SlideShare a Scribd company logo
1 of 6
春秋篇 第 1 集
驪山烽火(周の幽王「オオカミ少年」となる)




       褒珦と周幽王
第1集   驪山烽火(周の幽王「オオカミ少年」となる)                 -春秋篇-

―あらすじ―
 殷朝を滅ぼして建てられた周朝が約 300 年の歳月を経た頃(BC782)、周の宣王が急死する。後を継
いだのが色好みで自己中心な幽王である。物語はその父・宣王の葬儀の場面から始まる。


 古代特有の神がかりな葬儀。不気味な音楽、怪しげな巫女たちの踊りと共に埋葬が行われる。そ
して死者と共に生きたまま埋葬される奴隷や動物たちもいる。その時、どこからともなく赤い服の
子供がやって来て「月が昇れば日が沈む。……周の国も滅びそう」と歌いだす。




                                  「月将昇、日将没…」と謡う赤
                                  い服の子供
                                  (君主を諌めるため、天が遣わ
                                   した火星の化身と言われる)




それを聞いた歴史官の太史伯陽父、「月が昇り日が沈むとは、『陰が栄え陽が衰える』とのこと、こ
れは将来、国を乱す女性が現れるという予言に違いない」と恐れをなす。と、その時、王の墓の土
が揺れだし、馬が 1 匹、地中から飛び出す。どうやら王と共に埋められた馬が生き返ったようだ。
馬はイナナキながら勢いよく跳ね上がり、やがて遠くに消え去る。


 父の葬儀が終わり幽王は即位する。が、間もなく岐山で大地震が発生。慌てふためく群臣をよそ
に幽王はなんと美女狩りを命ずる。王にへつらう佞臣・虢石父は早速美女狩りに出かけるが、歴史
官の太史伯陽父や大臣の趙叔は「天災は天が政治の腐敗を警告するもの。災害の復旧に努めず、私
利私欲に駆られて美女狩りなどすれば亡国の憂き目に遭います」と言って王を諌める。しかし幽王
は聞く耳を持たず、はては趙叔を追放してしまう(注1)。
 (注1)趙叔はこの後、周都を離れ諸侯国の一つである晋の国に赴き晋公に仕える。彼こそが後に
      晋から独立して趙国を打ち立てることになる趙襄子の先祖である。


 趙叔の追放を知った褒城の大夫・褒珦、わざわざ褒城から出向いて幽王を諌めるが、逆に幽王の
怒りを買い、舌を抜かれ牢屋にぶち込まれる。こうして 3 年の時が過ぎる。一向に牢から出しても
らえない褒珦の身を案じた息子・褒洪徳、殷朝の紂王に美女・妲己を献じて赦された蘇護の例にな
らい幽王に献じる美女探しを始める。そして川で洗濯をしていた謎の美女・褒娰(ほうじ)を探し当
て、早速幽王に差し出すと、果たして父・褒珦の罪は赦された。




                            民間に隠れ住んでいた絶世の美女・褒娰
                            しかし、その素性には謎が多い




 褒娰を得た幽王は大喜び。褒娰を片時も傍から離さず、国政を全く顧みなくなる始末。一方、そ
の噂を聞きつけた正妻(王后)・申氏は幽王のもとに行き「先王の葬儀の際、赤い服の子供が『月が
昇り日が沈む(国を乱す女性が現れる)』と歌ったのをお忘れですか? この女(褒娰)は、ここに来て
3 ヶ月にもなるのに未だ一度も笑ったことがないのですよ。この女こそ、葬儀の際に生き埋めから逃
れ去ったあの馬の霊で、国を乱す元凶ですわ」と言う。




                                   褒娰(左)と申皇后(右)の
                                   女の戦いの間に入って、具
                                   合悪そうな周幽王(中央)




 しかし、申氏の話など一向に耳を貸さない幽王は、褒娰が息子・伯服を生むと狂喜し、ついに申
氏と太子・宜臼の位を廃し、褒娰と伯服をそれぞれ王后と太子にした。


 ところが王后になった褒娰は相変わらずニコリともしない。褒娰にゾッコンの幽王は「何とか褒
娰の笑顔を見たいものだ」とあれこれ手を尽くすがことごとく失敗。そこへ佞臣・虢石父がやって
きて幽王に知恵を授ける。曰く「王后(褒娰)は火を見るのがお好きなようです。先王が立てられた
烽火台に次々と火をつければ王后はきっとお喜びになり、笑顔をお見せになるでしょう」
 それを聞いた幽王、早速その烽火台の近くの驪山に褒娰を連れて行き、火をつけるように命じる。
すると王の叔父である鄭伯友がやって来て「王様、この烽火台は犬戎(北方の異民族)の侵攻を防ぐ
為に建てられたもの。今、これに火をともせば各国の諸侯たちが王を助けるために兵を出すでしょ
う。そしてこれが単なるお遊びだと分かれば今後、諸侯達は王を信用しなくなります」と言って諌
めたが、幽王は「諸侯に何と思われようと構わぬ」と言って火を点けさせてしまう。




