架空のアパレル販売店を例に、小売業で役立つ思考実験をしました。

1. アパレル販売店に於ける売上低下問題の解決支援
2020年8月7日
嘉村 しょう
アパレル販売店に於ける売上低下問題の解決支援
Thought experiment on revenue loss with a fictitious apparel retailer S
■ Abstract
In this paper, I discuss a thought experiment on a fictitious apparel retailer S, which
suffers from revenue loss. S runs 15 shops in the city centre and suburb and faces
revenue loss at 5 shops in recent 3 months. S seeked an advice to analytics firm A
for factor identification and action plan proposal. However, the outcome has been
far from S’s expectations. I examine A’s analyses and propose revised action plans.
Keywords:​Retailer, Data Analytics, Analyses, Statistical Testing, DOE(Design of
Experiments), Marketing
■ サマリー​​(5,029文字)
本稿では、架空のアパレル販売店に於ける売上低下問題を、思考実験する。
首都圏・郊外でアパレル販売店を経営するS社は、直近3ヶ月、複数店舗で売上低
下に直面している。S社は、データ分析企業A社に、要因特定と対策提案を依頼し
たが、望む結果を得られていない。A社が行った分析の問題点を指摘し、改善策を
S社に提案する。
■ 背景と課題
S社は関東と主要都市で、15店舗を経営している。業績は総じて好調で、着実に店
舗数を伸ばしている。経営状況の定点観測の為、小規模なDWH(データウェアハウ
ス)を導入し、ID-POSシステムと連携、毎月、販売データを集約、レポートを作
成、販売計画を策定している。ところが、直近の定期レポートから、以下が観察さ
れ始めた。
● 複数店舗で、直近3ヶ月の売上が低下
● 要因特定には、至っておらず、早急に特定する必要有
S社は、DWHを導入したA社に相談し、要因特定と対策提案を依頼した。
■ A社が行った調査・分析と得られた示唆
S社からの依頼を受け、A社は、以下の調査・分析を行った。
● 売上の集計
売上低下が観察され始めた直近3ヶ月から、3ヶ月遡り、店舗・商品カテゴリー
毎に変化を月単位で集計し、以下を特定した。
✔ 売上低下は、異なる地域にある5店舗で発生している
✔ メンズ商品の売上が、低下している
● 店舗担当者へのヒアリング
5店舗の店長に、ヒアリング調査を行い、以下の売上低下要因を挙げた。
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2. アパレル販売店に於ける売上低下問題の解決支援
2020年8月7日
嘉村 しょう
✔ 駅前総合百貨店のアパレル売り場の店舗入れ替え
✔ チェーン・ファストファッションの安売り
✔ メンズ・カジュアル専門店の品揃え刷新
● お客様アンケートの集計・相関分析
過去、ある店舗では、お客様アンケートを実施していた。A社は、アンケート
集計し、相関分析を行った。アンケートは、価格、品揃え、品質、接客に総合
評価を加えた5項目で構成され、属性は聴取していなかった。4項目の平均と、
総合評価との相関係数を計算した。
結果、品揃えと接客の平均スコアが低く、総合評価に高い相関があることが判
明した(5点満点)。
価格 4.1
品揃え 3.9
品質 4.2
接客 3.8
総合評価 4.0
● RFM分析・決定木分析による顧客分類
ID-POSを元に、RFM分析で、既存顧客をスコア付けし、安定顧客、優良顧
客、離反顧客、新規顧客の4象限に分類した。更に、離反顧客の属性把握の
為、性別、年齢、平均購入金額を使い、決定木分析を行い、以下を特定した。
✔ 離反顧客は、50歳未満の女性、平均購入金額5千円以上の顧客である
■ A社が提案した改善策
以上の調査・分析を踏まえ、A社は3つの対策を提案した。実施時期については、
経営層の強い危機感を受け、全施策の即時・同時実行を提案した。
● メンズ商品の品揃え拡充
メンズ商品の種類を増やし、ラインナップ拡充する。
