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パラレルに展開する世界をめぐる思考
Idea over the world that develops in "Paralell".  02
 こんな風に考えたことはないだろうか。自分のいる世界のすぐ隣には別
の世界が展開している。私の今こうしているこの場所のすぐ隣にも、私
の知らない世界が広がっている。
 さまざまな世界がクロスオーバーし、ニアミスし、すれ違い、関係し
合いながら私のいるこの世界もできているのだと私は思う。そういうも
のをフィクションの分野ではパラレル・ワールドと呼ぶようだ。SF のよ
うな劇的なパラレル・ワールドではなくても、日常の中でもそういう感
覚はあるのではないだろうか?
 建築は体験の伴うものであるため、異なる空間を同時に知覚すること
は難しいけれど、別の世界のすべてを把握できなくても、「隣にまったく
別の世界が広がっている」、「どこかで別の世界とつながっている」とい
う感覚は建築でも可能なのではないか。別の世界を少しだけでいいから
感じることのできる自分の居場所。そしてその建築もまた何かとつながっ
ているような。そんな風に建築とそれを取り巻くストーリーをつくるこ
とはできないか。そんなことを考えるところからこの思考は始まった。
 
 実際にパラレル・ワールドの感覚は体験できるのだろうか? 本研究
の最終的な目的はそこにある。私が引き込まれた小説や映画の世界。と
りわけ、ミステリーで感じたあらゆる出来事や物事がどこかでささやか
につながり、関係し合い、大きな世界を構築するような世界。そんな感
覚を建築化する。
 そして、最後にそこから物語が生まれような建築をめざす。
はじめに
雑踏ですれ違う見知らぬ人々の中に、将来の恋人がいるかもしれない。
−そのとき、彼女との距離は 0.1 ミリ。57 時間後、僕は彼女に恋をした。
(「恋する惑星」監督:ウォン・カーウェイ、1994 年)
Idea over the world that develops in "Paralell".  03
言葉の定義
パラレル・ワールド
多次元宇宙。我々の世界と併存すると考えられる異次元の世
界(『大辞泉』小学館)。この現実とは別に、もう 1 つの現実が
存在する世界の様。
異次元空間
自分のいるこちら側の空間 fig.1
に対して、自分のいないあち
ら側の空間 fig.2
。空間を決定付ける要素が異なる空間同士を
呼ぶ。
(cf. 異次元世界:異なった根源的な要素による世界)
パラレル
異次元空間が同時存在する様 fig.3
をパラレルと呼ぶ。
研究の流れ
 パラレルに展開する世界間の関係性を、小説の中の世界の構成から探る。小説の中で繰り広げられている世界は、それが
いくつあろうとも、読者という客観的立場からはすべてを見渡すことが可能となる。本研究では、小説内に展開するそれぞ
れの世界の構造を、客観的に見ることから、その世界の関係性を把握することを目的とする。小説の中で展開される世界間
の構成から建築をつくる。その際、実体験から得た異次元空間を知覚が可能な空間体験を用いて、実空間に落とし込む。研
究から得たもの、分析を通して見えてきた内容に、私が見てきたもの、読んだ物語、考えたことなどたくさんの記憶と想像
を混ぜ込みながら物語を生み出すような建築めざす。
fig.2 異次元空間(=あちら側)fig.1 こちら側
fig.3 パラレルに展開する世界の様
小説の構成を建築に
Project
パラレルに展開する世界の関係性
3 つの住宅、それぞれの物語
1. 原宿の集合住宅
2. 吉祥寺の住宅
3. 与論の住宅
→小説を読み解き、展開される世界間の構成を分析
 1.『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』
 2.『オーデュボンの祈り』
 3.『ラッシュライフ』
パラレルに展開する世界の関係性
小説世界に見る関係性
 パラレルに展開する世界間の関係性を、小説の中の世界の
構成から探る。小説の中で繰り広げられている世界は、それ
がいくつあろうとも、読者という客観的立場からはすべてを
見渡すことが可能となる。本研究では、小説内に展開するそ
れぞれの世界の構造を、客観的に見ることから、その世界の
関係性を把握することを目的とする。
Idea over the world that develops in "Paralell".  06
§1 研究対象
 まず研究対象を絞るにあたり、パラレルにいくつかの世界
が展開する物語であり、なおかつ「フィクションであるが、
あまりにもリアリティからかけ離れていないもの」であるこ
とを基準とした。そのためファンタジーや SF は対象外とし
た。また、その物語内の構造を整理・理解しやすいため、今
回は小説を対象に個人的にそのパラレルな世界の展開に特徴
があると見られる、以下の 3 つの作品を扱う。
 1)『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』  
                  (村上春樹、1985 年)
 2)『オーデュボンの祈り』    (伊坂幸太郎、2000 年)
 3)『ラッシュライフ』      (伊坂幸太郎、2002 年)
 選定の理由としては、まず上記 3 作品がその小説内におい
て(時には、物語の枠を超え)展開されるいくつかのパラレ
ルな世界の関係性に特徴があり、明快な構成からなっている
ことがあげられる。
 さらに村上春樹の作品の多くに「現実世界から非現実の異
界へとシームレスに(=つなぎ目なく)移動する」特徴があ
り、主人公たちの多くは内省的で、境界を巡り悩んだりさま
よったりしながら、向こう側の世界、すなわち非日常的他者
を示している。また一方の伊坂幸太郎も「現実に上手く嘘を
交えた話ほどおもしろい」という著者自身の考え方のもとに
「リアルとフィクションの境目の世界」を上手く描いている
という作品の特徴がある。よって、両者の作品は現実の延長
にパラレルに展開する世界があることを示してくれるといえ
るのではないだろうか。
研究対象・方法
§2 研究方法
 小説を読み解きながら、小説内部で展開されるいくつかの
世界の時間の流れ(出来事、順序、速度)、異なる世界間の
関係性、つなぐキーワード等を読み取っていき、その構造を
整理していく。
 それぞれの小説の構造を整理するにあたり、「視点」、「人
称」に関する分析は、物語論における表現形式の分類方法の
ひとつであるジェラール・ジュネットの理論を参考にしてい
る。
「視点」−物語世界を把握するために誰の視点を採用するかということ
     を扱う領域。焦点化とも言う。
さらに
焦点化ゼロ、非焦点化:「神の視点」や「全知の語り手」と呼ば
れてきたもの。あらゆる時間・空間、あらゆる登場人物の内面に
至るまで把握することが可能である。
内的焦点化:ある登場人物を「視点人物」として、その人物によっ
て知覚された事柄のみが描かれる。
外的焦点化:ある対象(特に登場人物)を描く際に外面のみを描
くもの。思考や感情は窺い知れない。
    固定焦点化:一貫して一人の登場人物の視点を用いる。
    不定焦点化:視点人物を次々に変えながら語り進める。
    多元焦点化:同一の出来事を複数の視点から語り直す
「人称」−語り手と物語内容の登場人物との関係を扱う領域。
等質物語世界的:語り手が登場人物を「私」と一人称代名詞で指示するこ
とが可能。登場人物が語り手となっている。従来の「一人称小説」。語り
手が主人公である場合、特に「自己物語世界的」と呼ぶ。
異質物語世界的:語り手はいかなる登場人物も「私」と指示することがない。
言い換えれば語り手は登場人物として登場しない。従来の「三人称小説」。
Idea over the world that develops in "Paralell".  07
§1 村上春樹
 デビュー当時から現在に至るまで数々のベストセラー作品
を生み出し、数々の賞を得る高い評価を受け、海外でも名を
はせる日本の代表的な現代作家とされている。
 彼の作品の特徴として、同じようなテーマ、同一のキー
ワードが使われている(例えば、多くの主人公が読書を好きであっ
たり、ジャズやクラシックをよく聴いていたり、水泳で身体を鍛えていた
りする)。主人公の多くは、周囲の人々とほとんど関わらず、
内省的な人物が多い。これらがつねに 「僕」 を語り手とする
一人称小説であること、その小説世界が本質的に 「こちら側
」 と 「あちら側」 のパラレル・ワールドの構成をもつことな
ども特徴として挙げられるだろう。
 デビュー作の『風の歌を聴け』では「僕はノートのまん中
に 1 本の線を引き、左側にその間に得たものを書き出し、右
側に失ったものを書いた。」と述べており、あるインタビュー
では「僕の中には〈今存在するもの〉と〈かつて存在し、今
は存在しないもの〉というふたつの世界に物事をわけて考え
る傾向があるんです。これはちょうどパラレル・ワールドみ
たいなものです。それはつまりこの現実の状況というのは、
僕にとっては仮りのものなんです。(中略)だから僕の場合
失われたものに対する憧憬は決して懐古的なものじゃないん
です」(「『物語』のための冒険」『文學界』1985 年 8 月号)と言って
いる。このように村上春樹とパラレル・ワールドの設定も密
接な関係があると言えるだろう。
略歴・賞歴
1949 年、京都府生まれ。早稲田大学文学部卒業。1979 年、『風の歌を聴け』で群像新人文学賞受賞し、デビュー。
主著:『羊をめぐる冒険』(1982 年、野間文芸新人賞受賞)、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(1985 年、第 21 回谷崎潤一郎賞)、『ね
じまき鳥クロニクル』(1996 年、第 47 回読売文学賞)、『ノルウェイの森』(1987 年、講談社)、『ねじまき鳥クロニクル』(1992 年、新潮社)、『アンダー
グラウンド』(1997 年、講談社)、『スプートニクの恋人』(1999 年、講談社)、『神の子どもたちはみな踊る』(200 年、新潮社)、『海辺のカフカ』(2002
年、新潮社)。最新作に『1Q84』(2009 年、新潮社)。
賞歴:2006 年 、フランツ・カフカ賞、フランク・オコナー国際短編賞、世界幻想文学大賞受賞。2007 年、2006 年度朝日賞、第一回早稲田大学坪
内逍遥大賞受賞。2009 年、エルサレム賞、毎日出版文化賞受賞、スペイン芸術文学勲章受勲。
作家について
Idea over the world that develops in "Paralell".  08
略歴・賞歴
1971 年、千葉県生まれ。1995 年、東北大学法学部卒業。2000 年、『オーデュボンの祈り』で新潮ミステリー倶楽部賞を受賞し、デビュー。
主著:『ラッシュライフ』(2000 年、新潮社)、*『重力ピエロ』(2003 年、新潮社)、『アヒルと鴨のコインロッカー』(2004 年、新潮社、吉川英治文
学新人賞受賞)、*『チルドレン』(2004 年、新潮社)、『魔王』(2005 年、講談社)*「グラスホッパー』(2005 年、新潮社)、『砂漠』(2005 年、実
業之日本社)*『死神の精度』(2006 年、新潮社)、『ゴールデンスランバー』。(2008 年、新潮社、第 5 回本屋大賞・山本周五郎賞受賞)、『モダンタ
イムス』(2008 年、講談社)。最新作に『SOS の猿』(2009 年、中央公論社)。          * は直木賞候補
*1
スターシステム:見た目や名前等の同じキャラクターが、様々な作品の
中で違う性格や役柄となって登場する、手塚治虫作品でもつかわれていた。
§2 伊坂幸太郎
 伊坂幸太郎は常に、その物語の構成に対して、様々な新し
い試みを積極的に行っていると言えるだろう。特にデビュー
作である、『オーデュボンの祈り』、第 2 作目の『ラッシュ
ライフ』は、いくつものストーリーが関係性を持ち、緻密に
張りめぐらされた伏線がつながり、思いもよらない真実へと
つながる。伊坂作品はしばしば M.C. エッシャーの騙し絵に
称されるが、この 2 作のストーリーの構成はまさにその代表
作ではないだろうか。
 また、伊坂作品を語る上で欠かせないのが、作品間でのリ
ンクである。同じキーワード(たとえば「神様のレシピ」※『オーデュ
ボンの祈り』で初めて使われ、『ラッシュライフをはじめ、以降の作品に
度々出てくる)や登場人物が作品の枠を超え登場する。スター・
システム *1
として登場する場合もある。このように伊坂幸
太郎の作品は、1 つの作品内においていくつもの世界がパラ
レルに存在し、それらがあるつながりを持って展開するが、
作品の枠を超えてもつながりを持つことで、それぞれの物語
同士もまたパラレルに展開している。
作家について
Relativity , M.C. Escher,1953
『世界の終りと
ハードボイルド・ワンダーランド』をめぐる思考
Idea over the world that develops in "Paralell".  010
§1 作品概要
 村上春樹による 4 作目の長編小説。第 21 回谷崎潤一郎賞
受賞。
 高い壁に囲まれ、外界との接触がまるでない街で、そこに
住む一角獣たちの頭骨から夢を読んで暮らす〈僕〉の物語、
〔世界の終り〕。老科学者により意識の核に或る思考回路を組
み込まれた〈私〉が、その回路に隠された秘密を巡って活躍
する〔ハードボイルド・ワンダーランド〕。静寂な幻想世界
と波瀾万丈の冒険活劇の2つの物語が交互に入れ替わりなが
ら、パラレルに進行する。
 村上はこの小説を自伝的な小説であると位置づけている
(『ノルウェイの森』(単行本)のあとがきより)。 『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』
村上春樹著、1985 年、新潮社
(文庫版 上・下:1988 年、新潮文庫)
§2 物語の構造
Ⅰ)世界の終り
Ⅱ)ハードボイルド・ワンダーランド
以上の 2 つの世界が章ごとに交互に展開される。
 〈私〉と〈僕〉が主人公であり、共に語り手も担う自己物
語世界的(一人称小説)、内的焦点化された物語であり、そ
れぞれが完結しているかのような物語が展開していく。2 つ
の物語の間を橋渡しをする仕掛けを組み入れることで、1 つ
のストーリーとして組み上がっていく。
fig.1 世界の終り
Idea over the world that develops in "Paralell".  011
世界の終り ハードボイルド・ワンダーランド
春
壁の中へやってくる
影と切り離される
夢読みになる
図書館の少女 3
と出会う
「ダニー・ボーイ」1
を口笛で吹く
研究所で博士と会う
データの洗い出し(8-9h)
土産をもらう(一角獣の頭骨 2
) 夕方
9/29thu
 
 
 
 
 
秋
影に指示され地図を作る
南のたまりへ少女と行く
買い物に出かける
図書館で頭骨について調べる
図書館の女の子 3
と出会う
女の子が本を持って家に来る
シャッフリング 4
を行う(2h)
昼
夕方
夜
23:26
9/30fri
冬
の
始
ま
り
東の壁へ行く
熱を出す
地図を影に渡す
心への疑問
博士の娘から電話で起床
頭骨を預ける
大男とちびに襲われる(2h)
博士の娘が家に来る
博士の研究所へ向かう
4:18
11:00
23:00
10/1sat
 
 
 
 
 
 
 
 
 
