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©Takayuki Yamazaki (2016.06.11)
エバンジェリズム
<コンテンツ>
1. エバンジェリズムとは (Introduction to evangelism)
2. 人間味をアピールしよう (Building a human brand)
3. 会話術を磨く (The 2 keys to shmoozing )
4. 顧客をエバンジェリストに (Making customers your evangelists)
5. コミュニティの作り方 (Building communities around your product)
©Takayuki Yamazaki (2016.06.11)
1. エバンジェリズムとは (Introduction to evangelism)
ここではエバンジェリズムについてお話しします。語源はギリシャ語で、福音を届けるという意味です
(Evangelism: Bringing the good news)。つまり朗報を届けるのがエバンジェリストの仕事です。普通、この言
葉は宗教的な表現で使われますが、Apple 社と私(Guy Kawasaki)はこの言葉にもっと一般的な意味を与える
ことにしました。Mackintosh 部門で私のような仕事をする人間をそう呼び始めたのです。Mackintosh のソフト
やハードを作るよう IT 企業に働きかける仕事なのですが、営業マンではなく「エバンジェリスト」という新しい
肩書きを作ったのです。Mackintosh は誰でもパソコンが使えるようになるという、正に朗報でした。この朗報
をお客さんに届けること、だからこそエバンジェリストなのです。では何のためにそんな肩書きが必要なので
しょうか?朗報をもたらすエバンジェリストと営業マンとの違いは何でしょうか?エバンジェリストは他人の利
益を一番に考えます。Mackintosh の購入を勧めるのではなく、Apple の社員や株主だからではなく、
Mackintosh を使えばもっと創造的になれると心から信じているからです。私は Canva 社のチーフ・エバンジ
ェリストですが、Canva はネット上の無料サービスなので、誰もお金を払いません。だから Canva を人に勧め
るのはお金のためではなく、皆が今までに作ったことのないような美しいデザインを簡単に作れるからです。
しかもそれを SNS やブログ、メール、チラシ、ポスターなど何にでも使えます。それにより生活が楽しくなると
いうのが Canva の良いお知らせなのです。エバンジェリストは他人の利益を第一に考えますが、営業マンは
自分の利益、ノルマや手数料のことしか頭にありません。そこが大きな違いです。
ガイの黄金の指 (Guy’s golden touch )
製品のよさを広く知ってもらうためには、何が必要でしょうか?私はこれを「ガイの黄金の指」と呼んでいます。
私が触れたものは黄金に変わる・・・と言う意味ではありません。そんなことができれば素晴らしいのですが、
残念ながら、とても不可能です。「ガイが触れるものは黄金」と言う意味です。エバンジェリストにとって重要な
のはそこです。朗報を広めるためには、製品が本当に良いものでなくてはなりません。粗悪品を広めることは
できません。良いものを作る、或いは見つける、これがエバンジェリズムの鍵です(Evangelize: the good
news)。でなければ、ただの営業です。「ガイが触れるものは黄金」これが鉄則です。
SNS 万歳 (Impact of social media)
エバンジェリストにとって、今はとても便利な時代になりました。私が Apple 社のエバンジェリストだった頃は
相手を訪問したり、来てもらったりしていて、電話やファックスで連絡を取り、飛行機で移動するのがせいぜ
いでした。それが今では Skype やウェブセミナー、SNS など色々な伝達手段があります。スピーディで、基本
無料で、いつでも、どこでも、誰にでもアクセスできます。おかげでエバンジェリストは色々な所に頻繁に、そ
して手軽に関われるようになりました。SNS こそ、エバンジェリストにとって正に福音です。
2. 人間味をアピールしよう (Building a human brand)
#1 若者をターゲットに (Target the young)
エバンジェリストの仕事の 1 つは、ブランドに人間味を持たせることです。まずは、常に若い人をターゲットに
しましょう。例え中年層が本来のターゲットだったとしてもです。年配者は若者に憧れるものですが、その逆
はありません。若者をターゲットにすれば、年配者もついてきます。若者をターゲットにしましょう。
#2 人を笑わせよう (Make fun of yourself)
©Takayuki Yamazaki (2016.06.11)
それから人間味と言えば、人を笑わせることも大切です。まじめばかりではなく、楽しい人間だとアピールす
