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思春期特発性脊柱側弯症に特化した運動療法・姿勢指導の有効性
麹町白石接骨院
石原知以子 白石洋介
The effectiveness of scoliosis-specific exercise and posture guidance for Adolescent
Idiopathic Scoliosis patients
Chiiko Ishihara Yosuke Shiraishi
Kojimachi Dr. Shiraishi’Osteopath
1. はじめに
思春期特発性脊柱側弯症(AIS; Adolescent
Idiopathic Scoliosis)は、病因が解明され
ない疾患の一つである。近年、GWAS(ゲノム
ワイド関連解析)の手法を用いて遺伝子レベ
ルの研究がなされつつあるが、未だ本疾病に
対する関連遺伝子を特定するには至っていな
い 11)
。AIS に限らず、このような原因不明の
疾患では根本的な治療法の開発が遅れている。
本学会において、我々はこれまでも、整形外
科専門医の AIS への取り組み方について、い
くつかの問題点を指摘してきた 10)
。AIS に対
する非外科的介入について、彼らの評価はと
ても低い。しかし、2013、15 年に、コクラン
共同計画(医療についての有効性をエビデン
スに基づいて評価し情報提供する国際的非営
利団体 The Cochrane Collaboration、本部
オックスフォード、1993 年創設 6)
)が AIS に
対する外科的介入が非外科的介入と比較して
より効果的であるというエビデンスはないと
いう内容のシステマティックレビューを公開
した 1)5)
ことを知るべきである。我が国では
運動療法の効果は否定され、装具療法などの
保存療法に関する研究も一向に進んでいない。
今回、AIS 患者への姿勢指導や運動療法に
よる介入で Cobb 角の改善に加え、明らかな美
容上の改善が認められたことを示し、脊柱側
弯症に特化した保存療法が患者の QOL の改善
に大きな役割を担いうることを示す。
2. 症 例(女児)
症例1 SI 胸椎右凸最大 Cobb 角:37°
(17 歳)、運動療法開始後最少 Cobb 角:
30°(21 歳)
症例2 HN 胸椎右凸最大 Cobb 角:38°
(13 歳)、運動療法開始後最少 Cobb 角: 25°
(15 歳)
症例3 CK 胸椎右凸最大 Cobb 角:45°
(16 歳)、運動療法開始後最少 Cobb 角: 40°
(17 歳)
症例4 AK 胸椎右凸最大 Cobb 角:45°
(15 歳)、運動療法開始後最少 Cobb 角: 33°
(16 歳)
症例5 FS 胸椎右凸最大 Cobb 角:45°
(6 歳)、運動療法開始後最少 Cobb 角: 33°
(8 歳)
症例はすべて胸椎右凸、腰椎左凸カーブの
タイプだった。Cobb 角は美容上(外観)の問題
が生じやすい胸椎部のみ示した。
全症例、各々、大学病院の脊柱側弯専門医
で定期的に診察を受けており、着用した装具
は全てボストン型であった。(症例5は現在も
着用中)
3. 治 療
3.1. 運動療法
1)以下の運動を毎日1回(以上)行うように指
導し、2週間毎に通院させ、正しく運動して
いるかを確認した。各運動(a~d)と日常生活
指導の具体的方法は、すでに本学会誌 「保健
医療研究 第5号 2013 年 3 月」10)
に報告し
た。
a, ドッグ&キャット運動 就寝 前1 回/日 上
下 10 回
b, 脊柱回旋運動 就寝前1回/日 左右 5 回ずつ
c, 四つ這い運動 就寝前1回/日 左右 8 回ずつ
d, セラバンド運動(図 1) 就寝前1回/日 30 回
X3
3.2 姿勢指導
a, サイドシフト法(立位、座位)
b, ペルビックヒッチ法
c, SEAS(Scientific Exercise Approach for
Scoliosis ) 法 に よ る ASC (Active Self
Correction)8)
3.3 物理療法
以下の療法を通院毎に行った。
1) 脊柱起立筋群凸側筋への低周波電流刺激
1000Hz/500Hz x 8 分
2) 脊柱起立筋群への三井温熱療法 10 分
3) 頸椎間欠牽引 8kg x 5 分
3.4 徒手療法
1) 立位側屈・回旋矯正
2) 脊柱椎間関節に対する AKA 徒手療法
3) 後頭・環椎・軸椎関節モビライゼーション
4.結 果
下表は各症例の胸椎の最大 Cobb 角と、姿勢
指導・運動療法開始後の Cobb 角を示している。
改善率は最低 9.8%から最高 36.4%(平均
21.7%)と幅があるが、すべての例で改善され
ていた(表1)。
表1
以下に翼状肩甲が目立たなくなった症例を
示した。姿勢指導 (ASC) による背部外観の変