冬
獣が死ぬ
唄を思い出そうとする
楽器を探す
発電所で手風琴を手にいれる
影に会う
大雪の日に少女と話す
「ダニー・ボーイ」1
を思い出す
博士と対面
脳内の回路の秘密を聞く
地上に脱出
頭骨を取りに行く
図書館の女の子と食事
彼女の家に泊まる
4:20
10:00
18:00
10/2sun
少女の心を読む(夜明けまで)
睡眠(14:30 まで)
影のもとへ(15:00)
影と南のたまりをめざす
影だけたまりのなかへ
頭骨が光る
日比谷公園で女の子と別れる
車で晴海へ
−意識の消滅
4:16
10:22
11:00
10/3mon
ジャンクション B の溶解
§3 それぞれの世界での出来事と、そのつながり
 2 つの物語の流れを、小説全体の時間の流れ(ページの順を追って)を軸に見ていく。両物語に関連する出来事を中心に
そのつながりを分析する。
それぞれの物語が、あるキーワード
を共有しながらも、独立して展開さ
れていく。
a.〔ハードボイルド…〕で、第三回
路への切り替えが始まる。小説全体
の時間軸で同時期頃から、〔世界の終
り〕の〈僕〉は、街のシステムへの
疑問と、心の存在に興味を持ち始め
る。
−「僕はこう思うんです。人々が心を失うの
はその影が死んでしまったからじゃないかっ
てね。違いますか?」
小説全体での時間軸
b.〔 ハ ー ド ボ イ ル ド …〕 で は〈 私 〉
の中に、あきらめのような感情が生
まれる。〔世界の終り〕では、〈僕〉
が少女の心を取り戻そうと、唄を思
い出そうと動き始める。
−「あなたにもそれを話すことができるの?」
 「唄は話すんじゃない。唄うんだ。」「唄っ
てみて。」と彼女は言った。
c.〔ハードボイルド…〕で〈僕〉は
彼女がかけてくれたレコードにあわ
せて唄い、その次のプロットで〔世
界の終り〕の〈僕〉がそのメロディ
を思い出すことに成功する。
d.〔世界の終り〕では唄によって、
頭骨におさめられていた少女の心が
浮かび上がり、光を放つ。〔ハードボ
イルド…〕の頭骨もまた光を放つよ
うになる。
−その光は春の陽のようにやわらかく、月の
光のように静かだった。
e.〔ハードボイルド…〕で〈私〉の
意識が静かに消えていき、〔世界の終
り〕では影と別れた〔僕〕は少女の
もとへ帰っていく。
−「君のことは忘れないよ。森の中で古い世
界のことも少しずつ思いだしていく。」
 はじめはバラバラで展開している 2 つの物語が、あるところを境に両者の世界に影響を与え合うようになっていく。直接
的につながるのは(c.)の「ダニー・ボーイ」のくだりだけであるが、その前後でも、一方の変化が他方の感情に変化を与え
ていると言える。
* d. のプロットだけ〔世界の終り〕が先行する
Idea over the world that develops in "Paralell".  012
§4 2 つの世界をつなぐキーワード
1)ダニー・ボーイ
 アイルランドの民謡であり、「ロンドンデリーの歌」とし
て知られる旋律に歌詞を付けたものである。
 最初に登場するのは〔ハードボイルド…〕で〈私〉が博士
に会いに行く途中口笛で吹く場面。その後〔ハードボイルド
…〕において、図書館の女の子と夜を過ごしている際、〈私〉
がビング・クロスビーのレコードに合わせて、唄う。〔ハー
ドボイルド…〕においては、その重要性は強調されないが、
〔世界の終り〕においては重要な意味を持つ。過去の記憶の
ない街〔世界の終り〕においては、唄ははるか昔に忘れられ
たもののひとつである。〈僕〉は手風琴 fig.1
によるメロディー
からなんとかして引っ張りだしたこの唄によって、少女の心
を揺り動かすことに成功した。
−彼女がもう一度『ダニー・ボーイ』をかけてくれたので、私ももう一度
それにあわせて唄った。二度目にそれを唄うと、私はわけもなく哀しい気
持になった。〔ハードボイルド・ワンダーランド〕
−音楽は長い冬が凍りつかせてしまった僕の筋肉と心をほぐし、僕の目に
あたたかいなつかしい光を与えてくれた。〔世界の終り〕
2)一角獣の頭骨
 現実の世界である〔ハードボイルド…〕には存在しない動
物の頭骨である(かつては存在したかもしれないという設定)。〈私〉
はレプリカだと言って、博士からもらった。しかし、計算士
によって雇われた男によって盗まれそうになったりすること
で、頭骨の価値は知らないが、そこになんらかの意味がある
のではないかという謎を抱えたまま物語は進行する。
 対して、〔世界の終り〕において、一角獣は当たり前の存
在である。夢読みとなった〈僕〉は図書館でその一角獣の
頭骨におさめられた夢を読むことを仕事とするようになる。
後々、〈僕〉は影によって「一角獣がこの街のシステムの一部」
であるという事実を知ることになる。
−秋がやってくると、彼らの体は毛足の長い金色の体毛に覆われることに
なった。それは純粋な意味での金色だった。」〔世界の終り〕
−「獣は人々の心を吸収し回収し、それを外の世界に持っていってしまう。
そして冬が来るとそんな自我を貯め込んだまま死んでいくんだ。」〔世界の
終り〕
3)図書館の少女
 〔ハードボイルド…〕の〈私〉は一角獣の頭骨を調べにいっ
た図書館でレファレンス係の女の子と知り合い、好意を抱く。
意識が消滅する最後の日も女の子と過ごすことを選ぶ。
 〔世界の終り〕の〈僕〉もまた、図書館の少女と出会うが、
ここで言う図書館は厳密な意味での図書館ではない。少女は
夢読みである〈僕〉の手伝いをしてくれる。〈僕〉は少女を
求めるが、心を持たない少女はそれに答えることができない。
さらに、初めて少女と会ったとき「どこかで以前君にあった
ことはなかったかな?」と〈僕〉は言う。それは 2 つの世界
の関係を考える際、大変重要な意味を持つと考えられるだろ
う。
 両者の共通点は、ともに図書館(と呼ばれる場)で働いて
いるという点、さらにどちらの主人公もまた図書館の女の子
に惹かれているという点である。
−「ねえ、私たち似合いだと思わない?」と彼女が私に言った。〔ハード
ボイルド・ワンダーランド〕
−彼女の何かが僕の意識の底に沈んでしまったやわらかなおりのようなも
のを静かに揺さぶっているのだ。〔世界の終り〕
fig.1 手風琴
4)『世界の終り』
 〔ハードボイルド…〕の〈私〉がシャフリングという作業
を行う際の、パスワード。〈私〉に分かっているのはこのタ
イトルだけで、その内容までは把握していない。博士の話に
よると、『世界の終り』は〈私〉の意識が描いている世界で
あるという。それを博士が再編集して第三の回路として埋め
込んだ。
 要するに、パラレルに展開していると思われていた 2 つの
世界の関係がここで見えてくる。〔世界の終り〕は〔ハード
ボイルド…〕の〈私〉の作りだした意識の中の世界であった。
−「ここは世界の終りなんだ。ここで世界は終り、もうどこへもいかん。
だからあんたももうどこにもいけんのだよ。」〔世界の終り〕
−「あんたの意識は世界の終りの中に生きておるんです。その世界には今
この世界に存在しておるはずのものがあらかた欠落しております。そこに
は時間もなければ空間の広がりもなく生も死もなく、正確な意味での価値
観や自我もありません。」〔ハードボイルド・ワンダーランド〕
Idea over the world that develops in "Paralell".  013
§5 2 つの世界の比較
§6 2 つの世界の関係性
 物語の終盤に進むにつれて、2 つの世界の関係性が見えてくる。
1. もともとは〔ハードボイルド…〕の〈私〉意識の角にあった世界を博士が再編集し、脳内にインプットした
2. 博士の依頼で行ったシャフリング作業によって、〈私〉の意識は徐々に〔世界の終り〕へと飲み込まれていく
3. 最終的に〈私〉の意識は消滅し、〔世界の終り〕に入り込んでいく
→〔ハードボイルド…〕において、〈私〉の意識が意識が消滅した後に、〈僕〉が〔世界の終り〕に到着したのではないかと
考えられるため、同時進行していると思われていた 2 つの世界は、実は完全なパラレルではない。
 しかし、あえて同時並行で 2 つの物語を影響させ合いながら展開させることで、立体的な物語の展開にしている。
世界の終り ハードボイルド・ワンダーランド
春〜冬の一番厳しい時期まで
(春は回想で登場するだけなので、物語の舞台としては秋からとなる。) 期
間
9 月 29 日から 10 月 3 日までの 5 日間
「夕闇が街を青く染めはじめる頃」や「真夜中近く」など漠然とした時
間表現によって、一日の変化を丁寧に描写し、ゆっくりと流れる静閑な
時間変化を表現している。
終盤のクライマックスでは時間を、明確に示し、勢いづけている。
時
間
表
現
「何時何分」「何時間」のように時間の経過を明確に表現している。5
日の短い期間の出来事を事細かに記し、スピード感溢れる表現がなさ
れている。
〈僕〉が地上世界に戻り、残り時間が 24 時間を切った頃から、繊細な
情景描写されるようになる。最後の章は特に、ゆったりとした時間経
過が表現されている。
僕
図書館の少女
大佐(老人)
大男の門番
影
発電所の管理人
登
場
人
物
私
図書館の女の子
博士(老人)
ちびと大男の 2 人組
ピンクの女の子(博士の娘)
壁に囲まれた街
−街は広すぎもせず狭すぎもしなかった。つまり僕の想像力や認識能力を遥かに凌駕
するほど広くはなく、かといって簡単に全貌を把握把握できるほど狭くはないという
ことだ。
舞
台
都内
地下世界(明治神宮〜青山一丁目)
地上世界(世田谷、日比谷公園、晴海)  
語り手
春 冬秋 10/39/29 5days
夜朝 冬秋1 日の変化 季節の変化
細かな時間描写=スピード感漠然とした時間描写=ゆったりとした時間経過
0. 1. 2. 3.
『ラッシュライフ』をめぐる思考
Idea over the world that develops in "Paralell".  015
§1 作品概要
 伊坂幸太郎による 2 作目の長編小説。伊坂幸太郎が注目さ
れるきっかけとなる作品である
 新進の女性画家・志奈子。仕事には独特の美学を持つ泥棒・
黒澤。神に憧れているのは父に自殺された青年・河原崎。不
倫相手との再婚を企む女性カウンセラー・京子。職を失い家
族に見捨てられた男・豊田。並走する 4 + 1 つの世界、そ
の世界を超えて交錯する 10 以上の人生。5 つの物語がすれ
違い、絡み合いながら展開し、最後に “1 枚の壮大な壮大な
騙し絵 ” としてひとつにつながる物語。
『ラッシュライフ』
伊坂幸太郎著、2002 年、新潮ミステリー倶楽部
(文庫版:2005 年、新潮文庫)
§2 物語の構造
Ⅰ)黒澤(+佐々岡)
Ⅱ)河原崎(+塚本)
Ⅲ)京子(+青山)
Ⅳ)豊田(+野良犬)
Ⅴ)志奈子(+戸田)
 以上の 5 つの物語が、プロットごとにそれぞれ展開する。
黒澤→河原崎→京子→豊田の順でプロットが展開され、各章
のはじめに志奈子の物語が挿入されるので、5 つの物語とい
うよりは、4 + 1 で物語が構成されていると言える。
 異質物語世界的であり、非焦点化された視点で物語は各主
人公を中心に描かれる。それぞれが独立した物語であるため、
同一の出来事を異なる立場から描写するので、多元化された
視点であるといえるだろう。
Idea over the world that develops in "Paralell".  016
§3 それぞれの世界での出来事と、そのつながり
 5 つの物語のうち、特に関連してくる 4 つの出来事を時系列に整理し、流れを追っていく。4 人の視点から、4 つの物語に
関連する出来事を中心にそのつながりを分析する。
河原崎 黒澤 京子 豊田
1
日
目
駅前の喫茶店 1
で待ち合せ
野良犬 2
を見る
スケッチブックに言葉 4
塚本と死体を解体
塚本を殺害
2
日
目
マンションで隣人とぶつかる
→宝くじ 3
を落とす
展望台 5
に上る
老夫婦から恐喝される
男にマンションの住所を伝える
野良犬 2
に首輪をあげる
マンションで隣人とぶつかる
→宝くじ 3
を拾う
駅前の喫茶店 1
を見る
スケッチブックに言葉 4
野良犬 3
を見る
舟木宅へ侵入
老夫婦から恐喝される
家に男が侵入(佐々岡)
佐々岡と朝まで語り合う
3
日
目
死体を林に運ぶ
死体をなくす
佐々岡が離婚を決意
野良犬 2
の首輪に宝くじ 3
展望台 5
に上る
夫と離婚が決まる
スケッチブックに言葉 4
拳銃の入ったロッカーの鍵紛失
青山と青山の自宅へ
死体を轢く
死体をトランクへ
4
日
目
若者にからまれる中年を助ける
岩手山に行く
舟木宅へ侵入
青山に騙されていたと発覚
駅で犬をバラバラにしようとする
展望台 5
に上る
スケッチブックに言葉 4
駅前の喫茶店 1
へ行く
犬を助ける
ロッカーの鍵を拾う
→拳銃手にいれる
郵便局を襲撃
若者にからまれる
舟木宅へ
老人と女に話しかけられる
スケッチブックに言葉 4
野良犬 3
の首輪に宝くじ 3
を発見
展望台 5
へ上る
共に同じ老夫婦によって恐喝されている。
河原崎→黒澤の順に恐喝されており、黒澤
は老夫婦から、河原崎の話を聞かされる。
ここで登場する老人と女が、4 + 1 の残
された 1 つの物語である。
 4 つの物語が、並列で描かれるため物語や時間が様々に交錯するように見えるが、整理すると 4 人を中心とした 4 日間の
物語であると分かる。1 つ 1 つの物語はほぼ 1 日の出来事を描いてるが、それが少しずつズレて描かれ、多元化された視点
によって同じ出来事を違う立場から描くことで、読者を惑わせる。しかし、同じ出来事として捉えることができ、整理して
いくことができれば、実際は整合性のとれた時間軸に並ぶことがわかる。基本的には、時間の速度は同じであり、並列で展
開しているところにトリックが隠されている。
 少しの時間的な重複と共通するキーワードや出来事によって、1 つ 1 つの物語がパズルのようにつながっていく様は、作
品内で何度か繰り返される「人生がリレーのようであったら面白い。」という喩えそのものである。
−「昨日は私達が主役で、今日は私の妻が主役。その次は別の人間が主役。そんなふうに繋がっていけば面白いと思わないか。
 リレーのように続いていけばいいと思わないかいけばいいと思わないか?人生は一瞬だが、永遠に続く。」(黒澤のプロット)
それぞれの視点で描写されている期間 同一の出来事
Idea over the world that develops in "Paralell".  017
§4 4 つの世界をつなぐキーワード
 4 つの物語すべてに共通して登場するキーワードが 5 つあ
る。それらは物語の展開には直接は関係ないが、物語間のつ
ながりを効果的に生み出している。
1)駅前の喫茶店
−仙台駅前には行列ができていた。歩きながら目で辿っていくと、喫茶店
の入口から続いている。開店したばかりなのか、活気が溢れていた。〔黒
澤〕
−開店したばかりの大型喫茶店はにぎわっていた。座る場所はどこも埋
まっている。〔河原崎〕
−人の流れに逆行して歩き、オープンしたばかりの駅前の喫茶店に立ち
寄った。〔豊田〕
−どうしてこんな店に行列ができるのか分からなかった。(中略)ようす
るに仙台にはじめて開店したチェーン店という話題性に踊らされてい
るだけなのだろう。〔京子〕
 4 人が 4 人ともこの喫茶店に立ち寄るか、前を通るかして
いる。さらに、「開店記念の半額割引券」が後々の時間的な
トリックを明かす鍵となる。豊田が喫茶店で割引券が使えな
いというくだりがあるが、ラストで〈何ということはなかっ
た。期限が切れているのだ。開店後三日間の限定サービスと
ある。今日は四日目なのだろう。〉とある。ここで、豊田が
4日目の物語の主人公で、他の 3 人の物語はそれ以前の話だ
と分かる。
2)野良犬
−歩いていると途中で犬を見かけた。(中略)泥棒と犬が仲良くしてはい
けない、と彼は彼の美学に従い、うす汚れた犬を無視して、先へ進む。〔黒
澤〕
−「犬がこんなところにいるなんて珍しいですね。首輪もないから野良犬
でしょうか」〔河原崎〕
−豊田の視線の先には犬がいた。(中略)親近感を覚えた。あれは私だ、
とさえ思えた。〔豊田〕
−首輪を切り、その後で首を切断してやる。京子は真っ直ぐに犬に近づく。
〔京子〕
 後々、豊田の相棒となる野良犬は駅前で目撃される。黒澤、
河原崎は翌日も目撃するが、(2 日目に河原崎が与えた)首
輪の有無でその時間関係が整理できる。
 また終盤では、志奈子と行動を共にする戸田に、犬を譲っ
てくれと頼まれる。ここで、志奈子のプロットとのつながり
が生まれている。
3)宝くじ
 河原崎が崇拝する高橋が当てたという、香港の高額当選し
た宝くじ。
 塚本が持っていたものが物語を通して巡り巡りラストで豊
田の元にいく。
 宝くじの流れは、塚本→黒澤→野良犬→豊田。
4)スケッチブックに言葉
 駅前で金髪をポニーテールにした若い外人女性が、「あな
たの好きな言葉を教えてください」と書かれたスケッチブッ
クを持って立っているというくだり。
 4 日目の午後再び、豊田が女性と出会いスケッチブックを
見せてもらい、4 人の言葉を見つける。そして改めて『イッ
ツオールライト』と書き、物語は収束する。
5)展望台
 駅前に立つ塔のような建物で、展望台の入口には、「何か
特別な日に」という垂れ幕、周囲の壁には「エッシャー展」
ポスターが貼られている。
 それぞれが「特別な日」に思いを巡らせる。
 そして、それぞれの物語は展望台に上るところで終結する。
−黒澤はエレベーターがくるのを待ちながら、会ったこともない京子とい
う女が、今ごろ何をしているのか想像する。〔黒澤〕
−河原崎はエレベーターが来るのを待ちながら、朝に一度会っただけの黒
澤という隣人が、今ごろ何をしているのか想像する。〔河原崎〕
−京子はエレベーターが来るのを待ちながら、ついさっき出会った、犬を
連れた中年男が、今ごろ何をしているのか想像する。〔京子〕
−豊田はエレベーターに足を進めながら、まだ出会っていない見知らぬ誰
かが、城の屋上を歩いているところを想像する。〔河原崎〕
 河原崎→黒澤→京子→豊田→??とつながる物語の全貌が
ここで見えてくる。
Ascending and Descending, M.C. Escher,1960
 さらに、新興宗教の教祖・高橋、バラバラ殺人事件、それ
ぞれが思う神という存在などのエ
ピソードが各物語に登場すること
で、別個で展開されてた物語のつ
ながりを暗に示している。
黒澤:ドジを踏んで現行犯で捕まった時
河原崎:塚本と並んで歩いている今
京子:あなた(青山)の奥さんを殺す今日
豊田:再就職が決まったとき
黒澤:ページの真ん中に、堂々とした整った字で『夜』
河原崎:綺麗とは言えない字で、『力』
豊田:真ん中より多少右にそれた場所に小さく『無色』
京子:書道の手本のような美しい字で『心』( 青山は『約束』)
Idea over the world that develops in "Paralell".  018
§5 登場人物同士のつながり
 登場人物は 5 つの物語の主人公を中心に展開されるが、それぞれの連れや、他の登場人物によって、すべての登場人物が
つながりを持つ。
河原崎
黒澤
京子
豊田
犬
佐々岡
老夫婦
若者に絡まれているところを助ける
若者に絡まれているところを助けられる
玄
関
先
で
ぶ
つ
か
る
塚本の死体
マンションに行けと指示
(元)夫婦→ 3 日目に離婚
恐
喝
恐
喝
マンション
に忍び込む
同級生
舟木宅で遭遇
追跡する
死体を轢く
持っていってく
バ
ラ
バ
ラ
に
し
よ
う
と
す
る
犬
を
救
出
拳
銃
宝くじの流れ
舟木
元上司
殺人を企む
青山 愛人
志奈子
画廊で絵を扱う 理解者
裏切る
戸田
犬
と
引
換
え
に
、
仕
事
を
紹
介
す
る
と
提
案
§6 4 + 1 の物語の関係性
 1.4 + 1 の物語がそれぞれ独立したままパラレルに展開していく
 2. それぞれの物語はいくつかの出来事を通し、交錯しニアミスをしながらパラレルに展開していく
 3. 最終的にすべての物語が時間的にずれていたことが分かり、そのつながり方が実はパラレルではなく直線的なつながり
 であったことが見えてくる
→俯瞰した視点での描写によって読者はその関係を知り得るが、時間的なずれによるトリックによってそれぞれの物語の登
場人物はつながりはあるものの、別の物語の世界を知ることはない。
−「人生はきっと誰かにバトンを渡すためにあるんだ。今日の私の一日が、別の人の次の一日に繋がる。」(志奈子のプロット)
1. 2. 3.
『オーデュボンの祈り』をめぐる思考
Idea over the world that develops in "Paralell".  020
§1 作品概要
 伊坂幸太郎のデビュー作。第 5 回新潮ミステリー倶楽部賞
受賞。
 主人公・伊藤は気付くと、江戸時代以来外界から鎖国をし
ているという見知らぬ島・荻島にたどり着いていた。伊藤が
来た翌日、案山子はバラバラにされ、頭を持ち去られて死ん
でいた。伊藤は「未来がわかる案山子はなぜ自分の死を阻止
できなかったか」という疑問を持つ。住民から聞いた「この
島には、大切なものが最初から欠けている」という謎の言い
伝え。案山子の死と言い伝いの真相を追い、伊藤が島をまわ
り、島民のあいだを訪ね歩く。仙台から離れた少しリアリティ
の欠けた島での 4 日間を描く。 『オーデュボンの祈り』
伊坂幸太郎著、2000 年、新潮社
(文庫版:2003 年、新潮文庫)
§2 物語の構造
Ⅰ)荻島  * 150 年前から外界と隔絶している島
Ⅱ)仙台
以上の 2 つの舞台と、回想(a. 祖母への回想/ b.150 年前
の荻島)を交えながら物語は展開する。
 荻島での出来事は、伊藤を視点に内的焦点化された、等質
物語世界的(自己物語世界的)である。祖母への回想もま
た伊藤を視点とした内的焦点化によって行われている。150
年前の荻島の回想は、徳之助を視点に内的焦点化した、等質
物語世界的な物語である。仙台での出来事は、非焦点化され
た異質物物語世界的である。
☆物語の構造は、荻島と仙台がパラレルに展開するものであ
ると言える。だが、本研究ではその 2 つの世界の構造ではな
く、伊藤を中心とした世界と、それを他の世界との関係性に
ついて研究を行う。
Idea over the world that develops in "Paralell".  021
§3 伊藤の行動と、その周囲の人物の動き
 