るのです。良い例を挙げましょう。Virgin Group 創設者のリチャード・ブランソン氏の話です。私がモスクワで
講演をした時、彼もそこに講演で来ていました。Virgin America に乗ったことがないと私が言うと、彼はひざま
ずき、上着で私の靴を磨き出しました。彼は「サー」の称号を持つ億万長者ですよ。自分を笑いものにして
楽しんでいるいい例です。その数年後、別の場所でブランソン氏に再会しました。今度は私がひざまずき、
彼の靴を磨き返しました。靴磨きの借りを作ったままでは嫌ですからね。その時の様子はご覧の通り。傑作
写真になりました。ユーモアで人間味を出しましょう。いざとなれば、ひざまずくのも手です。
#3 顧客の姿を伝える (Feature your customers)
自分の商品を使っている顧客の姿をアピールしましょう。バイク、パソコン、携帯電話、デザイン、商品は何
でも構いません。自社製品やサービスを使っているのは集団ではなく、個々の人間だからです。それを伝え
ることでブランドに親しみ易さが生まれます。
#4 恵まれない人を助ける (Help the underprivileged)
恵まれない人たちや助けが必要な人に手を貸しましょう。よいことを行うことでブランドに人間味が加わるでし
ょう。企業で成功したなら、社会に借りができたも同然です。恵まれない人を助けて社会に貢献し、あなたの
ブランドに人間味を持たせましょう。
3. 会話術を磨く (The 2 keys to shmoozing )
起業家の必須スキルは会話術です。お喋りは人間関係や人脈を作ること、つまりエバンジェリズムそのもの
です。会話術を磨く心得を 2 つ伝授しましょう。いずれも単純なことです。まず 1 つ目、実は会話術とは話し
上手なことではありません。むしろ黙っている能力が問われるのです。会話が上手い人は話すことより聞くこ
とが上手い、世間でもよくそう言われますよね。これはとても大事なポイントです。質問をしたら黙って相手の
答えに耳を傾けましょう。そうすれば自然と人脈が広がっていきます。2 つ目、会話術に長けたエバンジェリ
ストを目指すなら、常に人からの要望にイエスと言えるよう努力しましょう。「どうすれば断れるか、利用されず
に済むか」などと考えず、人を助けるために手を差し出せば純粋な喜びが得られます。手助けを積み重ね
れば、巡り巡って 10 倍にもなってあなたに返ってきます。私もこれまで 5 人ほどに利用されそうになりました
が、その千倍にもなる 5000 人近い人から助けてもらいました。比べ物にならない数字ですよね。これが会話
術を磨く 2 つの心得です。
4. 顧客をエバンジェリストに (Making customers your evangelists)
起業しても必要な社員数を確保できなかったり、営業にあまり資金をかけられなかったりします。そこを穴埋
めするのがエバンジェリストです。しかも無償のエバンジェリスト、逆に会社側にお金を払ってくれる人たちが
います。彼らはイノベーションの最前線にいることに喜びを覚える人たちです。よい情報を伝え、他人の生活
を豊かにしたいという善意を持ち、お金ではないものに価値を見い出します。こういう人たちはお金では雇え
ません。商品を気に入ってくれたお客をエバンジェリストにしてしまいましょう。お客をエバンジェリストにする
といういい例は Apple 社です。Mackintosh ユーザーをサポートするグループを最初に作った人たちがいまし
た。Apple に頼まれたのでも、雇われたのでもなく、自主的に始めました。お客が自発的にエバンジェリスト
©Takayuki Yamazaki (2016.06.11)
になるようにするのは簡単です。商品やサービスさえ良ければ、放っておいても自然にそうなっていきます。
あとは無償で応援したいという彼らの気持ちを素直に受け止めればいいだけです。疑心暗鬼になってしまう
会社も少なくありません。「タダで助けてくれるなんて何か裏があるんじゃないか」とね。裏などありませんよ。
その人たちは商品がいいと思ったから純粋に広めようとしてくれています。素直に受け入れ、お客をエバン
ジェリストにしましょう。
Apple の元エバンジェリスト (As chief evangelist of Apple)
私(Guy Kawasaki)が Apple 社のチーフ・エバンジェリストだった頃、Apple 社はどん底でした。1995 年から
1997 年に Apple に戻ると雇用調整と争議が続き、会社は瀕死状態。スティーブ・ジョブズも苦闘していました。
そんな時期に戻ったのは Apple に潰れてほしくなかったからです。私はチーフ・エバンジェリストに戻り、秘
策を打ち出しました。「エバンジェ・リスト」という名前のメーリングリスト・サーバを作ったのです。これはメー
ル・マガジンの先駆けみたいなもので、このメーリングリストに加入すれば、サーバのオーナーが何かを発信
