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大隅の噴火
764年、聖武の娘の孝謙女帝が再即位した直後、大隅
     国の国境地域の信尓村の海で大噴火
 「西方に声あり。雷に似て、雷にあらず」。爆発音
 が京都にまで。火山島出現。神が「冶鋳」の仕業を
            営むよう。
    火山神=大穴持神(オオナムチ→大国主命)。
  「大隅国の海中に神造の嶋あり、其名は大穴持神
        (オオナムチ)といふ」。
     「冶鋳」、鍛冶のような能力をもつ。
         火山神ー強力な神霊。
(イ)噴火、(ロ)火山性地震、(ハ)雷音あるいは鳴動の三位
             一体セット
   スサノオの誕生、母神イザナミは火の神を出産したとき、大やけど
    をおって死去。父神イザナキは「根の堅すの国」に妻を訪問し、イ
    ザナミの精気を身にまといつかせて生き返る。海岸で禊ぎ。穢を放
    出。生まれた神々=①大禍津日神(穢神) 、②三貴神、左目から
    アマテラス(日神)、右目ツキヨミ(月神)、鼻スサノヲ(海神)。
    鼻=黄泉の穢を残す部位、スサノヲは大禍津日神と同体。
   ∴スサノオ=海神=穢神、さらに地震神(ポセイドン(海神=地震
    神)に同じ)。その証拠→①スサノヲが「根の堅すの国」を恋いし
    たって「哭きいさちる」。アマテラスを慕って高天の原に駆け上が
    る。そのとき「山川ことごとく動み、国土みな震りぬ」。
   ②スサノオの呪宝、「天の沼琴」。オオナムチとスサノオの娘(ス
    セリ姫)の掠奪オンブ婚姻譚。そのテーマはこの呪宝の盗み。この
    時、「天の沼琴」が「樹に払れて地動鳴みき」(地震の呪具)。ス
    サノヲは、坂の上から「宝物を使って地上の王者となれ、大国主命
    と名乗れ」と呼びかける。「オオナムチ」=「ナ」の神、地霊の神から「ク
    ニ」(区画された土地)、地上の人間界の王者。
   巨大な男神、歩き回る・放浪ー「男性原理」を象徴
   スサノヲの活動地域。紀州と出雲(および播磨)。地震・噴火の地
    帯。歩き回る。足跡が大沼となって残った播磨のダイダラボッチ。
    その巨歩が地震。
   679年、筑紫地震(M
   684年、南海トラフ地震
   729年長屋王自死、怨霊化、事件
   734年、河内大和地震(長屋王父の高市皇子墳墓も崩壊)
   737年、疫病流行(藤原四兄弟死去)
   740年、恭仁京遷都
   742年、紫香楽京造営
   745年、美濃地震(紫香楽京被災)、平城還都)
   752年、東大寺大仏開眼(華厳経、釈迦は地震を鎮める)
   800年、富士大噴火
   818年、北関東地震
   838年、伊豆神津島大噴火
   864年、富士大噴火(富士五湖ができる)
   869年、東北沖大津波(去年の大津波は、この繰り返しだった)
   879年、南関東地震
   887年、東海・南海大地震(八ヶ岳山体崩壊)
   915年、十和田大噴火(記録のあるうちでは日本最大)
(2)平安初期の怨霊と祇園社の
 前身
皇太弟早良親王(桓武の弟)の怨霊化。
 785,早良廃太子。794年七月、長岡京地震。(10月に平安遷都実
  施)
 桓武王統に祟った怨霊。崇道天皇とおくりな。
淳和天皇の(異腹の)妹=旧妻(高志内親王)の怨霊
 彼女は桓武が正嫡と定めた恒世の母。桓武の愛娘であったが、夭折する。
 820年代、恒世も死し、淳和は再婚する。相手は正子内親王(淳和の兄
  =嵯峨の娘)。妊娠、恒貞(後の皇太子)の誕生。←高志内親王陵墓「不
  穏」 。827年、恒貞の誕生の夜、雷鳴が鳴り響き、京都で群発地震開始。
 829年。祇園社の原型。愛宕郡の丘に紀百継による神社。
 紀氏、スサノヲを崇敬。古今集序「荒かねの土にしてはスサノオノミコト
  よりぞ起こりける」
 「荒かね」=鉄。地震神スサノヲを祭った?