 主人公・伊藤が荻島に上陸してからの 4 日間の動きを追って行く。さらに、島民たちの動き、言葉を追って行くことで、
伊藤の周辺で起きた 4 日間の出来事を分析する。
伊藤の行動 場所 島民の動き 言葉
11/30
コンビニ強盗未遂 仙台
12/1
日比野に起こされる  
園山に会う
優午の元へ行く
若菜と会う
轟と会う
草薙と会う
桜に会う
ウサギと会う
佳代子・希世子と会う
田中を見る
草薙宅で夕食、百合と対面
荻島
アパート
農道
田圃
轟宅前
河原
土手
桜宅前
市場
市場
市場
草薙宅
若菜:地面の音を聞いている → 謎 -a
轟:河原でブロックを集める → 事件 2-a
轟:「優午に頼まれてなあ、持っていくんだ」
12/2
2:00
3:00
朝
静香へ手紙を書く
優午の元へ
帰り道に園山を目撃 →事件 1-d
日比野に起こされる
優午殺害の現場へ
小山田と対面
丘の上で日比野と話す
田中にオーデュボンの話を聞きに行く
佳代子と遭遇
草薙と会う、手紙渡す
ウサギの元へ
小山田から尋問される
轟と曽根川の言い合いを目撃
轟と話す
アパート
田圃
アパート
田圃
田圃
丘
田中宅
市場
優午殺害、バラバラにされる → 事件 1
ウサギ:旦那が来る(2:30)
→ 事件 1-b
園山:散歩? → 事件 1-c
ウサギ:園山を目撃 → 事件 1-d'
日比野:佳代子とどこかへ行く
草薙:自転車のパンクを直しにいく
→「自分のしたことが、良いのか悪いのかも判断でき
なくなって、飛び降りようとする男がいたら、どうし
ますか?」(中略)「助けるんですよ。」
→ 事件 1-a
→「まだ仙台に帰っては行けません」
→「葉書は出しつづけてください」
→ 謎 b
→「あなたは自転車をこぎましょう」
→ 事件 2-b
→「伊藤さんに聞いてもらいたかったのですよ。オー
デュボンの話。」
→ 事件 2-c
佳代子:「わたし、選ばれたの」
→ 事件 2-d
ウサギ:「わたし見たんだよ(午前 3 時に歩いてる園
山を)」(中略)「5 分もないくらいだった。行きと帰
りの間隔がさ」
→ 事件 1-d'
夕方 夕飯をつくる
日比野がアパートへ来る
デートの手伝いを頼まれる
園山の元へ
日比野と別れる
田中を目撃
若葉と遭遇
アパート
田圃
少女:伊藤の元へバターと包丁を持っ
てくる
田中:優午があった場所で礼をする
若葉:地面の音を聞いている → 謎 -a
少女:「優午に頼まれたんだ」
若菜:「わたしも忙しいんだから。(中略)わなを作っ
たり」
→ 事件 2-e
Idea over the world that develops in "Paralell".  022
12/2
17:30
18:00
21:00
草薙&百合に遭遇、自転車を借りる
自転車で日比野との待ち合せ場所へ
自転車をこいでデートを演出 →事件 2-f
(→自転車の電灯でふたりを照らす)
ウサギの元へ
ウサギの旦那と遭遇、昨夜の話を聞く
笹岡が桜に撃たれるのを目撃
草薙宅へ助けを求めに行く
警官から聴取
時計台
土手
市場
日比野:佳代子とデート→ 事件 2-f'
田中:曽根川を河原に呼出す → 事件
警官:曽根川の死体発見→ 事件 1
百合:失踪
草薙:帰宅後、百合を捜索
12/3
6:00 起床、静香へ手紙を書く
日比野と共に曽根川の死体の元へ
小山田と話す
日比野と共にバスで 2 周
草薙と遭遇、百合失踪を聞く
草薙が警察に連行される
日比野と共に安田宅へ、留守
桜の元へ
若菜とその母が来る
轟宅へ
轟に 2 通目の手紙を渡す
轟宅の秘密に疑問を抱く→ 謎 -c
河原
安田宅
桜宅
轟宅
若菜母:「轟がうちの娘を襲おうとした。」
案山子を作る少年と遭遇
日比野と合流、笹岡の葬儀へ
安田を発見、日比野が襲撃
桜が来る
草薙登場、「百合が帰ってきた」
日比野と共に轟宅へ
轟に 3 通目の手紙を渡す → 謎 -d
桜と遭遇
日比野と共に草薙宅へ
小山田が草薙宅へ現れる
日比野と共に轟宅へ
地下室を探る → 謎 -f
田圃
墓地
轟宅
草薙宅
轟宅
安田:桜に撃たれる?
轟:静香へ手紙を渡しに向かう(仙台)
→ 謎 -e
小山田:百合を連行
夕方 日比野と共に園山宅へ
百合が現れる、昨夜の話をする
日比野と話す
案山子を作る少年と遭遇
人だかりを発見
田中を助けに、見張り台へのぼる
案山子殺し、曽根川殺しの真相を聞く
見張り台からふたりで降りる
小山田と帰る、事件の真相を話す
園山宅
見張り台 田中:見張り台へのぼる→ 事件 1-f
曽根川:「俺は頼まれたんだ。」「優午にですか」「ああ。
あの夜に、曽根川を呼び出せってな。あの真っ暗な河
原のところだ。」
→ 事件 1-g
12/4
昼前
日比野に起こされる
静香と再会
アルトサックスを演奏 → 謎 -h
桜宅
丘の上
轟・静香・城山:荻島に上陸→ 謎 -g
城山:桜の撃たれる
 内的焦点化された物語であるため、伊藤の視点からの出来事や情報のみが描写される。伊藤が見た情報、聞いた情報を統
合することで、伊藤とは関係ないところで行われている島民の動きも明らかになってくる。関係ないと思える事柄が、実は
「事件 1: 優午殺害事件」と「事件 2:曽根川殺害事件」の 2 つの事件、「この島に欠けているものは?」という 1 つの謎にそ
れぞれが関係していることが分かってくる。さらに、それらの事件の謎を追ってるうちに、知らず知らずのうちに伊藤自身
も関わっている事実に気づく。
伊藤が直接見た出来事
Idea over the world that develops in "Paralell".  023
§4 登場人物と事件の概要
 物語に登場する荻島の個性豊かな住人たち。登場人物の特徴が事件や謎を解く鍵となる。
優午
・未来の見えるしゃべる案山子。→ 事件 2-h
ただし未来のことは
めったに話さない
・150 年前、鎖国直前の荻島で禄二郎によって作られた
・鳥が好き
−「カカシなのに鳥贔屓だ。」
−「預言するんじゃない。知っているんだ」
−「私はおそらくそうやって未来を知っています。人よりも数多く、情報を正確に知ってい
るのでしょう。だから、ジューサーに入れれば、未来がわかります。」
−「先のことは教えてくれない。特に、本人のことになるとしゃべってはくれなかった。ずっ
と昔からそうだったんだって、わたしのばあさんも言っていたよ」
日比野
・伊藤に島を案内
・佳代子が好き
・幼い頃に両親が殺害されている
−「あのさ、日比野も優午を憎んだのかな?」「あれは変わってるから。まったくそんなこと
はなかったよ。」 
園山
・嘘しか言わない画家
・毎日同じ時間に同じ場所へ出かける → 事件 1-c
・5 年前に奥さんが殺害されている。→ 事件 1-e
−「頭も変になってさ、さっきみたいに反対のことしか喋らないわけさ、おまけに毎日、同
じ時間に同じ場所へ出かける。(中略)町の誰もがそれを知っている。時計がわりに使える
くらいだ」
田中
・足に障害を持った中年
・鳩を飼っている → 事件 2-i
・オーデュボンの話を聞かせてくれる → 事件 2-c
−「自分の話し相手は、鳥か優午、どちらかしかいなかった」と彼は言った。
桜
・人殺しが認められている美しい男→ 謎 -i
・「騒々しい」「理由になっていない」と言って銃で殺す
・うるさいのが嫌い→ 謎 -j
・詩を読んでいる
・殺すのは何か罪を犯した後→ 事件 2-j
−「人殺し。そうでなかったら、法律だ。ルール、規則、人殺し。倫理と道徳。」
−「桜は何かをやらかした人間を撃つんだ。
轟
・島で唯一外界と交流している熊のような男 → 謎 -c
・島外への郵便を草薙から預かり届ける → 謎 -d・e
−「この島は孤立している。誰も行き来をしていない。ただ、轟のおっさんは別なんだ。」
−「轟のおっさんは、この島と外を行ったりきたりしてるんだ。島の住人がほしいもの、必
要なものを持ってくるんだ。」
草薙
・島の郵便局員
・妻の百合が何より大切
−「彼って、花に似ていると思いませんか」(中略)「優午さんが前にそう言ったんですよ。『彼
は花と同じで悪気がありません』って。 
百合
・昔から園山と親しい
・病気の人の手を握ってあげる仕事をしている
−草薙にとって、百合さんは、自分がまっすぐ立っているための重りのようなものなのかも
しれない、と僕は思った。
若菜 ・地面の音を聴く遊びをよくしている→ 謎 -a
ウサギ
・体重約 300 キロの女
・市場から動けず、同じ場所にずっと座っている→ 事件 1-d'
・旦那が世話をしてくれている
−「わたしはここから動かないけどさ、でも、お陰さまで何も知らないわけじゃない。うち
の旦那が、優午の話を伝えてくれるからね。」
−「ウサギさんはいつもここにいるんですよね」「ああ。いつでもここさ」
曽根川
・伊藤が来る 3 週間前に島の外からやってきた
・猟銃を持ってきた
−「あれは嫌な感じの男だな」
−「彼は金儲けに来たんだろう?」
 細かく設定された登場人物の特徴やエピソードのひとつひとつにヒントが隠されている。これらの設定が巧妙に出来事と
関連してくることですべてがひとつにつながってくる。
 特に優午が案山子であること(=自ら行動を起こす事はできない)や、未来についてめったに話さないことが 2 つの事件
の鍵となる。
−「あなたの未来について私はいくつかの経路を知っています。未来へのシナリオは、大きく分けて何十通りもあります。
細かく分岐すれば、何億通りにもなるでしょうね。でも、そのうち、あなたが実際に辿る未来はひとつしかありません。いっ
たいどの未来になるのかは、ほんの少しの条件でも変わってしまうんですよ。」(優午) 
−「優午は未来のことを誰かに喋っても、結果が変わらないことを知っていたんだ。どの可能性を考えても、世の中は良く
ならない。未来がわかる自分自体が原因じゃないか、と疑いたくもなるのかもしれない」(伊藤)
Idea over the world that develops in "Paralell".  024
事件 1:優午殺害事件
未来が見える案山子・優午がある朝バラバラにされていた。
→「自分が殺されることを予期できなかったのだろうか?」
事件 2:園山殺害事件
島の外からやってきたもうひとりの男・曽根川の死体が河原
で発見される。
→「そもそも曽根川が島にやってきた目的は?」
 謎 1:『この島に欠けているものは?』
「ここには大事なものが、はじめから、消えている。だから
誰もがからっぽだ。島の外から来た奴が、欠けているものを
置いていく」という、昔から島に伝わる言い伝え。
§5 2 つ事件と 1 つの謎
 伊藤が遭遇した出来事や島民のエピソード(§3、§4 の表を参照)を並べ替えていくと、荻島で起きた 2 つの事件と 1 つの謎
の真相が解き明かされ、それぞれの出来事のつながりが見えてくる。
ウサギは旦那(ウサギのもとへ訪れた理由は釈然としない)に起こされ(d)、ウサギは
園山を目撃し(d')、短時間で引き返してきた園山には優午殺害が不可能だと証言。さら
に、a で優午は、f の出来事を預言するかのような言葉を述べている。そこに優午は案山
子であること、未来が見えるがそれを自ら阻止することはできないことを踏まえる。
→優午は園山の奥さんの事件を阻止できなかったことを、奥さんが死ぬ前に謝罪した
かった。しかし、自ら動くことは不可能なため、田中にバラバラにしてもらい、頭部を
園山が家に持ち帰るように指示していた。園山のアリバイを証明するため、ウサギに目
撃させ、さらに田中が思い悩むのを見越して伊藤に a の言葉を残した。
それぞれが優午に「役割」を頼まれる(a・b・c・d・e)。それらがひとつにつながるこ
とで、事件 2 が起きた。優午殺害事件の後であったこと、優午は滅多に未来のことを口
にしないことを踏まえると、優午が死んだから最後の願いを叶えようと、頼まれた人た
ちは真剣になり誰もが「役割」を実行した。
→この事件に関するすべての島民の行動は優午の
与えた「役割」が発端となっている。轟がブロッ
クを運び(a)、若菜はわなを仕掛け(e)、佳代子
が日比野をデートに誘い(d → f')、伊藤が自転車
をこいでそれを演出する(b → f)、その頃、田中は
曽根川を河原に呼び出し a 〜 f のすべてがひとつに
なって曽根川は殺害された。
i・c と猟銃を持って島へきた曽根川の行動から、
曽根川の狙いは絶滅したはずのリョコウバトの生
き残りだと分かる。桜は罪人を撃つが、事が起き
てからしか実行しない(j)。最後のリョコウバトを
守るため、優午が島民の行動をつなぎ合わせ起き
た事件であった。
優午の言葉(b)に従い、伊藤は仙台にいる静香に葉書を書きつづけ、それがきっかけ
となりやがて静香は荻島やってくる(d)。アルトサックスフォンを持って。それを見た
轟の表情の変化とこれまでの出来事(a・c・f・i)から、轟がかくしていたこの島に欠
けているものが明らかとなる。
−「形ではありません。ただ聞くものなのです。」
−「この島に欠けているものは音楽だ」
事件 1
b
d
d'
c e
f a
i c
e
b f
a
d f'
c
h
j
 