● 販売員からの試着提案の強化
回遊顧客には、販売員から積極的に声掛けし、試着を提案する。
● 離反顧客・離反予備顧客への割引クーポン提示
離反可能性の高い顧客層に、過去の購入履歴を元にした10%割引クーポンを、
レシート印字し、提供する。
■ A社提案の改善策 提案
A社が行った調査・分析、提案した対策に対し、以下を改善案として提示する。
● 店舗実態の正確な把握
✔ 実験計画法による施策の効果検証
● 安定顧客、優良顧客の購買単価、購買個数向上施策
● 統計検定に基づくA/Bテスト
● 独自商品の取り扱いによる差別化
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3. アパレル販売店に於ける売上低下問題の解決支援
2020年8月7日
嘉村 しょう
■ A社提案の問題点を指摘する前提 - 小売業の理解
顧客の業態業種の理解無くして、適切な打ち手の提案は出来ない。A社提案の問題
点を指摘する前に、小売業の特性と売上の構成要素を考察する。
● 小売業の特性
小売業は、商品を仕入れ、店舗で整理・集約・陳列・販促を行い、付加価値を
提供する業種である。製品(Product)、宣伝販促(Promotion)、価格(Price)、販路
(Place)4つのPと、対応する4つのC - 消費者享受価値(Customer Value)、顧客
との対話(Communication)、対価(Cost)、利便性(Convenience)を整理すると、
特性が浮かび上がる。[1] 売上を上げるには、仕入れた商品を購入する買い物
客が必要になる。つまり、来店や購入等の行動が、売上を構成する要因にな
る。
売り手・買い手の視点と対応関係
● 売上の要素分解
買い物客の行動を分解すると、売上 = 顧客数 × 顧客単価 × 来店頻度でモデル
化できる。拠って売上回復・拡大には、3つ、もしくはいずれかの要素に対
し、手を打つ必要がある。
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4. アパレル販売店に於ける売上低下問題の解決支援
2020年8月7日
嘉村 しょう
売上構成要素のロジックツリー ​[2]
■ A社提案の問題と改善策
A社の調査・分析・提案には、多くの問題がある。店舗実態の把握からやり直し、
離反顧客以外の買い物客層への施策、統計仮説検定に基づくA/Bテストを提案す
る。
● 店舗実態を正確に把握できていない
最たる問題は、施策の前提となる店舗実態を正確に把握出来ていない点であ
る。具体的には以下5点が挙げられる。
i. アンケートを平均で集計している
平均値は、極端に高い、もしくは低い異常値の影響を受け、上振れ・
下振れする為、常に実態把握に適しているとは、言えない。
異常値の影響を受けない中央値で、集計し直す。
ii. アンケートの未検証
アンケート実施時の背景、調査課題、目的、紐づく調査設計・仕様、
結果の信憑性を確認せずに採用している。アンケート実施に至った経
緯、当時の課題をヒアリングの上、調査設計、手法(インターネットか
店頭での配布か)、サンプル抽出方法、サンプル数、調査項目、実際の
調査票を精査の上、採用可否を決める。
iii. 集計結果の拡大適用
一部店舗のアンケート集計結果を、他店舗にも適用している。売上低
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5. アパレル販売店に於ける売上低下問題の解決支援
2020年8月7日
嘉村 しょう
下が観察された店舗は、異なる商圏にあり、それぞれ独立している前
提で考える方が良い。立地、客層が異なれば、打ち手も変わる。ひと
くくりにまとめず、店舗毎に低下要因を調査する。
iv. 分析結果と施策の適合性が未検証
品揃えと接客を改善項目に挙げ、取り扱い商品の拡充、販売員の試着
提案を対策に挙げているが、この点も疑問が残る。品揃えは、種類の
他、サイズも要因として考えられる。又、試着提案が接客スコアの
改善に繋がるとも言えない。レジでの待ち時間、坪あたりの販売員数
等、接客が差す要素は、多様である。
アンケートで、接客の具体的な内容を聴取していれば、再集計する。
いない場合は、ユーザー・インタビューで、買い物客が感じている
課題の洗い出しをする。
v. 交互作用の未検討
価格、品揃え、品質、接客の組み合わせによる効果 - 交互作用を検討
していない。顧客は多くの場合、複数要素の組み合わせで、意思決定
をする為、交互作用の検討も必要である。
4要素(因子)と、高低の2水準による実験計画策定を提案する。[3]
水準は、販売店担当者等と議論の上、選定し、2,500円以下、30種類