文徳天皇に祟った地震神。
  855年。奈良大仏仏頭落下(斉衡の地震、『方丈記』)
  塔陵墓の占定使、「地神」の集団に追われる。「千万の人の足音」に追わ
  れる。地鳴。「気色悪しくて異なる香ある風の温かなる」「地震の振るよ
  うに暫し動きて過ぎぬ」(『今昔物語集』巻二四―一三)。
神泉苑御霊会
 863年。内裏南の神泉苑御霊会の御霊。9世紀の王統分裂にともなう政
  争の犠牲者、崇道天皇(早良親王)、仲成、橘逸勢、文室宮田麻呂など。
  池中には「神龍」(=雷神)が棲息。
伴善男、868年に配流地で死去ー地震の地霊
   866年応天門放火事件。「犯人」伴善男、伊豆に配流。868年死去。怨霊化。
    876年(貞観18)大極殿炎上は伴善男の怨霊による「天火=神火=雷電」。
    道真のみではない。
    この年、播磨地震・京都群発地震。震源ー播磨山崎断層。
   869年5月。陸奥海溝地震。6月祇園御霊会の開始。
祇園の神・牛頭天王=スサノヲ(大禍津日神、疫病の神)
     牛頭天王、「陰陽道」の主神ー別名、武答天神。本地、速須佐雄
    能神。北海の神。「蘇民将来之子孫也」という護符が有名(長岡京
    から出土している)。「蕃神」=疫神は異国から。872年(貞観
    14)に咳病が大流行。渤海使がもってきた「異土の毒気」。しかし、
    スサノヲ=牛頭天王のさらに深層には怨霊・伴善男がいた。
   深層、善男怨霊の関与の風評。地震を起こした怨霊を鎮める。牛頭
    天王、スサノヲを表面に立てて、御霊会開催。御霊会は疫病・旱
    魃・飢饉との関係のみでない。地震と深い関係。祇園社のたつ場所
    は花折断層の直上。播磨から京都へ地震波。
大極殿炎上、清和の死去
   876年大極殿炎上。しばらく後京都群発地震のさなか清和が31歳で
    死去。
花
折
断
層
(イ)10世紀の地震
   九三四年(承平四)、九三八年(天慶一)死者四人の地震は激しいもの
   で、天慶改元はそのため。この改元の理由は地震と兵乱の予測。地震の翌
   年に純友と将門の反乱の発生。朝廷は危機感。
  貞元元年(九七六)の地震も激しく人死に。九世紀と十世紀の地震の激し
   さは連続。
(ロ)大地動乱の地震を鎮める力ーー 『宇津保物語』俊陰(1000年前後執
   筆か)
     遣唐使となった俊陰はペルシャで天女から琴を授与。「山くづれ地割れ
   さけ」という力。
(ハ)『源氏物語』ーーー執筆の時代(1000年から約10年)地震の静穏期
     地震はあったが、建物の崩壊、人の死はない。しかし、天変地異の記述
   は多い。
     明石巻 暴風雨と雷「あやしき物のさとし」、大波が寄ってくる。源氏
   の夢。桐壺帝が大波とともに「海に入り、渚に上り、内裏に奏すべきこと
   のありて上る」。霊が天変の背後にいる。
     薄雲巻(天変地異の中で藤壺の死。藤壺と源氏の不義。冷泉帝に伝わ
   る)
  冷泉帝。自己の出生の秘密を知った時の述懐。「唐土には顕れても忍びて
   も、乱りがわしきこといと多かりけり、日本には、さらに御覧じうるとこ
   ろなし」。この天変地異が王家内部の事情にあるのかと恐怖。天変地異を
   血統の宿命のようなものと意識?