 
 
事
件
2
g
c
i
a
f
c
b
謎
の
真
相
fig.1 リョコウバトのつがい
Idea over the world that develops in "Paralell".  025
§6 伊藤を取り巻く世界の関係性
 この物語は伊藤の世界の中の物語である。多くのエピソードが伊藤が実際に見たり聞いたりしたものである。
1. 伊藤が出会ったいくつものエピソード
2. 並べ替えると、ひとつの出来事につながっていき、伊藤の見ていた世界のすぐ裏側ではもうひとつの世界が動きが現れる
3. 伊藤自身も知らない間に、もうひとつの世界の一部に関係していた
→伊藤は知らない間に、もうひとつの世界を垣間見ていたことになる。その見ていたエピソードが見方を変えると、伊藤の
世界をも巻き込む、まったく違う別の世界になっていた。
−「この島では、誰もが何かに関係してそうだけどな。」(日比野)
−自分の記憶の中に答えが隠れているような気がしてならなかった。だから、目を閉じて、それを探ることにした。(伊藤)
−両方とも真実で、見る角度によって景色が異なるだけだ。僕と田中が見ている三日月にしたって、真横から見ればきっと
 細い線なんだ。(伊藤)
1. 2. 3.
まとめ
Idea over the world that develops in "Paralell".  027
小
説
 世界の終わりと
ハードボイルド・ワンダーランド
ラッシュライフ オーデュボンの祈り
関
係
性
の
ダ
イ
ア
グ
ラ
ム
概
要
・2 つの世界
・自己物語世界的/内的焦点化
・4 + 1 の世界
・異質物語世界的/非焦点化
・1 つの世界→複数の世界
・自己物語世界的/内的焦点化
2 つの世界の主人公それぞれが自分の世界
について語る。他方の世界についての直接
見ることはできないが、影響を及ぼし合い、
存在は微かに認めることができる。
物語の展開に伴い両者の包含関係は変化し
ていく。
俯瞰した視点からそれぞれの世界の主人公
の行動を語る。他方の世界とは直接的なつ
ながりがあるが、それを認知はしていない。
別の世界と関係しているということも、主
人公たちは認知していない。
あるひとりの主人公を中心とした世界につ
いて語る。すべてひとつの世界での出来事
だと思っていたことが、実はすべてつなぎ
あわせるとパラレルに展開する世界を認め
ることができる。さらに物語の展開につれ
て自分も別の世界に巻き込まれていく。
1.
2. 3.
0. 1.
2. 3.
1.
2. 3.
 『世界の終わり…』では〈自分がいる世界〉と〈自分がいない世界〉が同時存在する関係性が描かれ、『ラッシュライフ』では〈自
分の世界〉と〈誰かの世界〉との見えないつながりがあるという関係、『オーデュボン…』は、〈自分の世界〉だと思ってい
たものが〈誰かの世界〉の一部となっている関係が表されている。これら、小説の世界で展開される関係性は、視点(人物)
をどこにするかによって変わるだろう。
 それぞれの関係性の中で、それぞれが異なる世界とのつながりを持っているが、そのつながりも様々である。パラレルに
展開する世界同士が、より精神的な面でつながりを持つ『世界の終わり…』は、他方の世界との距離は決して見定めること
はできない。全く異なるところに展開する世界同士が影響を与え合うことで小説の世界観の構築へとつながっていく。伊坂
幸太郎はそのつながり方の方に関心があるようで、つながり方にトリックが仕掛けられている。『ラッシュライフ』と『オーデュ
ボンの祈り』は異なる世界だと思っていたものが、角度を変えると、あるひとつの大きな流れの中に同時に存在していたと
いうものである。このようつながり方は、意識的なつながりと出来事でのつながりとがあるのだろう。
 相対的な関係性を構築した上で、どのようにつなげるかによって世界間の関係性はさらに変化していくようだ。
PROJECT
Idea over the world that develops in "Paralell".  029
小説の構成を建築に
実体験した異次元空間
を用いて空間化
Project
3 つの住宅をめぐる思考
  小説の世界間の構成から建築をつくる。その際、実体験から得た空間体験を用いて、実空間に落とし込む。
 研究から得たもの、分析を通して見えてきた内容に、私が見てきたもの、読んだ物語、考えたことなどたくさんの記憶と
想像を混ぜ込みながら物語を生み出すような建築めざす。
 『3 つの住宅をめぐる物語』
Idea over the world that develops in "Paralell".  030
敷地
原宿の集合住宅
apartment HARAJUKU
吉祥寺の住宅
house KICHIJOJI
与論の住宅
villa YORON
 あらゆるもので溢れる東京の都心部・原宿、東京であり
ながら自然も感じることのできる井の頭公園、東京から
1,500km 離れた人口 5,000 人の南の島、与論。
 まったく異なる場所に建つ 3 つの住宅。その中で繰り広げ
られるそれぞれの物語。
35°40'13.86"N 139°42'31.24"E
27.1°23'29"N 128°27'17.59"E
35°41'54.00"N 139°34'55.39"E
 この物語の舞台になる 3 つの場所のどれもが思い入れのある場所である。選んだ理由があるとすれば、それくらいかもし
れない。それぞれがある時にある人とある時間を過ごした、たくさんの記憶に満ちている場所である。
Idea over the world that develops in "Paralell".  031
§1 与論の住宅
 海と空と砂浜とサトウキビ畑しかない島。一周 40 分の珊瑚でできた小さな島の南端の砂浜。
Idea over the world that develops in "Paralell".  032
§2 吉祥寺の住宅
 落ち着いた雰囲気の住宅地。北側は緑の溢れる井の頭公園、東側は井の頭線の線の線路に挟まれた場所。
Idea over the world that develops in "Paralell".  033
§3 原宿の集合住宅
 キャット・ストリートの終わり。ギャラリーやカフェの集まる区域。おしゃれな人の集まる場所。あこがれの街。
『3 つの住宅をめぐる物語』
『3 つの住宅をめぐる物語』
3 つの住宅で起きている物語はそれぞれ違う。
それは、家族といる私、仕事をしている私、そして南の島でバカンスをしている私の物語だ。
私を取り巻く物語は常に変化していくだろう。そのときの、私の居場所としての 3 つの住宅。
3 つの住宅が「私」という主人公でつながる、そんな 1 つの物語がここにある。
Idea over the world that develops in "Paralell".  036
『世界の終りと ハードボイルド・ワンダーランド』をめぐる思考
Idea over the world that develops in "Paralell".  037
与論の家
−消えた南十字星、砂に埋もれた怪獣の卵−
 『世界の終わり…』では、他方の世界を
ほとんど感じることができない、圧倒的な
閉鎖の世界の関係性が描かれている。
 この住宅では、自分のいる場所を強く認
識することで、空間の絶対化が行われる。
外の世界とのつながりはあまりないが、あ
えて閉じることで、外部からの少しの影響
でも知覚することが可能となる。
『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』の構成を建築化する
・2 つの世界
・自己物語世界的/内的焦点化
他方の世界についての直接見ることはできないが、影
響を及ぼし合い、存在は微かに認めることができる。
〈自分がいる世界〉と〈自分がいない世界〉が同時存在
する関係性が描かれる。他方の世界との距離は決して
見定めることはできない。全く異なるところに展開す
る世界同士が影響を与え合うことで小説の世界観の構
築へとつながっていく。
関係性
境界
 空間を形作る境界が肥大化し、厚い壁や内部に空間を有したものが生まれる
ことで、空間と空間の間の距離感が曖昧となる。
視点
 建築内部に視点人物を置く時、その人物には自分のいる場所のみが知覚される。ただし、同時に自分
の不在の空間の存在を感じることで、異次元空間の知覚へとつながる。ひとつひとつの空間は完結した
ものが多いので、場所を相対化することが難しく、どちらかと言えば常に居場所が絶対化される。
・内的焦点化された空間
Idea over the world that develops in "Paralell".  038
配置図 S=1/1,500
平面図 S=1/400
所在地:鹿児島県与論町
主要用途:別荘
規模:建築面積  121.51㎡
   延床面積  96.63㎡
   階数    地上 1 階
休暇を過ごすための別荘
〈自分がいる世界〉と〈自分不在の世界〉の関係性
空間との距離
空間操作によるパラレルに展開する世界の構築
手触りのある身体に近い空間
Idea over the world that develops in "Paralell".  039
波の音、風のにおい。外の世界との距離で自分の居場所を把握する。
Idea over the world that develops in "Paralell".  040
『オーデュボンの祈り』をめぐる思考
Idea over the world that develops in "Paralell".  041
吉祥寺の住宅
−森と虹の足跡、私にしか見えないもの−
『オーデュボンの祈り』の構成を建築化する
・1 つの世界→複数の世界
・自己物語世界的/内的焦点化
あるひとりの主人公を中心とした世界について語る。すべ
てひとつの世界での出来事だと思っていたことが、実はす
べてつなぎあわせるとパラレルに展開する世界を認めるこ
とができる。さらに物語の展開につれて自分も別の世界に
巻き込まれていく。〈自分の世界〉だと思っていたものが〈誰
かの世界〉の一部となっている関係が表されている
 『オーデュボンの祈り』では、〈自分の世界〉と〈誰
かの世界〉の関係が見方によって変わるように描か
れている。
 十字の共有の場とその周りの居室が、斜めの壁と
レベル差によって視線が交錯する。アプローチのレ
ベルでは十字型が図となり、居室部分が地となる。
2 階のレベルでは、地と図の反転が行われることで、
十字形と居室とが影響を与えながら存在すること
が可能となる。
 内部に空間を有する境界によって各居室を仕
切る。居室と境界空間の間は完全には分けられ
ていないが、境界内部の共有空間がバッファー
となる。常に境界空間を介して、異次元空間を
知覚することとなる。
 建築内部のある空間にいる人物を視点人物と設定し、どこからでも異次元空間の存在を知覚すること
が可能となる。その視点人物は、自分のいる場所とそこから見える別の場所とを把握することで、自分
のいる場所を相対化しながら捉えられる。
・内的焦点化された空間
関係性
境界
視点
Idea over the world that develops in "Paralell".  042
BF
配置図 S=1/1,500
平面図 S=1/400
1F2F
所在地:東京都武蔵野市
主要用途:住宅
規模:敷地面積 129.84㎡
   建築面積 110.50㎡
   延床面積 182.24㎡
   階数   地下1階
        地上2階
帰る家
〈自分がいる世界〉と〈誰かの世界〉の関係性
他者(家族)との距離
空間操作と人の活動によるパラレルに展開する世界の構築
シンプルだけど、質感のある素材による空間
Idea over the world that develops in "Paralell".  043
自分の居場所と、家族との距離。生活の中に生まれる気配という関係性。
Idea over the world that develops in "Paralell".  044
『ラッシュライフ』をめぐる思考
Idea over the world that develops in "Paralell".  045
原宿の集合住宅
−すぐそこの距離、57 時間後の風景−
『ラッシュライフ』の構成を建築化する
・4 + 1 の世界
・異質物語世界的/非焦点化
俯瞰した視点からそれぞれの世界の主人公の行動を語る。
他方の世界とは直接的なつながりがあるが、その存在を認
知はしていない。別の世界と関係しているということも、
主人公たちは認知していない。〈自分の世界〉と〈誰かの世
界〉との見えないつながりがあるという関係。
 『ラッシュライフ』では、1 つの世界の範囲が定まってい
ない。1 つ1つが少しずつつながっているような世界が描か
れている。
 ここでは各住戸の周りには廊下とも庭ともつかない空間が
存在する。その空間には所属は決まっていない。それぞれの
住人が、自分の求める用途としてその空間を活用することで
異なる生活の相互貫入が行われる。そこを介して生活や空間
がつながっていくことで、部分と部分のつながりが全体を構
築していく。
 グリッド状に並べられた境界。その内部を動線などの共
有の空間とする。空間と空間を隔てる境界であるため両空
間のどちらにも属し、どちらでもない性質を持つ。居室空
間と境界空間のヒエラルキーがなくなり、空間同士が溶け
出した状態が生まれる。
 5 つのユニットに住むそれぞれの住人は、自分の住戸を中心とした空間を把握しながら生活する。住
人同士は少しずつ空間を共有し、関係し合うが、その関係性の全体像を捉えることは難しい。俯瞰した
視点から見るときだけその全体像を捉えられるため、住人のたちは部分と部分のつながりの中だけを捉
える。
・内的焦点化、多元焦点化された空間
関係性
境界
視点
Idea over the world that develops in "Paralell".  046
配置図 S=1/1,500
平面図 S=1/400
1F
2F
所在地:東京都渋谷区
主要用途:集合住宅+ SOHO
規模:敷地面積  163.005㎡
   建築面積  121.949㎡
   延床面積  300.336㎡
   階数    地上 2 階
日常を過ごすアトリエ
〈自分がいる世界〉と〈他者の世界〉の関係性
人、モノとの距離
人間の活動・行動によるパラレルに展開する世界の構築
シンプルな素材。モノによる空間
Idea over the world that develops in "Paralell".  047
自分の居場所に入り込む誰かの世界。偶然生まれ、そして消える距離。
Idea over the world that develops in "Paralell".  049
そ
れ
ぞ
れ
自
分
の
居
場
所
が
あ
り
、
自
分
の
世
界
が
あ
る
。
 
そ
の
世
界
は
他
の
世
界
と
少
し
ず
つ
ク
ロ
ス
し
、
す
れ
違
っ
た
り
、
関
係
し
合
っ
た
り
す
る
。
 
私
が
見
て
い
る
世
界
と
別
の
誰
か
が
見
て
い
る
世
界
。
 
そ
れ
は
一
緒
の
場
所
で
あ
っ
て
も
、
同
じ
も
の
で
は
な
い
だ
ろ
う
。
Idea over the world that develops in "Paralell".  050
そ
れ
で
も
誰
か
の
世
界
に
、
別
の
世
界
が
少
し
だ
け
オ
ー
バ
ー
ラ
ッ
プ
し
て
く
る
。
そ
の
ま
ま
す
れ
違
い
に
終
わ
る
関
係
も
あ
る
か
も
し
れ
な
い
し
、
そ
こ
か
ら
つ
な
が
っ
て
い
く
別
の
物
語
も
あ
る
か
も
し
れ
な
い
。
 