するとメールで通知が届くというものです。当時 Apple に関する記事といえば、ネガティブなものばかりでした。
どの記事にも「窮地に陥るApple」という言葉が必ず使われていて、それが会社名かと思うほどでした。そこで
私たちは Apple の良い知らせだけを発信したのです。悲観的で暗い先行きに少しでも希望を与えたかった
からです。加入者のなかでも、普段から良いニュースを目にしている読者は、Apple に批判的な記事が載る
と、それに対して一斉に反撃するんです。私もだいぶ敵を作りました。若かったのですね。しかしおかげで
Apple にも Mackintosh にも希望はあると人々は感じ始めました。当時、リストの加入者は最多で 4 万 4000 人
ほどでした。今では少ない数に見えますが、1995 年当時、それほど大勢の人が Apple を助けるためだけに
発信していた記事を購読してくれていたのは凄いことです。私の誇らしい実績です。
5. コミュニティの作り方 (Building communities around your product)
商品を取り巻くコミュニティを作るのは大事なことです。ここで肝心なのは社員の 1 人をコミュニティの責任者
にすることです。もちろん社員全員が商品やサービスのエバンジェリストであるべきですが、社外のエバンジ
ェリストをどうやって増やすのか彼らをどうサポートすべきか、それを日々真剣に考える。責任者は必要です。
つまり、全てのエバンジェリストを代表し、まとめ役となるチーフ・エバンジェリストです。自社製品の熱烈なフ
ァンとも言えます。これはコミュニティ作りには欠かせません。コミュニティに情報を流したり、ロゴ入り T シャツ
を配るのもいいでしょう。お互いに助け合うという姿勢がコミュニティには必要なのです。私も経験したチー
フ・エバンジェリストはいわばそのブランドの旗振り役、実に面白い仕事です。
純粋なエバンジェリズム (Example of pure evangelism)
純粋なエバンジェリズムの一例をミネソタから電気自動車テスラがアイオワに来ました。購入を考える人に試
乗してもらうためです。Tesla 社のプロモーションではなく、ミネソタに住むテスタ所有者による企画です。彼
はテスラの良さを確信するエバンジェリストです。これが純粋なエバンジェリズムです。テスラをこよなく愛す
る顧客がテスラの購入を勧めているんですからね。知らない人に良さを教えてあげようとわざわざ別の州ま
で愛車を走らせました。エバンジェリズムのなせる技です。

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  • 1. ©Takayuki Yamazaki (2016.06.11) エバンジェリズム <コンテンツ> 1. エバンジェリズムとは (Introduction to evangelism) 2. 人間味をアピールしよう (Building a human brand) 3. 会話術を磨く (The 2 keys to shmoozing ) 4. 顧客をエバンジェリストに (Making customers your evangelists) 5. コミュニティの作り方 (Building communities around your product)
  • 2. ©Takayuki Yamazaki (2016.06.11) 1. エバンジェリズムとは (Introduction to evangelism) ここではエバンジェリズムについてお話しします。語源はギリシャ語で、福音を届けるという意味です (Evangelism: Bringing the good news)。つまり朗報を届けるのがエバンジェリストの仕事です。普通、この言 葉は宗教的な表現で使われますが、Apple 社と私(Guy Kawasaki)はこの言葉にもっと一般的な意味を与える ことにしました。Mackintosh 部門で私のような仕事をする人間をそう呼び始めたのです。Mackintosh のソフト やハードを作るよう IT 企業に働きかける仕事なのですが、営業マンではなく「エバンジェリスト」という新しい 肩書きを作ったのです。Mackintosh は誰でもパソコンが使えるようになるという、正に朗報でした。この朗報 をお客さんに届けること、だからこそエバンジェリストなのです。では何のためにそんな肩書きが必要なので しょうか?朗報をもたらすエバンジェリストと営業マンとの違いは何でしょうか?エバンジェリストは他人の利 益を一番に考えます。Mackintosh の購入を勧めるのではなく、Apple の社員や株主だからではなく、 Mackintosh を使えばもっと創造的になれると心から信じているからです。私は Canva 社のチーフ・エバンジ ェリストですが、Canva はネット上の無料サービスなので、誰もお金を払いません。だから Canva を人に勧め るのはお金のためではなく、皆が今までに作ったことのないような美しいデザインを簡単に作れるからです。 