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2019/9/16
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gb
保育園等の早期教育がもたらす結果が示唆する
ICT を用いたデータ分析の重要性
(出典)「家族の幸せ」の経済学 山口慎太郎 光文社新書 2019 年
P208 図表 5-3
幼児に対する早期教育の重要性については、ノーベル経済学賞を受賞したヘックマン氏の「幼児教育の
経済学」という著書が有名で、早期の幼児教育は(社会的)投資効果が高いという評価がなされている。
なお、ここで高く評価されているのは早期教育であって、英才教育ではないことに注意して欲しい。いわ
ゆる「お受験」推奨という研究成果では、全くなく、むしろ政策的含意は、集中投資よりも「薄く広い」
投資を含意していると筆者は理解しているが、この点は、本稿の主眼ではないので、このあたりで切り上
げたい。
早期の幼児教育、特に保育園への通園の効果について、昨今、「『家族の幸せ』の経済学」という興味深
い新書が発刊され、この新書の第 5 章は、「保育園の経済学」と、そのものズバリのタイトルが付されて
いる。
この章の中心は、「厚生労働省 21 世紀出生時縦断調査」の結果を、新書の著者である山口慎太郎准教
授が分析したものだ。この厚生労働省の調査は、「同一客体を長年にわたって追跡する縦断調査として、
平成 13 年度から実施している統計調査であり、21 世紀の初年に出生した子の実態及び経年変化の状況
を継続的に観察することにより、少子化対策等の施策の企画立案、実施等のための基礎資料を得ること
を目的」としたもので、21 世紀の初年度である 2001 年出生時と 2010 年出生児について、次のような調
査事項を、毎年調査しており、調査集計人数は、2 万人以上となっている大規模な調査である。
gb Opinion Report 株式会社 social solutions 石塚 康志
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<調査事項>
同居者、学校生活のようす、起床時間・就寝時間、食事のようす、習い事等の状況、1 か月の子育て費
用、病気やけが、身長・体重、父母の就業状況 等
<調査結果の掲載ホームページ>
2001 年出生児調査
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/27-9.html
2010 年出生児調査
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/27-22.html
冒頭の表は、この統計調査を山口准教授らが独自に再集計、分析し、保育園に子どもが通っているケー
スとそうでないケースを統計的に比較した結果表だ。この表では、統計調査の設問項目への回答を分析
者が独自に「言語発達」「多動性」「攻撃性」を示すものとして解釈し、その度合い、大きさを定量的に評
価している。表では、左に行くほど、保育園に通っていない子どもとの比較で、その評価量が小さくなり、
右に行くほど、大きくなるという形で図示されている。なお、詳細な表の見方については、ぜひ、出典元
の新書を参照していただきたいが、かなり説得的なデータ分析ではないかと思っている。
この結果で注目したいのは、保育園に通っている子どもの言語の発達が、通っていない子どもに比べ
て、相当程度進んでいるという結果になったことを示した点だ。表では、「言語発達」の欄の三角や丸の
マークが大きく右に偏っていることで示されている。
(母親の学歴で代表される)家庭環境の状況に関わらず、保育園に通っている子どもの言語発達が、保
育園に通っていない子どもと比較して、伸びていることが統計的に検証されている。つまり、家庭におけ
る生育条件が相当程度コントロールされた上で、保育園に通うことの効果が示されており、大変興味深
い。
というのも、筆者も保育園の発達記録の分析を行ってみた結果、保育園の園児の発達の差異は、主にコ
ミュニケーションの発達の差となって現れることが確認できたからだ。さらに、3歳児クラスの園児の
発達状況の分析を行った際には、2歳児クラスから継続的に通園している園児と、3歳児クラスから初
めて当該園に通園し始めた園児との間で、言語領域の発達に顕著に差があることも確認できた。
もちろん、新規入園児は、転園してきた子どもの可能性もあるが、3 歳児未満の子どもの保育施設の利
用率が低いことから、この新規入園児の多くは、3歳児から保育園に通い始めた子どもが多いと想定す
ることができる。
とすると、3歳までの保育園への通園が、言語の発達の差異を生み出していると言ってもよいのではな
いかと思われる。
厚生労働省の「保育所保育指針」では、繰り返し、子どもの状況や発達過程を的確に把握することを求
2019/9/16
3
めている。
数値化したデータで、子どもたちの発達状況を確認することは、ICT の利用によって、効果的に行う
ことができるようになっているし、それをよりビジュアルで表現することも可能になる。今回紹介した
ように、ICT を用いたデータ分析によって、子どもたちの発達過程について、様々なことが分かる。数値
評価を忌み嫌うのではなく、数値評価を使いこなすという発想に変えていくことが重要だろう。
我々としては、保育の現場で発生する様々なデータを、ICT を用いて収集、分析し、実りある洞察(イ
ンサイト)を、保育士、保護者に還元していけるようなサービスを生み出すようにしていきたいと考えて
いる。
●当レポートは、信頼できると思われる各種データに基づいて作成されていますが、当社はその正確性、完全性を保証するもので
はありません。当レポートのご利用に際しては、ご自身の判断にてお願い申し上げます。また、当レポートは執筆者の見解に基づき
作成されたものであり、当社の統一的な見解を示すものではございません。なお、当レポートに記載された内容は予告なしに変更さ