化がわかる(症例1)(図2)。
翼状肩甲を目立た
なくできる(症例
3)(図3)。
運動療法をしていなかった症例 2,cobb 角
38°(図 4)と運動療法を続けた症例 1,cobb 角
37°(図 5)。明らかに外観に違いがある。
このような外観の変化は、姿勢指導や運療
療法の直後から全例に観察された。
5.考 察
我が国における成長期の側弯は、学校検診
(主に小学校)によって発見されることが多
く、ほとんどは未だ原因不明の特発性脊柱側
弯症(Adolescent idiopathic scoliosis:
AIS)である。日本整形外科学会の診療ガイド
ラインによれば、治療とは経過観察、装具療
法、外科手術のみであり、装具療法の適応と
なる Cobb 角 25°までは「要経過観察」とさ
れるだけで積極的な進行予防策はなんら講じ
られていない 2,9)
。我々は、2013 年に本学会
誌に、AIS の運動療法についての考え方がヨ
ーロッパ諸国と我が国では大きく違うことを
報告している 10)
。そこでも、折角早期に発見
された児童が、専門医を受診しているにも関
わらず、「経過観察」という名目で、半年ある
いは一年後のレントゲン撮影まで放置されて
いるという現状に問題を投げかけた。次の検
診で Cobb 角が 25°を超えた場合には装具着
用とされるが、その装具は現状維持の考えで
処方されているため矯正効果が高いとは言え
ず、また装具着用の重要性、装着時間につい
て患者や家族にきちんと説明されないことも
多いためコンプライアンスが低い。装具の効
果も得られずに Cobb 角が 45°を超えると、
今度は早期の手術が勧められ、一生外すこと
のできないロッドで背骨を固定する外科手術
が行われるのである。
AIS の治療に携わる者は、術後長期にわた
る調査によれば、“AIS の治療法における外科
的治療にエビデンス(科学的根拠)はない”
1,5)
ということを真摯に受け止め、患者や家
族の希望に耳を傾ける必要がある。
ここに報告した症例では、我が国では無効
と言われている運動療法で Cobb 角が改善し
ている(表1)。我々は、このような結果は側
弯に特化した運動を行ったことで得られたと
考えている。報告した全例が、専門医で AIS
と診断され装具(基本的にボストン型)が装
着されていたが、本人と家族の希望で物理療
法、手技療法、温熱療法などに加え、側弯に
特化した運動療法を行っている。中でも症例
1では、21 才で SEAS 式 ASC (Active Self
Correction)8)
を治療に取り入れた例では、胸
椎の Cobb 角が 38°から 30°と大幅に改善
した。
Cobb 角の改善だけが AIS の治療の目的だ
ろうか? 例えば症例 1 と症例 2 を比べてみ
ると、撮影時の Cobb 角は 38°と 37°でほぼ
同じだが、外観所見としての右肩甲骨の翼状
形態には大きな違いがあることに注目してほ
しい。図4は症例 2 の初回来院時(13 歳)の
写真で、まだ運動が行われていなかった例で
ある。図5は症例1(17 歳)の写真で、14
歳の治療開始時から 3 年間、我々が考案した
セラバンド運動(図1)を積極的に行わせた例
である。
胸椎凸側の翼状肩甲の形態は衣服の上から
も目立ちやすい。女児に多発する AIS におい
て、このような美容上の問題は軽視できない。
我々は、セラバンド運動は上肢に起始する僧
帽筋、広背筋、そして肩甲骨に付着する菱形
筋、前鋸筋などを強化し、肩甲骨を肋骨面に
引き寄せ翼状形態を改善させると考えている。
加えて、肩甲骨の翼状を抑制できる筋の作用
は胸椎レベルの Hump の改善にも作用すると
考えている。
確かに側弯症の治療で Cobb 角の改善は重
要である。しかし、同じ程度の角度であって
も美容上(外観上)の問題を抱えている場合
もある。Weiss RH ら 3,4,7)
は、AIS の治療目
的の一つに美容上の改善を考慮すべきである
と述べ、治療の良し悪しを Cobb 角のみに依存
することに異議を唱えている。我々はその考
えを強く支持したい。
近年、AIS に対する左右の動きが非対称の
運動療法 3,4,7)
に注目が集まっている。セラバ
ンド運動も凸側の上肢帯を大きく回転させ凹
側より力強く行わせており、非対称運動の一
つである。脊柱の疾患に対するほとんどの運
動療法が左右対称の動きを基本に考案されて
いるが、今後はカーブのパターンに合わせた
非対称性の動きによる運動療法を取り入れる
ことで、より良好な結果が得られると考えて
いる。
6. 結 論
側弯に特化した運動療法は、Cobb 角の進行
を抑制するだけでなく改善しうることが示
された。
軽度の側弯症にも、単なる「経過観察=wait
and see」でなく、運動療法を取り入れ進行を
抑え、さらに改善を目指す「積極的経過観察