     「物の、足音ひしひしと踏みならしつつ、背後より寄り来る心地」。
   雷神除けの呪術、「弦打ち」(鳴弦)にも関わらず、夕顔は熱を発し、
(イ)後三条院の祇園行幸
     一〇七〇年(延久二年)の地震。祇園が十月一四日に焼失。直後二十日
   に「なゐ」。翌年八月に祇園天神、新造の社に。一〇七二年(延久4)。
   後三条、祇園行幸。
(ロ)春日神人、比叡山山僧の嗷訴と地震
     1093年(寛治七)2月地震(建物倒壊)。
     後者は、疫病の予兆と占い。五月には奈良の春日山が鳴動したという記
   録。「谷々が響く」。
     近江国司と春日神人の争いの最中。地震を神意として、強訴。春日の神
   木の初めて都に動座。
     1095五年地震と叡山の山僧の強訴。
     神輿の京都動座。祇園の御霊会を場として永長の大田楽が展開する。
(ハ)1096年(永長元年)の東海地震ー1099年に南海地震。
  特に南海トラフの大地震と言われている一〇九九年の南海地震では、時の
   関白後二条師通の突然の死去と重なりまして、政治史的にも重大な問題に
   なっています。死んだ師通はオオモノヌシ(=オオクニヌシ)が宿るとい
   う比叡山の牛尾山の岩盤の下に押し込められたという噂が広がりました。
   こういうふうに、平安時代の末期まで、政治史に、たいへんに大きな影響
   はあったということは言えるだろうと思っています。
(イ) 清盛の人生の転機と祇園・播磨
     1147年祇園祭。清盛郎等と祇園神人との闘乱事件。叡山と祇園の嗷訴。
     父・播磨守忠盛の全面的な支援、逆に鳥羽院政の下での地歩を固めた。忠盛、
   祇園社に取り入る(庄園寄進)。清盛=祇園女御落胤説? 播磨守の地位を生
   かして祇園の本社にあたる広峯社との関係を強め、播磨は平家の金城湯池。
(ロ)清盛と厳島女神ー「娑羯羅竜王の第三の姫宮」(『平家物語』巻二「卒塔婆
   流」)
     大貳から参議に列せられる時、1160年、厳島社参。1164年には『平家納
   経』寄進。『法華経』第十二巻「提婆達多品」,法華経の功徳ーーサカラ龍王の
   娘が即身成仏。
    平家納経のこの巻の見返絵、龍女海中から出現。釈迦の前に宝珠を捧げる。
     厳島明神とする観念が平氏の勃興に並行する形で瀬戸内海に広まっていった。
(ハ)祇園・広峯の牛頭天王と福原
     牛頭天王、沙渇羅龍王の娘の薩迦陀を妻とした(『色葉字類抄』)。
     清盛の福原別荘ーー山際の祇園社を中心に営まれた。牛頭天王も龍体をもつ
   神。
     大輪田泊、法華経千僧供養=龍神祭祀。 この供養会に厳島の神主佐伯景弘
   も持経者を組織。
(ニ)安徳と清盛の厳島信仰
     清盛、福原から厳島に月詣。「この王(安徳)を平相国(清盛)いのり出し
   まいらする事は、安芸のいつくしまの明神の利生なり、この厳島と云ふは龍王
   のむすめとなり」(『愚管抄』巻五)。
   壇ノ浦合戦が、この年、三月。
   「都のほとりには在々所々、堂舎塔廟ひとつとしてま
    たからず」(『方丈記』)。京都の被害。主に『山槐
    記』を紹介し、地図で断層を確認。
       白河(法勝寺、尊勝寺、最勝寺)から東山(蓮華王院、そ
        の南の最勝光院、新熊野)に被害。法勝寺九重塔大破。
       閑院内裏、六条殿(院御所)、法性寺など被害、
       花折断層が動いている。「京中の築垣、東西ことに壊つ、
        南北の面は頗る残る」(『山槐記』)、東西に地震動か。
   近江から伏見、延暦寺・園城寺・醍醐寺。堅田断層で
    このころ動いた跡が確認されている(金田平太郎など
    「群列ジオスライサー調査に基づく琵琶湖西岸断層帯
    南部の最新活動期」『歴史地震』23号2008年)
   奈良、唐招提寺(仏像の転倒)
   奈良から近江までの断層の連動。
 「海は傾きて陸地をひたせり」
 津波はどこかーー 「美濃・伯耆などの国
  より来る輩曰く、殊なる大動にあらず」
