 PC のウイルス感染によって、Share11 経由で流出し
た。他にもドコモ関西の販売代理店であるパナソニック・テレコム株式会社が運営するドコ
モショップ草津駅前店(滋賀県草津市、平成 20 年 10 月 19 日閉店)のスタッフ(派遣社員)
が業務中に不正検索し、顧客の住所・生年月日などの情報を社外に漏らした。そしてドコモ
は本件解決に数億円の経費を掛けている。このように多くの企業で問題は起こっているた
め、早急に対策を見出だすことが求められている。
企業ができる対策としては「漏えいして困る情報を取り扱うパソコンには、Winny を導
入しない」「職場のパソコンに許可無くソフトウェアを導入しない、または、できないよう
にする」「職場のパソコンを外部に持ち出さない」「職場のネットワークに、私有パソコンを
接続しない、または、できないようにする」「漏えいして困る情報を許可無くメールで送ら
ない、または、送れないようにする」「ウイルス対策ソフトを導入し、最新のウイルス定義
ファイルで常に監視する」「不審なファイルは開かない」などが挙げられている(原田, 2012)。
しかしながら、上述の富士通エフサスの事例の要因は仕事上のデータを私物 PC に入れて
持ち歩いていた。言い換えると、企業はルールを策定しているかもしれないが、現場の人間
がそれを理解・認知していないことがこの事件からうかがえる。
多くのアンケート調査や報告書によれば、企業が十分に情報セキュリティの対策をしな
い理由として、「情報セキュリティ対策の費用対効果が見えない」という意見が、いくつか
の情報セキュリティ対策・投資に関する調査で挙がっている。ここで一つの疑問を提示した
い。本当に費用をかけなければ情報セキュリティは守れないのだろうか。
内部不正などの犯罪を除いた情報漏えいの事件の特徴の一つとして、企業で働く労働者
の意識の低さや軽率な行動に起因することが指摘されている。従って意識改革は有効な対
策手段である。しかし、これらの情報セキュリティに関する行動や意識に関する経済学や経
営学からの研究はそれほど行われていない。
そこで本研究では、具体的な情報セキュリティ行動や意識を取り上げて、われわれの立て
た仮説に基づき情報セキュリティ行動・意識に関するアンケート調査結果をデータ分析し、
経済・経営学の視点から情報セキュリティに関する行動を分析する。続いて、その分析結果
を踏まえて、エビデンスベースの有効となる情報セキュリティ対策などについて提言・提案
を行いたい。
第 2 節 関連研究
本節では、情報漏えいに対する各種の研究について紹介したい。
3
企業の情報漏えいの対策については様々な研究がなされている。例えば技術的対策と政
策動向に係る理解、リスク評価といった情報セキュリティ面から研究している村瀬 ( 2006)
や、情報漏えい事件を漏えいした事件ごとに分類し、そこに人のぜい弱性があると指摘して
いる杉浦 (2011)などがある。前者では情報セキュリティを全体から社会学的に検証し、後
者は情報セキュリティの内容を分類した上でカテゴリーごとに対策の講じ方を論じている。
それぞれの研究ではシステムの誤操作だけにとどまらず、情報セキュリティについて情報
セキュリティ教育重要性等まで踏み込んだ人間性におけるぜい弱性に目を向けている。こ
の他にも、情報漏えいの多くの原因となっている、盗難、管理ミス、紛失・置き忘れからハ
ッカーの不正アクセスに至るまでの対策を総合的な管理が必要であるとして一検討してい
る(原田・2012)考究もある。
また、近年では ICT の分野においてビックデータへの関心が高まってきている。関心が
高まるにつれて情報漏えいに関する新たな懸念が発生しているため、新たな懸念とその解
決策を研究した研究(栗田, 2013)や、これからのビックデータの進展に際しパーソナルデ
ータの配慮するため個人情報保護法の改正の動向に目を向けた研究(佐藤・2016)などから
もうかがわれるように、情報漏えいの問題は現在発生しているものだけでなくインターネ
ットが進化するに伴って新しい情報漏えいの問題が現れている。
さらに、SNS の普及によって企業からの直接的な情報漏えいではなく企業に勤める労働
者個人からの情報漏えいも昨今では問題視されている。SNS 等が普及する前は国家による
監視社会であったが、SNS の普及により一般人による監視社会が形成されていき、SNS 利
用者がそれに気づいていないと指摘している研究(鬼柳, 2011)もある。
これらの研究は情報漏えいを、IT ベンダーやウイルス対策ソフトなどの技術面・政策や
企業内の部門間の格差といった環境面・個人の情報セキュリティについての意識という人
的面のそれぞれ三つの側面からピックアップする形で分析しているという特徴があげられ