れることもあります。

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  • 1. 2019/9/16 1 gb 保育園等の早期教育がもたらす結果が示唆する ICT を用いたデータ分析の重要性 (出典)「家族の幸せ」の経済学 山口慎太郎 光文社新書 2019 年 P208 図表 5-3 幼児に対する早期教育の重要性については、ノーベル経済学賞を受賞したヘックマン氏の「幼児教育の 経済学」という著書が有名で、早期の幼児教育は(社会的)投資効果が高いという評価がなされている。 なお、ここで高く評価されているのは早期教育であって、英才教育ではないことに注意して欲しい。いわ ゆる「お受験」推奨という研究成果では、全くなく、むしろ政策的含意は、集中投資よりも「薄く広い」 投資を含意していると筆者は理解しているが、この点は、本稿の主眼ではないので、このあたりで切り上 げたい。 早期の幼児教育、特に保育園への通園の効果について、昨今、「『家族の幸せ』の経済学」という興味深 い新書が発刊され、この新書の第 5 章は、「保育園の経済学」と、そのものズバリのタイトルが付されて いる。 この章の中心は、「厚生労働省 21 世紀出生時縦断調査」の結果を、新書の著者である山口慎太郎准教 授が分析したものだ。この厚生労働省の調査は、「同一客体を長年にわたって追跡する縦断調査として、 平成 13 年度から実施している統計調査であり、21 世紀の初年に出生した子の実態及び経年変化の状況 を継続的に観察することにより、少子化対策等の施策の企画立案、実施等のための基礎資料を得ること を目的」としたもので、21 世紀の初年度である 2001 年出生時と 2010 年出生児について、次のような調 査事項を、毎年調査しており、調査集計人数は、2 万人以上となっている大規模な調査である。 gb Opinion Report 株式会社 social solutions 石塚 康志
  • 2. 2019/9/16 2 <調査事項> 同居者、学校生活のようす、起床時間・就寝時間、食事のようす、習い事等の状況、1 か月の子育て費 用、病気やけが、身長・体重、父母の就業状況 等 <調査結果の掲載ホームページ> 2001 年出生児調査 https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/27-9.html 2010 年出生児調査 https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/27-22.html 冒頭の表は、この統計調査を山口准教授らが独自に再集計、分析し、保育園に子どもが通っているケー スとそうでないケースを統計的に比較した結果表だ。この表では、統計調査の設問項目への回答を分析 者が独自に「言語発達」「多動性」「攻撃性」を示すものとして解釈し、その度合い、大きさを定量的に評 価している。表では、左に行くほど、保育園に通っていない子どもとの比較で、その評価量が小さくなり、 右に行くほど、大きくなるという形で図示されている。なお、詳細な表の見方については、ぜひ、出典元 の新書を参照していただきたいが、かなり説得的なデータ分析ではないかと思っている。 この結果で注目したいのは、保育園に通っている子どもの言語の発達が、通っていない子どもに比べ て、相当程度進んでいるという結果になったことを示した点だ。表では、「言語発達」の欄の三角や丸の マークが大きく右に偏っていることで示されている。 (母親の学歴で代表される)家庭環境の状況に関わらず、保育園に通っている子どもの言語発達が、保 育園に通っていない子どもと比較して、伸びていることが統計的に検証されている。つまり、家庭におけ る生育条件が相当程度コントロールされた上で、保育園に通うことの効果が示されており、大変興味深 い。 というのも、筆者も保育園の発達記録の分析を行ってみた結果、保育園の園児の発達の差異は、主にコ ミュニケーションの発達の差となって現れることが確認できたからだ。さらに、3歳児クラスの園児の 発達状況の分析を行った際には、2歳児クラスから継続的に通園している園児と、3歳児クラスから初 めて当該園に通園し始めた園児との間で、言語領域の発達に顕著に差があることも確認できた。 もちろん、新規入園児は、転園してきた子どもの可能性もあるが、3 歳児未満の子どもの保育施設の利 用率が低いことから、この新規入園児の多くは、3歳児から保育園に通い始めた子どもが多いと想定す ることができる。 とすると、3歳までの保育園への通園が、言語の発達の差異を生み出していると言ってもよいのではな いかと思われる。 厚生労働省の「保育所保育指針」では、繰り返し、子どもの状況や発達過程を的確に把握することを求
  • 3. 2019/9/16 3 めている。 数値化したデータで、子どもたちの発達状況を確認することは、ICT の利用によって、効果的に行う ことができるようになっているし、それをよりビジュアルで表現することも可能になる。今回紹介した ように、ICT を用いたデータ分析によって、子どもたちの発達過程について、様々なことが分かる。数値 評価を忌み嫌うのではなく、数値評価を使いこなすという発想に変えていくことが重要だろう。 我々としては、保育の現場で発生する様々なデータを、ICT を用いて収集、分析し、実りある洞察(イ ンサイト)を、保育士、保護者に還元していけるようなサービスを生み出すようにしていきたいと考えて いる。 ●当レポートは、信頼できると思われる各種データに基づいて作成されていますが、当社はその正確性、完全性を保証するもので はありません。当レポートのご利用に際しては、ご自身の判断にてお願い申し上げます。また、当レポートは執筆者の見解に基づき 作成されたものであり、当社の統一的な見解を示すものではございません。なお、当レポートに記載された内容は予告なしに変更さ れることもあります。