しかもそれを SNS やブログ、メール、チラシ、ポスターなど何にでも使えます。それにより生活が楽しくなると いうのが Canva の良いお知らせなのです。エバンジェリストは他人の利益を第一に考えますが、営業マンは 自分の利益、ノルマや手数料のことしか頭にありません。そこが大きな違いです。 ガイの黄金の指 (Guy’s golden touch ) 製品のよさを広く知ってもらうためには、何が必要でしょうか?私はこれを「ガイの黄金の指」と呼んでいます。 私が触れたものは黄金に変わる・・・と言う意味ではありません。そんなことができれば素晴らしいのですが、 残念ながら、とても不可能です。「ガイが触れるものは黄金」と言う意味です。エバンジェリストにとって重要な のはそこです。朗報を広めるためには、製品が本当に良いものでなくてはなりません。粗悪品を広めることは できません。良いものを作る、或いは見つける、これがエバンジェリズムの鍵です(Evangelize: the good news)。でなければ、ただの営業です。「ガイが触れるものは黄金」これが鉄則です。 SNS 万歳 (Impact of social media) エバンジェリストにとって、今はとても便利な時代になりました。私が Apple 社のエバンジェリストだった頃は 相手を訪問したり、来てもらったりしていて、電話やファックスで連絡を取り、飛行機で移動するのがせいぜ いでした。それが今では Skype やウェブセミナー、SNS など色々な伝達手段があります。スピーディで、基本 無料で、いつでも、どこでも、誰にでもアクセスできます。おかげでエバンジェリストは色々な所に頻繁に、そ して手軽に関われるようになりました。SNS こそ、エバンジェリストにとって正に福音です。 2. 人間味をアピールしよう (Building a human brand) #1 若者をターゲットに (Target the young) エバンジェリストの仕事の 1 つは、ブランドに人間味を持たせることです。まずは、常に若い人をターゲットに しましょう。例え中年層が本来のターゲットだったとしてもです。年配者は若者に憧れるものですが、その逆 はありません。若者をターゲットにすれば、年配者もついてきます。若者をターゲットにしましょう。 #2 人を笑わせよう (Make fun of yourself)
  • 3. ©Takayuki Yamazaki (2016.06.11) それから人間味と言えば、人を笑わせることも大切です。まじめばかりではなく、楽しい人間だとアピールす るのです。良い例を挙げましょう。Virgin Group 創設者のリチャード・ブランソン氏の話です。私がモスクワで 講演をした時、彼もそこに講演で来ていました。Virgin America に乗ったことがないと私が言うと、彼はひざま ずき、上着で私の靴を磨き出しました。彼は「サー」の称号を持つ億万長者ですよ。自分を笑いものにして 楽しんでいるいい例です。その数年後、別の場所でブランソン氏に再会しました。今度は私がひざまずき、 彼の靴を磨き返しました。靴磨きの借りを作ったままでは嫌ですからね。その時の様子はご覧の通り。傑作 写真になりました。ユーモアで人間味を出しましょう。いざとなれば、ひざまずくのも手です。 #3 顧客の姿を伝える (Feature your customers) 自分の商品を使っている顧客の姿をアピールしましょう。バイク、パソコン、携帯電話、デザイン、商品は何 でも構いません。自社製品やサービスを使っているのは集団ではなく、個々の人間だからです。それを伝え ることでブランドに親しみ易さが生まれます。 #4 恵まれない人を助ける (Help the underprivileged) 恵まれない人たちや助けが必要な人に手を貸しましょう。よいことを行うことでブランドに人間味が加わるでし ょう。企業で成功したなら、社会に借りができたも同然です。恵まれない人を助けて社会に貢献し、あなたの ブランドに人間味を持たせましょう。 3. 会話術を磨く (The 2 keys to shmoozing ) 起業家の必須スキルは会話術です。お喋りは人間関係や人脈を作ること、つまりエバンジェリズムそのもの です。会話術を磨く心得を 2 つ伝授しましょう。いずれも単純なことです。まず 1 つ目、実は会話術とは話し 上手なことではありません。むしろ黙っている能力が問われるのです。会話が上手い人は話すことより聞くこ とが上手い、世間でもよくそう言われますよね。これはとても大事なポイントです。質問をしたら黙って相手の 答えに耳を傾けましょう。そうすれば自然と人脈が広がっていきます。2 つ目、会話術に長けたエバンジェリ ストを目指すなら、常に人からの要望にイエスと言えるよう努力しましょう。「どうすれば断れるか、利用されず に済むか」などと考えず、人を助けるために手を差し出せば純粋な喜びが得られます。手助けを積み重ね れば、巡り巡って 10 倍にもなってあなたに返ってきます。