そ
の
向
こ
う
に
あ
る
、
も
う
ひ
と
つ
の
物
語
が
。
この『3 つの住宅をめぐる物語』が、
誰かの世界の一部となり、その人の世界と別の世界との関係の中から
新しい物語が生まれるようなきっかけになればいいと思う。
世界はきっとどこかでつながっている。
Idea over the world that develops in "Paralell".  052
 私と私を取り巻く世界について考えたいと思った。 大好きな小説の世界。そこで感じるのは、どきどき
するような展開。同時存在するいくつもの世界。見える世界と見えないあちら側の世界、ここではない別の
世界、未だ見たことのない世界。そういう世界を見てみたい。そんなところからこの思考は始まった。
 そして、世界を変えるような劇的なものでなくてもいいから、誰かの世界の一部となり、その世界を彩る
ような建築を作りたいという思いだけだった。
 これは『私の見ているこの世界の向こうには、まだまだ知らない世界は広がっている。だけども、きっと
どこかでつながっている。』そういう世界の関係性の提示であり、あるひとりの人を主人公とした小さな物
語である。
春なのに雪の夜に
花沢亜衣
−「宇宙の複雑さに比べれば」とハートフィールドは言っている。
  「この我々の世界などミミズの脳味噌のようなものだ。」 そうであってほしい、と僕も願っている。
                           (「風の歌を聴け」村上春樹著)