=try and see」とすべきである。
装具療法にも運動療法を併用し、より効果
が出るよう考えるべきである。
また側弯症の治療は、カーブの角度だけで
なく外観(美容上)の改善も考慮すべきである。
子供たちの将来のためには手術に至る例を
減らすことを第一に考えるべきであり、その
ことは同時に医療費の削減にも大きく貢献す
るものである。
参考文献一覧
[1] Bettany-Saltikov J, Weiss HR, Chockalingam
N, Taranu R, Srinivas S, Hogg J, Whittaker V,
Kalyan RV, Arnell T.(2015) Surgical versus
non-surgical interventions in people with
adlessent idiopathic scoliosis (Review). The
Cochrane Library 2015, Issue 4.
[2] 千葉一裕・松本守雄編 (2008) 『整形外科専門
医になるための診療スタンダード 1.脊椎・脊髄』
羊土社.
[3] Hans-Rudolf Weiss (2011) The method of
Katharina Schroth-history, principles and
current development. Scoliosis 6:17
[4] Hans-Rudolf Weiss, Christa Lehnert-Schroth,
Marc Moramarco. (2013) Schroth Therapy:
Advancements in Conservative Scoliosis
Treatment. March 20. LAMBERT.
[5]Josette Bettany-Saltikov, Hans-Rudolf Weiss,
Nachiappan Chockalingam, Razvan Taranu,
Shreya Srinivas, Julie Hogg, Victoria
Whittaker, Raman V Kalyan. (2013) Surgical
versus non-surgical interventions in patients
with adolescent idiopathic scoliosis.
Published Online: 31 JUL 2013, DOI:
10.1002/14651858.CD010663. Copyright © The
Cochrane Collaboration.
[6]正木朋也, 津谷喜一郎 (2006) エビデンスに基
づく医療(EBM)の系譜と方向性:保健医療評価
に 果 た す コ ク ラ ン 共 同 計 画 の 役 割 と 未 来 . 日 本
評価学会『日本評価研究』第 6 巻 第 1 号, pp.
3-20.
[7] Marco Monticone et al. (2014) Active
self-correction and task-oriented exercises
reduce spinal deformity and improve quality of
life in subjects with mild adolescent
idiopathic scoliosis. Result of a randomised
controlled trial. Eur Spine J. DOI
10.1007/s00586-014-3241-y.
[8] Michele Romano, Alessandra Negrini, Silvana
Parzini, Stefano Negrini. (2008) Scientific
Exercises Approach to Scoliosis (SEAS):
Efficacy, Efficiency and Innovation. The
Conservative Scoliosis Treatment, 191-207,
IOS Press.
[9] 脊柱側彎症学会 編(2003) 改訂版 知っておき
たい脊柱側弯症, http://www.intern.co.jp/ 脊
柱側彎症学会, インテルナ出版 株式会社.
[10] 白石洋介・石原知以子(2013)『思春期特発性
脊柱側彎症(AIS)と運動療法 –ヨーロッパ諸国と
我が国の違い』 保健医療研究.No.5, pp.11-23
[11] Takahashi Y, Kou I, Takahashi A, et al (2011)
A genomewide association study identifies
common variants near LBX1 associated with
adolescent idiopathic scoliosis. Nat Genet 43:
1237-1240.