                                敵の来襲を告げるはずの烽
                                火台に火が着けられる




 果たして諸侯達は軍を率いて続々と集まって来る。




                                      夜 を 徹 し て
                                      続々と都に馳
                                      せ参じる諸侯
                                      の軍隊
                                      (さて、えらい
                                      ことになって
                                      しまった!)
そして外敵の侵入がないと分かるや次々と帰って行く。その様子を一部始終見ていた褒娰、急に
大声で笑い出す。こうして、ついに幽王の夢が叶ったのである。


 一方、王后の位を廃された申氏の父親・申侯は、幾度か幽王を諌めるが聞き入れられず、ついに
外敵である犬戎の王と組んで周の首都・鎬京を攻撃する。
 急を知った幽王、慌てて烽火台に火をつけて諸侯に救援を求めるが、前に騙された諸侯たちは「又
お遊びだ」と考え援軍を出そうとしない。そのため鎬京はついに陥落。幽王も殺されてしまう。




                                     北方の異民族・犬戎
                                     軍に殺される周幽王




 やがて犬戎軍も引き上げ、かつて廃位された太子・宣臼が平王として即位した。しかしこの時、
鎬京は既に廃墟と化し、平王は洛陽に遷都する。こうして 300 年続いた西周の幕が下され、東周の
時代に入る。そしてこれ以降、周王の権力は弱まり、歴史の主役は各地の諸侯たちに取って代わら
れる。すなわち春秋時代の始まりである。




―感想―
 この DVD では褒娰は、馬の化身ということになっている。でも、この物語の原本である「東周列
国志」や「史記」では、褒娰は「夏王朝(殷王朝の前の王朝)に出現した龍の唾液が、周の厲王の時
代に変化したイモリと宮女の間にできた子」ということになっている。


 史実や古典の原文を重視したい私は、最初このイモリが馬に替わったことに不信感を覚えた。が、
よくよく考えてみると、この DVD 制作にあたって止むを得ない事情があったような気がする。もし
褒娰を史実通りイモリの子にした場合、イモリが現れたのは幽王の祖父にあたる厲王の時代だから、
この物語はそこから始まらなければならない。すると1集では収まりきれなくなって2集にわたる
だろう。「東周列国」の「春秋篇」は、ただでさえ内容が多いのだ。そんな風に話を増やしていけば、
きりがない。だから話を長引かせないためにも、褒娰は厲王の時に現れたイモリの子ではなく、幽
王即位の前に現れた馬の化身としたのだろう。


 又なぜ馬の化身にしたかと言えば、たぶん「封神演義(注2)」を意識してのことだと思う。「封神演
義」には殷朝末期の暴君・紂王と傾国の美女・妲己について描かれている。ところで、この妲己、本
来は蘇護という名の諸侯の娘なのだが、紂王のもとへ嫁ぐ道中、狐のお化けに取り殺され、憑依さ
れてしまう。つまり最終的に紂王のもとにやって来たのは生身の人間ではなく、妲己という名をか
たる狐の化身ということになる。かたや狐の化身、かたや馬の化身がそれぞれ殷と周の王を惑わし、
国を滅ぼすという設定にすれば、バランスがとれて良い感じだ。
 (注2)「封神演義」とは、許仲琳によって編集されたと言われる明代の小説(歴史小説と怪奇小説
    を足して2で割ったようなもの)である。


 こう考えてみると、この第1集、結構評価できるのではないだろうか?

More Related Content

More from gunyouak

呂氏春秋①(呂不韋、異人を趙から脱出させる)
呂氏春秋①(呂不韋、異人を趙から脱出させる)呂氏春秋①(呂不韋、異人を趙から脱出させる)
呂氏春秋①(呂不韋、異人を趙から脱出させる)
gunyouak
 
窃符救趙②(信陵君、秦を討って趙を救う)
窃符救趙②(信陵君、秦を討って趙を救う)窃符救趙②(信陵君、秦を討って趙を救う)
窃符救趙②(信陵君、秦を討って趙を救う)
gunyouak
 