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パラレルに展開する世界をめぐる思考

  • 2. Idea over the world that develops in "Paralell".  02  こんな風に考えたことはないだろうか。自分のいる世界のすぐ隣には別 の世界が展開している。私の今こうしているこの場所のすぐ隣にも、私 の知らない世界が広がっている。  さまざまな世界がクロスオーバーし、ニアミスし、すれ違い、関係し 合いながら私のいるこの世界もできているのだと私は思う。そういうも のをフィクションの分野ではパラレル・ワールドと呼ぶようだ。SF のよ うな劇的なパラレル・ワールドではなくても、日常の中でもそういう感 覚はあるのではないだろうか?  建築は体験の伴うものであるため、異なる空間を同時に知覚すること は難しいけれど、別の世界のすべてを把握できなくても、「隣にまったく 別の世界が広がっている」、「どこかで別の世界とつながっている」とい う感覚は建築でも可能なのではないか。別の世界を少しだけでいいから 感じることのできる自分の居場所。そしてその建築もまた何かとつながっ ているような。そんな風に建築とそれを取り巻くストーリーをつくるこ とはできないか。そんなことを考えるところからこの思考は始まった。    実際にパラレル・ワールドの感覚は体験できるのだろうか? 本研究 の最終的な目的はそこにある。私が引き込まれた小説や映画の世界。と りわけ、ミステリーで感じたあらゆる出来事や物事がどこかでささやか につながり、関係し合い、大きな世界を構築するような世界。そんな感 覚を建築化する。  そして、最後にそこから物語が生まれような建築をめざす。 はじめに 雑踏ですれ違う見知らぬ人々の中に、将来の恋人がいるかもしれない。 −そのとき、彼女との距離は 0.1 ミリ。57 時間後、僕は彼女に恋をした。 (「恋する惑星」監督:ウォン・カーウェイ、1994 年)
  • 3. Idea over the world that develops in "Paralell".  03 言葉の定義 パラレル・ワールド 多次元宇宙。我々の世界と併存すると考えられる異次元の世 界(『大辞泉』小学館)。この現実とは別に、もう 1 つの現実が 存在する世界の様。 異次元空間 自分のいるこちら側の空間 fig.1 に対して、自分のいないあち ら側の空間 fig.2 。空間を決定付ける要素が異なる空間同士を 呼ぶ。 (cf. 異次元世界:異なった根源的な要素による世界) パラレル 異次元空間が同時存在する様 fig.3 をパラレルと呼ぶ。 研究の流れ  パラレルに展開する世界間の関係性を、小説の中の世界の構成から探る。小説の中で繰り広げられている世界は、それが いくつあろうとも、読者という客観的立場からはすべてを見渡すことが可能となる。本研究では、小説内に展開するそれぞ れの世界の構造を、客観的に見ることから、その世界の関係性を把握することを目的とする。小説の中で展開される世界間 の構成から建築をつくる。その際、実体験から得た異次元空間を知覚が可能な空間体験を用いて、実空間に落とし込む。研 究から得たもの、分析を通して見えてきた内容に、私が見てきたもの、読んだ物語、考えたことなどたくさんの記憶と想像 を混ぜ込みながら物語を生み出すような建築めざす。 fig.2 異次元空間(=あちら側)fig.1 こちら側 fig.3 パラレルに展開する世界の様 小説の構成を建築に Project パラレルに展開する世界の関係性 3 つの住宅、それぞれの物語 1. 原宿の集合住宅 2. 吉祥寺の住宅 3. 与論の住宅 →小説を読み解き、展開される世界間の構成を分析  1.『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』  2.『オーデュボンの祈り』  3.『ラッシュライフ』
  • 6. Idea over the world that develops in "Paralell".  06 §1 研究対象  まず研究対象を絞るにあたり、パラレルにいくつかの世界 が展開する物語であり、なおかつ「フィクションであるが、 あまりにもリアリティからかけ離れていないもの」であるこ とを基準とした。そのためファンタジーや SF は対象外とし た。また、その物語内の構造を整理・理解しやすいため、今 回は小説を対象に個人的にそのパラレルな世界の展開に特徴 があると見られる、以下の 3 つの作品を扱う。  1)『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』                     (村上春樹、1985 年)  2)『オーデュボンの祈り』    (伊坂幸太郎、2000 年)  3)『ラッシュライフ』      (伊坂幸太郎、2002 年)  選定の理由としては、まず上記 3 作品がその小説内におい て(時には、物語の枠を超え)展開されるいくつかのパラレ ルな世界の関係性に特徴があり、明快な構成からなっている ことがあげられる。  さらに村上春樹の作品の多くに「現実世界から非現実の異 界へとシームレスに(=つなぎ目なく)移動する」特徴があ り、主人公たちの多くは内省的で、境界を巡り悩んだりさま よったりしながら、向こう側の世界、すなわち非日常的他者 を示している。また一方の伊坂幸太郎も「現実に上手く嘘を 交えた話ほどおもしろい」という著者自身の考え方のもとに 「リアルとフィクションの境目の世界」を上手く描いている という作品の特徴がある。よって、両者の作品は現実の延長 にパラレルに展開する世界があることを示してくれるといえ るのではないだろうか。 研究対象・方法 §2 研究方法  小説を読み解きながら、小説内部で展開されるいくつかの 世界の時間の流れ(出来事、順序、速度)、異なる世界間の 関係性、つなぐキーワード等を読み取っていき、その構造を 整理していく。  それぞれの小説の構造を整理するにあたり、「視点」、「人 称」に関する分析は、物語論における表現形式の分類方法の ひとつであるジェラール・ジュネットの理論を参考にしてい る。 「視点」−物語世界を把握するために誰の視点を採用するかということ      を扱う領域。焦点化とも言う。 さらに 焦点化ゼロ、非焦点化:「神の視点」や「全知の語り手」と呼ば れてきたもの。あらゆる時間・空間、あらゆる登場人物の内面に 至るまで把握することが可能である。 内的焦点化:ある登場人物を「視点人物」として、その人物によっ て知覚された事柄のみが描かれる。 外的焦点化:ある対象(特に登場人物)を描く際に外面のみを描 くもの。思考や感情は窺い知れない。     固定焦点化:一貫して一人の登場人物の視点を用いる。     不定焦点化:視点人物を次々に変えながら語り進める。     多元焦点化:同一の出来事を複数の視点から語り直す 「人称」−語り手と物語内容の登場人物との関係を扱う領域。 等質物語世界的:語り手が登場人物を「私」と一人称代名詞で指示するこ とが可能。登場人物が語り手となっている。従来の「一人称小説」。語り 手が主人公である場合、特に「自己物語世界的」と呼ぶ。 異質物語世界的:語り手はいかなる登場人物も「私」と指示することがない。 言い換えれば語り手は登場人物として登場しない。従来の「三人称小説」。
  • 7. Idea over the world that develops in "Paralell".  07 §1 村上春樹  デビュー当時から現在に至るまで数々のベストセラー作品 を生み出し、数々の賞を得る高い評価を受け、海外でも名を はせる日本の代表的な現代作家とされている。  彼の作品の特徴として、同じようなテーマ、同一のキー ワードが使われている(例えば、多くの主人公が読書を好きであっ たり、ジャズやクラシックをよく聴いていたり、水泳で身体を鍛えていた りする)。主人公の多くは、周囲の人々とほとんど関わらず、 内省的な人物が多い。これらがつねに 「僕」 を語り手とする 一人称小説であること、その小説世界が本質的に 「こちら側 」 と 「あちら側」 のパラレル・ワールドの構成をもつことな ども特徴として挙げられるだろう。  デビュー作の『風の歌を聴け』では「僕はノートのまん中 に 1 本の線を引き、左側にその間に得たものを書き出し、右 側に失ったものを書いた。」と述べており、あるインタビュー では「僕の中には〈今存在するもの〉と〈かつて存在し、今 は存在しないもの〉というふたつの世界に物事をわけて考え る傾向があるんです。これはちょうどパラレル・ワールドみ たいなものです。それはつまりこの現実の状況というのは、 僕にとっては仮りのものなんです。(中略)だから僕の場合 失われたものに対する憧憬は決して懐古的なものじゃないん です」(「『物語』のための冒険」『文學界』1985 年 8 月号)と言って いる。このように村上春樹とパラレル・ワールドの設定も密 接な関係があると言えるだろう。 略歴・賞歴 1949 年、京都府生まれ。早稲田大学文学部卒業。1979 年、『風の歌を聴け』で群像新人文学賞受賞し、デビュー。 主著:『羊をめぐる冒険』(1982 年、野間文芸新人賞受賞)、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(1985 年、第 21 回谷崎潤一郎賞)、『ね じまき鳥クロニクル』(1996 年、第 47 回読売文学賞)、『ノルウェイの森』(1987 年、講談社)、『ねじまき鳥クロニクル』(1992 年、新潮社)、『アンダー グラウンド』(1997 年、講談社)、『スプートニクの恋人』(1999 年、講談社)、『神の子どもたちはみな踊る』(200 年、新潮社)、『海辺のカフカ』(2002 年、新潮社)。最新作に『1Q84』(2009 年、新潮社)。 賞歴:2006 年 、フランツ・カフカ賞、フランク・オコナー国際短編賞、世界幻想文学大賞受賞。2007 年、2006 年度朝日賞、第一回早稲田大学坪 内逍遥大賞受賞。2009 年、エルサレム賞、毎日出版文化賞受賞、スペイン芸術文学勲章受勲。 作家について
  • 8. Idea over the world that develops in "Paralell".  08 略歴・賞歴 1971 年、千葉県生まれ。1995 年、東北大学法学部卒業。2000 年、『オーデュボンの祈り』で新潮ミステリー倶楽部賞を受賞し、デビュー。 主著:『ラッシュライフ』(2000 年、新潮社)、*『重力ピエロ』(2003 年、新潮社)、『アヒルと鴨のコインロッカー』(2004 年、新潮社、吉川英治文 学新人賞受賞)、*『チルドレン』(2004 年、新潮社)、『魔王』(2005 年、講談社)*「グラスホッパー』(2005 年、新潮社)、『砂漠』(2005 年、実 業之日本社)*『死神の精度』(2006 年、新潮社)、『ゴールデンスランバー』。(2008 年、新潮社、第 5 回本屋大賞・山本周五郎賞受賞)、『モダンタ イムス』(2008 年、講談社)。最新作に『SOS の猿』(2009 年、中央公論社)。          * は直木賞候補 *1 スターシステム:見た目や名前等の同じキャラクターが、様々な作品の 中で違う性格や役柄となって登場する、手塚治虫作品でもつかわれていた。 §2 伊坂幸太郎  伊坂幸太郎は常に、その物語の構成に対して、様々な新し い試みを積極的に行っていると言えるだろう。特にデビュー 作である、『オーデュボンの祈り』、第 2 作目の『ラッシュ ライフ』は、いくつものストーリーが関係性を持ち、緻密に 張りめぐらされた伏線がつながり、思いもよらない真実へと つながる。伊坂作品はしばしば M.C. エッシャーの騙し絵に 称されるが、この 2 作のストーリーの構成はまさにその代表 作ではないだろうか。  また、伊坂作品を語る上で欠かせないのが、作品間でのリ ンクである。同じキーワード(たとえば「神様のレシピ」※『オーデュ ボンの祈り』で初めて使われ、『ラッシュライフをはじめ、以降の作品に 度々出てくる)や登場人物が作品の枠を超え登場する。スター・ システム *1 として登場する場合もある。このように伊坂幸 太郎の作品は、1 つの作品内においていくつもの世界がパラ レルに存在し、それらがあるつながりを持って展開するが、 作品の枠を超えてもつながりを持つことで、それぞれの物語 同士もまたパラレルに展開している。 作家について Relativity , M.C. Escher,1953
  • 10. Idea over the world that develops in "Paralell".  010 §1 作品概要  村上春樹による 4 作目の長編小説。第 21 回谷崎潤一郎賞 受賞。  高い壁に囲まれ、外界との接触がまるでない街で、そこに 住む一角獣たちの頭骨から夢を読んで暮らす〈僕〉の物語、 〔世界の終り〕。老科学者により意識の核に或る思考回路を組 み込まれた〈私〉が、その回路に隠された秘密を巡って活躍 する〔ハードボイルド・ワンダーランド〕。静寂な幻想世界 と波瀾万丈の冒険活劇の2つの物語が交互に入れ替わりなが ら、パラレルに進行する。  村上はこの小説を自伝的な小説であると位置づけている (『ノルウェイの森』(単行本)のあとがきより)。 『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』 村上春樹著、1985 年、新潮社 (文庫版 上・下:1988 年、新潮文庫) §2 物語の構造 Ⅰ)世界の終り Ⅱ)ハードボイルド・ワンダーランド 以上の 2 つの世界が章ごとに交互に展開される。  〈私〉と〈僕〉が主人公であり、共に語り手も担う自己物 語世界的(一人称小説)、内的焦点化された物語であり、そ れぞれが完結しているかのような物語が展開していく。2 つ の物語の間を橋渡しをする仕掛けを組み入れることで、1 つ のストーリーとして組み上がっていく。 fig.1 世界の終り
  • 11. Idea over the world that develops in "Paralell".  011 世界の終り ハードボイルド・ワンダーランド 春 壁の中へやってくる 影と切り離される 夢読みになる 図書館の少女 3 と出会う 「ダニー・ボーイ」1 を口笛で吹く 研究所で博士と会う データの洗い出し(8-9h) 土産をもらう(一角獣の頭骨 2 ) 夕方 9/29thu           秋 影に指示され地図を作る 南のたまりへ少女と行く 買い物に出かける 図書館で頭骨について調べる 図書館の女の子 3 と出会う 女の子が本を持って家に来る シャッフリング 4 を行う(2h) 昼 夕方 夜 23:26 9/30fri 冬 の 始 ま り 東の壁へ行く 熱を出す 地図を影に渡す 心への疑問 博士の娘から電話で起床 頭骨を預ける 大男とちびに襲われる(2h) 博士の娘が家に来る 博士の研究所へ向かう 4:18 11:00 23:00 10/1sat                   冬 獣が死ぬ 唄を思い出そうとする 楽器を探す 発電所で手風琴を手にいれる 影に会う 大雪の日に少女と話す 「ダニー・ボーイ」1 を思い出す 博士と対面 脳内の回路の秘密を聞く 地上に脱出 頭骨を取りに行く 図書館の女の子と食事 彼女の家に泊まる 4:20 10:00 18:00 10/2sun 少女の心を読む(夜明けまで) 睡眠(14:30 まで) 影のもとへ(15:00) 影と南のたまりをめざす 影だけたまりのなかへ 頭骨が光る 日比谷公園で女の子と別れる 車で晴海へ −意識の消滅 4:16 10:22 11:00 10/3mon ジャンクション B の溶解 §3 それぞれの世界での出来事と、そのつながり  2 つの物語の流れを、小説全体の時間の流れ(ページの順を追って)を軸に見ていく。両物語に関連する出来事を中心に そのつながりを分析する。 それぞれの物語が、あるキーワード を共有しながらも、独立して展開さ れていく。 a.〔ハードボイルド…〕で、第三回 路への切り替えが始まる。小説全体 の時間軸で同時期頃から、〔世界の終 り〕の〈僕〉は、街のシステムへの 疑問と、心の存在に興味を持ち始め る。 −「僕はこう思うんです。人々が心を失うの はその影が死んでしまったからじゃないかっ てね。違いますか?」 小説全体での時間軸 b.〔 ハ ー ド ボ イ ル ド …〕 で は〈 私 〉 の中に、あきらめのような感情が生 まれる。〔世界の終り〕では、〈僕〉 が少女の心を取り戻そうと、唄を思 い出そうと動き始める。 −「あなたにもそれを話すことができるの?」  「唄は話すんじゃない。唄うんだ。」「唄っ てみて。」と彼女は言った。 c.〔ハードボイルド…〕で〈僕〉は 彼女がかけてくれたレコードにあわ せて唄い、その次のプロットで〔世 界の終り〕の〈僕〉がそのメロディ を思い出すことに成功する。 d.〔世界の終り〕では唄によって、 頭骨におさめられていた少女の心が 浮かび上がり、光を放つ。〔ハードボ イルド…〕の頭骨もまた光を放つよ うになる。 −その光は春の陽のようにやわらかく、月の 光のように静かだった。 e.〔ハードボイルド…〕で〈私〉の 意識が静かに消えていき、〔世界の終 り〕では影と別れた〔僕〕は少女の もとへ帰っていく。 −「君のことは忘れないよ。森の中で古い世 界のことも少しずつ思いだしていく。」  はじめはバラバラで展開している 2 つの物語が、あるところを境に両者の世界に影響を与え合うようになっていく。直接 的につながるのは(c.)の「ダニー・ボーイ」のくだりだけであるが、その前後でも、一方の変化が他方の感情に変化を与え ていると言える。 * d. のプロットだけ〔世界の終り〕が先行する
  • 12. Idea over the world that develops in "Paralell".  012 §4 2 つの世界をつなぐキーワード 1)ダニー・ボーイ  アイルランドの民謡であり、「ロンドンデリーの歌」とし て知られる旋律に歌詞を付けたものである。  最初に登場するのは〔ハードボイルド…〕で〈私〉が博士 に会いに行く途中口笛で吹く場面。その後〔ハードボイルド …〕において、図書館の女の子と夜を過ごしている際、〈私〉 がビング・クロスビーのレコードに合わせて、唄う。〔ハー ドボイルド…〕においては、その重要性は強調されないが、 〔世界の終り〕においては重要な意味を持つ。過去の記憶の ない街〔世界の終り〕においては、唄ははるか昔に忘れられ たもののひとつである。〈僕〉は手風琴 fig.1 によるメロディー からなんとかして引っ張りだしたこの唄によって、少女の心 を揺り動かすことに成功した。 −彼女がもう一度『ダニー・ボーイ』をかけてくれたので、私ももう一度 それにあわせて唄った。二度目にそれを唄うと、私はわけもなく哀しい気 持になった。〔ハードボイルド・ワンダーランド〕 −音楽は長い冬が凍りつかせてしまった僕の筋肉と心をほぐし、僕の目に あたたかいなつかしい光を与えてくれた。〔世界の終り〕 2)一角獣の頭骨  現実の世界である〔ハードボイルド…〕には存在しない動 物の頭骨である(かつては存在したかもしれないという設定)。〈私〉 はレプリカだと言って、博士からもらった。しかし、計算士 によって雇われた男によって盗まれそうになったりすること で、頭骨の価値は知らないが、そこになんらかの意味がある のではないかという謎を抱えたまま物語は進行する。  対して、〔世界の終り〕において、一角獣は当たり前の存 在である。夢読みとなった〈僕〉は図書館でその一角獣の 頭骨におさめられた夢を読むことを仕事とするようになる。 後々、〈僕〉は影によって「一角獣がこの街のシステムの一部」 であるという事実を知ることになる。 −秋がやってくると、彼らの体は毛足の長い金色の体毛に覆われることに なった。それは純粋な意味での金色だった。」〔世界の終り〕 −「獣は人々の心を吸収し回収し、それを外の世界に持っていってしまう。 そして冬が来るとそんな自我を貯め込んだまま死んでいくんだ。」〔世界の 終り〕 3)図書館の少女  〔ハードボイルド…〕の〈私〉は一角獣の頭骨を調べにいっ た図書館でレファレンス係の女の子と知り合い、好意を抱く。 意識が消滅する最後の日も女の子と過ごすことを選ぶ。  〔世界の終り〕の〈僕〉もまた、図書館の少女と出会うが、 ここで言う図書館は厳密な意味での図書館ではない。少女は 夢読みである〈僕〉の手伝いをしてくれる。〈僕〉は少女を 求めるが、心を持たない少女はそれに答えることができない。 さらに、初めて少女と会ったとき「どこかで以前君にあった ことはなかったかな?」と〈僕〉は言う。それは 2 つの世界 の関係を考える際、大変重要な意味を持つと考えられるだろ う。  両者の共通点は、ともに図書館(と呼ばれる場)で働いて いるという点、さらにどちらの主人公もまた図書館の女の子 に惹かれているという点である。 −「ねえ、私たち似合いだと思わない?」と彼女が私に言った。〔ハード ボイルド・ワンダーランド〕 −彼女の何かが僕の意識の底に沈んでしまったやわらかなおりのようなも のを静かに揺さぶっているのだ。〔世界の終り〕 fig.1 手風琴 4)『世界の終り』  〔ハードボイルド…〕の〈私〉がシャフリングという作業 を行う際の、パスワード。〈私〉に分かっているのはこのタ イトルだけで、その内容までは把握していない。博士の話に よると、『世界の終り』は〈私〉の意識が描いている世界で あるという。それを博士が再編集して第三の回路として埋め 込んだ。  要するに、パラレルに展開していると思われていた 2 つの 世界の関係がここで見えてくる。〔世界の終り〕は〔ハード ボイルド…〕の〈私〉の作りだした意識の中の世界であった。 −「ここは世界の終りなんだ。ここで世界は終り、もうどこへもいかん。 だからあんたももうどこにもいけんのだよ。」〔世界の終り〕 −「あんたの意識は世界の終りの中に生きておるんです。その世界には今 この世界に存在しておるはずのものがあらかた欠落しております。そこに は時間もなければ空間の広がりもなく生も死もなく、正確な意味での価値 観や自我もありません。」〔ハードボイルド・ワンダーランド〕