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  • 1. 思春期特発性脊柱側弯症に特化した運動療法・姿勢指導の有効性 麹町白石接骨院 石原知以子 白石洋介 The effectiveness of scoliosis-specific exercise and posture guidance for Adolescent Idiopathic Scoliosis patients Chiiko Ishihara Yosuke Shiraishi Kojimachi Dr. Shiraishi’Osteopath 1. はじめに 思春期特発性脊柱側弯症(AIS; Adolescent Idiopathic Scoliosis)は、病因が解明され ない疾患の一つである。近年、GWAS(ゲノム ワイド関連解析)の手法を用いて遺伝子レベ ルの研究がなされつつあるが、未だ本疾病に 対する関連遺伝子を特定するには至っていな い 11) 。AIS に限らず、このような原因不明の 疾患では根本的な治療法の開発が遅れている。 本学会において、我々はこれまでも、整形外 科専門医の AIS への取り組み方について、い くつかの問題点を指摘してきた 10) 。AIS に対 する非外科的介入について、彼らの評価はと ても低い。しかし、2013、15 年に、コクラン 共同計画(医療についての有効性をエビデン スに基づいて評価し情報提供する国際的非営 利団体 The Cochrane Collaboration、本部 オックスフォード、1993 年創設 6) )が AIS に 対する外科的介入が非外科的介入と比較して より効果的であるというエビデンスはないと いう内容のシステマティックレビューを公開 した 1)5) ことを知るべきである。我が国では 運動療法の効果は否定され、装具療法などの 保存療法に関する研究も一向に進んでいない。 今回、AIS 患者への姿勢指導や運動療法に よる介入で Cobb 角の改善に加え、明らかな美 容上の改善が認められたことを示し、脊柱側 弯症に特化した保存療法が患者の QOL の改善 に大きな役割を担いうることを示す。 2. 症 例(女児) 症例1 SI 胸椎右凸最大 Cobb 角:37° (17 歳)、運動療法開始後最少 Cobb 角: 30°(21 歳) 症例2 HN 胸椎右凸最大 Cobb 角:38° (13 歳)、運動療法開始後最少 Cobb 角: 25° (15 歳) 症例3 CK 胸椎右凸最大 Cobb 角:45° (16 歳)、運動療法開始後最少 Cobb 角: 40° (17 歳) 症例4 AK 胸椎右凸最大 Cobb 角:45° (15 歳)、運動療法開始後最少 Cobb 角: 33° (16 歳) 症例5 FS 胸椎右凸最大 Cobb 角:45° (6 歳)、運動療法開始後最少 Cobb 角: 33° (8 歳) 症例はすべて胸椎右凸、腰椎左凸カーブの タイプだった。Cobb 角は美容上(外観)の問題 が生じやすい胸椎部のみ示した。 全症例、各々、大学病院の脊柱側弯専門医 で定期的に診察を受けており、着用した装具 は全てボストン型であった。(症例5は現在も 着用中)
  • 2. 3. 治 療 3.1. 運動療法 1)以下の運動を毎日1回(以上)行うように指 導し、2週間毎に通院させ、正しく運動して いるかを確認した。各運動(a~d)と日常生活 指導の具体的方法は、すでに本学会誌 「保健 医療研究 第5号 2013 年 3 月」10) に報告し た。 a, ドッグ&キャット運動 就寝 前1 回/日 上 下 10 回 b, 脊柱回旋運動 就寝前1回/日 左右 5 回ずつ c, 四つ這い運動 就寝前1回/日 左右 8 回ずつ d, セラバンド運動(図 1) 就寝前1回/日 30 回 X3 3.2 姿勢指導 a, サイドシフト法(立位、座位) b, ペルビックヒッチ法 c, SEAS(Scientific Exercise Approach for Scoliosis ) 法 に よ る ASC (Active Self Correction)8) 3.3 物理療法 以下の療法を通院毎に行った。 1) 脊柱起立筋群凸側筋への低周波電流刺激 1000Hz/500Hz x 8 分 2) 脊柱起立筋群への三井温熱療法 10 分 3) 頸椎間欠牽引 8kg x 5 分 3.4 徒手療法 1) 立位側屈・回旋矯正 2) 脊柱椎間関節に対する AKA 徒手療法 3) 後頭・環椎・軸椎関節モビライゼーション 4.結 果 下表は各症例の胸椎の最大 Cobb 角と、姿勢 指導・運動療法開始後の Cobb 角を示している。 改善率は最低 9.8%から最高 36.4%(平均 21.7%)と幅があるが、すべての例で改善され ていた(表1)。 表1 以下に翼状肩甲が目立たなくなった症例を 示した。姿勢指導 (ASC) による背部外観の変 化がわかる(症例1)(図2)。 翼状肩甲を目立た なくできる(症例 3)(図3)。 運動療法をしていなかった症例 2,cobb 角 38°(図 4)と運動療法を続けた症例 1,cobb 角 37°(図 5)。明らかに外観に違いがある。 このような外観の変化は、姿勢指導や運療 療法の直後から全例に観察された。
