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ロッキー・フラッツ兵器工場によるプルトニウム汚染と健康被害

高木仁三郎『プルトニウムの恐怖』P.120~122

アメリカのロッキー・フラッツ平原にある、ダウケミカル社の工場は、1955 年から一貫
して核兵器用のプルトニウムを作ってきた。ロッキー・フラッツ工場の歴史は、プルト
ニウム放出の歴史だった。火災や敷地内の貯蔵中の廃液の漏れ出しなどの事故があり、
また、日常的に放出されていたことによって、合計 100g に近いプルトニウムが環境中に
漏れ出したと推定されている。プルトニウムの 1 人あたりの許容量は4000万分の1
g。つまり、40億人分の許容量のプルトニウムに当たる。

その汚染は、工場の風下方向に何kmにも広がり、他の土地の何十倍もの汚染が観測
された。土地の汚染は砂ぼこりとなった酸化プルトニウム粒子を舞い立たせ、空気汚染
をもたらした。

1970 年代、コロラド州のジェファーソン郡保健局の医師ジョンソンは、住民たちの異
常に気がついた。記録を集め始めた彼のファイルに、ガン死増加のデータが次第に蓄積
され始めていた。
彼は汚染地域を、
地表地域を、
地表土のプルトニウム汚染度に従って、
3つに分けた。
地域Ⅰはプルトニウム濃度が1850-29.
6ベクレル/m2の地域
(人口約 15 万人)
、
地域Ⅱは29.6-1.4ベクレル/m2の地域(人口約 19 万人)、地域Ⅲは1.4-
0.
37ベクレル/m2の地域
(人口約 25 万人) そして、
。
同じデンバー地区内にある、
汚染が0.37ベクレル/m2以下の地域Ⅳ(人口約 42 万人)と比較した。

1969、1970、1971 の 3 年間、すべてのガンを合計した発ガン率をみると、地域Ⅳを
対照とした場合、
地域Ⅰ、 Ⅲに住む白人男性の発ガン率を見ると、
Ⅱ、
それぞれ 24%、
15%、
8%高かった。女性では、同じ地域について、それぞれ 10%、5%、4%高いという値が
得られた。地域Ⅳは、州全体の発ガン率と統計的に有意の差がなかった。

個別のガンの種類別にみると、肺・気管支ガン、白血病、リンパ腫、骨髄腫、睾丸・
卵巣ガン、消化器ガンなど、ほとんどすべてのガンの発生率の増加が認められた。1969
年―1971 年の 3 年間で、地域Ⅰ、Ⅱ、Ⅲの人口に「統計的に予測されるガン」のケースは
5747 件であるのに対して、実際には 6248 件が観測され、501 の「過剰のガン」があっ
たと推測された。そのうち、とくに罹患者が多く顕著なのは、肺ガン(過剰数 121、24%
増)、直腸および結腸ガン(過剰数 141、22%増)、などであった。

この傾向は、その後も引き続き観測され、1975 年の調査でも、白血病や肺ガンの死亡
率の異常が確認されている。

ロ核兵器産業の中央駅ロッキーフラッツ

春名幹男『ヒバクシャ・イン・USA』P.79~81
ジョンソン博士は、1976 年 8 月 6 日号の科学誌『サイエンス』に掲載された地質調査
局(USGS)の二人の学者との合同論文で、ロッキーフラッツ工場の東 2.4 キロなど
の地点で、
コロラド州の平均を最高 2000 倍も上回るプルトニウムが検出されたことを明
らかにした。
多いガン発生

博士は“雑音”に惑わされることなくこの問題の追及を続け、
アメリカ国立

ガン研究所から10万ドルの研究費助成を受けて、ガン発生との関連をまとめた。
1969~71 年の全米ガン調査の結果を基に、①ロッキーフラッツ工場から3~21 キロ帯に
住む白人の人口約 15 万人(地表のプルトニウム汚染度は1平方キロ当たり 0.8~40 ミリ
キュリー) ②その外側の 21~29 キロ帯・約 19 万人
、
(同 0.2~0.8 ミリキュリー) ③29~35
、
キロ帯・約 25 万人(同 0.1~0.2 ミリキュリー)、④35 キロ以遠・約 42 万人(同 0.1 ミ
リキュリー以下)-の 4 地域に分け、白人の住民だけを対象に調べた結果、白血病や肺
ガンなどあらゆる種類のガン発生率はコロラド州全域に比較して、①地域は男性 24%・
女性 10%(男女合わせて 16%)高く、②地域は同じ順に 15%・5%(10%)、③地域で
は 8%・4%(6%)-といずれも高いことがわかった。この研究報告はスウェーデン王
立科学アカデミー誌『アンビオ』の 1981 年第 4 号に掲載された。
プルトニウム汚染の原因は何か。ジョンソン博士は、ロッキーフラッツ工場の排気筒
に取り付けられた5枚重ねの”高性能“フィルター(HEPA)では、直径 0.3 ミクロン以
下の粒子は外に漏れ、しかも工場内から出るプルトニウム粒子の半数は 0.1 ミクロン以
下であるためだ、と指摘している。このためエネルギー省が常時観測している全米 51 の
測定所のうちロッキーフラッツ周辺の大気のプルトニウム濃度は常に最高で、1970~77
年の平均ではニューヨーク市の 70 倍近くにのぼっている。
それ以上に、1957 年と 69 年に起きた火災によるプルトニウム漏れの方が深刻だった
らしい。いずれもグローブボックスの中での作業中にプルトニウムが発火、小爆発を起
こしたと言われている。特に、最初の火事では長崎に投下された規模のプルトニウム爆
弾を 1、2 個製造できるほどの量のプルトニウム(12~20 キロ)が燃焼、その際フィルタ
ーも破壊されたと伝えられている。

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