る。現在すでに多くの問題となっている不正アクセスや SNS からの情報流出に始まり、こ
れからビックデータなどの新しい技術によって新進なる情報漏えいの仕様が顕現していく。
今ある情報漏えいもこれから発生すると考えられ得る情報漏えいも前述した三つの側面に
より構築されている。
本稿では、情報漏えいを経済学的情報セキュリティからアプローチするため Web アンケ
ート調査によって収集したミクロデータを用いて、情報セキュリティに関する意識の実態
と企業の行動の現状を定量分析によって試みる。従来の研究では情報セキュリティの問題
の多くは技術の問題よりはむしろヒトや組織の問題に起因すると考えられてきているが、
経済学や経営学的視点(社会科学的視点)に立った定量的研究が必要とされているものの、
国内外ともにその研究はまだ少ない(竹村, 2011)。
第3節 フレームワーク
4
第 3.1節 概念モデル
本研究では情報漏えいをどのような個人が行うかを検証するために図1に示すような概
念モデルを考える。
図1:概念モデル
以下、図1のモデルに示された要因(ICT リテラシー、他者とのかかわり方、行動経済学
的要因、その他の個人属性)におけるわれわれの考えた仮説を示す。これらの関係を明らか
にすることで、情報漏えいをさせないために何をすべきかについて考える。
(1)ICT リテラシー
われわれは「知識」、「セキュリティ意識」といった ICT リテラシーに注目し、コンプラ
イアンス意識が高い人ほど、知識を多く持っている人ほど、また、セキュリティ意識高い人
ほど、情報漏えいをしない傾向にあると考える。
知識とは、情報セキュリティに対する知識のことである。また、セキュリティ意識とは、
セキュリティに対する意識のことであり、例えばこまめなパスワードの変更、ウイルス対策
ソフトの導入や更新を行うよう意識することである。つまり、情報セキュリティの知識の水
準が高いほど、情報漏えいをすることによってどのような結果がもたらせるかといったこ
とやその危険性について深い理解をしているため、情報漏えいをしにくいと考える。いいか
5
えると、これらの ICT リテラシーには事前に抑止する効果があると考える。
(2)他者とのかかわり方に関する要因
われわれは「帰属意識」といった他者とのかかわり方に関する要因に注目し、情報漏えい
との関係について考える。つまり、会社への帰属意識が高いと情報漏えいをしにくく、逆に、
帰属意識が低いと情報漏えいをしやすいということを意味すると考える。
帰属意識とは、自分が勤めている会社に対して一体感をもつかどうか、また、その一体感
の程度がどれほどかを表す心理的な状態をさす。
(3)行動経済学的要因
本研究では、行動経済学的要因が情報漏えいを行うことに影響を与えると考える。本研究
で考える行動経済学的要因は、「同調効果」であり、これは様々な不合理行動を起こすきっ
かけになる。同調行動とは、他者や集団からの圧力により人の行動や意見が変化することで
ある。たとえば、周囲の人間が情報管理をおろそかにしていると、同調して自分もおろそか
にする傾向がある。しかし逆に、周囲の人間がルールをしっかり守って情報の管理をしてい
たら、同調して自分も管理をする傾向がるといえる。つまり、同調行動をする人は、情報漏
えいをする傾向にあるともないともいえる。
(4)その他の個人属性
その他の個人属性として「収入」「コンプライアンス意識」を取り上げる。まず、「収入」
に関しては、収入が低い人ほど会社に不満を持っているので、情報漏えいしやすい傾向にあ
るとわれわれは考える。コンプライアンス意識とは、法律、規制などを遵守する意識のこと
である。また、つまり、「収入やコンプライアンス意識が低いほど、情報漏えいしやすい傾
向にある」と考える。
第 3.2 節 アンケート調査概要
本研究では, 2016 年 3 月にクローズ型のインターネットアンケート調査形式により実施
された「労働者の情報セキュリティ意識および行動に関する調査 2016」によって収集した
個票データを用いて分析を行う。この調査形式を採用した理由として、調査環境の劇的な変
化(アンケート調査に対する回収率の低下や拒否率の上昇など)への対応に加えて、効率よ
く調査対象者を抽出するためである。この調査法はサンプルが無作為に抽出されていない
等の統計的な問題が指摘されている。しかしながら、労働政策研究・研修機構 (2005)でも
述べられているように、調査の目的が個人や組織の意思決定の一つの有益な判断材料を提
示することであれば、この方法を採用することに意義がある。この調査手法の詳細な利用可
能性・妥当性については星野 (2009)や石田他 (2009)などを参照されたい.