  • 3. 5.考 察 我が国における成長期の側弯は、学校検診 (主に小学校)によって発見されることが多 く、ほとんどは未だ原因不明の特発性脊柱側 弯症(Adolescent idiopathic scoliosis: AIS)である。日本整形外科学会の診療ガイド ラインによれば、治療とは経過観察、装具療 法、外科手術のみであり、装具療法の適応と なる Cobb 角 25°までは「要経過観察」とさ れるだけで積極的な進行予防策はなんら講じ られていない 2,9) 。我々は、2013 年に本学会 誌に、AIS の運動療法についての考え方がヨ ーロッパ諸国と我が国では大きく違うことを 報告している 10) 。そこでも、折角早期に発見 された児童が、専門医を受診しているにも関 わらず、「経過観察」という名目で、半年ある いは一年後のレントゲン撮影まで放置されて いるという現状に問題を投げかけた。次の検 診で Cobb 角が 25°を超えた場合には装具着 用とされるが、その装具は現状維持の考えで 処方されているため矯正効果が高いとは言え ず、また装具着用の重要性、装着時間につい て患者や家族にきちんと説明されないことも 多いためコンプライアンスが低い。装具の効 果も得られずに Cobb 角が 45°を超えると、 今度は早期の手術が勧められ、一生外すこと のできないロッドで背骨を固定する外科手術 が行われるのである。 AIS の治療に携わる者は、術後長期にわた る調査によれば、“AIS の治療法における外科 的治療にエビデンス(科学的根拠)はない” 1,5) ということを真摯に受け止め、患者や家 族の希望に耳を傾ける必要がある。 ここに報告した症例では、我が国では無効 と言われている運動療法で Cobb 角が改善し ている(表1)。我々は、このような結果は側 弯に特化した運動を行ったことで得られたと 考えている。報告した全例が、専門医で AIS と診断され装具(基本的にボストン型)が装 着されていたが、本人と家族の希望で物理療 法、手技療法、温熱療法などに加え、側弯に 特化した運動療法を行っている。中でも症例 1では、21 才で SEAS 式 ASC (Active Self Correction)8) を治療に取り入れた例では、胸 椎の Cobb 角が 38°から 30°と大幅に改善 した。 Cobb 角の改善だけが AIS の治療の目的だ ろうか? 例えば症例 1 と症例 2 を比べてみ ると、撮影時の Cobb 角は 38°と 37°でほぼ 同じだが、外観所見としての右肩甲骨の翼状 形態には大きな違いがあることに注目してほ しい。図4は症例 2 の初回来院時(13 歳)の 写真で、まだ運動が行われていなかった例で ある。図5は症例1(17 歳)の写真で、14 歳の治療開始時から 3 年間、我々が考案した セラバンド運動(図1)を積極的に行わせた例 である。 胸椎凸側の翼状肩甲の形態は衣服の上から も目立ちやすい。女児に多発する AIS におい て、このような美容上の問題は軽視できない。 我々は、セラバンド運動は上肢に起始する僧 帽筋、広背筋、そして肩甲骨に付着する菱形 筋、前鋸筋などを強化し、肩甲骨を肋骨面に 引き寄せ翼状形態を改善させると考えている。 加えて、肩甲骨の翼状を抑制できる筋の作用 は胸椎レベルの Hump の改善にも作用すると 考えている。 確かに側弯症の治療で Cobb 角の改善は重 要である。しかし、同じ程度の角度であって も美容上(外観上)の問題を抱えている場合 もある。Weiss RH ら 3,4,7) は、AIS の治療目 的の一つに美容上の改善を考慮すべきである と述べ、治療の良し悪しを Cobb 角のみに依存 することに異議を唱えている。我々はその考 えを強く支持したい。 近年、AIS に対する左右の動きが非対称の 運動療法 3,4,7) に注目が集まっている。セラバ ンド運動も凸側の上肢帯を大きく回転させ凹 側より力強く行わせており、非対称運動の一 つである。脊柱の疾患に対するほとんどの運 動療法が左右対称の動きを基本に考案されて いるが、今後はカーブのパターンに合わせた 非対称性の動きによる運動療法を取り入れる ことで、より良好な結果が得られると考えて いる。 6. 結 論