  • 13. Idea over the world that develops in "Paralell".  013 §5 2 つの世界の比較 §6 2 つの世界の関係性  物語の終盤に進むにつれて、2 つの世界の関係性が見えてくる。 1. もともとは〔ハードボイルド…〕の〈私〉意識の角にあった世界を博士が再編集し、脳内にインプットした 2. 博士の依頼で行ったシャフリング作業によって、〈私〉の意識は徐々に〔世界の終り〕へと飲み込まれていく 3. 最終的に〈私〉の意識は消滅し、〔世界の終り〕に入り込んでいく →〔ハードボイルド…〕において、〈私〉の意識が意識が消滅した後に、〈僕〉が〔世界の終り〕に到着したのではないかと 考えられるため、同時進行していると思われていた 2 つの世界は、実は完全なパラレルではない。  しかし、あえて同時並行で 2 つの物語を影響させ合いながら展開させることで、立体的な物語の展開にしている。 世界の終り ハードボイルド・ワンダーランド 春〜冬の一番厳しい時期まで (春は回想で登場するだけなので、物語の舞台としては秋からとなる。) 期 間 9 月 29 日から 10 月 3 日までの 5 日間 「夕闇が街を青く染めはじめる頃」や「真夜中近く」など漠然とした時 間表現によって、一日の変化を丁寧に描写し、ゆっくりと流れる静閑な 時間変化を表現している。 終盤のクライマックスでは時間を、明確に示し、勢いづけている。 時 間 表 現 「何時何分」「何時間」のように時間の経過を明確に表現している。5 日の短い期間の出来事を事細かに記し、スピード感溢れる表現がなさ れている。 〈僕〉が地上世界に戻り、残り時間が 24 時間を切った頃から、繊細な 情景描写されるようになる。最後の章は特に、ゆったりとした時間経 過が表現されている。 僕 図書館の少女 大佐(老人) 大男の門番 影 発電所の管理人 登 場 人 物 私 図書館の女の子 博士(老人) ちびと大男の 2 人組 ピンクの女の子(博士の娘) 壁に囲まれた街 −街は広すぎもせず狭すぎもしなかった。つまり僕の想像力や認識能力を遥かに凌駕 するほど広くはなく、かといって簡単に全貌を把握把握できるほど狭くはないという ことだ。 舞 台 都内 地下世界(明治神宮〜青山一丁目) 地上世界(世田谷、日比谷公園、晴海)   語り手 春 冬秋 10/39/29 5days 夜朝 冬秋1 日の変化 季節の変化 細かな時間描写=スピード感漠然とした時間描写=ゆったりとした時間経過 0. 1. 2. 3.
  • 15. Idea over the world that develops in "Paralell".  015 §1 作品概要  伊坂幸太郎による 2 作目の長編小説。伊坂幸太郎が注目さ れるきっかけとなる作品である  新進の女性画家・志奈子。仕事には独特の美学を持つ泥棒・ 黒澤。神に憧れているのは父に自殺された青年・河原崎。不 倫相手との再婚を企む女性カウンセラー・京子。職を失い家 族に見捨てられた男・豊田。並走する 4 + 1 つの世界、そ の世界を超えて交錯する 10 以上の人生。5 つの物語がすれ 違い、絡み合いながら展開し、最後に “1 枚の壮大な壮大な 騙し絵 ” としてひとつにつながる物語。 『ラッシュライフ』 伊坂幸太郎著、2002 年、新潮ミステリー倶楽部 (文庫版:2005 年、新潮文庫) §2 物語の構造 Ⅰ)黒澤(+佐々岡) Ⅱ)河原崎(+塚本) Ⅲ)京子(+青山) Ⅳ)豊田(+野良犬) Ⅴ)志奈子(+戸田)  以上の 5 つの物語が、プロットごとにそれぞれ展開する。 黒澤→河原崎→京子→豊田の順でプロットが展開され、各章 のはじめに志奈子の物語が挿入されるので、5 つの物語とい うよりは、4 + 1 で物語が構成されていると言える。  異質物語世界的であり、非焦点化された視点で物語は各主 人公を中心に描かれる。それぞれが独立した物語であるため、 同一の出来事を異なる立場から描写するので、多元化された 視点であるといえるだろう。
  • 16. Idea over the world that develops in "Paralell".  016 §3 それぞれの世界での出来事と、そのつながり  5 つの物語のうち、特に関連してくる 4 つの出来事を時系列に整理し、流れを追っていく。4 人の視点から、4 つの物語に 関連する出来事を中心にそのつながりを分析する。 河原崎 黒澤 京子 豊田 1 日 目 駅前の喫茶店 1 で待ち合せ 野良犬 2 を見る スケッチブックに言葉 4 塚本と死体を解体 塚本を殺害 2 日 目 マンションで隣人とぶつかる →宝くじ 3 を落とす 展望台 5 に上る 老夫婦から恐喝される 男にマンションの住所を伝える 野良犬 2 に首輪をあげる マンションで隣人とぶつかる →宝くじ 3 を拾う 駅前の喫茶店 1 を見る スケッチブックに言葉 4 野良犬 3 を見る 舟木宅へ侵入 老夫婦から恐喝される 家に男が侵入(佐々岡) 佐々岡と朝まで語り合う 3 日 目 死体を林に運ぶ 死体をなくす 佐々岡が離婚を決意 野良犬 2 の首輪に宝くじ 3 展望台 5 に上る 夫と離婚が決まる スケッチブックに言葉 4 拳銃の入ったロッカーの鍵紛失 青山と青山の自宅へ 死体を轢く 死体をトランクへ 4 日 目 若者にからまれる中年を助ける 岩手山に行く 舟木宅へ侵入 青山に騙されていたと発覚 駅で犬をバラバラにしようとする 展望台 5 に上る スケッチブックに言葉 4 駅前の喫茶店 1 へ行く 犬を助ける ロッカーの鍵を拾う →拳銃手にいれる 郵便局を襲撃 若者にからまれる 舟木宅へ 老人と女に話しかけられる スケッチブックに言葉 4 野良犬 3 の首輪に宝くじ 3 を発見 展望台 5 へ上る 共に同じ老夫婦によって恐喝されている。 河原崎→黒澤の順に恐喝されており、黒澤 は老夫婦から、河原崎の話を聞かされる。 ここで登場する老人と女が、4 + 1 の残 された 1 つの物語である。  4 つの物語が、並列で描かれるため物語や時間が様々に交錯するように見えるが、整理すると 4 人を中心とした 4 日間の 物語であると分かる。1 つ 1 つの物語はほぼ 1 日の出来事を描いてるが、それが少しずつズレて描かれ、多元化された視点 によって同じ出来事を違う立場から描くことで、読者を惑わせる。しかし、同じ出来事として捉えることができ、整理して いくことができれば、実際は整合性のとれた時間軸に並ぶことがわかる。基本的には、時間の速度は同じであり、並列で展 開しているところにトリックが隠されている。  少しの時間的な重複と共通するキーワードや出来事によって、1 つ 1 つの物語がパズルのようにつながっていく様は、作 品内で何度か繰り返される「人生がリレーのようであったら面白い。」という喩えそのものである。 −「昨日は私達が主役で、今日は私の妻が主役。その次は別の人間が主役。そんなふうに繋がっていけば面白いと思わないか。  リレーのように続いていけばいいと思わないかいけばいいと思わないか?人生は一瞬だが、永遠に続く。」(黒澤のプロット) それぞれの視点で描写されている期間 同一の出来事
  • 17. Idea over the world that develops in "Paralell".  017 §4 4 つの世界をつなぐキーワード  4 つの物語すべてに共通して登場するキーワードが 5 つあ る。それらは物語の展開には直接は関係ないが、物語間のつ ながりを効果的に生み出している。 1)駅前の喫茶店 −仙台駅前には行列ができていた。歩きながら目で辿っていくと、喫茶店 の入口から続いている。開店したばかりなのか、活気が溢れていた。〔黒 澤〕 −開店したばかりの大型喫茶店はにぎわっていた。座る場所はどこも埋 まっている。〔河原崎〕 −人の流れに逆行して歩き、オープンしたばかりの駅前の喫茶店に立ち 寄った。〔豊田〕 −どうしてこんな店に行列ができるのか分からなかった。(中略)ようす るに仙台にはじめて開店したチェーン店という話題性に踊らされてい るだけなのだろう。〔京子〕  4 人が 4 人ともこの喫茶店に立ち寄るか、前を通るかして いる。さらに、「開店記念の半額割引券」が後々の時間的な トリックを明かす鍵となる。豊田が喫茶店で割引券が使えな いというくだりがあるが、ラストで〈何ということはなかっ た。期限が切れているのだ。開店後三日間の限定サービスと ある。今日は四日目なのだろう。〉とある。ここで、豊田が 4日目の物語の主人公で、他の 3 人の物語はそれ以前の話だ と分かる。 2)野良犬 −歩いていると途中で犬を見かけた。(中略)泥棒と犬が仲良くしてはい けない、と彼は彼の美学に従い、うす汚れた犬を無視して、先へ進む。〔黒 澤〕 −「犬がこんなところにいるなんて珍しいですね。首輪もないから野良犬 でしょうか」〔河原崎〕 −豊田の視線の先には犬がいた。(中略)親近感を覚えた。あれは私だ、 とさえ思えた。〔豊田〕 −首輪を切り、その後で首を切断してやる。京子は真っ直ぐに犬に近づく。 〔京子〕  後々、豊田の相棒となる野良犬は駅前で目撃される。黒澤、 河原崎は翌日も目撃するが、(2 日目に河原崎が与えた)首 輪の有無でその時間関係が整理できる。  また終盤では、志奈子と行動を共にする戸田に、犬を譲っ てくれと頼まれる。ここで、志奈子のプロットとのつながり が生まれている。 3)宝くじ  河原崎が崇拝する高橋が当てたという、香港の高額当選し た宝くじ。  塚本が持っていたものが物語を通して巡り巡りラストで豊 田の元にいく。  宝くじの流れは、塚本→黒澤→野良犬→豊田。 4)スケッチブックに言葉  駅前で金髪をポニーテールにした若い外人女性が、「あな たの好きな言葉を教えてください」と書かれたスケッチブッ クを持って立っているというくだり。  4 日目の午後再び、豊田が女性と出会いスケッチブックを 見せてもらい、4 人の言葉を見つける。そして改めて『イッ ツオールライト』と書き、物語は収束する。 5)展望台  駅前に立つ塔のような建物で、展望台の入口には、「何か 特別な日に」という垂れ幕、周囲の壁には「エッシャー展」 ポスターが貼られている。  それぞれが「特別な日」に思いを巡らせる。  そして、それぞれの物語は展望台に上るところで終結する。 −黒澤はエレベーターがくるのを待ちながら、会ったこともない京子とい う女が、今ごろ何をしているのか想像する。〔黒澤〕 −河原崎はエレベーターが来るのを待ちながら、朝に一度会っただけの黒 澤という隣人が、今ごろ何をしているのか想像する。〔河原崎〕 −京子はエレベーターが来るのを待ちながら、ついさっき出会った、犬を 連れた中年男が、今ごろ何をしているのか想像する。〔京子〕 −豊田はエレベーターに足を進めながら、まだ出会っていない見知らぬ誰 かが、城の屋上を歩いているところを想像する。〔河原崎〕  河原崎→黒澤→京子→豊田→??とつながる物語の全貌が ここで見えてくる。 Ascending and Descending, M.C. Escher,1960  さらに、新興宗教の教祖・高橋、バラバラ殺人事件、それ ぞれが思う神という存在などのエ ピソードが各物語に登場すること で、別個で展開されてた物語のつ ながりを暗に示している。 黒澤:ドジを踏んで現行犯で捕まった時 河原崎:塚本と並んで歩いている今 京子:あなた(青山)の奥さんを殺す今日 豊田:再就職が決まったとき 黒澤:ページの真ん中に、堂々とした整った字で『夜』 河原崎:綺麗とは言えない字で、『力』 豊田:真ん中より多少右にそれた場所に小さく『無色』 京子:書道の手本のような美しい字で『心』( 青山は『約束』)
  • 18. Idea over the world that develops in "Paralell".  018 §5 登場人物同士のつながり  登場人物は 5 つの物語の主人公を中心に展開されるが、それぞれの連れや、他の登場人物によって、すべての登場人物が つながりを持つ。 河原崎 黒澤 京子 豊田 犬 佐々岡 老夫婦 若者に絡まれているところを助ける 若者に絡まれているところを助けられる 玄 関 先 で ぶ つ か る 塚本の死体 マンションに行けと指示 (元)夫婦→ 3 日目に離婚 恐 喝 恐 喝 マンション に忍び込む 同級生 舟木宅で遭遇 追跡する 死体を轢く 持っていってく バ ラ バ ラ に し よ う と す る 犬 を 救 出 拳 銃 宝くじの流れ 舟木 元上司 殺人を企む 青山 愛人 志奈子 画廊で絵を扱う 理解者 裏切る 戸田 犬 と 引 換 え に 、 仕 事 を 紹 介 す る と 提 案 §6 4 + 1 の物語の関係性  1.4 + 1 の物語がそれぞれ独立したままパラレルに展開していく  2. それぞれの物語はいくつかの出来事を通し、交錯しニアミスをしながらパラレルに展開していく  3. 最終的にすべての物語が時間的にずれていたことが分かり、そのつながり方が実はパラレルではなく直線的なつながり  であったことが見えてくる →俯瞰した視点での描写によって読者はその関係を知り得るが、時間的なずれによるトリックによってそれぞれの物語の登 場人物はつながりはあるものの、別の物語の世界を知ることはない。 −「人生はきっと誰かにバトンを渡すためにあるんだ。今日の私の一日が、別の人の次の一日に繋がる。」(志奈子のプロット) 1. 2. 3.
  • 20. Idea over the world that develops in "Paralell".  020 §1 作品概要  伊坂幸太郎のデビュー作。第 5 回新潮ミステリー倶楽部賞 受賞。  主人公・伊藤は気付くと、江戸時代以来外界から鎖国をし ているという見知らぬ島・荻島にたどり着いていた。伊藤が 来た翌日、案山子はバラバラにされ、頭を持ち去られて死ん でいた。伊藤は「未来がわかる案山子はなぜ自分の死を阻止 できなかったか」という疑問を持つ。住民から聞いた「この 島には、大切なものが最初から欠けている」という謎の言い 伝え。案山子の死と言い伝いの真相を追い、伊藤が島をまわ り、島民のあいだを訪ね歩く。仙台から離れた少しリアリティ の欠けた島での 4 日間を描く。 『オーデュボンの祈り』 伊坂幸太郎著、2000 年、新潮社 (文庫版:2003 年、新潮文庫) §2 物語の構造 Ⅰ)荻島  * 150 年前から外界と隔絶している島 Ⅱ)仙台 以上の 2 つの舞台と、回想(a. 祖母への回想/ b.150 年前 の荻島)を交えながら物語は展開する。  荻島での出来事は、伊藤を視点に内的焦点化された、等質 物語世界的(自己物語世界的)である。祖母への回想もま た伊藤を視点とした内的焦点化によって行われている。150 年前の荻島の回想は、徳之助を視点に内的焦点化した、等質 物語世界的な物語である。仙台での出来事は、非焦点化され た異質物物語世界的である。 ☆物語の構造は、荻島と仙台がパラレルに展開するものであ ると言える。だが、本研究ではその 2 つの世界の構造ではな く、伊藤を中心とした世界と、それを他の世界との関係性に ついて研究を行う。
  • 21. Idea over the world that develops in "Paralell".  021 §3 伊藤の行動と、その周囲の人物の動き    主人公・伊藤が荻島に上陸してからの 4 日間の動きを追って行く。さらに、島民たちの動き、言葉を追って行くことで、 伊藤の周辺で起きた 4 日間の出来事を分析する。 伊藤の行動 場所 島民の動き 言葉 11/30 コンビニ強盗未遂 仙台 12/1 日比野に起こされる   園山に会う 優午の元へ行く 若菜と会う 轟と会う 草薙と会う 桜に会う ウサギと会う 佳代子・希世子と会う 田中を見る 草薙宅で夕食、百合と対面 荻島 アパート 農道 田圃 轟宅前 河原 土手 桜宅前 市場 市場 市場 草薙宅 若菜:地面の音を聞いている → 謎 -a 轟:河原でブロックを集める → 事件 2-a 轟:「優午に頼まれてなあ、持っていくんだ」 12/2 2:00 3:00 朝 静香へ手紙を書く 優午の元へ 帰り道に園山を目撃 →事件 1-d 日比野に起こされる 優午殺害の現場へ 小山田と対面 丘の上で日比野と話す 田中にオーデュボンの話を聞きに行く 佳代子と遭遇 草薙と会う、手紙渡す ウサギの元へ 小山田から尋問される 轟と曽根川の言い合いを目撃 轟と話す アパート 田圃 アパート 田圃 田圃 丘 田中宅 市場 優午殺害、バラバラにされる → 事件 1 ウサギ:旦那が来る(2:30) → 事件 1-b 園山:散歩? → 事件 1-c ウサギ:園山を目撃 → 事件 1-d' 日比野:佳代子とどこかへ行く 草薙:自転車のパンクを直しにいく →「自分のしたことが、良いのか悪いのかも判断でき なくなって、飛び降りようとする男がいたら、どうし ますか?」(中略)「助けるんですよ。」 → 事件 1-a →「まだ仙台に帰っては行けません」 →「葉書は出しつづけてください」 → 謎 b →「あなたは自転車をこぎましょう」 → 事件 2-b →「伊藤さんに聞いてもらいたかったのですよ。オー デュボンの話。」 → 事件 2-c 佳代子:「わたし、選ばれたの」 → 事件 2-d ウサギ:「わたし見たんだよ(午前 3 時に歩いてる園 山を)」(中略)「5 分もないくらいだった。行きと帰 りの間隔がさ」 → 事件 1-d' 夕方 夕飯をつくる 日比野がアパートへ来る デートの手伝いを頼まれる 園山の元へ 日比野と別れる 田中を目撃 若葉と遭遇 アパート 田圃 少女:伊藤の元へバターと包丁を持っ てくる 田中:優午があった場所で礼をする 若葉:地面の音を聞いている → 謎 -a 少女:「優午に頼まれたんだ」 若菜:「わたしも忙しいんだから。(中略)わなを作っ たり」 → 事件 2-e
  • 22. Idea over the world that develops in "Paralell".  022 12/2 17:30 18:00 21:00 草薙&百合に遭遇、自転車を借りる 自転車で日比野との待ち合せ場所へ 自転車をこいでデートを演出 →事件 2-f (→自転車の電灯でふたりを照らす) ウサギの元へ ウサギの旦那と遭遇、昨夜の話を聞く 笹岡が桜に撃たれるのを目撃 草薙宅へ助けを求めに行く 警官から聴取 時計台 土手 市場 日比野:佳代子とデート→ 事件 2-f' 田中:曽根川を河原に呼出す → 事件 警官:曽根川の死体発見→ 事件 1 百合:失踪 草薙:帰宅後、百合を捜索 12/3 6:00 起床、静香へ手紙を書く 日比野と共に曽根川の死体の元へ 小山田と話す 日比野と共にバスで 2 周 草薙と遭遇、百合失踪を聞く 草薙が警察に連行される 日比野と共に安田宅へ、留守 桜の元へ 若菜とその母が来る 轟宅へ 轟に 2 通目の手紙を渡す 轟宅の秘密に疑問を抱く→ 謎 -c 河原 安田宅 桜宅 轟宅 若菜母:「轟がうちの娘を襲おうとした。」 案山子を作る少年と遭遇 日比野と合流、笹岡の葬儀へ 安田を発見、日比野が襲撃 桜が来る 草薙登場、「百合が帰ってきた」 日比野と共に轟宅へ 轟に 3 通目の手紙を渡す → 謎 -d 桜と遭遇 日比野と共に草薙宅へ 小山田が草薙宅へ現れる 日比野と共に轟宅へ 地下室を探る → 謎 -f 田圃 墓地 轟宅 草薙宅 轟宅 安田:桜に撃たれる? 轟:静香へ手紙を渡しに向かう(仙台) → 謎 -e 小山田:百合を連行 夕方 日比野と共に園山宅へ 百合が現れる、昨夜の話をする 日比野と話す 案山子を作る少年と遭遇 人だかりを発見 田中を助けに、見張り台へのぼる 案山子殺し、曽根川殺しの真相を聞く 見張り台からふたりで降りる 小山田と帰る、事件の真相を話す 園山宅 見張り台 田中:見張り台へのぼる→ 事件 1-f 曽根川:「俺は頼まれたんだ。」「優午にですか」「ああ。 あの夜に、曽根川を呼び出せってな。あの真っ暗な河 原のところだ。」 → 事件 1-g 12/4 昼前 日比野に起こされる 静香と再会 アルトサックスを演奏 → 謎 -h 桜宅 丘の上 轟・静香・城山:荻島に上陸→ 謎 -g 城山:桜の撃たれる  内的焦点化された物語であるため、伊藤の視点からの出来事や情報のみが描写される。伊藤が見た情報、聞いた情報を統 合することで、伊藤とは関係ないところで行われている島民の動きも明らかになってくる。関係ないと思える事柄が、実は 「事件 1: 優午殺害事件」と「事件 2:曽根川殺害事件」の 2 つの事件、「この島に欠けているものは?」という 1 つの謎にそ れぞれが関係していることが分かってくる。さらに、それらの事件の謎を追ってるうちに、知らず知らずのうちに伊藤自身 も関わっている事実に気づく。 伊藤が直接見た出来事