この調査は 2009 年から毎年継続的に実施しており、その目的は一般労働者の情報セキュ
6
リティ意識および行動を把握し、情報セキュリティ教育や情報セキュリティマネジメント
を行う際の情報を提供することにある。調査対象者は 2 年以上同一の企業で働いており、
日常業務でパソコンや電子メールなどを利用している一般的な労働者である. そのため、こ
の調査は, まず調査対象者であるかを調べるための事前調査を約 2 万人に対して実施し、そ
の中から条件を満たす個人を抽出し, 本調査に回答してもらうという 2 段階の方式を採用
している。また、オーバーサンプリングや、計測している回答時間から一般的な回答者と比
べて回答時間が早い者を不良回答者として取り扱いサンプルから外すなどして、最終的に
1,236 人の有効回答数を得ている。
第 3.3 節 要因(変数)の説明
ここでは、分析に用いる要因(変数)の説明およびその加工方法について簡単に説明する。
(1)情報漏えいにつながる行動
本調査では、「仕事に関わる資料を外出先で置き忘れること」「USB などのメディア媒体
で職場(会社)の秘密・機密情報を社外に持ち出すこと」「USB などのメディア媒体で顧客
情報を社外に持ち出すこと」「紙媒体で職場(会社)の秘密・機密情報を社外に持ち出すこ
と」「紙媒体で顧客情報を社外に持ち出すること」「古くからの(社外の)知人に社内情報を
話す(教える)こと」「全く面識のない人に社内情報を話す(教える)こと」を情報漏えい
に繋がる行動と定義している。その集計結果が下の図である。この結果により、「紙媒体で
顧客情報を社外に持ち出すること」(22.8%)と「古くからの(社外の)知人に社内情報を
話す(教える)こと」(30.2%)となり、他の内容よりもわずかに多いことがわかる。
(2)コンプライアンス意識
コンプライアンス意識とは、企業が決めたルールを個人が守ろうとする意識のことであ
り、この変数は、個人がどれだけルールを守る意識があるかを表すものである。
(3)セキュリティ意識
セキュリティ意識とは、個人の情報セキュリティをどのように考えるかを表すものであ
る。本調査では、「他人の個人データ(住所、氏名、性別、年齢、電子メールアドレスなど)
を自由に見ることができるとしたら見たい」「友人が作ってくれた市販のソフトウェアのコ
ピーを利用したい」などのセキュリティに対する意識を問う 26 問の質問(「強くそう思う
~強くそう思わない」)に対する回答を得ている。
(4)知識
セキュリティに関する基本的な知識をどの程度持ち合わせているかを表すものである。
本調査では、セキュリティに関する概要や特徴についての説明の正誤問題(24 問)を行
っており、そこから正解数をもって知識を表す変数として考える。
7
(5)帰属意識
帰属意識とは会社に自分が属しているという意識を表すものである。われわれは、薄井
(2003)に従い、この帰属意識を「積極的に組織にとどまりたいとする願望」「組織に従属安
定したいとする強い願望」「減私奉公・運命共同体といった伝統的な「日本的」帰属意識」
「会社から得るものがある限り帰属していたいという功利的帰属意識」の4つに分類して
いる。本調査では、15 問の質問(「たとえ現在よりもいい仕事やいい給料が与えられても、
この職場(会社)が好きなので、よその職場(会社)に移る気はない」「この職場(会社)
にこのまま勤めていれば安心なので、よその職場(会社)に移ることなど考えられない」な
ど)に対して「そう思う」~「そう思わない」(5 件法)のうち 1 つを回答者に選んでもら
っている。そこから「帰属意識」変数として考える。
(6)同調行動
同調行動は、人を喜ばすために自分の行動を変えるということの本質をとらえており、同
調行動の値が高ければ高いほど、対人不安が高い不安定な人であることを示している。これ
は行動経済学的にみると、他者と同じ行動をとりたいと考える同調行動に近い概念である
と考える。本調査より、同調行動を測る9問の質問(「自分の考えよりも、仲の良い友人の
判断の方が気になってしまう」「グループの意見は個人の意見よりも重要である」など)に
対して「そう思う」~「そう思わない」(5件法)のうち 1 つを回答者に選んでもらってい
るそこから、「同調行動」変数として考える。
(7)収入
本調査では、課税前の年間所得(ボーナス、その他の雑収入を含む)についての質問に対
して「50万円未満」~「1500万円以上」のうち一つを回答者に選んでもらい、その回
答を用いて因子分析を行う。そして、その因子を「収入」変数として定義する。
第4節 分析
第 4.1節 因子分析・回帰分析