  • 4. 側弯に特化した運動療法は、Cobb 角の進行 を抑制するだけでなく改善しうることが示 された。 軽度の側弯症にも、単なる「経過観察=wait and see」でなく、運動療法を取り入れ進行を 抑え、さらに改善を目指す「積極的経過観察 =try and see」とすべきである。 装具療法にも運動療法を併用し、より効果 が出るよう考えるべきである。 また側弯症の治療は、カーブの角度だけで なく外観(美容上)の改善も考慮すべきである。 子供たちの将来のためには手術に至る例を 減らすことを第一に考えるべきであり、その ことは同時に医療費の削減にも大きく貢献す るものである。 参考文献一覧 [1] Bettany-Saltikov J, Weiss HR, Chockalingam N, Taranu R, Srinivas S, Hogg J, Whittaker V, Kalyan RV, Arnell T.(2015) Surgical versus non-surgical interventions in people with adlessent idiopathic scoliosis (Review). The Cochrane Library 2015, Issue 4. [2] 千葉一裕・松本守雄編 (2008) 『整形外科専門 医になるための診療スタンダード 1.脊椎・脊髄』 羊土社. [3] Hans-Rudolf Weiss (2011) The method of Katharina Schroth-history, principles and current development. Scoliosis 6:17 [4] Hans-Rudolf Weiss, Christa Lehnert-Schroth, Marc Moramarco. (2013) Schroth Therapy: Advancements in Conservative Scoliosis Treatment. March 20. LAMBERT. [5]Josette Bettany-Saltikov, Hans-Rudolf Weiss, Nachiappan Chockalingam, Razvan Taranu, Shreya Srinivas, Julie Hogg, Victoria Whittaker, Raman V Kalyan. (2013) Surgical versus non-surgical interventions in patients with adolescent idiopathic scoliosis. Published Online: 31 JUL 2013, DOI: 10.1002/14651858.CD010663. Copyright © The Cochrane Collaboration. [6]正木朋也, 津谷喜一郎 (2006) エビデンスに基 づく医療(EBM)の系譜と方向性:保健医療評価 に 果 た す コ ク ラ ン 共 同 計 画 の 役 割 と 未 来 . 日 本 評価学会『日本評価研究』第 6 巻 第 1 号, pp. 3-20. [7] Marco Monticone et al. (2014) Active self-correction and task-oriented exercises reduce spinal deformity and improve quality of life in subjects with mild adolescent idiopathic scoliosis. Result of a randomised controlled trial. Eur Spine J. DOI 10.1007/s00586-014-3241-y. [8] Michele Romano, Alessandra Negrini, Silvana Parzini, Stefano Negrini. (2008) Scientific Exercises Approach to Scoliosis (SEAS): Efficacy, Efficiency and Innovation. The Conservative Scoliosis Treatment, 191-207, IOS Press. [9] 脊柱側彎症学会 編(2003) 改訂版 知っておき たい脊柱側弯症, http://www.intern.co.jp/ 脊 柱側彎症学会, インテルナ出版 株式会社. [10] 白石洋介・石原知以子(2013)『思春期特発性 脊柱側彎症(AIS)と運動療法 –ヨーロッパ諸国と 我が国の違い』 保健医療研究.No.5, pp.11-23 [11] Takahashi Y, Kou I, Takahashi A, et al (2011) A genomewide association study identifies common variants near LBX1 associated with adolescent idiopathic scoliosis. Nat Genet 43: 1237-1240.