  (『忠親記』)。この地震の震度分布。
  近畿は相当に揺れたが、揺れが少なかっ
  た地域は美濃・伯耆以遠であったという
  訳である。


    (元暦二年大地震)「龍王動とぞ申し、平相
    国龍になりてふりたると世には申しき」
   安徳は「海に沈ませ給ひぬる」「はてには海へ
    帰りぬる」と平家の滅亡が物語化。地震は、滅
    んだ平家の怨霊の物語、そして龍の物語に転形
    している。
歴史像・歴史文化の見直し
           を前提に考える
   神話の文化的位置と教育について
    「安全神話」という言葉の含む欺瞞。列島の自然史=歴
    史を棚上げする。自然神話としての記紀神話は民族的な
    遺産。益田勝実氏の神話と国語教育論を参照。
   教育における文理融合について
     プレートテクトニクスを小学校から教える必要。地学
    (地理)教育の充実・復権
   教材の電子データ共有について
    個人では教材の見直しと教科の融合を実現するのは無理
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  • 1. 大隅の噴火 764年、聖武の娘の孝謙女帝が再即位した直後、大隅 国の国境地域の信尓村の海で大噴火 「西方に声あり。雷に似て、雷にあらず」。爆発音 が京都にまで。火山島出現。神が「冶鋳」の仕業を 営むよう。 火山神=大穴持神(オオナムチ→大国主命)。 「大隅国の海中に神造の嶋あり、其名は大穴持神 (オオナムチ)といふ」。 「冶鋳」、鍛冶のような能力をもつ。 火山神ー強力な神霊。 (イ)噴火、(ロ)火山性地震、(ハ)雷音あるいは鳴動の三位 一体セット
  • 2. スサノオの誕生、母神イザナミは火の神を出産したとき、大やけど をおって死去。父神イザナキは「根の堅すの国」に妻を訪問し、イ ザナミの精気を身にまといつかせて生き返る。海岸で禊ぎ。穢を放 出。生まれた神々=①大禍津日神(穢神) 、②三貴神、左目から アマテラス(日神)、右目ツキヨミ(月神)、鼻スサノヲ(海神)。 鼻=黄泉の穢を残す部位、スサノヲは大禍津日神と同体。  ∴スサノオ=海神=穢神、さらに地震神(ポセイドン(海神=地震 神)に同じ)。その証拠→①スサノヲが「根の堅すの国」を恋いし たって「哭きいさちる」。アマテラスを慕って高天の原に駆け上が る。そのとき「山川ことごとく動み、国土みな震りぬ」。  ②スサノオの呪宝、「天の沼琴」。オオナムチとスサノオの娘(ス セリ姫)の掠奪オンブ婚姻譚。そのテーマはこの呪宝の盗み。この 時、「天の沼琴」が「樹に払れて地動鳴みき」(地震の呪具)。ス サノヲは、坂の上から「宝物を使って地上の王者となれ、大国主命 と名乗れ」と呼びかける。「オオナムチ」=「ナ」の神、地霊の神から「ク ニ」(区画された土地)、地上の人間界の王者。  巨大な男神、歩き回る・放浪ー「男性原理」を象徴  スサノヲの活動地域。紀州と出雲(および播磨)。地震・噴火の地 帯。歩き回る。足跡が大沼となって残った播磨のダイダラボッチ。 その巨歩が地震。
  • 3. 679年、筑紫地震(M  684年、南海トラフ地震  729年長屋王自死、怨霊化、事件  734年、河内大和地震(長屋王父の高市皇子墳墓も崩壊)  737年、疫病流行(藤原四兄弟死去)  740年、恭仁京遷都  742年、紫香楽京造営  745年、美濃地震(紫香楽京被災)、平城還都)  752年、東大寺大仏開眼(華厳経、釈迦は地震を鎮める)  800年、富士大噴火  818年、北関東地震  838年、伊豆神津島大噴火  864年、富士大噴火(富士五湖ができる)  869年、東北沖大津波(去年の大津波は、この繰り返しだった)  879年、南関東地震  887年、東海・南海大地震(八ヶ岳山体崩壊)  915年、十和田大噴火(記録のあるうちでは日本最大)