本研究では、分析手法として因子分析と回帰分析をそれぞれ用いて行う。以下、簡単にそ
れぞれの分析手法を説明する。
(1)因子分析
因子分析とは、(分析に用いる変数を単純に合成するのではなく)複数の変数どうしの相
関関係から、変数の背後にある共通要因を推定しようとする分析手法であり、心理学などの
8
分野で多用されている1
。因子分析について、詳しくは石黒(2014)などを参照してほしい。
(2)回帰分析
回帰分析とは、ある変数がほかの変数とどのような因果関係にあるのかを推定する統計
学的手法の一つであり、将来予測や要因分析に多く用いられている。回帰分析について、詳
しくはテイラー(2000)などを参照してほしい。
第 4.2 節 分析結果
第 4.1 節で作成した因子を用いて、回帰分析を行った結果が表 1 である。
表1 分析結果
情報漏えいに繋がる行動 Coef. Std. Err. t P>t Beta
同調行動 0.053 0.029 1.800 0.072 0.051
コンプライアンス意識 -0.172 0.035 -4.970 0.000 -0.167
安定 0.000 0.047 0.000 0.998 0.000
日本的 0.041 0.052 0.780 0.436 0.038
功利的 -0.026 0.034 -0.770 0.441 -0.021
積極的 -0.077 0.058 -1.340 0.180 -0.073
知識 0.017 0.004 3.750 0.000 0.103
セキュリティ意識 -0.234 0.033 -7.180 0.000 -0.244
収入 0.014 0.008 1.700 0.090 0.047
_cons -0.207 0.063 -3.270 0.001 .
表1を見てわかるように、「同調行動」「知識」「収入」の係数は 10%水準で有意に正の値、
「コンプライアンス意識」「セキュリティ意識」の係数は10%水準で有意に負の値をとっ
ている。これは、例えば、係数が正の値をとっている「同調行動」は「同調行動をとりやす
い人ほど、情報漏えいをしやすい傾向にある」ことを、係数が負の値をとっている「コンプ
ライアンス意識」は「コンプライアンス意識を持っている人ほど、情報漏えいをしない傾向
にある」ことを意味している。つまり、「同調行動」「コンプライアンス意識」「知識」「セキ
1
なお、注意すべき点として因子は数学的な構築物に過ぎず、現実に回答者の内部に存在
しているわけではないことに注意してほしい。因子分析の考え方は、心理学的な態度や社
会意識の測定には整合的であり、そこから構成される尺度・概念は変数間の相関は回答者
の直接的には測定されない潜在的な態度によって生じていると考える。
9
ュリティ意識」「収入」は情報漏えいに繋がる行動に影響を与えることが明らかになった。
しかしながら、「組織に従属安定したいとする願望」「減私奉公、運命共同体といった伝統的
な日本的帰属意識」「会社から得るものがある限り帰属していたいという功利的帰属意識」
「積極的に組織にとどまりたいとする願望」の係数はいずれも統計的に有意ではなく、これ
らは情報漏えいに繋がる行動に影響を与えないことが明らかになった。
第 4.3 節 考察
ここで上記の分析結果について簡単な考察を行う。まず、「コンプライアンス意識」「セキ
ュリティ意識」は第3節で立てた仮説を支持するものとなった。これは、「コンプライアン
ス意識」が高いほど、「セキュリティ意識」が高いほど、情報漏えいに繋がる行動をしない
傾向にあるということを意味する。言い換えると、情報漏えいを抑止するためには、情報セ
キュリティ意識やコンプライアンス意識を高めることは効果があるといえる。
一方で、「知識」「帰属意識」「収入」は仮説と異なるものとなった。「知識」は、第3節で
は、知識がある人ほど情報漏えいをしにくいという仮説を立てていたが、分析結果によると
情報漏えいをしやすい傾向にあるという結果が得られた。「帰属意識」は、会社への帰属意
識が高いほど、情報漏えいしにくいという仮説を立てていたが、これは、情報漏えいに繋が
る行動に影響を及ぼさないという結果が得られた。これは、帰属意識を高めようと会社のル
ールを作っても、それは情報漏えいを防止することには繋がらないということを意味する。
また、「収入」は、収入が低いほど、情報漏えいしやすい傾向にあるという仮説を立ててい
たが、分析結果によると、収入が高い人ほど、情報漏えいをしやすい傾向にあるという結果
が得られた。これは、多くの収入を得ている上の役職の人ほど様々な情報を扱っているため、
情報漏えいを起こしやすいと考えられる。
「同調行動」については、興味深い結果が得られた。第3節では、同調行動とは、他者や