  • 23. Idea over the world that develops in "Paralell".  023 §4 登場人物と事件の概要  物語に登場する荻島の個性豊かな住人たち。登場人物の特徴が事件や謎を解く鍵となる。 優午 ・未来の見えるしゃべる案山子。→ 事件 2-h ただし未来のことは めったに話さない ・150 年前、鎖国直前の荻島で禄二郎によって作られた ・鳥が好き −「カカシなのに鳥贔屓だ。」 −「預言するんじゃない。知っているんだ」 −「私はおそらくそうやって未来を知っています。人よりも数多く、情報を正確に知ってい るのでしょう。だから、ジューサーに入れれば、未来がわかります。」 −「先のことは教えてくれない。特に、本人のことになるとしゃべってはくれなかった。ずっ と昔からそうだったんだって、わたしのばあさんも言っていたよ」 日比野 ・伊藤に島を案内 ・佳代子が好き ・幼い頃に両親が殺害されている −「あのさ、日比野も優午を憎んだのかな?」「あれは変わってるから。まったくそんなこと はなかったよ。」  園山 ・嘘しか言わない画家 ・毎日同じ時間に同じ場所へ出かける → 事件 1-c ・5 年前に奥さんが殺害されている。→ 事件 1-e −「頭も変になってさ、さっきみたいに反対のことしか喋らないわけさ、おまけに毎日、同 じ時間に同じ場所へ出かける。(中略)町の誰もがそれを知っている。時計がわりに使える くらいだ」 田中 ・足に障害を持った中年 ・鳩を飼っている → 事件 2-i ・オーデュボンの話を聞かせてくれる → 事件 2-c −「自分の話し相手は、鳥か優午、どちらかしかいなかった」と彼は言った。 桜 ・人殺しが認められている美しい男→ 謎 -i ・「騒々しい」「理由になっていない」と言って銃で殺す ・うるさいのが嫌い→ 謎 -j ・詩を読んでいる ・殺すのは何か罪を犯した後→ 事件 2-j −「人殺し。そうでなかったら、法律だ。ルール、規則、人殺し。倫理と道徳。」 −「桜は何かをやらかした人間を撃つんだ。 轟 ・島で唯一外界と交流している熊のような男 → 謎 -c ・島外への郵便を草薙から預かり届ける → 謎 -d・e −「この島は孤立している。誰も行き来をしていない。ただ、轟のおっさんは別なんだ。」 −「轟のおっさんは、この島と外を行ったりきたりしてるんだ。島の住人がほしいもの、必 要なものを持ってくるんだ。」 草薙 ・島の郵便局員 ・妻の百合が何より大切 −「彼って、花に似ていると思いませんか」(中略)「優午さんが前にそう言ったんですよ。『彼 は花と同じで悪気がありません』って。  百合 ・昔から園山と親しい ・病気の人の手を握ってあげる仕事をしている −草薙にとって、百合さんは、自分がまっすぐ立っているための重りのようなものなのかも しれない、と僕は思った。 若菜 ・地面の音を聴く遊びをよくしている→ 謎 -a ウサギ ・体重約 300 キロの女 ・市場から動けず、同じ場所にずっと座っている→ 事件 1-d' ・旦那が世話をしてくれている −「わたしはここから動かないけどさ、でも、お陰さまで何も知らないわけじゃない。うち の旦那が、優午の話を伝えてくれるからね。」 −「ウサギさんはいつもここにいるんですよね」「ああ。いつでもここさ」 曽根川 ・伊藤が来る 3 週間前に島の外からやってきた ・猟銃を持ってきた −「あれは嫌な感じの男だな」 −「彼は金儲けに来たんだろう?」  細かく設定された登場人物の特徴やエピソードのひとつひとつにヒントが隠されている。これらの設定が巧妙に出来事と 関連してくることですべてがひとつにつながってくる。  特に優午が案山子であること(=自ら行動を起こす事はできない)や、未来についてめったに話さないことが 2 つの事件 の鍵となる。 −「あなたの未来について私はいくつかの経路を知っています。未来へのシナリオは、大きく分けて何十通りもあります。 細かく分岐すれば、何億通りにもなるでしょうね。でも、そのうち、あなたが実際に辿る未来はひとつしかありません。いっ たいどの未来になるのかは、ほんの少しの条件でも変わってしまうんですよ。」(優午)  −「優午は未来のことを誰かに喋っても、結果が変わらないことを知っていたんだ。どの可能性を考えても、世の中は良く ならない。未来がわかる自分自体が原因じゃないか、と疑いたくもなるのかもしれない」(伊藤)
  • 24. Idea over the world that develops in "Paralell".  024 事件 1:優午殺害事件 未来が見える案山子・優午がある朝バラバラにされていた。 →「自分が殺されることを予期できなかったのだろうか?」 事件 2:園山殺害事件 島の外からやってきたもうひとりの男・曽根川の死体が河原 で発見される。 →「そもそも曽根川が島にやってきた目的は?」  謎 1:『この島に欠けているものは?』 「ここには大事なものが、はじめから、消えている。だから 誰もがからっぽだ。島の外から来た奴が、欠けているものを 置いていく」という、昔から島に伝わる言い伝え。 §5 2 つ事件と 1 つの謎  伊藤が遭遇した出来事や島民のエピソード(§3、§4 の表を参照)を並べ替えていくと、荻島で起きた 2 つの事件と 1 つの謎 の真相が解き明かされ、それぞれの出来事のつながりが見えてくる。 ウサギは旦那(ウサギのもとへ訪れた理由は釈然としない)に起こされ(d)、ウサギは 園山を目撃し(d')、短時間で引き返してきた園山には優午殺害が不可能だと証言。さら に、a で優午は、f の出来事を預言するかのような言葉を述べている。そこに優午は案山 子であること、未来が見えるがそれを自ら阻止することはできないことを踏まえる。 →優午は園山の奥さんの事件を阻止できなかったことを、奥さんが死ぬ前に謝罪した かった。しかし、自ら動くことは不可能なため、田中にバラバラにしてもらい、頭部を 園山が家に持ち帰るように指示していた。園山のアリバイを証明するため、ウサギに目 撃させ、さらに田中が思い悩むのを見越して伊藤に a の言葉を残した。 それぞれが優午に「役割」を頼まれる(a・b・c・d・e)。それらがひとつにつながるこ とで、事件 2 が起きた。優午殺害事件の後であったこと、優午は滅多に未来のことを口 にしないことを踏まえると、優午が死んだから最後の願いを叶えようと、頼まれた人た ちは真剣になり誰もが「役割」を実行した。 →この事件に関するすべての島民の行動は優午の 与えた「役割」が発端となっている。轟がブロッ クを運び(a)、若菜はわなを仕掛け(e)、佳代子 が日比野をデートに誘い(d → f')、伊藤が自転車 をこいでそれを演出する(b → f)、その頃、田中は 曽根川を河原に呼び出し a 〜 f のすべてがひとつに なって曽根川は殺害された。 i・c と猟銃を持って島へきた曽根川の行動から、 曽根川の狙いは絶滅したはずのリョコウバトの生 き残りだと分かる。桜は罪人を撃つが、事が起き てからしか実行しない(j)。最後のリョコウバトを 守るため、優午が島民の行動をつなぎ合わせ起き た事件であった。 優午の言葉(b)に従い、伊藤は仙台にいる静香に葉書を書きつづけ、それがきっかけ となりやがて静香は荻島やってくる(d)。アルトサックスフォンを持って。それを見た 轟の表情の変化とこれまでの出来事(a・c・f・i)から、轟がかくしていたこの島に欠 けているものが明らかとなる。 −「形ではありません。ただ聞くものなのです。」 −「この島に欠けているものは音楽だ」 事件 1 b d d' c e f a i c e b f a d f' c h j       事 件 2 g c i a f c b 謎 の 真 相 fig.1 リョコウバトのつがい
  • 25. Idea over the world that develops in "Paralell".  025 §6 伊藤を取り巻く世界の関係性  この物語は伊藤の世界の中の物語である。多くのエピソードが伊藤が実際に見たり聞いたりしたものである。 1. 伊藤が出会ったいくつものエピソード 2. 並べ替えると、ひとつの出来事につながっていき、伊藤の見ていた世界のすぐ裏側ではもうひとつの世界が動きが現れる 3. 伊藤自身も知らない間に、もうひとつの世界の一部に関係していた →伊藤は知らない間に、もうひとつの世界を垣間見ていたことになる。その見ていたエピソードが見方を変えると、伊藤の 世界をも巻き込む、まったく違う別の世界になっていた。 −「この島では、誰もが何かに関係してそうだけどな。」(日比野) −自分の記憶の中に答えが隠れているような気がしてならなかった。だから、目を閉じて、それを探ることにした。(伊藤) −両方とも真実で、見る角度によって景色が異なるだけだ。僕と田中が見ている三日月にしたって、真横から見ればきっと  細い線なんだ。(伊藤) 1. 2. 3.
  • 27. Idea over the world that develops in "Paralell".  027 小 説  世界の終わりと ハードボイルド・ワンダーランド ラッシュライフ オーデュボンの祈り 関 係 性 の ダ イ ア グ ラ ム 概 要 ・2 つの世界 ・自己物語世界的/内的焦点化 ・4 + 1 の世界 ・異質物語世界的/非焦点化 ・1 つの世界→複数の世界 ・自己物語世界的/内的焦点化 2 つの世界の主人公それぞれが自分の世界 について語る。他方の世界についての直接 見ることはできないが、影響を及ぼし合い、 存在は微かに認めることができる。 物語の展開に伴い両者の包含関係は変化し ていく。 俯瞰した視点からそれぞれの世界の主人公 の行動を語る。他方の世界とは直接的なつ ながりがあるが、それを認知はしていない。 別の世界と関係しているということも、主 人公たちは認知していない。 あるひとりの主人公を中心とした世界につ いて語る。すべてひとつの世界での出来事 だと思っていたことが、実はすべてつなぎ あわせるとパラレルに展開する世界を認め ることができる。さらに物語の展開につれ て自分も別の世界に巻き込まれていく。 1. 2. 3. 0. 1. 2. 3. 1. 2. 3.  『世界の終わり…』では〈自分がいる世界〉と〈自分がいない世界〉が同時存在する関係性が描かれ、『ラッシュライフ』では〈自 分の世界〉と〈誰かの世界〉との見えないつながりがあるという関係、『オーデュボン…』は、〈自分の世界〉だと思ってい たものが〈誰かの世界〉の一部となっている関係が表されている。これら、小説の世界で展開される関係性は、視点(人物) をどこにするかによって変わるだろう。  それぞれの関係性の中で、それぞれが異なる世界とのつながりを持っているが、そのつながりも様々である。パラレルに 展開する世界同士が、より精神的な面でつながりを持つ『世界の終わり…』は、他方の世界との距離は決して見定めること はできない。全く異なるところに展開する世界同士が影響を与え合うことで小説の世界観の構築へとつながっていく。伊坂 幸太郎はそのつながり方の方に関心があるようで、つながり方にトリックが仕掛けられている。『ラッシュライフ』と『オーデュ ボンの祈り』は異なる世界だと思っていたものが、角度を変えると、あるひとつの大きな流れの中に同時に存在していたと いうものである。このようつながり方は、意識的なつながりと出来事でのつながりとがあるのだろう。  相対的な関係性を構築した上で、どのようにつなげるかによって世界間の関係性はさらに変化していくようだ。
  • 29. Idea over the world that develops in "Paralell".  029 小説の構成を建築に 実体験した異次元空間 を用いて空間化 Project 3 つの住宅をめぐる思考   小説の世界間の構成から建築をつくる。その際、実体験から得た空間体験を用いて、実空間に落とし込む。  研究から得たもの、分析を通して見えてきた内容に、私が見てきたもの、読んだ物語、考えたことなどたくさんの記憶と 想像を混ぜ込みながら物語を生み出すような建築めざす。  『3 つの住宅をめぐる物語』
  • 30. Idea over the world that develops in "Paralell".  030 敷地 原宿の集合住宅 apartment HARAJUKU 吉祥寺の住宅 house KICHIJOJI 与論の住宅 villa YORON  あらゆるもので溢れる東京の都心部・原宿、東京であり ながら自然も感じることのできる井の頭公園、東京から 1,500km 離れた人口 5,000 人の南の島、与論。  まったく異なる場所に建つ 3 つの住宅。その中で繰り広げ られるそれぞれの物語。 35°40'13.86"N 139°42'31.24"E 27.1°23'29"N 128°27'17.59"E 35°41'54.00"N 139°34'55.39"E  この物語の舞台になる 3 つの場所のどれもが思い入れのある場所である。選んだ理由があるとすれば、それくらいかもし れない。それぞれがある時にある人とある時間を過ごした、たくさんの記憶に満ちている場所である。
  • 31. Idea over the world that develops in "Paralell".  031 §1 与論の住宅  海と空と砂浜とサトウキビ畑しかない島。一周 40 分の珊瑚でできた小さな島の南端の砂浜。
  • 32. Idea over the world that develops in "Paralell".  032 §2 吉祥寺の住宅  落ち着いた雰囲気の住宅地。北側は緑の溢れる井の頭公園、東側は井の頭線の線の線路に挟まれた場所。
  • 33. Idea over the world that develops in "Paralell".  033 §3 原宿の集合住宅  キャット・ストリートの終わり。ギャラリーやカフェの集まる区域。おしゃれな人の集まる場所。あこがれの街。
  • 36. Idea over the world that develops in "Paralell".  036 『世界の終りと ハードボイルド・ワンダーランド』をめぐる思考
  • 37. Idea over the world that develops in "Paralell".  037 与論の家 −消えた南十字星、砂に埋もれた怪獣の卵−  『世界の終わり…』では、他方の世界を ほとんど感じることができない、圧倒的な 閉鎖の世界の関係性が描かれている。  この住宅では、自分のいる場所を強く認 識することで、空間の絶対化が行われる。 外の世界とのつながりはあまりないが、あ えて閉じることで、外部からの少しの影響 でも知覚することが可能となる。 『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』の構成を建築化する ・2 つの世界 ・自己物語世界的/内的焦点化 他方の世界についての直接見ることはできないが、影 響を及ぼし合い、存在は微かに認めることができる。 〈自分がいる世界〉と〈自分がいない世界〉が同時存在 する関係性が描かれる。他方の世界との距離は決して 見定めることはできない。全く異なるところに展開す る世界同士が影響を与え合うことで小説の世界観の構 築へとつながっていく。 関係性 境界  空間を形作る境界が肥大化し、厚い壁や内部に空間を有したものが生まれる ことで、空間と空間の間の距離感が曖昧となる。 視点  建築内部に視点人物を置く時、その人物には自分のいる場所のみが知覚される。ただし、同時に自分 の不在の空間の存在を感じることで、異次元空間の知覚へとつながる。ひとつひとつの空間は完結した ものが多いので、場所を相対化することが難しく、どちらかと言えば常に居場所が絶対化される。 ・内的焦点化された空間
  • 38. Idea over the world that develops in "Paralell".  038 配置図 S=1/1,500 平面図 S=1/400 所在地:鹿児島県与論町 主要用途:別荘 規模:建築面積  121.51㎡    延床面積  96.63㎡    階数    地上 1 階 休暇を過ごすための別荘 〈自分がいる世界〉と〈自分不在の世界〉の関係性 空間との距離 空間操作によるパラレルに展開する世界の構築 手触りのある身体に近い空間
  • 39. Idea over the world that develops in "Paralell".  039 波の音、風のにおい。外の世界との距離で自分の居場所を把握する。
  • 40. Idea over the world that develops in "Paralell".  040 『オーデュボンの祈り』をめぐる思考
  • 41. Idea over the world that develops in "Paralell".  041 吉祥寺の住宅 −森と虹の足跡、私にしか見えないもの− 『オーデュボンの祈り』の構成を建築化する ・1 つの世界→複数の世界 ・自己物語世界的/内的焦点化 あるひとりの主人公を中心とした世界について語る。すべ てひとつの世界での出来事だと思っていたことが、実はす べてつなぎあわせるとパラレルに展開する世界を認めるこ とができる。さらに物語の展開につれて自分も別の世界に 巻き込まれていく。〈自分の世界〉だと思っていたものが〈誰 かの世界〉の一部となっている関係が表されている  『オーデュボンの祈り』では、〈自分の世界〉と〈誰 かの世界〉の関係が見方によって変わるように描か れている。  十字の共有の場とその周りの居室が、斜めの壁と レベル差によって視線が交錯する。アプローチのレ ベルでは十字型が図となり、居室部分が地となる。 2 階のレベルでは、地と図の反転が行われることで、 十字形と居室とが影響を与えながら存在すること が可能となる。  内部に空間を有する境界によって各居室を仕 切る。居室と境界空間の間は完全には分けられ ていないが、境界内部の共有空間がバッファー となる。常に境界空間を介して、異次元空間を 知覚することとなる。  建築内部のある空間にいる人物を視点人物と設定し、どこからでも異次元空間の存在を知覚すること が可能となる。その視点人物は、自分のいる場所とそこから見える別の場所とを把握することで、自分 のいる場所を相対化しながら捉えられる。 ・内的焦点化された空間 関係性 境界 視点
  • 42. Idea over the world that develops in "Paralell".  042 BF 配置図 S=1/1,500 平面図 S=1/400 1F2F 所在地:東京都武蔵野市 主要用途:住宅 規模:敷地面積 129.84㎡    建築面積 110.50㎡    延床面積 182.24㎡    階数   地下1階         地上2階 帰る家 〈自分がいる世界〉と〈誰かの世界〉の関係性 他者(家族)との距離 空間操作と人の活動によるパラレルに展開する世界の構築 シンプルだけど、質感のある素材による空間
  • 43. Idea over the world that develops in "Paralell".  043 自分の居場所と、家族との距離。生活の中に生まれる気配という関係性。
  • 44. Idea over the world that develops in "Paralell".  044 『ラッシュライフ』をめぐる思考
  • 45. Idea over the world that develops in "Paralell".  045 原宿の集合住宅 −すぐそこの距離、57 時間後の風景− 『ラッシュライフ』の構成を建築化する ・4 + 1 の世界 ・異質物語世界的/非焦点化 俯瞰した視点からそれぞれの世界の主人公の行動を語る。 他方の世界とは直接的なつながりがあるが、その存在を認 知はしていない。別の世界と関係しているということも、 主人公たちは認知していない。〈自分の世界〉と〈誰かの世 界〉との見えないつながりがあるという関係。  『ラッシュライフ』では、1 つの世界の範囲が定まってい ない。1 つ1つが少しずつつながっているような世界が描か れている。  ここでは各住戸の周りには廊下とも庭ともつかない空間が 存在する。その空間には所属は決まっていない。それぞれの 住人が、自分の求める用途としてその空間を活用することで 異なる生活の相互貫入が行われる。そこを介して生活や空間 がつながっていくことで、部分と部分のつながりが全体を構 築していく。  グリッド状に並べられた境界。その内部を動線などの共 有の空間とする。空間と空間を隔てる境界であるため両空 間のどちらにも属し、どちらでもない性質を持つ。居室空 間と境界空間のヒエラルキーがなくなり、空間同士が溶け 出した状態が生まれる。  5 つのユニットに住むそれぞれの住人は、自分の住戸を中心とした空間を把握しながら生活する。住 人同士は少しずつ空間を共有し、関係し合うが、その関係性の全体像を捉えることは難しい。俯瞰した 視点から見るときだけその全体像を捉えられるため、住人のたちは部分と部分のつながりの中だけを捉 える。 ・内的焦点化、多元焦点化された空間 関係性 境界 視点
  • 46. Idea over the world that develops in "Paralell".  046 配置図 S=1/1,500 平面図 S=1/400 1F 2F 所在地:東京都渋谷区 主要用途:集合住宅+ SOHO 規模:敷地面積  163.005㎡    建築面積  121.949㎡    延床面積  300.336㎡    階数    地上 2 階 日常を過ごすアトリエ 〈自分がいる世界〉と〈他者の世界〉の関係性 人、モノとの距離 人間の活動・行動によるパラレルに展開する世界の構築 シンプルな素材。モノによる空間
  • 47. Idea over the world that develops in "Paralell".  047 自分の居場所に入り込む誰かの世界。偶然生まれ、そして消える距離。
  • 48.
  • 49. Idea over the world that develops in "Paralell".  049 そ れ ぞ れ 自 分 の 居 場 所 が あ り 、 自 分 の 世 界 が あ る 。   そ の 世 界 は 他 の 世 界 と 少 し ず つ ク ロ ス し 、 す れ 違 っ た り 、 関 係 し 合 っ た り す る 。   私 が 見 て い る 世 界 と 別 の 誰 か が 見 て い る 世 界 。   そ れ は 一 緒 の 場 所 で あ っ て も 、 同 じ も の で は な い だ ろ う 。
  • 50. Idea over the world that develops in "Paralell".  050 そ れ で も 誰 か の 世 界 に 、 別 の 世 界 が 少 し だ け オ ー バ ー ラ ッ プ し て く る 。 そ の ま ま す れ 違 い に 終 わ る 関 係 も あ る か も し れ な い し 、 そ こ か ら つ な が っ て い く 別 の 物 語 も あ る か も し れ な い 。   そ の 向 こ う に あ る 、 も う ひ と つ の 物 語 が 。
  • 52. Idea over the world that develops in "Paralell".  052  私と私を取り巻く世界について考えたいと思った。 大好きな小説の世界。そこで感じるのは、どきどき するような展開。同時存在するいくつもの世界。見える世界と見えないあちら側の世界、ここではない別の 世界、未だ見たことのない世界。そういう世界を見てみたい。そんなところからこの思考は始まった。  そして、世界を変えるような劇的なものでなくてもいいから、誰かの世界の一部となり、その世界を彩る ような建築を作りたいという思いだけだった。  これは『私の見ているこの世界の向こうには、まだまだ知らない世界は広がっている。だけども、きっと どこかでつながっている。』そういう世界の関係性の提示であり、あるひとりの人を主人公とした小さな物 語である。 春なのに雪の夜に 花沢亜衣