  • 4. (2)平安初期の怨霊と祇園社の 前身 皇太弟早良親王(桓武の弟)の怨霊化。  785,早良廃太子。794年七月、長岡京地震。(10月に平安遷都実 施)  桓武王統に祟った怨霊。崇道天皇とおくりな。 淳和天皇の(異腹の)妹=旧妻(高志内親王)の怨霊  彼女は桓武が正嫡と定めた恒世の母。桓武の愛娘であったが、夭折する。  820年代、恒世も死し、淳和は再婚する。相手は正子内親王(淳和の兄 =嵯峨の娘)。妊娠、恒貞(後の皇太子)の誕生。←高志内親王陵墓「不 穏」 。827年、恒貞の誕生の夜、雷鳴が鳴り響き、京都で群発地震開始。  829年。祇園社の原型。愛宕郡の丘に紀百継による神社。  紀氏、スサノヲを崇敬。古今集序「荒かねの土にしてはスサノオノミコト よりぞ起こりける」  「荒かね」=鉄。地震神スサノヲを祭った? 文徳天皇に祟った地震神。 855年。奈良大仏仏頭落下(斉衡の地震、『方丈記』) 塔陵墓の占定使、「地神」の集団に追われる。「千万の人の足音」に追わ れる。地鳴。「気色悪しくて異なる香ある風の温かなる」「地震の振るよ うに暫し動きて過ぎぬ」(『今昔物語集』巻二四―一三)。 神泉苑御霊会  863年。内裏南の神泉苑御霊会の御霊。9世紀の王統分裂にともなう政 争の犠牲者、崇道天皇(早良親王)、仲成、橘逸勢、文室宮田麻呂など。 池中には「神龍」(=雷神)が棲息。
  • 5. 伴善男、868年に配流地で死去ー地震の地霊  866年応天門放火事件。「犯人」伴善男、伊豆に配流。868年死去。怨霊化。 876年(貞観18)大極殿炎上は伴善男の怨霊による「天火=神火=雷電」。 道真のみではない。  この年、播磨地震・京都群発地震。震源ー播磨山崎断層。  869年5月。陸奥海溝地震。6月祇園御霊会の開始。 祇園の神・牛頭天王=スサノヲ(大禍津日神、疫病の神)  牛頭天王、「陰陽道」の主神ー別名、武答天神。本地、速須佐雄 能神。北海の神。「蘇民将来之子孫也」という護符が有名(長岡京 から出土している)。「蕃神」=疫神は異国から。872年(貞観 14)に咳病が大流行。渤海使がもってきた「異土の毒気」。しかし、 スサノヲ=牛頭天王のさらに深層には怨霊・伴善男がいた。  深層、善男怨霊の関与の風評。地震を起こした怨霊を鎮める。牛頭 天王、スサノヲを表面に立てて、御霊会開催。御霊会は疫病・旱 魃・飢饉との関係のみでない。地震と深い関係。祇園社のたつ場所 は花折断層の直上。播磨から京都へ地震波。 大極殿炎上、清和の死去  876年大極殿炎上。しばらく後京都群発地震のさなか清和が31歳で 死去。
  • 6.
  • 8. (イ)10世紀の地震  九三四年(承平四)、九三八年(天慶一)死者四人の地震は激しいもの で、天慶改元はそのため。この改元の理由は地震と兵乱の予測。地震の翌 年に純友と将門の反乱の発生。朝廷は危機感。  貞元元年(九七六)の地震も激しく人死に。九世紀と十世紀の地震の激し さは連続。 (ロ)大地動乱の地震を鎮める力ーー 『宇津保物語』俊陰(1000年前後執 筆か) 遣唐使となった俊陰はペルシャで天女から琴を授与。「山くづれ地割れ さけ」という力。 (ハ)『源氏物語』ーーー執筆の時代(1000年から約10年)地震の静穏期 地震はあったが、建物の崩壊、人の死はない。しかし、天変地異の記述 は多い。 明石巻 暴風雨と雷「あやしき物のさとし」、大波が寄ってくる。源氏 の夢。桐壺帝が大波とともに「海に入り、渚に上り、内裏に奏すべきこと のありて上る」。霊が天変の背後にいる。 薄雲巻(天変地異の中で藤壺の死。藤壺と源氏の不義。冷泉帝に伝わ る)  冷泉帝。自己の出生の秘密を知った時の述懐。「唐土には顕れても忍びて も、乱りがわしきこといと多かりけり、日本には、さらに御覧じうるとこ ろなし」。この天変地異が王家内部の事情にあるのかと恐怖。天変地異を 血統の宿命のようなものと意識? 「物の、足音ひしひしと踏みならしつつ、背後より寄り来る心地」。 雷神除けの呪術、「弦打ち」(鳴弦)にも関わらず、夕顔は熱を発し、