以上等、定量化すると打ち手につなげやすい。(以降のA/Bテストと用
語を統一する為、実験は「テスト」と表記を統一する) 2水準^4要素、
16回のテストを設計したが、過去の経験上、テスト不要な交互作用は
省略し、回数を減らすことも可能である。実施に当たっては、系統誤
差を最小化する為、フィッシャーの三原則に基づく、乱塊法で実施す
る。[4]
乱塊法による実験計画設計例
➢ 反復 テストは、複数日間、継続する
➢ 無作為化 テスト実施順を無作為化する
➢ 局所管理 テストを行う売り場(コーナー)を固定する
什器や販売員の定位置は変えず、同じ環境を保つ
4因子と2水準での設計例
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6. アパレル販売店に於ける売上低下問題の解決支援
2020年8月7日
嘉村 しょう
L8直交表に基づく実験計画設計例​[5]
● 離反顧客以外の買い物客に対する打ち手の不在
2つ目の問題は、離反顧客以外の買い物客への改善策がない点である。
売上回復には、安定顧客、優良顧客の1来店当たり購買単価・個数向上も効果
的である。これらの顧客にも、マーケット分析を行い、組合せで買われてい
る商品のセット販売(クロスセル)や、高単価商品の販売(アップセル)を行う。
● 施策の同時実行
4つ目の問題として、異なる対策を同時並行している点が挙げられる。
売上改善した場合、どの施策によって改善したかが見極められず、効果を再
現出来なくなる。
統計仮説検定に基づき、有意差水準を設定した上で、1テスト1要素に絞り、
A/Bテストを行う。例えば、商品の種類増加であれば、以下の設計になる。
商品の種類増加 効果検証の設計例
➢ 目的 商品の種類増加が、売上回復に、効果が有るか見極める
➢ 仮説 H0(帰無仮説)： 種類増加で、売上に変化はない
H1(対立仮説)： 種類増加で、売上が変化する
➢ 検定 ウィルコクソンの順位和検定
テストで得た2つのデータの中央値の有意差を検定する
➢ 採用理由
■ 売上減少から、サンプル数(来店客数)も減少していると
考えられる為
■ 所与から、正規分布を仮定できない為
➢ 留意点 実施に当たっては、乱塊法を採用する
● 専売商品による差別化
総合百貨店、チェーン・ファストファッション、メンズ・カジュアル専門店
が、商圏に有り、競争環境は厳しい。差別化には、アパレル販売店でしか販
売していない商品の取り扱いが、リピート来店促進に、効果的である。人気
メーカーとのタイアップや、別注モデル等、競合店で販売していない商品開
発を提案する。専売商品による高付加価値化を進め、安売りに巻き込まれな
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7. アパレル販売店に於ける売上低下問題の解決支援
2020年8月7日
嘉村 しょう
い方向への舵取りが必要である。
■ 参考文献
[1] 株式会社イノーバ (2016). 4P理論と4C理論で組み立てるマーケティングプラン,
2016-10-12, 閲覧日 2020-8-7
​https://innova-jp.com/201603-4p-4c-marketing/
[2] 株式会社クロスメディア・コンサルティング (2020). 【飲食店のデータ分析
事例】売上減少の原因を見極め、対策を打つ, 2020-2-21, 閲覧日 2020-8-7
​https://cm-consulting.jp/blog-06/
[3] マイク根上 (2020). 実験計画法とは何か？初心者向け【エクセルテンプレート】
前編, 2020-7-27, 閲覧日 2020-8-7
​https://econoshift.com/ja/doe_basics/
[4] 株式会社 社会情報サービス (2019). BellCurve 統計WEB, 31-1. フィッシャーの
3原則, 2011-5-4, 閲覧日 2020-8-7
​https://bellcurve.jp/statistics/course/12744.html
[5] Minitab, LLC. (2019). タグチ計画のカタログ, 閲覧日 2020-8-7
​https://support.minitab.com/ja-jp/minitab/18/help-and-how-to/modeling-statistics/doe/supporting-topics/taguchi-designs/catalogue-of-taguchi-designs/#l8-24-41
以上
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