窃符救趙①(魏の信陵君、割符を盗む決意を固める)
窃符救趙①(魏の信陵君、割符を盗む決意を固める)窃符救趙①(魏の信陵君、割符を盗む決意を固める)
窃符救趙①(魏の信陵君、割符を盗む決意を固める)
gunyouak
 
范雎逼仇③(范雎、宰相職を辞す)
范雎逼仇③(范雎、宰相職を辞す)范雎逼仇③(范雎、宰相職を辞す)
范雎逼仇③(范雎、宰相職を辞す)
gunyouak
 
范雎逼仇②(范雎の復讐)
范雎逼仇②(范雎の復讐)范雎逼仇②(范雎の復讐)
范雎逼仇②(范雎の復讐)
gunyouak
 
范雎逼仇①(魏人・范雎、秦相となる)
范雎逼仇①(魏人・范雎、秦相となる)范雎逼仇①(魏人・范雎、秦相となる)
范雎逼仇①(魏人・范雎、秦相となる)
gunyouak
 
田単復国③(田単、斉国を復興させる)
田単復国③(田単、斉国を復興させる)田単復国③(田単、斉国を復興させる)
田単復国③(田単、斉国を復興させる)
gunyouak
 
田単復国②(斉将・田単、即墨城に籠城)
田単復国②(斉将・田単、即墨城に籠城)田単復国②(斉将・田単、即墨城に籠城)
田単復国②(斉将・田単、即墨城に籠城)
gunyouak
 
田単復国①(燕将・楽毅、斉に総攻撃をかける)
田単復国①(燕将・楽毅、斉に総攻撃をかける)田単復国①(燕将・楽毅、斉に総攻撃をかける)
田単復国①(燕将・楽毅、斉に総攻撃をかける)
gunyouak
 
趙武霊王③(武霊王と恵文王)
趙武霊王③(武霊王と恵文王)趙武霊王③(武霊王と恵文王)
趙武霊王③(武霊王と恵文王)
gunyouak
 
趙武霊王②(趙の武霊王、秦宮を騒がす)
趙武霊王②(趙の武霊王、秦宮を騒がす)趙武霊王②(趙の武霊王、秦宮を騒がす)
趙武霊王②(趙の武霊王、秦宮を騒がす)
gunyouak
 
趙武霊王①(趙の武霊王、胡服令を出す)
趙武霊王①(趙の武霊王、胡服令を出す)趙武霊王①(趙の武霊王、胡服令を出す)
趙武霊王①(趙の武霊王、胡服令を出す)
gunyouak
 
蘇張縦横③(蘇秦の最期)
蘇張縦横③(蘇秦の最期)蘇張縦横③(蘇秦の最期)
蘇張縦横③(蘇秦の最期)
gunyouak
 
蘇張縦横②(蘇秦VS張儀)
蘇張縦横②(蘇秦VS張儀)蘇張縦横②(蘇秦VS張儀)
蘇張縦横②(蘇秦VS張儀)
gunyouak
 
蘇張縦横①(蘇秦、合縦策を説き始める)
蘇張縦横①(蘇秦、合縦策を説き始める)蘇張縦横①(蘇秦、合縦策を説き始める)
蘇張縦横①(蘇秦、合縦策を説き始める)
gunyouak
 
孫龐闘智③(孫臏、龐涓に勝利す)
孫龐闘智③(孫臏、龐涓に勝利す)孫龐闘智③(孫臏、龐涓に勝利す)
孫龐闘智③(孫臏、龐涓に勝利す)
gunyouak
 
孫龐闘智②(孫臏、魏を脱出す)
孫龐闘智②(孫臏、魏を脱出す)孫龐闘智②(孫臏、魏を脱出す)
孫龐闘智②(孫臏、魏を脱出す)
gunyouak
 
孫龐闘智①(孫臏、魏へ赴く)
孫龐闘智①(孫臏、魏へ赴く)孫龐闘智①(孫臏、魏へ赴く)
孫龐闘智①(孫臏、魏へ赴く)
gunyouak
 
商鞅変法④(衛鞅の最期)
商鞅変法④(衛鞅の最期)商鞅変法④(衛鞅の最期)
商鞅変法④(衛鞅の最期)
gunyouak
 
商鞅変法③(衛鞅、魏を攻撃する)
商鞅変法③(衛鞅、魏を攻撃する)商鞅変法③(衛鞅、魏を攻撃する)
商鞅変法③(衛鞅、魏を攻撃する)
gunyouak
 

More from gunyouak (20)

呂氏春秋①(呂不韋、異人を趙から脱出させる)
呂氏春秋①(呂不韋、異人を趙から脱出させる)呂氏春秋①(呂不韋、異人を趙から脱出させる)
呂氏春秋①(呂不韋、異人を趙から脱出させる)
 