  • 9. (イ)後三条院の祇園行幸 一〇七〇年(延久二年)の地震。祇園が十月一四日に焼失。直後二十日 に「なゐ」。翌年八月に祇園天神、新造の社に。一〇七二年(延久4)。 後三条、祇園行幸。 (ロ)春日神人、比叡山山僧の嗷訴と地震 1093年(寛治七)2月地震(建物倒壊)。 後者は、疫病の予兆と占い。五月には奈良の春日山が鳴動したという記 録。「谷々が響く」。 近江国司と春日神人の争いの最中。地震を神意として、強訴。春日の神 木の初めて都に動座。 1095五年地震と叡山の山僧の強訴。 神輿の京都動座。祇園の御霊会を場として永長の大田楽が展開する。 (ハ)1096年(永長元年)の東海地震ー1099年に南海地震。  特に南海トラフの大地震と言われている一〇九九年の南海地震では、時の 関白後二条師通の突然の死去と重なりまして、政治史的にも重大な問題に なっています。死んだ師通はオオモノヌシ(=オオクニヌシ)が宿るとい う比叡山の牛尾山の岩盤の下に押し込められたという噂が広がりました。 こういうふうに、平安時代の末期まで、政治史に、たいへんに大きな影響 はあったということは言えるだろうと思っています。
  • 10. (イ) 清盛の人生の転機と祇園・播磨 1147年祇園祭。清盛郎等と祇園神人との闘乱事件。叡山と祇園の嗷訴。 父・播磨守忠盛の全面的な支援、逆に鳥羽院政の下での地歩を固めた。忠盛、 祇園社に取り入る(庄園寄進)。清盛=祇園女御落胤説? 播磨守の地位を生 かして祇園の本社にあたる広峯社との関係を強め、播磨は平家の金城湯池。 (ロ)清盛と厳島女神ー「娑羯羅竜王の第三の姫宮」(『平家物語』巻二「卒塔婆 流」) 大貳から参議に列せられる時、1160年、厳島社参。1164年には『平家納 経』寄進。『法華経』第十二巻「提婆達多品」,法華経の功徳ーーサカラ龍王の 娘が即身成仏。 平家納経のこの巻の見返絵、龍女海中から出現。釈迦の前に宝珠を捧げる。 厳島明神とする観念が平氏の勃興に並行する形で瀬戸内海に広まっていった。 (ハ)祇園・広峯の牛頭天王と福原 牛頭天王、沙渇羅龍王の娘の薩迦陀を妻とした(『色葉字類抄』)。 清盛の福原別荘ーー山際の祇園社を中心に営まれた。牛頭天王も龍体をもつ 神。 大輪田泊、法華経千僧供養=龍神祭祀。 この供養会に厳島の神主佐伯景弘 も持経者を組織。 (ニ)安徳と清盛の厳島信仰 清盛、福原から厳島に月詣。「この王(安徳)を平相国(清盛)いのり出し まいらする事は、安芸のいつくしまの明神の利生なり、この厳島と云ふは龍王 のむすめとなり」(『愚管抄』巻五)。
  • 11. 壇ノ浦合戦が、この年、三月。  「都のほとりには在々所々、堂舎塔廟ひとつとしてま たからず」(『方丈記』)。京都の被害。主に『山槐 記』を紹介し、地図で断層を確認。  白河(法勝寺、尊勝寺、最勝寺)から東山(蓮華王院、そ の南の最勝光院、新熊野)に被害。法勝寺九重塔大破。  閑院内裏、六条殿(院御所)、法性寺など被害、  花折断層が動いている。「京中の築垣、東西ことに壊つ、 南北の面は頗る残る」(『山槐記』)、東西に地震動か。  近江から伏見、延暦寺・園城寺・醍醐寺。堅田断層で このころ動いた跡が確認されている(金田平太郎など 「群列ジオスライサー調査に基づく琵琶湖西岸断層帯 南部の最新活動期」『歴史地震』23号2008年)  奈良、唐招提寺(仏像の転倒)  奈良から近江までの断層の連動。
  • 12.  「海は傾きて陸地をひたせり」  津波はどこかーー 「美濃・伯耆などの国 より来る輩曰く、殊なる大動にあらず」 (『忠親記』)。この地震の震度分布。 近畿は相当に揺れたが、揺れが少なかっ た地域は美濃・伯耆以遠であったという 訳である。   (元暦二年大地震)「龍王動とぞ申し、平相 国龍になりてふりたると世には申しき」  安徳は「海に沈ませ給ひぬる」「はてには海へ 帰りぬる」と平家の滅亡が物語化。地震は、滅 んだ平家の怨霊の物語、そして龍の物語に転形 している。
  • 13. 歴史像・歴史文化の見直し を前提に考える  神話の文化的位置と教育について 「安全神話」という言葉の含む欺瞞。列島の自然史=歴 史を棚上げする。自然神話としての記紀神話は民族的な 遺産。益田勝実氏の神話と国語教育論を参照。  教育における文理融合について プレートテクトニクスを小学校から教える必要。地学 (地理)教育の充実・復権  教材の電子データ共有について 個人では教材の見直しと教科の融合を実現するのは無理