私もこれまで 5 人ほどに利用されそうになりました が、その千倍にもなる 5000 人近い人から助けてもらいました。比べ物にならない数字ですよね。これが会話 術を磨く 2 つの心得です。 4. 顧客をエバンジェリストに (Making customers your evangelists) 起業しても必要な社員数を確保できなかったり、営業にあまり資金をかけられなかったりします。そこを穴埋 めするのがエバンジェリストです。しかも無償のエバンジェリスト、逆に会社側にお金を払ってくれる人たちが います。彼らはイノベーションの最前線にいることに喜びを覚える人たちです。よい情報を伝え、他人の生活 を豊かにしたいという善意を持ち、お金ではないものに価値を見い出します。こういう人たちはお金では雇え ません。商品を気に入ってくれたお客をエバンジェリストにしてしまいましょう。お客をエバンジェリストにする といういい例は Apple 社です。Mackintosh ユーザーをサポートするグループを最初に作った人たちがいまし た。Apple に頼まれたのでも、雇われたのでもなく、自主的に始めました。お客が自発的にエバンジェリスト
  • 4. ©Takayuki Yamazaki (2016.06.11) になるようにするのは簡単です。商品やサービスさえ良ければ、放っておいても自然にそうなっていきます。 あとは無償で応援したいという彼らの気持ちを素直に受け止めればいいだけです。疑心暗鬼になってしまう 会社も少なくありません。「タダで助けてくれるなんて何か裏があるんじゃないか」とね。裏などありませんよ。 その人たちは商品がいいと思ったから純粋に広めようとしてくれています。素直に受け入れ、お客をエバン ジェリストにしましょう。 Apple の元エバンジェリスト (As chief evangelist of Apple) 私(Guy Kawasaki)が Apple 社のチーフ・エバンジェリストだった頃、Apple 社はどん底でした。1995 年から 1997 年に Apple に戻ると雇用調整と争議が続き、会社は瀕死状態。スティーブ・ジョブズも苦闘していました。 そんな時期に戻ったのは Apple に潰れてほしくなかったからです。私はチーフ・エバンジェリストに戻り、秘 策を打ち出しました。「エバンジェ・リスト」という名前のメーリングリスト・サーバを作ったのです。これはメー ル・マガジンの先駆けみたいなもので、このメーリングリストに加入すれば、サーバのオーナーが何かを発信 するとメールで通知が届くというものです。当時 Apple に関する記事といえば、ネガティブなものばかりでした。 どの記事にも「窮地に陥るApple」という言葉が必ず使われていて、それが会社名かと思うほどでした。そこで 私たちは Apple の良い知らせだけを発信したのです。悲観的で暗い先行きに少しでも希望を与えたかった からです。加入者のなかでも、普段から良いニュースを目にしている読者は、Apple に批判的な記事が載る と、それに対して一斉に反撃するんです。私もだいぶ敵を作りました。若かったのですね。しかしおかげで Apple にも Mackintosh にも希望はあると人々は感じ始めました。当時、リストの加入者は最多で 4 万 4000 人 ほどでした。今では少ない数に見えますが、1995 年当時、それほど大勢の人が Apple を助けるためだけに 発信していた記事を購読してくれていたのは凄いことです。私の誇らしい実績です。 5. コミュニティの作り方 (Building communities around your product) 商品を取り巻くコミュニティを作るのは大事なことです。ここで肝心なのは社員の 1 人をコミュニティの責任者 にすることです。もちろん社員全員が商品やサービスのエバンジェリストであるべきですが、社外のエバンジ ェリストをどうやって増やすのか彼らをどうサポートすべきか、それを日々真剣に考える。責任者は必要です。 つまり、全てのエバンジェリストを代表し、まとめ役となるチーフ・エバンジェリストです。自社製品の熱烈なフ ァンとも言えます。これはコミュニティ作りには欠かせません。コミュニティに情報を流したり、ロゴ入り T シャツ を配るのもいいでしょう。お互いに助け合うという姿勢がコミュニティには必要なのです。私も経験したチー フ・エバンジェリストはいわばそのブランドの旗振り役、実に面白い仕事です。 純粋なエバンジェリズム (Example of pure evangelism) 純粋なエバンジェリズムの一例をミネソタから電気自動車テスラがアイオワに来ました。購入を考える人に試 乗してもらうためです。Tesla 社のプロモーションではなく、ミネソタに住むテスタ所有者による企画です。彼 はテスラの良さを確信するエバンジェリストです。これが純粋なエバンジェリズムです。テスラをこよなく愛す る顧客がテスラの購入を勧めているんですからね。知らない人に良さを教えてあげようとわざわざ別の州ま で愛車を走らせました。エバンジェリズムのなせる技です。