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ファスト&スロー 第
10章
村西 克仁
静岡大学 情報学部 情報社会学科
muranishi@design.inf.shizuoka.ac.jp
2018年度読書会
2018年5月10日
10章の概要
副題
「少数の法則-統計に関する直感を疑え」
概要
– 少数の法則
– 疑うより信じたい
– 原因と偶然
– ランダム性を巡る誤解
少数の法則(1/6)
「アメリカの3141の郡で腎臓ガンの出現率
を調べたところ、顕著なパターンが発見さ
れた。出現率が低い郡の大半は農村部にあ
り、人口密度が低く、伝統的に共和党の地
盤である。」
「アメリカの3141の郡で腎臓ガンの出現率
を調べたところ、顕著なパターンが発見さ
れた。出現率が高い郡の大半は農村部にあ
り、人口密度が低く、伝統的に共和党の地
盤である。」
少数の法則(2/6)
システム1は苦労せず自動的に、事象の因果
関係を突き止める
– 因果関係が存在しなくても因果関係を作り上げてしまう
システム1は単なる統計的な事実を前にする
と無能になる
少数の法則(3/6)
極端なケース(極めて高いor低い確率)は大き
い標本より小さい標本に多く見られる
アーティファクト(不適切な調査方法・統計
処理の結果)により、ちがいがあるように見
える
少数の法則(4/6)
カーネマンとエイモスの実験
ある仮説を実証したいとき、標本サイズを
十分に大きくすることで、標本変動のリス
クを無くせる
数学の専門知識を持つ研究者に標本サイズ
を決定してもらう実験を行ったところ、大
半が適切な標本サイズの決定に失敗してい
た
少数の法則(5/6)
カーネマンとエイモスの共同論文
「少数の法則の信奉」
無作為標本抽出に関する直感は少数の法則
に従っている
少数の法則:大数の法則は小さな数にも当
てはまるとする法則 ←皮肉
少数の法則(6/6)
高成績の学校はその他の学校と何が違うか
を調べたゲイツ財団の分析を批評
– 成績上位50校中6校が小規模だった
– これは通常の4倍の出現率
成績の悪い学校の特徴も小規模であること
だろう
– 小規模の学校だとデータのばらつきが大きいから
ウェイナーとツワリングの論文
カーネマンの考え
疑うより信じたい(1/2)
 調査方法・標本数は補足的な情報であり、注意を
引かないので無視された
 結果の信頼性よりも報告の内容に注目したという
こと
「300人の高齢者を対象に電話調査を行ったところ、
大統領の支持率は60%でした。」
この文を10文字でまとめてくださいと言われたら、
あなたは「高齢者は大統領を支持」と答えるだろう
疑うより信じたい(2/2)
システム1はあまり疑り深くない
– できるだけつじつまの合う筋書きをすらすらと作る
システム2は疑う能力を備えてはいる
– 相容れない可能性を同時に留保して比べられる
– しかし疑い続けることはもっともらしいことをすぐに
信じることより難事業
少数の法則とハロー効果
少ない観察例から導き出した「事実」に対
する研究者の信頼は、ハロー効果によって
過剰なものになる
– ハロー効果が働くと、実際にはほとんど知らない人の
ことを良く知っていると考えやすい
– システム1は現実以上に筋の通った現実像を作り上げ
る
私たちは、自分が見たものの一貫性や整合
性を誇張して考えやすい
原因と偶然
直感的には「確率は異なっている」と答えてしまう
(実際は確率は等しい)
– ①②は規則性があり、③はランダムに見える
– 人間はパターンを探そうとする傾向があり、世界には
一貫性があると信じている
6人の赤ちゃんが病院で次々生まれる場合の順序
①男男男女女女
②女女女女女女
③男女男男女男
どの順序も起こる確率は等しいだろうか?
ランダム性を巡る誤解
ロンドン大空襲の爆撃は無作為だった
– 一般的には無作為ではないと信じられていた
– 爆撃地点を地図に描くと偏りが見られたが、統計分析
の結果、爆撃地点は典型的なランダム分布だった
「ホットハンド」は存在しなかった
– 「ホットハンド」とは、バスケットボールで連続的に
シュートを決めるような「当たっている」という状態
– 入ったシュートと外したシュートの順番は完全にラン
ダムだった
まとめ
標本が小さいと極端なケースが発生しやす
い
システム1は事象の因果関係を突き止めたい
私たちは原因追究思考が大好き
小さい標本に対する過剰な信頼は、より一
般的な錯覚の一例
現実で見られる事象の多くは標本抽出の偶
然など、偶然の結果であることが多い

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Editor's Notes

  1. 腎臓ガンの出現率の低い(高い)群は農村部という点に注目 田舎のライフスタイルでは出現率の高低は説明できない
  2. さっきの問題では腎臓ガン出現率の低い(高い)原因を知りたくなるけれども、答えはただ標本が少ないからである。
  3. 標本抽出の偶然 こういう間違いは研究者にもある
  4. 標本変動:標本抽出のやり方次第で結果に大きな変動が出ること 心理学者は適切な標本サイズの決定に必要な計算を行ってこなかった
  5. コインを無限回投げれば、表が出た割合は1/2に限りなく近づく。 ある事象の回数が理論上の値に近づく定理。
  6. 6人,6000万人だったら注目するかもしれないが、150人,3000人だったら反応は変わらないだろう。 ただし信頼性が著しく低い場合は報告は信用されない。
  7. 標本サイズが小さくても抽出元の母集団とよく似ているのだからかまわないという強力なバイアス
  8. ランダムなプロセスから規則性が生まれるとは考えない。 規則性を司るルールらしきものを感じ取ると「本当はランダムかも」という考えを捨てる。
  9. 選手のシュートはその前回のシュートとは統計的に独立している 人間はランダムな事象を系統的なものと誤解して誤りを犯す