窃符救趙②(信陵君、秦を討って趙を救う)
窃符救趙②(信陵君、秦を討って趙を救う)窃符救趙②(信陵君、秦を討って趙を救う)
窃符救趙②(信陵君、秦を討って趙を救う)
 
窃符救趙①(魏の信陵君、割符を盗む決意を固める)
窃符救趙①(魏の信陵君、割符を盗む決意を固める)窃符救趙①(魏の信陵君、割符を盗む決意を固める)
窃符救趙①(魏の信陵君、割符を盗む決意を固める)
 
范雎逼仇③(范雎、宰相職を辞す)
范雎逼仇③(范雎、宰相職を辞す)范雎逼仇③(范雎、宰相職を辞す)
范雎逼仇③(范雎、宰相職を辞す)
 
范雎逼仇②(范雎の復讐)
范雎逼仇②(范雎の復讐)范雎逼仇②(范雎の復讐)
范雎逼仇②(范雎の復讐)
 
范雎逼仇①(魏人・范雎、秦相となる)
范雎逼仇①(魏人・范雎、秦相となる)范雎逼仇①(魏人・范雎、秦相となる)
范雎逼仇①(魏人・范雎、秦相となる)
 
田単復国③(田単、斉国を復興させる)
田単復国③(田単、斉国を復興させる)田単復国③(田単、斉国を復興させる)
田単復国③(田単、斉国を復興させる)
 
田単復国②(斉将・田単、即墨城に籠城)
田単復国②(斉将・田単、即墨城に籠城)田単復国②(斉将・田単、即墨城に籠城)
田単復国②(斉将・田単、即墨城に籠城)
 
田単復国①(燕将・楽毅、斉に総攻撃をかける)
田単復国①(燕将・楽毅、斉に総攻撃をかける)田単復国①(燕将・楽毅、斉に総攻撃をかける)
田単復国①(燕将・楽毅、斉に総攻撃をかける)
 
趙武霊王③(武霊王と恵文王)
趙武霊王③(武霊王と恵文王)趙武霊王③(武霊王と恵文王)
趙武霊王③(武霊王と恵文王)
 
趙武霊王②(趙の武霊王、秦宮を騒がす)
趙武霊王②(趙の武霊王、秦宮を騒がす)趙武霊王②(趙の武霊王、秦宮を騒がす)
趙武霊王②(趙の武霊王、秦宮を騒がす)
 
趙武霊王①(趙の武霊王、胡服令を出す)
趙武霊王①(趙の武霊王、胡服令を出す)趙武霊王①(趙の武霊王、胡服令を出す)
趙武霊王①(趙の武霊王、胡服令を出す)
 
蘇張縦横③(蘇秦の最期)
蘇張縦横③(蘇秦の最期)蘇張縦横③(蘇秦の最期)
蘇張縦横③(蘇秦の最期)
 
蘇張縦横②(蘇秦VS張儀)
蘇張縦横②(蘇秦VS張儀)蘇張縦横②(蘇秦VS張儀)
蘇張縦横②(蘇秦VS張儀)
 
蘇張縦横①(蘇秦、合縦策を説き始める)
蘇張縦横①(蘇秦、合縦策を説き始める)蘇張縦横①(蘇秦、合縦策を説き始める)
蘇張縦横①(蘇秦、合縦策を説き始める)
 
孫龐闘智③(孫臏、龐涓に勝利す)
孫龐闘智③(孫臏、龐涓に勝利す)孫龐闘智③(孫臏、龐涓に勝利す)
孫龐闘智③(孫臏、龐涓に勝利す)
 
孫龐闘智②(孫臏、魏を脱出す)
孫龐闘智②(孫臏、魏を脱出す)孫龐闘智②(孫臏、魏を脱出す)
孫龐闘智②(孫臏、魏を脱出す)
 
孫龐闘智①(孫臏、魏へ赴く)
孫龐闘智①(孫臏、魏へ赴く)孫龐闘智①(孫臏、魏へ赴く)
孫龐闘智①(孫臏、魏へ赴く)
 
商鞅変法④(衛鞅の最期)
商鞅変法④(衛鞅の最期)商鞅変法④(衛鞅の最期)
商鞅変法④(衛鞅の最期)
 
商鞅変法③(衛鞅、魏を攻撃する)
商鞅変法③(衛鞅、魏を攻撃する)商鞅変法③(衛鞅、魏を攻撃する)
商鞅変法③(衛鞅、魏を攻撃する)
 

1.Spring and Autumn Period - Later Year of Zhou Dynasty