集団の圧力により、人の行動や意見が変化することであるので、情報漏えいをする傾向にあ
るともないともいえると仮説を立てた。分析結果からは、統計的に有意となり、情報漏えい
に繋がる行動に影響があるという点については、仮説を支持するものとなったといえる。今
回の分析結果によると、同調行動がある人ほど情報漏えいする傾向にあるということがわ
かった。
これらのことを踏まえて、われわれは情報漏えいをしないようにするための対策として
以下の3つを提案したい。
(1) 教育の充実
セキュリティ意識を高めることで、情報漏えいを抑止できるということがわかったので、
セキュリティ意識を高めるために会社で「知識」ばかりを詰め込むのではないセミナーを開
き、それに参加させることを提案したい。また、内閣サイバーセキュリティセンターでのテ
ストを受けさせることも良いと考える。これにより、情報漏えいを防ぐことに繋がると考え
10
る。
(2) 情報漏えい対策に関するペナルティ
「セキュリティ意識」が高いほど、情報漏えいに繋がる行動はしなくなることが分かったた
め、常に意識することを提案する。パスワードの変更を任意ではなく義務とし、定期的に全
員で一斉変更させる。従わなかった場合は一時的にログインできなくなるなどのペナルテ
ィを定める。
第5章 おわりに
近年、個人情報の漏えいをはじめとする情報セキュリティに起因する事件・事故が社会問
題となっており、企業は技術面での対策を行っているが、われわれは人的側面に関する要因
に焦点を当てた。しかしながら、この種の研究はこれまであまり行われていないことも指摘
した。われわれは阻害要因となりうることを解決していく必要があると考えた。そこでわれ
われは、まずどのような個人が情報漏えいを行うのか、つまり情報漏えいをする人の行動メ
カニズムを構築した。その構築したモデルを検証するために「労働者の情報セキュリティ意
識および行動に関する調査 2016」と題したインターネットアンケート調査によって収集し
た個票データに対して回帰分析を行った。その結果、いくつかのことが明らかになった。そ
の結果として、1)「コンプライアンス意識」が高いほど、「セキュリティ意識」が高いほど、
情報漏えいに繋がる行動をしない傾向にあるということ、2)「同調行動」「知識」がある人
ほど情報漏えいしやすい傾向にあるということ、3)情報漏えいは、「帰属意識」「収入」に
関係なく生じるということ、などがわかった。そしてこの結果を踏まえて、われわれは「教
育の充実」と「同調行動により情報漏えいを防ぐための対策」、「情報漏えい対策に関するペ
ナルティ」が情報漏えいを抑止する効果がある対策として提案した。
最後に、本研究の限界と、今後の展望と課題について述べたい。本研究では ICT リテラ
シーや他者との関わり方に関する要因、行動経済学的要因などが情報漏えいに影響を与え
ていると仮説を立てたが、上述したように、仮説を支持するものもあれば、否定されたもの
もあった。しかしながら、これら以外の要因(ポリシー違反意図など)についてはまだ検討
していない。そのため、今後はほかの要因を組み込んだモデル構築を行いたい。
謝辞
本研究を進めるにあたり、ご指導を頂いた指導教員の竹村敏彦准教授に深く感謝致しま
す。また、日常の講義内での議論を通じて多くの知識や示唆を頂いた竹村ゼミの皆様に感謝
致します。
参考文献
11
【1】村瀬一郎・川口修司・牧野京子(他)『情報セキュリティ対策の研究の動向と今後の展
望』三菱総合研究所所報収録、2006
【2】杉浦司『情報セキュリティマネジメント経営品質の保証と企業価値の防衛』関西学院
大学出版会、2011
【3】原田良雄『情報漏えいの事例分析と対策についての一検討』大阪産業大学経営論集、
2012
【4】栗田克己『ビックデータ利活用におけるプライバシー情報の経済的価値と課題解決
に向けて』早稲田大学大学院国際情報通信研究科
【5】佐藤一郎『ビックデータと個人保護法:データシェアリングにおけるパーソナルデー
タの取り扱い』国立研究開発法人 科学技術振興機構、2016
【6】鬼柳祐介『SNS や Twitter による個人情報の流出と監視社会の危険性について』2011
【7】竹村敏彦『Web アンケート調査データを用いた情報セキュリティ教育に対する意識と
行動に関する分析』情報通信政策研究所、2011
【8】薄井崇裕(立木茂雄 研究室)『タッチ・ザ・ネーチャーにおける帰属意識の変化
に関する考察』2003
【9】JohnR. Taylor『計測における誤差解析入門』2000

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